【学乱】楽しい音楽祭開催の知らせと帰還した悪役令嬢
陵かなめ
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シナリオID:1127
オープニング
●バニスター伯爵家
「くそ! 忌々しい小娘め! どうやって冒険者を味方につけたのだ!」
バニスター伯爵は近くにあった花瓶を壁に投げつけて怒鳴り散らした。
「おい! ティアンナはどこに行った? さっさと学園に赴いて私の弁明をしろ!」
メイドたちはバニスター伯爵の怒りが自分に向かないことだけを祈って下を向く。
男爵令嬢を襲ったという嫌疑がかけられたバニスター伯爵は、弾糾されることを恐れ自宅に引きこもっていた。すでにバニスター家の侍従はギルドに捕らえられている。伯爵は侍従との関係を強く否定したが、それで済ませられるかは分からない。伯爵家の重圧をはねのけて侍従を引き渡さないギルドにも腹が立って仕方がないのだ。
「お父様、わたくしはここにおります」
その時、ゆっくりとした足取りでティアンナ・バニスターが姿を表した。
「おおティアンナ! 学園の様子はその後どうなっている? よもや、私がいないせいで王党派が幅を利かせているのではなかろうな!」
「お父様、ご冗談を。それよりも、今日はお父様に良い知らせをお持ちしましたの」
「むっ! 私の学園復帰か!!」
瞳を輝かせた父親を見て、ティアンナは目を細める。
「それはいかがでしょうか。今は生徒会総選挙で皆が浮足立っているところでございます。それよりも、わたくし生徒会総選挙に向けて音楽祭を企画いたしましたのよ」
「……え?」
「皆が楽しむ音楽祭を見事成功させれば、我がバニスター家の名も上がるというもの」
ティアンナは扇子で口元を隠し、穏やかな声で父親をなだめた。
「わたくしが計画を完遂するまで、お父様は大船に乗った気持ちでお待ちくださいませ」
「お、おお。そうか。目立たぬ娘だと心配しておったが、そなたもバニスター家の血を引く者だ。バニスター家、ひいてはこの私に利益をもたらすよう知恵を働かせなさい」
父親の言葉にうなずき、ティアンナが歩き出す。
「む。そういえばアーリス家の子息を知っておるな! 都合よく脅してあるゆえ、手駒にすると良い。ゆくゆくはそなたの婚約者として我が家に迎え入れる手はずだ!」
腹を揺らして笑うバニスター伯爵を部屋に残し、ティアンナは自室へと急いだ。
●ティアンナ・バニスター
「王党派? 貴族派? 馬鹿らしい。そのようなものがどれだけのお金を生むというのかしら。わたくしが知らぬ間に、お父様も馬鹿なことをされたものですわ」
学園に出立するための荷物をまとめ、馬車を手配するようメイドに声をかけるティアンナ。
「ええ、お父様。バニスター家はわたくしが盛り立てていきますわ。そのためには、貴族派にこだわる古い考えが邪魔ですね。これからの時代は、もっと広い視野でものを見なければ」
その手には音楽祭の企画書が握られている。
「アーリス伯爵家を脅すやり方もいけませんわ。少し早いですが頃合いでしょうね。お父様には今回の不祥事の責任をとって引退していただきます。けれど、わたくしがバニスター家を継承するためには……、あとひと押しが足りません。冒険者ギルドに捕らえられた侍従は、お父様が関わりを否定していますし……」
このままでは「バニスター家の侍従が独断で男爵令嬢を襲った」として済まされてしまう可能性もある。
「それに、ご迷惑をおかけしたアーニー様やヒュー様とお話がしたいですわね……」
「お嬢様、お支度が整いました」
メイドの報告を聞いて歩き出す。
「では学園に戻りましょう。考えるよりも行動することで道を切り開きましょう」
ティアンナは決意を胸に秘めて学園へと向かった。
●悪役令嬢の帰還
「ごきげんよう、皆様」
アーニー・グレイス・フラートンは久しぶりに学園に復帰して級友たちに挨拶をした。
しかし予想していた通りとはいえ、その挨拶に対する返事はない。
改めて自分に対する悪評が広がっているという事実にアーニーは胸を痛めた。
だが、自分は何も悪いことはしていないと顔を上げる。
その時一人の女生徒がアーニーに近づいてきた。
「ごきげんよう、アーニー様。あの……、これお休みしていらした時の覚書ですわ」
「まあ! ありがとうございます」
見覚えのある女生徒から手渡されたのは一冊のノートだ。
アーニーは礼を述べてノートをめくる。
「あ……これは……!」
ノートにはアーニーが休んでいた間の授業内容などが細やかに記されていた。
しかし何より驚いたのは、その文字。
「ヒュー……様?」
何度も手紙の遣り取りをした婚約者の見知った文字だったのだ。
事情を聞こうと振り返ったが女生徒はすでに去ってしまった。
「何か……事情があるのですね……」
その時、ノートからハラリと紙が落ちた。
「これは……『ティアンナ・バニスター企画による音楽祭』の出演希望者募集! 練習を一緒にホールで?」
アーニーはティアンナが主催する音楽祭の出演者募集の要項を何度も読み返す。
「名誉を回復するために何ができるかは分かりませんけれど、まずは参加してみることからはじめませんとね。ティアンナ様ともお話ができるかもしれません……。幸い、弦楽器なら多少は心得があります」
そして音楽祭の参加に名乗りを上げたのだった。
●依頼
「生徒会総選挙で『パンクリアース音楽祭』を開催予定です。
そこで、音楽祭の出演者を大々的に募集いたします。
生徒会総選挙に悩みを抱えている方もいらっしゃるかもしれません。
日々の生活に疲れを感じたり落ち込んだりすることもあるでしょう。
そんな時、音楽は共通の言葉・癒やしの源となります。
『パンクリアース音楽祭』は、出演者が奏でる音楽を皆で感じ楽しむ音楽祭にしたいと思っております。
当日は多くの出演者に思い思いの演奏をしていただくことになるでしょう。
今は準備期間中ですので、こちらで用意したホールで自由に楽器の練習を行ってください。
学生の練習を手伝ってくださる方や舞台の飾り付けのアドバイスをしてくださる方も募集中です。
皆で交流しながら楽しい時間を過ごしましょう。
楽器が初めての方も楽しめるよう、初心者向けの楽器も用意しています。
ティアンナ・バニスター」
冒険者たちへ向けた依頼が張り出された。ギルドの受付はこのように説明をする。
「生徒会総選挙では色々な催しもあるようだね。楽しみだ。この依頼はバニスター伯爵家のティアンナ・バニスター令嬢が企画した音楽祭の協力要請だね」
ティアンナ・バニスターには、現在父親が自宅に引きこもっているという事情がある。
また、おそらく音楽祭の手伝いには彼女の家の侍従に誘拐されかけたアーニー・グレイス・フラートンも顔を出すだろう。
両者に接触できるチャンスでもあるので、気になるのであれば話しかけてみると良いとのことだ。
アーニーの名誉を回復させるような提案をすると喜ばれるかもしれない。話を聞いてあげるだけでも良いだろう。
「まあ基本的に音楽祭の手伝いだから、楽器を演奏して楽しんだら良いと思うよ。腕に自信のある冒険者はぜひ出演も検討して欲しい」
どのような音楽祭になるかは参加者次第だ。
ホールで練習を行い、音楽祭の準備をしよう。
「くそ! 忌々しい小娘め! どうやって冒険者を味方につけたのだ!」
バニスター伯爵は近くにあった花瓶を壁に投げつけて怒鳴り散らした。
「おい! ティアンナはどこに行った? さっさと学園に赴いて私の弁明をしろ!」
メイドたちはバニスター伯爵の怒りが自分に向かないことだけを祈って下を向く。
男爵令嬢を襲ったという嫌疑がかけられたバニスター伯爵は、弾糾されることを恐れ自宅に引きこもっていた。すでにバニスター家の侍従はギルドに捕らえられている。伯爵は侍従との関係を強く否定したが、それで済ませられるかは分からない。伯爵家の重圧をはねのけて侍従を引き渡さないギルドにも腹が立って仕方がないのだ。
