【鬼哭】かくて融和の地は乱れ
辻村朝
コメント 14
シナリオID:2601
オープニング
傷ついて家族が悲しむのは、ヒューマンだけじゃない。
●日常
ヴィントからやや北東に行ったところに、シファークという村がある。
住民はヒューマン半分、ゴブリン半分。ゴブリンはブラックデスの構成員、つまりドン・ゴーフルとレイウェスト・バルダスの取引により労働力としてやってきたわけだが、ヒューマン側も特に彼らを見下すことなく接している。
その所以は帝国復興という志を同じくすることも勿論あるが、それぞれの種族を実質束ねている中心人物同士の関係性によるところが大きかった。
「カリサ、アニセト。少し相談があるんだけどいいかな?」
そう2人のゴブリンの背に声をかけたテオフィル・アンテスは、ヒューマン側の中心である。
しっかりと伸びた背筋、穏やかな人柄の滲む端正な顔立ちは、多少土に塗れてはいるものの大凡『復興の現場』には似つかわしくない雰囲気を漂わせている。本人はそれを、あまり好ましくは思っていないが。
声をかけられたゴブリンは、それぞれゴブリナとホブゴブリンだ。
「なんだい、テオ。困った顔して」
テオフィルの表情を見たゴブリナ――カリサはからからと笑う。姐御肌のこのゴブリナは、主にゴブリンや同じゴブリナからよく慕われていた。
「実際困ってるんだよ……。ほら、この間、こっち側の夫婦に子供が生まれただろう? で、それを何人かのゴブリンが物珍しがって見に来たんだけど……赤ん坊が泣き出しちゃって」
「あー、見慣れない肌の色の連中がこぞって来たものだから怯えちまったかい」
カリサの指摘に、テオフィルは肯く。
「この村で育つ以上はいずれは理解することだろうけど、今はちょっと刺激が強いな……。近寄るなとは言わないけど、集団で来るのはちょっと自重してほしいと、伝えて欲しくて」
テオフィルには妻子がいない故に、そういった繊細な問題には精神を使う。
「帝国騎士サマでもそうやって弱ること、あるんだな」
ぶっきらぼうに皮肉めいたことを言ってきたのはもう1人――ホブゴブリンのアニセトである。こちらは同種の支持が厚いので、ゴブリン側は中心が2人いるのだ。
テオフィルと接するときは大体こんな態度だが、カリサから言わせると「一種の照れ隠し」らしい。彼なりにテオフィルのことは認めているのだと。
それはそれとして、テオフィルはアニセトの言葉に対しては思うところがある。
「そりゃあそうだよ。帝国騎士だって身分さえなければただの人だ」
そう。テオフィルは帝国騎士である。もっとも今は、「近衛騎士の責務より復興に従事したい」という希望をレイウェストに伝えた上で休業中だが。
帝国崩壊の時に生き延びたのは、今は生死不明となっている皇女の命を受けてゴールディに赴いていた為だ。
ちなみにカリサやアニセトとは、実はその時に既に知り合っている。この村で再会したときには驚いたものだった。
「身分さえなけりゃ、か。いや、お前のことを悪く言うつもりはねえけどよ」
アニセトが複雑な表情を浮かべるのも理解出来る。
ゴブリンの扱いは、世間的には今でも決して良いとはいえない。騎士や貴族目線で見れば尚更である。
その上でアニセトがフォローらしきものを入れたのは、テオフィルがゴブリンを無碍に扱うつもりはないことを彼なりに理解しているからだろう。
だからカリサもアニセトも、テオフィルをはじめとした村のヒューマンに対し敵愾心を持っていないし、自分たちを慕うゴブリンにもそのように言い聞かせてくれているのだ。
――そうして成り立っていたシファーク村の融和は、ある日突然崩れ去った。
●混乱
最初に響いたのは、怒号だった。
村の北部のほぼ中央に位置するテオフィルの家は、村唯一の2階建である。とはいっても1階は集会所になっているので、住居は2階だけだ。
書類仕事を行っていたテオフィルは、南部に広がる農場方面から聞こえたその音に思わず顔を上げた。
怒号が聞こえること自体はたまにある。アニセトは割と気性が激しいので、ゴブリンが失敗をすると苛烈に怒ったりすることもあるのだが――今のそれは、何か違う気がする。
そう確信できたのは、明らかにアニセトのものではない叫び声や、主にゴブリナやヒューマン女性の悲鳴等が村のあちこちで聞こえ始めたからである。
「何だ……!?」
異変を察知したテオフィルは弓を手に、階段を駆け下りた。
外に出ると同時に、正面に捉えた姿があった。
「カリサ……!?」
