明日の帝国代官は君だ!
馬車猪
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シナリオID:3427
オープニング
「私は帝国代官のセニャと申します」
桃髪の少女が壇上で静かに言う。
「この度は帝国代官志望の方への講義を任されました」
人も減ったがそれ以上に人材が払底した帝国をぎりぎりとはいえ維持してきた行政部門の人材だ。
冒険者もそれ以外の在野の人材からも強い苦情は出ない。
「現在の帝国には余裕がありません」
だから受講者に帝国法全般の知識と実務能力があるのを前提に講義を進めると桃髪代官は宣言した。
控えめに表現して滅茶苦茶である。
「最初の講義は代官業務における訴訟についてです」
受講者に配布されたのは訴訟の真っ最中の案件についての書類全てだ。
当事者それぞれが書いたとしか思えない書類があって非常に生々しい。
「判決が書ける方は今すぐ書いて提出して下さい。合格点ならその時点で帝国代官内定です」
代官の目は据わっている。
能力以上に広い地域を担当するしかなくこれまで何度も代わりの人材を帝国中央に求めた結果がこの扱いだ。
いろんな意味で限界寸前というかもう限界だ。
大型会議室の後ろで、採点担当の官僚複数が非常に良い笑顔で新人候補を眺めていた。
3時間後。
テストと講義とごく短い休憩を終えた部屋に講師が現れる。
「帝国代官のセニャと申します」
桃髪の少女が壇上で静かに言う。
「続いて代官業務における徴税管理および実務についての講義を行います」
講義は後4つ。
終了予定まで後12時間であった。
●
彼自身が目を通す必要がある報告書だけでも10を超えている。
レイウェストは1つめの報告書に目を通し、困惑と渋みの強い表情を浮かべた。
「代官養成が急務なのは分かるが」
「任に堪える人材の中で時間を捻出できたのは今のところセニャ代官だけです、殿下」
そう答えたのは残存する帝国官僚組織で頂点に近い場所にいる官僚だ。
崩壊状態だった帝国を満身創痍とはいえ復活させたレイウェストに心酔はしているができないものはできない。
「そうか」
頷いて2つめ以降の報告書に目を通す。
王国出身の代官が種族による差別をしているとか、王国出身の代官が住民の意向を無視した采配を続けているとか、王国出身の代官が出した判決に当事者全員が強い不満を持っているという内容の報告書だ。
「どうしたものかな」
管理地域の分割と返上と新規代官の赴任を強く求める書類も混じっていたがないものはない。
「彼女に対する論功行賞は……」
飢餓寸前の民を無人の農村に再入植させたりそこからの収穫物を分配し帝国軍用物資を調達したりと功績は大きい。
人口を考えなければ伯爵領複数相当の領域を今でも担当中だ。
しかし功の大きさに比例して罪も大きい。
平時なら最低でも帝国追放、普通なら身内まで累が及びかねない失政をやらかした問題児でもあった。
「手弁当での復興させてその10分の1を正規の担当地域として任せるという契約だったとか」
官僚は命令書の準備を始めている。
闇から闇に葬るのも、要求に全て応じるのも、次期皇帝であるレイウェストの一存で決めることができる。
「……爵位はなしだ」
レイウェストは1分ほど考えた後に結論を告げる。
「元貴族の末裔に当主就任を追認することはあっても新規の爵位発行はあり得ない」
彼が構想する帝国には必要ない。
特に、帝国法を熟知した上で悪用してきそうな差別主義者は絶対に駄目だ。
セニャが契約違反と抗議してきたら、こちらも契約違反を責めて黙らせるだけだ。
「代官を罷免はしない。正規の担当地域を任せる前に人の心を学ばせたいが……諸国漫遊でもさせるか?」
「レイウェスト様、残念ながら現在の帝国にはそのような余裕は……」
あれでも、能力相当の広さの担当地域なら帝国の許容範囲ぎりぎりでの統治はできる代官なのだ。
統治が雑かつ王国貴族派風になってしまっている最大の原因は、現在の担当地域が広すぎるという1点にある。
「そうだな。セニャ代官には引き続き現在担当中の地域と新人研修に尽力して貰おう」
レイウェストの言葉に、人材と人手の不足であえぐ官僚達は心底安堵していた。
●
「戦勝おめでとうございます」
冒険者ギルド職員は深く頭を下げる。
直接決戦に参加した冒険者でなくても、冒険者の活動は治安維持に繋がり間接的に決戦への貢献になっている。
「今回紹介させて頂くのは、帝国への求職活動が可能な依頼です」
試験を受けて合格すれば帝国の代官として採用される。
スキルのにみ問題があるなら将来の成長を期待して代官見習いとして採用されるし、帝国軍に入隊したいなら能力は冒険者である時点で条件を満たしているので帝国への忠誠を誓うだけで即採用だ。
「スキルだけが少し足りない場合は、数日おきに開講される講義を受ければ問題ないと思います」
講師が結構な問題人物なので、素人質問で恐縮ですが……で論破するのもいいだろう。
「これまで本当にお疲れ様でした。新しい舞台での活躍、期待してます」
職員は最後に、心から笑みを浮かべて冒険者を見送るのだった。
桃髪の少女が壇上で静かに言う。
「この度は帝国代官志望の方への講義を任されました」
人も減ったがそれ以上に人材が払底した帝国をぎりぎりとはいえ維持してきた行政部門の人材だ。
冒険者もそれ以外の在野の人材からも強い苦情は出ない。
「現在の帝国には余裕がありません」
だから受講者に帝国法全般の知識と実務能力があるのを前提に講義を進めると桃髪代官は宣言した。
控えめに表現して滅茶苦茶である。
「最初の講義は代官業務における訴訟についてです」
受講者に配布されたのは訴訟の真っ最中の案件についての書類全てだ。
当事者それぞれが書いたとしか思えない書類があって非常に生々しい。
「判決が書ける方は今すぐ書いて提出して下さい。合格点ならその時点で帝国代官内定です」
代官の目は据わっている。
能力以上に広い地域を担当するしかなくこれまで何度も代わりの人材を帝国中央に求めた結果がこの扱いだ。
いろんな意味で限界寸前というかもう限界だ。
大型会議室の後ろで、採点担当の官僚複数が非常に良い笑顔で新人候補を眺めていた。
3時間後。
テストと講義とごく短い休憩を終えた部屋に講師が現れる。
「帝国代官のセニャと申します」