「お父様、わたくしはここにおります」
その時、ゆっくりとした足取りでティアンナ・バニスターが姿を表した。
「おおティアンナ! 学園の様子はその後どうなっている? よもや、私がいないせいで王党派が幅を利かせているのではなかろうな!」
「お父様、ご冗談を。それよりも、今日はお父様に良い知らせをお持ちしましたの」
「むっ! 私の学園復帰か!!」
瞳を輝かせた父親を見て、ティアンナは目を細める。
「それはいかがでしょうか。今は生徒会総選挙で皆が浮足立っているところでございます。それよりも、わたくし生徒会総選挙に向けて音楽祭を企画いたしましたのよ」
「……え?」
「皆が楽しむ音楽祭を見事成功させれば、我がバニスター家の名も上がるというもの」
ティアンナは扇子で口元を隠し、穏やかな声で父親をなだめた。
「わたくしが計画を完遂するまで、お父様は大船に乗った気持ちでお待ちくださいませ」
「お、おお。そうか。目立たぬ娘だと心配しておったが、そなたもバニスター家の血を引く者だ。バニスター家、ひいてはこの私に利益をもたらすよう知恵を働かせなさい」
父親の言葉にうなずき、ティアンナが歩き出す。
「む。そういえばアーリス家の子息を知っておるな! 都合よく脅してあるゆえ、手駒にすると良い。ゆくゆくはそなたの婚約者として我が家に迎え入れる手はずだ!」
腹を揺らして笑うバニスター伯爵を部屋に残し、ティアンナは自室へと急いだ。
●ティアンナ・バニスター
「王党派? 貴族派? 馬鹿らしい。そのようなものがどれだけのお金を生むというのかしら。わたくしが知らぬ間に、お父様も馬鹿なことをされたものですわ」
学園に出立するための荷物をまとめ、馬車を手配するようメイドに声をかけるティアンナ。
「ええ、お父様。バニスター家はわたくしが盛り立てていきますわ。そのためには、貴族派にこだわる古い考えが邪魔ですね。これからの時代は、もっと広い視野でものを見なければ」
その手には音楽祭の企画書が握られている。
「アーリス伯爵家を脅すやり方もいけませんわ。少し早いですが頃合いでしょうね。お父様には今回の不祥事の責任をとって引退していただきます。けれど、わたくしがバニスター家を継承するためには……、あとひと押しが足りません。冒険者ギルドに捕らえられた侍従は、お父様が関わりを否定していますし……」
このままでは「バニスター家の侍従が独断で男爵令嬢を襲った」として済まされてしまう可能性もある。
「それに、ご迷惑をおかけしたアーニー様やヒュー様とお話がしたいですわね……」
「お嬢様、お支度が整いました」
メイドの報告を聞いて歩き出す。
「では学園に戻りましょう。考えるよりも行動することで道を切り開きましょう」
ティアンナは決意を胸に秘めて学園へと向かった。
●悪役令嬢の帰還
「ごきげんよう、皆様」
アーニー・グレイス・フラートンは久しぶりに学園に復帰して級友たちに挨拶をした。
しかし予想していた通りとはいえ、その挨拶に対する返事はない。
改めて自分に対する悪評が広がっているという事実にアーニーは胸を痛めた。
だが、自分は何も悪いことはしていないと顔を上げる。
その時一人の女生徒がアーニーに近づいてきた。
「ごきげんよう、アーニー様。あの……、これお休みしていらした時の覚書ですわ」
「まあ! ありがとうございます」
見覚えのある女生徒から手渡されたのは一冊のノートだ。
アーニーは礼を述べてノートをめくる。
「あ……これは……!」
ノートにはアーニーが休んでいた間の授業内容などが細やかに記されていた。
しかし何より驚いたのは、その文字。
「ヒュー……様?」
何度も手紙の遣り取りをした婚約者の見知った文字だったのだ。
事情を聞こうと振り返ったが女生徒はすでに去ってしまった。
「何か……事情があるのですね……」
その時、ノートからハラリと紙が落ちた。
「これは……『ティアンナ・バニスター企画による音楽祭』の出演希望者募集! 練習を一緒にホールで?」
アーニーはティアンナが主催する音楽祭の出演者募集の要項を何度も読み返す。
「名誉を回復するために何ができるかは分かりませんけれど、まずは参加してみることからはじめませんとね。ティアンナ様ともお話ができるかもしれません……。幸い、弦楽器なら多少は心得があります」
そして音楽祭の参加に名乗りを上げたのだった。
●依頼
「生徒会総選挙で『パンクリアース音楽祭』を開催予定です。
そこで、音楽祭の出演者を大々的に募集いたします。
生徒会総選挙に悩みを抱えている方もいらっしゃるかもしれません。
日々の生活に疲れを感じたり落ち込んだりすることもあるでしょう。
そんな時、音楽は共通の言葉・癒やしの源となります。
『パンクリアース音楽祭』は、出演者が奏でる音楽を皆で感じ楽しむ音楽祭にしたいと思っております。
当日は多くの出演者に思い思いの演奏をしていただくことになるでしょう。
今は準備期間中ですので、こちらで用意したホールで自由に楽器の練習を行ってください。
学生の練習を手伝ってくださる方や舞台の飾り付けのアドバイスをしてくださる方も募集中です。
皆で交流しながら楽しい時間を過ごしましょう。
楽器が初めての方も楽しめるよう、初心者向けの楽器も用意しています。
ティアンナ・バニスター」
冒険者たちへ向けた依頼が張り出された。ギルドの受付はこのように説明をする。
「生徒会総選挙では色々な催しもあるようだね。楽しみだ。この依頼はバニスター伯爵家のティアンナ・バニスター令嬢が企画した音楽祭の協力要請だね」
ティアンナ・バニスターには、現在父親が自宅に引きこもっているという事情がある。
また、おそらく音楽祭の手伝いには彼女の家の侍従に誘拐されかけたアーニー・グレイス・フラートンも顔を出すだろう。
両者に接触できるチャンスでもあるので、気になるのであれば話しかけてみると良いとのことだ。
アーニーの名誉を回復させるような提案をすると喜ばれるかもしれない。話を聞いてあげるだけでも良いだろう。
「まあ基本的に音楽祭の手伝いだから、楽器を演奏して楽しんだら良いと思うよ。腕に自信のある冒険者はぜひ出演も検討して欲しい」
どのような音楽祭になるかは参加者次第だ。
ホールで練習を行い、音楽祭の準備をしよう。
解説
【支援派閥】無し
このシナリオは、成功以上で生徒会役員総選挙時の投票率にのみ影響を与えます。
●成功条件
楽器を練習・演奏して音楽祭に備える。
音楽祭の準備をする。
●できること
・楽器の練習や演奏
・音楽祭に向けて話し合い
・他、音楽祭の手伝いに必要なこと
・ティアンナやアーニーへの声掛け
●アーニー・グレイス・フラートン
男爵令嬢。無実の罪で婚約破棄を言い渡されました。
冒険者を信じ誘拐犯を捕らえたことにより学園に戻ってきました。
誘拐犯はバニスター家の侍従だと判明していますので、これ以上バニスター家から直接危害を加えられることはないでしょう。
フラートン男爵家は王党派です。
●ティアンナ・バニスター
音楽祭の企画主。
父親が自宅に引きこもっている間に後継者としての地位を固めたいようです。
バニスター家は貴族派ですが、ティアンナは派閥にとらわれない考え方を推奨しています。
勝手に色々な策略をめぐらした父親には冷ややかな思いがあるようです。
●バニスター伯爵
アーニーを誘拐しようとした侍従が捕らえられ、自信は侍従との関係を否定し自宅に引きこもっています。
バニスター家は貴族派です。
マスターより
こんにちは、よろしくお願いします。
学乱シナリオです。ティアンナ嬢の企画した音楽祭の準備をしましょう。
楽器の演奏や練習をすることができます。
ティアンナ嬢やアーニー嬢へ話しかけるのも良いですね。アーニー嬢へ名誉回復のために何をすれば良いかアドバイスをするのもおすすめです。
ティアンナ嬢やアーニー嬢に一切絡まなくてももちろんOKです!
