誰かと共に過ごす日を
広大野人
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シナリオID:2688
オープニング
●密着! 冒険者のある一日!
逆毛記者スクサ・プカーゲが昨年、冒険者達の冬のある日を取材し、それを基にして書かれた特集が、それなりに好評だったそうだ。
「そんな訳で、今年もよろしく頼むよ!」
「えっと……依頼内容は前回と少し変わる……のですか?」
昨年の記録と今年の依頼書類を見比べ、受付嬢のアーネリーが訊ねる。
スクサはグッと親指を立てた。
「前回と同じような内容では読者も飽きてしまうだろう。そこで今年は『縁合』という事をテーマにしてみる事にしたのだよ」
『縁合』というと、親類や血縁という意味の他に『関係が深い事』という意味もある。
それをテーマにするという事は……。
「つまり、ある冒険者にとって『関係が深い相手』との過ごす日を記録させてもらう。今年も冒険者達は大活躍だった。市井の中には、そんな冒険者に憧れ、お近づきになりたい人もいるだろう。そうした人達にとって、冒険者と深い繋がりがある人との関係性は、興味を引くものだ」
「冒険者と深い繋がり……と言っても、『深い』については人によって捉え方が違うのではないでしょうか?」
「その辺りは自己申告で構わないさ。『深い』と思ったら深いし、『浅い』と思えば浅い。もし、誰もそんな人が居ないというのなら、ギルドが適当に誰か紹介すればいいんじゃないか?」
適当な台詞に受付嬢が困った表情を浮かべる。
「それでは依頼のテーマからズレませんか?」
「一期一会も『深い』と思う!」
記事になればこの記者にとって関係性の深い浅いはそれほど気にしないのかもしれない。
「分かりました。それでは依頼の条件としては『誰かと一緒』という事でよろしいですね。それで、特に指定する相手がいない場合は、こちらから指定するとか、偶然に誰かに出会った事でも構わないとする……という事で」
「バッチリだ!」
逆毛記者が勢いのまま飛ばした唾にますます受付嬢の表情が曇るのであった。
●エクエスのとある日
剣士エクエスは自身が目覚めた塔から近いヴォーンの街に足を運んでいた。
年末年始に向けて街は活気に満ちており、クリーパーの襲撃後から見事に復興しているようだ。観光客や旅人の姿も多い。
「お久しぶりです。エクエス様」
領主であるイルダ・セルフォライドが丁寧な所作でエクエスを迎える。それも屋敷の外でわざわざ待っていたのだ。
まだ少女といっても可笑しくはない年齢ではあるはずのイルダだが、領主としての経験を積み、どこか自信のようなものが見えた。
「私の事は、普通に呼んで大丈夫ですよ。一介の冒険者ですし」
「いえ」
少女領主は躊躇なくバシっと断ると、まるで王族か高位の大貴族を迎えるように深々と頭を下げる。
「これも街の為と……思っていただければと」
そう言われるとエクエスは言葉に詰まる。
街には多大な迷惑をかけた経緯もあるし、塔の修理にも協力して貰ったからだ。
「わかりました。ただ、可能な範囲でいいので普通に接して欲しいです」
「善処します、エクエス様。早速ですが、滞在の用意もできていますので、今年はゆっくりとお過ごしいただければと思います。塔の修理も終わっていますので、年越しは街でも塔でも大丈夫ですよ」
「冒険者が一緒でも良いのですか?」
「勿論です」
少女領主はにっこりと笑うとそう答えると話を続けた。
「年越しを祝って街ではお祭りを行う予定ですし、塔ではその一環として日の出を見られるようにしています。エクエス様とお過ごしになりたい冒険者の方も大歓迎です」
『お祭り』という訳で、ヴォーンの街は賑わっているようだった。
●エナハルトのある日
王国騎士エナハルト・ティルムは調査中のダルダニエ領から父が治める故郷へと一時的に帰っていた。
両親や領都での挨拶を手短に済ませる。帰郷が目的ではなかったからだ。
「ご配慮ありがとうございます」
エナハルトは父に向かって頭を下げた。
ここは領都からやや離れた小高い丘の上。眼下には街道が伸び、小麦畑が広がっている。
「メドゥの指先の一人を討ち取った名誉に応えただけだ。それに、王都での騒乱の時も活躍をしたと聞いているぞ」
「ジード・ランスウッドは冒険者の手柄ですし、王都の件は王国騎士として当然の事です」
「親としては褒める理由があればそれいいものだ。お前もいずれ子を持つのならそのうち分かる」
口元を緩めた父にエナハルトはもう一度小さく頭を下げた。
親子の視線の先には真新しい墓が三つある。
理由があって名前は刻まれていないが、ジード・ランスウッドの墓を真ん中に左右にリロ・ルエファナータとフォーゲンが寄り添うように眠っている。
「敵の墓を作りたいと言われた時はどうしたものかと思ったがな……お前が立ち直ったようで良かった」
「はい……今は前を向いて進んでいきたいと思います。そう思える大切な人もいますので」
「年越しはうちで過ごすのだろう?」
父からの問いにエナハルトは頷いて応えるのであった。
●ファンゾムのある日
「……なるほどねぇ~。そんな事になっているのぉ」
深く感心したからか、ファンゾムの蛇眼がくっと大きく見開く。
色々と知らない事ばっかりだったから、情報を整理できて良かったと思ったからだ。
「それで、この馬車はどこに向かっているの?」
街道の凹みに車輪が跳ね、荷台が揺れるがファンゾムは気にする様子は全くなかった。
むしろ、座っているだけで移動が出来るなんて楽だなと思う。
そんな彼女に応えたのは碧髪碧眼の青年だった。
「北部鎮守都市オルセンだ。天霧りに消ゆる幽界樹の出現で帝国が滅んだ際に、防衛に成功して残った都市と言われている」
「幽界樹ねぇ……ちょっと興味あるかも」
「貴女ほどの実力者なら近くまで行って黒い霧を見にいけるだろう」
ファンゾムが青年と出会ったのは偶然に過ぎない。
ふらふらと彷徨っていたら、クリーパーに追われている行商人の馬車を見つけて助けたのだ。青年は行商人の手伝いをしつつ、帝国領内を旅しているという。
「そういえば、君の名前、まだ聞いてなかったわぁ」
「……イグシィ=スタスだ」
青年の名乗りにファンゾムは少し首を傾げたがニヤリと口元を緩めた。
「私はファンゾムよぉ~」
「オルセンまでの護衛も助かった。僕には戦う術がなかったから」
それだけではない。ファンゾムは元々護衛で雇われていた傭兵の怪我も治したのだ。しかし、冒険者ではないという。
「都市についたら解散と聞いたけどぉ、イグシィ君はどうするのぉ?」
「仕事探しだ。ファンゾムさんは?」
「そうねぇ~。美味しいものでも食べて、後、大きい都市なら冒険者もいるだろうから、戦ってみたいわぁ」
想像するだけで楽しみなのか笑顔が零れるファンゾムであった。
●ゲンナイのある日
シャルガネ居住区の隅にあるコゴウジ家を主体とした集落にある旅館では、年越しを露天風呂付き離れで過ごす人々で賑わっていた。
おかげで絡繰り師のゲンナイは設備の保守点検や絡繰りの披露に追われる日々である。
「今季は休みなしだー」
閑古鳥が鳴いているよりかは良いのだろうが……。
「ほら、次のお客様がお待ちだぞ、ゲンナイ」
旅館業を取り仕切っているリィミア・コゴウジの容赦ない言葉にゲンナイは両肩を竦めて重たい絡繰りを背負うのであった。
逆毛記者スクサ・プカーゲが昨年、冒険者達の冬のある日を取材し、それを基にして書かれた特集が、それなりに好評だったそうだ。
「そんな訳で、今年もよろしく頼むよ!」
「えっと……依頼内容は前回と少し変わる……のですか?」
昨年の記録と今年の依頼書類を見比べ、受付嬢のアーネリーが訊ねる。
スクサはグッと親指を立てた。
「前回と同じような内容では読者も飽きてしまうだろう。そこで今年は『縁合』という事をテーマにしてみる事にしたのだよ」
『縁合』というと、親類や血縁という意味の他に『関係が深い事』という意味もある。
それをテーマにするという事は……。
「つまり、ある冒険者にとって『関係が深い相手』との過ごす日を記録させてもらう。今年も冒険者達は大活躍だった。市井の中には、そんな冒険者に憧れ、お近づきになりたい人もいるだろう。そうした人達にとって、冒険者と深い繋がりがある人との関係性は、興味を引くものだ」
「冒険者と深い繋がり……と言っても、『深い』については人によって捉え方が違うのではないでしょうか?」
「その辺りは自己申告で構わないさ。『深い』と思ったら深いし、『浅い』と思えば浅い。もし、誰もそんな人が居ないというのなら、ギルドが適当に誰か紹介すればいいんじゃないか?」
適当な台詞に受付嬢が困った表情を浮かべる。
「それでは依頼のテーマからズレませんか?」
「一期一会も『深い』と思う!」
記事になればこの記者にとって関係性の深い浅いはそれほど気にしないのかもしれない。
「分かりました。それでは依頼の条件としては『誰かと一緒』という事でよろしいですね。それで、特に指定する相手がいない場合は、こちらから指定するとか、偶然に誰かに出会った事でも構わないとする……という事で」
「バッチリだ!」
逆毛記者が勢いのまま飛ばした唾にますます受付嬢の表情が曇るのであった。
●エクエスのとある日
剣士エクエスは自身が目覚めた塔から近いヴォーンの街に足を運んでいた。
年末年始に向けて街は活気に満ちており、クリーパーの襲撃後から見事に復興しているようだ。観光客や旅人の姿も多い。
「お久しぶりです。エクエス様」
領主であるイルダ・セルフォライドが丁寧な所作でエクエスを迎える。それも屋敷の外でわざわざ待っていたのだ。
まだ少女といっても可笑しくはない年齢ではあるはずのイルダだが、領主としての経験を積み、どこか自信のようなものが見えた。
「私の事は、普通に呼んで大丈夫ですよ。一介の冒険者ですし」
「いえ」
少女領主は躊躇なくバシっと断ると、まるで王族か高位の大貴族を迎えるように深々と頭を下げる。
「これも街の為と……思っていただければと」
そう言われるとエクエスは言葉に詰まる。
街には多大な迷惑をかけた経緯もあるし、塔の修理にも協力して貰ったからだ。
「わかりました。ただ、可能な範囲でいいので普通に接して欲しいです」
「善処します、エクエス様。早速ですが、滞在の用意もできていますので、今年はゆっくりとお過ごしいただければと思います。塔の修理も終わっていますので、年越しは街でも塔でも大丈夫ですよ」
「冒険者が一緒でも良いのですか?」
「勿論です」
少女領主はにっこりと笑うとそう答えると話を続けた。
「年越しを祝って街ではお祭りを行う予定ですし、塔ではその一環として日の出を見られるようにしています。エクエス様とお過ごしになりたい冒険者の方も大歓迎です」
『お祭り』という訳で、ヴォーンの街は賑わっているようだった。
●エナハルトのある日
王国騎士エナハルト・ティルムは調査中のダルダニエ領から父が治める故郷へと一時的に帰っていた。
両親や領都での挨拶を手短に済ませる。帰郷が目的ではなかったからだ。
「ご配慮ありがとうございます」
エナハルトは父に向かって頭を下げた。
ここは領都からやや離れた小高い丘の上。眼下には街道が伸び、小麦畑が広がっている。
「メドゥの指先の一人を討ち取った名誉に応えただけだ。それに、王都での騒乱の時も活躍をしたと聞いているぞ」
「ジード・ランスウッドは冒険者の手柄ですし、王都の件は王国騎士として当然の事です」
「親としては褒める理由があればそれいいものだ。お前もいずれ子を持つのならそのうち分かる」
口元を緩めた父にエナハルトはもう一度小さく頭を下げた。
親子の視線の先には真新しい墓が三つある。
理由があって名前は刻まれていないが、ジード・ランスウッドの墓を真ん中に左右にリロ・ルエファナータとフォーゲンが寄り添うように眠っている。
「敵の墓を作りたいと言われた時はどうしたものかと思ったがな……お前が立ち直ったようで良かった」
「はい……今は前を向いて進んでいきたいと思います。そう思える大切な人もいますので」
「年越しはうちで過ごすのだろう?」
父からの問いにエナハルトは頷いて応えるのであった。
●ファンゾムのある日
「……なるほどねぇ~。そんな事になっているのぉ」
深く感心したからか、ファンゾムの蛇眼がくっと大きく見開く。
色々と知らない事ばっかりだったから、情報を整理できて良かったと思ったからだ。
「それで、この馬車はどこに向かっているの?」
街道の凹みに車輪が跳ね、荷台が揺れるがファンゾムは気にする様子は全くなかった。
むしろ、座っているだけで移動が出来るなんて楽だなと思う。
そんな彼女に応えたのは碧髪碧眼の青年だった。
「北部鎮守都市オルセンだ。天霧りに消ゆる幽界樹の出現で帝国が滅んだ際に、防衛に成功して残った都市と言われている」
「幽界樹ねぇ……ちょっと興味あるかも」
「貴女ほどの実力者なら近くまで行って黒い霧を見にいけるだろう」
ファンゾムが青年と出会ったのは偶然に過ぎない。
ふらふらと彷徨っていたら、クリーパーに追われている行商人の馬車を見つけて助けたのだ。青年は行商人の手伝いをしつつ、帝国領内を旅しているという。
「そういえば、君の名前、まだ聞いてなかったわぁ」
「……イグシィ=スタスだ」
青年の名乗りにファンゾムは少し首を傾げたがニヤリと口元を緩めた。
「私はファンゾムよぉ~」
「オルセンまでの護衛も助かった。僕には戦う術がなかったから」
それだけではない。ファンゾムは元々護衛で雇われていた傭兵の怪我も治したのだ。しかし、冒険者ではないという。
「都市についたら解散と聞いたけどぉ、イグシィ君はどうするのぉ?」
「仕事探しだ。ファンゾムさんは?」
「そうねぇ~。美味しいものでも食べて、後、大きい都市なら冒険者もいるだろうから、戦ってみたいわぁ」
想像するだけで楽しみなのか笑顔が零れるファンゾムであった。
●ゲンナイのある日
シャルガネ居住区の隅にあるコゴウジ家を主体とした集落にある旅館では、年越しを露天風呂付き離れで過ごす人々で賑わっていた。
おかげで絡繰り師のゲンナイは設備の保守点検や絡繰りの披露に追われる日々である。
「今季は休みなしだー」
閑古鳥が鳴いているよりかは良いのだろうが……。
「ほら、次のお客様がお待ちだぞ、ゲンナイ」
旅館業を取り仕切っているリィミア・コゴウジの容赦ない言葉にゲンナイは両肩を竦めて重たい絡繰りを背負うのであった。
解説
●目的
とある冬の日を誰かと一緒に過ごす
●状況
逆毛記者(スクサ・プカーゲ)からの依頼により冒険者達それぞれのある日が記録されます。
冒険者達の自然体が望まれていますので、記者が同行したり質問してくる事はありません。
何気ない日常の一幕をどこからか記録した結果が報告書という形になると思って下さい。
●過ごし方の例
『関係が深い相手』や『NPCとの関わり』を推奨と致します。
年末年始ではありますので行事イベントを一緒に過ごしたりする他、なんでもない冬の日をデートしたり買い物したり、ただ散歩したりするのも可です。冒険者稼業を休まず情報収集や調査していても良いです(ただし、誰かと一緒というテーマは外せません)。
PCの同行者がいる場合、双方のプレイングに互いの名前が記載されていないと迷子になります。
お一人での参加の方は依頼主旨に合わせ、NPCを指名するか、他の一人参加PCと一緒に描写される可能性があります。
なお、いずれにしても、その行動が可能かどうかは判定を行った上で描写します。
あくまでも日常の様子を求めていますが、筋トレや訓練、演習、模擬戦等を否定しているものではありません。
NPCを指定した場合、『直接会いにいく』か『偶然にも出会う』という形を優先します(基本的に逢えるように頑張りますがプレイング内容で不可の場合はアドリブ対応とします)。
●NPC
当MSが管理する登録・非登録問わずNPC全員が対象となります。
NPCとの関わりにおいては、これまでの関わりによる友好度が存在します。友好度による『差』はあるものとしてご理解下さい。指定が重なった場合、違う場所・違う時として処理します。
●舞台
NPC指定の場合、諸事情により舞台は以下の通りになります。
ヴォーンの街:エクエス
オルセン :コンラート・マフダル、ファンゾム、トレイシー、イグシィ=スタス
ティルム領 :エナハルト・ティルム
シャルガネ :ゲンナイ、リィミア
●質問
過ごしたいNPCと関われる行動が、可能かどうかで悩まれる際等、質問を可とします。エクエスかファンゾムが頑張って回答します。ただし、回答は描写を保証できるものではありませんので参考程度にして下さい。
●その他
迷子にならないようにご注意下さい。
アドリブ対応多めになる可能性もありますのでご了承下さい。
ファンゾムに模擬戦を挑む場合『それなりに経験を積んだ冒険者6人』なら勝てますが、サシならPCが負ける可能性が極めて高いです。
マスターより
おはようございます。当依頼にて63作目となった広大野人です。
誰かと一緒かNPCと関わりたい方向けの日常シナリオです。
正月などの季節行事にこだわっていませんので、冬の一日をお過ごしいただければと思います。もちろん、一緒に年越しもありです!
