【学乱】政治討論部の路上討論バトル
紀藤トキ
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シナリオID:1507
オープニング
「この生徒会選挙に何の意味があるだろうか! 無い! と私は断言しよう。候補者の約定を見るがいい。己の愚かさ加減で我々を危険にさらしたアルベイル・ライゼンナクトは『貴族主導による学園改革』などと言うが、ひとたび地に落ちた竜が誇り高き貴族の子らを纏めることなどできようはずもない。あえて言おう! もはやこの公約は空文であると!」
「一般人に伝統と格式ある学園を任せてよいのか! 駄目だ! そうだろう、みんな! 僕らの愛する学園は気高き貴族の為のものだ! 王国ばんざーい!」
「そもそもこの第三演劇部とは何ですか。公序良俗に反するような題材を内々に楽しむ下劣なサロンだと聞いておりますわ。もしもマリリン・クリニエーラが選出されれば、我らの愛する母校の風紀は地に落ちるに違いありません! 不潔! 不潔ですわ!」
「ヒャッハー! 異種族は退学だー!」
学園正門から校舎群へと続くメインストリートでは、仮面や着ぐるみ、コスプレに隠れたアジテーターたちが大声をあげていた。立候補者の公約への批判などは可愛いもので、中には生まれや育ち、身分や人格、友人関係までをネタにした批判と言うにもおこがましい個人攻撃まである。そのいずれもが勝手に路上で大声をあげるだけであり、自分の意図を表明しているだけで学園の規約に反していないと言い張る辺りが悪質だった。
「呆れたものだ。学園長が言う自由、と言うのはそういうものではあるまい……」
「ですが、選挙に関する暴力的でない言説に、学園の警備隊は関与できないようですね」
トマス・ダンテが苦笑いを浮かべると、腹心のタイコモ・チーが鎮静化が難しい理由に言及する。こういった活動の恐ろしいのは、個々の立候補者の評判が落ちる所ではない。選挙と言う行為自体への倦厭感が広がり投票率が大幅に落ちることで、『学園生徒に選ばれた生徒会』という意義を失ってしまうことだ。
「大方、選挙を無効化させたい連中の最後のあがきだろうが。顔を隠してまでする事か。みっともない」
「やっつける?」
「私もカナンに賛成です」
脳筋な配下のカナン、シオンの両名が言うのは分かりやすい解決法だが、できれば穏便に解決したい所だ。仮面の下から有力貴族の子でも出てくれば、せっかく落ち着いた親達の政争が再燃しかねない。
「うちの子がそんな事をする筈がない、とかそういう感じの親御さんが乗り込んでくるのも面倒ですからね」
「だが、言わせっぱなしというのはどうだ。一般生徒にしても、毎朝の登校がああまで不愉快になれば、学生の本分にも差しさわりが出る」
「こっちも仮面をつけて言い返そう」
「カナンも良い事を言いますね」
駄目だこいつら……、と思ってから、トマスは少し考え直した。仮面はさておき、言い返すというのは悪くない。相手の誹謗中傷を力で制圧するのではなく、きちんと論破していけば耳を傾ける者もいなくなるだろう。
「不愉快な登校中のノイズを勧善懲悪のショーに変えようというのですか。さすがはトマス様」
「いや、そこまでは言っていないが……」
政治討論部の活動として、朝に問題のルート脇にある広場を借りてしまおうとタイコモは言う。活動している連中はだいたい声が届く範囲にいる筈なので、片っ端から論破してやればいい。討論部の活動としてはとても正しい。……そうか? と首をかしげたのはトマスだけで、シオンやカナンはやる気だった。
「では、私は皆さまが腰を下ろして耳を傾けられる休憩用のテーブルを手配しますね」
「私はお茶を出す」
いや、あまり自分でやる気は無いようだった。タイコモはこの間の醜聞があるので反論に反論を重ねられてグダグダにされる危険がある。トマスは立候補を辞めたことだし演説のような場に出たくはない。
「何、討論部には頼りになる部員もいるし。部員でなくとも参加者は歓迎しよう。文句を言われている当人や友人は言い返したい事もあるだろうしな」
トマスが決断を下し、そう言う感じで動き出した。
「こちらの立ち位置を明らかにする為に、とりあえず連絡が付けやすいアルベイル様やマリリン様には私から連絡しておきますね」
冒険者と違い、学園生は大陸中を飛び回っていたりしないので連絡を出すことは容易だ、とタイコモが言う。。
「……マリリン嬢はともかく、アルベイルにか……?」
トマスは微妙な顔をしていたが、選挙を邪魔する側ではなく、邪魔する連中をどうにかしようという立ち位置で行動しているというアリバイは作っておくべきだと言われれば、そういうものかと頷いた。シオンはお茶菓子の用意やテーブルセットの借り出しなどの手配を始めるようだ。朝や昼なら軽い食事もできると良いかもしれないとカナンがいい、手配される食材に菓子より重めのパンや軽食も加わった。
「……お祖父様にも叱られたし、しばらくは控えているつもりだったのだが……。まあ、討論部と名乗るからには、討論をするのは悪くはないだろう」
いつの間にかすっかり自分より盛り上がっている3人を見つつ、トマスはそう自分を納得させるのであった。
「一般人に伝統と格式ある学園を任せてよいのか! 駄目だ! そうだろう、みんな! 僕らの愛する学園は気高き貴族の為のものだ! 王国ばんざーい!」
「そもそもこの第三演劇部とは何ですか。公序良俗に反するような題材を内々に楽しむ下劣なサロンだと聞いておりますわ。もしもマリリン・クリニエーラが選出されれば、我らの愛する母校の風紀は地に落ちるに違いありません! 不潔! 不潔ですわ!」
「ヒャッハー! 異種族は退学だー!」
学園正門から校舎群へと続くメインストリートでは、仮面や着ぐるみ、コスプレに隠れたアジテーターたちが大声をあげていた。立候補者の公約への批判などは可愛いもので、中には生まれや育ち、身分や人格、友人関係までをネタにした批判と言うにもおこがましい個人攻撃まである。そのいずれもが勝手に路上で大声をあげるだけであり、自分の意図を表明しているだけで学園の規約に反していないと言い張る辺りが悪質だった。
「呆れたものだ。学園長が言う自由、と言うのはそういうものではあるまい……」
「ですが、選挙に関する暴力的でない言説に、学園の警備隊は関与できないようですね」
トマス・ダンテが苦笑いを浮かべると、腹心のタイコモ・チーが鎮静化が難しい理由に言及する。こういった活動の恐ろしいのは、個々の立候補者の評判が落ちる所ではない。選挙と言う行為自体への倦厭感が広がり投票率が大幅に落ちることで、『学園生徒に選ばれた生徒会』という意義を失ってしまうことだ。
「大方、選挙を無効化させたい連中の最後のあがきだろうが。顔を隠してまでする事か。みっともない」
「やっつける?」
「私もカナンに賛成です」
脳筋な配下のカナン、シオンの両名が言うのは分かりやすい解決法だが、できれば穏便に解決したい所だ。仮面の下から有力貴族の子でも出てくれば、せっかく落ち着いた親達の政争が再燃しかねない。
「うちの子がそんな事をする筈がない、とかそういう感じの親御さんが乗り込んでくるのも面倒ですからね」
「だが、言わせっぱなしというのはどうだ。一般生徒にしても、毎朝の登校がああまで不愉快になれば、学生の本分にも差しさわりが出る」
「こっちも仮面をつけて言い返そう」
「カナンも良い事を言いますね」
駄目だこいつら……、と思ってから、トマスは少し考え直した。仮面はさておき、言い返すというのは悪くない。相手の誹謗中傷を力で制圧するのではなく、きちんと論破していけば耳を傾ける者もいなくなるだろう。
「不愉快な登校中のノイズを勧善懲悪のショーに変えようというのですか。さすがはトマス様」
「いや、そこまでは言っていないが……」
政治討論部の活動として、朝に問題のルート脇にある広場を借りてしまおうとタイコモは言う。活動している連中はだいたい声が届く範囲にいる筈なので、片っ端から論破してやればいい。討論部の活動としてはとても正しい。……そうか? と首をかしげたのはトマスだけで、シオンやカナンはやる気だった。
「では、私は皆さまが腰を下ろして耳を傾けられる休憩用のテーブルを手配しますね」
「私はお茶を出す」
いや、あまり自分でやる気は無いようだった。タイコモはこの間の醜聞があるので反論に反論を重ねられてグダグダにされる危険がある。トマスは立候補を辞めたことだし演説のような場に出たくはない。
「何、討論部には頼りになる部員もいるし。部員でなくとも参加者は歓迎しよう。文句を言われている当人や友人は言い返したい事もあるだろうしな」
トマスが決断を下し、そう言う感じで動き出した。
「こちらの立ち位置を明らかにする為に、とりあえず連絡が付けやすいアルベイル様やマリリン様には私から連絡しておきますね」
冒険者と違い、学園生は大陸中を飛び回っていたりしないので連絡を出すことは容易だ、とタイコモが言う。。
「……マリリン嬢はともかく、アルベイルにか……?」
