【甘壇】政治討論部はそれ程関係ない王都観光
紀藤トキ
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シナリオID:2813
オープニング
トマス・ダンテは滅多に思い付きで行動はしない。いや、思い付きで行動する事はあるような気もするが、行動する前に下調べをする方である。冒険者達から色々とアドバイスされたこともあり、二月のこの時期に友人であり腹心である三人に何かしらプレゼントを贈ろうと今回は思いついた。さすがに腹心抜きでダンジョンに挑むのは良くないと思い、王都で何かを買い求めようと思った、そこまでは良い。
「……私は何も知らないのでは?」
ダンテ家は王都に拠点のある法衣貴族。普段は商人の側が屋敷に来る。そこまでお高い家格でもないので街に出て買う事もあるが、その場合も自分だけで行くことは無い。つまり、トマス自身は店の場所も内容も知らない。これが同じ内政でも商業系の貴族ならば有名店の名前や評判位は知っていよう。が、トマスの家が司るのは裁判。それも貴族向けの裁判である。家業を継ぐために学んだ内容に出てくるのは、貴族が汚職絡みでやらかした店などであり、つまり大体は消えた商会ばかりだった。
「部員の皆は困った時は、頼っても良いと言っていたが。しかし政治を討論するのとは何の関係もなくは無いか……?」
自分が交誼を結んでいるのは、部員であるかないかに関わらず、ほとんどが部活関係での繋がりだ。それ以外は家の付き合いなどで交流がある相手こそいるものの、一般的に見て親しい友人は腹心トリオくらいしかいない。「放課後に王都に買い物に行こうぜ」「良いね!」等という相手はいない寂しい学生生活だ。まあ真面目な貴族子弟は大体そんなものではあろう。多分、きっと。彼はしばらく悩んでみたが、背に腹は代えられないという結論に達した。
「……部活とは別の時間に、誰か買い物に付き合って貰えないだろうか。甘輝祭の時期故に、タイコモやシオン、カナンに礼を贈ろうと思ったのだ」
普段の感謝の気持ちであるから、消え物や小物で構わない。この時期の定番であればチョコレート菓子の類かそれに合わせた茶葉などであろうか。甘輝祭のもう一つの定番である宝石は、後に残る上に貰った側が捨てがたいので気軽な贈り物には向かない、とトマスは聞いたことがあった。だいたい男子のタイコモに宝石を贈るのは何か嫌だ。
「まあ、普段は王都の街に出る事もあまりない。目的の買い物以外にも、良い場所があれば教えて欲しいものだ」
買い物の為に店へ出入りしたり、疲れたら喫茶店などで足を休めても良いだろう。もちろん、トマスと同様に案内される側であっても問題はない。などと考えてみれば、行先が近い王都というだけでやる事はピクニックのようなものかもしれなかった。
「……私は何も知らないのでは?」
ダンテ家は王都に拠点のある法衣貴族。普段は商人の側が屋敷に来る。そこまでお高い家格でもないので街に出て買う事もあるが、その場合も自分だけで行くことは無い。つまり、トマス自身は店の場所も内容も知らない。これが同じ内政でも商業系の貴族ならば有名店の名前や評判位は知っていよう。が、トマスの家が司るのは裁判。それも貴族向けの裁判である。家業を継ぐために学んだ内容に出てくるのは、貴族が汚職絡みでやらかした店などであり、つまり大体は消えた商会ばかりだった。
「部員の皆は困った時は、頼っても良いと言っていたが。しかし政治を討論するのとは何の関係もなくは無いか……?」
自分が交誼を結んでいるのは、部員であるかないかに関わらず、ほとんどが部活関係での繋がりだ。それ以外は家の付き合いなどで交流がある相手こそいるものの、一般的に見て親しい友人は腹心トリオくらいしかいない。「放課後に王都に買い物に行こうぜ」「良いね!」等という相手はいない寂しい学生生活だ。まあ真面目な貴族子弟は大体そんなものではあろう。多分、きっと。彼はしばらく悩んでみたが、背に腹は代えられないという結論に達した。
「……部活とは別の時間に、誰か買い物に付き合って貰えないだろうか。甘輝祭の時期故に、タイコモやシオン、カナンに礼を贈ろうと思ったのだ」
普段の感謝の気持ちであるから、消え物や小物で構わない。この時期の定番であればチョコレート菓子の類かそれに合わせた茶葉などであろうか。甘輝祭のもう一つの定番である宝石は、後に残る上に貰った側が捨てがたいので気軽な贈り物には向かない、とトマスは聞いたことがあった。だいたい男子のタイコモに宝石を贈るのは何か嫌だ。
「まあ、普段は王都の街に出る事もあまりない。目的の買い物以外にも、良い場所があれば教えて欲しいものだ」
買い物の為に店へ出入りしたり、疲れたら喫茶店などで足を休めても良いだろう。もちろん、トマスと同様に案内される側であっても問題はない。などと考えてみれば、行先が近い王都というだけでやる事はピクニックのようなものかもしれなかった。
解説
今回は季節イベント合わせで、NPCの面倒をみるタイプの単なる交流シナリオです。
エドゥノーグにはいってないし迷宮神も出ないのですが。
王都を案内するという体で自分の設定補強(実家がどうとかコミュニティがどうとか)に使っても良し。
むしろそう言う事を推奨する依頼です。
自分の設定は補強したいが王都に無い場合は、似たような場所を巡りつつそういえば、みたいに語れば良いかと思います。
あ、もちろん純粋にトマスを気遣って下さるのも歓迎します。手の掛かる奴ですみません。
自分が誰かに贈り物をしたいので同行する、というのもOKです。
偶然街で出会って自分達のデートに巻き込み、砂糖を吐かせても良いです。
……でもトマスは吐けるほどに気が回らないかもしれないですね。
誰も菓子を買う店に案内してくれなくても、失敗にはなりません。大丈夫! ファm……交流のイベシナだよ!
今回は課外になりますが、入部希望だとか質問だとかは普段通りに受け付けます。
字数はもちろん有限なので、やりたい事は絞るのがお勧めです。
複数名で一つの場所に行くのであれば字数は稼げるかもしれません。
※いつもの注意書き
政治討論部の入部希望者はプレイングでその旨をお書き下されば、称号を付与いたします。
入部は聴講生でも、初参加の方でも大丈夫です。
●政治討論部って何するとこ?
名前は政治討論ですが政治に限らず、いろいろ質問したり回答したり意見を募ったりできるような場所です。
関連NPCにトマス(部長)やリヴァマス(顧問)が良くついてきます。
もっと詳しくという方は少し前のシナリオ「政治討論部の新年へ向けて」に質疑がありますので宜しければご確認くださいませ。
※注意書き
政治討論部の入部希望者はプレイングでその旨をお書き下されば、称号を付与いたします。
入部は聴講生でも、初参加の方でも大丈夫です。
マスターより
裏も表もないし、隠した意図とかもないし、ギミックもないのでOPが短い!
