東天の夜明け
真柄 葉
コメント 8
シナリオID:3086
オープニング
かつては帝国の東の要衝として、北部辺境やイェルノー荒野からくる脅威に対応していた城塞都市だったが、それも帝国を襲った大異変までの話だった。
大異変後、およそ2年もの間、エスタル生存は絶望視されていた。しかし、エスタルは死んでいなかった。冒険者ギルド支部長『アドリエフ=フィッシャー』の機転により地下へと逃れた住民達は、『草人』と呼ばれる奇妙な隣人と共に2年もの年月を生き抜いたのだ。
そして、現在。
廃墟と化していたエスタルは、見違えるほどに復興していた。
もちろん、同じ規模の同盟領の都市や王国の街とは比べようもないが、一度は死んだ街がここまで復興できたのは、ひとえにエスタルの民達の頑張りや、冒険者ギルドの助力があってのものだ。
総監としてエスタルを統括するリカルダもそれはよくわかっており、大きな方針を決める時には必ずアドリエフの助言を請う事としていた。
「最近、ようやく私もギルド運営に自信がもてるようになってきました」
「何を言う。貴公の統率なくしてエスタルの今はなかっただろう。あまり自分を過小評価しない事だ」
「はは、将軍は実にお優しい。この老体にそのように温かなお言葉をかけてくださるとは」
「それはわかって言っているのか? 貴公の方が年下だろうに」
「何と……大変失礼いたしました。まさかお若く美しい将軍が私より年上とは思わず、失言を重ねてしまいました」
「ふむ……では、その美辞麗句に免じて、聞かなかった事にしておこう。それで、わざわざそんな事を云う為に来たわけではあるまい?」
街の中央にぽっかりと開いた大穴を見下ろしながら、近況報告も兼ねた軽口を交わした二人は本題へと入る。
「はい。実は冒険者ギルドを再建しようかと思っております」
「ほう、ついに再建するのか」
アドリエフの口から出た提案に、リカルダは関心を示した。
冒険者ギルドエスタル支部は、大異変が起こったあの日からその基盤となる建物を失っていた。地下水路に身を隠していた間も業務は継続していたが、やはり十全な業務を行えていたとは言えない。
「そこで将軍の許可を頂きたいと思いまして、今日はまかりこしました」
「許可も何も、ギルドの件は貴公に全権を任せている。思うようにやってくれ。場所が必要なようであれば用意するが、どの辺りがいい。今なら選び放題だぞ?」
まだ復興半ばのエスタルには更地が沢山ある。いや、まだ更地の方が多いのが実情だ。以前のギルドがエスタルのどこに建っていたのかリカルダは知らないが、冒険者ギルドは今のロスガリア大陸にて街の主要施設の一つであるし、需要も高い。街の一等地に誘致するのが自然だろう。
「そうですね、出来れば利便性の良い街の中央――――」
「あっ、見つけたっ!」
二人が大穴から街へと振り向いた時、向こうから白い影が駆けてくるのが見えた。
白い影はまるで飛び跳ねるように二人に近づき、アドリエフにビシッと指を突きつける。
「もう、探したんだからねっ! かってにどこかへ行かないでよ!」
「クシェン?」
「あ、あれ、リカルダ……将軍? なんでこんな所に居るの?」
「何故と言われても、ここが今の私の職場だからな」
不思議そうに首を傾けるユキヒョウのハーフビーストの少女と、苦笑するリカルダを交互に見つめ、アドリエフは「ふむ」と呟くと、二人に話しかけた。
「お二人はお知り合いだったのですね。では話が早い。実は彼女を含め、何人かの授恵者がギルドへの冒険者登録を求めているのですよ」
「ああ、なるほど。それで再建を……いや、であればリブラネスタ――――とは言わずともドワーフ王国や辺境都市群まで行けばギルドの支部はある。わざわざここで登録せずともよいのではないか?」
「確かにその通りです。しかし、登録を申し出ている授恵者はこのエスタルを拠点にと望んでいる者達なのです」
「ふむ。そうなのか、クシェン」
「うんっ! だって、ここがフェンガリに一番近いんだもの!」
そう言って北を指さすクシェンに、リカルダはなるほどと頷いた。
「エスタルにギルドの施設が出来れば、これまで以上に復興の一助となる事も出来るでしょう。いかがでしょうか、将軍」
