政治討論部と何か出る廃校舎

紀藤トキ

コメント 0

シナリオID:2938

オープニング

●
「年度が替わって、立場が学生から教諭になった筈だが、あまり変化はないな……」
「そう言っていられるのも今のうちだろうけどね。講義や担任を持つと忙しくなるぞ」

 のんびり過ごすトマスへ、テオドールが苦笑を向ける。王国史の担当ということで、トマスはテオドールの研究室に属する事になったが、まだ講義を持っている訳ではない。いずれ、低学年向けの概説などから任されていくのだろう。立場は変われど、接し方は変わらないようで、年長のテオドールが優し気な口調なのに対してトマスはぶっきらぼうな言葉遣いである。分かりやすく変化した事と言えば、トマスが政治討論部の部長からテオドールと同じ顧問側に変わった事か。サインを書く場所が、申請者から承認者に変わっている。

「部長は、まだ正式に決めてはいないのだったかい?」
「私よりも、部員諸兄の方が色々と考えていてくれてな。部長となる人物の属性によって、部活の方針が変わって来ることを危惧していたようだ」

 その変化も含めて許容するのか、それとも今までと変わらない空気感を望むのか。派閥に加えて、王国民であるか否か、種族が何かなどについても、部長が誰になるかはメッセージ性がある。と、指摘されるまで気づかなかったのは迂闊と言えば迂闊。極端な話をすれば、伝統的な有力部活に見られるような『○○部に属しているという事は××派だな』という区分けをされかねない。

「手を挙げてくれているのは、属性で言えば異国人のエルフと歴史のある王党派貴族の嫡男だからな。今までの部長であった私の立場とは異なる。どちらも個人的な友人としては良き人物だと思っているのだが、外部からの見た目は違ってくるかもしれないな」
「付き人の二人という提案もあったのだったか?」
「ああ。この二人であれば、シオンになるだろう。カナンには向いていない」

 ようやく復帰した側近の二人は最終学年生でもあり、放課後のみ研究室で手伝いをしている。

「すこぶる同意」
「私としては、カナンに勉強の意味でさせても良いと思うのですけれど、トマス様がそう仰るなら仕方がありませんね」

 ちょうど洗い物をしていたカナンは背を向けたまま短く首肯し、シオンはため息交じりにそう答えた。

「もともと、挙手した者に任せるという約束であったのだが、色々と意見を聞いて考えを改めた。部員の意見も大事だろうから、その三人について意見を問おう。無論、無記名でだ」

 生徒会選挙の時に使われた手法だが、こういう時に役に立つとトマスは思う。特に意見が無ければそれはそれで構わない。内容に関しては、トマスのみが閲覧し、結果についても責を負う。そう言う事とした。

●
「それはさておき、以前に意見を聴取した、来年度以降の学園の平民受け入れ態勢についてだが……」

 手配すればそれほど時間を要さずに話を動かせそうな古着の買取や販売についてはともかく、廃校舎を寮に改装するというのはそれなりに時間のいることだ。学園側もそう判断したのか、転用を想定している廃校舎が現状でも利用可能であるのかを確認したいと言ってきている。廃校舎の水道などが生きているようであれば、提案にあったような弁当作成を学生が自分でするにせよ依頼にするにせよ手近な所で済ませられて一石二鳥だという考えもあった。

「一応、倒壊の危険が無いか程度の確認は時々されているらしいが……、細かい調査はされていないそうだ」
「同時期に作られた他の校舎と同じならば、石組みやら主要な柱やらは大丈夫だろうね」

 当時の学長らはどこで見つけて来たのか、エーテルを長年吸って頑強になった古木の柱を基礎に据え、石材などもドワーフを招聘して組まれたものだという。内部で爆発が起きても問題ないとあって、困った研究者たちに好評であった。廃校舎がいつまでたっても廃校舎のままであるゆえんでもある。頑丈な建造物は解体するにも金がかかるのだ。

