アーモンドの花が咲く頃に
空色みなも
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シナリオID:748
オープニング
白とピンクの混じった愛らしく美しい花が、大きく広がった枝に所狭しと並んでいた。
そうした花の一つ一つは五枚の花弁から成り、それぞれの花弁は先端が少し割れている。
このように聞くと、シャルガネ居住区に咲くことが知られる桜を思い浮かべる者もいるかもしれない。
しかしこの花は桜とは異なる――アーモンドの花だ。
エラトゥーン都市同盟にある小さな町エルタ・リコで。
アーモンドの花が見頃を迎えていた――。
●
「この間は、本当にありがとうございましたっ」
金髪の少女ルウ・エリオは、リーンエス王国にあるパンクリアース学園からエルタ・リコを訪れていた。
「遠いところを、お礼に出向いてくれるなんてねぇ。こちらこそ、ありがとうね」
それに受け答えをしているのは、エルタ・リコで冒険者の宿「女神の賽子亭」を営む女主人シリス・アローゼア。
ルウは学園で世話になっている教師が出した依頼を快諾してもらったことに対して返礼をするため、教師に代わって女神の賽子亭まで出向いていたのだ。
「それに、あたしはただ冒険者に依頼を回しただけさ。実際によく働いてくれたのは、冒険者だよ」
シリスは頬を掻きながら、あはは、と笑う。
「いえ、それも十分、立派なお仕事ですから!」
謙遜を受けて、ルウは慌てて両手をブンブンと振った。
「しかし、せっかくここまで来ておいて貰って、ただそのまま帰すのもなんだねえ……ああ、そうだ」
しばらく顎に手を当て考えるような仕草を見せていたシリスは、ややあって掌を拳でポンと叩いた。
「ここに来るまでの間に、うっすら赤みを帯びた、白い花がたくさん咲いているのを見なかったかい?」
「花、ですか? ……確かにありました。塀に囲まれてたので、樹の全体は見えませんでしたけど」
シリスの問いかけに、ルウもしばし考え込む様子を見せ、やがて思い出したのかハッと顔を上げる。
「あれはアーモンドの花なんだ。塀に囲まれているのは、あれらの樹がアーモンド商の個人所有だからなんだけど……その敷地が特別に開放されるイベントがあってね」
シリスの説明によると、樹を所有するアーモンド商人は、花が満開の時期に花見イベントを開催することによって、アーモンドの販促に繋げようとしているのだとか。
「遮るものなく花が見られるのは勿論、アーモンド料理の販売なんかも行なわれてるよ。帰る前に、こいつに寄って行くのはどうだい?」
「わぁ、面白そうですね! 是非!」
シリスとルウが会話に花を咲かせている横で、宿の掲示板には、同じくアーモンド花見の開催を知らせるポスターが大きく張り出されていた。
そうした花の一つ一つは五枚の花弁から成り、それぞれの花弁は先端が少し割れている。
このように聞くと、シャルガネ居住区に咲くことが知られる桜を思い浮かべる者もいるかもしれない。
しかしこの花は桜とは異なる――アーモンドの花だ。
エラトゥーン都市同盟にある小さな町エルタ・リコで。
アーモンドの花が見頃を迎えていた――。
●
「この間は、本当にありがとうございましたっ」
金髪の少女ルウ・エリオは、リーンエス王国にあるパンクリアース学園からエルタ・リコを訪れていた。
「遠いところを、お礼に出向いてくれるなんてねぇ。こちらこそ、ありがとうね」
それに受け答えをしているのは、エルタ・リコで冒険者の宿「女神の賽子亭」を営む女主人シリス・アローゼア。
ルウは学園で世話になっている教師が出した依頼を快諾してもらったことに対して返礼をするため、教師に代わって女神の賽子亭まで出向いていたのだ。
「それに、あたしはただ冒険者に依頼を回しただけさ。実際によく働いてくれたのは、冒険者だよ」
シリスは頬を掻きながら、あはは、と笑う。
「いえ、それも十分、立派なお仕事ですから!」
謙遜を受けて、ルウは慌てて両手をブンブンと振った。
「しかし、せっかくここまで来ておいて貰って、ただそのまま帰すのもなんだねえ……ああ、そうだ」
しばらく顎に手を当て考えるような仕草を見せていたシリスは、ややあって掌を拳でポンと叩いた。
「ここに来るまでの間に、うっすら赤みを帯びた、白い花がたくさん咲いているのを見なかったかい?」
「花、ですか? ……確かにありました。塀に囲まれてたので、樹の全体は見えませんでしたけど」
シリスの問いかけに、ルウもしばし考え込む様子を見せ、やがて思い出したのかハッと顔を上げる。
「あれはアーモンドの花なんだ。塀に囲まれているのは、あれらの樹がアーモンド商の個人所有だからなんだけど……その敷地が特別に開放されるイベントがあってね」
シリスの説明によると、樹を所有するアーモンド商人は、花が満開の時期に花見イベントを開催することによって、アーモンドの販促に繋げようとしているのだとか。
「遮るものなく花が見られるのは勿論、アーモンド料理の販売なんかも行なわれてるよ。帰る前に、こいつに寄って行くのはどうだい?」
「わぁ、面白そうですね! 是非!」
シリスとルウが会話に花を咲かせている横で、宿の掲示板には、同じくアーモンド花見の開催を知らせるポスターが大きく張り出されていた。
解説
●目的
エルタ・リコでアーモンドの花見会を楽しんでください。
アーモンド料理を販売するなど、運営側の手伝いをすることも可能です。
●状況
PCはアーモンド商が開催した、アーモンド花見会を訪れています。
会場では何本ものアーモンドの樹が植わっており、花を満開に咲かせています。
さらに会場ではアーモンド料理やアーモンド菓子の販売もあるようです。
加えて、アーモンドたっぷりのミックスナッツに酒類の販売もあります。
ただし、出発時点で年齢が20歳に満たないPCの飲酒については、リプレイ内でのはっきりとした描写は行われない形となりますのでご注意ください。
●NPC
▽シリス・アローゼア
エルタ・リコにある冒険者の宿「女神の賽子亭」の女主人。普段、ダイスゲームやカードゲームなどの遊戯を好んでいることは町の人々の間ではよく知られている。プレイングで誘われたならリプレイに登場する。
▽ルウ・エリオ
リーンエス王国にあるパンクリアース学園の学生。パンクリアースでは、調合により薬効のある素材を生み出す方法を学んでいる。プレイングで誘われたならリプレイに登場する。
マスターより
お世話になっております、空色みなもです。
アーモンドの花って桜にとてもよく似ているんですね。
同じくバラ科サクラ属の植物なんだそうです。
関連NPCにシリス・アローゼアとルウ・エリオが紐づけられています。
相談掲示板では基本的に出発48時間前までに行われた質問に回答します。
皆さんの華やかなプレイングをお待ちしております。
リプレイ
●
雪解けを越え、地虫穴から出づる、花盛りの季節。
見上げれば、抜けるような空の青を背景に、張り巡らされた枝の影は黒く。
それらの色を覆い尽くさんばかりに、白とピンクの花が無数に散りばめられていた。
「なるほど、アーモンドもこうして並んで花を咲かせていると、思っていた以上に風情があるものですね」
花咲くアーモンド並木の間をぷらぷらと散歩しながら、キーゼが感心を声に漏らす。
「ここ最近疲れる依頼も多かったので、羽休めにはちょうどいいでしょう」
若くないな、とキーゼは心の中で苦笑しつつ、たまにはこういう日があってもいいだろう、と自身を納得させ。
「正直、美味しいお酒が飲めればどこでもいいとは言えますが、それはそれ、これはこれ」
キーゼは主たる目的である花見酒を楽しむべく、酒類の売店へと向かった。
●
「まったく、暗い話が広がってる中、花見で騒ごうと思ったところにまた面倒そうな噂が聞こえてきたな」
花見に訪れながらも、ケン・Z・ブラッドリーは冒険者を取り巻く最近の情勢を思い、頭を痛めていた。
特にディズル大湿地帯における動きは現在、大きな節目を迎えようとしており、冒険者たちも大きな戦いに駆り出されようとしているのを、ケンも感じ取っている。
「とはいえ、だからこそ今しっかり息抜きしておきたいとも言えるな」