ゴブリナとホブゴブリンに両脇を支えられて歩いてきたカリサは、頭部から血を流していた。
「何だかゴブリンの様子が急におかしくなったんだ……。全員じゃないし、種も関係ない。でもおかしくなったやつは急に暴れたり、農地を荒らしたりし始めて……」
「アニセトもおかしくなっちゃって、すぐ近くにいたカリサに手を上げたんだ」
再びテオフィルの家。手当を受けたカリサの現状説明に、彼女を支えていたホブゴブリンがそう補足する。
「アニセトが……? 理性を、失っているのか?」
大規模な魔術か何かかと一瞬考えたテオフィルだったが、カリサは首を横に振った。
「そうじゃない。急に農地を荒らしだしたもんだから何をしてると声をかけたら、『あの男のことを信じているお前も駄目だ』なんて言うんだ。理性を完全に失ってるならそんなこと口にできないだろう?」
「確かに……」
テオフィルも唸る。
あの男というのは自分のことなのだろうか、と一瞬考えたが、今はそれどころではないと考え直す。
「どうしてそうなったのかは分からないけど……兎に角ヒューマンと、普段どおりのゴブリンの安全は確保しないとな……」
「この家、地下室があるだろう。それもかなり広めの。そこに避難させればいいんじゃない?」
カリサの言う通り有事に備えての部屋はある。テオフィルは肯いてから、「……いや」少し考えて付け足す。
「一遍に避難させたら、それこそ理性のある状況なら地下室に潜んでいるって理解して大挙するんじゃないか?」
「じゃあどうすれば」
「ゴブリナとヒューマンの女性、それから種族問わず子供……その辺から少しずつ、暴れてる人たちの隙を見て避難させるんだ。あと、冒険者ギルドに救援を出す」
理性は残っているといっても全員ではないだろうし、タガが外れている人間をどうにかするには多少の実力行使が必要だ。
テオフィル自身も授恵者だが、流石に一人では心もとなかった。
「誰も死なせたくない。本当は傷つけたくもないけど……こればかりは仕方ないのかな」
「テオ……?」
「何でもない。そうと決まれば、早く動こう。早馬を出さなきゃ」
――そうして数時間後、ヴィントにある冒険者ギルドの支部に緊急の依頼が出された。
解説
マスターより
リプレイ
緊急の依頼を受け、冒険者たちは一路シファーク村へと駆ける。
ヴィントからそれほど離れていないことも幸いして、到着するまでにあまり時間はかからなさそうである。
ナハシュが宗波で索敵しながら進んでいたおかげで、余計な邪魔も入らないルートを選ぶことも出来ていた。
「只の暴動ではないようだけど……精神汚染?」
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは道中、そんな疑問を呈す。
暴れているのはゴブリンだけ、というのも謎だが。
「何故異常行動を示す者とそうでない者が混じっているのかしら」
「絶対に何らかの共通した要因がある筈なんだよね」
そう推測を口にしたのはエルゼリオ・レイノーラだ。
「鎮圧に成功したら、その辺りの調査もしないとね。――何か、凄く嫌な予感がするんだ」
「えぇ……兎に角、一度鎮圧するしかないか」
「見えたぜ」
2人の意見が一致したところで、先頭を往くナハシュが告げる。
彼以外の冒険者たちにも分かった。
やや遠くに、生活の営みの影が見え――。
まだ微かにではあるが、怒号や破壊音などがそこから響いていることを。
「一揆にしては統制が取れてない。とりあえず正気に戻す方法があるか探そう」
実際に村に到着しゴブリンたちの様子を見るなり、イズル・M・ヴォルゴールはそう提案する。
集団行動する個体もいたが単独で行動するものもおり、また集団にしても特に何かを狙っているというよりはただ手当たり次第に暴れているといった様子だった。一方でそうでないゴブリンやヒューマンの様子はまばらにしか見えず、その誰もが暴れている者に対して止めろと声を上げたり、振り下ろされた農具に対して自分も農具で抵抗していたりしている。
そんな中、冒険者たちの目を引く2階建の家があった。
「あの建物だな」
「依頼人がいる建物ですね!」
イズルの呟きに、ダニエル・ヘリントンが肯く。
出立前、早馬でヴィントのギルドにやってきた使いが依頼人の所在を冒険者たちに報せていたのである。
冒険者たちは肯きあうと、今はまだ暴れているゴブリンに気づかれぬよう、慎重に建物に接近した。
「来た、冒険者だ!」
