決着をつけよう ダンスバトルでな!
炙りとろ左門
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シナリオID:1996
オープニング
麗かな春の午後、穏やかな時間が流れる街の広場——に、突如として怒声が響く。
「彼女、困ってるだろ。強引な勧誘はよせ!」
「俺はお前と話をしてるんじゃない、どけ!」
なんだなんだと集まる聴衆。2人の男に1人の少女。よもや痴話喧嘩か。
少女の手首を掴んで離さない、身なりのいい男が強引に少女を引っ張る。
「アリエッタはうちの楽団で演奏してもらう。お前たちのような流行り物かぶれの集まりに置いておいたら、この才能は潰えてしまうんだ!」
「流行り物かぶれだと?」
対する男は、街路でよくみるファッションスタイルだ。とはいえこちらの男は、そういったある種軽やかな服装に身を包みながらも、線が細く儚げな見目をしている。だからこそ、怒鳴りつければどうにでもなると判断されたのだろう——それが伝わったのか、雰囲気はさらに険悪なものとなる。
「や、やめてください! ベルリックも、落ち着いて」
そこでようやく、少女がか細い声を精一杯張って仲裁に入る。
「エクトルさん、私はレシオ楽団には入りません。私は自由に弾きたいんです」
「君は楽長の娘であるのに……嘆かわしい。それともその男に誑かされたのか?」
エクトルと呼ばれた身なりのいい男は、少女アリエッタを背に庇う男を睨みつける。
「さっきから言わせておけば……随分と無礼じゃないか」
「ふん。まともな服さえ仕立てられないやつらに、わざわざ示す礼儀は持ち合わせていない」
「……レシオが貴族のお抱えだからって、自分も貴族気取りか?」
「なんだと?」
「ああもう……」
アリエッタの仲裁も虚しく、2人の男は火花を散らす。それに、聴衆がざわざと耳打つ。
「レシオ楽団のエクトルって、次の楽長候補って言われてる?」
「正直古典派音楽に魅力は感じないんだよな」
「そう? 俺は好きだけどな。もちろんベルリックたちのダンスが嫌いなわけじゃないけど……」
その呟きを耳にしたアリエッタは、ぽんと手を叩いた。
「わかりました、こうしましょう! ダンスバトルよ!」
「えっ?」
エクトルとベルリックは同時に声を上げた。
「この楽園都市フォンタナには、多くの音楽家がいるわ。エクトルのような古典派から、ベルリックのような現代派まで……だからこそここで、音楽表現によって決着をつけましょう」
そしてアリエッタはベルリックを指し示す。
「私はもちろん、現代派として参戦します。古典派のダンスが現代派のダンスより魅力的だと、街の皆に納得させることができたら、私、お父様の楽団に入ってもいい」
「楽器演奏じゃ……ないのかい?」
「私、常々思っていたの。突っ立ったまま音楽への情熱が表現できて?」
エクトルがおずおず尋ねると、アリエッタはヴィオラを鞄から取り出し、構える。
「座ったまま音楽を聴くだなんて! 韻律に乗ってはじめて、私たちは『奏でている』と言えるのではないかしら? そうでないと言うのなら、私を納得させてみせて? お行儀の良いダンスだって、私、突っ立っているよりはましだと思いますから」
「……なんてことだ……」
エクトルは深いため息をついた。しかし、すぐにベルリックに向き直る。
「いいだろう、受けてたつ!」
「いや僕は何も言ってないけど」
「ここまできて逃げるのか!?」
「うん、君もアリエッタと似てるな! レシオの奴らはみんなそうなのか?」
ベルリックは呆れた顔で腰に手を当てた。が、聴衆を振り返って呼びかける。
「みんな、聞いたな? どうせ音楽祭も近いんだ、前夜祭といこうじゃないか」
聴衆は歓声の代わりに割れんばかりの拍手で応える。それが、フォンタナのしきたりなのだ。
解説
マスターより
リプレイ
一部始終を目撃していたシルヴィアは、なるほど、とサンドイッチをひと口食む。食べ歩きなど侯爵令嬢としては減点かもしれないが、今は冒険者のシルヴィアだ。
(面白いことは好きだし、見せてもらおうかな)
そうして手の中のサンドイッチを胃に収めると、手を拭いて、突然のダンスバトルの舞台を整えるために方々へ指示を出すエクトルに近づく。
「ごきげんよう。次期楽長候補殿」