トマスは微妙な顔をしていたが、選挙を邪魔する側ではなく、邪魔する連中をどうにかしようという立ち位置で行動しているというアリバイは作っておくべきだと言われれば、そういうものかと頷いた。シオンはお茶菓子の用意やテーブルセットの借り出しなどの手配を始めるようだ。朝や昼なら軽い食事もできると良いかもしれないとカナンがいい、手配される食材に菓子より重めのパンや軽食も加わった。
「……お祖父様にも叱られたし、しばらくは控えているつもりだったのだが……。まあ、討論部と名乗るからには、討論をするのは悪くはないだろう」
いつの間にかすっかり自分より盛り上がっている3人を見つつ、トマスはそう自分を納得させるのであった。
解説
政治討論部の今回の活動は、立候補者に残念な難癖を付けてくる人たちを論破する事になりました。
要するに冒頭にいたような頭の悪い連中を論破してスカッとするお話です。
また、論破が行き過ぎて相手に手を出させた場合は制圧しても構いませんが、相手は別に強くないのでほどほどに。
立候補者の公約は特設ページでご確認くださいませ。
ご参加の皆様はプレイング上で、【討論者】【応援者】【観客】【手伝い】の立ち位置を表明してください。
複数選択も可です。
【討論者】舞台に上がって異論を仮面の人たちにぶつけます。言い返される可能性もあります。
【応援者】舞台の下からヤジを飛ばしたり声援を飛ばしたりします。誰を応援するかも記載してください。
【観客】通学中やお昼休みに通りすがった人です。お茶したり食事していても良いです。
【手伝い】主催側の手伝いをしても構いません。なお、部員に手伝いノルマとかないので他の選択でもOKです。
この【討論者】は候補者当人である必要はありません。友達や恋人がムカ着火ファイヤーで相手を焦がすのも良いと思います。
また、論破するべき難癖仮面を提案しても構いません。例えば「アルベイル・性癖」などの指定があると、ありもしないアルベイルの性癖をでっちあげる仮面が出現します。細かく指定しても構いません。相手の外見や雰囲気の指定もしても良いですが、中の人は指定できませんし明らかになりません。だいたい二度と出てこないと思います。あと、誰も対抗演説をしていない場合はカットされます。難癖仮面は1人では存在できないのです。
なお、立候補者に関する難癖は、(当人がこのシナリオに参加し、内容の同意がプレイングで確認できる場合を除き)名前を伏せた上でかなりマイルドなマスタリング対象となります。例えば上述の指定であれば、捏造されるのは「あいつツインテールフェチだぞ!」位のそんなにヤバくない性癖になり、死体愛好家とかにはなりません。
冒頭にあった程度の種族忌避や、身分差別などの世界観的に妥当なものであればおおむね問題ありません。
節度と良識を守って楽しい討論ショー(ただし勝者は決まっている)をお愉しみ下さいませ。
なお、冒頭のNPCへの難癖はPCが誰も相手しなければ適当にうちのNPCが処理いたします。
マスターより
トマス君が結構美少年だったので嬉しい紀藤です。イラストレーター様は凄いですね。
【学乱】が終わった後の政治討論部は何をしようと思っていましたが、まだ続いていた……。
討論部らしく、暴力抜きで相手をぶん殴るお話をしてみようと思いました。
素性を隠して難癖をつけてくる相手を、鋭い舌鋒や天然ムーブ、突発的難聴や熱い友情、溢れるお色気などを駆使して観客に分かるように論破しましょう。
皆様の楽しいプレイングをお待ちしております。
●NPC
トマス・ダンテ(17)
ダンテ伯爵子息の4回生。キャスター。学業実技とも良い。討論部部長。
タイコモ・チー
酷い名前だがトマスの懐刀で同学年同い年。子爵子息。ヒーラー。学業実技とも良い。
シオン、カナン
トマスの子飼いで同学年同い年。孤児院出。ウォーリア、シーフ。実技優秀。シオンは討論部副部長。
サラ・ドルトン(15)
男爵令嬢。己を磨く系意識高め女子。【観客】でのんびり朝のお茶。
テオドール・ディンドルフ(テオ)(28)
討論部副顧問。筋金入りのハフビ大好きなくせに貴族の子。五男。学園派にも公平に当たる。
リプレイ
「王国はヒューマンが作り、ヒューマンが守ってきた国家だ。その未来を担う学園生徒会に異種族は必要ない!」
ここ数日響いている熱の入った語りを聞き流しつつ、ハリーヌ・ヨツユビはちょこちょこと道を駆ける。半獣どころか8割くらいハリネズミの彼女には、蔑みの視線と同じくらいの頻度で愛玩動物に向く一方的な慈愛の視線が向いていた。当人にとってはどちらも取るに足りないものではある。
(せっかくの学園祭だというのに、騒がしい奴らでございますね)
騒音としてのみ認識して視線をあげれば、脇の広場に見慣れぬ一角を見つけた。昨日までは確かに無かったと思うのだが、喫茶店……というよりは街にあるような屋台とテーブルのような。ただし場所柄かテーブルにはクロスもかかっているし何だか優雅な雰囲気である。
「あ、ハリーヌ。久しぶり!」
「ララベル様。ここは一体……?」
何となく足を止めてみていると、席についている見知った顔が手を振ってくる。共に難関の編入試験を戦ったララベル・サン・ディーベルだ。ついっと背伸びをすると、コルネリウス・アーラやエフィルミアの姿も見える。
「ここは政治討論部が作った休憩場所だ。御茶や菓子、軽食をとることができる。良ければ席へ案内しよう。ああ、無料だぞ」
「政治討論で食事でごさいます、か……? む、無料!」
新しい客に気づいたサマエラ=フォリウムが言葉を掛ける。ハリーヌは不似合いな言葉の組み合わせに首をかしげるも、最後の単語のインパクトが疑問を吹き飛ばした。出ていくお金は少ない方が良いのだ。タダより安いものは無いとも聞いた気がするが、怪しい雰囲気は感じないので良いだろう、きっと。
「これがメニューよ。お勧めはサマエラさんのクッキー」
「いや、大したものではないぞ?」
高い椅子に腰かけたハリーヌへ、ルベア・ベルニがメニューを渡す。思わぬ一言にサマエラがびっくりした様子で言うも、ルベア的には思ったことを言っただけだったりする。
「3種類あるし、確かに美味しいよね。お土産にできればいいかも」
「私も家族へ持ち帰りたいくらいなの」
「ララベルやコハクまで言うか。そこまで数は持って来ていないので持ち帰りは勘弁してほしい」
手作りの素朴な味ゆえに、朝ごはんのおまけにはちょうど良いらしい。なるほど、と思いつつハリーヌは3種類全部を注文し、それから周囲を見回して、ようやく奥にある簡易の演壇のような物に気が付いた。シオンやカナンがあれこれ指示を出して設営しているようだ。
「アレは何でございましょう?」
「生徒会選挙の……何だろう、論破合戦?」
「……ちょうど良い。そろそろ始まるぞ。見ていれば分かる、と思う」
少し前からいるララベルにも良く分かってはいないようだ。部員でもあるサマエラが、説明するよりも見ている方が分かると言って演壇を示す。トマスに「コルネリウス嬢は最初だが、あまり気負いすぎぬように。まあ、以前に討論部で話を伺ったときのような心持なら、無駄な心配だろうがね」などと激励されたコルネリウスが、頷いてから登っていくところだった。
●
「皆さん、おはようございます。生徒会選挙に立候補した、異種族のコルネリウス・アーラと申します」
「……っ!」
コルネリウスが第一声を放つと、調子よく異種族をこき下ろしていた仮面の生徒がたじろいだ様子を見せた。そちらを直接睨むような真似はせず、コルネリウスは道行く登校中の生徒や席に着いた生徒へ目線を向けたまま語る。
「私個人は学園へ編入したばかり、その上、異種族候補に気に入らない思いを抱く方がおられる事は承知の上です。自身について反論は特にありません」
「む。あ、ああ。それはそうだろう。全て事実なのだからな! 反論などできる筈が……」
「そ・れ・に。『学園最強』のひとりにわざわざ喧嘩を売る方も、いらっしゃいませんでしょう? まさか」
「むぐっ」
コルネリウスは自身がそんな風に言われていることを利用して、圧を掛けていく。顔色を無くした仮面の男だが、隣にいた別の仮面が声をあげた。
「は! 異種族が『学園最強』などと! 一部の者が参加した会で勝利した程度でおこがましいぞ!」
「そうだそうだ!」
威勢よく声をあげたものの、微笑を浮かべたコルネリウスが視線を向けると勢いは落ちる。コルネリウスが名実共に学園最強であるかどうかはともかく、この場にいる仮面が束になっても勝てない圧を持っているのは間違いない。一般人と授恵者の間には圧倒的な力の差があるのだ。
「これから同じ学園生として過ごすのですから、私は皆さんとも理解を深めて仲良くしたいですね。……せっかくこの場があるのですから、不満や言い分はめいっぱい出し切って終わりとしましょう?」
コルネリウスはそれ以上追い打ちをかけることも無く、言いたいことがあれば言えばよいとだけ告げて壇上を後にする。彼女にしてみればすべて裏表もなく本心でもあるし、この程度の口撃は予想済みだ。
「カナンは、学園最強って呼ばれたかったりする?」
設営を終えて仕事の減った様子のカナンへ、ララベルが何となく問う。が、貴族子飼いの授恵者の思考はズレていた。『あの者、強いな』と誰かが言えば、『某では及びませぬ』『某ならば勝てましょう』と返す、そういう類の脳筋思考である。