ケンはせっかくなので菓子作りでもしようと、大量のアーモンドを材料として購入していた。
「ローストも済ませたし、手持ちのチョコを使って――しかし、量が少し心もとないな」
香ばしい匂いを放つアーモンドを前に、ケンは持参したチョコレートを確かめたが、なによりアーモンドが思ったよりたくさんあったので、このままだとアーモンドを余らせてしまう恐れがあった。
「アーモンドチョコ」
「おわっ!?」
そこへ、ぬっ、という効果音でも伴いそうな現れ方をしたのが、スヴァン=ウォルフ=ユーウェンである。
驚いたケンが振り返ると、スヴァンの手には、これまた大量のチョコレートが抱えられていた。
「実は俺もちょうど考えていたのだ。栄養価が高くバランスに優れる食材アーモンド、それにチョコレートを組み合わせれば……すなわちそれは最強であると」
「なるほど、あんたも俺と同じことを考えていたとはな……こいつは渡りに船だ」
共通の目的のためにチョコレートを提供する、とのスヴァンの申し出を、ケンは喜んで受ける。
もちろん、ケンからは代わりにローストしたアーモンドが供出された。
「うむ、程よく柔らかくなってきたぞ」
スヴァンは持ち前の調理技術で、湯煎によりチョコレートを融かしていく。
こうしてケンとスヴァンの二人の手で、アーモンドはチョコレートとコラボレーションを遂げた。
ローストしたアーモンドを丸ごとチョコで包んだ、アーモンドチョコレート。
砕いたアーモンドとチョコを混ぜた、アーモンドクランチチョコレート。
そして、ケンの持ち込んでいた蒸留酒をチョコに混ぜ、アーモンドをコーティングしたもの。
「うむ、思った通り……うまい」
味見のためと、クランチチョコレートを一つ口に放り込んだスヴァンが、そのザクザクとした食感と香ばしさを堪能する。
「よくできているな。いっちょ、知り合い連中にも分けて来るか」
ケンも完成品の出来栄えを確かめ、満足げに頷いた。
●
「おや、スヴァン氏」
「キーゼの旦那か。こんなところで会うとは奇遇だな」
売店を訪れていたキーゼは、スヴァンとばったり出くわしていた。
「日頃のよしみだ。特別にこいつを分けてやろう」
「なるほど、チョコレートですか。酒のつまみに頂きますね、ありがとうございます」
スヴァンお手製のアーモンドチョコレートを受け取り、キーゼは会釈を返す。
「こうして静かに嗜むお酒も悪くないですね」
キーゼはスヴァンと別れた後、適当なアーモンドの木を見繕って、その根元で蒸留酒をチビチビと口にしていた。
元々はドワーフらが自分たちで消費していたのを、最近になって流通に乗るようになったものだ。
こうした酒精の強い酒に、アーモンドチョコレートは良い肴となった。
「おや?」
蒸留酒が注がれた杯に、ふわりとアーモンドの花が落ちる。
ふと見上げると、枝に止まった小鳥が、嘴に花を咥えていた。
花の蜜を吸おうとしているのだろう。
「これもまた風情、ですかね」
蒸留酒の液面に浮かんだ花を見つめて、キーゼはしみじみと呟いた。
●
「そちらの揚げ物、おひとつくださいな」
アーモンド料理の売店で、シャロン・ラ・モリエールは店員から魚のフライを受け取った。
「んー、カリッとした食感が美味しい」
シャロンが熱々を頬張ったフライには、衣として刻んだアーモンドがまぶしてあり、軽快な食感を生み出していた。
「そういえばお師匠様が言っていたわ。シャルガネには花より団子って言葉があるって」
満開の花そっちのけで食事にいそしみながら、シャロンはふと自らの師の言葉を思い出す。
どういう意味かと尋ねたら、シャロンのような子のことだ、と言われたことも。
「あ、アーモンドミルク。一杯いただこうかしら?」
美容にいい、という売り子の謳い文句に釣られ、シャロンはアーモンドミルクを買い求める。
食べすぎが美容に与える影響はこの際、置いておこうと割り切って。
「ふわぁ……」
お腹が十分に満たされて眠くなったのか、シャロンは大きな欠伸を一つ。
アーモンドの木の根本で、尻尾の毛づくろいをして、そのまま午睡へと移った。
「ん~、良く寝た……ふわっ!?」
目覚めたシャロンの口の中に、突然、とろりとした甘味が広がった。
「って、ケン様!?」
シャロンの目に、ケンが伸ばした手が映る。
「よぉ、アーモンドのチョコレートを作ってみたんだが……味はどうだ?」
ケンは手作りのアーモンドチョコを、シャロンの口に放り込んでいたのだった。
●
「ちょっと出かけてくる! 場所取りはお願いね!」
「わっ、わっ、クレア!?」
駆けだしたクレア・エクレールに腕を引かれ、アンネエルカが驚きながらも後に続く。
「場所取りなら僕らに任せておいて。ごゆっくり」
「人が多いから迷子になるんじゃねぇぞ! それとしつこいナンパ野郎がいたら大声で呼べよ!」
走っていく二人を柔らかな微笑みで見送るセヴラン・クアルトと、やや過保護気味な言葉で送り出すアーシェル・G・クライン。
四人は連れ立ってアーモンドの花見に訪れていたのだ。
「しかしアーモンドの花は可憐だね。加えて実は美容や健康に良いとなれば、女性のためにあるような木だと思う」
セヴランは頭上で風に揺れるアーモンドの花を改めてしげしげと眺め、その愛らしさに感嘆する。
「さて、お嬢さんたちのためにとっておきの場所を探そう。ララ、行っておいで」
務めを果たすため、セヴランは感覚を共有した相棒の栗鼠を走らせ、自身は会場スタッフの女性に声をかけた。
「貴女の確かな目を信じたくて……ありがとう、もう一つ頂きます」
セヴランは買い物ついでにお勧めの花見スポットを尋ねているだけなのだが、気のせいかスタッフの女性はどことなく照れ臭そうな気配がある。
「よし、流石だなセヴラン。後はここで二人を待とうか」
「噂をすれば早速、戻ってきましたよ……おや?」
そうして確保された上々の席にアーシェルが機嫌を良くしていると、女性二人のために手持ちのブランケットで座席を用意していたセヴランが、戻って来た二人の姿に気付き、目を細める。
「じゃーん」
「お前たち……何て格好してんだ!?」
現れたクレアたち二人の服装を見て、アーシェルは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「へ、変だったかな?」
「いや、可愛いけどよ……! スカート短過ぎるし胸元開き過ぎだろ……」
スカートを手で押さえながら、かすかに頬を染めて恥ずかしがるアンネエルカ。
アーシェルの指摘通り、二人が揃いで着た服は大胆に太ももと胸元を覗かせた、ちょっぴり艶っぽい衣装で。
腰を飾るやはり丈の短いエプロンは、会場を彩るアーモンドの花にも負けない可愛らしさを演出していた。
「ただ買い物するだけじゃ面白くないし、売り子さんしてみないか、ってボクが誘ったの。スカート短い方が動きやすいでしょ?」
言われてみればなるほど、クレアの手にはミックスナッツや飲み物が並んだ番重が抱えられていた。
同じくアンネエルカも売り物を手にしている。
どうやら二人は会場のスタッフに手伝いを申し出ることで、売り子の衣装を借りたようだった。
「健康的かつ魅惑的で、花も霞んでしまうね。ほらアーシェル、そんな顔しないで」
柔和な笑みを見せたセヴランが、渋い顔のアーシェルを宥める。
アーシェルはその時、女性二人に思わず見惚れて足を止める花見客の男たちを睨みつけ牽制していた。
「はぁ、二人が楽しそうだからいいけどよ」
「えっと……はいこれ、お友達サービス!」
しょうがないな、とでも言いたげな顔で頭を掻くアーシェルに、アンネエルカが、ずいっ、と菓子を押し付ける。
「お、くれるのか」
「これ以上は別料金なの、ごめんなさいね」
アーシェルが差し出された菓子を手に取ると、それはアーモンド粉を使った焼き菓子だった。
売り子の手伝いというシチュエーションである以上、アンネエルカは商売っ気を出すのも忘れない。
春の陽気と、花に弾む心がそうさせてか、アンネエルカは恥ずかしがりながらも、この状況を楽しんでいるように見えた。
クレアと揃いの衣装を身に着けていることも、高揚感を生み出すのに一役買っていたかもしれない。