また、NPCは複数人指定すると描写が薄くなるどころか『会った』だけで終わってしまう可能性もあるので、NPCと関わるのなら一人に絞る事をお勧めします。
それでは、今年も一年大変お世話になりました。
来年も皆様方と一緒に物語を紡いでいけますように。それでは、素敵なプレイングをお待ちしております。
リプレイ
●
厳しい冬を迎えたオルセンにベルク・オスマットの姿があった。
ベルクは遊びに来た訳ではない……帝国領内における数々の出来事に関わってきた身としては、キーとなる人物がどの様に事態を考えているのか、確認しておいて損はないからだ。
意外だったのは、コンラートが快く面談を承諾した事だった。
(多忙と聞いていたが……)
案内されたのは応接間ではなく、コンラートの私室の一つだ。つまり、『太守と名の馳せた冒険者の会談』という位置付けではなく、私的な面談という事なのだろう。
「オスマット卿、オルセンにようこそ。何か話したい事があっての事だと」
偉そうな態度はいつもと変わらないが、表情にはどこかしら余裕めいたものがあった。
ベルクは太守の側近に勧められるままに席へと座る。
「それなら遠慮なく尋ねる。確認したいのは、クーネ殿についてだ」
オルセンを救った英雄クーネ。
素性不明の英雄に疑問を抱く者もまた少なくなく、コンラートにとっては日常の事だ。
「あの御方について知っている事は無いです。ふらりとオルセンに現れ、そして、この街を救ったという事は周知のとおりですから」
「ではなぜ、宝剣を託されるに至ったのか。あの宝剣は帝国の至宝にして人類の盾たる象徴。それを英雄とはいえ、彼女に易々と?」
「宝剣を託すに足る人物であり、それがオルセンの総意だったからです。あの御方がいなければ、オルセン3万の民は全滅していました……他の都市のように」
それは誇張ではない事実である。
「オルセンが滅んでしまえば、宝剣の意味は成さないもの……よって、あの御方に託す事は間違いではないでしょう」
太守自らがそこまで言うのであれば、それ以上、この線の話は意味がないものだろう。
(彼女の素性について把握している事が無いか確認しておきたかったが……一筋縄ではいかない、か)
心の中でベルクはそう呟きつつ、別の話題に移した。
「では、宝剣がこの地から去った事は、征竜に対する使命も同様と見て良いと?」
「それは違います。征竜への役目は昔から続いています。例え、帝国が今のような状態になっているとしても、人類の盾である事。それがオルセンの存在する意味なのです」
「確かに北の民は征竜に対することを使命としてきた。だがそれは、征竜が人類に対する明確な脅威であり、他に脅威が無かったからに過ぎない」
「まるで、他に脅威があるような言い方ですね」
興味を引いたような視線を向けるコンラート。
まさかオルセン太守が帝国領内の出来事を知らない訳ではないはず。冒険者であるベルクからどんな話が聞けるのか……そんな興味かもしれない。
「皇帝や皇姫の方が明確に人類への脅威となっている」
「話はある程度、聞いています。お二人共、もはや、私達の事など、眼中にないでしょうが」
「エスタルでの件はどこまで把握を?」
その問いにコンラートは少し目を瞑った。
帝国東部の件を知ってはいるつもりだ……冒険者ギルドを通じた程度であれば。
「夢の女神の話は一般的な範囲では知っているつもりです。オスマット卿は決戦の地に居合わせていたと?」
「我は夢の女神がイダ・バルダスという懸念を持っている。皇姫による夢を介した干渉だ」
もちろん、夢の女神=イダ・バルダスというのは推測の段階だろう。裏付ける材料はないが、コンラートの頭の中では皇帝の存在も過っていた。そして、一つの結論に達する。
「……警告として受け取っておきます、オスマット卿。もっとも、どう対処していくべきかはこれからでしょうが」
「それで十分だ。オルセンは今や帝国領内でも残存する屈指の都市。新たな脅威に巻き込まれてはレイウェスト殿下の心労にも響く」
「オルセンは人類の盾ゆえ、レイウェスト様に協力程度しかできません。そこは、ご理解いただきたい」
コンラートのいつもの言い訳。
けれど、彼の口はそれで閉じる事なく台詞が紡がれた。
「人類の盾は正当なる持ち主が持ってこそ、意味があるもの。そして、私の中でその人物が誰か……は決めております。ゆえに私は太守としての役目を果たし続けるのです」
ベルクが伝えた警告に対するお礼のつもりなのだろう。
わざとらしく、あざとい笑顔を見せたコンラートの真意を測りながら、ベルクはオルセン太守との面談を終えたのであった。
●
男子三日会わざれば刮目してみよ……という言葉をレティシア・レインフィールは思い浮かべていた。
「どうでしょうか? レティシア様」
港町ウシタの新しい領主であるナラゼ・クナッターラは少し自信に満ちた瞳を向けてくる。読み書きも計算も、同じ年頃の子と比べてもかなり出来ているだろう。
「春から入学、おめでとうございます。ナラゼ様」
来季からパンクリアース学園に入学する事が決定しているのだ。
王都とウシタの行き来となるが、治政は順調で評議会の運営も軌道に乗っているらしく、何とかなるだろう。
「ありがとうございます。より一層励みます」
ナラゼは母親から半ば見捨てられて育てられたからか、レティシアに懐いて……いや、強く慕っているようだ。家臣団に向ける視線とは別のものを感じるが……幼い頃特有の憧れに似たものかもしれない。
「学園生活が楽しみです。レティシア様も時には足を運んでいただけるのでしょうか?」
「その時は」
レティシアは優し気な表情で応える。
卒業生であるレティシアは用事があれば学園に訪れる事もできるから、都合が付けば、ナラゼに会う事もできるだろう。というか、ウシタよりも気軽に行けるかもしれない。
「折角ですから、本日は貴族の家柄毎の歴史と交流の経過について勉強していきましょう。入学後も必ず役に立つ事でございますから」
「はい!」
こうして二人並んで久しぶりの再会と勉強に励むのであった。
ちなみに、隣領に住むロディン・キーリュロフは一連の騒動の責任を問われ、現在も引き続き、監視付きの隠居となっているそうで、もはや表舞台に出てくる事はないとの事だった。近隣領の野心多き貴族共も港町ウシタの新しい領主が冒険者や他の貴族と強い繋がりがあると理解してか、表立っての行動はなく経過しているとの事だった。
●
冒険者としての仕事の一環で年末年始を祝うオルセンへとやって来たレティシアは通りを歩いている時、偶然にもファンゾムと鉢合わせした。
「レティシアさんの奢りだなんて、嬉しいわぁ~」
突然な再会に驚いた様子だったが、敵意はないようで、ちょうど食事処を探していた所もあり、適当な店に入る。
ファンゾムが遠慮なく次から次へと注文していく様は容赦なかったが……。
「先日居なくなられた後はどうなさっていたのでございますか?」
「一度、戻ってから、ぶらぶらしつつぅ~ここに辿り着いたのよぉ。レティシアさんは?」
底なしかと思うほどの食べっぷりを眺めながら、質問に対して、レティシアは視線を少し外して応える。
「私は……冒険者活動以外は、特にこれと言っては……」
「そうなのぉ~? さっきから、食事も進まないみたいだしぃ~?」
「気掛かりになっている事が多くございまして……食欲が無いので軽い物や少量程度に留めている状態です」
レティシアの話を聞きながら、ファンゾムが麺を吸い上げ、丸のみしてから、口元が汚れているにも関わらず、グッと顔を寄せて来た。
口移し……したいのではなく小声で伝えたいようだ。
「私から言えるのは一つ……君、強いのに自分から枷を嵌めているからよぉ。欲望の全てを解き放ってしまえばいいのぉ」
「そのような事はできません」
「ふふふ。楽しみだわぁ~。いつか、その枷を君自身が壊してしまう時が来たらぁ」
行儀悪く、下をペロリと出してから席に戻るファンゾム。悪意があるような言葉には聞こえなかった。貴族という重みを知らないからこその無配慮というべきだろうか。
骨付き肉を骨ごと強引に咀嚼している様を見ていると、レティシアは食欲がわきそうになかった。
(作法なども……全く知らないのでございますね)
枷の話ではないが、もう少し己を律して行儀よく召し上がる事ができたら、品の良い淑女に見えるだろうに……とレティシアは内心思う。
「食事、お気に召したようで良かったですわ」
「そうねぇ~。他にも美味しい物があるのなら食べてみたいわぁ~」
ファンゾムが口の端から食べ物をはみ出せながら言い、レティシアは苦笑を浮かべて応える。
「それなら、リーンエス王国にもございますよ」
「良い話を聞いたわぁ」
こんな調子で終始、食べ続けるファンゾムに対し、レティシアは結局、一口も手が付けらず、時間だけが過ぎてしまうのであった。
●
幾つもの酒場を巡り、クレア・エクレールは『碧の彼』を探し続けていた。
外套を飾るブローチに埋め込まれた『碧』と同じ髪と瞳を持つ青年の行方を……ただ、それは簡単なものではなかった。
オルセンは3万の人口に1万5千の軍人、旅人や難民、観光客も合わせれば数万に達しているのだ。そこから、たった一人を探すのだから。けれど、運命の糸は引き寄せ合うものでもあった。
「私、知ってるわよぉ~」
一人、黙々と食事を続ける巫女服姿の人物が、店内で呼びかけたクレアに応えたのだ。
先ほどまで誰かと相席だったのか、空いている席にクレアはサッと腰掛ける。
「詳しく聞かせて貰えるのかな?」
「この追加分を支払ってくれるのなら、ねぇ~」
そんな前置きをしてから、彼女は話を続けた。
オルセンに向かう馬車の中で一緒になった青年が碧髪碧眼の青年だった事。イグシィ=スタスと名乗った事。オルセン到着後、解散となった事を教えてくれる。
「ありがとう、巫女のお姉さん!」
「お探しの人と出逢えたら、後で話を聞かせてほしいわぁ~」
クレアは調査時用の財布をそっとテーブルの端を置くと、勢いよく店を飛び出す。
オルセンに居ると分かれば、後は授恵者としての能力を活かして探し続けるだけだ。『碧の彼』のエーテルはよく知っているのだから。
●
僕がとんだ間違いをしてしまったと気が付いたのは、ゴロツキ共に囲まれた後だった。
通りを歩いていたつもりなのが、いつの間にか路地に入り込んでしまっていたのだ。
「金目の物を置いてけや!」
予想通りの台詞。
此奴らには定型文でもあるのかと疑いたくなるが、言われている身なので、それどころでもない。行き止まりの路地で逃げ道もないし、3人相手じゃ厳しい。
「この街には来たばっかりで、持ち合わせはないんだ」
「痛い目に遭いたいってか」
ジリジリと近づいて来るゴロツキ。
だが、身構えたその時だった――真っ赤な稲妻がゴロツキに落ちる。
跳ねるようにそれは、残り二人を一撃で気絶させた。明らかに熟練した授恵者の動き……そして、その人物を僕は知っている。
(クレア……)
もう二度と逢えないと思っていたのに、なぜ目の前にいるのか。その答えを僕は導き出せなかった。あれからずっと探していたというのか、この世に存在しない『僕』を、彼女は――。
死を偽装しても、足取りが掴めないように移動しても、それでも、彼女は追いかけ続けて来たのか。
「ク……」
言いかけて僕は台詞を止める。
もう『僕』はいないのだ。彼女は『僕』ではない、僕と出逢う為に、ここまで辿り着いたのだから。
「……ありがとう。君のおかげで助かった」
そんな気の利かない台詞しか吐けない自分をどうか……許して欲しいと思う。
けれど、彼女は僕の迷いを吹き飛ばすような闊達さを見せた。
「危なかったね、碧髪のおにーさん! 名前、なんて言うの?」
――その言葉に、僕は救われる。
