【灼砂】分かたれしものたち【屍涯】
炙りとろ左門
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シナリオID:2784
オープニング
● 故郷を離れて
冒険者たちの働きにより、ガゼルタの住民たちは岩盤崩落から逃れることができた。行く宛てのない彼らは享楽都市キサナへと移り住むことになり、現地では受け入れのための準備が進められていた。
「ハール、ティシア、頼んでいた試算はできたか?」
「はい、御領主様!」
それぞれ侍従服と仕立ての良いドレスに身を包んだ少年少女は、領主ヴィクセル=ストゥルルソンの問いかけに大きな声で返事をした。肩肘が多少強張っているのは、おそらくこのような事態に初めて直面するがゆえだろう。
ガゼルタの住民すべてをキサナという都市に収めるには、物資がいくらあっても足りない。裏通りですでに諍いが起きているという報告も上がってきている。この街の名を汚さないためにも、犯罪は厳しく取り締まられるべきだが、領主館はひっきりなしに役人が行き交う阿鼻叫喚の有様だ。
ヴィクセルはこめかみを押さえつつ、ふたりが作成した試算書を受け取り、一目見て深いため息をついた。
「金はな、金はどうにかなろう。だが……」
物資がこのキサナに集中することで引き起こされる周囲の経済変動、夷狄来襲のリスク、混乱。それらを考え、ヴィクセルは胃のあたりを押さえた。
「……ハール、薬を」
「あっ……す、すぐに!」
====
「……ということで、妓楼の一部を一時的に使えないか、とお願いされてね」
キサナ最大の妓楼、【夜露雫】。その楼主ジャファルは花形たちを前に考え込む。
「楼主は妓楼に住まう全ての人々を保護する義務がある。できれば余所者を入れたくはないというのが本音だ」
たとえ、帰る場所をなくした女子供であろうと、だ。それに、一時的という期間がどれほどのものかも通達されていない。それほどの混乱の中、薄情と言われたとて響くものは一切ない。
「とにかく、しばらく外出は控えてほしい。基本的に喫緊の事態でなければこちらも許可しない。よろしく頼むよ」
ジャファルがそういうと、娘たちはそれぞれ頷いた。不安そうな顔、残念そうな素ぶり、眠そうな瞳。十人十色だが、皆ジャファルの言うことはきちんと聞く娘たちだ。
「さあ、座敷について。店を開こう」
● 星の囁きを聞く者
【月の砂】は領主館の一室にて、出された茶に口をつけないまま、ただじっと静寂に耳を傾けていた。黒尽くめの女従者もまた、その側から離れず、ぴくりとも動かない。
「『星』は半分、奴に持ち去られましたが……さて、どうなることやら」
できればすべて埋めてしまいたかった、とモニーは嘯く。蠍亜人を誘い込んだのはもののついで。穏やかな日々が明日も明後日も変わらず続いていくはずだと信じていた愚かな民たちは、むしろ塔の魔法使いたちを恨んでいるようだが。
「『わかっていたならどうしてもっと早く』……か。何度も忠告してきたんだけど、都合のいいことは覚えていないらしい」
その人々は今混乱の最中にあるらしいが、モニーの知ったことではない。自業自得だとさえ思う。
「ですが、弟子たちが巻き込まれるのは忍びないですね。魔法使いたちを皆領主館には留めては置けないでしょうし」
「これから、いかがなさいますか」
「そうですね……」
ふむ、とモニーは顔を隠す垂れ布の下で瞬きする。
「『星』が囁く記憶を知りたい者がいるかもしれません。語り終えたら、西へ旅立つとしましょう」
● 彷徨える魂
雪降る街、ルエリ。ベレス子爵領近郊にあるこの街では雪祭りが催されていた。次期ベレス子爵アレクシスは【屍涯宮】の死霊術師ラトニアを連れ立ち、この祭りを視察していたのだが――。
「どういうつもり? 外に出たいと言ったのは私だけれど……」
ラトニアは目深に被ったフードの下で不機嫌そうに唸る。
「せめて拘束しておくべきじゃないかしら?」
「してるじゃないか」
アレクシスは握っていたラトニアの右手を少し持ち上げてみせた。
「……」
その仕草に、ラトニアは渋面を作る。
「呆れた……私がここで逃げ出したら、あなた、王国騎士としての地位を失う大失態よ」
「君はそんなことはしない。ベレスの人々が病から完全に解放されるまでは」
「ああそう……」
ラトニアはこれ以上言い争う気力を削がれ、話題を変えた。
「……ねえ」
「うん?」
「もし私が、あなたに幼馴染みを返してあげるって言ったら、どうする?」
アレクシスが目を見開いた。その表情を見たラトニアは嗤う。
「私に負い目だとか義務感だとか、あるわけないでしょ? 馬鹿じゃないの。さようなら、お人好しのアレクシス」
アレクシスが繋いだ手に力を込める。が、その瞬間、ラトニアの体は支えを失って頽れた。アレクシスがなんとかそれを受け止めると、陰から二人を監視していた兵士たちが慌てて駆け寄ってくる。
「アレクシス様! 一体何が?」
「わからない……」
アレクシスは腕の中でぐったりとする少女の顔を覗き込む。感情が抜け落ちた瞳は何も映してはいない。
抜け殻だ――アレクシスはそう思った。
====
「おかえり、ラトニア」
セウェルス=マルキアスは中空に手を伸ばす。その指先に小さな魂が引き寄せられていった。
『強引に呼び戻しておいてよく言うわ。おかげで体を強引に捨ててこないといけなかったのよ――』
ラトニアの言葉を待たず、セウェルスは指をめいいっぱい広げる。それに、ラトニアは静かにため息をついた。体はもう、ないけれど。