ただ部下を労うための買い物に行きたいだけのお話です。
この連作で他にやるべき事が一杯あるのは分かってるんです。
でも、こう。他に真面目な話ばっかり回してると疲れてしまってですね……。
●トマス・ダンテ周辺NPC
タイコモ、シオン、カナン
まだラマスの辺りでそれぞれ行動しており、王都にはいません。
下記の人々は誘われれば来ますが何も無ければいません。
サラ・ドルトン(15)
男爵令嬢。己を磨く系意識高め女子。テオドールと婚約中
テオドール・ディンドルフ(テオ)(28)
討論部副顧問。筋金入りのハフビ大好きなくせに貴族の子。五男。学園派にも公平に当たる。サラと婚約中
ルカ(20)ラナ(16)
砂漠のオアシスの小部族の兄妹。
リプレイ
●
トマスの依頼を受けて、集まった学友たちの反応は、おおむね温かいものだった。若干、温かいに生の一字がついている向きもあるかもしれないが。
「贈り物、とっても素敵だと思います……! お役に立てるように、頑張りますね!!」
「トマスさんが頼ってくれるのならば! このエフィルミア全力を尽くしましょう!」
と、非常に前向きに拳を握るゲルダ・クラインと、大仰に頷いて見せるエフィルミアがやる気の面で最右翼。
「こういう時も、遠慮なく声を掛けてくださって良いのですよ」
コルネリウス・アーラが微笑まし気に言う。トマスの交友関係上、政治討論部の部員がほとんどであるが一応は別件の依頼であり、今日は学業の無い日の朝に集合している。貴重な休日を費やしてくれるというのは、ありがたいことであった。
「まあ、頼って頂けるようになったというのは喜ばしい事ですね」
リサ・ベイカーの表情には、仕方がない人だなあ感が漂っているような気がしないでもない。王国貴族の子弟にもいろいろいるのだが、箱入り息子や娘の中には市民の常識が全くないケースも多々あるのだ。市内を歩いて回った経験はあるトマスはまだマシな方である可能性すらあった。
「それはそうと、今日は付き人という立場で振舞おうと思うのですが、良いですかね?」
「付き人……? 家臣の振りをするという事か……?」
「これも経験というか、練習になりますし」
困惑した様子のトマスだったが、経験を積みたいという話に一応は納得したようだ。付き人と言っても色々いるだろうが、おそらくリサの念頭にあるのは護衛ではなく秘書的な立場だろう。
「なるほど……。では、リサ嬢には何か買う物について考えが……。いや、口調も付き人へ向けるように変えた方がよいだろうか?」
「そうして頂けた方が実践的ですけれど、やりにくそうですからいつも通りでも良いですよ」
などと話していると、エルゼリオ・レイノーラが鞄に手を入れて何やら出そうとしている。
「甘輝祭の贈り物だよね? それなら丁度良いの持ってるよー」
『リーンエス王国銘菓巡りガイド』を取り出したエルゼリオは、最近まで平民だっただけあり、貴族嫡子ながらも街での買い物に詳しい。さっと動いて受け取ったリサが見やすいように広げ、どれどれと覗き込んだエフィルミアが感嘆の声を上げる。
「ほほう、これは……。私がリサーチ済みのあの店も網羅されていますね!?」
彼氏向きに買うのか、と思いきやさにあらず。そちらへは『健康にいい手作りチョコ』が準備されているそうだ。
「今年も気合入れて作ったのでバッチリです! トマスさんも味見してみます?」
取りだされたアイテムは、あまり健康に良さそうには見えなかった。
「……いや、私が先に食べては申し訳ないからな」
トマスが視線を逸らしつつそんな言い訳を口にしたところで、エルゼリオが助け舟を口にする。
「あ、この店の『白銀花の祝祭』の度に購入してる『薔薇の砂糖漬け』はオススメだよ~」
「ほうほう、エルゼリオさんのお勧めが砂糖漬けなら、私はこの間食べたイチゴのクッキーをお勧めします!」
などとエフィルミアと盛り上がりつつ、そのどちらも本の紹介文には載っていないことにエルゼリオは気が付いた。
「そういえば、季節商品まではこの本にのっていないのかな。……もしかして、載ってるけど閉店した店とかもある?」
「いえ。どれも老舗の名店ですから、全部健在ですよ。食べ歩くなら一日がかりです!」
「どれも勧められた物は良さそうではあるが、しかし菓子だけで一日使うのもな……」
エルゼリオが口にした懸念を大丈夫だと保証するエフィルミアに、どれも美味しいなら選ぶのは難しいとトマスが考え込んだ。中には名前を聞いただけで想像できないような品もあるのだが、全て見て回っていては日が暮れそうだ。
「贈り物の選択肢が多すぎるようなら、季節でもありますしチョコでも買います?」
「もしも砂糖漬けやチョコのような甘い物が苦手なら。――お煎餅とかのシャルガネ菓子でも良いよね」
「そうだな。選ぶ指針があるのはありがたい。特に甘味が苦手という話もないし、無難にチョコレートで良いか」
ヴィルヘルミナとエルゼリオがそう提案すると、トマスはほっとしたように頷く。ヴィルヘルミナ自身も、今日は友人たちに贈る為のお菓子を買おうと考えていた。普段であれば材料を買って作る事も出来たのだが、忙しかったので用意が間に合わなかったのだ。
「まあ、道中でちょっとしたお食事をというのも良いかもしれませんね。皆様に御用事がなければですが」
「ふむ。色々と助言を貰う礼としては、悪くないな。よし、昼は私が出そう」
トマスは偉そうにそう言うが、この人数でぞろぞろ歩いているのだから、当てもなければせいぜいが屋台で適当に買う程度であろう。旧知と歓談する機会になるなら自分にとっても良い、とヴィルヘルミナも頷く。菓子を見て近くに軽食もできそうな場所、というと無数にあった選択肢が多少は絞られてきた。
「私はハーブティがお勧めですね。個人的に好きだから、という事もありますけれど」
コルネリウスがそう口にする。自身も家族へ贈ろうと考えているので、店は案内すると言われればトマスに否は無い。
「別の依頼で少し勉強をいたしましたので、お役に立てるかもと思いましたが……。お菓子についてはもう十分そうですね」
どちらかといえばトマス側である貴族令嬢レティシア・レインフィールが覚えていた店も、エルゼリオ持参のガイドでだいたい網羅している。ただ、彼女としては消え物を贈ろうというトマスの意図は分かるものの、送り先の相手への思いを考えるに、後に残るものでも良いのでは、と考えているようだ。
「さりげない装飾品をお揃いにする事で、お互いの絆を深めるというのも良いのではないでしょうか。例えば、外套の留め具などは如何でしょう」
「……成程、そういう考え方もあるのか」