これも事前に知らされていた合図のパターンでドアをノックすると、中から声が聞こえた後――両開きの扉の内の片方が少し開いた。やはり慎重に入って欲しいという意味らしい。
身を滑り込ませるように中に入ると、そこには住民らしきヒューマンとゴブリンがそれぞれ数人。
その中において奥にいるヒューマンと、ゴブリナ。この2人が依頼人だろうと話す前から冒険者たちは推測を立てた。
その依頼人の1人と思われるヒューマンは、授恵者であるのか弓を携えていた。だが、入ってきた冒険者たちの中にアウレーリアとアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトの姿を認めると、弓を一度床に置いて佇まいを改める。
「急な依頼に応じて頂き、ありがとうございます」
「依頼人の人、ですよね?」
「はい。テオフィル・アンテスと申します。――休業中の身ですが、帝国騎士です」
おそらく、事前に聞いていたのだろう。アウレーリアやアルベルトを前にし、敬意を表すべきだと考えたようだ。
思わぬ出自の告白に、事情を知らぬ一同は目を瞠った。
「何故近衛騎士がこんなところに……?」
イズルが思わず問うと、テオフィルは言い難いのか、少し困った顔をした。
代わりに、(テオフィルは知らないようだが)レイウェストに個人的に叙勲を受けた騎士でもあるアルベルトが問う。
「貴殿の主はどうした?」
「例の崩壊以後、行方不明です。私はあの事変の時、主に命じられゴールディを訪れていた為に無事でした」
「勿論この村とは全く別の用件だったけどね」
と、口を挟んだのは隣に佇んでいたゴブリナだ。頭に怪我をしているのか包帯を巻いていた。
おっと自己紹介がまだだった、とゴブリナ――カリサは自分の名を告げてから、改めて口を開いた。
「テオが騎士を休んでいる……休み続けているのは、あたしたちが理由だろう。更地になった場所に村を作るのに知り合いがいたとなっちゃ放っておけないっていうね」
「たち?」
ダニエルが尋ね返すと、カリサは冒険者たちが入ってきた扉の向こうに目を向けた。
「そうさ。あたしと――暴れている割には理性を保っている、あの馬鹿はね、ここでコイツと再会したんだ」
●状況開始
「さて、とっとと片付けるか」
テオフィルの家を出た後、サイラスは早速ゴブリンを探し始める。
諸々の打ち合わせの後に、テオフィルを含む授恵者は行動を開始した。カリサもテオフィルに同行する形で動いている。
サイラスはというと、とりあえず戦闘になってしまう前に試せることは試しておこうという頭でいた。
家の裏手に回って少し目を凝らすと、少し遠くで家屋の壁を破壊しようとしている動きが見えた。
超視覚は持ってきていなかったが、すぐに暴走ゴブリンだと判断できた。数は6人。農具を手にしたゴブリンとゴブリナのようだ。
距離はそれほど遠くはない。
「どれどれ」
試しにジャマーを発動させてみる――が、特に行動に影響は見られない。精神感応系スキルによる影響ではない、ということだろうか。
考察は後だ、と考え直す。家の中に誰かいるかどうか定かではないが、このまま放置しておくのはいずれにせよ拙い。
炎で出来た翼のようなものを顕現し一気に集団へと肉薄すると、シーザーロアで目立つ1人のゴブリンの注目を自身に向ける。
「ゴブ?」
「ゴブゴブ!」
「……げ、亜人語かよ」
どうやら暴走ゴブリン――のうち理性を保てなかった個体は人語さえ扱えなくなってしまうらしい。これでは煽りようがない。
暴走しているとは言え所詮は一般人だ。寄ってたかって農具で殴られようとてウォーリアであるサイラスは痛くも痒くもないのだが、こうなるとどうやって黙らせるかは少し考えざるを得なくなる。すごく臭い発酵食品を用いるという手もあったが、一度きりの手札を早々と切るのは勿体ない。
とりあえず、まだ他の冒険者の準備も終わっていないだろうし、サイラス自身別の懸念も考えている。ずっとこの暴走ゴブリンを引き付けながら移動し続けるしかなさそうだ。
どうなってんだこりゃ、と溜息を吐き出しつつサイラスは再び索敵を開始した。
他方、農地を悠然と歩くカリサの姿があった。
「あんたら、何やってんだ。折角あたしたちで耕した土地で作ったものだろう?」
農地にある倉庫を壊し、中の備蓄を漁っていたゴブリンたちに声をかけると、暴走ゴブリンは言葉を理解していないながらも「従わなくても良い注意をされた」と本能的に理解したようだった。顔を上げると、倉庫の残骸や近くにあった石などを放り投げてくる。