『そう、仕方ないわね。だって私たちははじめから――そのつもりでいたんだもの』
淡い光を、5本の指が握り潰す。それはゆっくりとセウェルスの内側に溶けていき、消えた。
冒険者たちの働きにより、ガゼルタの住民たちは岩盤崩落から逃れることができた。行く宛てのない彼らは享楽都市キサナへと移り住むことになり、現地では受け入れのための準備が進められていた。
「ハール、ティシア、頼んでいた試算はできたか?」
「はい、御領主様!」
それぞれ侍従服と仕立ての良いドレスに身を包んだ少年少女は、領主ヴィクセル=ストゥルルソンの問いかけに大きな声で返事をした。肩肘が多少強張っているのは、おそらくこのような事態に初めて直面するがゆえだろう。
ガゼルタの住民すべてをキサナという都市に収めるには、物資がいくらあっても足りない。裏通りですでに諍いが起きているという報告も上がってきている。この街の名を汚さないためにも、犯罪は厳しく取り締まられるべきだが、領主館はひっきりなしに役人が行き交う阿鼻叫喚の有様だ。
ヴィクセルはこめかみを押さえつつ、ふたりが作成した試算書を受け取り、一目見て深いため息をついた。
「金はな、金はどうにかなろう。だが……」
物資がこのキサナに集中することで引き起こされる周囲の経済変動、夷狄来襲のリスク、混乱。それらを考え、ヴィクセルは胃のあたりを押さえた。
「……ハール、薬を」
「あっ……す、すぐに!」
====
「……ということで、妓楼の一部を一時的に使えないか、とお願いされてね」
キサナ最大の妓楼、【夜露雫】。その楼主ジャファルは花形たちを前に考え込む。
「楼主は妓楼に住まう全ての人々を保護する義務がある。できれば余所者を入れたくはないというのが本音だ」
たとえ、帰る場所をなくした女子供であろうと、だ。それに、一時的という期間がどれほどのものかも通達されていない。それほどの混乱の中、薄情と言われたとて響くものは一切ない。
「とにかく、しばらく外出は控えてほしい。基本的に喫緊の事態でなければこちらも許可しない。よろしく頼むよ」
ジャファルがそういうと、娘たちはそれぞれ頷いた。不安そうな顔、残念そうな素ぶり、眠そうな瞳。十人十色だが、皆ジャファルの言うことはきちんと聞く娘たちだ。
「さあ、座敷について。店を開こう」
● 星の囁きを聞く者
【月の砂】は領主館の一室にて、出された茶に口をつけないまま、ただじっと静寂に耳を傾けていた。黒尽くめの女従者もまた、その側から離れず、ぴくりとも動かない。
「『星』は半分、奴に持ち去られましたが……さて、どうなることやら」
できればすべて埋めてしまいたかった、とモニーは嘯く。蠍亜人を誘い込んだのはもののついで。穏やかな日々が明日も明後日も変わらず続いていくはずだと信じていた愚かな民たちは、むしろ塔の魔法使いたちを恨んでいるようだが。
「『わかっていたならどうしてもっと早く』……か。何度も忠告してきたんだけど、都合のいいことは覚えていないらしい」
その人々は今混乱の最中にあるらしいが、モニーの知ったことではない。自業自得だとさえ思う。
「ですが、弟子たちが巻き込まれるのは忍びないですね。魔法使いたちを皆領主館には留めては置けないでしょうし」
「これから、いかがなさいますか」
「そうですね……」
ふむ、とモニーは顔を隠す垂れ布の下で瞬きする。
「『星』が囁く記憶を知りたい者がいるかもしれません。語り終えたら、西へ旅立つとしましょう」
● 彷徨える魂
雪降る街、ルエリ。ベレス子爵領近郊にあるこの街では雪祭りが催されていた。次期ベレス子爵アレクシスは【屍涯宮】の死霊術師ラトニアを連れ立ち、この祭りを視察していたのだが――。
「どういうつもり? 外に出たいと言ったのは私だけれど……」
ラトニアは目深に被ったフードの下で不機嫌そうに唸る。
「せめて拘束しておくべきじゃないかしら?」
「してるじゃないか」
アレクシスは握っていたラトニアの右手を少し持ち上げてみせた。
「……」
その仕草に、ラトニアは渋面を作る。
「呆れた……私がここで逃げ出したら、あなた、王国騎士としての地位を失う大失態よ」
「君はそんなことはしない。ベレスの人々が病から完全に解放されるまでは」
「ああそう……」
ラトニアはこれ以上言い争う気力を削がれ、話題を変えた。
「……ねえ」
「うん?」
「もし私が、あなたに幼馴染みを返してあげるって言ったら、どうする?」
アレクシスが目を見開いた。その表情を見たラトニアは嗤う。
「私に負い目だとか義務感だとか、あるわけないでしょ? 馬鹿じゃないの。さようなら、お人好しのアレクシス」
アレクシスが繋いだ手に力を込める。が、その瞬間、ラトニアの体は支えを失って頽れた。アレクシスがなんとかそれを受け止めると、陰から二人を監視していた兵士たちが慌てて駆け寄ってくる。
「アレクシス様! 一体何が?」
「わからない……」
アレクシスは腕の中でぐったりとする少女の顔を覗き込む。感情が抜け落ちた瞳は何も映してはいない。
抜け殻だ――アレクシスはそう思った。
====
「おかえり、ラトニア」
セウェルス=マルキアスは中空に手を伸ばす。その指先に小さな魂が引き寄せられていった。
『強引に呼び戻しておいてよく言うわ。おかげで体を強引に捨ててこないといけなかったのよ――』
ラトニアの言葉を待たず、セウェルスは指をめいいっぱい広げる。それに、ラトニアは静かにため息をついた。体はもう、ないけれど。
『そう、仕方ないわね。だって私たちははじめから――そのつもりでいたんだもの』
淡い光を、5本の指が握り潰す。それはゆっくりとセウェルスの内側に溶けていき、消えた。