主従の関係であれば改まった場でお揃いというわけにも行かないだろうが、学生の間であれば問題はなかろうとトマスは頷く。最初に菓子店を回るとそれだけで終わってしまいそうだと考えたトマスは、まずそれ以外の選択肢から見に行きたいと告げた。その後でお昼を食べて、菓子や茶葉を扱う店を回ればあまり遅くならずに帰れるだろう、と。
「装飾品のお店でしたら、お勧めのお店があります。小さな宝石を使って、それほど高価ではないけれどもお洒落なデザインを扱う所です。どうかな、リサちゃん?」
「ああ、なるほど。トマス様、少し失礼しますね……。ゲルダちゃんが言っているのはあそこかな。じゃあ、タイコモさんには向かないかもしれないから、わたしは若い男性向けのお店をチョイスしますね」
会話を聞きながら、ゲルダとリサの商家の娘コンビは早速店をピックアップしていた。王都出身のゲルダは当然に詳しいし、リサも一通りのリサーチは欠かしていない。
「では店の選定は任せて、私はトマスの品選びに口を出そうか。……とはいっても、私も贈り物を用意したいので、トマスからは男性視点のアドバイスを聞きたい所でもあるのだが」
シルヴィア・A・カペルは、世話になった第一剣術部の面々に贈り物をしたいと考えていたようだ。学園内で剣を振るうような事態は無くとも、生徒会役員として活動する際に彼らの支持は助けになっただろう。
「アドバイス……私がか?」
トマスは自信なさそうに周囲を見回したが、やむを得ないというように頷いた。いつもの事ではあるが、トマスが厄介事を持ち込んだ際に受けてくれる冒険者の男女比はかなり女性に偏っている。少数派である男子のエルゼリオはトマスよりも贈り物選びのセンスはあるかもしれないが、一般的な剣術男子の好みよりも可愛い物を身に着けている気はした。そしてもう一人、依頼を目にしてやってきたらしいシャドウは見るからに場慣れしていない感じを漂わせている。
(……依頼を受けたはいいが、俺は王都の店などにはてんで詳しくないぞ。いや、場所が分かれば道案内位は出来るだろうが)
依頼主のトマスは貴族子弟とあって、普段のシャドウの生活範囲の外側に居そうな人物だ。最近までの記憶が実はないシャドウには、庶民向けの店であってもどこが良いだの悪いだのと言う経験知識もない。せめて誰かに襲われてくれれば護衛として働けるかもしれないが、リサやゲルダが挙げているのは当然のように治安のよい場所にある店ばかりである。
(他に、依頼主の円滑な買い物の為に出来る事と言えば……。そうだ。朗らかな会話はどうだ)
それも彼には向いていないかもしれないが、シャドウは依頼の遂行の為に手段は選ばない。確か政治討論を旨とする部活の部長だという依頼主の素性を思い浮かべ、思いついたことを質問してみる。
「そういえば、ダンテさんは法衣貴族なんだな。その、法衣貴族とは何なんだ?」
「ふむ。もっとも簡単な説明としては、領地を持たず王家に直接仕える貴族、だな。我が家は例外になるが……」
「なるほど。法衣貴族ならではの苦労や、良かった事などはあるのか?」
「そう直接尋ねられるのは新鮮だな。では、最初の店につくまでの間、部活の延長として答えようか」
そんな会話をする事で、何かしら説明する事は得手らしいトマスの緊張が、多少ほぐれたかもしれない。トマスの語る苦労というのが、法衣貴族全般の者であるかどうかは分からないが。
「なるほど、貴族同士の付き合いに困る、と。しかし、距離を置かれている事で良い事もある……。何事も表裏一体という事か」
「我が家は特に、代々貴族を裁く役職の家柄だ。見返りを要求して近づく家の話は拒絶せねばならないので、祖父も父も結婚には苦労したそうだ」
ダンテ家は特に諜報に優れた手腕がある訳でもない為、相手の家については表向きの事しか分からない。なので、腹芸もなく率直に『そちらの家に便宜は図れない』と告げる事になるのだが、それで大体の話は流れるらしい。ただ、面倒くさいだけの付き合いもしなくてすむのはありがたいとも言う。平民のシャドウであればなるほど貴族は大変だな、という感想になるが、社交も力とする家柄のシルヴィアや、家の為の結婚を当然とする淑女教育を受けているレティシアからすると、ダンテ家の頑なな態度は変わった家だという感想になるだろう。
●
まず向かったのは、小物を扱っている店の並ぶ一角だ。レティシアが提案した揃いのものを考えていたようだが、男女に別れているので案外難しい。
「このお店は女の子向けの装飾品ですね。首飾りや髪飾り、耳飾りや腕輪、いろいろあります」
「……しかし、こう言った物になればシオンとカナンでも、好みが違うのではないだろうか」
店頭で軽く紹介するゲルダに、まるで世界の真理に触れたような深刻な口調でトマスはそう答えた。平民である2人が遠慮しないで済む程度の価格で、と色々と気遣って小物を薦めてくれるゲルダに謝意を示しつつ、トマスは唸る。
「トマス様がお好きなものを選ぶのが一番です。離れていても、お互いを感じられるものであれば……。例えば、燐灰石を用いた品は信頼や自信を象徴し、絆を深める効果があるといいます。未来への正しい指針を示してくれるという伝承もあるとか」
「なるほど、レティシア嬢は詳しいな」
「私も、婚約者や義兄には毎年何かしら贈っておりますから」
感情を見せない笑みを浮かべてそう答えるレティシアに、そう言う所だけ鋭いトマスは僅かに怪訝そうな顔をした。が、話題を掘り下げる事はせずに商品へ目を向ける。
「いまお話に出ていた燐灰石だと、この辺りの品がそうですね。トマス様からということであれば緑色の石が良いかもしれません」
見ていた商品を絞り込んで助言をするリサに謝意を示し、トマスはしばし考えてから女性陣には細身の、タイコモと自分にはしっかり目の腕輪を選んだ。そうやって悩んで選ぶことに意味があるのだと、見守るコルネリウスが頷いている。最後に買い足す菓子を含めてもまだトマスの脳内予算的には余裕があるようで、そのまま街路を歩いていく。
「文具の類はどうだろう? ペーパーウェイトならインテリアにもできるのでお勧めだ」
「学生ですし、筆記用具はいくらあっても困らないかと思います」
「確かに。2人はまだ来年も学生だろうし、タイコモと私は手紙や書類から離れられないだろうから……」
学芸品を扱う学生向けの店で多量の贈り物を手配していたシルヴィアがそうアドバイスをし、ヴィルヘルミナが相槌を打つ。二つ目の贈り物はそういう事になった。シルヴィアはそこで世話になった部員全員分の手ぬぐいと腰帯を注文していたらしい。なお、助言を請われていたトマスは頑張って意見を捻りだしたのだが、剣を振るわない人間なので汚れる事などを考慮しておらず、店員にやんわりと駄目出しをされていた。