「同じような素材を使っているとはいえ、床板や扉といった部材は駄目になっている可能性もあるだろう。それは見つけて取り換えの依頼を出さねばな。自分達で直せそうなら、いっそ直したほうが予算が浮いて古着購入だのに回せるかもしれない」

 平民が最低限の学生生活を送るための支援が必要であることに異論はないにせよ、過剰な援助はかえっておかしなことになるというのは、前回に数名から指摘された点だ。その点から見ても、学園側が出せる資金には上限があるだろう。幸い、新入生向けの案内チラシの作成に関しては入学前の施策となるので学園側から別予算で見て貰えている。

「あと気になるのは窓ガラスだが……、さすがに外されているか」
「大物はそのままだったけれど、鎧戸が降りて、昼なお暗い……って感じだったね。もう10年近くは前の話だが」

 テオドールが懐かし気に言う。廃校舎と言うのはしばしば肝試しの場になったり秘密基地が置かれたりするものらしい。頑丈で人が訪れない場所に、誰にも見つからないと思って何かを隠したまま忘れて卒業してしまう事例もありえる。あるいは調査の過程で誰かの黒歴史を発掘してしまう可能性も考えられた。

「……いや、他人の秘密を暴きたい訳ではない、のだがな。しかし新入生の目に触れてはまずいものがあるのなら、その回収も必要か……」
「それに、検査に引っかからない程度の無害な生き物が住み着いてる可能性もあるよ」

 魔獣、とはいかずとも犬や猫のような、あるいはネズミや家庭内害虫のような生き物が潜んでいることもあるだろう。そう考えれば、事前調査はますます必要な物と思えた。

解説

トマス君の御実家関係と並行で、学園問題に関する政治討論部の活動も進めていきます。 今回は廃校舎を探索する依頼です。 特に難しい事は無いので肝試し気分でワーワーキャーキャー言うのも良いと思います。 面白いものなどを見つける方向だとこんな感じです。 ・廃校舎には危険なモノは住み着いていません。幽霊や魔獣なども居ません。 ・無害な動物や昆虫はいても構いません。 ・かつて学園に通っていた時に廃校舎でやんちゃした事がある人は、過去の黒歴史に直面できるでしょう。 ・自分がやんちゃしなくても、知人が勝手に相合傘を書いていたりすることはあるかもしれません。 ・自分の兄姉、両親、先祖と言った方々の足跡に出会う事もあるでしょう。 真面目なお仕事としては、下記のとおりです。 ・骨組みや基礎は不安が無いです。 ・床板な時々腐っていて抜けたりするかもしれません。 ・扉の立て付けが悪くなっていたり、割れて居たりするかもしれません。 ・自前で直す場合はそれなりにスキルや時間を要します。材料は予備資材が学園にあります。 ・野生動物については学園管理の森へ。愛玩動物は引き取り手を探すか自分でお持ち帰りも可。 ・害獣や害虫の類は必要に応じて処理しましょう。 ●トマス・ダンテ周辺NPC タイコモ・チー いません。 シオン、カナン その辺に居ます。 下記四名はプレイングで触れられていればいます。 サラ・ドルトン(15) 男爵令嬢。己を磨く系意識高め女子。テオドールと婚約中 テオドール・ディンドルフ(テオ)(28) 討論部副顧問。筋金入りのハフビ大好きなくせに貴族の子。五男。学園派にも公平に当たる。サラと婚約中 ルカ(20)ラナ(16) 砂漠のオアシスの小部族の兄妹。 ※いつもの注意書き 政治討論部の入部希望者はプレイングでその旨をお書き下されば、称号を付与いたします。 入部は聴講生でも、初参加の方でも大丈夫です。 ●政治討論部って何するとこ? 名前は政治討論ですが政治に限らず、いろいろ質問したり回答したり意見を募ったりできるような場所です。 今回もそんな感じですが、基本的に部室で喋ってるだけみたいなシナリオが多いです。 関連NPCにトマス(部長)やリヴァマス(顧問)が良くついてきます。 もっと詳しくという方は少し前のシナリオ「政治討論部の新年へ向けて」に質疑がありますので宜しければご確認くださいませ。