解説
皆さんはそれぞれ何かしらの用事があり「享楽都市キサナ」または「雪降る街ルエリ」を訪れました。
依頼の帰りだったかもしれませんし、何気なくふらりと寄ってみたのかもしれません。
行き先を以下から選ぶことができます。【1】【2】【3】いずれかひとつを選んでプレイングを提出してください。複数の都市にまたがる行動は、字数の関係でマスタリングの対象となります。
【1】享楽都市キサナ
王国東部にある、明けぬ夜の歓楽街。しかしどちらかといえば高級志向、遊ぶにはだいぶお金がかかります。ご飯を食べたり飲んだり、観光する程度であれば冒険者の手取りで足りるでしょう。
名産品は、幾何学的で繊細な装飾に富んだキサナングラス。ほかにも香りの良いお香、ヘアオイルなど。異郷風の食事が並ぶ宴席にも参加できます。
【2】雪降る街ルエリ
ベレス近郊、四方の通商路の上にある街で、そこそこ栄えています。雪降る季節となったために雪祭りが催されており、【露店】では温かい飲み物や食べ物が売られ、【広場】では演奏会が、【公園】では雪合戦大会が行われています。また街の中心にある【時計台】にはジンクスがあり、夜中の12時の鐘が鳴り終わるまでに想いを伝え合うことで、揺るがぬ絆や幸福が約束されると言われています。
▶︎ 雪うさぎ妖精
ルエリ近郊に棲息している妖精の一種です。見た目は白いうさぎの赤ちゃん。ふわふわもふもふですが、ややひんやりとしています。その寿命が尽きる前に人間や火のぬくもりを求めると言われています。
【3】ほか、ぶりとろMSのシナリオで出てきたリーンエス王国内の都市。
● NPC
それぞれの都市では、NPCを指名しての交流も可能です。
▶︎ キサナ
ヴィクセル :キサナ領主。
ハール&ティシア:ヴィクセルのもとで養育されている少年少女。
ジャファル :妓楼【夜露雫】の主。
マリカ :妓楼【夜露雫】の花形遊女。方円目(囲碁)が得意。
フィルヤール :妓楼【夜露雫】の花形遊女。作家になるのが夢。
ライラリア :妓楼【夜露雫】の花形遊女。美しく儚げな歌声の持ち主。
モニー :【月の砂】と呼ばれている魔法使いの塔の主。
▶︎ ルエリ
リジー :【屍涯宮】の死霊術師ラトニアに体を奪われていた少女。
アレクシス :ベレスの次期領主。リジーとは幼馴染み。
ほか、ぶりとろMSのシナリオで登場したリーンエス王国所属の非登録NPC。
マスターより
初めましての方は初めまして。こんにちは、炙りとろ左門です。
本シナリオは「【灰葬】」シリーズの続編、「【屍涯】」第2部「【灼砂】」のエピローグシナリオとなります。
享楽都市キサナや周辺設定につきましては、「【黎瞳】」タグのついたシナリオ、および「一夜の沫雪、麗しき夢」「華香、艶やかに」にまとまっています。ご興味のある方はどうぞ!
それでは皆様のご参加&プレイング、お待ちしております!
== 備考 ==
*マスターページは参照しなくても問題ありませんが、描写やマスタリングに関する項目があります。
*NPCは基本的にプレイングに記載がなければ同行描写はされません。同行指定し交流をはかることも可能ですが、描写字数の関係で省略される場合もございます。ご了承ください。
*本シナリオにはシリーズNPC「セウェルス=マルキアス」および「ロヴェル=ハーヴェン」が関連づけられていますが、質疑応答はありません。
リプレイ
● 艶やかなる夜
キサナの夜の光は、柔らかい。クレア・エクレールはランプ屋に足を踏み入れ、新たにそう気づいた。
煌びやかな光の合間に見える幻想と享楽、そんな大通りを抜けて小さな店に入れば、喧騒は扉一枚向こうとは思えぬほど遠くなる。
キサナングラスを通して店内に散乱する光はどれも、ぼやけていた。わざとガラスを曇らせているようだ。その透明度と繊細なカッティングによる美しさが売りのキサナングラスをこのように使うのか――クレアは首を傾げつつも、並ぶ商品を「二流の品」とは思わなかった。これもまた「美しさ」の表現のひとつなのだろう。
クレアは卓上の照明器具を中心に、良いものを見繕う。
「自室に置くのかね」
カウンターの奥から聞こえるしわがれ声に、クレアは振り返った。
「ううん、遅くまでお仕事する人がいるんだ。その人にあげるの」
「ほう。それはそれは。ではその香りは?」
アラガンの実から抽出されたオイルを、フローラルムスクで調香したヘアオイル。クレアはそれを塗り込めた髪に触れた。
「自分用。冬って乾燥するし、パサパサカサカサのところ見られたくないし! それに一緒にいる人からいい香りがしたら、リラックスできるもん」
さてそれは、果たして自分用なのかどうか。ともあれ――
「うん……仕事が捗るっていうよりは、ゆっくり眠れる光がいいよね」
ベッドサイドに灯して、安心して眠れるように。暖色系のキサナングラスの破片を寄せ合わせたそれに触れ、クレアははにかんだ。
四隅を見渡せるほどに狭い、この盤上にふたり。これも幾度目になろう。勝ち負けはもはや重要ではなくなっていた。交わす一手は言葉や瞳で訴えるよりも雄弁である。
ヴァンゲルス・ロッドはマリカが用意した盤の上に、しかし、円石ではなくひつじの木彫り人形を置いた。
「これは?」
「土産だ。えぇと確か、幸運を呼ぶ木彫りのふたごひつじ……つったかな」
俺が作った、とヴァンゲルスが告げれば、マリカは目を丸くした。
「あなた、思ってた以上に器用ね」
「そりゃどうも。良かったら受け取ってくれ。よすがってモンは、幾つあったっていい」