「あなたは……」
エクトルはシルヴィアの所作や発音から一瞬で状況を理解すると、恭しく膝をつこうとする。それを、シルヴィアはやんわりと止めた。
「伝統を守り、未来へ伝えていくことは大切だ。しかし同時に、新しい才能の形、文化の芽吹きも大切にされるべきだと、私は考えている。楽しませてもらうよ」
● 仁義なき戦いの序曲
「実況兼解説のアルシエラ。よろしく」
広場に急遽運び込まれた長机に布を敷いて、アルシエラ・ライゼルは木椅子を引いた。エクトルとアリエッタに捕まったのがどうして自分なのか、近場にいたからなのか、あるいは慧眼ありとみなされたのか謎のままだが、頼まれたからにはやりきってみせよう——アルシエラは顔を上げる。
「まずは現代派からのエントリー。ユークリア・フィナンシェ、海神・江流、キリアン・フィッツジェラルド、そしてエルナ・クルプファルツの4名」
アルシエラが名簿を読み上げると、4人は広場の中央へと進んだ。
「なお今回のダンスバトルは、ノックアウトではなくクルー。ソロの人もいるけど、最終的に観客によるジャッジで勝敗が決まるよ」
彼らの後には、古典派のダンスが控えているというわけだ。頬になにやら肉叩きの痕をつけたリリリリスに引き摺られる形で、ギーゼラが入場口に現れる。
「私にかかればダンスバトルも快勝ですわ! ね、ミぷぁっ」
リリリリスがギーゼラを振り返った瞬間、ギーゼラは跳ね起きると肉叩きをフルスイングさせる。その音が合図となった。
「しっかり見ていてくださいね!」
エルナが腰を背後にひねるようにして振り返り、ポーズを決める。その肩に飛び乗ったリスが、肩の上で片手で逆立ちし、もふもふのしっぽを揺らした。
直後、ひしゃげた金属板と同じく短く折れた2本の火かき棒を構えたキリアンがイントロを刻み始める。ただ聞いただけでは違和感しかない不規則な変拍子に、ユークリアの巧みなマウスドラムが合流し、江流の横笛による異国情緒あふれる旋律が徐々に規則正しいリズムをリードしていく。
「これはなかなか先鋭的な試みだね。現代派は古典派のような『定石』を嫌うと聞いていたけれど、混沌を体現しつつも、人間が生来備えている音楽的素養の延長線上に、自らの表現を位置づけていると言ってもいい」
我々は音楽を解放する。それがアリエッタたち現代派の掲げる標語だが、冒険者たちの演技はその指名からも解放されているように思える。アルシエラは解説を施すと、前へ踏み出したユークリアを見る。
「ユークリア、いきます!」
上体の捻り、緩急をつけた動き。しかしただ手足を振り回しているわけではない。江流の笛の音に合わせてのレガートな動き。その割に、足先は機敏に踏み換えられ、指先は滑らかに風を切る。キッと振り返ったユークリアの視線に射抜かれた観客の一部が、悲鳴を上げて倒れた。
しかしユークリアのソロパートはまだ終わらない。ここぞというところで発揮したスキルは、神霊憑依。
「あれは——マトリクス界と交信し、人智を超えた存在の力を身に降ろしているんだ。一般人にはできないパフォーマンスだね」
アルシエラの解説実況の通り、天から降り注ぐ黄金色の光に包まれたユークリアは神々しい。
「次は僕の番ですね」
キリアンが演奏に使っていたがらくたを置いて、ユークリアと交代する。そして靴の具合を確認すると、江流に目配せした。江流は任せろと片目を瞑って、情熱的な旋律を奏で始める。
それに合わせて、軽快なタップダンス。観客席から歓声が上がった。リズムに合わせて足踏みするものもいる。
(厄介ごとに巻き込まれてしまった、と思いましたが)
こうして熱を共有すると、なんだかあてられたように「悪くないな」と思ってしまう。
「さ、海神さん、盛り上げてください」
4人クルーにソロパートを順に用意するなら、1人目と2人目がリード、3人目が盛り上げ役だ。キリアンは交代時に江流から笛を受け取る。
「おや、シャルガネ風の青年が笛を預けたね。どんな演技を見せてくれるのかな?」
アルシエラがそう言うと、揺満月がぴょんと江流の頭に飛び乗った。その揺満月を振り落とさないように、江流はリズムに乗った器用な足捌きで、上体を固定したまま、まるで移動しているかのようにその場で擦り歩く。その手品のような動きに会場がどよめいた。江流は続いて激しくステップを刻むが、頭上の揺満月は微動だにしない。観客席からは拍手が上がる。
