【大地再甦】レイウェスト派の聖女
望月誠司
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シナリオID:2207
オープニング
「エーテル浄化者」
幽界樹らによって力を吸い上げられ汚染され、実りの力を弱められてしまった大地に、再び活力を呼び寄せる存在である。
かつての授恵者と同じように、昨年の秋以降、多くのエーテル浄化者が生まれてきていると推測されている。
しかし、実際に認知されている数――すわなち、農業や祭事らに従事し目に分かるほどに成果を上げられた者の数は未だ少なかった。
それはイコールで実用に足りるレベルでのエーテル浄化者の数がまだまだ少ないという事をあらわしている。
エーテル浄化者のシェリルは元はアルサーラムの町の教会に住まうただの孤児だったが、昨年秋に覚醒し町の田畑に実りを取り戻して以降「アルサーラムの聖女」と呼ばれ、その噂を聞いた村々から浄化を乞われ、各地を巡りながら大地を浄化し続けている。
荒野の旅路にはクリーパーや魔獣といった危険がついて回るが、希少でありかつ多くから需要がある存在の場合、邪な考えを抱く者達――すなわち同じ人間達からも狙われかねない。
その為、先日にはそれを慮った冒険者達から護衛強化の提言がなされ(シェリルが危なっかしい性格をしている事もあり)現在の状況であるならその意見はもっともだと判断した聖女の護衛は、アルサーラムの町長に護衛を手厚くできないかと要請した。
その結果、町は色々と協議を重ねて、その結論として、国を頼る事に決めたらしい。
レイウェスト・バルダス派の拠点である南部鎮守都市ヴィントへと使者が送られ、そこでまた協議が重ねられた結果、帝国レイウェスト派からアルサーラムの町に補助金が出されるのと引き換えに、聖女はバルディオン将軍らから提示されるスケジュールに沿って帝国内の町や村を巡り、浄化活動を行う事となった。
これ以降、聖女シェリルへと町村が浄化依頼をする場合は、アルサーラムへと依頼するのではなく、ヴィントのレイウェスト派への陳情によって派遣される形となる。
そんな訳で、青い耳飾りをつけた十二歳の黒髪童女は、今日も今日とて古の聖女伝来のぶかぶかの法衣に身を包み、大地に実りをもたらし人々の胃袋を満たすべく、浄化の儀式を行ってゆくのだった。
●
春。
冒険者達――アルサーラムの聖女シェリルの護衛として、ヴィントのバルディオン将軍らからの依頼で週決めで雇われ派遣されている――が聖女達と共に訪れたのは、草原の真っ只中に建っている城壁に囲まれた町だった。
このスウェッツ町の近辺も幽界樹によって大地を汚されてしまっていたようで、荒地にも生える生命力の強い雑草達でさえ、どことなく萎れているように見える。
「……昨年秋以降の畑からの収穫は酷いものです。家畜たちのエサの確保さえ苦労している有様で……」
と町長はやってきた聖女一行に暗い表情で説明した。
「それは由々しき事態ですな。しかしご安心ください町長」
立派なカイゼル髭と顎鬚を生やした中年男が、自信ありげに笑顔を浮かべ、戯曲の役者のように芝居がかった調子で、人差し指をピンとたてた。
彼はヴィントから派遣されている騎士で、名をパウルス・カールという。
聖女シェリルの護衛であり、またレイウェスト派の意向を聖女一行に伝える連絡役でもある。また密かにお目付け役でもあるのだろうと一同から目されていた。
「偉大なるレイウェスト殿下は決して貴方達帝国の民をお見捨てにはなりませぬ。その証左にこのアルサーラムの聖女シェリルをこの地へと遣わされました。彼女が儀式を行えば、たちどころにスウェッツの大地は元の活力を取り戻しましょうぞ」
この帝国騎士は地方の町村との折衝役も買って出ていて、こうしてレイウェスト派からの恩恵を人々に印象付け、レイウェスト派を支持するように働きかける事に余念がなかった。
「おお、彼女が噂の……聖女の奇跡の力はわたくしどもも聞き及んでおります。有難うございます!」
町長が感動したように言う。
「レイウェスト殿下万歳! 聖女シェリル万歳!」
「万歳! ただ、浄化儀式を上手くいかせる為には、祭に人を集め、盛大に盛り上げる必要がありましてな」
「祭を盛り上げる、ですか」
「ええ、大地の神々はにぎやかな場所がお好みのようでして、そうすると力を貸してくれるのです――」
そのような調子でぺらぺらと帝国騎士パウルスは説明を続けてゆくのだった。
●
ひもじい。
育ち盛りの少年であるヘンリーの腹はいつも鳴っていた。
先日、町の通りでアルサーラムの聖女シェリルというのを見かけた。
十二歳のピーターと同じくらいの年頃に見える長い黒髪の童女で、とても噂で聞いたような一晩で広大な田畑を蘇らせたなんて凄い力を持った人間には見えない。
身に纏っている身の丈にあっていない古ぼけた法衣を除いたら、どこにでもいる少女にしか見えなかった。
本当に、大地に実りを取り戻してくれるのだろうか。
枯れかかっている田畑の作物が、また例年通り成長してくれるのだろうか。
萎れている草原の草々が、また家畜達のエサとなれるように生えてきてくれるのだろうか。
町の役場は聖女達に言われて大々的に祭を行う事にしたらしい。
不作続きで町の蓄えは少ない。
「こんな状況なのに祭……?」
盛大に祭を行い、盛り上げる事が、大地に活力を取り戻す為に必要な事であるらしいが。
「大丈夫、大地の実りが以前のように元通りになったら、大丈夫だ」
大人達はピーターに、というよりも自分自身達に言い聞かせるように言っていた。
不安なのだろう。
蓄えを盛大に消費したあげくに、儀式が失敗して、大地の実りが元通りにならなかったら、町は破滅だ。
「大丈夫、噂の聖女様ならきっと大地に実りを取り戻してくだされる……!」
大丈夫ではなさそうな時ほど大丈夫だというのは何故なんだろう、と思いつつもピーターは両親の言葉に頷くしかなかった。
人々の不安と期待がない交ぜになったまま祭の開催日がやってきた。
●
「……大地のカミサマは賑やかなのがお好きなんです」
十二歳程度の黒髪童女――聖女シェリルは冒険者達に言っていた。
「ですから、大勢の人達が元気に楽しんでいてくれれば、沢山お力を貸してくれるんです」
逆に人々があまり乗り気ではないと、力を貸してくれる量が少なくなるような感覚がするのだという。
「それに町の人達は今、辛い状況が続いているようですし、折角蓄えを消費するんですから、その消費する分は、いえ、それ以上に心からお祭りを楽しんで欲しい、という気もします」
だから、と聖女は言った。
「冒険者の皆さんっていろんな事ご存じですし経験してらっしゃいますから、多くの人達を楽しませる術もご存じですよね」
今までシェリルが接してきた冒険者達はそういう技能を持った者も多かったという。
「なので、よろしかったら冒険者の皆さんもお祭りを盛り上げる為に何か出し物をしてあげて欲しいんです。
あと、人間って皆が暗く俯いてる中だとなかなか楽しめないですけど、誰かが楽しんでるとつられて楽しみだしたりもするので、率先して遊んで回っても欲しいんです」
本来の護衛依頼には含まれていない仕事になってしまうけども、どうかお願いできないでしょうか、と黒髪童女は冒険者達に依頼してきたのだった。
なお、
「殿下の威信の為にも皆々様、どうかよろしくぬかりなくお願いいたしますぞ」
と帝国騎士のパウルスは言っていたのだった。
幽界樹らによって力を吸い上げられ汚染され、実りの力を弱められてしまった大地に、再び活力を呼び寄せる存在である。
かつての授恵者と同じように、昨年の秋以降、多くのエーテル浄化者が生まれてきていると推測されている。
しかし、実際に認知されている数――すわなち、農業や祭事らに従事し目に分かるほどに成果を上げられた者の数は未だ少なかった。
それはイコールで実用に足りるレベルでのエーテル浄化者の数がまだまだ少ないという事をあらわしている。
エーテル浄化者のシェリルは元はアルサーラムの町の教会に住まうただの孤児だったが、昨年秋に覚醒し町の田畑に実りを取り戻して以降「アルサーラムの聖女」と呼ばれ、その噂を聞いた村々から浄化を乞われ、各地を巡りながら大地を浄化し続けている。
荒野の旅路にはクリーパーや魔獣といった危険がついて回るが、希少でありかつ多くから需要がある存在の場合、邪な考えを抱く者達――すなわち同じ人間達からも狙われかねない。
その為、先日にはそれを慮った冒険者達から護衛強化の提言がなされ(シェリルが危なっかしい性格をしている事もあり)現在の状況であるならその意見はもっともだと判断した聖女の護衛は、アルサーラムの町長に護衛を手厚くできないかと要請した。
その結果、町は色々と協議を重ねて、その結論として、国を頼る事に決めたらしい。
レイウェスト・バルダス派の拠点である南部鎮守都市ヴィントへと使者が送られ、そこでまた協議が重ねられた結果、帝国レイウェスト派からアルサーラムの町に補助金が出されるのと引き換えに、聖女はバルディオン将軍らから提示されるスケジュールに沿って帝国内の町や村を巡り、浄化活動を行う事となった。
これ以降、聖女シェリルへと町村が浄化依頼をする場合は、アルサーラムへと依頼するのではなく、ヴィントのレイウェスト派への陳情によって派遣される形となる。
そんな訳で、青い耳飾りをつけた十二歳の黒髪童女は、今日も今日とて古の聖女伝来のぶかぶかの法衣に身を包み、大地に実りをもたらし人々の胃袋を満たすべく、浄化の儀式を行ってゆくのだった。
●
春。
冒険者達――アルサーラムの聖女シェリルの護衛として、ヴィントのバルディオン将軍らからの依頼で週決めで雇われ派遣されている――が聖女達と共に訪れたのは、草原の真っ只中に建っている城壁に囲まれた町だった。
このスウェッツ町の近辺も幽界樹によって大地を汚されてしまっていたようで、荒地にも生える生命力の強い雑草達でさえ、どことなく萎れているように見える。
「……昨年秋以降の畑からの収穫は酷いものです。家畜たちのエサの確保さえ苦労している有様で……」
と町長はやってきた聖女一行に暗い表情で説明した。
「それは由々しき事態ですな。しかしご安心ください町長」
立派なカイゼル髭と顎鬚を生やした中年男が、自信ありげに笑顔を浮かべ、戯曲の役者のように芝居がかった調子で、人差し指をピンとたてた。
彼はヴィントから派遣されている騎士で、名をパウルス・カールという。
聖女シェリルの護衛であり、またレイウェスト派の意向を聖女一行に伝える連絡役でもある。また密かにお目付け役でもあるのだろうと一同から目されていた。
「偉大なるレイウェスト殿下は決して貴方達帝国の民をお見捨てにはなりませぬ。その証左にこのアルサーラムの聖女シェリルをこの地へと遣わされました。彼女が儀式を行えば、たちどころにスウェッツの大地は元の活力を取り戻しましょうぞ」
この帝国騎士は地方の町村との折衝役も買って出ていて、こうしてレイウェスト派からの恩恵を人々に印象付け、レイウェスト派を支持するように働きかける事に余念がなかった。
「おお、彼女が噂の……聖女の奇跡の力はわたくしどもも聞き及んでおります。有難うございます!」
町長が感動したように言う。
「レイウェスト殿下万歳! 聖女シェリル万歳!」
「万歳! ただ、浄化儀式を上手くいかせる為には、祭に人を集め、盛大に盛り上げる必要がありましてな」
「祭を盛り上げる、ですか」
「ええ、大地の神々はにぎやかな場所がお好みのようでして、そうすると力を貸してくれるのです――」
そのような調子でぺらぺらと帝国騎士パウルスは説明を続けてゆくのだった。
●
ひもじい。
育ち盛りの少年であるヘンリーの腹はいつも鳴っていた。
先日、町の通りでアルサーラムの聖女シェリルというのを見かけた。
十二歳のピーターと同じくらいの年頃に見える長い黒髪の童女で、とても噂で聞いたような一晩で広大な田畑を蘇らせたなんて凄い力を持った人間には見えない。
身に纏っている身の丈にあっていない古ぼけた法衣を除いたら、どこにでもいる少女にしか見えなかった。
本当に、大地に実りを取り戻してくれるのだろうか。
枯れかかっている田畑の作物が、また例年通り成長してくれるのだろうか。
萎れている草原の草々が、また家畜達のエサとなれるように生えてきてくれるのだろうか。
町の役場は聖女達に言われて大々的に祭を行う事にしたらしい。
不作続きで町の蓄えは少ない。
「こんな状況なのに祭……?」
盛大に祭を行い、盛り上げる事が、大地に活力を取り戻す為に必要な事であるらしいが。
「大丈夫、大地の実りが以前のように元通りになったら、大丈夫だ」
大人達はピーターに、というよりも自分自身達に言い聞かせるように言っていた。
不安なのだろう。
蓄えを盛大に消費したあげくに、儀式が失敗して、大地の実りが元通りにならなかったら、町は破滅だ。