桃髪の少女が壇上で静かに言う。
「続いて代官業務における徴税管理および実務についての講義を行います」
講義は後4つ。
終了予定まで後12時間であった。
●
彼自身が目を通す必要がある報告書だけでも10を超えている。
レイウェストは1つめの報告書に目を通し、困惑と渋みの強い表情を浮かべた。
「代官養成が急務なのは分かるが」
「任に堪える人材の中で時間を捻出できたのは今のところセニャ代官だけです、殿下」
そう答えたのは残存する帝国官僚組織で頂点に近い場所にいる官僚だ。
崩壊状態だった帝国を満身創痍とはいえ復活させたレイウェストに心酔はしているができないものはできない。
「そうか」
頷いて2つめ以降の報告書に目を通す。
王国出身の代官が種族による差別をしているとか、王国出身の代官が住民の意向を無視した采配を続けているとか、王国出身の代官が出した判決に当事者全員が強い不満を持っているという内容の報告書だ。
「どうしたものかな」
管理地域の分割と返上と新規代官の赴任を強く求める書類も混じっていたがないものはない。
「彼女に対する論功行賞は……」
飢餓寸前の民を無人の農村に再入植させたりそこからの収穫物を分配し帝国軍用物資を調達したりと功績は大きい。
人口を考えなければ伯爵領複数相当の領域を今でも担当中だ。
しかし功の大きさに比例して罪も大きい。
平時なら最低でも帝国追放、普通なら身内まで累が及びかねない失政をやらかした問題児でもあった。
「手弁当での復興させてその10分の1を正規の担当地域として任せるという契約だったとか」
官僚は命令書の準備を始めている。
闇から闇に葬るのも、要求に全て応じるのも、次期皇帝であるレイウェストの一存で決めることができる。
「……爵位はなしだ」
レイウェストは1分ほど考えた後に結論を告げる。
「元貴族の末裔に当主就任を追認することはあっても新規の爵位発行はあり得ない」
彼が構想する帝国には必要ない。
特に、帝国法を熟知した上で悪用してきそうな差別主義者は絶対に駄目だ。
セニャが契約違反と抗議してきたら、こちらも契約違反を責めて黙らせるだけだ。
「代官を罷免はしない。正規の担当地域を任せる前に人の心を学ばせたいが……諸国漫遊でもさせるか?」
「レイウェスト様、残念ながら現在の帝国にはそのような余裕は……」
あれでも、能力相当の広さの担当地域なら帝国の許容範囲ぎりぎりでの統治はできる代官なのだ。
統治が雑かつ王国貴族派風になってしまっている最大の原因は、現在の担当地域が広すぎるという1点にある。
「そうだな。セニャ代官には引き続き現在担当中の地域と新人研修に尽力して貰おう」
レイウェストの言葉に、人材と人手の不足であえぐ官僚達は心底安堵していた。
●
「戦勝おめでとうございます」
冒険者ギルド職員は深く頭を下げる。
直接決戦に参加した冒険者でなくても、冒険者の活動は治安維持に繋がり間接的に決戦への貢献になっている。
「今回紹介させて頂くのは、帝国への求職活動が可能な依頼です」
試験を受けて合格すれば帝国の代官として採用される。
スキルのにみ問題があるなら将来の成長を期待して代官見習いとして採用されるし、帝国軍に入隊したいなら能力は冒険者である時点で条件を満たしているので帝国への忠誠を誓うだけで即採用だ。
「スキルだけが少し足りない場合は、数日おきに開講される講義を受ければ問題ないと思います」
講師が結構な問題人物なので、素人質問で恐縮ですが……で論破するのもいいだろう。
「これまで本当にお疲れ様でした。新しい舞台での活躍、期待してます」
職員は最後に、心から笑みを浮かべて冒険者を見送るのだった。
解説
このシナリオは、帝国に就職を希望することが可能なシナリオです。
プレイングにおいて【帝国代官就職希望】あるいはそのように理解できる文言が記載されており、条件を満たしていた場合、称号を付与いたします
【帝国軍人就職希望】や【帝国貴族就任希望】するのも可能です
採用の条件は以下の通りとなります。
・共通の必須条件
帝国への忠誠を誓うこと
他国の役職を手放すことが最低限必要です。他国人の親類との親類づきあいはしても構いません
・帝国代官
冒険者レベル40以上、または代官業務に使えそうな一般スキルをレベル5以上で2つ装備。プレイングで条件が緩和されます
・帝国軍人
共通の必須条件だけ満たせばOKです。どんな仕事につくか、どこまで出世できるかは能力と活躍次第
・帝国貴族
帝国代官の条件を満たした上で、帝国貴族の一族出身であることの公認済設定を所持していること
●登場人物
・レイウェスト
冒険者に直接会って代官や軍人や貴族に任命します
・セニャ
ヴィントで1日おきに講義を行っています。冒険者は全ての講義をいつでもどれでも受けることができます
担当中の科目は訴訟、徴税、組織運営、土木・建築、高級官僚としての一般教養
代官が増えないと激務は続くし正規の担当地域も貰えないので必死です
●他
リプレイでの描写は基本的に、講義を受ける場面か、レイウェストに叙任される場面か、任地へ向かう場面のどれかになります
マスターより
セニャのシナリオ登場はこれで最後になります
ここまで来ることができたのは参加者の皆さんのおかげです
本当にありがとうございました
リプレイ
●
セニアーラ・リーラントの最終学歴は存在しない。
敢えて表記するならパンクリアース学園中退だが、中退は中退でしかない。
「ありがとう。良い質問でした」
なお、王国の有力伯爵の後継者候補だったので王国での統治実務経験もある。
少々学問ができる程度の代官候補の質問程度、精神的に致命傷寸前のダメージを与えつつ回答できる。
細い腕が優雅に挙手する。
セニャが静かに促すと、ヴィノニスが起立し真面目な顔で質問を始めた。
「素人質問で恐縮なのですが、かわいい男の子を愛でたいなと思った時にターゲットは何歳ぐらいまで許されるのでしょうか?」
冗談と思った代官候補達が軽く笑ったり顔をしかめたりする。
しかし講師の表情は真剣なままだ。
「重要な質問ですね。法と慣行でどこまで許されるかは皆さんなら当然判断できるでしょうが、代官という立場を利用した強制になる可能性も……」
「いえ、わたしは代官になるつもりはないわよ」
ヴィノニスの言葉を認識した直後、セニャはにっこり笑って手袋を外して全力投擲した。
●
