【初夢】緋玖国後宮物語 ~籠中の鳥は懸空を望む~
真柄 葉
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シナリオID:2711
オープニング
広大な東域を支配するこの国は、代々『皇帝』という王が国を治めています。
緋玖国の始祖『始皇帝』の東域統一より数百年。国は栄え、土地は肥え、人口は増えました。緋玖国の都には世界中から人が集まり、この世で最も栄える都であるともいわれています。
しかし、絶対的な力を誇る『皇帝』が治める大国であっても、永遠ではありません。
人が老いて死ぬように、国もまた老いていきます。
もし国に寿命があるのだとしたら、それはもう目の前に迫っているのかもしれません。
それを証明するかの様に、先日、国を巻き込む大変が起こったのです。
その兆しは西の空からでした。ある日、西の空が真っ赤に染まり、悲鳴と怒号が木霊しました。それは……民の反乱でした。
現皇帝ヨゼフの圧政に耐えかねた民衆たちが、『皇帝誅すべし』の号令のもと各地で蜂起します。最初は小さな暴動でしたが、次第に国中へと広がっていき、その数は数万とも数十万ともいわれるほどの巨大なうねりとなっていきました。そして、反乱軍となった民衆はついには暴君を倒すに至ります。
暴君ヨゼフを倒した反乱軍は、聡明な若き王太子レイウェストを新たな皇帝として迎え、新たな治世を望みます。自分達にとって、都合のいい治世を。
しかし、時代はそれを許しませんでした――――。
●
「簒奪者レイウェスト、お覚悟願うっ!」
真紅の鎧を纏った女傑が、武装した兵士を率い宮中に土足で踏み入りました。
突然の凶行に、官吏や下女たちは悲鳴を上げ逃げ惑い、次々と凶刃に倒れていきます。
皇帝レイウェストの側近たちは慣れない武器を取り、主を守ろうとします。しかし、兵士を指揮する将軍は『紅蓮』の名で国中に勇名を轟かせるリカルダ将軍。とても素人に太刀打ちできる人物ではありませんでした。それでも側近たちは懸命に戦います。宮殿に火まで放ち、自らの命を犠牲にして、敵の侵攻を遅らせました。
彼等の命がけの献身により、皇帝レイウェストは窮地を脱し、後宮へと落ち延びる事が出来ました。
「父上……何故……」
そこが『鳥籠』だとも知らずに――――。
解説
マスターより
リプレイ
「ヨゼフ……あのド腐れめ、宮殿だけに飽き足らず、男子禁制のこの後宮に兵を入れるなど、万死に値する」
「その意見には同意だ。この場所は外界の者が足を踏み入れていい場所じゃない」
兵士にとっては至上の楽園。後宮に住まう者には阿鼻叫喚の地獄絵図。
そんな相反する光景を歯噛みしながら睨み付けるのは、下女ベルク・オスマット。そして宦官レピド・クロサイトだった。
「ベルク、陛下を頼むぞ。早々にこの後宮より遠ざけてくれ」
「……いやに含みのある言い方だが、任されよう。それで貴様はどうするつもりだ」
「俺には考えがある」
「……考えとは、その女装の事か?」
ベルクの視線が突き刺さるレピドの姿。細身とはいえ完全に男の体格をしているレピドは、今、豪奢な妃の衣をまとっている。平時であれば、下女たちが面白おかしくはやし立てる話のネタ程度にしかならないその成りも、混乱の極みにある今であれば、また違った効果を生む。
「俺を女だと認識する奴はすなわち敵。切って捨てるまでの事だ」
「何もそこまで己を犠牲に……いや、これ以上は言わないでおこう。では、我は陛下を避難させる」
「ああ、任せたぞ」
「……死ぬなよ」
「そちらもな」
ベルクは混乱の渦中へ身を投じるレピドを見送ると、改めてレイウェストの前に傅いた。
「陛下、怯える必要はありません。全て私にお任せください」
