【屍涯】死した涯、灰に眠りて【灰葬】

炙りとろ左門

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シナリオID:3379

オープニング

 ベレス領都リラの近郊にルエリという交易都市がある。東西南北の商通路が合流するこの街では、北部以外では珍しい雪が降る上、一部には雪うさぎ妖精の棲息地としても知られている。
 王国騎士アレクシスは、【屍涯宮(モルド・サイン)】の首魁たる死霊術師・セウェルス=マルキアスの身柄を一旦ここに留置することを決めた。本来であればリラの街まで運ぶところだが、復興作業の進む同都市の治安維持のためである。
 ルエリの外れにある尖塔の上で、アレクシスとセウェルスは机をひとつ挟んで座っていた。
「見晴らしがいいね」
「逃げようとは考えないように」
 アレクシスはセウェルスの些細な一言にも神経を尖らせていた。
「逃げないよ」
 当の本人はもう片方しかない瞳で、尖塔の窓から外の景色をぼんやりと眺めている。
 いくら授恵者といえど、目だけでなく腕も足も片方欠けた状態では逃げ出すことは不可能だ。魔力を貯めていたという髪も切ってしまうとずいぶん印象が異なるが、おそらくそれだけではないのだろう。
「それで、書き取りは終わったの?」
 どこか寂しげな表情は一転、セウェルスは意地悪そうな笑みを浮かべる。アレクシスは思わずペンを握りしめた。
「お前がべらべらと喋り続けるから紙もインクも足りないじゃないか!」
「君が吐けと言ったから、覚えている限りのことを話しているのに……」
「多すぎると言っているんだ!」
 【屍涯宮】の幹部たちは互いに記憶を共有していたため、アレクシスは実質六人分の聴取を行なっているような状態となっていた。【屍涯宮】が本格的に活動をはじめたのがここ四半世紀に渡ってのことということもあり、余罪の規模が尋常ではない。
 とはいえ、リジーはラトニアに体を奪われていた間のことを覚えていないため、セウェルスの証言は貴重だ。リジーを守るためにも、セウェルスが協力的であることはアレクシスにとって都合がいい。
「……お前が黙秘しても、リジーに塁が及ぶようなことはない」
「俺の妹(ラトニア)は怖がりなんだよ。知らなかったんだ? まあ、何年も偽物と気づかなかったくらいだからね」
「そういうお前は、彼女から寄せられる気持ちにも、自分のそれにも長らく気づいていなかったようだけど」
 アレクシスが意趣返しのつもりで口にした一言によって、セウェルスの纏う雰囲気が一瞬にして変化した。冷え切った表情で睨み合った二人は、ほぼ同時に小さく息を吐く。
 尋問にしろ余罪調査にしろ、裁判までは時間がかかる。極刑を免れ得ぬものだとしても、少なくとも半年では片付くまい。それを猶予と納得するか、そのような結末を望まないのであれば、相応の動きが必要になるだろう。
 とはいえ現実的な問題として、帝国での大戦(おおいくさ)を制することができなければ、先の未来を望むこともできない。すべては冒険者たちがもたらすものに、かかっているのだ――。