「まだまだ」
これくらいで驚いてもらっては困る。江流は両足を揃えて立ち、踵を支点にゆっくりと全身を前に傾けた。鍛えられた体幹パフォーマンスに、会場は熱狂に包まれた。
「さあ、みなさん手を繋いで!」
トリを務めるエルナはそう声をかけ、江流、キリアン、ユークリアは円を作るように互いの手を繋ぐ。輪を縮めたり拡げたり、ユークリアが蒼炎で演出するその中心には、エルナの栗鼠がふわふわのしっぽを振りながら、激しいブレイクダンスを披露していた。小さくて見えにくいが、その愛らしさに誰もが釘付けになる。
最後は4人全員が横並びになると、腰に手を当て、人差し指で天を指差した。完璧にシンクロした動きに割れんばかりの拍手が送られる。
「これは、次の演者はよほどうまく立ち回らないといけないね。果たして彼女たちはこの熱狂に負けない演技ができるのか——? ギーゼラ&リリリリス!」
● あふれでるかりすま
「しょうがないですね……僕が男役としてリードしますよ」
観念したギーゼラがリリリリスに手を差し伸べる。
「えぇ、えぇ、大丈夫ですわ。私の華麗なステップをもってすれば、優勝する事間違いなしですわ!」
「いや、対抗戦なんですが……まあいいでしょう。ステップは分かりますし、この曲ならリースも失敗しないはず」
古典派の出番を彩るのは、領主お抱えの管弦楽団「レシオ」だ。ワルツ形式の曲目が静かに2人を促す。
「さぁさぁ、私の為にダンスを踊りましょう!」
一応対抗戦なんですよ、と呆れまじりに繰り返すギーゼラの手を取って、リリリリスは元気よく笑った——と思いきや、淑やかに微笑んだ。
「さ、リードしてくださるのでしょう?」
「はあ。……ええ」
ギーゼラはリリリリスを広場の中心へと招くと、曲に合わせてゆったりとステップを踏み始めた。淑女然としたリリリリスの、伏し目がちで物憂げな横顔に、ほうと観客席からため息が漏れ——
「あ、足がついギーゼラ様の足の下に! アァァ!」
「ついじゃないんですよ!」
「この感覚、久しぶりですわね。別に癖になってなってませんわ!」
「やっぱりわざとでしたよねえ!?」
ぎゃいぎゃいと姦しく言い争いをはじめるふたりに、観客たちは目を丸くする。
「やる気ないなら僕はやめますよ!」
「あら、何処に行く気ですの!? 逃がしませんわ!」
ぱっと手を離したギーゼラの脚に、リリリリスはすかさずしがみつく。
「私の事を捨てるだなんてヒドイですわ!! あんなに激しくしたのに! 無責任ですわ! ゴミ捨て場に私を捨てたあの時——」
「えぇい足にまとわりつかないで! 誤解を招く発言もしないで!」
リリリリスのあけすけな告白にどよめく観客たち。それにギーゼラは頬を赤くして、きっとリリリリスを睨みつける。
「やはりこいつは床にすべきです! 今すぐこの石畳の一部にしてあげます!」
尚も言い募るリリリリスに向かってギーゼラが肉叩きを振り上げ、古典派のダンスは終了した。
「……えーと」
アルシエラはずるずると回収されていくリリリリスを見送り、こほんと咳払いをした。
「判定!」
戸惑いの中、現代派に票が流れる。さもありなんである。
「狸が躍るんは、月夜ばかりじゃないんやよ♪」
フリューリングスルフト=ティエラはそう言うと、くるりとその場で回ってみせた。代わって現代派からの参戦である。
フリューは足でリズムを刻みながら舞台の外縁を巡り、手拍子で観客を巻き込んでいく。楽しむこと、楽しんでもらうこと、それが大切だと考えたためだ。
フリューの一族において、踊りは皆の笑顔を奉納するものだった。そしてそれは、月夜限りでは足りなかった。
「老いも若きも、いよいよと、晩まで笑ひ明かせ!」
朗々と歌い上げ、花びらが風に巻き上げられるように。
「楽しまないと損さぁ♪」
手拍子が徐々に大きくなる。フリューはもう自らリズムを刻んでいない。観客が示してくれる韻律に、フリューは地を滑り天を舞い、全身を使って応えた。
「最高に幸せ!」
故郷の言葉を、ここに理解するものはいないだろう。しかし、フリューの爽やかな笑顔で締め括られれば、おおよその想像はつく。万雷の拍手が少女を讃えた。
対する古典派のエントリーを待つ広場に、マルミットとナジクが飛び込んでいく。