マスターより

このテーマの依頼は昨年末に出したきりでしたが! 忘れた訳では無かったのです! 今後、新入生がやってくる前に出来そうな依頼の種としては、寮の整備と古着の売買あたりかなと思っております。 相談所関連は他のマスターのシナリオで作ってくださった素敵な施設があるようです。 入学準備の案内チラシや掲示板に張るお買い得情報はあると助かる良い提案だと思うけど、それを主題にプレイングを書いて貰うのが難しく思えたので見送りました。 ●部長の投票について オープニングにはPCのお名前を書く訳にはいかない(ご参加頂けるかどうかも分からない)のでぼかしておりますが、過去リプレイで挙手頂いた方お二方とNPCのシオンのいずれかのお名前を書いて下さった方で集計し、決定します。 また、辞退の意思がある場合には、それをリプレイに書いて欲しいか、こっそり降りたいかご指定頂ければそういたします。 募集後に色々と学内での見方などに気づかせて頂いたことで、こういう形にいたしました。 世界観管理する側なのに、まったくその辺を考えて居りませんでしたが、派閥争いとか学園関連のテーマで良く出て来るのに迂闊。 色々と迷走して申し訳ありませんでした。

リプレイ

●
 人の気配のない廃校舎は、日の有る時間でもどこか薄気味悪い。この日、一同が集まったのは紅茶の香り漂う普段の教室ではなかった。現地集合+現地解散が今日の予定である。

「廃校舎……おばけさんはいない、ですよね……?」

 漂うおどろおどろしさに怯えた様子のゲルダ・クラインに、ハリーヌ・ヨツユビがわざとらしく耳を立てた。

「おや……? 今なにか、人の泣き声が……」
「ほんとうですかっ!?」

 がしゃりと面を下ろし盾を構える完全武装のゲルダ。物理的脅威に対しては恐れる者のなさそうな豆戦車も、実態のないものは苦手らしい。そんな様子を横目に、OGのレティシア・レインフィールは物憂げに溜息をついた。

(そういえば、ここで肝試しなどという噂も耳にしましたが、ついぞ誘っては頂けませんでしたね……)

 見るからに蒲柳の質といった彼女を誘うのは周囲の覚悟が足りなかったのだろう。令嬢を遊びに連れ出して本当に気絶でもされてしまうと、とてもややこしいことになるのだ。彼女の婚約者ならばそういう面での問題は無いかもしれないが、さりとて彼が肝試しに自分を誘う姿は想像しがたかった。

「しばらく放置されているというには損傷が少ないですね。珍しい素材を使用した建物と聞きましたが」
「詳しくは知らないが、ダンジョン産の資材なども使われているそうだ」

 リコリス・アデュラリアの独り言をトマスが拾って答える。政治討論部を始めてからと言うもの、質問とみれば答えていくスタイルになってしまったトマスに、シルヴィア・A・カペルがクスリと笑みを浮かべた。

「やぁ、教諭殿。元気にお過ごしかな?」
「シルヴィア嬢か。私は講師で正規の教師ではないが……」
「ああ、知っている。トマスは相変わらず真面目だな」

 揶揄い甲斐があるとシルヴィアの顔に書いてある。先日シルヴィアとトマスが出会った夜会の主催側の令息の印象をそれとなく聞かれ、トマスは困った顔をした。身分を隠しての参加が許される会合での出来事を、外で触れるのはあまりマナー上はよろしくない。とはいえ、シルヴィアはそもそもの謹慎の事情も知っているし、学園内であれば細かいことを言わずとも良いだろう。

「ヴァーゲナー侯爵令息か。私よりも大分年が上なので交誼はないが、侯爵家の嫡男として相応しい方と聞いている」

 副音声で言えば油断できない人物だが、悪評の類いは無いと言うことだ。なるほどとシルヴィアが頷いたところに、おずおずとアンジェが近づいてきた。どうやら講師としての仕事である。

