【学進】新しい生活へ
馬車猪
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シナリオID:3437
オープニング
パンクリアース学園は大陸随一の超大国が抱える大陸最高の教育機関である。
若き俊英が大陸中から集まり、学園祭や体育祭も極めて高い能力や技術の披露の場となる。
そんな祭りが2つ同時に行われている学園敷地内で、よく言えば閑静な、悪く言えば寂れた場所があった。
「ひつじ料理おいしいよー」
ピンク髪の子供が真新しい食堂の前で宣伝をしている。
その言葉よりも子供の一生懸命でもありもう少しで半泣きでもある声が気になって、はるか北の地から出張中のリットが足を止めた。
「おひとりさまいらっしゃいだよ!」
子供は元気になってリットを誘導する。
力は普通の子供と変わらないのに人を差配するのにリットよりも慣れていて、気付いたときにはリットは食堂のカウンター席に座っていた。
●
「兄貴の嫁さんの実家かー」
リットの目は子供に固定されている。
光を反射する桃髪も左右で違う瞳も顔立ちまで似過ぎている。
姉弟として紹介されれば疑いもせず納得してしまうだろう。
「おうちは結構遠いよ?」
「うん、だよなぁ」
この8歳児、特に着飾っていないのに食堂のオーナーよりはるかに上の立場にしか見えない。
これが10年くらい育つとあれみたいになるのかと感じ、リットは無意識に震えてしまった。
会話は案外弾んだ。
うまれは全く違っても今はどちらも支配者層で、頭脳と経験を総合すれば同程度だからかもしれない。
「姉様は僕の叔母で僕は姉様の甥だよ?」
新規食堂オーナーにして王国貴族派伯爵家嫡子、ジョセフ・リーラントが不思議そうに小首を傾げる。
姉の知人や友人に何度も同じ反応をされているのだ。
叔母の10年前そのものな見た目で叔母と正反対な言動をしているので混乱させてしまうらしい。
「似過ぎてるんだよ。まあ、色男にはなりそうだな」
「色男もいいけど僕は身長と筋肉の方が欲しい!」
「分かるぜ。俺も肉食って鍛えてるのに筋肉つかなくてさぁ」
次期帝国皇帝に抜擢された帝国代官と王国非主流派貴族家との接触ではあるのだが、どちらも野心が強くないので本人達だけは平和だ。
なお、リーラント伯爵家の情報部門が必死に人払いをしていることに2人とも気付いていない。
子羊のステーキと焼きたてパンとスープが運ばれて来る。
リットは努力は窺えるテーブルマナーを駆使して健啖を発揮する。
リットの貧乏舌でも分かる程度に旨かった。
「これで売れねぇの?」
「値段がね……」
8歳児が8歳児らしくない遠い目をする。
リーラント系鶏肉料理食堂は裕福でない学園生に大人気の値段と量を誇るが、最近生産が軌道に乗ったハーブ肉は質以上に高額であって食堂に向いていない。
「事業として成功させてから冒険者さんに知らせたかったんだけど……。ハーブ肉、冒険者さんの発案なの」
「俺も俺の担当地域も冒険者に頭あがんねぇんだよな……」
買う? 無理。売り先紹介してくれたら成約時に手数料! よし任せろ! という交渉が極自然に行われていた。
●
「王国の貴族派貴族からの依頼です」
冒険者ギルド職員が冒険者に話している。
「後ろ暗い依頼ではありませんしヒューマン以外が参加しても大丈夫です。契約は守る貴族なので」
その貴族の名はリーラント伯爵家。
穏健な貴族派貴族であり昨今の騒動を乗り切り勢力を保った……というのも嘘ではないが長期的に見ると衰退確実な非主流派だ。
「新しい食堂を建て直す……というより処分の手伝いをする依頼です」
学園に関わり続けるつもりがあるなら雇われ店長に立候補しても構わない。
純粋に立て直しを試みることも可能だが、一時的にしか関わらない場合の難易度はかなり高い。
「依頼参加者が希望すればリーラント家への就職も可能です。技能の水準にもよりますが部門の長かその候補にはなれると思います」
情報部門、畜産部門、農業部門、流通部門、治安部門、行政部門など有力伯爵家だけあって部門単独でも規模が大きい。
また、忠誠を誓うなら他国人でも問題はないが、他国の役職を持つ者が就職を希望したらさすがに断られるだろう。
「学園では学園祭と体育祭が開催中です。依頼が成功した後に遊びにいくのもいいかもしれませんね」
職員は、少しだけ羨ましそうな顔をしていた。
若き俊英が大陸中から集まり、学園祭や体育祭も極めて高い能力や技術の披露の場となる。
そんな祭りが2つ同時に行われている学園敷地内で、よく言えば閑静な、悪く言えば寂れた場所があった。
「ひつじ料理おいしいよー」
ピンク髪の子供が真新しい食堂の前で宣伝をしている。
その言葉よりも子供の一生懸命でもありもう少しで半泣きでもある声が気になって、はるか北の地から出張中のリットが足を止めた。
「おひとりさまいらっしゃいだよ!」
子供は元気になってリットを誘導する。
力は普通の子供と変わらないのに人を差配するのにリットよりも慣れていて、気付いたときにはリットは食堂のカウンター席に座っていた。
●
「兄貴の嫁さんの実家かー」
リットの目は子供に固定されている。
光を反射する桃髪も左右で違う瞳も顔立ちまで似過ぎている。
姉弟として紹介されれば疑いもせず納得してしまうだろう。
「おうちは結構遠いよ?」
「うん、だよなぁ」
この8歳児、特に着飾っていないのに食堂のオーナーよりはるかに上の立場にしか見えない。
これが10年くらい育つとあれみたいになるのかと感じ、リットは無意識に震えてしまった。
会話は案外弾んだ。
うまれは全く違っても今はどちらも支配者層で、頭脳と経験を総合すれば同程度だからかもしれない。
「姉様は僕の叔母で僕は姉様の甥だよ?」
新規食堂オーナーにして王国貴族派伯爵家嫡子、ジョセフ・リーラントが不思議そうに小首を傾げる。
姉の知人や友人に何度も同じ反応をされているのだ。
叔母の10年前そのものな見た目で叔母と正反対な言動をしているので混乱させてしまうらしい。
「似過ぎてるんだよ。まあ、色男にはなりそうだな」
「色男もいいけど僕は身長と筋肉の方が欲しい!」