気丈に振舞ってはいるが、レイウェストの手は小刻みに震えている。経験した事もないような凶行を前に、まだ幼さの残る彼が恐れを抱くのも無理はない。
「陛下、少しお話をいたしましょう」
ベルクはそんな彼の心情を慮って、出来る限り優しい声音で話しかけた。
「昔々、まだこの大陸が緋玖国のものでなかった時代――――悪逆非道な王が、キツネ狩りと称してある妖狐の一族の里を攻め立てました。王は戯れに妖狐たちを弄び、その命を刈っていきました。王は一族の尽くを殺し尽くすと、満足げな笑みを浮かべその里を去って行きました。ただ一つ、忘れ物を残して――――」
握った手がびくりと揺れる。
「王の忘れ物は、一人の少女の命でした。凄惨な狩場を幸運にも生き延びた少女でしたが、幼い彼女に一人で生きていく術はありません。少女は当てもなく何日も彷徨い、そして、力を使い果たしました。しかし、死を待つだけとなった少女は『声』を聞きます。少女が重い瞼を持ち上げると、そこには貴人の少年がいました。少年は少女に食べかけの月餅を与えたのです」
「そ、それで、少女はどうなったのだ」
「……こうなりました」
話の結末を急かすレイウェストに、ベルクは頭巾を脱ぎ、特徴的な狐の耳を見せた。
「今こそあの日のご恩をお返ししたします」
ベルクは驚くレイウェストの手を取り、後宮を奥へと急ぐ――――。
●
「さて、来たか」
目を血走らせた野獣の如き兵士達の群れがこちらに向かってくる。レピドは小さく口元を歪めると衣を翻し、逃げるように宮の中へと駆けこんだ。兵士達は逃げるその姿を見て、我先にと宮へと殺到した。
兵士達が押し寄せた宮の中には逃げて行ったはずの妃の姿はなく、代わりに――――。
「この『鳥籠』は全て皇帝陛下の為のもの。お前達のような下賤な輩が触れていいものではない」
待っていたのは冷たく澄んだ声だった。
兵士達がどこから聞こえるのかもわからぬ声に焦り、剣の柄に手をかけた瞬間だった。兵士の一人が突然悲鳴を上げ、そのまま絶命したのだ。
焦りは恐怖に変わり、兵士達は武器を抜き辺りを警戒するが……。
「『鳥籠』がどのような場所か、俺が教えてやる」
声の主の気配すら感じる事無く一人また一人と断末魔の叫びと共に絶命していった。
次々と倒れる味方に半狂乱となった兵士達は、武器を投げ捨て宮の出口へ殺到する。
「聞こえなかったのか? 教えてやると言っただろう」
しかし、逃げた先の戸が開くことは、もうなかった――――。
●
緋玖国の後宮には『人形』がいる。
それは話好きの下女たちが口々に話す戯言のような噂。
曰く、仙人がたわむれに作った魂魄人形。
曰く、道士が土くれから捏ねて作り上げた泥人形。
曰く、妖怪変化が呪いを込めた藁人形。
知らぬ者が聞けば、おとぎ話かと一笑にふすだろう。しかし、この後宮には確かに『人形』が存在するのだ――――。
宮に踏み入った兵士達は、その浮世離れした光景に思わず足を止めた。
部屋には、室内だというのに青い竜胆の花が咲き乱れ、嗅いだ事もないような甘い香が漂っている。兵士達は夢かと見紛う光景に動揺しつつも、まるで花に吸い寄せられる蜜蜂のように室内へと誘われていった。
「ようこそ……いらっしゃいました」
そこで兵士達は見た。広い室内の中央に置かれた御簾の先に蠢く気配を。
見えるのではないかと思える程に濃い香りは極上に甘く、その声は天上の歌声。まるで現実味の無いその存在に、兵士達は釘付けとなる。
「どうぞ……こちらへ」
天上の歌声と共に御簾が開く。そこには豪奢な寝台。そして、蜉蝣の羽のように薄い衣をまとった少女が、首を垂れて待っていた。
兵士達は一瞬何が起こったのかわからず唾を飲むが、そのうちの一人が「この妃は俺が貰う!」と叫ぶと、目を血走らせながら寝台へと突撃していく。