「何度も言うが、私は別に反対はしていない。むしろ賛成派だぞ? 貴公の思うままにやってくれればいい。人がいるのなら軍から何人か回すぞ」
「ありがとうございます。しかし、ご助力は結構です」
「ふむ、そうか?」
「はい。何せ私どもは冒険者ですから」
そう言って口ひげを揺らしたアドリエフに、リカルダもまったくだと頷いた。
解説
マスターより
リプレイ
「以前の事もある。どこに建てるかよりも、どこに建てられるかをしっかりと見極めるべきだ」
机に広げられたエスタルの地図を、ルチル・プルメリア・グレイハーツが細く長い指で指し示す。
そこは以前、地下水道の天井が崩落した場所であり、そのような箇所は他にもいくつかあった。
「そうだね。幸い地下水路の全容はドワーフさん達が調べてくれたし、地盤――――この場合は地下水路の天井かな。それの崩落が起きない場所を選ぶべきだと思う。もちろん地面でも、幽界樹の影響がないとは限らないから調査が必要だけどね」
ルチルの提案を補足するように【地質学】に明るいエルゼリオ・レイノーラが、皆を見渡した。
「そうなると、かなり候補地が絞られるな……。しかし、せっかく建てるのだから、街の復興の象徴になるような土地と建物にしたいが」
「あまり欲張ると、さらに候補地が限られるわ。ある程度妥協しないと……」
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトとアウレーリア・フォン・ネーベルベルクも地図を睨みながら考えを巡らせる。
「候補地はお任せするとして、こちらは建物の設計を進めませんか」
と、地図の広げられた机とは別の机にヴィルヘルミナが設計図を広げた。
「まだ『箱』だけですので、何かいいアイデアがあれば盛り込みます」
ヴィルヘルミナは【建築・土木】の知識をもって、ギルドとなる建物の図面を引いていく。
ここに集った者たちは皆大陸中の冒険者ギルドを見てきた猛者たちだ。どのような構造にすれば活用しやすいか。どのような設備を置けば利便性が向上するか、そういった機能的な面を一番わきまえていた。
「冒険者だけじゃなくて、依頼人も来るわけでしょ? それなら、そういう人たち向けにも設備を充実させるべきだと思うんだよね」
そうハーヴィが提案すると。
「となると、交通の便のいい所っていう条件も加わってきますね。いくら街の一等地でも、足を運ぶのに不便なら結局、使い辛い施設になってしまいますし」
「そうでございますね。街の交通網は人にとっての血管のようなもの。乱れたり滞ってしまうと、街の発展どころか衰退に繋がってしまいましょう」
トーラとレティシア・レインフィールも次々と案を出していく。
「リカルダ様、この街に乗合馬車の停留所などはもうすでにございますでしょうか」
「いや、停留所はないな。時折寄ってくれる馬車は西門を入ってすぐの場所に泊めてはいるが、定期便というほどのものはない。私も帝国各地と繋ぎたくあるのだが、何分まだこのあたりの治安が回復していないのでな」
「なるほど……」
リカルダからエスタルの実情を聞いたレティシアは考え込む。そして、顔を上げるとリカルダに向け話しかけた。
「リカルダ様、交通網は都市の血管でございます。それは都市間であってもしかり。これの整備を怠っては都市の発展などあろうはずはございません。ですので、手始めに『フェンガリ』と繋いでみるのはいかがでございましょう。かの地や居留地『イリオス』へ交通網を繋ぐことができれば、双方の発展に寄与するかと存じます」
「ふむ……面白い提案だが、かの地はお世辞にも人口が多いとは言えない。出したところで客がいないのであれば、無用の長物とはならんか?」
「……なるほど、リカルダ様は乗合馬車の整備を進めるのであれば、まず帝国や他国の主要都市間を結ぶべきだと」
そう問いかけたレティシアにリカルダは小さく頷く。
「それなら、ビッグオウムの発着場はどうでしょう! 冒険者の利便性が上がれば、相当な経済効果が生まれると思うんです! それに冒険者ギルドができるのなら、発着場は必須です!」
レティシアの提案を継ぐようにトーラが声を上げた。
「確かにそれは必要ですね。ただ、エスタルの郊外はまだ危険地帯です。ビッグオウムが強力な魔獣だとは言え、発着場に適した場所となると……」