「……おや。トマス殿に、討論部の皆も」
そんな所に、驚いたような声が横合いから掛かった。市民に交じって違和感のない変装のジュスト・ヴェルジーとローザリカ・L・ディオールは、トマスよりもよほど街歩きに慣れていそうな見た目だ。平民のような衣装もさることながら、ジュストは眼鏡を掛け、ローザリカは髪形を纏めているだけでも随分印象が違う。
「ジュストにローザリカ嬢とは、奇遇だな。そうか、婚約者ともなれば2人だけで市中を歩く事もあるのだな」
「ん、ん。まあ。そう言う事も、ある」
「ロゼが市場調査とか商業の勉強の為に、王都で買い物をしたいというのでね。俺は荷物持ち兼、護衛ってところかな」
答えるローザリカの表情がやや赤い。同行の貴族令嬢達はジュストの理屈で納得した振りをしてくれたが、これが王国貴族の普通の婚約者像であるとは誰も言うまい。
「それより、今日は一体何があったんだろう」
などと、話題転換をするジュスト。実はかくかくしかじか、とトマス側の経緯を説明された2人は、困りごとなら自分達も手を貸そう、と名乗りでる。
「商品をお探しならリベラ商会へ是非、……と言いたい所だが、こういった王都ならではの店も趣深いだろうね」
「時に、トマス殿。女性に装飾品を贈るというなら、ちゃんと意味合いは考えているかい? 渡す側と受け取る側で受け取る際の意味が……」
店に並ぶ品を一つ手に取り、ローザリカが「悪くないな」などと言う。平民向けとはいえ、王都の大商会の娘であるゲルダが勧めた店なのだから、品が悪い筈もない。それを横目に覚えておきつつ、ジュストが小声でトマスへ囁く。そう言えば聞いたことがあるという程度の反応のトマスに、ジュストは身に着ける物を贈る意味、デザインの意味を説明する。
「……礼儀としては知っているのだが、そこまで気にする必要があるのか。ふむ……」
今でこそ世慣れたジュストとて最初からそうだったわけではない。うっかり相手の色の物を身に着けてしまったとか、贈ってしまったとか、些細な失敗から厄介な事に成り掛けた事を聞くと、トマスも感じ入る点があったようだ。
「まあ、ドレスと共に身に着けるような物でなければ、普通はそこまで周囲の目は気にしなくとも大丈夫だろうけれどね」
「そういうものか」
逆に必要がない物をあえて贈るからこそ、強い意味を示している場合もあるのだが、実例を見てもトマスに気づける機微はなかった。まあ、送り主がトマスである時点で、何を贈られても彼の側近たちが深読みする事はあるまい。
「既に装飾品と文具を買っているなら、もう買い物は終わりかな? 朝からならば少し疲れただろうし、足を休めるには良い喫茶店があるよ。この先だから案内しよう」
「いいですね。お昼ご飯も一緒に食べてしまいましょうか」
ジュストの提案に、ヴィルヘルミナが相槌を打つ。外見には出ないものの、彼女も知り合いと一緒のお出かけを楽しんでいるようだった。が、そこで鋭い声がジュストの脚を止める。
「……待て。ジュスト、僕はその店を紹介されていない!!」
「ん? いや、待って」
じろり、とローザリカが睨む。想定外の流れ弾にジュストがよろめいた所へ、ローザリカがずんずんと間を詰めた。
「この僕を差し置いて彼に教えたのか、それとも僕には言えないような店なのか……」
「それは申し訳……いや、うむ」
自分が原因かと謝りかけたトマスが、後半を聞いて下手に言及するのは危険だと言葉を濁す。ローザリカにはジュスト以外は目に入っていないので問題は無かった。
「どちらにせよ、僕は許しがたく思うんだがどうなんだ!」
「いや、ロゼに紹介しなかったのは男性客が多い店だから。確かに綺麗な給仕もいるけどそういう店じゃないよ、本当に」
事実がどうであれ、焦るジュストの様子がローザリカの疑念をいや増す。以前は色々と噂を聞いた物だし、悪い友人もいるし、怪しい。ぐいぐいと押すついでに腕を取って逃がさない構えである。が、それが往来で貴族の娘がとる行動としては如何なものか、というのは言うまでも無く。ローザリカの大きなお胸が腕に当たって潰れているという事は、つまり感触がアレでコレなわけで。
「……今はどうか目を瞑って欲しい。そう、これは俺が悪い。全部俺が悪い。そう言う事で済ませて貰えれば……」
トマスだけではなく多くの目がある中での出来事だが、この状況でローザリカを振り払えるほどジュストは(色々な意味で)強い男ではなかった。ぼそぼそと断る彼の声を聞いて、紳士淑女たちはそっと何も無い空へ目を向ける。ああ、今日もいい天気だ。
●
結局、綺麗どころがいるお勧めの店ではなくもう少しおとなしい喫茶店へ行く事となった。卒なく先行したリサが空席を確認し、皆でぞろぞろと雪崩れ込む。
「なるほど、お店の会計は付き人がやるものなんですね」
「必ずしもそうとは言えないが、こういう場合はそうする事が多い」
別に屋台で買い物をする場合にまでそうするとは限らないが、物を選んだあとの精算を貴族当人がする事は余りない。とはいえリサが財布を預かっている訳でもないので、今回はトマスが貨幣を手渡して対応を依頼した。一休みしてのち、甘味など嗜好品の売られている一角へ向かう。
「さあ、オススメをバンバン回りますよ! 並ばないといけないお店もあるから、無駄なくいきましょう!」
エフィルミアが元気に先頭を歩き出す。お菓子が嫌いな女子はいない、というのが事実かどうかはさておき、連れ立って歩く皆の表情も明るい。
「これは、私から皆様へ。どうぞ」
とヴィルヘルミナが道中で買ったお菓子を戴き、気に入れば自分でも購入したりしつつ、あれやこれやと楽しんでいく。
「甘い物を好きなのは男らしくない! とか言われると困るんだけど、今日くらいはいいよね?」
ぺろりと舌を出すエルゼリオに駄目と言うような者もいない。どれも美味しいなどと暢気に言っているトマスから、リサがあれこれターゲットの好みなどを聞き出し、何とか菓子の詰め合わせを選んだころには、もう陽もだいぶ傾いていた。
「あ、こういう普通のチョコレートも良い物ですよ? おススメします!」
「ほう……?」
今まで見ていた贈答用ではなく、自分で食べる為のものだろうか。エフィルミアが示したのは、チョコレートの中では比較的素朴な品だった。もちろん、チョコレートであるという時点で高級品ではあるのだが。
「こういう、なんでもないお菓子の方が不思議と思い出に残ったりするんですよね。あの時一緒に食べたなとか、あの頃は仲良かったな……とか」
