【南乱】海賊侯爵への疑い

紀藤トキ

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シナリオID:2929

オープニング

 ラザフォード辺境伯の執務室にて、当主のカーチスとクラーケン(グレゴール)は書面を手に言葉を交わしていた。他には、彼の姉のクレアとエスト・ポーラから派遣された艦隊の司令であるラセル卿がいる。当事者として聞く権利があると姉に言われれば強く否定はできなかったようだ。

「やはり、あのエイの魔獣は薬物を投与されていたようだ。ゴールディ産の興奮剤のようなもの、らしい」
「ほう。当代のディンドルフ侯にはそれを入手する伝手があった、と?」
「ゴールディの外へ向けてはディンドルフ、というかエドガル殿にしか販売されていないそうだ。当のエドガル殿によれば、だが」

 暴走した海の魔獣に対する先の海戦では、冒険者の助力により被害を最小に留めることができた。が、被害が少なかったとはいえ、それが人為的な災害であったのならば、南の守りたる辺境伯家として看過は出来ない。現状では隣領、海賊侯爵の異名を持つディンドルフ家の三男、エドガルに関与の疑いが掛かっていた。彼自身の船から、魔獣の体内から見つかったものと同じ薬物が見つかり、現在は拘束中である。

「ですが、あの方は南方辺境伯家の戦闘招集に応じたのでしょう? それなのになぜそのような物を積んでいるの? 疑ってくれと言うようなものじゃないの」

 聞いていたクレアがそう不審そうな顔をする。そもそも、魔獣討伐の為に南方辺境伯家がかけた招集をディンドルフ候は事実上無視、同家の勢力下からは個人で招集に応じた三隻の船しか来ていない。その三隻の中に、毒物を積んだエドガルがのこのこ混じっていた。

「……あるいはその不自然さも計算かもしれんがね?」

 クラーケン(グレゴール)は皮肉っぽく言うが、確かに不自然な経緯だ。己の身も危険だというのにわざわざ薬物を戦場へ持参するだろうか。取り調べにおいて、エドガルはその薬物を知らないとは言わず、魔獣に投与した事など無いと言っている。可能性としては、エドガルが何者かに嵌められた可能性をカーチスは考えていた。

「それも踏まえて、ディンドルフ侯爵家への弾劾は慎重に考えたい。やり方が妙だ」

 ディンドルフがラザフォードの失墜を狙っているのは確かだろうが、カーチスが証拠不十分な状況でディンドルフ家を訴えれば、ラザフォードがいたずらに混乱を大きくしたなどと言われかねない。

「今のディンドルフはラザフォードに思う所があるのかね?」
「ラザフォードのみでは南の守りが不安、ディンドルフ侯爵家も辺境伯相当の役目を負う、と私が家を継いだ頃から主張している。次は南方に辺境伯が二つあっても良いなどと言い出すつもりだろう」

 代替わりの後の混乱から辺境伯家が弱体化したのに対し、ディンドルフ侯爵家は海賊討伐や鎮撫を多くこなしてきた。正規の海軍戦力であれば今の両家は互角。しかし、ディンドルフ候は領内の海賊のかなりの割合を手なずけている。実戦力では自家が上と自負しており、弱い相手が格上にいることが不愉快なのだろう。

「なるほど。多少無理をしても、ラザフォードの失墜を狙う理由はあるという訳か。つまらん策を巡らせおる」
「証拠はない。あるいはエドガル殿を送り込んだのも含めて、いつもの挑発の一環なのかもしれないが……」

 今回、大魔獣の阻止に失敗していれば、民に甚大な被害が出た可能性もある。嫌がらせの域を超え、王国への反乱行為だと言われても仕方がない。近年は王国騎士団の武力による侯爵家の取り潰しも相次いでいるというのに、あまりにも迂闊だ。

「……乱が起きた場合、我々はまずクレア様を保護させて頂きます。本国へも指示を仰ぎはしますがね」
「ええ。実家の問題に夫やエスト・ポーラを巻き込むわけにはいかないわ」
「エスト・ポーラとリブラネスタの問題に我が家が巻き込まれる、の間違いではないですか、姉上」
「……そういえば、そうとも言えるわね。……まったく、あの人は何を考えているのかしら」