「だからこそです! ビッグオウムの力を盾にして、少しでもエスタルの防衛力をあげるんです!」
「確かにそうなってくれれば助かるが、我々は同盟国であるゴールディを敵に回すつもりはないぞ?」
「え?」
どうだろうかと見つめてくるトーラとアドリエフに、リカルダは肩をすくめながら答える。
例えエスタルにそういう意図がなくても、見る者が見ればそう考える者もいる。ビッグオウムはゴールディの宝であり稼ぎ頭だ。それを危険地帯に配置するのを彼らが許すはずはない。
「むむむ……でも、以前はあったんですよね? 前はどこにあったんですか」
そう問いかけたトーラに、アドリエフは地図を指さす。そこは街の西側。今は何もない荒野となっている場所だ。
「残念ながら元の場所は却下だ。理由は分かってくれるな。それに城外だと防衛に回す手も限られる。もう少しあたりの掃討が進んで――――」
「……あっ! それじゃここはどうですか!」
エスタル総指揮官としての意見を伝えようとしたリカルダの言葉を遮って、トーラは街の東、旧帝国東部方面軍の駐屯地を示した。
「ふむ、確かにここであればある程度掃討も進んでいるし、土地も建物もあるか……アドリエフ、どうだろうか」
「将軍のご許可がいただけるのであれば、是非に」
こうして、ビッグオウム発着場の建設計画は進むことになった。
●
「この辺りはどうかな。指令所に近いし、池も見えるよ」
「ふむ……もう少しスペースが欲しいところですが、建物ばかり立派でも仕方ありませんか」
街へと出たエルゼリオとヴィルヘルミナはギルドの建設予定地の選定に入っていた。
「建物の中はどんな感じにするの? やっぱり他のギルドみたいな感じ?」
「そのつもりです。やはり歴史のあるギルドを真似るのが一番機能的でしょう。もちろん、この地にあった建物の様式にはしますが、中はどうしても似たり寄ったりになるでしょうね」
「そっかぁ……結局、仕事を探す場所だもんね。機能美、大切だよね。できれば、エスタルっぽさを出したかったんだけど」
そう呟いたエルゼリオに、ヴィルヘルミナは「タケノコでもはやしますか?」と真顔で問いかける。
「ヴィルヘルミナ様、ギルドと道路を挟んだ向かいに、食堂兼宿屋を誘致したく思うのですが、土地の確保は可能でしょうか」
そんな二人の元へ、ギルド周辺の施設を担当していたレティシアがやってきた。
レティシアは積極的に外客を招くべきとし、受け入れ先となる宿屋や食事処の提案を行った。いずれ、乗合馬車の定期運行が始まれば、周辺の村や町から沢山の人が訪れるだろう。そういう人たちの受け皿となるべき施設は必ず必要になってくる。
レティシアはギルドの債権だけでなく、長いスパンで見たエスタルの復興への提案をおこなっていた。
「そうですね……少し縦長にはなりますが、建設可能だと思います。土地を確保するよう将軍へ伝えておきますね」
「ありがとうございます」
提案された用地を地図へと書き込むヴィルヘルミナの手元を、レティシアがじっと見つめていると――――。
「あ、見つけた!」
よく通る涼やかな声が聞こえて、二人は振り返った。
そこには、こちらに向かって跳ねるように駆けてくる一人の少女。
「クシェン様」
「久しぶりね、みんな! 元気してた?」
「はい、お陰様で。クシェン様もお変わりなく」
「そうかな? でもさ、ほら、ちょっとは強くなったわ! 兄様はなんだかビミョーな顔してるけど」
「ふふ、クルスス様もご健勝なようで。そういえばクシェン様もついに冒険者なのでございますね。何か心配事などがあれば遠慮なくご相談ください」
「うんっ、ありがとう!」
「でも冒険者登録するってことは、本格的に冒険者としてやっていくの?」
「うーん、冬の間だけかなぁ。ちょうどいい出稼ぎになるし」
「あー、フェンガリは冬の間完全に閉ざされるもんね」
レティシアとエルゼリオは、久しぶりに会ったクシェンと昔話や近況報告に花を咲かせた。
「ヴィルヘルミナさん、この図面なんだが、もう少し正確な寸法が欲しい。あと、この一角へ導く何か導線的なものがあるといいと思うんだが」
クシェンと楽しそうにガールズトークを繰り広げる二人と代わるように、アルベルトがヴィルヘルミナの元へとやってくる。