「分かるぜ。俺も肉食って鍛えてるのに筋肉つかなくてさぁ」
次期帝国皇帝に抜擢された帝国代官と王国非主流派貴族家との接触ではあるのだが、どちらも野心が強くないので本人達だけは平和だ。
なお、リーラント伯爵家の情報部門が必死に人払いをしていることに2人とも気付いていない。
子羊のステーキと焼きたてパンとスープが運ばれて来る。
リットは努力は窺えるテーブルマナーを駆使して健啖を発揮する。
リットの貧乏舌でも分かる程度に旨かった。
「これで売れねぇの?」
「値段がね……」
8歳児が8歳児らしくない遠い目をする。
リーラント系鶏肉料理食堂は裕福でない学園生に大人気の値段と量を誇るが、最近生産が軌道に乗ったハーブ肉は質以上に高額であって食堂に向いていない。
「事業として成功させてから冒険者さんに知らせたかったんだけど……。ハーブ肉、冒険者さんの発案なの」
「俺も俺の担当地域も冒険者に頭あがんねぇんだよな……」
買う? 無理。売り先紹介してくれたら成約時に手数料! よし任せろ! という交渉が極自然に行われていた。
●
「王国の貴族派貴族からの依頼です」
冒険者ギルド職員が冒険者に話している。
「後ろ暗い依頼ではありませんしヒューマン以外が参加しても大丈夫です。契約は守る貴族なので」
その貴族の名はリーラント伯爵家。
穏健な貴族派貴族であり昨今の騒動を乗り切り勢力を保った……というのも嘘ではないが長期的に見ると衰退確実な非主流派だ。
「新しい食堂を建て直す……というより処分の手伝いをする依頼です」
学園に関わり続けるつもりがあるなら雇われ店長に立候補しても構わない。
純粋に立て直しを試みることも可能だが、一時的にしか関わらない場合の難易度はかなり高い。
「依頼参加者が希望すればリーラント家への就職も可能です。技能の水準にもよりますが部門の長かその候補にはなれると思います」
情報部門、畜産部門、農業部門、流通部門、治安部門、行政部門など有力伯爵家だけあって部門単独でも規模が大きい。
また、忠誠を誓うなら他国人でも問題はないが、他国の役職を持つ者が就職を希望したらさすがに断られるだろう。
「学園では学園祭と体育祭が開催中です。依頼が成功した後に遊びにいくのもいいかもしれませんね」
職員は、少しだけ羨ましそうな顔をしていた。
解説
このシナリオはリーラント伯爵家に就職を希望することが可能なシナリオです
プレイングにおいて【リーラント伯爵家就職希望】あるいはそのように理解できる文言が記載されており条件を満たしていた場合、称号を付与いたします
採用の条件は以下の通りとなります
・部門長
リーラント伯爵家へ忠誠を誓うこと、またはジョセフ個人に忠誠を誓うこと
冒険者レベル30以上、または部門長業務に使えそうな一般スキルをレベル4以上で2つ装備。プレイングで条件が緩和されます
・ジョセフの側近
ジョセフ個人に忠誠を誓うこと
冒険者レベル40以上。プレイングで条件が緩和されます
・食堂店長
リーラント伯爵家に敵対しないこと
冒険者レベル20以上、または食堂店主業務に使えそうな一般スキルをレベル5以上で2つ装備。プレイングで条件が緩和されます
・例
【リーラント情報部門就職希望】
【リーラント畜産部門就職希望】
【ジョセフの側近として就職希望】
【食堂店主就職希望】
●場所
静かな食堂とその周辺の静かな広場
●食堂
真新しい食堂
建物は小さめですが厨房や設備は充実しています
今なら比較的容易に改装可能です
以下の食材を継続して購入可能です
・鶏肉
少し安価。質は並より少し上程度
・小麦
少し安価。質は平凡
・ハーブ鶏肉
質は中の上程度。質の割に高額
飼料にハーブを活用したもの
・ハーブ羊肉
質は中の上か上の下。質の割にとても高額
飼料にハーブを活用したもの
●食堂かその周辺にいるひと
・リット
帝国の田舎に担当地域がある代官
冒険者が担当地域に住み着くと泣いて喜んで厚遇します
・ジョセフ
リーラント伯爵家の嫡子。素直。経験を積むため飲食業に関わっています
冒険者が実家や自分に仕えてくれると心底喜びます
・大柄ビヒモー
学園祭の動物ふれ合いイベントに出場中のビヒモー
リットと付き合いが長く、ビヒモーの中では特に大柄
まとわりつく人間の子供に対しては愛想を振りまいていますが、休憩中に食堂近くの広場でリットと遭遇すると「もう帝国に戻ろう」という意思を込めて体当たりしてきます
・寡黙な学生や研究者
毎日来て食べますが、いると食堂の雰囲気が暗くなります
●他
セニャ・リーラントとの関係を表す称号を希望することも可能です
友、大親友、配偶者、など
現在の関係性として妥当な称号を付与します
特に仕事をせず昔(馬車猪が担当した依頼)を回想してもOKです
マスターより
リットのシナリオ登場はこれで最後になります
ここまで来ることができたのは参加者の皆さんのおかげです
本当にありがとうございました
リプレイ
●
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは帝国での伯爵位を継承した。
少々優秀程度の人間ならこれが到達点で後の一生を手に入れたものを守ることに費やすのだろうが、アウレーリア個人としてもネーベルベルク伯としても帝国の臣としても彼女の仕事はこれからが本番だ。
(伯爵位とは帝国では飾りかも知れないが、そも貴族は飾りで生きる人種だから名は実質以上の意味を持つ)
冒険と学園での活動をしていた時より忙しくなるだろう。
学園も卒業はしたいが帝国との距離を考えると通う時間の確保が難しい。
(嫡子でなく当主が接触する意味は、両国関係を加味しても大きい……のだけどね)
冒険者ギルド職員に説明された場所に到達する。
貴族子弟が通うには少々質素で、しかしいざというときに立て籠もることが出来る程度に頑丈なその食堂には特徴があった。
差し色にピンクを使っている。
アウレーリアにとっては冒険でも王国社交界でも帝国政界でも見慣れた意匠だ。複数の意味で頭が痛い。
「最後の機会だしね」
少しの間立ち止まったアウレーリアは、表情を変えないまま気合いを入れ直して入店した。