「飛び入り参加OKだって! いこう!」
「いけませんわ。私達の用事はもう済んだでしょう」
飼い主を引っ張る犬のようなはしゃぎようで、マルミットはナジクを広場の中心まで連れ出す。
ふたりは新人冒険者向けの簡単な依頼の帰りだった。偶然、突如始まった前夜祭に巻き込まれ——というか今、マルミットがナジクの手を引いて飛び込んだ。
「寄り道せず掃き溜めに——ダメだ言うこと聞きやしねえ」
そう、ナジクはドレスを着ているが、実は男である。ナジクは小さく悪態をつくと、黒い巻き毛を手で払った。
(ゴールディの路地裏ならともかく、真っ当な街でこんな格好で、人目を集めるとは……とんだ辱めだな)
ナジクが身に纏うものは、ぼろだ。古典派のために控えていた楽団も戸惑いを隠せない。
「姫さま」
集まる好奇の視線の中、マルミットだけが屈託ない笑顔でナジクに笑いかけている。
「キレイ。ステキだよ。姫さまがとってもキレイでかわいいんだよって、ボクはこの街の人たちに見てもらいたかったんだ」
ナジクの口元が歪んだ。こんな姿の、どこがキレイでステキで、かわいいのか。だがマルミットは本気で言っているようだった。ナジクの表情を不思議そうに眺めた後、にぱっと笑う。
「何も心配いらないよ。ボクが姫さまを幸せにしてあげるからね!」
マルミットがナジクの手を引いて始めたダンスは、無秩序で、幼児が遊んでいるかのような跳ね回り方だった。
「ああもう、こうなったらヤケクソですわ!」
ナジクはそんなマルミットの動きを制御するように立ち回る。転んだり、観客にぶつかったりしないようにうまく誘導してやっているうちに、演奏もはじまっていた。
マルミットの幸せそうな顔を見ていたナジクは、自分の立場を一瞬、忘れそうになる。
(これはおままごとだ。妄想だ)
だけど——。
票は均等に分かれた。どちらの舞踏も、観客の心を打つものだった。アルシエラは結果を、広場脇に設置された黒板に書き込んだ。
ここから先は現代派と古典派がそれぞれ連続する。対抗戦も佳境ということだ。しかし——
「いいぜ、ならダンスで白黒付けてやろーじゃねェか!」
「ナキルくん、ダンスで私に勝てると思ってるの?」
ハーフリングの少年とエルフの少女。物語から抜け出てきたような愛らしい組み合わせの二人は、けれどどうやら喧嘩中のようだ。
きっかけは些細なこと。少し前まで、お互いに数日後の音楽祭をどう楽しもうかと話し合っていたというのに。
「おおっとこれは急展開。果たして二人は息の合った演技を見せることができるのか……?」
ばちばちと火花を散らしているナキルとエフィルミアだが、目的は忘れていない。二人はお互いに少し離れて立つ。
(舞踏会できっちりした服着てダンスも悪かねえけど、)
今日は自分らしく。ナキルは足を開き、ばっと片手を天に掲げてポーズをとる。
「こっちのほうが熱くなれるぜ!」
軽やかなフットワークに、チャージングスキルを織り交ぜて風のごとく。広場を駆けるナキルの動きに合わせて、エフィルミアも滑るようにステップを踏む。やがてナキルの動きは、そんなエフィルミアに誘われるように、見惚れるように、花畑を吹き抜ける風はいつのまにか一輪の花だけを見つめていた。
結局のところ、惚れた弱み——ナキルがエフィルミアに敵う道理などないのだ。
吹き抜けた風によって花びらが舞った、と観客は錯覚した。エフィルミアが時計台を駆け上がって宙を舞ったのだ。ナキルは下からそれを見上げる。先ほどの苛立ちはとっくに消えていた。
無防備に落下するエフィルミアに向かって、ナキルは両腕を伸ばす。ナキルの元に舞い降りてきた花は、その腕の中で屈託なく笑った。
「受け止めてくれるって分かってたよ!」
喧嘩をしていても、勝負をしていても。いざというとき、ナキルは必ずエフィルミアを捕まえて、守ってくれる。
けれども、はっきりとそう伝えるのはどこか気恥ずかしくて。
「私以外にやんちゃなナキルくんのパートナーはつとまらないでしょ!」
「ミア……やっぱ、ミアは最高のパートナーだよ」
エフィルミアを抱えたまま、ナキルははにかんでくるりとその場で一回転した。両者のポーズが決まると、二人を祝福するように、喝采が広場を包み込んだ。
テテリカは続く現代派の演者に立候補する。そして、マジカルポケットから小道具を取り出した。