「大丈夫、噂の聖女様ならきっと大地に実りを取り戻してくだされる……!」
大丈夫ではなさそうな時ほど大丈夫だというのは何故なんだろう、と思いつつもピーターは両親の言葉に頷くしかなかった。
人々の不安と期待がない交ぜになったまま祭の開催日がやってきた。
●
「……大地のカミサマは賑やかなのがお好きなんです」
十二歳程度の黒髪童女――聖女シェリルは冒険者達に言っていた。
「ですから、大勢の人達が元気に楽しんでいてくれれば、沢山お力を貸してくれるんです」
逆に人々があまり乗り気ではないと、力を貸してくれる量が少なくなるような感覚がするのだという。
「それに町の人達は今、辛い状況が続いているようですし、折角蓄えを消費するんですから、その消費する分は、いえ、それ以上に心からお祭りを楽しんで欲しい、という気もします」
だから、と聖女は言った。
「冒険者の皆さんっていろんな事ご存じですし経験してらっしゃいますから、多くの人達を楽しませる術もご存じですよね」
今までシェリルが接してきた冒険者達はそういう技能を持った者も多かったという。
「なので、よろしかったら冒険者の皆さんもお祭りを盛り上げる為に何か出し物をしてあげて欲しいんです。
あと、人間って皆が暗く俯いてる中だとなかなか楽しめないですけど、誰かが楽しんでるとつられて楽しみだしたりもするので、率先して遊んで回っても欲しいんです」
本来の護衛依頼には含まれていない仕事になってしまうけども、どうかお願いできないでしょうか、と黒髪童女は冒険者達に依頼してきたのだった。
なお、
「殿下の威信の為にも皆々様、どうかよろしくぬかりなくお願いいたしますぞ」
と帝国騎士のパウルスは言っていたのだった。
解説
■状況
このシナリオにご参加のPCさん達はレイウェスト派の傘下として帝国内の各地を巡り、大地の浄化を行っている聖女シェリルの護衛として週決めで雇われ同行している冒険者達、となります。
あるいは、旅の途中でたまたまスウェッツの町に立ち寄り、町の冒険者ギルド支部に出されていた「祭を盛り上げて欲しい」という依頼を引き受けた冒険者達、となります。
■このシナリオでやれる事(一人で複数行う事も可能ですが、多くなるとその分割ける描写が薄くなるのでPCお一人様につき一つにやる事を絞るのがお勧めです)
草原の町スウェッツで行われる祭にて
●出し物をだす
町の中央広場にステージが築かれるのでそこで様々なイベントを行う事が可能です。
歌や楽器演奏、踊り、大道芸や演劇、演武、等々ステージ上で行える大体の出し物が可能です。
●祭の参加者として楽しむ
祭を盛り上げる為に率先して楽しむ役として祭を楽しむ
屋台の食べ歩き、ステージ鑑賞、流鏑馬大会への参加、などなど
●その他
この町で祭中にできそうな事ならできます
シェリルに絡んだりもできます
■各詳細
・楽器や衣装などステージ上の出し物で必要なものは常識の範囲内で用意できるものでしたら町から借りる事が可能です
・屋台で料理店などを出す場合、調理道具一式など必要設備は借りる事が可能です
砂糖や海魚は使えませんが蜂蜜や肉、川魚、野菜などは材料として必要な場合町から提供されます
・町の一般NPC達が出している屋台
スウェッツ町は牧畜が特産
PCが出す屋台の他にも、
「鳥&羊肉の串焼き屋」「ピザ屋」「羊乳&牛乳&馬乳酒屋」「麦酒屋」
などが出ています。
食べ物系以外では、
「羊毛の織物(絨毯や帽子、マント、民族衣装等)屋」
などが出ています。
・流鏑馬大会
町の外の草原で行われています。誰でも参加可。
照準が微妙に狂ってる弓矢が貸し出されるので、それを用います(自分の弓矢を持ち込んで使用する事はできない)
馬に乗って馬を一定距離全力疾走させながら、鞍上より貸し出される弓矢を放ち、進路の横に一定間隔で並べられている的を三つ射抜いてゆきます。
的の中央に近いほど高得点で三つの的の合計点が最も高い人が優勝。
優勝者には羊毛のマントが進呈されます。
■注意点
このシナリオ内で物品を買ったり貰ったりする描写があってもデータ付きのアイテムとして獲得できたりはしません(あくまで描写上になります)
マスターより
草原の町の祭事へようこそ、望月誠司です。
このシナリオは連作【大地再甦】の第四話となりますが、これまでのストーリーを把握していなくても問題ありません。
(お祭りに参加して盛り上げたり楽しんだりすれば、聖女が行う浄化儀式の助けになる、とだけ把握しておけばOKです)
これまでのストーリーを追ってくださった方向けには、アルサーラムの町長はシェリルの護衛増員を承諾したが、弱小財政なのに人件費どうしよーってなったところで国を頼る事に決め、バルディオン将軍らはこれを承認して支援金だすけど代わりにレイウェスト派としてこっちの意向を汲んで各地を浄化していってね、あと村や町から依頼受けて浄化料取るの禁止ね、としてアルサーラムは聖女派遣仲介によるリスキーな荒稼ぎより支援金による安定を取ってこれを承諾した具合です。
ご興味惹かれましたらご参加いただけましたら幸いです。
リプレイ
青空に響く小鳥の鳴き声は美しく、降りそそぐ陽の光はやわらかく、暖かい風がゆるく吹いている。
されど地に生える緑達には生気がなかった。
活力を奪われた草原である。
しおれた草々が点々と在する荒涼たる春の草原が、見渡す限りの地の彼方まで広がっている。
そんな生命力の乏しい領域を一本の土の道が貫き、黒く艶やかに輝く毛並みの四足獣がのっそりのっそりと歩いていた。
黒い獣は輓具を身につけ、幌のついた荷馬車に繋がれている。黒獣の前進に合わせて馬車の車輪が廻り、ガラガラと音を立ててゆく。
荷台には米の詰まった袋が積まれ、御者台には頭に獣の頭蓋をかぶった銀髪の若い娘が手綱を握り腰を降ろしていた。
ストレガ・L・リベルガストラである。
褐色肌のゴブリナは赤い瞳で草原の道の彼方を見やる。
地平からは町を囲む城壁の姿が見え始めていた。
「あれがスウェッツなのだ? よしよし、もうひと頑張りなのだフォルゴーレ」
四足獣は応えるように鳴き、野太く尾を引くように長い一声を青空に響かせる。
荷馬車は草原の中に建つ町を目指し、春の道を進んでいった。
●
「へぇーい! シェリシェリおっひさ〜♪ アゲパンうぇーい☆」
鮮やかな赤色のツインテールを揺らしつつ、祓魔師の黒い制服に155cmの身を包んだエルフ娘が両手を上に掲げる。フレイヤ・サンライズだ。
「おっしさしぶりですフレちゃん先輩! うぇーい☆」
法衣に身を包んだ小柄な黒髪童女もまた弾んだ調子で言って、両手を上げるとフレイヤと両手の平を打ち合わせた。
その傍らではシェリルよりも小柄なメイド服姿の娘が、周囲に不審者は存在しないか赤眼を鋭く走らせている。狐系の人よりのハーフビースト、ベルク・オスマットである。
「シェリルさんお久しぶりです。お元気そうで安心しました!」
黎明の陽光に似た金色の瞳を柔らかく細めて銀髪のエルフ娘が微笑んだ。マリイ・パルティスだ。
「マリイさんとコルデラもお久しぶりです! おかげさまで元気にやれてます」
「それは良かった。状況も安定されたようで何よりです」
国の庇護下に入れたのはとりあえず一安心といったところだろう、とマリイは思う。
もっとも、まだまだ人手は足りないようだから、マリイも町の人たちのために、今回はできる事を精一杯しようと考えている。それは美味しいご飯を食べるためにも重要な事だった。
(ああ、誰かと思えばハヌマーンの時の被害者でしたか)
聖女と呼ばれている黒髪童女の顔を見て、青い司祭平服状の服と黒外套に身を包んだウルフヘアーの男――キーゼは以前の事を思い出し胸中でひとりごちた。
あの時はキーゼ達の活躍により死の運命は回避されたが、どうもあの猿面人の襲撃で死にかけた事が、帝国レイウェスト派の庇護下にこの童女が入るきっかけになったらしい。
再会の挨拶や初対面の人間同士の自己紹介が交わされてゆく中、
「お初にお目にかかります、シェリル様」
静謐な月光を束ねたような銀の長髪に、清らかな湖を思わせる青い瞳を持つ儚げな淑女が挨拶した。
細身ながらに女性的に豊かな曲線を帯びる磨き抜かれた白肌を持つ貴族の娘は、何処か憂いを帯びた眼差しながらも、柔らかい微笑を浮かべ澄んだ声を響かせる。
「私はレティシア・レインフィールと申します」
田舎の町の孤児院出身の十二歳の聖女は、紛う事なき上流層の空気を纏った淑女を前にして、大きな黒瞳をまん丸にし、少し怯んだように、探るように上目遣いを向けたが、レティシアのその優しそうな表情を見て、悪い人ではなさそうだと判断したか、すぐにパッと笑顔になると、
「私はシェリルです! よろしくお願いします!」
と元気に挨拶を返した。
「シェリル様の事は友人のイヴェール様がご依頼を受けられたりして気に掛けていらっしゃったので、私も一度お会いしてみたかったのです」
「えっ、レティシアさんはイヴェールさんとお友達なんですか?」
「はい。生憎、彼女は今は帰省されているのでご一緒する事は出来ませんでしたけれど……」
「イヴェールさんには以前とってもお世話になりました。お気にかけてくださってるのですね……」
黒髪童女は窺うようにレティシアを見上げて、
「……あの、もしレティシアさんがお手間でなかったら、なのですけど。レティシアさんがイヴェールさんとお会いする事があったら、シェリルが気にかけてくださって有難うございますとお礼申し上げていたと、お伝えしていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、それくらいでしたら大丈夫ですよ。今度お会いした時にお伝えしておきますね」
レティシアは穏やかな微笑のまま頷いた。有難うございます! と童女が嬉しそうに破顔し頭を下げる。
「今回の祭事はエルオンタリエのお披露目を行う良い機会では無いでしょうか」
雪のように白い髪を長く伸ばしているエルフ娘――ネーヴェ・グラヌローザが思案するように小首を傾げつつ言った。
【エルオンタリエ】とは「母なる神へ」という意味であり、現在ネーヴェ、ララノア、シェリルの三人で組んでいる歌って踊るグループである。
「ララノアさんとシェリル様はどう思われますか?」
ネーヴェが銀色の瞳を向けると。
「エルオンタリエのお披露目!」
腰まで流れる柔らかな金色の髪、ぶかぶかローブに華奢な身を包み、瓶底メガネをかけているエルフ少女――ララノアは心動かされたように声をあげた。
眼鏡娘は透明なグラスの奥から新緑色の瞳をシェリルへと向ける。
「一緒なら護衛できますし! どうでしょう?」
「良いですね! ……私、人前で舞台に立つのは、やっぱりちょっと不安ですけど、頑張ります!」
ぐっと両手の拳を胸の前で握ってシェリル。
緊張の色を見せる童女へとフレイヤは笑って。
「前に舞台やった時も上手くいったし、気楽にやれば大丈夫っしょー♪」
「……そうですね! 前も上手くいったんですし……」
とまだ不安のすべてが消えた訳ではないだろうが黒髪童女が表情を緩める。
「それでは皆様、エルオンタリエのお披露目といきましょう!」
ネーヴェが言ってララノアとシェリルが「はいっ」と頷く。
「ただ、歌って躍るなら音楽も欲しい所ですわよね……」
雪色髪のエルフ娘は顎に人差し指の先をあてつつ思案すると、銀瞳を横へと向ける。
「――ねぇキーゼさん、宜しければ伴奏をお願いしても? 気鳴楽器はお得意ですわよね」
視線を受けた黒外套の男は、淡々とした口調で答えて曰く、
「得意、というのは語弊がありますかね」
手慰み程度です、と表情もまた無のまま動かさずに言って、
「――ですが、構いませんよ」
「有難うございます!」
ぱっと花が咲くように微笑んでネーヴェ。
「よ、よろしくお願いしましゅっ」
「お願いしますー!」
ララノアが舌を噛みつつ礼をし、シェリルも笑顔で礼をした。
警護にあたっているベルクは、そんな少女達の様子を眺めつつ胸中で呟いた。
(さて、殿下派の肝いりでもある此度の興行――無事成功させて次に繋げば、殿下の肩の荷も少しは軽くできるといいのだが)
ヴィントから派遣されてきた中年騎士パウルスは、レイウェストが聖女を民の為に派遣したのだと何かにつけて喧伝しているから、聖女の浄化儀式によってこの地が救われれば、自然レイウェストの民からの支持度も上がるだろう。
民衆からの支持はレイウェストの確かな助けとなる筈だ。
しかし――それは同時に聖女が儀式に失敗した場合、逆にレイウェストへの評判に悪影響が及びかねなかったから、失敗はできないぞ、とベルクは気を引き締める。
故に、
「――此度のような催しは二度目の参加となりますが、あの時のアウストラリス村も今ではお嬢様の儀式が功をなし実りが戻りつつあるとか」
メイド姿の獣人娘は言った。
「此度もお嬢様の皆を思う気持ちは、大地のカミサマへと届くことでしょう」
その声が少し大きかったのは、周りの町の人々にも実際に前例があり成功していることを教える為で、
