【枯花】その血につなぐ想い

炙りとろ左門

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シナリオID:3349

オープニング

 王都グランスパーダでは戦後処理が続いている。この事態に対して、ロウエンはひとまず最低限の手順で侯爵位を継承し、病床の父に代わり政務に取り組んでいた。
「本来なら晩餐会でも開かないといけないんだろうけど、現場で顔を合わせることの方が多いからね」
 この事態に自領へ留まるものもあれば駆けつけるものもあり、それぞれに事情はあれども、方々との繋がりを得るに困らない程に、人も物も流入が激しい。ある意味で貴重な機会を得たと、ロウエンはつぶやく。
「だけど、イレイユ。退学までしなくてもよかったんじゃないか? 春にはもう卒業だったろう」
「この情勢では、卒業試験の準備もままなりませんもの。政務補佐として自主的に退学するほうが良いと思いました」
 寝る時間も惜しまねばならないロウエンを支えているのは、イレイユだ。起き上がることができるようになった彼女は、積極的にロウエンの仕事を手伝っている。
「気持ちは嬉しいけれど、ティータイムにまで持ち込む必要はないさ」
 ロウエンは苦笑して、イレイユの手から書面を取り上げた。
「……気が回らず、申し訳ありません」
「気が回らないのは私も同じだ。薬草園でゆっくり過ごすつもりだったのに……」
 ロウエンは散らかった執務室をぐるりと見回した。双方執務室からなかなか動けないため、ここに茶器を持ち込んでいるのだ――窓を開け放しても、インクの臭いがまだ微かに残っている気さえする。
「私は王国騎士として、君は学園生としてそれぞれの生活を送っていた。こうしてゆっくり話す機会も取れないままだったね。彼らの助けがなければ、私たちはわだかまりを残したまま、生き別れることになっていたかもしれない」
 ロウエンとしても、イレイユのことを気にかけてはいた。それが一連の出来事の契機となったとも言えよう。
 【メドゥの指先】に属するルディルカとリーシャの捕縛、そして王都における決戦。ロウエンの命があるのは、冒険者たちの活躍あってこそだ。そしてその後始末も、はじまっている。
「私のことを、お兄様とは呼ばなくなったね」
 ロウエンの問いに、イレイユはわずかに伏せた睫毛を震わせた。その下にある瞳を、最後に真正面から見たのはいつだっただろう。
「……閣下も、私を……」
 イレイユの言葉は途切れる。だが、彼女の言いたいことはロウエンにもよく分かっていた。
 『イレイユ』として育てられてきた、赤の他人。しかし彼女には『イレイユ』を降りても名乗る名がないのだ。一方で、少女が役割に負い目を感じている以上、その名で呼ぶことは憚られたというのがロウエンの事情である。イレイユがそれについて最後まで言わなかったのは、分かりきったことだからだ。
 ロウエンは暖かな茶器を手にする。立ち上る香りは、二人が揃って好むものだ。
「……私は変わらずお前を大切に思っているよ。家族として暮らしていくのに、血の繋がりは必ずしも重要ではないのだし」
 ロウエンはいずれ伝えようと思っていたことを、しっかりと言葉にする。しかしそれでもイレイユの表情は晴れない。ロウエンは焦り、やや身を乗り出す。
「夫婦だって、もともと赤の他人だろう? 何も不思議なことじゃない。『イレイユ』の名や立場が重荷なら、好きな名を名乗っていい。アスカロニアの家名も背負う必要はない。でもできることならずっと一緒に」
「お兄様」
 イレイユは躊躇いがちに口を開き、ロウエンの主張を制する。
「他意はなかろうと思われますが……それでは、誤解を招きます」
 ロウエンはしばらく固まったあと、開け放した窓の外へ視線を逃した。
「……そんなつもりはなかったんだ。僕は今まで一度も、お前のことを不埒な目で見たことはない」
「分かっております」
 イレイユは控えめに笑った。諦念でも疲れ果てたものでもなく、兄の慌てようを笑う自然なものだ。ロウエンはその様子にほっと胸を撫で下ろし、
「ですが、お兄様はいずれご結婚なさいます。いえ、できればすぐにでもお相手を探し、お迎えしなくては。……その時、私がお側にいては色々と支障がございます」
 直後に崖下に叩き落とされた。イレイユの口元に浮かんだ微笑みに、ロウエンは嫌な予感を覚える。
「僕は、その先を聞かないとだめだろうか……?」
 わかりやすく意気消沈した様子でどうにか言葉を搾り出したロウエンに対し、イレイユは困ったように笑った。
 ロウエンは諦めが肝心だと悟った。イレイユは意外にも頑固なところがあり、この表情でされた頼みごとを、ロウエンが断れたことはないのだから。

