政治討論部と学生の衣食住
紀藤トキ
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シナリオID:2662
オープニング
王都での決戦は、冒険者の助力により王国側の完勝となった。危険な夜を学園で待機して過ごした学生たちも、翌朝からは日常へ戻っていく。そうして、しばし。
「砂漠地帯の2人の新入生を預かってみて、様々な事に気が付いた」
そう言うトマスに相槌を打つ側近はいない。タイコモは自領へ戻り、そのまま学園を卒業するまで戻らないかもしれない。残る2人はダンテ領リマスに帰っていた。シオンは孤児院での戦いで保護した弟や妹の世話に忙しく働いており、カナンはその孤児院の一戦で負った傷を癒している。今、彼の話し相手になっているのは政治討論部副顧問のテオドールだった。
「ルカ君、ラナ君のことか。世話を掛けるね」
2人を保護した際には、後見にテオドールが就く旨を伝えたものの、実際の世話となると教員寮に住み込みの単身教師の手には余る。という訳で、実際の保護はダンテ家の屋敷で行っていた。監禁されていたルカも疲労こそしていたが体調に別条はなく、ラナともども学園に入る準備に余念がない。妹が通うなら自分も、という兄ルカの立場は授恵者であるが故の聴講生。難関の編入試験を潜り抜けたラナよりも王国の一般常識はおぼつかないらしいが、まあ砂漠地帯の部族の出なので仕方が無かろう。
「彼らは入学する資格こそあれど、平民が資格を得てから実際に通うまでには色々と手間と面倒があるものなのだな。実際に準備を手伝ってみれば、中々厄介なものだ」
例えば、服。彼らの常識で準備はして来たつもりでも、全く異なる気候の砂漠の地の常識だ。ここではいささか肌の露出が多い。周りに合わせて着る物を新調しようとしても、王都が初めてでは地の利も無く、手に入れるまでに手間と金が余分に掛かるのだが、これが平民にとっては大きな金額だ。住居についても同様で、一つか二つの部屋に家族全員が住んでいたような平民からすれば、学生寮の寮費は決して安くないだろう。外で安下宿を探そうにも、手間暇に加えて危険が発生する。学内食堂も美味しい物を出してはいるが、その視点から行けばやはり高価であるし、出てくるメニューはやはり王都近郊の流行に合わせている。
「あれは、もしも2人だけでは途方に暮れる事になっただろう。学園改革で一般生徒を受け入れる計画だとは言っても、そう簡単にはいかないのではないか」
「……まあ、生徒会選挙の動向を受けて、受け入れが延期になったのもその辺りが関係するのかもしれないね」
生徒会選挙は、大貴族の登壇を否定しつつも指導者として貴族を戴く事への回帰が見て取れた。変革の流れは止められぬとしても、そこへ至る道筋は貴族として自分達が整備すべきなのでは、ともトマスは思う。平民や異種族が入学を準備する段階でぶつかってしまうような些細な障害は、王都での新生活を始めるにあたり、他にもあるのではないだろうか。
「そう言う事であれば、教師になってからの君の教務にそれを加えたらどうだろう? 提案をまとめれば予算もつく」
「予算……?」
「君が言っているのはつまり、様々な素性、出身の一般学生を受け入れるには、既存の寮や食堂では難しいという事だろう? であれば、新しく作るしかないし、それにはお金が要るからね」
なるほど、と頷きつつもトマスの脳裏に少なからず不安がよぎった。そういった所を任せていたタイコモは今はいない。トマス自身も会計などの知識はあるのだが、細かい話をするのは苦手である。書類を書くことも、好きではない。
「だが苦手、と言ってばかりも居られないか。ううむ……」
「教務の一環としてなら、必要な時に学生の手を借りてもいい筈だ。討論部の生徒なら、喜んで助けてくれると思うよ」
「なるほど。……ところで部活を開くには、どういった手配が必要なのだろうか」
「そういえば、教室や厨房利用の書類はシオン君が書いていたね……。書式はこれだよ。前に彼女が書いていたのがこれ」
「日付だけ変えれば良さそうだな」
今までは役割分担していたトマス達だが、今日の所はトマス一人でこなさねばならない。屋敷の使用人はいても、学内の事までは手伝ってはくれないのだ。いや、まあ言えば手伝ってはくれるのだろうが、普段から寮にはいない。普段に比べれば手際の悪さを自覚しつつも、トマスは教室と厨房の使用申請を提出し、安堵の吐息をついた。
「トマス君。普段、討論の場にあるお茶やお菓子の手配は、誰がしているのかな?」
「シオンかカナンだな。そうか、あれも必要か……。2人が行っていた街の菓子店は分かるが、あそこに私一人で……?」
トマスの肩ががくりと落ちた。あとせいぜい数か月の政治討論部部長の肩書が、今はやけに重くのしかかる。
「砂漠地帯の2人の新入生を預かってみて、様々な事に気が付いた」
そう言うトマスに相槌を打つ側近はいない。タイコモは自領へ戻り、そのまま学園を卒業するまで戻らないかもしれない。残る2人はダンテ領リマスに帰っていた。シオンは孤児院での戦いで保護した弟や妹の世話に忙しく働いており、カナンはその孤児院の一戦で負った傷を癒している。今、彼の話し相手になっているのは政治討論部副顧問のテオドールだった。
「ルカ君、ラナ君のことか。世話を掛けるね」
2人を保護した際には、後見にテオドールが就く旨を伝えたものの、実際の世話となると教員寮に住み込みの単身教師の手には余る。という訳で、実際の保護はダンテ家の屋敷で行っていた。監禁されていたルカも疲労こそしていたが体調に別条はなく、ラナともども学園に入る準備に余念がない。妹が通うなら自分も、という兄ルカの立場は授恵者であるが故の聴講生。難関の編入試験を潜り抜けたラナよりも王国の一般常識はおぼつかないらしいが、まあ砂漠地帯の部族の出なので仕方が無かろう。
「彼らは入学する資格こそあれど、平民が資格を得てから実際に通うまでには色々と手間と面倒があるものなのだな。実際に準備を手伝ってみれば、中々厄介なものだ」
例えば、服。彼らの常識で準備はして来たつもりでも、全く異なる気候の砂漠の地の常識だ。ここではいささか肌の露出が多い。周りに合わせて着る物を新調しようとしても、王都が初めてでは地の利も無く、手に入れるまでに手間と金が余分に掛かるのだが、これが平民にとっては大きな金額だ。住居についても同様で、一つか二つの部屋に家族全員が住んでいたような平民からすれば、学生寮の寮費は決して安くないだろう。外で安下宿を探そうにも、手間暇に加えて危険が発生する。学内食堂も美味しい物を出してはいるが、その視点から行けばやはり高価であるし、出てくるメニューはやはり王都近郊の流行に合わせている。
「あれは、もしも2人だけでは途方に暮れる事になっただろう。学園改革で一般生徒を受け入れる計画だとは言っても、そう簡単にはいかないのではないか」
「……まあ、生徒会選挙の動向を受けて、受け入れが延期になったのもその辺りが関係するのかもしれないね」
生徒会選挙は、大貴族の登壇を否定しつつも指導者として貴族を戴く事への回帰が見て取れた。変革の流れは止められぬとしても、そこへ至る道筋は貴族として自分達が整備すべきなのでは、ともトマスは思う。平民や異種族が入学を準備する段階でぶつかってしまうような些細な障害は、王都での新生活を始めるにあたり、他にもあるのではないだろうか。
「そう言う事であれば、教師になってからの君の教務にそれを加えたらどうだろう? 提案をまとめれば予算もつく」
「予算……?」