「あの、アンジェは政治討論部に入部希望、します。いろいろ、聞きたいことがあったら質問してもいいって……」

 王国のことも学園のことも分からないことが多いと言う彼女に、トマスは大きく頷く。

「歓迎しよう。アンジェ嬢。来年を考えれば、分からない者の視点があるのはむしろ望ましい。……と、来年といえば部長の話もあったな」
「その事なのですが、今回は私は辞退させて頂けないでしょうか? 新聞部を立ち上げたこともあり、慌ただしくなってしまって」

 立候補していたコルネリウス・アーラがそう述べる。決定まで時間がかかったこともあり、彼女を取り巻く状況も変わったようだ。それは王国や学園内の派閥に対する彼女自身の気持ちや立ち位置の変化でもあるのかもしれない。

「そうか。安易に誰でもなどと言ったせいで、却って迷惑をかけた」
「いえ、学園でまた一年過ごせたら、来年度についても改めて考えていけたらと思います」

 そう頭を下げたコルネリウスは、年末からこれまでに悩みもあったのかもしれないが、少なくとも今は以前のように朗らかな表情に見えた。確かに、シオンが部長になるにせよ来年は(学業が順調にいけば)卒業である。横で話を聞いていたリサ・ベイカーも、やはり次の部長選びのことを考えていたらしく何やら考え込んでいた。

「そうですね……。任期を一年にして毎年話し合いで決めるというのも良いかもしれません?」
「ワタクシとしましては、学園では将来に向けてコネを得たい訳でして。派閥色が薄い今のままの部活であることを願うばかりでございます」

 そんなハリーヌをはじめとして、集まっている面々のうち幾人かは部長選びについて思うところをトマスへ伝えている。そこから辞退したコルネリウスへの推薦は除き、人数がもっとも多かったのはトマスの側仕えであるシオンの名前であった。

「これは、今までの運営をそのまま続けて欲しい、という希望になるのだろうか。最初に、誰もいないときに手を挙げてくれたジュストには申し訳ないな」
「いや。もともと俺も中立派の部長が望ましいとは思っていたからね。落ち着くところに落ち着いた感じだろう」

 ジュスト・ヴェルジーは最初に挙手した際にもそう言ってはいたものの、貴族という物は勝った負けたに本人よりも周囲が煩い。平民孤児のシオンが部長となったことで、将来の社交の場でジュストが言われる嫌みの種が一つ増えたかもしれないと、トマスは気を回している。もっとも、婚約者のローザリカ・L・ディオールは、今更ジュストの悪名が一つくらい増えても大差ないだろうと思ってはいる。

「そもそも、在学中の悪名というなら僕の家系だっていろいろ派手にやらかしたことがあるだろう」
「派手といえばロゼのお母上とお父上も学園で出会って熱愛で有名だったんだよね?」

 同じ貴族とはいえ、伝統ある侯爵家と新興伯爵家では家格が違う。ローザリカの父は母を得るためにずいぶん苦労した筈だ。幸せを望んで掴み取るためのパワーに関しては、両親を見習いたい物だとローザリカは思っていた。在学中は忍ぶ恋だったとすれば、廃校舎に何かが残っていたりしないだろうか、とジュストは言う。

「そういうヴェルジー家の方々はどうなんだ。廃校舎に縁がありそうな方はいるのかい?」

 ローザリカからそう水を向けられ、ジュストはしばし考え込んだ。父は真面目だったので廃校舎で遊んでいる図は想像できないが、叔父は女性方面が派手だったとか、祖父は喧嘩っ早かったとか、学園でも目立つ人物ではあったらしい。

「なので、当人が残した物かはともかく、誰かが何かに名前を書いていることはあるかもしれない」
「何か?」
「……恨み言とか。祖父にこっぴどく負けた相手が残していてもおかしくはないだろう?」