● 美しいものにはなれない/けれど
 エルアは蝋燭を片手に、暗く湿った階段を降りていた。気をつけて歩いても足音が大きく反響してしまい、相手に来訪を知らせてしまう。
 階段を降りきったエルアは、ある牢の前で立ち止まった。
「……誰かと思ったら、君か」
 鉄格子の向こう、掠れた声のする方へ、エルアは蝋燭を掲げる。奥まったところにいるのか、枷の嵌められた足の先がわずかに照らし出されただけだ。
 だが、むしろそれでよかったかもしれないとエルアは口を引き結ぶ。男の足の爪は全て剥がれ、変色している指もあった。尋問を受けたのだろう。
「日取りが決まったと聞いたから」
「ああ、そうなの?」
 ルディルカは興味がなさそうに答えた。自身の状態にもさして思うところがないのだろう。
「リーシャはもう済んだのかな」
 だが、その問いについては答えを求めているようだった。エルアは口を開くも、ややあって、閉ざす。
「私が知るわけないでしょ」
「なんだ。役に立たないな……」
 ルディルカは座り直したのか、足先さえも見えなくなる。
「じゃあ、君のご主人様は?」
「シュナイデル卿なら残念、生きてるよ」
「息をしてるだけってこと?」
 明言を避けたことをルディルカが的確に突いてくるため、エルアは眉を顰めた。
 王都決戦での損耗具合によっては治療の打ち切りも考えられたシュナイデルだったが、幸いにも一命を取り留めた。それでもやはり老いた身には傷は深く、再び剣を持つことはできないだろうと言われている。
 だからエルアは、彼を連れて故郷へ戻るつもりなのだ。妹ならば、きっと助けてくれるだろうから。
「健気だね。あの男は、君を助けなかったのに」
「……あの人はちょっと救えないくらいに拗らせてるだけだから。私(あなた)みたいにね」
 剣呑な空気が滲み、エルアは踵を返した。
「私も身の振り方を考えるわ。あなたみたいになりたくないし」

 地上に出ると、シルバリーが物言いたげな顔でエルアの戻りを待っていた。
「おかえりなさいませ」
「ごめんね。無理を聞いてもらって」
 火を消した蝋燭をシルバリーに手渡し、エルアは肺に溜めていた空気を吐き出した。
「でも階段多すぎだよ。そんなところ、怪我人に上り下りさせるわけにいかないでしょ?」
「傷は塞がっています」
「胸をグッサリされた人の言うことじゃないって……」
 うう、とエルアは顔を顰めた。シルバリーは職務に忠実だが、あまり自分の命に価値を見出しているとは思えない――彼女の一族は皆そうだと、聞いている。
 エルアは言葉を続けようとして、やめた。自分とその周囲のことで手一杯の自分が、口を出してどうにかできることでもない。
「お気遣いだけ、いただきます」
 シルバリーの短い返答に、エルアは手を振って別れを告げた。

解説

侯爵令嬢イレイユと平民の娘リーシャとの間に持ち込まれていた問題は、さまざまな憶測を呼びながらも、学園生の記憶からは薄れつつあります。 【メドゥの指先】の構成員であり【メルヴィの落とし子】事件の主犯格であるルディルカは、先日処刑の日取りが決定しました。同じく指先構成員のリーシャもまた聴取が完了次第、量刑を言い渡されることとなっています。 あなたの中に流れる「血」とは、どのような意味を持つものでしょうか? ご自由にお答えくださいませ! 期間中にやり残したことがある場合は、それについて行動しても構いません。 シリーズには参加していなかったけれども、このテーマについてPCの考えや立場を記録しておきたいという方も歓迎です。 舞台は王都グランスパーダですが、一部エリアの指定についてはマスタリングが挟まる場合があります。 == 関連NPCの現在 == ▼ イレイユ  起き上がれるようになりましたが、表向きには病により学園を退学したことになっています。現在は身分を隠し、養護院の責任者となっています。 ▼ ロウエン  新たに侯爵位を継ぎ、王都にある侯爵邸にて執務に追われています。 ▼ ルディルカ  【メドゥの指先】構成員であり、【落とし子事件】の中核的人物です。現在は拘束され、処刑を待つ身です。 ▼ リーシャ  その正体は指先構成員であり、落とし子のひとりとして実父ルディルカの計画に加担していました。現在は拘束され、取り調べが進められています。 ▼ シルバリー  【青薔薇】所属の密偵であり、リーシャとルディルカの聴取と監視を担当しています。 ▼ シュナイデル  落とし子事件を追っていた王国騎士です。深手を負いましたが一命を取り留め、現在療養中です。 ▼ エリゼ  元伯爵令嬢の冒険者です。一連の事件を経て、シュナイデルを連れ故郷に戻る予定です。 == 関連項目 == ▼ メルヴィの落とし子  20年ほど前、王国貴族に恨みを持つ混血児たちによって、王国貴族の家系に「異種族」の血を混ぜる計画が実行され、少なからず騒ぎになりました。この計画によって生まれた子供たちは【メルヴィの落とし子】と呼ばれており、残存する関係者の追跡が進められています。 ▼ 養護院  身寄りのない子供達を保護・養育する施設です。このたび壁外に新たな養護院が設置され、ある人物(イレイユ)が責任者として据えられました。運営ははじまったばかりですが、大きな問題はないようです。