「買ってくれたら……そうね、クレアがあーんってしてくれるわよ」
「えっ? ……いや、そうだ。ボクからのアーモンドが食べられないの? はい、あーん」
アンネエルカの突然の振りに、クレアは一瞬、聞いてない、と言い出しそうな顔をするが、状況を飲み込んで乗って来た。
アーモンドを摘まんだクレアの手が、アーシェルの口元に近づいて――。
「クレアのご褒美付きなら全部買うぜ。ほらよ」
そのアーモンドをアーシェルがパクリ、と口にした。
ポリポリと噛むと、アーシェルの口いっぱいにアーモンド特有の香ばしさが広がる。
「お返しだクレア、口開けろ。アンネもだ。売り物の味を知らなきゃ、オススメも出来ねぇだろ?」
アーシェルは手にしたアーモンドを、クレアとアンネエルカそれぞれの口元に持って行く。
二人は驚きながらも、素直にそれを受け入れた。
よく見れば、クレアは顔を赤くしている。
先ほどクレアがアンネエルカの無茶振りに乗った際、照れ隠しの強がりもあったようだが、アーシェルはそのことに気づいていたのだ。
「はは、君たちを会場一番の売り子嬢にしようじゃないか。追加の注文もさせてもらうから、商品を取っておいで。仕事が落ちついたら乾杯しようね」
その様子を微笑ましく見守っていたセヴランが、土産にと言って、小分けにされたアーモンド菓子を注文した。
「俺は一緒に待とう。お前を一人にしたくねぇからな」
再び二人の背中を見送ることになったアーシェルは、隣に並ぶセヴランに、そっと杯を差し出す。
アーモンドの木々が伸ばした枝の間から、穏やかな春の日差しがアーシェルたちに降り注いでいた。
●
「悪いねえ、せっかくの花見なのに手伝わせちゃって」
「いえいえ! これも貴重な経験ですから! とても楽しいです」
申し訳なさそうなシリスに対し、ルウは胸の前でぎゅっと手を握って明るい声を出す。
「お二人はスタイルも良いし、売り子の衣装も良くお似合いですね」
ノノアの言うように、シリスとルウの二人は例のミニスカートとエプロンを身に着けていた。
かくいうノノアも売り子の服を見事に着こなしている。
どうやらこの三人も、売り子が忙しそうにしているのを見て、手伝いを申し出ていたらしい。
「どうだい、一つ食べてみないかい?」
シリスに呼び止められて、通りがかったベルク・オスマットが並べられたアーモンド料理を眺めている。
「そっち、商品は足りてるかしら?」
「あ、よければ補充お願いできますか?」
卓越した運動能力を生かし商品を運搬するノノアが、売り場に立つルウに声をかけ、残る商品を確認した。
「じゃあ調理場に行ってくるわね」
どっさり積み重ねて運んでいた荷物をその場に置き、ノノアは調理スペースへと向かう。
「ストレガさん、追加お願い」
「すぐに作るので、しばし待つといいのだ。先に出来ている料理を持って行っておいて欲しいのだ」
ノノアが注文を伝えたのはストレガ・L・リベルガストラ。
料理レシピの――もとい知の探究者だ。
ストレガがちらりと顔を向けた先をノノアが見れば、すでに様々なアーモンド料理が湯気を立てていた。
シンプルな酒のつまみにと、炒って塩を振ったアーモンドもあれば。
甘いデザートとして、水飴や蜂蜜をからめたアーモンドも用意してある。
さらに一手間、薄くカリカリに焼いたベーコンと、その油で焦がしたアーモンドの取り合わせや。
甘辛ソースで頂く、刻んだアーモンドを衣に用いた鶏肉や魚のフライ。
チーズと葉物野菜のおつまみサラダに、砕いたアーモンドをパラリと振ってアクセント。
繋ぎを入れた挽き肉にミックスナッツを混ぜて焼き上げ、シャルガネ風のソースで召し上がれ。
「そしてこれがご注文の品なのだ。おまちどうなのだ」
「ふふ、美味しそうね。では持って行きます」
ストレガが手早く調理を済ませたアーモンドバターライスを手に、ノノアは再び売り場へと戻っていった。
「しかしこの商人、商品だから当然とはいえ、とても良い宣伝を行っているのだ」
戦場のように忙しかった調理スペースに、ようやく手を休める時間が訪れて、ストレガは汗を拭きながらも、商魂たくましい商人に感心してみせる。
綺麗な花に心奪われれば、人々の財布の紐も緩もうというものだ。
「土産にもアーモンドを貰うのだ。持ち帰ってレシピの研鑽をするのだ」
そう、ストレガの探究はまだまだ続く。
「アーモンドバターライスはいかがですか? 出来立てのホカホカですよ」
売り場へと戻ったノノアは花見客たちに料理を販売していた。
ノノアの丁寧なおもてなしが花見客たちの評判を呼び、売り場にアーモンド料理を買い求める客が途絶えることはなかったという――。
●
スケッチブックにサラサラとペンが走り、描き出された線は、やがてアーモンドの花を成していく。
「アーモンドはこういう花なんですね。とても可愛らしいです」
スィーリーンによるスケッチだ。
装飾品を手作りするのが趣味のスィーリーンは、アクセサリーの参考にしようとアーモンドの花を観察していた。
他の花見客を邪魔しないように、できるだけ人混みからは離れた場所で。
「桜の花と似ているとも思いましたが、良く見れば違いがあるのも面白いですね」
シャルガネに咲く桜の花を思い浮かべながら、スィーリーンの手はアーモンドの花を細部まで記録していく。
桜は花と枝の間に花柄が伸びているのに対し、アーモンドは花が直接、枝に並んでいる。
似ているといっても、違いがあるからこそ、また異なった趣を楽しむことができるというものだ。
「ふぅ、一通り描けましたし、お料理を頂いてお花見といたしましょう」
スィーリーンが手を止めたときには、スケッチブックには愛くるしいアーモンドの花がいくつも咲いていた。
「甘いものは何かありませんか? 水飴でくるんだアーモンド? いいですね、おひとつ頂けますか」
売店へと向かったスィーリーンは、そこで売り子として立っていたノノアに声をかけ、アーモンド菓子を購入する。
「見て可愛くて、食べて美味しくて――アーモンド、とても素敵ですね」
スィーリーンは購入した水飴アーモンドを口にして顔をほころばせ、アーモンドの花を眺めながら、ゆっくりとした時間を過ごした。
●
「アーモンドの花は初めて見たけど、本当に桜の花にそっくりなんだな」
アルフィー・リッパーはアーモンドの花を見て、先日シャルガネを訪れた際に見た桜の花を思い出していた。
細かな違いはあれど、見分け方を教わらなければ取り違えてもおかしくないくらい、桜とアーモンドは花が似ていた。
「昔は、腹の足しにもならないもんを見て何が楽しいのかなんて思ったものだけど」
アルフィーの思考は、さらに過去の記憶を遡っていく。
「花を見ると心が豊かになるのよ……か」
そしてアルフィーの心に浮かんだのは、かつて聞いた言葉。
「それじゃお腹はいっぱいにならねーだろ、って俺が答えたら、でも気持ちが豊かになると自然と心穏やかになるわ、ってルーシェは言ったっけか」
生きることに精一杯だった当時のアルフィーには難しく感じた言葉も、今ならなんとなく分かる気がした。
こうして満開のアーモンドの花を見上げているだけで、どことなく安らいだ心地になるのだから。
「……とはいえ、お腹も膨れるに越したことはねーよな。せっかくこれだけ料理が並んでんだ、何か買うか」
漂ってくる美味しそうなアーモンド料理の匂いに誘われ、アルフィーもまた売店へと吸い寄せられていく。
アルフィーはふと、自分と同じようにオッドアイを持つハーフビーストの少女、ノノアの姿を売り子の中に見つけ、声をかけた。
「なにかオススメはあるか?」
「人気なのはお魚のアーモンドフライですね。いかがですか?」
アルフィーはノノアに代金を手渡して、代わりに魚の揚げ物を受け取った。
包みを通して、揚げ物の熱がほんのり手に伝わってくる。
「なるほど、こうして花を見ながら食べるメシは、余計に美味い気もするな」
揚げ物の衣に使われたアーモンドのサクサクとした歯触りを楽しみながら、アルフィーは花を咲かす木々の間を歩いた。
●
「うふふ、この季節はいいわねぇ、こういったお祭りがたくさんあって!」
エミリア・シバの心は浮かれていた。
「綺麗なお花を見ながら、美味しいお酒を飲む、最高の季節だわ!」