 そんな事を言うジュストだが、自分とて婚約前の私生活は荒れていたことを忘れているようだ。それこそ袖にした女性からの恨み言くらい書かれていてもおかしくはないだろう。ローザリカはといえば、あのジュストの祖父への恨み言を残すなど、後で見つかったときのことが恐ろしくはなかったのだろうかと真顔で考えている。二人がそんな会話をする間にも、調査準備は着々と進んでいた。

「今日は、ざっくりした安全性と大まかな修繕場所の確認まででしょうか。人手もいるでしょうから、補修予算の概算もですかね」
「以前の物ですが、廃校舎の見取り図を写しておきました。それから、過去の記録も確認してあります」

 そんな風に、リサとレティシアは仕事の段取りと下準備をそつなくこなしている。特にレティシアが用意してきた過去の資料は、当日に間取りから記録するつもりだった一同に歓迎された。いわばダンジョン突入前に地図があるような物で、気がついた事だけを書き込めば良いというのは格段に作業が楽になるのだ。

「光源にランタンを持っているのは、ワタクシとリコリス様、ゲルダ様でございますね」
「では、ハリーヌさんとは照らす場所を手分けする方が良いですよね!」

 さっきの怪談モドキで苦手意識を持ったのか、ゲルダはささっと親友のリサの元へ。ローザリカとジュストの婚約者組は、彼氏から贈られた蜜薔薇の瞳が彼女の耳でふわりと輝いているのを光源に、暗い場所ではエンライトも使うようだ。

「私も、夜煌石の首飾りを、持ってきています……」
「それはありがたいな。私は見ての通り、準備不足でね。明かりを貸してくれると助かるよ」

 おどおどと申告したアンジェへ、シルヴィアが自信づけるように笑いかける。コルネリウスとレティシアは暗視を持っているので、個人としては足下に不安はないようだ。

「状況次第ではありますが、業者の手がいらない内容の修繕であれば、平民学生へ仕事の斡旋というわけにはいかないでしょうか。報酬として食堂の食券や寮での部屋の希望優先権なども宜しいかもしれません」
「できなくはないが、現時点での在校生の平民というと貴族の付き人が殆どだな……」

 レティシアが言い添えた提案に、トマスが渋い顔をする。来年以降であれば、後ろ盾のない平民の助けになるかもしれないが、彼らの入学に備えて寮を作らねばならないという二律背反。ただ、冒険者らの中にはそういったアルバイトを気軽に受けてくれそうな者もいるだろう。

●
「痛んでいれば骨組みだけでも、と思っておりましたがこれはこれは」
「中も予想以上に良い状態ですね。良い素材を使うとこれ程に違うのですか」

 ハリーヌとリコリスが言うように、長年手つかずという割に建物としてはガタも来ていない。

「これなら、思ったよりも再利用までのハードルは高くないかも?」
「悪いところだけ見つけて直せば、良さそうですね!」

 リサがそう算段をつける傍ら、ゲルダが足踏みしながら異音の有無を確認している。壁や床は普通の物も使われていたようで、ところどころ痛んでいる場所は見受けられた。

「それにしても、やはり普通の家屋ではあり得ない保存状態だ。何かしら、特別な素材なのだろうな」

 引き戸が普通に開く辺り、基礎に大きな歪みも出ていないようだとローザリカが言う。アンジェがこつこつと足下を竜石の祭刀で確かめる傍ら、ハリーヌが探波を用いて周囲の状態をざっくり確認していった。

「その辺りは床が薄くなっておりますね。腐っているかは分からないのが厄介でございますが……。危ない場所には目印をつけても宜しいでしょうか?」

 後から見ても分かるようにと塗料を出すハリーヌへトマスが許可を出す。移動が難しいほどに破損している場所にはロープを渡しておくことも、ハリーヌは提案していた。その間もコルネリウスが鋭い目で周囲を見回していたが、この部屋には恐れていたような害虫の類いはいないようだ。というよりも全体的に、生き物の気配は薄い。