新しい人生をやり直す。生き抜いていくという覚悟を、彼女は押してくれているのだ。
「イグシィ=スタスだ。この街にはまだ来たばかりで仕事を探している」
「ボクはクレア。お仕事探し中なら、一緒に探してあげるよ?」
屈託のない笑顔で差し出された手を僕はしっかりと握る。
それは最初からやり直された出逢い。
「デスクワークなら君に良い仕事ぶりを見せる事が出来るんだが……今日は、僕の仕事探しでなくて、君に仕事を頼んでいいかな?」
「少し位手伝うけど、ボクは高いよ?」
「生憎、あまり手持ちはない……だから、僕の生涯を懸けて払おう」
翡翠色の瞳を僕はただ見つめる。
ジッと見つめ返してくる彼女は軽く笑うとグッと身を寄せて来た。
「仕事内容はなにかな?」
「まず……街中を一緒に回ろう。どんな食べ物が好きか、あと……服も。そのブローチに合う色を探して。そしたら、落ち着いて話が出来るところで温かい飲み物でも飲みながら……夕陽が見たいな。君の髪の色みたいな真っ赤な太陽が沈むまで」
「それは……少し、不足してると思うよ。折角、ボクと一緒なのに!」
唇に当てられた彼女の人差し指に僕は仕事内容を訂正した。
「分かった。なら、君の髪の色みたいな真っ赤な太陽が沈んで、また昇ってくる時までだ」
「商談成立だよ」
再び見せた彼女の満面の笑みに僕はただ魅入られるのであった。
●
その日、ルイドはオルセンでの仕事明けだった。
通りを行き交う大勢の人々を避けるように端を進む。頭の中で、扱いが難しい武器をどう訓練してやろうかなどと考えていた時だった。正面から来た人物を避けようとしたのに、相手が合わせて来て衝突する。
「昼間っから大胆だね、君ってさぁ~」
恥じらうような身振りを見せるファンゾム。明らか、わざとぶつかって来たのに酷い言い草だ。
「……普通に街中にいるのな、お前」
「悪いかしらぁ~? こう見えて、手段は選ぶようになったのよ?」
「いや別に悪かねぇんだが、なんつーか、若干、狐につままれた感が……」
倒したはずの相手が普通にケロっとしているのだから、疑問を抱かない訳がない。
だが、そこを追及しても無駄な結果になるとも思う。
「ま、いい。もし、暇してるんなら訓練相手を頼んでもいいか?」
「暇じゃないけど~。君のお願いなら、聞いてあげても良いわよぉ~」
ぐっと腕を組まされる。
「それで、どこでするの? 人気の無い所ぉ? それとも、人目がある所ぉ?」
相変わらず言い方が誤解を招くような口調。
直接困る訳ではないのだが、冒険者ギルドによからぬクレームを入れられるとそれはそれで面倒だ。
「ギルドの訓練場だ」
そんな訳でルイドはファンゾムと共に歩き出すのであった。
●
「色々な武器を用意したのねぇ~。ルイド君」
ファンゾムの前に並んだのは様々な武器の類。剣や槍、薙刀から鎖鎌や戦斧、鞭や暗器まで揃っていた。
「なぜ、俺の名前を?」
「ここの使用名簿に書いてあったからよぉ。嫌なら、今度から……そうね、ルイちゃんって呼んであげるわぁ」
「それは止めろ」
沽券にかかわる。主に冒険者稼業に……。
それはそうとファンゾムはポールのような錫杖を手に、堂々と訓練場の中央へと進み出た。そして、楽しそうな表情を浮かべてルイドの準備を見守る。ただ突っ立っているだけだが、全身から発せられる雰囲気は、やはりただ者ではない。
(タイマンでは及ばないとしても、それはそれ。強者相手の方が得るものがあるだろうよ)
まずは鎖鎌を手にする。
草刈鎌と分銅を鎖で繋いだシンプルな武器で、エーテル操作したとしても扱いには慣れが必要だ。その分、相手の意表をついた軌道を描けるという利点もある。
「それで私の服を切り裂くつもりなのぉ? フフ……できるかしらぁ」
「自信満々だ、な!」
振り回して勢いをつけ、タイミングを図る――踏み込みと同時に鎖鎌を繰り出した。
その軌道はファンゾムの横を抜けるが、直後に鎖を操る。
「それは良い欺瞞よぉ~」
ファンゾムはポールを振るって鎌を弾いた。
鎖を鎌先を巧みに操作してルイドは手に戻しす。
すぐさま手首を返して投擲。意表を突いた攻撃と共に鎖を操作して予測不能な軌道を描かせた。
「やっぱりぃ、クレバーよね~」
その一撃はファンゾムの胸元に大きく開いた巫女服を切り裂く。
「狙ったのぉ?」
「服だけ切れるように立ち位置変えたのはそっちだろうに」
「よく見ているわねぇ~。それじゃ、こっちからイカしてもらうわよ~」
トンっと軽く跳ねると同時に振り回されるポール。
(前回よりも強くなっているのか?)
明らかに動きの速さが違う。
ルイドは鎖鎌を手放し、盾でポールの一撃を受け流すと、間合いを取るように下がる。
防御に専念し、かつスキルで補強すれば、まぁ……少しは耐えられるといった所だろうか……ソロで勝つにはまだ届かないようだ。
もっとも、大事なのは勝敗ではない事をルイドは分かっていた。
ファンゾムの続く攻撃を大きく跳躍して避けると、次に準備しておいた鉾を手に取る。
色々な武器を試し、戦術の幅を広げる為だ。
結局、模擬戦はファンゾムから一本も取れなかったが、それなりに成果は得た。色々な武器を使って戦う事ができたからだ。
「やっぱ、実際に振るうと手への馴染みが違うな……」
実戦でいきなり知らない武器を振る訳にはいかないから、貴重な体験となった。
「とても楽しめたわぁ~」
「助かった、機会ありゃまたやろうぜ」
「今度は本番を希望するわよ」
ファンゾムからの色っぽい宣言に、ルイドは掌をひらひらと返す。
今度、本気で戦う時が来た時に、どう攻略すべきか、そんな事を思案しながら――。
●
訓練場で強者が模擬戦をしている事は噂になったようで、話を聞きつけたシャドウは足早に向かっていた。
挑む理由をギルドの受付嬢に問われ、彼はこう答えた……俺より強いやつに会いにいく。それが俺の日常さ……と。
冒険者の中には強さを求め戦い続ける戦闘狂みたいな人もいるので、同類と思われているかもしれないが、そんな事、シャドウにとっては構う事ではないだろう。
「お前が巷で噂の芸者グァールか?」
妙なイントネーションと共に言い放った先には、ファンゾムが暇そうに鎖鎌で遊んでいた。彼女は新しい玩具を貰った子供のように目を輝かせる。
「そうよぉ~。君も冒険者かな?」
どうやら、ここ数日、幾人かの冒険者に手を出していたらしく、ギルドも訓練場が使えなくて困っているようだ。
「そうだ! ここはひとつ、俺と手合わせ願おうか!」
力強くビシっと向けた人差し指。
キョトンとした表情を向けたファンゾムは……次の瞬間、一気に間合いを詰め、その人差し指を――。
「……って、俺の指を食べようとするんじゃねぇ!」
「手合わせじゃないのぉ?」
咄嗟に腕を引いたから良かったものの、あと少しで武器が持てない手になる所だった……いや、甘噛みするつもりだったのか?
気を取り直して距離を取った上で改めて指先を向ける。
「俺の名はシャドウ。覚えておくがいい。これから貴様を倒す者の名だっ!」
「ふふふ~。そういう焦らすの好きよぉ~」
「焦らしていねぇ! 口上ぐらいは言わせろ」
戦う前から既にどうも遊ばれている気がするが戦いが始まればそれどころではなくなるだろう。
愛用のダガーとナイフを構えるシャドウにファンゾムは鎖鎌をぶんぶんと振り回す。
仕掛けたのはシャドウからだった。
鎖鎌の最大射程外から一瞬で懐に入り込み、繰り出すのは目にも止まらぬと評された三連撃。
同技量帯であれば、シャドウの攻撃は避けようもない凄技だっただろうが、相手が悪すぎた。それなりの経験を積んだ冒険者ですら、ファンゾムとサシで戦えば負けるのだから。
「まだだ!」
ファンゾムが伸ばしてきた手を辛うじて避けたのは、流石、シーフといった所か。シャドウは今一度、三連撃を見舞った。
「カスリもしねぇのか」
「でも、惜しいわよぉ~。そ・れ・に、伸びしろは十分あるようだしぃ」
ファンゾムはニヤリと口元を緩める。
次の瞬間、シャドウの背中脇に強烈な激痛が迸る。
死角を飛翔していた鎖鎌が深々と突き刺さったのだ。
「アンタ、いいもん持ってるじゃねーか……」
持てる力は出し切ったと思う。届かなかったが、決して手が届かないレベルではなさそうだという事も分かった所で、意識が遠のく。
シャドウはいい笑顔のまま気絶するのであった。
●
どの位、気絶していたか分からないが、容赦なく冷や水をぶっかけられシャドウは目を覚ました。
「冷てぇ!」
「ふふ。お目覚めの聖水、いかがだったぁ?」
近くに転がっているのは水汲み用のバケツ。
負傷して気絶した人に対する仕打ちが半端ない人物のようだ……とそこまで思い至った時、シャドウは背中脇に手を伸ばした。
「傷が……ない?」
「回復しておいたのよぉ。だって、折角の新しい玩具、壊しちゃったら勿体ないじゃない~。それに、私ぃ、まだまだ足りないのぉ。もっともっと、ほ・し・い・の」
妙に前かがみになって怪しげにそんな台詞を吐くファンゾム。
これは『頭のおかしい芸者』と噂されてもやむを得ないだろう。
ふらつくいて言う事を利かない足に叱咤しつつ、シャドウは立ち上がった。エーテルは消費しているが、まだ戦えないという訳ではない。
「……だったら、まだやってやる」
乗り掛かった舟だ。途中で投げ出すような無様な姿は晒したくない。
シャドウは愛用の武器を拾うと意識を集中させて構える。
その様子にファンゾムは自分の腕で自らを抱き締めた。
「いいわぁ~。そう、これ……私が、欲しかった玩具よぉ……。簡単に壊れないで欲しいわ~。できれば……そう、君のエーテルを全て絞り切って、暫く腰が立たなくなるぐらいに」
彼女の蛇眼が怪しく光る。およそ『人』とは思えない恐ろしい雰囲気。
シャドウがそう感じたのは、夜通し戦わされ、文字通り、彼女によってエーテルを絞り切られた後の事であった。
●
オルセンでの一仕事を無事に果たして、ジュスト・ヴェルジーは王国に帰る為に、ビッグオウムの便を待っていた。
そこへ通り掛かる見知った人物。パッと目と目が合ったと思いきや、その人物はサッとジュストの隣に座るとわざとらしく腕を組み、顔を伏せる――直後、衛兵の一団が駆け抜けた。
「いやはや本当に妙な縁があるね」
衛兵が通り過ぎた後、ジュストは何事もなく組まれていた腕を引き抜く。柔らかい弾力を楽しめるだろうが、間に合っているし。
「助かったわぁ~。あの人達、倒しても倒してもどんどん湧き続けるのよぉ」
「とりあえず、衛兵さんを倒してはダメだ。それで、ファンゾム嬢は、また腕試しの相手を探しているのかい?」
「そうなのよ~。でぇも、まだし足りなくてぇ」
ぐいぐいと身体を寄せてくるので、その度に横にズレるジュスト。
「確かにこのあたりは冒険者も多いけれど、やるなら街の外の方がいいよ。必要なら、俺でも良ければお相手しようか?」
「嬉しいわぁ~。また一緒になれるなんてぇ」
ぐっと顔を寄せてくるファンゾム。
距離感が人とおかしいのかもしれない……と思っている所に、ローザリカ・L・ディオールが冷静を装った真顔で到着した。
愛する人の為に、わざわざ王国から迎えにきた――その道中、そわそわして落ち着かなかった、私のいじらしい心を返せと叫んでも咎められる事はないだろう。だって、ジュストは遠目からでも分かる程の美人さんと楽し気に雑談していたのだから。
それに、なんだ、あの胸を強調した姿。オルセンの風紀は乱れていて、実にけしからん。
……とそんな心情を知らず、ジュストは両手をローザリカに広げる。
「ロゼ。お迎え、ありがとう。此方はファンゾム嬢、腕の立つ武芸者だ」
「芸者!? 君よりも、シャルガネには詳しい僕を、差し置いていつ芸者と親睦を!?」
「いや、芸者じゃない、武芸者。先日の依頼で知り合った」