しかし非授恵者であるはずのゴブリナは、それらを軽々と避けてみせた。
暴走ゴブリンにとっては訳が分からないだろうが、このまま目の前のゴブリナに煽らせておくのは不快であるらしい。各々立ち上がると武器を片手にじりじりとカリサの方へ躙り寄る。
「お、何だい。やる気?」
言いながらもカリサもまた2、3歩後ずさった後、踵を返して駆け出した。
「「ゴブ!!」」
ゴブリンたちも追ってくるが、付かず離れずの距離のままで一向に追いつかれる気配はない。
それもそのはず。
ゴブリンたちが追っているのは、カリサの姿にフェイクカバーで擬態したナハシュだからである。
●
ナハシュは作戦の打ち合わせ中、カリサを観察していた。
「何だい、あたしの方をちらちら見て」
その視線が気になったのだろう。カリサが尋ねてきたので、素直に狙いを明かすことにした。
「いや、あんたが村の中心人物の1人だっていうならうまくやれるかもなって思ってな」
「???」
その時のカリサは困惑していたが、状況開始の時にフェイクカバーを使用したナハシュを見て今度は素直に驚いた。
「今の授恵者ってのはこんなことも出来るのかい……」
「とはいえ、アニセト、だっけ。そいつにあたるならあんた本人の方がいいと思うぜ」
理性があるということは、ちょっとしたボロも見逃されやすくなるから。
そう告げると、カリサは肯いてみせた。
●
(しかし演技が楽な姐御で助かったな。アドリブでもすらすら出てくる)
苦笑交じりにナハシュは逃げ続ける。農地を脱するまではもう少しで、ちょうどナハシュの視界にはエルゼリオの姿が入っていた。
エルゼリオ、それからアウレーリアはそれぞれ村の別の地点で、より傷を負わせずにゴブリンを無力化する為の策を講じている。エルゼリオの様子からすると準備は出来たようだ。
「頼んだ」
「任せて!」
短い言葉で役割の引き継ぎを終えると、ナハシュは疾風足を用いてその場を西方面に離脱。
一瞬で姿をカリサの見失ったゴブリンたちは戸惑った後、新たに現れた獲物めがけて走り出していく。
「しかしアニセトだけが理性を保ってるってなると、余計にだな」
セリフのごまかしだけなら自分でも効いた気がするが、と再び誘引すべきゴブリンを探しながらナハシュは思う。
(アニセトを留めるには、テオフィルやカリサの言葉が必要なんだろうな……)
その頃、セリオス・オーガストも超視覚を用い、村の中で暴走ゴブリンを発見していた。
こちらは単独行動しているホブゴブリンだが、鍬を携えている。加えて逃げ遅れたヒューマンを今まさに襲おうとしていた。
サイラスと比べると防御に劣るセリオスでもそれほど大きなダメージを負うことはないだろうが、リーチのある武器を扱うのは少々やることが読めない。傷を負わさずに無力化する為なら本来は迂闊な接近は避けたいところだが、流石に一般人が絡んでいるとなるとそうとは言えなくなってくる。
ジャマーが通じないのは既にセリオスも試して分かっていたので、別の方法を取るべくまずはわざとホブゴブリンとヒューマンの間に割って入る。
「こっちだ、来てみろ」
「ゴブ!」
こちらも亜人語だが、挑発的な仕草で煽っているのは分かったようだ。
わざと背を向けて駆け出すと素直に追ってきたホブゴブリンを後目に、セリオスは家屋の後ろに回り込む。
そして、ターンしたホブゴブリンの至近に入ると――振りかぶってきた農具が当たる前に裏手に置かれていた藁束の影に隠れる。
勢いよく振り下ろされた鍬によって束が千切られると藁が舞い、ホブゴブリンはセリオスの姿を見失った。
「ゴブ――」
そうなると混乱していたホブゴブリンの首の後ろを剣の柄で叩くことは、セリオスにとっては造作もないことだった。
ロープでホブゴブリンを拘束後、次の無力化対象を探しがてら、そろそろ出来ただろうと考えてセリオスは拘束したホブゴブリンを担いでエルゼリオがいる方角へと向かった。
果たして、エルゼリオの姿を見つけた時、彼は村北東、ゴブリン側の住居と農地との境目に近い一角に佇んでいた。
そのエルゼリオの横には、1つ大きな穴が空いている。無力化の為にグレイウォッシャーで掘った穴である。別の方角でアウレーリアも同じことをしているはずだ。
「あ、そっちの方にもう一つあるから気をつけて」
セリオスが近づいてきたのを見つけ、エルゼリオは注意を促す。目を凝らせば分かる程度ではあったが、布の上に土をかける形で落とし穴に偽装を施していた。
