【北乱】美酒と佳話は決議の後に

真柄 葉

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シナリオID:3033

オープニング

 セルッティ商会の執務室、山と積まれた書類は日に日に増えていく。多忙を極める職務の中、冷めた珈琲に口をつけたヴィルジニア・テレーザ・セルッティは過日の事を思い出していた。

 あの日、紛糾した議論の末に、受け入れることが決定したエスト・ポーラとの休戦。
 リブラネスタ側は休戦を受け入れる条件として、エスト・ポーラ市長ローヴィス・クレイヴラーの身柄の拘束と引き渡し、又は彼の権限を封じる策を講じる事が条件だと突きつけた。
 エスト・ポーラ側としても、その程度の条件が出ることは想定済みだったのろう。可とも不可ともとれる曖昧な返事を返してきた。
 そんな回答に業を煮やし戦時賠償を強行に求める一部の者もいたが、もし市長を拘束する事ができて引き渡しされれば、取り調べを行い真相を究明する事も出来ると聡し、決定的な証拠が得られた後で改めて討議すべきだと宥めることで、リブラネスタ側も纏まったのだ。

「はぁ……”その後”がどうなるかくらいわからないのかねぇ」

 とはいえ、結局、戦時賠償を求めることは出来ないだろうとヴィルジニアは思っている。
 この戦はリブラネスタが喧嘩を吹っかけられた側である。確たる証拠がないとはいえ、それは明らかだろう。ローヴィス市長の徹底的な調査を経て証拠を掴み、エスト・ポーラに賠償金を請求――――した後はどうなる。軍の一部に軽微な損害を負っただけで金や物資が手に入るリブラネスタはいい。しかし、金銭的、物質的な負担を負ったエスト・ポーラはどうか。同盟の二大都市の片翼である彼の市が破綻、とまではいかなくとも困窮する事は目に見えている。そうなれば、同盟領内のパワーバランスが崩れ、先の戦い以上の混乱が起きるだろう。もしかしたら同盟の生命線である海の支配域にも影響が及ぶかもしれない。
 何より、内乱は他国に付け入る隙を与えてしまう。ただでさえ王国一強時代なのだ。もしこのまま両市が泥沼のいがみ合いにでも発展しようものなら、彼の国に付け込まれ同盟領全体の未来に影が落ちる事は間違いない。
 そんな事をさせるわけにはいかない。それがわかっているからこそ、エスト・ポーラ議会もこの休戦の提案を持ってきたのだろう。
 強かな奴らだと思う。流石、同盟領第二の都市を束ねる奴らだ。だが、それとこれとは話が別。やることはやってもらわなくては、こちらの腹の虫がおさまらない。
 では何をやらせる? 答えは簡単だ。
 交渉相手はエスト・ポーラの穏健派であり、今回の件で対リブラネスタ強硬派を糾弾(つるし上げ)できる立場にある。ならば、是非やってくれ。リブラネスタにいちゃもんをつけてくる奴らを排除し、クリーンな関係を築こうじゃないか。
 自らの手を汚さずに、元凶である市長を表舞台から排除し、『賛同者(対リブラネスタ強硬派)』も一網打尽にできるのならリブラネスタとしては上々の成果だ。同盟領全体の混乱も避けられ、他国から干渉の隙も与えない上策だと言ってもいい。この『答え』を裏ルートでそれとなく伝え――――。

「――――ニア様」
「……」
「ヴィルジニア様、聞いていらっしゃいますか?」
「うん? ああ、アンタいたのかい」

 かけられた声に気付きヴィルジニアは書類の山の隙間から壁際を見た。
 そこにはじっと佇む秘書がいる。

「居ましたよ。それより、少し休憩をなさってはいかがですか?」
「休憩? そんな暇はないよ」
「そうおっしゃられますが、何日もまともにお休みになられていないではないですか。お仕事がお忙しいのは重々承知しておりますが、身体がまいってしまっては元も子もありません。もういいお歳――――」
「あぁ?」

 秘書の声にヴィルジニアの「頭」がピクリと揺れた。
 秘書はこほんと咳払いで話を切ると、改めてヴィルジニアの前に立つ。

「……失礼しました。ともかく、一度お休みになられてはいかがですか。疲れた頭では効率の良い仕事はできないと、どこかの大商会の当主様も仰っていましたよ」
「それは嫌味かい? まったく、アンタは」

