【悪華】少年の戸惑いと、悪魔の未来
空色みなも
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シナリオID:2916
オープニング
アラムハーク侯爵領。
リーンエス王国の北寄りに位置し、ダルム・アラムハーク侯爵により治められて――いた、領地。
いた、というのもダルム侯爵はすでに故人であるからだ。
メドゥの指先幹部『緑の薬指』を名乗る黒山羊のハーフビースト――ニゲラ・ブラックゴート。
彼女の討伐のために自ら出陣したところ、ダルム侯爵は戦死。
今、この領地経営の要となっているのは――。
「本日、冒険者の皆さんにお集り頂いたのは、他でもない――ニゲラ・ブラックゴートに関してです」
フレイ・アラムハーク。
ダルム侯爵の長男にして、齢十五歳の少年であった。
その少年が、冒険者を雇って何をしようとしているか。
「彼女によって語られた『事実』――その件についての、調査をお願いしたいと思っています」
フレイは父を失った後、冒険者たちに護衛を依頼したうえでニゲラに会っていた。
その場で明らかにされたのは、驚くべき過去であった。
ニゲラはダルム侯爵と、亡くなった前妻であるマスケーナ・アラムハークの間に生まれた子であり。
死産とされていたが、実はマスケーナによって人買いに売られていたのだとニゲラは言う。
つまり、ダルム侯爵の後妻であるアナーシャ・アラムハークの産んだフレイにとって。
ニゲラは異母姉にあたるということだ。
そして何より問題となるのは、王国貴族の子であるはずのニゲラがハーフビーストであることだ。
王国貴族はヒューマンであることが求められ、血統にこだわる性質があるにも関わらず、である。
冒険者たちも、気になったことであろう。
その『事実』について証拠を固めることは、フレイの立場をより危うくするものではないか、と。
根も葉もない虚言である――などと、切り捨ててしまうこともできたはずだ。
「ボクはそれでも――真実が重要であると考えます」
フレイの言葉は物語っていた。
よく言えば、彼は誠実であり。
悪く言えば、融通が利かないのだと。
「知ること――それが、ボクが彼女の討伐を依頼するうえで必要なんです」
ゆえにフレイが貴族の責務として、大罪を犯したニゲラの討伐を考えるのも必然と言えた。
だが、どこか歯切れの悪さを感じるのも無理はない。
まだ少年でもある彼にとって、この状況はすんなり受け入れがたいものであるだろう。
そこでフレイの母であるところのアナーシャに冒険者がチラリと目線を向ければ。
彼女はオロオロと成り行きを見守るばかり。
どうにも、頼りない女性であるらしい。
そういえば、フレイがニゲラに会いに行こうとした際。
危ないと意見するも、そのまま息子に押し切られてしまうような人物ではあった。
「なので、冒険者の皆さん。どうかよろしくお願いします」
フレイの声は、重々しい。
その肩にかかった荷の重さを表すように。
●
「あ~、退屈だぜ。なんか気軽にできる悪さねぇかな」
当のニゲラはといえば、アラムハーク侯爵領外縁にある町をぶらついていた。
もちろん罪人として手配されているため、その顔を堂々と晒して歩き回るようなことはしない。
フードを被って、顔立ちが見えないようにしている。
ただでさえ、この王国の地においてハーフビーストは悪目立ちするのである。
まあ肝心の角がフードに空けた穴から突き出しているので、それも気休め程度であるが。
で、ニゲラがこの地になんの用事があるのかというと、特に決めていない。
いかにメドゥの指先幹部といえど、四六時中、休むことなく悪事を働いているわけではないのだ。
特に最近、冒険者と大立ち回りを繰り広げた疲れも癒えきっているわけではない。
そこで『強い運動』をする気は、あまり起きなかった。
が、悪事をしないでいるのはつまらない。
なにせニゲラは自らをワルと公言している。
泳ぐのをやめると死んでしまう魚のように。
悪さをするのが、ライフワークのようになっているのである。
何より、憎むべき人々が困っている様子を見るのは楽しいものだ。
「ん、そうだ。たまにはケチな悪さをしてみるのも、悪かねえな――ニシシ」
そこでニゲラの目に入ったのが、一軒の料理店。
ニゲラが思いついたのは、腹は満たされ、悪事もできる、一石二鳥のアイデア――。