二人のやり取りに何かピーンと来たのだろう。
それはもう小悪魔みたいな笑みをわざとらしく浮かべてファンゾムはロゼに一歩寄るとボソっと言い放った。
「ジュスト君とは依頼で知り合った仲よ。彼ったら、見た目以上に縛るのが好きみたいで。君もそういうのが好きなのぉ?」
「し、縛っ!?」
「それに、あっちの方もぶっとくて……逞しくて……私、思いっきり、貫かれたのよぉ」
「あっち!?」
怒りなのか、あらぬ想像した恥じらいなのか、顔を真っ赤に染めるローザリカ。
ダメ押しとばかりにファンゾムは耳元で告げる。
「今度、またお相手頼もうかと思ってぇ~」
次々と追い打ちをかける台詞にプルプルと震えるローザリカを眺める分には楽しめるが、変に誤解されたままだと後々大変なので、ジュストがさらりと説明する。
「戦闘の話で、お相手っていうのは、手合わせ的な意味の方だよ」
「そ、その位、分かっている! 僕が怒っているのはそこじゃない」
素性不明の見知らぬ女性と懇意にしている事が僕の婚約者という立場を理解していない――という台詞をローザリカは飲み込んだ。ここで変な嫉妬を表に出すと後で彼にネタにされるって分かっているから。
兎も角、ジュストへの不満をどんな形で向けるかは王国に帰るまでに考えるとして、まずは、この不遜極まりない頭のおかしい芸者をどうにかせねばならぬ。
蛇眼に所々、蛇鱗模様の肌が見えるのは蜥蜴人なのだろうか。胸の谷間を大きく見せる服はいったいどこで買っ……じゃなくて、全く持って卑しい。ここはハッキリさせなければならないだろう。赦さない淑女として。
「君もだ! 相手を探しているというのなら、この僕、ローザリカ・リベラ・ディオールが受けて立とうではないか!!」
艶華扇を向けた。
金属の板が合わさってビシっと軽快な音を響かせるが、彼女は一歩も怖じ気つく様子なく、むしろ、挑発するように笑う。
「ふふ。とても威勢が良いお嬢様のことぉ。まるで……胸の奥に抱えた脆さを覆い隠しているみたいに。君が相手してくれるというのなら、私はそれも構わないわぁ~」
二人の並々ならぬ殺気に周囲の人々がドン引きして距離を取る。
これは今すぐにでもこの場で戦いが始まりそうな勢いだ。ジュストが慌てて二人の間に割って入った。
「ちょ、せめて街の外で……ファンゾム嬢も煽らないでくれ!」
いくら冒険者とはいえ、王国貴族が帝国の都市で暴れたとあっては外交問題にも発展するかもしれない。
珍しく冷や汗をかくジュストだったが、事態は既に手遅れだったようだ。
「下がって、ジュスト」
「邪魔よぉ、ジュスト君」
「いや、だから、街の外へ……」
と言いかけた所でジュストの手を取るファンゾム。その様子に、慌ててローザリカが身体全体を使って片腕を抱き締めた。
「ジュストは私の物だ。そのイヤらしい手を放せ」
「独占欲の強い子ねぇ~。ちょっと位、貸してくれてもいいんじゃない? 減るものじゃない訳だしぃ」
ローザリカとファンゾムの視線が重なり、バチバチと火花が散った。
取り巻くような野次馬達からは色男を美女二人が奪い合っている修羅場にしか見えていないだろう。
押し合いの末、場から弾き出されるジュスト。
いざとなったら全力で止めに入るしかないと覚悟を決める。
「僕には負けられない戦いというものがある!」
エーテルを全開に放出するローザリカ。蜜色の薔薇が雨の如く舞い、そのエーテルだけでも、彼女が相当な授恵者である事を知らしめていた。
一方のファンゾムも一連のやり取りにいつも以上にやる気が出ているようで、錫杖を舗装路に力強く突き刺して、エーテルによる『場』を形成する。
「さぁ~。いつでも、掛かってきてぇ」
「言われなくとも!」
先手必勝とばかりに、艶華扇で斬りつける。
難なく手で捌くファンゾム。その一瞬、受け止めた所の皮膚が鱗状になった事をローザリカは見逃さなかった。
生半可な斬撃は効果が薄いかもしれない。
ファンゾムは一歩下がり、間合いを確保するとエーテルを紡いだ。
「確か、こんな感じだった、かしらぁ~」
見様見真似でエーテルの弓矢を形成する。
その様子に驚いたのはジュストだった。あれは、前回、自身がファンゾムに向けた術に似ていたからだ。
「羽衣素馨矢!?」
「くっ!」
超至近距離から撃たれたが回避できたのは幸運だった。
撃ち手が慣れていない……ようにも思えたが……。
「あら、残念~」
ローザリカに絶好のチャンスを巡ってきたのは確かだ。
意識と力を集中させ放つ真紅月脚・改がエーテルの薔薇を散り残す。強力無比なこの技は、打ちどころ悪ければ並みの冒険者では一撃で倒れるだけの威力はあった。
「いいわぁ~。その足技……すっごく。あぁ~。ぞくぞくしちゃう~」
気持ち悪い反応とは別に、足で受け流すファンゾム。
大きなダメージを与えた様子はない代わりに、地面に突き刺していた錫杖が粉々に砕け散った。
「それじゃ~、つ・ぎ・は~。私の番ねぇ。フフ、その強がりな唇、奪ってしまおう――って、今、来ちゃうのぉ~」
ファンゾムは残念そうな声を発する。
その理由はすぐに判明した。通りの先から笛を鳴らしながら衛兵の一団が走ってくるからだ。
「いたぞ! 通報にあった頭のおかしい芸者だ!」
「もおぉ~。まだ、この街で食べたいもの、沢山あるのにぃ~」
突然の出来事で呆然とするローザリカとジュストの二人に向かって小さく手を振るとファンゾムは衛兵らから逃げるように走り出した。
「ちょっと、僕との勝負は!?」
「……不戦勝……という事で、いいんじゃないかな」
拍子抜けしたローザリカの肩に軽く手を置くジュスト。
二人の前を衛兵達が威勢の良い掛け声と共に駆け抜けていく。その内、衛兵長らしき男性が、立ち止まると軽く敬礼した。
「大変失礼致しました。あの者は帝国民ではなく流れのもの。どうか、オルセンの不始末では無い事、ご理解いただきたいです」
「「あ、はい……」」
「よし、追撃を開始する。捕縛が無理なら、城外に追い出すぞ!」
応援の衛兵にそう呼び掛けると、衛兵長はファンゾムのあとを追う。
ざわざわとしていた野次馬共も解散となって、通りは日常を取り戻そうとしていた。
「まるで嵐みたいだったね。怪我はない? ロゼ」
「大丈夫……ジュストの受けた依頼が如何に大変だったか、少し分かった気がするよ」
少しだけ彼への不満を和らげても良いいかなと思う、ローザリカであった。
●
ヴォーンの街から近い山砦の中央にそびえ立つ古の塔。
黒紫這者との戦闘により一部が破壊された為、修復する事になったのだが、それに合わせ大きな改装がなされていた。
帝国領との国境線でもあるので帝国領側から侵入してくるクリーパーへの見張りと共に、帝国軍の後方支援を担えるように砦自体の規模を大きくし、かつ、ヴォーンの街の観光名所として、登山者が容易に登れるようにしたのだ。
「塔の屋上も拡張されたのね」
エミリア・シバが縁から身を乗り出す。
見晴らしは文句なしだ。ヴォーンの街が遠く、まるで玩具のように見えた。帝国領側は変わらず深い森が広がっている。
一方のエクエスは興味津々に屋上の装置や増築された所を確認していた。
「屋上は貸し切りみたいで……それにしても豪勢ですね」
用意された酒や食材が所狭しと並んでいる。
年越しを迎えるにあたって、エクエスが希望したのは塔で過ごす事であった。どうも、街中だと騒がしく……色々な人が訊ねてきては仰々しい態度をされるで、それが嫌だったのだ。
(イルダちゃんはエクエスちゃんを神格化しようとしているのかしら……)
名も無き光芒の神の成れの果てが、エクエスだ。
ただ、本人に記憶が戻らない以上、それを押し付ける訳にはいかない。領主もそこは認めている所でもある。なにより、神ではない可能性も残っているのだし。
「せっかくのご厚意なのだから、いっぱい楽しまないと、ね」
食事を無駄にする事は、それはそれとして用意してくれた人に申し訳ない。
「エミリアさんがそう言うのなら、それもそうですよね」
「それじゃ、元気なうちに踊りを覚えるわよ」
身体を解して準備運動を行うエミリア。
ヴォーンの街では年越しに合わせて『お祭り』を行うようだ。神々に捧げる踊り……らしいが、緩急があってなかなか激しい動きだった。塔の地下で発見された壁画を基に作られたという話なのが怪しいけれど……。
「教えて貰えば、すぐに覚えます!」
意気込むエクエスの宣言通り、振り付け自体はすぐに覚えられた。エーテルで身体を形成し、動かしている以上、そこは容易だったかもしれない。
ただ、足りないのは表現する力だった。振りは完璧なのに、まるで流れ作業のようにしかみえないのだ。こればっかりは動きを真似するだけでは身に付かない。
「……何度、エミリアさんの踊りを見ても、同じようにできないんです」
「そうね~」
元々、感情表現に乏しい所があった事が影響しているのかもしれない。あるいは……神だったら奉納される側なので、気持ちが入らないとか。一先ず、考えても答えが出そうにないので、エミリアはこの辺りで提案する。
「一応、形にはなっている訳でし、これで踊ってみても良いと思うわ。エクエスちゃんはどうしたい?」
その問いにエクエスは少し悩み――そして、その一つの答えを告げるのであった。
●
煌々と篝火が焚かれた中、塔の屋上で二つの影が舞い続けていた。
空が徐々に明るくなり、夜明け近くなっても続けられる舞を、塔や砦に訪れていた観光客や見張りの兵士が、心を奪われたように見上げ続ける。
雲一つない澄み切った空。
太陽がいよいよ姿を現す直前、踊り続ける二つの影は一つとなっていた。違うのは『剣』を持っていた事だ。見ている者が息をする事さえ忘れてしまうような、素晴らしい剣の舞。
「エクエスちゃん、夜明けよ」
エミリアは手に持つ『剣』にそう呼び掛けた。
(とても嬉しいです。エミリアさんと過ごせた1年と……また始まる日々が……)
『剣』から流れ込んでくる意思に頷き、立ち止まる事なく、そのまま踊り続ける。
夜明け前からなので、既に何刻経っているか分からないけれど、不思議と疲れは無かった。気分が高揚しているのかもしれないし、手に持つ『剣』から流れ込んでくるエーテルに同調しているのかもしれない。
「おねえさんはエミリア・シバ。冒険者で、踊り子で、エクエスちゃんのお友達で……」
(はい。エミリアさんが望むままに。私は貴女の剣ですから)
「今年もこれからもよろしくね!」
その返事に応えるように、『剣』から光芒が迸って、巨大なエーテルの刀身を形創った。
初日の出が照らす中、その光景はまるで童話の1シーンのようだったという。
●
シャルガネ居住区にアルマ・ヴァレンタインとエヴァン・ピオネロの二人の姿があった。独特の建築様式に囲まれた大通りを二人仲良く並びながら店を巡っているのだ。
「お正月の食材沢山だよね」
アルマが右や左に視線を忙しく向けて言った。
二人の目的は正月料理の材料の買い込みだからだ。
「正月料理の準備も含め、グダドワさんにも会いに行くのなら、お土産も欠かせないですね」
買い物リストを手にしているエヴァンは、次に買うべき食材を悩んでいた。
行ったり来たり買い物しているとそれだけで時間を費やしてしまいそうだし、マジカルポケットがあるといっても、似たような食材は纏めておいた方が、買い物から帰った後、整理する時に都合が良い。
「日持ちした方がきっといいよね」
底浅の樽に入っているザリガニっぽい何かを見つめるアルマ。
なかなかの大きさだ。焼いても良し、刺身にしても良しで、しかも縁起物らしく、良食材であるが……。
「此奴は甲冑を纏ったような殻をしているだろ! 勝利祈願にもってこいだ」
店員の説明にエヴァンは首を傾げる。
「グダドワさんって、戦うの?」