グループで参加の場合は【グループ名】を明記してください。
「【学乱】無実を証明したい悪役令嬢ですが危険ですか?」「【学乱】悪役令嬢の受け渡しはお手柔らかに」の続編のような位置付けですが、このシナリオ単体でご参加いただけます。楽しく音楽祭に向けて準備をしていきましょう。
音楽祭が開催されるのであれば、さらに物語は続くかもしれません。
その場合でも、各シナリオ単体で参加いただけます。
なお、アーニーに婚約破棄を言い渡したヒュー・K・アーリスが今何をしているかは「【学乱】伯爵子息は奮闘する」を御覧ください。
それでは、ご参加お待ちしています!
リプレイ
●
パンクリアース学園のホールには多くの学生の姿があった。
貴族の子息や令嬢たちは、ある程度の嗜みがあるらしい。皆、それぞれ楽器を抱えているようだ。
ホールの中心にティアンナ・バニスターが姿を表した。
「皆様、ごきげんよう。この度は『パンクリアース音楽祭』の準備にお集まりいただき、ありがとうございます」
父親であるバニスター伯爵が自宅に引きこもっていたとしても、彼女は伯爵令嬢だ。
学園の生徒たちは楽器を抱えながら静かに礼をする。
「これは学園内の音楽祭の準備ですわ。皆様、自由に練習なさってください」
ティアンナの言葉を聞いた学生たちが練習を始めた。
そんな様子を見ながら、レラ・シュマリもバイオリンの弦に弓を乗せた。弓を動かしボウイングすると、確かなバイオリンの音が響く。
正直、貴族派とか王党派とかには興味が無い。
それにと、遠くで場を仕切るティアンナを見た。
「父親と娘は別の人間ではありますが果たしてこの父娘はどうでしょうかね」
彼女は父親と同じく排除する邪悪なのだろうか?
それとも地獄に蹴落とす予定の父親と違い、残す価値がある者か。
バイオリンが旋律を奏でる。
周囲からも、いくつかメロディーが聞こえてきた。
自分はただの傍観者だとレラは考える。
そのうえで、この学園の未来を見定めさせてもらうと。
ティアンナは背筋をピンと伸ばし、ホールを優雅に歩いているようだ。片手には紙の束を抱えている。音楽祭を企画した主として、準備に追われているようだ。
「さあお嬢さん、あなたの価値をこのエルフの観察者に見せてくださいね」
バイオリンの奏でる音はなめらかに。
音楽祭の準備は始まったばかりだ。ティアンナがどのように動くのか、冒険者の仲間たちにどのような反応を返すのか。
レラは穏やかな笑みを浮かべて演奏を続けた。
ホールにはイヴェール・イリュジオンの姿もある。
イヴェールは並んだ楽器をあれこれと眺めていた。
練習のためならば楽器を好きに触っていいとは、これは最高の時間なのではと思える。
「どうぞ、お好きな楽器を手にとってくださいませ」
声をかけてきたのは楽器の案内係の女生徒だ。
「そうですね。管楽器に触れる機会は多かったので今回は弦楽器か打楽器を触ってみようと思います」
返事をしながらイヴェールが打楽器の前に立った。
それは張られた革を手で叩く楽器だ。いくつも筒が束ねられており、両手で叩けば音を重ねることができるだろう。
イヴェールは楽器を奏でることが好きだ。
音楽は人に力を与えると思う。つまりは、いくつもの楽器に触れることができるというだけで嬉しい。
革を試しに叩くと、ぽんと軽快な音が鳴った。
何度か試し打ちをしてコツを掴み、次にリズムを付けて叩いてみる。
心地よいサウンドに思わず鼻歌を合わせた。
ここ最近は政治の関わる話だったり血生臭い戦いがあったりしたのだ。
だからこそ楽器を奏でることで、癒やされたいと思う。
しばらくすると案内係の女生徒が拍手をした。
イヴェールと女生徒は、確かにこの瞬間音楽を通じて楽しい気持ちになったことが分かった。さあ次はどの楽器を試そうか。イヴェールはにこやかな表情を浮かべて周囲を見回した。
ホールに様々な音が響き始める。
冒険者たちの演奏はもちろんのこと、学生たちもそれぞれ練習を始めたようだ。
サイラスは竜花琴を取り出して弦を弾く。
「おれは、そら楽器練習よ」
正直なところ、貴族の事情などは噂話で聞くくらいしか知らない。王国政治などもどちらかといえば興味がないのだ。
それよりも竜花琴の練習をしたほうが良いだろう。
竜花琴はハープとして使えるようにしたシューター用の武器だ。弓がベースになっている。竜と花をモチーフにした装飾が特徴的だ。ちなみに、調弦することで音に変化をつけることもできる。
「音楽祭ということは、魅せる演奏が必要だよな?」
演奏技術に加えて、聞く者を誘惑する振る舞いを意識することができれば良いのではと考えた。
では、と。本格的に弦を弾いてみる。
はじめはゆっくりと、良い音色が出るように。
やがて音が連なり流れていく。
最後にひとつ弦を弾いて手を止めると、近くの学生が手を叩く音が聞こえてきた。
自分への拍手だと気付き、サイラスがひょいと竜花琴を持ち上げる。
「まあ、こういう練習が技術を高めるきっかけになるんだろうな、たぶん」
再び竜花琴に視線を戻し、うなずいた。
フリーダ=ブロムヴィストは学園祭の準備に勤しむ学生たちの姿を見回した。
「学園というのは様々な行事を行うのですね」
パンクリアース音楽祭というだけのことはある。意外と参加者も多いようだ。
ちなみに、受けた啓示では「武闘会に音楽祭にとどこかのテレビ番組みたいだぁ」とのことだが『テレビ番組』とは一体何だろう?
ともあれ、音楽祭を成功させるために尽力するつもりだ。
ハーモニカを取り出したところ、数名の生徒がフリーダに声をかけてきた。
「練習にいらしたのですか?」
「はい。私は演奏の心得はありますが、何分大人数を相手にした演奏は行った事はありませんし、曲目としては皆様が楽しめるジャンルの曲を演奏しようと思います」
「素敵ですわね。一度音合わせをしてみませんか?」
弦楽器や管楽器を持つ学生たちに請われ、簡単な曲を演奏してみる。
まだ練習段階なので荒削りだが、複数の楽器が奏でる旋律が心地良く感じられた。
皆が楽しそうで何よりだ。ならばと、フリーダが思いついたことを提案した
「そうですね。あとは、演技をつけて面白可笑しく演奏したら良いかもしれません」
「楽しそうですわ!」
学生たちが期待に瞳を輝かせる。そうと決まれば、あとは練習あるのみだ!