そこでは8歳児がすねていた。
甘やかされ過ぎた貴族子弟が持つような狂暴さや乱暴さはないものの、年齢相応の我が儘っぷりだ。
「就職は一生ものだもん!」
紫と金の瞳がじーっと見上げているのはティトだ。
帝国産の衣装をシャルガネ風の羽織に仕立て直した装束にはピンクの差し色がある。
数日前に伯爵家の金とコネで制作された新品で、有力貴族の家臣に相応しい格が感じられた。
「長期もあれば……短期もある……よ?」
ティトは8歳児の親から直接8歳児の側近として認められたのだが8歳児本人から駄駄をこねられている。
「故郷を復興する為に長い時間が必要になる……から、それまではジョセフ君の所でお世話になります……」
熟練の授恵者を雇う条件としては雇用側に有利ですらある。
もちろんティト達にも不利はない。
リーラント地方は亜人が全滅状態であり人口の割に農業が強い。白いパンと卵と鶏肉が毎日豊富に食べられるので体を回復させるのにも人を育てるのにも栄養面では向いている。
「ずっといっしょがいいもん!」
「気持ちは嬉しい……けど」
子供をあやしている間もティトは護衛だけでなく側近としての業務を行っている。
テレパスを介して届く情報は多く、ジョセフに渡す前に要約したりジョセフに判断の権限がまだないものについては予め伯爵から聞いた意向に沿って自ら判断したり指揮したりすることもある。
(ぼくの子供が少し大きくなるまでは……ね。旅もいいけど、落ち着いて暮らせる場所もないと……)
ティトの生き方は現実的であった。
「特定の家臣ばかりを気にかけるのはどうかしら。わたしも寂しいし、それに」
ハーフリングであるヴィノニスは身長は低いが所作も言葉も教え導く技術も有力伯爵家の嫡子の教師に十分な水準にある。
8歳児を落ち着かせると同時に8歳児自身に自らの行いを省みるよう誘導する。
「セロンガード!」
側近の筆頭である凄腕授恵者のことを思い出す。
なお、セロンガード・シュタインドルフはリーラント家情報部門長の引き継ぎの最中なので大忙しだ。
(帝国を取り戻しやるべき事を全て達成致しました。これからは自分自身の為、人生を歩んでいこうと思っております)
辛うじて交わせた会話もたったこれだけだ。
帝国人に自家の重要な部署と嫡子を任せる決断を下すほどに伯爵からの期待は大きく、当然のことながらセロンガードの負担もかなりものだ。
(ティトの故郷を復興する傍ら、ジョセフ様が御立派に成られるまでと……伯爵父子に伝わってますよね?)
冒険者になる前にも諜報分野にいた影響もあるのか、リーラント伯爵家に対する自身の言葉が字面通りに受け取られていない気がする。
面積も人口も大きいリーラント地方、婚姻と優遇で離間策をしかけて来ている集権派、所属しているのに関係が不安定になりつつある貴族派など、諜報も忙しいが防諜の大変さが異常なほどだ。
(ゆっくりと沈んでいく船ですね。時代をのりきれるほどジョセフ様が成長されるまでは私達が踏ん張らなくては。……物理的に側に侍れるのはいつになるでしょうね)
名刀を思わせる切れ味で活躍するセロンガードの内心は、こんな感じであった。
ヴィノニスは、ティトに謝るジョセフを見守っている。
(環境の割には素直に育っているのよね)
リーラントの家宰から引き継ぎされたときは比喩的な意味で頭が痛くなった。
次期伯爵として絶対に身につけるべきことと身につけることが推奨されていることと絶対に身につけてはいけないものが極太の巻物にみっしり書き込まれていた。
(……忠誠っていうのとはまた、ちょっと違う気がするけれど? 人は変わって行くものだし、それはワタシも同じこと)
今は無邪気に慕ってきているが来年はどうなるかは分からない。子供は気紛れなのだ。
(いつまでも変わらぬ忠誠を貫くつもりも願いもないけれど……)
歳を経るほどに瑞々しさは消えていく。
1年前と今を比べれば、肌は厚く硬くなり体も顔も男の要素を強めている。
もう少しすれば幼子とは誰も思わなくなるはずだ。
「お客様が見ておられますよ」
今のヴィノニスの印象は普段よりも堅苦しい。
服もデザインは控えめだが質は高く一定の権威すら感じられる。次期リーラント伯の側近兼教育係として認めた伯爵が大急ぎで調達した品でもあった。
「うん、分かった!」
期待に答えようと頑張る様が以前と変わらず可愛らしくも愛おしく感じる。
この時間がどれだけ続くか分からないが、ヴィノニスは自身の素直な気持ちに従いジョセフをもう少し見守るつもりだった。
●
ともあれ仕事である。
リーラント伯爵家としては主目的が嫡子の教育とはいえ無制限の赤字は許容できない。
(ハーブ肉が割高なら、お金持ちや貴族の学園生に広報すればって思ったけど……)
ディレイン・オールドケイジは清潔な姿で設備と食材の確認を行う。
(そんな簡単にいくなら店をたたもうとはしないか)
設備も肉も個々は良質ではあるのだが、商売として成立するかどうか考えると悲観的な予想になる。
「使えるものや売れそうなものをリストアップして、居抜きでなるべく高値で買い取ってもらうのが現実的だと思うよ」
立て直す気なら手伝うけどねと、病人の症状を記録するときのような慣れた手つきで食堂の現状を1枚の紙にまとめた。
「食堂の在庫処分と聞いてやって来ました。話が大規模ですね」
シルク・メイプルリーフは上機嫌だ。
良い肉を良い設備で調理できる機会は貴重なのだ。
「このハーブ肉と普通の肉混ぜて使いましょう」
そう言われてぎょっとする食堂料理人との距離が妙に近い。
「まぁ聞いてください普通の肉と美味しいお肉の1番の違い違いソレは脂です。肉質は調理法で補えます。ですので両方を適度に混ぜてコストを抑えつつボリュームを出しなおかつ美味しい料理に仕上げるのです」
自称孤児院仕込みの調理術、客観的に見て技術だけなら王都の一流どころでも通用する腕で行われるのは発想だけが家庭料理の一品だ。
見た目も味もコストも食堂存続に十分な水準に達している。
(またねーちゃんが無自覚に男を惑わしてる……)
客席で帝国への報告書を書いていたリットが、様々な重い思いがこもったため息を吐いた。
