高原での遠距離戦闘依頼
広大野人
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シナリオID:2827
オープニング
寒さという厳しい自然環境にある帝国北部鎮守都市オルセンは作物を育てる気候に適さない。帝国崩壊前は諸都市から食料を調達できる手段があった為、特に問題にはならなかった。
想定していた極北から至る脅威に対しても、オルセンが最前線になる前提だったので補給線はある程度確保されている算段だったからだ……ところが、天霧りに消ゆる幽界樹の出現により、事態は急変。
クーネ・ルウの活躍により、都市の壊滅は免れたものの、たちまち、食糧難に陥った。今では兵士も畑作業に駆り出されている状況で、訓練もままならない。辛うじて、都市が保っているのは、東部を繋ぐ街道の存在だ。
そんな状況でも、北壁山脈から帝国領に流入してくるクリーパーへの対処は続いている。
帝都に出現した幽界樹に影響されたのか、その量も質も以前とは増しているようであった。かといって、流入を放置させてしまえば、街道が危険になるだけに留まらず、帝都奪還を目指す人々の障害になってしまう。
という訳で、オルセンの駐留軍は余裕が無い状況が続いていた。
「……例の蝗型魔獣の生息地に、多数のクリーパーを発見か。北壁を越えてきたか」
報告書を確認したコンラート・マフダルが側近にそう言った。
オルセンは北壁山脈が途切れた地に存在する。途切れたといっても、その平地はかなりの距離なので、監視網をすり抜けるクリーパーが居ても不思議ではない。
「偵察の報告によると、周囲を泥沼に変える性質を持っているようです。かと言って、遠距離攻撃で倒そうにも、泥の障壁によって生半可な威力では弾かれてしまい……」
発生する泥沼は脚を取られるだけではなく毒もあって厄介だ。
その上、障壁によって非授恵者ではダメージを与えられない。投石器の類を持ち出そうにも、現地までの距離を考えると現実的ではないし、戦場では機動力に劣るので、クリーパーの接近を許してしまえば、泥沼に引きずり込まれてしまう。
コンラートは少し考えた後、部下に命じた。
「オルセンの戦力でも時間を掛ければ、殲滅はできるだろうが、あまり時間は使いたくない。ここは冒険者達に声を掛け、短期間での殲滅を目指す」
冒険者とオルセン駐留軍精鋭部隊で一気に倒す。
遠距離戦が主体になるだろうが、それで遅れを取るような冒険者はいないだろうとコンラートは認識しているのであった。
●
太守自らが軍の精鋭を率いて出陣。
植物の研究を行うトレイシーには、何ら関係の無い話ではあった……が、思いもしなかった話が舞い込んでくる。
「……クリーパーに占拠されていた蝗型魔獣の生息域は、そのまま研究所の試験用地にするってさ」
「それだけ期待されているという事なんだろう」
イグシィ=スタスが帳簿と睨めっこしながら応えた。
オルセンに構えた研究所は手狭ではないものの、オルセン周囲の耕作地には、研究で使える耕作地はない……いや、土地はあるのだが、食糧難に追われているので、研究用に貸し出せる広さはないという事だ。
試験用地はオルセンからやや離れる事になるが、厳しい自然の中でも育つ作物の研究を行う場としては適切なのかもしれない。
「……まさか、戦場を見に行く訳じゃないよな?」
ピタっと帳簿の頁をめくる手を止めて確認するように訊くイグシィ。
トレイシーは軽く手を振った。
「今回は行かないよ。他にやる事もあるからね」
「『神実』か……エナハルトの話によると、王国の研究機関でも量産方法は分からなかったという事だが、トレイシーはどうするつもりだ?」
ジード・ランスウッドがメドゥの首領から授かったとされる『神実』の原苗。
台木によって様々な性質のものに変化するそれは、ジードの野望の為に使われていた。原苗を量産する方法はジードしか知らず、トレイシーの手元には僅かな原苗が残されているだけだった。
「いよいよ決めないといけないからね。いつまでも原苗のままではいられないから」