● 旅路は西へ続く
 旅装に着替え、鞄ひとつを手に衣裳室から出てきたロヴェルを見て、キーリは口を引き結んだ。
「……そう、急がずともよろしいではありませんか」
 【屍涯宮】の計画を暴き首魁を捕らえたことにより、『縛り首』は『国外追放』までに減刑された。減刑と言っても、それは法の庇護下から放り出され、今後、人として扱われないことを意味する。表向きは領地で病に臥せっているはずの彼は、すみやかに病死したことになるのだろう。
 ともに穏やかに暮らせるだろうなどと本気で思っていたわけではないにしろ、諦められない様子で、キーリはロヴェルを見やった。
「真面目な話がはじまりそうなところ、悪いんだが。早いところこれを引き取ってくれ」
 と、室内に誂えられたソファに身を預けていたクレオンが、歯を鳴らしながら訴えた。クレオンの膝の上にいた雪うさぎ妖精たちは、ロヴェルの姿を見るや否やそちらへ飛んでひっつく。
「……相変わらず、旦那様は彼らの人気者ですね」
 前回もこの雪うさぎ妖精にたかれらて凍えていたロヴェルは、妖精たちがもたらす局所的な極寒地帯にキーリを巻き込まないよう、無言で一歩距離を取った。
 それがどうにも拒絶されたように思え、キーリはますます表情を曇らせる。
「いや、今のは……違う」
 ロヴェルはキーリの早とちりを否定すると、雪うさぎ妖精たちを手でやんわりと払って遠ざけ、キーリのそばに膝をついた。
「あの時の私は、復讐を果たすことのみ考えていた。君にとって私がどれほどの存在なのか、知ろうともしていなかった。そして今、君を罪人の妻にしてこのざまだ」
「私は、」
 キーリが言い募ろうとするのを、ロヴェルは手で制して続ける。
「……私の浅はかな行動の結果だ。そしてそれに、これ以上君を巻き込めない――」
「そんなの、今更ではないですか! そんな言葉が聞きたいのではありません!」
 キーリはロヴェルに抱きつき、絶対に離すまいとしがみつく。ロヴェルはそれを受け止めると、やや戸惑いがちにキーリの体に腕を回す。
「……そうだな。だが同時に、君を手放し難いとも思っている」
「えっ?」
 ロヴェルの言葉にキーリは目を瞬き、聞き間違いではないかと首を傾げた。ロヴェルは呼吸をひとつ挟んで、意を決して告げる。
「君を地獄に引き摺り込んだ、愚かな私のそばにいて欲しい」
「……っは、い。ずっと……一緒にいます」
 思わず息を詰まらせるキーリの背を、ロヴェルは優しく撫でる。
「すまないが、この部屋には俺もいるんだよな」
「はっ!!」
 それまで蚊帳の外だったクレオンが抗議すると、キーリは頬を染めてロヴェルを突き飛ばす勢いで離れた。
「あの、これは」
「さっき話した通り、旦那はしばらく隠れ里(うち)で過ごしてもらうことになってる。人手もいるしな」
 慌てるキーリを無視して、クレオンは話を続ける。
「お嬢さんの分は旦那が働いてくれるだろうし問題はないが、それにしたって報せは必要だろう? 別れの挨拶くらい、お互いのためにしといたほうがいい。それができる状況なんだから」
 二人はハーヴェン領にいるリリーたち、【守り人】の面々を思い浮かべた。キーリは机を挟んだ向かい側のソファに座り直すと、歯切れ悪くも訴える。
「なら、手紙を……預かりますので。それを届けたら追いかけます。……大丈夫、ちゃんと見つけ出します。あなたは、そういう女を妻にしたのですから」

====

 リジーは花屋の前で腕を組んで考え込んでいた。連日の聴取にかかり、アレクシスは疲労が溜まっている。食事以外にも綺麗な花を贈れば癒しとなるかもしれない。
「あ。これ、好きなのよね」
 リジーは並ぶ花の中から、白い薔薇を選ぶ。だが直後に、その嗜好が自分(リジー)のものではなく、ラトニアのものであることに気づく。
 不快感はない。自分たちはお互いを憎からず思っていたし、同じひとを愛した。だから彼女(ラトニア)が本懐を遂げることができたのなら、リジーもまたそれに満足する。
 記憶する者が、偲ぶ者がいなくなっても、残せるものは確かにある。リジーは小さな花束を買い求めると、上機嫌で歩き出した。

解説

皆さんはベレス近郊の街ルエリにて、ユールフェスに参加しています。 帝国での決戦を前にしてさすがに不安が勝つ雰囲気ですが、前々から準備してきたということもあり、祭自体は開催されています。この辺りに棲息している雪うさぎ妖精たちも、今回ばかりはそわそわしている様子。 さて、あなたにとって「愛」とは、どのような意味を持つものでしょうか? ご自由にお答えくださいませ。 シリーズには参加していなかったけれども、このテーマについてPCの考えや立場を記録しておきたいという方も歓迎です。 いずれの場合もやり残すことがありませんよう! == 関連情報 == ▼ 雪降る街ルエリ 四方の通商路の上にある街で、そこそこ栄えています。雪降る季節となったために雪祭りが催されており、【露店】では温かい飲み物や食べ物が売られています。また街の中心にある【時計台】にはジンクスがあり、夜中の12時の鐘が鳴り終わるまでに想いを伝え合うことで、揺るがぬ絆や幸福が約束されると言われています。 ▼ 雪うさぎ妖精 ルエリ近郊を棲家にしている妖精の一種です。見た目は白いうさぎの赤ちゃん。ふわふわもふもふですが、ややひんやりとしています。4羽揃うと周囲1mの範囲を局地的に零下にするという特性を持ちますが、その寿命が尽きる前に人間や火のぬくもりを求めると言われています。 == 関連NPC == セウェルス:【屍涯宮】の首魁である死霊術師。尖塔に留置中です。 アレクシス:王国騎士。セウェルスの取り調べを担当しています。 リジー  :【屍涯宮】の死霊術師ラトニアに体を奪われていた少女。アレクシスの幼馴染みです。 キーリ  :ハーヴェン伯爵夫人である少女です。 ロヴェル :『故』ハーヴェン伯。司法取引完遂により減刑が成立しました。 クレオン :【隠叡の一族】の長であり、シラー砂漠に眠っていた遺跡の守護者です。