「導線ですか、なるほど。確かに更地ばかりのこの状態であればギルドは見つけやすいですが、ゆくゆく建物が増えると埋もれる可能性もありますね。何か冒険者ギルドがここにあると一目でわかる目印のようなものを設置するのがよいかもしれません」
「目印……オベリスクでも建てるか?」
「それ、過剰に目立ちませんか? 後、予算が厳しいと思います」
「む……」
「ひとまず、木材で看板的な何かを作って、街の各所に設置しましょう。宣伝効果もあると思いますし」
アルベルトとヴィルヘルミナは、改めて地図と図面を見比べつつ、都市の計画を練っていった。
●
「あれー? 君はどこの子? どうしてこんなところにいるの? ここにはエサはないわよ」
エスタルの城壁付近にいたヒルルクは、どこから現れたのかわからない迷宮カカポとなにやら話をしていた。
ハーヴィは驚かさないようにゆっくり近づくと、彼女に声をかける。
「何してるの、ヒルルクさん」
「あれ、ハーヴィ? これは、なんだか迷子になってるみたいだったから」
「相手をしてあげてたんだね。やっぱり、ヒルルクさんは優しいね」
「別にそういうわけじゃないんだけど……って、ハーヴィがなんでエスタルにいるの。またリカルダに仕事押し付けられた?」
「別に押し付けられてないけどね。まあそんなことより、ヒルルクさん、今暇じゃない?」
「暇……ってわけはないわよ……? わたしは、ほら特訓中だし……?」
「なんで疑問形……」
口元に指をあて首をかしげるヒルルクに、ハーヴィは苦笑した。
「まあいいや。もし時間あるなら、冒険者ギルド復活のお手伝いしてみる気はない?」
「ギルド復活?」
「うん、そう。リカルダさんからの依頼なんだけど――――」
と、ハーヴィはヒルルクに事の経緯を説明する。
「――――リカルダさんの仕事が減れば訓練に付き合ってもらえる時間も増えると思うんだよ」
「なるほど、それはいいアイデアね! それで、わたしはなにをすればいいの?」
「えっとね、まずは街頭に立ってビラ配りを――――」
「なんだ、勧誘は終わってしまったのか」
ハーヴィがヒルルクに手伝いの内容を説明していると、ルチルがやってきた。
「久しぶり……というほどでもないか。調子はどうだい?」
「うーん、ぼちぼちかな」
「ふむ、リカルダから一本取れるようになったかい?」
「あー……うん、たぶん?」
「なるほど、まだまだ精進が必要なようだね」
ごまかそうと目を泳がせるヒルルクに、ルチルは苦笑する。
「まあいい。ハーヴィ、ヒルルクを連れて指令所へ行っておいてくれ」
「それはいいけど……ルチルさんは?」
「アタイはクシェンを口説いてくる。華は多いほうがいいからね」
そういって口元を歪ませたルチルは、街の中心部へと歩いて行った。
●
「アルベルトさん、もう少し右です! ――――そうそう、そのあたりにズバッとお願いします!」
旧駐屯地への道の整備に着手したトーラと、その手伝いを買って出たアルベルトは、道となるべき場所へくい打ちを行っていた。
「埋もれてしまった石畳が邪魔だな」
「そうですね、掘り返しますか?」
「この量をか? さすがに現実的ではないぞ」
エスタルは帝国でも重要な都市の一つだ。崩壊前は整備された街並みがあり、道も石畳で舗装された立派なものだった。しかし、崩壊によりその道はズタズタにされてしまい、今は瓦礫と変わらない。
「うーん……避けて通るとだいぶ遠回りになりますし……」
「なら、砕くのが早いな」
「砕く?」
トーラが首をかしげている間に、アルベルトは自慢の愛剣『シュトルツ』を取り出した。
何をする気だと首をかしげるトーラに、アルベルトはいたずらっぽくほほ笑むと、地中に散乱する石畳に向け、愛剣を叩き込む。
「どうだ、いい切れ味だろ?」
「いや、斬れてませんけど!? むしろ吹き飛んでませんかっ!?」
盛大に巻き上がった土埃にむせたトーラが猛抗議。やるならやるっていってくださいと憤慨している。
「細かいことはいいだろ? これで均し易くなったんだから」
「細かくな……え?」
そう言われトーラが剣が振り下ろされた場所を見てみれば、そこには『穴』ではなく見事に砕石で均された地面があった。
●
「ルチルP、一名様ご案内よ!」