苦笑を浮かべるトレイシー。『神実』は成長しきってしまうと接ぎ木で増やせないのだ。
「色々と仕様用途があるから悩ましい所だな。『香り』にするのなら、効率よく売るけど……それは望まないだろう?」
「当然。研究の為には仕方ないとも思うけど、やっちゃうと悲しむ人からいるからね。私も、君も」
トレイシーの茶化すような言い方にイグシィは咳払いする。
「つまり、『神実』の使い道や方向性について、冒険者から意見を聞きたい……という事で良いか?」
「そういう事だね。太守様の依頼に乗っかってお願いすれば、お金もかからないだろうし」
「分かった。試験用地でどのような作物を育てるべきか、アイデアがあれば出して貰う……という方向で、僕が進言しておこう」
イグシィの台詞にトレイシーはコクコクと頷くと、『神実』の原苗を手に持って微笑むのであった。
●
戦場に到着したコンラートは周囲を見渡す。
やや雪が残っているが高原の視界は悪くない。障害物も見られないので射線は十分通るだろう。
「冒険者達が到着次第、作戦を開始する」
既に一部の隊が先行して情報を収集していた。
目標となるクリーパーは中型。そこそこの経験を積んだ冒険者が数人いれば討伐する事自体は問題ないとされるレベルだ。
軽く戦ってみた騎士が報告する。
「やはり、泥沼が厄介です。身動きが取れにくくなる上に、上体の動きも阻害してきまし、毒の効果もあるようです」
「毒の影響は?」
「体力を削られていきます。エーテルの作用か何か、回復魔法をすぐに受け付けないのが難点といった所でしょうか」
毒によるダメージを回復しようと魔法を掛けてみたところ、回復するまでにタイムラグが発生したのだ。原理は不明だが、クリーパーが繰り出す事なので、そういうものと割り切った方が早いだろう。
「想定通り、接近戦はできなくはないが、リスクがあるという事か、泥沼の範囲はどうだ?」
「個体によって若干の差はあるようですが、歩兵の足では一気に距離を詰められない程度はあります」
しかも、クリーパーの移動に合わせて泥沼の位置も変わる。立ち位置に気を付けなければ泥沼に足を取られ脱出が困難にもなるだろう。
「クリーパーの攻撃や防御方法は?」
「今のところ判明しているのは、泥状のものを射出あるいは障壁として自在に操る……というものですが……他にもあるかと思われます」
「分かった。では、その情報は漏れなく、冒険者達にも伝えよ」
騎士に命じるとコンラートは愛用の弓を手に取るのであった。
解説
マスターより
リプレイ
灰色の鞘を手にルイドは黒血色した泥状のクリーパーが消えていく様を注意深く観察していた。
ただ倒しているのではなく、情報収集を兼ねての事だからだ。
「ルイドさんは太守様に何をお話していたのでしょうか?」
背後からトーラの声が聞こえたが、ルイドは油断せずに視線を変える事なくそのまま答える。
「ただの挨拶だ。仕事はあるに越したことねぇし、今後とも御贔屓にってな」
「そうだったのですね」
冒険者稼業を続けていく上で人脈というのは大事なものだろう。
それがオルセン太守という肩書を持つ人物であれば尚の事だ。
「トーラの方はどうだ? 何か分かったか?」
「はい。個体差はあるようですが、おおよその移動能力は掴めました」
泥状のクリーパーの移動力がどの程度あるのか、トーラは確認していたのだ。
その結果、授恵者よりも下回る位という事は分かった。また、全速力での移動という概念が無いという事も発覚した。これなら、攻撃に気を取られていなければ、泥に巻き込まれる心配はないだろう。
「蝗型魔獣が壊滅していたのは助かりましたが、その原因が、このクリーパーというのは素直に喜べないですね……」
「あの魔獣では、このクリーパーをどうにもならんだろうからな」
接近戦主体だった蝗型魔獣では相性が悪い相手だろう。
ルイドとトーラが戦闘を有利に進められたのは遠距離攻撃が可能だったからに他ならない。
クリーパーも泥を飛ばしてきたが、すぐに致命傷になる……という程ではなかった。ただし、間近に落ちただけでも泥まみれになってしまうのは避けられなかったが。