「はいっ! 必ず届きます!!」
この幼い聖女がその事に察しがついているのかいないのかは外見からは窺えなかったが、シェリルは笑顔で強くベルクへと頷いてみせたのだった。
●
他方、トーラはヴィントから派遣されてきている帝国騎士パウルスと交渉していた。
交渉相手にパウルスを選んだのは、最も予算を引っ張ってこれそうな人物だったからである。聖女も町も貧乏だ。国が裕福とはいわないが、金を出せる可能性を持っているのはそこくらいだ。
その交渉内容は困窮している人々向けに無償の炊き出しをさせて貰えないか、というものだった。
「無償?」
騎士が眉間に皺を寄せる。
赤髪赤瞳のハーフリング少女は訴えかけた。
「はい。お腹が空いている人はお祭りどころでは無いのではないでしょうか? 大地の神様が賑やかな事が好きなら、皆さんが心から楽しんでお祭りに参加して貰える工夫が必要だと思うんです」
「うーーーーーむ……それは確かに一理ありますが……無償……ですか」
中年騎士は腕を組み悩んでいる。
やはりタダで飯喰わせろ、その為の金は国の財布から出せ、というのは、目的の為とはいえ厳しいらしい。
「……駄目でしょうか? お粥くらいのちょっとしたもので。どうして無理でしたらなるべく安価での提供が出来たらと」
「う~~~~~~~ん」
ヒゲ男は悩まし気にうんうんと頭部を上下に振って考えていたが、
「――……まぁ、困窮者を優先してそこまで大規模にやるのではないのでしたら、良いでしょう!」
わりと思い切った決断をくだしたようだった。
カイゼル髭を撫でつけつつ中年男曰く「治安にも良い影響がありそうですしな」との事。困窮した人間が万一暴れて刃傷沙汰でも起こした場合、その方が高くつく、と判断したらしい。
「わ、有難うございます!」
「ただ、条件はあります。炊き出しを配る際には、必ず都市ヴィント及びレイウェスト殿下からのお慈悲であると伝えてください」
どうやらパウルスは炊き出しも、どうせだからこの際ついでに、レイウェストとヴィントの評判を上げる為に利用したいらしい。
「はぁ、なるほど……わかりました」
トーラとしては炊き出しが無償で出来ればそれで良かったので、帝国騎士パウルスから出された条件を呑んだ。
「考えてみれば、むしろこういう福祉こそ国がやっとくべき事なのかもしれません。有難うにござる」
「いえいえこちらこそ、ご協力に感謝です」
という訳で両者は握手をかわし、やがて祭の開催日がやってきた。
トーラは会場の片隅で、他の屋台の邪魔になるべくならないように、あまり腹持ちしない粥を提供していた。
しかし、特に貧しそうだったり、困窮している様子の人々には、こっそりと大盛りにしてあげていた。
「はいどうぞ」
今も十歳そこそこ――十二歳程度だろうか? の痩せた小柄なツギハギの服を着た貧しそうな少年達がやってきたので、大盛にして粥を渡してやると彼等は貪るように食べ始めた。
その様子を一瞥してから『南部鎮守都市ヴィントとレイウェスト殿下からのお慈悲です、よろしく!』とデカデカと書かれた看板と共に置かれている大鍋の前で炊き出しを続けつつ「少しでもお祭りの恩恵を感じて貰えると良いな」とトーラは思ったのだった。
●
子供が不安な顔のままじゃ、大人だって楽しめないでしょう。
ロゼットとしてはそう思う。
「さ、アリッグ。ケーキの生地を作るわよ。忙しくなるわ」
祭会場に設置された屋台にて。
絹糸のように滑らかな金色の長い髪を、後頭部で一本にまとめて青紐で結い上げながら若き女神官が微笑する。
アリッグ・レイダーは笑顔をロゼットへと向けて、
「頑張ります!」
と頷いた。
茶色の髪と青色の瞳を持つ身の丈120cmの小柄な青年だ。
ハーフリング故に若く見えるが、実年齢は21歳である。
ロゼットとアリッグの二人は、町から分けて貰った小麦粉をそれぞれ大き目の器に入れた。
町で今朝とれたばかりだという鶏の卵も割って同じく器の中に投入、白い粉の上にオレンジ色の卵黄と透明な白身が落ちてゆく。
ロゼットとアリッグは木製のフォークを器の中に入れて動かす。
粉と卵を掻き混ぜ、牛乳を加え、さらに勢いよく混ぜ合わせてゆく。
「わ、ロゼットさん手際良いですね!」
しゃこしゃこと軽快に、白とオレンジ色とを器内で踊らせるように、ロゼットはフォークを動かしている。
アリッグはそんな女神官の手元を見やり称賛の声を発した。
「あら、ありがとう」
ふふっと微笑して金髪娘。
「パンケーキとか良く作られるんですか?」
そんな会話を交わしつつ二人は、さらに溶いたバターを入れ、ダマがなくなり滑らかになるまで混ぜ合わせた粉をフライパンの上に注いでゆく。
フライパンを操って火の通りを調整しつつ、ふわっふわっになるように焼き上げたら、木皿に移し、バターを乗せ、はちみつをたっぷりとかけて完成だ。
ロゼットとアリッグの屋台ではパンケーキの他にも水とレモンの果汁、そして蜂蜜を混ぜた蜂蜜レモンも作製して並べていた。
「皆さん、甘いものでも食べてリラックスしましょう!」
アリッグは持ち前の演技力で明るさを前面に出し、子供や甘いものが好きそうな人、落ち込んでいる人を洞察して呼び込んだ。
「わぁ、ふわふわっ!」
「おいしー!」
一見では少年に見えるアリッグの呼び込みにつられてやってきた少女達がパンケーキを頬張り目を輝かせた。
「ふふ、美味しかったら友達にも教えてあげてね」
「……うんっ! 教えるねっ!!」
ロゼットが微笑んで言うと少女はパンケーキを飲み込んでからコクコクと頷いた。
「これ甘酸っぱくて美味しいね」
「元気になる気がするっ!」
少女グループは蜂蜜レモンを飲んでわいわいとそんな感想を洩らしつつ、ごちそうですーとロゼットとアレッグに礼を言って去っていった。
●
角と爪、頭に白い体毛を持つ赤鱗のリザードマン、サイラスは沢山のポークパイを制作し祭会場へと持ち込んでいた。
しっかりとした食感を出す為にブロック肉を包丁で荒みじんに刻み、玉ネギや卵、セロリらと混ぜ。小麦粉、卵黄、ラードなどを練って作った生地で包み焼き上げ、よく冷やして固めたものである。
他の多くのパイと違いポークパイは冷やして食するものだった。
サイラスは屋台の棚にポークパイを陳列しつつ、他にも素材に拘りソースに工夫を加えたテリーヌ、果物の果汁で整えた野菜ゼリーなどを制作してゆく。
また大きな鍋に油を入れて刻んだニンニクと唐辛子を炒めると、パスタの茹で汁を加えてソースを調整し、さらに大量のパスタを豪快に入れてソースと絡めてゆく。ペペロンチーノだ。
さらに肉の塊をケバブにして調理し、店頭で切り分け、人々の目を惹いてゆく。
「とくとごろうじろ!」
サイラスは注目が集まって来ると鳥獣戯を使用して魔獣を出現させ人々の度肝を抜いた。
興味を惹かれた町の人々はサイラスの屋台へと集まってきて次々に料理を購入してゆく。
「冷えてるけど美味しい!」
「このゼリーあまーいっ」
「やっぱ肉だな!」
味の方もなかなか評判でサイラスの屋台の周囲に人だかりが出来てゆく。
そんな中、茶色の髪の華奢で小柄な体格の少年が、肉が焼ける旨そうな匂いに釣られやってきた。
ダムド・フィリスである。
少年はサイラスの屋台でケバブの串を購入すると齧りついた。
特性のタレがかけられ四角形に切られた熱々の肉にかじりつくと、ぷりぷりとした弾力と濃厚な旨味が口の中に広がった。
(……美味い!)
焼きたての肉串を堪能しているとダムドはふと屋台から少し離れた箇所で十歳そこそこ程度の薄汚れた服に身を包んだ少年達がじっと屋台の料理を見つめている事に気づいた。
(……何年か前までは、そうだったな)
自分も。
金がないから、祭は離れて見ている事しかできなかった。
「なんだお前ら……腹減ってるのか?」
気づけばダムドは少年達に声をかけていた。
ダムドは最近は仕事をするようになり金に余力がある状態だった。ありがたいと思う。
だが空腹の辛さは忘れていなかった。
ダムドはかつてスラムで生きていた。
いつも腹を空かせていて、それでも恥ずべき生き方はしたくないと意地を貫き生きて来た。
空腹の辛さは良く知っているから、放っておけなかった。
少年達は声をかけてきたダムドの方を振り向き、顔を歪めて見上げてきた。
その瞳には強い警戒の色が宿っている。
「そう警戒すんなよ、怪しいもんじゃない。自分も昔は喰うのに苦労してたんだ……だからよ、腹減ってるなら、何か喰うか?」
買ってやるよ、とダムドが持ちかけると、少年達の瞳の色が複雑に変化した。
「あ……ほ、ほんとに?」
少年の一人がダムドへと一歩踏み出した瞬間、傍らの少年がその少年の頭を叩いた。
「馬鹿っ!」
「いらねぇっ! 気持ちだけ貰っとくよっ!!」
また別の少年がダムドへと吐き捨てるように叫んで、まだ未練がましそうにサイラスの屋台とダムドを見比べている少年を別の少年と二人で引きずるようにして引っ張りながら、路地の奥へと駆け去っていった。
「……喰えるチャンスは無駄にすんなよ」
複雑な感慨を胸に抱きつつ少年達の背を見送りダムドは呟いた。
それで生きるか死ぬかが別れるかもしれないのに――と思いつつも、かつてスラムに生きていたダムドは、善意に見せかけた毒が世に溢れている事を知っていたから、彼等が警戒する気持ちはわからなくもなかった。
そして、おそらくあの少年達の心の中にあった、施しを受ける事へと反発する意地も。
「……痩せたチビにもプライドはある、か」
昔日の己を駆け去っていった少年達の背に重ねつつ、なかなか思うようにはいかんもんだな、との思いを抱きながら半獣少年はケバブの串を齧りつつ再び町を歩き出したのだった。
●
「エーテル浄化というものがよくわからなくて不安なのはよくわかる」
ストレガは屋台にやってきた客達――町の人々を前にして語っていた。
「まだ研究段階で曖昧な能力故に劇的に回復するというわけではないが、確かに土地のエーテルが回復の方向に向かうのを我々は確認しているのだ」
本当なのか、という問いかけにゴブリナは頷き。
「本当なのだ。そしてレイウェスト・バルダス殿下は帝国の民を見捨てはしないのだ。私も米を運んできた。握り飯は腹持ちがいい。ひとまず今日は食い溜めしていくといいのだ」
と、手を広げて屋台の棚を示した。
そこには朝も早くから米を焚いて作られたお握りが並んでいた。
塩のお握りと醤油で焼いた焼きお握りである。
「ちなみに具材になるものが欲しければあっちの屋台とかから頂くとよいのだ」
とサイラスがやっている屋台を指差した。
ストレガの屋台で握り飯を購入した町人達はその足でサイラスの屋台でケバブ等を購入して合わせて食べ、美味な組み合わせに舌鼓を打ったのだった。
●
信仰だとか帝国の威信だとかその辺の事情は判らねえが……俺は俺の出来ることをやるだけだ。
かき上げた銀髪、目付きの悪い金の瞳に眼鏡をかけた長身痩躯の青年は胸中で呟いた。
リンタロウ・イナバである。
彼は口調と態度こそぶっきらぼうだが客の喜ぶ顔を見るのが好きな根っからの商売人だった。
「さぁいらっしゃい。気になるモンがあるなら見ていってくんな」
出張金糸雀堂として町の路傍にて敷物を広げ、安く仕入れた中古の玩具や文房具、アクセサリーなどを並べる。
中古とはいえ見た目は美しく質も確かなものを選んだ。
三方良し――店良し客良し世間良し――の心得に基づき客に満足して貰えるような商売をする為だ。
その為なら、多少の手間などリンタロウにとってなんでもなかった。
(こういう場で買うのは物だけじゃない。思い出も買っているんだ)
そう思う。
何より金糸雀堂の信用にも関わる。
下手なものは売りつけられなかった。
「あら、これ綺麗ね」
田舎の小さな町では外からの商品というのは珍しいものだ。
祭で人出が多いという事もあって、たちまちのうちにリンタロウの露店に人が集まって来る。
「お目が高いな。そいつは遥か東のシャルガネっつう所で作られた逸品だぜ。お前さんの髪には良く映えるんじゃねぇか? 美人が五割増しになるぞ」
「あらやだ、お兄さんお上手ねぇ。それじゃ一つ貰おうかしら」
「まいど!」
ほほほと笑う婦人に東方の髪留めを販売し代金を受け取る。
「なーなーにいちゃんこっちのこれはなんだ?」
「あぁそれは南の方の魔除けでな――」
そんな調子でリンタロウは集まった客達へと、ぶっきらぼうな口調ながらも、満足と思い出をもたらす接客と共に、仕入れた商品を譲ってゆくのだった。
露店の売れ行きはなかなかのもので、リンタロウは今回の商売でかなりの利益を上げたという。
●
町の中央広場に築かれたステージの上。
190cmの長身を細く鋭く鍛え上げた金髪碧眼の青年が、剣を手に演武を行っていた。
レイウェストより叙任を受けた帝国騎士アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトである。