そう、エミリアは酒が飲める口実に喜んでいたのだ。
事実、会場には様々な酒類を取り扱った屋台が並んでいる。
これはもう、思う存分に飲めと言われているようなものではないか。
「少し前に桜っていう花も楽しんだけれど、アーモンドは匂いも違うし、合うお料理やお酒なんかも結構違いそうよねぇ」
そう言いながら、エミリアはすでに屋台で酒類の物色に入っていた。
「へえ、これ何? アーモンドをお酒に漬けたの? おねえさんに一杯もらえるかしら?」
エミリアは早速、珍しいアーモンド酒の販売に目を止める。
鋭い嗅覚により嗅ぎ取った変わった香りを追いかけて、この販売所を見つけ出したのだ。
「く~、こういう新しい出会いが何よりの楽しみよね」
ドワーフの製造する蒸留酒はそれだけでも貴重であるが、それにアーモンドを漬けたものとなれば、なおさら希少価値がある。
一息で飲み干しながらも、エミリアは味覚をフル稼働させて、しっかりとアーモンド酒を味わっていた。
深い味わいを持つ美酒が、五臓六腑に染み渡る――。
こうしてエミリアはさらなる出会い――もといお酒の発見を求め、酒類の屋台を渡り歩いたのだった。
●
「何だか面白そうな事をしてるじゃないか」
シルヴィア・A・カペルは、アーモンドの木の根元でゲームに興じるシリスとルウを見つけ、その様子を覗き込んだ。
シリスとルウの二人は売り子の手伝いも一段落したらしく、花見がてらゲームで交友を深めていたのだ。
「お、興味があるなら一緒にどうだい?」
「ならお言葉に甘えよう。私はシルヴィアだ。よろしくね」
仲間が増えることがよほど嬉しいのか、シリスは満面の笑みでシルヴィアをゲームに誘った。
「諸国を旅していた時、路銀が少なくなった先生が賭けでゲームをしてたのを思い出すな……」
シルヴィアにとって、ゲームにまつわる思い出といえば、かつて共に諸国を回った先生の記憶であった。
「何であの人あんなに強かったんだろう。ひょっとして年の功でイカサマしてたとか?」
「あはは、今回は賭けるものはないですし、お手柔らかにお願いしますね」
今になって先生の勝負運に疑問を覚えるシルヴィアへ、ルウが朗らかに笑う。
シリスが用意していたのは、瓶を振って中から転がり出た、花の形をした駒を盤上に置いていくゲームだ。
色とりどりの駒が、ボード上にも次々と花開いていく。
「その花をそっちに置いてくれたら、私も次の花を置くとき配慮するよ? 一緒にシリスを追い上げようじゃないか」
楽しむためのゲームだからこそ、シルヴィアも手は抜かない。
持ち前の洞察力と交渉技術を生かし、着実に手を進めていく。
「やあ、勝っても負けても楽しむつもりでいたが、やはり勝てたら嬉しいものだね」
勝負を決める一手を打った後、シルヴィアはにっこりと微笑んだ。
●
「わぁ、凄い……この間、皆で見に行った桜もよかったけど、アーモンドの花も負けないくらいに綺麗だね」
「先日、桜を見たばかりだけど、よく見ないと違いが判らないわね~」
花に囲まれた景色の美しさに歓声を上げるララベル・サン・ディーベルの隣で、アルラ・ニグラスが花をつけたアーモンドの枝に顔を寄せる。
見れば、二人の手はしっかりと繋がれており、そのことから親密な関係性が窺い知れた。
「確かに桜にも似てる……でも桜は皆との思い出だけど、この花は僕たちだけの思い出になるね」
ララベルは甘い台詞を口にしていて恥ずかしくなったのか、頬を染めている。
桜の花見に出かけたときは、たくさんの友人たちと一緒だった。
それも賑やかで楽しいのだけれど、何より今日は特別な人との二人きり。
すなわちデートともなれば、心も踊ろうというものだ。
「あっ、髪に花が」
小鳥が落とした花にふと気づいて、ララベルがアルラの髪へと手を伸ばす。
するとララベルはその手でアルラの顔を引き寄せ、チュッと唇を重ねた。
「あっ……」
不意に口づけを受けたアルラは、胸の高鳴りを感じ、思わず顔を赤くする。
名残惜しそうに唇が離れた後、ララベルの顔をまじまじと見ると、その頬にも朱が注がれていた。
「ご、ごめん、急に」
「ううん、嬉しいわ。ありがとう」
ララベルは頭を下げて不意打ちのキスを謝ろうとするが、アルラはふわりと微笑んでそれを制する。
「せっかくのデートなんだし、いっぱい楽しみましょ」
アルラはララベルの手を引いて、花見の会場を巡っていく。
時にはミックスナッツとお酒の誘惑に負けて長蛇の列に並んでみたり。
そうして並んだ列で人波に流され、アルラがララベルにしがみついてみたり――。
「ア、アルラ、胸があたって……」
「あらごめんなさい。でもベルも嫌いじゃないでしょ、こういうの」
こんな色っぽい一幕も、ララベルとアルラの二人にとっては、ままあることで。
アルラはアクシデントに乗じて、ララベルにべったりと甘えていた。
「美味しい……アルラと一緒だから余計にそう感じるよ。今日は来てくれてありがとう」
大切な人と並んで食べる戦利品のミックスナッツは、ララベルも格別な味わいを感じたようだ。
「どういたしまして。わたしもベルの隣で飲むお酒は格別だわ」
アルラの頬が上気しているのは、必ずしもお酒のせいだけではないだろう。
そのまま二人は肩を寄せ合って、それぞれの目に映る景色を共有する。
二人が同じ先を見つめる中で、アーモンドの枝に止まった二羽の小鳥が互いに体を寄せ合っていた。
●
「アーモンドの花は初めて見た、よ。白と桃色でとても綺麗、だね。なんて品種なのかな……?」
「あちらに会場スタッフの方がいますよ。聞いてみますか?」
ティトの呟きをセロンガード・シュタインドルフが拾い、腕章を付けた係員に尋ねかけた。
この二人も、連れ立ってアーモンド花見に訪れていた仲間どうしである。
「へえ、ここに植わってるだけでも、色々あるんだね」
係員から疑問の答えを聞いたティトは、感心したようにしきりに頷いている。
「アーモンドの花言葉は、希望、愚かさ、真心の愛、永遠の優しさ、無分別、なんだって」
「ふうん……真心の愛、ですか」
ティトが並べた花言葉の中に、セロンガードは気になるものを見つけて、そっと復唱した。
「実の方はあまり言葉は良くなかった、けど……花言葉のラインナップは好き、だよ。親子みたいで、いい」
しみじみと語るティトの言葉に、セロンガードは聞き入っていた。
好き、と囁いたのが花言葉に向けられたものであることは知りつつも、こういうのはどうにも気恥ずかしい。
「ここまで来て何も買わないのも勿体ないでしょう、買い物を楽しみましょうか」
気を取り直して、セロンガードは売店へ向かうことをティトに提案する。
そして二人はいっぱいの料理とお菓子、それに土産物を抱え、あらかじめ見繕ってあったアーモンドの木の根元に陣取った。
「ふわぁ、眠い」
アーモンド料理でお腹がくちくなったティトは、隣に座っていたセロンガードの肩にもたれかかる。
一瞬、それに驚いた顔を見せたセロンガードであったが、セロンガードは知っていた――。
ティトがセロンガードのことを、呼び捨てで呼びたがっていることを。
そして、セロンガードは忘れてはいなかった。
一緒に桜の花見に出かけた際、ひとっ走りしたいという理由でティトに理不尽に追い回されたことを。
そこで悪戯を思いついたような顔をしたセロンガードは、ちょっとした仕返しを企てる。
「ティト」
それは、セロンガードからティトの名前を呼び捨てにすることだった。
それまでスヤスヤと寝息を立てていたティトは、耳元で突然セロンガードに囁かれ、びくり、と飛び起きる。
「え、えと……?」
「よし、こうしましょう」
未だ事態が飲み込めないままでいるティトを、セロンガードはひょいと抱き上げ、自らの膝の上に乗せた。
「セ、セロン!?」
無意識のうちに、呼び捨ての名前がティトの口をついてでる。
「ふふ、驚かれました? この前の仕返しですよ」
そこまで口にして、セロンガードはふと気づいた。
しかしこれは特に仕返しになっていないのではないか、と。
(まあ……これも役得ということで)
とはいえセロンガードも、おかげでティトの可愛らしい反応を見ることができて、悪い気はしないのだった。
●