「一対一なら、私は多分勝てない。シオンは勝つ」
「え。そうなの。えーと、じゃあ僕とカナンだと?」
「試合なら、私の方がまだ強い」
学内にいる戦闘能力が高い学生は即ち貴族の関係者だ。幼少期から力に目覚めて鍛えられており、強い。真剣に勝ちに来る場合は、主君が装備も整えてくるだろう。
「カナンの方が強い、かあ……」
「中には大昔の凄い剣とか鎧を持ってる家もある。戦わないと駄目な土地の人もいる。そう言う家の人は若くても強い」
男の子としては悩ましい所で、むむむと唸るララベル。ララベルたち『新しい授恵者』が研鑽を積む間に、先を行く彼らが足踏みをしているとは限らないのだ。
「なるほど、こういう趣旨の集まりでございましたか。では上等なクッキーなどはもったいのうございますね。そう。ポップコーン! ポップコーンの用意はございますか?」
「え、ポップコーン……。専用じゃないけど、コーンは確かあったわね」
「美味しいお菓子なの?」
メニューにない注文に驚きつつも、そんなに面倒なものでもない。耳にしたコハクも興味を惹かれたのか耳を立てていた。ルベアが念のために現場監督のシオンへ了解を取りに行くと、演壇から降りたばかりのコルネリウスに行きあった。リサ・ベイカーと何やら話しているようだ。
「紅茶の差し入れですか、助かります!」
「自分も飲みたかったですから。大き目のポットで出して、周りの皆さんにも飲んで頂きたいのですが」
「分かりました。私もお手伝いしますね」
借りだした厨房施設はそれなりに本格的で、使いすぎない限り火や水の心配はない。ルベアがコーンを火に掛ける隣でリサの手でお湯が沸かされる。ポットのサイズに合わせて目分量で茶葉を図りおき、ポットを温めた後で湯を捨てて投入。その上から湯を注いでしばし待っている間にコーンがいい感じに弾けた。
●
食べ物飲み物の用意の間に、新たな仮面が演説を始めている。今度の仮面は女子のようだ。
「未来の王国を担う学園の生徒会に、庶民の子は相応しいの? 商人の子は金の数え方だけ学べばよいのです。商人女が出しゃばって……!」
「あー、これは私の事かな。なんか色々言われてますね……」
耳にしつつも、リサはさして動じていない。異種族で立候補したコルネリウス同様、平民から立候補した彼女も色々と難癖をつけられるのは想定済みだった。ここで直接言い返しに言っても、ややこしくなるだけだろうと、手間暇時間の損得勘定をして放置を決め込む。が、そう簡単に割り切れない者は周辺にこそいた。
「顔を見られねぇからって好き勝手言いやがって……。何だよ商人女って」
商売女と一字違いの嫌らしい言い方をわざと選んでいるのだろう。アーシェル・G・クラインが苛立たし気に言うも、大雑把な自分の気性では冷静に論破するのは難しいとも思う。相手が女では手が出たら負けだ。兄とも慕うエルフなら飄々と言いくるめるだろうに、とこの場にいない人間の事を悔しく思うも。
「大丈夫ですよ、リサちゃん」
「へ?」
紅茶を注ぐリサへと、背の高い椅子に座したゲルダ・クラインの力強い声がする。生まれた国こそ違えど、似た生い立ちの2人は友人になった。お互いを思う気持ちはきっと同じくらいなのだろうが、社交性高いリサとゲルダでは心の中に一人が占める割合が違う。普段はお揃いの緑の瞳の中に、ゲルダだけ炎が燃えているようにすら見えた。
「ゲルダちゃん? えっと……無理はしなくていいよ?」
「…………すぐに。紅茶が冷める前に終わらせてきます」
「……ゲルダ、卑怯者達に負けんじゃねぇぞ。お前の想いと言葉で思いきりぶん殴って来い」
椅子から降りざまにアーシェルの激励へ頷き返し、すたすたとトマスの方へ向かっていく。普段と様子の違うゲルダに驚いた様子のトマスだったが、頷いて演壇の方を指した。
(少し、羨ましいわね)
覚悟を決めたとして、何を言われても気にならない訳ではない。間が悪くこの場にいない誰かの顔を思いつつ、コルネリウスは紅茶の香りに思いを向ける。チョココロネが少し焦げた味がする、気がした。頭を一振り、壇上へ目を向ける。
(聞きましょう。様々な意見を聞くのは、どんな言葉もきっとこれから先も私自身の役に立ちますから)
●
壇上、ゲルダは少し離れた場所で演説をする仮面女を瞬きもせずに睨んでいた。仮面女は道行く人々へ語り掛けていたようなのだが、隣から差し込まれる言葉に明らかに気を取られている。
「商人には商人の、農民には農民の分があるというのですわ!」
「なるほど。他には?」
「ほ、他に……? み、身分が不相応だと言っているのです!」
「おいおい、それしか言う事ねーのかよー」
淡々と刺される言葉の脇で、ポップコーンをむさぼるハリーヌがヤジを飛ばしている。別に酒を飲んでいる訳でもないが、朝からすっかり出来上がり、素が駄々洩れだった。別の席にいるコハクは食べる方に夢中なのか、静かな物である。
「……それで?」
「で、ですから……、商人女如きが……」
「言いたいことは、以上ですか?」
「へいへい、相手びびってるー!」
あくまで聴衆に向いているポーズだった仮面女が、とうとうゲルダへ向き直る。と、ゲルダの背後で腕組みをして見守るイケメンが目に入って若干気を削がれた。
「あっ、あなたも、あの女と同じ商人女だからね! 品が無い。汚らわしいわ!」
「最後に、わたしからも一言いいですか?」
感情的になった相手に、声のトーンは変えずに差し込む。女子の上目遣いに甘い幻想を抱く男子なら瞬殺されそうな眼力で、ゲルダはとどめの一言を放った。
「……最低ですね。口から出た言葉って、そのまま自分に返ってくるんですよ」
「な。何ですの。私が、私が下品だとでも……、ちょ、ちょっと貴女、逃げるんですの!?」
くるり、と視線を切って背を向けたゲルダ。言い返そうとしたら相手が勝ち逃げである。矜持が邪魔をして地団駄も歯ぎしりもできないようだが、仮面女の心情は推して知るべし。
「うわー、だっせぇ! やっぱ仮面に顔隠してる奴は駄目だわー」
ここぞとばかりにハリーヌがヤジを飛ばす。(愛らしいハリネズミの方から何か罵声が聞こえたけどきっと気のせいに違いない、だってあんなに可愛いのだもの)というような視線が一般令嬢から向いていた。
「よくやったな、ゲルダ!」
壇上の端っこの方から見守っていたアーシェルが賞賛する。ハーフリング女子なりに可能な限り肩を怒らせて戻ってきたゲルダは、椅子に腰を下ろしてから大きく息を吐いた。
「ふぅ……、わたし、やっちゃいました?」
「うん、ありがとう。ふふふ、嬉しいですね。アーシェルさんもありがとうございます!」
親友の笑顔に若干の後悔を放り投げて、ゲルダは控えめに笑みを返した。
●
「学園派支持者、卒業生のレティシア・レインフィールと申します」
「春に編入しましたドワーフのヴィルヘルミナです。よろしくお願いします」
次に壇上に上がったのは、貴族家の出と明らかな所作のレティシアと、黙っていればヒューマンでも通じるかもしれないとはいえ異種族のヴィルヘルミナだ。身分差を論点に上げている仮面側からすればその時点で言語道断。ふらふら退場していった女性の後に小柄な少年仮面が立ち上がる。この少年、貴族たるもの女性を守らなければと思い従姉と共にこの場に来ていたが、従姉を論破した相手も女性ならば自分の前にいるのも女性なので混乱していた。混乱しつつも、従姉と一緒に事前に準備していた難癖の中から使えそうなものを頑張って探し出して何とか喋る。
「な、なんで貴族が異種族と一緒にいるんだ! おかしいじゃないか!」
「喚くのは結構ですが、そうやって素性を隠してでしか言えない時点でたかが知れているといいますか。少しでもやましさがあるから、こういう手段を取っているようにしか見えないのですよね」
「何だと! 言わせておけば……、こんな仮面!」
「まずいですよ、坊ちゃん!」
なんだか相手が揉めているが、気にせずヴィルヘルミナは正論で殴る。「そうだ、仮面とれ仮面」などとハリネズミのヤジも飛んでいるが、相手側はそれどころではないようだ。
「皆様は立候補者の方々にご不満がおありのご様子ですけれど……。それならば何故、皆様が立候補をされなかったのでございますか?」
「ぼ、僕のような子供の話なんて、誰も聞いてくれない! だからこうするしかなかったんだ!」
「自分では力が不足と思うのならば、自分たちで何方かを擁立すればよかっただけの話でしょう。矢面に立つ気概もないのに文句ばかり言っているのは如何なものかと思いますが」
「ふ、ふざけるな! 僕は貴族だ! 負けると分かった戦いになど手出しできるものか!」
(自分の力不足は知りつつも、受け入れられないという事ですか……)
上に立つには、年齢や性別よりもまず力を示す必要がある。ヴィルヘルミナの一族ではそれが普通だった。まず戦闘と鍛冶。弁が立つという力を見せればそれも讃えられよう。年齢がどうあろうと、己の力を磨くことを怠って文句ばかり言うのは……。
(いや、ドワーフ王国にもそういう方たちがいない訳ではないですね)