手にしている剣は、死してなお発熱するバイアーディスの火炎袋で精錬されたダマスカス鋼を用いて作られた大太刀だ。
アルベルトより発せられるエーテルに呼応して、刀身より赤い光を鬼火のように立ち昇らせている。鋭く振るわれる大太刀の軌跡に沿い赤い残光を宙に鮮やかに描いてゆく。
「オオッ!!」
裂帛の怒号が空気を振るわせる。黒騎士は大太刀を両手で握り振り上げ、身を捌きつつ腕を操り大太刀を大きく勢い良く旋回させた。
∞の字を描くかのように、赤光の軌跡を描きながら、大太刀が連続して力強く振られてゆく。
刀身はまさしく高速駆動する風車の羽の如く、アルベルトを軸にしてその身の左右を休みなく回ってゆく。
「ハァッ!!」
ブロンドの黒騎士より再度裂帛の気合の声が発せられる。大太刀は身体の正面でピタリと止まった。
張り詰めた空気のまま残身を取り、大太刀を鞘に納め一礼すれば、観客達から盛大な拍手が贈られたのだった。
●
アルベルトの迫力と緊迫感に満ちた演武が終わり、続いてステージ上に一人の銀髪の少女が現れた。
民族的かつ部族的な衣装に褐色の肢体を包む狼のハーフビーストの少女だった。
イーティルである。
――賑やかなのが好きな神様か。なるほどそれならば確かに、人々を心から楽しませなければならないねえ。
大地の底を巡る神々の話を聞いた時、イーティルはそう思った。
祓凶の儀式によって呼ばれる神々は人々の活気に惹かれて集まって来るのだと。そして大地再甦の願いに応えるのだと。
――それじゃあ、皆が楽しめるように私たちが率先して楽しみ、そして楽しませて祭りを盛り上げようじゃないか。
狼の少女は足を左右に開き身体を傾け空へと向かい腕を翳した。
太鼓の音が鳴り響き始め、その躍動的なリズムに合わせてイーティルは足踏みするように両足を動かし、褐色の豊満な身を揺らし始める。
イーティルの出身地で祭事の際によく踊られていた踊りだった。
砂漠地帯の踊り子達の舞いと荒野の部族の踊りが融合したかのような複雑な踊りだった。
流麗さと艶やかさ、躍動感と荒々しさを兼ね備えた舞いに観客達から歓声があがってゆく。
白く長い髪を揺らしながら回転し、腕を交差させながら青い瞳で流し目をくれ、ぴたりと制止して舞いの最後を飾れば、周囲の観客達より指笛の音と共に盛大な拍手が贈られたのだった。
●
「国の行く末を決めるのは偏に民の心よね」
アウレーリア・フォン・ネーベルベルク、赤いフード付きの外套に華奢な身を包んだ金髪緑瞳の十五歳の少女は青空の下、草原の町の祭会場を歩きながら呟いた。
帝国もヴィントを中心に物的に復興が進んできている地域もあったが、行く末が明るいものになるかどうかは未だわからない、と思う。
「というと?」
傍らを歩いている麗しい銀色の髪の若い女が蒼色の瞳を赤フードの少女へと向けた。
アウレーリアの師にして従者もつとめているナタリア・フィッツジェラルドである。173cmの女性らしい起伏豊かな身を動きやすそうなパンツルックに包んでいる。
「住む者の心が荒んでは、どんな富も恵みも助けにはならない」
だから祭の開催は全く正しい判断だと思うわ、とアウレーリアは言った。
「なるほど」
弟子にして主君の言葉にナタリアは頷く。
レイウェスト派が民の心を安んじてその支持を集められるなら、レイウェストが象る国は盤石だろう。逆ならば、脆い。
「その為にも浄化の儀式、上手くいくと良いですね」
ナタリアに似た銀髪蒼瞳の青年が言った。弟のキリアン・フィッツジェラルドである。
「話によれば儀式の成功には祭を盛り上げる事が必要なのだったか。祭りで芸を披露する事で盛り上げるのなら、客として代金片手に出し物を楽しむ、物を買う、これもまた、この場を盛り上げるのに必要な事だろう」
ナタリアの言葉にアウレーリアが頷き、
「そうね、今や帝国風の食事を口にする機会も少ないし、今日は思いきり楽しみましょう」
「わかりました!」
とキリアンが破顔した。
かくてアウレーリア、ナタリア、キリアンは三人で草原の町の祭を巡った。
屋台では馬乳酒を購入し、その乳白色のさらりとした液体の、強いコクと酸味と苦味とを味わいつつ、羊肉の串焼きも購入して合わせて食べた。
アウレーリアはかつての帝国の他所で飲食した馬乳酒よりも味が少し薄く、羊肉も弾力にやや欠けているような気がしたのでそれぞれの店の主へとそれとなく尋ねると、
「今年は馬の乳の出が悪くてねぇ」
「痩せ気味だよ羊も」
との返答がかえってきた。
大地の力の衰えによる草木の減少は、それを食む家畜達にもやはり強い影響を及ぼしているらしい。
屋台巡りを楽しみつつも、そのように出来高に気を遣るのは、かつて「大平原に門番あり」と謳われたネーベルベルク伯爵家の令嬢としての最早習性であった。
飲食の屋台だけでなく三人は特産の羊毛の織物を扱っている出店も訪れた。
キリアンは店主と材料の羊毛の基となった羊はどういう性格で、どういう環境で育ったのかなどを店主の気分を盛り上げるように礼儀正しく話している。
羊はこの町の周囲の草原で放牧されている、のんびりとした性格の良い羊らしい。
そんな解説を店主から聞き、キリアンと相談しながらも金髪少女は色鮮やかな柄に染められた民族衣装を選ぶと、華奢な身に纏ってからくるりと回ってみせた。
「良く似合ってるぞ」
「ナタリアもね」
銀髪娘もアウレーリアとキリアンの監修のもと選ばれた羊毛の民族衣装に袖を通していた。普段の服装よりもかなり可愛らしい村娘じみた雰囲気の衣装だ。
――今後もこうした祭りの機会が増えると良い、いや増やしたい。
そういう時に伝統衣装を着るのも良いかな、とお洒落を楽しみつつアウレーリアはそんな事を思ったのだった。
三人は民族衣装を購入し羊毛店を後にすると城壁の外へと向かった。
外の草原では流鏑馬大会が開かれていると聞いたからだった。
●
蹄鉄が大地を蹴る音が響いている。
矢が鋭く的に突き立つ音が響いている。
人々の歓声が聞こえた。
草原では流鏑馬――馬を疾走させその鞍上より弓矢を放ち的を射る大会が行われていた。
(安定しない状況から祭り、という不安は理解できるものですね)
白鱗のリザードマン、アクティオンは胸中で呟いた。町の一部の人々の不安は彼としてはわかるものだった。
「しかし……やると決めた以上はやりましょう」
茶色のフードと緑外套に身を包んだ男は弓を手に葦毛馬の鞍に跨り、流鏑馬の開始地点で待機している。
己の取柄と言えば弓ぐらい、というのが自認だった。
馬も弓も貸し出されたものである。その弓は照準が狂っているとの噂で、それが事実であるなら扱いが非常に困難そうな代物であった。
「はぁ~じぃ~めぇ~~~!」
係員の独特の声と共にアクティオンの番の開始が告げられた。
白鱗のリザードマンは気合の声と共に馬の腹を蹴った。葦毛馬はそれに応えて地を蹴り勢い良く駆け出す。
草原を蹄鉄の音を響かせながら四足獣が走り、風がうなる。見る見るうちにコース上、左手側に備えられた的が迫って来る。
アクティオンは激しく揺れる鞍上にて、卓越した感覚でバランスを制御しつつ上半身を左へと捻った。弓身の右側へと矢を添えながら月が満つるかの如くに引き絞ってゆく。
――迫る的へと大まかに狙いを定め、撃ち放つ。
空を裂き鋭く矢が飛ぶ。
矢が的に突き立ち快音を響かせる。
馬が大地を蹴り土煙をあげながら疾走してゆく。
的に突き立った矢は、狙った中央から大きく外れていた。
弓の照準の狂いが強く影響している。
だが、
(ずれはこの程度――)
弓の照準が狂っているのは織り込み済みだった。
アクティオンは超人的に鋭い視覚で注意深く初射の結果を観察し、またそうする為にタイミング早めに射撃していた。
次の的が迫って来る。
白鱗のリザードマンは風の腕にフードを跳ね上げられ、外套を暴れさせながら、弓に次矢を番え、放った。
一閃。
春の日差しを受けながら鏃が煌き、的のど真ん中に突き刺さった。快音が蒼空へと吸い込まれるように響いてゆく。観客達がどよめく。
(――ラスト!)
極限の集中力を保ったまま三射目、白鱗のリザードマンは鞍上より上半身を捻り、三の的の側面をすれ違うように駆け抜けざま、矢を放つ。
錐のように旋転しながら空気を裂いて矢が飛び、狙い違わず三の的の中央へと突き刺さる。
かくて、アクティオンは初撃こそ弓の照準の狂いによって中央から外れたものの、その狂いの度合を素早く観測して修正し、二の的、三の的とど真ん中を射抜いて、非常に高い得点を叩きだしたのだった。
その後、屋台巡りを終えたダムドが流鏑馬に挑戦した。
こちらは馬は見事に乗りこなしたが弓の照準の狂いに苦戦し、三射目には修正してきたがアクティオンを超える得点は出せなかった。
「愚弟よ。君の芸の腕、見せて貰おう……弓矢の質はさておき、心技体は鈍ってるんじゃないだろうね」
銀髪の美人がよく似た雰囲気の銀髪青年を睨んでいる。傍らには赤いフードの金髪少女が立っていた。
ナタリアとアウレーリアとそしてキリアンの三人組である。
「……勿論ですよ!」
弱気は見せぬよう声を張り笑顔で答えて鞍上の青年。
「頑張って」
「はい! 全力を尽くします!」
美女二人の応援を受けつつ馬を歩かせスタート位置につき、合図を待つ。
(ここは僕の格好いい所を示せるチャンス……!)
そう意気込みつつ、開始の合図と共に馬を駆け出させる。
キリアンは狩猟の超達人である。そして狩猟というのは弓も使う。授恵者としてはシューターであり、帝国軍弓兵でもあった経歴から弓の扱いはお手の物だった。
しかし、
(くっ……馬の揺れが……!)
荒れた草原を疾走する馬の背の上は非常に良く揺れた。
弓騎兵に必要な技能は徒歩弓兵の領分だけでは賄えない。
それでも卓越した弓の技量で以って一の的へと向かいキリアンは矢を放ったが、この弓矢の照準が大いに狂っていた。
的確に中央を狙った為、なんとか的には命中したが大きく端へと逸れてしまっている。
(これは……まずい!)
一筋縄ではいかない事を悟り焦燥が込み上げてくる。
二の的が迫って来る。
(――なんのっ!)
キリアンはともすればパニックになりそうな心を制御し、的を睨んだ。
どんな状況でも全力で戦い抜き、最善を尽くすのが武官の務めであると心得ている。
劣悪な環境下にあったが、冷静さを保ち二の的で修正し、三の的では見事中央を射抜いて快音を響かせ、周囲の観客達から歓声と拍手を浴びたのだった。
●
「流鏑馬大会は射手としては気になるのでぜひ頑張りたいですね。乗馬の経験は少し乗ったことがある程度なのでどこまでできるかは分かりませんが……」
と語っていたマリイも流鏑馬大会へと参加していた。
その話を聞いてシェリルらが観戦と応援の為にこっそりと正体を隠して観客達に紛れやってきている。
レティシア曰く、
「シェリル様のお務めと人々の為に尽くされる姿勢、それはとても素晴らしいものかと存じます。ですが貴方もまた一人の少女なのですから、少しの間だけ、ただのシェリル様としてお祭りを楽しんでみては如何でしょう」
という事で、それならマリイが流鏑馬してる所を見たい、とシェリルが答えた為、城壁外の流鏑馬会場へと出て来たのである。
レティシアが変装スキルを活用してフード付き外套らを用いてシェリルを変装させた為、周囲にはバレていない様子だった。
レティシアの知人の子「リル様」という設定である。
「いや私シスターだけどそもそも教会でするよーな事殆どしたことないしw リルリルは真面目で偉いな〜って思うよ」
フレイヤがシェリルの傍で流鏑馬を観戦しつつ、サイラスやストレガの屋台で購入した串焼きとお握りを食べつつ言った。
「そうでしょうか?」
と小首を傾げる童女に「マジマジ☆」と笑って答える。
もしフレイヤがシスターっぽい事を手伝うとしても、フリだけでおわる自信があった。
「そなたの方はもう少し役割を真面目にやってはどうだ」
今も双波で周囲に不審者がいないか警戒している護衛仲間のベルクが言う。
「お祭りなんだからこんくらいで良いんだってー」
串肉をもぐもぐとしつつ「ベルクも食べる?」と一本を向けると「いらぬ」と返される。
フレイヤ達が観客に混じってそんな事をやっている一方、
(この狙いの定まらない弓も木の枝でささっと作った弓よりは言うことを聞いてくれる筈)
銀髪エルフ娘のマリイはスタート地点の鞍上にて、手にした弓へと視線を降ろしつつ胸中で呟いていた。
マリイさんがんばれーとシェリルから声援が飛んで来たので顔をあげ、片手を振って応える。
「はぁ~じぃ~めぇ~~~!」
やがて係員の独特の声が響き渡り、マリイは跨る白馬に拍車を入れて駆け出させた。
馬はぐんぐんと速度を増し、マリイの滑らかな銀髪が風に吹かれて靡いてゆく。
一の的が近づいて来る。
エルフ娘は金色の瞳で的を睨みつつ、鞍上で上半身を捻り弓に矢を番え撃ち放った。
馬の揺れと弓の照準の狂いによって狙いが大幅に逸れた矢が的の端に突き立つ。
すぐに二の的が迫って来る。
(この弓の癖は……!)