「おひとり……だけですか? ほかの方は」
鎧を脱ぎ捨てた兵士に組み敷かれながらも、ミゼリア・L・ステュクスは首だけを横に向け、呆然と行為を見つめる他の兵士に問うた。
すると釘づけにされた視線をそのままに、兵士の一人が武器を落とし、鎧を外す。地面に落ちた野蛮な金属音に触発される様に、他の兵士達も一斉に武器を投げ捨て、鎧を自らはぎ取った。
「いいこ、です……でも、けんかは……ダメ、ですよ」
ミゼリア妃の甘い香りと声に我を忘れた兵士達が、寝台に殺到する。既に彼女を組み敷いている一番乗りの男を無理やり剥がそうとした兵士達を、ミゼリア妃は甘く叱責した。
「ちゃんと……みなさん、を……さいごまで、おあいて……させていただきますので……ちゃんと、おぎょうぎ……よく、おまち……いただけますか?」
蜜のようなミゼリア妃の言葉は、男を滾らせた兵士達にとってまさに媚薬。この世でただ一人の為であるはずの妃候補の寝所は、無数の熱気と狂乱に支配された。
「そこで……よろしい、のですか……?」
「かまいません……全てを、はきだして……くださいませ」
「夜は……まだ、なごう……ございます、よ?」
無機質な『人形』から漏れ出る無垢の蜜は、狂暴な雄蜂たちを惹きつけて離さない――――。
●
ミゼリア妃が多数の兵士を惹きつけている中、こちらでもまた別の方法で兵士を釘付けにする者がいた。
「あはっ、人形ちゃん相手に盛るなんて、ほんと人間ってば猿以下よねー」
自らが仕えるべき妃候補を侮辱にもとれるあだ名で呼ぶのは、侍女ベアトリーチェ・カロッサだった。宮の中で繰り広げられる淫靡な行為を楽しそうに鑑賞したベアトリーチェは、改めて宮の前庭へ視線を向けた。
「ほらほらー、ぼさっとしてたら逃げちゃうよー?」
そこでは無数の兵士達が、血眼になって鬼ごっこをしている。それも遊びではなく、真剣を振り上げてだ。
異様なこの光景は、ベアトリーチェが作り出したもの。彼女は宮に攻め寄せてきた兵士達にある幻覚を見せた。
「あー、そっちいっちゃったかー。でも残念っ! それは偽物でしたー!」
宮の欄干に腰かけ、前庭を観戦していたベアトリーチェが、あちゃーと顔を覆う。
その視線の先では、兵士の一人が兵士を切り殺していた。
「あ、またレイウェストが湧いたよ! みんな、がんばれー!」
ベアトリーチェは血に染まった剣を掲げ雄叫びを上げる兵士に向け、次のレイウェストを指さした。
彼女が兵士達にかけたのは幻術。それが永らく後宮に巣食う人ならざる彼女の持つ能力の一端だった。
ベアトリーチェは兵士達に『誰か一人がレイウェストに見える』幻術を施す。その結果が、この同士討ちだ。しかも、『レイウェスト』にされた兵士の幻覚は解けるのだからたちが悪い。味方に攻撃を向けられた兵士は戸惑いながらも応戦するしかない。そして、自分は違うと叫びながら味方の凶刃に倒れていくのだ。
「あー、また倒されちゃったかー。さてさて、つぎはだれかなー?」
永遠に続く死のループ。ベアトリーチェは懸命に『レイウェスト』を追う兵士達と、逃げ惑う『レイウェスト』を眺め爛漫に笑った――――。
●
後宮の奥の奥。緋玖国創世の頃より存在する『薫風宮』という建物があった。
建物は古く広い。しかし、その造りは後宮の中で最も豪華だと言われるほどに美しい。
そんな宮の中で――――。
「えっ……そ、そんな……ひゃっ! わわわ……それがアレしてそうなるなんて……」
「……何をしている」
「ひあああぁぁっ!!!???」
突然、後ろから呼びかけられて、侍女ゲルダ・クラインは大声をあげて飛び上がった。
「静かにしろ。今何が起きているか知らない訳ではないだろう」
目を白黒させるゲルダの口元を押さえ、宦官ナハティガル=ラーが辺りを窺う。