つまりは無銭飲食であった。
解説
マスターより
リプレイ
「……ま、そうだよな。了解、探ってくるわ」
依頼の説明を受けた冒険者たちの中で、まず口を開いたのはルイドだった。
「ただまぁ、聞き流しても構わねぇんだが……あんま気負わなくてもいいんじゃねぇかな」
しかし、依頼内容を了承したうえで、ルイドは言った。
自分に関わることを知りたいというのは、当然の欲求である、と。
「だから討伐を依頼するうえでとか、そういう理由がなくたって、調べてくれって言ってもらえりゃ、それだけで手伝うぜ」
ルイドの言葉に、フレイ・アラムハークはハッとした表情を見せる。
それを多少なりとも、自身の言いたいことが伝わっているのだと受け取ったルイドは、続けた。
「状況についても色々、悩むかもしれねぇが、こういうのはどうしたって大なり小なり後悔が付きまといがちで。だったら、自分の望むままにやるのが結局一番マシなんじゃねぇかな。倒すにしろ、話すにしろ、他の何かにしろ。マズい方向に行きそうなら俺らも止めるし、そうでなけりゃまた手伝うからよ。もうちょい気楽に頼っていいし、使っていいぜ」
一見すると強面であるルイドに、どこか優しさのようなものを感じてか否か。
フレイは顔つきを微かに緩め、ありがとうございますとルイドへ告げた。
●
「迷っているのなら、ニゲラについて調べてみるのはどうでしょう?」
トーラがフレイへ提案したのは、ニゲラ・ブラックゴートを知ろうとすることだった。
「メドゥの指先は『欠落』がある者を勧誘するそうです。幹部ならその欠落も大きいでしょうし、ニゲラの行動にそれが関わっているなら、彼女を知る手がかりにならないでしょうか?」
そう言って、トーラはフレイを伴い。
フレイの父、ダルム・アラムハーク侯爵の書斎へと向かっていた。
「部外者が見ると不味い資料などもあるとは思いますが、調査の許可をいただけますか」
「ええ、では見つかった資料はボクがあらかじめ何であるかを確認するようにしますので、お願いできるでしょうか」
もともと書斎を調査するつもりでいたヴィルヘルミナが、フレイの許可を取って目的の部屋の扉を開けた。
流石、貴族の書斎と言うべきか。
そこには大量の書類が並んでいた。
「これは効率よく調査しないと、日が暮れてしまいそうですね」
言うが早いが、トーラは早速、エーテルの波動を部屋にくまなく走らせ始める。
隠された引き出しなどの構造物がないか、調査するためだ。
(ハーフビーストが生まれたということであれば、どちらかの血統に……という事になりますが、どちらでしょうね?)
一方、ヴィルヘルミナは目に見える範囲の資料を次々と手にとっては、フレイに手渡していく。
そしてフレイが確認して、許可を得られた資料についてヴィルヘルミナが手際よく目を通す。
今のところは、フレイが冒険者たちに見せられないとした書類は出ていない。
資料検索に関して一日の長があるヴィルヘルミナは、その処理速度も速かった。
できればハーフビーストの血筋が、ニゲラの父母どちらに存在するか知りたかったところであったが。
その件に関しては、表にある資料からは分からないというのを結論にせざるを得なかった。
もしどちらかにハーフビーストの血筋が混じっていると、あらかじめ判明していたならば。
おそらく、相手からは婚姻自体が忌避されていただろう。
それほどまでに、リーンエス王国の貴族社会におけるヒューマン至上主義は根強いのだ。
「知人や関係者からの交流を洗うか、話を聞くのも手でしょうか」
そう考えたヴィルヘルミナは、ダルム侯爵と交友のある人物を資料から洗い出し、優れた記憶力を有する頭へ叩き込んでいく。
そして、気になったことが一つ。
「そういえば、ヤードさんが退職なさった方々のことを気にしていましたね」
ヴィルヘルミナは思い出していた。
同じく依頼を受けた冒険者であるグレイブ・ヤードが、退職した侍従に話を聞こうと考えていると言っていたことを。
では、その話を聞くべき退職した侍従に誰がいて。
今、どこで暮らしているかを把握せねばなるまい。
ちょうど、外で情報収集しようとする者との連携が必要とも考えていたため、ヴィルヘルミナはしっかりと記憶に刻み込む。
雇用された侍従たちの変遷の記録を。
(しかし、討つうえで知っておきたいということですが、それが正しいかどうかは?)