今の匠王は女性で比較的若いシグルランだ。彼女に負けた老匠の中には、酒に逃げたり槌を折ったりしたものもいたかもしれない。ドワーフならば酒の席で発散できるものを、ヒューマンの子供はそういう訳にもいかないので駄々をこねているのか。そう思えば、少しかわいそうな気もしてきた。ドワーフの古老曰く、酒は全てを解決する。この子がストレスに負けて喚きたてるようになったのも、ヒューマンが酒に弱いのがいけない。きっとそうだ。
「もう少し大人になれば、あなたにもできるようになりますよ」
真摯な気持ちで伝えた助言の効果は抜群で、背伸びしたい少年はがっくり肩を落とす。そこへレティシアが対外向けの微笑を向けて、少年へ別の道を示した。
「思うところがおありなら直接仰ればよろしいのです。アルベイル様も、他の候補の方々も。皆様のお言葉に理があるのならば必ず耳を傾けて下さいます」
「く……。そうまでいうなら、聞いてやる! お前たち、覚えてろ!」
「坊ちゃん、そういう時はもう少し違う言い方が……」
レティシアのケアを受けて、少年の心は少し慰められたであろうか。主に一生懸命声を掛けていたメイド風の女性と執事風の青年が去り際に頭を下げていく。一仕事終えたレティシアとヴィルヘルミナに、級友のリサが紅茶を勧めてくれた。
「お疲れ様です。あの、もう少し手心とか……。いえ、でも私が言うのも変ですよね」
あっちの言い分も分からないでもないと思うリサとしては、ゲルダに続いて差別組仮面が受けた反撃に微妙な顔になっている。彼らが満たされていないのは理屈ではなく感情なので、正論で叩けばあっけなく破綻するのだ。まあ、ああいう誰かにそそのかされてしまった系の相手は一度破綻した方が良いとは思うのだけれど。
「アルベイル様やマリリン様に紹介しようかとも思ったのですが……。それはまたの機会にした方が良いですよね」
「子供とはいえ、男の子ですから。泣いた後が分かる顔では人に会いづらいでしょう」
その日の講義、腫れぼったい目をした飛び級の少年に周囲は優しかったという。
●
立て続けに難癖仮面が敗退し、肝の小さい者は怯えたのか少々間が空いた。次なる仮面は女性で、最初から結論ありきな感じで喋る様子から、理性的な会話が通じるのか怪しい。第三演劇部のマリリン・クリニエーラを誹謗する仮面女子である。
「やあ、トマス。面白い場を整えてくれたようだね」
「シルヴィア嬢か。私が言うのも何だが、お手柔らかにしてやってくれ」
颯爽と立ったシルヴィア・A・カペルは、さながら乙女の名誉を守るために決闘に赴く騎士の如く。演壇へと招くトマスは、これで良かったのだろうかと言うような顔をしている。腹心のタイコモあたりなら「もちろんですとも。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすものです」などと笑って言うのだろうが、ここまでの相手のオーバーキルぶりにトマスは多少なりと同情していた。
「さあ、それは相手次第かな。私は大切な友人に難癖をつけるような輩を許す気はないよ」
「そうだろうな。私にも貴女の心情を想像する位の事はできる」
と、口にしつつも、トマスに『大切な友人』などと言える相手はいただろうか。子飼いの配下は友人とは言い難い。それ以外に気安く言葉を交わす相手と言えば、この討論部や学外で知り合った授恵者の一部位か。彼らとの間に『友人』と言う程の関係性を築けているかといえば、おそらく否だ。良く見てもお互いの理解を進める途上と言った辺りだろう。
(もしや、生徒会は住んでいる世界が近い連中と派閥や政争の関係なく個人で付き合う良い機会だったのでは……?)
だいたいの貴族学生が入学前に目標に掲げている人脈や交友作りを、全く念頭に置かずに生きて来た弊害が出ているようだった。後輩のそんな残念さ加減には気づく由もなく、シルヴィアは演壇へ上がる。
「そこまでだ。マリリン・クリニエーラへの度重なる中傷を訂正して貰おうか」
「やはり、来ましたわね。新たな論破女!」
(論破女……? それは、私の事かい?)
大概の論難には対応する気構えでいたシルヴィアが一瞬虚を突かれる。何の事は無い、早朝から始まった一連の論破ショーに現れた仮面論客への刺客がたまたま全員女性だっただけの事だ。仮面の者たちを論破し、心を折る事を目的としている恐ろしい女たち、というのが仮面側の認識だが、多分論破女呼ばわりされた側には異論があると思う。何よりも。
「論破女とか、センスないなー」
ハリーヌの野次が衆目の意見を大体語っていた。貴族令嬢は、野次などまともに相手にしていられないという意思を示しているのか、視線はそちらに向けずに言葉だけで切り捨てる。
「う、うるさいですわ。そんな事はどうでも良いのです」
「確かに、私もそれがどうでも良いという事には同意するよ。だが……、第三演劇部が下劣なサロンだという言説には同意しかねるね。根拠はあるのかな?」
「根拠など。この私の友人がそう述べていた。それで十分でしょう」
「ふむ……。ここに、第三演劇部の昨年からの活動実績がある。観劇者からの感想も寄せられていたようだが、その中身を見たことはあるかい?」
「そのような汚らわしい物に目を通す必要がありまして? どうせ不潔な言葉を書き連ねているのでしょう?」
貴族の令嬢としてであれば、この仮面令嬢の言い分も通らぬことは無い。平民100名の証言よりサロンで交わされた婦人の言葉の方が重い世界と言うのは、確かにある。だがことこの場での主導権争いにおいては悪手だった。何せ、聞いている聴衆の多くはサロンの住人ではないし、仮面令嬢の元々の身分が何であれ明かされてもいない者に忖度してくれる人もいない。しんと静まった中に、空気を読まぬハリネズミの声がこだました。
「おいおい根拠を言えよ根拠をよー」
「さっきから煩いですわね。お黙りなさ……。な、なんですの。アレは……、獣が喋って? いえ、ハーフビーストですの!?」
うっかり目を向けてしまった箱入り令嬢はケモノ度高めのハリーヌに驚きの声をあげる。彼女の、というか大概の貴族子女の視界に入らない世界だ。もっともハリーヌ側はそんな事は気にしない。
「こちとら実力で編入したハフビなんだがなー。テメェら編入試験の点数何点? いや補正前の点数言えや。どうせ下駄履いてるんだろ?」
「何故貴女にそのような事を問われねばならないのですか。裏付けも証拠もないでしょうに。不愉快です!」
「その不愉快なことを、貴女はマリリンや第三演劇部にしているのだと、理解して欲しい」
「む。む……、私の行いとハーフビースト如きの言葉が同じだと言うのですか」
「そうそう、アンタそのハフビ如きと同じことしてるんだぜ? なーなー、今どんな気持ち?」
仮面令嬢はこれまでの連中より手ごわい。しかし、頑固な彼女を説得できずとも、周囲はそうでもなかった。
「私は貴方の言う不埒な劇団の劇を手伝い、参加したことがある。内容は問題ないし、身分や種族に関わらぬ活動は素晴らしいと感じたよ。その部で会計を務めているマリリンを、私は尊敬している」
「お……俺も」
「ん? 何かな?」
聞こえた言葉を掬い上げれば、道行く学生が立ち止まって声をあげていた。
「俺も、前に一度だけ劇を見た。面白かったけど、不埒じゃ、なかった……!」
「なるほど、勇気ある証言をありがとう。……ところで、君の証人はいるのかな? その、友人とやらは」
実在するのか、したとしてもこの場所に連れ出せるのか。いちゃもんをつけている連中は、守りに入ると弱い。
「きょ、今日の所は、これで許して差し上げますわ!」
そんな捨て台詞と共に、仮面令嬢は令嬢に許される最速の歩みで場を後にする。最後まで謝罪や撤回はしなかったが、彼女がまき散らしていたマリリンや第三演劇部への悪評はこれで消えてなくなった事だろう。
●
午前の授業がもうすぐ始まろうかと言う刻限に、大物ぶって現れた仮面令息は辺りの様子が昨日までと違う事に怪訝そうな顔をした。しかめる眉は無い。
「これはどういうことか。我が同志達が誰もいないとはな……。まあ、よい。私は学友諸君を正しき在り様に啓蒙するのみである。諸兄も理解したであろう。アルベイル・ライゼンナクトがもはや王国の担い手たる貴族の、ひいては王国民からの信を裏切った事を」
握った拳を振り上げて弁を振るえば、それなりの人数が足を止めて耳を傾けている。なにせ、これまでの難癖と違いアルベイルがマリステラの術中に落ち、多くの学生を危険に晒したのは間違いない事実だ。で、あるからこそ。アルベイルを推す立場であるキーゼはこれまでの難癖にあらがった女性陣のように事実を争おうとは考えていなかった。
「なるほど、結構結構。つまり黒の後継を叩くということは、間接的にとはいえ、もう一つの立候補者を推す、ということでよろしいのですよね? 王国民でもなければ、ましてやヒューマンですらない、政治も貴族も理解しないエルフなどを」
「ふむ? 貴君は私に政治を説くのかね。面白い平民だ。いいだろう、言葉を交わす事を許そう」
議論慣れしている仮面令息は、意味のない言葉を返して時間を稼ぎつつ思考を整理する。キーゼの言は単純な言い換えではあるが、無知愚昧な連中をだますには有用な詭弁だと見て取った。そのまま突き放せば、聴衆は判断を誤るやもしれない。例示で返し煙に巻こう、と仮面令息は考える。