ノックス・マグナが演奏するのは弦楽器だ。
選曲は帝国や王国で知られているものを中心に。
「最近は演奏する機会もありませんでしたから」
そう言いながら、聞き慣れた曲の旋律を奏でた。
最初の演奏は本調子とまではいかないけれど、ここで練習すればすぐに勘を取り戻せそうだ。
もちろん……その演奏はすでに学生を惹きつけるだけの素晴らしいものだった。その証拠に、周囲の学生からは拍手が起こる。
「素敵な音色ですわね」
ノックスの演奏に耳を傾けていた学生たちだ。ノックスはさらに数曲披露した後、帝国の曲を弾いてみた。
美しい弦楽器の音色を聞いて、学生たちが体を揺らす。
かつては嫌っていた帝国を、それでも祖国として愛していると気づいたことが思い出される。
ノックスの指がリズムを変えて弦を弾いた。
王国で聞き慣れた曲調とは少し違うけれど、透き通るような音色が心地良く響く。
学生たちは瞳を閉じてその曲に聞き入っているようだった。
「帝国の良いところを、少しでも知ってもらいたいですね」
小さくつぶやく。学生たちは楽器の練習をすることも忘れてノックスの演奏を聞いていた。
そして再び王国でよく流れているような曲を弾く。
徐々に指の動きを取り戻してきた。
「やはり練習してよかったですね」
小型の弦楽器から響く音を確かめるように、ノックスは演奏を続けた。
シルヴィア・A・カペルもハープの美しい音色を響かせている。
リーンエス王国の侯爵令嬢でありパンクリアース学園に在学中である彼女は、その演奏をエルフから教わった。
自然と弦を弾く指に力がこもる。
シルヴィアの演奏を聞いていた学生たちが何度目かのため息をついた。
そのため息にはたと気付き、シルヴィアは周囲の音を聞くために耳を澄ませる。
「どうやら助言が必要な人もいるようだね」
貴族の子息や令嬢はたしなみ程度に楽器を弾く者も居るのだ。しかし、せっかく練習に参加しているのだから、やはりあと少しを押し上げてやりたい。
シルヴィアは立ち上がり、気になっていたバイオリン奏者のもとへ向かった。
「もう少しリラックスしたら良いかもしれないね。そう、自然に弓を引いてみて」
本来、フィドルを得意とするシルヴィアの指摘は、ほんの少し。しかし確実に学生の音を変えた。
次に目についたのは練習用の打楽器を扱っている学生。その次は響きの悪い管楽器の奏者。
どんな身分の者も種族も関係なく、演奏のアドバイスが必要な者を見つけては助言を続けた。
シルヴィアは現在学園派を支持している。
本来学園は派閥争いをする場所ではない。学園が将来『能力が有る者が身分を問わず入れる場所』になると良いのにと思う。
音楽の才能がある人は世の中に多くいるだろう。例えば、学園の入学試験に得意な分野で挑めたら良いと思うのだ。
ホールには、いくつもの旋律が響いていた。
●
ホールでの練習は続いている。
レティシア・レインフィールは企画書を捲っているティアンナに声をかけた。
互いに礼をして、いくつか言葉をかわす。
レティシアがこの学園の卒業生だと知ると、ティアンナは嬉しそうに笑顔を見せた。
互いに打ち解けたところで、レティシアは生徒会総選挙について切り出した。
「学園はその名の通り、本来学びの園で在るべきで、その学びが政治介入により阻害されるのは好ましくありません」
「……はっきりと、おっしゃいますのね」
ティアンナが探るようにレティシアを見る。
その視線を受けて、レティシアは真っ直ぐティアンナを見返した。
「それを変える為、卒業した身ではございますが、私は学園派を支持させて頂く事を選択致しました」
「学園派、でございますか?」
レティシアがうなずく。
それは王党派貴族派問わず、思想に共感する人間であれば受け入れる派閥。
一般的な貴族派からは敵対派閥として認識されているようだが――。
「家や派閥といった立場や身分、種族に関係無く。互いにただ一人の者として向き合い、共に成長する……」
貴族派であるバニスター伯爵家の令嬢ティアンナは、レティシアの説明を静かに聞いていた。
「後輩の皆様がそのように在れたら良いと、私はそう望んでおります」
ティアンナの企画した音楽祭の謳い文句。音楽は共通の言葉・癒やしの源……その言葉に感銘を受けたことは事実だ。だからこそ、とレティシアはティアンナに語りかける。
「興味深いお話をありがとうございます」
ティアンナは小さく呟いた。
「学園派は……、わたくしの考えと一番近い考え方なのかもしれませんわ」
そして静かに礼をし、企画の仕事へと戻っていった。
ベルク・オスマットはティアンナを見る。
場を仕切るとともに、多くの書類に目を通し動き回っているようだ。
「ふむ、戯け者の娘が随分と柔軟な催しを開く」
ホールの様子は明るい雰囲気だった。
どの学生も楽器の練習に励み、時にはホールに響く音色に耳を傾けている。特に争いのない風景は、音楽という共通の目的があるからだろうか。
ここでは王党派も貴族派も関係無いようにも感じた。
「ただの痴れ者か、それとも鳶から生まれた鷹なのか、ちと探っておくとするかの」
ティアンナが一人になったタイミングを見計らい、ベルクが近づく。
「ずいぶん盛況じゃな」
「ありがたいことですわ」
「不名誉な噂に惑わされぬ者たちがこれほど多くいたとはな」
『男爵令嬢がティアンナに嫌がらせを繰り返していたという噂がある』ということを揶揄しているかのような言葉をわざとぶつけてみた。
目を光らせるベルクに対して、ティアンナは悠然と微笑む。
「噂話は社交界の嗜み。けれど、わたくしは噂話よりも目の前の真実を見てくださる方が好きですわ」
「ふむ」
気負うこともなく、苛立つこともなく、穏やかな声色を保つ様子を確認した。
自分の立場が危うくなると早々に自宅に引っ込んでしまった伯爵とは少し違うようだ。
ベルクはティアンナの人柄を知り、その場を引いた。
そして、アーリス家の状況を伝えるためのメモを確かめ、アーニーのもとへと向かった。
サマエラ=フォリウムはホールの端で楽器を抱えていたアーニーを見つけた。
練習している学生たちの輪を遠くから眺めながらソワソワしているようだ。
「先日振りだな、息災だろうか?」
声をかけると、振り向いたアーニーがふわりと表情を柔らかくする。
「お久しぶりです。先日は大変お世話になりました」
「色々大変な状況かと思うが……どうか、無理はしないようにな」
サマエラの言葉に、アーニーは素直にうなずいた。
思った以上に暗い顔はしていないようだ。
しかし、やはりホールの中央にいるティアンナに話しかけることは躊躇しているのかもしれない。
「ティアンナ嬢との接触も、希望の内だろうか。であれば、同行しても構わないか……?」
「まあ……! それは、とてもありがたいことです」
アーニーはサマエラに信頼の瞳を向けた。
アーニーを気遣う冒険者は他にもいる。
飾り付けの手伝いをしていたコルネリウス・アーラも気遣うように近づいてきた。
「初めまして、コルネリウスです。お手伝い、ご一緒させて頂いても?」
「初めまして、アーニー・グレイス・フラートンですわ。よろしくお願いします」
コルネリウスはアーニーの背を押すように語りかける。
「報告書でお話は少し伺っています……お辛い気持ちもあるでしょう」
アーニーは先日一方的に婚約破棄を言い渡された。その後、野盗に襲われ誘拐されそうになったところを冒険者達に助けられたのだ。
「……ありがとうございます。こうして私が無事なのは、冒険者の皆様のおかげです」
「行きましょう。アーニーさんらしさを忘れずに」
これまでに積み上げた信頼や強い心と誠実さは必ず伝わると、コルネリウスは励ます。
「お2人とも、ありがとうございます。私、ティアンナ様とお話をしてみたいです」
アーニーが意を決したように顔を上げた。
サマエラとコルネリウスに後押しされるように、ティアンナの元へと歩き出す。
チラシを配りながら参加者募集の呼びかけを行っていたギド・フェルミはホールの様子をうかがった。
「折角の催しも純粋に楽しめないなんて難儀だねぇ」
折しも、アーニーがティアンナの元へ向かう場面が目に入る。
「演奏に自信がなくても大丈夫だ、俺も音痴だけど案外何とかなってるし」
ギドは目の前の学生にチラシを配りながら、笑顔で伝えた。
「大事なのは気持ちだから!」
「楽器ですか。たしかに、多少は嗜んでいますけれど……」
チラシを受け取った学生は音楽祭への参加を迷っているようだ。
「折角なら大勢で賑やかにやりたいもんだろ? もし今日楽器を持ってきていないなら、ホールにいくつか練習用のものがあるし!」
「ふーん。それなら、練習だけでもして行こうかなあ?」
「よーし! ならさっそく、行ってみよう」
ギドが明るく先導すると、学生も続いてホールに入った。
自分にできることは、請けた依頼を成功させてついでに楽しむだけだ。ギドは自分の役割をよく分かっている。
しっかりと呼び込みを行ったため、ホールには多くの学生が集ってきていた。
「交流会なんだから誰かと一緒に演奏するのもいいんじゃないか?」
今まさに距離を詰めようとしているアーニーとティアンナを見て、思う。
その言葉に同意を示した冒険者はキーゼだ。
「それは良い考えですね」
キーゼは当日のスケジュールや警備体制を調整しているところだった。
学生がまた1人案内されてきたので、一応の確認にやってきたのだ。