マリカは木彫り人形をそっと両手で包むように掬い上げ、ほうと眺めた。
「かわいいのね。あなたに似てて」
「ん……んん?」
かわいいと形容されるような見目ではない気がするが、とヴァンゲルスは困惑する。その表情に、マリカは愛らしく笑った。
「ありがと。最近ごたついてるせいでぴりぴりしてたんだけど、なんだかどうでも良くなっちゃった」
「避難民のことか?」
「ええ。この檻は私たちを守るものでもある、って……今更ね。だからってここに骨を埋めるつもりはないけど」
マリカは丁寧にやすりがけされた人形の頭を撫でた。
「作り方を教えてもらいたいわ。そうしたら、あなたにあげられるでしょ」
「怪我をするから、これで我慢してくれ」
ヴァンゲルスはそう言って、盤上に円石を並べ始める。
「ほら、お前さんの好きな方円目だぞ」
「わかって言ってるのかしらね……この男は」
マリカはちょっと口先を尖らせたあと、円石をひと組、ヴァンゲルスの手に握らせた。
「持っていって。私だと思って。あなたと以外は……もう打たないから」
● 暗雲に煌めく
シルヴィア・A・カペルは困惑していた。目の前には、頬を膨らませて明らかにご機嫌斜めなフィルヤールと、その後ろで身を屈めて笑いを堪えているジャファルがいる。
「フィ、フィルヤール……?」
シルヴィアが遠慮がちに声をかけると、フィルヤールはぷいっとそっぽを向いた。
「近くにお越しなのに、会いに来てくださらないなんて……」
「私に嫉妬して、拗ねているんだよ」
「ジャファル様!」
フィルヤールから睨みつけられたジャファルは、しかしちっとも堪えた様子はない。
「ただでさえ自由にできる時間も長くないのに、私に君を取られたと思って」
「お茶を出しませんわよ」
フィルヤールはそう言いつつも、人数分の茶をテーブルに用意した。
この場には、楼主であるジャファルと領主のヴィクセル、そしてこの場を取り付けたシルヴィアの他には彼女だけだ。話を聞いて会いに来てくれたのかと視線で問えば、フィルヤールはおずおずと視線を逸らした。
「……だそうです。私たちのためにもご協力いただけますでしょうか」
シルヴィアはヴィクセルに微笑みかけた。ヴィクセルは曖昧な表情ではあるが、頷いてみせる。
『政治的に正しい判断』の良し悪しは、立場によって変わる。ただそれだけの話なのだから。
避難民の扱いについての交渉がなされる横で、シルヴィアはフィルヤールとわずかな時間を共有した。
「ガゼルタにはそんなものが……まるで物語のような、いえ……『冒険譚』ですわね」
「少しは君を楽しませることができたかな」
「むしろ心配事が増えましたわ。だって、あなた様の冒険は続くのでしょう?」
滅びをもたらす星の灯り、そのもとに集うものたち――その中に、シルヴィアもいる。
「焔が見えますわ。冷たい焔が……」
ふと、フィルヤールは天を占うかのようなことを言った。シルヴィアはセウェルスの瞳の奥に灯る、昏い光を思い出すのだった。
====
「皆さんの行動は適切で、あの時できる最善だったと考えていますよ」
月の砂は冒険者たちを前に、そのように語った。
領主館の一室に留まる月の砂を訪ねた冒険者たちは、四人。スー・ルーにフセイン ラファ、ジュスト・ヴェルジー、そしてローザリカ・L・ディオール――いずれもガゼルタ崩落の危機に駆けつけた者たちだ。
先の言葉は、「自分も率先して街を助けに行けば、もっと街への被害が少なく出来たのだろうか」というラファの問いに対する答えである。
「情報を満足に与えないままにあなた方を利用したことは、謝罪しましょう。こちらの計画は受け入れ難いだろうと思いまして」
「……というと?」
ジュストに促され、月の砂は【ガゼルタの星】を都市ごと埋めて封印するつもりだったのだと言った。蠍亜人たちを呼び込んだのは自分たちで、それは住民に逃げる機会を与えるための、ついでの作業に過ぎなかった、とも。
「崩落については自然の……時間の問題でした。しかしそもそも、そういう約束だったのです。【星】が掘り起こされる時が来れば、これを如何なる手段を持ってしても人の手の届かぬところへ、と……」
塔の主が語るところによれば、魔術への畏敬が薄れるにしたがって、それも忘れ去られたということだった。
忠告に耳を傾けなかった住民、我先にと逃げ出した役人たち。そういったものに、月の砂はうんざりとした様子でため息をつく。
「……あれも【魂喰い】と相討ちになってくれれば、ビオンの遺産はその残滓に至るまで追滅できたのに……」
何やら新しい名前が出てきた。スールはそれについて尋ねるより先に、長らく謎が謎を呼んでいたことについて質問する。
「で、結局【屍涯宮】は……その【星】とやらを、なんでああまでして欲しがってんだ?」
スールは持ち込んだ土産の串肉を昼飯がわりにしつつ、尋ねる。
「求めているのは、セウェルス=マルキアスであり……まあ、屍涯宮の面々といっても差し支えはないのですが、そうですね」
月の砂はどう説明したものかと思案する。水を一口含んで喉を潤してから、結論としては、と切り出す。
「彼は亡き師のことを諦められず、何百年もそのためだけに行動しています。最近になって仲間を集めて活動を再開したのは、計画にある程度の目処がついたからでしょう」
「あいつ、師匠がいたのか」
スールは串を皿の上に置く。単純に、あの不遜な態度の青年の師を務めるのは大変そうだと思ったからだ。なにしろ迂遠な言い回しを好む人物であるからして。
「諦められない……というのは、どういうことだろうか?」
