【悪華】黒き種の芽吹き

空色みなも

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シナリオID:2810

オープニング

●
 リーンエス王国に現れ、グレイブの一振りで街を破壊せしめた黒山羊のハーフビースト。
 ニゲラ・ブラックゴート――メドゥの指先幹部『緑の薬指』を名乗ったその女は。
 冒険者との交戦によって退けられた後も、たびたび王国周縁部に現れては破壊行為を行うようになっていた。

 しかし依頼を受けた冒険者たちが現場に駆けつけて一戦を交えると。
 ニゲラは決まってある言葉を残し、早々と退散してしまうのだ。

『オレサマはいつまでも黙っちゃいねぇぜ――楽しみにしてな』
 というのが、ニゲラの捨て台詞。
 その意味するところが分かる者は、今のところ現れていない。

 そして、こうした情報は王国内の様々な領主の耳にも届いていた。

「黒山羊のハーフビースト……今、そう言ったか」
 ダルム・アラムハーク侯爵も、そうした領主の内の一人。
 銀髪を短く刈り揃えた、厳めしい男だ。

「は、はい。確かにそう申し上げましたが……」
 金色の鋭い眼光に射抜かれ、報告に訪れていた側近が震え上がる。
 この日の領主は、いつも以上に虫の居所が悪い。
 側近には、そう感じられた。

「……もし奴が我が領に現れたら冒険者には向かわせるな。寄り子の領内に現れても同様だ。私が直々に出陣する」
「――は?」
 ダルム侯爵の言葉に、側近は耳を疑わざるを得なかった。
 相手は強力な戦士であると聞いている。
 一体なにゆえに、領主直々にそのような危険を冒さねばならぬというのか。

「――何か?」
「い、いえっ。御意にございます……」
 有無を言わさぬダルム侯爵の圧に、もはや側近も一礼して下がることしかできない。
 側近が退室したのを見届け、ダルム侯爵は独り言つ。

「奴はどこまで知っている――?」
 ダルム侯爵の呟きは、誰に聞かれるでもなく宙に溶け消えて行った。

●
「ざまぁねえなあ、領主サマ」
 見上げれば、下卑た笑みを浮かべるニゲラと目が合う。
 金色を湛えた瞳に映っているのは、血まみれで膝をつくダルム侯爵自身であった。
 周囲には、侯爵が集めた選りすぐりの精鋭らが地に伏している。
 これをニゲラはたった独りで薙ぎ倒してしまったのだ。

 側近との会話があって後、果たしてニゲラはアラムハーク侯爵領に現れた。
 ダルム侯爵が信頼を置く兵のみを集めて部隊を編成し、出陣した結果がこの惨状である。

「ぐぬ……獣風情がっ」
 ダルム侯爵が槍を杖にどうにか立ち上がり、ニゲラを睨みつける。

「おう、言ってくれるなあ。けどよ、それはオマエ自身のことじゃないのか?」
 だが、それを聞いたニゲラはかえって口角を吊り上げた。

「私は違う……私ではない!」
 このとき、もはやダルム侯爵の意識は朦朧としていた。
 自分が何を口走っているかも分からない。

 だが、目の前に討つべき相手がいる。
 そのことだけは意識から抜け落ちることはなかった。

 そう、この者の口を早く封じなければならない。
 ダルム侯爵は最期の力を振り絞り、ニゲラに槍を突き入れようとして――。

「ふん、くたばったか――あっけねえもんだな」
 その槍の切っ先がニゲラに届く前に、ダルム侯爵は力尽きた。

●
「僕が今、願うことは一つ――知りたいんです。なぜ、このようなことが起こっているのかと」
 フレイ・アラムハーク――ダルム侯爵の嫡男は、屋敷に冒険者を集めてそう言った。

 齢は十五。
 短く整った金髪に、端正な顔立ち。
 そして、金色の瞳には確かな決意の光が宿っている。

「だから僕は――彼女に直接、聞きに行きます。きっと、彼女は何か知っているはずです」
 であるからこそ、こんな無茶を思いつきもするのだろうか、フレイという少年は。

 ニゲラは現在、アラムハーク侯爵領の一角を占拠して居座っているらしい。
 フレイは冒険者を護衛につけ、そこに乗り込んでやろうというのだ。

「この子、言い出したら聞かないところはあの人と似ていて――」
 彼の母親たるアナーシャ・アラムハークも最初、無謀を諫めはしたらしい。
 だが、フレイがどうしてもというので最後には折れたようだ。

 アナーシャはブロンドの髪を長く伸ばし、透き通るような青い眼を持つ女性であった。
 だから、冒険者たちにはすぐ分かった。
 屋敷の中で見かけた赤髪緑眼の女性を描いた肖像画が、アナーシャとは異なる人物を表していたことが。

「あの方は――父上にとって、母上の前の妻と聞いています」
 その疑問に対する答えは、フレイの口から聞くことができた。

 マスケーナ・アラムハーク。
 ダルム侯爵が最初に娶った妻。

 彼女は死産を経験し。
 産後の肥立ちが悪く、亡くなってしまった――。
 ダルム侯爵より、フレイはそのように説明を受けたという。

「だから今はこの領を継げるのも僕しかいない。そのことも分かっています。ですが、これも僕がやらなければならないこと――何故だかそんな気がするんです」
 フレイは冒険者たち一人ひとりの目を見回して。
 どうかよろしくお願いします、と話を締めくくった。

●
「へぇ、領主サマに続いて、そのご子息のお出ましか?」
 ニゲラは町のはずれでフレイと冒険者たちを待ち受けていた。

 ダルム侯爵と激闘を繰り広げた後ゆえか。
 一帯はすでに建造物が崩れ、瓦礫の山が並ぶのみになっている。

「で、オレサマをどうしようっての? 仇討ちでもしにきたつもりかよ?」
 ニゲラがグレイブの柄で自身の肩をトントンと叩きながら、フレイを睨みつける。

「それも僕がいずれ成さなければならないことなのでしょう――ですが、今日は違います」
「へぇ?」
 あくまで静かに話すフレイへ、ニゲラも興味を引かれたのか。
 スゥと目を細めて、話の続きを待っている。

「僕はあなたの口から聞きたい――真実を」
 そしてフレイから飛び出した言葉を聞いて――。

「ニシシシシシ! ずいぶんと物好きな奴だ! いいぜ、オレサマに質問を許してやろう!」
 ニゲラは一瞬、目を丸くした後、腹を抱えて大笑いをする。

「だが! 質問は一人一つまで。知ってることすべて話せとか言わず、ちゃんと具体的なことを聞けよ? あとオレサマにも答えられないことはある。組織的な都合でな」
 どうやら、ニゲラにも冒険者側と会話するつもりがあるらしい。
 思いがけない反応があり、フレイも固唾を呑んで続く展開を待っていると――。