マスターより

【灰葬】から続く【屍涯】シリーズのエピローグシナリオとなります。 帝国での決戦の結果やメインシナリオエピローグによってはもう1話出すこともあるかもしれませんが、無責任にお約束ができないため、一応これで最後! ということで……。 同シリーズ全体を通してのテーマは「愛」でした。最後に「愛」について、冒険者さんたちの考えていることをお聞かせ願えたらと思います! (関連NPCはここで話しかけておきたい方用の情報なので、交流は必須ではありません) また、20日の【緑陰】のリプレイ納品を以て、ぶりとろMSの登録NPCのグループ発注利用を解禁します。公認申請の承認処理の関係でキャラクターによっては少し後ろに倒れますが、ぜひご利用ください。 それでは、皆様のご参加&プレイングをお待ちしております!

リプレイ

「時が経つのは早いものだね」
 シルヴィア・A(アルヴィン)・カペルは、ロヴェルとキーリに軽く挨拶を済ませたあとでそう言った。
「……私は、手本となるような貴族ではなかったな」
「私は、想い合うお二人を祝福したいと考えていますよ」
 目を伏せるロヴェルに対し、シルヴィアは笑いかけた。
 現伯爵であるロヴェルは病没したこととなり、その妻であるキーリとの間に子はない。代行者であったキーリが夫を追いかけて王国を出るというのなら、イアリが縁戚から養子を迎えることになるだろう。
 シルヴィアはふむと頷くと、キーリに耳打ちする。
「じゃあ、しばらくはロヴェルとの子もお預けか。すぐに顔を見られないのは残念だけど。……さて、こちらで私は一度、失礼します」
「あ……もう、ですか?」
 熱を持つ頬に冷えた手をあてていたキーリは、名残惜しそうにシルヴィアを見た。
「いや、用事を済ませたら戻るよ。渡しておかないといけないものがあってね」
 シルヴィアはそう言って、腰に括り付けた小さな鞄に視線を落とした。

====

 リジーの細く白い手首を手に取り、ナタリア・フィッツジェラルドは意識を集中させた――だが、いつか相対した死霊術師の気配を掴むことはできなかった。物体や場所に投射されるものとは性質が異なるのかもしれない。
「であれば、体の記憶だろう。味、香りや手触り……ラトニアが体を使っていた間、感覚に刻まれたものだ」
 ナタリアはそう結論づけて、リジーの健康診断を終えた。記憶の混濁があると聞いた時は最悪の事態も過ったが、リジーの心身は健康そのものだった。
「そうなんですね。にんじんが急に食べられなくなったり、逆にきのこは食べられるようになったりして、不思議だったの」
「不安はないか?」
 他人に体を奪われていたという経験だけでもつらいものだ。魂も、肉体という器がなければたやすく変容してしまうものでることを鑑みれば、リジーの自我に大小の影響が及んでいる可能性は高い。ナタリアがそのような懸念があることを伝えると、リジーは目を瞬いた。
「今のところは落ち着いています。ただ少し……寂しい、です。長くそばにいたからかも」
 リジーの答えに、ナタリアはしばし考え込んだ。
 身体の主導権を奪うにあたって、ラトニアにとってリジーの記憶や個性は邪魔でしかなかったはずだ。だがリジーの魂を消費せず、器の中に留めておいた。
「……犠牲にした全ての娘のことを、ラトニアは覚えていた」
 『皆、かわいそうな娘だったわ』――いつかそう語ったラトニアに、ナタリアはなぜ自分を排除しなかったかを尋ねた。
「めでたし(なべてよは)、めでたし(こともなし)……か」
 そのように答え、皆にとって幸せな結末を望んでいると語った彼女は。その『皆』の中に自分を含めてはいなかったのだろう。
 しかし、それは献身や自己犠牲などという殊勝なものではない。彼女は他人を操り、命を秤にかけた。アレクシスという一人の男を愛し、兄弟子であるセウェルスを止めて欲しいとナタリアに願った。
 愛を押し付け、振り回し、望むままに振る舞う。それは、『美しく彩られた愛』とは対極にあるものだ。
 だからこそ、とナタリアは思う。本質と呼ぶべきものがすべてではなく、身に纏う矛盾こそが人間の輪郭を形作るのかもしれない、と。
 花瓶に活けられた白い薔薇を見つめ、ナタリアは雪薔薇の魔女を想うのだった。