「1番簡単なのはスープにしてしまうことです。香りもスパイスでなんとかなります」
ただ、シルク達冒険者と比べると技術が劣る人材に教え込むのはシルクの指導技術があっても大変なようだ。
「冷やかしにきた、というところなのだ。私はゴールディに帰るので担当地域には住まないしリーラント家に仕える気もなし」
ストレガ・L・リベルガストラが敢えて口で言うのにはもちろん理由がある。
どう見てもジョセフ・リーラントがそのつもりだったからだ。
「だが同胞達は別なのだ。これから益々帝国への移住を考える同胞達は増えるだろうから」
ちらりとリットを見る。
リットはストレガに挨拶してから何を期待されているか考え……何も思いつかない。
「イグノ砂漠経由のゴールディとの通商ルート、うちにも中継拠点があるの」
助け船は8歳児からだ。
「マジ? ブラ……ゴールディと遠すぎてうち《担当地域》との連絡が途切れがちなんだ。ひょっとしてなんとかなったりする?」
リットがストレガと8歳児を交互に見ると、ストレガは静かに頷き、8歳児は詳細な契約内容は側近団と相談してと答える。
「リット殿もリーラント家もゴールディの取引先として今後とも宜しく頼むのだ」
「分かった! ゴブリン移民の受け入れも続けるぜ」
「こちらこそ、だよ。ところでビッグオウムの夫婦の誘致の件だけど……」
「それは駄目だと思うのだ」
ストレガの反応は強く素早い。
リーラント家は契約には忠実だが貪欲で、隙を見せて良い相手ではないのだ。
「さて畳むには色々惜しい食堂だと思うが。肉については飼料にするハーブを自家栽培、或いは契約農家に生産依頼や買い上げをしてコストを下げるしかないのだと思う。鶏の大手のリーラントだからそこはなんとかできるだろう」
ストレガはそこまで言って複数人の反応に気付く。ハーブ肉は普通の人間からはまず出ない。
「個人頼りの体制は不安定なのだ。安価な肉でも美味しく頂ける料理レシピは書面で残しておく。あとは従業員の手腕なのだ。料理大会で私が使ったレシピも教えはするが使い方には注意するのだ」
かつての勝利も圧倒的な料理技術があって始めて成立した勝利だ。
普通か少し上の人材しかいないリーラント家では、使いこなすのは難しかった。
「いくらか関わった身だしハーブお肉のコスト削減でなにかー」
部外秘と朱書された書類の束を手にアルマ・ヴァレンタインが悩む。
現地に乗り込めるなら打てる手があるが、ここで打てる手はかなり少なそうだ。
(ボクもお代官サマとしてあっちこっち担当する地域が出てくるだろうし、良さげなハーブを見繕って栽培オススメとかー?)
何をやろうとしても距離の問題がある。
ビッグオウムがあればどうにかなるが、冒険者も依頼の現場へ行き来するとき位しかビッグオウムを使える機会がないのだ。
「環境の厳しい帝国で自生できてたなら王国でも繁殖が期待……」
できるものもあればできないものもある。
できたとしても、物と情報を独占できるかどうかは別の話になる。
「あとは以前の課題だった警備や防諜に人が……足りてる?」
アルマがジョセフを見る。
ジョセフが側近達を見る。
3人だけでどうにかするにはリーラント伯爵家は大きく、現状維持が精一杯な分野もいくつかあった。
●
ワゴンカーが学園を行く。
もとは8歳児が事業拡大を目論んで失敗した残滓の1つであるが、アウレーリアが押すと以前の大失敗とは別の展開になる。
「質については試供品で確かめてください」
注文するなら来月以降はリーラント家に直接どうぞと言い残し、アウレーリアは学園中央とそれに近い食堂に営業をかける。
(帝国、貴族派、ブラックデスが空路で結ばれているのは分かっていたが……)
ビッグオウムの拠点がある場所の要人2人が仲良く雑談している姿は強烈だった。
(肉を帝国へ、と言いたいが送料を考えればまだ早い。生産拡大したら流通はリット商会とうちへと促すのが現時点の最善か)
故郷が生き残らなければアウレーリアにとって何の意味もない。
アウレーリアは卓越した演説でハーブ肉の評判を高めることでその普及を目指す。
狙いは学園生にもいる王国富裕層だ。
(高級肉も帝国へ、と大声で言えるようにならないとね)
故郷と帝国の復興を成し遂げる決意を、改めて固めていた。
●
昼飯どきが過ぎた午後。
修辞学の学習に飽きたジョセフと報告書作成に力尽きたリットが、食堂のテーブルでカードゲームを始めていた。
戦況は互角。
大人げなく熟練授恵者の五感を駆使するリットと、リットとは違って頭のできが人並み以上のジョセフが互角の戦いを繰り広げている。なお、冒険者基準では非常に低レベルが低い戦いでもあった。
「邪魔するぜ」
入店したナハシュは気配も足音も隠すどころか店の中の人が気づける程度に大きくしていた。
「リット、書きかけの報告書や私信を出しっぱなしにするのはやめとけ」
言葉でつついてから店員に案内されて着席。
メニューに今日限定で書き込まれた料理ではなく、冒険者の料理の痕跡から料理と肉の質を判断する。
「料理は運動部1人分で適当に頼む。肉単独で買える? ならマジカルポケットに入るだけ頼む。用途はお土産だ」
まだリーラント系列の店なので当然のようにマジカルポケット用容器が用意されていて、丁度食べ頃の肉が限界まで詰め込まれていく。
「マジでリット代官になったのか。 はー! 分かんねえもんだ!!」
今なら依頼にすらならないかもしれない害獣相手に逃げ回っていた数年前のリットをまだ覚えている。
「俺も頑張ったけど出会いと運だよ、ほんとに」
多少驕っても当然の経歴を持つリットだが、冒険者の活躍が凄すぎるため鼻が高くなりようがない。
「反り返って転倒するよりはいいかもな」
ナハシュは運ばれてきた料理を通じて肉の質を確認する。
「要はこれのコストが高すぎるのが問題なんだろ。他にも色々あるんだろうけど」
具体的な解決法は先に来た同業者が伝えていると判断し、ナハシュはより根本について指摘する
「ハーブ肉自分で育てりゃ余計なコストはかかんねえよ」
有力貴族の嫡子に本格的な酪農をする時間的余裕はない。
それは分かっているが直接経験しなければ分からないこともある。冒険者ほどの才覚を持たないなら特にそうだ。