指令所の一室に設けられた面接室に、クシェンが住民を連れてくる。
ルチルはギルド職員募集へ応募してきた者たちの面接を取り仕切っていた。
ヒルルクは元々、解放後のエスタルの復興に何度も力を貸しており、住民たちにそれなりに人気があった。それを見抜いたルチルは彼女を広告塔として人集めに使ったのだ。そして、クシェンとしても新しい生活拠点となるエスタルの住民との交流は必須であり、この点においてもルチルが根回しした形になった。
「――――アドリエフ、先ほどの若者は裏方として使えそうだが、どうだろう」
「そうですね。やる気もありますし、何より字が書ける。私としては雇い入れに賛成です」
「では、彼は採用と……」
同じく面接官として立つアドリエフと共に、新しく発足するエスタル冒険者ギルドの人事回りを充実させていく。
●
「お疲れ様でございます、ヒルルク様。よろしければお飲み物をどうぞ」
街頭で冒険やギルドの宣伝と職員募集を行っていたヒルルクの元へ、レティシアが飲み物をもって訪れる。
「チラシの評判はいかがでございましょう」
「みんな見やすいって言ってるわ。これ、レティシアが作ったの?」
レティシアは「はい」と答え微笑むと、チラシを受け取っていった住民達との様子を伺う。
識字率の低い地方都市のことを考え、レティシアはチラシに冒険者ギルドの場所や募集要項などをわかりやすく絵にして載せていた。
反応も上々なようで、指令所へと足を運ぶ住民たちは徐々に増えているようだ。
「ご助力はとてもありがたいですが、ヒルルク様には訓練もあると聞いております。くれぐれもご無理なさいませんように」
「うん、わかってるわ。ありがとね、レティシア。……って、もう行くの?」
「はい。チラシだけでは理解できない方もいらっしゃるでしょうから、直接住宅街の方へ伺って宣伝してまいります。お仕事を探していらっしゃる方もきっといるでしょうから」
そう言って微笑んだレティシアは、ヒルルクに別れを告げ住宅街の方へと歩いて行った。
「……冒険者って、ほんと大変ね。何でもやらなきゃいけないんだもん」
『そうなんです。大変なんですよ』
「うわっ!?」
レティシアの背中を見送りつつ呟いたヒルルクが、いきなり聞こえた声に驚き飛び上がる。
「今ので一本です。ヒルルクは負けました」
ヒルルクが振り返ってみれば、そこには得意げに腕を組むトーラがいた。
「トーラ?」
「トーラ? じゃありませんよ。もしわたしが征竜さまを狙うメドゥの指先の一員だったらどうするんですか。ヒルルクの命はもうありませんよ」
「だって、トーラじゃない……はっ! もしかしてトーラはメドゥの――――」
「違いますからねっ!?」
思わず距離を取ろうとしたヒルルクにビシッと指を突き付けながら、トーラは嘆息する。
「ともかく、何事も用心に越したことはないということです。でも、意外と元気そうで安心しました」
「わたしは元気よ。もっともっと強くならなくちゃならないもの」
「強くですか……まあ、言いたいことは色々ありますが、あなたのそのやる気に水を差すつもりはありません」
「あれ、どこか行くの?」
そう言って背を向けたトーラにヒルルクが問いかけた。
「わたしも暇じゃないので、そろそろ行きます。ヒルルクも手伝うと決めたのならしっかりとお手伝いしてくださいね」
トーラは振り返ることなくそう言い残して、再び自分の持ち場へと帰っていった。
●
「ヒルルクさん……キミはいったい何を考えているの」
トーラたちとの会話を終え、再びビラ配りへと戻ったヒルルクをエルゼリオは遠巻きに眺める。
あの湖畔の屋敷での一件から、ヒルルクはもっと人の目に触れず、冒険者達との関わりの少ない場所へ移るものだと思っていた。しかし、見る限り、思い詰めている様子もないし、以前の彼女とそれほど変わった要には見えない。
「あれだけ思い詰めていたのに……キミの悩みはその程度のものなの?」
エルゼリオはヒルルクの本当の姿を探すように、彼女へと近づいていった。
「ヒルルクさん、調子はどう?」
「うん、半分くらい終わったところかな。エルゼリオはどうしたの?」
「ボクは担当の仕事が一段落したから、街を回ってたんだ。そうしたらキミが頑張ってるのを見つけたから声をかけてみたんだよ」