「それと! 質問はオレサマと戦いながらだ! 逃げようと思うなよ? オマエが逃げたら、オレサマも何も答えてやらないからな?」
 ニゲラがグレイブの切っ先を、後方で成り行きを見守るフレイに突き付けるように構えた。

 フレイは深く息を吐いた。
 そう、結局こうなるのだ。

「冒険者の皆さん、申し訳ありませんが、このまま僕に付き合ってください――どうか」
 フレイに懇願され、冒険者たちも臨戦態勢に入る。

 目標は、できるだけニゲラから情報を得ること。
 依頼主であるフレイを無事に帰すこと。
 そして、占拠された町を取り戻すこと。

 冒険者たちとニゲラが再び、激突しようとしていた。

解説

●目的  ニゲラ・ブラックゴートからできるだけ情報を引き出す。  フレイ・アラムハークの無事。  占拠された町の開放。  冒険者たちが重傷を受けない。 ●状況  周辺地理は町の外周部で、すでに壊滅した範囲。時刻は昼。  フレイはニゲラから距離18へクス程度の距離に位置。  PCのスタート位置はニゲラから半直線状に距離4~20へクスの位置から選択。  町が占拠されたため、町にいて無事であった住人は別所へ避難しています。 ●敵情報  ▽ニゲラ・ブラックゴート  黒山羊のハーフビースト。  メドゥの指先幹部『緑の薬指』であることが明らかになっている。  得物のグレイブによる近接物理攻撃・近接魔法攻撃ができる他、以下の能力を持つ。  ・縦横無尽  パッシブ。自身を中心とした直径5へクス内に居る対象と、最大射程に関わらず攻撃が互いに届くようになる。また、自身を中心とした直径3へクス内に侵入しようとするキャラクターは強行突破が必要となり、自身と同へクスにいない相手に対しては【回避】が上昇する。  ・紫電清霜  パッシブ。『束縛』『移動阻害』『窒息』『行動不全』『行動不能』『呪縛』『行動操作』に対して【抵抗】が大幅に上昇する。  ・破竹之勢  パッシブ。構造物またはオブジェクトに対して攻撃する際、攻撃力が大幅に上昇する。  ・震天動地  メイン。自身を中心とした直径41へクスに【対象識別】で『行動阻害:強度2』付与を伴う範囲魔法攻撃を行う。威力は中程度。1回使用すると、続く3ラウンドの間は使用できない。  ・一騎当千  メイン。威力高めの複数対象近接物理攻撃。「縦横無尽」の効果が乗って【対象識別】の範囲攻撃となる。  ・快刀乱麻  メイン。超高命中、『BS能力低下:物理防御:強度5』付与を伴う近接物理攻撃。  ・疾風怒濤  サブ。強行突破を成功させながら1へクス分、移動する。 ●NPC  ▽フレイ・アラムハーク  今回の依頼人で、戦死したダルム・アラムハーク侯爵の嫡男。  一応、授恵者であり、震天動地に一撃であれば耐えられるかどうか程度の耐久力。 ●その他  ニゲラに対する質問で回答される可能性が高いのは、ニゲラ個人に関係する質問などになります。  逆に、メドゥの指先といった組織に関わる質問などは回答される可能性が低くなります。  また、具体性の高い質問や、イエスかノーかで答えられる形の質問などは、ニゲラが詳細を回答する可能性が高くなります。

マスターより

 お世話になっております、空色みなもです。  今回、ニゲラから情報を引き出す必要はありますが、それはそれとしてフレイを守り切り、占拠された町を取り戻すため、ニゲラに勝利する必要もあります。  関連NPCにニゲラ・ブラックゴートが紐づけられていますが、原則、相談掲示板では発言を行いません。  スケジュールの都合上、念のため執筆期間を調整させて頂いております。  ご確認のうえ、ご参加いただければ幸いです。  真実の扉を開く皆さんのプレイングをお待ちしております。

リプレイ

●
「危険な目に遭うばかりでなく、知りたくないことを聞かされるかもしれません。それでも行くんですか?」
「ええ――待ち受けているのは、必ずしも都合のいい真実ではないかもしれません。それでも、です」
 トーラの瞳に見上げられ。
 フレイ・アラムハークは何も臆することなく、しかと頷いた――。

●
「……絶対、無事に帰らせますよ!」
 戦いを前に、トーラは屋敷でフレイと行ったやり取りを思い浮かべていた。
 何を聞かされてもいいようにとトーラの説いた心構えは、フレイにはよく伝わっていたように思う。
 であれば、後はその心意気に応えるまで。
 もとより、依頼人の願いを叶えるのが冒険者なれば。

「ニゲラちゃん、久しぶり。元気そうでよかったけど、元気すぎない?」
「ニシシシ、そうか? オレサマ、これでも今日はちょっぴりアンニュイな気分だったぜ。そこのご子息サマが面白いこと言ってくれたけどな!」
 ディレイン・オールドケイジの挨拶に、ニゲラ・ブラックゴートは歯をむき出しにしてみせる。

「俺には、フレイ君がそんなに可笑しなことを言っていたようには思えないけどね。そうそう、名前を教えてもらったのにこっちの自己紹介がまだだった。おじさんはディレイン・オールドケイジ――しがない冒険者さ」
 顎を手で撫で、名乗ったディレインに。
 ニゲラはご丁寧にどうも、とこれまた面白いものを見たかのように笑う。

「お話してくれるとは有り難いことです。真実であれば、ですが」
 そのような中、グレイブ・ヤードはニゲラの真意を探るような目を向ける。

「では早速。回答について虚偽を挟まないことをあなたの誇りにかけて誓ってくれますか?」
 グレイブの鋭利な視線に射抜かれても、ニゲラは動じることなく口を開いた。

「ああ、別に構わねぇぜ? もともと嘘をつくつもりはなかったしな」
 つまらない質問だと機嫌を損ねる可能性も考えていたが、ニゲラは思った以上にあっさりと回答した。

「どっちにしろオレサマの主観が入るんだが、オレサマが考えている通りには答えてやろう。ま、オレサマがこの質問自体に嘘をついていないかどうか――結局、考えるのはオマエたちだけどな?」
 わざわざ答えなくていいことまで付け加えるのを見れば、ニゲラは意外に律義な性格をしているのだろうか。
 あるいは、この発言自体が揺さぶりであるという可能性も考えられるが――。
 少なくとも、グレイブにはニゲラの言葉に虚言の色は感じなかった。