先程の射撃から狂いを割り出しつつ再度弓に矢を番え、疾走する葦毛馬の鞍上より弓矢を撃ち放つ。
女エルフが狙いを修正して放った矢は、快音を響かせながら的に命中し、さらに修正して三射目には見事に的のど真ん中を射抜いた。
だが、二射目は僅かに中央からは逸れており、アクティオンの点数には届かず、優勝はアクティオンで決定された。
「惜しかったですね。でも準優勝ですよ、すごいです!」
とマリイはシェリル達から拍手を受け、優勝者のアクティオンもまた場の一同から拍手を贈られつつ、係員から優勝の栄光を示す賞品である羊毛のマントが進呈されたのだった。
●
他方。
「行きましょうか」
明るい茶髪に濃い青眼の十六歳のエルフ少年――エヴァン・ピオネロが微笑し両腕を伸ばしていた。
「うんっ!」
薄めの緑の瞳を柔らかく細めて笑い、身長100cmとハーフリングの中でも特に小柄な少女がエヴァンの腕に抱きあげられる。アルマ・ヴァレンタインである。
小人族の少女は落ちないようにエヴァンの首に腕を回しつつ身を預ける。
二人は身長差があるのでデートの時は何時もこうであるらしい。
曰く、
「小さい声も聞き逃しませんしずっと一緒に居られます」
「こうやって近くでお話できるしスリスリして甘えたりもできるし。このポジションはいい感じだよー」
との事。
エヴァンは16歳のエルフの少年で164cmの身の線は細かったが、さすがの授恵者であり、アルマ一人をずっと抱えていても問題がなかった。
そんな訳でアルマは安心してエヴァンにしがみついて頬をスリスリとしていた。
ロゼットとアリッグがやっている屋台へとやってきてパンケーキを購入。
「はい、あーん」
アルマは皿を手に持ちつつ、切り分けたパンケーキをフォークで差して両手が塞がっているエヴァンの口元へと運んでやった。
エルフ少年が恋人から差し出されたバターと蜂蜜がたっぷりとかけられたパンケーキに齧りつき食すると、ふわふわのそれはとても甘かった。
「おいしいです」
エヴァンは微笑むとアルマを片手で抱き直し「貸してください」とフォークを空いた手に借りると「あーん」とアルマの口元へとパンケーキを運び返してあげた。
エヴァンの腕の中でパンケーキを頬張りモグモグと咀嚼し飲み込んだアルマは「あまーい」と歓声をあげた。
その後、蜂蜜レモンを飲んでストレガの屋台でお握りを購入、サイラスの屋台のポークパイやテリーヌ、ペペロンチーノにケバブもあわせてたいらげつつ、他の串焼き屋やピザ屋、麦酒屋や乳製品屋など屋台のすべてを制覇する勢いで食べつくしてゆく。
アルマはちっこいがよく食べるのである(どこに食べたものが消えているのだろうか)
物理的な意味でも『見えない胃袋』を持っているに違いない。
二人は飲み食いしつつアルベルトの演武に固唾を飲み、イーティル、フレイヤの舞に拍手しつつ、マリイと白狼が繰り広げる愛らしさと癒しと楽しさが溢れるコメディチックな手品に歓声や笑い声をあげた。
「笑う門には福きたる、ですね」
「なにそれー」
「陽の心は自然と幸運を呼びこむ、という言い伝えです」
エヴァンはアルマへとそう説明した。
思う。
神へ今こうして生きてる事を感謝して、どれくらい嬉しいかを笑顔に変え伝えるのがお祭りだと。
一緒に食べ歌い、来年もまた大地の神と共に。
自然の洗礼を乗越え生きる力を付けようと。
「辛い事があっても、楽しみがあると頑張れるものです」
とアルマを見つめてエヴァンは微笑んだのだった。
●
「ふふ。いつ何時、機会が巡るかは分かりませんでっ」
ララノアは楽しそうに笑うと薄黄色の薄いショールをシェリルの肩にかけ。
「こんな事もあろうかと、密かに用意してましたの」
ネーヴェもまた片目を瞑って黄色い花のコサージュをシェリルへとつけた。
「わぁ……ありがとうございますっ!」
黒髪童女は嬉しそうに破顔した。
ララノアは薄緑色の薄布のショールを纏い、緑花のコサージュをその身につけ。
ネーヴェは薄青色の薄布のショールを纏い、青花のコサージュをその身につけている。
三人は揃いの純白のワンピースに袖通し、それぞれ色違いのショールとコサージュで身を飾った。
キーゼはというと女性陣を主役に立てて自身は裏方に徹するつもりらしく、いつもの黒外套姿だった。
四人は観客達に見つめられる中、ステージへと登り中央へと進み出た。
「エルオンタリエ……幸せの祈り歌……母なる神へ、そして皆様へ!」
ララノアは集まっている町の人々を見渡すと声を張り上げる。
以前は形見の眼鏡らがなければ心の平静が保てなかったが、今は素顔でも平気になった。
キーゼが手にした小型の気鳴楽器に口をつける。
ハーモニカだ。
表面の文字が掠れた使い古された感のあるそれは、息を吹き込まれると郷愁を誘うような独特の美しい音色を奏であげてゆく。
白い衣と薄い緑、青、黄のショールを纏ったララノア、ネーヴェ、シェリルが奏でる音楽に合わせて動き出し、歌声を響かせてゆく。
主旋律をララノアとシェリルがユニゾンして歌う。
ネーヴェが音階をずらして歌いハーモニクスを形成してゆく。
三人は神事の巫女達のごとくに舞い、薄布のショールと純白のワンピースの裾がふわりと躍った。
「さぁ、手拍子を! 皆様もどうぞ、私達と共に歌い、踊って下さいまし」
曲が盛り上がって来た所でネーヴェが両手を大きく振るいながら観客達へと呼びかけた。
「いぇーっ!」
観客の中にいるアルマ、エヴァン、フレイヤ、ツェツィーリアらが楽しそうに声をあげて手拍子を開始し、周囲の観客達もそれに釣られて手拍子し身体を揺らし始めた。
「共に歌い、踊り……大地に祈りを届けましょう!」
ララノアは笑って両手を広げた。
「あなたも、一緒に踊りませんか?」
ネーヴェは伴奏しているキーゼへと微笑して手を伸ばした。
盛り上がってる所で唐突に曲が消えたら大事故なので、どうしたものかと一瞬迷ったキーゼだったが、
(まぁ伴奏しながら踊れば良い事ですね)
片手でハーモニカを保持しつつ、片手で恋人の手を取り、リードされるままに踊り始める。
なかなかハードな肺活量と脳内処理能力が必要な事態になったが、黒外套の男は涼しい顔であった。
「あら、さすがにやりますね」
ネーヴェは笑うと踊りの勢いを加速させた。舞踏の超達人たる雪色髪の女が軽やかに高速でステップを踏んでゆく。
キーゼは伴奏を保持しつつ崩れる事なく、遅れる事なく、ネーヴェの動きについてゆく。
曲芸の一部だとでも思ったか、それを見た観客から拍手が巻き起こってゆく。
「ふふ、ネーヴェ様方も楽しそう」
間奏に入った時、ララノアは二人で踊るネーヴェとキーゼの姿を見やって微笑んだ。
踊りを続けながら軽くステップしてシェリルへと近づくと、
「シェリル様、私達も負けられませんねっ」
言って手を伸ばす。
「はいっ!」
シェリルは笑ってララノアの手を取ると、その腕の導きに合わせてその下でくるっと独楽のように一回転した。長く艶やかな黒髪と薄黄色の薄いショールがふわりとなびく。
ついでにとばかりに帝国騎士パウエルの姿を探したが、彼は近くにはいないようだった。
ララノアは思う。
大切なのはこの場に生きる人々だと。
それは忘れないで欲しいと。
――皆の祈りが届きますように……
やがて曲が終わり、ステージ上の四人が一礼すると観客達から万雷の拍手と歓声が響いたのだった。
●
(祭はなかなか盛り上がっているようだな)
アルベルトは屋台を巡り購入した串焼きに齧りつきつつ胸中で呟いた。
(この分ならば儀式は成功するだろうか……?)
帝国騎士として大地の再生を願った。
やがて陽も地平の彼方へと沈んでゆき、黄金と紺碧とが混ざり月と星の姿が見え始めた頃、祭りの終わりにフレイヤは、宵闇の空へと火球を発射した。
轟音と共に直径15メートルもの範囲内を焼き尽くす紅蓮の火炎の華が荒れ狂う。
しかし、
「……なんか、思った程綺麗に爆発はしないね」
驚いている周囲を他所に少々不満気にフレイヤは言った。
「え、そうですか? 十分派手だと思いますけど……フレちゃん先輩どんだけ派手に爆発させたかったんです?」
傍らのシェリルが小首を傾げる。
フレイヤは答えて言った。
「えーw シェリシェリ最低でも100メートルくらいは欲しくないー?www」
するとかつてフレイヤの教育を受けた聖女は吹き出した。
「うはw ぱないwww エーテル壊れるwww まぁ微力ですけどw 私もお手伝いしますねwww」
「うぇーい!w ありがとー☆」
そんな事をきゃっきゃと笑って言いつつシェリルも空へと範囲魔法を連続して放ち、フレイヤもまた火球を連続して放っていって、シェリルと二人で祭の終わりの夜空を魔法の光で彩った。
「リル様もそういう風なお言葉をお使いになられるんですね」
レティシアが少し驚いて言うと、
「はい、まだまだつたないですけど、ある程度喋れるようになりました! 楽しいです!」
と聖女はきゃっきゃと笑った。
おそらく、他人から影響されやすいお年頃と性格なのだろう。
●
「やれやれ、なんとか捌ききれたわね」
閉会後、屋台の後片付けをしながらロゼットが息をつき、
「お疲れ様でした!」
ストレガとサイラスの店でお握りとケバブを買って来たアリッグは、今回一緒に行動してくれたことの感謝と共に差し出した。
「ありがと。こちらこそね」
ロゼットは笑顔で受け取るとお握りとケバブを口に運び、疲労した身に染みわたる旨味に「あ、美味しい」と呟いたのだった。
それから一晩、アルサーラムの聖女シェリルはエーテル浄化の儀式へと取り掛かり、そして夜が明けると、スウェッツの町とその周辺の草原にて、萎れていた植物が甦り、瑞々しい緑を春の朝陽に光らせていた。
スウェッツの町での今回の儀式は成功した。
この結果を受けてスウェッツの町の人々はアルサーラムの聖女を称え、そしてそれを遣わした都市ヴィントと皇子レイウェスト・バルダスの名声と、それらへの支持を大幅に上昇させたのだった。
されど地に生える緑達には生気がなかった。
活力を奪われた草原である。
しおれた草々が点々と在する荒涼たる春の草原が、見渡す限りの地の彼方まで広がっている。
そんな生命力の乏しい領域を一本の土の道が貫き、黒く艶やかに輝く毛並みの四足獣がのっそりのっそりと歩いていた。
黒い獣は輓具を身につけ、幌のついた荷馬車に繋がれている。黒獣の前進に合わせて馬車の車輪が廻り、ガラガラと音を立ててゆく。
荷台には米の詰まった袋が積まれ、御者台には頭に獣の頭蓋をかぶった銀髪の若い娘が手綱を握り腰を降ろしていた。
ストレガ・L・リベルガストラである。
褐色肌のゴブリナは赤い瞳で草原の道の彼方を見やる。
地平からは町を囲む城壁の姿が見え始めていた。
「あれがスウェッツなのだ? よしよし、もうひと頑張りなのだフォルゴーレ」
四足獣は応えるように鳴き、野太く尾を引くように長い一声を青空に響かせる。
荷馬車は草原の中に建つ町を目指し、春の道を進んでいった。
●
「へぇーい! シェリシェリおっひさ〜♪ アゲパンうぇーい☆」
鮮やかな赤色のツインテールを揺らしつつ、祓魔師の黒い制服に155cmの身を包んだエルフ娘が両手を上に掲げる。フレイヤ・サンライズだ。
「おっしさしぶりですフレちゃん先輩! うぇーい☆」
法衣に身を包んだ小柄な黒髪童女もまた弾んだ調子で言って、両手を上げるとフレイヤと両手の平を打ち合わせた。
その傍らではシェリルよりも小柄なメイド服姿の娘が、周囲に不審者は存在しないか赤眼を鋭く走らせている。狐系の人よりのハーフビースト、ベルク・オスマットである。
「シェリルさんお久しぶりです。お元気そうで安心しました!」
黎明の陽光に似た金色の瞳を柔らかく細めて銀髪のエルフ娘が微笑んだ。マリイ・パルティスだ。
「マリイさんとコルデラもお久しぶりです! おかげさまで元気にやれてます」
「それは良かった。状況も安定されたようで何よりです」
国の庇護下に入れたのはとりあえず一安心といったところだろう、とマリイは思う。
もっとも、まだまだ人手は足りないようだから、マリイも町の人たちのために、今回はできる事を精一杯しようと考えている。それは美味しいご飯を食べるためにも重要な事だった。
(ああ、誰かと思えばハヌマーンの時の被害者でしたか)
聖女と呼ばれている黒髪童女の顔を見て、青い司祭平服状の服と黒外套に身を包んだウルフヘアーの男――キーゼは以前の事を思い出し胸中でひとりごちた。
あの時はキーゼ達の活躍により死の運命は回避されたが、どうもあの猿面人の襲撃で死にかけた事が、帝国レイウェスト派の庇護下にこの童女が入るきっかけになったらしい。