 ラセルとクレアに、カーチスは苦笑を向けた。王国と戦争をするとかしないとか、同盟内で揉めているらしいとは聞く。派遣艦隊一個で何ができるではないにせよ、以前よりも彼らに向いた周囲の目は厳しい。2人もそれを理解しており、困惑している様子だった。

「ともあれ、私は状況証拠だけでディンドルフ候を弾劾するつもりはないよ。弱腰だと笑うかな?」

 今回の件はいささか目に余る。しかし、カーチスは自重を告げた。腕組みするクラーケン(グレゴール)が重々しく口を開く。

「笑いはせんが、弱腰だとは思うぞ。だが、証拠があれば話は別であろう。……いつまでもこう舐められていては良くはあるまい」

 エドガルを捕縛している間に彼の身辺を探り、証拠が出てくればその時にはディンドルフ家の非を鳴らすべき、とまで言えばカーチスも渋々頷いた。しかし、そもそも、エドガルの立場は魔獣討伐の協力者でもある。そういつまでも、状況証拠と疑いだけで侯爵家の直系男子を捕えたままでいる訳にはいくまい。理由をつけても、せいぜいがあと一週間。その一週間で、何か掴むことが出来れば侯爵家を非難する事も出来る。

●
 そして現在。クラーケン(グレゴール)は辺境伯の領都にある冒険者ギルドを訪れていた。

「確か、王都にはエドガルの管理している屋敷があったと聞く。薬物の現物なり取引記録などがあるとすれば、そこだ。あとは、産地での売買が無いかだが、そちらは辺境伯家の方で調べるそうだ」

 仮面をつけて誤魔化しているとはいえ、クラーケン(グレゴール)はかつて魔法使いの塔の虜囚であった身。王都にのこのこ出向けば面倒なことになろう。

「それで、冒険者に頼む事にした。貴族の内輪もめだと思われれば依頼として受けて貰えまいが、しかしこれは王国の危機に繋がる謀略である」

 たまたま、今回は大型魔獣が一匹であったが、もしもこれが計画的な犯行であれば、再現可能かもしれないのだ。いや、おそらくは計画的なものであっただろうとクラーケン(グレゴール)は説く。海の街のギルド職員は、事の重大さを鑑みて依頼を受領する事とした。

「王都のディンドルフ候の御屋敷は、今は警備の者と猟犬が居るのみです。できれば、調査に入った事が相手に気付かれないのが望ましい……と」

 王都にあるディンドルフ候の屋敷は、先ごろエドガルがちょっとした問題を起こすまでは彼の管轄であった。王都から引き上げる際は追われるような形であった故、処分し損ねた書類などがあるのではないかとクラーケン(グレゴール)は疑っていると言う。問題の薬物の流通ルートが分かれば、実行犯が何者であるかや繋がりなども分かるかもしれない。無論、何も見つからなかったとしてもそれはそれ。購入した薬物が消えているならば、エドガルやディンドルフ候自身の疑いを補強する証拠となろう。

「それから、エドガルへの聴取を行って貰っても良い。我々とは異なる視点もあるだろうからな。侯爵家の船長のローラと話をして貰っても構わん」

 クラーケン(グレゴール)自身は、二人の聴取を直接担当するつもりはないらしい。薄々とカーチスが感づいているように、自分はディンドルフ家に縁があり、尋問などで手心を加えると思われる訳にはいかん、というのが本人談。ディンドルフ候の情婦の一人であるローラ・シラーズが何か知っている可能性も無くはないが、期待薄だと彼は判断しているようだ。

「冒険者諸君に調査を任せた間に、私は自分に任された艦隊の再編と整備を行うとしよう。備えは必要となろうからな」

解説

同盟の方で雲行きが怪しいようですが、王国南部の海洋貴族もあまり落ち着いていないようです。 王都のディドルフ家の屋敷には塀があり、庭には猟犬が離されています。ただ、訓練が甘く落ちてる餌を喰ってしまう程度です。 門、および内部巡回の衛兵が配置されており、こちらは授恵者ではありません。 建物の中にディンドルフ家の関係者はいないようですが、夜には建物に明かりがついているそうです。 カーチス、グレゴール共に同行しません。 エドガルは軟禁されていますが、一応共闘した事もあって待遇は悪くないですノット牢屋。 女船長のローラはしょうがなく留まっていますが、ディントに残してきた赤ちゃんが恋しいようです。 ●PL情報 邸内には吸血鬼ラズレィ・ダルタスが待っています。 また、屋敷の中にいる衛兵は彼の手によって殺され、強化ゾンビとされています。 ・ラズレィ・ダルタス メドゥの右腕の子で結構強い吸血鬼。死霊術師でもあり、多数のゾンビを作成、使役できる。 当人の肉体戦闘力も、老いて一線を引いた王国近衛騎士を一方的に弄べる程度には高い。 ・強化ゾンビ×6 可哀想な衛兵を殺してからゾンビにしたフレッシュな奴。 人間にはあり得ぬ怪力と頑丈さを併せ持つが、脳は腐ってるので頭は良くない。 近接範囲攻撃、近接強打辺りのスキルっぽい攻撃ができる。