「派手に泥が散ったせいで、マントが犠牲になっちまったぜ」
「戦いの後で洗濯は必須ですね」
子供の頃の泥遊びとは違うという事か。苦笑を浮かべたルイドにトーラはそう言いながら、周囲を見渡そうと一生懸命に背を伸ばす。
「この近辺にまだいそうな気がします」
「弱った個体を取り込む……という言い方が適切かどうか分からないが、それで大きな隙が生じるという事が分かったのは良かったか」
ダメージを受けたクリーパーを助けようとしているのか、あるいは喰らおうとしているのか全く理解できないが、他のクリーパーが取り込む際には、それなりに時間が掛かるようだった。
その間は無防備といかなくとも、少なくとも冒険者に向かって接近してくる事はないので、攻撃に集中したり、間合いの再調整に役立てるだろう。
「敢えて倒さないで隙を作らせる……という戦い方もできそうだな」
「得た情報を太守様や他の冒険者さんに伝えておきたいですね」
情報の乏しい敵と戦うのはリスクが大きい。出来るだけ有益な情報を集めて共有する事は、こうした依頼では重要な事だ。
結果的に二人が確認した内容は、オルセン軍と冒険者達にとって大きなアドバンテージを作り出す事になる。
「いたぞ。新手だ」
背が高く超視覚を持つルイドが遠くに蠢くクリーパーを発見した。
距離はまだあるから射程の限界まで近づいた上で攻撃を繰り返せば、かなりのダメージを与えられるはずだ。
後はクリーパーの接近に対して間合いを調整すればいい。
「頑張ります」
そんな意気込みと共にトーラは手にしている輝石の長杖をしっかりと握った。
引き撃ちで倒せると言っても、油断はならない。攻撃に気を取られている間に別個体が接近してくる事もあるのだから。
万が一でも泥に囚われると厄介だ。
「そのクリーパーを倒したら、報告に戻るか」
「はい」
二人の冒険者はそれぞれの武器にエーテルを流し込みながら、新手のクリーパーに挑むのであった。
●
高原の地に触れ、ライ麦なら育てられるのではないかと考え事をしていたアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトは戦場の気配を悟って立ち上がった。
「泥這め、貴様を討つ!」
長弓を手にして遠くから接近しつつあるクリーパーを睨む。
そのクリーパーが進む周囲が不気味なエーテルを放つ泥へと変化していた。ロゼットが意識を集中させて臨戦態勢に入った。
「毒沼を生み出すクリーパーね。今回みたいに準備をして、条件の良い時に殲滅しておきたいわ」
ルイドとトーラやナハト・シュライバー、ベルク・オスマットら、他の冒険者達からクリーパーの情報が得られたのはとても大きな意味があった。
作戦がしっかりと立てられれば、ここに集まった冒険者なら遅れを取る事はないはずだ。
遠距離戦が主体という事で、ウォーリアであるアルベルトやヒーラーのロゼットは戦えないという事ではないが、やはりここはシューターの腕の見せ所だろう。
「泥の範囲に入らないように位置取りを常に気を付けながらだな」
セリオス・オーガストが複合弓を構えながら矢を番えた。
ヒーラーがいるとはいえ、無駄な負担を掛ける訳にはいかないし、ロゼットが回復に回ればその分、一行の火力は低下する。間合いの確認がこの戦いでは基本になるのは間違いない。
同じく複合弓を手にするエルも徐々に接近してくるクリーパーを観察していた。今のところ、他の個体の姿は見られない。
「クリーパー退治。遠距離攻撃が主体、なら、シューター、も、役に立つ。ところで……全部で、何体、いる?」
中型クリーパーがあちこち大量に出現されても困るが、高原も広いのだ。
見通しが良いのが救いではあるが、逆に言うとクリーパー側から発見される可能性も高いという事。
「なるべく、集中攻撃……ですか?」
手慣れた様子で矢を引きつつエーテルを流し込むセリオスに向かってエルが訊ねた。
それに対してセリオスは目標を見つめたまま言葉を返す。