「んんんがんががっ!?」
「だから大きな声を出すな……一体どうした、何をそんなに焦っている。もしや、バンビ妃に何かあったのか」
と、ナハティガルが僅かに開いた障子の隙間を覗こうと身を乗り出すが。
「だだだ、ダメですっ! ここから先は男子禁制ですっ!」
「……ここは後宮だ。男子禁制は当然だろう。一体何を隠しているんだ」
ゲルダが慌てて障子の前に立ち塞がったのを訝しみ、ナハティガルは表情を曇らせる。しかし、ゲルダは顔を真っ赤にそこから一歩も動こうとしない。
変な所で頑固なゲルダの事だ、このままではテコでも動くまい。
彼女の性格はよくわかっている。そう、よくわかっているのだ――――。
敵国の刺客として緋玖国後宮に仕える宦官となり、バンビ妃の侍女であり豪商の娘であるこのゲルダと出会った。最初は情報源として接触を持ったに過ぎなかったが、ゲルダの純粋さとひたむきさに好感を覚え、以来友情をはぐくんでいる。
そんな経緯もある事から、当然、ゲルダの弱い部分も把握していた。
「ゲルダ……俺に隠し事か?」
ナハティガルは通せんぼするゲルダの耳元に口を寄せ囁くと、彼女は背筋をピンと伸ばし目を見開く。
ゲルダは先ほど障子の隙間を覗いていた時よりもさらに赤な顔でブンブンと首を振った。
「ありがとう、ゲルダ」
ナハティガルは両手で顔を覆ったゲルタに首をかしげながらも、障子の隙間を覗き込む。
豪奢な宮の内部。流石は『薫風宮』だと思わせる数々の調度品が並ぶ先に、それはあった。
「……この緊急時に、バンビ妃は何をしているのだ」
御簾が上げられた寝台では、妃であるバンビがレイウェストに跨っていた。
「バ、バンビ様は、襲撃を最速で察知されると、ベルク様がお連れになられましたレイウェスト皇帝を拉致――――保護され、自分の宮に連れ込――――匿われました。そして、自らの責務だと言って、全裸――――お召し物を脱ぎ、レイウェスト皇帝を襲――――お誘いになられたのです……!」
「わかりやすい解説をありがとう」
必死で説明するゲルダの話に、ナハティガルは目頭を押さえる。
「ともかく、事態は切迫している。ご両名には悪いが早々に避難を――――」
と、ナハティガルが改めて寝所を覗くが……。
「……(ぽー)」
「何時まで呆けていますの。とっとと服を着なさい」
寝台に寝そべり呆然と天井を見上げるレイウェストに、寝台から降りたバンビが面倒臭そうに声をかけている。
最速でやる事やったバンビ妃は、自分だけ衣をさっと纏い、少しばかり乱れた髪をさくっと梳かすと、ずんずんと障子の方へ向かってきた。
「ゲルダ様、何をぼさっとしているのかしら。皇帝陛下にお召し物を」
「は、はひっ!」
勢いよく開かれた障子から姿を見せた主人に、尻餅をついたゲルダは何度も頷く。
「そこの宦官も暇なら手伝いなさい」
「かしこまりました、バンビ妃」
ゲルダの隣にいたナハティガルもバンビに頭を下げた。
「あ、あの、バンビ様……?」
「何ですか、この時間の無い時に」
「す、すみません! って、そうじゃなくて! 一体どこへ……?」
バンビはレイウェストどころか、ゲルダやナハティガルも置いて宮を離れようとしている。
「可能性は多いに越した事はありませんわ。オレはオレなりの生存方法を模索します」
お腹を摩りつつそう言ったバンビは、呆気にとられるゲルダを置いて宮を飛び出した。
●
相変わらず言葉が二も三も足りない最速バンビ妃の行動を見ていたのはゲルダ達だけではなかった。
「はぁ……何をしているんだ、あの妃は」
ゆっくりと瞳を開いた宦官ルーチェンは、呆れるように溜息をつく。
薫風宮で二人が見たように、ルーチェンもまた動物の眼を通して、その一部始終を見ていた。