マスターより

【枯花】参加者の皆様はお疲れ様でした! ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。最後に「血」について、冒険者さんたちの考えていることをお聞かせ願えたら、と。 関連NPCはここで話しかけておきたい方用の情報なので、交流は必須ではありません。 それでは、皆様のご参加&プレイングをお待ちしております!

リプレイ

 キオルティスは鉄格子の前で足を止めた。牢の中は暗くて見えないが、薄ら血の臭いが漂っている。
 血の繋がり。彼ら【落とし子】たちはそれ故に苦しめられ、それを憎んだ――己の、他人の命運を狂わせるほどに。
 それについて、人と人との絆を示すのに血の繋がりが必ずしも重要であるのかと、キオルティスは考え続けている。
 キオルティスにはアステルという実妹がおり、この一連の事件にも共に関わっている。妹(アステル)のことは大切だ。それは何にも代え難いものだが、血が繋がっているからではない。強いていうならば『互いを想う心』が、自分たちを『兄妹』たらしめている。
 しかし、彼らはそうではなかった。だからこそ、キオルティスは悩むのだ。
「わざわざ何の用だ?」
 キオルティスに気づいたらしい、気だるそうな声が聞こえる。
「リーシャは、キミを心から慕っていた」
 少なくともキオルティスにはそう感じられたのだ。それを伝えると、ルディルカは沈黙した。
「……きっかけが『血』だとしても、それは『心』が為したものだ」
 血を『呪い』として憎むルディルカの実の娘である彼女(リーシャ)が、どんな思いでルディルカのそばにいたのか。本心を聞くことができない以上は推し量る他にないが。
「俺には妹がいる。だがそれ以上に、アステルという一人の人間だ。かけがえのない、大事な」
 キオルティスは鉄格子を握る。
「キミにとってのリーシャは、なんだったんだい? リーシャがキミを慕っていたのは……キミが父親だからじゃない。キミの考えを汲むなら尚更のはず――」
「分かっている! ……分かっていた」
 キオルティスの言葉が遮られ、再び沈黙が降りた。
 問いの答えはない。キオルティスはしばらく留まったのち、「もう行くよ」と言い残して踵を返した。


 グレイブ・ヤードはとある養護院を訪れていた。ここに養護院ができた背景については、仔細にでこそないものの、把握している。
 ここに保護されている子供たちの多くは、親からその出生を疎まれた者たちだ。
 貴族の戯れによってできた子。生まれながらに病を患い、『慈悲』すらかけられなかった者。食うに困った家族に置いて行かれた者。その中で自分がここにいる理由を知らない子供は、幸運であるとみなされている。
(『血』の意味が問われる状況というのは、おおよそ碌でもないことが起こっている時か、その後ですからね)
 グレイブは子供たちの身繕いを手伝ってやりながら、彼らの笑顔に翳りがないことに安堵する。彼らは、自身を憐んではいない。
 『血』が示すものは様々であり、主張も人それぞれだ。呪いや穢れの類と考える者がいる一方で、祝福と解釈したり、誇りを見出す者もいる。血裔に受け継がれる想いを信じる者、体液でしかないとみなす者、命そのものを見出す者――共通していることといえば、誰もそれを選んで生まれてくることなどできないということだ。
 グレイブは、血は個人を形作るもののひとつであればこそ、価値を決めるものではないと考える。自分で選び取れるものではなく、他者かから与えられるものだからだ。台座や基礎と言うこともできるかもしれないが、そこに何を積み上げていくかで人生は枝分かれしていく。
 ただ、その台座に染みついたもの自体が疎まれることもあり、今回はそのようなものだった。共同体から弾き出されてしまうほどの排斥ともなれば、それはもう『個々人で折り合いをつけることができれば良い』問題ではなくなる。
 子供たちの身繕いが済むと、院長が戻ってきた。院長は子供たちの様子を見て微笑むと、グレイブに頭を下げる。
「お手伝いいただき感謝いたします。おかげさまで、少し休めました」
「それはよかった……慣れないことも多く、お疲れなのでしょう。少し、お話ししませんか」
 話すことで胸のつかえが取れることもある。グレイブは聖職者として、そして医学を修めた者として、迷わずその選択をするのだった。