「そうだな。奴等の動きが広がっていくようなら交代で応戦するようだが、基本は各個撃破だろう」
個体ごとに耐久力は異なるようなので、出来れば無駄のないように着実にダメージを与えて削ってしまいたい所。
その意見にアルベルトとロゼットが同意するように頷いた。
「連携を重視していくぜ」
「回復の準備は万全ですわ」
こうして、冒険者達と泥のクリーパーの戦いが本格化するのであった。
攻撃を集中して1体ずつ確実に葬っていたが、長時間に及ぶ戦闘は冒険者達に疲労を積み重ね、エーテルを消耗させていた。
「新手が、来ます」
悪い影響を与えるエーテルを放ちつつ、エルが新しいクリーパーの存在に気が付いた。
ただ、冒険者の方に向かってくるのではなく、傷つき、弱ったクリーパーを取り込もうとしているようだった。
この状況にセリオスが番えていた矢を戻す。
「一度、こちらの体勢を整えるぞ」
「分かったわ。回復は……まだ、大丈夫そうね」
ロゼットは応えながら、クリーパーとの間合いを取る。
殿になっているのは巨大な盾を持つアルベルトだった。クリーパーからの泥攻撃を受け止めていた。硬化に用いるエーテルは既に枯渇しているが、このメンバーの中では一番撃たれ強い事もあって、パーティーを守っている。
「敵に隙が生じるようなら攻撃に回る!」
そう叫びつつ、クリーパーからの泥射撃を真正面から凌ぐ。
ただの泥ではない事は分かった。幸いにも毒のような影響はないものの、その一撃は極めて重く、盾を持つ手がジンジンと痺れる程だ。
一行が体勢を整えると同時に新手のクリーパーが弱った個体を取り込もうといよいよ接近。互いが泥のようなものを出し合って応酬している様子は、弱肉強食をイメージさせた。
「後から、やって来た方で、良いの、ですね」
念のため確認するようにエルが言いつつ、残り少なくなったエーテルを絞り出した。
目標に対して悪い影響を与える力は地味ではあるが一撃で倒せない相手には有効だった。
「取り込む直前に、傷ついている方を倒しておきたい所だ」
セリオスも新手に向かって矢を放つ。
泥クリーパーが別個体を取り込むとどうなるかはよく分かっていない。見た目に明らかな変化がないからだ。与えたダメージがどの程度回復されたか分からないし、攻撃力や防御力も増してはいなそうだった。
「帝国の大地を汚すんじゃねぇ!」
大盾から弓に持ち替えたアルベルトが弦を力いっぱいに引き絞る。
もはや、スキルを打てるだけのエーテルは枯渇しているが、気迫は十分だ。宙を貫くように放たれた矢が深々とクリーパーに突き刺さる。
そこに合わせるようにロゼットの魔法攻撃が重なった。
「一段落したら、アルベルトさんに回復魔法を掛けるわ」
「それで構わないぜ」
今は攻撃に専念すべき所なのだから。
●
「この弓を活かすため、太守の射撃を間近で拝見させていただきます」
天弓を手にシルヴィア・A・カペルは失礼が無いように礼儀作法に則りながら、オルセン太守コンラート・マフダルにそう伝えていた。
「ならば、存分に魅せなければならぬか」
応えたコンラートは馬上から弓を構える。
集束するエーテルが旋風のように流れた直後、放たれた一矢に……シルヴィアは息を呑んだ。冒険者達の支援魔法を受けている状況ではあるが、圧倒的な威力に言葉が出ない。
「……流石、です」
実力社会の帝国で、若くして太守の座についただけあって、かなりの実力者である事を再認識させられる。
「名高い冒険者達と共に戦う以上、無様な姿は見せたくないですから」
それでいて驕る事がない所は、コンラートという人物を如実に表していた。
オルセンの人口3万に駐留軍や避難民も合わせれば数万に達する大都市の頂点に君臨しているのだ。少なくともそれに見合うだけの器の持ち主……という事なのだろう。
同行しているレティシア・レインフィールとキリアン・フィッツジェラルドの二人が太守の放った一撃を見届けながら呟く。
「私の出番はないかもしれません」
「僕も同感です」
ヒーラーであるレティシアは基本的には支援が主体だから仕方ないにせよ、シューターであるキリアンにとってはそれだけ衝撃的な事であった。