再会の挨拶や初対面の人間同士の自己紹介が交わされてゆく中、
「お初にお目にかかります、シェリル様」
静謐な月光を束ねたような銀の長髪に、清らかな湖を思わせる青い瞳を持つ儚げな淑女が挨拶した。
細身ながらに女性的に豊かな曲線を帯びる磨き抜かれた白肌を持つ貴族の娘は、何処か憂いを帯びた眼差しながらも、柔らかい微笑を浮かべ澄んだ声を響かせる。
「私はレティシア・レインフィールと申します」
田舎の町の孤児院出身の十二歳の聖女は、紛う事なき上流層の空気を纏った淑女を前にして、大きな黒瞳をまん丸にし、少し怯んだように、探るように上目遣いを向けたが、レティシアのその優しそうな表情を見て、悪い人ではなさそうだと判断したか、すぐにパッと笑顔になると、
「私はシェリルです! よろしくお願いします!」
と元気に挨拶を返した。
「シェリル様の事は友人のイヴェール様がご依頼を受けられたりして気に掛けていらっしゃったので、私も一度お会いしてみたかったのです」
「えっ、レティシアさんはイヴェールさんとお友達なんですか?」
「はい。生憎、彼女は今は帰省されているのでご一緒する事は出来ませんでしたけれど……」
「イヴェールさんには以前とってもお世話になりました。お気にかけてくださってるのですね……」
黒髪童女は窺うようにレティシアを見上げて、
「……あの、もしレティシアさんがお手間でなかったら、なのですけど。レティシアさんがイヴェールさんとお会いする事があったら、シェリルが気にかけてくださって有難うございますとお礼申し上げていたと、お伝えしていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、それくらいでしたら大丈夫ですよ。今度お会いした時にお伝えしておきますね」
レティシアは穏やかな微笑のまま頷いた。有難うございます! と童女が嬉しそうに破顔し頭を下げる。
「今回の祭事はエルオンタリエのお披露目を行う良い機会では無いでしょうか」
雪のように白い髪を長く伸ばしているエルフ娘――ネーヴェ・グラヌローザが思案するように小首を傾げつつ言った。
【エルオンタリエ】とは「母なる神へ」という意味であり、現在ネーヴェ、ララノア、シェリルの三人で組んでいる歌って踊るグループである。
「ララノアさんとシェリル様はどう思われますか?」
ネーヴェが銀色の瞳を向けると。
「エルオンタリエのお披露目!」
腰まで流れる柔らかな金色の髪、ぶかぶかローブに華奢な身を包み、瓶底メガネをかけているエルフ少女――ララノアは心動かされたように声をあげた。
眼鏡娘は透明なグラスの奥から新緑色の瞳をシェリルへと向ける。
「一緒なら護衛できますし! どうでしょう?」
「良いですね! ……私、人前で舞台に立つのは、やっぱりちょっと不安ですけど、頑張ります!」
ぐっと両手の拳を胸の前で握ってシェリル。
緊張の色を見せる童女へとフレイヤは笑って。
「前に舞台やった時も上手くいったし、気楽にやれば大丈夫っしょー♪」
「……そうですね! 前も上手くいったんですし……」
とまだ不安のすべてが消えた訳ではないだろうが黒髪童女が表情を緩める。
「それでは皆様、エルオンタリエのお披露目といきましょう!」
ネーヴェが言ってララノアとシェリルが「はいっ」と頷く。
「ただ、歌って躍るなら音楽も欲しい所ですわよね……」
雪色髪のエルフ娘は顎に人差し指の先をあてつつ思案すると、銀瞳を横へと向ける。
「――ねぇキーゼさん、宜しければ伴奏をお願いしても? 気鳴楽器はお得意ですわよね」
視線を受けた黒外套の男は、淡々とした口調で答えて曰く、
「得意、というのは語弊がありますかね」
手慰み程度です、と表情もまた無のまま動かさずに言って、
「――ですが、構いませんよ」
「有難うございます!」
ぱっと花が咲くように微笑んでネーヴェ。
「よ、よろしくお願いしましゅっ」
「お願いしますー!」
ララノアが舌を噛みつつ礼をし、シェリルも笑顔で礼をした。
警護にあたっているベルクは、そんな少女達の様子を眺めつつ胸中で呟いた。
(さて、殿下派の肝いりでもある此度の興行――無事成功させて次に繋げば、殿下の肩の荷も少しは軽くできるといいのだが)
ヴィントから派遣されてきた中年騎士パウルスは、レイウェストが聖女を民の為に派遣したのだと何かにつけて喧伝しているから、聖女の浄化儀式によってこの地が救われれば、自然レイウェストの民からの支持度も上がるだろう。
民衆からの支持はレイウェストの確かな助けとなる筈だ。
しかし――それは同時に聖女が儀式に失敗した場合、逆にレイウェストへの評判に悪影響が及びかねなかったから、失敗はできないぞ、とベルクは気を引き締める。
故に、
「――此度のような催しは二度目の参加となりますが、あの時のアウストラリス村も今ではお嬢様の儀式が功をなし実りが戻りつつあるとか」
メイド姿の獣人娘は言った。
「此度もお嬢様の皆を思う気持ちは、大地のカミサマへと届くことでしょう」
その声が少し大きかったのは、周りの町の人々にも実際に前例があり成功していることを教える為で、
「はいっ! 必ず届きます!!」
この幼い聖女がその事に察しがついているのかいないのかは外見からは窺えなかったが、シェリルは笑顔で強くベルクへと頷いてみせたのだった。
●
他方、トーラはヴィントから派遣されてきている帝国騎士パウルスと交渉していた。
交渉相手にパウルスを選んだのは、最も予算を引っ張ってこれそうな人物だったからである。聖女も町も貧乏だ。国が裕福とはいわないが、金を出せる可能性を持っているのはそこくらいだ。
その交渉内容は困窮している人々向けに無償の炊き出しをさせて貰えないか、というものだった。
「無償?」
騎士が眉間に皺を寄せる。
赤髪赤瞳のハーフリング少女は訴えかけた。
「はい。お腹が空いている人はお祭りどころでは無いのではないでしょうか? 大地の神様が賑やかな事が好きなら、皆さんが心から楽しんでお祭りに参加して貰える工夫が必要だと思うんです」
「うーーーーーむ……それは確かに一理ありますが……無償……ですか」
中年騎士は腕を組み悩んでいる。
やはりタダで飯喰わせろ、その為の金は国の財布から出せ、というのは、目的の為とはいえ厳しいらしい。
「……駄目でしょうか? お粥くらいのちょっとしたもので。どうして無理でしたらなるべく安価での提供が出来たらと」
「う~~~~~~~ん」
ヒゲ男は悩まし気にうんうんと頭部を上下に振って考えていたが、
「――……まぁ、困窮者を優先してそこまで大規模にやるのではないのでしたら、良いでしょう!」
わりと思い切った決断をくだしたようだった。
カイゼル髭を撫でつけつつ中年男曰く「治安にも良い影響がありそうですしな」との事。困窮した人間が万一暴れて刃傷沙汰でも起こした場合、その方が高くつく、と判断したらしい。
「わ、有難うございます!」
「ただ、条件はあります。炊き出しを配る際には、必ず都市ヴィント及びレイウェスト殿下からのお慈悲であると伝えてください」
どうやらパウルスは炊き出しも、どうせだからこの際ついでに、レイウェストとヴィントの評判を上げる為に利用したいらしい。
「はぁ、なるほど……わかりました」
トーラとしては炊き出しが無償で出来ればそれで良かったので、帝国騎士パウルスから出された条件を呑んだ。
「考えてみれば、むしろこういう福祉こそ国がやっとくべき事なのかもしれません。有難うにござる」
「いえいえこちらこそ、ご協力に感謝です」
という訳で両者は握手をかわし、やがて祭の開催日がやってきた。
トーラは会場の片隅で、他の屋台の邪魔になるべくならないように、あまり腹持ちしない粥を提供していた。
しかし、特に貧しそうだったり、困窮している様子の人々には、こっそりと大盛りにしてあげていた。
「はいどうぞ」
今も十歳そこそこ――十二歳程度だろうか? の痩せた小柄なツギハギの服を着た貧しそうな少年達がやってきたので、大盛にして粥を渡してやると彼等は貪るように食べ始めた。
その様子を一瞥してから『南部鎮守都市ヴィントとレイウェスト殿下からのお慈悲です、よろしく!』とデカデカと書かれた看板と共に置かれている大鍋の前で炊き出しを続けつつ「少しでもお祭りの恩恵を感じて貰えると良いな」とトーラは思ったのだった。
●
子供が不安な顔のままじゃ、大人だって楽しめないでしょう。
ロゼットとしてはそう思う。
「さ、アリッグ。ケーキの生地を作るわよ。忙しくなるわ」
祭会場に設置された屋台にて。
絹糸のように滑らかな金色の長い髪を、後頭部で一本にまとめて青紐で結い上げながら若き女神官が微笑する。
アリッグ・レイダーは笑顔をロゼットへと向けて、
「頑張ります!」
と頷いた。
茶色の髪と青色の瞳を持つ身の丈120cmの小柄な青年だ。
ハーフリング故に若く見えるが、実年齢は21歳である。
ロゼットとアリッグの二人は、町から分けて貰った小麦粉をそれぞれ大き目の器に入れた。
町で今朝とれたばかりだという鶏の卵も割って同じく器の中に投入、白い粉の上にオレンジ色の卵黄と透明な白身が落ちてゆく。
ロゼットとアリッグは木製のフォークを器の中に入れて動かす。
粉と卵を掻き混ぜ、牛乳を加え、さらに勢いよく混ぜ合わせてゆく。
「わ、ロゼットさん手際良いですね!」
しゃこしゃこと軽快に、白とオレンジ色とを器内で踊らせるように、ロゼットはフォークを動かしている。
アリッグはそんな女神官の手元を見やり称賛の声を発した。
「あら、ありがとう」
ふふっと微笑して金髪娘。
「パンケーキとか良く作られるんですか?」
そんな会話を交わしつつ二人は、さらに溶いたバターを入れ、ダマがなくなり滑らかになるまで混ぜ合わせた粉をフライパンの上に注いでゆく。
フライパンを操って火の通りを調整しつつ、ふわっふわっになるように焼き上げたら、木皿に移し、バターを乗せ、はちみつをたっぷりとかけて完成だ。
ロゼットとアリッグの屋台ではパンケーキの他にも水とレモンの果汁、そして蜂蜜を混ぜた蜂蜜レモンも作製して並べていた。
「皆さん、甘いものでも食べてリラックスしましょう!」
アリッグは持ち前の演技力で明るさを前面に出し、子供や甘いものが好きそうな人、落ち込んでいる人を洞察して呼び込んだ。
「わぁ、ふわふわっ!」
「おいしー!」
一見では少年に見えるアリッグの呼び込みにつられてやってきた少女達がパンケーキを頬張り目を輝かせた。
「ふふ、美味しかったら友達にも教えてあげてね」
「……うんっ! 教えるねっ!!」
ロゼットが微笑んで言うと少女はパンケーキを飲み込んでからコクコクと頷いた。
「これ甘酸っぱくて美味しいね」
「元気になる気がするっ!」
少女グループは蜂蜜レモンを飲んでわいわいとそんな感想を洩らしつつ、ごちそうですーとロゼットとアレッグに礼を言って去っていった。
●
角と爪、頭に白い体毛を持つ赤鱗のリザードマン、サイラスは沢山のポークパイを制作し祭会場へと持ち込んでいた。
しっかりとした食感を出す為にブロック肉を包丁で荒みじんに刻み、玉ネギや卵、セロリらと混ぜ。小麦粉、卵黄、ラードなどを練って作った生地で包み焼き上げ、よく冷やして固めたものである。
他の多くのパイと違いポークパイは冷やして食するものだった。
サイラスは屋台の棚にポークパイを陳列しつつ、他にも素材に拘りソースに工夫を加えたテリーヌ、果物の果汁で整えた野菜ゼリーなどを制作してゆく。
また大きな鍋に油を入れて刻んだニンニクと唐辛子を炒めると、パスタの茹で汁を加えてソースを調整し、さらに大量のパスタを豪快に入れてソースと絡めてゆく。ペペロンチーノだ。
さらに肉の塊をケバブにして調理し、店頭で切り分け、人々の目を惹いてゆく。
「とくとごろうじろ!」
サイラスは注目が集まって来ると鳥獣戯を使用して魔獣を出現させ人々の度肝を抜いた。
興味を惹かれた町の人々はサイラスの屋台へと集まってきて次々に料理を購入してゆく。
「冷えてるけど美味しい!」
「このゼリーあまーいっ」
「やっぱ肉だな!」
味の方もなかなか評判でサイラスの屋台の周囲に人だかりが出来てゆく。
そんな中、茶色の髪の華奢で小柄な体格の少年が、肉が焼ける旨そうな匂いに釣られやってきた。
ダムド・フィリスである。
少年はサイラスの屋台でケバブの串を購入すると齧りついた。
特性のタレがかけられ四角形に切られた熱々の肉にかじりつくと、ぷりぷりとした弾力と濃厚な旨味が口の中に広がった。
(……美味い!)