「意味など『後から作ることができる』……貴族の生まれならば、この意味、お分かりですよね? ……そんな中、貴族派として唯一立っている黒の後継を落とすことは、即ち冒険者達に自由、平等という甘言でもって学園の主導権を渡すことになる」
「ふむ。分かっていないな。私がしている事は、大樹の枝を落とすことだ。その過程で雑草に陽を届かせる事もあるだろう。しかし雑草は幾ら優遇されようと所詮は雑草。大樹を超えて聳え立つことなどない」
「……なるほど、それが貴方の見識ですか」
今度はキーゼが試行を整理する時を稼いだ。仮面令息は趨勢を見誤っている。彼はあくまで、アルベイルの勝利を疑っていない。そのうえでアルベイルを論難し、勝利するであろうアルベイルの影響力を削ぐために立ち回っているつもりなのだ。
「……大樹の枝とは、上ばかりを見ている方々例え話をありがとうございました。ですが、足元を疎かにしているとその大樹より背の高い雑草が生えないとも限りませんよ」
「何かね? どういうことだ」
「いいのですかね? 誇り高い貴族が、主導権を冒険者等に渡してしまって……。黒の後継が落選してしまえば、貴族派、誰もいませんよ?」
相手の心に認知していなかったその可能性を植え付ける。それなりに優秀そうな仮面令息は調べずにはいられまい。そして、アルベイルがエフィルミアに敗れる可能性が低くないと知れば、揺らぐだろう。問題は、彼らの現状認識と翻意が本選に間に合うかどうかだが。打てる手は打った、と壇上を下がるキーゼに代わり、上がってきたのは。
「……な、貴様は」
「貴方達! 顔を隠さないと喋れないなんて、情けないと思わないんですか? 喧嘩売るならちゃんと同じ場所に立ちなさい!」
アルベイルの対立候補、エフィルミア本人だった。損得勘定と駆け引きで動き、義理人情や心意気などは愚かと見做す思考形態の仮面令息にとって、彼女が自分に対峙する理由は分からない。それこそ、キーゼが言ったように自分の行動は彼女にとって有利になる筈なのだ。
「貴様はこの段になって対立候補を擁護する気なのか。まさか、勝つ気が無いのか? アルベイルと裏で通じて……」
「そんな訳ないでしょう! 私は同じく生徒会長を目指す者として、アルベイルさんへの侮辱が許せないだけです!」
エフィルミアの宣言は本心なのだが、仮面令息は裏を読む。アルベイルと真剣に勝負するつもりなのか、それとも偽装なのか。利益の供与はあるのか無いのか。あるいは男女として通じている可能性まで考えるも、考え過ぎたがゆえに真相からどんどん離れて迷走していた。仮面令息が言葉を失った間に、エフィルミアは聴衆へと声を向ける。
「彼は一年生でありながら、ばらばらになりそうだった貴族派を纏め上げ、選挙を行える状況を作りました。過激化貴族達を止めるために、尽力しました」
「そう言われれば、そうなのかな……?」
これまで貴族に主導されてきた者には、自分で考えて調べる癖がついていない。主や周囲の意見と異なる方向性を与えれば、取捨選択をする機会になる。アルベイルは正しかったのか、そうでないのか。そんな単純な二者択一であっても、選ぶという事をしてこなかった階層には新しい状況だ。
「彼が一人で頑張り過ぎてしまって、皆を危険にさらす事になってしまったけれども。それは彼を一人でやらざるを得ない状況まで追い詰めてしまった、私達学園生全員の罪でしょう。彼を責めるのは筋違いです!」
「そこまで言うとは、私は彼女を見誤っていたかもしれないな」
一時は自身も立候補を考えていたトマスから見ても、アルベイルは対抗するのが難しい相手であった。同じ枠に立候補する意味などないのではないか、と思わなかったわけではない。だが、このアルベイルに対する擁護は、同じ枠を争う対立候補だからこそ響く、票を投じる側の人々に対し一石を投じるものではないか。
「私は争う立場でもアルベイルさんを敵だとは思ってないんです。学園を良くしたいって願う同志、でしょ?」
その言葉も彼女の真意なのだろう。トマスとしては彼女が異種族でなく、平民で無ければと思わないでもない。そうであれば、傷を負ったアルベイルが一段下がって実務を担い、綺麗ごとを臆面なく言える彼女を看板にする体制も、面白かったのではないか。
「……と、思わせるだけでも大したものだ。そして、私が思う程度の事は、彼も考えたのだろうな」
トマスが目を向けた先では、仮面令息が何か閃いたような顔をしている。
「なるほど。どうやら、これは私が誤っていたようだ。異種とはいえ、平民とはいえ……。武辺者の一騎打ちに、外から手出しするような無粋であったか」
彼の住む世界で想像がつくような種族を問わず平民と貴族の垣根もない場といえば戦場位しかなかったらしい。帝国の将軍には平民で半獣の者もいると聞く。政争の場ではなく戦場であれば、高位貴族の辺境伯と平民出の半獣が対等に干戈を交える事もあろう。一騎打ちの名誉は貴族の誉と何ら対立するものでもない。という辺りが、仮面令息の見出した思考の着地点だった。
かくして、仮面集団による難癖は一日で終わりを告げた。その後、選挙当日までの間はただの朝食スペースとして提供されることになったのだが、色々と好評過ぎたために翌日から有料になったのは余談である。演壇は一芸を披露したりする学生が有効利用したようだ。
ここ数日響いている熱の入った語りを聞き流しつつ、ハリーヌ・ヨツユビはちょこちょこと道を駆ける。半獣どころか8割くらいハリネズミの彼女には、蔑みの視線と同じくらいの頻度で愛玩動物に向く一方的な慈愛の視線が向いていた。当人にとってはどちらも取るに足りないものではある。
(せっかくの学園祭だというのに、騒がしい奴らでございますね)
騒音としてのみ認識して視線をあげれば、脇の広場に見慣れぬ一角を見つけた。昨日までは確かに無かったと思うのだが、喫茶店……というよりは街にあるような屋台とテーブルのような。ただし場所柄かテーブルにはクロスもかかっているし何だか優雅な雰囲気である。
「あ、ハリーヌ。久しぶり!」
「ララベル様。ここは一体……?」
何となく足を止めてみていると、席についている見知った顔が手を振ってくる。共に難関の編入試験を戦ったララベル・サン・ディーベルだ。ついっと背伸びをすると、コルネリウス・アーラやエフィルミアの姿も見える。
「ここは政治討論部が作った休憩場所だ。御茶や菓子、軽食をとることができる。良ければ席へ案内しよう。ああ、無料だぞ」
「政治討論で食事でごさいます、か……? む、無料!」
新しい客に気づいたサマエラ=フォリウムが言葉を掛ける。ハリーヌは不似合いな言葉の組み合わせに首をかしげるも、最後の単語のインパクトが疑問を吹き飛ばした。出ていくお金は少ない方が良いのだ。タダより安いものは無いとも聞いた気がするが、怪しい雰囲気は感じないので良いだろう、きっと。
「これがメニューよ。お勧めはサマエラさんのクッキー」
「いや、大したものではないぞ?」
高い椅子に腰かけたハリーヌへ、ルベア・ベルニがメニューを渡す。思わぬ一言にサマエラがびっくりした様子で言うも、ルベア的には思ったことを言っただけだったりする。
「3種類あるし、確かに美味しいよね。お土産にできればいいかも」
「私も家族へ持ち帰りたいくらいなの」
「ララベルやコハクまで言うか。そこまで数は持って来ていないので持ち帰りは勘弁してほしい」
手作りの素朴な味ゆえに、朝ごはんのおまけにはちょうど良いらしい。なるほど、と思いつつハリーヌは3種類全部を注文し、それから周囲を見回して、ようやく奥にある簡易の演壇のような物に気が付いた。シオンやカナンがあれこれ指示を出して設営しているようだ。
「アレは何でございましょう?」
「生徒会選挙の……何だろう、論破合戦?」
「……ちょうど良い。そろそろ始まるぞ。見ていれば分かる、と思う」
少し前からいるララベルにも良く分かってはいないようだ。部員でもあるサマエラが、説明するよりも見ている方が分かると言って演壇を示す。トマスに「コルネリウス嬢は最初だが、あまり気負いすぎぬように。まあ、以前に討論部で話を伺ったときのような心持なら、無駄な心配だろうがね」などと激励されたコルネリウスが、頷いてから登っていくところだった。
●
「皆さん、おはようございます。生徒会選挙に立候補した、異種族のコルネリウス・アーラと申します」
「……っ!」
コルネリウスが第一声を放つと、調子よく異種族をこき下ろしていた仮面の生徒がたじろいだ様子を見せた。そちらを直接睨むような真似はせず、コルネリウスは道行く登校中の生徒や席に着いた生徒へ目線を向けたまま語る。
「私個人は学園へ編入したばかり、その上、異種族候補に気に入らない思いを抱く方がおられる事は承知の上です。自身について反論は特にありません」
「む。あ、ああ。それはそうだろう。全て事実なのだからな! 反論などできる筈が……」
「そ・れ・に。『学園最強』のひとりにわざわざ喧嘩を売る方も、いらっしゃいませんでしょう? まさか」
「むぐっ」
コルネリウスは自身がそんな風に言われていることを利用して、圧を掛けていく。顔色を無くした仮面の男だが、隣にいた別の仮面が声をあげた。