もっとも、それは今の一射に限った話だ。
戦場は複雑怪奇なのだ。どれほどの強者であっても、出来る事の限界はある。そもそも太守一人で済む話ならわざわざ冒険者に討伐依頼は出さないのだから。
「幾体か、迫ってきているようです」
授恵者の能力を活かしキリアンが告げる。
今回の戦いは遠距離での打ち合い……という事で一見、単純そうだが、抑えるべきポイントがある。それは、クリーパーの接近を許さない殲滅力という点だ。特に複数体同時に相手をする時は、位置取りと共にそこが重要になる。
「私も戦列に参加させていただきます」
レティシアが魔弓を構えた。
冒険者達の動きに合わせ、コンラートと供回りがスペースを空けるようにズレる。
「索敵とトドメは冒険者に託し、我が軍は手傷を負わせる事に専念する」
別の冒険者達が得た情報によって、敵のクリーパーは弱って来ると別の個体に取り込まれ、その際に大きな隙を生じる事が判明している。
冒険者達とコンラートのパーティーは即席であったにも関わらず、連携を主体に挑んだ甲斐があり、特に大きなトラブルはなく、かなりの討伐数を稼ぐのであった。
●
能力を活かし、クリーパーの位置を確認した上でエミリア・シバが杖を振るう。
埋め込まれた玉から巨大な炎弾のエーテルが放たれ、弱ったクリーパーを取り込もうとしている別の個体も含めて猛烈な爆発が発生した。
「泥の障壁は吹き飛ばせないようね……でも、威力は十分かしら」
「少し距離を取ります」
一人の冒険者として参加していたエクエスが、エミリアの身体を抱き上げて、他の方向から迫って来るクリーパーの泥範囲から離れる。
エクエスは基本、近距離戦がメインなので出来る事といえば、エミリアの護衛ぐらいだ。
もちろん、エーテルの消費を考慮しなければ『光芒』の力を使う事はできるが……エーテルの無駄遣いはさせたくないエミリアの意向もあった。
「あれ……???」
クリーパーから十分な間合いを取って、エミリアを下ろした時にエクエスは首を傾げた。
そんな反応にエミリアも『?』を浮かべる。香水を変えたとか石鹸を変えたとかそういう事はしていないはず……。
「どうしたの? エクエスちゃん」
「いえ。普段、感じないような……何か違和感みたいのがあって。でも、気のせいみたいです」
剣士がそう応える。
ふと、エミリアは既視感を覚えた。それも最近の出来事のように感じる。あれはそう……蝗型魔獣と戦っていた時の事と――。
「エクエスちゃん」
「はい、なんですか?」
柔らかい笑みを浮かべたエクエスに何かを言いかけたがエミリアは台詞を飲み込んだ。
蛇眼の怪しい武芸者を知っているかと尋ねようと思ったが、この剣士は記憶を失っている事を改めて思い出したからだ。
「まだまだエーテルに余力があるから、もっといっぱい倒しておくわよ」
「分かりました。私がしっかりと守りますから」
凛々しく返事をしたエクエスを頼もしく思いながら、エミリアは「よろしくね」と伝えつつ、次の標的に向かって杖の先を向けるのであった。
●
陽が傾きだした頃、戦闘は終了となった。
かなりの数のクリーパーを倒しただろうか。周囲に脅威が残っていない事を確認したセリオスは仲間達に合流する。
「高原だからか陽が落ちるのが早いな」
「それに、冷えて、来たかも……ここで、育てる、なら、耐寒性があるもの?」
エルはマントで身を包む。
オルセン周囲でも寒いのに、更に高原のこの地はもっと冷え込むだろう。作物を育てるのは大変なはずだ。
回復魔法を施していたロゼットが会話に入って来る。
「寒さに強い作物が良いんじゃないかしら。でも、一つに絞ると不作が怖いし、複数をそろえておきたいわね」
「そうか……これだけ広ければライ麦を大量に生産する事も考えたが……不作になると困るな」
アルベルトが回復した箇所を確認しながら呟く。
これは色々と意見を出し合って検討していく必要がありそうだ。他の冒険者もそれぞれ考えがあるだろうから、これから事が上手く進めばと思う。