マスターより

同盟では【北乱】が始まりましたね! ひっそりとエスト・ポーラ市長の奥さんがラザフォード辺境伯の姉と言う形で話が繋がりました。 タイトルタグが似通っていたのは偶然なのですが、何か運命を感じてしまいますね(笑)。 海賊貴族で海しか興味無さそうなディンドルフ侯爵家が王国中央に色気を出したり、小貴族を影響下に置こうとしたり、あれこれ悪さしている理由がようやく出てきました。 辺境伯になりたいというか、自分より格上の奴が南部にいるのが気に食わないだけかもしれませんが。 副顧問君と婚約してたサラの実家ドルトン男爵領にポロっと貴重な資源が出て、婚約者を変えてディンドルフ本家に取り込むのだ! みたいなドタバタ騒動も去年の今頃に考えていたのですが、手が回らなくなったので諦めました。 また命拾いしたな、テオドール……。 基本的に貴族の思惑とか悪い奴の暗躍とかが絡む意地悪な連作です。お気を付けください。

リプレイ

●
「おや、貴方達はあの時の……。まさか辺境伯家に繋がっているとは」

 エドガルは、多少やつれた顔で何やら勝手に納得している。

「何者かが、エドガル様に濡れ衣を着せようとしていた可能性があります。どうか、隠し事をせずに答えて欲しいのです」
「分かっている事は、もうラザフォード辺境伯に洗いざらい話しましたが」

 真摯に言うゲルダ・クラインへ、エドガルは肩をすくめて見せた。

(ディンドルフからラザフォードへ向ける思惑、対抗心を利用されてエドガルさんは嵌められたように思えますが、一体誰が?)

 コルネリウス・アーラは尋問には加わらず、貴族とは大変だななどと考えつつ一歩引いて様子を見ている。

「実際の所どうだろう。貴殿は誰かに嵌められたと? 心当たりは?」
「嵌められたというのは間違いないでしょうね。心当たりだって? 1人や2人ではすまないですが」

 改めてジュスト・ヴェルジーに問われれば、エドガルは軽い調子で頷いた。隣で聞いているローザリカ・L・ディオールは、飄々とした口調の裏の真意を読み解こうと観察している。

(ジュストが考えていたような裏切られた憤りや苛立ちというよりは、これは諦めか……?)

 感じ取った様子を婚約者の耳元へ囁く。何かを隠している訳では無さそうだとレティシア・レインフィールも察しつつ、代わって問いを発した。

「エドガル様が失脚して、得をする侯爵家の方はおられますか?」
「商売敵と言う意味ではともかく、後継と言う意味ではもう私の目はありません。わざわざ手を汚してまで蹴落とす程とは、兄も父も思ってはいないでしょう」

 同じく商業系貴族家のローザリカからすれば、一族内でそこまで揉める状況が想像しがたいのだが、嘘をついている様子はない。再びレティシアが質問を重ねる。

「あの船の薬物は、もともと積んでいた物でしょうか?」
「ええ。売り物ではなく、個人的に使ったり差し上げたりするものです。気になるようでしたら、お一つ差し上げましょうか?」
「っ。い、いえ……」
「それならば、俺が貰おう」