「よぉ! 元気そうで安心したぜ!」
ハヤト=ガラン=ヴォルファングは大笑いしそうになるのを我慢している。
ここは講義室から少し離れたロビー。
セニャとヴィノニスの喧嘩っぽいものの勃発で講義が中断され、講義室では高位の官僚が代わりに講義を継続している。
「代官志望というタチでもないでしょ。何をしにヴィントまで来たの」
危地で肩を並べて戦ったこともあるのでセニャの言葉に遠慮はない。
「婚約者とうまくいってるのかも確かめにな。仕事にかまけて縁が切れるってのは良くあることだぜ」
ハヤトの笑いに揶揄いが加わる。
「余計なお世話よ。状況が落ち着き次第結婚も子作りも……何よその顔」
「いやマジで気を付けた方がいいぜ。冗談のつもりだったが現実に有り得るんだからよ」
真顔で心配するハヤトに、セニャは精神的大打撃を受け目が虚ろになる。
「それとヒューマン至上主義な所も少しは直しとけよ」
帝都崩壊から始まった騒乱の最後の決戦でも活躍したハヤトの言葉は重い。
「あら怖い。梃入れしないとヒューマンが転落してしまうかもしれないわね」
主に戦場の外で功績があるセニャは本音を混ぜた冗談を飛ばす。
セニャもハヤトも、直近で大きな成果をあげているので一方的に論破できる力関係ではない。
「相変わらずだな」
「人間の根幹部分はそうそう変わらないわよ」
「ま、何かあれば頼ってくれて構わねぇぜ。セニャが変わらねぇなら領地の統治でどうせ揉めるだろ。武力が必要になれば腐れ縁のよしみで傭兵団として安く請け負ってやるぜ♪」
「それ、相場に比べれば安いけど相場が高額って奴でしょ」
セニャは力なく肩を落とし、拒絶はせずに連絡先を渡していた。
「帝国に忠誠を誓うつもりは毛頭ないのでしょ? なのに国籍まで変えるなんて大概アナタも苦労してるのねぇ」
年の功でセニャからの喧嘩を躱したヴィノニスが、身内のおばさんムーブでセニャをつつく。
ヴィノニスは貴族指定の家庭教師なら十分にこなせる自信も実力もあるが、かなり高位の役人である代官としてはちょっと不向きという自覚があるので講義を受けたのも就職ではなく知識を深めるのとセニャに会うのが目的だ。
「ジョセフくんの教育方針どうする?」
「どうするって、私は実家と断絶状態だからあなたがリーラント家に就職するのを防げないわね。あなたに就職できる実力があればだけど」
大事な甥についての話なのでセニャの目つきは鋭い。
「必要なスキルは追々覚える。大丈夫、ワタシ記憶力と教導力には自信あるから」
ヴィノニスは余裕たっぷりだ。
「あなたが心配するようなことにはならないと思うわよ。彼を見ていたいのは5年か10年ぐらいだもの。顔がいいから」
「私にもっと権力があればこの場で……」
ぐぬぬと不穏に唸るセニャであった。
●
壇上から渡そうとしたら無理な姿勢になるので、次期皇帝であるレイウェスト・バルダスは壇上から降りた上で少し中腰気味の姿勢で代官叙任を証明する書類を渡す。
凄まじい身長差があるため、骨に染みつくほど作法が身に付いているレイウェストでも少し無理がある姿勢だ。
「アルマ・ヴァレンタインを代官に叙する。帝国を選んでくれて感謝する」
あらゆる分野に詳しい授恵者は非常に貴重だ。
教導や政治知識についてはセニャの上位互換だし、個別の分野にも習熟し調理に至っては超越の1歩手前だ。
「大きな戦は終わりましたのでこれからが復興の本番です、浅学非才の身ではありますがお役に立てればと」
帝国の高官が居並ぶ叙任式に通用する猫を被る程度、アルマにとっては朝飯前だ。
「個人的には友の援護を頼みたい所だが」
レイウェストはアルマについての話をリットから何度も聞いている。
能力は十分以上で多少ある癖も許容可能と判断している。
「リットく……んんっ、リット代官の担当地域は安定しています。私が派遣されるのは別の場所になると覚悟しています」
察したアルマも少しだけ対応を変える。
なお、恭しく頭を下げたままなのでレイウェストは体勢的に苦しそうだ。
「期待している」
叙任を終えてアルマから離れ姿勢をいつものそれに戻したとき、レイウェストは目立たないよう安堵の息を吐いていた。
「フリーダ=ブロムヴィスト。帝国代官としての働きに期待する」
アルマのときと比べて熱が少なくようにも見えるのは、フリーダ=ブロムヴィストの言動が独特だからかもしれない。
未来に生きている気配があるとかないとかいう程度の話ではなく異なる世界観が混じっているのかと疑う水準だ。
「はい。頑張ります」
授恵者としても素晴らしく強く、教導的な技術も非常に高い。
フリーダへの代官叙任に反対する部下は1人もいなかったのが少し怖くも感じられる。
レイウェストは面接時のフリーダを思い出す。
「王国も改革は進んでいるとは言え狭き門ですし、チャンスを得るなら帝国と考えました」
代官からの冒険者ギルドを介した依頼での貢献など、代官として採用する理由は十分だ。
「頼むぞ」
以前見かけたときより独特さが薄れている気はするので、レイウェストはこれ以上は気にせず信頼と期待をすることにした。
レイウェストは数日前のことを思い出す。
「……半ば絶縁状態の母方家系が本当に貴族だったのか、しかも全滅。母上行方不明だし生きていても爵位なんて興味ないだろうからすっ飛ばして我が貰う事ってでき……そうだな。やるか」
戦場でもそれ以外でも隠密として実績を積み上げてきたベルク・オスマットが、自身の血筋を証明するものを資料庫で見つけていた。
同席して相談を受けている高級官僚も戸惑いを隠せていない。
「領地はいらんから法衣貴族あたりになって陛下の手助けをできるといいのだが」
「この機会に領地を整理しておかないと後で面倒なことに……」
「それもそうか」
ベルクは政治に関わらないが、それは政治を深く理解しているからできることだ。
高級官僚の言い分をすぐに理解して落とし所を探る。
「北壁に拘り? 征竜が堕ちた今、防人はその役目を終えた今後は陛下のため帝国の防人足らんとするだけである。……今の帝国に選り好みする余裕はなかろう。便利に使え」
普段見ないベルクの様子にレイウェストが混乱する。レイウェストの態度に気付かないふりをして、ベルクは包み隠さず自らとその血についての情報を帝国に渡した。
そして現在。
「ベルク・オスマットのガーズィ男爵位継承を認め、帝国代官に叙する」