「先日ぶりですね。死霊術について色々とご教授願いたく参りました」
 イズル・M(エム)・ヴォルゴールは鉄格子の向こうにいる人物へと声をかけた。【屍涯宮(モルド・サイン)】の首魁セウェルス=マルキアスは、もう片方しかない目でイズルを見やると口端を上げる。
「みんな本当に興味津々だよね。さっきもあの子(スー・ルー)が同じ用事で来たよ。だから一応、君にも聞いておこうか」
 セウェルスは表情を強張らせた見張り番を一瞥し、イズルに視線を戻す。
「その知識、何に使うつもり?」
「使うつもりも、死霊術師になるつもりもありませんよ。そんな考えを抱いた日には、友人が嬉々として俺の首を飛ばすでしょう」
「友達は選びなよ~。いや、一般的には真っ当なのか?」
 友人の首を嬉々として狙う存在が一般的かどうかはともかくとして、死霊術が忌避されるのは当然のことだ。セウェルスは肩を竦め、簡素な椅子の背もたれに深く身を預ける。
「イェリアスやロドスは教えないだろうな。クレトスとダモスは人と馴れ合うのが嫌いだから……俺かラトニアになるわけだけど、妹(かのじょ)は使っ(ころし)ちゃったからね」
 セウェルスの言葉に、イズルは目を細める。
「俺は、死霊術師が大嫌いです。そうやって、魂をただの燃料として扱う。もし大事な人の魂をそんなふうに扱われたらと思うと、」
 イズルは言葉を切り、込み上げる吐き気を飲み込んだ。
「……でも。俺(ヒーラー)が招き降ろす魂は」
 治療師(ヒーラー)には、神霊を身に降ろす術(スキル)が伝わっている。『神霊』の定義は様々だが、その魂も、"いつかどこかで命だったもの"かもしれない――何も知らないことが、恐ろしい。
 魂がどこから来てどこへ行くのか、どのようにその在り処を知り、この世に留めているのか。それは、恐れを紐解くことにも繋がる。
「じゃ~教えない」
 しかし、セウェルスはイズルの様子を見て意地悪く笑った。
 イズルは目を伏せたまま、短く息を吐く。
「俺が知ろうとすると、皆駄目だと言う。……やっぱり、死霊術師は優しいですね」
「前向き~。でも君が想像しているほど万能な術じゃないよ。死者の魂は意識があるわけじゃないし、器がなければどんどん損なわれていく。だから僕たちも肉体を必要としているし、死霊術は魂の劣化を遅らせることはできても、完全に保存はできない」
 それでも、とセウェルスは続ける。
「どんな形でも愛する人と一緒にいたいって思うロヴェル君みたいな子は、扱いやすいよね」
 そういう人間が死霊術師にされるのだと訂正するセウェルスに対し、イズルは目を伏せた。
「愛は、人に道を示すこともあれば、迷わせ、狂わせることすらある」
「それについては俺はよくわからないけど、まあ、君は大丈夫じゃない?」
 ロドスとは異なる見解を下し、セウェルスはイズルを――正確にはその後ろを、見つめていた。
 

「暇なの?」
 セウェルスは三人目の面会者(シルヴィア)が現れるなり呆れ顔でそう言った。
「これを君に渡して置こうと思って」
「え、やだ。あいつのでしょ」
 シルヴィアの手にあるものを見て、セウェルスは顔を顰めた。そう言わずに、とシルヴィアは鉄格子の隙間から手を差し入れてそれを投げ渡す。
「恋人がいるのに、他の男との思い出を後生大事に抱えていては、差し障りがあるだろう?」
「差し障りがあってほしいんだよ」
 嫌な顔をされても、シルヴィアは悪い気はしなかった。セウェルスは、本当に煩わしいと思った相手とは言葉など交わさないし、わかりやすく感情を表現したりもしない。
「イェリアスは、どうして君のそばに残っていたんだろう」
 犬猿の仲らしいことはセウェルスの態度からも窺える。しかし彼は最後、セウェルスに味方した。
「俺が嫌がると分かってたからじゃない?」
「じゃあ彼の理由は、師(ファウロス)ではなく君だったんだ。……君は、師のような人になりたかった?」
 シルヴィアの問いに、セウェルスは「さあね」と答えたきり、押し黙った。セウェルスにとってそれは「大体合っている」、ということだ。シルヴィアは口元に笑みを浮かべ、鉄格子に預けていた体を起こすのだった。