そう言われ半分に減ったチラシを自慢げに見せびらかすヒルルクを、エルゼリオは真剣な眼差しで見つめる。
「ねぇ、ヒルルクさん。一つ聞いてもいいかな」
「え……うん、なに?」
「遠回しに聞いたら変な誤解を招くかもしれないから、正直に聞くよ。ヒルルクさんはどうしてエスタルに来たの? てっきりボク達とは距離を置くものとばかり思ってた」
普段とは違うエルゼリオの雰囲気にただならぬものを感じたのか、ヒルルクは表情を引き締めた。
「……エルゼリオとしては距離を置いた方がいい?」
「そういう訳じゃないけど……キミが辛くないのかなって」
「辛いか辛くないかと言われたら……どっちだろう。自分でもあんまりよくわかってないのよね。でも、冒険者のみんなと一緒にいるのは別に嫌じゃないわ」
「でも、同じ道は歩めないって……そういう風に聞いたよ?」
「うーん……それはそうじゃなくて、なんていうんだろう――――」
「頼るっていうのは決して恥ずかしいことじゃないのさ」
ヒルルクが答えに窮していると、クシェンを連れてルチルが歩いてきた。
「ああそうか、そういうことなのね」
ルチルの言葉にようやく答えを見つけたのか、ヒルルクは二人を交互に見つめながら答えた。
「えっとね、頼るのが恥ずかしいとかそういうことじゃないの。わたしにはしなくちゃいけないことがあるのは知ってくれてると思うけど、それにみんなを巻き込むわけにわいかないわ」
「それでいいのかい? このままじゃ、アンタは言われたことをただ実行するだけの人形になり下がってしまうよ」
「ルチルさん、それは言い過ぎ――――」
止めに入ろうとしたエルゼリオを視線で制し、ルチルは続ける。
「エスタルのギルド再建だって一人でできるものじゃない。それはヒルルクにだってわかるだろう。頼り、頼られっていうのは世の常だ。その輪の中に例外なくヒルルクもいると理解してほしいとアタイは思っているよ」
そういって両手を広げたルチルは、無意識に線を引きたがるヒルルクに一歩踏み込んだ。しかし、ヒルルクは口元に小さく笑みを浮かべるとゆっくりと首を振る。
「ルチルの言いたいことは分かるし、頼れって言ってくれるのは嬉しくないわけじゃないのよ? でも、わたしの歩もうとしている道はみんなとは交わらない。それが分かったから、これからもみんなを頼ることはないわ」
クシェンが後ろで「なになに? なんのこと?」ときょろきょろしている中、ヒルルクは二人にきっぱりとそう言い切った。
「クシェン、いきましょ。南の方はまだ配ってないわ!」
「う、うん……。いいの……?」
「なにが? ほらほら、早く配らないと日が暮れちゃうわ!」
クシェンの腕を取り南へと駆け出したヒルルクの背を、二人はじっと見つめ続けた。
●
「あれ、ヒルルクさんとクシェンさん。もう、あっちはチラシ配り終わったの?」
南の区画で職員募集の看板を立てていたハーヴィが、二人に気づく。
「ええ、あとはここで終わりかな。クシェン、手分けして配っちゃいましょ!」
「はーいっ!」
ヒルルクは余っていたチラシをクシェンと折半すると、それぞれ分かれてチラシを配り始めた。
「ヒルルクさん、今日は征竜様とお話ししないの?」
「うーん、今日は繋がらないわ。まぁ、滅多に繋がらないんだけどね」
ヒルルクの横についたハーヴィは、彼女のチラシを半分受け取り、一緒に配りながら話しかける。
「僕も征竜信徒になれば征竜様とお話しできたりするのかな」
「ハーヴィは征竜信徒になりたいの?」
ヒルルクがそう問いかけるも、ハーヴィは答えず微笑んだだけで話を続けた。
「僕は今は征竜信徒ではないけど、それって征竜様をほとんど知らないからだと思うんだ。今まで関わる機会もなかったしね。そういえば、ヒルルクさんは征竜の巫女なのに征竜信仰を広めたりしないよね。なんで?」
「だって、征竜信徒って誰かに勧められてなるものじゃないもの」
「えっ、それじゃどうやってなるの?」
「征竜さまを想い敬愛すれば行きつく先はただ一つ、征竜様のお膝元よ」
「それって……征竜信徒になりたければ、竜の里へ行けってこと?」
「わたしと同じ信徒になるならね」
ヒルルクはまるで故郷自慢するように無邪気な笑みを浮かべている。