 何かを思い出したレティシアが吐き気を堪える様に口元へ手を当て、ナハティガル=ラーが、会話の間を埋める様に手を挙げた。

「……あの」
「匂いを覚えておくだけだ。念のためにな」

 心配げに小さく声をあげたゲルダへ、柔らかい口調でナハティガルが返す。その短いやりとりの間に持ち直したレティシアは、みたびエドガルに向き合った。

「……あの時のお屋敷に、薬物その物や取引の記録などは残されていますか?」
「どういうことです?」
「仰るように、心当たりが無いのであれば。貴方の潔白を証明する証拠になる筈です」
「そう言う意味では、これまでに盗まれたことが無いかも知りたいな。屋敷の警備に抜かりは……というか、屋敷の警備は普段からあの程度だったのか」
「ははは、これは手厳しい。普通のコソ泥相手では十分だったのですが」

 ローザリカの言葉にやれやれ、と首を振りつつエドガルは屋敷の事を説明した。王都での販売ルートに関する記録と、在庫はそのままになっているそうだ。自分が知る限りでは盗みに入られたことは無い筈だとエドガルは言うも、王都から追い出されて後は分からないとも付け足した。

「何かを守るために嘘をついているようなことはないかい?」
「自分の命以上に大事なものが何があるかな? このままだと、私は切り捨てられるだろうからね」

 得た情報を整理する間にヨル・スレイマンが問うと、エドガルはため息をつく。協力的な態度の裏には、自分がディンドルフ家から切り捨てられているという諦念があったようだ。

「逆に、こちらに協力する事でご当主や兄君を出し抜ける可能性もあるだろう?」
「ウチを相手にしてラザフォードが出し抜けると? いやはや、夢が膨らみますねえ。ま、私に選択肢はないでしょう」

 ジュストの言葉には、全く信じていない様子で苦笑を返す。とはいえ、協力の言質を改めて取ることはできた。

「これは僕の予想なんだが、今回の件はもっと大きなところに繋がっているのではないか? 辺境伯家とディンドルフ候の衝突もだが、同盟の南北での抗争も、更なる企みの前振りなのかもしれないと思うんだが」

 ローザリカは、それらがロスガリア全域での海上戦力の減少や、海の脅威へ目を向けさせる陽動、といった狙いがあるのではと指摘する。エドガルは笑い飛ばしはせずに、「だとしたら?」と低い声で問い返した。

「僕としては貴殿も内輪揉めのために利用されているように思えるが真偽はどうだろうか」
「さて、その内輪と言うのはどこを指しているのでしょう? 我が侯爵家でしょうか。それとも王国?」
「それ以上かもしれない、と僕は思っているよ」

 ローザリカの言葉を、ジュストが引き継ぐ。

「人類と、その敵。メドゥの指先が関わっているのではないかと、俺は考えている。王国西部では貴族派の一部が彼らに唆されて実際に身を持ち崩しているだろう?」
「メドゥの指先、ね……」

 心当たりの無さそうなエドガルへ、ゲルダが別の角度から質問を重ねた。

「ゴールディで、薬物の取引を始めた時はどのような形でしたか? そもそも、その薬物をどうやって知りましたか?」
「……確か、妹からイイ薬があるらしいと聞いたんでしたね。これは売れると思い、現地で交渉したのですが……」

 要約すれば、現地マフィアの片方に肩入れする事で産地の勢力をひっくり返し、代価として優先購入権を得たのが3年程前だという。胡散臭い話ではあるが、メドゥの指先の介入があったのかはこれだけでは分からなかった。

「ローラ様の先の参戦は、ご本人の判断でしたか?」
「ああ、アタシの意思だよ」

 レティシアはエドガルと共にローラが辺境伯の招集に応じた際に、何かの介入が無いかと疑っていた。だが、本人によればそれはないらしい。

「子を置いて海に出た以上、不在中に何かがある覚悟はしているけどね」

 ディンドルフ領に残した子にも危険がありうるとジュストが言えば、嫌な話をすると舌打ちをされた。現時点で人質にされて動かされている、と言う様子はないようだ。

●
「裏口からは厨房へ繋がっていて、食堂がそこの部屋くらいの大きさだったな。で、廊下があって……」
「なるほど。そうすると使えるのはここと、ここか」

 先の依頼で潜入した事があるナハシュが簡単な様子を説明し、ナハティガルと今回の行動方針を考えている。彼ら二名は他の六名が強硬手段も辞さない突入を行う影で、潜入調査を行う算段だった。間取りや潜入ルートに関しては、前回を知らないヨルを含め、他の面々とも共有している。