「さあ、一つ質問に答えたことだし、ここからはオレサマと遊んで貰おうじゃないか」
 そしてニゲラが武器の先端を高く構えると――。

(いきなり全体攻撃を受ければ相手のペースにされてしまいます。せめてダメージは抑えないと……!)
 それより一瞬早く、トーラが動いていた。
 体内を巡るエーテルが、彼女の反応速度を飛躍的に高めて。
 撃ち出した光がニゲラの体に複雑な紋様を刻み込んで、その魔力の集中を乱していく。

「めんどうだっ! が!」
 ニゲラが得物を振り下ろし、大地に叩きつけることで起こったエーテルの奔流は。
 トーラの刻んだ光印に大きく威力を落とされていた。
 しかし、それでも元が元だけに馬鹿にならない衝撃が冒険者たちを襲おうとする。

「また町をこんなに……今日こそ理由を話してもらうわよ!」
「ニシシシ、知りたければオマエたちで解き明かしてみせることだな!」
 地を走る衝撃を受け流すように回避したロゼットが声を張ると、ニゲラはさも愉快そうに笑い声をあげた。

(どんな重い過去だとかがあっても当然、同情するつもりはねぇ。んなもん、ニゲラからしても求めてねぇだろうしな)
 前に出て盾に身を守らせたルイドは、動きを阻害しようとエーテルが絡みつくのを弾き飛ばし。
 闘気を放つことでニゲラに強いプレッシャーを与える。
 その威圧感は、鋼をよく練り上げて打った刀のごとく鋭い。

「意外にお早い再戦なことで」
 ヴィルヘルミナもうっすら輝かせた防具で、襲い来る衝撃を受ける。
 エーテルがまとわりつくことで可動域を狭められるのはやっかいだが、傷は軽微で済んだ。

「さて、何を聞かせてもらうか……」
 シャドウが飛び退いた地面を、衝撃が裂いた。
 その身軽な動きは影のように掴みどころがなく、捉えがたい。

「またテメェか……今回もボコボコにしてやんぜ!」
 ハヤト=ガラン=ヴォルファングも衝撃をなんなくかわし、無傷。
 彼の動きに追いつくためには、大地を伝わる振動ではまだ足りない。

 そしてディレインとグレイブは衝撃に強く揺さぶられることになるが、幸い大きな被害には至っていない。
 トーラによる光印がよく効いている。

「まだ絡めとられるわけにはいきませんからっ」
 そのトーラの姿が、衝撃に飲まれかき消えた――かと思えば、それは残像。
 代償に生命力を消耗するが、ロゼットの生命を満たしているエーテルを模倣したトーラにはまだ余裕がある。

「ここはわたしにお任せください……!」
「すみません、ありがとうございます……!」
 ゲルダ・クラインは盾を構えて、フレイの前に立っていた。
 二人分の衝撃を一手に引き受けるも、ゲルダがそれで揺らぐことはない。
 エーテルにより体の動きは妨げられるものの、フレイを守り抜く分には問題にならないだろう。

「……過去に、『正義』があなたを傷つけたんでしょうか? あなたが『ワル』に拘るのもそのせいですか?」
 そしてゲルダは自らの胸に抱えた問いを、ニゲラへとぶつけた。

(冒険者が持つ『正義感』……もちろん、悪いものだというわけではない。それが利用されてしまうこともあるということを、わたしは知っている)
 答えを待つ間、ゲルダに去来するのは『王国の事情』。
 差別対象となり得るハーフビーストのニゲラは、もしかしたら何もしていないのに『悪』と決めつけられてきたのかもしれない。

「そうだな。オレサマを育てた『親』は、正義の名のもとに冒険者に討伐された。なにせ人買いだったからな」
「人買いの『親』――? なら、あなたは……いえ、これ以上は続く方々にお任せしますが」
 この質問は予測を確認する以上に、ニゲラの持つ新たな背景を浮き彫りにした。
 どうやらニゲラにとって、自分を『買った』者は親と呼べるものであったらしい。
 それを討伐したのが正義を掲げる冒険者であるとすれば、彼女が正義を憎むことの説明にはなろう。

 ではもう一つ。
 ハーフビーストである彼女自身を『悪』としたものは誰かいただろうか。
 もしいるとして――。

「――あなたにどんな事情があるにしても。わたしは……あなたの行為を許すことは、できません。それが、何もしていない、何の罪もない人々を、傷つけて苦しめるものだから」
 ゲルダは雑念を振り払うように、小さく首を横に振って。
 小さな体を覆い隠すように、大きな盾を構え直す。

(彼女は『いつまでも黙っていない』とメッセージを残してまわり、その話を知ったダルム侯爵は周囲の助けも借りず、討伐に挑んだ……侯爵には何か知られたくない秘密があって、ニゲラはそれを知っていた?)
 ロゼットは質問の機会を待つ間、これまで得た情報を反芻していた。
 冒険者たちが招かれた屋敷には、ダルム侯爵の亡くなった前妻の肖像画が飾ってあった――新しい妻と、その子供がいるというのに。
 亡くなった経緯も侯爵から聞いた話のみ。
 何か、裏があるかもしれない。
 考えをまとめながらも、ロゼットはエーテルの光を矢と成しニゲラへと射かけていく。
 ニゲラの動きは素早く、このときはかわされてしまったけれども。

「そらよっ」
 闘気に満ちていたルイドの存在感が、ふっと消え去る。
 それはほんの刹那の出来事であったが、ニゲラの意識外から振るわれた漆黒の鎌は動き回る彼女をしかと捉え、その肌を切り裂いた。

「んじゃま、俺からも質問……っつーか話の続きなんだが」
 ルイドはニゲラと激しい打ち合いを繰り広げながらも、問う。

「お前この間、言ってたよな。『全てを知っている訳じゃない』とかなんとか。あれどういうことだ。お前も過去なりルーツなり自分自身なりに何か不明でも抱えてんのか?」
「ニシシ、そうだな。不明というより、確信が持てなかったというのが正確だな。なにせ、俺は買われた子供だったからな。教えられてた出自が限定的だったのさ」
 ルイドの振るう鎌を己の武器で弾きながら、ニゲラは後方へと跳んだ。