 この丁寧ながらも不躾な秘書に、ヴィルジニアは溜息をついた。
 この秘書とは長い付き合いだ。その関係は『幼馴染』と言ってもいいかもしれない。彼女の父はセルッティ商会の奉公人であり、その娘である彼女とヴィルジニアは幼少期からの顔馴染みだった。そして、彼女が言う『大商会の当主様』とは自分(ヴィルジニア)のことだ。彼女は暗に「自分で言った事も守れないんですか? ププッ」と言っている。

「今夜、『ハルミュロン』の席をご用意しております」

 どう言い返してやろうかと思案していたヴィルジニアの返事も待たずに、秘書はつばひろの帽子を書類の山の上に置いた。

「休むのにあの店は必要ないだろう」
「そうですか。ではキャンセルしておきます。前金の1万Gは無駄になってしまいますが」
「……アンタって子は」

 秘書はヴィルジニアの昔馴染みである。どうすれば彼女の退路を絶てるかなんて、食器棚のお皿の枚数を数えるよりも簡単だった。

「行けばいいんだろう、行けば。はぁ……この忙しい時に」

 ヴィルジニアは大きく息を吐いて立ち上がり秘書が置いた帽子を手に取ると、秘書の肩に手を置く。

「ほら、何をやっているんだい」
「なにを、と申されましても、私は秘書として主人の留守を守る――――」
「早く準備しな。アンタも付き人として一緒に行くんだからね」

 秘書の驚いた顔に満足したヴィルジニアは、彼女に帽子をかぶせ執務室を後にした。

解説

●目的 妙齢の女性『ニア』の話し相手になってください。 ●場所 リブラネスタのどこかにあると噂される会員制のバー『ハルミュロン』。 一見さんお断り、特別なメンバーしか立ち入れない高級店です。 ●人物 ・ニア つばひろの帽子と金縁の眼鏡をかけたまるで貴族のように上品で落ち着いた雰囲気を纏い、柔らかで丁寧な喋り方をする妙齢の女性です。 静かに飲むのも賑やかに飲むのも好きなようで、支配人曰くお酒は強いらしいです。 また口達者であり、下手なナンパは簡単にあしらわれるでしょう。 意外な事にリブラネスタの政治にも随分と詳しいようで……。 ●補足 皆様はセルッティ商会の幹部の一人からのこのバーの会員証を特別に無期限で貸与されます。ただし、客として入店する場合はドレスコードを守ってお願いします。 また、客としてだけでなく従業員(バーテンダー、ウェイター、ウェイトレスなど)として入っていただくことも可能です。ただし、従業員として入る場合はそれなりのスキル(「調理」や「話術」、「礼儀作法」など)が必要となります。 なお、店にはニアと付き人以外の客はいません。 店の支配人は、ニアや付き人の『素顔』を知っています。気になる方は聞いてみてください。 依頼後の『ハルミュロン』の会員証ですが、返していただいても結構ですし、そのまま持っていていただいて(永続貸与)も大丈夫です。そのままお持ちになりたい方は、プレイングにて「会員証永続貸与希望」とでも書いてください。称号として付与させていただきます。

マスターより

お世話になっております。真柄と申します。 今回のシナリオは【北乱】連動の事後シナリオです! 謎の女性(バレバレ)ニアのお話(愚痴)を聞いていただくだけの簡単なお仕事になっております。 妙齢の美女たちと一緒に美味しい酒が「他人の金」で飲める絶好の機会ですので、よろしければお店に顔を出してあげてください。 なお、付き人ちゃんには特に名前がないですが、絡みがあれば何か考えてみます。あと、付き人ちゃんはメイド服を「着せられています」。 それでは、今回のシナリオもよろしくお願いいたします!