「は! 異種族が『学園最強』などと! 一部の者が参加した会で勝利した程度でおこがましいぞ!」
「そうだそうだ!」
威勢よく声をあげたものの、微笑を浮かべたコルネリウスが視線を向けると勢いは落ちる。コルネリウスが名実共に学園最強であるかどうかはともかく、この場にいる仮面が束になっても勝てない圧を持っているのは間違いない。一般人と授恵者の間には圧倒的な力の差があるのだ。
「これから同じ学園生として過ごすのですから、私は皆さんとも理解を深めて仲良くしたいですね。……せっかくこの場があるのですから、不満や言い分はめいっぱい出し切って終わりとしましょう?」
コルネリウスはそれ以上追い打ちをかけることも無く、言いたいことがあれば言えばよいとだけ告げて壇上を後にする。彼女にしてみればすべて裏表もなく本心でもあるし、この程度の口撃は予想済みだ。
「カナンは、学園最強って呼ばれたかったりする?」
設営を終えて仕事の減った様子のカナンへ、ララベルが何となく問う。が、貴族子飼いの授恵者の思考はズレていた。『あの者、強いな』と誰かが言えば、『某では及びませぬ』『某ならば勝てましょう』と返す、そういう類の脳筋思考である。
「一対一なら、私は多分勝てない。シオンは勝つ」
「え。そうなの。えーと、じゃあ僕とカナンだと?」
「試合なら、私の方がまだ強い」
学内にいる戦闘能力が高い学生は即ち貴族の関係者だ。幼少期から力に目覚めて鍛えられており、強い。真剣に勝ちに来る場合は、主君が装備も整えてくるだろう。
「カナンの方が強い、かあ……」
「中には大昔の凄い剣とか鎧を持ってる家もある。戦わないと駄目な土地の人もいる。そう言う家の人は若くても強い」
男の子としては悩ましい所で、むむむと唸るララベル。ララベルたち『新しい授恵者』が研鑽を積む間に、先を行く彼らが足踏みをしているとは限らないのだ。
「なるほど、こういう趣旨の集まりでございましたか。では上等なクッキーなどはもったいのうございますね。そう。ポップコーン! ポップコーンの用意はございますか?」
「え、ポップコーン……。専用じゃないけど、コーンは確かあったわね」
「美味しいお菓子なの?」
メニューにない注文に驚きつつも、そんなに面倒なものでもない。耳にしたコハクも興味を惹かれたのか耳を立てていた。ルベアが念のために現場監督のシオンへ了解を取りに行くと、演壇から降りたばかりのコルネリウスに行きあった。リサ・ベイカーと何やら話しているようだ。
「紅茶の差し入れですか、助かります!」
「自分も飲みたかったですから。大き目のポットで出して、周りの皆さんにも飲んで頂きたいのですが」
「分かりました。私もお手伝いしますね」
借りだした厨房施設はそれなりに本格的で、使いすぎない限り火や水の心配はない。ルベアがコーンを火に掛ける隣でリサの手でお湯が沸かされる。ポットのサイズに合わせて目分量で茶葉を図りおき、ポットを温めた後で湯を捨てて投入。その上から湯を注いでしばし待っている間にコーンがいい感じに弾けた。
●
食べ物飲み物の用意の間に、新たな仮面が演説を始めている。今度の仮面は女子のようだ。
「未来の王国を担う学園の生徒会に、庶民の子は相応しいの? 商人の子は金の数え方だけ学べばよいのです。商人女が出しゃばって……!」
「あー、これは私の事かな。なんか色々言われてますね……」
耳にしつつも、リサはさして動じていない。異種族で立候補したコルネリウス同様、平民から立候補した彼女も色々と難癖をつけられるのは想定済みだった。ここで直接言い返しに言っても、ややこしくなるだけだろうと、手間暇時間の損得勘定をして放置を決め込む。が、そう簡単に割り切れない者は周辺にこそいた。
「顔を見られねぇからって好き勝手言いやがって……。何だよ商人女って」
商売女と一字違いの嫌らしい言い方をわざと選んでいるのだろう。アーシェル・G・クラインが苛立たし気に言うも、大雑把な自分の気性では冷静に論破するのは難しいとも思う。相手が女では手が出たら負けだ。兄とも慕うエルフなら飄々と言いくるめるだろうに、とこの場にいない人間の事を悔しく思うも。
「大丈夫ですよ、リサちゃん」
「へ?」
紅茶を注ぐリサへと、背の高い椅子に座したゲルダ・クラインの力強い声がする。生まれた国こそ違えど、似た生い立ちの2人は友人になった。お互いを思う気持ちはきっと同じくらいなのだろうが、社交性高いリサとゲルダでは心の中に一人が占める割合が違う。普段はお揃いの緑の瞳の中に、ゲルダだけ炎が燃えているようにすら見えた。
「ゲルダちゃん? えっと……無理はしなくていいよ?」
「…………すぐに。紅茶が冷める前に終わらせてきます」
「……ゲルダ、卑怯者達に負けんじゃねぇぞ。お前の想いと言葉で思いきりぶん殴って来い」
椅子から降りざまにアーシェルの激励へ頷き返し、すたすたとトマスの方へ向かっていく。普段と様子の違うゲルダに驚いた様子のトマスだったが、頷いて演壇の方を指した。
(少し、羨ましいわね)
覚悟を決めたとして、何を言われても気にならない訳ではない。間が悪くこの場にいない誰かの顔を思いつつ、コルネリウスは紅茶の香りに思いを向ける。チョココロネが少し焦げた味がする、気がした。頭を一振り、壇上へ目を向ける。
(聞きましょう。様々な意見を聞くのは、どんな言葉もきっとこれから先も私自身の役に立ちますから)
●
壇上、ゲルダは少し離れた場所で演説をする仮面女を瞬きもせずに睨んでいた。仮面女は道行く人々へ語り掛けていたようなのだが、隣から差し込まれる言葉に明らかに気を取られている。
「商人には商人の、農民には農民の分があるというのですわ!」
「なるほど。他には?」
「ほ、他に……? み、身分が不相応だと言っているのです!」
「おいおい、それしか言う事ねーのかよー」
淡々と刺される言葉の脇で、ポップコーンをむさぼるハリーヌがヤジを飛ばしている。別に酒を飲んでいる訳でもないが、朝からすっかり出来上がり、素が駄々洩れだった。別の席にいるコハクは食べる方に夢中なのか、静かな物である。
「……それで?」
「で、ですから……、商人女如きが……」
「言いたいことは、以上ですか?」
「へいへい、相手びびってるー!」
あくまで聴衆に向いているポーズだった仮面女が、とうとうゲルダへ向き直る。と、ゲルダの背後で腕組みをして見守るイケメンが目に入って若干気を削がれた。
「あっ、あなたも、あの女と同じ商人女だからね! 品が無い。汚らわしいわ!」
「最後に、わたしからも一言いいですか?」
感情的になった相手に、声のトーンは変えずに差し込む。女子の上目遣いに甘い幻想を抱く男子なら瞬殺されそうな眼力で、ゲルダはとどめの一言を放った。
「……最低ですね。口から出た言葉って、そのまま自分に返ってくるんですよ」
「な。何ですの。私が、私が下品だとでも……、ちょ、ちょっと貴女、逃げるんですの!?」
くるり、と視線を切って背を向けたゲルダ。言い返そうとしたら相手が勝ち逃げである。矜持が邪魔をして地団駄も歯ぎしりもできないようだが、仮面女の心情は推して知るべし。
「うわー、だっせぇ! やっぱ仮面に顔隠してる奴は駄目だわー」
ここぞとばかりにハリーヌがヤジを飛ばす。(愛らしいハリネズミの方から何か罵声が聞こえたけどきっと気のせいに違いない、だってあんなに可愛いのだもの)というような視線が一般令嬢から向いていた。
「よくやったな、ゲルダ!」
壇上の端っこの方から見守っていたアーシェルが賞賛する。ハーフリング女子なりに可能な限り肩を怒らせて戻ってきたゲルダは、椅子に腰を下ろしてから大きく息を吐いた。
「ふぅ……、わたし、やっちゃいました?」
「うん、ありがとう。ふふふ、嬉しいですね。アーシェルさんもありがとうございます!」
親友の笑顔に若干の後悔を放り投げて、ゲルダは控えめに笑みを返した。
●
「学園派支持者、卒業生のレティシア・レインフィールと申します」
「春に編入しましたドワーフのヴィルヘルミナです。よろしくお願いします」
次に壇上に上がったのは、貴族家の出と明らかな所作のレティシアと、黙っていればヒューマンでも通じるかもしれないとはいえ異種族のヴィルヘルミナだ。身分差を論点に上げている仮面側からすればその時点で言語道断。ふらふら退場していった女性の後に小柄な少年仮面が立ち上がる。この少年、貴族たるもの女性を守らなければと思い従姉と共にこの場に来ていたが、従姉を論破した相手も女性ならば自分の前にいるのも女性なので混乱していた。混乱しつつも、従姉と一緒に事前に準備していた難癖の中から使えそうなものを頑張って探し出して何とか喋る。
「な、なんで貴族が異種族と一緒にいるんだ! おかしいじゃないか!」
「喚くのは結構ですが、そうやって素性を隠してでしか言えない時点でたかが知れているといいますか。少しでもやましさがあるから、こういう手段を取っているようにしか見えないのですよね」
「何だと! 言わせておけば……、こんな仮面!」
「まずいですよ、坊ちゃん!」