その手にはしっかりと当日のスケジュールと人員配置のリストが握られている。当日警備しているということが伝われば予防策となるだろう。
さて。キーゼは一連の事件は報告書を読んで把握している。それならアーニーとティアンナに提案するのも悪くないだろう。
ひと通り警備の書類を揃え、キーゼは2人の元へと向かった。
コルネリウスが微笑んでティアンナに話しかけた。
「素敵な企画の開催、ありがとうございます。私達冒険者も、学園で交流出来るのは嬉しいです」
「こちらこそ、ありがとうございます。ようこそ、パンクリアース学園へ」
ティアンナは礼をしてコルネリウスに応えた。
そして、目を細めてアーニーを見る。それがどういう意図なのかを知ることは難しい。
だがコルネリウスはそっとアーニーに道を譲った。
「音楽に壁はありません、ティアンナさんも誰かに届けたい想いをありのまま届けられますように」
そう付け足して。
サマエラがアーニーの背を押す。
ティアンナがどのような言葉を発するのか。それが本心からであるのかどうかは窺うつもりだ。
アーニーはうなずいて一歩前に出た。
「ティアンナ様ごきげんよう。アーニー・グレイス・フラートンです」
「ごきげんよう、アーニー様」
ぎこちなく、2人の令嬢が向かい合う。
その様子をララノアも見守っていた。
2人が互いに話をすることが難しいようであれば繋いであげたいと思う。
何より、ララノアはアーニーの身代わりとして取引現場に立ち会った経験があった。
「私……バニスター家の取引現場にいました……」
ララノアの言葉を聞いた令嬢たちが顔を強張らせる。
ララノアは考えながら、その状況を簡潔に伝えた。そして、騎士の中には嫌々命令に従った者も居たということ。『当主に絶対忠誠を誓った身だろう』と決断を迫られていたことなども伝える。
取引現場の様子を聞いていたティアンナが意を決したように口元を引き締めた。
「アーニー様。すでにお気づきのことかと思いますけれど、我が伯爵家の謀に貴方様を巻き込んでしまったようですわね」
気づけばホールの学生たちも2人のやり取りを見守っている。
アーニーは大きく息を吐きだして、微笑んだ。
「たとえティアンナ様の本意ではなくても、誰のせいだとはおっしゃらないのですね」
この場で伯爵家の令嬢がおいそれと頭を下げるわけにはいかない。だが決して自分が悪いわけでは無いと弁明しない。
アーニーにはそれが嬉しかったようだ。
ララノアがおずおずと提案をした。
「2人は仲良くなれば良いかと……」
2人が仲良くなれば、謀が伯爵の独断だとアピールすることができるのではないだろうか。
「それは……」
「わ、私……お貴族様の事はよくわからぬで……」
言い淀むティアンナを何とか後押ししようとララノアは訴えた。
「友達になることに……何の垣根がありましょう」
一緒に音楽祭を頑張れば、きっとアーニーの名誉も回復するだろう。
「信じて今は……自分の事を頑張りましょう?」
婚約破棄のことも、きっと大丈夫だとアーニーにも言葉を向ける。
まだ迷いのある両名に、キーゼが声をかけた。
「ティアンナ嬢及びアーニー嬢は、両名のアンサンブルによる音楽祭への出演を検討されてはいかがでしょう?」
今まさに音楽祭の準備を行っているのだ。
仲が悪ければアンサンブルなどできるはずもない。言葉で主張するよりも音楽でもって払拭するのはどうだろうかと。
「それは名案でございます」
ネーヴェ・グラヌローザがその提案を支持する。
ネーヴェは音楽祭の準備として出演者の情報や当日予定の演目をまとめていた。
そして、演奏に欠ける想いなどを聞き込み、当日閲覧できるようなパンフレットを作成中だ。
「アーニー様のご紹介や、この音楽祭に対する想いも、ぜひご本人へお伺いの上で掲載致したく」
それがティアンナと共に出演することになれば、なお名誉回復の手伝いになると思ったのだ。
「ちなみにポスターも手配の目処は立っております。こちらがパンフレットの原稿でございます」
ホールで練習する学生や冒険者に聞き込み、パンフレットもある程度形になっている。
パンフレットの原稿を受け取ったティアンナは驚きの表情を浮かべた。
「素晴らしいですわ。これがあれば、多くの方に音楽祭を楽しんで頂くことができます」
演目にかける思いや楽器の紹介など、この短時間でまとめたとは思えないほど美しくまとまっている。
「いかがでございますか? こちらでよろしければすぐに業者発注を行いますね」
「ありがとうございます。お願いいたします」
ティアンナは大きくうなずき、そしてアーニーを見た。
「アーニー様。わたくしと一緒に合奏していただけませんでしょうか?」
「……はい、喜んで」
2人の令嬢は多くを語らず……、共に優雅な楽曲の演奏を始めた。
●
再びホールに音楽が響き始める。
「そろそろ練習に戻るわ」
音楽祭の準備に奔走していたアルト=ミルドレッド=バ・ロッサは、一緒に飾り付けをしていた学生たちと別れてバイオリンを取り出した。
音楽祭とは面白そうだ。パンクリアース学園に所属している身として、是非頑張らせてもらおうと思う。
準備も真剣に手伝ったことだし、これからは奏者としても真剣に取り組んでいくつもりだ。
まずはバイオリンのチューニングから。一つ一つ弦の調子を見て整えていく。
「こう見えて一応バイオリンは嗜んでいるからね」
最初は音階を順に奏でるところからはじめてみる。
徐々に弓の滑りも良くなり、旋律が走り出す。
その演奏は迷いがない。
「これは譜面通り、ここはアレンジを加えてもいいかもね」
そうしているうちに、ホールを動き回っているコハクの姿が目についた。
どうやら彼女も音楽祭の手伝いにやってきた冒険者のようだ。
「ねえ、そろそろ自分の練習もしてみたら? あたしはどっちでも良いけどね。せっかくの音楽祭じゃない?」
「たしかに、そろそろ準備は終わりそうだね」
呼び止められたコハクはうなずいてホールを見回した。
会場の警備のスケジュールについてはすでにまとめられている。パンフレットやポスターを発注したいと言っていた冒険者の作業も終わったようだ。
飾り付けの打ち合わせや、ホールの椅子の配置なども一旦終了した。
今日一日多くの手伝いをしたコハクは、それならと腰を落ち着けることにする。
「ピアノを弾くの?」
「そのつもりだよ」
ホールの中央では何やら二重奏が始まったようだけれど、もともと良くも悪くも政治関係に興味がないのかその辺りはノータッチだ。
コハクはホールの隅に備え付けられたピアノの蓋を開いた。
鍵盤の上に指を乗せ、ひとつふたつと感触を確かめるように弾いてみる。
どうやら調律はしてあるようだ。
「まずは、テンポのゆっくりとした曲から……」
椅子に座り、ペダルを踏み、コハクは両手を鍵盤の上に走らせた。
静かなメロディーから始まり徐々にテンポを上げていく。音色は軽やかに、音には強弱をつけて。
周囲の練習している学生の音楽に合わせて伴奏を足してみるのも良いだろう。
バイオリンの音色が聞こえたので、主旋律を一緒に弾いてみたりもした。
ホールにはそこにもここにも音楽が溢れている。
リディリディ・トゥラ・イェレミースはホールの隅の方から中央の令嬢たちの様子を見ていた。
アーニーのこともティアンナのことも、以前から依頼を受けてある程度のことは分かる。
その2人が多少はギクシャクしながらも一緒に楽器を演奏しているのだから、きっと仲間が取り持ったのだろう。
リディリディとしては、困っているのであれば何かしてあげたいとは思っていたけれど……。あの様子なら良い方向に向かったと感じた。
「……良かったですね、フラートンさん」
遠くから聞こえないだろけれど、アーニーに言葉を送る。
ヒトと話すのが苦手な自分には、程良い距離だ。
練習をしていた学生たちの姿が減ってきた。
皆十分に練習して本番に備えたことだろう。
「……そろそろ私も弾いてみましょうか」
リディリディは椅子に座りチェロを構えた。恥ずかしいので人前では弾きたくなかったのだ。人も少なくなってきたし、そろそろ良いと思う。
チェロの弓をゆっくりと横に弾く。
深みのある音が、人気の少なくなったホールに響いた。
演奏するのはゆったりとした穏やかな曲だ。
音楽祭の準備をした人々をねぎらうように。
距離を縮めた令嬢たちを応援するように。
美しい音色が木霊する。
腕の重みを乗せてビブラートをかけると、一層チェロの音が響いた。
パンクリアース学園のホールには多くの学生の姿があった。
貴族の子息や令嬢たちは、ある程度の嗜みがあるらしい。皆、それぞれ楽器を抱えているようだ。
ホールの中心にティアンナ・バニスターが姿を表した。
「皆様、ごきげんよう。この度は『パンクリアース音楽祭』の準備にお集まりいただき、ありがとうございます」
父親であるバニスター伯爵が自宅に引きこもっていたとしても、彼女は伯爵令嬢だ。
学園の生徒たちは楽器を抱えながら静かに礼をする。
「これは学園内の音楽祭の準備ですわ。皆様、自由に練習なさってください」
ティアンナの言葉を聞いた学生たちが練習を始めた。
そんな様子を見ながら、レラ・シュマリもバイオリンの弦に弓を乗せた。弓を動かしボウイングすると、確かなバイオリンの音が響く。
正直、貴族派とか王党派とかには興味が無い。
それにと、遠くで場を仕切るティアンナを見た。
「父親と娘は別の人間ではありますが果たしてこの父娘はどうでしょうかね」
彼女は父親と同じく排除する邪悪なのだろうか?