調査の手を止めないようにしながらも、ヴィルヘルミナは思う。
余計なことを知ると剣が鈍る、という者も世の中にはいる。
これから先の進展で何かしらの事実が出たとしても、知らなかったから仕方ないという言い訳をしなくて済むとは言えるものの――。
(まあ、受け止めたうえで進めることができる方であれば、ですけど。母君はこういう状況では見た感じ、頼りにならなそうではありますし)
ヴィルヘルミナは、フレイのほうをちらりと見た。
手渡された資料に目を通すフレイの表情は、真剣そのものだ。
あの頼りなさそうなアナーシャ・アラムハークから、どうすればこのような子が生まれるのか、と。
思わず苦笑しそうになる。
「分かりにくい位置に、鍵のかかった引き出しが隠れていますね――フレイさん、ここを開ける鍵は持っていますか?」
「いえ、ボクの手持ちの鍵には心当たりはないですね……この引き出しは初めて見ました」
開けてみても? とトーラが尋ねると。
やってください、とフレイも頷く。
波動を使って調べた限り、罠の存在などもなさそうだ。
トーラは針金を取り出すと、引き出しの鍵穴に差し込んで――カチリ。
あっという間に開錠してみせた。
そっと引き出すと、中には数冊の書物。
「何が書いてあるのでしょうか……?」
トーラは約束に従ってそれらを一旦、フレイに渡す。
「これらはアラムハーク家の歴史と……父上の前妻、マスケーナ・アラムハークの実家が持つ歴史について記しているようです」
それがなぜ、こうも厳重に保管されているのか――フレイは険しい顔をする。
「私が見てみましょう」
「何か気づくことはありますか?」
ヴィルヘルミナがページをめくる手許を覗き込みながら、トーラが問うと。
「この資料によると、アラムハーク家には過去にも死産とされた例があるようです。それも、家系図に残されていないものがありました」
記憶力を生かし、得られた情報を繋ぎ合わせてヴィルヘルミナが出した結論に。
トーラとフレイは顔を見合わせてしまった。
死産そのものは、必ずしも珍しい出来事ではない。
だがこれらの情報が示唆している背景は、ただの偶然にしては――。
●
「何というか、綺麗に繋がりすぎなのが気になるんですよ」
グレイブはヴィルヘルミナの調査したアラムハーク侯爵家の雇用状況をもとに、退職した侍従のもとを訪ねようとしていた。
現役の者は、様々なシガラミに縛られている。
例えダルム侯爵本人が死去したにせよ、子息であるフレイの立場を気遣うならば。
口を噤んでしまう者だって、いるであろう。
特にフレイの母親たるアナーシャ・アラムハークもそれなりに『死産の子』について情報を持っているはずではある。
だが、証拠となる情報をつきつけでもせねば、語ることはないだろう――と、グレイブは考えた。
だが人の口に戸は立てられぬと言う。
面倒なシガラミから解き放たれれば、口が軽くなる者だっているはずだ。
「お話、お聞かせ願えますか」
「ああ、この老いぼれに話せることでいいなら。ただ、ワシが言うておったとは広めずにおいてくれ」
グレイブが訪ねた先で現れたのは、白いひげを蓄えた老人であった。
様子を見るに、侍従を辞したのも年齢が理由であったのだろう。
「このようなことを漏らすのは、責任感に乏しいと思われるかもしれん、が……こうなっては墓場まで持っていく、というのも難しいじゃろて」
「その様子だと、貴方は何か知っているのでしょうか?」
もったいぶるようにひげを撫でる老人へ、グレイブが単刀直入に切り込むと。
「と言っても、核心そのものをワシが見たわけじゃない。が、アンタはワシが『退職』したから口が軽くなる、と考えてここに来たのじゃろう? では、その逆はどうじゃろうか」
「逆に――雇われたら口が固くなる。そうおっしゃりたいのでしょうか」
老人はグレイブの言葉に、ニィと悪戯っぽく笑って見せた。
●
「へえ、らっしゃい」
「ねぇ、ちょっとお話、聞いていいかな。あ、もちろん注文はさせてもらうよ」
場末の酒場で店主たるオヤジが入り口の気配に振り向くと、そこにはディレイン・オールドケイジがいた。