雲一つない快晴の続く花見会場の空の下、コルネリウス・アーラとイズレンディル・パラリムが並んでアーモンドの木の根本に腰を下ろしていた。
「張り切って少し作りすぎてしまったでしょうか?」
そう言ってコルネリウスが包みを広げたのは、花見に合わせて用意した、手作りアーモンド菓子の詰め合わせだ。
中身はアーモンドを丸ごと乗せたクッキーに、アーモンドの粉を使って焼き上げたケーキ、そして少しのアーモンドチョコレート。
「どれもとても美味しいですね! 全部は食べられそうにないので、コルネさんもたくさん召し上がってください」
イズレンディルはそれらを一つ一つ大事に味わった後、コルネリウスにニコッと笑いかけた。
「ふふっ、では私もたくさん食べますね」
それを見てコルネリウスも顔をほころばせ、チョコレートに手を伸ばす。
「コルネさん、お酒は飲まれますか?」
会場で購入してあったワインを取り出し、コルネリウスに勧めるイズレンディル。
ワインを注いだ杯からは、ほのかにアーモンドの香りが漂ってきた。
「はい、もちろん頂きます。こうしてイズさんとお酒を頂くのは初めてですね……とても良い香りです」
ワインに口をつけたコルネリウスから、ふぅ、と零れた吐息はなんだか熱っぽく。
その顔もどことなく紅潮しているように見える。
「私たちに綺麗な花を見せて頂きありがとうございます」
上を見上げ、花を愛でていたイズレンディルが、幹に触れて木へ感謝を伝える。
「私からもお礼を申し上げます……でもお花ばかりじゃなくて、私のこともちゃんと見てくださいね?」
それを真似て木に手を添えたコルネリウスが、悪戯っぽい笑みを見せる。
木に添えていた手を、そのままイズレンディルの手に重ねてきたコルネリウスに一瞬、目を丸くしたイズレンディルであったが――。
「私はコルネさんに夢中ですよ」
ややあって、イズレンディルはコルネリウスの手を握り返す。
そしてコルネリウスの額にそっとキスをした。
コルネリウスが顔を赤らめていると、その肩に小さな鳥が舞い降りる。
「おや、コルネさんにお届け物のようですよ」
小鳥が咥えているものを見て、イズレンディルが微笑んだ。
コルネリウスの肩に止まった小鳥の嘴には、アーモンドの花が咥えられていたのだ。
「あら……ふふ、妬かないでくださいね、イズさん」
アーモンドの花を受け取ったコルネリウスは、嬉しそうに小鳥の頭を撫でた。
小鳥と戯れるコルネリウスを、イズレンディルは優しく見守り続けたのだった。
●
満開のアーモンドの花に彩られた人々の賑わいは、一日の間中、途切れることはなく。
晴れの日に平素の疲れを癒したエルタ・リコの住人も、明日からまた日々の暮らしに励むのだろう。
季節は春――空を覆い尽くさんばかりのアーモンドの花の向こう、飛び立った小鳥が群れを成していた。
雪解けを越え、地虫穴から出づる、花盛りの季節。
見上げれば、抜けるような空の青を背景に、張り巡らされた枝の影は黒く。
それらの色を覆い尽くさんばかりに、白とピンクの花が無数に散りばめられていた。
「なるほど、アーモンドもこうして並んで花を咲かせていると、思っていた以上に風情があるものですね」
花咲くアーモンド並木の間をぷらぷらと散歩しながら、キーゼが感心を声に漏らす。
「ここ最近疲れる依頼も多かったので、羽休めにはちょうどいいでしょう」
若くないな、とキーゼは心の中で苦笑しつつ、たまにはこういう日があってもいいだろう、と自身を納得させ。
「正直、美味しいお酒が飲めればどこでもいいとは言えますが、それはそれ、これはこれ」
キーゼは主たる目的である花見酒を楽しむべく、酒類の売店へと向かった。
●
「まったく、暗い話が広がってる中、花見で騒ごうと思ったところにまた面倒そうな噂が聞こえてきたな」
花見に訪れながらも、ケン・Z・ブラッドリーは冒険者を取り巻く最近の情勢を思い、頭を痛めていた。
特にディズル大湿地帯における動きは現在、大きな節目を迎えようとしており、冒険者たちも大きな戦いに駆り出されようとしているのを、ケンも感じ取っている。
「とはいえ、だからこそ今しっかり息抜きしておきたいとも言えるな」
ケンはせっかくなので菓子作りでもしようと、大量のアーモンドを材料として購入していた。
「ローストも済ませたし、手持ちのチョコを使って――しかし、量が少し心もとないな」
香ばしい匂いを放つアーモンドを前に、ケンは持参したチョコレートを確かめたが、なによりアーモンドが思ったよりたくさんあったので、このままだとアーモンドを余らせてしまう恐れがあった。
「アーモンドチョコ」
「おわっ!?」
そこへ、ぬっ、という効果音でも伴いそうな現れ方をしたのが、スヴァン=ウォルフ=ユーウェンである。
驚いたケンが振り返ると、スヴァンの手には、これまた大量のチョコレートが抱えられていた。
「実は俺もちょうど考えていたのだ。栄養価が高くバランスに優れる食材アーモンド、それにチョコレートを組み合わせれば……すなわちそれは最強であると」
「なるほど、あんたも俺と同じことを考えていたとはな……こいつは渡りに船だ」
共通の目的のためにチョコレートを提供する、とのスヴァンの申し出を、ケンは喜んで受ける。
もちろん、ケンからは代わりにローストしたアーモンドが供出された。
「うむ、程よく柔らかくなってきたぞ」
スヴァンは持ち前の調理技術で、湯煎によりチョコレートを融かしていく。
こうしてケンとスヴァンの二人の手で、アーモンドはチョコレートとコラボレーションを遂げた。
ローストしたアーモンドを丸ごとチョコで包んだ、アーモンドチョコレート。
砕いたアーモンドとチョコを混ぜた、アーモンドクランチチョコレート。
そして、ケンの持ち込んでいた蒸留酒をチョコに混ぜ、アーモンドをコーティングしたもの。
「うむ、思った通り……うまい」
味見のためと、クランチチョコレートを一つ口に放り込んだスヴァンが、そのザクザクとした食感と香ばしさを堪能する。
「よくできているな。いっちょ、知り合い連中にも分けて来るか」
ケンも完成品の出来栄えを確かめ、満足げに頷いた。
●
「おや、スヴァン氏」
「キーゼの旦那か。こんなところで会うとは奇遇だな」
売店を訪れていたキーゼは、スヴァンとばったり出くわしていた。
「日頃のよしみだ。特別にこいつを分けてやろう」
「なるほど、チョコレートですか。酒のつまみに頂きますね、ありがとうございます」
スヴァンお手製のアーモンドチョコレートを受け取り、キーゼは会釈を返す。
「こうして静かに嗜むお酒も悪くないですね」
キーゼはスヴァンと別れた後、適当なアーモンドの木を見繕って、その根元で蒸留酒をチビチビと口にしていた。
元々はドワーフらが自分たちで消費していたのを、最近になって流通に乗るようになったものだ。
こうした酒精の強い酒に、アーモンドチョコレートは良い肴となった。
「おや?」
蒸留酒が注がれた杯に、ふわりとアーモンドの花が落ちる。
ふと見上げると、枝に止まった小鳥が、嘴に花を咥えていた。
花の蜜を吸おうとしているのだろう。
「これもまた風情、ですかね」
蒸留酒の液面に浮かんだ花を見つめて、キーゼはしみじみと呟いた。
●
「そちらの揚げ物、おひとつくださいな」
アーモンド料理の売店で、シャロン・ラ・モリエールは店員から魚のフライを受け取った。
「んー、カリッとした食感が美味しい」
シャロンが熱々を頬張ったフライには、衣として刻んだアーモンドがまぶしてあり、軽快な食感を生み出していた。
「そういえばお師匠様が言っていたわ。シャルガネには花より団子って言葉があるって」
満開の花そっちのけで食事にいそしみながら、シャロンはふと自らの師の言葉を思い出す。
どういう意味かと尋ねたら、シャロンのような子のことだ、と言われたことも。
「あ、アーモンドミルク。一杯いただこうかしら?」
美容にいい、という売り子の謳い文句に釣られ、シャロンはアーモンドミルクを買い求める。
食べすぎが美容に与える影響はこの際、置いておこうと割り切って。
「ふわぁ……」
お腹が十分に満たされて眠くなったのか、シャロンは大きな欠伸を一つ。
アーモンドの木の根本で、尻尾の毛づくろいをして、そのまま午睡へと移った。
「ん~、良く寝た……ふわっ!?」