ローザリカが重ねて尋ねると、月の砂は「少し長くなりますよ」と前置いた。
====
領主館から出た冒険者たちは、一様に厳しい表情をしていた。
「一夜で都市を滅ぼすだけの力を持つとされた【星】は、真実、御伽話に過ぎなかった。だが死霊術師ファウロス=ビオンはそれを再現しようとした……」
ジュストは話の流れを改めてまとめるため、つぶやく。
ビオンは諸国を巡り、異端として爪弾きにされていた魔法使いのたまごたちを引き取って、弟子として育てていた。彼女の目標は『すべての魂が安穏と暮らせること』だったという。そこだけ聞けば、なんという人格者かと思いきや。
「すべての魂を肉体のくびきから解き放ち、そして朽ちぬようにする。終わりのない世界……なんて」
ローザリカはこめかみを押さえた。
「……思想の是非はともかく、正直、雲を掴むような話だ。魔術師としてどう思う?」
「どう、っつってもなぁ。ビオンの【星】は結局未完だったんだろ?」
スールは頭を掻く。ジュストも腕を組み、考え込んだ。
「それが答え……としても、【月の塔】が隠滅ではなく封印としたところからも、理論上は肉薄するものではあったんだろう」
それがもたらす結果はともかくとして、魔術的価値は高いと判断された。ジュストはそう推測しつつ、一旦それを脇に置く。
「【屍涯宮】が――いや、セウェルス=マルキアスが、ビオン師の魂を取り戻すために【星】の術式をどう活用するつもりなのかは……あまりいい予感がしないな」
「月の砂の話だと、ビオンの研究していた死霊術は生きている人間から魂を抽出するもので、その時に放出されるエネルギーの利用法のほうがありがたく思われてた……ってことだったわね。気になるのはそこかしら」
ジュストの所感を、ラファが言語化する。いくらでも悪用できそうなものが、道徳的とは言えない人物の手中に、一部とはいえ存在している現況は楽観視できるものではない。
「師の魂を探すためだけに……か。そのために、自分たちの魂や体に手を加えることも厭わないとは……」
ローザリカは、【屍涯宮】の成り立ちについて明かされたことを思い出し、得体の知れなさを覚えずにはいられなかった。
【屍涯宮】の幹部は、セウェルスを筆頭にビオンの弟子だった者たちであり――彼らは死霊術により自分たちの魂を繋ぎ合わせ、長い時を生きることを選んだ。彼らの目標の到達のためにはそれだけの時間が必要だと弾き出したのだろう。
「これ以上、奴らについてあれこれ考えても仕方ねえか。対策するってんなら、【星】についてもっと知らねえとな」
スールはうんと伸びをした。長い尾が浅く砂を擦る。【ガゼルタの星】については今、サマエラ=フォリウムが【屍涯宮】の幹部である死霊術師ラトニア=アナンケスに接触を試みているのだが――。
「報告書が上がってくるまでは暇だし。お前らもなんか食わねえとな。結構、話長かったし」
そう言って、スールは焼き串の屋台を指し示した。
「そうね。シラー砂漠のことはお話しできたけど、イグノ砂漠の名物も知りたいわ♪」
ラファも軽やかに笑い、ジュストとローザリカを誘う。
「腹が減っては戦はできぬと、遠い東の地でも言うそうだから……ね?」
● 願いを託されて
「これは……」
アレクシスが保有している屋敷、その一室に案内されたサマエラ=フォリウムは、寝台に横たわる少女を見て表情を硬くする。
少女――ラトニアがその体を乗っ取っていたリジーは、眠っているのか起きているのか判然としない状態だった。その瞳が見つめるのは、天井でも周囲の人間でもなく、声をかけても反応がない――事前にアレクシスから説明されていたとはいえ、これでは廃人も同然だ。
「……診るだけは、診てみよう」
正直、身につけた医術や知識でどれほどのことが分かるのか。不安はあったが、試みることなしに諦めることはできない。
「……ラトニア? いや、リジー……と呼ぶべきか」
サマエラはリジーに呼びかけながら、その華奢な白い手を握る。伏せられた瞳に被さる長い睫毛は、ぴくりとも動かない。脈拍も弱い。
が、生きようとはしている。魂が肉体に働きかけるエーテルの流れに、ほんの僅かな励起を感じた。サマエラはそれに気づくと、はっと顔を上げた。
「このままではだめだ。環境を整えよう。リジーのエーテルがリジーの体に満遍なく行き渡るように」
その一言で全てを理解したらしいアレクシスは、慌てて部屋を出て行った。しばらくして、階下が慌ただしくなる。サマエラもそれに続こうと腰を浮かせたところで、ふと誰かに呼びとめられたような気がした。
「リジー?」
部屋には自分と、横たわるリジーしかいない。サマエラは必然、少女を振り返る。
――あの人をとめて。
少女の声帯が震えたわけではない。幻聴や錯覚の類かもしれなかった。実際、その後声のようなものは一切聞こえなかったし、リジーの状態が大きく改善するでもなく。
だが、その思念――あるいは意思と呼ぶべきもの――は、掬い上げることができたのだろう。
● 終わりのはじまり
小さな手が撞き縄を引く。ガラン、と大きな鐘が、ついで小さな鐘たちが空気を震わせた。
「あっ、音が大きいから……イュン、驚いたかもしれません!」
フリューが鐘撞き番のリリーに紹介しようと連れてきたうさぎのイュンは、フリューの足の間で小さくなっている。それに対し、リリーは鐘の音に負けじと声を張り上げた。
「ごめんなさい、でも途中でやめられないというか、一度鳴らすと構造上しばらくは鳴り止まないというかー!」
その様子に、フリューリングスルフト=ティエラは苦笑を返した。