 窓枠に座り込んだフリューリングスルフト=ティエラは、鉄格子の隙間から通した足をぶらつかせてむくれていた。
「中、入れてくれてもええのに」
「それは、どうしようもないなあ」
 階段を上ってくる途中で置き去りにされたらしい見張り番を哀れに思いつつ、セウェルスはようよう立ち上がる。
「っと、」
 壁伝いに歩み寄ってきたセウェルスの体を、フリューは腕を伸ばして受け止めた。そしてセウェルスの体が思ったよりもずっと冷えていることに驚く。
 当然だ。この塔は生活拠点ではないし、窓には鉄格子が嵌まっているだけなのだから。
 フリューはセウェルスの短く切られた髪に触れたあと、その頭をそっと抱き寄せる。くっつくと、じんわりと体温が行き交う気がした。
 目を閉じ、少し身を屈めてフリューの肩に額をつけ、セウェルスは溜め息まじりに呟く。
「……落ち着く」
「うちも。ずっと、君とこうしてたい。こういう気持ちは、君が初めてなんさぁ。君だけだって、決めたの」
 時に胸の奥から込み上げて、時に目からこぼれ落ちるそれを、愛おしさというのだろうか。道端に咲く花に気付き、手折るのではなく、花びらを優しく撫でるような。
 それをフリューにとって最も明瞭な言葉に置き換えるとしたら――おそらく、『運命(あい)』というのだろう。
「……俺たちは互いに向かい合って、殺し合うものだと思っていたんだけど」
 こういう結末も確かにあるのかもね、とセウェルスはとつとつと呟く。
「あまり長くはないよ」
「それはうちも、同じだから」
 セウェルスには断罪が、フリューには胎の毒が回り切るその時が、必ず訪れる。
「子も作れんし、長生きもできんし……だからそれまで、たくさん話そう」
 真夜中を告げる鐘が鳴る中、フリューは腹に触れていたセウェルスの手を取って、そっと口づけた。
「君がどんな名でも、どんな魂でも、愛してる。最期まで一緒に付き合うから」
「後悔しない?」
「しない」
 力強く答えたフリューを見上げ、セウェルスは邪気なく微笑む。
「騒々しい茶番だな。でも、一生なんてそんなものかも」
 そう言って、セウェルスがフリューの唇に軽く触れるだけの口付けを落とすと、フリューはセウェルスを見上げたまま固まった。
「んな、」
「あれ、違った?」
 こうじゃないのか、と小首を傾げるセウェルスの顔をまともに見られず、フリューは渡そうと用意していたぬいぐるみ(フリュー人形)を勢いよく相手の顔に押し付けた。


「……なあ、ネーヴェ。最後に時計台、行かないか」
 時計台が真夜中を告げる少し前。アルフィー・リッパーがやや上擦った声でそう切り出し、雪うさぎ妖精たちに別れの挨拶をしていたネーヴェ・グラヌローザは振り返った。
 そして次に、建物の合間から背を伸ばす時計台を見上げる。そういえば、あの時計台は上まで登ることができると聞いた――それを思い出し、ネーヴェはすっかりそのつもりで頷いた。
「構いませんわ」
「よかった!」
 アルフィーは心底安堵したように肩の力を抜いて笑う。そしてネーヴェの細い手を取った。
「うわっ、冷たいな。……ネーヴェって髪も肌も白いし、本当に雪の妖精みたいだ」
 直前まで雪うさぎ妖精と戯れていたネーヴェの指先は冷たく、アルフィーはそれを温めようと握り込む。が、変に意識してしまっているせいで壊れ物を扱うような手つきになってしまった。
「溶けませんわよ?」
「わ、分かってるって!」
 時計台への道すがらも言葉を交わし、二人は広場にたどり着く。立ち止まったアルフィーの手を、今度はネーヴェが引いた。
「上は見晴らしが良いそうです」
「あ、うん」
 時計台のジンクスを知っているアルフィーはあたりを見回した。仲睦まじい様子の二人組がちらほらと見受けられる。おそらく同じ理由でここに居るのだろうと思うと、できれば二人きりがいいと、頬をうっすら染めてアルフィーは頷いた。