目覚めたシャロンの口の中に、突然、とろりとした甘味が広がった。
「って、ケン様!?」
シャロンの目に、ケンが伸ばした手が映る。
「よぉ、アーモンドのチョコレートを作ってみたんだが……味はどうだ?」
ケンは手作りのアーモンドチョコを、シャロンの口に放り込んでいたのだった。
●
「ちょっと出かけてくる! 場所取りはお願いね!」
「わっ、わっ、クレア!?」
駆けだしたクレア・エクレールに腕を引かれ、アンネエルカが驚きながらも後に続く。
「場所取りなら僕らに任せておいて。ごゆっくり」
「人が多いから迷子になるんじゃねぇぞ! それとしつこいナンパ野郎がいたら大声で呼べよ!」
走っていく二人を柔らかな微笑みで見送るセヴラン・クアルトと、やや過保護気味な言葉で送り出すアーシェル・G・クライン。
四人は連れ立ってアーモンドの花見に訪れていたのだ。
「しかしアーモンドの花は可憐だね。加えて実は美容や健康に良いとなれば、女性のためにあるような木だと思う」
セヴランは頭上で風に揺れるアーモンドの花を改めてしげしげと眺め、その愛らしさに感嘆する。
「さて、お嬢さんたちのためにとっておきの場所を探そう。ララ、行っておいで」
務めを果たすため、セヴランは感覚を共有した相棒の栗鼠を走らせ、自身は会場スタッフの女性に声をかけた。
「貴女の確かな目を信じたくて……ありがとう、もう一つ頂きます」
セヴランは買い物ついでにお勧めの花見スポットを尋ねているだけなのだが、気のせいかスタッフの女性はどことなく照れ臭そうな気配がある。
「よし、流石だなセヴラン。後はここで二人を待とうか」
「噂をすれば早速、戻ってきましたよ……おや?」
そうして確保された上々の席にアーシェルが機嫌を良くしていると、女性二人のために手持ちのブランケットで座席を用意していたセヴランが、戻って来た二人の姿に気付き、目を細める。
「じゃーん」
「お前たち……何て格好してんだ!?」
現れたクレアたち二人の服装を見て、アーシェルは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「へ、変だったかな?」
「いや、可愛いけどよ……! スカート短過ぎるし胸元開き過ぎだろ……」
スカートを手で押さえながら、かすかに頬を染めて恥ずかしがるアンネエルカ。
アーシェルの指摘通り、二人が揃いで着た服は大胆に太ももと胸元を覗かせた、ちょっぴり艶っぽい衣装で。
腰を飾るやはり丈の短いエプロンは、会場を彩るアーモンドの花にも負けない可愛らしさを演出していた。
「ただ買い物するだけじゃ面白くないし、売り子さんしてみないか、ってボクが誘ったの。スカート短い方が動きやすいでしょ?」
言われてみればなるほど、クレアの手にはミックスナッツや飲み物が並んだ番重が抱えられていた。
同じくアンネエルカも売り物を手にしている。
どうやら二人は会場のスタッフに手伝いを申し出ることで、売り子の衣装を借りたようだった。
「健康的かつ魅惑的で、花も霞んでしまうね。ほらアーシェル、そんな顔しないで」
柔和な笑みを見せたセヴランが、渋い顔のアーシェルを宥める。
アーシェルはその時、女性二人に思わず見惚れて足を止める花見客の男たちを睨みつけ牽制していた。
「はぁ、二人が楽しそうだからいいけどよ」
「えっと……はいこれ、お友達サービス!」
しょうがないな、とでも言いたげな顔で頭を掻くアーシェルに、アンネエルカが、ずいっ、と菓子を押し付ける。
「お、くれるのか」
「これ以上は別料金なの、ごめんなさいね」
アーシェルが差し出された菓子を手に取ると、それはアーモンド粉を使った焼き菓子だった。
売り子の手伝いというシチュエーションである以上、アンネエルカは商売っ気を出すのも忘れない。
春の陽気と、花に弾む心がそうさせてか、アンネエルカは恥ずかしがりながらも、この状況を楽しんでいるように見えた。
クレアと揃いの衣装を身に着けていることも、高揚感を生み出すのに一役買っていたかもしれない。
「買ってくれたら……そうね、クレアがあーんってしてくれるわよ」
「えっ? ……いや、そうだ。ボクからのアーモンドが食べられないの? はい、あーん」
アンネエルカの突然の振りに、クレアは一瞬、聞いてない、と言い出しそうな顔をするが、状況を飲み込んで乗って来た。
アーモンドを摘まんだクレアの手が、アーシェルの口元に近づいて――。
「クレアのご褒美付きなら全部買うぜ。ほらよ」
そのアーモンドをアーシェルがパクリ、と口にした。
ポリポリと噛むと、アーシェルの口いっぱいにアーモンド特有の香ばしさが広がる。
「お返しだクレア、口開けろ。アンネもだ。売り物の味を知らなきゃ、オススメも出来ねぇだろ?」
アーシェルは手にしたアーモンドを、クレアとアンネエルカそれぞれの口元に持って行く。
二人は驚きながらも、素直にそれを受け入れた。
よく見れば、クレアは顔を赤くしている。
先ほどクレアがアンネエルカの無茶振りに乗った際、照れ隠しの強がりもあったようだが、アーシェルはそのことに気づいていたのだ。
「はは、君たちを会場一番の売り子嬢にしようじゃないか。追加の注文もさせてもらうから、商品を取っておいで。仕事が落ちついたら乾杯しようね」
その様子を微笑ましく見守っていたセヴランが、土産にと言って、小分けにされたアーモンド菓子を注文した。
「俺は一緒に待とう。お前を一人にしたくねぇからな」
再び二人の背中を見送ることになったアーシェルは、隣に並ぶセヴランに、そっと杯を差し出す。
アーモンドの木々が伸ばした枝の間から、穏やかな春の日差しがアーシェルたちに降り注いでいた。
●
「悪いねえ、せっかくの花見なのに手伝わせちゃって」
「いえいえ! これも貴重な経験ですから! とても楽しいです」
申し訳なさそうなシリスに対し、ルウは胸の前でぎゅっと手を握って明るい声を出す。
「お二人はスタイルも良いし、売り子の衣装も良くお似合いですね」
ノノアの言うように、シリスとルウの二人は例のミニスカートとエプロンを身に着けていた。
かくいうノノアも売り子の服を見事に着こなしている。
どうやらこの三人も、売り子が忙しそうにしているのを見て、手伝いを申し出ていたらしい。
「どうだい、一つ食べてみないかい?」
シリスに呼び止められて、通りがかったベルク・オスマットが並べられたアーモンド料理を眺めている。
「そっち、商品は足りてるかしら?」
「あ、よければ補充お願いできますか?」
卓越した運動能力を生かし商品を運搬するノノアが、売り場に立つルウに声をかけ、残る商品を確認した。
「じゃあ調理場に行ってくるわね」
どっさり積み重ねて運んでいた荷物をその場に置き、ノノアは調理スペースへと向かう。
「ストレガさん、追加お願い」
「すぐに作るので、しばし待つといいのだ。先に出来ている料理を持って行っておいて欲しいのだ」
ノノアが注文を伝えたのはストレガ・L・リベルガストラ。
料理レシピの――もとい知の探究者だ。
ストレガがちらりと顔を向けた先をノノアが見れば、すでに様々なアーモンド料理が湯気を立てていた。
シンプルな酒のつまみにと、炒って塩を振ったアーモンドもあれば。
甘いデザートとして、水飴や蜂蜜をからめたアーモンドも用意してある。
さらに一手間、薄くカリカリに焼いたベーコンと、その油で焦がしたアーモンドの取り合わせや。
甘辛ソースで頂く、刻んだアーモンドを衣に用いた鶏肉や魚のフライ。
チーズと葉物野菜のおつまみサラダに、砕いたアーモンドをパラリと振ってアクセント。
繋ぎを入れた挽き肉にミックスナッツを混ぜて焼き上げ、シャルガネ風のソースで召し上がれ。
「そしてこれがご注文の品なのだ。おまちどうなのだ」
「ふふ、美味しそうね。では持って行きます」
ストレガが手早く調理を済ませたアーモンドバターライスを手に、ノノアは再び売り場へと戻っていった。
「しかしこの商人、商品だから当然とはいえ、とても良い宣伝を行っているのだ」
戦場のように忙しかった調理スペースに、ようやく手を休める時間が訪れて、ストレガは汗を拭きながらも、商魂たくましい商人に感心してみせる。