それとも地獄に蹴落とす予定の父親と違い、残す価値がある者か。
バイオリンが旋律を奏でる。
周囲からも、いくつかメロディーが聞こえてきた。
自分はただの傍観者だとレラは考える。
そのうえで、この学園の未来を見定めさせてもらうと。
ティアンナは背筋をピンと伸ばし、ホールを優雅に歩いているようだ。片手には紙の束を抱えている。音楽祭を企画した主として、準備に追われているようだ。
「さあお嬢さん、あなたの価値をこのエルフの観察者に見せてくださいね」
バイオリンの奏でる音はなめらかに。
音楽祭の準備は始まったばかりだ。ティアンナがどのように動くのか、冒険者の仲間たちにどのような反応を返すのか。
レラは穏やかな笑みを浮かべて演奏を続けた。
ホールにはイヴェール・イリュジオンの姿もある。
イヴェールは並んだ楽器をあれこれと眺めていた。
練習のためならば楽器を好きに触っていいとは、これは最高の時間なのではと思える。
「どうぞ、お好きな楽器を手にとってくださいませ」
声をかけてきたのは楽器の案内係の女生徒だ。
「そうですね。管楽器に触れる機会は多かったので今回は弦楽器か打楽器を触ってみようと思います」
返事をしながらイヴェールが打楽器の前に立った。
それは張られた革を手で叩く楽器だ。いくつも筒が束ねられており、両手で叩けば音を重ねることができるだろう。
イヴェールは楽器を奏でることが好きだ。
音楽は人に力を与えると思う。つまりは、いくつもの楽器に触れることができるというだけで嬉しい。
革を試しに叩くと、ぽんと軽快な音が鳴った。
何度か試し打ちをしてコツを掴み、次にリズムを付けて叩いてみる。
心地よいサウンドに思わず鼻歌を合わせた。
ここ最近は政治の関わる話だったり血生臭い戦いがあったりしたのだ。
だからこそ楽器を奏でることで、癒やされたいと思う。
しばらくすると案内係の女生徒が拍手をした。
イヴェールと女生徒は、確かにこの瞬間音楽を通じて楽しい気持ちになったことが分かった。さあ次はどの楽器を試そうか。イヴェールはにこやかな表情を浮かべて周囲を見回した。
ホールに様々な音が響き始める。
冒険者たちの演奏はもちろんのこと、学生たちもそれぞれ練習を始めたようだ。
サイラスは竜花琴を取り出して弦を弾く。
「おれは、そら楽器練習よ」
正直なところ、貴族の事情などは噂話で聞くくらいしか知らない。王国政治などもどちらかといえば興味がないのだ。
それよりも竜花琴の練習をしたほうが良いだろう。
竜花琴はハープとして使えるようにしたシューター用の武器だ。弓がベースになっている。竜と花をモチーフにした装飾が特徴的だ。ちなみに、調弦することで音に変化をつけることもできる。
「音楽祭ということは、魅せる演奏が必要だよな?」
演奏技術に加えて、聞く者を誘惑する振る舞いを意識することができれば良いのではと考えた。
では、と。本格的に弦を弾いてみる。
はじめはゆっくりと、良い音色が出るように。
やがて音が連なり流れていく。
最後にひとつ弦を弾いて手を止めると、近くの学生が手を叩く音が聞こえてきた。
自分への拍手だと気付き、サイラスがひょいと竜花琴を持ち上げる。
「まあ、こういう練習が技術を高めるきっかけになるんだろうな、たぶん」
再び竜花琴に視線を戻し、うなずいた。
フリーダ=ブロムヴィストは学園祭の準備に勤しむ学生たちの姿を見回した。
「学園というのは様々な行事を行うのですね」
パンクリアース音楽祭というだけのことはある。意外と参加者も多いようだ。
ちなみに、受けた啓示では「武闘会に音楽祭にとどこかのテレビ番組みたいだぁ」とのことだが『テレビ番組』とは一体何だろう?
ともあれ、音楽祭を成功させるために尽力するつもりだ。
ハーモニカを取り出したところ、数名の生徒がフリーダに声をかけてきた。
「練習にいらしたのですか?」
「はい。私は演奏の心得はありますが、何分大人数を相手にした演奏は行った事はありませんし、曲目としては皆様が楽しめるジャンルの曲を演奏しようと思います」
「素敵ですわね。一度音合わせをしてみませんか?」
弦楽器や管楽器を持つ学生たちに請われ、簡単な曲を演奏してみる。
まだ練習段階なので荒削りだが、複数の楽器が奏でる旋律が心地良く感じられた。
皆が楽しそうで何よりだ。ならばと、フリーダが思いついたことを提案した
「そうですね。あとは、演技をつけて面白可笑しく演奏したら良いかもしれません」
「楽しそうですわ!」
学生たちが期待に瞳を輝かせる。そうと決まれば、あとは練習あるのみだ!
ノックス・マグナが演奏するのは弦楽器だ。
選曲は帝国や王国で知られているものを中心に。
「最近は演奏する機会もありませんでしたから」
そう言いながら、聞き慣れた曲の旋律を奏でた。
最初の演奏は本調子とまではいかないけれど、ここで練習すればすぐに勘を取り戻せそうだ。
もちろん……その演奏はすでに学生を惹きつけるだけの素晴らしいものだった。その証拠に、周囲の学生からは拍手が起こる。
「素敵な音色ですわね」
ノックスの演奏に耳を傾けていた学生たちだ。ノックスはさらに数曲披露した後、帝国の曲を弾いてみた。
美しい弦楽器の音色を聞いて、学生たちが体を揺らす。
かつては嫌っていた帝国を、それでも祖国として愛していると気づいたことが思い出される。
ノックスの指がリズムを変えて弦を弾いた。
王国で聞き慣れた曲調とは少し違うけれど、透き通るような音色が心地良く響く。
学生たちは瞳を閉じてその曲に聞き入っているようだった。
「帝国の良いところを、少しでも知ってもらいたいですね」
小さくつぶやく。学生たちは楽器の練習をすることも忘れてノックスの演奏を聞いていた。
そして再び王国でよく流れているような曲を弾く。
徐々に指の動きを取り戻してきた。
「やはり練習してよかったですね」
小型の弦楽器から響く音を確かめるように、ノックスは演奏を続けた。
シルヴィア・A・カペルもハープの美しい音色を響かせている。
リーンエス王国の侯爵令嬢でありパンクリアース学園に在学中である彼女は、その演奏をエルフから教わった。
自然と弦を弾く指に力がこもる。
シルヴィアの演奏を聞いていた学生たちが何度目かのため息をついた。
そのため息にはたと気付き、シルヴィアは周囲の音を聞くために耳を澄ませる。
「どうやら助言が必要な人もいるようだね」
貴族の子息や令嬢はたしなみ程度に楽器を弾く者も居るのだ。しかし、せっかく練習に参加しているのだから、やはりあと少しを押し上げてやりたい。
シルヴィアは立ち上がり、気になっていたバイオリン奏者のもとへ向かった。
「もう少しリラックスしたら良いかもしれないね。そう、自然に弓を引いてみて」
本来、フィドルを得意とするシルヴィアの指摘は、ほんの少し。しかし確実に学生の音を変えた。
次に目についたのは練習用の打楽器を扱っている学生。その次は響きの悪い管楽器の奏者。
どんな身分の者も種族も関係なく、演奏のアドバイスが必要な者を見つけては助言を続けた。
シルヴィアは現在学園派を支持している。
本来学園は派閥争いをする場所ではない。学園が将来『能力が有る者が身分を問わず入れる場所』になると良いのにと思う。
音楽の才能がある人は世の中に多くいるだろう。例えば、学園の入学試験に得意な分野で挑めたら良いと思うのだ。
ホールには、いくつもの旋律が響いていた。
●
ホールでの練習は続いている。
レティシア・レインフィールは企画書を捲っているティアンナに声をかけた。
互いに礼をして、いくつか言葉をかわす。
レティシアがこの学園の卒業生だと知ると、ティアンナは嬉しそうに笑顔を見せた。
互いに打ち解けたところで、レティシアは生徒会総選挙について切り出した。