 長い階段を登りきらないうちに真夜中になってしまうのではないかという心配は、杞憂に終わる。目を輝かせるネーヴェに手招きされ、アルフィーは鐘付き台の大窓からルエリの街を見下ろした。
 雪の中に生活と祭の灯火が煌めく様は、なんとも言えない美しさがある。言葉を失うアルフィーに、ネーヴェは持ち込んだ【冬林檎】(ホットスパイスティー)を差し出した。
「一日の最後にこんな綺麗な景色を見られて……素敵な思い出になりました」
「う、うん」
 景色だけで終わらせたくないと思っても、アルフィーはなかなか切り出せずにいた。そわそわと尾を振る様子にネーヴェも気づいていたが、アルフィーの言葉を辛抱強く待つ。
「あ、の……この前、大切な人って言ったの……覚えてるか?」
 ネーヴェのこと、と付け加えて、アルフィーはカップで口元を隠しながらネーヴェの様子を窺う。
「ええ、もちろん。とても、嬉しかったんですもの」
 ネーヴェは微笑みにて応え、アルフィーはそれを見て自分の胸のあたりを押さえた。
「で、でも俺は……胸が苦しくて。変なんだ」
「それは――」
 大丈夫なのかとネーヴェが尋ねると同時に、鐘が時を告げた。
 あ、とどちらともなく呼気を漏らし、鳴り響く鐘の中、アルフィーは声を張る。
「き、聞いてくれ。それはネーヴェのことが好きだからなんだって、気付いたんだ!」
 アルフィーの言葉に、ネーヴェは目を瞠る。
「学園を卒業しても、戦いの後も……ずっと、そばにいさせてほしい! それから」
 言い募るアルフィーの口を、ネーヴェの手が塞いだ。鐘が鳴り止んでようやくその手が離れると、アルフィーは目を潤ませ、耳をへたりと下げていた。
「だ……だめってことか?」
「ち、違いますの。これは……思わず。だって」
 ネーヴェは思わず自分の頬に手を当てる。冷え切っていたのが嘘みたいに、熱かった。
「私の『好き』とアルフィーさんの『好き』は、同じものではないと、思っていて。それが少し寂しくて……苦しくて……あなたのことが、好きだから」
「ほ、ほんとか!? ほんとに?」
 アルフィーは泣きそうになりながらも何度も確認してしまう。耳が忙しなくへたったり立ったりするのを見て、ネーヴェはやがてふっと笑みをこぼす。
「あなたと一緒に、たくさんの思い出を作っていきたい……ずっと、いつまでも。その隣を、私だけに許していただけますか」
「……うん」
 アルフィーは頷き、眉尻を下げてへにゃりと笑った。
「愛してるよ。ネーヴェ」


 彼女と『違う』ことが受け入れがたく、悔しく、情けないとすら思っていた幼い頃の自分に、その『違い』を愛おしく思える日が来ると、もし伝えられたとして――幼い自分はどのような表情をするだろうか。
 ジュスト・ヴェルジーはそんなことを考えながら、手のひらで温もりを分かち合っていた。相手はもちろん、婚約者であるローザリカ・L(リベラ)・ディオールである。
 ちょっと比べてみたいと乞われるまま、素肌がいいのだと言わんばかりに手袋を剥ぎ取られるまま。ジュストの手の平は今、ローザリカのそれとぴたりとくっついている。
「……大きいな」
 ローザリカはほうと息を吐く。確かに、今となってはしっかり男女の違いが表れている。
「子供の頃は、背も、手も、僕のほうが大きくて」
「俺はそれがずっと不満だった」
「僕よりずっと大きくなってからも、ずっと不満げにしていたじゃないか。ここに初めてきた時も……」
「ごめん」
 ジュストはそうローザリカの言葉を遮って、手指を絡ませた。ローザリカの華奢な薬指に嵌まっている指輪をそろりと撫でる。
「君に酷いことを言った」
 犬猿の仲という表現が相応しいほど、二人の言葉の応酬は遠慮のないものだった。この街にはじめて訪れた時も、依然そのままだった。
「あの日、君が何を考えて、何に悩んでいたのか……分かっていたのに」
「いいんだ」
 ローザリカは緩く首を振る。
「君はあの時、僕に向き合おうとしてくれていた。だからこそ……」
 ローザリカを心配して、まっすぐに、目を逸らさずにいた。どうでもいい、本当に煩わしいと思っている相手に、そのような気遣いは不要なはずだ――ローザリカはそう主張する。
 たくさん傷つけあってきた。臆病なままに振り回し、自分の想いは騙せても、結局相手には隠し通せなかった。
 それに気づき、互いに伸ばした手の先に今があり、そして共に歩んでいく。それが二人にとって『愛』と呼べるものだ。
「ありがとう。手を差し伸べてくれて」
「……君だけだ。俺が掴みたいと思うのは」
 言葉とともにちらつく雪が絡めた指先に落ちて、溶ける。手を伸ばした先に掴むのは、君の手でなくてはならない。どちらもそう願っている。
「このまま、はなさないでほしい」
 ローザリカは小さく声を震わせて、そう懇願した。溢れる愛おしさを自覚すると同時に、それが失われる時を想像した。命が奪われるのはいつも一瞬で、呆気なくて――それを、身に染みて知っている。
 もちろん、ローザリカのほうから手放すつもりはない。だからこそ、同じだけの証が欲しいと思ってしまうのだ。
 ジュストはローザリカの腰を抱いて引き寄せて、小さく笑った。
「あとから放してと言っても、絶対に放してなんかあげないけど?」
 手放すことなど考えられないと言いながら、ジュストはローザリカに念を押す。
「本当に、もう逃さないからね。俺の薔薇(ロゼ)」
「僕も、後から逃げろと言われても聞かないから。僕の――僕だけの小鳥(ジュスト)」
 ローザリカの腰に回されていた手が柔らかな髪を梳き、頬を撫でる。ローザリカはその片手がまだ手袋に覆われていることに気づき、その指先を食んだ。
 通りの喧騒は遠い。二人で静かに過ごしたいと訪れた展望台は、まるで鳥籠のようにも見えた。