「後はてめえが生徒会にでも立候補するなりなんなり、だな。うまくやれるといいな。肉美味いし」
「立候補して当選するもん! ……勉強しても学力足りなくて受験はまだ駄目って母様に言われてるけど」
努力はしているジョセフであった。
「ジョセフ君、俺とセニャの結婚式に出席してくれないか」
「いく!」
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトの提案は、勉強に戻っていたジョセフに受け入れられる。
アルベルトの妻と伯爵の不仲は致命的な水準でもジョセフとの仲は非常に良好だ。ジョセフは明らかに親族代表として行くつもりになっている。
「リット、これからも俺と義兄弟でいてくれるか?」
「兄貴その質問どういうつもりだよ。嫁さんに変なこと吹き込まれたのか? ダチと兄貴のどちらにつくか悩むことになるのは勘弁してくれよ」
リットがアルベルトを信頼していないのではなく、リットがセニャの人格を信頼していないだけである。
(親族関係は大変だな……)
今は亡き両親のことを思い出しながら、アルベルトはリットの勘違いを解くため頑張った。
「しかし遠いな」
「なまものを運ぶには王国は遠すぎるって」
アルベルトとリットが同時に息を吐く。
シュタールシュヴェーアト侯爵領にリーラント地方のハーブ肉を運ぼうと計画を立てたものの、どう工夫しても赤字にしかならないことが判明した。
小麦も買い付け費用が安くすむだけでビヒモーの餌や拘束期間を考えると実行したくない。
「楽な戦いはないな」
アルベルトは提案してメニューに載せて貰った帝国風のハーブ肉料理を口にする。
自身が試作したときと比べて味が曖昧だ。
本業が騎士で貴族の自分が口を出して良いかどうか本気で悩むアルベルトであった。
「結局このお店どうするー? 採算割れでもアンテナショップとして続ける手もあるけど」
アルマは帝国で代官として叙任され、しかも叙任式では帝国の主権者であるレイウェストから直接に代官の証を授けられた。
「帝国でお代官サマしているうちは休学予定だから学園に関わり続けるわけにもいかないしー」
実家と断絶したセニャと穏便に国を移動したアルマの違いは非常に大きい。
「従業員がその気になってるから独立させるかも」
ジョセフは配下の独立心に不快になってはいないが心配そうだ。
冒険者の圧倒的な技術を実感した直後なので採点が辛くなっているようだ。
「これからはリットくんと同僚……というかセンパイって呼ぶべき?」
「ダチに推されててもぎりぎり見習いな俺と最初から大歓迎されてるアルマが一緒なわけねーだろ。センパイって言うなよ? タメ口じゃないと俺泣くよ」
リットは人材や住人のスカウトが全くうまくいっていないと愚痴をこぼす。
「え? リット君のところ住人募集してるんですか? 引っ越します!」
シルクが盛り上がっている。
「ビヒモーさんのお世話しつつ美味しい料理を出すお店をやってもいいですし。学校の先生なんて言うのも面白そうですね」
対照的にリットは苦渋の表情だ。
人材としては特上のシルク相手にこうなのには理由がある。
距離感が近いシルクによって女性の好みも女性観も甚大な影響を受けた。
長い間、義理と思慕と理性の狭間で懊悩している。
「リット君の頼みならなんでもしますよ」
代官に過ぎた人材と呼ばれること確実なシルクは、リットにとっての悩みの種でもあった。
●
「いつも通りだよ。なんとか可で良も優もない、で言葉の使い方あってたっけ」
王都での仕事を終えたリットが旅支度をしている。
ここ数年旅を繰り返しているので報告書を書いているときとは違って様になっている。
「おじさんね、近いうちに旅に出ようと思ってるんだ。医者がいない、必要とされてる、そんな場所を」
ディレインがごく普通の話題であるかのように今後の予定を口にする。
リットは単純に出張なんだなと思って雑に頷いたが、ディレインにより念入りにブラッシングされた特大ビヒモーは目に見えて動揺する。
「どうしたんだよ。って痛い、本気でぶつかるな。痛いだろ」
騒ぐ1人と1頭に、ディレインは微笑ましいものを見る目を向けている。
旅は危険に満ちている。
冒険者としてもヒーラーとしても凄腕のディレインでも、事故や病気の可能性を0にはできない。
「また会えた時にリット君がどれだけ成長してるか、それを見るのが今から楽しみだよ」
「おっちゃん!」
ようやく気付いたリットが別の意味で騒ぎ出す。
しかしディレインに予定を変える気は無い。
「リット君をよろしくね。なるべく元気に長生きするんだよ」
自身も群れも世話になってきたビヒモーが、去って行くディレインに頭を下げた。
「色々あったけど仕事に追い回されてた記憶しかねぇよな」
ビヒモーは答えない。
リットは肩をすくめて自身の装備を確認する。
崩壊した帝国から着の身着のまま荒野にたどりついたときと比べれば立派で剣だって高性能。
しかしどれも仕事に最低限必要な道具で、あのときはなかった借金まで負っている。
「俺等も行くか」
リットとビヒモーも歩きだす。
もう夕方だが夜通し歩けば結構な距離を移動することができるはずだ。
冒険が終わっても、戦いは終わらない。
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは帝国での伯爵位を継承した。
少々優秀程度の人間ならこれが到達点で後の一生を手に入れたものを守ることに費やすのだろうが、アウレーリア個人としてもネーベルベルク伯としても帝国の臣としても彼女の仕事はこれからが本番だ。
(伯爵位とは帝国では飾りかも知れないが、そも貴族は飾りで生きる人種だから名は実質以上の意味を持つ)
冒険と学園での活動をしていた時より忙しくなるだろう。
学園も卒業はしたいが帝国との距離を考えると通う時間の確保が難しい。
(嫡子でなく当主が接触する意味は、両国関係を加味しても大きい……のだけどね)
冒険者ギルド職員に説明された場所に到達する。
貴族子弟が通うには少々質素で、しかしいざというときに立て籠もることが出来る程度に頑丈なその食堂には特徴があった。
