【暗都】花酔のランタンナイトパーティ

久生夕貴

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シナリオID:1233

オープニング

●リブラネスタ冒険者ギルド

 その日、ギルド職員のリゲル・ルースティカは自分宛てに届いた書簡に目を通していた。
 差出人の名を見て、表情が固まる。

 ※※

 ――親愛なる、リゲルへ。

 久しぶりですね、お元気ですか。
 僕は君に会えない日々を切なくも、甘美な憂鬱として受け入れているよ。
 きっと君も同じ思いなのでしょうね。

 ~~死ぬほどうざくて長い近況報告を中略~~

 そうそう。ひとつ、君に伝えたいことがあります。
 今君たちが追っている”アントマン”の一人が、あるパーティに現れるという情報があるんだ。
(イベントのチラシが同封されている)

 これをどう生かすかはリゲル、君次第ですね。
 いつかまた会えるのを、心から楽しみにしています。

      君の魂の片割れ(ソウルメイト) アルニラム・コンドル

 ※※

「相変わらず気持ち悪いことこの上ない奴だ……」
 アルニラム・コンドル。
 齢七十を超えるリゲルの旧(ふる)い知り合いであり、若い頃から付きまとわれては、頭のネジが三本くらい外れた方法で困らされてきた。
 今では字を見るだけでも持病の腰痛が悪化する。というか正直死んでほしい。
 ここ最近姿を現していなかったので、ようやく解放されたと思っていたのに。

 リゲルは今すぐ書簡を破り捨てたい衝動に駆られたが、ぎりぎりのところで耐えた。
 最後の数行が無ければ、消し炭にしていただろう。
(あやつは絶望的に歪んだ性格だが、冗談でこんなことを言ってくるタイプではない)
 つまり最後の『アントマン出現情報』はおそらく本当のことであり、ついでに言えばこの男が何らかの形で関わっている可能性が高い。
「アルニラムめ……何を考えている。まさかあやつがアントマンに指示を?」
 ありえなくはないが、件の集団はダグザ率いるコランダム商会が雇い主であることが確実視されている。
 では一体、どんな形で関わっているというのか。
(そういえば……先日のアントマンとの交戦では、魔獣の使用者が他にいるという可能性が指摘されていたな)
 加えてアントマンにまつわる一連の事件には、『聖真教』といういまだ謎の多い宗教団体が何かと絡んでいる。
 すべてのピースが最悪の方向ではまりそうで、リゲルは大きくため息をついた。
「……放っておくわけにもいかぬな」
 不確定な情報である以上、あまり表立った行動はできない。しかし万が一を考え、何もしないわけにもいかないだろう。
 ひとまず、主催者に連絡しよう。
 思案を巡らせつつ、リゲルは筆を執った。

●

 同じ頃、”黒く折れ曲がった兎耳(アントマンの特徴)”の男――アルネブが、自分と同じ耳と烏羽玉の髪を持つ少女を訪ねていた。
「背中の傷はもういいのか?」
 衣服で隠された薄い背を、気遣わしげに見やる。先ほど主人(ダグザ)によって仕置きを受けたばかりだ。
「大したことないわ、今までに比べたら。それより何しにきたの?」
 そっけない返しはいつものことで、アルネブも気にする素振りは見せず、手にしていたチラシを差し出す。
「知人にこんなパーティがあるって勧められてね。気晴らしに、お前もどうかと思って」
「行かないわ。納期期限が迫ってるもの」
 にべもない返事。予想はしていたが、自分にできることはこれくらいしかないのも事実だった。
「呑気なものね。……ピレネーが殺されたっていうのに」
「ああ。そうらしいね」
「随分冷静じゃない? まるでそうなることを望んでいたみたい」
「……あの子はもう壊れていたから」
 自分と同じように、とは言わず彼女を見ると、不機嫌そうな滅紫がこちらを捉えた。
「……まるで私が壊れてないみたいな言い方ね」
「そんなつもりはないよ。ただお前とピレネーは違うだろう」
「そう思いたいだけでしょ、兄さんが」
 返すべき言葉は喉の奥で霧散し、沈黙だけが二人の間にぎりぎりの”繋がり”を保つ。
「……俺はもう行くよ。おやすみ、アレクト」
 返事はなく、背に刺さる視線だけが、己の無力さを糾弾していた。


●花酔のランタンナイトパーティ

 数日後。
 リブラネスタ郊外にある、小さな町。
 集まった冒険者たちを前に、斡旋者のリゲルは声を張り上げた。
「よいか、皆の者。こたびの依頼は『あくまで自然に』パーティを成功させることだ」
 会場に灯された色とりどりのランタン。
 この日のために揃えられた満開の花々が、淡い光のもとで甘い香りを漂わせている。
「あまり細かいことは考えず、楽しんでくれればよい。冒険者が多く参加し、イベントを盛り上げることが一番の目的だからのう!」

 ”アントマンが出現するかもしれない”

 リゲルの警告にパーティの主催者は狼狽えたものの、不確定な情報をもとにイベントを中止するわけにはいかないとの返事だった。
 むしろ変な噂が流布されることで人入りが減れば、自分の首が飛ぶ可能性だってある。
 どうすればいいか泣きつかれ、幾度かの交渉を重ねた末、主催者側の依頼として以下の通りまとまった。

 ・イメージを保つため、本格的な警備はやりたくない。
 ・万が一何か起きた時、対応できるように冒険者に参加してもらいたい。
 ・ついでに盛り上げてほしい。

 要するに、冒険者が参加者としてたくさん来てくれれば、こちらも安心ということなのだろう。
 ついでにお金まで落としてもらおうという主催者の算段が見え隠れするが、そこには目をつむることにした。
 