 イズルがセウェルスと面会する少し前に、スールもまた塔へ足を運んでいた。取引材料として持ち込んだ食事は『差し入れは許可されていません』ということで結局持ち帰ることになってしまい、今、キーリに食べさせている。
「お前小せえし細ぇし、食べねえと強くなれねえぞ」
「スールさんは、強くなることができるのなら何でも良いのですか……?」
 もくもくと焼き鳥串を頬張りながら、キーリはスールに尋ねた。スールがセウェルスに死霊術の教えを請うたと聞いた時は驚いたが、理由は「強いのが好きだから」という単純なものだった。
「俺は、な。良し悪しは興味ねえ。俺からしてみればお前らの方がわかんねえぞ。お前ら確か、番(つがい)になったろ?」
「うぶっ!?」
 話が突然自身の色恋沙汰に移り、キーリは思わず咳き込んだ。その時口の中にあったのが水でよかった。よくない。
「そ、そう……とも、言いますね」
「名前もハーヴェンで一緒になって、ややこしくなったしよ。なのになんか離れるっていうし。ディオールとヴェルジーも番になったって聞くのに、あいつらからもガキが増えたって聞かねえし」
「げほっ!?」
 落ち着こうと一口含んだ水で再び苦しむことになったキーリを見て、スールは怪訝そうに目を眇めた。
「わざわざ番になるくらいなんだから、他のやつには絶対触らせたくねえって、そういうことだろ? 都会だから違うのか? それとも……お前らって確か偉いんだよな、それでか?」
「う、ううん……貴族の結婚というのは、家のためだとか、領民のためだとか。私たちの血と身体は、自分のものではないんです……いえ、その割には、私は随分好き勝手したなとは思いますけど」
 キーリはハンカチで口元を拭う。夫(ロヴェル)が出かけていて助かった。こんなところを見られたらしばらく顔を合わせられない。
「まあ、確かにお前も強くねえけど強いよな」
「それはどうも……?」
 キーリは小首を傾げつつ、空になったコップをテーブルに置く。スールは串で余った肉を刺すと、口に運んだ。
「だからお前も、お前らのことも、気に入ってる。また何かあれば、依頼でもなんでも出せよな。ハーヴェン(あいつ)には困ったら呼べって言ってあるが、お前にはまだだったし――どっちもハーヴェンって、やっぱややこしいな」
「……そうですね。私たちは、そのうちハーヴェンの者でもなくなりますが」
 スールはますます面倒くさそうな顔をした。それを見て、キーリは小さく笑う。
「ですから、ただのロヴェルとキーリになった時には……そう呼んでくださると、嬉しいです。閣下も、お喜びになるでしょう」


 たまたま訪れた街で祭が開催されていた――Alexandra(アレクサンドラ)・Hexe(ヘクス)・Claudia(クラウディア)は、特にこれといった目的もなくぶらりと通りを練り歩く。
 東西南北の通商路にある街での祭、というには小さいが、おそらく帝国での決戦が影響しているのだろう。
 さすがに前線ほど緊迫した空気はないが、不安を払拭するだけの浮かれ騒ぎが起きる気配もない。揉め事・不祥事の類を心配しなくていいのなら、それはそれで平和と言えもしよう。
 Alexandraはふと、足元に視線を落とした。何かがつま先に触れた気がしたからだ。
 仔うさぎに似た小さな生き物が、Alexandraの靴の先に短い前脚をちょんと乗せつぶらな瞳を瞬いている。
 はてと辺りをよく見てみれば、似たような存在がそこかしこにいる。住民たちも慣れたもので、聞けばこのあたりに棲む妖精であるという。
「集(たか)られないようにしな、冷えるから」
 屋台の店主はそう言いながら、Alexandraにホットワインを握らせる。Alexandraは近くで買い求めた画材を小脇に頷いた。