穴掘り紋具は1つにつき1ヶ所の落とし穴しか設置できないが、
「俺は使う暇ないだろうから」
と言っていたナハシュの分を預かっていたのである。
なお、先程そのナハシュからリレーしたゴブリンたちは、既に露見している穴の中へと落ちている。
その穴に近づいて、セリオスは気付いたようだ。
「ジャマーは効かなかったが……ヒュプノシスは効いたのか?」
「うん」
落とし穴のすぐ横に、ロープで拘束されたまま眠っているゴブリンがいる。
落とし穴に落ちかけて藻掻いたゴブリンがいたので、試しにやってみたら効いたのだ。
セリオスがその横に自分が確保したホブゴブリンを並べるように寝かせているところに、逆にエルゼリオは問う。
「っていうかジャマーは効かないって……一体どういうこと?」
「まだわからない。落ち着いてからでないと整理も出来ないだろうな」
2人は揃って険しい表情を浮かべた。
(あー、やっぱりやっちまってるか)
サイラスは懸念していたことが現実となっている現場を目にしてしまい、人知れず溜息を吐く。
暴走ゴブリン同士が殴り合っている。しかも両方ホブゴブリンだ。
暴走の根拠が分からないので経緯もはっきりとしないが、おそらく「自分の方が上」と見せつける為だろう。
勝手にやってくれと思わないでもないが、依頼がある以上被害は最小限に留めなければならない。
ちょうど2人のホブゴブリンの間に若干の距離が生じたところで焔翼で割って入り、片方と目を合わせた。
ヒュプノシスによりそのホブゴブリンが眠りに落ちたことを確認後、自分に向かってこようとしているもう片方を誘引すべく、サイラスは移動を始めた。
たまたまではあるがその移動ルートの先にいる格好になったアウレーリアはといえば、ちょっとしたピンチに陥っていた。
「流石に少し集まり過ぎじゃない……?」
これまた運が悪かっただけなのだが、穴掘り作業中に複数の方角から集団行動しているゴブリンに見つかってしまったのだ。3つの集団、その数合計で20。
不幸中の幸いだったのは、同時ではなかったことだ。
最初に遭遇した集団が迫ってくる頃には既に穴堀りは完了していた。自分の身をもって穴へ誘導している途中で別の集団が現れたのである。
誘導には成功し穴にまとめて落としたところで、早速別の集団の誘導を開始する。とはいえ既に露見している穴に簡単に落ちるほど馬鹿ではない……と思うのもあり、穴の中と、穴を避けるルート上に移動を阻害する稲光が荒れ狂う空間を発生させる。
穴はともかく、見慣れない空間に果敢に突貫してきたゴブリンたちはあえなく動きにくくなり――そのうちの1体に対し光の鎖を伸ばし、束縛した。
残っているゴブリンはまだまだいる。
こちらは1人だが、流石に只者ではないとは感じられただろう。3つ目の集団に至っては若干及び腰になっており――やがて、踵を返そうとした。
だが、今度はゴブリンたちにとって運が悪かったことに、その方角の先からはサイラスがやってきていた。
「結構派手な音がしたから来たんだけど、数多いなここ」
2人がかりで2つの集団を穴に落としたり拘束したりし、ようやく静かになった。
「でも、他もだいぶ無力化が進んでいるんじゃないかしら。来たときより騒ぎが静かになっている感じはする」
アウレーリアの言う通り、作戦開始前は村のいたるところから聞こえてきていた騒ぎ声は、今は殆どしなくなっていた。
代わりにどこからか、小さくではあるがドン、ドンという衝撃音が耳に届く。
その音の正体を察し、サイラスは呟いた。
「あとは大物だけかな」
●
村の中でアニセト1人を探すのには多少時間を要したが、最終的には北西部――ヒューマンの住居地域内を徘徊しているところを一行は見つけた。
アニセトは家屋の壁をすでにぶち破っており、扉から逃げ出てきたヒューマンに手を上げようとしていた。
「やめるんだ、アニセト!」
アルベルトが咄嗟にチャージングで割って入り、一般人は難を逃れる。こっちです、とダニエルが指示するまま、テオフィルの家がある方角へと走っていった。
「何の罪もない人たちに危害を加えようというのか?」
弓を携えたテオフィルが、アニセトから見て真横、少し距離を置いたところに立った。テオフィルの後ろにカリサもいる。
「アニセト、誰が馬鹿だっていうんだい? 強いて言えば折角作ってきたものを破壊するお前の方が」
「その『作ってきた』は、一体誰がどうして命じた?」
カリサの言葉を遮り、アニセトは問う。