リプレイ

 リブラネスタにこんな店があったのか。
 タダ酒が飲めると聞き意気揚々と依頼を受けてみれば、その店は王国や帝国の一等地に居を構えていてもおかしくない程の店構え――――いや、店構えは何の変哲もない民家なのだが、一歩店内に足を踏み入れてみれば……。
 ヴィルヘルミナは内装の豪華さに若干怯みながらも、平静を装い入店する。
 店に客は少なく、ニア(ターゲット)は既にカウンターで誰かと談笑している。
 ヴィルヘルミナはニア(ターゲット)から少し離れた席に腰を落ち着けると、店内を改めて見渡した。落ち着いた高級感あふれる店内は同胞(ドワーフ)達には縁遠いなと感じながら、マスターに「おすすめを」と注文したヴィルヘルミナは、出来上がりを待つ間にふと自身の置かれた状況を振り返った。

 武を重んじ鍛冶を生業としてきた生き方に変化が生じたのは、学園への入学だった。
 学業自体は平凡。目立たず埋もれず、それなりに学園生活を謳歌している。当然、冒険者としての仕事をこなす傍らでだ。正直、三足の草鞋はキツイ。しかし、学園を落第となると推薦者の面子をつぶす事になるので、そこは踏ん張らないといけない。

「欲張りですね、私は」

 そう呟いたと同時に、目の前にグラスが置かれた。

●
 リサ・ベイカーは初めてその麗人を見た時ピンときた。
 普段は絶対着ないであろう嫋やかな青のドレスを纏い、貴族令嬢然とした佇まいで椅子に腰かける淑女。変装などでは誤魔化せない、彼女の『オーラ』とでもいうべき威厳は寸分も失われていなかった。
 彼女がニア(ターゲット)。そして、その正体は――――。

「お隣の席、よろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ」

 リサは許可を得て、柔らかく微笑む麗人(ニア)の隣席に腰かける。マスターに「彼女と同じものを」と注文して、隣人に話しかけた。

「ここでお会いしたのも何かのご縁。わたしはアイリスと申します」
「これはご丁寧に。私はニアと申します」

 貴族然とした佇まいと笑い方。なのに、どこか本性を見せない笑顔。
 マスターにニア(ターゲット)の正体をそれとなく聞こうと思っていたが、その笑顔を見ただけでわかってしまった。間違いなく彼女はヴィルジニア・テレーザ・セルッティだ。そして、同時にリサはこの依頼の本当の目的を悟った。

「……先の混乱、リブラネスタに被害が無くて何よりでした」
「ええ、本当に。戦いは沢山の不幸を生みますから」

 不躾だとは思ったがリサがチラリと隣人の顔を覗き込むと、ニアの表情には憂いが見えた。それは言葉に嘘はないという証拠だろう。
 この依頼の目的はヴィルジニアへの慰安に間違いない。多忙を極め、今なお忙殺されている彼女を慮った部下の誰かが息抜きの時を用意したのだ。

「どうかなさいましたか?」
「……いえ、なんでもありません」

 そう言ってリサは視線を逸らしグラスに口をつける。マスターが気を使ったのか、酒はとても甘い。何かの果実酒だろうか。初めて口にした味だった。リサはマスターに「美味しいですね」と微笑みかけつつ、隣で微笑む麗人に改めて話しかけた。

「ニア様は今後のリブラネスタ……いえ、同盟が今後どのような道を辿るとお思いですか?」

 きっとヴィルジニアは自分の正体に気付いている。ならば、この話がどういう意味を持つのかわかるはずだ。

「そうですわね。私見でよろしければお話いたします」
「是非」
「……では。同盟は都市の集合体です。各都市の結びつきによって結束が保たれています。これは――――」

 リサはニアの話す同盟領の実情に食い入るように聞き入った。ニアは理想と現実をうまく織り交ぜながら、同盟領が進むべき道を面白おかしく語っている。
 流石だと思う。理想(進みたい道)と現実(進む道)を破綻しないギリギリで語るその話術に感嘆した。
 リサはニアが語る夢物語(理想の同盟像)を肴に、グラスを傾ける――――。

●
 ヴィルヘルミナはゆっくりとグラスを傾けながら、麗人たちの談笑を観察していた。

 リサ――――今はアイリスか。は、うまくぼかしてはいるが彼女が語る話はエスト・ポーラの実情を憂いている。同盟領二大都市の抗争は収束を見せているといっても、少なくない爪痕を双方に残した。談笑する二人は互いが別陣営に属する身。腹の内ではもっと言いたい事もあるだろう。自国(ドワーフ王国)の邪竜騒動とはまた種類が違う。これはもっと軽微(被害は少なく)で複雑な(ねじれは酷い)ものだ。