なんだか相手が揉めているが、気にせずヴィルヘルミナは正論で殴る。「そうだ、仮面とれ仮面」などとハリネズミのヤジも飛んでいるが、相手側はそれどころではないようだ。
「皆様は立候補者の方々にご不満がおありのご様子ですけれど……。それならば何故、皆様が立候補をされなかったのでございますか?」
「ぼ、僕のような子供の話なんて、誰も聞いてくれない! だからこうするしかなかったんだ!」
「自分では力が不足と思うのならば、自分たちで何方かを擁立すればよかっただけの話でしょう。矢面に立つ気概もないのに文句ばかり言っているのは如何なものかと思いますが」
「ふ、ふざけるな! 僕は貴族だ! 負けると分かった戦いになど手出しできるものか!」
(自分の力不足は知りつつも、受け入れられないという事ですか……)
上に立つには、年齢や性別よりもまず力を示す必要がある。ヴィルヘルミナの一族ではそれが普通だった。まず戦闘と鍛冶。弁が立つという力を見せればそれも讃えられよう。年齢がどうあろうと、己の力を磨くことを怠って文句ばかり言うのは……。
(いや、ドワーフ王国にもそういう方たちがいない訳ではないですね)
今の匠王は女性で比較的若いシグルランだ。彼女に負けた老匠の中には、酒に逃げたり槌を折ったりしたものもいたかもしれない。ドワーフならば酒の席で発散できるものを、ヒューマンの子供はそういう訳にもいかないので駄々をこねているのか。そう思えば、少しかわいそうな気もしてきた。ドワーフの古老曰く、酒は全てを解決する。この子がストレスに負けて喚きたてるようになったのも、ヒューマンが酒に弱いのがいけない。きっとそうだ。
「もう少し大人になれば、あなたにもできるようになりますよ」
真摯な気持ちで伝えた助言の効果は抜群で、背伸びしたい少年はがっくり肩を落とす。そこへレティシアが対外向けの微笑を向けて、少年へ別の道を示した。
「思うところがおありなら直接仰ればよろしいのです。アルベイル様も、他の候補の方々も。皆様のお言葉に理があるのならば必ず耳を傾けて下さいます」
「く……。そうまでいうなら、聞いてやる! お前たち、覚えてろ!」
「坊ちゃん、そういう時はもう少し違う言い方が……」
レティシアのケアを受けて、少年の心は少し慰められたであろうか。主に一生懸命声を掛けていたメイド風の女性と執事風の青年が去り際に頭を下げていく。一仕事終えたレティシアとヴィルヘルミナに、級友のリサが紅茶を勧めてくれた。
「お疲れ様です。あの、もう少し手心とか……。いえ、でも私が言うのも変ですよね」
あっちの言い分も分からないでもないと思うリサとしては、ゲルダに続いて差別組仮面が受けた反撃に微妙な顔になっている。彼らが満たされていないのは理屈ではなく感情なので、正論で叩けばあっけなく破綻するのだ。まあ、ああいう誰かにそそのかされてしまった系の相手は一度破綻した方が良いとは思うのだけれど。
「アルベイル様やマリリン様に紹介しようかとも思ったのですが……。それはまたの機会にした方が良いですよね」
「子供とはいえ、男の子ですから。泣いた後が分かる顔では人に会いづらいでしょう」
その日の講義、腫れぼったい目をした飛び級の少年に周囲は優しかったという。
●
立て続けに難癖仮面が敗退し、肝の小さい者は怯えたのか少々間が空いた。次なる仮面は女性で、最初から結論ありきな感じで喋る様子から、理性的な会話が通じるのか怪しい。第三演劇部のマリリン・クリニエーラを誹謗する仮面女子である。
「やあ、トマス。面白い場を整えてくれたようだね」
「シルヴィア嬢か。私が言うのも何だが、お手柔らかにしてやってくれ」
颯爽と立ったシルヴィア・A・カペルは、さながら乙女の名誉を守るために決闘に赴く騎士の如く。演壇へと招くトマスは、これで良かったのだろうかと言うような顔をしている。腹心のタイコモあたりなら「もちろんですとも。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすものです」などと笑って言うのだろうが、ここまでの相手のオーバーキルぶりにトマスは多少なりと同情していた。
「さあ、それは相手次第かな。私は大切な友人に難癖をつけるような輩を許す気はないよ」
「そうだろうな。私にも貴女の心情を想像する位の事はできる」
と、口にしつつも、トマスに『大切な友人』などと言える相手はいただろうか。子飼いの配下は友人とは言い難い。それ以外に気安く言葉を交わす相手と言えば、この討論部や学外で知り合った授恵者の一部位か。彼らとの間に『友人』と言う程の関係性を築けているかといえば、おそらく否だ。良く見てもお互いの理解を進める途上と言った辺りだろう。
(もしや、生徒会は住んでいる世界が近い連中と派閥や政争の関係なく個人で付き合う良い機会だったのでは……?)
だいたいの貴族学生が入学前に目標に掲げている人脈や交友作りを、全く念頭に置かずに生きて来た弊害が出ているようだった。後輩のそんな残念さ加減には気づく由もなく、シルヴィアは演壇へ上がる。
「そこまでだ。マリリン・クリニエーラへの度重なる中傷を訂正して貰おうか」
「やはり、来ましたわね。新たな論破女!」
(論破女……? それは、私の事かい?)
大概の論難には対応する気構えでいたシルヴィアが一瞬虚を突かれる。何の事は無い、早朝から始まった一連の論破ショーに現れた仮面論客への刺客がたまたま全員女性だっただけの事だ。仮面の者たちを論破し、心を折る事を目的としている恐ろしい女たち、というのが仮面側の認識だが、多分論破女呼ばわりされた側には異論があると思う。何よりも。
「論破女とか、センスないなー」
ハリーヌの野次が衆目の意見を大体語っていた。貴族令嬢は、野次などまともに相手にしていられないという意思を示しているのか、視線はそちらに向けずに言葉だけで切り捨てる。
「う、うるさいですわ。そんな事はどうでも良いのです」
「確かに、私もそれがどうでも良いという事には同意するよ。だが……、第三演劇部が下劣なサロンだという言説には同意しかねるね。根拠はあるのかな?」
「根拠など。この私の友人がそう述べていた。それで十分でしょう」
「ふむ……。ここに、第三演劇部の昨年からの活動実績がある。観劇者からの感想も寄せられていたようだが、その中身を見たことはあるかい?」
「そのような汚らわしい物に目を通す必要がありまして? どうせ不潔な言葉を書き連ねているのでしょう?」
貴族の令嬢としてであれば、この仮面令嬢の言い分も通らぬことは無い。平民100名の証言よりサロンで交わされた婦人の言葉の方が重い世界と言うのは、確かにある。だがことこの場での主導権争いにおいては悪手だった。何せ、聞いている聴衆の多くはサロンの住人ではないし、仮面令嬢の元々の身分が何であれ明かされてもいない者に忖度してくれる人もいない。しんと静まった中に、空気を読まぬハリネズミの声がこだました。
「おいおい根拠を言えよ根拠をよー」
「さっきから煩いですわね。お黙りなさ……。な、なんですの。アレは……、獣が喋って? いえ、ハーフビーストですの!?」
うっかり目を向けてしまった箱入り令嬢はケモノ度高めのハリーヌに驚きの声をあげる。彼女の、というか大概の貴族子女の視界に入らない世界だ。もっともハリーヌ側はそんな事は気にしない。
「こちとら実力で編入したハフビなんだがなー。テメェら編入試験の点数何点? いや補正前の点数言えや。どうせ下駄履いてるんだろ?」
「何故貴女にそのような事を問われねばならないのですか。裏付けも証拠もないでしょうに。不愉快です!」
「その不愉快なことを、貴女はマリリンや第三演劇部にしているのだと、理解して欲しい」
「む。む……、私の行いとハーフビースト如きの言葉が同じだと言うのですか」
「そうそう、アンタそのハフビ如きと同じことしてるんだぜ? なーなー、今どんな気持ち?」
仮面令嬢はこれまでの連中より手ごわい。しかし、頑固な彼女を説得できずとも、周囲はそうでもなかった。
「私は貴方の言う不埒な劇団の劇を手伝い、参加したことがある。内容は問題ないし、身分や種族に関わらぬ活動は素晴らしいと感じたよ。その部で会計を務めているマリリンを、私は尊敬している」
「お……俺も」
「ん? 何かな?」
聞こえた言葉を掬い上げれば、道行く学生が立ち止まって声をあげていた。
「俺も、前に一度だけ劇を見た。面白かったけど、不埒じゃ、なかった……!」
「なるほど、勇気ある証言をありがとう。……ところで、君の証人はいるのかな? その、友人とやらは」
実在するのか、したとしてもこの場所に連れ出せるのか。いちゃもんをつけている連中は、守りに入ると弱い。
「きょ、今日の所は、これで許して差し上げますわ!」
そんな捨て台詞と共に、仮面令嬢は令嬢に許される最速の歩みで場を後にする。最後まで謝罪や撤回はしなかったが、彼女がまき散らしていたマリリンや第三演劇部への悪評はこれで消えてなくなった事だろう。
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午前の授業がもうすぐ始まろうかと言う刻限に、大物ぶって現れた仮面令息は辺りの様子が昨日までと違う事に怪訝そうな顔をした。しかめる眉は無い。