ディレインが軽く摘まめる程度の軽食を頼むと、店主はオイルをかけたチーズと野菜を盛った皿をディレインの前に置いた。
「毎度あり。で、聞きたいことってのは?」
「変なこと聞くけどさ。今から十七年ほど前に、このあたりで身分の高い妊婦やその出産の面倒みてた医者とかって、心当たりない?」
店主はディレインの問いを受け、頭をボリボリと掻いた。
どうやら、自分の記憶に自信がないらしい。
酒場の奥にいた女将に声をかけ、呼び出している。
「あ~、そうだね。あの頃だったら――」
女将の口からは、一人の医者の名前が出た。
これは、当たりか。
その医者は今どうしてるのかと、ディレインが聞いて。
「あの方なら、もう亡くなったはずだねえ」
女将からもたらされた情報に、ディレインは肩を落とす。
これでは医者から直接、話を聞くことはできそうにない。
「せっかく、領主様のお抱えになれたところだったのにね」
「女将さん。その話、もう少し詳しく教えてくれる?」
だが女将が続けた言葉に、ディレインは食いつくことになった。
どうやら、マスケーナのお産の面倒を見た医者は、その後に領主と直接の雇用関係になっていたらしい。
――違和感。
医者は死産を防げなかった。
産後の肥立ちが悪かったと言われるマスケーナのことも救えなかった。
ダルムが医者の腕を信用したというのは、本来なら考え難い話ではないだろうか。
他に理由があったのではないかと考えられるが――。
「そうだよね、ありがとう」
ディレインは女将がそれ以上の詳しい話を知らないと聞いて、話を切り上げた。
マスケーナ元夫人の家系についても尋ねて回ったが、市井の人はダルム侯爵と同じく上位貴族の出身であるということくらいしか知らないようであった。
「料理美味しかったよ――あ、そうそう。このあたりで、山羊の角を生やした女の子を見なかった?」
去り際、ディレインは今、思い出したかのように頭だけ振り返って、聞いた。
●
(知っても何も出来ないかもしれない。だが知らなければ何も始まらない……だから、出来るだけのことはしよう)
レピド・クロサイトは冒険者ギルドの受付に立っていた。
ニゲラを買って育てた人買いは『冒険者』に討たれた、と話に聞いた。
それがギルドを通した依頼だったのであれば、当時の記録が残っているはずである。
「それらしいものがありましたね~。こちらになります~」
間延びした声の受付嬢が、奥から資料を抱えてやってきた。
「……人買いは買い取った子供のうち、素質のある者をそのまま売るのではなく裏で戦闘員として訓練していた、か」
レピドは一字一句を記憶に刻み込むようにしながら、資料を読み込んでいく。
まず気になっていたのは、当時ニゲラが討たれなかった理由。
記録に残っている範囲では、冒険者による討ち入り時、アジトにいた構成員は殲滅されている。
となれば、考えられる可能性としては、その時、ニゲラは何らかの理由でアジトを離れていた、とするのが妥当であろうか。
(しかし、子供を戦闘員に仕立て上げる組織とはな)
チクリ、とレピドの頭をひりつくような感覚が襲う。
ホムンクルスとしての生を受ける前、暗殺を生業としていた記憶。
レピドも今でこそ冒険者ギルドに保護され、世話になっているが。
異なる運命の分かれ道を辿っていれば、ニゲラと似たような立場になっていたかもしれない。
「と、関係者の情報もよく覚えておかなければな」
レピドは小さくかぶりを振って、資料の精査へと気持ちを切り替えた。
マスケーナという人物が、人買いと元々、何かしらの繋がりがあったのではないかと考え、関係しそうな事柄を拾っていく。
流石に冒険者ギルドの情報だけでは、討たれた構成員の人脈までは洗いきれなかったため、よく覚えて持ち帰ることにした。
●
「それ好きなの?」
「オマエは――」
ディレインがどっかり、と座ったのは、ニゲラが麺料理をがっついている席の隣だった。
「たしかディレイン・オールドケイジ――だったか。オレサマに何の用だ」
「おじさんの名前、覚えててくれたんだね。あ、店員さん、俺にもこれと同じのひとつちょうだい」