「君が言っているのはつまり、様々な素性、出身の一般学生を受け入れるには、既存の寮や食堂では難しいという事だろう? であれば、新しく作るしかないし、それにはお金が要るからね」
なるほど、と頷きつつもトマスの脳裏に少なからず不安がよぎった。そういった所を任せていたタイコモは今はいない。トマス自身も会計などの知識はあるのだが、細かい話をするのは苦手である。書類を書くことも、好きではない。
「だが苦手、と言ってばかりも居られないか。ううむ……」
「教務の一環としてなら、必要な時に学生の手を借りてもいい筈だ。討論部の生徒なら、喜んで助けてくれると思うよ」
「なるほど。……ところで部活を開くには、どういった手配が必要なのだろうか」
「そういえば、教室や厨房利用の書類はシオン君が書いていたね……。書式はこれだよ。前に彼女が書いていたのがこれ」
「日付だけ変えれば良さそうだな」
今までは役割分担していたトマス達だが、今日の所はトマス一人でこなさねばならない。屋敷の使用人はいても、学内の事までは手伝ってはくれないのだ。いや、まあ言えば手伝ってはくれるのだろうが、普段から寮にはいない。普段に比べれば手際の悪さを自覚しつつも、トマスは教室と厨房の使用申請を提出し、安堵の吐息をついた。
「トマス君。普段、討論の場にあるお茶やお菓子の手配は、誰がしているのかな?」
「シオンかカナンだな。そうか、あれも必要か……。2人が行っていた街の菓子店は分かるが、あそこに私一人で……?」
トマスの肩ががくりと落ちた。あとせいぜい数か月の政治討論部部長の肩書が、今はやけに重くのしかかる。
解説
王都は無事だったので、政治討論部も平常運転で再開……したかったのですが、そういえば普段いるNPCがいない。トマス君は少々苦労しているようです。
※
『【西局】政治討論部と砂漠の宝玉』の件について、ダンテ、リヴァマスともまだ王家からのはっきりしたお叱りはないです。
メタな話をすると、今回のシナリオテーマはそこではないので話題から外しただけなので、そのうち何かあるかもしれません。
OPで触れてはいませんが、先行きを案じたりするキャラロールは問題なく行って構いません。
※
トマスは多分次回かその次くらいに卒業させます。それまでに政治討論部の部長役職を引き継ぐ予定。
今は「他に立候補が居なければ」という条件付きでPCからお一人挙手して頂いている状態です。
なお、部活開催の為の雑務やら議題の提案は、OPでは教員になったトマスが引き続いてやりますので、部長になっても何かしなければならないという事はありません。
普段の活動のフレーバーとして、部員称号同様にロールプレイのお役に立ててくださいませ。
なお、政治討論部としては自由討論を推奨しております。
今回の議題についても、「それはそれ、これはこれ」で全く関係ない別の質問やらがあっても構いません。
いつも通り、NPCがお答えするなり、PCで詳しそうな方が居たら答えて貰ったりいたします。
●トマス・ダンテ周辺NPC
タイコモ・チー、シオン、カナン
今回はいません。
サラ・ドルトン(15)
男爵令嬢。己を磨く系意識高め女子。テオドールと婚約中
テオドール・ディンドルフ(テオ)(28)
討論部副顧問。筋金入りのハフビ大好きなくせに貴族の子。五男。学園派にも公平に当たる。サラと婚約中
ルカ(20)ラナ(16)
砂漠のオアシスの小部族の兄妹。
マスターより
トマスは教師になって早々、なんかめんどくさい仕事を始めるようです。
一般人の学生を受け入れるとして、その準備段階。衣食住のような部分をどうするのかアイデアを募集しております。
なお、アイデア出し以外に、普段の事務や雑務をお手伝いしたりす生徒も募集しております。
どなたかおられましたら、「ダンテ研究室付きなんちゃら」みたいな称号をお渡しいたしますね。
※いつもの注意書き
政治討論部の入部希望者はプレイングでその旨をお書き下されば、称号を付与いたします。
入部は聴講生でも、初参加の方でも大丈夫です。
●政治討論部って何するとこ?
名前は政治討論ですが政治に限らず、いろいろ質問したり回答したり意見を募ったりできるような場所です。
今回もそんな感じですが、基本的に部室で喋ってるだけみたいなシナリオが多いです。
関連NPCにトマス(部長)やリヴァマス(顧問)が良くついてきます。
もっと詳しくという方は少し前のシナリオ「政治討論部の新年へ向けて」に質疑がありますので宜しければご確認くださいませ。
リプレイ
●
「トマス君、卒業後は先生になるんだね。てっきり官僚になるものとばかり思ってたよ」
「教師は学園改革が軌道に乗るまでの数年だと思っていたが……。しかし、場合によってはこのまま教師が本職になるかもしれないな」
キミなら良い教師になれそうだ、と言うエルゼリオ・レイノーラに、トマスは始まる前から疲れた顔を見せた。単に慣れない事をしたせいなのだが、レティシア・レインフィールは色々と考えを巡らせる。
(グレゴール様の件やカナン様のお怪我の事でお悩みなのでしょうか。それとも……)
トマスが王家の意に背いた事は明白で、問題は彼女たちの提言でその罪をどこまで減殺できるか。彼の行動が伝えられた以上、王家としては知らなかった事にはできない。処分としては、一定期間の謹慎辺りに落ち着くのではなかろうか。
(私にできる限りお力にならなければ)
レティシアは決意を胸にトマスへ目礼する。
「先日は大変だったね。彼らの事も。まったく、何故侯爵家ばかりが不祥事を起こすのだろう」
トマスが連れてきている2人へも目を向けてから、シルヴィア・A・カペルはトマスをそう労った。彼はディンドルフ侯爵家とも一波乱あったところだ。もっとも、そちらは跡取り候補の暴走という事で手打ちになったようなので、表向きは無かった事になっている。一方、トマスと違い決戦で受けた傷で本当に具合の悪いナキルは、おとなしく席に座っていた。
「バルヴィックの騎士団との戦いについては聞いた。怪我は深かったそうだな」
「はは、ちょっと見込みが甘かったな、心配かけてワリィ」
トマスだけでなく他の顔見知りにも頭を下げながら、ナキルは内心大げさではないかとも思う。もう一度大きな傷を受ければ生命に関わるのだが、日常生活に支障は無い。顔色だけ見れば、トマスの方がよほど悪かった。
「準備でそんなに困ってたなら気軽に言ってくれればよかったのに」
トマスの困りごとのレベルを聞いたエルゼリオは笑ってそう応じた。貴族子弟とは言え、彼の家は当代の父親が叙勲を受けたばかりである。生まれた時から貴族子弟のトマスよりも、1人で身の回りの事を処する経験は豊富だ。
(貴族は基本人を使う立場ですしね。人がいなければ立ち行かないと)
ヴィルヘルミナはそんな事を考えている。適材適所、人を使う立場ならば任せられる者へ任せるのも良いだろう、と。今は自分が得意分野を任せられようかと、声をかけた。
「厨房が使えるなら、何か作りますか」
「助かる。菓子類は買ってきたのだが、飲み物がどうにもな。自分で飲むならまだしも、人に飲ませるような味にならない」
続けた彼女の言葉に、トマスは助かったと深く頷く。女子の多い菓子店に並ぶのにだいぶ気疲れしたらしい。
「次回から、お菓子は各自の持ち寄りにするのはどうでしょうか」
「そうだな……。掛かった費用は、常識的な額ならば部費からだそう」
ゲルダ・クラインが提案すれば、ほっとした顔を見せた。一緒にやってきていたリサ・ベイカーが、声をあげる。
「生徒会の任期が終わりましたので、入部を希望します。あ、手伝えることがあればわたしもやりますよ?」