 同時刻、シルヴィア・A(アルヴィン)・カペルは王国騎士シュナイデルを見舞っていた。
 老年に差し掛かっているにも関わらずも隙のなかった立ち姿は、今や見る影もない。同席しているエルアが、身を起こそうとしたシュナイデルを押し留める。
「これはこれは、御令嬢。相変わらずお節介に忙しないことだ」
「……ご容態を聞き心配していたのですが、杞憂に終わりました」
 どうやら気は弱っていないらしい。気が弱った病人というのは、迎えが早いのだ。シルヴィアは胸を撫で下ろしつつ、エルアから聞いたことについて改めて話をするつもりで椅子に腰を下ろした。
「本題に入ろう、エルア。卿(けい)と共に、マーレではなくカペル(うち)に来ないかい」
「カペルに……ですか?」
 エルアは目を丸くした。
「妹御(リティア)とのこともあるが……問題は御父君(バーシル伯)だ。よりにもよって卿に君を託すなんて」
「御令嬢?」
「君とて娘のひとりだ、伯爵の態度は理解に苦しむ。戻って、また君が傷つけられでもしたら……」
 物言いたげなシュナイデルと、それを無視するシルヴィアの様子を見つめていたエルアは、ぷっと噴き出す。
「確かに、閣下はかなり悪辣で捻くれた人ですけど。ちゃんと私のことを見てくれていましたよ」
「エリゼ」
 批難がましい目線を受け、エルアは笑いを堪えながら顔を背けた。そしてシルヴィアに向き直り、微笑む。
「ありがとう。でも、向き合う力も時間も与えてもらったから。もう『哀れな小娘』ではいたくないの」
 エルアの瞳は強い光を湛えていた。シルヴィアはそれを真正面から見つめ、「そうか」と笑みを返す。
「惜しいな。卿の傷に【青薔薇(うち)】の銀閃(シルバリー)も関わっているからね。責任を取って卿を教官にでも迎えるつもりでいたんだけれど」
「この私をまだ働かせるつもりでいらっしゃる」
 シュナイデルは呆れたように息を吐く。そして喋り疲れたのか、そのまま目を閉じた。
 

 グレイブと入れ替わりで養護院を訪れたエリカ・プレトリウスは、手伝いを申し出た仕事が一段落したところで中庭へと招かれた。イレイユはエリカに茶を用意すると、柔らかな木漏れ日に目を細める。
「子供たちがお昼寝している間、ここで少し……考え事をするんです」
 そう言って、イレイユは書類を片付けくると執務室に戻った。中庭に残されたエリカは、用意された暖かな茶と菓子を前に思惟に沈む。
 眼裏(まなうら)に蘇るのは、リーシャの激情だ。
 自身の選択に後悔はない。抱えている苦しみを誰かに押し付け、害なすことなど考えられなかった。
 彼女は何を以て、『互いの欠落が似合いであればいい』と言ったのか――それは、必ずしも『同じもの』を意味しない。
 だが、『エルフであるエリカ』が王国(にんげん)の立場で立ち塞がったことは、確かに『同胞の希望を絶った』と言えよう。
 胸の奥が痛む。優しく善良な養い親(子爵夫妻)と、それに仕える者たちもまた一様に『あなたが来てくれてよかった』とエリカを慈しむ。寄親から養子の勧めを断ってまで、新たに結んだ絆を尊んで。
 天秤にかけたものを鑑みれば、間違いなく――正しい行いだ(こんな仕組みでさえなければ)。

 ――では。その正しさに適わぬ者は、どう生きれば良いのか?