「冒険者としてどう当たるのがいいのか」

 ヴィルヘルミナはそう呟いて、ちらりとマスターを見る。
 しかし、マスターは何も言わず小さく微笑むだけ。

「自分で決めろという事ですか。わかりました、ではそちらのお酒を」

 マスターの微笑みに、ヴィルヘルミナは店で一等強い酒を指さし、微笑み返した。

●
 高級礼服(テーラーメイドセット)に純白のレースショール(ローズバラッドのレースショール)を纏ったシルヴィア・A・カペルは店内に麗人(依頼対象)の背を見つけると、静かに近づいた。

「失礼、隣の席は空いているだろうか」

 声に気付き振り向いた麗人の顔を持て、シルヴィアはその正体をすぐに見抜いた。
(なるほど、そういう類の依頼だったか)
 縁故を結んだ相手を見間違えるはずはない。では、何故変装までしてこの様な場所に居るのか。
 全てを悟ったシルヴィアは不思議そうに首をかしげるニアに微笑むと隣へ腰かけた。

 注文したワインを傾けながら、シルヴィアはニアに話しかける。貴族としての礼に則りつつ、堅苦しくない話し方に、ニアは次第に引き込まれていく。
 酒も進み、時折出てくるニアの愚痴もシルヴィアは笑顔で受け止め、耳障りの言い言葉を返した。

「そういえば以前、ワインの産地を紹介してくれると言ったのは覚えているかな?」
「ワインの産地? おかしいですわね、私と貴方は初対面のはずですわ」

 ああ、そうか、そういう設定だったね。

「……失礼した。君が知人に似ていたものでつい。しかし、折角ワインの話が出たんだ、我が領地のワイン事情について話してもいいだろうか」

 少しだけ面食らったシルヴィアが面白かったのか、ニアはくすくすと笑いこくりと頷いた。その後も二人はワインについて談義を重ねる。自領のワインの質を良くしたいと望み各地のワインを調べているというシルヴィアに、ニアは参考になればとマスターに同盟領でも名のあるワインを出すように注文してくれた。

「君はリブラネスタには詳しいだろうか。よければおすすめの名所など教えて欲しい」

 ビンテージもののワインを味わいながら問いかけたシルビアに、ニアは街はずれの丘の景色が好きだと答える。時期は過ぎてしまったが、水仙の花が咲く美しい丘だという。シルヴィアもお返しにと自領の薔薇の美しさを語り、是非訪れてくれと誘った。
 酒も進み話題は政治の話へ。

「今は落ち着いて見えるが、まだ火種がくすぶっている。再び両雄が相対す事もあるのだろうか」
「エスト・ポーラの出方次第、というのが私の見解ですわね」
「市長の件や穏健派の出方次第か……まだ小夜啼鳥の唄はしばらく続きそうだ」

 そう呟いたシルヴィアに、ニアは小さく微笑み頷いた。

●
 ヴィルジニアには小鬼争乱で多大な恩義がある。何のために動いていたかはうまく思い出せないが、彼女の助力は大きな助けとなった事だけは覚えていた。その彼女が今、休息を必要としている。ならば、その一助となる事が恩返しとなるだろう。
 この時の為――――という訳ではないが、王国の高級服飾店で仕立てた礼服を纏ったナハティガル=ラーは、ニア(ヴィルジニア)から幾分離れた位置に腰かけ、他の者達が話す彼女の様子を観察していた。

「マスター」

 ナハティガルはグラスを拭いていたマスターに声をかけると、視線を横に振る。マスターはナハティガルの視線を追うと、小さく頷いた。
 グラスに氷が落とされる。高級品である氷を躊躇なく使う所を見るだけでも、この店の格が分かる。マスターはできたばかりの氷入りの酒をナハティガルの前――――ではなく、ニアの前へ滑らせた。

「あちらのお客様からです」
「あら」

 ニアはマスターの視線を追って、ナハティガルを見つける。同時に立ち上がったナハティガルがコツコツと足音を刻み、ニアに近づくと――――。

「隣いいだろうか」
「ええ、どうぞ」

 微笑んだニアに目礼し、ナハティガルは彼女の隣に腰かけた。
 隣に座る麗人は、「まあ、美味しい」と差し出された酒を楽しんでいる。その姿はまさに貴族令嬢そのものだ。
 それにしても女は化けるものだと思う。本当の名前で呼んでやろうかと悪戯心が芽生えそうになる。
 ナハティガルは沸々と湧いてくる欲望を押し殺し、ニアに話しかけた。