「あのような小娘に手籠めにされるか……若いとはいえ、王たるものとしては些か情けないな」
緋玖国の後宮に入り、もうどれほどの時が経っただろうか。最早数え切れぬほどの皇帝を視てきた。名君、暗君、愚帝、賢帝――――様々な人物がいたが、此度の皇帝レイウェストは、その中でも……可もなく不可もなくといった所だろうか。いや、まだ治世が始まって間もない。傀儡とはいえ、化ける可能性はなくはないか……。
そんなこと思いながら、ルーチェンは弓を引き矢を放った。
一里先の桃すら射貫くと言われるルーチェンの矢は、不躾にも土足で後宮へと踏み入った兵士の頭を兜ごと貫くと、その結果を確かめる間もなく次の矢を番えていく。
「――――そうだ、早く動くんだ」
百発百中の矢で兵士達を大混乱に陥れながらも、ルーチェンの思考は別へ向いていた。ルーチェンは矢を射続けながらも、後宮中に居る小鳥や小動物たちと感覚を共有し指示を出しているのだ。そして、ルーチェンから指示を受けた動物たちが行っているのが、レイウェストの進むべき道を示す事だった。
「――――ああ、そのまま進め。そちらに危険はない」
ルーチェンは巧みに動物たちを操り、レイウェストと供の者達を後宮の奥へと導いていく――――。
●
「紅蓮の二つ名が、その手にこびりついた血の事だとは知らなかったぞ」
ベルクは一人、将軍リカルダの前に立ち塞がった。
「下女だと……! 貴様、このお方をどなたと――――」
「よい、お前達は下がれ」
不躾な下女の行いに目くじらを立てる部下を下がらせ、リカルダが前に立つ。
「私の前に立つという事は、色々と事情を知っているのだな? 大人しく話せば悪いようにはしないと約束しよう」
「ふん。血酔いの獣が吐き出す遠吠えに、いかようの信用があろうか」
「貴様っ!!」
「よいと言っているっ!」
口汚い下女の罵りに剣を抜いた部下を視線だけで圧倒し、リカルダはベルクの前に歩み出た。
「退く気も、話す気もないという訳だな」
「来い、リカルダ。今宵の我等オスマットの呪詛は、貴様らの命を啜りたくて滾っておるぞ……!」
「……オスマットだと」
牙をむき、今にもとびかからんばかりに姿勢を落とすベルクに、リカルダは瞠目する。
「そうか、あの……」
リカルダは誰にも聞こえない小さな声で呟くと、改めてベルクと視線を交え、大剣を引き抜いた――――。
●
広い後宮の中をゲルダとナハティガルはレイウェストを後宮の奥へと導いていく。
遠くから兵達の歓声と怒号が聞こえるが、幸いな事に三人は一度として兵士達と遭遇する事なく後宮にある森へと入った。
「ルーチェン様!」
「ゲルダか。よく陛下を守ったな、大手柄だ」
そこには男装の麗人ルーチェンが待っていた。ルーチェンはレイウェストの無事を確認すると二人の労をねぎらう。
「はいっ! ……とは言っても、私の手柄ではないんです」
「うん? では、ナハティガルか」
と、ルーチェンはナハティガルを見るが、違うと首を振っていた。
「信じてもらえないかもしれないんですが……動物たちが安全な道を教えてくれたみたいなんです」
「ほう、それは不思議な事もあるものだな。しかし、この先はどうする。動物を頼り奥へと向かってもいずれ兵が来るぞ」
「はい、それについては、少々心当たりがありまして……」
問われたゲルダは、ルーチェンに顔を近づけ『古井戸』の存在を話した。
「……そうか、あの井戸があったか」
「え、ご存知だったんですか?」
「いや、知らない。だが、何か方法があるのだろう?」
不思議そうに首をかしげていたゲルダが「はい」と頷くと、ルーチェンはレイウェストに視線を向ける。
「陛下、民はこの動乱の世を修める事の出来る賢帝の出現を待ちわびています。しかし、今の貴方の力では到底、民の声に応えることはできないでしょう」