「それはありがたい。私だけで出来る事など、たかが知れているからな……」
洋菓子屋へ買い物に行くことがそこまで深刻そうに言うべき事かはともかく。今回の議題についてはいずれ形になれば学園へ提出する事にもなるので、その為の手伝いも頼みたいという。
「雑務や書類の整理などでしたら、私もお手伝いできます」
「簡単な事務とか雑務で良ければ、ボクも手伝うよ! 一応、設立当初からのメンバーだしね?」
そう言う事ならば、とコルネリウス・アーラとエルゼリオが手を挙げた。実はコルネリウスは政治討論部の部長についても、手を挙げたいのだと言う。
「あれから、よく考え直しました。まだ学ぶ事の多い立場ではありますが、差し支えなければやらせて頂きたいと思います」
「ふむ。他に興味がある者がいなければ、コルネリウス嬢にお願いするが」
「わたしも興味がないと言えば嘘になります、けど」
現在書記役のゲルダは、別の貴族へ肩入れしようと考えている事を理由に、首を振った。政治討論部の部長となる事で、関係に影響を及ぼす事は避けたいのだという。
「ですが、どなたが部長になっても何らかの影響はあるのではございませんか? ワタクシはこの成りですが、そうでなくともお生まれやお育ちは各人それぞれでございましょう?」
王国ではもともと良い眼を向けられないハーフビーストの、更に獣率が高めなハリーヌ・ヨツユビは、普段から自分の立ち位置を計算高く見積もって行動している。コルネリウスはエルフという異種族であり他国民でもあるのだから、彼女が部長になる事で政治討論部の立ち位置が中道から改革側にズレて見える事に不思議はない、とハリーヌは思った。
「種族や国籍もさることながら、今の学園内だとゲルダ嬢の言うように、王国派か貴族派という影響の方が懸念されるかもしれないね」
前回に条件付きで手を挙げていたジュスト・ヴェルジーも、自分が部長になれば部の立ち位置が王国派に寄る事を懸念していた。設立当初の中立の立ち位置という理念を重視する事をトマスは特に求めてはいないが、それが気に掛かる者はいるのだろう。それは逆も然り。
「中立、ですか……」
政治討論部は二度の生徒会選挙で王国派、貴族派から距離を取った立ち位置をわざわざ明言していた。これから先に王国貴族の誰かに近しい立場になる思惑があれば、部長の肩書は場合によっては邪魔になるやもしれない。コルネリウスにも今後の身の振り方については思案があるだろう。他方、横で聞いていたナキルからすれば、そもそもそこまで深く考えずとも良いのではないか、とも思う。
「部長は自薦か他薦かで落ち着くところに落ち着けばいいと思うんだけどな」
先の戦いの傷で本調子ではないナキルだが、考える方は特に支障はない。学園内に派閥争いが存在し、いまも尾を引いているのは事実だが、学園生活にあたって何をどこまで気にするのかは個々人の選択になるだろう。
「部長が何者であるかによって、外からの見方に変化が出るのだとしたら、それは致し方あるまい。中立と言っている私とて、王国貴族としての立ち位置で物を考えているという意味では、完全な中立ではないのだから」
ただ、その辺りの負の影響をコルネリウスが考えていなかった場合は、挙手を取り下げてもらっても構わないとトマスは言った。
●
「砂漠の食文化には詳しくないので、口に合うかはわかりませんが」
「大丈夫です。パンは美味しい」
持ち込んだ生地で厨房でパンを焼いたというヴィルヘルミナに、ラナが頭を下げる。トマスについてきた2人の出身は王国の隣接地ゆえ、それほど大きな差はないようだ。
「とはいえ、文化の差というのはあるのだろう。同じ種族であるヒューマンの中であってもね」
と、問題を提起しつつもシルヴィアは考えこむ。王国の屋台骨であるのは貴族だという自負からも、学園変革への道筋を整備するのは自分達こそとは思うのだが、果たして全ての異文化へ対応すべきなのかどうか。海神 江流は否定的な意見を口にする。
「勉強不足で申し訳ないけど、王国が積極的に移民を受け入れる政策を始めたって訳ではなかったよね? 個々のケースに対応しすぎるのもどうかと思う」
「確かに、授恵者枠の学生や聴講生にも様々な出自の者が居るが、王都で文化や伝統的な意味において食べる物に困ったという話は聞かない。平民の学生もそれと同様か」
そもそも学園のある王都は王国の中心地だ。多少は食べにくい物があったとしても、選択肢は幾らでもあるとトマスも応じる。
「平民の受け入れが王国の国益に沿うから、学園を拓こうって話になってるもんだと思ってたけど、配慮し過ぎて学園内に外国人街でも作るの? って話になっては王国民や貴族の反発も出るんじゃないかな。これは食事に限らずだけどね」
「なるほど、一理ある」
江流が言うのは程度問題だ。確かに、平民学生が餓死や凍死しないための配慮は必要にせよ、彼らをお客様のようにもてなす必要はないだろう。
「その為にも、先んじて彼らの入学前に王国の衣食住についてを伝える場は必要だと思うよ」
シルヴィアが言うのはまさに道理であった。王都に着いてから困るよりは、地元にいる間に備える事が出来ればよいに違いない。
「先ず入学の際に必要な物や情報を纏めた冊子を作成・配布されるのは如何でしょう?」
「ふむ。それはさすがに、費用的に難しいと思う」
これまで黙って考え込んでいたレティシアがそう言うも、掛かる時間や手間が大きいとトマスは首を振る。手で書き写すか木版で刷るしかないロスガリアでは冊子を作るというだけでも一大事業になりかねない。大口の寄付者がそのつもりで声を挙げれば何とかなるかもしれないが、通常の予算の範囲は越えそうだ。
「お金の話をするなら、今の学園運営に関わる費用の多くは貴族の寄付、なのよね? 今でも異種族や平民の入学にいい顔をしていない貴族は、彼らの受け入れの為に負担が増える事は嫌がると思うわ」
ルベア・ベルニの言うように、どこかを削る必要が出て来るだろう。例えば、箱物。
「食堂を新規で作るのではなく、安価で家庭料理に近い、一般学生向けのメニューを増やす事は出来ないでしょうか?」
「ふむ、それは既存の生徒の居心地が悪くなるかもしれないが」
切り口を変えたコルネリウスの提案に、トマスは難色を示した。平民学生は気にしないだろうが、貴族学生も利用するのが現在の学食だ。安いメニューを扱えば雰囲気という物は変わってしまう。
「学園に提案すれば予算は算定されるのかもしれないが、その辺に詳しいタイコモがいないのが痛いな……」
「提案する時には費用の根拠はつけた方が良い。せっかく会計に強いロゼがいるんだ。考えてみないか?」
ジュストがさらっとローザリカ・L・ディオールを推薦する。婚約を済ませてから、周囲への身内的な扱いが露骨になったのは、決して不快ではないのだが、周到に外堀を埋められている様に戸惑いはした。
「ローザリカ嬢、ジュストはああ言っているが、頼んでも構わないだろうか?」
「あ、うん。……ジュストと二人で過去の寮の建て替えの費用や、食堂の通年の予算などで公開されている物は集めてきた。参考にはなると思う」
建物を建てる費用は一度で済むが、そこで働く寮監や調理人などの人件費、修繕などの維持費は継続で掛かる。この場合、新入生に配るような冊子を毎年作るのは、継続して掛かる側のコストになるだろう。減価償却はまだ未来の概念だ。
(無駄があればコスト削減も提案しようと思ったが、さすがに学園側の無駄遣いは無かったか)
お金が無駄に動いていそうなところは、貴族が自費で何かをしている所くらいである。これでは予算を要求しても満額降りるとは思えない。