深々と頭を下げるベルクにレイウェストが言い渡す。
信頼も信用もしてはいるが、レイウェストが慣れるまで時間がかかりそうだった。
叙任もその式も重要な政治。
その中でも特にレイウェストの意向が強いのがこの場面だ。
「これから先もレイウェスト様の為、新生帝国の為、民の為に代官として尽くしたいと考えております」
由緒正しい帝国子爵家の生き残りであり実力と実績を兼ね備えたナハト・シュライバーが次期皇帝が言うことに大きな意味がある。
「パンクリアース学園を今年の3月に卒業できる見込みですので、正式に着任するにはそれからになります。帝国貴族ではありますが、これからの帝国に不要とあれば爵位もお返し致します」
爵位を返上しても良いと唯一の生き残りが表明するのは、レイウェストの構想に対する熱烈な賛同の表明だ。
「任地に関しては希望はありません。命じられればすみやかに向かい任を果たします。……任地が落ち着いて僕自身ももっと成長したら中央で陛下をお支えできるよう頑張りたいです」
最後の部分はナハトの本音だ。
王国が中央集権に向かっているのを肌で感じているナハトは、帝国も再び帝国に権力を集中すべきと考えているのかもしれない。
「ナハト・シュライバーを代官に叙する。シュライバー子爵家の代々の忠勤はよく知っている。今代まで地位にふさわしい働きを続けてきたこと、実に見事である」
レイウェストからの先祖と家族とナハトに対する称賛に、ナハトは静かに頭を下げ熱い涙をこらえた。
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは伯爵位もネーベルベルクの地も手放す気はない。
肉親が残した民のため、果てた肉親の志のため、何よりアウレーリア自身の誇りの為に必要なのだ。
(殿下はここまで成長していたか)
アウレーリアを非難するつもりはないとはいえ、王国と同じかそれ以上に中央集権を進める意図が明白だ。
その流れに積極的に乗ろうとするナハトを非難する気はない。
家名を高め、より遠い未来まで残すつもりなら、ナハトの動きこそが最大効率なのだ。
「アウレーリア・フォン・ネーベルベルクのネーベルベルク伯爵位継承を認め、帝国代官に叙する」
「帝国とレイウェスト様に終生の忠誠を誓います」
アウレーリアの態度は新当主として完璧だった。
(忠誠、か……。皇家の失政で故郷と肉親を喪った私にとって、バルダスは仇。皇帝・宰相を弑し、帝冠を砕き、旧体制を悉く打倒してなお)
胸に燻るものは熱く、冷える気配は皆無だ。
(帝国は未だ在る。殿下個人に悪感情は全く無いが……)
強い思いは消そうと思って消すことのできるものではない。
(いつか再び暗君が立ち、故郷を焼く前に。影響力を切り離す)
数十年かけてもできるかどうか分からない。
アウレーリアはこの先帝国と事を構えて戦禍を持ち込む心算もない。
自らの構想を実現するために、実家の爵位と土地の継承を続けるつもりだ。
「アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトのシュタールシュヴェーアト侯爵位継承を認め、帝国代官に叙する」
爵位と担当地域の広さは比例しないとはいえ侯爵の称号はかなり重い。
古参の支持者に対してはレイウェストも少しは甘くなるのかもしれない。
「名に恥じぬ働きを期待する」
今アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトに許される担当範囲はシュタールシュヴェーアト地方全てを治めるには足りない。名実共に侯爵になるには時間と努力と成果が必要だ。
「レイウェスト陛下、このアルベルト、今後とも陛下の騎士として全力を尽くす所存であります」
政治知識は十分なので自らがおかれた状況を理解できてはいるが、アルベルトは自身の決意を公の場で表明することを優先する。
レイウェストもアルベルトの忠誠心は疑っていない。
「可能であれば、セニャとの結婚について正式に許可を頂きたい!」
問題はこれだ。
明らかな差別主義者に侯爵夫人という立場を与えるのは帝国にとってよろしくない。
アルベルトやその後継者があれの影響を受けると危険でもある。
「侯爵の決意はよく分かった」
「では!」
目を輝かせるアルベルトとは対照的に、頷くレイウェストは冷静でアルベルトを気遣う気配がある。
「セニャ、随分と待たせてしまったね、さあ俺たちの結婚式を挙げよう」
アルベルトは許可を取って別の方向を見て呼びかける。
セニャは代官の中でも影響力が強い方で、席次もかなり上の方で距離が近い。
(本当に頼むぞ。忠臣を切り捨てたくはない)
(この忙しい所に何してくれてるのよ一番上から言質を得たのは嬉しいけど! とっても嬉しいけど旦那様ぁ!!)
セニャが儚げに涙を浮かべているのは演技でもあり本音でもあった。
会場が落ち着くまで多少の時間が必要だった。
貴族と代官についての叙任の儀式は終わり、後は帝国軍人についての式典だ。
めざましい功績を挙げて昇進する者。
長年の功績を称えられ勇退を認められる者。
極一部ではあるが帝国軍人になったことを祝われる者もいた。
「征竜は堕ちましたが、クリーパーやらはまだ多く帝国もまだ復興の途上、なれば軍に入りて少しでも帝国の民の安寧のために」
姉と発言内容を似せているのは意図的なものだ。
オスマットの一員として帝国に忠誠を尽くすため、ヤウズ・オスマットは新たな帝国軍人の代表の1人としてここにいる。
丁寧に儀式を進行するレイウェストとは逆に帝国軍の将官級は非常に盛り上がっている。
数十年後、あるいはもっと早くに自らの後を任せられそうな人材が何人も入隊したのだ。
非常に興味はあるしできれば手元において徹底的に鍛えたい。
「希望する任地はあるか」
レイウェストは半ば以上助け船のつもりで希望をきく。
「はい」
希望する順に近衛、帝都、北方、東方、西方、南方だ。
近衛は陛下の守りに関われるから。
帝都も間接的には陛下の守りなり、他は脅威度や帝国にとっての重要度から判断した。
「北はクリーパー、東はまず敵対は無いでしょうが人馬、西は壊滅した状況と過激派残党、南は王国と……」
レイウェストから問いかけに応じて話しているうちにふと気付く。
(東と西逆にすべきでしたかねこれ? よく考えたら西の方が危険度高いような?)