「そうか、回答どうもな。途中辞めの話とか、いつまでもモヤモヤが残りそうだったから助かったわ」
 ルイドはそう返しながらも、一つだけ新たな引っかかりを覚えていた。
 ニゲラは確信が持て『なかった』と過去形で答えた。
 ということは前に会った後、自らの出自について確信を持つ機会があったということだろうか。
 まあ、今回に関しては疑問をいつまでも引きずらずに済むだろうと楽観視できる。
 なぜなら、まだ冒険者の仲間たちの質問が後に控えているからだ。

「みんな、おじさんの周りに集まって」
 ディレインからエーテルが放たれ、波紋のように周囲へ広がっていく。
 この波動を受けた冒険者たちから、蒼白のオーラが立ち上り。
 体の奥底から、大きな力が引き出された。

 フレイはゲルダに連れられ、支援の届く範囲まで戦線を上げていたため効果を受けることができた。
 最前線に出ていたルイドだけはその範囲外であったが。
 これも団子になった冒険者たちへニゲラが突っ込んでこないように抑えるためには必要な位置取りであったろう。
 ディレインは続けざまに癒しの光で周囲を満たし、ニゲラの初撃で冒険者たちが負った傷を癒していく。

(態々、内々で処理しようとしていた時点であなたが侯爵にとって都合の悪いところがあると言っているようなものですし。内情が頭を抱えそうな案件でなければよいですが)
 真昼の空に青月が輝く。
 本物の月ではない。ヴィルヘルミナが掲げる、白銀の刀身だ。
 空を切り裂くように刃が振り下ろされると、エーテルが刃を成して飛翔する。
 しかしニゲラはそれをも回避してしまう。
 ニゲラの攻撃によるエーテルがヴィルヘルミナを縛めているのが原因だ。
 やはり一筋縄ではいかぬ相手。
 ヴィルヘルミナは追撃の機会を窺う。

「この程度で私を縛れると思われては困りますね」
 グレイブはじりじりと前に出つつ、自身を光で包む。
 こうすれば、増幅された抵抗力がうっとうしい変調を取り払ってくれる。

「すばしっこさが自慢のようだが――」
 支援を受けるために待機していたシャドウは、ここでニゲラに駆け寄った。
 スティレットの先端が、ニゲラの脛を掠める。
 傷自体は深くない。
 だが、微かにつけた切り口から浸透したエーテルはニゲラの脚を蝕み、回避行動を困難にした。
 もともと冒険者たちの攻撃を機敏に避けてくる相手であるだけに、その影響は大きい。

「うるぁ! 今回もブレイブファング傭兵団のハヤト様が相手になってやんぜ!」
 そしてハヤトが大地を蹴るとその体は瞬間的に加速し、一気にニゲラのもとへ肉薄していた。
 縦横無尽に戦場を跳ね回るニゲラの懐へ飛び込むことに成功したハヤトは。
 魂に宿る獣性を解き放ち、己の限界をも超える力を引き出した。
 一閃、もう一閃、さらに一閃。
 忍刀と蹴りの三連撃が、紅き稲妻のごとく疾く放たれる。

「あなたの好きにはさせませんからっ!」
 トーラは先程、ニゲラの魔力を落としたが。
 そうなれば次に封じるべき脅威は、巨大な得物から繰り出される物理的な攻撃だ。
 トーラの手で、鎖に繋がれた輝石が揺れる。
 七色に煌めいた石からエーテルが放たれ、ニゲラに命中。
 エーテルはニゲラの腕を蝕み、本来莫大である膂力を衰えさせた。

「さて、色々と考えてはみたが――」
 シャドウがスティレットにエーテルを纏わせ、ニゲラを切りつけた。
 すると、まるで目に見えない影に憑りつかれたように。
 ニゲラの生命力がじわじわと蝕まれ始める。

「俺はアンタのルーツについて聞いてみることにしよう。アンタの故郷はどんなところか?」
 問答を行いながらであるが、今は戦いの最中でもある。
 反撃を受けぬよう、シャドウは油断なく後方へ距離をとりながらニゲラへと問う。

「オレサマは生まれは王国だな。さっきも言ったように、オレサマは買われた子だ。そう聞かされていた――というのが近いっちゃ近いがな。だが今は確信に近いものがある」
 どうやらニゲラにとっても、自身のルーツは曖昧な部分があったらしい。
 そのあたりは、ルイドに語られた事情とも重なる。

「だが、オレサマにとっては故郷は育ての『親』のアジトとも言える。このオレサマを必要としなかった、生意気な血縁なんかよりもな」
 この話からは、ニゲラは実の親に進んで売られたように読み取れる。
 徐々に明らかにされていく事実に。
 一部の冒険者が考えていた『ある可能性』に対する懸念はいや増すばかり――。

「おっと、俺をほっとこうなんて、そうはさせねえぜ!」
 ハヤトは総動員した五感で戦場の俯瞰視点を得ており。
 ニゲラの行先に回り込んで、再び三連撃を浴びせていく。

「そうかよ! じゃあ望み通りにちょっくら遊んでやるぜ!」
「うおっと! この程度で俺を捉えられると思ったか? 舐めんな!」
 ニゲラの繰り出した高速の突きは、威力はともかく速度は衰えていない。
 しかし刃先はハヤトの脇を通り過ぎる程度で、彼を傷つけはしなかった。
 ハヤトの持つ身体能力の高さはもちろんのこと、以前より余裕があるのはディレインによる支援も手伝ってのことか。

「よし、今度は逃がさないわよ」
 ロゼットの放つ魔法の矢も、ニゲラを捕まえた。
 ここにもディレインによる強化はあるが、それに加えてシャドウがニゲラの動きを鈍らせているのも効いている。
 少しずつではあるが、ニゲラに傷が増えていった。

「さあ、私からも聞かせてもらうわ。貴女の言う悪に、マスケーナ・アラムハークは関係があるの?」
 そしてロゼットが尋ねたのは、ずっと考えていた肖像画の女性について。
 ダルム侯爵の前妻、マスケーナ・アラムハーク。
 彼女は死産を経験して、産後の肥立ちが悪く亡くなった――と、フレイは『聞いている』。
 その裏に潜む事実は――。

「ああ、あると言えるだろう。ある意味、あの女の行動がなければ、今のオレサマはないからな」
 ニゲラの返答に、ロゼットはやはりと思いながらも微かに眉をひそめた。
 マスケーナとニゲラの間に、然るべき関係があってしまった。
 そのことは、王国にとって重大な意味を持ちかねないから。
 これが冒険者たちを惑わすための嘘であったならば、かえってよかったかもしれない。
 しかしロゼットの洞察力を以てして、そこに虚偽の気配を感じ取ることはできなかった。