「それにしても、またこのお屋敷に来ることになるとは思いませんでした……」

 闇に浮かぶ邸宅を見上げて、コルネリウスが物憂げにため息をつく。前回同様にある犬は餌に釣られ、別の犬はナハティガルが用意してきた雌犬の小水によってあらぬ方向で騒ぎ立て、見張りもそちらに引き付けられていた。ナハティガルがそれを得るまでに近所の野良犬との語れない一コマがあったのだが、それはさておこう。

「衛兵もですが、相変わらずわんちゃん達の訓練も甘いのですね」

 そう呟きながらも、コルネリウスはそこに作為を感じていた。だとしたらその目的は何なのだろう。

「扉の向こうには何もいないようだ」
「……行きますっ」

 ローザリカの透視を待って裏口からゲルダとコルネリウスが邸内に忍び込む。要所ではコルネリウスがエリアサイレンスで音を消しつつ、同じ手順で廊下へ。二階へ上がる直前に、横手の扉が開いた。ゆらゆらと歩く動死体の向こうに、赤く光る眼光が見える。

「ククク……。迷い込んだ野鼠が六匹。さて、どう料理いたしましょうかねえ」
「何者ですかっ!?」
「私はラズレィ。偉大なるメドゥの右腕様の忠実なしもべですとも」

 ゲルダの誰何に男は仰々しく一礼した。

「――エイの魔獣に薬物を投与したのは、貴方ですか?」
「あの時の青い蝙蝠は貴方が使役していた物でしょう?」
「ほほう、御明察です。あの時最初に気付いた女性とは別のようですが、良い目をしていらっしゃいますねぇ」

 ゲルダに加えてレティシアも問いを投げると、隠す様子もなくあっさりと首肯する。言葉の裏に偽りの気配も感じない。

「友人宅でくつろぐにしては、取り巻きがずいぶん物騒だ」
「下等な人間風情を友人とは、ハハハ、ご冗談を」

 ローザリカの問いかけには朗らかに笑って見せるが、苛立ちが目に現れていた。戦いは避けられまいとヨルが素早く十字を切り、一同の手に十角の印が現れる。レティシアが後尾のジュストの攻撃力を後押しした。

(証拠を隠滅させるわけにはいきませんね。ここで引き付けないと)
「ほほう、これは熱烈なお誘いです。しかし、まずは前座の木偶と踊って頂きましょうかねぇ」

 覇気を叩きつけたコルネリウスに向け、余裕の表情で目を細めたところで、動死体がバネ仕掛けの人形のように跳ねた。ジュストの行動阻害と降り注ぐ光弾を抜け、張り巡らされていたゲルダの殺気に絡めとられる。遠心力の乗ったローザリカの脚がその顎を蹴り抜いたが、ゴキリと音を立てて正面へ向き直った。

「固いな」

 短くそう告げ、警戒を促す。現れた部屋から動かなかったラズレィが指を鳴らすと、闇色の矢が一同へ襲い掛かった。

●
 壁を歩くナハシュが二階の窓を静かに開け、垂らしたロープを頼りに駆けあがったナハティガルと共に部屋へ滑り込む。エドガルに聞いた執務室には他の人間の気配はない。階下から、何かを殴るような音が聞こえて来た。匂いに注意を向ければ、人体の腐った匂いが漂っているのに気が付く。

「ゾンビか……? 死霊術師がいるとすれば、メドゥの指先か」

 ナハティガルの推測は、聞こえぬとはいえ階下の仲間たちの会話とも合致した。相手の目的を推測し、証拠を回収しに来たのかと予測する。幸い、此方の潜入には気づかれていないようだ。

「俺はそっちの棚を。隠し金庫は任せる」
「さて、何が出るかね?」

 身振り手振りで手分けをして、証拠になりそうなものを探していく。エドガルから聞いた通りに金庫があったが、ナハシュは念の為宗波で他の隠し場所を探るのも忘れない。

「こういう場所でありがちな、地下に何かあるってことは……なさそうだな」

 今のところは、エドガルから聞いた通りだとナハシュは言う。ナハティガルが探していた記録も言われた場所で見つかった。

「ゴールディとの取引記録はこれか。最後の取引相手は、ラズレィ……? しかし、この日付では」
「ああ。あいつが王都追放くらった後じゃねぇか」

 おそらくは偽造だろうと2人は看破する。更に隣の部屋では薬物の匂いと、中途半端に中身の残った箱が見つかるも、書面上で残っている筈の量にはほど遠い。ナハシュから、エドガルの妹たちが使っていた部屋と聞いて納得する。