安息の地、ハーヴェン。この地から始まった物語の終わりが、はじまる――根拠もない、直感がそう告げたためにこの地を、リリーを訪ねた。
【星】の半分は彼の手に。もう半分はこちらに。彼は、足りない欠片をそのままにはしておかない。奪いにくるか、自らの手で補うか。いずれにせよ衝突は必至である。
昏い光の灯る銀色の瞳を思い出す。彼の姿を思い出す時は、いつだって真正面だった。そういう関係であることをフリュー自身が望んでいるから。
お互いが抱えるものを深く知っているわけではない。互いを結びつけるものが、「情」という一言で表し切れるものならば、きっとその方が簡単だった。だが、そうではない。
「……っ!」
その時、腹の底が溶け出すような熱と痛みがフリューを襲った。あわてて柱の陰に隠れ、苦しむ姿をリリーの前から遠ざける。抱えた腹部は燃え上がるように熱い――錯覚かもしれないが。
(命の、終わりのはじまり……)
迎える結末がどのようなものであっても、悔いが残らないように。振り返って、笑顔で過ごせたと笑えることが――「フリューリングスルフト=ティエラ」という物語の終わりに、必要だ。
熱が鎮まっていく。呼吸を整え、フリューは笑顔を浮かべてリリーの前へ再び顔を出した。
「お腹すいた、ご飯食べよ」
――そうして、日常を綴っていく。続いていくことが当然ではないからこそ、尊いものを。
キサナの夜の光は、柔らかい。クレア・エクレールはランプ屋に足を踏み入れ、新たにそう気づいた。
煌びやかな光の合間に見える幻想と享楽、そんな大通りを抜けて小さな店に入れば、喧騒は扉一枚向こうとは思えぬほど遠くなる。
キサナングラスを通して店内に散乱する光はどれも、ぼやけていた。わざとガラスを曇らせているようだ。その透明度と繊細なカッティングによる美しさが売りのキサナングラスをこのように使うのか――クレアは首を傾げつつも、並ぶ商品を「二流の品」とは思わなかった。これもまた「美しさ」の表現のひとつなのだろう。
クレアは卓上の照明器具を中心に、良いものを見繕う。
「自室に置くのかね」
カウンターの奥から聞こえるしわがれ声に、クレアは振り返った。
「ううん、遅くまでお仕事する人がいるんだ。その人にあげるの」
「ほう。それはそれは。ではその香りは?」
アラガンの実から抽出されたオイルを、フローラルムスクで調香したヘアオイル。クレアはそれを塗り込めた髪に触れた。
「自分用。冬って乾燥するし、パサパサカサカサのところ見られたくないし! それに一緒にいる人からいい香りがしたら、リラックスできるもん」
さてそれは、果たして自分用なのかどうか。ともあれ――
「うん……仕事が捗るっていうよりは、ゆっくり眠れる光がいいよね」
ベッドサイドに灯して、安心して眠れるように。暖色系のキサナングラスの破片を寄せ合わせたそれに触れ、クレアははにかんだ。
四隅を見渡せるほどに狭い、この盤上にふたり。これも幾度目になろう。勝ち負けはもはや重要ではなくなっていた。交わす一手は言葉や瞳で訴えるよりも雄弁である。
ヴァンゲルス・ロッドはマリカが用意した盤の上に、しかし、円石ではなくひつじの木彫り人形を置いた。
「これは?」
「土産だ。えぇと確か、幸運を呼ぶ木彫りのふたごひつじ……つったかな」
俺が作った、とヴァンゲルスが告げれば、マリカは目を丸くした。
「あなた、思ってた以上に器用ね」
「そりゃどうも。良かったら受け取ってくれ。よすがってモンは、幾つあったっていい」
マリカは木彫り人形をそっと両手で包むように掬い上げ、ほうと眺めた。
「かわいいのね。あなたに似てて」
「ん……んん?」
かわいいと形容されるような見目ではない気がするが、とヴァンゲルスは困惑する。その表情に、マリカは愛らしく笑った。
「ありがと。最近ごたついてるせいでぴりぴりしてたんだけど、なんだかどうでも良くなっちゃった」
「避難民のことか?」
「ええ。この檻は私たちを守るものでもある、って……今更ね。だからってここに骨を埋めるつもりはないけど」
マリカは丁寧にやすりがけされた人形の頭を撫でた。
「作り方を教えてもらいたいわ。そうしたら、あなたにあげられるでしょ」
「怪我をするから、これで我慢してくれ」
ヴァンゲルスはそう言って、盤上に円石を並べ始める。
「ほら、お前さんの好きな方円目だぞ」
「わかって言ってるのかしらね……この男は」
マリカはちょっと口先を尖らせたあと、円石をひと組、ヴァンゲルスの手に握らせた。
「持っていって。私だと思って。あなたと以外は……もう打たないから」
● 暗雲に煌めく
シルヴィア・A・カペルは困惑していた。目の前には、頬を膨らませて明らかにご機嫌斜めなフィルヤールと、その後ろで身を屈めて笑いを堪えているジャファルがいる。
「フィ、フィルヤール……?」
シルヴィアが遠慮がちに声をかけると、フィルヤールはぷいっとそっぽを向いた。
「近くにお越しなのに、会いに来てくださらないなんて……」
「私に嫉妬して、拗ねているんだよ」
「ジャファル様!」
フィルヤールから睨みつけられたジャファルは、しかしちっとも堪えた様子はない。
「ただでさえ自由にできる時間も長くないのに、私に君を取られたと思って」
「お茶を出しませんわよ」
フィルヤールはそう言いつつも、人数分の茶をテーブルに用意した。
この場には、楼主であるジャファルと領主のヴィクセル、そしてこの場を取り付けたシルヴィアの他には彼女だけだ。話を聞いて会いに来てくれたのかと視線で問えば、フィルヤールはおずおずと視線を逸らした。
「……だそうです。私たちのためにもご協力いただけますでしょうか」