その時、特段に冷たい北風が吹き、エルはその方角を見つめた。
「あんなに、倒したのに……極北には、まだ、他にも、いるのですか」
「だろうな。氷山の一角というべきだろう」
同じように北の方角を眺めながらセリオスが応える。
中型クリーパーを相当数討ち取った。依頼は大成功といえよう。しかし、それらの出所が極北であるのは課題となりそうだった。
クリーパーの流入は今回だけに限らないだろう。脅威が存在している以上、奴等がやって来ないという保証はどこにもないのだから。
風で揺れた美しい金髪を手で抑えるロゼット。
「高原を維持するのも大変よね」
そんな台詞にアルベルトが応える。
「その時は、また倒し続けるだけだ」
熱血騎士の力強い言葉に一行は頷くのであった。
●
コンラートの供回りのうち、泥の範囲に入った者や、敵の遠距離攻撃を受けた者達にレティシアは回復魔法を行使していた。そのおかげもあって、ほぼ無傷のまま討伐隊は帰路につけそうだった。
『神実』についての意見を頭の中で纏めていると、コンラートが感謝を伝えに来た。
「兵達の治療、感謝します」
「皆様がご無事でなによりでございます」
微笑を浮かべて丁寧な物腰を見せるレティシアに供回り達が見惚れてしまう。
回復役がいる事で彼らも戦い易かった事もある。流石にコンラートの手前、迂闊な発言をする者はいないが。
そして、コンラートはシルヴィアへと視線を変えた。
「私の弓を見て、何か得られましたか?」
「はい、存分に。一つ、訊きたいのですが、太守は弓を射る時、何をお考えですか?」
シルヴィアから返された質問。
レティシアとキリアンの二人もその答えを待つ。弓の道は人の器を現すとも言われるのだ。コンラートという人間性を知るにはこれ以上ない問いかけだろう。
「もし、言葉にするのであれば、丁寧……でしょうか」
矢1本は軽い。けれど、そこに込められるものは計り知れないほど重い。
命が掛かる場合もあれば、多くの人々の希望を担う事もある。太守と言う立場が成す台詞ではない。こう言えるからこそ、コンラートが太守に任命されたのだろう。
姿勢を正したキリアンがコンラートに静かに、けれど力強く告げる。
「僕は、一人の官憲として、マフダル卿の方針や決断に異は唱えられません」
「皇子の事でしょうか?」
その返しの問いにキリアンは頷いた。レイウェストを慕う者の中にはオルセンとコンラートに対して好ましく思わない者もいるからだ。
今やオルセンは帝国領内で最大の都市と言っても間違いではない。皇帝位が不在の中、やろうと思えば独立は容易なはずだ。だが、オルセンとコンラートにそのつもりは全くないのだ。帝国に仕え、『人類の盾』として役目を果たし続けている。
「市民と牙無き民を守る軍人である事に相違ない。その意味では、官憲と太守には何の違いもないと信じています」
共に勝利と最善を……と続けて発した台詞にコンラートも大いに頷いた。
「良い言葉です。『共に勝利と最善を』……これから使わせて貰います」
二人のやり取りを見守りながら、シルヴィアは横に並ぶレティシアに感想を漏らす。
「どの国も一枚岩にはなれぬということだよね。人の在り方と言われれば、そうなのだろうけど……」
「尽きぬ話でございます。ただ……コンラート様の心の内は、それなりに知り得たような気が致します」
帝国皇帝から託された北部鎮守都市オルセンの太守である事に忠実なのだ。そして、同時にそれは正当な皇帝に従う事も意味する。
いずれその日が訪れる……その時、正当な皇帝がオルセン太守にどのような命を下すのかと二人は言葉に出さずとも同じことを思案するのであった。
●
レモンのような香りのするハーブティーのあれこれをミア=リゼルが説明しながらルベア・ベルニとトレイシーに振舞う。
クリーパーとの戦いが終わった後というのに、その立ち振る舞いはどこか貴族令嬢のように見えるのだから、不思議なものだとルベアはカップに注がれた爽やかな香りを確かめていた。
「戦闘は大丈夫だったのかな?」
トレイシーの質問にルベアはミアと顔を合わせて応える。