「ふむ、そういうものだろうか」
「そういう物なんです」
エフィルミア自身はまだ若いのだが、そんな年長じみた事を言う。エルフと言う長命種ゆえ、生きる時間が違う人間たちと親しく接していると、思う所があるのかもしれない。
「ダンテさんは、何をしている時が楽しいんだ? 好きな物とかはあるのか?」
「む? 楽しい……か。そうだな。今の時間は、楽しいのかもしれない。うむ、こういうのんびりした一時は好きだ」
シャドウに問われたトマスは、難しい事を聞かれたように眉をひそめたものの、案外早く答えに辿り着いた。
「そうか、勉学は大変なのか?」
「パンクリアース学園は講師も設備も高水準ゆえ、大変だと感じた事は無いな。それに、学友にも恵まれていたようだ」
就学時の前半は周囲に歩み寄る事もなく、付き人と4人で孤高というか孤立のような立ち位置にいた事を思えば、随分変わったものだ。討論部で同じ時間を過ごしてきた訳ではないシャドウに問われれば、改めて初期からの変化に感じる物がある。
「ここのお店の茶葉はお勧めですよ。ハーブティにもいろいろありますが、飲みやすく爽やかなレモンバームならお菓子にも合いそうです」
コルネリウスが紹介した店を、トマスは興味深げに覗く。茶葉の産地や銘柄を聞いたことは有れど、淹れて貰う側のトマスは実物の葉をしっかり見た事はない。
「せっかくですし、私からはレモングラスのブレンドティーをプレゼントいたしますね」
「ありがとう。ふむ……、茶にせず葉の状態でも匂いで違いが分かるものだな」
「ええ。良い香りですから、リフレッシュできると思いますよ」
葉によって色も変わると聞いて、思いついたように自分の色である緑色の茶葉はあるのか、と問えば、店員よりも早くエルゼリオが答えた。
「シャルガネの方に、緑色のお茶があるよ。そっちのを買うなら、合わせるお菓子もシャルガネ菓子がいいかも?」
「なるほど……、しかしシャルガネの茶はこの店でも扱っていないようだ。それはまた、別の機会にしよう」
ハーブティや紅茶とジャンルが違うとまでは分からないにせよ、困り顔になった店主を見てトマスはそう言う。結局、爽やかな系統と、良く休んで疲れが取れる系統の物を買う事にしたようだ。
「それでは、お会計を済ませてきますね。あ、先ほどの御釣りで間に合いますから大丈夫です」
今度はできる付き人らしくリサが先回りした。一通り、買い物を済ませてトマスもようやく肩の荷が下りたようだ。夕食にはまだ時間があるという事で、ここで解散と相成った。せっかくだからと仲良し同士で買い物に戻るリサやゲルダ。せっかく街に出ているのだからと、ヴィルヘルミナは夕食を一緒にどうか知人に声をかけているようだ。自分の買い物を送る手配をせねばならないコルネリウスやシルヴィアはそれぞれすべきことをしに向かうらしい。
(何とか、無事に依頼はこなせたか……)
こんな依頼なのに、それなりの緊張感を持っていたシャドウは、ほっと息を吐くのであった。
●
なお、贈り物が届いたトマスの付き人達は喜びつつも、事態を正確に把握したようだ。ようやく復学してきたシオンとカナンがお礼の意を込めて(タイコモからの伝言も込みで)討論部の会合にちょっと良いお菓子を持ってきたようだが、それはまた別のお話である。
トマスの依頼を受けて、集まった学友たちの反応は、おおむね温かいものだった。若干、温かいに生の一字がついている向きもあるかもしれないが。
「贈り物、とっても素敵だと思います……! お役に立てるように、頑張りますね!!」
「トマスさんが頼ってくれるのならば! このエフィルミア全力を尽くしましょう!」
と、非常に前向きに拳を握るゲルダ・クラインと、大仰に頷いて見せるエフィルミアがやる気の面で最右翼。
「こういう時も、遠慮なく声を掛けてくださって良いのですよ」
コルネリウス・アーラが微笑まし気に言う。トマスの交友関係上、政治討論部の部員がほとんどであるが一応は別件の依頼であり、今日は学業の無い日の朝に集合している。貴重な休日を費やしてくれるというのは、ありがたいことであった。
「まあ、頼って頂けるようになったというのは喜ばしい事ですね」
リサ・ベイカーの表情には、仕方がない人だなあ感が漂っているような気がしないでもない。王国貴族の子弟にもいろいろいるのだが、箱入り息子や娘の中には市民の常識が全くないケースも多々あるのだ。市内を歩いて回った経験はあるトマスはまだマシな方である可能性すらあった。
「それはそうと、今日は付き人という立場で振舞おうと思うのですが、良いですかね?」
「付き人……? 家臣の振りをするという事か……?」
「これも経験というか、練習になりますし」
困惑した様子のトマスだったが、経験を積みたいという話に一応は納得したようだ。付き人と言っても色々いるだろうが、おそらくリサの念頭にあるのは護衛ではなく秘書的な立場だろう。
「なるほど……。では、リサ嬢には何か買う物について考えが……。いや、口調も付き人へ向けるように変えた方がよいだろうか?」
「そうして頂けた方が実践的ですけれど、やりにくそうですからいつも通りでも良いですよ」
などと話していると、エルゼリオ・レイノーラが鞄に手を入れて何やら出そうとしている。
「甘輝祭の贈り物だよね? それなら丁度良いの持ってるよー」
『リーンエス王国銘菓巡りガイド』を取り出したエルゼリオは、最近まで平民だっただけあり、貴族嫡子ながらも街での買い物に詳しい。さっと動いて受け取ったリサが見やすいように広げ、どれどれと覗き込んだエフィルミアが感嘆の声を上げる。
「ほほう、これは……。私がリサーチ済みのあの店も網羅されていますね!?」
彼氏向きに買うのか、と思いきやさにあらず。そちらへは『健康にいい手作りチョコ』が準備されているそうだ。
「今年も気合入れて作ったのでバッチリです! トマスさんも味見してみます?」
取りだされたアイテムは、あまり健康に良さそうには見えなかった。
「……いや、私が先に食べては申し訳ないからな」
トマスが視線を逸らしつつそんな言い訳を口にしたところで、エルゼリオが助け舟を口にする。
「あ、この店の『白銀花の祝祭』の度に購入してる『薔薇の砂糖漬け』はオススメだよ~」
「ほうほう、エルゼリオさんのお勧めが砂糖漬けなら、私はこの間食べたイチゴのクッキーをお勧めします!」
などとエフィルミアと盛り上がりつつ、そのどちらも本の紹介文には載っていないことにエルゼリオは気が付いた。
「そういえば、季節商品まではこの本にのっていないのかな。……もしかして、載ってるけど閉店した店とかもある?」