「では私から、遠回しせずに聞いてしまいましょう」
 ヴィルヘルミナの刀が閃いて、衝撃の刃が今度は間違いなくニゲラを切り裂く。
 さて、血に濡れながらも薄ら笑いを顔に貼り付けたニゲラは、その内に何を秘めてきたか――。

「亡くなったダルム侯爵と、あなたに血の繋がりがあるなんてことは――流石に、ないと笑い飛ばして欲しい可能性ではありますが」
 真っすぐに問うたヴィルヘルミナへ。
 ニゲラはふっと息を吐いて、事の真相を述べた――。

●
「あなたが――僕の姉さんだと言うのですね」
 明かされた事実に、フレイは多少なりとも衝撃を受けていたはずだった。
 しかし、彼の芯の強さがそうさせるのだろうか。
 フレイはニゲラから視線を逸らすことなく立っていた。
 無理やり、体の震えを抑え込んで。

 あくまでニゲラの話を信じるのであれば、だが。
 ニゲラはダルム侯爵とマスケーナ元夫人の間に生まれた娘であったという。
 当然、王国貴族である両親はヒューマンだ。
 しかし、出生したのはハーフビーストであった。
 いわゆる先祖返りという現象である。
 本来このようなことが起こらないよう、王国貴族は血統に拘るはずなのであるが。
 何の因果か、どこかに運命の悪戯があったらしい。

 ダルム侯爵は生まれた娘を処分しようとしたという。
 しかしマスケーナ元夫人は娘を人買いに渡すことで逃がした。
 マスケーナ元夫人は産後に体調を崩して亡くなったことになっているが。
 おそらくはダルム侯爵が何かしたのだろうと、ニゲラは言う。
 ハーフビーストが生まれてしまった原因を、なにかしらマスケーナ元夫人へ求めたのかもしれない。
 実際、マスケーナ元夫人に不義などがなかった証拠もないわけだから。

「どうか落ち着いて。出発前の約束を思い出してください」
「ええ――ありがとうございます。彼女が誰であろうと、僕は成すべきことを成すだけ、ですよね」
 トーラの声を聞いて、フレイは深く、そしてゆっくりと息を吐きだした。
 震えは止まった――きっと、大丈夫。

「もしそのことによる私怨が理由であるとすれば、人命ではなく町に拘った理由は何だったのでしょうね」
「さあな、そのあたりは今は想像にお任せするぜ。なにせ、オレサマは約束通りにオマエの質問に答えたわけだからな。ニシシシ」
 このやり取りをする間にもグレイブの棍が眩く輝き、ニゲラの体を打った。
 グレイブはニゲラの攻撃の軌道を逸らそうと主に彼女の武器を狙っていたが、隙を見てはこうして打撃を加えてもいる。

 グレイブの言うように、ニゲラの出自は明らかとなったが。
 するとなると町を壊していた理由についてはまだはっきりしない。
 町自体や土地自体になにか拘りがあるのかとも考えたが――。
 幸い、まだ質問を残している冒険者もいる。
 それにより詳らかになる事実も、あるかもしれない。

「ま、てめぇの事情は分かった。俺にとっちゃ、分かった以上の意味もねぇが」
 鎌の切っ先がニゲラを捉えたとき。
 ルイドの腕が限界を超えて力を発揮し、ニゲラの肉を断ち切っていく。
 それは自己暗示の一種。
 言葉や呼吸が精神から生まれるものであるとするならば。
 逆に言葉や呼吸もまた、精神に作用し得るのだ。
 そうして得られる緩急をつけた力は、例えるならば満ち欠けする月であろうか。

「ニシシシ! そうだな、オレサマを知ったところでオマエらに何ができるでもないだろ?」
 気付けばニゲラはハヤトを振り切っていた。
 ハヤトは必死でそれを追い三連撃を加えるが。
 ニゲラも追いつかれては鋭い切り返しで妨害を突破する。
 そこには、常人であれば目に留めることも叶わないであろう駆け引きが繰り広げられていた。

「さあ、特大のをお見舞いしてやるぜ!」
 ニゲラが武器を頭上で水平に構える。
 先程、ルイドに武器を突き入れた際は有効打にはならなかったため、今度は大技を繰り出すつもりだろう。

 空気を激しく震わす音とともに。
 薙がれた刃が、一帯に破壊をもたらしていく。

「ぬるいんだよ!」
 しかしそれはハヤトの速度に敵うものではなく。

「闘気の足りない攻撃ですね」
 グレイブは棍で刃先の軌道を逸らすことで、負傷を防ぐ。

「こんなもんか? もっと馬鹿でかいのが飛んでくるかと思ったぜ」
 ルイドが受けた傷が思ったより少なく済んだのは、彼が守りを意識するために被害を大きめに見積もっていたこともある。
 それに加えて、実際トーラが変調を与えていたことにより、ニゲラの力は想像するより大幅に落ちていた。

「脇がお留守ですよ」
 グレイブの腕にエーテルの残滓が集っていく。
 エーテルの力を収束させ、加速。
 がら空きとなったニゲラの脇腹へ、思い切り打ち込んでやった。
 ニゲラの体が、小さく傾ぐ。
 が、何歩かステップを踏むことで再び体勢を立て直す。

「ニシシシ、やるじゃないか。オレサマ、もう少し本気を出してやる必要がありそうだな」
 ニゲラのまとう気配が、より殺気立ったものへ。
 どうやらここからは捨て身の攻撃で畳みかけるつもりらしい。

「だがそれはアンタにとって隙にもなる」
 生じた隙をシャドウは見逃さず、ニゲラへスティレットを突き立てていく。
 実際、今までと比べても攻撃の通りがいい。
 ということは、受ける攻撃については苛烈さが増すであろうことに警戒が必要か。

「ニシシシ! これを喰らってもまだ余裕な口が叩けるか?」
 そしてニゲラの震撃が再び大地を揺るがす。
 初撃より大きな衝撃が、一帯の瓦礫を巻き上げながら冒険者たちを襲う。

「わたしがついていますので――どうか、離れないでください」
「はい、理解しています。助かります」
 例によりゲルダがフレイをかばうことで、フレイは無傷のままでいられている。
 依頼人にできるだけ傷ついて欲しくないという戦場において、ゲルダの存在感は大きい。

「回復は、わたしもできます……っ」
「悪い、世話になる」
 そしてゲルダは治療術を扱うことで、冒険者全体の立て直しにも奮闘していた。
 シャドウに癒しの光が飛び、震撃に傷ついた体を治していく。