「特段、問題はなかったかな。泥の毒のせいで近づけなかった程度で」
「皆さん、距離を保って上手く戦っていました」
無事だったからこそ、こうしてお茶を楽しんでいる訳で。
ミアがホッとした表情をトレイシーに向ける。
「お元気そうで何よりです」
組織を抜け、辿りついたのは王国から遥か北の地に位置するオルセン。色々と勝手が違うはずだ。口にはしないだけで、きっと、様々な苦労があったはず……。
「まぁ、そうでないと研究は務まらないものさ」
寒冷地でも育つ作物、そして『神実』の使い道。やるべき事は多くある。
飲みかけのカップを静かにテーブルに戻しつつ、ルベアが話を振った。
「『神実』の原苗……前も言ったけど、オルセンの人達にとって、意味のあるものが良いと思ってる。ただ、最終的には帝国全土の為になるべきもの……だろうけど」
「そうだね。厳しい環境で生きる人々にあるべきと私も思うよ」
「多分、アナタに『神実』を遺したジードも……そう望んでいると思う。まぁ、具体的って言われると、寒い気候でも育つもの……『神実』なら何とかならない?」
色々な台木で育つので、元々、生命力に富んだ植物なのかもしれない。
「他の冒険者でも同じような意見があったね。麦類や芋類、葉物とか耐寒性があるもの。かつ、一つに絞ると不作の時に困るみたいだから、複数揃えた方が良い……とかかな」
やはり、寒冷に適した作物類になるかとルベアが再考した所で、ミアが手を挙げる。
「個人的な意見ですが……例えば、強壮薬や痛み止めは、医療方面で役立てることができないでしょうか?」
「『神実』の『香り』や『力』の継続研究だね。他の冒険者からも似たような提案はあったけど、ただ、原苗の量産はできないから、効力はかなり落ちてしまうだろうけど……出来そうなのは、滋養強壮になるような作物、かな……?」
トレイシーが疑問符を頭に浮かべながら応える。それらの内容をルベアが纏めるように言った。
「つまり……寒さに強くて滋養強壮にもなるようなもので、かつ、不作時も困らないもの……台木を探すのが苦労しそう」
「お世話になっている治療院には、自力で起き上がれない子達もいます。一緒に散歩ができたらって思いますし……私も出来る事はお手伝いします!」
力強く宣言するミアにトレイシーが軽く頷いた。
「まぁ、台木の方はなんとかするよ。おおよその方向性も定まりそうだしね。むしろ、極北からの南下してくるクリーパーへの対処を冒険者にはお願いするようかな」
研究の為に貸し出される高原は普段、人の出入りがない。その為、そこに兵士を常駐させる訳にはいかないのだ。
「それでいいけど、無茶はしないでよ」
念を押すようにルベアが言う。
この研究者は時々、周りが見えていない時があるから心配になるのだ。流石に『力』は全部使い切っただろうし。一般人に過ぎない彼女がクリーパーと遭遇すれば命の危険は十分にあり得る。
出来るだけ力になるつもりではあるが、冒険者稼業に絶対はない。何かの都合で駆け付けられない場合だってあるのだから。
「無茶するつもりはないけど、相手がクリーパーだからねぇ」
「……なんだか不安です」
ケロっとしたトレイシーの台詞にミアが少し頬を膨らませるのであった。
●
依頼を果たし、戦場から戻ったクレア・エクレールはイグシィの所に足を運んでいた。
シーフの能力を活かしつつの短弓による遠距離戦は、いつもの戦闘スタイルとは異なっていたが、戦果には十分に貢献できた。
後は現地の状況を踏まえ、『神実』の原苗をどう活かすか……という事になる。
「……という事で土地自体は肥沃って感じではなかったかな」
「だからこそ、研究の価値があるという事か……」
香りの良い茶を見事な手並みで煎れ、イグシィはクレアの感想に応えた。
厳しい環境だからこそ、研究で成果を出す必要があるので、当然といえば当然だ。クレアは適度に温かい茶で喉を潤しながら話す。
「ボクは専門じゃないけど、同盟で土壌改良に豆科の植物を植えるって聞いた事あるよ」