「……リーシャ、さま」
 借り物のハンカチを膝の上で握り込む。
 『わたし』に相応しい名前(こたえ)などわからない。懐で眠るネムは、日に日に眠る時間が延び、体温も落ちていくのに。『わたし』が立ち竦んでいる間に、世界はどんどん進んでいくのだ。


 ジュスト・ヴェルジーにとって『血』とは、誇りであると同時に重責でもあり、良くも悪くも自身をそれたらしめる支柱であった。
 自ら望んだわけでもなく与えられた価値が、貴族社会において『顔と口だけの次男坊』を生かしているのだと、荒んだ時代もあった。一転してその『血』に相応しくあるよう努力しても、理想を体現する寵児らと己を比べては、その落差に息を詰まらせるばかり。
 血裔の矜持に誠実であろうとすればするほど剥がれて毀れる己の価値。それを思い煩う機会が減ったのは、婚約者のおかげだ。
 もちろん彼女との間にも紆余曲折あったものの、これまでの歩みの先に今があり、それは『血』においても同様だった。そういう意味でこれは、呪いであり祝福でもある。
 同じく『血』に囚われていたエルアを前に、ジュストはふっと微笑んだ。彼女の表情はどこか吹っ切れたものだったから。
 シュナイデルとともにマーレへ帰郷するという話を聞き、ジュストも懸念を抱いたのだが、エルアの様子を見る限りは心配ないと判断した。
「まあ、今は色々と慌ただしいからね。焦らないという君の選択は良いと思う」
 とはいえ帰郷の時期はシュナイデルが動けるようになってからということらしい。【落とし子】の残党がマーレへ向かったかもしれないことを考えると、事後処理が落ち着いてからの方がいいだろう。
「お忙しい中、会いにきてくださってありがとうございます」
 礼を述べるエルアに、ジュストは「気にしないでくれ」と応える。
 この社会の仕組みが一朝一夕で変わることはない。それでもできることを成そうとする人々の歩みがなければ、百年後もきっと変わらないまま――だからジュストもまた、自分にできることを探し続けるのだ。


 リーシャが幽閉されていたのは、とある屋敷の一室だった。『牢』というにはそう環境が悪くないのは、もとは貴人を幽閉しておく場所なのだろう。
 病や怪我で動けなくなった者、心を狂わせたり、喪った者――体面を保つため、都合が悪いと思ったものを隠しておく場所。そこで、リーシャは火のついていない暖炉の前に座り込み、火かき棒で灰をかき混ぜていた。
「自分たちの存在意義を成すほどにまでなった価値観が破壊されたら、新しい価値観が必要とされるわよね?」
 計画が成功したら、何がどう楽しくなるはずだったのか――ナハシュの問いに、リーシャは少し考えたのちにそう口火を切った。
「あたらしい世界がつまらないものだと思うより、面白いものだと思う方が得でしょ? もちろん、私には楽しいことでもあなたにはつまらない、ということもあるでしょうけど、それはその時になってみないとわからないもの」
 まあでも、とリーシャは続ける。
「八つ当たりも確かにあったわ。この仕組みがある限り、私はお父さんに構ってもらえないんだから」
 リーシャは火かき棒を投げ出して立ち上がり、ナハシュに向き合った。
「参考になったかしら?」
「それなりに、な。今回の騒動は冒険者として見てただけだったが、それでもなかなか楽しかった」
 ナハシュはテーブルの上の籠から無花果をひとつ手に取り、手のひらの中で投げ上げて遊ぶ。
 ナハシュにとって、『血』は遊びや作戦に利用できる要素のひとつでしかない。自身の種族についても、「『ゴールディのゴブリン』としてヒトの社会で遊ぶことが面白い」以上の意味はない。
「ただ体ン中を流れてるだけのものに、どいつもこいつも何かを見出してるよな。自分の意思じゃどうにもできねーのに」
「身体(そんざい)に最も近いものだもの。意味を持たせてやれば意識せざるを得ないものであるなら、利用されるのは当然だわ」
「じゃ、最高に人間らしいゲームだった、と言えるわけだ。お前らも楽しかったか?」
「それなりに、ね」
 リーシャの答えにナハシュはにっと笑い、無花果を口の中に放り込んだ。