「え? そりゃあドンと帝国の皇子サマとの約定で、帝国の復興の為に、だろう?」
何を今更、と困惑した様子で答えるカリサに、アニセトは更に質問をぶつける。
「何故俺たちがドンに従う必要がある?」
「あたしたちはブラックデスの構成員だ。それ以上に理由が必要?」
その言葉に、何故かテオフィルがハッとした様子でカリサを振り返る。
それを尻目に、アニセトは「それだ」追及した。
「俺たちはいつから、ドンに従わなければならないと思わされていた?」
「ーーえ?」
アニセトは硬直したカリサから視線を外し、テオフィルを見る。
「お前は気付いたみたいだな?」
「……だからといって、それはここで君たちを止めない理由にはならないよ。経緯が何だろうと、積み上げてきたものがここにはある」
「お前にとってはそうだろうな。けどまぁ、俺が俺らしくあるために思うようにやらせてもらう」
そう言って、アニセトは壁の破片を持ち上げるとーー
「アニセト、お前の相手は俺だ!」
再び割って入ったアルベルトの声に、アニセトの動きが変わる。思い切り振りかぶってから、破片をアルベルトに向かって投じる。
暴走が絡んでいるわけではなさそうだが、それにしても非授恵者とは思えぬ膂力だった。アルベルトは挑発しただけありしっかりと防御態勢を整えていたのだが、それでも衝撃に2、3歩後ずさる。至近距離だったのも大きい。
「援護します!」
ダニエルのヒールがアルベルトに飛んでいる間に、テオフィルが牽制の射撃をアニセトの足元へ。動きが一度止まったところに、白銀と黄金ーーイズルが放った2色のオーラがアニセトに纏わりついた。
「思った以上に強そうだな……」
これで授恵者じゃなくてよかった、と一つ息を吐くイズルをよそに、回復したアルベルトが剣を振るう。刃を見せていると深い傷になりかねないため、あえて鞘に突っ込んだままだ。
束縛を受けている影響で回避することもままならず、アニセトはその攻撃をモロに受ける。
こうなると手加減必須とはいえ、状況は明らかにアルベルトに分がある。
後ろにはダニエルとイズルといった援護も控えるし、そうでなくても至近で全力で殴られても耐えることができる程度にはアルベルトも頑丈だ。
誤算といえば、イズルの解呪が何度放っても効く気配がなく、またサルベーションオールでも暴走を解除できなかったことだがーースキルの影響ではない、ということだろううか。
「くそ、何でだよ……」
なんで俺には力がないんだ。
疲弊したところをアルベルトの一撃で気絶させられる間際、アニセトはそんなことを呟いた。
●鎮圧
アニセトが最後に残った暴走ゴブリンだったようで、それきり村は静かになった。
近くまできていたエルゼリオが言う。
「暴走していたゴブリンさんも、眠ったり気絶したりした後は正常に戻っていたんだ」
自分が何をしていたかは朧気にしか覚えていないようだけど、と付け加える。
「じゃあ、アニセトも目が覚めたら同じことが言えそうだな……理性があった分まともに話も聞けるかもしれない」
「では僕の家に連れて行きましょう。流石に今の状況で何かしようとは思わないはずですし」
イズルの推測に対しテオフィルが提案し、アルベルトは慎重にアニセトの身体を背負った。
道中、カリサは先導と、万が一のことを考えて一行の少し先を歩いていた。
だからだろうか、テオフィルは声を潜めて冒険者たちに告げる。
「これはカリサには言わないで欲しいのですが……2人は元々、ブラックデスの構成員ではないのです」
曰く、2人に加えてもう1人、セリオというゴブリンがリーダー格として引っ張っていた小さいマフィア集団があったのだという。いつの間にかブラックデスに居たものだから再会した時は驚いたが、あえて何も言わずにいたのだと。
「そのマフィアは、ブラックデスに太刀打ち出来る規模ではなかったものの従ってはなかったはずですから」
「洗脳……かな」
イズルの推測に、おそらく、とテオフィルは返す。
「記憶の改竄ではないと思います。そうだとしたら僕のことを覚えてないので……後、今どうしてこうなったのかはやはりアニセトが目を覚まさないと分かりませんが」
その頼りのアニセトはと言えばダニエルのヒールを経て目覚めた後、真っ先にカリサを見て申し訳なさそうな顔をした。
「すまねえ。手を上げちまうとは……」
「随分他人事みたいに言うね」
憮然とした様子のカリサに、アニセトはますます弱った顔をする。
「自分が何をしたのかは、全部じゃねえがうっすら覚えてる。だけど、自分じゃない自分がやったような感覚なんだよ……」