「ニゲラちゃん、相変わらずおじさんを酷使させてくれるじゃない」
 そして範囲攻撃からの立て直しといえば、ディレインだ。
 彼に広く治療術を展開することが可能であるため、迅速に全体の手当てを進めることができていた。

「どうだ!」
「……まあ面倒ではあるな」
 ニゲラの突きがルイドの胸当てを貫き、刃の先端を肌に届かせた。
 傷口から浸透したエーテルが、ルイドの守りを本来より脆くする。

「いけない……! すぐに解除するわ」
 ロゼットの放った輝きが、ルイドを包み込む。
 光はルイドの持つ抵抗力を大幅に引き上げ、体を脆くしていたエーテルを霧散させた。
 癒し手は傷の回復も重要だが、仲間がそもそも傷を受けないように立ち回るのも等しく重要なのだ。

「これで遠距離から、とはいかなくなりましたか。私も覚悟を決めて渦中へと飛び込みましょう」
 ヴィルヘルミナが衝撃の刃を飛ばせるのも、この六回目で打ち止めだ。
 一網打尽にされることを防ぐためにも、ニゲラが動き回れる範囲に入るのは控えたいところであったが。
 ここまでくれば、冒険者側の手数を稼ぐためにも前に出るべきだろう。

「テメェはこいつで滑り散らかしてやがれ!」
「ニシシシ! 生憎だがそういう趣味はないな!」
 ハヤトはニゲラの意識がルイドに向いたと見て、食用油を浴びせかけようとする。
 武器を持つ手を狙い、握りを甘くする目的だが。
 戦場を跳ね回るニゲラに追いつききれていなかったため、直撃はしなかった。
 いくらかは手の甲や服に飛沫がかかったので、ある程度の嫌がらせにはなっているかもしれない。

「一時だって、本調子にしてあげませんから!」
 トーラはニゲラの攻撃力低下が切れ目なく続くように。
 変調回復時に得るであろう耐性のタイミングなども考慮して、エーテルを重ねがけしていた。
 そうした合間合間に、振り子から魔法を飛ばしてダメージに貢献することも忘れず行って。

「グレイブ様……!」
「弱らせているとはいえ、彼女の攻撃は強烈よ。どうか気を付けて」
 ゲルダとロゼットが二人がかりで癒しの光を飛ばした先は、グレイブだ。
 彼は先程、ニゲラの振り回した武器が直撃したところだった。
 いくら力が衰えているとはいえ、もともとの技が凶悪すぎる。
 冒険者を有利にしている要素が何か一つでも欠けていれば、一撃で重大な事態に陥りかねなかった。
 だがそれだけの深い傷を、ゲルダとロゼットの二人であっという間に癒せてしまうのもまた、確かなのだけれど。

「そちらを見ていていいのですか。私がこちらにいますよ」
 仲間へ意識が向いているうちにと、ヴィルヘルミナはごく小さな予備動作で刀を振るう。
 予測困難な斬撃が、ニゲラの体に着々と刀傷を増やしていった――。

●
 三度目の激震が戦場に走った後も、冒険者たちは誰一人として欠けることなく立っていた。
 ニゲラが発揮する破壊力の低減、冒険者たちの強化、手厚い回復が揃っており。
 守りの面ではほぼ完璧と言ってもよい布陣と言える。
 反面、攻め手についてはやや不足しており、戦闘は長期化していた。

「本当、こういう時の備えはするものだね」
 ディレインが飛ばした光がヴィルヘルミナに抵抗力を与え。
 ヴィルヘルミナが、その守りを脆くしていたエーテルに打ち克った。
 彼女はニゲラの突きを受け、変調を与えられていたのだ。

「ありがとうございます。では――参ります」
 ヴィルヘルミナの放つ、渾身の一刀。
 青い炎のようなエーテルが揺らぎ、宙に溶けるように消えていく。
 ただ鋭く、重い。それだけの要素があれば、敵を切り伏せるには十分だ。
 その一閃はニゲラの肌に一筋、深い紅を刻み込んだ。

 ここまで冒険者は優勢。
 しかし戦闘が長引けば、やがて訪れることがある。
 冒険者たちの能力を飛躍的に高めていた、強化支援の枯渇だ。

 蒼白いオーラの消えた冒険者たちを、ニゲラの振るう暴威が容赦なく薙ぎ払った。
 ここまで揺るぐことなく立ち続けたルイドが、ついに倒れ伏す。

「この熱だ――この熱だけは、俺の記憶にも刻み込まれている」
 しかしルイドを包み込んだエーテルが炎を成し、灰へと転じたかと思えば。
 中から起き上がったのは、傷一つない姿のルイドであった。

「ニシシシ! まだ刻まれ足りないようなら、何度でも刻んでやるぜ!」
 ニゲラによる四度目の震撃。
 もはやゲルダがフレイを庇うのは間に合わない――それでも。

「……誰も、倒させません!」
 ゲルダを中心に、光が吹き上がった。
 壁を形成した光が衝撃を弾き、冒険者たちを護り抜く。
 それでも一部の衝撃は堅牢な護りをすり抜け、いよいよフレイにも及ぼうとする。

「使わずに済めばいい保険と思っていたのですがね」
 しかし、代わりに傷を負っていたのはグレイブだった。
 フレイは健在――彼の受けた傷をグレイブが己の身に移し替えたのだ。
 グレイブは治療術も扱えるため、攻撃の合間に自身を癒すことで倒れるのを防いでいた。

「しぶといヤツらだぜ……!」
「ええ、あなたも前にそれを知ったはずです」
 今度はニゲラの武器がヴィルヘルミナに膝をつかせるが、彼女は万全にも変わらぬ状態で再び立ち上がった。
 それは危機に瀕した体の奥底から引き出された、秘められた力であろうか。

 授恵者としての技を成すためのエーテルもいくつか尽きる中。
 冒険者たちは力を振り絞って、ニゲラへ総攻撃を仕掛けていく。

「アンタだってもう限界が近いんじゃないか?」
 シャドウの与えた悪性のエーテルは、遅効性の毒のようにニゲラを蝕んでいた。
 体を内から侵蝕され、外から切り刻まれて。
 ニゲラの体もとうに悲鳴を上げていそうなのに。
 その顔には未だ下卑た笑みが浮かべられている。

「うるぁ! 避けてるだけが俺の十八番じゃねーぞ!」
「ぬあ……!?」
 ハヤトが忍刀による二撃、その後に。
 ニゲラを紅い稲妻が貫いた。
 否――稲妻のように見えたのは、ハヤトの繰り出した鋭い蹴りである。
 ハヤトはニゲラの体力が残り少なくなった今を好機と見定め、乾坤一擲の大勝負に出たのだ。
 ニゲラの体幹が大きくぐらついて――。