無論、迷いや動揺を顔に出すほど温くはない。
そんな態度にますます機嫌を良くした将官級が、厳かな態度のまま奪い合いを始めてレイウェストにじろりと睨まれていた。
「人類を、帝国の民を守るため、私の全てを賭ける所存です」
ミツキ・アインホルンが助け船を出す。
もともと次はミツキの番だったので非礼にはあたらないしレイウェストも頷いて追認する。
「希望する任地はあるか」
レイウェストの目には再度の助け船を期待する色がある。
「『最も民が困っている』場所へ。戦闘での脅威にさらされているのであれば、戦力として。物資で困っているのであれば兵站構築担当として。人が足りぬのであれば労働力として。求められればなんでも身に着けます」
軍人達が今度は目立たないよう喜び、それに官僚達からの怨嗟の視線が突き刺さる。
地に足ついた考えを持つ熟練授恵者でしかも高い視点からも見ることのできる人材は本当に貴重なのだ。
(帝国崩壊の理由は分かった。ならば、私のすべき事は一つ。二度と同じような悲劇を起こさせない事)
ミツキは固く決意している。
(ここまでも、十分に活躍できたかというと、決してそうではない。むしろ力不足の場面が多かった。ならば、これまで以上に鍛錬と経験を積んで、今度こそ全てを守り切る)
軍という組織をも乗りこなし、ようやく訪れた平和を少しでも長く続けさせる。
それがミツキの覚悟であり、これからの生き方だ。
配属先についての紛糾は必至だが、政治的にも軍事的にも難しい土地へ向かわされるのは間違いない。
レイウェストが叙任式の終了と宴の始まりを告げる。
復興中の帝国では大勢が移動して1箇所に集まるのも大変だ。
良いものを食べて英気を養うのも、機会を活かして面識を得るのも、情報を交換するのも重要で大変なのだ。
「お疲れさんだ。これからが本番だろーからよ、力が必要とあらばブレイブファング傭兵団にご用命を……ってな♪」
決戦での殊勲者の一人として参列していたハヤトがにやりと笑うと、レイウェストは立場にふさわしい風格を伴って微かに微笑むのだった。
●
「助かるけどいいの?」
物理的にも能力的にも広すぎる担当地域の一部をようやく手放すことができたセニャは、安堵と気遣いが複雑に混じった態度だ。
「手に余る分を、能力に応じ引き受けて差し上げるだけですが」
アウレーリアは、引き受けた土地が元ネーベルベルク領に隣接していていずれは通商路や交易拠点になる可能性大であることを指摘はしない。
知や経験は力だ。より強いアウレーリアがより大きな利を得るのは帝国では当然かもしれない。
なお、2人からの提案を認めたレイウェストは、能力的に限界のセニャに任せ続けるか独自の思惑があるアウレーリアに任せるか村長が限界の代官を使うか最後まで悩んでいたらしい。
(うん、まぁ……残当かな?)
隠密ではなく代官としての服装で随員も伴っているベルクは、セニャの反応を確認して納得する。
以前から予測はしていたがセニャの器は王国では伯爵、帝国ではせいぜい男爵程度だ。
本人も薄々理解しているから致命的な失敗をする前に土地の大部分を手放そうとしたのだろう。
(お姉ちゃん)
真新しい近衛用の装束に身を包んだヤウズが、態度は近衛の見習いとして十分以上の態度を維持したまま姉だけに聞こえる声を届けてくる。
お互い初めての仕事だ。信用も信頼もしているが心配にもなる。
「陛下には感謝しかない」
最低でも数年は帝国中を駆け回ることが確定しているベルクが、結婚が確定し浮かれているセニャをもう一度だけ見て仕事に戻った。
(これで一区切りですね)
フリーダはトレードマークともいえる神材製の剣を腰に下げ、代官が率いるにしては少ない随員と共に移動する。帝国の台所事情はこういう所にも現れている。
(啓示も最近はあまり来なくなりましたし、私の役目も終わったという事でしょうか? ……啓示にあった『周回』というのは良くわかりませんが)
そう考えたタイミングでセニャと目があったのはおそらく偶然ではない。
「あなたも普通に戻っ……普通に少し近付いたかしら」
「セニャ様にも自覚があったのですか」
「ここ数年、常識外の頻度でトラブルに巻き込まれていたもの。そのうち貴方達に助けられた回数と割合を覚えてる? 私は一生忘れられないわよ」
お互いよく五体満足で生き残ったね、と言葉にせず通じ合う。
「偶然かもしれませんよ?」
「偶然か神様かそれ以外かは知らないけどトラブルはトラブル。恩は恩よ」
冒険に挑んで成功をつかみ取る。
これまで繰り返してきたことだ。
「またね」
「はい。また」
お互いの健闘をそれぞれ別の何かに祈り、セニャも冒険者もそれぞれの道を歩きだす。
距離は離れても、戦い抜いた日々が消えることはない。
セニアーラ・リーラントの最終学歴は存在しない。
敢えて表記するならパンクリアース学園中退だが、中退は中退でしかない。
「ありがとう。良い質問でした」
なお、王国の有力伯爵の後継者候補だったので王国での統治実務経験もある。
少々学問ができる程度の代官候補の質問程度、精神的に致命傷寸前のダメージを与えつつ回答できる。
細い腕が優雅に挙手する。
セニャが静かに促すと、ヴィノニスが起立し真面目な顔で質問を始めた。
「素人質問で恐縮なのですが、かわいい男の子を愛でたいなと思った時にターゲットは何歳ぐらいまで許されるのでしょうか?」
冗談と思った代官候補達が軽く笑ったり顔をしかめたりする。
しかし講師の表情は真剣なままだ。
「重要な質問ですね。法と慣行でどこまで許されるかは皆さんなら当然判断できるでしょうが、代官という立場を利用した強制になる可能性も……」