差し色にピンクを使っている。
アウレーリアにとっては冒険でも王国社交界でも帝国政界でも見慣れた意匠だ。複数の意味で頭が痛い。
「最後の機会だしね」
少しの間立ち止まったアウレーリアは、表情を変えないまま気合いを入れ直して入店した。
そこでは8歳児がすねていた。
甘やかされ過ぎた貴族子弟が持つような狂暴さや乱暴さはないものの、年齢相応の我が儘っぷりだ。
「就職は一生ものだもん!」
紫と金の瞳がじーっと見上げているのはティトだ。
帝国産の衣装をシャルガネ風の羽織に仕立て直した装束にはピンクの差し色がある。
数日前に伯爵家の金とコネで制作された新品で、有力貴族の家臣に相応しい格が感じられた。
「長期もあれば……短期もある……よ?」
ティトは8歳児の親から直接8歳児の側近として認められたのだが8歳児本人から駄駄をこねられている。
「故郷を復興する為に長い時間が必要になる……から、それまではジョセフ君の所でお世話になります……」
熟練の授恵者を雇う条件としては雇用側に有利ですらある。
もちろんティト達にも不利はない。
リーラント地方は亜人が全滅状態であり人口の割に農業が強い。白いパンと卵と鶏肉が毎日豊富に食べられるので体を回復させるのにも人を育てるのにも栄養面では向いている。
「ずっといっしょがいいもん!」
「気持ちは嬉しい……けど」
子供をあやしている間もティトは護衛だけでなく側近としての業務を行っている。
テレパスを介して届く情報は多く、ジョセフに渡す前に要約したりジョセフに判断の権限がまだないものについては予め伯爵から聞いた意向に沿って自ら判断したり指揮したりすることもある。
(ぼくの子供が少し大きくなるまでは……ね。旅もいいけど、落ち着いて暮らせる場所もないと……)
ティトの生き方は現実的であった。
「特定の家臣ばかりを気にかけるのはどうかしら。わたしも寂しいし、それに」
ハーフリングであるヴィノニスは身長は低いが所作も言葉も教え導く技術も有力伯爵家の嫡子の教師に十分な水準にある。
8歳児を落ち着かせると同時に8歳児自身に自らの行いを省みるよう誘導する。
「セロンガード!」
側近の筆頭である凄腕授恵者のことを思い出す。
なお、セロンガード・シュタインドルフはリーラント家情報部門長の引き継ぎの最中なので大忙しだ。
(帝国を取り戻しやるべき事を全て達成致しました。これからは自分自身の為、人生を歩んでいこうと思っております)
辛うじて交わせた会話もたったこれだけだ。
帝国人に自家の重要な部署と嫡子を任せる決断を下すほどに伯爵からの期待は大きく、当然のことながらセロンガードの負担もかなりものだ。
(ティトの故郷を復興する傍ら、ジョセフ様が御立派に成られるまでと……伯爵父子に伝わってますよね?)
冒険者になる前にも諜報分野にいた影響もあるのか、リーラント伯爵家に対する自身の言葉が字面通りに受け取られていない気がする。
面積も人口も大きいリーラント地方、婚姻と優遇で離間策をしかけて来ている集権派、所属しているのに関係が不安定になりつつある貴族派など、諜報も忙しいが防諜の大変さが異常なほどだ。
(ゆっくりと沈んでいく船ですね。時代をのりきれるほどジョセフ様が成長されるまでは私達が踏ん張らなくては。……物理的に側に侍れるのはいつになるでしょうね)
名刀を思わせる切れ味で活躍するセロンガードの内心は、こんな感じであった。
ヴィノニスは、ティトに謝るジョセフを見守っている。
(環境の割には素直に育っているのよね)
リーラントの家宰から引き継ぎされたときは比喩的な意味で頭が痛くなった。
次期伯爵として絶対に身につけるべきことと身につけることが推奨されていることと絶対に身につけてはいけないものが極太の巻物にみっしり書き込まれていた。
(……忠誠っていうのとはまた、ちょっと違う気がするけれど? 人は変わって行くものだし、それはワタシも同じこと)
今は無邪気に慕ってきているが来年はどうなるかは分からない。子供は気紛れなのだ。
(いつまでも変わらぬ忠誠を貫くつもりも願いもないけれど……)
歳を経るほどに瑞々しさは消えていく。
1年前と今を比べれば、肌は厚く硬くなり体も顔も男の要素を強めている。
もう少しすれば幼子とは誰も思わなくなるはずだ。
「お客様が見ておられますよ」
今のヴィノニスの印象は普段よりも堅苦しい。
服もデザインは控えめだが質は高く一定の権威すら感じられる。次期リーラント伯の側近兼教育係として認めた伯爵が大急ぎで調達した品でもあった。
「うん、分かった!」
期待に答えようと頑張る様が以前と変わらず可愛らしくも愛おしく感じる。
この時間がどれだけ続くか分からないが、ヴィノニスは自身の素直な気持ちに従いジョセフをもう少し見守るつもりだった。
●
ともあれ仕事である。
リーラント伯爵家としては主目的が嫡子の教育とはいえ無制限の赤字は許容できない。
(ハーブ肉が割高なら、お金持ちや貴族の学園生に広報すればって思ったけど……)
ディレイン・オールドケイジは清潔な姿で設備と食材の確認を行う。
(そんな簡単にいくなら店をたたもうとはしないか)
設備も肉も個々は良質ではあるのだが、商売として成立するかどうか考えると悲観的な予想になる。
「使えるものや売れそうなものをリストアップして、居抜きでなるべく高値で買い取ってもらうのが現実的だと思うよ」
立て直す気なら手伝うけどねと、病人の症状を記録するときのような慣れた手つきで食堂の現状を1枚の紙にまとめた。
「食堂の在庫処分と聞いてやって来ました。話が大規模ですね」
シルク・メイプルリーフは上機嫌だ。
良い肉を良い設備で調理できる機会は貴重なのだ。
「このハーブ肉と普通の肉混ぜて使いましょう」
そう言われてぎょっとする食堂料理人との距離が妙に近い。
「まぁ聞いてください普通の肉と美味しいお肉の1番の違い違いソレは脂です。肉質は調理法で補えます。ですので両方を適度に混ぜてコストを抑えつつボリュームを出しなおかつ美味しい料理に仕上げるのです」