「ニシシ、やってくれるじゃないか。オレサマと張り合えるオマエたちの強さに免じて、今日はそいつを見逃してやるぜ」
 そこでニゲラは後方へ跳躍して、冒険者たちと間合いをとる。
 ゲルダに護られるようにして控える、フレイにちらりと目を向けて。

「待って。俺からも一ついいかな? まだ質問が残ってる」
「あ? なんだ? 言ってみろ」
 ディレインが声を上げると、ニゲラは律義にも足を止めた。

「俺に……いや、冒険者に、君の命を奪うこと以外で、君が町を壊すことをやめてもらうための方法はある?」
 ディレインとしては、なにより人々に被害が及ぶことが切実であったのだろう。
 そのようなことを聞くと――。

「オレサマにとって、町を壊したのは目的っていうか手段だからな。必要となれば壊す。必要じゃなければ壊さない。それだけだ。この先、組織としての『お仕事』もあるだろうしな。ニシシシ!」
 ニゲラはやはり、さも可笑しそうに笑い声を漏らす。

「まあオレサマもあのマヌケが釣れれば、なにしたってよかったわけよ」
「そんなことで人々の町を……!」
 ニゲラの言によればだが、町を壊したのもダルム侯爵の行動を引き出すための罠であったということか。
 町の惨状に心を痛めていたロゼットも、これを聞いては言葉を詰まらせる他なかった。

「そっか……悪いけど、あと一つあるんだ。フレイ君からも、質問いいかな?」
「ふん、まあ別に構わねえぜ」
 ディレインがニゲラを呼び止めている間に、フレイが前に出た。
 何があってもいいように、そばにはゲルダやグレイブが控えている。

「あなたは――僕のことが憎いですか?」
 フレイはしっかりニゲラと目を合わせて問うた。
 ともにダルム侯爵から受け継がれたのであろうか、瞳の金が互いを映し合う。

「ああ――当然だろ?」
 ニゲラはそれだけを口にすると。
 くるり踵を返して、風のようにその場を去ってしまった。

「まったく、あれで俺たちを見逃すなどとよく言えたものだ」
 小さくなっていく影を見送る形になりながら、シャドウが小さく呟いて。
 後に残されたのは、嵐が過ぎ去ったかのような現場。

「なるほど。確かに彼女は強い怨恨を抱いているように思いますね」
 その場に残留した思念を読み取ったヴィルヘルミナが、ニゲラの言葉を裏付ける。

「フレイ様――」
「ええ、分かっています」
 ゲルダに声をかけられた段階で、フレイも理解していた。
 ニゲラから証拠が提示されたわけでもない。
 しかし、風評はどうしても付きまとう。
 この先、アラムハーク家を取り巻くであろう苦難を。
 フレイという少年は、果たして乗り越えていくことができるのだろうか――。

マスターコメント

 お疲れ様でした。空色みなもです。  このたびは当シナリオにご参加頂き、誠にありがとうございました。  ニゲラ・ブラックゴートとフレイ・アラムハークの関係について、今回で核心に迫る形となりました。  ここで多くは語りませんので、詳しくはリプレイをご覧頂ければと思います。  また皆さんにシナリオ参加して頂けるのを心よりお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
ロングシナリオ

ロングシナリオ非常に難しい 報酬:標準9 / 8〜12人

2023年03月11日 16時46分12秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. グレイブ・ヤード

    ヒーラー、グレイブ・ヤードです。 まぁ今回は回復ではない方面を頑張るつもりではありますが、よろしくお願いします。

  2. ディレイン・オールドケイジ

    同じくヒーラー、ディレイン・オールドケイジだ。よろしく。 俺はみんなの援護がメインかな。 質問って提示したほうがいいかね? 1人ひとつまでなら、被りは避けたいところかなって。

  3. シャドウ

    成立! 参加しておいてなんだが、そんなに戦力的には期待しないでください(笑) まあ、やれるだけはやってみますけども。 質問の提示、いいと思います。 被ったら勿体ないですしね。 といっても自分はなぜこんなことをするのか、とか ダルム侯爵に何か恨みでも?とか、そんなことしか思いつきませんね。今んとこ。

  4. シャドウ

    ・なぜこんなことをするのか? ・ダルム侯爵に何か恨みでもあるのか? この2点に関して質問したい方がいましたら 遠慮なくそうしてください。 自分は何か他に適当に考えますので。

  5. グレイブ・ヤード

    それではまあ、私としては ・答えられる事に対して虚偽を挟まない事を誓約できますか? ・今も前も、戦う事は貴女にとって正しい事なのですね? という2点ですかね。 前者は話されたことの裏付けの補強 後者は動機にまつわることですね

  6. トーラ

    シーフのトーラです。 よろしくお願いします! 質問については考え中ですけど、思い付かなかったり他の方の質問で十分なようならしないかもしれません。 そして今のところ前衛が多いですね。 ニゲラに対しては移動や行動を縛るBSは効きづらいですけど、それ以外なら付与を上げれば通せないかなと考えています。 攻撃や魔法攻撃を下げれれば、フレイさんの負傷を抑えることも出来るでしょうし。

  7. ゲルダ・クライン

    ウォーリアのゲルダです。よろしくお願いします。 質問については、「回答される可能性が高いのは、ニゲラ個人に関係する質問」「具体性の高い質問や、イエスかノーかで答えられる形の質問などは、ニゲラが詳細を回答する可能性が高くなる」とありますので、おそらく彼女の経歴に関わることをお尋ねするかなと思います。 例えば、「過去に『正義』という大義名分のもとで迫害されていましたか?」など、でしょうか。 知ったところで戦闘に有利になるものではありませんが、彼女の行動の動機に繋がるかなと。 戦闘では、防御を固めてフレイ様が倒れないようにカバリングをしたり、全体攻撃の威力を下げたりといった行動が主になるかなと思います。

  8. ヴィルヘルミナ

    ヴィルヘルミナです。今回はよろしくお願いします。 前回とは違い相手は単独のようですね。 依頼主を大事に至らせず、なおかつ相手を退けろと言った所ですか。 言動を見るに依頼者の家と向こうの間に何か因縁でも?という感じですか。 王国でハーフビースト絡みとなると、大体碌な事ではない気もしますが。王国は彼らへの風当たりが強いどころではないですし。 依頼主は一応授恵者との事ですが、クラスは何でしょうね。 巻き込まれると大変なので、ある程度距離は離したい所ですが…あまり離すと逃げたと見做されそうなので適度に留めたい所でしょうか。