 せっかくの機会なのだ。

 花々は咲き匂い、夜香となってあたりを包み込む。
 ランタンの淡い灯りの下では、密やかな微笑みがかわされているのだろう。

 冒険者たちよ。日頃の喧騒を忘れ、一夜の夢を享受せよ。
 夜空を彩る幻想的な光が、すべてを覆い隠している間に――

解説

【目的】  『花とランタンのナイトパーティ』を盛り上げ、成功させること。 【状況】  皆さんは『花とランタンのナイトパーティ』に招待されました。  主催者によるとこのイベントは町で初の試みであり、スポンサーを獲得し続けるためにも必ず成功させたいとのこと。  不穏な噂も出ているため、念のため冒険者に参加してもらえれば安全だと考えた模様。 【要するに】  普通に参加して、楽しんでいただければOK。  カップルや友人と楽しむもよし、お一人で雰囲気を楽しむもよし。  OPに書かれたややこしいアレそれは気にしても、しなくても大丈夫です。 【できること】 ※※注意※※ プレイングの最初に選択肢の番号(のみでOK)を記載してください。 選べるのは以下から一つのみ。(二つ以上選択された場合、どちらかの描写ができない可能性があります) 選択肢1:メッセージを書いたランタンを飛ばす。 小さな気球型のランタンに好きな花を添え、メッセージを書いて飛ばします。 秘めた想い。どうしても叶えたい願い。亡くなった人への手紙…… あなたの想いの丈を、そっとしたため空へと放ってください。 (花の種類はおまかせ可) 会場では屋台が出ているのでちょっとした軽食もとれます。 選択肢2:花々で埋め尽くされたガーデンで過ごす。 ガーデン内では食事ができるエリアと、ダンスができるエリアがあります。 テーブルにはリブラネスタらしい、多国籍の料理が並び、花を使ったデザートや飲み物も。 ダンスエリアはランタンが灯されていますが、明るさはそれほどでもありません。 選択肢3:会場に現れたアントマンを監視する この選択肢を選んだ場合のみ、アルネブに声をかけることができます。 アルネブに交戦意思はありませんので、もし話したいことがあるのであれば、この機会に。 (ないとは思いますが交戦が開始された場合、強制退出となります) アルネブはランタンエリアとガーデンを行き来します。 監視しながら食事をしたり、他のPCさんと話すことは可能。 >アントマンとは…エラトゥーンの裏社会に時折現れる、裏稼業専門集団。  全員が兎のハーフビーストで、中ほどから折れ曲がった兎耳が特徴。 【その他】 ・各選択肢の人数制限はありませんので、お好きなところをお選びください。 (選択肢3を選ぶ人がいなかった場合は、モブNPCが監視を行います) ・NPCのリゲルは会場内を適宜移動していますので、何かありましたらお声がけください。

マスターより

※当依頼は他の【暗都】シナリオと同時公開されておりますが、時系列的には少しだけこちらが早いので、重複参加は問題ありません。 こんにちは、久生です。 【暗都】連動二回目、今回は少し趣向を変え、どなたでも参加しやすいものにしてみました。 全員がアントマン監視だったらシュールすぎるなと一瞬考えましたが、そんなはずはないので大丈夫だ、たぶん。 自由度は比較的高いのでお好きな場所で、お好きなように楽しんでくださいね。 なお、アントマン(アルネブ)について詳しくお知りになりたい方は、『【暗都】誰がウサギを殺したの?』を御覧ください。 また、OPに登場した他のアントマンについて。 アレクトさん→九蓮MSの依頼に登場。 ピレネーさん→彼女の死に関しては、赤坂MSの依頼で扱っております。 この機会に【暗都】に興味を持たれた方は、関連依頼もどうぞ!

リプレイ


 花酔の幻灯夜。
 ランタン会場では、参加者が各々準備を始めていた。
 スィーリーンは念のため周囲を警戒しつつ、星が瞬く空を見上げた。

「花で飾られたランタンが夜空を埋め尽くす……きっと、とても綺麗な光景でしょうね」

 その一つ、一つには誰かの想いが込められている。
 きっと、誰にも言えない想いだって――
「メッセージは何にしましょうか……」
 込める想いは胸にある。
 けれど言葉にするには、少しの勇気が必要で。

 アルフィー・リッパーは受け取ったランタンを前に、きゅっと口を引き結んだ。

(亡くなった人へのメッセージを送ってもいい……)

 脳裏に思い浮かぶのは、育ててくれたじいちゃん。
 そして流れ者だった自分に、帰る場所を作ってくれたルーシェ(友)。

 大好きな人はみな、空へと逝ってしまった。
 深い悲しみに、飲み込まれそうになったこともあったけれど。
 メッセージを書く手に迷いはない。
 届ける想いは、強く、確かに形作られているから。

 エルゼリオ・レイノーラは、リゲル・ルースティカを捕まえていた。
「おお! おぬしはいつぞやの世紀末覇者ry」
「それは忘れていいから! それよりアントマンって、どうして全員が兎の半獣人なの?」
 リゲルはふむと考えつつ。
「確証は無いがの。目撃情報を鑑みるに、血縁関係の可能性が高いであろう」
 アントマンの構成人数までは、まだ分かっていないらしい。
「とはいえアルネブが危険であることは間違いない。油断せぬようにな」
「わかった、ありがとうリゲルさん!」

 ガーデンエリアの隅っこでひたすら飲み食いしているのは、リディリディ・トゥラ・イェレミース。
「人が多い所はいつまで経っても慣れませんね……」
 人見知りが強い彼女、賑やかな場所は本来苦手だが、美味しいものに釣られ参加を決めた。
 アントマンについて気になったことがあった気もしたが、ずらりと並んだ料理を見た瞬間、忘却の彼方に消え去った(0.1秒)。