「先ほどマスターからアンタは政治に詳しいと聞いた。私見でいい、王国とゴールディに対する同盟としての在り方を聞かせてもらえないか」
「ふふ、この様な場で随分と難しい事をお考えなのね」
「趣味なものでな」
「面白いお方です事。そうですわね、私個人の意見でよければ」

 そう答えたニアにこくりと頷いたナハティガルは彼女の話に静かに耳を傾ける。
 ニアは王国一強である今の大陸の在り方に疑問を持っていると語った。三国でうまくバランスを取っていた帝国健在時代とは違い、今の大陸は実に歪だ。しかし、現状それを打破する術を持つ者はいない。征竜はヒトの情勢になど興味はないだろうし、それはイダも同じだろう。では、この歪な状況を変えることが出来るものは何か。それはもしかすればゴールディなのかもしれない、と――――。

「――――こんな所かしら。お気に召していただけて?」
「ああ、参考になった」
「それは良かったわ」
「……アンタには世話になったからな。受けた恩義はいつか必ず返そう」
「ふふ、私たちは初対面ではなくて?」
「……そうだったな。忘れてくれ」

 そう言ってナハティガルはマスターにニアの分の酒を追加注文すると、失礼すると席を立った。

●
 重厚なドアが開き紳士と淑女が入店する。紳士は凛々しく淑女は嫋やかに、腕を組んだ二人は店内の注目を浴びつつカウンターへと向かった。
 二人の目線の先には、一人の麗人が座っている。

「今晩は、レディ。良い夜をお過ごしですか?」

 紳士――――ジュスト・ヴェルジーはグラスを傾ける麗人に声をかけ、柔らかく微笑んだ。

「ええ、今宵は新月ですから」
「それは素晴らしい。よろしければ我々にも良き夜の共を」

 答えた麗人――――ニアはにこやかに微笑み返すと、ワイングラスを僅かに持ち上げる。
 新月の夜は、暗闇に包まれた空気が清々しく感じられる。清い空気の元で飲む酒は格別だと。
 この貴族特有の遠回しな台詞をすぐさま理解したジュストはニアに問いかけた。その申し出にニアは「喜んで」と答え、隣席に視線を落とす。ジュストはニアの隣へ、そしてその隣へは淑女――――ローザリカ・L・ディオールが座った。
 二人はニアに名を名乗り、王国の貴族だと伝える。ニアは身分こそ明かさなかったものの、名を名乗り、二人を迎えいれた。

●
「なるほど、レディ・ニアはリブラネスタの内情にお詳しいようだ。では先日の一件でも随分とご苦労をされたのでは?」

 ニアの話を聞いていたジュストが問いかけると、ニアはふっと小さく微笑んで頷く。

「実質的な被害は少ないですが、心的な被害は大きいと私は思っております。正式な形で両市が和解しない限り、この状態は続くでしょう」
「正式な形で和解ですか……それは彼の市長の引き渡しを意味しているのですね? しかし彼には面白い噂が……」
「噂ですか?」
「ええ、彼は傀儡であり、事の責任を取らせる形で尻尾切りされる、と。今のエスト・ポーラは穏健派と強硬派に二分されていると聞きます。片方の手を取れば片方を突き放す事になる。更に他国のからの干渉まで考えるとリブラネスタは頭痛の種が尽きないでしょうね」

 そう真顔で『推測』を話すジュストにも、ニアは笑みを絶やさない。
 ジュストは同盟領南部、特にローヴィス市長の奥方についても言及する。先日の戦いは『王国の南』にまで波及した。王国南部と言えば件の市長の奥方の出身家、南方辺境伯家がある土地だ。ジュストは暗に王国南部の貴族たちがリブラネスタとエスト・ポーラの和解が成ったとしても、王国への心証は最悪だと言っている。
 ジュストは更に貴族たちと王家についても話をしようとするが――――。

「ジュスト様、その話題はあまり女性向とは言えませんわ」

 ジュストの向こうでフレッシュジュースを口にしていたローザリカが止めた。
 ローザリカはジュスト越しにニアに目配せすると立ち上がり、二人の後ろを回りニアの隣席に腰を下ろす。