猛獣を模した木彫りの仮面——故郷のアピールのため、樹海の品は常に持ち歩いている。これもそのひとつだ。
「続いて現代派の演目は『樹獣の舞』——」
アルシエラがそう紹介すると、テテリカは1匹の獣となり、しなやかに、のびやかに跳躍した。
それは、フォンタナの現代派にはないテイストの舞だった。テテリカの故郷に伝わる踊りである。大仰に見える動きも、いやだからこそ、躍動感でもってして確かに1匹の獣をその場に現出せしめていた。
蝶を追いかけてはしゃいでいた獣は、やがて疲れたのかあくびのあとに伸びをすると、丸くなる。そこで演技は終わったが、観客は樹海の木漏れ日すら幻視した。
「まるでサウゼル大樹海の光景を切り取ったかのような名演……!」
アルシエラの賛辞につづき、古典派も現代派も一緒になってテテリカに詰め寄る。矢継ぎ早な質問に答えつつも、テテリカは古典派への敬意も忘れなかった。
「俺個人は、伝統や古典を重んじる。だから、知ってもらいたい」
故郷を想う気持ち。それに心打たれ、両派は深く頷くのだった。
シンディー・ホシカもまた現代派として後に続いた。
シンディー自身、これまでは古典的なダンスしか嗜んでこなかった。その反動か、今は自由にリズムを刻むダンスの方が好きになっていた。
あくまで個人の趣向で、古典派がどうのというつもりはもちろんない。ゆえにやろうと思えば行儀良くもできるが、やはりライブで周囲の反応を拾えるストリートダンスのほうが、楽しい。
太ももを大胆に露出したスリット入りの服は、しかし不思議と下品さは感じない。動きが良く見えるよう、スリットに沿ってたっぷりとあしらわれたフリルが揺れる。色気を纏った上体のひねりや情熱的なステップに、会場は盛り上がった。
古典派が嫌な顔をしないのは、シンディーが媚びていないからだろう。そこには芯の一本通った女性の姿があり——彼女の望みが体現されていたから。
「『ああ、私、生きているんだな』って……思えるの」
ダンスを終えて、シンディーは観客に向かってキスをひとつ投げた。
現代派のエントリーが終わり、古典派はラストスパートをかける。
頼むぞと送り出されたカズマ クレセントブラッドとリズ・ジェイド・フローレンスは、手を取り合って入場した。
「どちらかに肩入れしたいわけではないけど、お祭りだからね」
リズに限らずカズマもまた、その興味は現代派に向いている。しかし慣れたダンスは古典派のものだ。勝手が分からないばかりに温まった会場の空気を壊してしまうよりは、という選択である。
演奏が始まれば、カズマはどこか気が引き締まる思いだった。学園では幾度となく踏んできたステップをなぞる。軽やかに、かつパートナーであるリズを置いていかないように、足運びを誘導する。
「退屈じゃないか?」
「え?」
カズマの問いに、リズは思わず聞き返した。
「退屈だと思うくらいなら、断ってるけど」
「そっか」
リズの返答に、カズマは満足したようだった。嬉しそうにはにかむと、ぐっとリズの身体を引き寄せる。
「よっと!」
「ちょっ……!」
カズマは驚くリズをそのまま横抱きにした。リズは突然のことに思わずカズマの首に腕を回す。すると、観客から拍手と指笛によって囃し立てられた。カズマはリズを抱えたままぐるぐると回ってみせる。
「カ、カズマ!」
リズは観客には笑顔を向けつつ、嗜めるようにカズマの名を呼んだ。しかしカズマは悪びれもせずに笑う。
「お祭りなんだから楽しまなきゃ損だろ。ま、それはそれとして、勝負事ってことならやっぱ、勝ちてーからな♪」
淑やかなダンスではない。だが、ふたりの楽しそうな感情は伝わってくる。それが重要なのだ、と。
「……それなら仕方ないわね。でも、後でお説教なんだから」
アドリブを入れるなら前もって話してくれたらよかったのだ。驚かせたかったんだよ、というカズマの額を、リズは軽く小突いた。
ジュスト・ヴェルジーは珍しくも緊張しているようだった。差し出された手から窺える表情——彼はいつも隠すように手袋をはめているが、そんなことでこちらの目を誤魔化せると思わないでほしい——に、ローザリカ・L・ディオールは目を留めた。
先日は、余計なことを考える余裕もないような有様だったから、そう、お互いに——お互いに、意識してしまっているらしい。