「……問題集作るのも大変だったし、毎年仕事で頼むと高いんじゃないか?」
学園受験に際して、過去の問題などを書き写して手製の資料を作ったナキルが遠い眼をした。自分用や友人用ならば、書き損じても斜線で消してそのまま続ければ良いが、きちんと外注してつくる冊子ではそうもいかない。
「在校生や卒業生へ、協力を仰ぐ事も出来ないでしょうか」
レティシアは、そういった協力が学園への貢献として評価されるならば、どちらにも利となるだろうと説いた。学生が作るものであれば、多少の瑕疵は許されるだろう。それにしても、全員配布の冊子を作るというのはハードルが高いが。
「学生を使う、か。やりようによっては、一枚、二枚のチラシ位ならば可能かもしれないな」
難しい顔をしていたトマスも考えを改めた。必要事項を少ない紙に纏めるには、冊子を作るのとは別の難しさが出てくるだろうが、お金という意味ではハードルが下がる。
「説明を書いて渡すのも良いけれど、入学前に色々相談できる窓口は欲しいかな。あるのかもしれないけれど、分かりにくいと困るから」
エルゼリオが言うと、当事者の砂漠兄妹は思う所があるような顔をした。門衛に聞けばもちろん教えてくれるだろうが、皆が顔見知りのような集落出身であれば、「窓口はどこか」と尋ねる事自体を思いつかない事もあるのだろう。
「学生のアルバイトを使うならば、食の分野でも良いのではないかな。安心して稼ぐ手段にもなるだろう?」
「皆さんに自炊を推奨するとしても、食材の買い方から難しい方もいるでしょうしね……。最低限の調理技能も要りますし。弁当とか作ってくれる人がいれば、助かるかもしれませんね」
シルヴィアが調理バイトについて言及すると、ヴィルヘルミナが具体的な内容を考えた。弁当作りならば早朝に行うのだろうから、授業の時間と被らないので学生向きかも知れない。
「それならば、外部から屋台のような軽施設を誘致するのも良いかと思うのだが」
「学園は王立施設だからな。外部業者を入れるには審査を経て許可を取る必要がある。まあ、門の外にそういう店があっても良い気は……、いや、どうだろうか」
故郷の祭りの時の情景を思い浮かべたのか、シルヴィアが屋台に言及する。トマスも最初は良いアイデアと思ったが、御祭り気分でのゴミのポイ捨てなどが発生しそうな気もした。普通の屋台スタイルではまずかろう。しかし、学生たちの故郷の味を再現する店を並べる事ができれば、多国籍な料理が食べられる名所に育つかもしれないが。
「施設的な問題を早々に解決するのは難しいなら、私たちみたいな先達とか、貴族でも学園変革に理解ある人がフォローする体制を敷けないかな」
ルベアは施策が上手く回らない時の生徒によるフォローの必要性を述べる。文化的に学生寮や学食にそもそも馴染めない人たちについて、王国に負担を丸投げするのはシルヴィアや江流の言うように望ましくないかもしれないが。
「そういえば、先日相談室のような物を作る話があった気がするな。完成の後は、そこでやり取りをしてもらえば良いのではないだろうか?」
学年が違えば、授業で一緒になる事も減る。困っている新入生と、手助けしたい在校生を上手く巡り合わせる仕組みが出来上がるのは、実際に平民学生が入学してきてからになるかもしれないが、先に考えて悪い事は無いだろう。
●
主に食について語った次のテーマは、衣だ。
「新しいお洋服、デザインを工夫すれば周りに合わせる事も可能ですし、いっそ自分達で作れたら良いのですけれど……」
弟妹の服を直したりしていた事を思い出しつつ、コルネリウスは砂漠の2人の様子を見る。聞けば、妹のラナの方は裁縫はできるそうだが、王都に着いた時には寒さに震えていた。性格にもよるのだろうが、買うにせよ作るにせよ、右も左も分からない場所では手が出ない事もあるようだ。
「服装については、制服的な企画を学園側で定めて対応するのはどうだろう?」
「なるほど、お仕着せのような物かな。あるいは、騎士の礼装のような物か」
江流が告げたのは、学生服という物がないロスガリアでは画期的なアイデアだ。が、トマスが挙げたように揃いの衣装という概念が無い訳ではなく、イメージは伝わった。全員が同じ外見をすれば貧富の差も見えづらくなるし、大量発注をするので一着辺りも安くなる、と良い点を挙げる江流。
「ですが、全員が同じ服を着てしまう事には、貴族の方の反発があるのではないかと思います」
それに対してゲルダが言及したのは、王国貴族の視点であった。貴族子弟にとって、学園生活は家名や家格を示すものを身に着けること、外す事でオンオフを切り替えたり周囲との距離感を測ったりする訓練でもあろう。画一的な服装を強制した場合、貧富だけでなく身分の差も見えなくなってしまう。
「かといって、貴族が満足するような服にすれば高くつくだろうな……」
爵位ごとに色を分けろだの、家紋を入れる場所を作れだのと注文されるのを想像して、トマスが渋面になった。
「わたしは、御金を取らないで学園から貸与するというのも良いかと思ったのですが、高価な物では難しいですね」
「おそらく、実際の金額は商人のゲルダ嬢の方が正しく想像できているだろうが、私も難しい気がする」
と、資金の事で頭を悩ませていた処でゲルダは別の懸念にも思い至る。
「あ。それに、無料にしてしまえば施しのように感じる方も出そうです。『学園から貸与された服を着ている』というだけで嘲笑の的になる可能性がありますので、難しいですよね」
「確かに、そう言う可能性もある。江流も言っていたように、手を掛け過ぎるのも問題であろうな」
他方、貴族子女達には別のアイデアがあったようだ。レティシア、シルヴィア、ローザリカの令嬢3人とジュストが提案してきたのは、一言で言えば古着の活用である。
「なるほど、在校生や卒業生から不要となった衣服を引き取る、か」
「ご令嬢達はこまめに服飾品は入れ替えるし、男子は男子で成長に合わせて着れなくなった衣装も多いかと思うんだ。 そういった衣装を集めて利用できそうかなって」
「もちろん、一定の水準は必要でしょう。寄付して頂くか買取で集めた中から相応しい物を手直しして、平民向けの価格で販売されるのは如何かと」
ジュストもレティシアも成長期は終わったが、貴族子弟が貴族子弟として活動する限り、毎年処分に回さねばならない衣装がある事を知っている。全て文字通りに廃棄している訳ではなく、良い仕立ての物は傍仕えに下げ渡したり、仕立て直して弟妹が使う場合もあるかもしれないが、今回必要なのはそう言った大事に使われる物ではない普段着だ。
「もともと、礼装は後進のために寄付する文化もある。聴講生向けに貸し出されていた筈だ。それを普段着にも拡大するだけと考えれば、保守的な層にも受け入れやすいだろう?」
「慈善事業の体裁であれば、貴族学生も参加しやすいと思う。衣類に限らず、生活用品も扱えば良いのではないかな」
ジュストが言及するように、模擬舞踏会では卒業生から寄付された貸し出し用の礼装が存在した。シルヴィアは提供する側の視点で考えても、自分ならば喜んで寄付するだろうという自信がある。
「持ち込みや整理も学園への貢献として評価する仕組みが出来れば、寄付する側にも名声という利が得られましょう」
「その貴族にもメリットがある、というのは良いわね。あまり負担ばかり掛けるのも良くないと思うわ」
レティシアの発言に、聞いていたルベアが深く頷いた。一方、意見を同じくしていたローザリカは集めた後の事について思案していたようだ。
「集めた古着の管理や販売について、先ほども出ていたように学生が関わる事で人件費を浮かせられないかと考えたのだけど、部活動で扱う事はできるだろうか。そう言った経験は卒業後に活かせると思うのだが」