「……」
「だからと言って、貴方のような人が理不尽に命を落としていい訳はではない。世が狂うならば貴方が正しくすればいい。だから、生きなさい」
レイウェストはルーチェンの言葉を深く胸に刻み込むようにゆっくりと頷いた。
「急ごう。抵抗してくれている者もいるようだが、兵達の勢いは激しい」
二人の会話を待って、ナハティガルが話しかける。
「ゲルダ、行けるな」
「はいっ、ここからなら動物さんたちの助けが無くても大丈夫ですっ!」
「よし、では行くぞ」
ナハティガルはゲルタのすぐ後ろに付き、守る様にして先行させた。遠くから耳を塞ぎたくなるような悲鳴が聞こえるが、四人は脇目も降らず『古井戸』を目指す。
程なくして、打ち捨てられた庭園へと入った四人は、庭の隅に木板で蓋をされた古井戸を見つけた。
「きっとあれです!」
ゲルダが古井戸に駆け寄り、井戸の側面を探り始める。しばらくすると「カチッ」と小さな金属音と共に、地面の一部が陥没した。
「開きました、陛下こちらに」
「何故、侍女である君がこんな事を知って……」
「……後宮へ入る前、父から聞きました。万が一の場合に使えと」
「この様な機密事項……いや、クライン家は後宮建設に携わったと伝わる由緒ある家系だったな」
驚くレイウェストに、ゲルダは答えずにこりと微笑むと、彼に松明を渡す。
「ゲルダ、この書を持っていけ」
「これは……?」
「我が祖国へ宛てた親書だ。危険が去るまで陛下の身を隠せ」
「我が祖国って……え?」
「再び相まみえた時に全てを話そう。だから、今は俺を信じて、行け」
呼び止めたゲルダに無理やり親書を手渡し、ナハティガルは隠し通路へレイウェスト共々彼女を押し込んだ――――。
「貴様はいかないのだな」
「……まだやることが残っている」
「最早、貴国にとって価値のない国だろうに」
「……祖国は関係ない」
「ふっ、そうか」
再び井戸の仕掛けを操作し、隠し通路を隠蔽した二人は、後宮へと舞い戻る――――。
●
「奪ったぞ……貴様の時間を」
宮の壁に縫い付けられ、吐き出す言葉に血を滲ませながらも、ベルクは不敵な微笑みと共に紅蓮を見上げる。
「喋るな。本当に命を落とすぞ」
「ふんっ! 血濡れの獣が随分と優しい言葉をかける。まさか慈悲のつもりか?」
「……」
「今度は黙秘か。まあいい、間に合ったからな」
ベルクは最後の力を振り絞り、自分の身体を貫く大剣を掴んだ――――その瞬間、リカルダの頭を目がけて刃が降りそそぐ。
しかし、刃はリカルダが振り上げた腕に打ち払われた。
「流石だな紅蓮。この程度の奇襲では一撃くれる事も出来んか」
「妃……いや、宦官か」
「ふっ……まさか俺の変装を見破るとはな。その眼、節穴ではないようだ」
リカルダの部下達がツッコもうかどうしようか迷っている内に、女装宦官レピドが再度リカルダに攻撃を仕掛ける。リカルダは力なく倒れ込むベルクから大剣を引き抜き、レピドを迎撃した。
「流石、あの野獣共とは違うか」
「野獣だと?」
「ああ、随分と躾のいい獣共だったぞ? 皇帝の私物に勝手に手を出す程にな」
「なるほど、そういう事か。だが、それは皇帝自身が許可された事だ」
「許可だと? そんな話は聞いていないな」
「……どうやら、仰いでいる主が違うようだな」
「そのようだ」
レピド渾身の一撃をリカルダの大剣が弾き飛ばす。レピドは痺れる手を庇い、大きく距離をとった。
「諦めろ。貴殿では私に――――むっ」
レピドに距離を詰めるリカルダの歩みは、一本の矢によって阻止される。
「アンタが紅蓮か。噂に違わぬ剛の者のようだ」
ルーチェンの矢により動きを止めたリカルダの前に現れたのは、二刀を抜いたナハティガルだった。
「忠義に篤いと噂の将軍がなぜ愚帝に仕える」