  9. ルイド

    (発言ややこしくなったんで訂正、悪ぃ) ウォーリア、ルイド。良しなに。 >質問 前回話しかけた時になんか気になることを返されたんで、もうちょい詳しく訊いてみる予定。 オレサマも全てを知っている訳じゃない、とかなんとか。過去に関わる話かね、と。 ディレインも言ってるが質問は一人一つまでなんで、上手いこと取捨選択できるといいな。 >フレイ そうだな、適度に距離は取らせたいとこ。ただ震天動地にゃどうしても巻き込まれやすそうだ。 一撃なら耐えられるかどうかってことで、耐えられるなら都度回復させるなり、 あるいはかばうなり肩代わりするなり、 ニゲラをどうにかして震天動地以外の使用に誘導するなり、になるか。 攻撃低下系のデバフ使うのも確かに良いと思うわ。 >個人 今んとこ前衛で直接殴り合えりゃと思ってるが、フレイ側の守りが足りなさそうならカバリング持ってそっちにも回れる。

  10. ディレイン・オールドケイジ

    >質問 俺としては、公爵家と因縁があるのかってことと、街を壊す理由的なやつのどっちか…ってところかねえ。 イエスかノーかで答えられる質問だと詳しく教えてくれやすくなるってことだから、質問文にも気を配った方がよさそうだ。 …フレイ君?様?も質問権あるよね。自分で質問するかな? >戦闘 震天動地後の立て直しに範囲ヒールは持ってくよ。 で、それとは別にフレイ君()の回復を優先しとこうかなとは考えてる。

  11. ロゼット

    ヒーラーのロゼットよ。よろしくお願いするわ。 ウォーリア×3、シーフ×3、ヒーラー×3に割合ね。 >フレイ・アラムハークの無事 常に30へクスぐらい離れてもらったら、震天動地からも 外れそうだけど、ヴィルヘルミナの言うように心象悪いかしらね。 初期の18へクスを維持してもらって、3ラウンドに1回の 震天動地を受けたらディレインが完全まで回復、間に合わない場合、 ゲルダがカバリングで1回分を庇う、こんな感じかしら? >戦闘 前衛多めだし、縦横無尽の範囲からは外れて、魔法射撃の 射程から攻撃と、前衛の回復にまわりましょうか。 町の解放=勝利なら、積極的な攻撃も必要になりそうだし。 >質問 「貴方の悪に、マスケーナ・アラムハークは関係があるのか?」 オープニングの情報に、そのまま乗るような感じだけど、 ダルム侯爵が身内だけでの討伐にこだわった辺りから、 これを聞くのは不自然でもないかな?と思って。 これで答えが「ノー」なら、私の想像とはまた違う背景になるし。 誰かの質問予定で不都合がなければ、聞くけど大丈夫かしら。

  12. グレイブ・ヤード

    とりあえず「スケープセイント」を準備しております。 「最悪」を防ぐためにではありますが。 >質問 私としては前者である「答えに関して虚偽を挟まないことの約束」を行う予定です。 不要なのかもしれませんし、不快にさせるかもしれませんけれども

  13. トーラ

    初手の震天動地が怖いので、先手必勝からの魔乱印で魔法攻撃低下を狙いますね。 次は魔触での攻撃低下です。 これに加えて防御なども上がればフレイさんも耐えれ易くなると思うので、ヒーラーの方でどなたかハウリング・オブ・ブルーフレア等を使って貰えないでしょうか? それと前回ハヤトさんが回避集中してようやく攻撃を避けれていたので、攻撃は避けずに防御する方向で行こうと思います。なので、もしかしたらどなたかからエーテルイミテイトで防御や生命の上がるパッシブスキルを模倣させて貰うかもしれません。

  14. ロゼット

    >ハウリング・オブ・ブルーフレア 今、ディレインがセット中だから使うつもりかも。 使うつもりなら、フレイの強化もお願いできれば効率が良いかしら。 >トーラ 一応、生命7と物防7のパッシブ2つをセットしていくわ。 両方が上がるタイプじゃないから、模倣するかはお任せするわね。

  15. ディレイン・オールドケイジ

    >ハウリング(略) 前の依頼からそのままになってただけなんだが、使うのはかまわないよ。 INIが低いから発動は遅くなるけども。 フレイ君の近くにはいるつもりだから、強化の範囲にも入ると思う。 >質問 1番最初に、グレイブ君に質問してもらうのが良さそうだね。 公爵家との因縁についてはロゼッタちゃんの質問に含まれそうだから、俺は街を壊す理由かね… いや、理由より、どうしたらやめてくれるのかを聞いたほうがいいのかなあ。

  16. ヴィルヘルミナ

    >依頼人の無事 近接攻撃に巻き込まれなければ震天動地のみに気を付ければいいですが、ヒーラーの方が付いていてくれても数回が限度ですか。 こちらも並行してダメージは負っているでしょうし、回復を使い切るか追いつかないかになりそうです。 >戦闘 初めは少し離れて衝撃刃で攻めていこうかと。 範囲攻撃もあるので、常に攻撃にさらされている人数が増えると、回復側も大変でしょうし。 >質問 わざわざ領主が出陣した辺りが少し気になるのでその辺りから攻めようかと。

  17. ロゼット

    >ハウリング(略) 勘違いだったわ。セットありがとう。 侯爵を殺めた後でも、町を占拠し続けていたということは、 前回言っていた「やることがある」は終わってない感じかな…。 持久戦は不利になる状況だし、生命やスキル回数が尽きる前に 勝負を付けないと厳しそうね。明日は出発よ。気をつけて。

  18. グレイブ・ヤード

    >やること 前回も今回も「町の破壊」なのですよねぇ、やってる事が。 更地にしないと見つけられないものでもあるんでしょうか?

  19. ハヤト=ガラン=ヴォルファング

    おーっす! ギリギリになってすまねぇ! ブレイブファング傭兵団のハヤト=ヴォルファングだ、よろしくな!! 質問やら何やらは特に思いつかねぇからな、スリーサイズでも聞いとくか? ってなぁ、冗談として俺は今回も出来るだけ攻撃を引き付けて動く回避盾として立ち回るつもりでいんぜ! 隙を突いてみんなで攻撃してくれると助かるな!!

  20. トーラ

    ディレインさんありがとうございます! ロゼットさんも助かります。生命7を模倣させていただきますね!

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0