「どうする? 下へ応援に行くか?」
「いや、戦闘は終わったようだ」

 調べものに掛かっていた時間は長くもなく短くもなく。思いのほか早くケリがついた物だと思いながら、階下へ向かった。

●
 時は少し遡る。狭い廊下に、コルネリウスとゲルダが並び、支えるヒーラーはヨル、レティシア、ローザリカ、火力専任がジュスト。対する敵はゾンビを盾として、ラズレィが後衛に留まる。初期こそ拮抗しているように見えたが、回復役の有無の差は大きい。すぐに形勢は冒険者側に傾いた。一体、二体とゾンビが崩れ落ち、その分だけ押し込む。

「随分、動きの良いゾンビだったけれど、死霊術での直接操作……、と言う訳ではないのかな?」

 数が減れば動きが良くなるかと危惧していたヨルだが、さして変化は見受けられない。ゾンビの素の性能が高いのだとしたら、それはそれで厄介な死霊術師だ。

「あまり派手に壊す訳にもいかないからね。これでも加減はしているんだ」
「成程、良い心がけですねえ」

 周囲を巻き込む様な攻撃を避けていたジュストは、ラズレィの側も同様である事に気が付いている。しかし、それがエドガル達への配慮の用には思えない。ゲルダが盾でゾンビの爪先を受け流しつつ、問う。

「エドガル様がこの薬物の取引をされていたのも、貴方がたの策略によるものですか?」
「いえいえ。良い商材を見つけたのは彼の才覚です。私は何も」

 コルネリウスも、彼の動きが証拠隠滅を意図しているとしたら奇妙だと思った。その感触を胸に、減った敵の間をこじ開ける様に突撃する。

「貴方は私が抑えます!」
「女性だてらに、勇敢な事ですねえ」

 渾身の覇気はまたしても躱されたが、近接した彼女を無視も出来ないのか腰の剣を引き抜いた。

(これは……)

 柔らかい身ごなしながら、力もある。魔術を撃っている時よりも、剣士としての方が手ごわい。コルネリウスの戦士の勘がそう告げている。一合、二合と剣を合わせればその感覚は体験で上書きされた。しかし、大駒を彼女一人で抑える間に、他の趨勢が動く。気づけば動死体は残り二体。

「もう逃げ場はありませんよ」

 レティシアが光の結界を放ち、近接戦の最中のコルネリウスごとラズレィを隔離した。吸血鬼が小さく舌打ちする。

「つまらない真似を。まあ、良いでしょう。戻るにはこれが一番早いですからね」
「何、を」

 光の結界の外からでは、何が起きたのかを見抜けなかったかもしれない。ラズレィは剣を持たない側の爪先で自らの喉を掻き切った。鮮血の代わりに黒い灰のような物が噴出し、光の結界の内側とコルネリウスの視界を埋める。くるくると舞う灰の柱が薄れて消えた時には、逃げ場のない筈の結界の内側に吸血鬼の姿は無かった。

「あれで死んだ訳ではないだろうな。そう言う顔はしていなかったし」

 直前の様子から、ヨルはそう洞察した。中身のない衣服と、細剣だけが床に落ちている。そこに手を伸ばしたレティシアが残留思念を探れば、予定通りというような満足と愉悦の中に、意外と手ごわいという不快感と苛立ちに加えて、見た事が無いだろう能力を見せて驚かせてやろうという稚気が残されていた。

「……あの方にとって予定通りという事は、聞いたことを鵜呑みにするべきではないかもしれませんね」

 ゲルダがそう呟く。斥候の2名と合流後、改めて家探しをしたが薬の現物や他の帳簿などは見つからなかった。

「こちらの潜入の証拠も、残さない方が良かったよね? そこの遺体も持ち帰るとしようか」

 室内の様子を整えながら、ゾンビとなった衛兵の回収をヨルが提案する。ラズレィの美意識か、腐った死体ではないので運びやすいと言えばそうかもしれない。

(……潜入のしやすさといい、証拠探しにこちらが訪れるまでが相手方の想定のうちなのかもしれません)