「お手並み拝見と行こうか、婚約者殿」
だから、今日からは素直に。でもまだ照れくさいから、つっけんどんな言い方になってしまう。バレていたとしても構わない。挑戦的な瞳で見上げた従弟の表情は、しかし、困ったような笑みを浮かべていた。
「さすがの俺も少し、緊張しているんだよ?」
——今日が初めての本番だから、と。
目を見開いたローザリカに対し、ジュストはしてやったりと表情を変えて。
「言うつもりはなかったんだけれど、君のそんな表情が見られたのなら……」
ローザリカはジュストの言葉を遮るように、黙って淑やかに微笑んだ。ジュストは肩を竦めて、音楽に合わせてローザリカをリードする。
絡み合う視線、ぴったりと寄り添うように揃う呼吸、ステップ。それに、ジュストは少なからず驚いていた——そして、すぐに胸が一杯になる。
寄せられる信頼、心、身体。これで緊張しないなんて、どうかしている。それは確かに、ローザリカにも伝わっているようだった。
「喜ばせてくれるね、婚約者殿」
素直に嬉しいとは言えないローザリカの、今できる最大の譲歩に、ジュストは頷く。
「俺は君の婚約者なんだから、当然だ」
——だから、傍にいて良いだろう?
どうかしているなんて、お互い様だ。
甘く蕩けるような二人の世界。なんだか見ているこっちも甘酸っぱい気持ちになってしまう。アルシエラをはじめ、観客たちは二人を温かい目で見守っていた。広場はそれまでの熱気に満ちた拍手喝采ではなく、穏やかな祝福のそれに包まれる。
曲が終わると同時にその音が耳に飛び込んできて我に返ったらしい両者は、しばらくその場から動けなかった。
「今だな」
ハッタ・ムラムラは機運の高まりを確信していた。勝利ではない。ハッタがここにいる理由はただひとつ——まわるためだ。ぐるぐるまわる、回り続けるパンダの姿を見れば、この世から諍いなどなくなるはずだ。
古典派だろうが現代派だろうが、ただ回り続けよ。回れ、回転するのだ、納得するまで回り続けることで見えてくるものが必ずあるのだ。むしろそれ以外のことはすべて、蛇足にすぎない——!
ハッタが披露するのは、GPが誇る魅惑の舞台舞踏——クラシック・バレエ。演目は『ジャイアントパンダの湖』。悪魔の呪いで白熊に姿を変えられた王女に恋するパンダ王子の懊悩と情熱、それを回転によって表現する。黒熊の連続32回転が霞むほどの美技に、驚嘆の声が上がった。もふもふが回っている。それも、とても美しく。
両派どちらをも魅了したハッタは、満足げな表情で、回転しながら広場を出ていった——。
「……これで全ての演技が終わったな」
現代派、古典派が火花を散らすと思われた広場では、しかし、先ほどのハッタの演技の余韻がまだ残っていた。
「素晴らしい芸術は常に相手を乗り越えることで生まれてきた……」
しかし、とエクトルはどこかすっきりとした表情で語る。
「だが、それが我々の全てではないと、出演者たちに教えられた。……アリエッタ、君のやり方をもう否定はしない。だが、勧誘は続けさせてくれないか。楽団にではなく、お互いの音楽を尊重する、共演者として」
「エクトル……」
アリエッタはエクトルから差し伸べられた手を握る。
「ありがとう、その時は彼も誘っていいかしら?」
いい感じの空気にそっと距離を取ろうとしてたベルリックは、ぴたりと動きを止めた。じとりとエクトルに睨まれて、ベルリックは小さくため息をついたあと、二人の背を押した。
「よし! じゃあ親睦を深めよう! たくさん動いてお腹が空いたね! ほらほら行こう」
そして、実況解説を務めたアルシエラをはじめ、冒険者たちを振り返る。
「勝負の行方は……引き分け、和解というべきかな? それも、君たちのおかげだ。ありがとう。心ゆくまで、前夜祭を楽しんでほしい」
● 前夜祭の味
「どうやら丸く収まったようだな」
ベルク・オスマットは、チーズと葉野菜、ハムを挟んだパニーノを片手に、一段高いカフェテラスからダンスバトルの行方を見守っていた。隣に立っていたルベア・ベルニも、小さく頷く。
「見てる方が楽しいかなって思って、バトルには不参加だったんだけど……勉強になったわ」