「いえ、わたしは代官になるつもりはないわよ」
ヴィノニスの言葉を認識した直後、セニャはにっこり笑って手袋を外して全力投擲した。
●
「よぉ! 元気そうで安心したぜ!」
ハヤト=ガラン=ヴォルファングは大笑いしそうになるのを我慢している。
ここは講義室から少し離れたロビー。
セニャとヴィノニスの喧嘩っぽいものの勃発で講義が中断され、講義室では高位の官僚が代わりに講義を継続している。
「代官志望というタチでもないでしょ。何をしにヴィントまで来たの」
危地で肩を並べて戦ったこともあるのでセニャの言葉に遠慮はない。
「婚約者とうまくいってるのかも確かめにな。仕事にかまけて縁が切れるってのは良くあることだぜ」
ハヤトの笑いに揶揄いが加わる。
「余計なお世話よ。状況が落ち着き次第結婚も子作りも……何よその顔」
「いやマジで気を付けた方がいいぜ。冗談のつもりだったが現実に有り得るんだからよ」
真顔で心配するハヤトに、セニャは精神的大打撃を受け目が虚ろになる。
「それとヒューマン至上主義な所も少しは直しとけよ」
帝都崩壊から始まった騒乱の最後の決戦でも活躍したハヤトの言葉は重い。
「あら怖い。梃入れしないとヒューマンが転落してしまうかもしれないわね」
主に戦場の外で功績があるセニャは本音を混ぜた冗談を飛ばす。
セニャもハヤトも、直近で大きな成果をあげているので一方的に論破できる力関係ではない。
「相変わらずだな」
「人間の根幹部分はそうそう変わらないわよ」
「ま、何かあれば頼ってくれて構わねぇぜ。セニャが変わらねぇなら領地の統治でどうせ揉めるだろ。武力が必要になれば腐れ縁のよしみで傭兵団として安く請け負ってやるぜ♪」
「それ、相場に比べれば安いけど相場が高額って奴でしょ」
セニャは力なく肩を落とし、拒絶はせずに連絡先を渡していた。
「帝国に忠誠を誓うつもりは毛頭ないのでしょ? なのに国籍まで変えるなんて大概アナタも苦労してるのねぇ」
年の功でセニャからの喧嘩を躱したヴィノニスが、身内のおばさんムーブでセニャをつつく。
ヴィノニスは貴族指定の家庭教師なら十分にこなせる自信も実力もあるが、かなり高位の役人である代官としてはちょっと不向きという自覚があるので講義を受けたのも就職ではなく知識を深めるのとセニャに会うのが目的だ。
「ジョセフくんの教育方針どうする?」
「どうするって、私は実家と断絶状態だからあなたがリーラント家に就職するのを防げないわね。あなたに就職できる実力があればだけど」
大事な甥についての話なのでセニャの目つきは鋭い。
「必要なスキルは追々覚える。大丈夫、ワタシ記憶力と教導力には自信あるから」
ヴィノニスは余裕たっぷりだ。
「あなたが心配するようなことにはならないと思うわよ。彼を見ていたいのは5年か10年ぐらいだもの。顔がいいから」
「私にもっと権力があればこの場で……」
ぐぬぬと不穏に唸るセニャであった。
●
壇上から渡そうとしたら無理な姿勢になるので、次期皇帝であるレイウェスト・バルダスは壇上から降りた上で少し中腰気味の姿勢で代官叙任を証明する書類を渡す。
凄まじい身長差があるため、骨に染みつくほど作法が身に付いているレイウェストでも少し無理がある姿勢だ。
「アルマ・ヴァレンタインを代官に叙する。帝国を選んでくれて感謝する」
あらゆる分野に詳しい授恵者は非常に貴重だ。
教導や政治知識についてはセニャの上位互換だし、個別の分野にも習熟し調理に至っては超越の1歩手前だ。
「大きな戦は終わりましたのでこれからが復興の本番です、浅学非才の身ではありますがお役に立てればと」
帝国の高官が居並ぶ叙任式に通用する猫を被る程度、アルマにとっては朝飯前だ。
「個人的には友の援護を頼みたい所だが」
レイウェストはアルマについての話をリットから何度も聞いている。
能力は十分以上で多少ある癖も許容可能と判断している。
「リットく……んんっ、リット代官の担当地域は安定しています。私が派遣されるのは別の場所になると覚悟しています」
察したアルマも少しだけ対応を変える。
なお、恭しく頭を下げたままなのでレイウェストは体勢的に苦しそうだ。
「期待している」
叙任を終えてアルマから離れ姿勢をいつものそれに戻したとき、レイウェストは目立たないよう安堵の息を吐いていた。
「フリーダ=ブロムヴィスト。帝国代官としての働きに期待する」
アルマのときと比べて熱が少なくようにも見えるのは、フリーダ=ブロムヴィストの言動が独特だからかもしれない。
未来に生きている気配があるとかないとかいう程度の話ではなく異なる世界観が混じっているのかと疑う水準だ。
「はい。頑張ります」
授恵者としても素晴らしく強く、教導的な技術も非常に高い。
フリーダへの代官叙任に反対する部下は1人もいなかったのが少し怖くも感じられる。
レイウェストは面接時のフリーダを思い出す。
「王国も改革は進んでいるとは言え狭き門ですし、チャンスを得るなら帝国と考えました」
代官からの冒険者ギルドを介した依頼での貢献など、代官として採用する理由は十分だ。
「頼むぞ」
以前見かけたときより独特さが薄れている気はするので、レイウェストはこれ以上は気にせず信頼と期待をすることにした。
レイウェストは数日前のことを思い出す。
「……半ば絶縁状態の母方家系が本当に貴族だったのか、しかも全滅。母上行方不明だし生きていても爵位なんて興味ないだろうからすっ飛ばして我が貰う事ってでき……そうだな。やるか」
戦場でもそれ以外でも隠密として実績を積み上げてきたベルク・オスマットが、自身の血筋を証明するものを資料庫で見つけていた。