自称孤児院仕込みの調理術、客観的に見て技術だけなら王都の一流どころでも通用する腕で行われるのは発想だけが家庭料理の一品だ。
見た目も味もコストも食堂存続に十分な水準に達している。
(またねーちゃんが無自覚に男を惑わしてる……)
客席で帝国への報告書を書いていたリットが、様々な重い思いがこもったため息を吐いた。
「1番簡単なのはスープにしてしまうことです。香りもスパイスでなんとかなります」
ただ、シルク達冒険者と比べると技術が劣る人材に教え込むのはシルクの指導技術があっても大変なようだ。
「冷やかしにきた、というところなのだ。私はゴールディに帰るので担当地域には住まないしリーラント家に仕える気もなし」
ストレガ・L・リベルガストラが敢えて口で言うのにはもちろん理由がある。
どう見てもジョセフ・リーラントがそのつもりだったからだ。
「だが同胞達は別なのだ。これから益々帝国への移住を考える同胞達は増えるだろうから」
ちらりとリットを見る。
リットはストレガに挨拶してから何を期待されているか考え……何も思いつかない。
「イグノ砂漠経由のゴールディとの通商ルート、うちにも中継拠点があるの」
助け船は8歳児からだ。
「マジ? ブラ……ゴールディと遠すぎてうち《担当地域》との連絡が途切れがちなんだ。ひょっとしてなんとかなったりする?」
リットがストレガと8歳児を交互に見ると、ストレガは静かに頷き、8歳児は詳細な契約内容は側近団と相談してと答える。
「リット殿もリーラント家もゴールディの取引先として今後とも宜しく頼むのだ」
「分かった! ゴブリン移民の受け入れも続けるぜ」
「こちらこそ、だよ。ところでビッグオウムの夫婦の誘致の件だけど……」
「それは駄目だと思うのだ」
ストレガの反応は強く素早い。
リーラント家は契約には忠実だが貪欲で、隙を見せて良い相手ではないのだ。
「さて畳むには色々惜しい食堂だと思うが。肉については飼料にするハーブを自家栽培、或いは契約農家に生産依頼や買い上げをしてコストを下げるしかないのだと思う。鶏の大手のリーラントだからそこはなんとかできるだろう」
ストレガはそこまで言って複数人の反応に気付く。ハーブ肉は普通の人間からはまず出ない。
「個人頼りの体制は不安定なのだ。安価な肉でも美味しく頂ける料理レシピは書面で残しておく。あとは従業員の手腕なのだ。料理大会で私が使ったレシピも教えはするが使い方には注意するのだ」
かつての勝利も圧倒的な料理技術があって始めて成立した勝利だ。
普通か少し上の人材しかいないリーラント家では、使いこなすのは難しかった。
「いくらか関わった身だしハーブお肉のコスト削減でなにかー」
部外秘と朱書された書類の束を手にアルマ・ヴァレンタインが悩む。
現地に乗り込めるなら打てる手があるが、ここで打てる手はかなり少なそうだ。
(ボクもお代官サマとしてあっちこっち担当する地域が出てくるだろうし、良さげなハーブを見繕って栽培オススメとかー?)
何をやろうとしても距離の問題がある。
ビッグオウムがあればどうにかなるが、冒険者も依頼の現場へ行き来するとき位しかビッグオウムを使える機会がないのだ。
「環境の厳しい帝国で自生できてたなら王国でも繁殖が期待……」
できるものもあればできないものもある。
できたとしても、物と情報を独占できるかどうかは別の話になる。
「あとは以前の課題だった警備や防諜に人が……足りてる?」
アルマがジョセフを見る。
ジョセフが側近達を見る。
3人だけでどうにかするにはリーラント伯爵家は大きく、現状維持が精一杯な分野もいくつかあった。
●
ワゴンカーが学園を行く。
もとは8歳児が事業拡大を目論んで失敗した残滓の1つであるが、アウレーリアが押すと以前の大失敗とは別の展開になる。
「質については試供品で確かめてください」
注文するなら来月以降はリーラント家に直接どうぞと言い残し、アウレーリアは学園中央とそれに近い食堂に営業をかける。
(帝国、貴族派、ブラックデスが空路で結ばれているのは分かっていたが……)
ビッグオウムの拠点がある場所の要人2人が仲良く雑談している姿は強烈だった。
(肉を帝国へ、と言いたいが送料を考えればまだ早い。生産拡大したら流通はリット商会とうちへと促すのが現時点の最善か)
故郷が生き残らなければアウレーリアにとって何の意味もない。
アウレーリアは卓越した演説でハーブ肉の評判を高めることでその普及を目指す。
狙いは学園生にもいる王国富裕層だ。
(高級肉も帝国へ、と大声で言えるようにならないとね)
故郷と帝国の復興を成し遂げる決意を、改めて固めていた。
●
昼飯どきが過ぎた午後。
修辞学の学習に飽きたジョセフと報告書作成に力尽きたリットが、食堂のテーブルでカードゲームを始めていた。
戦況は互角。
大人げなく熟練授恵者の五感を駆使するリットと、リットとは違って頭のできが人並み以上のジョセフが互角の戦いを繰り広げている。なお、冒険者基準では非常に低レベルが低い戦いでもあった。
「邪魔するぜ」
入店したナハシュは気配も足音も隠すどころか店の中の人が気づける程度に大きくしていた。
「リット、書きかけの報告書や私信を出しっぱなしにするのはやめとけ」
言葉でつついてから店員に案内されて着席。
メニューに今日限定で書き込まれた料理ではなく、冒険者の料理の痕跡から料理と肉の質を判断する。
「料理は運動部1人分で適当に頼む。肉単独で買える? ならマジカルポケットに入るだけ頼む。用途はお土産だ」
まだリーラント系列の店なので当然のようにマジカルポケット用容器が用意されていて、丁度食べ頃の肉が限界まで詰め込まれていく。
「マジでリット代官になったのか。 はー! 分かんねえもんだ!!」
今なら依頼にすらならないかもしれない害獣相手に逃げ回っていた数年前のリットをまだ覚えている。
「俺も頑張ったけど出会いと運だよ、ほんとに」
多少驕っても当然の経歴を持つリットだが、冒険者の活躍が凄すぎるため鼻が高くなりようがない。
「反り返って転倒するよりはいいかもな」
ナハシュは運ばれてきた料理を通じて肉の質を確認する。
「要はこれのコストが高すぎるのが問題なんだろ。他にも色々あるんだろうけど」