 \食べ放題万歳/

 ルチル・プルメリア・グレイハーツは監視目的で来たものの、友人のファム=ゴートを見かけ予定変更していた。
「ルチル忙しそうだけどいいの?」
「気にしなくていいさ。以前一緒に食事すると約束しただろう?」
 聞いたファムの表情が緩む。
「大丈夫ならよかった。ご飯楽しみ」
 嬉しそうな友人を見守りつつ、ルチルは懐の相棒(リス)をそっと放った。
(向こうはアタイの事を嫌ってるだろうし、今は会わない方がいい)
 それでも成り行きは見届けておきたい。先日刺された所を、無意識に触れる。

 ルベア・ベルニもアントマンが出没すると聞き、反射的に参加を決めていた。
 罪なき子供の命を奪った――許せない存在。
 けれど来るのは自分が追っている相手(女)とは別人だと知り、どうしようもない怒りが少し収まる。
「確かに彼女がこんな所へ来るわけないか……」
 暗く深い闇を抱えた瞳。
 あんな目をした人物が、この場で寛ぐ姿を想像できなかった。
「って、これからどうしよう……」
 目的を失ったことで、ルベアは途方に暮れた。仕方なくその辺の果物をつまもうとした時。
「ルベアさんこんばんは」
 振り向いた先で、ミア=リゼルが微笑んでいた。顔見知りと出会ったことでほっとしつつ。
「先日の依頼ぶりね。アナタも参加してたんだ」
「はい。よかったらご一緒しませんか?」
「ええ喜んで」
 連れだって料理を皿に盛りテーブルに向かうと、再び見知った顔。
「あら、コハクさんも来てたのね」
 ルベアの視線先で、コハクが金色の狼耳をぴこぴこと動かした。手には大きな肉まんが乗せられている。
「友人に誘われてね。美味しいものが食べられるって聞いたから」
 見やった先で、白毛の狼耳がぴこんと跳ねた。
「せっかくだし一緒に食べよう。ティトは大丈夫?」
 コハクの問いかけに、雪のような毛並みの少女はこくりと頷いた。
「うん。みんなで、食べ、よう」
 初対面の面々は互いに自己紹介をし、席に着く。
 即席女子会の始まりだ。

 花々が咲き誇るガーデンに視点を移すと、キーゼがネーヴェ・グラヌローザの手を取っていた。
「色々ときな臭い噂もありますが、今日は二人で楽しみましょうか、ネーヴェ」
「ええ。楽しみですわ」
 今宵のネーヴェは薄青のワンピースを身に着けている。
 繊細で華やかなレースが彼女の美しさをいっそう際立たせ、月華のようだとキーゼは思う。
「まぁ、とっても素敵ですわね! 花々が淡い光に照らされて幻想的ですわ」
「そうですね。こういう夜は貴女に似合う」
 振り向いた銀の瞳に、そっと囁きかけ。

 コルネリウス・アーラも恋人のイズレンディル・パラリムと共に、花園を散策していた。
「花鳥園以外で、ゆっくりと一緒にお花を見るのは、初めてですね」
「そういえばガーデンのご一緒は初めてですね。今日はお花のことを教えてくださいね!」
 辺りはジャスミンや夜香木の香りが立ち込め、柔らかなランタンの灯が淡く照らす。
 繋いだ手はいまだ甘酸っぱく、互いの体温を感じるたびに心が華やぎ。

 エル=バ=ノイアンとシルヴィア・A・カペルは、ダンスエリアの人気(ひとけ)のない場所へ移動していた。
「君と踊るのはこれで三回目かな、ノイアン」
 故郷の薔薇祭りと学園の夜会。
 花と夜に縁深い二人が今宵も出逢ったのは、必然かもしれなくて。
「どれだけ上達したか確かめさせて貰おう」
 差し出されたシルヴィアの手を、ノイアンはやわらかく取る。
「お手柔らかに」

 花酔の夜はまだまだ、始まったばかり。

●
 再びガーデンエリア。
 天眼で監視していたエルゼリオは、黒いフードを被った人物の存在に気づいた。

(いた……!)

 細身の体躯に、色つき眼鏡。
 事前に聞いていたアルネブの特徴と一致する。
 離れて様子を伺っていると、ふわふわした少女が彼に近寄った。

「こんにちは。あなたも、おはなをたのしみに?」

 マレーネ・シェーンベルグに話しかけられたアルネブ(アントマン)は、眼鏡の奥の瞳を瞬かせる。
「……俺に言ってる?」
「もちろん、ですわ」
 マレーネはにっこり頷き、スカートの両端を軽くつまんでお辞儀した。
「もうしおくれました。……わたくしは、まれーね。まれーね・しぇーんべるぐ、ですわ」
 相手は警戒しているのか、無言のままマレーネを見つめている。
「ふふ。いいたくないのであれば、おなまえは、おしえていただかなくても、かまいませんわ」

「……いや。どうせ隠したって無駄だろう? アンタらには」

 一瞬の緊張。
 けれどそれはすぐに緩和し、口元には微笑が宿る。

「さすがに鼻が利くね。それとも誰かから知らされた?」
「ひみつ、ですわ」
 悪戯な微笑みでかわすマレーネを、アルネブは愉快そうに眺める。
「帰れとはいわないんだ?」
「おはなをたのしみにきたかたを、おいかえすなど、しませんわ。ごいっしょしても、よろしくて?」
 相手は何も言わず歩み始めた。「応」ということなのだろう。
 二人が動き出したタイミングを見計らい、エルゼリオはアルネブに近づきわざとぶつかる。
「ゴメンなさい! 少し酔っちゃったみたいで……お洋服大丈夫ですか?」
 水をかけた胸元を拭こうとすると、頭上から凪いだ声が降ってきた。