「ここは、割れ目があるようです……」
「大きなヒビが入っていますし、これは修理では無く板ごとの交換が必要でしょうか」

 アンジェが見つけたのは、何かがぶつかったような割れ目だった。のぞき込んだレティシアが少し様子を見てから、これは直せそうにはないと頭を振る。

「あ、じゃあレティシアさんから貰った見取り図の写しに、要交換の印をつけておきますね」
「ゲルダちゃん、一緒にメモもお願いしていい? 後で計算に使いたいから」

 ゲルダとリサは、そんな感じにちゃっちゃと記録作業を分担していた。床と壁に天井も、となるとそれなりに見るべき範囲は広い。

「これは手分けした方がよさそうかな? 俺とロゼであっちを見てみるよ」

 探波ではないが、ローザリカにも透視がある。彼女が調査を、ジュストが記録係を担当すれば手抜かりはないだろう。一同は階段を上って上階へ回っていく。調べて見たところ水周りの機能は生きており、少し直せば使えそうだった。

「ここは、寮になったあとでも簡単な食事を作るための場所に活用できそうですね」
「普段の部活で使わせてもらってる給湯室よりは少し広いかな? あ、教員用の設備なのかも」

 ゲルダがうれしそうに言い、リサが間取りなどを見ながらそう分析した。何にせよ、火を使う備えの出来ている場所があるというのはありがたいことだ。

「ここが寮になる、なら。ミニビヒモーさんの、お部屋もできるといいな……」

 頑丈な壁を見つつ、アンジェがそうつぶやいたのだが、いかにペットとはいえ流石に寮内には無理だろう。それならばどうすれば、と途方に暮れた様子の彼女に、厩舎に預ける形になるのでは無かろうか、とトマスがさっそく回答していた。

●
 そして、次の部屋……は、これまでと様相が違っていた。

「ここは、どういう場所でしょう……? 図書室でしょうか」
「というより、秘密基地という感じでございますね」

 意外とキレイに並んだ書物の棚を見つつ、リコリスとハリーヌが全然違う感想を口にした。並んでいる書物は意外と状態が良いが、どれも学生の手になるのかあまり綺麗な文字とはいえない。大分昔の誰かのとった授業ノートをトマスが興味深げに眺めている。

「こちらは日記……、といってもお一人の物ではないようです。絵や一言の交換日記でしょうか」

 リコリスが手に取ったのはいわゆるコミュニケーションノートであるが、ロスガリアには無い文化であった。誰かが未来に生きていたのだろう。同じような形式の物が10冊ほど続き、今から10年ほど前に途絶えたようだった。他の棚には複数の手になる自作小説や絵が並んでいる。

「ほほう、これはいわゆるエロ本でございますね。ワタクシにはピンとこないのですが、価値についてヒューマン男性のご意見を伺いたいところでございます」
「え、俺かい? ん? これは何というか、うん、なるほどなるほど……?」
「何を持ち帰ろうとしているのかな、ジュスト」

 『巨乳貴族令嬢の禁断の秘め事』なるドゥジン誌は巨乳貴族令嬢専門家としての観点から深く研究すべきだと反射的に手に取ったのだが、めざとい婚約者に取り上げられてしまった。表紙のイラストの令嬢が赤髪だったのも専門家としては評価が高かったのだが。紙の傷み具合を見るにだいぶ新しい本だったが、一体どこの誰が書いた物であろうか。

「これは不法に置かれた物でしょうから、本来の持ち主が分かるものは返却し、定かならない物は破棄すべきではないでしょうか。例えばこの詩集? らしき文書は本名での記名があるようです。書かれたのは今から20年ほど前のようですが」

 リコリスは真面目にそう言うが、持ち主の元に戻されても悲しいものだってある。学生時代に保険教諭へ向けて書いた恋文などが今更自宅に届けられても困ることもあろう。だから音読はしないであげて欲しい。

「こっちも、その日記のような物と似ているが……、ずいぶんドス黒いというか何というか」

 ローザリカは隅の方に置かれていた『恨みの書』なる物に、先ほど話題に出た係累の名がのきなみ書かれているのを見て遠い目になっていた。両親の恋愛成就の陰で泣いていた人間がいたのはまあ分かるし、怒りを昇華する方法としてノートに書き散らすのは穏便な部類のものかもしれないが、自分の親の名前の下に爆発しろとか書かれているのを見ては微妙な顔にもなる。