シルヴィアはヴィクセルに微笑みかけた。ヴィクセルは曖昧な表情ではあるが、頷いてみせる。
『政治的に正しい判断』の良し悪しは、立場によって変わる。ただそれだけの話なのだから。
避難民の扱いについての交渉がなされる横で、シルヴィアはフィルヤールとわずかな時間を共有した。
「ガゼルタにはそんなものが……まるで物語のような、いえ……『冒険譚』ですわね」
「少しは君を楽しませることができたかな」
「むしろ心配事が増えましたわ。だって、あなた様の冒険は続くのでしょう?」
滅びをもたらす星の灯り、そのもとに集うものたち――その中に、シルヴィアもいる。
「焔が見えますわ。冷たい焔が……」
ふと、フィルヤールは天を占うかのようなことを言った。シルヴィアはセウェルスの瞳の奥に灯る、昏い光を思い出すのだった。
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「皆さんの行動は適切で、あの時できる最善だったと考えていますよ」
月の砂は冒険者たちを前に、そのように語った。
領主館の一室に留まる月の砂を訪ねた冒険者たちは、四人。スー・ルーにフセイン ラファ、ジュスト・ヴェルジー、そしてローザリカ・L・ディオール――いずれもガゼルタ崩落の危機に駆けつけた者たちだ。
先の言葉は、「自分も率先して街を助けに行けば、もっと街への被害が少なく出来たのだろうか」というラファの問いに対する答えである。
「情報を満足に与えないままにあなた方を利用したことは、謝罪しましょう。こちらの計画は受け入れ難いだろうと思いまして」
「……というと?」
ジュストに促され、月の砂は【ガゼルタの星】を都市ごと埋めて封印するつもりだったのだと言った。蠍亜人たちを呼び込んだのは自分たちで、それは住民に逃げる機会を与えるための、ついでの作業に過ぎなかった、とも。
「崩落については自然の……時間の問題でした。しかしそもそも、そういう約束だったのです。【星】が掘り起こされる時が来れば、これを如何なる手段を持ってしても人の手の届かぬところへ、と……」
塔の主が語るところによれば、魔術への畏敬が薄れるにしたがって、それも忘れ去られたということだった。
忠告に耳を傾けなかった住民、我先にと逃げ出した役人たち。そういったものに、月の砂はうんざりとした様子でため息をつく。
「……あれも【魂喰い】と相討ちになってくれれば、ビオンの遺産はその残滓に至るまで追滅できたのに……」
何やら新しい名前が出てきた。スールはそれについて尋ねるより先に、長らく謎が謎を呼んでいたことについて質問する。
「で、結局【屍涯宮】は……その【星】とやらを、なんでああまでして欲しがってんだ?」
スールは持ち込んだ土産の串肉を昼飯がわりにしつつ、尋ねる。
「求めているのは、セウェルス=マルキアスであり……まあ、屍涯宮の面々といっても差し支えはないのですが、そうですね」
月の砂はどう説明したものかと思案する。水を一口含んで喉を潤してから、結論としては、と切り出す。
「彼は亡き師のことを諦められず、何百年もそのためだけに行動しています。最近になって仲間を集めて活動を再開したのは、計画にある程度の目処がついたからでしょう」
「あいつ、師匠がいたのか」
スールは串を皿の上に置く。単純に、あの不遜な態度の青年の師を務めるのは大変そうだと思ったからだ。なにしろ迂遠な言い回しを好む人物であるからして。
「諦められない……というのは、どういうことだろうか?」
ローザリカが重ねて尋ねると、月の砂は「少し長くなりますよ」と前置いた。
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領主館から出た冒険者たちは、一様に厳しい表情をしていた。
「一夜で都市を滅ぼすだけの力を持つとされた【星】は、真実、御伽話に過ぎなかった。だが死霊術師ファウロス=ビオンはそれを再現しようとした……」
ジュストは話の流れを改めてまとめるため、つぶやく。
ビオンは諸国を巡り、異端として爪弾きにされていた魔法使いのたまごたちを引き取って、弟子として育てていた。彼女の目標は『すべての魂が安穏と暮らせること』だったという。そこだけ聞けば、なんという人格者かと思いきや。
「すべての魂を肉体のくびきから解き放ち、そして朽ちぬようにする。終わりのない世界……なんて」
ローザリカはこめかみを押さえた。
「……思想の是非はともかく、正直、雲を掴むような話だ。魔術師としてどう思う?」
「どう、っつってもなぁ。ビオンの【星】は結局未完だったんだろ?」
スールは頭を掻く。ジュストも腕を組み、考え込んだ。
「それが答え……としても、【月の塔】が隠滅ではなく封印としたところからも、理論上は肉薄するものではあったんだろう」
それがもたらす結果はともかくとして、魔術的価値は高いと判断された。ジュストはそう推測しつつ、一旦それを脇に置く。
「【屍涯宮】が――いや、セウェルス=マルキアスが、ビオン師の魂を取り戻すために【星】の術式をどう活用するつもりなのかは……あまりいい予感がしないな」
「月の砂の話だと、ビオンの研究していた死霊術は生きている人間から魂を抽出するもので、その時に放出されるエネルギーの利用法のほうがありがたく思われてた……ってことだったわね。気になるのはそこかしら」
ジュストの所感を、ラファが言語化する。いくらでも悪用できそうなものが、道徳的とは言えない人物の手中に、一部とはいえ存在している現況は楽観視できるものではない。