ニゲラが怪訝そうに眉根を寄せるのにも構わず、ディレインは呑気に店員を呼びつけている。
「話を聞きたくてね。なんでニゲラちゃんが出生について確信を得るに至ったのか。おじさん、これでもお医者さんだからさ、人の命に関することは気になっちゃうんだ」
ディレインがそう語る間に、ディレインの前にも超大盛の麺が届く。
同じの、とは言ったが、盛り付けの量は少し調整してもらうべきだったか。
などと思いつつも、ディレインは店員に値段を聞いて、二倍の額を支払った。
「いやー、この子にカツアゲされちゃったよ。おじさんは若い子と話すにもお金かかっちゃって困るよ、なんてねー」
飄々と笑うディレインを横目に、ニゲラは顔をしかめている。
先回りして目論見を潰されたことは理解しているらしい。
かといって、暴れ出したりする様子があるわけでもないようだが――。
「こんな町中でお前相手じゃ、被害考えると荒事にもできねぇんだよ。状況的にゃ、周囲丸々人質に取られているようなもんだからな……身代金要求レベルの悪事として納得してくれ」
そこへルイドも現れて加勢した。
どうやら、町中を調査中、たまたまニゲラらしき姿が店に入っていくのを見かけていたらしい。
事情を知らない店員は、不安そうに冒険者たちとニゲラのやり取りを見守っている。
ルイドは知り合い同士のじゃれあいだ、心配ないと告げて安心させてやった。
「チッ。オマエらよかったな、オレサマが飯を食うのに忙しくて」
ニゲラは舌打ちしつつも、フォークで器用に大量の麺を巻き取って、大口に放り込んでいる。
その時々の機嫌の関係か、今は戦意まではないようである。
「なるほど、アンタが例の」
「なんだオマエ、オレサマは見世物じゃないぞ」
さらにギルド帰りに仲間の冒険者の姿を追って店へとやって来ていたレピドも合流した。
ニゲラはチラリと横目でレピドを見やりつつも、目の前にある麺を減らすことに注力している。
「俺はレピド・クロサイト――ホムンクルスの冒険者だ。そのままでいいから俺たちの話を聞いてくれないか」
レピドもニゲラの横の席――ディレインとは反対側に座り、ニゲラを挟み込むような形になった。
「ふん――これは独り言だけどな。オレサマもあの時までは確信まではなかった。『親』から『さる高貴な血筋に生まれた』と聞かされてただけだったからな」
麺と格闘を続けながらのニゲラの呟きは、ディレインへの答えになっているのだと冒険者たちはすぐに気づいた。
「しっかし厄介な技使うよなお前。どう鍛えたんだ?」
「オレサマを支えていたのは復讐の一念だ。もともと鍛えられちゃあったけどな。あれから、オレサマはもっと自分を強くした」
ルイドが声をかけた際も、ニゲラは振り向くわけではなかったが、質問には簡潔に答える。
ニゲラの言う『親』や師が有名なら、そのあたりも遡って情報源にならないかとルイドは考えていた。
レピドが冒険者ギルドで『親』について調べてくれたようなので、この分だと、それについては後で彼に聞くのがいいだろうか。
「それだけ『親』を大事に思っていたということか。では――マスケーナという人物については?」
「今更、なにも。オレサマが憎いのは『侯爵サマ』だったからな」
それを聞いたレピドは、改めてニゲラの横顔を見る。
瞳の色は父親似のようだが、肖像画のマスケーナとニゲラは似ているだろうか。
髪の色こそ異なれど、言われてみれば顎や目鼻立ちが似ているような気はしなくもない。
「その憎い侯爵が亡き者になった今――アンタの望みはなんだ」
そしてレピドは問うた。
当初の目標を達成した後、今のニゲラに何が残されているのか、と。
「――あとはご子息サマだな。オレサマと同じ血を引きながら――のうのうとヒューマンに生まれて貴族面してやがる」
ニゲラは一瞬、フォークを口に運ぶ手を止め、答えた後。
皿に残った麺を一気にまとめて巻き取って、全て口の中へと放り込んだ。
それにしても、ニゲラは面白くなさそうな顔をしている。
自らの悪事をカツアゲとして済まされることに納得がいっていないのだろうか。