「いえ。どれも老舗の名店ですから、全部健在ですよ。食べ歩くなら一日がかりです!」
「どれも勧められた物は良さそうではあるが、しかし菓子だけで一日使うのもな……」
エルゼリオが口にした懸念を大丈夫だと保証するエフィルミアに、どれも美味しいなら選ぶのは難しいとトマスが考え込んだ。中には名前を聞いただけで想像できないような品もあるのだが、全て見て回っていては日が暮れそうだ。
「贈り物の選択肢が多すぎるようなら、季節でもありますしチョコでも買います?」
「もしも砂糖漬けやチョコのような甘い物が苦手なら。――お煎餅とかのシャルガネ菓子でも良いよね」
「そうだな。選ぶ指針があるのはありがたい。特に甘味が苦手という話もないし、無難にチョコレートで良いか」
ヴィルヘルミナとエルゼリオがそう提案すると、トマスはほっとしたように頷く。ヴィルヘルミナ自身も、今日は友人たちに贈る為のお菓子を買おうと考えていた。普段であれば材料を買って作る事も出来たのだが、忙しかったので用意が間に合わなかったのだ。
「まあ、道中でちょっとしたお食事をというのも良いかもしれませんね。皆様に御用事がなければですが」
「ふむ。色々と助言を貰う礼としては、悪くないな。よし、昼は私が出そう」
トマスは偉そうにそう言うが、この人数でぞろぞろ歩いているのだから、当てもなければせいぜいが屋台で適当に買う程度であろう。旧知と歓談する機会になるなら自分にとっても良い、とヴィルヘルミナも頷く。菓子を見て近くに軽食もできそうな場所、というと無数にあった選択肢が多少は絞られてきた。
「私はハーブティがお勧めですね。個人的に好きだから、という事もありますけれど」
コルネリウスがそう口にする。自身も家族へ贈ろうと考えているので、店は案内すると言われればトマスに否は無い。
「別の依頼で少し勉強をいたしましたので、お役に立てるかもと思いましたが……。お菓子についてはもう十分そうですね」
どちらかといえばトマス側である貴族令嬢レティシア・レインフィールが覚えていた店も、エルゼリオ持参のガイドでだいたい網羅している。ただ、彼女としては消え物を贈ろうというトマスの意図は分かるものの、送り先の相手への思いを考えるに、後に残るものでも良いのでは、と考えているようだ。
「さりげない装飾品をお揃いにする事で、お互いの絆を深めるというのも良いのではないでしょうか。例えば、外套の留め具などは如何でしょう」
「……成程、そういう考え方もあるのか」
主従の関係であれば改まった場でお揃いというわけにも行かないだろうが、学生の間であれば問題はなかろうとトマスは頷く。最初に菓子店を回るとそれだけで終わってしまいそうだと考えたトマスは、まずそれ以外の選択肢から見に行きたいと告げた。その後でお昼を食べて、菓子や茶葉を扱う店を回ればあまり遅くならずに帰れるだろう、と。
「装飾品のお店でしたら、お勧めのお店があります。小さな宝石を使って、それほど高価ではないけれどもお洒落なデザインを扱う所です。どうかな、リサちゃん?」
「ああ、なるほど。トマス様、少し失礼しますね……。ゲルダちゃんが言っているのはあそこかな。じゃあ、タイコモさんには向かないかもしれないから、わたしは若い男性向けのお店をチョイスしますね」
会話を聞きながら、ゲルダとリサの商家の娘コンビは早速店をピックアップしていた。王都出身のゲルダは当然に詳しいし、リサも一通りのリサーチは欠かしていない。
「では店の選定は任せて、私はトマスの品選びに口を出そうか。……とはいっても、私も贈り物を用意したいので、トマスからは男性視点のアドバイスを聞きたい所でもあるのだが」
シルヴィア・A・カペルは、世話になった第一剣術部の面々に贈り物をしたいと考えていたようだ。学園内で剣を振るうような事態は無くとも、生徒会役員として活動する際に彼らの支持は助けになっただろう。
「アドバイス……私がか?」
トマスは自信なさそうに周囲を見回したが、やむを得ないというように頷いた。いつもの事ではあるが、トマスが厄介事を持ち込んだ際に受けてくれる冒険者の男女比はかなり女性に偏っている。少数派である男子のエルゼリオはトマスよりも贈り物選びのセンスはあるかもしれないが、一般的な剣術男子の好みよりも可愛い物を身に着けている気はした。そしてもう一人、依頼を目にしてやってきたらしいシャドウは見るからに場慣れしていない感じを漂わせている。
(……依頼を受けたはいいが、俺は王都の店などにはてんで詳しくないぞ。いや、場所が分かれば道案内位は出来るだろうが)
依頼主のトマスは貴族子弟とあって、普段のシャドウの生活範囲の外側に居そうな人物だ。最近までの記憶が実はないシャドウには、庶民向けの店であってもどこが良いだの悪いだのと言う経験知識もない。せめて誰かに襲われてくれれば護衛として働けるかもしれないが、リサやゲルダが挙げているのは当然のように治安のよい場所にある店ばかりである。
(他に、依頼主の円滑な買い物の為に出来る事と言えば……。そうだ。朗らかな会話はどうだ)
それも彼には向いていないかもしれないが、シャドウは依頼の遂行の為に手段は選ばない。確か政治討論を旨とする部活の部長だという依頼主の素性を思い浮かべ、思いついたことを質問してみる。
「そういえば、ダンテさんは法衣貴族なんだな。その、法衣貴族とは何なんだ?」
「ふむ。もっとも簡単な説明としては、領地を持たず王家に直接仕える貴族、だな。我が家は例外になるが……」
「なるほど。法衣貴族ならではの苦労や、良かった事などはあるのか?」
「そう直接尋ねられるのは新鮮だな。では、最初の店につくまでの間、部活の延長として答えようか」
そんな会話をする事で、何かしら説明する事は得手らしいトマスの緊張が、多少ほぐれたかもしれない。トマスの語る苦労というのが、法衣貴族全般の者であるかどうかは分からないが。
「なるほど、貴族同士の付き合いに困る、と。しかし、距離を置かれている事で良い事もある……。何事も表裏一体という事か」
「我が家は特に、代々貴族を裁く役職の家柄だ。見返りを要求して近づく家の話は拒絶せねばならないので、祖父も父も結婚には苦労したそうだ」
ダンテ家は特に諜報に優れた手腕がある訳でもない為、相手の家については表向きの事しか分からない。なので、腹芸もなく率直に『そちらの家に便宜は図れない』と告げる事になるのだが、それで大体の話は流れるらしい。ただ、面倒くさいだけの付き合いもしなくてすむのはありがたいとも言う。平民のシャドウであればなるほど貴族は大変だな、という感想になるが、社交も力とする家柄のシルヴィアや、家の為の結婚を当然とする淑女教育を受けているレティシアからすると、ダンテ家の頑なな態度は変わった家だという感想になるだろう。