「ふむ。何らかの形で学生が関わるにせよ、学園職員の手は必要だろう。部活動の枠組みではない気はするな」
勉学の片手間でやるには想定される作業は多く、手直しなどまで考えれば裁縫の知識もいる。学生主体で通年で管理をするよりは、手間の掛かる内容へスポットでアルバイトを頼むくらいが良いのかもしれないとトマスは答えた。古着の積まれた倉庫の夜間警備など、一周回って案外人気が出そうな気もする。
「これは学園の事業の一部という扱いになるんじゃないかな。普段は古着も購買に置いて貰えば良いかと思うよ」
「時期によってはフリーマーケットを開催する、というのも楽しいかもしれないな。売り上げはこの件に関わる経費に使えば一石二鳥だ」
ジュストは学内の購買を拡充する事で対処できないかと提案する。シルヴィアは、学生が関われるような催しを考えているようだ。その際の学生をアルバイトとするのか、ボランティアにするのか、ローザリカは二通りの計画で費用と収益を概算する。学園の職員を増やす人件費をカバーできるかと言われれば難しいが、仕入れは寄付が多いだろうから格安。アルバイト代位を出せそうな価格を設定しても、平民学生の負担は随分抑えられるだろう。
「最低限の保証はそれで良いとしても、楽しみの為に買い物をしたい、という事もあるかもしれませんし。手頃な食事が出来るお店とか、洋服屋とかのリストを作るとかあっても良いかもしれませんね」
「はい。一定水準を満たした店を学園が紹介する、というのも良いかと思います」
リサとレティシアが言及したような事も、もしかしたら噂の相談室に掲示できるのかもしれない。
●
最後に控えているのは、住居の問題だ。衣食と違い、こればかりは既存の学生寮の代わりが必要なケースである。考えられる対策は、学園内に新たに寮を新設するのか、学外に下宿を探すのか。
「寮でも辛いということなら、外しかありませんが安い所は治安も少々不安です。学園で同じような境遇の知り合いがいるなら出し合って借家を借りるのも手ではあるのでしょうが……」
「平民向けの下宿先の募集と審査を学園側で行い、斡旋するのは如何でしょう」
ヴィルヘルミナとレティシアは学園外に下宿を探す方向で考えていた。募集は学園で行うにせよ、王都に多数の怪しい連中が潜んでいる事が分かったばかりの今は、宿の審査は一筋縄ではいかないとトマスは言う。
「ならば何処かの建物を買い取ってリフォームするのが無難じゃないかなー? 物件と資材さえあれば、ボクが設計図引いて改築作業を請け負う事もできるし」
と、エルゼリオは気軽に言うがそれなりの期間が掛かる仕事だ。立て直すならば予算を取ってじっくり行う事になるだろう。しかし、買取であれば下宿の主人は安全な人物を送り込める。
「プライベートスペースは必要になりますが、複数人が一緒に住める大部屋もあってもいいのではないでしょうか」
気の早いコルネリウスは間取りについても言及していた。大部屋が良い面、個室が良い面あるのだろうが、まず予算が取れるかどうか。更に言うならば学園内に建てるよりもコストが抑えられるかどうかも問題だ。
「現在の平民寮とは別に用意するなら長く使われてない古い貴賓領を利用してみては?」
とジュストは言う。とはいえ、貴賓寮は使う時の為に空けてある側面もあるので、簡単に流用は出来ない建物だ。それに、一般学生の住居に転用するには元の作りが豪華すぎる。かつて誰々が住んだというような謂れまでを考えると、平民に明け渡す位ならば自分達が、という貴族も出てきそうだった。
「だが、流用という思案は悪くない。古く使われていない建物であれば、廃校舎もある筈だ。一つ位流用しても構うまい」
トマスが挙げたのは、本当に老朽化で使われなくなった建物だ。とはいえ、かつては水も通っていただろうし、作りそのものは頑丈である。何かが出るという噂もあるが、まあ噂に過ぎないだろう。リサは建物の事ではなく、人について思案しているようだ。
「平民用の寮を作るなら、寮監とか、食堂の調理師なんかは、平民を雇う感じでも良いかもしれませんね」
もちろん身元はしっかりした者に限るにせよ、その方が平民出身の学生は気が楽かもしれない。リサは根っからの平民を雇う場合には貴族への接し方を教えねばならないし、学園で手が回らなければ、学生有志で勉強会をとも考えていたようだ。
「いや、場所にも拠るだろうが、学園もさすがに何もわからぬ平民を雇う事はあるまい。読み書き計算程度は出来る人間になるだろうし、格式ばった作法はともかく、無礼にならない程度の応対は出来る者を選ぶだろう」
王立学園にはそれなりの格が要求されるし、平民学生が入学する事になったとしても最低限の線を疎かにはできないだろうとトマスはいう。
「確かに、人に任せられるところは任せればいいにせよ、心無い人であれば足を掬われますね」
ヴィルヘルミナも間口を広げ過ぎた場合の危険性に言及した。ただ、平民への態度が横柄な者などを弾く意味でも、平民からと限定するのは意義があろう。
「学園の格か。質の良い職員を雇えば費用は高くなるが、それもやむを得ないか」
ローザリカはため息を吐いた。建物に掛かる費用もだが、人を雇うコストというのも馬鹿にできない。この後でジュストとまとめ直すつもりだが、どういう案を取るにせよ住居を作らねばならない時点で人件費については高くつきそうだ。思ったよりも相談が進んだため、トマスは早いうちに学園側への提案は行おうと考えていた。
「トマス君、卒業後は先生になるんだね。てっきり官僚になるものとばかり思ってたよ」
「教師は学園改革が軌道に乗るまでの数年だと思っていたが……。しかし、場合によってはこのまま教師が本職になるかもしれないな」
キミなら良い教師になれそうだ、と言うエルゼリオ・レイノーラに、トマスは始まる前から疲れた顔を見せた。単に慣れない事をしたせいなのだが、レティシア・レインフィールは色々と考えを巡らせる。
(グレゴール様の件やカナン様のお怪我の事でお悩みなのでしょうか。それとも……)
トマスが王家の意に背いた事は明白で、問題は彼女たちの提言でその罪をどこまで減殺できるか。彼の行動が伝えられた以上、王家としては知らなかった事にはできない。処分としては、一定期間の謹慎辺りに落ち着くのではなかろうか。
(私にできる限りお力にならなければ)
レティシアは決意を胸にトマスへ目礼する。
「先日は大変だったね。彼らの事も。まったく、何故侯爵家ばかりが不祥事を起こすのだろう」
トマスが連れてきている2人へも目を向けてから、シルヴィア・A・カペルはトマスをそう労った。彼はディンドルフ侯爵家とも一波乱あったところだ。もっとも、そちらは跡取り候補の暴走という事で手打ちになったようなので、表向きは無かった事になっている。一方、トマスと違い決戦で受けた傷で本当に具合の悪いナキルは、おとなしく席に座っていた。
「バルヴィックの騎士団との戦いについては聞いた。怪我は深かったそうだな」
「はは、ちょっと見込みが甘かったな、心配かけてワリィ」
トマスだけでなく他の顔見知りにも頭を下げながら、ナキルは内心大げさではないかとも思う。もう一度大きな傷を受ければ生命に関わるのだが、日常生活に支障は無い。顔色だけ見れば、トマスの方がよほど悪かった。
「準備でそんなに困ってたなら気軽に言ってくれればよかったのに」
トマスの困りごとのレベルを聞いたエルゼリオは笑ってそう応じた。貴族子弟とは言え、彼の家は当代の父親が叙勲を受けたばかりである。生まれた時から貴族子弟のトマスよりも、1人で身の回りの事を処する経験は豊富だ。