「……最後まで読んだ貴方はもはや同志。自分の怒りをここに書き足していこう、だと? ……よし、婚約者がいるのにいやらしい本に目が向く男について」
「怨嗟の連鎖を繋げるのはやめようか、ロゼ」

 書かれているのは学生らしいたわいもない恨み言で、学生内だけでなく教官の悪口などもあるようだ。まあ、ハリーヌが握っても情報戦の武器になりそうな情報ではない。

「さては、ここは本で読んだ秘密基地という物ではないかな? 子供の頃は私も憧れた物だよ」

 などと言いながら、シルヴィアは音楽関係の物が並ぶ一角に手を伸ばす。どこか見覚えのある表題の字に微笑み、フィドルを手に一節、二節と奏でてみた。ハープ用の譜面ではあるが、節を追うくらいは問題ない。

「知っている曲なのか?」
「ああ。……お祖父様の作った曲、だと思う。ところどころ祖母が口ずさんでいたものとは違うが、完成前のものかな。コレは貰っていっても良いだろうか」
「持ち主が分かるのならば、あるべき場所に持って行くのは良いことだろう」

 トマスとそのような言葉を交わし、シルヴィアは大事そうに譜面をしまった。それ以外には、少々片付けるにも数が多い。

「書物が傷んでいない事を考えると、まだ通っている者がいる気配もある。学園に報告を挙げて判断を仰ごう」

 最終的に、トマスがそう決断した。

●
 廊下を歩き、手分けして教室を見る。それを幾度か繰り返し、慣れてきた頃に開けた扉の向こうから、むわっとした匂いが鼻をついた。生活臭というよりは動物のすみかの匂いに近い。見れば丸っこい乾いた糞がコロコロと転がっていた。

「……お静かに。ああ、怯えているかもしれませんね。リスか、野ネズミあたりでしょうか?」

 耳を澄ませたリコリスが、研ぎ澄まされた感覚で微かな鼓動の音を幾つか捕らえる。

「可愛い愛玩動物なら、寮のマスコットとして飼ってみても良いかもですね」
「動物さん、どんな子が住んでるかな? 新しいお家探してあげないと……」

 骨などが落ちていない辺り、住み着いているのは肉食系のハンターではなさそうだ。リサとアンジェがそんなことを口にした。食べ残しの木の実にまとわりついていた虫が、明かりに驚いて飛び立ったところをコルネリウスの高速パンチが撃墜する。

「え。素手で……?」

 と、同じ盾型戦士のシオンが二度見していた。花鳥園を運営するコルネリウスにとって、虫は見慣れた隣人であり身構えるほどの物ではないようだ。しかし、躍進著しい戦士の後輩に感心するのは良いとしても、シオンがそこを見習う必要は多分無い。

「毒の無い虫ですから、大丈夫ですよ。少し青臭いですけれど」
「そ、そういうものか?」

 普段と変わらぬコルネリウスの笑顔に、貴族育ちのトマスはちょっと驚いていた。なお、カナンは全く動じていないのでトマス組の反応も三者三様である。さて、ここまで無かった生き物の気配がこの部屋だけあるのはなぜか、と調べてみればどうやら壁が腐ったところから外に通じている場所があるようだ。ここから他の部屋へ進出していない辺り、個々の教室の独立性はそれなりに高いらしい。寮に転用する場合は、換気を考えないと息が詰まりそうだ。

「さて、害獣ならば燻し出す手もあるが、普通の野生動物だとどうしたものかな」

 女性が可哀想と思うような選択はなるべくなら取りたくないとジュストが考え込む。そもそも、一カ所を除いて生活の匂いが無いためか、家庭内害虫も見かけていない。たまに古びた蜘蛛の巣があるが、主の姿も無い。植物も生えていないので餌も無いということか、生物の気配自体が薄かった。全体としては、燻煙でどうにかせねばならないような状況ではなさそうだと結論づける。