その言葉は、アウレーリアのエンパシーにより偽りないものと判断された。イズルの残留思念感応でも、大した異変は見出せない。
ただ一つ、アニセトが言った言葉が冒険者たちの中で引っかかった。
「ゴブリンはゴブリンらしくあれ、みたいな声が、ずっと頭の中にガンガンと聴こえてたんだ。今も……あの時ほどじゃないが、囁くようにちらついてる」
●
アニセトやゴブリンへの聴取が進む中、アウレーリアは少し離れたところから様子を見ていたテオフィルのもとへ歩み寄ると、そっと尋ねた。
「態々地下室を用意したのは、本当に念の為? それとも何か思い当たる節でも?」
「まさか」
テオフィルは頭を振った。
「地下に籠もっていれば、たとえあの崩壊のようなことが起きても生き延びられるのでは――と考えたまでです。ないに越したことはないですが……エフレムのこともある。用心は、しておきたかった」
「……」
シファーク村の造成が始まったのはヴィント奪還後。エフレムがレイウェストと袂を分かったことを知っていても、何らおかしくはない。
テオフィルの憂いた表情にも、そっと触れていた掌にも、嘘は見出だせない。アウレーリアは一つ息を吐き出した。
マスターコメント
ミドルシナリオ難しい 報酬:標準8 / 6〜8人
2022年12月08日 18時20分42秒 公開
相談掲示板
ヒーラーのエルゼリオ・レイノーラです。どうぞヨロシクね! ゴブリンさん達が急に暴走を始めた理由は分からないけれど… 犠牲者なしで鎮圧できるように最善を尽くすつもりだよ。 >アニセトさん OPの『あの男のことを信じているお前も駄目だ』って言葉から推測すると、テオフィルさんとカリナさんを狙って来そうなカンジ…? もしそうなら、テオフィルさん、カリナさんに囮役になってもらって、アニセトさんを誘き出してもらう事ができるかも。 >ヒュプノシス 非授恵者のゴブリンさん達にヒュプノシスが効くなら大分楽になりそうだし、念のため持って行くね。
ヒーラーのイズル・M・ヴォルゴールです。よろしく。 なるべくとは言え、傷つけてはいけない。難しいですね。 状況的に敵は散らばってる、暴走なので頭(アニセト)を抑えても収まる可能性は低いだろうと思います。 とりあえずは抵抗してる家を助けに行くのが無難でしょうか?ほぼ武器持ちのようなので、扉や窓が破られて押し入られる前に対応したいです。 あと、アニセトの専属対応が必要かと思います。 襲われてない家を避難させるのか、無力化したゴブリンはどうするのか、一箇所に集めるならどこにするかは相談で。 一揆などではなく暴走なので、とりあえず正気に戻す方法があるか探そうと思います。 解呪の他に、聖別かサルベーションオールを持っていきます。 暴走の個体差も気になりますから、色々試してみたい気もします。 あと、ジャマーですね。
ウォーリアのアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトだ。 よろしくな。 アニセトの専属対応は俺が務めようか? 千鳥雷切斬をシーザーロア3に組み替えた上で、攻撃時にはスキル不使用で手加減攻撃すれば彼を抑えることができるかもしれないしな。
No.5
サイラスだ、よろしくなー とりまヒュプノシスとジャマーこっちも積んどくわー 後は魔法ないだろうし俺は対物理防御装備で盾兼ねて動けばええ感じそやな
シーフのナハシュだ。今回はよろしく。 そこそこ村が広いのと、敵も保護する奴も散在してんのが面倒くせえな。 とりあえず村に着いた時点でアニセトとカリサにある程度の家の位置と避難完了している場所さえ確認できれば、北側の民家に関してはある程度絞れるんじゃねえかと思うがどうだろ。 畑の方にいるとしたら、壊れてねえ倉庫とかになんのかもしれねえけどな。 避難させるとしたら立てこもってる奴らの所に合流しつつ、見つかれねえよう移動するなり他の奴で注意を引くなりみたいな感じになるか?アニセトを呼ぶなら、何処に移動してるか相手に解るくらい堂々と移動してもいいのかもしれねえが。 囮が必要なら、万が一に備えフェイクカバーでカリサ辺りになって囮役をやってもいい。 囮の守りが手厚いもしくは使わないなら、普通に村を駆け回りつつ村人が抵抗してるとこを優先に仕留めに行ってもいい。ヒュプノシスやジャマ―が効けば無論越したことはないし試すのはアリだと思うが、殺さなけりゃ何してもいいんだろ?