「うーん。戦わないかな……もう歳だろうし」
「年寄り向けなら、こっちの海老だな」
代わりに出されたのが普通……のように見える海老だった。
「なんか……真っ青な海老だよ!」
「そもそも、食べられるのですか?」
二人の驚きに店員は自信を持って胸を張った。
「湯がくと赤くなるから大丈夫だ。この海老なら長寿を祝いのに持ってこいだぜ」
「うーん……あらかじめ煮ていれば、ある程度は日持ちするかな……」
「少し買ってみて様子見でもいいかもしれないですね」
エヴァンの勧めに応じてアルマは海老っぽい何かを買った。
「折角だから、蟹や蛸、烏賊なんてどうだい? 今なら、新鮮なものも多いよ!」
「ヴォーンの街は山の中だから、海の幸はグダドワさん、絶対喜ぶよね……」
と、迂闊にも覗き込んだら蛸がビュっと墨を吐いた。
一瞬の事だったが、素早く反応したエヴァンがサッとアルマの身体を持ち上げ、難を逃れる。
「びっくり……しました」
「ボクも驚いたよ。急に身体が浮かんだから」
ゆっくりと降ろして貰い、改めて不遜な蛸に視線を向けた。
「いや、すまねぇ。此奴は安くしておく」
「だったら、買いだね。どう料理してあげようかな」
フフフと笑うアルマをエヴァンは微笑ましく見守る。
二人は蛸と蟹を追加で購入すると次の店へと向かった。
「そういえば、エヴァくんは何か食べたいものとかあるー?」
「食べてみたいもの……ですか……」
暫し悩み、ふと思いついた料理を伝える。
豚の挽肉を豚足皮に詰め、香辛料で味付けしたものだ。豆を添えて頂くようで、福を招いたり金運をアップさせるという。
「おけまる! 『調理』の腕もあがったし期待しててね!」
「酒の肴にも合いそうですし、楽しみです。お酒といえばクダドワさんへの手土産は新酒と合せるのはどうでしょう」
「良いと思う! 絶対に喜ぶよ!」
そんな訳で向かったのはお酒と肴を取り扱っている店だった。
まず店内に入って驚くには数多く並ぶ酒の瓶。それも、シャルガネ居住区だけではなく、都市同盟や王国、今では珍しくなった崩壊前の帝国産のワインなども見られた。ドワーフ王国の火酒もある。
「エヴァくん、色々あるよ!」
「これだけあれば逆に迷ってしまいそうです」
「この肴、試食も出来るみたいだよ。これなんて、美味しそう!」
そう言って爪楊枝で刺したのはイナゴっぽい何かの佃煮だった。
「はい、あーん」
「……う、うん」
満面の笑みで勧められたら断れる訳がない。
ところが、意外と美味だった。羽と足をしっかりとむしり取っており、ひと手間もふた手間も掛かっている事が分かる。
それにしても店員や他にも見ている人が居る中で、恥ずかし気もなく、あーんとできるのは肝が据わっているのか、熱々のカップルだからこそか。
「えー! こんなものもあるの!? エヴァくん、見てみて!」
楽しそうなアルマの声は良い……その爪楊枝の先が得体の知れない生物の塩漬けなのが極めて残念ではあるが。
「さっき、ぼくがいただいたから、アルマが味見していいんだよ。クダドワさんの好みを分かっているのも、アルマだし」
「確かに!」
納得しながら何かの塩漬けを美味しそうに頬張るアルマであった。
●
グダドワは街ではなく塔のある山砦に居を構えていた。
なんでも、塔の管理人兼修繕職人として詰めているらしい。幾人かの弟子も出来たが今は年末年始の為、山を下りてしまい、グダドワ一人だった。
「やっほー! また来たよ!」
「久しぶりじゃな。お?」
老ドワーフの視線に気が付いたエヴァンが丁寧に頭を下げる。
「エヴァン・ピオネロと申します。お話はアルマからよく聞いています」
「此処は来るもの拒まずじゃ。遠慮なく上がれい」
「ありがとうございます。こちら、お土産です」
スッと差し出した紙袋の中から、幾本かの酒が見え、クダドワは大いに喜び、ボンボンとエヴァンの背を叩く。とても気に入ったみたいだ。
「また台所かりるよー」
勝手知ったるというべきか、アルマが宣言だけして、トトト……と台所へと向かう。酒の肴を用意するつもりなのだ。
「ぼくも手伝うよ」
それに続くエヴァン。
二人が仲良く並んで台所に立つ姿を老ドワーフは優しく見守っていたが、新酒を開けるとよっこらせと台所へ向かった。
「客人にだけに任せる訳にもいかんしの」
そんな訳で3人は黙々と準備して、次々に肴をテーブルへと並べる。
「海老と蟹と蛸と、こっちが爆跳兎の肉で、あと、黒竜蝨の煮つけだよ!」
「ほう、豪勢じゃな! ありがたい!」
アルマとグダドワが和気あいあいとしている様子にエヴァンは嬉しくも……後半に紹介された肴の方が気になってしょうがなかった。食べ……られるんだよね……。
これまでの冒険の話を面白おかしく話すアルマと必要な時に的確に説明するエヴァン。
グダドワは酒と肴を休まず交互に口へと運び続け、時間があっという間に過ぎていく。
「……そうじゃ、話しておこうと思ったんじゃが……」
思い出した様にグダドワがそう言いだした。
そして、奥の部屋から分厚い紙を持って来る。覗き込む二人には理解不能な文字が見えた。
「なんだか分からないんだよ」
「これは……文字でしょうか?」
「塔の地下に残っていた石碑の文字を写したものじゃ……」
グダドワの台詞にアルマがハッとした。
「エクエスさんに関係するものなの!?」
「分からん。学者によると『名前』かもしれんという話だ」
その話に首を傾げたエヴァンにアルマが概要を話す。
面識はあるが詳しく知らないからだ。一通り、説明を受け終わった後、エヴァンは身を乗り出すように大きな声を挙げる。
「えっと……つまり、エクエスさんは名を忘れられた神かもしれず、塔の地下から『名前』がみつかったという事ですか!? 大発見じゃないですよ!」
「いや、『名前』らしいという所まで、まだよく分かっていないのじゃ」
「エクエスさんはエクエスさんだから……今更、本当の名前がありましたってなっても……どうなんだろ……」
うーんと考えるアルマの頭を撫でるエヴァン。
そして、真摯な瞳を老ドワーフに向けた。
「グダドワさんは、エクエスさんの『名前』を明らかにするつもりは無いのですね」
「……少なくとも、本人が望まないのなら、このままで良いと思っておる」
年越しの日、エクエスが塔に帰ってきたが、グダドワは名前の事を言い出さなかった。それは言う必要性がまだ無いと感じたからだ。アルマがコクンコクンと頭を縦に振りつつ、肴に手を伸ばしていた。
「本人の想い、大事だもんね!」
「それに、もし神の名が明らかになったら、利用したり快く思わない者も出てくるだろうから、まだ伏せておくのは良いと思います」
エヴァンの的確な考えにグダドワは深く頷き、酒を喉に流した。
「話せて良かったぞ。ずっと溜め込んでおったからな」
「随分と待たせちゃったのかな?」
アルマの申し訳なさそうな問いに老ドワーフをゆっくりと首を振った。
こうして、会いに来てくれる――それも、新しい縁と共に。それがとても感慨深かった。いつかきっと、アルマとエヴァンが新しい家族と共にまた来てくれる、そんな日が今から待ち遠しい。
「さて、折角、持って来てもらった土産、楽しまないと勿体ないからのぉ! ほれ、この日の為に用意しておいた特別なそぼろじゃ!」
「わー!」
キラキラと目を輝かせるアルマ。
それが何の肉なのか……そこが気になってしまうエヴァンであった。
●
王国騎士エナハルト・ティルムと共に、ミア=リゼルとルベア・ベルニの二人は彼の実家に到着した。元々はとある王族領の中にあったのだが、諸事情により派生した家柄であり、歴史はそれなりにあるだけあって、領主館は同規模の領地を持つ貴族よりも荘厳であった。
「……わ、私……緊張してきました」
ミアが愕然としながら屋敷を見上げる。
貴族の学友の家に遊びにいくのとは訳が違うのだ。恋人であるエナハルトはティルム家の一人息子であり、次期当主である。両親への挨拶という重みが圧し掛かる。
「ミアさんなら大丈夫よ……それに、ほ、ほら……家の格式自体で言えば……劣っている訳でもないのよね」
励ましながら、ルベアは心の奥で、ミアが遠い存在になっていってしまうのではないかと改めて感じてしまった。
「ルベアさんの言う通り、堅くならなくて大丈夫だよ、ミア」
爽やかな笑顔で告げるエナハルト。
そうは言っても、緊張するものはするのだ。エナハルトの両親がどんな人なのか……それも分からないのだから。
領主館の大きな玄関が開き、中年の夫婦が執事や幾人かの給仕を伴って姿を見せる。
「おかえり、エナハルト。そして、歓迎するよ、ミアさんとご友人のルベアさん」
大きな身振りを交えて3人に言った人物こそ、エナハルトの父であるヴィザース・ティルムだ。ニコニコとした笑顔で気さくに寄って来た。
「部屋はそれぞれ用意しているから、年末年始はゆっくりと私の館で過ごして欲しい」
「という事だから、挨拶とか行きたい所とか色々あるだろうけど、まずは先に腰を落ち着かせてからにしよう」
父親の言葉に続いてエナハルトがそう二人に告げるのであった。
●
「落ち着かないわ……」
ルベアは用意されたドレスに着替えないで、執事にそっと要件を伝え、館の外に出ていた。
というのも、館の給仕達も含め、ルベアに対する接し方が仰々し過ぎるからだ。ただの友人と思われていないのか、あるいは別の理由があるからなのか……どちらにせよ、落ち着かないのは間違いない。
領都を抜けてルベアは小高い丘を目指す。
そこにはジード・ランスウッドとフォーゲン、リロ・ルエファナータの墓があるからだ。
「久しぶりね」
名前が彫られていない墓が三つ。その前に片膝をついてルベアはそう言った。
当然の事ながら、返事はない……けれど、きっと、声は届いている。そんな気がした。
「アナタたちのやり方は歪だったけど……国を憂いて、って気持ちには共感するわ」
ジードが目指した王国の在り方に種族の壁はなかった。今だに差別意識の多い、この国の中で……そこは評価しても良いと思える。
「私に出来ることは、ジードの想いを受け取っている、ミアさんを支えることくらいだけど……」
人として生きる。それは簡単なようで簡単ではない事を、ルベアは知っているつもりだ。
少女はこの先、冒険者や学園生よりももっと苦難の道を進む事になる。もし、誰も味方がいなくとも、自分だけは味方であり続けたいと思う。
心の中でそんな風に思いに区切りをつけたルベアは視線を端のやや小さい墓へ向けた。なんとなく分かった。あれが、リロの墓だと。
「リロ……トレイシーがね、会いたいけど会いにいけないってさ。だから、トレイシーの分も含めて、私が来たわ」
そう前置きしてから、ルベアは幽界樹の分樹を倒した話や学園での話をする。
また、トレイシーがオルセンに雇われる事も伝えた。
「トレイシーには自分が偉くなったら、専属護衛にって前に言われたけど、いつかは彼女の助けになれたらって思ってる。好奇心でたまに暴走するあの人を、制したり、ついていく役割が必要だと思うから。でも、まだまだ私が勉強不足だから、その事は本人には言えてないけどね」
苦笑を浮かべてルベアは立ち上がった。
人の気配を感じた気がした。それが、ジードかフォーゲンかリロかは分からないけれど、きっと……話を聞いてくれたのだと思う。
「!?」
その時、本当に人の気配がしてルベアは慌てて振り返った。そこには白法衣に身を包んだ老人の男性が立っている。
敵意はないようだが……。
「すまない。驚かせてしまったようだね」
「誰……なの?」
敵ではなさそうだが警戒は必要だった。というのも、エナハルトからは墓を設ける理由の一つを聞いていたからだ。
(ジードの墓があるって情報はまだリークされていないはず……それなのに、どうして此処に? 組織の関係者?)