「ああ、問題ない。これもね」

 上着の裾部分に隠していたナイフを指し示す。思わず顔を上げたエルゼリオを深紅の瞳が捉えた。
「他には何も持っちゃいないよ。調べたいならご自由に」

 脱いだフードから現れたのは――黒く折れ曲がった兎耳(アントマンの特徴)。

「なんだ、もう隠れる気がねェんだな」

 届いた声に一行が振り向くと、中村・右衛門佐・勘次郎とスヴァン=ウォルフ=ユーウェン(+肩にリス)の姿がある。
「お前がアルネブか。俺はスヴァン。早速だがこれをやる」
「いやいきなりすぎるだろお前!?」
 差し出されたこげ茶色の物体に、相手は困惑気味にスヴァンを見やった。
「これは?」
「チョコレートだ。ものすごく美味いぞ」
「オイオイ、本気でチョコレートの布教し始めたぞ……」
 頭を抱える勘次郎の隣で、スヴァンは当然のように言い切る。
「勘次郎には初対面の時チョコを布教し損ねたからな。俺はチャンスを逃さない男になると決めた」※既に勘次郎へは布教済み
 チョコレートは正義。アントマンにはチョコレートマン。それだけのこと。
「さあ、騙されたと思って一口食べてみろ。人生が変わる。飛ぶぞ」

 チョコ圧が半端ない。

「ふふ。おいしそう、ですわ。わたくしにも、くださる?」
「あ、じゃあボクも!」
 マレーネとエルゼリオはスヴァンからチョコをもらい、ぱくりと頬張る。
「あまくて、とてもおいしい、ですわ」
「この香りがたまらないよねー!」
 カカオの甘い香りがふわりと広がる。
 至福の表情の二人に満足げなスヴァンと、その様子を見守る無差別殺人犯。

 なんだこれ。

「……仕方ねェ。もう常識は捨て去るしかねェようだ」
 色々諦めた勘次郎は、ちらとアルネブを見やった。
「ええと、お前さんが『アントマン』だな?」
「単刀直入だね。まあ今更否定しないけど」
 苦笑する相手に、勘次郎も苦笑を返す。
「言っておくが、喧嘩売りにきたンじゃねェ。ただまァ、聞きてェ事はある」
「何?」
「何の目的で『ここに来た?』」
 無言で見返す瞳へ、勘次郎は続ける。
「お前さんは追われる身。理由もなく公の場に姿を表す程、酔狂じゃァねェだろ」
 暴れるのが目的なら取り押さえるつもりだったが、どうもそういう風には見えない。
「単純に気になってな」
 アルネブは咲き匂う花々へ視線を向けたあと、どこか他人事のように呟いた。

「今のうちに見ておこうと思ってね」

「……何をだ?」
「なんでもだよ。俺にとってこういう日常の喧噪は、夢みたいなもんだから」
 まるで死を前にしたかのような言いぶりに、勘次郎はつい口に出た。
「お前さん。なにか『愚痴』があンなら聞くゼ?」
 アルネブは驚いたように勘次郎を見てから、おかしそうに笑い出した。
「面白いね、アンタ。殺人犯の愚痴を聞きたいって?」 
「あっしは駆け引きなんて面倒なことはしねェよ。思ったことを言ったまでだ」
 すっぱりと言い切られ、沈黙する。そして少し困ったように微笑(わら)ってから。
「そう。でも俺はそれを受け入れる生き方をしていない。気持ちだけ受け取っておくよ」
 そう言って彼は、おもむろにチョコレートを口に入れた。見ていたエルゼリオが息をのむ。
「……裏社会の人が、他人からもらった物を口にするなんて、まずないよね」
「どうかん、ですわ」
 マレーネも頷いた。

 つまりこれは冒険者に対する、彼なりの返礼なのだ。

「美味いね。一つ、もらって帰ってもいいかな」
「構わない。土産か?」
 スヴァンの問いに、一瞬言い淀む。エルゼリオはリゲルから聞いたことを思い出し。
「もしかして……妹さんに?」
「……まあね」
「いもうとさんのこと、たいせつになさって、いますのね」
 マレーネの言葉に、ほんの少し目を伏せた。
「どうかな。俺は何もしてやれなかったから」
 それ以上、彼が妹について何かを語ることはなかったけれど。
 諦観と後悔が入り混じったような笑みが、すべてを物語っている気がして、冒険者たちは何も言えなかった。

「もう行ってもいい?」
「あ、うん! 特に変な物も持ってなかったしね」
 エルゼリオの返答に頷くと、アルネブはランタン会場の方へ足を向けた。
 その背をスヴァンが呼び止める。
「お前や妹が誰であれ、チョコの素晴らしさというものをわかって……味わってもらいたいのは本当で、本心だ。受け取ってもらえてよかった」
 一度だけ振り向いた瞳が、礼を告げたように見えた。

●
 その頃、スィーリーンは他の参加者と共に、ランタンを空へ放っていた。
 ゆっくりと昇る様子を見送りながら、人知れず呟く。
(エフレム様……今どこで何をしていらっしゃるでしょう)

『あの方に追いつけますように』

 何を書くか迷った末、やっとしたためた言葉。
 いつか、あの方の様な魔法技術を身に着けられますように。
 そして。

(あの方の心を救えますように)