●
まず向かったのは、小物を扱っている店の並ぶ一角だ。レティシアが提案した揃いのものを考えていたようだが、男女に別れているので案外難しい。
「このお店は女の子向けの装飾品ですね。首飾りや髪飾り、耳飾りや腕輪、いろいろあります」
「……しかし、こう言った物になればシオンとカナンでも、好みが違うのではないだろうか」
店頭で軽く紹介するゲルダに、まるで世界の真理に触れたような深刻な口調でトマスはそう答えた。平民である2人が遠慮しないで済む程度の価格で、と色々と気遣って小物を薦めてくれるゲルダに謝意を示しつつ、トマスは唸る。
「トマス様がお好きなものを選ぶのが一番です。離れていても、お互いを感じられるものであれば……。例えば、燐灰石を用いた品は信頼や自信を象徴し、絆を深める効果があるといいます。未来への正しい指針を示してくれるという伝承もあるとか」
「なるほど、レティシア嬢は詳しいな」
「私も、婚約者や義兄には毎年何かしら贈っておりますから」
感情を見せない笑みを浮かべてそう答えるレティシアに、そう言う所だけ鋭いトマスは僅かに怪訝そうな顔をした。が、話題を掘り下げる事はせずに商品へ目を向ける。
「いまお話に出ていた燐灰石だと、この辺りの品がそうですね。トマス様からということであれば緑色の石が良いかもしれません」
見ていた商品を絞り込んで助言をするリサに謝意を示し、トマスはしばし考えてから女性陣には細身の、タイコモと自分にはしっかり目の腕輪を選んだ。そうやって悩んで選ぶことに意味があるのだと、見守るコルネリウスが頷いている。最後に買い足す菓子を含めてもまだトマスの脳内予算的には余裕があるようで、そのまま街路を歩いていく。
「文具の類はどうだろう? ペーパーウェイトならインテリアにもできるのでお勧めだ」
「学生ですし、筆記用具はいくらあっても困らないかと思います」
「確かに。2人はまだ来年も学生だろうし、タイコモと私は手紙や書類から離れられないだろうから……」
学芸品を扱う学生向けの店で多量の贈り物を手配していたシルヴィアがそうアドバイスをし、ヴィルヘルミナが相槌を打つ。二つ目の贈り物はそういう事になった。シルヴィアはそこで世話になった部員全員分の手ぬぐいと腰帯を注文していたらしい。なお、助言を請われていたトマスは頑張って意見を捻りだしたのだが、剣を振るわない人間なので汚れる事などを考慮しておらず、店員にやんわりと駄目出しをされていた。
「……おや。トマス殿に、討論部の皆も」
そんな所に、驚いたような声が横合いから掛かった。市民に交じって違和感のない変装のジュスト・ヴェルジーとローザリカ・L・ディオールは、トマスよりもよほど街歩きに慣れていそうな見た目だ。平民のような衣装もさることながら、ジュストは眼鏡を掛け、ローザリカは髪形を纏めているだけでも随分印象が違う。
「ジュストにローザリカ嬢とは、奇遇だな。そうか、婚約者ともなれば2人だけで市中を歩く事もあるのだな」
「ん、ん。まあ。そう言う事も、ある」
「ロゼが市場調査とか商業の勉強の為に、王都で買い物をしたいというのでね。俺は荷物持ち兼、護衛ってところかな」
答えるローザリカの表情がやや赤い。同行の貴族令嬢達はジュストの理屈で納得した振りをしてくれたが、これが王国貴族の普通の婚約者像であるとは誰も言うまい。
「それより、今日は一体何があったんだろう」
などと、話題転換をするジュスト。実はかくかくしかじか、とトマス側の経緯を説明された2人は、困りごとなら自分達も手を貸そう、と名乗りでる。
「商品をお探しならリベラ商会へ是非、……と言いたい所だが、こういった王都ならではの店も趣深いだろうね」
「時に、トマス殿。女性に装飾品を贈るというなら、ちゃんと意味合いは考えているかい? 渡す側と受け取る側で受け取る際の意味が……」
店に並ぶ品を一つ手に取り、ローザリカが「悪くないな」などと言う。平民向けとはいえ、王都の大商会の娘であるゲルダが勧めた店なのだから、品が悪い筈もない。それを横目に覚えておきつつ、ジュストが小声でトマスへ囁く。そう言えば聞いたことがあるという程度の反応のトマスに、ジュストは身に着ける物を贈る意味、デザインの意味を説明する。
「……礼儀としては知っているのだが、そこまで気にする必要があるのか。ふむ……」
今でこそ世慣れたジュストとて最初からそうだったわけではない。うっかり相手の色の物を身に着けてしまったとか、贈ってしまったとか、些細な失敗から厄介な事に成り掛けた事を聞くと、トマスも感じ入る点があったようだ。
「まあ、ドレスと共に身に着けるような物でなければ、普通はそこまで周囲の目は気にしなくとも大丈夫だろうけれどね」
「そういうものか」
逆に必要がない物をあえて贈るからこそ、強い意味を示している場合もあるのだが、実例を見てもトマスに気づける機微はなかった。まあ、送り主がトマスである時点で、何を贈られても彼の側近たちが深読みする事はあるまい。
「既に装飾品と文具を買っているなら、もう買い物は終わりかな? 朝からならば少し疲れただろうし、足を休めるには良い喫茶店があるよ。この先だから案内しよう」
「いいですね。お昼ご飯も一緒に食べてしまいましょうか」
ジュストの提案に、ヴィルヘルミナが相槌を打つ。外見には出ないものの、彼女も知り合いと一緒のお出かけを楽しんでいるようだった。が、そこで鋭い声がジュストの脚を止める。
「……待て。ジュスト、僕はその店を紹介されていない!!」
「ん? いや、待って」
じろり、とローザリカが睨む。想定外の流れ弾にジュストがよろめいた所へ、ローザリカがずんずんと間を詰めた。
「この僕を差し置いて彼に教えたのか、それとも僕には言えないような店なのか……」
「それは申し訳……いや、うむ」
自分が原因かと謝りかけたトマスが、後半を聞いて下手に言及するのは危険だと言葉を濁す。ローザリカにはジュスト以外は目に入っていないので問題は無かった。
「どちらにせよ、僕は許しがたく思うんだがどうなんだ!」
「いや、ロゼに紹介しなかったのは男性客が多い店だから。確かに綺麗な給仕もいるけどそういう店じゃないよ、本当に」
事実がどうであれ、焦るジュストの様子がローザリカの疑念をいや増す。以前は色々と噂を聞いた物だし、悪い友人もいるし、怪しい。ぐいぐいと押すついでに腕を取って逃がさない構えである。が、それが往来で貴族の娘がとる行動としては如何なものか、というのは言うまでも無く。ローザリカの大きなお胸が腕に当たって潰れているという事は、つまり感触がアレでコレなわけで。