様々な考えが過る。
「名乗る程の者ではないよ」
優し気に言うと墓の前に進み、墓石にゆっくりと触れる。
「お疲れ様」
老人の横顔はどことなく、ジードに似ているようにも見え、ルベアは立ち去ろうとするその者の前で両手を広げた。
「もしかして、3人目……」
「もはや、ジドは過去の人物。今更、語る必要はなかろう。それに、これからは君達の時代だ」
「アナタが本当は何者なのか、私には分からない。けれど、それでも……待ってほしい。アナタに会って欲しい人がいるの」
この老人をこのまま帰したら、絶対に後悔すると思う。
だって、ついさっき、心の中で決めたばかりなのだから。ミアを支えると――。
●
「とても似合っているわ、ミアさん」
シィリズと名乗ったエナハルトの母親がドレスに着替えたミアを迎えて手を合わせて喜ぶ。なんでも、この日の為に用意してくれていたそうだ。
「こんなにも素敵なドレス、なんてお礼をお伝えすればいいか……」
「気にしないでいいのよ。私の好きでやっているのだから」
柔らかい物腰な優しそうなお母さんみたいだ。
他のドレスや装飾品の話を続け出しそうで、挨拶がなし崩しになるのを嫌がって、ヴィザースがコホンと咳払いする。
そうして訪れた沈黙に、エナハルトがミアを促し、覚悟を決めたミアが言葉を紡ぐ。
「まずはジード・ランスウッドらの埋葬について、わがままを聞いてくださいましたこと、ありがとうございます。どのような形であれ、王国を想う者であればこそ、この地に眠っていてほしいと……思うのです」
「詳しい話は聞いている。ミアさんの出生と共に、な……運命の巡り合わせとは不思議なものだ……私としては何の問題もない」
その返事にミアは一度、深く頭を下げてから再び話を続けた。
「私は、『人として生きろ』という願いをいただきました。だからこそ……そう望むのかもしれません。私の生きる道に、エナハルトさんは必要な人。どうか、許していただきたいのです」
「僕にとってミアはなくてはならない人です。よろしくお願いします」
ミアとエナハルトの二人は揃って頭を下げた。
二人の若者の申し出にヴィザースとシィリズは笑顔で頷き合う。
「顔をあげて欲しいわ、エナ。そして、ミアさん。私達はもう既に決めているのだから。ミアさん、エナの事、よろしくね」
「それ、領主である私の台詞……」
「こそこそとミアさんの事を調べていたアナタが言える台詞じゃないの。ごめんね、ミアさん。でも、許して欲しいの。ティルム家の人間になるというのは、貴族として生きていくという事なのだから」
シィリズの台詞にミアは驚きながら返事をする。
「は、はい」
恐らく、出生などを調べられていたのだろう。もっとも、そこについては取り越し苦労に終わったはずだ。先日、長らく不明だったミアの生まれについて明らかになったのだから。
出自も問題なく、冒険者としても優秀で、学園生でもある……大歓迎しない方がどうかしているというもの。
「ミアさんには先に伝えておいた方がいいわね」
そんな前置きからシィリズはティルム家の始まりを教えてくれた。
まだ拝領を受ける前、病を患った貴族が静養の為、長閑なこの地に訪れた。代官の娘は世話を尽くしたが病は悪化する一方だった。その時、娘の友人の半獣人の薬師が妙薬を作り、貴族を病から救った。貴族は後に代官の娘と結ばれたが、その血脈はどういう訳か授恵者に恵まれたという。
「……この家系がティルム家に繋がるの。授恵者に恵まれた事で武勲を挙げ、拝領されたのよ」
「そのような出来事があったのですね」
「だから、此処では半獣人の方は尊ばれるわ。偶然かもしれないけれど、ミアさんがご友人の方と一緒に来て貰ったのは、まさに運命というべきもの……かも、しれないわね」
「……ルベアさん……」
縁とは思いもしない所から繋がるもの。ミアは友人の名を嬉しそうに呟いた。
「それじゃ、行こうか、ミア。ルベアさんを待たせっきりだよ」
一通りの挨拶が終わったので、エナハルトがそう誘った。
先に墓参りしていると執事から聞いていたからだ。まだ戻ってこないという事は、向こうで待っているのかもしれない。
「はい。そうですね、エナ」
差し出された彼の手を取るミア。
そして、二人は墓参りの時に、ルベアが引き留めていた一人の老人と出逢う事になる。それはギルドの報告書に残る訳ではないけれど――大切な『再会』の時間となるのであった。
厳しい冬を迎えたオルセンにベルク・オスマットの姿があった。
ベルクは遊びに来た訳ではない……帝国領内における数々の出来事に関わってきた身としては、キーとなる人物がどの様に事態を考えているのか、確認しておいて損はないからだ。
意外だったのは、コンラートが快く面談を承諾した事だった。
(多忙と聞いていたが……)
案内されたのは応接間ではなく、コンラートの私室の一つだ。つまり、『太守と名の馳せた冒険者の会談』という位置付けではなく、私的な面談という事なのだろう。
「オスマット卿、オルセンにようこそ。何か話したい事があっての事だと」
偉そうな態度はいつもと変わらないが、表情にはどこかしら余裕めいたものがあった。
ベルクは太守の側近に勧められるままに席へと座る。
「それなら遠慮なく尋ねる。確認したいのは、クーネ殿についてだ」
オルセンを救った英雄クーネ。
素性不明の英雄に疑問を抱く者もまた少なくなく、コンラートにとっては日常の事だ。
「あの御方について知っている事は無いです。ふらりとオルセンに現れ、そして、この街を救ったという事は周知のとおりですから」
「ではなぜ、宝剣を託されるに至ったのか。あの宝剣は帝国の至宝にして人類の盾たる象徴。それを英雄とはいえ、彼女に易々と?」
「宝剣を託すに足る人物であり、それがオルセンの総意だったからです。あの御方がいなければ、オルセン3万の民は全滅していました……他の都市のように」
それは誇張ではない事実である。
「オルセンが滅んでしまえば、宝剣の意味は成さないもの……よって、あの御方に託す事は間違いではないでしょう」
太守自らがそこまで言うのであれば、それ以上、この線の話は意味がないものだろう。
(彼女の素性について把握している事が無いか確認しておきたかったが……一筋縄ではいかない、か)
心の中でベルクはそう呟きつつ、別の話題に移した。
「では、宝剣がこの地から去った事は、征竜に対する使命も同様と見て良いと?」
「それは違います。征竜への役目は昔から続いています。例え、帝国が今のような状態になっているとしても、人類の盾である事。それがオルセンの存在する意味なのです」
「確かに北の民は征竜に対することを使命としてきた。だがそれは、征竜が人類に対する明確な脅威であり、他に脅威が無かったからに過ぎない」
「まるで、他に脅威があるような言い方ですね」
興味を引いたような視線を向けるコンラート。
まさかオルセン太守が帝国領内の出来事を知らない訳ではないはず。冒険者であるベルクからどんな話が聞けるのか……そんな興味かもしれない。
「皇帝や皇姫の方が明確に人類への脅威となっている」
「話はある程度、聞いています。お二人共、もはや、私達の事など、眼中にないでしょうが」
「エスタルでの件はどこまで把握を?」
その問いにコンラートは少し目を瞑った。
帝国東部の件を知ってはいるつもりだ……冒険者ギルドを通じた程度であれば。
「夢の女神の話は一般的な範囲では知っているつもりです。オスマット卿は決戦の地に居合わせていたと?」
「我は夢の女神がイダ・バルダスという懸念を持っている。皇姫による夢を介した干渉だ」
もちろん、夢の女神=イダ・バルダスというのは推測の段階だろう。裏付ける材料はないが、コンラートの頭の中では皇帝の存在も過っていた。そして、一つの結論に達する。
「……警告として受け取っておきます、オスマット卿。もっとも、どう対処していくべきかはこれからでしょうが」
「それで十分だ。オルセンは今や帝国領内でも残存する屈指の都市。新たな脅威に巻き込まれてはレイウェスト殿下の心労にも響く」
「オルセンは人類の盾ゆえ、レイウェスト様に協力程度しかできません。そこは、ご理解いただきたい」
コンラートのいつもの言い訳。
けれど、彼の口はそれで閉じる事なく台詞が紡がれた。
「人類の盾は正当なる持ち主が持ってこそ、意味があるもの。そして、私の中でその人物が誰か……は決めております。ゆえに私は太守としての役目を果たし続けるのです」
ベルクが伝えた警告に対するお礼のつもりなのだろう。
わざとらしく、あざとい笑顔を見せたコンラートの真意を測りながら、ベルクはオルセン太守との面談を終えたのであった。
●
男子三日会わざれば刮目してみよ……という言葉をレティシア・レインフィールは思い浮かべていた。
「どうでしょうか? レティシア様」
港町ウシタの新しい領主であるナラゼ・クナッターラは少し自信に満ちた瞳を向けてくる。読み書きも計算も、同じ年頃の子と比べてもかなり出来ているだろう。
「春から入学、おめでとうございます。ナラゼ様」
来季からパンクリアース学園に入学する事が決定しているのだ。
王都とウシタの行き来となるが、治政は順調で評議会の運営も軌道に乗っているらしく、何とかなるだろう。
「ありがとうございます。より一層励みます」
ナラゼは母親から半ば見捨てられて育てられたからか、レティシアに懐いて……いや、強く慕っているようだ。家臣団に向ける視線とは別のものを感じるが……幼い頃特有の憧れに似たものかもしれない。
「学園生活が楽しみです。レティシア様も時には足を運んでいただけるのでしょうか?」
「その時は」
レティシアは優し気な表情で応える。
卒業生であるレティシアは用事があれば学園に訪れる事もできるから、都合が付けば、ナラゼに会う事もできるだろう。というか、ウシタよりも気軽に行けるかもしれない。
「折角ですから、本日は貴族の家柄毎の歴史と交流の経過について勉強していきましょう。入学後も必ず役に立つ事でございますから」
「はい!」
こうして二人並んで久しぶりの再会と勉強に励むのであった。
ちなみに、隣領に住むロディン・キーリュロフは一連の騒動の責任を問われ、現在も引き続き、監視付きの隠居となっているそうで、もはや表舞台に出てくる事はないとの事だった。近隣領の野心多き貴族共も港町ウシタの新しい領主が冒険者や他の貴族と強い繋がりがあると理解してか、表立っての行動はなく経過しているとの事だった。
●
冒険者としての仕事の一環で年末年始を祝うオルセンへとやって来たレティシアは通りを歩いている時、偶然にもファンゾムと鉢合わせした。
「レティシアさんの奢りだなんて、嬉しいわぁ~」
突然な再会に驚いた様子だったが、敵意はないようで、ちょうど食事処を探していた所もあり、適当な店に入る。
ファンゾムが遠慮なく次から次へと注文していく様は容赦なかったが……。
「先日居なくなられた後はどうなさっていたのでございますか?」
「一度、戻ってから、ぶらぶらしつつぅ~ここに辿り着いたのよぉ。レティシアさんは?」
底なしかと思うほどの食べっぷりを眺めながら、質問に対して、レティシアは視線を少し外して応える。
「私は……冒険者活動以外は、特にこれと言っては……」
「そうなのぉ~? さっきから、食事も進まないみたいだしぃ~?」
「気掛かりになっている事が多くございまして……食欲が無いので軽い物や少量程度に留めている状態です」
レティシアの話を聞きながら、ファンゾムが麺を吸い上げ、丸のみしてから、口元が汚れているにも関わらず、グッと顔を寄せて来た。
口移し……したいのではなく小声で伝えたいようだ。
「私から言えるのは一つ……君、強いのに自分から枷を嵌めているからよぉ。欲望の全てを解き放ってしまえばいいのぉ」
「そのような事はできません」
「ふふふ。楽しみだわぁ~。いつか、その枷を君自身が壊してしまう時が来たらぁ」
行儀悪く、下をペロリと出してから席に戻るファンゾム。悪意があるような言葉には聞こえなかった。貴族という重みを知らないからこその無配慮というべきだろうか。
骨付き肉を骨ごと強引に咀嚼している様を見ていると、レティシアは食欲がわきそうになかった。
(作法なども……全く知らないのでございますね)
枷の話ではないが、もう少し己を律して行儀よく召し上がる事ができたら、品の良い淑女に見えるだろうに……とレティシアは内心思う。
「食事、お気に召したようで良かったですわ」
「そうねぇ~。他にも美味しい物があるのなら食べてみたいわぁ~」
ファンゾムが口の端から食べ物をはみ出せながら言い、レティシアは苦笑を浮かべて応える。
「それなら、リーンエス王国にもございますよ」
「良い話を聞いたわぁ」
こんな調子で終始、食べ続けるファンゾムに対し、レティシアは結局、一口も手が付けらず、時間だけが過ぎてしまうのであった。
●
幾つもの酒場を巡り、クレア・エクレールは『碧の彼』を探し続けていた。
外套を飾るブローチに埋め込まれた『碧』と同じ髪と瞳を持つ青年の行方を……ただ、それは簡単なものではなかった。
オルセンは3万の人口に1万5千の軍人、旅人や難民、観光客も合わせれば数万に達しているのだ。そこから、たった一人を探すのだから。けれど、運命の糸は引き寄せ合うものでもあった。
「私、知ってるわよぉ~」
一人、黙々と食事を続ける巫女服姿の人物が、店内で呼びかけたクレアに応えたのだ。
先ほどまで誰かと相席だったのか、空いている席にクレアはサッと腰掛ける。