同席して相談を受けている高級官僚も戸惑いを隠せていない。
「領地はいらんから法衣貴族あたりになって陛下の手助けをできるといいのだが」
「この機会に領地を整理しておかないと後で面倒なことに……」
「それもそうか」
ベルクは政治に関わらないが、それは政治を深く理解しているからできることだ。
高級官僚の言い分をすぐに理解して落とし所を探る。
「北壁に拘り? 征竜が堕ちた今、防人はその役目を終えた今後は陛下のため帝国の防人足らんとするだけである。……今の帝国に選り好みする余裕はなかろう。便利に使え」
普段見ないベルクの様子にレイウェストが混乱する。レイウェストの態度に気付かないふりをして、ベルクは包み隠さず自らとその血についての情報を帝国に渡した。
そして現在。
「ベルク・オスマットのガーズィ男爵位継承を認め、帝国代官に叙する」
深々と頭を下げるベルクにレイウェストが言い渡す。
信頼も信用もしてはいるが、レイウェストが慣れるまで時間がかかりそうだった。
叙任もその式も重要な政治。
その中でも特にレイウェストの意向が強いのがこの場面だ。
「これから先もレイウェスト様の為、新生帝国の為、民の為に代官として尽くしたいと考えております」
由緒正しい帝国子爵家の生き残りであり実力と実績を兼ね備えたナハト・シュライバーが次期皇帝が言うことに大きな意味がある。
「パンクリアース学園を今年の3月に卒業できる見込みですので、正式に着任するにはそれからになります。帝国貴族ではありますが、これからの帝国に不要とあれば爵位もお返し致します」
爵位を返上しても良いと唯一の生き残りが表明するのは、レイウェストの構想に対する熱烈な賛同の表明だ。
「任地に関しては希望はありません。命じられればすみやかに向かい任を果たします。……任地が落ち着いて僕自身ももっと成長したら中央で陛下をお支えできるよう頑張りたいです」
最後の部分はナハトの本音だ。
王国が中央集権に向かっているのを肌で感じているナハトは、帝国も再び帝国に権力を集中すべきと考えているのかもしれない。
「ナハト・シュライバーを代官に叙する。シュライバー子爵家の代々の忠勤はよく知っている。今代まで地位にふさわしい働きを続けてきたこと、実に見事である」
レイウェストからの先祖と家族とナハトに対する称賛に、ナハトは静かに頭を下げ熱い涙をこらえた。
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは伯爵位もネーベルベルクの地も手放す気はない。
肉親が残した民のため、果てた肉親の志のため、何よりアウレーリア自身の誇りの為に必要なのだ。
(殿下はここまで成長していたか)
アウレーリアを非難するつもりはないとはいえ、王国と同じかそれ以上に中央集権を進める意図が明白だ。
その流れに積極的に乗ろうとするナハトを非難する気はない。
家名を高め、より遠い未来まで残すつもりなら、ナハトの動きこそが最大効率なのだ。
「アウレーリア・フォン・ネーベルベルクのネーベルベルク伯爵位継承を認め、帝国代官に叙する」
「帝国とレイウェスト様に終生の忠誠を誓います」
アウレーリアの態度は新当主として完璧だった。
(忠誠、か……。皇家の失政で故郷と肉親を喪った私にとって、バルダスは仇。皇帝・宰相を弑し、帝冠を砕き、旧体制を悉く打倒してなお)
胸に燻るものは熱く、冷える気配は皆無だ。
(帝国は未だ在る。殿下個人に悪感情は全く無いが……)
強い思いは消そうと思って消すことのできるものではない。
(いつか再び暗君が立ち、故郷を焼く前に。影響力を切り離す)
数十年かけてもできるかどうか分からない。
アウレーリアはこの先帝国と事を構えて戦禍を持ち込む心算もない。
自らの構想を実現するために、実家の爵位と土地の継承を続けるつもりだ。
「アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトのシュタールシュヴェーアト侯爵位継承を認め、帝国代官に叙する」
爵位と担当地域の広さは比例しないとはいえ侯爵の称号はかなり重い。
古参の支持者に対してはレイウェストも少しは甘くなるのかもしれない。
「名に恥じぬ働きを期待する」
今アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトに許される担当範囲はシュタールシュヴェーアト地方全てを治めるには足りない。名実共に侯爵になるには時間と努力と成果が必要だ。
「レイウェスト陛下、このアルベルト、今後とも陛下の騎士として全力を尽くす所存であります」
政治知識は十分なので自らがおかれた状況を理解できてはいるが、アルベルトは自身の決意を公の場で表明することを優先する。
レイウェストもアルベルトの忠誠心は疑っていない。
「可能であれば、セニャとの結婚について正式に許可を頂きたい!」
問題はこれだ。
明らかな差別主義者に侯爵夫人という立場を与えるのは帝国にとってよろしくない。
アルベルトやその後継者があれの影響を受けると危険でもある。
「侯爵の決意はよく分かった」
「では!」
目を輝かせるアルベルトとは対照的に、頷くレイウェストは冷静でアルベルトを気遣う気配がある。
「セニャ、随分と待たせてしまったね、さあ俺たちの結婚式を挙げよう」
アルベルトは許可を取って別の方向を見て呼びかける。
セニャは代官の中でも影響力が強い方で、席次もかなり上の方で距離が近い。
(本当に頼むぞ。忠臣を切り捨てたくはない)
(この忙しい所に何してくれてるのよ一番上から言質を得たのは嬉しいけど! とっても嬉しいけど旦那様ぁ!!)