ダンスにおいては、肉体の使い方が一等重要だ。動きを美しく見せる技術、観客を魅了する表現力。冒険者としての実用面では、疲れにくいステップの仕方や最小限の動きで機敏に動く方法などは、参考にできそうだ。
カップルたちを見ると、少し「いいな」と思ってしまうが。ルベアはなんともいえない感情を誤魔化すため、手元に視線を落とす。
「それに、これもね」
袋状の薄いパンに新鮮な肉と野菜を挟んだそれは、ベルクの手にあるパニーノと同じく、歩きながら食べられる軽食として販売されているものだ。
「依頼を受けるときとか、普段の生活でも、携行食にとか。ただ挟むだけじゃなくてそれぞれ工夫があるのね」
二人が買ったサンドイッチはいずれも、具材を挟むパンがそれぞれ完全に切れておらず、繋がっている。こうすることで具材が溢れるのを防ごうというわけだ。
「串焼きなども手軽だが、それでは食べた後の串の処理に困ってしまう。しっかり考えてあるのだ」
ストレガ・L・リベルガストラも熱心にメモを取っていた。ストレガはテラス席に座っており、テーブルの上には屋台で買い集めた多種多様な軽食が並べられている。すべて、研究のためだ。
「徹夜明けの客には味の薄い消化に良いものを。これからかなり活動をする客には味も濃くエネルギーのあるものを。同じ軽食ながら、そうやって商品を作り分けているのも興味深いのだ」
ゆっくり料理を楽しむということが難しい繁忙期の音楽家たちは、それでも毎日の食事に妥協したくない。そんな希望を少しでも反映しようという料理家たちの努力の結晶である。
「料理とは時に調和であり混沌……確かに料理もまた芸術。宴の際には音楽を奏でるという風習があるように、音楽と食はヒトにとって切り離し難いものなのかもしれぬのだ」
うんうんと頷きつつ、ストレガは一旦筆を置く。そしてベルクとルベアを手招いた。
「よければ一緒に食べるのだ。食べながら踊りたい、というわけでもなかろう」
「そうね」
ルベアは小さく笑みを返し、ベルクとストレガと共にテーブルを囲む。
「しかしこれなら、政務で忙しいレイウェスト殿下らにも、手軽に食していただけるのでは?」
と、ベルクは軽食の山からひとつを手に取り、まじまじと眺める。野菜豆と調味料を何種類もまぜて作られたペーストをバゲットに塗っただけのシンプルなそれは、実はかなりの栄養価を誇る。
「私たちが気軽に差し入れできる身分の方ではないけれど……バルディオン将軍、だったかしら。彼を通して専属の料理長に提案するくらいはできるかもしれないわね」
「検討しよう」
ベルクは材料を把握するため、自らの舌で料理を楽しむ。ルベアも自分の料理に生かそうと、ストレガにおすすめを聞いたり、レシピについて考察を重ねたりと、充実した時間を過ごした。
「串焼きって一口に言っても、いろんな種類があるのね!」
うきうきと串焼きを買い求めるのは、エミリア・シバだ。串焼きは屋台で売られている軽食のひとつであり、サンドイッチの次に人気がある。食べ終わった後の串の処理に困らないよう、一緒に厚手の紙袋を渡してくれたり、出店している串焼き店で協力して店先で回収してくれたりと、後の世話も手厚い。
野菜と肉をバランスよく混ぜたものが多いのは、音楽家の健康を考えてのことだろう。もちろん肉だけ刺したスタミナ串、そしてカットフルーツを刺したデザート串もある。
「特にこのデザート串はチョコレートが合いそうよね……ふふっ。こういうのって普段の何倍も美味しいの、なんでかしら?」
エミリアはラティア・ミゼリアを振り返る。ラティアは両手いっぱいの串焼きをじっと、なにやら小難しい顔で見つめていた。
「私もお料理を頑張らないと……」
せっかくなので料理のレパートリーを増やしておきたいのだ。真剣なラティアの表情に、エミリアは柔らかく微笑む。
「純粋に楽しむことも大事よ?」
「そ、そうですね。お祭りなのですし……そういえば」
と、ラティアは先程までダンスバトルが繰り広げられていた広場を振り返る。
「エミリアさん、せっかく踊りが上手なのに参加しなかったんですね……? 主義主張の問題、というか、こういう場で披露する踊りではない、と……?」
「あら、いいえ、違うのよ」
エミリアは手に持った串焼きをラティアに渡すと、すっと開けた場所に出ていくつかダンスステップを披露した。ワルツターン、ビートステップ、ベリーダンスに神楽舞。