「……今はどうか目を瞑って欲しい。そう、これは俺が悪い。全部俺が悪い。そう言う事で済ませて貰えれば……」
トマスだけではなく多くの目がある中での出来事だが、この状況でローザリカを振り払えるほどジュストは(色々な意味で)強い男ではなかった。ぼそぼそと断る彼の声を聞いて、紳士淑女たちはそっと何も無い空へ目を向ける。ああ、今日もいい天気だ。
●
結局、綺麗どころがいるお勧めの店ではなくもう少しおとなしい喫茶店へ行く事となった。卒なく先行したリサが空席を確認し、皆でぞろぞろと雪崩れ込む。
「なるほど、お店の会計は付き人がやるものなんですね」
「必ずしもそうとは言えないが、こういう場合はそうする事が多い」
別に屋台で買い物をする場合にまでそうするとは限らないが、物を選んだあとの精算を貴族当人がする事は余りない。とはいえリサが財布を預かっている訳でもないので、今回はトマスが貨幣を手渡して対応を依頼した。一休みしてのち、甘味など嗜好品の売られている一角へ向かう。
「さあ、オススメをバンバン回りますよ! 並ばないといけないお店もあるから、無駄なくいきましょう!」
エフィルミアが元気に先頭を歩き出す。お菓子が嫌いな女子はいない、というのが事実かどうかはさておき、連れ立って歩く皆の表情も明るい。
「これは、私から皆様へ。どうぞ」
とヴィルヘルミナが道中で買ったお菓子を戴き、気に入れば自分でも購入したりしつつ、あれやこれやと楽しんでいく。
「甘い物を好きなのは男らしくない! とか言われると困るんだけど、今日くらいはいいよね?」
ぺろりと舌を出すエルゼリオに駄目と言うような者もいない。どれも美味しいなどと暢気に言っているトマスから、リサがあれこれターゲットの好みなどを聞き出し、何とか菓子の詰め合わせを選んだころには、もう陽もだいぶ傾いていた。
「あ、こういう普通のチョコレートも良い物ですよ? おススメします!」
「ほう……?」
今まで見ていた贈答用ではなく、自分で食べる為のものだろうか。エフィルミアが示したのは、チョコレートの中では比較的素朴な品だった。もちろん、チョコレートであるという時点で高級品ではあるのだが。
「こういう、なんでもないお菓子の方が不思議と思い出に残ったりするんですよね。あの時一緒に食べたなとか、あの頃は仲良かったな……とか」
「ふむ、そういうものだろうか」
「そういう物なんです」
エフィルミア自身はまだ若いのだが、そんな年長じみた事を言う。エルフと言う長命種ゆえ、生きる時間が違う人間たちと親しく接していると、思う所があるのかもしれない。
「ダンテさんは、何をしている時が楽しいんだ? 好きな物とかはあるのか?」
「む? 楽しい……か。そうだな。今の時間は、楽しいのかもしれない。うむ、こういうのんびりした一時は好きだ」
シャドウに問われたトマスは、難しい事を聞かれたように眉をひそめたものの、案外早く答えに辿り着いた。
「そうか、勉学は大変なのか?」
「パンクリアース学園は講師も設備も高水準ゆえ、大変だと感じた事は無いな。それに、学友にも恵まれていたようだ」
就学時の前半は周囲に歩み寄る事もなく、付き人と4人で孤高というか孤立のような立ち位置にいた事を思えば、随分変わったものだ。討論部で同じ時間を過ごしてきた訳ではないシャドウに問われれば、改めて初期からの変化に感じる物がある。
「ここのお店の茶葉はお勧めですよ。ハーブティにもいろいろありますが、飲みやすく爽やかなレモンバームならお菓子にも合いそうです」
コルネリウスが紹介した店を、トマスは興味深げに覗く。茶葉の産地や銘柄を聞いたことは有れど、淹れて貰う側のトマスは実物の葉をしっかり見た事はない。
「せっかくですし、私からはレモングラスのブレンドティーをプレゼントいたしますね」
「ありがとう。ふむ……、茶にせず葉の状態でも匂いで違いが分かるものだな」
「ええ。良い香りですから、リフレッシュできると思いますよ」
葉によって色も変わると聞いて、思いついたように自分の色である緑色の茶葉はあるのか、と問えば、店員よりも早くエルゼリオが答えた。
「シャルガネの方に、緑色のお茶があるよ。そっちのを買うなら、合わせるお菓子もシャルガネ菓子がいいかも?」
「なるほど……、しかしシャルガネの茶はこの店でも扱っていないようだ。それはまた、別の機会にしよう」
ハーブティや紅茶とジャンルが違うとまでは分からないにせよ、困り顔になった店主を見てトマスはそう言う。結局、爽やかな系統と、良く休んで疲れが取れる系統の物を買う事にしたようだ。
「それでは、お会計を済ませてきますね。あ、先ほどの御釣りで間に合いますから大丈夫です」
今度はできる付き人らしくリサが先回りした。一通り、買い物を済ませてトマスもようやく肩の荷が下りたようだ。夕食にはまだ時間があるという事で、ここで解散と相成った。せっかくだからと仲良し同士で買い物に戻るリサやゲルダ。せっかく街に出ているのだからと、ヴィルヘルミナは夕食を一緒にどうか知人に声をかけているようだ。自分の買い物を送る手配をせねばならないコルネリウスやシルヴィアはそれぞれすべきことをしに向かうらしい。
(何とか、無事に依頼はこなせたか……)
こんな依頼なのに、それなりの緊張感を持っていたシャドウは、ほっと息を吐くのであった。
●
なお、贈り物が届いたトマスの付き人達は喜びつつも、事態を正確に把握したようだ。ようやく復学してきたシオンとカナンがお礼の意を込めて(タイコモからの伝言も込みで)討論部の会合にちょっと良いお菓子を持ってきたようだが、それはまた別のお話である。
マスターコメント
ウチの子がお世話になりました。一般常識方面ではだいぶ手のかかる子です。
でも、お買い物上手な貴族の子は珍しいと思うので、仕方がない……。たぶん……。
一部の貴族子弟の方々はアクセサリーとか香水とかハンカチとか誰かに贈られた物っぽいのを携帯されているので、トマスへのレクチャーがてらに色とかデザインとか意匠に触れようかと思ったけれども、解釈が違っていたら申し訳ないのでやめました。
交流依頼でMVPとか選ぶのは余程の事がないと難しいので、大成功で返させて頂きます。
ご参加ありがとうございました!
イベントシナリオ普通 報酬:標準11 / 10〜25人
2023年03月02日 15時55分19秒 公開
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