 添えた花は純白のカラー。
 花言葉は「清浄」「乙女の淑やかさ」。

 この想いは純粋で、美しいものだ。
 貴女の祈りがいつか届くといい――そう願い、誰かが選んだ祈花(いのりばな)。

 淡い灯が空を埋めつくすさまを、アルフィーは呆けたように見つめていた。
「綺麗だな……天国ってあんなところかな」
 夜空に吸い込まれていくランタンを、オッドアイの瞳がいつまでも見送る。
 届くといい。
 笑ってくれるといい。
 あの場所にいる、大切な友と家族へ。

『楽しく過ごしている。俺をいっぱい守ってくれてありがとう』
  
 添えた花はオシロイバナ――「あなたを想う」。
 辛い過去もあった。深い悲しみもあった。
 けれど自分は今、居場所を見つけちゃんと生きている。

 いつかまた会えたら、頑張ったねと撫でてくれるだろうか。
 そんな夢を見届けるように、そっと目尻をぬぐう。
 溢れた想いは人知れず、一夜の幻想に紛れ込ませて――

●
 ゼラルム・エルホワイトとサニー・フォン・オルライトが楽しげに食事をする奥で、リディリディは大食い選手権かってくらい飲み食いしていた。
「相変わらず良い飲みっぷりだのう!」
 かけられた声に振り向くと、リゲルがにこにこと彼女を見ている。
「え? あの……」
 知らない人に声をかけられ、反射的に逃げ出そうとする。
「ああ、逃げるでない。おぬしダグザ絡みのパーティでも見事な飲みっぷりであったろう?」
 その言葉にリディリディは立ち止まり、たっぷり時間をかけ思い出した。
「アントマンの……?」
「うむ。おぬしらの働きで、以後の調査方針が固まったからのう。礼を言うぞ」
「あ、はい。その……お役に立てたのならよかったです……」
 おどおどとリゲルを見ると、相手はうんうんと頷いてから、牛串を差し出した。
「美味いぞ。おぬしも食べるか?」
「こ、これはNIKU★ですね……!!」
 ぱあああっと目を輝かせ、肉を頬張る。香ばしい匂いと旨味。
 いつも以上に美味しく感じるのは、なぜだろう。
 そんな小さな疑問は、花酔の宵に紛れつつ。

 ファムとルチルは共に食卓を囲んでいた。
「こういう場所でのマナーってよくわからないんだよね。ルチルは知ってる?」
「こんな夜はね、気の合う仲間と楽しく飲んで語らえばいい」
「それだけでいいの?」
 ルチルはああと頷いてから、ランタンの灯る夜空を見上げた。
「そういうもんさ」
 次から次へと運ばれてくる古今東西の料理。香りと見た目の珍しさに、ファムの好奇心はむくむくと膨れ上がる。
「これも美味しそう……あ、それも美味しそう。私、お肉を使ったご飯が好き。ルチルは?」
「アタイは……そうさね、酒に合うものならなんでも好きだよ」
「これは何て料理?」
「鴨のローストオレンジソース・ドフィノワ添えだね」
「……名前長いね、覚えるのも大変。あ、この黄色いのは?」
「ああこれはバナナさ」
「へえ……。あの、たくさん質問して迷惑?」
 不安そうな視線に、ルチルはそんなわけないだろう? と笑い返す。 
「ファムが興味を持ったならどこにでも付いていくし、知りたいことがあれば何でも教えるさ」
「どうして?」
「それが友人ってもんだろ」
 情報料はまとめて後払いでいい。
「そうさね、今度はアタイに付き合ってもらおうか」
 目配せするルチルにファムはうんと頷いた。
 今度会ったときは、ルチルの行きたい所へどこだってついていこう。そう思うだけで、何だかとても楽しみになる。

(美味しいご飯、のんびりした時間、楽しく過ごせる友達――全部私の欲しいもの)

 頑張って手に入れた物じゃないのかもしれないけれど。
 本当は、頑張らなくてもいいのかもしれなくて。

 今は何も考えず、この時間をただ楽しもうとファムは思う。
 たぶんそれが、幸せということだから。

 即席女子会の面々も、多国籍料理を囲みながら、とりとめのない話題に花を咲かせている。
「あ。これ美味しい。そっちはどう?」
 ルベアはフルーツサラダを勧めながら、コハクが食べているチーズのパイ包みに興味を示す。
「美味しいよ。さくさく生地とチーズのコラボがたまらない」
「鶏肉の揚げ物にはレモンをかけると美味しいですよ、オススメです」
 幸せそうな顔で頬張るミアを見て、ティトも挑戦してみる。
「ほんと、だ。美味しい、ね」
 レモンの酸味と香りが、肉の旨味を引き立ている。ティトの反応に、ミアは嬉しそうに頷いてから。
「あ、でも人の鶏揚げに勝手にレモンをかけるのはダメです。戦争になります、ここ重要です」
「鶏揚げとレモンの間に何があったというのか」
 コハクは鶏揚げレモンの闇を感じたが、伝承にある『きのこつちのこ戦争』とどちらが闇が深いだろうと思った。
 割とどうでもよかった。
「こっちも、美味しい、よ」
 ティトに勧められた甘酢に香味野菜が入ったソースを、皆で試してみる。
「こういう甘酢っぱいタレも美味しいですね」
「ほんとだ、この香り……何かしら」
「ショウガかも。前にシャルガネで食べたことある」

 デザートを食べようとしたミアは、ゼリーの中に白い花弁が閉じ込められているのに気づいた。
「こ……この中に入っているお花はレモンの花では……?」
 レモニストの瞳が、尊さに震える。その様子を見たコハクとティトが目配せし合った。