ハーヴィは「だから誘われたことがなかったんだね」と呟きながら、さらに言葉をつづけた。
「わかったよ。征竜信徒になるかならないかは今はまだ判断できないけど、これから先も、僕は僕の思うように……ヒルルクさんにとってより良いと思える方へ進めるように、勝手ながら手助けさせてもらう」
「うーん、ハーヴィはそれでいいの? わたしを手助けしても得られるものはないわよ?」
「そんなことないよ。だから君は、そのまままっすぐに君の信念を貫いて」
ハーヴィはもう一度ヒルルクに微笑みかけると、その手をそっと取った。
●
こうして進み始めたエスタル冒険者ギルドの再建は、リカルダやアドリエフの予想を良い意味で裏切り、街の復興にまで手を伸ばすことができそうだ。
まだ再建は半ばだが、数か月もすれば彼らが思い描いたエスタルの冒険者ギルドが出来上がることだろう。
その時にはまたこの地に集おうと約束し、冒険者たちはそれぞれの居場所へと帰っていった――――。
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:標準8 / 6〜8人
2023年07月14日 11時59分32秒 公開
相談掲示板
トーラです。 よろしくお願いします! 冒険者ギルドを復活させるとなれば、今後エスタルでいろいろな仕事が増えるかも知れませんね。 その為にも必要なものとして、ビッグオウムを飛ばすための施設の復旧をやろうかなと思っています。 発着所と休むための小屋、御者の人の休憩所……といったところでしょうか?
ヴィルヘルミナです。今回はよろしくお願いします。 建築・土木がのスキルを所持しているので、そちらの方で手伝おうかと。
ヒーラーのエルゼリオ・レイノーラです、どうぞヨロシクね! ボクは【地質学】と【建築・土木】スキルで、ギルド建設予定地の地質調査と施設の設計図作成をしたいな、っと思ってるよ。
ハーヴィだよ、宜しくね! そうだなぁ、僕はその手の専門知識は有してないから、冒険者ギルド復活を周知する為の広報活動をしてみようかな。ビラ配りとか、ポスター貼りとか。 興味を持つ人がいれば、もしかしたらそこから職員候補も見つけられるかもだし、必要に応じて面接のお手伝いも出来たらって。 面接官って、アドリエフさんにお願いしたら良いのかな? 業務経験者の方がより見極め易いと思うから、出来ればお願いしてみようかなって思ってるよ。
ごきげんよう。 ヒーラーのレティシア・レインフィールと申します。 皆様、よろしくお願い致します。 私の方では将来的に必要となりそうな乗合馬車の停留所を始め 宿屋や食事処の準備が出来れば、と。 ギルドの施設でそれらも兼任は出来そうなのですけれど ハーヴィ様と似たような行動となりますが 住民の方でお仕事として興味をお持ちの方がいらっしゃればそちらでお任せ出来れば、と。 帝国崩壊前にそのようなお仕事をなさっていた方もいらっしゃるかもしれませんし。 乗合馬車はフェンガリと往復が出来ましたら更に交流が生まれますし どちらの発展にもお役に立てるかと。 勿論、住民の方のご希望がございましたら他の場所との往復も視野に入れております。 食事処に関しては最初は屋台として始める事が出来ましたら ある程度はハードルが低くなりますでしょうか。
キャスター、アウレーリアです。宜しく。 廃墟と化した他都市の再建にも何度か携わっておりますので、その経験を生かしましょう。 更地が多いようですから、街並みから含めて都市計画を検討できたらと思いますが。 せっかくの地下水路ネットワークがありますし、一時の住居基盤でもあった設備ですから。 仮設ギルド支部からの移転の手間も考慮して、新庁舎への交通インフラとしても織り込むように設計を考えてみたいと思います。
ウォーリアのアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトだ。 よろしくな。 俺は、街の復興のために役立つ建物を建てまくる予定だ。
情報屋のルチルだ。よろしく。 半ばヒルルクに会いに来たようなものだが仕事はきちんとせねばならないね。 土木事業は専門ではないが以前崩落騒ぎもあったわけだし地盤絡みの事業に手をつけておこうかと考えているよ。