(貴族は基本人を使う立場ですしね。人がいなければ立ち行かないと)
ヴィルヘルミナはそんな事を考えている。適材適所、人を使う立場ならば任せられる者へ任せるのも良いだろう、と。今は自分が得意分野を任せられようかと、声をかけた。
「厨房が使えるなら、何か作りますか」
「助かる。菓子類は買ってきたのだが、飲み物がどうにもな。自分で飲むならまだしも、人に飲ませるような味にならない」
続けた彼女の言葉に、トマスは助かったと深く頷く。女子の多い菓子店に並ぶのにだいぶ気疲れしたらしい。
「次回から、お菓子は各自の持ち寄りにするのはどうでしょうか」
「そうだな……。掛かった費用は、常識的な額ならば部費からだそう」
ゲルダ・クラインが提案すれば、ほっとした顔を見せた。一緒にやってきていたリサ・ベイカーが、声をあげる。
「生徒会の任期が終わりましたので、入部を希望します。あ、手伝えることがあればわたしもやりますよ?」
「それはありがたい。私だけで出来る事など、たかが知れているからな……」
洋菓子屋へ買い物に行くことがそこまで深刻そうに言うべき事かはともかく。今回の議題についてはいずれ形になれば学園へ提出する事にもなるので、その為の手伝いも頼みたいという。
「雑務や書類の整理などでしたら、私もお手伝いできます」
「簡単な事務とか雑務で良ければ、ボクも手伝うよ! 一応、設立当初からのメンバーだしね?」
そう言う事ならば、とコルネリウス・アーラとエルゼリオが手を挙げた。実はコルネリウスは政治討論部の部長についても、手を挙げたいのだと言う。
「あれから、よく考え直しました。まだ学ぶ事の多い立場ではありますが、差し支えなければやらせて頂きたいと思います」
「ふむ。他に興味がある者がいなければ、コルネリウス嬢にお願いするが」
「わたしも興味がないと言えば嘘になります、けど」
現在書記役のゲルダは、別の貴族へ肩入れしようと考えている事を理由に、首を振った。政治討論部の部長となる事で、関係に影響を及ぼす事は避けたいのだという。
「ですが、どなたが部長になっても何らかの影響はあるのではございませんか? ワタクシはこの成りですが、そうでなくともお生まれやお育ちは各人それぞれでございましょう?」
王国ではもともと良い眼を向けられないハーフビーストの、更に獣率が高めなハリーヌ・ヨツユビは、普段から自分の立ち位置を計算高く見積もって行動している。コルネリウスはエルフという異種族であり他国民でもあるのだから、彼女が部長になる事で政治討論部の立ち位置が中道から改革側にズレて見える事に不思議はない、とハリーヌは思った。
「種族や国籍もさることながら、今の学園内だとゲルダ嬢の言うように、王国派か貴族派という影響の方が懸念されるかもしれないね」
前回に条件付きで手を挙げていたジュスト・ヴェルジーも、自分が部長になれば部の立ち位置が王国派に寄る事を懸念していた。設立当初の中立の立ち位置という理念を重視する事をトマスは特に求めてはいないが、それが気に掛かる者はいるのだろう。それは逆も然り。
「中立、ですか……」
政治討論部は二度の生徒会選挙で王国派、貴族派から距離を取った立ち位置をわざわざ明言していた。これから先に王国貴族の誰かに近しい立場になる思惑があれば、部長の肩書は場合によっては邪魔になるやもしれない。コルネリウスにも今後の身の振り方については思案があるだろう。他方、横で聞いていたナキルからすれば、そもそもそこまで深く考えずとも良いのではないか、とも思う。
「部長は自薦か他薦かで落ち着くところに落ち着けばいいと思うんだけどな」
先の戦いの傷で本調子ではないナキルだが、考える方は特に支障はない。学園内に派閥争いが存在し、いまも尾を引いているのは事実だが、学園生活にあたって何をどこまで気にするのかは個々人の選択になるだろう。
「部長が何者であるかによって、外からの見方に変化が出るのだとしたら、それは致し方あるまい。中立と言っている私とて、王国貴族としての立ち位置で物を考えているという意味では、完全な中立ではないのだから」
ただ、その辺りの負の影響をコルネリウスが考えていなかった場合は、挙手を取り下げてもらっても構わないとトマスは言った。
●
「砂漠の食文化には詳しくないので、口に合うかはわかりませんが」
「大丈夫です。パンは美味しい」
持ち込んだ生地で厨房でパンを焼いたというヴィルヘルミナに、ラナが頭を下げる。トマスについてきた2人の出身は王国の隣接地ゆえ、それほど大きな差はないようだ。
「とはいえ、文化の差というのはあるのだろう。同じ種族であるヒューマンの中であってもね」
と、問題を提起しつつもシルヴィアは考えこむ。王国の屋台骨であるのは貴族だという自負からも、学園変革への道筋を整備するのは自分達こそとは思うのだが、果たして全ての異文化へ対応すべきなのかどうか。海神 江流は否定的な意見を口にする。
「勉強不足で申し訳ないけど、王国が積極的に移民を受け入れる政策を始めたって訳ではなかったよね? 個々のケースに対応しすぎるのもどうかと思う」
「確かに、授恵者枠の学生や聴講生にも様々な出自の者が居るが、王都で文化や伝統的な意味において食べる物に困ったという話は聞かない。平民の学生もそれと同様か」
そもそも学園のある王都は王国の中心地だ。多少は食べにくい物があったとしても、選択肢は幾らでもあるとトマスも応じる。
「平民の受け入れが王国の国益に沿うから、学園を拓こうって話になってるもんだと思ってたけど、配慮し過ぎて学園内に外国人街でも作るの? って話になっては王国民や貴族の反発も出るんじゃないかな。これは食事に限らずだけどね」
「なるほど、一理ある」
江流が言うのは程度問題だ。確かに、平民学生が餓死や凍死しないための配慮は必要にせよ、彼らをお客様のようにもてなす必要はないだろう。
「その為にも、先んじて彼らの入学前に王国の衣食住についてを伝える場は必要だと思うよ」
シルヴィアが言うのはまさに道理であった。王都に着いてから困るよりは、地元にいる間に備える事が出来ればよいに違いない。
「先ず入学の際に必要な物や情報を纏めた冊子を作成・配布されるのは如何でしょう?」
「ふむ。それはさすがに、費用的に難しいと思う」
これまで黙って考え込んでいたレティシアがそう言うも、掛かる時間や手間が大きいとトマスは首を振る。手で書き写すか木版で刷るしかないロスガリアでは冊子を作るというだけでも一大事業になりかねない。大口の寄付者がそのつもりで声を挙げれば何とかなるかもしれないが、通常の予算の範囲は越えそうだ。
「お金の話をするなら、今の学園運営に関わる費用の多くは貴族の寄付、なのよね? 今でも異種族や平民の入学にいい顔をしていない貴族は、彼らの受け入れの為に負担が増える事は嫌がると思うわ」
ルベア・ベルニの言うように、どこかを削る必要が出て来るだろう。例えば、箱物。
「食堂を新規で作るのではなく、安価で家庭料理に近い、一般学生向けのメニューを増やす事は出来ないでしょうか?」
「ふむ、それは既存の生徒の居心地が悪くなるかもしれないが」
切り口を変えたコルネリウスの提案に、トマスは難色を示した。平民学生は気にしないだろうが、貴族学生も利用するのが現在の学食だ。安いメニューを扱えば雰囲気という物は変わってしまう。
「学園に提案すれば予算は算定されるのかもしれないが、その辺に詳しいタイコモがいないのが痛いな……」
「提案する時には費用の根拠はつけた方が良い。せっかく会計に強いロゼがいるんだ。考えてみないか?」