「……カツアゲでは満足しないか。なら『賄賂』ならどうだ。相手が悪と知りなお取引する。これも一つの悪だろう」
それを見たレピドが、菓子の詰まった箱をスッと差し出すと――。
「くそっ、調子が狂うぜ。オマエら冒険者に施されたりしたくないんだよ、オレサマは」
頭を掻きむしって立ち上がったニゲラは、バンッと店のカウンターに掌を置いた。
「もうそれはオレサマには必要ないものだからな。支払いの代わりに置いていく。ニシシシ、次オマエたちと会うときは戦場だ。覚えておけ」
ニゲラはそのまま冒険者たちに背を向け、店を立ち去る。
彼女が手を置いたカウンターには小さな黒い宝石が一つ、残されていた。
●
それぞれの場所で調査を行っていた冒険者たちは、今や一か所に集合し、情報の突き合わせを行っていた。
「ヤードさんやオールドケイジさんの聞いてこられたお話と、雇用関係の記録はたしかに一致しますね」
ヴィルヘルミナは雇用に関する記録を覚えていたため、死産に関わった医者がお抱えになっていた、とする情報の確認をとることができた。
また、医者ばかりでなく、死産に立ち会った者のうち、授恵者であった者が重用されるようになったという事実も浮かび上がる。
その授恵者たちが侯爵が戦死したニゲラとの戦いに連れていかれ、道連れになっていることも。
また、辞めた側について。
マスケーナ元夫人のすぐそばに仕えていた者が死産直後に退職し――その後の足取りが追えなくなっていた。
「侯爵家が所蔵する宝物の記録に、黒い宝石にあたるものがありました」
トーラはニゲラが残した宝石に特徴が一致する宝物を、記録の中に見つけたという。
ただし――その黒い宝石に相当する物は、現在の屋敷の中からは見つかっていない。
これは、誰かが生まれたばかりのニゲラに持たせたものだというのであろうか――。
そこにどのような思いが込められていたかは、もはや想像するしかないのだが。
「では、最後に確かめねばなりませんね。『死産の子』が真にいるのであれば『埋葬』はどうしたのか」
そう言って、グレイブは目の前にある墓標を見た。
ここに、死産の子が葬られている――と言われている。
というのも、死産とされた子について、大々的な葬儀は行われなかったそうなのだ。
貴族という立場があるにも関わらず、である。
とはいえ、それについて確かめるために墓を暴くというのも憚られる話だ。
そこで――。
「わたしが見てみますね」
トーラの出番である。
エーテルの波動を地中に走らせ、その構造を探る。
結果――。
「やはりと申しますか。エーテルが届く範囲で、何もないのですね?」
グレイブが問うと、トーラは小さく頷いた。
よほど深く棺を埋めているというのではない限り――地中の構造がこうも均一なのはおかしな話である、と。
「以上が私たちによる調査結果です。そのうえで、どうお考えになりますか」
グレイブの視線が射抜く先に、フレイがいた。
「……ニゲラ・ブラックゴートの語った過去に、偽りはなかった。ボクは、そう考えます」
ややあって、フレイは重い口を開く。
「親とすれば、特徴のため貴族の中では幸福に生きられないが、ただの王国民としてなら幸せに生きられると思ったのかもしれませんね」
背負っている民のためにも、心を殺さなければやってられなかった可能性もあるだろう――グレイブは一連の事件の背景にあるだろう『物語』を、そう繋げた。
「フレイさんがどのような道を選ぶにしても、あまり思い詰め過ぎないようにしてくださいね。わたしたち冒険者もいますから」
トーラがフレイの背中をポン、と叩くと。
「ありがとうございます。いずれにしても、ボクは彼女と決着を付ける責任があると――より一層、思えるようになりました。そのためであれば、どのような結果も受け入れようと思います」
「おう、よく言った。その時はまた俺たち冒険者を頼るといい。くれぐれも、一人で抱え込もうとするんじゃねぇぞ」
フレイから出た言葉が力強く響き。
それを聞いたルイドは、ふっと小さく息を吐いた。
そう、ニゲラがフレイの命を狙う以上。