具体的な解決法は先に来た同業者が伝えていると判断し、ナハシュはより根本について指摘する
「ハーブ肉自分で育てりゃ余計なコストはかかんねえよ」
有力貴族の嫡子に本格的な酪農をする時間的余裕はない。
それは分かっているが直接経験しなければ分からないこともある。冒険者ほどの才覚を持たないなら特にそうだ。
「後はてめえが生徒会にでも立候補するなりなんなり、だな。うまくやれるといいな。肉美味いし」
「立候補して当選するもん! ……勉強しても学力足りなくて受験はまだ駄目って母様に言われてるけど」
努力はしているジョセフであった。
「ジョセフ君、俺とセニャの結婚式に出席してくれないか」
「いく!」
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトの提案は、勉強に戻っていたジョセフに受け入れられる。
アルベルトの妻と伯爵の不仲は致命的な水準でもジョセフとの仲は非常に良好だ。ジョセフは明らかに親族代表として行くつもりになっている。
「リット、これからも俺と義兄弟でいてくれるか?」
「兄貴その質問どういうつもりだよ。嫁さんに変なこと吹き込まれたのか? ダチと兄貴のどちらにつくか悩むことになるのは勘弁してくれよ」
リットがアルベルトを信頼していないのではなく、リットがセニャの人格を信頼していないだけである。
(親族関係は大変だな……)
今は亡き両親のことを思い出しながら、アルベルトはリットの勘違いを解くため頑張った。
「しかし遠いな」
「なまものを運ぶには王国は遠すぎるって」
アルベルトとリットが同時に息を吐く。
シュタールシュヴェーアト侯爵領にリーラント地方のハーブ肉を運ぼうと計画を立てたものの、どう工夫しても赤字にしかならないことが判明した。
小麦も買い付け費用が安くすむだけでビヒモーの餌や拘束期間を考えると実行したくない。
「楽な戦いはないな」
アルベルトは提案してメニューに載せて貰った帝国風のハーブ肉料理を口にする。
自身が試作したときと比べて味が曖昧だ。
本業が騎士で貴族の自分が口を出して良いかどうか本気で悩むアルベルトであった。
「結局このお店どうするー? 採算割れでもアンテナショップとして続ける手もあるけど」
アルマは帝国で代官として叙任され、しかも叙任式では帝国の主権者であるレイウェストから直接に代官の証を授けられた。
「帝国でお代官サマしているうちは休学予定だから学園に関わり続けるわけにもいかないしー」
実家と断絶したセニャと穏便に国を移動したアルマの違いは非常に大きい。
「従業員がその気になってるから独立させるかも」
ジョセフは配下の独立心に不快になってはいないが心配そうだ。
冒険者の圧倒的な技術を実感した直後なので採点が辛くなっているようだ。
「これからはリットくんと同僚……というかセンパイって呼ぶべき?」
「ダチに推されててもぎりぎり見習いな俺と最初から大歓迎されてるアルマが一緒なわけねーだろ。センパイって言うなよ? タメ口じゃないと俺泣くよ」
リットは人材や住人のスカウトが全くうまくいっていないと愚痴をこぼす。
「え? リット君のところ住人募集してるんですか? 引っ越します!」
シルクが盛り上がっている。
「ビヒモーさんのお世話しつつ美味しい料理を出すお店をやってもいいですし。学校の先生なんて言うのも面白そうですね」
対照的にリットは苦渋の表情だ。
人材としては特上のシルク相手にこうなのには理由がある。
距離感が近いシルクによって女性の好みも女性観も甚大な影響を受けた。
長い間、義理と思慕と理性の狭間で懊悩している。
「リット君の頼みならなんでもしますよ」
代官に過ぎた人材と呼ばれること確実なシルクは、リットにとっての悩みの種でもあった。
●
「いつも通りだよ。なんとか可で良も優もない、で言葉の使い方あってたっけ」
王都での仕事を終えたリットが旅支度をしている。
ここ数年旅を繰り返しているので報告書を書いているときとは違って様になっている。
「おじさんね、近いうちに旅に出ようと思ってるんだ。医者がいない、必要とされてる、そんな場所を」
ディレインがごく普通の話題であるかのように今後の予定を口にする。
リットは単純に出張なんだなと思って雑に頷いたが、ディレインにより念入りにブラッシングされた特大ビヒモーは目に見えて動揺する。
「どうしたんだよ。って痛い、本気でぶつかるな。痛いだろ」
騒ぐ1人と1頭に、ディレインは微笑ましいものを見る目を向けている。
旅は危険に満ちている。
冒険者としてもヒーラーとしても凄腕のディレインでも、事故や病気の可能性を0にはできない。
「また会えた時にリット君がどれだけ成長してるか、それを見るのが今から楽しみだよ」
「おっちゃん!」
ようやく気付いたリットが別の意味で騒ぎ出す。
しかしディレインに予定を変える気は無い。
「リット君をよろしくね。なるべく元気に長生きするんだよ」
自身も群れも世話になってきたビヒモーが、去って行くディレインに頭を下げた。
「色々あったけど仕事に追い回されてた記憶しかねぇよな」
ビヒモーは答えない。
リットは肩をすくめて自身の装備を確認する。
崩壊した帝国から着の身着のまま荒野にたどりついたときと比べれば立派で剣だって高性能。
しかしどれも仕事に最低限必要な道具で、あのときはなかった借金まで負っている。
「俺等も行くか」
リットとビヒモーも歩きだす。
もう夕方だが夜通し歩けば結構な距離を移動することができるはずだ。
冒険が終わっても、戦いは終わらない。
マスターコメント
リットの物語は続きますが、マスターの馬車猪が担当するNPCとしての物語はこれで完結です。
完結まで辿り着けたのはこれまで依頼に参加して下さった皆さんと、アニエピカという世界に関わった皆さんのおかげです。
心から感謝します。
イベントシナリオ易しい 報酬:標準10 / 4〜25人
2024年02月08日 10時23分39秒 公開
成功
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