セニャが儚げに涙を浮かべているのは演技でもあり本音でもあった。
会場が落ち着くまで多少の時間が必要だった。
貴族と代官についての叙任の儀式は終わり、後は帝国軍人についての式典だ。
めざましい功績を挙げて昇進する者。
長年の功績を称えられ勇退を認められる者。
極一部ではあるが帝国軍人になったことを祝われる者もいた。
「征竜は堕ちましたが、クリーパーやらはまだ多く帝国もまだ復興の途上、なれば軍に入りて少しでも帝国の民の安寧のために」
姉と発言内容を似せているのは意図的なものだ。
オスマットの一員として帝国に忠誠を尽くすため、ヤウズ・オスマットは新たな帝国軍人の代表の1人としてここにいる。
丁寧に儀式を進行するレイウェストとは逆に帝国軍の将官級は非常に盛り上がっている。
数十年後、あるいはもっと早くに自らの後を任せられそうな人材が何人も入隊したのだ。
非常に興味はあるしできれば手元において徹底的に鍛えたい。
「希望する任地はあるか」
レイウェストは半ば以上助け船のつもりで希望をきく。
「はい」
希望する順に近衛、帝都、北方、東方、西方、南方だ。
近衛は陛下の守りに関われるから。
帝都も間接的には陛下の守りなり、他は脅威度や帝国にとっての重要度から判断した。
「北はクリーパー、東はまず敵対は無いでしょうが人馬、西は壊滅した状況と過激派残党、南は王国と……」
レイウェストから問いかけに応じて話しているうちにふと気付く。
(東と西逆にすべきでしたかねこれ? よく考えたら西の方が危険度高いような?)
無論、迷いや動揺を顔に出すほど温くはない。
そんな態度にますます機嫌を良くした将官級が、厳かな態度のまま奪い合いを始めてレイウェストにじろりと睨まれていた。
「人類を、帝国の民を守るため、私の全てを賭ける所存です」
ミツキ・アインホルンが助け船を出す。
もともと次はミツキの番だったので非礼にはあたらないしレイウェストも頷いて追認する。
「希望する任地はあるか」
レイウェストの目には再度の助け船を期待する色がある。
「『最も民が困っている』場所へ。戦闘での脅威にさらされているのであれば、戦力として。物資で困っているのであれば兵站構築担当として。人が足りぬのであれば労働力として。求められればなんでも身に着けます」
軍人達が今度は目立たないよう喜び、それに官僚達からの怨嗟の視線が突き刺さる。
地に足ついた考えを持つ熟練授恵者でしかも高い視点からも見ることのできる人材は本当に貴重なのだ。
(帝国崩壊の理由は分かった。ならば、私のすべき事は一つ。二度と同じような悲劇を起こさせない事)
ミツキは固く決意している。
(ここまでも、十分に活躍できたかというと、決してそうではない。むしろ力不足の場面が多かった。ならば、これまで以上に鍛錬と経験を積んで、今度こそ全てを守り切る)
軍という組織をも乗りこなし、ようやく訪れた平和を少しでも長く続けさせる。
それがミツキの覚悟であり、これからの生き方だ。
配属先についての紛糾は必至だが、政治的にも軍事的にも難しい土地へ向かわされるのは間違いない。
レイウェストが叙任式の終了と宴の始まりを告げる。
復興中の帝国では大勢が移動して1箇所に集まるのも大変だ。
良いものを食べて英気を養うのも、機会を活かして面識を得るのも、情報を交換するのも重要で大変なのだ。
「お疲れさんだ。これからが本番だろーからよ、力が必要とあらばブレイブファング傭兵団にご用命を……ってな♪」
決戦での殊勲者の一人として参列していたハヤトがにやりと笑うと、レイウェストは立場にふさわしい風格を伴って微かに微笑むのだった。
●
「助かるけどいいの?」
物理的にも能力的にも広すぎる担当地域の一部をようやく手放すことができたセニャは、安堵と気遣いが複雑に混じった態度だ。
「手に余る分を、能力に応じ引き受けて差し上げるだけですが」
アウレーリアは、引き受けた土地が元ネーベルベルク領に隣接していていずれは通商路や交易拠点になる可能性大であることを指摘はしない。
知や経験は力だ。より強いアウレーリアがより大きな利を得るのは帝国では当然かもしれない。
なお、2人からの提案を認めたレイウェストは、能力的に限界のセニャに任せ続けるか独自の思惑があるアウレーリアに任せるか村長が限界の代官を使うか最後まで悩んでいたらしい。
(うん、まぁ……残当かな?)
隠密ではなく代官としての服装で随員も伴っているベルクは、セニャの反応を確認して納得する。
以前から予測はしていたがセニャの器は王国では伯爵、帝国ではせいぜい男爵程度だ。
本人も薄々理解しているから致命的な失敗をする前に土地の大部分を手放そうとしたのだろう。
(お姉ちゃん)
真新しい近衛用の装束に身を包んだヤウズが、態度は近衛の見習いとして十分以上の態度を維持したまま姉だけに聞こえる声を届けてくる。
お互い初めての仕事だ。信用も信頼もしているが心配にもなる。
「陛下には感謝しかない」
最低でも数年は帝国中を駆け回ることが確定しているベルクが、結婚が確定し浮かれているセニャをもう一度だけ見て仕事に戻った。
(これで一区切りですね)
フリーダはトレードマークともいえる神材製の剣を腰に下げ、代官が率いるにしては少ない随員と共に移動する。帝国の台所事情はこういう所にも現れている。
(啓示も最近はあまり来なくなりましたし、私の役目も終わったという事でしょうか? ……啓示にあった『周回』というのは良くわかりませんが)
そう考えたタイミングでセニャと目があったのはおそらく偶然ではない。
「あなたも普通に戻っ……普通に少し近付いたかしら」
「セニャ様にも自覚があったのですか」
「ここ数年、常識外の頻度でトラブルに巻き込まれていたもの。そのうち貴方達に助けられた回数と割合を覚えてる? 私は一生忘れられないわよ」
お互いよく五体満足で生き残ったね、と言葉にせず通じ合う。
「偶然かもしれませんよ?」
「偶然か神様かそれ以外かは知らないけどトラブルはトラブル。恩は恩よ」
冒険に挑んで成功をつかみ取る。
これまで繰り返してきたことだ。
「またね」
「はい。また」
お互いの健闘をそれぞれ別の何かに祈り、セニャも冒険者もそれぞれの道を歩きだす。
距離は離れても、戦い抜いた日々が消えることはない。
マスターコメント
セニャの物語は続きますが、マスターの馬車猪が担当するNPCとしての物語はこれで完結です。
完結まで辿り着けたのはこれまで依頼に参加して下さった皆さんと、アニエピカという世界に関わった皆さんのおかげです。
心から感謝します。
イベントシナリオ(50人)易しい 報酬:無し10 / 4〜50人
2024年01月26日 16時19分31秒 公開
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