 階段を登りきった上層に小さな公園を見つけ、Alexandraはここにしようと画材を膝の上に広げ――ようとしてあえなく雪うさぎ妖精に陣取られたため、キャンバスを腕で抱え込むようにして支える。悴む手に息をかけて、Alexandraはこの光景を残そうとペンを走らせた。
 夜半過ぎだというのにぽつぽつと灯りが煌く景色の中に、Alexandraは知らず、今は亡きある少女(とも)の姿を見出していた。
 少女は真白い地面を踊るように踏みしめる。その周囲を駆ける妖精たち。はにかんだような笑顔はこの世の穢れを知らず――その幻景は、おそらく彼女の望みに相応しかった。
 瞬きの間に、その幻は消えてしまう。Alexandraはペンが落ちる音で、その幻に手を伸ばしていたことに気がついた。
 この心に名前があるのなら、それほどまでのものが自身に根付いているとするならば――伸ばした手が何かを掴み、繋ぎ、与え、あるいは共に生きる、そのような在り方を、究極の愛と定めよう。
 そうして生きていく彼ら彼女ら、そして、自身(わたし)の在る世界を、護る。
 ただそれだけでいい、たったそれだけで――
 否。
 それが、いい。

マスターコメント

== マスターコメント == お疲れ様でした! あけましておめでとうございます! このリプレイの納品を……旧年中最後のご挨拶としたかった……無理だった……。 まず、行動が多岐に渡っていたりNPCの指定が多い方は、字数の関係でプレイングをすべて反映できていないことをお詫びいたします。やり残しがないようにと言った手前できるだけ応えたかったのですが、申し訳ありません(´・ω・)字数には勝てない これまで長らくお付き合いいただき、本当にありがとうございました。こうして最後までお届けできて自分もほっとしています。 冒険者さんたちの旅はこれからも続いていくもの、決戦の結果もともに見守っております。 それではまた、お会いしましょう~。
ミドルシナリオ

ミドルシナリオ普通 報酬:標準10 / 6〜10人

2024年01月02日 20時27分17秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. フリューリングスルフト=ティエラ

    わぁーー!【屍涯】シリーズのエピローグシナリオ! シリーズ最後の相談卓で何か発言しておきたいなと思いひとまず、挨拶にきたシーフのフリューさぁ、よろしく! 前回のシナリオでご一緒した方々、前回はお疲れさまでした!セウェルス救出できてよかったさぁ、ありがとう! 今回のシナリオで初めましての方も、久しぶりの方も、今回ルエリの街におる「雪うさぎ妖精」ひんやりしとるけど、めっちゃ可愛いさぁ。もふもふするの、おすすめ。 ひとまずうちの行動予定として、可能ならセウェルスと交流予定さぁ。時間帯は夜中の12時頃を希望しようかと思ってるんやけど、もし他にセウェルスとその時間帯にお話したいーいう人おったら、被らんようにするから相談してほしいさぁ!よろしく!

  2. シルヴィア・A・カペル

    とうとうエピローグか……【屍涯】、色々な事があったね。 ヒーラーのシルヴィアだ。皆と共にこの日を迎えることが出来て嬉しく思う。今までご一緒した方も、初めましての方も、改めてよろしくね。 囚われのお姫様を救えて良かった。 緋色の王子様も、共闘した皆もとても格好良かったよ。 「愛」については既に思う所を書かせて貰ったから……そうだなぁ。可能であればセウェルスと、ロヴェルとキーリと話せればと思っている。 話す時間帯については特に拘りは無いから、王子様とお姫様の時間と重ならぬよう「他の人と被らぬ時間帯でセウェルスと話す」とプレに書かせて貰うつもりだ。フリュー、全力で頑張っておいで(ぐっ イェリアスや彼らの父祖についても聞いてみたいと思う。 思い出に残る良い一日にしよう。

  3. イズル・M・ヴォルゴール

    ご挨拶が遅れました。 イズル・ヴォルゴールです。よろしく。 シリーズについては最後に滑り込みで失礼しました。 今回はセウェルスとお話する予定ですが、会う時間はMSにおまかせなので大丈夫だと思います。 顔見知りでもないですし、セウェルスに聞きたいことも内容が内容なので、アレクシスさんの目が盗めそうなどこかの空き時間で大丈夫です。

  4. フリューリングスルフト=ティエラ

    セウェルス大人気! 時間帯について予定を教えてくれてありがとうさぁ♪ じゃあ、うちは予定通り夜中に会いに行くさぁ。 頑張る!(シルヴィアさんにぐっ!と返して)

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0