「人が大勢いては出てきにくいでしょう。私に任せてくださいませんか」

 リコリスが動物のおやつを取り出した。うまく触れることが出来れば動物交感で様子を伺い、そのまま外へ出すか、それとも学園の森まで連れて行って離すか考えるつもりのようだ。

「風を通しに……、窓を。開けても、良いですか?」
「今日は風もきつくはないから大丈夫だろうが、埃を吸わないようにな」

 大きく開けば大変なことになりそうなので、アンジェが薄く窓を開くと、籠もっていた悪臭が薄れるとともに午後の日差しが差し込んだ。小動物も空気の動きに気がついたようでカサカサと様子を伺う気配がする。一同はリコリスを残してそっとその場をあとにした。

●
 動物たちを無事に森へ返し、害虫に関しては掃除の際に改めて処理することとして、部屋を封じ直した。現地調査を終えて、引き上げてきた後も仕事は続く。集まってきた資料から、人と資材がどれくらい必要か、そこから予算が如何ほどになるかまでを、リサは取りまとめてしまうつもりのようだ。

「さて、出来るところまで纏めておきましょうか。ゲルダちゃんも手伝ってくれる?」
「もちろんです」
「纏めの作業となると、大勢いても仕方が無いな。僕はジュストと記録した資料を整理しようか」
「アンジェが書いたのは、これです」

 各自が手分けして記したメモを、重複は削り大事なところは下線を引いて、リサが確認しやすいように整理していく。レティシアは同じ箇所で過去の補修が行われた形跡がないかなどを調べていた。彼女と同じOGの立場になったシルヴィアは、探索もそうだが後輩に任せたと言わんばかりに一歩引いて見守っているようだ。

「動物が住み着いていた場所は、ずいぶん前に壁が崩れて補修された場所のようです。もしかしたら、元の素材と違うのかもしれません」
「元の素材が何であるのかは、学園の事務方なら分かるのかもしれないな」

 わかったとしても入手可能かはまた別問題だが、調べておこうとトマスが言う。

「もう少し時間があれば、あそこにあった書物名だけでもリストにしたのでございますが、残念です」
「あれも人間の文化だと思えば、興味深くはありますね。大図書館の書物には無い方向の物でしたが」

 うっかり本名を書き残している貴族のドゥジン作家でもいれば、ハリーヌから遠い過去の追撃を喰らうところだったかもしれないが、悲劇は回避された。リコリスは真面目な意味で興味があった様子だ。実際、まともな記録としてみれば、過去の学園生の様子をうかがい知ることもできるかもしれない。

●
 なお、後日の話になるが。『秘密基地』について報告が上がった数日後には、置かれていた雑多な物はすべて持ち去られてしまったらしい。婚約が発表されたばかりの王女の姿が廃校舎付近で見受けられたという噂もあるが、あくまで噂に過ぎない。一体誰があの場所を維持していたのか、誰が持ち去ったのか。真相は闇の中である。

マスターコメント

廃校舎の探検、お疲れ様でした。 黒板に相合い傘が残ってるくらいかなとも思ったのですが、いろいろと見つける感じのプレイングもあったので秘密基地が生えました。 昔から残されている秘密基地とか、権力者の匂いがしますね。たぶん学園の取り締まりをくぐり抜けて生き残ったのでしょう。知らんけど。 住み着いている動物については指定があればいたことにしたのですが、特に希望は無く。 サイコロで適当に決めた結果、リスとネズミになりました。他に候補に挙がっていたのは猫や犬や蛇です。 部長に関しては、結局NPCのシオンになりました。 バタバタしましたが、今後ともバタバタするだろう政治討論部をどうぞよろしくお願いいたします。
イベントシナリオ

イベントシナリオ普通 報酬:標準10 / 10〜25人

2023年04月26日 13時49分11秒 公開

大成功

相談掲示板

投稿はありません

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0