「学園はその名の通り、本来学びの園で在るべきで、その学びが政治介入により阻害されるのは好ましくありません」
「……はっきりと、おっしゃいますのね」
ティアンナが探るようにレティシアを見る。
その視線を受けて、レティシアは真っ直ぐティアンナを見返した。
「それを変える為、卒業した身ではございますが、私は学園派を支持させて頂く事を選択致しました」
「学園派、でございますか?」
レティシアがうなずく。
それは王党派貴族派問わず、思想に共感する人間であれば受け入れる派閥。
一般的な貴族派からは敵対派閥として認識されているようだが――。
「家や派閥といった立場や身分、種族に関係無く。互いにただ一人の者として向き合い、共に成長する……」
貴族派であるバニスター伯爵家の令嬢ティアンナは、レティシアの説明を静かに聞いていた。
「後輩の皆様がそのように在れたら良いと、私はそう望んでおります」
ティアンナの企画した音楽祭の謳い文句。音楽は共通の言葉・癒やしの源……その言葉に感銘を受けたことは事実だ。だからこそ、とレティシアはティアンナに語りかける。
「興味深いお話をありがとうございます」
ティアンナは小さく呟いた。
「学園派は……、わたくしの考えと一番近い考え方なのかもしれませんわ」
そして静かに礼をし、企画の仕事へと戻っていった。
ベルク・オスマットはティアンナを見る。
場を仕切るとともに、多くの書類に目を通し動き回っているようだ。
「ふむ、戯け者の娘が随分と柔軟な催しを開く」
ホールの様子は明るい雰囲気だった。
どの学生も楽器の練習に励み、時にはホールに響く音色に耳を傾けている。特に争いのない風景は、音楽という共通の目的があるからだろうか。
ここでは王党派も貴族派も関係無いようにも感じた。
「ただの痴れ者か、それとも鳶から生まれた鷹なのか、ちと探っておくとするかの」
ティアンナが一人になったタイミングを見計らい、ベルクが近づく。
「ずいぶん盛況じゃな」
「ありがたいことですわ」
「不名誉な噂に惑わされぬ者たちがこれほど多くいたとはな」
『男爵令嬢がティアンナに嫌がらせを繰り返していたという噂がある』ということを揶揄しているかのような言葉をわざとぶつけてみた。
目を光らせるベルクに対して、ティアンナは悠然と微笑む。
「噂話は社交界の嗜み。けれど、わたくしは噂話よりも目の前の真実を見てくださる方が好きですわ」
「ふむ」
気負うこともなく、苛立つこともなく、穏やかな声色を保つ様子を確認した。
自分の立場が危うくなると早々に自宅に引っ込んでしまった伯爵とは少し違うようだ。
ベルクはティアンナの人柄を知り、その場を引いた。
そして、アーリス家の状況を伝えるためのメモを確かめ、アーニーのもとへと向かった。
サマエラ=フォリウムはホールの端で楽器を抱えていたアーニーを見つけた。
練習している学生たちの輪を遠くから眺めながらソワソワしているようだ。
「先日振りだな、息災だろうか?」
声をかけると、振り向いたアーニーがふわりと表情を柔らかくする。
「お久しぶりです。先日は大変お世話になりました」
「色々大変な状況かと思うが……どうか、無理はしないようにな」
サマエラの言葉に、アーニーは素直にうなずいた。
思った以上に暗い顔はしていないようだ。
しかし、やはりホールの中央にいるティアンナに話しかけることは躊躇しているのかもしれない。
「ティアンナ嬢との接触も、希望の内だろうか。であれば、同行しても構わないか……?」
「まあ……! それは、とてもありがたいことです」
アーニーはサマエラに信頼の瞳を向けた。
アーニーを気遣う冒険者は他にもいる。
飾り付けの手伝いをしていたコルネリウス・アーラも気遣うように近づいてきた。
「初めまして、コルネリウスです。お手伝い、ご一緒させて頂いても?」
「初めまして、アーニー・グレイス・フラートンですわ。よろしくお願いします」
コルネリウスはアーニーの背を押すように語りかける。
「報告書でお話は少し伺っています……お辛い気持ちもあるでしょう」
アーニーは先日一方的に婚約破棄を言い渡された。その後、野盗に襲われ誘拐されそうになったところを冒険者達に助けられたのだ。
「……ありがとうございます。こうして私が無事なのは、冒険者の皆様のおかげです」
「行きましょう。アーニーさんらしさを忘れずに」
これまでに積み上げた信頼や強い心と誠実さは必ず伝わると、コルネリウスは励ます。
「お2人とも、ありがとうございます。私、ティアンナ様とお話をしてみたいです」
アーニーが意を決したように顔を上げた。
サマエラとコルネリウスに後押しされるように、ティアンナの元へと歩き出す。
チラシを配りながら参加者募集の呼びかけを行っていたギド・フェルミはホールの様子をうかがった。
「折角の催しも純粋に楽しめないなんて難儀だねぇ」
折しも、アーニーがティアンナの元へ向かう場面が目に入る。
「演奏に自信がなくても大丈夫だ、俺も音痴だけど案外何とかなってるし」
ギドは目の前の学生にチラシを配りながら、笑顔で伝えた。
「大事なのは気持ちだから!」
「楽器ですか。たしかに、多少は嗜んでいますけれど……」
チラシを受け取った学生は音楽祭への参加を迷っているようだ。
「折角なら大勢で賑やかにやりたいもんだろ? もし今日楽器を持ってきていないなら、ホールにいくつか練習用のものがあるし!」
「ふーん。それなら、練習だけでもして行こうかなあ?」
「よーし! ならさっそく、行ってみよう」
ギドが明るく先導すると、学生も続いてホールに入った。
自分にできることは、請けた依頼を成功させてついでに楽しむだけだ。ギドは自分の役割をよく分かっている。
しっかりと呼び込みを行ったため、ホールには多くの学生が集ってきていた。
「交流会なんだから誰かと一緒に演奏するのもいいんじゃないか?」
今まさに距離を詰めようとしているアーニーとティアンナを見て、思う。
その言葉に同意を示した冒険者はキーゼだ。
「それは良い考えですね」
キーゼは当日のスケジュールや警備体制を調整しているところだった。
学生がまた1人案内されてきたので、一応の確認にやってきたのだ。
その手にはしっかりと当日のスケジュールと人員配置のリストが握られている。当日警備しているということが伝われば予防策となるだろう。
さて。キーゼは一連の事件は報告書を読んで把握している。それならアーニーとティアンナに提案するのも悪くないだろう。
ひと通り警備の書類を揃え、キーゼは2人の元へと向かった。
コルネリウスが微笑んでティアンナに話しかけた。
「素敵な企画の開催、ありがとうございます。私達冒険者も、学園で交流出来るのは嬉しいです」
「こちらこそ、ありがとうございます。ようこそ、パンクリアース学園へ」
ティアンナは礼をしてコルネリウスに応えた。
そして、目を細めてアーニーを見る。それがどういう意図なのかを知ることは難しい。
だがコルネリウスはそっとアーニーに道を譲った。
「音楽に壁はありません、ティアンナさんも誰かに届けたい想いをありのまま届けられますように」
そう付け足して。
サマエラがアーニーの背を押す。
ティアンナがどのような言葉を発するのか。それが本心からであるのかどうかは窺うつもりだ。
アーニーはうなずいて一歩前に出た。
「ティアンナ様ごきげんよう。アーニー・グレイス・フラートンです」
「ごきげんよう、アーニー様」
ぎこちなく、2人の令嬢が向かい合う。
その様子をララノアも見守っていた。
2人が互いに話をすることが難しいようであれば繋いであげたいと思う。
何より、ララノアはアーニーの身代わりとして取引現場に立ち会った経験があった。
「私……バニスター家の取引現場にいました……」