「ニア様、『お買い物』のお話をいたしませんか?」
「お買い物ですか?」
「はい」

 ローザリカは首をかしげるニアにふわりと微笑むと、「ここだけのお話なのですが」と前置きして『お買い物』の詳細を語り出す。

「同盟領は商人達の国です。そして商売とは相手があってこそ成り立つもの。実は近々、私も自身の商会を開く予定がありまして」
「なるほど、それが『お買い物』の正体ですのね。それで、貴方の商会はリブラネスタに?」
「いえ、場所は王国領になりますが、同盟とは良き隣人としてお付き合いが出来たらと思っております」

 ニアの向こうで「その話もどうなんだ?」と苦笑しているジュストを無視して、ローザリカは話を続けた。

「ニア様は『お買い物(商売)』にも聡いとお見受けいたしました。よろしければこっそりとリブラネスタの実情など教えていただけませんか? 特に『海(海運)』のお話なんて聞かせていただきたいですわ」
「ふふ、貴方は面白いお人ですのね。私の話が貴方の商会のお役に立つかはわかりませんが……『海を制するものは大陸を制す』。そう言っていた商人がおりましたわね」
「それは素晴らしいお言葉ですわね。やはり私の目指す所は間違っていなかったようです」
「では、貴方も『海』へ?」
「はい、港がある街に商会を構えるつもりでおります」
「ふふ、リブラネスタ――――いえ、同盟にとって手強いライバルが現れそうな予感がしますわ」
「ニア様、これは内緒のお話と申し上げたはずですわ。どうかこの話は、そのお心にしまっておいてくださいまし」

 そう言って二人の淑女は口元に手を当てながら微笑み合う。そんな二人を見ていたジュストは小さく肩をすくめると口を開いた。

「はは、すっかり話題を持っていかれてしまった」
「ふふ、ジュスト様はもう少し『女心』を学ばれるのがよろしいかと思いますわ?」
「肝に銘じておきます、レディ・ローザリカ」

 大仰に頭を下げたジュストに、今度は淑女二人は声を出して笑った。

 こうして、ゆめまぼろしのような夜を『ハルミュロン』で共有した彼等は、時間の許す限り言葉を交わし、グラスを交える。この日、『ハルミュロン』から明かりが消えることはなかった――――。

マスターコメント

お疲れさまでした! 皆様との楽しい一時のおかげで、彼女の肩の力も随分抜けた事だと思います。 ロスガリア大陸は混迷を極めてきており、彼女の胃にも多大なダメージが蓄積されていくことは想像に難くありません。 また息抜きできる機会があれば是非話し相手になってあげてください。 ご参加ありがとうございました!
ショートシナリオ

ショートシナリオ普通 報酬:標準6 / 4〜6人

2023年06月19日 13時21分29秒 公開

成功

相談掲示板

  1. リサ・ベイカー

    リサです。取り敢えず、軽く変装して客として参加させて頂きます。 よろしくお願いしますね。

  2. ヴィルヘルミナ

    ヴィルヘルミナです。今回はよろしくお願いします。 たまにはお酒でも…と思ったりしたので、今回はお客ですね。 ドレスコードをとの事なので、テーラーメイドのものでも着ていけば大丈夫でしょうか。

  3. シルヴィア・A・カペル

    シルヴィアだ。今回はよろしくね。 ドレスコードがあるとの事だから、私もテーラーメイドの衣装を着ていこうと思っている。同盟のワインを飲むのが今から楽しみだよ。

  4. ナハティガル=ラー

    ナハティガル=ラーだ。――宜しく頼む。 俺も客として参加する予定。 丁度テーラーメイドで仕立てたばかりの服があるので、それを着て行こうかと思う。

  5. ジュスト・V・ケレス

    ジュストだ、よろしく。 俺も客として参加させて貰うつもりだよ。 飲酒はまだ出来ないけれど、話と雰囲気だけでも楽しめたら幸いだ。

  6. ローザリカ・D・ケレス

    会員証の無期限貸与とは気前がいい。 ローザリカ、僕も客として邪魔をする。 ジュストと同じく飲酒こそできないが話せるのが楽しみだ。

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0