「これはどういうことか。我が同志達が誰もいないとはな……。まあ、よい。私は学友諸君を正しき在り様に啓蒙するのみである。諸兄も理解したであろう。アルベイル・ライゼンナクトがもはや王国の担い手たる貴族の、ひいては王国民からの信を裏切った事を」
握った拳を振り上げて弁を振るえば、それなりの人数が足を止めて耳を傾けている。なにせ、これまでの難癖と違いアルベイルがマリステラの術中に落ち、多くの学生を危険に晒したのは間違いない事実だ。で、あるからこそ。アルベイルを推す立場であるキーゼはこれまでの難癖にあらがった女性陣のように事実を争おうとは考えていなかった。
「なるほど、結構結構。つまり黒の後継を叩くということは、間接的にとはいえ、もう一つの立候補者を推す、ということでよろしいのですよね? 王国民でもなければ、ましてやヒューマンですらない、政治も貴族も理解しないエルフなどを」
「ふむ? 貴君は私に政治を説くのかね。面白い平民だ。いいだろう、言葉を交わす事を許そう」
議論慣れしている仮面令息は、意味のない言葉を返して時間を稼ぎつつ思考を整理する。キーゼの言は単純な言い換えではあるが、無知愚昧な連中をだますには有用な詭弁だと見て取った。そのまま突き放せば、聴衆は判断を誤るやもしれない。例示で返し煙に巻こう、と仮面令息は考える。
「意味など『後から作ることができる』……貴族の生まれならば、この意味、お分かりですよね? ……そんな中、貴族派として唯一立っている黒の後継を落とすことは、即ち冒険者達に自由、平等という甘言でもって学園の主導権を渡すことになる」
「ふむ。分かっていないな。私がしている事は、大樹の枝を落とすことだ。その過程で雑草に陽を届かせる事もあるだろう。しかし雑草は幾ら優遇されようと所詮は雑草。大樹を超えて聳え立つことなどない」
「……なるほど、それが貴方の見識ですか」
今度はキーゼが試行を整理する時を稼いだ。仮面令息は趨勢を見誤っている。彼はあくまで、アルベイルの勝利を疑っていない。そのうえでアルベイルを論難し、勝利するであろうアルベイルの影響力を削ぐために立ち回っているつもりなのだ。
「……大樹の枝とは、上ばかりを見ている方々例え話をありがとうございました。ですが、足元を疎かにしているとその大樹より背の高い雑草が生えないとも限りませんよ」
「何かね? どういうことだ」
「いいのですかね? 誇り高い貴族が、主導権を冒険者等に渡してしまって……。黒の後継が落選してしまえば、貴族派、誰もいませんよ?」
相手の心に認知していなかったその可能性を植え付ける。それなりに優秀そうな仮面令息は調べずにはいられまい。そして、アルベイルがエフィルミアに敗れる可能性が低くないと知れば、揺らぐだろう。問題は、彼らの現状認識と翻意が本選に間に合うかどうかだが。打てる手は打った、と壇上を下がるキーゼに代わり、上がってきたのは。
「……な、貴様は」
「貴方達! 顔を隠さないと喋れないなんて、情けないと思わないんですか? 喧嘩売るならちゃんと同じ場所に立ちなさい!」
アルベイルの対立候補、エフィルミア本人だった。損得勘定と駆け引きで動き、義理人情や心意気などは愚かと見做す思考形態の仮面令息にとって、彼女が自分に対峙する理由は分からない。それこそ、キーゼが言ったように自分の行動は彼女にとって有利になる筈なのだ。
「貴様はこの段になって対立候補を擁護する気なのか。まさか、勝つ気が無いのか? アルベイルと裏で通じて……」
「そんな訳ないでしょう! 私は同じく生徒会長を目指す者として、アルベイルさんへの侮辱が許せないだけです!」
エフィルミアの宣言は本心なのだが、仮面令息は裏を読む。アルベイルと真剣に勝負するつもりなのか、それとも偽装なのか。利益の供与はあるのか無いのか。あるいは男女として通じている可能性まで考えるも、考え過ぎたがゆえに真相からどんどん離れて迷走していた。仮面令息が言葉を失った間に、エフィルミアは聴衆へと声を向ける。
「彼は一年生でありながら、ばらばらになりそうだった貴族派を纏め上げ、選挙を行える状況を作りました。過激化貴族達を止めるために、尽力しました」
「そう言われれば、そうなのかな……?」
これまで貴族に主導されてきた者には、自分で考えて調べる癖がついていない。主や周囲の意見と異なる方向性を与えれば、取捨選択をする機会になる。アルベイルは正しかったのか、そうでないのか。そんな単純な二者択一であっても、選ぶという事をしてこなかった階層には新しい状況だ。
「彼が一人で頑張り過ぎてしまって、皆を危険にさらす事になってしまったけれども。それは彼を一人でやらざるを得ない状況まで追い詰めてしまった、私達学園生全員の罪でしょう。彼を責めるのは筋違いです!」
「そこまで言うとは、私は彼女を見誤っていたかもしれないな」
一時は自身も立候補を考えていたトマスから見ても、アルベイルは対抗するのが難しい相手であった。同じ枠に立候補する意味などないのではないか、と思わなかったわけではない。だが、このアルベイルに対する擁護は、同じ枠を争う対立候補だからこそ響く、票を投じる側の人々に対し一石を投じるものではないか。
「私は争う立場でもアルベイルさんを敵だとは思ってないんです。学園を良くしたいって願う同志、でしょ?」
その言葉も彼女の真意なのだろう。トマスとしては彼女が異種族でなく、平民で無ければと思わないでもない。そうであれば、傷を負ったアルベイルが一段下がって実務を担い、綺麗ごとを臆面なく言える彼女を看板にする体制も、面白かったのではないか。
「……と、思わせるだけでも大したものだ。そして、私が思う程度の事は、彼も考えたのだろうな」
トマスが目を向けた先では、仮面令息が何か閃いたような顔をしている。
「なるほど。どうやら、これは私が誤っていたようだ。異種とはいえ、平民とはいえ……。武辺者の一騎打ちに、外から手出しするような無粋であったか」
彼の住む世界で想像がつくような種族を問わず平民と貴族の垣根もない場といえば戦場位しかなかったらしい。帝国の将軍には平民で半獣の者もいると聞く。政争の場ではなく戦場であれば、高位貴族の辺境伯と平民出の半獣が対等に干戈を交える事もあろう。一騎打ちの名誉は貴族の誉と何ら対立するものでもない。という辺りが、仮面令息の見出した思考の着地点だった。
かくして、仮面集団による難癖は一日で終わりを告げた。その後、選挙当日までの間はただの朝食スペースとして提供されることになったのだが、色々と好評過ぎたために翌日から有料になったのは余談である。演壇は一芸を披露したりする学生が有効利用したようだ。
マスターコメント
ご参加いただいた人数を見て定員の半分くらいだしなーとか甘く考えて書いていたら、字数が思ったより膨れてしまいました。かなり喋るシナリオですし、まあそういう事もあります。
あと、仮面に個性が無いと言ったのですが、蓋を開けると皆様に作られる難癖仮面がまさかの不在。
OPにいない対戦相手は急遽、性別とか年齢、外向<=>内向とかのPCのような個性をサイコロでコロコロして作りました。
仮面女子一号、仮面女子二号、仮面少年、仮面令嬢、仮面令息の中の人が再登場する事はたぶんないですが、もししれっと出てきたら、「あ! あの時の仮面!」とか苛めたりしないで上げてくださいね。
押すなよ? 絶対に押すなよ?
ご参加ありがとうございました!
イベントシナリオ普通 報酬:標準14 / 10〜25人
2021年10月18日 17時47分00秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
シルヴィアだ。今回はよろしくね。 OPのマリリンへの難癖を論破したいと思っているよ。第三演劇部の活動について丁寧に説明したい。
ゲルダです。よろしくお願いします。 その、……生徒会の立候補者ということは、リサちゃんにも変なことを仰っている方がいらっしゃるんですよね。 ……でしたら。 わたしも、討論に参加します。少し、苦手ですが……放っては、おけないので。
エフィルミアです!よろしくお願いしますっ。 討論は得意じゃないですけど、言われっぱなしも嫌なので…! けちょんけちょんにしてやりますよー!頑張ります!
ヴィルヘルミナです。よろしくお願いしますね。 そうですね・・討論で出てみようと思います。 向こうも顔を隠さないと言えないなら、言わなければいいのにとは感じますが。
ごきげんよう。レティシア・レインフィールと申します。 皆様、よろしくお願い致します。 私もあまり得意分野ではございませんが……流石に度が過ぎておりますので。 此処は卒業生として、色々申し上げさせて頂こうかと。
ルベアよ、宜しく。 討論はー……多分私には難しいから、応援か手伝いかで考えてる
リサです。 ゲルダちゃん!ありがとっ! わたしが出るとややこしくなりそうなので、裏方してますね。
ギリギリの挨拶で悪ぃな。 アーシェルだ。よろしく頼む。 ゲルダがリサの為に【討論者】になるなら、俺は二人の【応援者】にならせてもらおうと思ってる。 当日はよろしくな。