育て易く、栄養に富んでいるので食糧難には貴重な食材に成り得るので研究の価値は十分にあるだろう。無難な選択だが……言葉を一度区切ってから、クレアは続ける。
「『神実』を健康に支障ないレベルまで希釈すれば香料とか輸出用商品になる?」
例えば、『香り』は中毒症状が出るレベルだし、『力』や『瞳』は副作用があって普通では使いものにならなかった。
「……実は他の冒険者からも既存の『神実』シリーズの研究を続ける提案もあった。検討の余地は十分にあると思う。それに、香料などの輸出品を作成は外貨を稼ぐ為には有効だね」
何も食べられる物に縛られる必要はないのだ。稼いだ金でより豊かな地から食料を輸入する選択も悪くはないのだから。
クレアの話から食べ物以外の選択もあるのだと思い至ったようだ。
仕事は終わりとばかりにイグシィが茶菓子を一つまみすると、クレアに寄り添いながら囁く。
「クレアのおかげで僕の仕事が予定よりも早く済みそうだし、いいかな?」
「そうだと思って、帰りの便、明日にしておいたよ」
笑みを浮かべ、口元に運ばれた甘そうな菓子をクレアは頬張るのであった。
マスターコメント
イベントシナリオ難しい 報酬:標準15 / 4〜25人
2023年03月17日 10時36分45秒 公開
参加者
相談掲示板
ウォーリアのアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトだ。 よろしくな。 今回は武器を竜骨の長弓に持ち替えて戦う予定だ。 後は、研究用地の作物を提案するつもりだ。 因みにマフダル様に対しては交流する予定は無い。 オルセンに余裕が無いと言い訳してレイウェスト殿下の下に駆け付けることの無い方と話をしても得るものは何もないからな。 同じ様に余裕が無い状態であるヴィントのバルディオン将軍は積極的に殿下に協力しているというのに・・・。 (誤字等があったため前の書き込みは削除しました)
ヒーラーのロゼットよ。お手伝いに参加したわ。 弓は使わないから、単純だけど魔矢で討伐に加勢させてもらうわ。 魔法の射程(12)くらいで戦う人がいたら、よろしくね。 あとクリーパーの毒については、BS解除で治療できるかも しれないから用意させてもらうわ。冒険者か帝国兵への治療用に。
シーフのトーラです。 よろしくお願いします! 近接戦闘は厳しい相手ですね。エアーライドとフェザーステップなら泥変容の影響は受けませんけど、エアーライドの回数の問題と敵の耐久力次第で討伐数は減りそうですし、わたしは杖での攻撃にしようと思います。
ご挨拶が遅れました。ヒーラー、ミア=リゼルと申します。 地に足がついていることがトリガー…ですか。厄介ですね… ひとまずGSバフのほか、回復とデバフ解除系のスキルを中心に、治療に専念させていただきます。 ヒールについては早々射程が足りないという事態は少ないかと思いますが、気になる方はお近くで戦っていただければ。
シーフのベルクだ、よろしく頼む。 >オルセン アルベルト卿。 少し前にマフダル卿と話をしていてな。 その時にこう言われたよ【オルセンは人類の盾ゆえ、レイウェスト様に協力程度しかできません。】【人類の盾は正当なる持ち主が持ってこそ、意味があるもの。そして、私の中でその人物が誰か……は決めております。】とな。 オルセンは既にレイウェスト様旗下から見れば、完全に仰ぐ旗を違えた他勢力だ。それこそ王国や同盟等と同様の【今】は協力し合える関係でしかないだろうな。 >泥這 針でも買ってきて投擲するか(遠い目) 泥が浄化された後なら、それなりに肥沃な土地にはなりそうだな。 将来の帰属はともかくオルセンの食糧事情好転は北部の安寧にもつながるからそっち方面でも使うよう提言してみるか。
>オルセン ・・・そうですか、あの都市は殿下と道を違えたのですか。 帝国の都市の太守ともあろう方が殿下に忠誠を誓わないとは、マフダル見下げ果てた奴! オスマットさん情報提供感謝します。
エル、です。…シューター、です。 どうぞ、よろしく。 ええと、普通、に、弓矢で攻撃、して、ます。