「ミア、これ見てよ」
「あっレモンゼリーです!」
「リゼルさん、あれ、見て」
「あっレモンタルトです!」
「ミア、ほらあそこ」
「あっレモン柄のクロス!」
「リゼルさん、あれ、見て」
「あっレモンっぽい顔をしたおじさま!」
「それもう、レモン関係ないわね(」

 レモンが絡むと反応著しいミアを、ルベアは微笑ましく見守る。
(不思議な子……でもなんだか、この子といると落ち着く)
 彼女の持つ独特の雰囲気がそうさせるのだろうか。どことなく物憂げな佇まいが、気になってしまう。
 ふと目が合うと、彼女はにっこりと微笑んだ。
「美味しいものはみんなで食べると、いっそう美味しいですね」
「ええ、そうね」

 気の合う友人。美味しい料理。
 とりとめのないお喋り。

 日々に追われていると、ついこんな時間があることを忘れてしまうけれど。
(こういうのも、たまにはいいか)
 共に食卓を囲んでくれた友に、感謝しつつ。

●
 アントマンがランタン会場に移動した――

 そう報告を受けた担当者達は、監視体制についていた。
 黒い夜会(イブニング)ドレスを召したザザ=ステルヴィナは、カクテル片手に声をかける。
「今晩は、素敵な夜ね。私はザザ=ステルヴィナ。お名前をお聞きしても宜しくて?」
「俺は――」
 一瞬口を開き、軽く頭(かぶり)を振る。
「知っているだろう?」
「そうね。でも貴方の口からお聞きしたいの」
 何処か寂し気で危険な香りのする人――でも何故か、惹かれてしまう。
 見つめる先で、男は小さく笑った。
「そんな風に名を聞かれたのは初めてだな」

 その時、豪快な声が響き渡った。

「お前さんいかした耳じゃのぉ!」
 二人が振り向くと、そこにはジョン・ベアーとデイジー・ロックウェルの姿がある。
「へぇ、本当に蟻(アント)みたいね。……ああ、ごめんなさい、他意は無いわ」
 ばつが悪そうなデイジーに、アルネブは微笑した。
「いいよ。正直なのは嫌いじゃない」
「……そう。じゃあ率直に聞くけど、何しに来たの?」
「その質問さっきも聞いたな」と笑う瞳は、空を舞うランタンへ向けられる。
「ああ、お前さんはこれを飛ばしにきたのか? わしにゃあわからんが風流ではある」
 頷くジョンの隣で、ザザが提案した。
「お知り合いになったのも何かの縁。折角ですし、一緒にランタンを飛ばしません事?」
「おおそれがええ!」
 ジョンはクマーな速さでランタンを購入し、差し出した。
「ほれ、こりゃわしからお前さんにじゃ」
 受け取ったアルネブは「断れる雰囲気じゃないな」と肩をすくめたものの。
 機微を感じ取ったザザは気づいていた。彼はおそらく最初からやるつもりでいたのだ。

 準備を始めた三人を、デイジーが後方で見守る。
 両手にはしゅわしゅわする飲み物と、ポップコーン。
「食べ歩き、やってみたかったのよね」
 良家のお嬢様である彼女、普段は従者に見張られこういうことができない。
 屋台の味をひとしきり堪能していると、アルネブがランタンに何か書いているのが見えた。
 興味を覚え、天眼で覗き見してみる。

「……『彼女に救いを』、か」

 それは誰のことか、皆あえて尋ねることはしない。
 放たれたランタンは淡い光を抱いたまま、ゆっくりと空へ昇ってゆく。

 添えた花は紫のリンドウ――花言葉は「悲しんでいるあなたを愛する」

「……綺麗よねぇ。想いを空にって、ちょっと感傷的な気もするけどね」
 こちらを見やる深紅の瞳へ、デイジーはくすりと笑んでみせる。  
「独り言よ」
「……想うだけで何もできない俺は、赦してもらえるのかな」
 見上げた先で、アルネブが同じように笑ってみせた。
「独り言だ」

 ジョンはいつの間にか屋台で買い揃えた料理を掲げ、三人に目配せする。
「まだ時間はあるんじゃろ? なら少しばかり飯に付き合うてくれ。人数で飯の味は変わらんが、気分は上がるけぇな!」
「ああいいね。ちょうど腹が減ってたんだ」
 意外にも素直に応じたアルネブに、ジョンはあれもこれもと屋台飯を勧めていく。
「ほれ、これも食え。そう耳をしょぼんとさせるな!」
「これ(折れ耳)が立ったら、アンタらが困るだろう?」
「ポップコーン食べる? あたしの食べかけだけど」
 どうせ断られるだろうと思ったら、伸びた手が数粒掴み、口に放り込んだ。
「悪くない」
 束の間の日常。
 その様(さま)を見ていたザザは思った。

(アントマンの出現情報が事前に漏れるなんて、可笑しな話だと思ったけど……)

 情報提供者が”この状況”を狙ったのだとすれば。
 罠ではなくむしろ――

(まだ確証も何もないけれど)

 いつか提供者に尋ねる機会があればいいと思いつつ。

 別れ際、ジョンはピンクのガーベラをアルネブに手渡した。
「ほれ、付き合うてくれんさったお礼じゃ!」
 受け取った花を指先で弄びつつ、彼は最後に告げた。

「――俺の名は、アルネブだ」

「ええ。貴方の願いが届きますように――アルネブ」

 見送るザザの視線先で、深紅の瞳が微笑(わら)う。
 最後に告げた言葉は、本心だった。


●
 ガーデンを散策していたキーゼとネーヴェは、ダンスエリアで足を止めた。
「そういえば、以前夜会で踊りましたわね。また、一緒に踊りませんか?」
「ええ、喜んで」
 舞踏の得意なネーヴェは、今回もキーゼの手を取ってリードする。
 フォーマルなジャケット姿の彼が宵華のようで、思わず目を伏せてしまう。
「あの時は、余裕があるように見せていましたけれど……本当は、とても緊張していたんですの」
「おや、そうなりますと……今はかなり余裕が出てきているわけですね?」
 微笑む彼の瞳を、わずかに見上げ。
「そうでもありませんわ。貴方が……とても素敵だから」
 それを聞いたキーゼの瞳が微かに見開かれた。音楽に合わせ、流れるように近づくまなざしが、熱を帯びる。