焼きたての肉串を堪能しているとダムドはふと屋台から少し離れた箇所で十歳そこそこ程度の薄汚れた服に身を包んだ少年達がじっと屋台の料理を見つめている事に気づいた。
(……何年か前までは、そうだったな)
自分も。
金がないから、祭は離れて見ている事しかできなかった。
「なんだお前ら……腹減ってるのか?」
気づけばダムドは少年達に声をかけていた。
ダムドは最近は仕事をするようになり金に余力がある状態だった。ありがたいと思う。
だが空腹の辛さは忘れていなかった。
ダムドはかつてスラムで生きていた。
いつも腹を空かせていて、それでも恥ずべき生き方はしたくないと意地を貫き生きて来た。
空腹の辛さは良く知っているから、放っておけなかった。
少年達は声をかけてきたダムドの方を振り向き、顔を歪めて見上げてきた。
その瞳には強い警戒の色が宿っている。
「そう警戒すんなよ、怪しいもんじゃない。自分も昔は喰うのに苦労してたんだ……だからよ、腹減ってるなら、何か喰うか?」
買ってやるよ、とダムドが持ちかけると、少年達の瞳の色が複雑に変化した。
「あ……ほ、ほんとに?」
少年の一人がダムドへと一歩踏み出した瞬間、傍らの少年がその少年の頭を叩いた。
「馬鹿っ!」
「いらねぇっ! 気持ちだけ貰っとくよっ!!」
また別の少年がダムドへと吐き捨てるように叫んで、まだ未練がましそうにサイラスの屋台とダムドを見比べている少年を別の少年と二人で引きずるようにして引っ張りながら、路地の奥へと駆け去っていった。
「……喰えるチャンスは無駄にすんなよ」
複雑な感慨を胸に抱きつつ少年達の背を見送りダムドは呟いた。
それで生きるか死ぬかが別れるかもしれないのに――と思いつつも、かつてスラムに生きていたダムドは、善意に見せかけた毒が世に溢れている事を知っていたから、彼等が警戒する気持ちはわからなくもなかった。
そして、おそらくあの少年達の心の中にあった、施しを受ける事へと反発する意地も。
「……痩せたチビにもプライドはある、か」
昔日の己を駆け去っていった少年達の背に重ねつつ、なかなか思うようにはいかんもんだな、との思いを抱きながら半獣少年はケバブの串を齧りつつ再び町を歩き出したのだった。
●
「エーテル浄化というものがよくわからなくて不安なのはよくわかる」
ストレガは屋台にやってきた客達――町の人々を前にして語っていた。
「まだ研究段階で曖昧な能力故に劇的に回復するというわけではないが、確かに土地のエーテルが回復の方向に向かうのを我々は確認しているのだ」
本当なのか、という問いかけにゴブリナは頷き。
「本当なのだ。そしてレイウェスト・バルダス殿下は帝国の民を見捨てはしないのだ。私も米を運んできた。握り飯は腹持ちがいい。ひとまず今日は食い溜めしていくといいのだ」
と、手を広げて屋台の棚を示した。
そこには朝も早くから米を焚いて作られたお握りが並んでいた。
塩のお握りと醤油で焼いた焼きお握りである。
「ちなみに具材になるものが欲しければあっちの屋台とかから頂くとよいのだ」
とサイラスがやっている屋台を指差した。
ストレガの屋台で握り飯を購入した町人達はその足でサイラスの屋台でケバブ等を購入して合わせて食べ、美味な組み合わせに舌鼓を打ったのだった。
●
信仰だとか帝国の威信だとかその辺の事情は判らねえが……俺は俺の出来ることをやるだけだ。
かき上げた銀髪、目付きの悪い金の瞳に眼鏡をかけた長身痩躯の青年は胸中で呟いた。
リンタロウ・イナバである。
彼は口調と態度こそぶっきらぼうだが客の喜ぶ顔を見るのが好きな根っからの商売人だった。
「さぁいらっしゃい。気になるモンがあるなら見ていってくんな」
出張金糸雀堂として町の路傍にて敷物を広げ、安く仕入れた中古の玩具や文房具、アクセサリーなどを並べる。
中古とはいえ見た目は美しく質も確かなものを選んだ。
三方良し――店良し客良し世間良し――の心得に基づき客に満足して貰えるような商売をする為だ。
その為なら、多少の手間などリンタロウにとってなんでもなかった。
(こういう場で買うのは物だけじゃない。思い出も買っているんだ)
そう思う。
何より金糸雀堂の信用にも関わる。
下手なものは売りつけられなかった。
「あら、これ綺麗ね」
田舎の小さな町では外からの商品というのは珍しいものだ。
祭で人出が多いという事もあって、たちまちのうちにリンタロウの露店に人が集まって来る。
「お目が高いな。そいつは遥か東のシャルガネっつう所で作られた逸品だぜ。お前さんの髪には良く映えるんじゃねぇか? 美人が五割増しになるぞ」
「あらやだ、お兄さんお上手ねぇ。それじゃ一つ貰おうかしら」
「まいど!」
ほほほと笑う婦人に東方の髪留めを販売し代金を受け取る。
「なーなーにいちゃんこっちのこれはなんだ?」
「あぁそれは南の方の魔除けでな――」
そんな調子でリンタロウは集まった客達へと、ぶっきらぼうな口調ながらも、満足と思い出をもたらす接客と共に、仕入れた商品を譲ってゆくのだった。
露店の売れ行きはなかなかのもので、リンタロウは今回の商売でかなりの利益を上げたという。
●
町の中央広場に築かれたステージの上。
190cmの長身を細く鋭く鍛え上げた金髪碧眼の青年が、剣を手に演武を行っていた。
レイウェストより叙任を受けた帝国騎士アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトである。
手にしている剣は、死してなお発熱するバイアーディスの火炎袋で精錬されたダマスカス鋼を用いて作られた大太刀だ。
アルベルトより発せられるエーテルに呼応して、刀身より赤い光を鬼火のように立ち昇らせている。鋭く振るわれる大太刀の軌跡に沿い赤い残光を宙に鮮やかに描いてゆく。
「オオッ!!」
裂帛の怒号が空気を振るわせる。黒騎士は大太刀を両手で握り振り上げ、身を捌きつつ腕を操り大太刀を大きく勢い良く旋回させた。
∞の字を描くかのように、赤光の軌跡を描きながら、大太刀が連続して力強く振られてゆく。
刀身はまさしく高速駆動する風車の羽の如く、アルベルトを軸にしてその身の左右を休みなく回ってゆく。
「ハァッ!!」
ブロンドの黒騎士より再度裂帛の気合の声が発せられる。大太刀は身体の正面でピタリと止まった。
張り詰めた空気のまま残身を取り、大太刀を鞘に納め一礼すれば、観客達から盛大な拍手が贈られたのだった。
●
アルベルトの迫力と緊迫感に満ちた演武が終わり、続いてステージ上に一人の銀髪の少女が現れた。
民族的かつ部族的な衣装に褐色の肢体を包む狼のハーフビーストの少女だった。
イーティルである。
――賑やかなのが好きな神様か。なるほどそれならば確かに、人々を心から楽しませなければならないねえ。
大地の底を巡る神々の話を聞いた時、イーティルはそう思った。
祓凶の儀式によって呼ばれる神々は人々の活気に惹かれて集まって来るのだと。そして大地再甦の願いに応えるのだと。
――それじゃあ、皆が楽しめるように私たちが率先して楽しみ、そして楽しませて祭りを盛り上げようじゃないか。
狼の少女は足を左右に開き身体を傾け空へと向かい腕を翳した。
太鼓の音が鳴り響き始め、その躍動的なリズムに合わせてイーティルは足踏みするように両足を動かし、褐色の豊満な身を揺らし始める。
イーティルの出身地で祭事の際によく踊られていた踊りだった。
砂漠地帯の踊り子達の舞いと荒野の部族の踊りが融合したかのような複雑な踊りだった。
流麗さと艶やかさ、躍動感と荒々しさを兼ね備えた舞いに観客達から歓声があがってゆく。
白く長い髪を揺らしながら回転し、腕を交差させながら青い瞳で流し目をくれ、ぴたりと制止して舞いの最後を飾れば、周囲の観客達より指笛の音と共に盛大な拍手が贈られたのだった。
●
「国の行く末を決めるのは偏に民の心よね」
アウレーリア・フォン・ネーベルベルク、赤いフード付きの外套に華奢な身を包んだ金髪緑瞳の十五歳の少女は青空の下、草原の町の祭会場を歩きながら呟いた。
帝国もヴィントを中心に物的に復興が進んできている地域もあったが、行く末が明るいものになるかどうかは未だわからない、と思う。
「というと?」
傍らを歩いている麗しい銀色の髪の若い女が蒼色の瞳を赤フードの少女へと向けた。
アウレーリアの師にして従者もつとめているナタリア・フィッツジェラルドである。173cmの女性らしい起伏豊かな身を動きやすそうなパンツルックに包んでいる。
「住む者の心が荒んでは、どんな富も恵みも助けにはならない」
だから祭の開催は全く正しい判断だと思うわ、とアウレーリアは言った。
「なるほど」
弟子にして主君の言葉にナタリアは頷く。
レイウェスト派が民の心を安んじてその支持を集められるなら、レイウェストが象る国は盤石だろう。逆ならば、脆い。
「その為にも浄化の儀式、上手くいくと良いですね」
ナタリアに似た銀髪蒼瞳の青年が言った。弟のキリアン・フィッツジェラルドである。
「話によれば儀式の成功には祭を盛り上げる事が必要なのだったか。祭りで芸を披露する事で盛り上げるのなら、客として代金片手に出し物を楽しむ、物を買う、これもまた、この場を盛り上げるのに必要な事だろう」
ナタリアの言葉にアウレーリアが頷き、
「そうね、今や帝国風の食事を口にする機会も少ないし、今日は思いきり楽しみましょう」
「わかりました!」
とキリアンが破顔した。
かくてアウレーリア、ナタリア、キリアンは三人で草原の町の祭を巡った。
屋台では馬乳酒を購入し、その乳白色のさらりとした液体の、強いコクと酸味と苦味とを味わいつつ、羊肉の串焼きも購入して合わせて食べた。
アウレーリアはかつての帝国の他所で飲食した馬乳酒よりも味が少し薄く、羊肉も弾力にやや欠けているような気がしたのでそれぞれの店の主へとそれとなく尋ねると、
「今年は馬の乳の出が悪くてねぇ」
「痩せ気味だよ羊も」
との返答がかえってきた。
大地の力の衰えによる草木の減少は、それを食む家畜達にもやはり強い影響を及ぼしているらしい。
屋台巡りを楽しみつつも、そのように出来高に気を遣るのは、かつて「大平原に門番あり」と謳われたネーベルベルク伯爵家の令嬢としての最早習性であった。
飲食の屋台だけでなく三人は特産の羊毛の織物を扱っている出店も訪れた。
キリアンは店主と材料の羊毛の基となった羊はどういう性格で、どういう環境で育ったのかなどを店主の気分を盛り上げるように礼儀正しく話している。
羊はこの町の周囲の草原で放牧されている、のんびりとした性格の良い羊らしい。
そんな解説を店主から聞き、キリアンと相談しながらも金髪少女は色鮮やかな柄に染められた民族衣装を選ぶと、華奢な身に纏ってからくるりと回ってみせた。
「良く似合ってるぞ」
「ナタリアもね」
銀髪娘もアウレーリアとキリアンの監修のもと選ばれた羊毛の民族衣装に袖を通していた。普段の服装よりもかなり可愛らしい村娘じみた雰囲気の衣装だ。
――今後もこうした祭りの機会が増えると良い、いや増やしたい。
そういう時に伝統衣装を着るのも良いかな、とお洒落を楽しみつつアウレーリアはそんな事を思ったのだった。
三人は民族衣装を購入し羊毛店を後にすると城壁の外へと向かった。
外の草原では流鏑馬大会が開かれていると聞いたからだった。
●
蹄鉄が大地を蹴る音が響いている。
矢が鋭く的に突き立つ音が響いている。
人々の歓声が聞こえた。
草原では流鏑馬――馬を疾走させその鞍上より弓矢を放ち的を射る大会が行われていた。
(安定しない状況から祭り、という不安は理解できるものですね)
白鱗のリザードマン、アクティオンは胸中で呟いた。町の一部の人々の不安は彼としてはわかるものだった。
「しかし……やると決めた以上はやりましょう」
茶色のフードと緑外套に身を包んだ男は弓を手に葦毛馬の鞍に跨り、流鏑馬の開始地点で待機している。
己の取柄と言えば弓ぐらい、というのが自認だった。
馬も弓も貸し出されたものである。その弓は照準が狂っているとの噂で、それが事実であるなら扱いが非常に困難そうな代物であった。
「はぁ~じぃ~めぇ~~~!」
係員の独特の声と共にアクティオンの番の開始が告げられた。
白鱗のリザードマンは気合の声と共に馬の腹を蹴った。葦毛馬はそれに応えて地を蹴り勢い良く駆け出す。
草原を蹄鉄の音を響かせながら四足獣が走り、風がうなる。見る見るうちにコース上、左手側に備えられた的が迫って来る。
アクティオンは激しく揺れる鞍上にて、卓越した感覚でバランスを制御しつつ上半身を左へと捻った。弓身の右側へと矢を添えながら月が満つるかの如くに引き絞ってゆく。
――迫る的へと大まかに狙いを定め、撃ち放つ。
空を裂き鋭く矢が飛ぶ。
矢が的に突き立ち快音を響かせる。
馬が大地を蹴り土煙をあげながら疾走してゆく。
的に突き立った矢は、狙った中央から大きく外れていた。
弓の照準の狂いが強く影響している。
だが、
(ずれはこの程度――)
弓の照準が狂っているのは織り込み済みだった。
アクティオンは超人的に鋭い視覚で注意深く初射の結果を観察し、またそうする為にタイミング早めに射撃していた。
次の的が迫って来る。
白鱗のリザードマンは風の腕にフードを跳ね上げられ、外套を暴れさせながら、弓に次矢を番え、放った。
一閃。
春の日差しを受けながら鏃が煌き、的のど真ん中に突き刺さった。快音が蒼空へと吸い込まれるように響いてゆく。観客達がどよめく。
(――ラスト!)
極限の集中力を保ったまま三射目、白鱗のリザードマンは鞍上より上半身を捻り、三の的の側面をすれ違うように駆け抜けざま、矢を放つ。
錐のように旋転しながら空気を裂いて矢が飛び、狙い違わず三の的の中央へと突き刺さる。
かくて、アクティオンは初撃こそ弓の照準の狂いによって中央から外れたものの、その狂いの度合を素早く観測して修正し、二の的、三の的とど真ん中を射抜いて、非常に高い得点を叩きだしたのだった。
その後、屋台巡りを終えたダムドが流鏑馬に挑戦した。
こちらは馬は見事に乗りこなしたが弓の照準の狂いに苦戦し、三射目には修正してきたがアクティオンを超える得点は出せなかった。
「愚弟よ。君の芸の腕、見せて貰おう……弓矢の質はさておき、心技体は鈍ってるんじゃないだろうね」
銀髪の美人がよく似た雰囲気の銀髪青年を睨んでいる。傍らには赤いフードの金髪少女が立っていた。
ナタリアとアウレーリアとそしてキリアンの三人組である。
「……勿論ですよ!」
弱気は見せぬよう声を張り笑顔で答えて鞍上の青年。
「頑張って」
「はい! 全力を尽くします!」
美女二人の応援を受けつつ馬を歩かせスタート位置につき、合図を待つ。
(ここは僕の格好いい所を示せるチャンス……!)
そう意気込みつつ、開始の合図と共に馬を駆け出させる。
キリアンは狩猟の超達人である。そして狩猟というのは弓も使う。授恵者としてはシューターであり、帝国軍弓兵でもあった経歴から弓の扱いはお手の物だった。
しかし、
(くっ……馬の揺れが……!)
荒れた草原を疾走する馬の背の上は非常に良く揺れた。
弓騎兵に必要な技能は徒歩弓兵の領分だけでは賄えない。
それでも卓越した弓の技量で以って一の的へと向かいキリアンは矢を放ったが、この弓矢の照準が大いに狂っていた。
的確に中央を狙った為、なんとか的には命中したが大きく端へと逸れてしまっている。
(これは……まずい!)
一筋縄ではいかない事を悟り焦燥が込み上げてくる。
二の的が迫って来る。
(――なんのっ!)