「私にとって、踊りは服を着替えるようなものよ。どの服も素敵で選べなかったの」
それぞれに魅力があり、優劣をつけるようなものではない。
微笑むエミリアの背後の空へ、小鳥たちが羽ばたいた。
祭は続く。心にこそ響く音楽と共に——。
マスターコメント
イベントシナリオ普通 報酬:標準25 / 4〜25人
2022年03月24日 22時49分10秒 公開
参加者
相談掲示板
バトルしようさぁ!(ででーん! ……えへへ、ちょっと言ってみたかっただけさぁ/// うちは現代派?の方でダンスバトルに参加する予定さぁ♪
「ナキルだ、バトルしよーぜ!!(ばばーん! って、ノリでよろしくなーっと。 【1:現代派】の方で参加するぜ。何度かあのダンス(古典派)もやったけど まぁ、こっち(現代派)の方が性にはあってるんだよな。 (エフィルミアと【1:現代派】ダンスでバトルします(と言う名の共演))
テテリカ。よろしく頼む。 俺の村に伝わる樹海の踊りを披露したい。 ……伝統的な踊りだが、古典派の社交舞踏とは多分雰囲気が合わないな。 【1:現代派】として参加する。
エフィルミアです!そのバトル受けて立ちましょう!(ばばーんっ) ナキルくんと一緒に【1:現代派】をやってみようと思いますっ。 シーフのスキルと合わせれば派手な演出が色々出来そうですよね! かっこいいとこ見せちゃいますよっ。
ユークリアです、よろしくお願いしますね。新カップルのダンス御披露目、楽しみです。 私は【1:現代派】で踊ります。お友達も一緒ですが古典派の可能性もあります。自由だけど連携、を、目指していきます!
ハッタだ。 世話になる。
現代派のダンスに参加するわね
やぁやぁ! ゴブリンのマルミットだよ! よろしくお願いします! お顔はまだなんだけど、すっごく楽しそうだったから飛び込んじゃった。えへへ。 【1:古典派】でゆーがなダンスをひろうするよ! ナジクもいっしょ!
私(ワタクシ)、リリリリスですわ!! ダンスと言えば私ですわね。【1:古典派】…と言う事になりますわね。 ダンスバトル…ふふ、受けて立ちますわ!(あふれでるかりすま感)
ギーゼラです。よろしくお願いします。 屋台で美味しい物でも食べる予定だったのですが 諸事情により【1:古典派】で参加する事となりました。(苦い顔) ダンスの心得はありますので、何とかなるでしょう。 あふれでるかりすまを見てると思いっきり踏んづけたくなりますねぇ!(ぎりぃ)
ハーフビーストのアルシエラ。よろしく。 クールに熱く実況していくよ。あの人の血は今、更なる深紅に染まってる。
「>ユークリア …新カップルのダンス御披露目…(ジュストとローザリカか…?)」
えっΣ(ナキルさんに聞かれてからチラッ。っと、とある子に目を一瞬泳がしてから元にもどし) (喫茶店でお噂を聞きましたけど、秘密だったんでしょうか……っ) そ、そうだったんですか! 何となく何かを受信してそうなのかなーと!(あたふた)
「>ユークリア ……あー(以前の態度を思い出して…) あ、あー。オレとミアのことだったかー ま、まあ、ダンスバトルし合うから、お披露目ってワケになるかは悩ましそーだなー(有耶無耶にしようとするジェスチャー)」
>ナキルさん 細かい雑談は控えますが、なるほど…色々交流にも動きがあるのですね。 ふふっ、バトルの結果楽しみにしてます。
シルヴィアだ。今回はよろしくね。 「【3】屋台で美味しいものを食べる」で、音楽家が手軽に食べられる軽食を勉強させて貰おうと思っているよ。皆にとって良い一日になりますように。
実況などもあるようだし一応表明を。 ローザリカ、社交ダンスで古典派に加勢する形になる。 まあ、その……なんだ、仕方がないから手を取ってやることとする。 ……以上!
「(……勘違いじゃなさそうか?) >ユークリア そうだな、色々と変化はあるのかもな…… あぁ、それはオレが(ミアに)勝つぜ!(ふふん)」
ジュストだ。 パートナーが尻尾を巻いて逃げ出すかと思って心配だったけれど、杞憂で済んだようなので……【1:古典派】で参加させて貰うよ。
すみません、大変遅くなりました! シューターのキリアン・フィッツジェラルドと申します。 僕としてはユークリアさんやエルナさんらと共に【1】に参加致します。