「……このポジションはずっと、私だけのものにさせて下さいね」

 そっと囁きかけ、恥じらいのあまり視線をそらす。離れようとする彼女の体を、力強い腕が抱き寄せた。

「プライベートでこうして歩を合わせるのは、貴女だけですよ、ネーヴェ」

 耳元で囁かれる声は優しく、甘く。
 いっそこののまま、花酔の蜜夜に溶けてしまいたい。

 曲が終われば、冷えたカクテルで火照った体をさましつつ。
「これからの二人に乾杯、ですね」
「ええ……乾杯」
 微笑む月下の花姫を、キーゼは改めて手放したくないと思う。
 互いにグラスを傾け合う頭上で、あまたの星々が瞬いた。

 花園を散策していたコルネリウスとイズレンディルは、様々な花を眺めては話を咲かせていた。
「これは森で見たことがありません。何という名前なのでしょうか?」
 見知らぬ花に気づいたイズレンディルは、そっと花びらに触れる。
「ああこれは、ブーゲンビリアです。花びらに見える部分は苞(ほう)といって葉の一部なんですよ。花言葉は……『あなたしか見えない』です」
 振り向いたイズレンディルと目が合う。気恥ずかしさからごまかす様に笑うと、相手は少し首を傾げながら微笑み返した。
「本当にネリーは花のことをよく知っていますね」
 伸びてきた手が、頭に触れる。彼に優しく撫でられるたび、胸の高鳴りが止まらなくなる。

 恋人になって半年ほど経っても、まだ照れてしまうことばかり。

 ふと、風に乗ってきた花びらを、コルネリウスはそっとつかまえた。
 掌に乗った薄紅の花弁を二人で覗き込み。
「これはミニバラですね。花言葉は……『果てしなき愛』です」
 見上げると、蒼玉のような瞳がコルネリウスを見つめていた。彼の涼し気な瞳に魅入られながら、ふと確信する。

 言葉を交わすたび、その手が触れるたびに。
 私はあなたを、好きになる。

「――これから先も、私は何度でも貴方に恋をして、ずっとずっと果てしなく愛してゆくのでしょう」

 イズレンディルの長い指が、花びらごと彼女の手を包み込んだ。

「私はこの花を見るとネリーを思い浮かべます」

 彼の視線先にあるのはペチュニア――『心の安らぎ』。

「ネリーと過ごす時間が何より幸せです。私もこれから先、ずっと愛しております」

 これはきっと、醒めることのない病。
 あなたの優しさに満たされ、あなたの熱にうかされる甘い、甘い果てなき物語(幸福)だから。

 月灯りの下で、シルヴィアとノイアンは踊り明かす。
「随分上達したね。想像以上だ」
 並ぶステップ、リズムに乗った呼吸。
 上達速度だけではなく、息がぴったり合うことにも驚いてしまう。
「あんたのリードが上手いからだ」
 そう返しながら、ノイアンは初めて彼女と踊った夜(踊る子熊亭の夜)を思い起こしていた。
(思えば、あれがきっかけだった)
 まともにリズムも取れなかったあの日から、彼女の優しさ、眩しさに惹かれていた。
 気づかないふりをしていたのは、彼女のためでなく自分のためで。

(でももう、これ以上は無理だ)

 彼女の瞳に映りこむ刹那が、心を熱くする。
 彼女の微笑みが、己のすべてを捕らえて離さない。
 ああ。わかっていた。

 俺はとっくに、シルヴィアを愛している。

 揺らめく灯のせいだろうか。ノイアンの青い双眸が、甘い熱を帯びて見える。
 シルヴィアは高鳴る胸を抑えるように、ふと星が瞬く夜空を見上げた。
「……この辺りは暗いが平気か?」
 ノイアンの問いに、柔らかく笑む。
「闇夜が怖いという人もいる。それも分かるけれど、人が安らぐのもまた夜だ」
 特にこんな夜は、闇の甘さに身を委(ゆだ)ねたくなる。
「君は夜の化身の様だと思う。こうして踊っていると落ち着くよ」
「俺を恐ろしいという奴はいても、落ち着くと言ってくれるのは……あんたくらいだな」
 気づいてしまえば、彼女の言葉一つ一つが心を満たしていって。

 曲が終わり、手が離れる。
 名残惜しさに指を伸ばし、月光に煌めく髪に触れた。

 たとえ優しさにつけこむことになっても、自分のものにできたら――

 ひと房に残した口づけが、彼女を繋ぎとめる痕になればいい。
 見開いた青碧の瞳に、おやすみと告げる。
 
 闇に紛れていく背を、シルヴィアは半ば放心状態で見つめていた。
(見間違いだろうか? いや、でも確かに……)
 その意味を考える勇気がなくて、胸の前で手を握り締める。
 もし知ってしまったら、この胸の高鳴りはどうなってしまうのだろう。

 私は。私は――

●
「あれ、もう帰っちゃうの?」

 会場を後にしようとしたアルネブの腕を、クレア・エクレールが掴んだ。
「ダンスまだだよね、せっかくだし踊ろうよ!」
「いや……俺は踊れないし」
「そんなの適当でオッケー、楽しまなきゃ損!」
 無邪気な誘いに押され、ガーデンへ引っ張り出される。深紅の瞳がやれやれと見降ろした。
「俺まだ踊るって言ってないけど?」
「このままレディを放っておくつもり?」
 聞いたアルネブは目を瞬かせたあと。降参といった様子で、クレアの手を引き寄せた。