「……聞き捨てならない物言いだな。宦官風情が不敬にも主を語るとは、死罪は免れんぞ」
「主とは誰の事だ。少なくとも我が主はヨゼフではない」
「……そうか、ならば斬って捨てよう」
「斬るか……それもいいだろう。だが、アンタが自らの意志で皇帝ヨゼフに仕えているとは到底思えないが」
「……武も知らぬものに何がわかる」
「そうか、やはり説得は難しいか……だが、その忠義のおかげでやりやすくなった」
そう言って、ナハティガルが一瞬だけ宮殿の方角へ視線を向けた。
「……っ! 貴様、何をやった」
「自分の眼で確かめるのがいいだろうな」
「謀ったかっ……」
リカルダはすぐに兵を纏め上げると、撤退の号令を発する。
「退いていく……」
「ああ、刺客を放ったからな」
「刺客だと……? 一体誰を」
「この国の守護龍殿だ」
訝し気に見つめるレピドにそう答え、ナハティガルはゆっくりと空を見上げた。
●
「退いていきますわね」
「えー、もう終わり?」
後宮中を駆けまわり、兵士達の殲滅を続けていたバンビとベアトリーチェが敵の動きの変化に気付き足を止める。
「大かた陛下が逃げおおせたのでしょう」
「そっかー、もうちょっと遊びたかったなぁ」
二人は未練がましく後宮を何度も振り向きながら撤退していく兵達を冷めた瞳で見送った――――。
こうして、皇帝ヨゼフの兵による前代未聞の後宮蹂躙劇は終わった。しかし、この大事件は緋玖国の歴史書に刻まれる事なく、闇へと葬り去られる――――そう、皇帝レイウェストの行方と共に……。
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:標準8 / 6〜8人
2023年01月14日 15時13分22秒 公開
相談掲示板
きさきこうほの……ミゼリアです。よろしく、おねがいします……ね。 いまのところ……兵士さんたちの、あしどめというか……そんなかんじのうごきを、かんがえて……います。 設定的には……仙人に造られた、動く人形……とか、そんなかんじ……で、いこうかなと……。
宦官のレピド・クロサイトだ、よろしく頼む。 女装して後宮内に紛れ込んで敵に奇襲を仕掛ける、みたいなイメージでいた。 一騎当千かはともかく武人宦官な感じ。
侍女のベアトリーチェだよー、よろしくね! しかし正体は妖怪で、妖術で攻め込んできた敵を惑わせるつもりだよー。
暗部のベルクだ。 下女のふりをして陛下(レイウェスト)に付き従い護衛するつもりだ。 ヨゼフ?あれを陛下と呼ぶ価値はない。
ナハティガル=ラーだ。 あけましておめでとう。――今年も宜しく頼む。 >設定 俺は宦官に扮している敵国のやんごとない立場の人物(武将or敵国王の側室の子) ……という設定てだ行こうかと。 前皇帝ヨゼフを抑える為、皇帝レイウェストには生きていて貰わないと困る、といった理由で宦官になりすまし、 皇帝レイウェストを護衛する感じになる。 その過程でリカルダ将軍と戦ったり、交渉したり出来れば良いな、と。
挨拶が遅れました……っ あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね。 >設定 前回と同じ、侍女の予定です。 戦いの経験はないのですが、武器を手にしたらそれなりには戦えるような形の設定にしようかなと。 後宮の構造にはそれなりに明るいと思いますので、レイウェスト様と護衛の方を後宮の最奥にある『打ち捨てられた庭園』の古井戸までご案内する役ができたらいいなと考えています。
出発前日の挨拶だが情報屋のルチルだ。よろしく。 ……と言っても向こうでは別の名をした宦官だが。 こういう所は現実と変わらず、か。 皇子を逃がす方向で動こうと考えているよ。