そして、民の生活を脅かす以上。
少なくとも、戦いによりニゲラを下す必要はあるだろう。
その結果、フレイが姉を討つことになろうとも。
ニゲラはそれを忌むべき正義と捉えるだろうか。
それとも――彼女と同じ悪と定義するだろうか。
ただ一つ言えることがあるとすれば。
それが正義であろうとも、悪であろうとも。
領民のため、自分はそうしたい――フレイは今、そう思えているということだ。
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:標準6 / 6〜10人
2023年05月08日 10時43分05秒 公開
相談掲示板
ヒーラー、グレイブ・ヤードです。 調査として考えているのは、「ニゲラ氏がどうやって出自を知ったか」という点ですね。 生まれてすぐなら知るわけもないですし、事情を知らなければ教えることもできないわけですし? ほかにその当時を知る人がいないのかというあたりです
ヒーラーのディレイン・オールドケイジ、よろしく。 とりあえず1番やりたいことは、ニゲラちゃんと一緒にご飯を食べることかなあ。 必要がないなら街を壊すレベルのことはしないって言ってたし、なんとかうまくやれるといいんだけど。 あとは、マスケーナ元夫人(この呼び方でいいのかな)の家系とか経歴とか、ニゲラちゃんが生まれたと思われる頃の記録とか、その辺を調べられたらなあって思ってるんだけども。
レピド・クロサイト、シーフだ。よろしく頼む。 ニゲラは無銭飲食しようとしているらしいから、奢ってやる形にすればひとまずは丸く収まる……か? 俺はニゲラと面識がないので、まず一度会ってみたい気持ちがあるな。 後は売り渡したという人買いがマスケーナについて何か知っていないかと思ったが、こちらはまず人買いを探すのが難しいかもしれないな。
ヴィルヘルミナです。今回はよろしくお願いします。 暴れさせずに収めるという事は、何もしなければ大体暴れると見ていいのでしょうか。 本人に何か聞くにしても、突っ込んだ部分はある程度証拠固めが必要と。 とりあえず私は先日亡くなられた前領主の書斎でもあるなら調べてみようかなと。 まだ何かあるかもしれないですし。
ルイド。良しなに。 行動は決めかねてるが、今んとこニゲラやフレイとの会話あたりをメインにしようかと考え中。 無銭飲食についてはそうだな、店側としちゃ金が出れば文句ないんじゃねぇかと思う。 ニゲラ側は悪事をしようと思ってやってる感じなんで、奢りについてはそこを説得っつーか、納得させる必要はあるかもしれねぇな。
トーラです。よろしくお願いします! 無銭飲食……。 何だかワルいことをすることが目的みたいに見えますね……。 レピドさんがニゲラに会いに行くなら、わたしは調査に回りましょうか。 シーフとして隠してあるものの発見には自身があります!
>無銭飲食 ニゲラちゃんの分まで払っちゃうのはもちろんなんだけど、カツアゲされた、というていでいくつもり。 カツアゲもワル…弱いかな…
本人が納得すればあるいは…?<カツアゲ 本当に悪事を働くのが目的なら、逆に歓迎ムードでもてなして、悪事を働けないと思わせれば帰らないかとも思ったんですけど、逆に暴れるかもしれないという考えに行き着きました…
なるほど目的が悪事を働くことそのものか……地味に厄介だな…… とはいえ、要はニゲラを(過度に興奮させない範囲で)良い気分に出来れば良いんだよな。 カツアゲ→食事となれば案外丁度良い感じになるかも知れない。 人間基本旨いものを食えば気分は良くなるものだし。 >トーラ 助かる、こちらはこちらで何か有益な物を見つけられるように頑張ろう。
>無銭飲食 他の悪事で上書きするのはなるほど、流れ作ったらいけるかもしれねぇな。 カツアゲの方向でこっちからも何か後押しできそうならしてみるわ。
カツアゲに協力ありがとう。 …って変な言い方だなあ。 まあ本当にカツアゲされてるって周りの人に思われると兵を呼ばれたりしちゃうかもしれないから、 その辺をどうにか、こう…うまくやりたいところだね。