「詳しく聞かせて貰えるのかな?」
「この追加分を支払ってくれるのなら、ねぇ~」
そんな前置きをしてから、彼女は話を続けた。
オルセンに向かう馬車の中で一緒になった青年が碧髪碧眼の青年だった事。イグシィ=スタスと名乗った事。オルセン到着後、解散となった事を教えてくれる。
「ありがとう、巫女のお姉さん!」
「お探しの人と出逢えたら、後で話を聞かせてほしいわぁ~」
クレアは調査時用の財布をそっとテーブルの端を置くと、勢いよく店を飛び出す。
オルセンに居ると分かれば、後は授恵者としての能力を活かして探し続けるだけだ。『碧の彼』のエーテルはよく知っているのだから。
●
僕がとんだ間違いをしてしまったと気が付いたのは、ゴロツキ共に囲まれた後だった。
通りを歩いていたつもりなのが、いつの間にか路地に入り込んでしまっていたのだ。
「金目の物を置いてけや!」
予想通りの台詞。
此奴らには定型文でもあるのかと疑いたくなるが、言われている身なので、それどころでもない。行き止まりの路地で逃げ道もないし、3人相手じゃ厳しい。
「この街には来たばっかりで、持ち合わせはないんだ」
「痛い目に遭いたいってか」
ジリジリと近づいて来るゴロツキ。
だが、身構えたその時だった――真っ赤な稲妻がゴロツキに落ちる。
跳ねるようにそれは、残り二人を一撃で気絶させた。明らかに熟練した授恵者の動き……そして、その人物を僕は知っている。
(クレア……)
もう二度と逢えないと思っていたのに、なぜ目の前にいるのか。その答えを僕は導き出せなかった。あれからずっと探していたというのか、この世に存在しない『僕』を、彼女は――。
死を偽装しても、足取りが掴めないように移動しても、それでも、彼女は追いかけ続けて来たのか。
「ク……」
言いかけて僕は台詞を止める。
もう『僕』はいないのだ。彼女は『僕』ではない、僕と出逢う為に、ここまで辿り着いたのだから。
「……ありがとう。君のおかげで助かった」
そんな気の利かない台詞しか吐けない自分をどうか……許して欲しいと思う。
けれど、彼女は僕の迷いを吹き飛ばすような闊達さを見せた。
「危なかったね、碧髪のおにーさん! 名前、なんて言うの?」
――その言葉に、僕は救われる。
新しい人生をやり直す。生き抜いていくという覚悟を、彼女は押してくれているのだ。
「イグシィ=スタスだ。この街にはまだ来たばかりで仕事を探している」
「ボクはクレア。お仕事探し中なら、一緒に探してあげるよ?」
屈託のない笑顔で差し出された手を僕はしっかりと握る。
それは最初からやり直された出逢い。
「デスクワークなら君に良い仕事ぶりを見せる事が出来るんだが……今日は、僕の仕事探しでなくて、君に仕事を頼んでいいかな?」
「少し位手伝うけど、ボクは高いよ?」
「生憎、あまり手持ちはない……だから、僕の生涯を懸けて払おう」
翡翠色の瞳を僕はただ見つめる。
ジッと見つめ返してくる彼女は軽く笑うとグッと身を寄せて来た。
「仕事内容はなにかな?」
「まず……街中を一緒に回ろう。どんな食べ物が好きか、あと……服も。そのブローチに合う色を探して。そしたら、落ち着いて話が出来るところで温かい飲み物でも飲みながら……夕陽が見たいな。君の髪の色みたいな真っ赤な太陽が沈むまで」
「それは……少し、不足してると思うよ。折角、ボクと一緒なのに!」
唇に当てられた彼女の人差し指に僕は仕事内容を訂正した。
「分かった。なら、君の髪の色みたいな真っ赤な太陽が沈んで、また昇ってくる時までだ」
「商談成立だよ」
再び見せた彼女の満面の笑みに僕はただ魅入られるのであった。
●
その日、ルイドはオルセンでの仕事明けだった。
通りを行き交う大勢の人々を避けるように端を進む。頭の中で、扱いが難しい武器をどう訓練してやろうかなどと考えていた時だった。正面から来た人物を避けようとしたのに、相手が合わせて来て衝突する。
「昼間っから大胆だね、君ってさぁ~」
恥じらうような身振りを見せるファンゾム。明らか、わざとぶつかって来たのに酷い言い草だ。
「……普通に街中にいるのな、お前」
「悪いかしらぁ~? こう見えて、手段は選ぶようになったのよ?」
「いや別に悪かねぇんだが、なんつーか、若干、狐につままれた感が……」
倒したはずの相手が普通にケロっとしているのだから、疑問を抱かない訳がない。
だが、そこを追及しても無駄な結果になるとも思う。
「ま、いい。もし、暇してるんなら訓練相手を頼んでもいいか?」
「暇じゃないけど~。君のお願いなら、聞いてあげても良いわよぉ~」
ぐっと腕を組まされる。
「それで、どこでするの? 人気の無い所ぉ? それとも、人目がある所ぉ?」
相変わらず言い方が誤解を招くような口調。
直接困る訳ではないのだが、冒険者ギルドによからぬクレームを入れられるとそれはそれで面倒だ。
「ギルドの訓練場だ」
そんな訳でルイドはファンゾムと共に歩き出すのであった。
●
「色々な武器を用意したのねぇ~。ルイド君」
ファンゾムの前に並んだのは様々な武器の類。剣や槍、薙刀から鎖鎌や戦斧、鞭や暗器まで揃っていた。
「なぜ、俺の名前を?」
「ここの使用名簿に書いてあったからよぉ。嫌なら、今度から……そうね、ルイちゃんって呼んであげるわぁ」
「それは止めろ」
沽券にかかわる。主に冒険者稼業に……。
それはそうとファンゾムはポールのような錫杖を手に、堂々と訓練場の中央へと進み出た。そして、楽しそうな表情を浮かべてルイドの準備を見守る。ただ突っ立っているだけだが、全身から発せられる雰囲気は、やはりただ者ではない。
(タイマンでは及ばないとしても、それはそれ。強者相手の方が得るものがあるだろうよ)
まずは鎖鎌を手にする。
草刈鎌と分銅を鎖で繋いだシンプルな武器で、エーテル操作したとしても扱いには慣れが必要だ。その分、相手の意表をついた軌道を描けるという利点もある。
「それで私の服を切り裂くつもりなのぉ? フフ……できるかしらぁ」
「自信満々だ、な!」
振り回して勢いをつけ、タイミングを図る――踏み込みと同時に鎖鎌を繰り出した。
その軌道はファンゾムの横を抜けるが、直後に鎖を操る。
「それは良い欺瞞よぉ~」
ファンゾムはポールを振るって鎌を弾いた。
鎖を鎌先を巧みに操作してルイドは手に戻しす。
すぐさま手首を返して投擲。意表を突いた攻撃と共に鎖を操作して予測不能な軌道を描かせた。
「やっぱりぃ、クレバーよね~」
その一撃はファンゾムの胸元に大きく開いた巫女服を切り裂く。
「狙ったのぉ?」
「服だけ切れるように立ち位置変えたのはそっちだろうに」
「よく見ているわねぇ~。それじゃ、こっちからイカしてもらうわよ~」
トンっと軽く跳ねると同時に振り回されるポール。
(前回よりも強くなっているのか?)
明らかに動きの速さが違う。
ルイドは鎖鎌を手放し、盾でポールの一撃を受け流すと、間合いを取るように下がる。
防御に専念し、かつスキルで補強すれば、まぁ……少しは耐えられるといった所だろうか……ソロで勝つにはまだ届かないようだ。
もっとも、大事なのは勝敗ではない事をルイドは分かっていた。
ファンゾムの続く攻撃を大きく跳躍して避けると、次に準備しておいた鉾を手に取る。
色々な武器を試し、戦術の幅を広げる為だ。
結局、模擬戦はファンゾムから一本も取れなかったが、それなりに成果は得た。色々な武器を使って戦う事ができたからだ。
「やっぱ、実際に振るうと手への馴染みが違うな……」
実戦でいきなり知らない武器を振る訳にはいかないから、貴重な体験となった。
「とても楽しめたわぁ~」
「助かった、機会ありゃまたやろうぜ」
「今度は本番を希望するわよ」
ファンゾムからの色っぽい宣言に、ルイドは掌をひらひらと返す。
今度、本気で戦う時が来た時に、どう攻略すべきか、そんな事を思案しながら――。
●
訓練場で強者が模擬戦をしている事は噂になったようで、話を聞きつけたシャドウは足早に向かっていた。
挑む理由をギルドの受付嬢に問われ、彼はこう答えた……俺より強いやつに会いにいく。それが俺の日常さ……と。
冒険者の中には強さを求め戦い続ける戦闘狂みたいな人もいるので、同類と思われているかもしれないが、そんな事、シャドウにとっては構う事ではないだろう。
「お前が巷で噂の芸者グァールか?」
妙なイントネーションと共に言い放った先には、ファンゾムが暇そうに鎖鎌で遊んでいた。彼女は新しい玩具を貰った子供のように目を輝かせる。
「そうよぉ~。君も冒険者かな?」
どうやら、ここ数日、幾人かの冒険者に手を出していたらしく、ギルドも訓練場が使えなくて困っているようだ。
「そうだ! ここはひとつ、俺と手合わせ願おうか!」
力強くビシっと向けた人差し指。
キョトンとした表情を向けたファンゾムは……次の瞬間、一気に間合いを詰め、その人差し指を――。
「……って、俺の指を食べようとするんじゃねぇ!」
「手合わせじゃないのぉ?」
咄嗟に腕を引いたから良かったものの、あと少しで武器が持てない手になる所だった……いや、甘噛みするつもりだったのか?
気を取り直して距離を取った上で改めて指先を向ける。
「俺の名はシャドウ。覚えておくがいい。これから貴様を倒す者の名だっ!」
「ふふふ~。そういう焦らすの好きよぉ~」
「焦らしていねぇ! 口上ぐらいは言わせろ」
戦う前から既にどうも遊ばれている気がするが戦いが始まればそれどころではなくなるだろう。
愛用のダガーとナイフを構えるシャドウにファンゾムは鎖鎌をぶんぶんと振り回す。
仕掛けたのはシャドウからだった。
鎖鎌の最大射程外から一瞬で懐に入り込み、繰り出すのは目にも止まらぬと評された三連撃。
同技量帯であれば、シャドウの攻撃は避けようもない凄技だっただろうが、相手が悪すぎた。それなりの経験を積んだ冒険者ですら、ファンゾムとサシで戦えば負けるのだから。
「まだだ!」
ファンゾムが伸ばしてきた手を辛うじて避けたのは、流石、シーフといった所か。シャドウは今一度、三連撃を見舞った。
「カスリもしねぇのか」
「でも、惜しいわよぉ~。そ・れ・に、伸びしろは十分あるようだしぃ」
ファンゾムはニヤリと口元を緩める。
次の瞬間、シャドウの背中脇に強烈な激痛が迸る。
死角を飛翔していた鎖鎌が深々と突き刺さったのだ。
「アンタ、いいもん持ってるじゃねーか……」
持てる力は出し切ったと思う。届かなかったが、決して手が届かないレベルではなさそうだという事も分かった所で、意識が遠のく。
シャドウはいい笑顔のまま気絶するのであった。
●
どの位、気絶していたか分からないが、容赦なく冷や水をぶっかけられシャドウは目を覚ました。
「冷てぇ!」
「ふふ。お目覚めの聖水、いかがだったぁ?」
近くに転がっているのは水汲み用のバケツ。
負傷して気絶した人に対する仕打ちが半端ない人物のようだ……とそこまで思い至った時、シャドウは背中脇に手を伸ばした。
「傷が……ない?」
「回復しておいたのよぉ。だって、折角の新しい玩具、壊しちゃったら勿体ないじゃない~。それに、私ぃ、まだまだ足りないのぉ。もっともっと、ほ・し・い・の」
妙に前かがみになって怪しげにそんな台詞を吐くファンゾム。
これは『頭のおかしい芸者』と噂されてもやむを得ないだろう。
ふらつくいて言う事を利かない足に叱咤しつつ、シャドウは立ち上がった。エーテルは消費しているが、まだ戦えないという訳ではない。
「……だったら、まだやってやる」
乗り掛かった舟だ。途中で投げ出すような無様な姿は晒したくない。
シャドウは愛用の武器を拾うと意識を集中させて構える。
その様子にファンゾムは自分の腕で自らを抱き締めた。
「いいわぁ~。そう、これ……私が、欲しかった玩具よぉ……。簡単に壊れないで欲しいわ~。できれば……そう、君のエーテルを全て絞り切って、暫く腰が立たなくなるぐらいに」
彼女の蛇眼が怪しく光る。およそ『人』とは思えない恐ろしい雰囲気。
シャドウがそう感じたのは、夜通し戦わされ、文字通り、彼女によってエーテルを絞り切られた後の事であった。
●
オルセンでの一仕事を無事に果たして、ジュスト・ヴェルジーは王国に帰る為に、ビッグオウムの便を待っていた。
そこへ通り掛かる見知った人物。パッと目と目が合ったと思いきや、その人物はサッとジュストの隣に座るとわざとらしく腕を組み、顔を伏せる――直後、衛兵の一団が駆け抜けた。
「いやはや本当に妙な縁があるね」
衛兵が通り過ぎた後、ジュストは何事もなく組まれていた腕を引き抜く。柔らかい弾力を楽しめるだろうが、間に合っているし。
「助かったわぁ~。あの人達、倒しても倒してもどんどん湧き続けるのよぉ」
「とりあえず、衛兵さんを倒してはダメだ。それで、ファンゾム嬢は、また腕試しの相手を探しているのかい?」
「そうなのよ~。でぇも、まだし足りなくてぇ」
ぐいぐいと身体を寄せてくるので、その度に横にズレるジュスト。
「確かにこのあたりは冒険者も多いけれど、やるなら街の外の方がいいよ。必要なら、俺でも良ければお相手しようか?」
「嬉しいわぁ~。また一緒になれるなんてぇ」
ぐっと顔を寄せてくるファンゾム。
距離感が人とおかしいのかもしれない……と思っている所に、ローザリカ・L・ディオールが冷静を装った真顔で到着した。
愛する人の為に、わざわざ王国から迎えにきた――その道中、そわそわして落ち着かなかった、私のいじらしい心を返せと叫んでも咎められる事はないだろう。だって、ジュストは遠目からでも分かる程の美人さんと楽し気に雑談していたのだから。