 なるべく戦闘の音を抑えた筈だが、屋敷の衛兵が外から様子を伺いに来る様子が全くないのは異様ではある。コルネリウスはまずい酢を飲んだような表情でそう思った。

マスターコメント

お疲れ様でした。 相変わらず字数が不足気味で、ゾンビとの叩き合いの部分をバッサリカットいたしました。 狭い通路という戦場設定が悪かったのですが、判定通りに書いてもあまりパッとしなかったです。 ラズレィ君は今回が初戦闘だったので嬉しそうに名乗っていますが、エンターテイナーとしてはアコガレの右腕様にはとうてい及ばない出来でした。 MVPは、事態の裏への着眼点が一つ奥へ届いていた方と、いい気になっていた相手の心理魚拓(今作った造語)を取っていた方へ。 大成功ではないのですが、推理のパーツは揃っている感じです。
ショートシナリオ

ショートシナリオ難しい 報酬:標準8 / 4〜8人

2023年04月18日 11時43分56秒 公開

成功

相談掲示板

  1. ジュスト・V・ケレス

    キャスターのジュストだ、よろしく頼む。 この屋敷は砂漠の民兄妹の兄君の方を助けに行った時の邸だよね? 一度潜入したことがあるし、番犬も前回のように餌で釣れるなら夜に潜入すること自体はそこまで難儀ではなさそうだけれど。 問題はPL情報ではあるが吸血鬼とゾンビ化させられた衛兵がいるということで、恐らく完全に交戦を避けるのは難しいということだね。 昼間の方が吸血鬼やゾンビは大人しくしていそうだけれど、調査自体を公にしないなら侵入は夜間の方が良いだろうし。 そういう状況下ではあるけれど、エドガル殿及びローラ殿とは話をしたいね。 吸血鬼との関係性も気になる所だし。 そして調査と並行して、場合によっては二人の保護もしなければいけないのかなという認識だ。

  2. ローザリカ・D・ケレス

    あの屋敷か……あの香りといい、どうにも…… ヒーラーのローザリカ、よろしく頼もう。 証拠が調べるまでもなく居てくれるのは助かるとも言えるんだろうが。 何も知らない僕ら目線では確かに夜に忍び込むのを選ぶのが定石ではある。 先にエドガル殿とローラ殿に話を聞くのも良いと思う。 直接の情報が得られなくても、当日屋敷に異変があることに気付く為の何かを得られるかもしれないし。

  3. コルネリウス・アーラ

    ウォーリアのコルネリウスです、よろしくお願いします。 またあの屋敷、ですか…濃い記憶が蘇りますね。 わんちゃん達は相変わらず訓練が甘いようですし、お肉あたりで釣れるのかな?と。 忍び込む時間帯については私も夜で良いと思いました。 時間もありますから、先にお話を伺う方針についても異論はありません。

  4. ナハシュ

    あーあー、なんか聞いたことあると思ったらあん時の奴か。 シーフのナハシュだ。今回はよろしく。 聞き込み後に屋敷の調査で同じく賛成だ。忍び込むのも夜で同じく問題ない。 幸い屋敷の構造については以前忍び込んだことがある奴らが把握できているだろうし、犬コロも変わらず甘ちゃんで助かるな。 交戦は避けられねえってことだが、そうなった場合先ずラズレイやゾンビの排除を優先するか、交戦に重点を置くやつと戦闘から離脱して証拠探しを継続する奴で分かれるかにもよるかね、 そもそも広い屋敷だったはずだから、最初からいくらか手分けをしておいて、でもいいかもしれねえが。 保護についてはそもそも今カーチスに保護(拘束)されている状態だと思っていたが、諸々証拠が出た後も面倒を見てやると言う意味で合ってるか?それならカーチスに理由付けて進言すれば済みそうだし俺は問題ねえと思う。

  5. ヨル・スレイマン

    ヒーラーのヨル・スレイマン。宜しくね。 聞き込みの後に屋敷の流れ、夜に行くのどちらも良いと思う。交戦を考えてもやりやすそうだ。 単純に考えるなら交戦重視と調査重視は、きっちりでなくてもある程度分けた方が無難な感じはする。作戦は朝までの一応時間制限付きになるだろうし、交戦が長引いて成果がないのはあまり良くない。 敵性存在についてはPL情報ではあるが、トラブルへの対応をする者と調査に重きを置く者で分かれること自体は不自然ではないと思う。 事前の聞き込みの時に情報が拾えたら、それが一番だろうけどもね。他にも問題はあるかもしれないし。

  6. レティシア・R・クラティアス

    ごきげんよう。 ヒーラーのレティシア・レインフィールと申します。 皆様、改めてよろしくお願い致します。 まさかあのお屋敷に再訪する事になるとは……。 一先ず、私も聞き込み後に夜間に屋敷調査を行う方向で異論はございません。 エドガル様とローラ様については、最低でも警戒は促す必要はございますね。 あとは、聞き込みついでにお二人が完全に白であるかどうか 念の為に確認も出来ますとよろしいでしょうか?