綺麗な花に心奪われれば、人々の財布の紐も緩もうというものだ。
「土産にもアーモンドを貰うのだ。持ち帰ってレシピの研鑽をするのだ」
そう、ストレガの探究はまだまだ続く。
「アーモンドバターライスはいかがですか? 出来立てのホカホカですよ」
売り場へと戻ったノノアは花見客たちに料理を販売していた。
ノノアの丁寧なおもてなしが花見客たちの評判を呼び、売り場にアーモンド料理を買い求める客が途絶えることはなかったという――。
●
スケッチブックにサラサラとペンが走り、描き出された線は、やがてアーモンドの花を成していく。
「アーモンドはこういう花なんですね。とても可愛らしいです」
スィーリーンによるスケッチだ。
装飾品を手作りするのが趣味のスィーリーンは、アクセサリーの参考にしようとアーモンドの花を観察していた。
他の花見客を邪魔しないように、できるだけ人混みからは離れた場所で。
「桜の花と似ているとも思いましたが、良く見れば違いがあるのも面白いですね」
シャルガネに咲く桜の花を思い浮かべながら、スィーリーンの手はアーモンドの花を細部まで記録していく。
桜は花と枝の間に花柄が伸びているのに対し、アーモンドは花が直接、枝に並んでいる。
似ているといっても、違いがあるからこそ、また異なった趣を楽しむことができるというものだ。
「ふぅ、一通り描けましたし、お料理を頂いてお花見といたしましょう」
スィーリーンが手を止めたときには、スケッチブックには愛くるしいアーモンドの花がいくつも咲いていた。
「甘いものは何かありませんか? 水飴でくるんだアーモンド? いいですね、おひとつ頂けますか」
売店へと向かったスィーリーンは、そこで売り子として立っていたノノアに声をかけ、アーモンド菓子を購入する。
「見て可愛くて、食べて美味しくて――アーモンド、とても素敵ですね」
スィーリーンは購入した水飴アーモンドを口にして顔をほころばせ、アーモンドの花を眺めながら、ゆっくりとした時間を過ごした。
●
「アーモンドの花は初めて見たけど、本当に桜の花にそっくりなんだな」
アルフィー・リッパーはアーモンドの花を見て、先日シャルガネを訪れた際に見た桜の花を思い出していた。
細かな違いはあれど、見分け方を教わらなければ取り違えてもおかしくないくらい、桜とアーモンドは花が似ていた。
「昔は、腹の足しにもならないもんを見て何が楽しいのかなんて思ったものだけど」
アルフィーの思考は、さらに過去の記憶を遡っていく。
「花を見ると心が豊かになるのよ……か」
そしてアルフィーの心に浮かんだのは、かつて聞いた言葉。
「それじゃお腹はいっぱいにならねーだろ、って俺が答えたら、でも気持ちが豊かになると自然と心穏やかになるわ、ってルーシェは言ったっけか」
生きることに精一杯だった当時のアルフィーには難しく感じた言葉も、今ならなんとなく分かる気がした。
こうして満開のアーモンドの花を見上げているだけで、どことなく安らいだ心地になるのだから。
「……とはいえ、お腹も膨れるに越したことはねーよな。せっかくこれだけ料理が並んでんだ、何か買うか」
漂ってくる美味しそうなアーモンド料理の匂いに誘われ、アルフィーもまた売店へと吸い寄せられていく。
アルフィーはふと、自分と同じようにオッドアイを持つハーフビーストの少女、ノノアの姿を売り子の中に見つけ、声をかけた。
「なにかオススメはあるか?」
「人気なのはお魚のアーモンドフライですね。いかがですか?」
アルフィーはノノアに代金を手渡して、代わりに魚の揚げ物を受け取った。
包みを通して、揚げ物の熱がほんのり手に伝わってくる。
「なるほど、こうして花を見ながら食べるメシは、余計に美味い気もするな」
揚げ物の衣に使われたアーモンドのサクサクとした歯触りを楽しみながら、アルフィーは花を咲かす木々の間を歩いた。
●
「うふふ、この季節はいいわねぇ、こういったお祭りがたくさんあって!」
エミリア・シバの心は浮かれていた。
「綺麗なお花を見ながら、美味しいお酒を飲む、最高の季節だわ!」
そう、エミリアは酒が飲める口実に喜んでいたのだ。
事実、会場には様々な酒類を取り扱った屋台が並んでいる。
これはもう、思う存分に飲めと言われているようなものではないか。
「少し前に桜っていう花も楽しんだけれど、アーモンドは匂いも違うし、合うお料理やお酒なんかも結構違いそうよねぇ」
そう言いながら、エミリアはすでに屋台で酒類の物色に入っていた。
「へえ、これ何? アーモンドをお酒に漬けたの? おねえさんに一杯もらえるかしら?」
エミリアは早速、珍しいアーモンド酒の販売に目を止める。
鋭い嗅覚により嗅ぎ取った変わった香りを追いかけて、この販売所を見つけ出したのだ。
「く~、こういう新しい出会いが何よりの楽しみよね」
ドワーフの製造する蒸留酒はそれだけでも貴重であるが、それにアーモンドを漬けたものとなれば、なおさら希少価値がある。
一息で飲み干しながらも、エミリアは味覚をフル稼働させて、しっかりとアーモンド酒を味わっていた。
深い味わいを持つ美酒が、五臓六腑に染み渡る――。
こうしてエミリアはさらなる出会い――もといお酒の発見を求め、酒類の屋台を渡り歩いたのだった。
●
「何だか面白そうな事をしてるじゃないか」
シルヴィア・A・カペルは、アーモンドの木の根元でゲームに興じるシリスとルウを見つけ、その様子を覗き込んだ。
シリスとルウの二人は売り子の手伝いも一段落したらしく、花見がてらゲームで交友を深めていたのだ。
「お、興味があるなら一緒にどうだい?」
「ならお言葉に甘えよう。私はシルヴィアだ。よろしくね」
仲間が増えることがよほど嬉しいのか、シリスは満面の笑みでシルヴィアをゲームに誘った。
「諸国を旅していた時、路銀が少なくなった先生が賭けでゲームをしてたのを思い出すな……」
シルヴィアにとって、ゲームにまつわる思い出といえば、かつて共に諸国を回った先生の記憶であった。
「何であの人あんなに強かったんだろう。ひょっとして年の功でイカサマしてたとか?」
「あはは、今回は賭けるものはないですし、お手柔らかにお願いしますね」
今になって先生の勝負運に疑問を覚えるシルヴィアへ、ルウが朗らかに笑う。
シリスが用意していたのは、瓶を振って中から転がり出た、花の形をした駒を盤上に置いていくゲームだ。
色とりどりの駒が、ボード上にも次々と花開いていく。
「その花をそっちに置いてくれたら、私も次の花を置くとき配慮するよ? 一緒にシリスを追い上げようじゃないか」
楽しむためのゲームだからこそ、シルヴィアも手は抜かない。
持ち前の洞察力と交渉技術を生かし、着実に手を進めていく。
「やあ、勝っても負けても楽しむつもりでいたが、やはり勝てたら嬉しいものだね」
勝負を決める一手を打った後、シルヴィアはにっこりと微笑んだ。
●
「わぁ、凄い……この間、皆で見に行った桜もよかったけど、アーモンドの花も負けないくらいに綺麗だね」
「先日、桜を見たばかりだけど、よく見ないと違いが判らないわね~」
花に囲まれた景色の美しさに歓声を上げるララベル・サン・ディーベルの隣で、アルラ・ニグラスが花をつけたアーモンドの枝に顔を寄せる。
見れば、二人の手はしっかりと繋がれており、そのことから親密な関係性が窺い知れた。
「確かに桜にも似てる……でも桜は皆との思い出だけど、この花は僕たちだけの思い出になるね」
ララベルは甘い台詞を口にしていて恥ずかしくなったのか、頬を染めている。
桜の花見に出かけたときは、たくさんの友人たちと一緒だった。
それも賑やかで楽しいのだけれど、何より今日は特別な人との二人きり。
すなわちデートともなれば、心も踊ろうというものだ。
「あっ、髪に花が」
小鳥が落とした花にふと気づいて、ララベルがアルラの髪へと手を伸ばす。
するとララベルはその手でアルラの顔を引き寄せ、チュッと唇を重ねた。
「あっ……」
不意に口づけを受けたアルラは、胸の高鳴りを感じ、思わず顔を赤くする。
名残惜しそうに唇が離れた後、ララベルの顔をまじまじと見ると、その頬にも朱が注がれていた。
「ご、ごめん、急に」
「ううん、嬉しいわ。ありがとう」