 甘やかな香りが、踊る。

 二人は音楽に合わせ、軽やかにステップを踏んでいく。
「……なんだ、踊れるんじゃん」
「仕事で必要だからね」
 しれっと答える相手にしょうがないなあと笑いつつ。
「ボクはキラキラしたものが好きなんだよね。良い香りも好き」
 だからこういう場所では心が踊るし、つられて体も動く。
「お兄さんはどんなものに惹かれるのかな?」
 アルネブは一瞬沈黙してから、小さく呟いた。

「――”心”かな」

「こころ?」
「俺は無くしてしまったものだから」

 それがどこにあるのか、どんなものか知りたくて。

 憂えた瞳が、クレアをじっと見下ろした。
「俺が何をやったか知っているんだろう?」
「……知ってるよ。でも今だけは忘れたっていいじゃない」
 まっすぐ見返してくる翡翠に、堪えきれず目をそらす。
 その顔があまりに哀しげで、クレアはあえて微笑んでみせた。

 曲が終わり、花を一輪、彼の胸元へ飾る。

「付き合ってくれたお礼」

 一夜の夢が、ゆっくりと閉じていく。

 去り際、アルネブはふと冒険者達を振り返った。 
「ああそうだ。どうせなら、アンタとも踊ってみたかったよ」
 視線を向けた先、後方で見守っていたスヴァンがえっとなる。
「俺? いやちょっとそういう趣味は……」
「お前さんじゃねエだろ」
 勘次郎の示す先。スヴァンの肩に乗るリス(ラト)の瞳の先で――情報屋がむせた。
「ルチル?」
「……いや、なんでもない」

「じゃあ俺は行くよ。悪くない夜だった」

 闇に紛れゆく背を、冒険者は何も言わず見送る。
 また、とは言わない。
 さようなら、とも告げない。

 次会うときはきっと、命のやり取りにやる。

 だから今は黙って一夜の夢を見届けるだけ――花酔の幻想が、醒めないうちに。
 

マスターコメント

ご参加ありがとうございました! 皆さま思い思いの時間を過ごされており、とても楽しく書かせていただきました。 字数が字数が字数が字s アルネブは多くを語っていませんが、当初の予定よりあれでもずっと喋っているので、そういう意味でも非常に意義のあるシナリオとなりました。 プレイングの優劣を競うタイプのシナリオではないため、MVPの選出は行っておりません。 称号につきましては、現在持たれているものとバランスを取りつつ、個別、共通でお出ししております。 なお、シーンの都合上分けられなかった方(←アルネブ対応の方に多い)以外は、時間経過に合わせて二回程度登場しています。 ご自分のPC登場シーンを見逃さないようお気を付けくださいね。 久生の【暗都】は間に番外編をはさみ、次が最終話となります。 番外編ではアルネブではなく、アルニラムの方に焦点を当てたシナリオとなりますので、よろしければそちらも興味を持っていただけましたら幸いです。 それでは、またお会いするのを楽しみにしております!
イベントシナリオ

イベントシナリオ易しい 報酬:少ない25 / 4〜25人

2021年08月14日 11時45分06秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. No.1

    皆の者、参加感謝する。 もし何か質問があれば、質問タグにて頼むのう! おのおの、有意義な一夜を過ごしてくれることを願っておるぞ。

  2. シルヴィア・A・カペル

    リゲルは丁寧な挨拶をありがとう。 シルヴィアだ。今回はよろしく頼むよ。 今のところ、選択肢2でダンスを踊るつもりだ。

  3. スヴァン=ウォルフ=ユーウェン

    スヴァンだ、よろしく頼む。 選択肢3でチョコを食べたり布教しつつ…… 勘次郎と共に監視をするつもりでいる。

  4. エル=バ=ノイアン

    ノイアンだ。豆?何のことだか… 同行者と2に行くつもりだ。 どの選択肢も綺麗な風景……綺麗な……アントマンの監視もこの幻想的な風景の中で行われるのか。 ともあれ皆にとって楽しい一日となるように。

  5. ジョン・ベアー

    ジョン・ベアーじゃ。よろしゅう頼む! 飯はどこでも食えるようだしな、どうするか……。 誘い合わせる相手もおらんし、3に行って話し相手になってもらうか!がはは!

  6. スィーリーン

    スィーリーンと申します。 よろしくお願いします。 選択肢1でランタンを飛ばそうと思います。

  7. 中村・右衛門佐・勘次郎

    おう、勘次郎ってモンだ。よろしくな。 選択肢3で適当に酒でも飲みながら、スヴァンと一緒に奴さんの監視をするつもりだ。 …あぁ、カカオの布教はしねェぞ?

  8. コルネリウス・アーラ

    コルネリウスです、宜しくおねがいします。 イズさんと2にご一緒させて頂く予定です。

  9. ルチル・プルメリア・グレイハーツ

    情報屋のルチルだ。よろしく。 アルネブの監視をしようと思ったが友人を見つけたのでな。他に監視担当もいるようだし……(チョコばかりに気を取られて見失わないようにねという視線)……選択肢2で行動する予定だ。 (念を押す視線)

  10. デイジー・ロックウェル

    デイジー・ロックウェルよ 選択肢3で行動するわ!

  11. No.11

    リディリディです。 よ、よろしくお願いします。 2で食事をしていこうと思っています。 ダンスはできませんし・・・。

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0