ジュストがさらっとローザリカ・L・ディオールを推薦する。婚約を済ませてから、周囲への身内的な扱いが露骨になったのは、決して不快ではないのだが、周到に外堀を埋められている様に戸惑いはした。
「ローザリカ嬢、ジュストはああ言っているが、頼んでも構わないだろうか?」
「あ、うん。……ジュストと二人で過去の寮の建て替えの費用や、食堂の通年の予算などで公開されている物は集めてきた。参考にはなると思う」
建物を建てる費用は一度で済むが、そこで働く寮監や調理人などの人件費、修繕などの維持費は継続で掛かる。この場合、新入生に配るような冊子を毎年作るのは、継続して掛かる側のコストになるだろう。減価償却はまだ未来の概念だ。
(無駄があればコスト削減も提案しようと思ったが、さすがに学園側の無駄遣いは無かったか)
お金が無駄に動いていそうなところは、貴族が自費で何かをしている所くらいである。これでは予算を要求しても満額降りるとは思えない。
「……問題集作るのも大変だったし、毎年仕事で頼むと高いんじゃないか?」
学園受験に際して、過去の問題などを書き写して手製の資料を作ったナキルが遠い眼をした。自分用や友人用ならば、書き損じても斜線で消してそのまま続ければ良いが、きちんと外注してつくる冊子ではそうもいかない。
「在校生や卒業生へ、協力を仰ぐ事も出来ないでしょうか」
レティシアは、そういった協力が学園への貢献として評価されるならば、どちらにも利となるだろうと説いた。学生が作るものであれば、多少の瑕疵は許されるだろう。それにしても、全員配布の冊子を作るというのはハードルが高いが。
「学生を使う、か。やりようによっては、一枚、二枚のチラシ位ならば可能かもしれないな」
難しい顔をしていたトマスも考えを改めた。必要事項を少ない紙に纏めるには、冊子を作るのとは別の難しさが出てくるだろうが、お金という意味ではハードルが下がる。
「説明を書いて渡すのも良いけれど、入学前に色々相談できる窓口は欲しいかな。あるのかもしれないけれど、分かりにくいと困るから」
エルゼリオが言うと、当事者の砂漠兄妹は思う所があるような顔をした。門衛に聞けばもちろん教えてくれるだろうが、皆が顔見知りのような集落出身であれば、「窓口はどこか」と尋ねる事自体を思いつかない事もあるのだろう。
「学生のアルバイトを使うならば、食の分野でも良いのではないかな。安心して稼ぐ手段にもなるだろう?」
「皆さんに自炊を推奨するとしても、食材の買い方から難しい方もいるでしょうしね……。最低限の調理技能も要りますし。弁当とか作ってくれる人がいれば、助かるかもしれませんね」
シルヴィアが調理バイトについて言及すると、ヴィルヘルミナが具体的な内容を考えた。弁当作りならば早朝に行うのだろうから、授業の時間と被らないので学生向きかも知れない。
「それならば、外部から屋台のような軽施設を誘致するのも良いかと思うのだが」
「学園は王立施設だからな。外部業者を入れるには審査を経て許可を取る必要がある。まあ、門の外にそういう店があっても良い気は……、いや、どうだろうか」
故郷の祭りの時の情景を思い浮かべたのか、シルヴィアが屋台に言及する。トマスも最初は良いアイデアと思ったが、御祭り気分でのゴミのポイ捨てなどが発生しそうな気もした。普通の屋台スタイルではまずかろう。しかし、学生たちの故郷の味を再現する店を並べる事ができれば、多国籍な料理が食べられる名所に育つかもしれないが。
「施設的な問題を早々に解決するのは難しいなら、私たちみたいな先達とか、貴族でも学園変革に理解ある人がフォローする体制を敷けないかな」
ルベアは施策が上手く回らない時の生徒によるフォローの必要性を述べる。文化的に学生寮や学食にそもそも馴染めない人たちについて、王国に負担を丸投げするのはシルヴィアや江流の言うように望ましくないかもしれないが。
「そういえば、先日相談室のような物を作る話があった気がするな。完成の後は、そこでやり取りをしてもらえば良いのではないだろうか?」
学年が違えば、授業で一緒になる事も減る。困っている新入生と、手助けしたい在校生を上手く巡り合わせる仕組みが出来上がるのは、実際に平民学生が入学してきてからになるかもしれないが、先に考えて悪い事は無いだろう。
●
主に食について語った次のテーマは、衣だ。
「新しいお洋服、デザインを工夫すれば周りに合わせる事も可能ですし、いっそ自分達で作れたら良いのですけれど……」
弟妹の服を直したりしていた事を思い出しつつ、コルネリウスは砂漠の2人の様子を見る。聞けば、妹のラナの方は裁縫はできるそうだが、王都に着いた時には寒さに震えていた。性格にもよるのだろうが、買うにせよ作るにせよ、右も左も分からない場所では手が出ない事もあるようだ。
「服装については、制服的な企画を学園側で定めて対応するのはどうだろう?」
「なるほど、お仕着せのような物かな。あるいは、騎士の礼装のような物か」
江流が告げたのは、学生服という物がないロスガリアでは画期的なアイデアだ。が、トマスが挙げたように揃いの衣装という概念が無い訳ではなく、イメージは伝わった。全員が同じ外見をすれば貧富の差も見えづらくなるし、大量発注をするので一着辺りも安くなる、と良い点を挙げる江流。
「ですが、全員が同じ服を着てしまう事には、貴族の方の反発があるのではないかと思います」
それに対してゲルダが言及したのは、王国貴族の視点であった。貴族子弟にとって、学園生活は家名や家格を示すものを身に着けること、外す事でオンオフを切り替えたり周囲との距離感を測ったりする訓練でもあろう。画一的な服装を強制した場合、貧富だけでなく身分の差も見えなくなってしまう。
「かといって、貴族が満足するような服にすれば高くつくだろうな……」
爵位ごとに色を分けろだの、家紋を入れる場所を作れだのと注文されるのを想像して、トマスが渋面になった。
「わたしは、御金を取らないで学園から貸与するというのも良いかと思ったのですが、高価な物では難しいですね」
「おそらく、実際の金額は商人のゲルダ嬢の方が正しく想像できているだろうが、私も難しい気がする」
と、資金の事で頭を悩ませていた処でゲルダは別の懸念にも思い至る。
「あ。それに、無料にしてしまえば施しのように感じる方も出そうです。『学園から貸与された服を着ている』というだけで嘲笑の的になる可能性がありますので、難しいですよね」
「確かに、そう言う可能性もある。江流も言っていたように、手を掛け過ぎるのも問題であろうな」
他方、貴族子女達には別のアイデアがあったようだ。レティシア、シルヴィア、ローザリカの令嬢3人とジュストが提案してきたのは、一言で言えば古着の活用である。
「なるほど、在校生や卒業生から不要となった衣服を引き取る、か」
「ご令嬢達はこまめに服飾品は入れ替えるし、男子は男子で成長に合わせて着れなくなった衣装も多いかと思うんだ。 そういった衣装を集めて利用できそうかなって」
「もちろん、一定の水準は必要でしょう。寄付して頂くか買取で集めた中から相応しい物を手直しして、平民向けの価格で販売されるのは如何かと」
ジュストもレティシアも成長期は終わったが、貴族子弟が貴族子弟として活動する限り、毎年処分に回さねばならない衣装がある事を知っている。全て文字通りに廃棄している訳ではなく、良い仕立ての物は傍仕えに下げ渡したり、仕立て直して弟妹が使う場合もあるかもしれないが、今回必要なのはそう言った大事に使われる物ではない普段着だ。