キリアンはともすればパニックになりそうな心を制御し、的を睨んだ。
どんな状況でも全力で戦い抜き、最善を尽くすのが武官の務めであると心得ている。
劣悪な環境下にあったが、冷静さを保ち二の的で修正し、三の的では見事中央を射抜いて快音を響かせ、周囲の観客達から歓声と拍手を浴びたのだった。
●
「流鏑馬大会は射手としては気になるのでぜひ頑張りたいですね。乗馬の経験は少し乗ったことがある程度なのでどこまでできるかは分かりませんが……」
と語っていたマリイも流鏑馬大会へと参加していた。
その話を聞いてシェリルらが観戦と応援の為にこっそりと正体を隠して観客達に紛れやってきている。
レティシア曰く、
「シェリル様のお務めと人々の為に尽くされる姿勢、それはとても素晴らしいものかと存じます。ですが貴方もまた一人の少女なのですから、少しの間だけ、ただのシェリル様としてお祭りを楽しんでみては如何でしょう」
という事で、それならマリイが流鏑馬してる所を見たい、とシェリルが答えた為、城壁外の流鏑馬会場へと出て来たのである。
レティシアが変装スキルを活用してフード付き外套らを用いてシェリルを変装させた為、周囲にはバレていない様子だった。
レティシアの知人の子「リル様」という設定である。
「いや私シスターだけどそもそも教会でするよーな事殆どしたことないしw リルリルは真面目で偉いな〜って思うよ」
フレイヤがシェリルの傍で流鏑馬を観戦しつつ、サイラスやストレガの屋台で購入した串焼きとお握りを食べつつ言った。
「そうでしょうか?」
と小首を傾げる童女に「マジマジ☆」と笑って答える。
もしフレイヤがシスターっぽい事を手伝うとしても、フリだけでおわる自信があった。
「そなたの方はもう少し役割を真面目にやってはどうだ」
今も双波で周囲に不審者がいないか警戒している護衛仲間のベルクが言う。
「お祭りなんだからこんくらいで良いんだってー」
串肉をもぐもぐとしつつ「ベルクも食べる?」と一本を向けると「いらぬ」と返される。
フレイヤ達が観客に混じってそんな事をやっている一方、
(この狙いの定まらない弓も木の枝でささっと作った弓よりは言うことを聞いてくれる筈)
銀髪エルフ娘のマリイはスタート地点の鞍上にて、手にした弓へと視線を降ろしつつ胸中で呟いていた。
マリイさんがんばれーとシェリルから声援が飛んで来たので顔をあげ、片手を振って応える。
「はぁ~じぃ~めぇ~~~!」
やがて係員の独特の声が響き渡り、マリイは跨る白馬に拍車を入れて駆け出させた。
馬はぐんぐんと速度を増し、マリイの滑らかな銀髪が風に吹かれて靡いてゆく。
一の的が近づいて来る。
エルフ娘は金色の瞳で的を睨みつつ、鞍上で上半身を捻り弓に矢を番え撃ち放った。
馬の揺れと弓の照準の狂いによって狙いが大幅に逸れた矢が的の端に突き立つ。
すぐに二の的が迫って来る。
(この弓の癖は……!)
先程の射撃から狂いを割り出しつつ再度弓に矢を番え、疾走する葦毛馬の鞍上より弓矢を撃ち放つ。
女エルフが狙いを修正して放った矢は、快音を響かせながら的に命中し、さらに修正して三射目には見事に的のど真ん中を射抜いた。
だが、二射目は僅かに中央からは逸れており、アクティオンの点数には届かず、優勝はアクティオンで決定された。
「惜しかったですね。でも準優勝ですよ、すごいです!」
とマリイはシェリル達から拍手を受け、優勝者のアクティオンもまた場の一同から拍手を贈られつつ、係員から優勝の栄光を示す賞品である羊毛のマントが進呈されたのだった。
●
他方。
「行きましょうか」
明るい茶髪に濃い青眼の十六歳のエルフ少年――エヴァン・ピオネロが微笑し両腕を伸ばしていた。
「うんっ!」
薄めの緑の瞳を柔らかく細めて笑い、身長100cmとハーフリングの中でも特に小柄な少女がエヴァンの腕に抱きあげられる。アルマ・ヴァレンタインである。
小人族の少女は落ちないようにエヴァンの首に腕を回しつつ身を預ける。
二人は身長差があるのでデートの時は何時もこうであるらしい。
曰く、
「小さい声も聞き逃しませんしずっと一緒に居られます」
「こうやって近くでお話できるしスリスリして甘えたりもできるし。このポジションはいい感じだよー」
との事。
エヴァンは16歳のエルフの少年で164cmの身の線は細かったが、さすがの授恵者であり、アルマ一人をずっと抱えていても問題がなかった。
そんな訳でアルマは安心してエヴァンにしがみついて頬をスリスリとしていた。
ロゼットとアリッグがやっている屋台へとやってきてパンケーキを購入。
「はい、あーん」
アルマは皿を手に持ちつつ、切り分けたパンケーキをフォークで差して両手が塞がっているエヴァンの口元へと運んでやった。
エルフ少年が恋人から差し出されたバターと蜂蜜がたっぷりとかけられたパンケーキに齧りつき食すると、ふわふわのそれはとても甘かった。
「おいしいです」
エヴァンは微笑むとアルマを片手で抱き直し「貸してください」とフォークを空いた手に借りると「あーん」とアルマの口元へとパンケーキを運び返してあげた。
エヴァンの腕の中でパンケーキを頬張りモグモグと咀嚼し飲み込んだアルマは「あまーい」と歓声をあげた。
その後、蜂蜜レモンを飲んでストレガの屋台でお握りを購入、サイラスの屋台のポークパイやテリーヌ、ペペロンチーノにケバブもあわせてたいらげつつ、他の串焼き屋やピザ屋、麦酒屋や乳製品屋など屋台のすべてを制覇する勢いで食べつくしてゆく。
アルマはちっこいがよく食べるのである(どこに食べたものが消えているのだろうか)
物理的な意味でも『見えない胃袋』を持っているに違いない。
二人は飲み食いしつつアルベルトの演武に固唾を飲み、イーティル、フレイヤの舞に拍手しつつ、マリイと白狼が繰り広げる愛らしさと癒しと楽しさが溢れるコメディチックな手品に歓声や笑い声をあげた。
「笑う門には福きたる、ですね」
「なにそれー」
「陽の心は自然と幸運を呼びこむ、という言い伝えです」
エヴァンはアルマへとそう説明した。
思う。
神へ今こうして生きてる事を感謝して、どれくらい嬉しいかを笑顔に変え伝えるのがお祭りだと。
一緒に食べ歌い、来年もまた大地の神と共に。
自然の洗礼を乗越え生きる力を付けようと。
「辛い事があっても、楽しみがあると頑張れるものです」
とアルマを見つめてエヴァンは微笑んだのだった。
●
「ふふ。いつ何時、機会が巡るかは分かりませんでっ」
ララノアは楽しそうに笑うと薄黄色の薄いショールをシェリルの肩にかけ。
「こんな事もあろうかと、密かに用意してましたの」
ネーヴェもまた片目を瞑って黄色い花のコサージュをシェリルへとつけた。
「わぁ……ありがとうございますっ!」
黒髪童女は嬉しそうに破顔した。
ララノアは薄緑色の薄布のショールを纏い、緑花のコサージュをその身につけ。
ネーヴェは薄青色の薄布のショールを纏い、青花のコサージュをその身につけている。
三人は揃いの純白のワンピースに袖通し、それぞれ色違いのショールとコサージュで身を飾った。
キーゼはというと女性陣を主役に立てて自身は裏方に徹するつもりらしく、いつもの黒外套姿だった。
四人は観客達に見つめられる中、ステージへと登り中央へと進み出た。
「エルオンタリエ……幸せの祈り歌……母なる神へ、そして皆様へ!」
ララノアは集まっている町の人々を見渡すと声を張り上げる。
以前は形見の眼鏡らがなければ心の平静が保てなかったが、今は素顔でも平気になった。
キーゼが手にした小型の気鳴楽器に口をつける。
ハーモニカだ。
表面の文字が掠れた使い古された感のあるそれは、息を吹き込まれると郷愁を誘うような独特の美しい音色を奏であげてゆく。
白い衣と薄い緑、青、黄のショールを纏ったララノア、ネーヴェ、シェリルが奏でる音楽に合わせて動き出し、歌声を響かせてゆく。
主旋律をララノアとシェリルがユニゾンして歌う。
ネーヴェが音階をずらして歌いハーモニクスを形成してゆく。
三人は神事の巫女達のごとくに舞い、薄布のショールと純白のワンピースの裾がふわりと躍った。
「さぁ、手拍子を! 皆様もどうぞ、私達と共に歌い、踊って下さいまし」
曲が盛り上がって来た所でネーヴェが両手を大きく振るいながら観客達へと呼びかけた。
「いぇーっ!」
観客の中にいるアルマ、エヴァン、フレイヤ、ツェツィーリアらが楽しそうに声をあげて手拍子を開始し、周囲の観客達もそれに釣られて手拍子し身体を揺らし始めた。
「共に歌い、踊り……大地に祈りを届けましょう!」
ララノアは笑って両手を広げた。
「あなたも、一緒に踊りませんか?」
ネーヴェは伴奏しているキーゼへと微笑して手を伸ばした。
盛り上がってる所で唐突に曲が消えたら大事故なので、どうしたものかと一瞬迷ったキーゼだったが、
(まぁ伴奏しながら踊れば良い事ですね)
片手でハーモニカを保持しつつ、片手で恋人の手を取り、リードされるままに踊り始める。
なかなかハードな肺活量と脳内処理能力が必要な事態になったが、黒外套の男は涼しい顔であった。
「あら、さすがにやりますね」
ネーヴェは笑うと踊りの勢いを加速させた。舞踏の超達人たる雪色髪の女が軽やかに高速でステップを踏んでゆく。
キーゼは伴奏を保持しつつ崩れる事なく、遅れる事なく、ネーヴェの動きについてゆく。
曲芸の一部だとでも思ったか、それを見た観客から拍手が巻き起こってゆく。
「ふふ、ネーヴェ様方も楽しそう」
間奏に入った時、ララノアは二人で踊るネーヴェとキーゼの姿を見やって微笑んだ。
踊りを続けながら軽くステップしてシェリルへと近づくと、
「シェリル様、私達も負けられませんねっ」
言って手を伸ばす。
「はいっ!」
シェリルは笑ってララノアの手を取ると、その腕の導きに合わせてその下でくるっと独楽のように一回転した。長く艶やかな黒髪と薄黄色の薄いショールがふわりとなびく。
ついでにとばかりに帝国騎士パウエルの姿を探したが、彼は近くにはいないようだった。
ララノアは思う。
大切なのはこの場に生きる人々だと。
それは忘れないで欲しいと。
――皆の祈りが届きますように……
やがて曲が終わり、ステージ上の四人が一礼すると観客達から万雷の拍手と歓声が響いたのだった。
●
(祭はなかなか盛り上がっているようだな)
アルベルトは屋台を巡り購入した串焼きに齧りつきつつ胸中で呟いた。
(この分ならば儀式は成功するだろうか……?)
帝国騎士として大地の再生を願った。
やがて陽も地平の彼方へと沈んでゆき、黄金と紺碧とが混ざり月と星の姿が見え始めた頃、祭りの終わりにフレイヤは、宵闇の空へと火球を発射した。
轟音と共に直径15メートルもの範囲内を焼き尽くす紅蓮の火炎の華が荒れ狂う。
しかし、
「……なんか、思った程綺麗に爆発はしないね」
驚いている周囲を他所に少々不満気にフレイヤは言った。
「え、そうですか? 十分派手だと思いますけど……フレちゃん先輩どんだけ派手に爆発させたかったんです?」
傍らのシェリルが小首を傾げる。
フレイヤは答えて言った。
「えーw シェリシェリ最低でも100メートルくらいは欲しくないー?www」
するとかつてフレイヤの教育を受けた聖女は吹き出した。
「うはw ぱないwww エーテル壊れるwww まぁ微力ですけどw 私もお手伝いしますねwww」
「うぇーい!w ありがとー☆」
そんな事をきゃっきゃと笑って言いつつシェリルも空へと範囲魔法を連続して放ち、フレイヤもまた火球を連続して放っていって、シェリルと二人で祭の終わりの夜空を魔法の光で彩った。
「リル様もそういう風なお言葉をお使いになられるんですね」
レティシアが少し驚いて言うと、
「はい、まだまだつたないですけど、ある程度喋れるようになりました! 楽しいです!」
と聖女はきゃっきゃと笑った。
おそらく、他人から影響されやすいお年頃と性格なのだろう。
●
「やれやれ、なんとか捌ききれたわね」
閉会後、屋台の後片付けをしながらロゼットが息をつき、
「お疲れ様でした!」
ストレガとサイラスの店でお握りとケバブを買って来たアリッグは、今回一緒に行動してくれたことの感謝と共に差し出した。
「ありがと。こちらこそね」
ロゼットは笑顔で受け取るとお握りとケバブを口に運び、疲労した身に染みわたる旨味に「あ、美味しい」と呟いたのだった。
それから一晩、アルサーラムの聖女シェリルはエーテル浄化の儀式へと取り掛かり、そして夜が明けると、スウェッツの町とその周辺の草原にて、萎れていた植物が甦り、瑞々しい緑を春の朝陽に光らせていた。
スウェッツの町での今回の儀式は成功した。
この結果を受けてスウェッツの町の人々はアルサーラムの聖女を称え、そしてそれを遣わした都市ヴィントと皇子レイウェスト・バルダスの名声と、それらへの支持を大幅に上昇させたのだった。
マスターコメント
この度はご参加とプレイング、誠に有難うございました。
このような結果となりました。
ご満足いただける内容になっていれば幸いです。
イベントシナリオ(50人)易しい 報酬:多い22 / 4〜40人
2022年06月03日 01時34分15秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
ロゼットよ。よろしくね。 連作は未参加だから、普通にお祭りに参加させてもらうわ。 単独でも良いのだけど、音楽なり料理なり多少はできるから、 手伝いの募集とかあったら教えて欲しいわ。
ヒーラーのアリッグ・レイダーと申します。 皆様よろしくお願いします! せっかくのお祭りですし、何か出し物でもしましょうか。 >ロゼットさん せっかくだから何か一緒にやりませんか? 詳しくはまだ考えてませんが、人が多ければやれることも増えますし。
>アリッグ 出し物の方だと私は音楽系、演奏や歌唱で何か、となるわね。 音楽は不得手なら、屋台を借りて、使える食材から何か食べ物を 提供する側になってみようかなって思うわ。 OPの少年みたいに、お腹が減ってるままじゃ出し物をやっても、 素直に楽しんでもらえるか分からないしね。
No.4
サイラスだ、よろしくなー とりあえず今回は調理にしようかと
トーラです。 よろしくお願いします! わたしもお腹が空いている人向けの炊き出しか、安価での食事の提供をやろうかと考えています。 お粥など消化のよいものにして、他の屋台の食べ物が入らなくならないようにしてみますね!
エヴァン・ピオネロです。よろしくです。 純粋にお祭りを楽しみに来ました。 出し物とかを順に回れたら嬉しいです。
リンタロウだ、よろしく。 蚤の市みたいなんやる予定。