 貴族の茶会に供される茶葉――を整えるために廃棄されるような葉片を寄せ集め、刻んだ果肉を加えて淹れたもの。それをイレイユは好きだと言った。
 侯爵令嬢として大事に育てられてきたはずの彼女にとって、組織運営の実務は慣れないことばかりであり、実際そうであるように見える。しかし思っていたよりも逞しいのかもしれないと、ゲルダ・クラインは安堵していた。
「ロウエン様にお伝えしたかったこと、ちゃんとお話しできましたか?」
 ゲルダが尋ねると、イレイユは柔らかく微笑む。
「心がいくらか、軽くなりました。……貴女にも感謝しています」
「あの時、打ち明けてくださって、ありがとうございました」
 二人の今日につながるはじまりの日を、イレイユは忘れないと言う。
「『血』について……貴女はどう考えますか?」
「その人が生まれたときに得る、はじめての『縁』……だと、思います」
 その上でなされた問いに、ゲルダはそう答えた。
 良縁にしろ悪縁にしろ、切れずに育まれるものや、生まれてすぐに切られてしまうもの――人によっては、自身を縛り続けるもの。
「血という『縁』はひとつだけ。ですからそれが特別なものだと、この世に唯一のものだと考えることもあるかもしれません。でも……縁とはそればかりではないと思います」
 ゲルダとイレイユの間に結ばれているもののように、生きていく間に様々な縁が生まれていく。
「イレイユ様とロウエン様がともに過ごされた時間は、たとえ血の繋がりがなくても、これから先に続いていくものだと思います」
 だから、とゲルダはあの日そうしたように、イレイユの手を取った。
「私たちの関係も……そうであればと思います」
 イレイユが思い煩う全てが解消されたわけではないだろう。だが彼女が今抱えているものは、『何者でもない』自身が、養護院の子供たち(揃いの欠落を持つ者ら)が、この先どう生きていくかという――未来へ進むためのものだ。
 それを支えたい。ゲルダの言葉に、イレイユは嬉しそうに頷くのだった。


「刑……決まったって、聞いたから」
 アステルは暗闇の中に目を凝らす。ルディルカの姿(自身の行動の結果)から、目を逸らさない。
 ここにいるのは、何もできない、敵でもない、ただのルディルカというひと。
「……お前も何か質問があるのか?」
 ルディルカは掠れた声で問う。それに、アステルは首を振った。
「聞いて欲しいだけ」
 無言を肯定と受け取り、アステルは口を開いた。
「兄がいるの。仲のいい兄妹だって言えると思う」
「さっき来たよ」
「リーシャは、貴方無しで笑って生きていけるかなって」
「そも、無事で済むかもわからないが」
「彼女は、戦いの中ですら貴方を心配してた。彼女と貴方の間にあったのは、血だけじゃなくて、」
 アステルは言葉を詰まらせる。
 兄がいない世界で笑えるか、自分にはわからない。それでも、リーシャが望んでいたのは、父親が笑顔でいられる明日だったから。
「貴方も笑える日が来ると、信じてたし……信じてる。私は、もう、二度と、貴方たちの様に笑えない人を作らない」
 一言ずつ刻みつけるように、アステルは言葉を紡ぐ。
 甘いと言われようと、愚かだと言われようと、こればかりは性分だ。
「……そうか。せいぜい足掻いて、苦しむといい」
 言葉の割に、ルディルカの声音に敵意はなかった。


 詰め所を出て、アステルは人の流れに乗って歩んだ。通りの向こうにキオルティスの姿を見つければ、笑みが自然と溢れる。
 それぞれの営みの中にあるのは、笑顔ばかりではない――彼ら(それ)を忘れず、この心に、血に、流れさせて――笑って、生きていこう。

マスターコメント

お疲れ様でした! これまでお付き合いいただき、ありがとうございました。冒険者さん、それぞれの旅路の枝葉末節にあって、時折思い返していただけるものとなれたらさいわいです。 それではまた、どこかでお会いしましょう~。
ショートシナリオ

ショートシナリオ普通 報酬:標準8 / 4〜8人

2023年12月15日 15時13分44秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. ナハシュ

    マーなんか各々好きにやるんだろうが一応な! シーフのナハシュだ。今回はよろしく。

  2. エリカ・プレトリウス

    は、はい、シューター、エリカ・プレトリウスです。よろしくお願いします。 養護院で何かお力になれることがあればお手伝いします、という感じです。

  3. シルヴィア・A・カペル

    ヒーラーのシルヴィアだ。今回はよろしくね。 さて、色々とやりたいことはあるけれど……後悔のないように過ごせたらと思う。皆にとっても良い一日になりますように。

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0