  7. ナハティガル=ラー

    シーフのナハティガル=ラーだ。――宜しく頼む。 俺はディンドルフの屋敷に踏み込むのは初めてだが、何か色々とあった様子だな。 >エドガル、ローラ この2人はカーチスの元で拘留されている認識だが。 ナハシュが言うように諸々証拠が出た後に消されたりしないよう警戒を促す……という意味だろうか? >昼or夜 ゾンビは兎も角、吸血鬼との戦闘を考えるのなら昼に潜入した方が良いかもしれない。(昼夜関係ない個体も存在するようだが) 隠密性を高めるのなら夜だろうか? >交戦/調査 俺は調査重視で考えている。

  8. ゲルダ・クライン

    顔出しが大変遅くなってしまいました! ごめんなさい……!! ウォーリアのゲルダです。よろしくお願いしますね。 >方針 聞き込みの後、夜に忍び込む形で問題ないと思います! 吸血鬼さんは夜の方が強くなりそう……という懸念は確かにありますが、『調査に入った事が相手に気付かれないのが望ましい』とありますので、夜に忍び込むのが自然かなと思いました。 >猟犬 お肉でしたら持ち込み可能ですので、持っていきますね! >個人行動 そうですね、何かあった時の戦闘要員で考えています……! 戦闘の際は証拠を傷付けないように気をつけながら戦うのがいいでしょうかっ

  9. ジュスト・V・ケレス

    すまない、ちょっと体調が思わしくなくてね。 本当に最低限の発言となってしまうが、申し訳ない。 >交戦/調査 俺はエドガル、ローラの事情聴取はする予定だけど屋敷内では交戦重視の方にしておこうかな。 強化ゾンビの射程圏外から攻撃魔法を打ち込みつつ、吸血鬼とは対話可能だったら話してみる予定。 >エドガル、ローラ そうだね、保護というのは警戒を促したりといった意味になるね。

  10. ナハシュ

    エドガルとローラについては了解だ。犬コロも肉があるなら助かるぜ。 >個人 そんじゃ調査重視で動いておくかな。 今の所暗視以外に鍵を開けたりなんだりするかもしんねえのと、最初の非授恵者の衛兵突破にも役に立ちそうだからエリアサイレンスは持って行こうと思っている。こいつらにも気づかれたら不味いんだろうしよ。 程よく探知系スキルで連中の巡回ルートを把握しつつでもいいとは思うんだが、念のためだな。

  11. コルネリウス・アーラ

    ジュストさんは無理をされませんように、お大事にしてくださいね。 エドガルさんとローラさんについても承知しました。 >個人行動 私はトラブルや戦闘が発生した場合の対応をメインに行いたいと考えています。 暗視と、もうひとつのスキルを何にしようかは調整して決める予定です。

  12. ヨル・スレイマン

    ジュスト君はお大事に。無理はなくね。 >個人 そしたら俺は戦闘重視で動いておくよ。半々よりは戦闘が多いくらいが良さそうとも思うし。 インフィニティロアと、長期戦になるかもしれないから回復手段もある程度持って行っておく。 暗視は持って行く予定だけど、戦闘発生を事前に予期できていれば併用で照明も持っておいてもいいかなと思っている。戦闘重視の方が実質、調査の方から敵の目を逸らさせることにもなりそうだし。

  13. ローザリカ・D・ケレス

    ジュストが聞き込みを行うなら僕も同行したいし、洞察を持っていこうかな。 吸血鬼と言葉を交わす時にも真偽を見極めるのに役立つかもしれないしね。 それから忍びこむ時用で透視を考えている。 屋敷内に入る時くらいだろうが、扉を開ける前に索敵ができればと。 屋敷内での動きは戦闘重視の予定。回復の他は近接での戦闘ができたら。

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0