考えたんですが、私もアニセトに回っても大丈夫ですか? 彼はどのくらいかわかりませんが意志が残ってる様子なので、意思持ちにも暴走解除の候補スキルが効くか試したいです。 あとは、シュタールシュヴェーアト様の回復も必要ですし、レイノーラ様が言う通りテオフィルさんやカリサさんに接近したり、有事に対応できた方がいいと思いました。
キャスター、アウレーリアです。宜しく。 非殺傷的に無力化を試みるのは前提として。 ヒュプノシスやジャマー以外の拘束手段に、アーケインやスペルバインドなど持参予定です。 身体拘束がメインですから、捕らえているうちに解呪等を試すのが良いかと思います。 個人的には、相手がまとまってきてくれた方が対処しやすいですね。 カリサやウォーリアの方が囮として上手く誘導していただければ、一網打尽に出来るかと。 逆に無力化した相手を、地下室に放り込んでいくのでも良いかも知れません。
>囮 アウレーリアさんが言うように、ウォーリアさんのシーザーロア、テオフィルさんとカリサさん(もしくはフェイクカバーで変装したナハシュさん)に アニセトさん&暴走ゴブリンさん達の執着を引いてもらって特定の場所に誘導してもらえると鎮圧しやすいし、住民の避難もしやすくなると思う。 >罠 穴掘り紋具で掘った落し穴の中に誘導するのもアリかも?
No.10
そうするとどうしようか シーザーロアで引っ張るのも出来るけどヒュプノシス効かなかったりした場合兼ねて殺界持ち込もうか? そっちなら近寄らなあかんけど数止められるし、何よりウォーリア武器要らんから光縛呪こっちも持ち込めるけども?ダメージ云々に関してはあれ殺界の効果はあくまで「ラウンド最後に射程内に存在しているすべての敵を対象に、近接物理通常攻撃を行うことができる。 」なので攻撃放棄すればいい。 いっそ両方持ち込むもありだが
>テオフィルさん 問題なければ、ボクの方からテオフィルさんにアニセトさんを誘き寄せる陽動役をお願いしてみるね。 陽動役にアニセトさん&暴走ゴブリンさん達の執着を引いてもらって避難場所であるテオフィルさん宅から引き離し、 特定の場所に誘導してもらえると鎮圧しやすいし、住民の避難もスムーズに行える筈。 >個人 【穴掘り紋具「グレイウォッシャー」】で落し穴を作成する予定だよ。 陽動役の人達と落し穴の位置情報を事前共有し、暴走ゴブリンさん達を落し穴へと誘導してもらえたらなと。
・・・ん、顔だし遅くなってすまん、シューターのセリオスだ、よろしく頼む。 とりあえず暴走してるのを殺すわけにはいかないからヒュプノスなどで取り押さえるのは賛成だ。落とし穴なども有効だと思うので陽動を手伝おう あとはサウンドボマーで爆音聞かせてとかだろうか、暴走してるなら耳を塞ぐとかしないだろうし、近距離できかしたら目をまわしそうだしな
なるべく一カ所に集めていく感じだな、了解だ。 そしたらフェイクカバーでカリサになりつつ、アニセトや本物のカリサが行かねえ方向のゴブリンを引き連れてこようかと思う。特に指定がなけりゃ広そうな南部の農地あたり、宗波で探りつつ引き連れてくる感じで考えてるな。 穴掘り紋具は俺も用意出来そうだから持っておくぜ。つなげて広くするなり複数穴を作るなりすれば、落とすのも楽になるかもしれねえ。 サウンドボマーで耳をヤるのもありだと思う。それこそ穴に落としたところでかましたら、反響で大体気絶しそうな気がする。殺界もいざって時にあると便利そうだ。 後は必要に応じてだろうが、閃光手榴弾や母蜘蛛糸のロープは持って行っておくと思うぜ。
間が空いてすみません。 バステ解除スキルは、解呪とサルベーションオールにしました。 あとネーベルベルク嬢の発言を参考に、アニセトと味方NPC二人の護衛用もかねて招霊呪怨縛を持っていきます。 回復は2つにするか、片方を光縛呪に変えるか考え中です。 ゴブリン達を引き付ける場所はどうしましょうか? 居住区にまだ避難できる余裕が多少なりともあるということは丁度中間辺りでしょうか? 住民の避難先を考えると、南の農地でしょうか? 壊れてない納屋が一つでもあれば、そこに放り込むのが良いと思いますが、あくまで予想なのでご意見いただければ。
私も穴掘り紋具を持って行けますから、落とし穴作成には協力できます。 ただ、解説にある通り緊急依頼ですから、事前設置は厳しいかも知れませんね。 陽動で時間を稼いでいる間に準備するなど、ひと工夫必要でしょう。 アイテムとしては他に、閃光手榴弾も持って行けます。 囲まれたりした時には有効でしょう。 サウンドボマーは戦闘中の使用が困難とありますから、使用時の状況には注意が必要です。 相手が皆、穴に落ちた後の安全状態で昏倒鎮圧に使う感じでしょうか……。 必須ではない気もしますが、まぁ他に手段が無い時なら良いのではないかと。