ララノアの言葉を聞いた令嬢たちが顔を強張らせる。
ララノアは考えながら、その状況を簡潔に伝えた。そして、騎士の中には嫌々命令に従った者も居たということ。『当主に絶対忠誠を誓った身だろう』と決断を迫られていたことなども伝える。
取引現場の様子を聞いていたティアンナが意を決したように口元を引き締めた。
「アーニー様。すでにお気づきのことかと思いますけれど、我が伯爵家の謀に貴方様を巻き込んでしまったようですわね」
気づけばホールの学生たちも2人のやり取りを見守っている。
アーニーは大きく息を吐きだして、微笑んだ。
「たとえティアンナ様の本意ではなくても、誰のせいだとはおっしゃらないのですね」
この場で伯爵家の令嬢がおいそれと頭を下げるわけにはいかない。だが決して自分が悪いわけでは無いと弁明しない。
アーニーにはそれが嬉しかったようだ。
ララノアがおずおずと提案をした。
「2人は仲良くなれば良いかと……」
2人が仲良くなれば、謀が伯爵の独断だとアピールすることができるのではないだろうか。
「それは……」
「わ、私……お貴族様の事はよくわからぬで……」
言い淀むティアンナを何とか後押ししようとララノアは訴えた。
「友達になることに……何の垣根がありましょう」
一緒に音楽祭を頑張れば、きっとアーニーの名誉も回復するだろう。
「信じて今は……自分の事を頑張りましょう?」
婚約破棄のことも、きっと大丈夫だとアーニーにも言葉を向ける。
まだ迷いのある両名に、キーゼが声をかけた。
「ティアンナ嬢及びアーニー嬢は、両名のアンサンブルによる音楽祭への出演を検討されてはいかがでしょう?」
今まさに音楽祭の準備を行っているのだ。
仲が悪ければアンサンブルなどできるはずもない。言葉で主張するよりも音楽でもって払拭するのはどうだろうかと。
「それは名案でございます」
ネーヴェ・グラヌローザがその提案を支持する。
ネーヴェは音楽祭の準備として出演者の情報や当日予定の演目をまとめていた。
そして、演奏に欠ける想いなどを聞き込み、当日閲覧できるようなパンフレットを作成中だ。
「アーニー様のご紹介や、この音楽祭に対する想いも、ぜひご本人へお伺いの上で掲載致したく」
それがティアンナと共に出演することになれば、なお名誉回復の手伝いになると思ったのだ。
「ちなみにポスターも手配の目処は立っております。こちらがパンフレットの原稿でございます」
ホールで練習する学生や冒険者に聞き込み、パンフレットもある程度形になっている。
パンフレットの原稿を受け取ったティアンナは驚きの表情を浮かべた。
「素晴らしいですわ。これがあれば、多くの方に音楽祭を楽しんで頂くことができます」
演目にかける思いや楽器の紹介など、この短時間でまとめたとは思えないほど美しくまとまっている。
「いかがでございますか? こちらでよろしければすぐに業者発注を行いますね」
「ありがとうございます。お願いいたします」
ティアンナは大きくうなずき、そしてアーニーを見た。
「アーニー様。わたくしと一緒に合奏していただけませんでしょうか?」
「……はい、喜んで」
2人の令嬢は多くを語らず……、共に優雅な楽曲の演奏を始めた。
●
再びホールに音楽が響き始める。
「そろそろ練習に戻るわ」
音楽祭の準備に奔走していたアルト=ミルドレッド=バ・ロッサは、一緒に飾り付けをしていた学生たちと別れてバイオリンを取り出した。
音楽祭とは面白そうだ。パンクリアース学園に所属している身として、是非頑張らせてもらおうと思う。
準備も真剣に手伝ったことだし、これからは奏者としても真剣に取り組んでいくつもりだ。
まずはバイオリンのチューニングから。一つ一つ弦の調子を見て整えていく。
「こう見えて一応バイオリンは嗜んでいるからね」
最初は音階を順に奏でるところからはじめてみる。
徐々に弓の滑りも良くなり、旋律が走り出す。
その演奏は迷いがない。
「これは譜面通り、ここはアレンジを加えてもいいかもね」
そうしているうちに、ホールを動き回っているコハクの姿が目についた。
どうやら彼女も音楽祭の手伝いにやってきた冒険者のようだ。
「ねえ、そろそろ自分の練習もしてみたら? あたしはどっちでも良いけどね。せっかくの音楽祭じゃない?」
「たしかに、そろそろ準備は終わりそうだね」
呼び止められたコハクはうなずいてホールを見回した。
会場の警備のスケジュールについてはすでにまとめられている。パンフレットやポスターを発注したいと言っていた冒険者の作業も終わったようだ。
飾り付けの打ち合わせや、ホールの椅子の配置なども一旦終了した。
今日一日多くの手伝いをしたコハクは、それならと腰を落ち着けることにする。
「ピアノを弾くの?」
「そのつもりだよ」
ホールの中央では何やら二重奏が始まったようだけれど、もともと良くも悪くも政治関係に興味がないのかその辺りはノータッチだ。
コハクはホールの隅に備え付けられたピアノの蓋を開いた。
鍵盤の上に指を乗せ、ひとつふたつと感触を確かめるように弾いてみる。
どうやら調律はしてあるようだ。
「まずは、テンポのゆっくりとした曲から……」
椅子に座り、ペダルを踏み、コハクは両手を鍵盤の上に走らせた。
静かなメロディーから始まり徐々にテンポを上げていく。音色は軽やかに、音には強弱をつけて。
周囲の練習している学生の音楽に合わせて伴奏を足してみるのも良いだろう。
バイオリンの音色が聞こえたので、主旋律を一緒に弾いてみたりもした。
ホールにはそこにもここにも音楽が溢れている。
リディリディ・トゥラ・イェレミースはホールの隅の方から中央の令嬢たちの様子を見ていた。
アーニーのこともティアンナのことも、以前から依頼を受けてある程度のことは分かる。
その2人が多少はギクシャクしながらも一緒に楽器を演奏しているのだから、きっと仲間が取り持ったのだろう。
リディリディとしては、困っているのであれば何かしてあげたいとは思っていたけれど……。あの様子なら良い方向に向かったと感じた。
「……良かったですね、フラートンさん」
遠くから聞こえないだろけれど、アーニーに言葉を送る。
ヒトと話すのが苦手な自分には、程良い距離だ。
練習をしていた学生たちの姿が減ってきた。
皆十分に練習して本番に備えたことだろう。
「……そろそろ私も弾いてみましょうか」
リディリディは椅子に座りチェロを構えた。恥ずかしいので人前では弾きたくなかったのだ。人も少なくなってきたし、そろそろ良いと思う。
チェロの弓をゆっくりと横に弾く。
深みのある音が、人気の少なくなったホールに響いた。
演奏するのはゆったりとした穏やかな曲だ。
音楽祭の準備をした人々をねぎらうように。
距離を縮めた令嬢たちを応援するように。
美しい音色が木霊する。
腕の重みを乗せてビブラートをかけると、一層チェロの音が響いた。
マスターコメント
音楽祭の準備をありがとうございました!
当日の警備計画やパンフレットの発注・飾り付けの計画なども順調に行われました。
2人の令嬢の距離も縮まったと思います。
素敵な音楽を聞かせてくださった皆様、本当にありがとうございました。
イベントシナリオ易しい 報酬:標準17 / 4〜25人
2021年07月22日 21時37分56秒 公開
成功
参加者
相談掲示板
シルヴィアだ。今回はよろしくね。 参加してからずっと、フィドルにするかハープにするかを悩んでいる自分がいる( ともあれ、楽器の演奏か、学生達の練習の手伝いか……そのどちらかにしようと思ってるよ。
No.2
あ、その・・・、リディリディです。 よろしくお願いします。 学生の方は色々と大変そうですが・・・。 私は弦楽器のチェロを弾こうかと思っています。