「師の魂を探すためだけに……か。そのために、自分たちの魂や体に手を加えることも厭わないとは……」
ローザリカは、【屍涯宮】の成り立ちについて明かされたことを思い出し、得体の知れなさを覚えずにはいられなかった。
【屍涯宮】の幹部は、セウェルスを筆頭にビオンの弟子だった者たちであり――彼らは死霊術により自分たちの魂を繋ぎ合わせ、長い時を生きることを選んだ。彼らの目標の到達のためにはそれだけの時間が必要だと弾き出したのだろう。
「これ以上、奴らについてあれこれ考えても仕方ねえか。対策するってんなら、【星】についてもっと知らねえとな」
スールはうんと伸びをした。長い尾が浅く砂を擦る。【ガゼルタの星】については今、サマエラ=フォリウムが【屍涯宮】の幹部である死霊術師ラトニア=アナンケスに接触を試みているのだが――。
「報告書が上がってくるまでは暇だし。お前らもなんか食わねえとな。結構、話長かったし」
そう言って、スールは焼き串の屋台を指し示した。
「そうね。シラー砂漠のことはお話しできたけど、イグノ砂漠の名物も知りたいわ♪」
ラファも軽やかに笑い、ジュストとローザリカを誘う。
「腹が減っては戦はできぬと、遠い東の地でも言うそうだから……ね?」
● 願いを託されて
「これは……」
アレクシスが保有している屋敷、その一室に案内されたサマエラ=フォリウムは、寝台に横たわる少女を見て表情を硬くする。
少女――ラトニアがその体を乗っ取っていたリジーは、眠っているのか起きているのか判然としない状態だった。その瞳が見つめるのは、天井でも周囲の人間でもなく、声をかけても反応がない――事前にアレクシスから説明されていたとはいえ、これでは廃人も同然だ。
「……診るだけは、診てみよう」
正直、身につけた医術や知識でどれほどのことが分かるのか。不安はあったが、試みることなしに諦めることはできない。
「……ラトニア? いや、リジー……と呼ぶべきか」
サマエラはリジーに呼びかけながら、その華奢な白い手を握る。伏せられた瞳に被さる長い睫毛は、ぴくりとも動かない。脈拍も弱い。
が、生きようとはしている。魂が肉体に働きかけるエーテルの流れに、ほんの僅かな励起を感じた。サマエラはそれに気づくと、はっと顔を上げた。
「このままではだめだ。環境を整えよう。リジーのエーテルがリジーの体に満遍なく行き渡るように」
その一言で全てを理解したらしいアレクシスは、慌てて部屋を出て行った。しばらくして、階下が慌ただしくなる。サマエラもそれに続こうと腰を浮かせたところで、ふと誰かに呼びとめられたような気がした。
「リジー?」
部屋には自分と、横たわるリジーしかいない。サマエラは必然、少女を振り返る。
――あの人をとめて。
少女の声帯が震えたわけではない。幻聴や錯覚の類かもしれなかった。実際、その後声のようなものは一切聞こえなかったし、リジーの状態が大きく改善するでもなく。
だが、その思念――あるいは意思と呼ぶべきもの――は、掬い上げることができたのだろう。
● 終わりのはじまり
小さな手が撞き縄を引く。ガラン、と大きな鐘が、ついで小さな鐘たちが空気を震わせた。
「あっ、音が大きいから……イュン、驚いたかもしれません!」
フリューが鐘撞き番のリリーに紹介しようと連れてきたうさぎのイュンは、フリューの足の間で小さくなっている。それに対し、リリーは鐘の音に負けじと声を張り上げた。
「ごめんなさい、でも途中でやめられないというか、一度鳴らすと構造上しばらくは鳴り止まないというかー!」
その様子に、フリューリングスルフト=ティエラは苦笑を返した。
安息の地、ハーヴェン。この地から始まった物語の終わりが、はじまる――根拠もない、直感がそう告げたためにこの地を、リリーを訪ねた。
【星】の半分は彼の手に。もう半分はこちらに。彼は、足りない欠片をそのままにはしておかない。奪いにくるか、自らの手で補うか。いずれにせよ衝突は必至である。
昏い光の灯る銀色の瞳を思い出す。彼の姿を思い出す時は、いつだって真正面だった。そういう関係であることをフリュー自身が望んでいるから。
お互いが抱えるものを深く知っているわけではない。互いを結びつけるものが、「情」という一言で表し切れるものならば、きっとその方が簡単だった。だが、そうではない。
「……っ!」
その時、腹の底が溶け出すような熱と痛みがフリューを襲った。あわてて柱の陰に隠れ、苦しむ姿をリリーの前から遠ざける。抱えた腹部は燃え上がるように熱い――錯覚かもしれないが。
(命の、終わりのはじまり……)
迎える結末がどのようなものであっても、悔いが残らないように。振り返って、笑顔で過ごせたと笑えることが――「フリューリングスルフト=ティエラ」という物語の終わりに、必要だ。
熱が鎮まっていく。呼吸を整え、フリューは笑顔を浮かべてリリーの前へ再び顔を出した。
「お腹すいた、ご飯食べよ」
――そうして、日常を綴っていく。続いていくことが当然ではないからこそ、尊いものを。
マスターコメント
お疲れ様でした! お渡ししきれていなかった情報をどうぞ……すみません……!
【屍涯】はこれにてインタールードシナリオ(前後編)を挟みまして、最終章となります。何卒よろしくお願いいたします。
それではまた、お会いしましょう〜!
イベントシナリオ普通 報酬:標準9 / 4〜25人
2023年02月21日 02時04分48秒 公開
大成功
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