「もともと、礼装は後進のために寄付する文化もある。聴講生向けに貸し出されていた筈だ。それを普段着にも拡大するだけと考えれば、保守的な層にも受け入れやすいだろう?」
「慈善事業の体裁であれば、貴族学生も参加しやすいと思う。衣類に限らず、生活用品も扱えば良いのではないかな」
ジュストが言及するように、模擬舞踏会では卒業生から寄付された貸し出し用の礼装が存在した。シルヴィアは提供する側の視点で考えても、自分ならば喜んで寄付するだろうという自信がある。
「持ち込みや整理も学園への貢献として評価する仕組みが出来れば、寄付する側にも名声という利が得られましょう」
「その貴族にもメリットがある、というのは良いわね。あまり負担ばかり掛けるのも良くないと思うわ」
レティシアの発言に、聞いていたルベアが深く頷いた。一方、意見を同じくしていたローザリカは集めた後の事について思案していたようだ。
「集めた古着の管理や販売について、先ほども出ていたように学生が関わる事で人件費を浮かせられないかと考えたのだけど、部活動で扱う事はできるだろうか。そう言った経験は卒業後に活かせると思うのだが」
「ふむ。何らかの形で学生が関わるにせよ、学園職員の手は必要だろう。部活動の枠組みではない気はするな」
勉学の片手間でやるには想定される作業は多く、手直しなどまで考えれば裁縫の知識もいる。学生主体で通年で管理をするよりは、手間の掛かる内容へスポットでアルバイトを頼むくらいが良いのかもしれないとトマスは答えた。古着の積まれた倉庫の夜間警備など、一周回って案外人気が出そうな気もする。
「これは学園の事業の一部という扱いになるんじゃないかな。普段は古着も購買に置いて貰えば良いかと思うよ」
「時期によってはフリーマーケットを開催する、というのも楽しいかもしれないな。売り上げはこの件に関わる経費に使えば一石二鳥だ」
ジュストは学内の購買を拡充する事で対処できないかと提案する。シルヴィアは、学生が関われるような催しを考えているようだ。その際の学生をアルバイトとするのか、ボランティアにするのか、ローザリカは二通りの計画で費用と収益を概算する。学園の職員を増やす人件費をカバーできるかと言われれば難しいが、仕入れは寄付が多いだろうから格安。アルバイト代位を出せそうな価格を設定しても、平民学生の負担は随分抑えられるだろう。
「最低限の保証はそれで良いとしても、楽しみの為に買い物をしたい、という事もあるかもしれませんし。手頃な食事が出来るお店とか、洋服屋とかのリストを作るとかあっても良いかもしれませんね」
「はい。一定水準を満たした店を学園が紹介する、というのも良いかと思います」
リサとレティシアが言及したような事も、もしかしたら噂の相談室に掲示できるのかもしれない。
●
最後に控えているのは、住居の問題だ。衣食と違い、こればかりは既存の学生寮の代わりが必要なケースである。考えられる対策は、学園内に新たに寮を新設するのか、学外に下宿を探すのか。
「寮でも辛いということなら、外しかありませんが安い所は治安も少々不安です。学園で同じような境遇の知り合いがいるなら出し合って借家を借りるのも手ではあるのでしょうが……」
「平民向けの下宿先の募集と審査を学園側で行い、斡旋するのは如何でしょう」
ヴィルヘルミナとレティシアは学園外に下宿を探す方向で考えていた。募集は学園で行うにせよ、王都に多数の怪しい連中が潜んでいる事が分かったばかりの今は、宿の審査は一筋縄ではいかないとトマスは言う。
「ならば何処かの建物を買い取ってリフォームするのが無難じゃないかなー? 物件と資材さえあれば、ボクが設計図引いて改築作業を請け負う事もできるし」
と、エルゼリオは気軽に言うがそれなりの期間が掛かる仕事だ。立て直すならば予算を取ってじっくり行う事になるだろう。しかし、買取であれば下宿の主人は安全な人物を送り込める。
「プライベートスペースは必要になりますが、複数人が一緒に住める大部屋もあってもいいのではないでしょうか」
気の早いコルネリウスは間取りについても言及していた。大部屋が良い面、個室が良い面あるのだろうが、まず予算が取れるかどうか。更に言うならば学園内に建てるよりもコストが抑えられるかどうかも問題だ。
「現在の平民寮とは別に用意するなら長く使われてない古い貴賓領を利用してみては?」
とジュストは言う。とはいえ、貴賓寮は使う時の為に空けてある側面もあるので、簡単に流用は出来ない建物だ。それに、一般学生の住居に転用するには元の作りが豪華すぎる。かつて誰々が住んだというような謂れまでを考えると、平民に明け渡す位ならば自分達が、という貴族も出てきそうだった。
「だが、流用という思案は悪くない。古く使われていない建物であれば、廃校舎もある筈だ。一つ位流用しても構うまい」
トマスが挙げたのは、本当に老朽化で使われなくなった建物だ。とはいえ、かつては水も通っていただろうし、作りそのものは頑丈である。何かが出るという噂もあるが、まあ噂に過ぎないだろう。リサは建物の事ではなく、人について思案しているようだ。
「平民用の寮を作るなら、寮監とか、食堂の調理師なんかは、平民を雇う感じでも良いかもしれませんね」
もちろん身元はしっかりした者に限るにせよ、その方が平民出身の学生は気が楽かもしれない。リサは根っからの平民を雇う場合には貴族への接し方を教えねばならないし、学園で手が回らなければ、学生有志で勉強会をとも考えていたようだ。
「いや、場所にも拠るだろうが、学園もさすがに何もわからぬ平民を雇う事はあるまい。読み書き計算程度は出来る人間になるだろうし、格式ばった作法はともかく、無礼にならない程度の応対は出来る者を選ぶだろう」
王立学園にはそれなりの格が要求されるし、平民学生が入学する事になったとしても最低限の線を疎かにはできないだろうとトマスはいう。
「確かに、人に任せられるところは任せればいいにせよ、心無い人であれば足を掬われますね」
ヴィルヘルミナも間口を広げ過ぎた場合の危険性に言及した。ただ、平民への態度が横柄な者などを弾く意味でも、平民からと限定するのは意義があろう。
「学園の格か。質の良い職員を雇えば費用は高くなるが、それもやむを得ないか」
ローザリカはため息を吐いた。建物に掛かる費用もだが、人を雇うコストというのも馬鹿にできない。この後でジュストとまとめ直すつもりだが、どういう案を取るにせよ住居を作らねばならない時点で人件費については高くつきそうだ。思ったよりも相談が進んだため、トマスは早いうちに学園側への提案は行おうと考えていた。
マスターコメント
お疲れ様でした。
予想していたよりも踏み込んだお話を頂いており、なるほどなー、などと内心で相槌を打ったりしながら書きました。
書いてる間に、相槌役のトマスが「需要と供給のマッチアップが」とかろくろ回しそうな事を言い始めたので慌ててトーンダウン。
そういう話かもしれないけどそういう話じゃないんだわ。
部長については気軽に提案していたのですが、前回からの皆様のプレイングを見て、そういえば政治討論部って出来たばかりの頃には派閥に喧嘩売るような感じだったなあ、などと思い返したりもしました。これ、気軽にお勧めしちゃいけない奴では……?
他MSのシナリオに影響はない前提ですが、NPC学生からは『そう言う部活』だと思われているかもしれませんぞ……。
担当MS的にはこの部活、部長が貴族派でも王党派でも他国民でも異種族でも別に構わないのですがね!
イベントシナリオ普通 報酬:標準13 / 10〜25人
2022年12月26日 06時25分15秒 公開
大成功