ララベルは頭を下げて不意打ちのキスを謝ろうとするが、アルラはふわりと微笑んでそれを制する。
「せっかくのデートなんだし、いっぱい楽しみましょ」
アルラはララベルの手を引いて、花見の会場を巡っていく。
時にはミックスナッツとお酒の誘惑に負けて長蛇の列に並んでみたり。
そうして並んだ列で人波に流され、アルラがララベルにしがみついてみたり――。
「ア、アルラ、胸があたって……」
「あらごめんなさい。でもベルも嫌いじゃないでしょ、こういうの」
こんな色っぽい一幕も、ララベルとアルラの二人にとっては、ままあることで。
アルラはアクシデントに乗じて、ララベルにべったりと甘えていた。
「美味しい……アルラと一緒だから余計にそう感じるよ。今日は来てくれてありがとう」
大切な人と並んで食べる戦利品のミックスナッツは、ララベルも格別な味わいを感じたようだ。
「どういたしまして。わたしもベルの隣で飲むお酒は格別だわ」
アルラの頬が上気しているのは、必ずしもお酒のせいだけではないだろう。
そのまま二人は肩を寄せ合って、それぞれの目に映る景色を共有する。
二人が同じ先を見つめる中で、アーモンドの枝に止まった二羽の小鳥が互いに体を寄せ合っていた。
●
「アーモンドの花は初めて見た、よ。白と桃色でとても綺麗、だね。なんて品種なのかな……?」
「あちらに会場スタッフの方がいますよ。聞いてみますか?」
ティトの呟きをセロンガード・シュタインドルフが拾い、腕章を付けた係員に尋ねかけた。
この二人も、連れ立ってアーモンド花見に訪れていた仲間どうしである。
「へえ、ここに植わってるだけでも、色々あるんだね」
係員から疑問の答えを聞いたティトは、感心したようにしきりに頷いている。
「アーモンドの花言葉は、希望、愚かさ、真心の愛、永遠の優しさ、無分別、なんだって」
「ふうん……真心の愛、ですか」
ティトが並べた花言葉の中に、セロンガードは気になるものを見つけて、そっと復唱した。
「実の方はあまり言葉は良くなかった、けど……花言葉のラインナップは好き、だよ。親子みたいで、いい」
しみじみと語るティトの言葉に、セロンガードは聞き入っていた。
好き、と囁いたのが花言葉に向けられたものであることは知りつつも、こういうのはどうにも気恥ずかしい。
「ここまで来て何も買わないのも勿体ないでしょう、買い物を楽しみましょうか」
気を取り直して、セロンガードは売店へ向かうことをティトに提案する。
そして二人はいっぱいの料理とお菓子、それに土産物を抱え、あらかじめ見繕ってあったアーモンドの木の根元に陣取った。
「ふわぁ、眠い」
アーモンド料理でお腹がくちくなったティトは、隣に座っていたセロンガードの肩にもたれかかる。
一瞬、それに驚いた顔を見せたセロンガードであったが、セロンガードは知っていた――。
ティトがセロンガードのことを、呼び捨てで呼びたがっていることを。
そして、セロンガードは忘れてはいなかった。
一緒に桜の花見に出かけた際、ひとっ走りしたいという理由でティトに理不尽に追い回されたことを。
そこで悪戯を思いついたような顔をしたセロンガードは、ちょっとした仕返しを企てる。
「ティト」
それは、セロンガードからティトの名前を呼び捨てにすることだった。
それまでスヤスヤと寝息を立てていたティトは、耳元で突然セロンガードに囁かれ、びくり、と飛び起きる。
「え、えと……?」
「よし、こうしましょう」
未だ事態が飲み込めないままでいるティトを、セロンガードはひょいと抱き上げ、自らの膝の上に乗せた。
「セ、セロン!?」
無意識のうちに、呼び捨ての名前がティトの口をついてでる。
「ふふ、驚かれました? この前の仕返しですよ」
そこまで口にして、セロンガードはふと気づいた。
しかしこれは特に仕返しになっていないのではないか、と。
(まあ……これも役得ということで)
とはいえセロンガードも、おかげでティトの可愛らしい反応を見ることができて、悪い気はしないのだった。
●
雲一つない快晴の続く花見会場の空の下、コルネリウス・アーラとイズレンディル・パラリムが並んでアーモンドの木の根本に腰を下ろしていた。
「張り切って少し作りすぎてしまったでしょうか?」
そう言ってコルネリウスが包みを広げたのは、花見に合わせて用意した、手作りアーモンド菓子の詰め合わせだ。
中身はアーモンドを丸ごと乗せたクッキーに、アーモンドの粉を使って焼き上げたケーキ、そして少しのアーモンドチョコレート。
「どれもとても美味しいですね! 全部は食べられそうにないので、コルネさんもたくさん召し上がってください」
イズレンディルはそれらを一つ一つ大事に味わった後、コルネリウスにニコッと笑いかけた。
「ふふっ、では私もたくさん食べますね」
それを見てコルネリウスも顔をほころばせ、チョコレートに手を伸ばす。
「コルネさん、お酒は飲まれますか?」
会場で購入してあったワインを取り出し、コルネリウスに勧めるイズレンディル。
ワインを注いだ杯からは、ほのかにアーモンドの香りが漂ってきた。
「はい、もちろん頂きます。こうしてイズさんとお酒を頂くのは初めてですね……とても良い香りです」
ワインに口をつけたコルネリウスから、ふぅ、と零れた吐息はなんだか熱っぽく。
その顔もどことなく紅潮しているように見える。
「私たちに綺麗な花を見せて頂きありがとうございます」
上を見上げ、花を愛でていたイズレンディルが、幹に触れて木へ感謝を伝える。
「私からもお礼を申し上げます……でもお花ばかりじゃなくて、私のこともちゃんと見てくださいね?」
それを真似て木に手を添えたコルネリウスが、悪戯っぽい笑みを見せる。
木に添えていた手を、そのままイズレンディルの手に重ねてきたコルネリウスに一瞬、目を丸くしたイズレンディルであったが――。
「私はコルネさんに夢中ですよ」
ややあって、イズレンディルはコルネリウスの手を握り返す。
そしてコルネリウスの額にそっとキスをした。
コルネリウスが顔を赤らめていると、その肩に小さな鳥が舞い降りる。
「おや、コルネさんにお届け物のようですよ」
小鳥が咥えているものを見て、イズレンディルが微笑んだ。
コルネリウスの肩に止まった小鳥の嘴には、アーモンドの花が咥えられていたのだ。
「あら……ふふ、妬かないでくださいね、イズさん」
アーモンドの花を受け取ったコルネリウスは、嬉しそうに小鳥の頭を撫でた。
小鳥と戯れるコルネリウスを、イズレンディルは優しく見守り続けたのだった。
●
満開のアーモンドの花に彩られた人々の賑わいは、一日の間中、途切れることはなく。
晴れの日に平素の疲れを癒したエルタ・リコの住人も、明日からまた日々の暮らしに励むのだろう。
季節は春――空を覆い尽くさんばかりのアーモンドの花の向こう、飛び立った小鳥が群れを成していた。
マスターコメント
お疲れ様でした。空色みなもです。
このたびは当シナリオにご参加頂き、誠にありがとうございました!
春ですねえ……おまけにもひとつ、春ですねえ。
皆様のプレイングに彩られ、リプレイも華やかになったのではないかな、と思います。
また皆さんにシナリオ参加して頂けるのを心よりお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
イベントシナリオ易しい 報酬:標準21 / 4〜25人
2021年04月03日 21時06分22秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
シルヴィアだ。よろしく頼むよ。 アーモンド菓子を食べながら花見の予定。 シリスと一緒にゲームもしてみたいな。
シーフのティト、です。 お世話になってる方はどうも。 はじめましての方はよろしく、ね。
スィーリーンと申します。よろしくお願いします。 とても可愛らしい花なのですね。 アクセサリー作りの参考にするのに、スケッチしてみようと思います。
アルフィー・リッパーだ。よろしく…。 この間見た桜と似ているけどまた違うんだな。 酒、は飲めないけど、この雰囲気を楽しもうと思う。ここにきたばかりだから顔見知りも作れると嬉しいかな。