それに、なんだ、あの胸を強調した姿。オルセンの風紀は乱れていて、実にけしからん。
……とそんな心情を知らず、ジュストは両手をローザリカに広げる。
「ロゼ。お迎え、ありがとう。此方はファンゾム嬢、腕の立つ武芸者だ」
「芸者!? 君よりも、シャルガネには詳しい僕を、差し置いていつ芸者と親睦を!?」
「いや、芸者じゃない、武芸者。先日の依頼で知り合った」
二人のやり取りに何かピーンと来たのだろう。
それはもう小悪魔みたいな笑みをわざとらしく浮かべてファンゾムはロゼに一歩寄るとボソっと言い放った。
「ジュスト君とは依頼で知り合った仲よ。彼ったら、見た目以上に縛るのが好きみたいで。君もそういうのが好きなのぉ?」
「し、縛っ!?」
「それに、あっちの方もぶっとくて……逞しくて……私、思いっきり、貫かれたのよぉ」
「あっち!?」
怒りなのか、あらぬ想像した恥じらいなのか、顔を真っ赤に染めるローザリカ。
ダメ押しとばかりにファンゾムは耳元で告げる。
「今度、またお相手頼もうかと思ってぇ~」
次々と追い打ちをかける台詞にプルプルと震えるローザリカを眺める分には楽しめるが、変に誤解されたままだと後々大変なので、ジュストがさらりと説明する。
「戦闘の話で、お相手っていうのは、手合わせ的な意味の方だよ」
「そ、その位、分かっている! 僕が怒っているのはそこじゃない」
素性不明の見知らぬ女性と懇意にしている事が僕の婚約者という立場を理解していない――という台詞をローザリカは飲み込んだ。ここで変な嫉妬を表に出すと後で彼にネタにされるって分かっているから。
兎も角、ジュストへの不満をどんな形で向けるかは王国に帰るまでに考えるとして、まずは、この不遜極まりない頭のおかしい芸者をどうにかせねばならぬ。
蛇眼に所々、蛇鱗模様の肌が見えるのは蜥蜴人なのだろうか。胸の谷間を大きく見せる服はいったいどこで買っ……じゃなくて、全く持って卑しい。ここはハッキリさせなければならないだろう。赦さない淑女として。
「君もだ! 相手を探しているというのなら、この僕、ローザリカ・リベラ・ディオールが受けて立とうではないか!!」
艶華扇を向けた。
金属の板が合わさってビシっと軽快な音を響かせるが、彼女は一歩も怖じ気つく様子なく、むしろ、挑発するように笑う。
「ふふ。とても威勢が良いお嬢様のことぉ。まるで……胸の奥に抱えた脆さを覆い隠しているみたいに。君が相手してくれるというのなら、私はそれも構わないわぁ~」
二人の並々ならぬ殺気に周囲の人々がドン引きして距離を取る。
これは今すぐにでもこの場で戦いが始まりそうな勢いだ。ジュストが慌てて二人の間に割って入った。
「ちょ、せめて街の外で……ファンゾム嬢も煽らないでくれ!」
いくら冒険者とはいえ、王国貴族が帝国の都市で暴れたとあっては外交問題にも発展するかもしれない。
珍しく冷や汗をかくジュストだったが、事態は既に手遅れだったようだ。
「下がって、ジュスト」
「邪魔よぉ、ジュスト君」
「いや、だから、街の外へ……」
と言いかけた所でジュストの手を取るファンゾム。その様子に、慌ててローザリカが身体全体を使って片腕を抱き締めた。
「ジュストは私の物だ。そのイヤらしい手を放せ」
「独占欲の強い子ねぇ~。ちょっと位、貸してくれてもいいんじゃない? 減るものじゃない訳だしぃ」
ローザリカとファンゾムの視線が重なり、バチバチと火花が散った。
取り巻くような野次馬達からは色男を美女二人が奪い合っている修羅場にしか見えていないだろう。
押し合いの末、場から弾き出されるジュスト。
いざとなったら全力で止めに入るしかないと覚悟を決める。
「僕には負けられない戦いというものがある!」
エーテルを全開に放出するローザリカ。蜜色の薔薇が雨の如く舞い、そのエーテルだけでも、彼女が相当な授恵者である事を知らしめていた。
一方のファンゾムも一連のやり取りにいつも以上にやる気が出ているようで、錫杖を舗装路に力強く突き刺して、エーテルによる『場』を形成する。
「さぁ~。いつでも、掛かってきてぇ」
「言われなくとも!」
先手必勝とばかりに、艶華扇で斬りつける。
難なく手で捌くファンゾム。その一瞬、受け止めた所の皮膚が鱗状になった事をローザリカは見逃さなかった。
生半可な斬撃は効果が薄いかもしれない。
ファンゾムは一歩下がり、間合いを確保するとエーテルを紡いだ。
「確か、こんな感じだった、かしらぁ~」
見様見真似でエーテルの弓矢を形成する。
その様子に驚いたのはジュストだった。あれは、前回、自身がファンゾムに向けた術に似ていたからだ。
「羽衣素馨矢!?」
「くっ!」
超至近距離から撃たれたが回避できたのは幸運だった。
撃ち手が慣れていない……ようにも思えたが……。
「あら、残念~」
ローザリカに絶好のチャンスを巡ってきたのは確かだ。
意識と力を集中させ放つ真紅月脚・改がエーテルの薔薇を散り残す。強力無比なこの技は、打ちどころ悪ければ並みの冒険者では一撃で倒れるだけの威力はあった。
「いいわぁ~。その足技……すっごく。あぁ~。ぞくぞくしちゃう~」
気持ち悪い反応とは別に、足で受け流すファンゾム。
大きなダメージを与えた様子はない代わりに、地面に突き刺していた錫杖が粉々に砕け散った。
「それじゃ~、つ・ぎ・は~。私の番ねぇ。フフ、その強がりな唇、奪ってしまおう――って、今、来ちゃうのぉ~」
ファンゾムは残念そうな声を発する。
その理由はすぐに判明した。通りの先から笛を鳴らしながら衛兵の一団が走ってくるからだ。
「いたぞ! 通報にあった頭のおかしい芸者だ!」
「もおぉ~。まだ、この街で食べたいもの、沢山あるのにぃ~」
突然の出来事で呆然とするローザリカとジュストの二人に向かって小さく手を振るとファンゾムは衛兵らから逃げるように走り出した。
「ちょっと、僕との勝負は!?」
「……不戦勝……という事で、いいんじゃないかな」
拍子抜けしたローザリカの肩に軽く手を置くジュスト。
二人の前を衛兵達が威勢の良い掛け声と共に駆け抜けていく。その内、衛兵長らしき男性が、立ち止まると軽く敬礼した。
「大変失礼致しました。あの者は帝国民ではなく流れのもの。どうか、オルセンの不始末では無い事、ご理解いただきたいです」
「「あ、はい……」」
「よし、追撃を開始する。捕縛が無理なら、城外に追い出すぞ!」
応援の衛兵にそう呼び掛けると、衛兵長はファンゾムのあとを追う。
ざわざわとしていた野次馬共も解散となって、通りは日常を取り戻そうとしていた。
「まるで嵐みたいだったね。怪我はない? ロゼ」
「大丈夫……ジュストの受けた依頼が如何に大変だったか、少し分かった気がするよ」
少しだけ彼への不満を和らげても良いいかなと思う、ローザリカであった。
●
ヴォーンの街から近い山砦の中央にそびえ立つ古の塔。
黒紫這者との戦闘により一部が破壊された為、修復する事になったのだが、それに合わせ大きな改装がなされていた。
帝国領との国境線でもあるので帝国領側から侵入してくるクリーパーへの見張りと共に、帝国軍の後方支援を担えるように砦自体の規模を大きくし、かつ、ヴォーンの街の観光名所として、登山者が容易に登れるようにしたのだ。
「塔の屋上も拡張されたのね」
エミリア・シバが縁から身を乗り出す。
見晴らしは文句なしだ。ヴォーンの街が遠く、まるで玩具のように見えた。帝国領側は変わらず深い森が広がっている。
一方のエクエスは興味津々に屋上の装置や増築された所を確認していた。
「屋上は貸し切りみたいで……それにしても豪勢ですね」
用意された酒や食材が所狭しと並んでいる。
年越しを迎えるにあたって、エクエスが希望したのは塔で過ごす事であった。どうも、街中だと騒がしく……色々な人が訊ねてきては仰々しい態度をされるで、それが嫌だったのだ。
(イルダちゃんはエクエスちゃんを神格化しようとしているのかしら……)
名も無き光芒の神の成れの果てが、エクエスだ。
ただ、本人に記憶が戻らない以上、それを押し付ける訳にはいかない。領主もそこは認めている所でもある。なにより、神ではない可能性も残っているのだし。
「せっかくのご厚意なのだから、いっぱい楽しまないと、ね」
食事を無駄にする事は、それはそれとして用意してくれた人に申し訳ない。
「エミリアさんがそう言うのなら、それもそうですよね」
「それじゃ、元気なうちに踊りを覚えるわよ」
身体を解して準備運動を行うエミリア。
ヴォーンの街では年越しに合わせて『お祭り』を行うようだ。神々に捧げる踊り……らしいが、緩急があってなかなか激しい動きだった。塔の地下で発見された壁画を基に作られたという話なのが怪しいけれど……。
「教えて貰えば、すぐに覚えます!」
意気込むエクエスの宣言通り、振り付け自体はすぐに覚えられた。エーテルで身体を形成し、動かしている以上、そこは容易だったかもしれない。
ただ、足りないのは表現する力だった。振りは完璧なのに、まるで流れ作業のようにしかみえないのだ。こればっかりは動きを真似するだけでは身に付かない。
「……何度、エミリアさんの踊りを見ても、同じようにできないんです」
「そうね~」
元々、感情表現に乏しい所があった事が影響しているのかもしれない。あるいは……神だったら奉納される側なので、気持ちが入らないとか。一先ず、考えても答えが出そうにないので、エミリアはこの辺りで提案する。
「一応、形にはなっている訳でし、これで踊ってみても良いと思うわ。エクエスちゃんはどうしたい?」
その問いにエクエスは少し悩み――そして、その一つの答えを告げるのであった。
●
煌々と篝火が焚かれた中、塔の屋上で二つの影が舞い続けていた。
空が徐々に明るくなり、夜明け近くなっても続けられる舞を、塔や砦に訪れていた観光客や見張りの兵士が、心を奪われたように見上げ続ける。
雲一つない澄み切った空。
太陽がいよいよ姿を現す直前、踊り続ける二つの影は一つとなっていた。違うのは『剣』を持っていた事だ。見ている者が息をする事さえ忘れてしまうような、素晴らしい剣の舞。
「エクエスちゃん、夜明けよ」
エミリアは手に持つ『剣』にそう呼び掛けた。
(とても嬉しいです。エミリアさんと過ごせた1年と……また始まる日々が……)
『剣』から流れ込んでくる意思に頷き、立ち止まる事なく、そのまま踊り続ける。
夜明け前からなので、既に何刻経っているか分からないけれど、不思議と疲れは無かった。気分が高揚しているのかもしれないし、手に持つ『剣』から流れ込んでくるエーテルに同調しているのかもしれない。
「おねえさんはエミリア・シバ。冒険者で、踊り子で、エクエスちゃんのお友達で……」
(はい。エミリアさんが望むままに。私は貴女の剣ですから)
「今年もこれからもよろしくね!」
その返事に応えるように、『剣』から光芒が迸って、巨大なエーテルの刀身を形創った。
初日の出が照らす中、その光景はまるで童話の1シーンのようだったという。
●
シャルガネ居住区にアルマ・ヴァレンタインとエヴァン・ピオネロの二人の姿があった。独特の建築様式に囲まれた大通りを二人仲良く並びながら店を巡っているのだ。
「お正月の食材沢山だよね」
アルマが右や左に視線を忙しく向けて言った。
二人の目的は正月料理の材料の買い込みだからだ。
「正月料理の準備も含め、グダドワさんにも会いに行くのなら、お土産も欠かせないですね」
買い物リストを手にしているエヴァンは、次に買うべき食材を悩んでいた。
行ったり来たり買い物しているとそれだけで時間を費やしてしまいそうだし、マジカルポケットがあるといっても、似たような食材は纏めておいた方が、買い物から帰った後、整理する時に都合が良い。
「日持ちした方がきっといいよね」
底浅の樽に入っているザリガニっぽい何かを見つめるアルマ。
なかなかの大きさだ。焼いても良し、刺身にしても良しで、しかも縁起物らしく、良食材であるが……。
「此奴は甲冑を纏ったような殻をしているだろ! 勝利祈願にもってこいだ」
店員の説明にエヴァンは首を傾げる。
「グダドワさんって、戦うの?」
「うーん。戦わないかな……もう歳だろうし」
「年寄り向けなら、こっちの海老だな」
代わりに出されたのが普通……のように見える海老だった。
「なんか……真っ青な海老だよ!」
「そもそも、食べられるのですか?」
二人の驚きに店員は自信を持って胸を張った。
「湯がくと赤くなるから大丈夫だ。この海老なら長寿を祝いのに持ってこいだぜ」
「うーん……あらかじめ煮ていれば、ある程度は日持ちするかな……」
「少し買ってみて様子見でもいいかもしれないですね」
エヴァンの勧めに応じてアルマは海老っぽい何かを買った。
「折角だから、蟹や蛸、烏賊なんてどうだい? 今なら、新鮮なものも多いよ!」
「ヴォーンの街は山の中だから、海の幸はグダドワさん、絶対喜ぶよね……」
と、迂闊にも覗き込んだら蛸がビュっと墨を吐いた。
一瞬の事だったが、素早く反応したエヴァンがサッとアルマの身体を持ち上げ、難を逃れる。
「びっくり……しました」
「ボクも驚いたよ。急に身体が浮かんだから」
ゆっくりと降ろして貰い、改めて不遜な蛸に視線を向けた。
「いや、すまねぇ。此奴は安くしておく」
「だったら、買いだね。どう料理してあげようかな」
フフフと笑うアルマをエヴァンは微笑ましく見守る。
二人は蛸と蟹を追加で購入すると次の店へと向かった。
「そういえば、エヴァくんは何か食べたいものとかあるー?」
「食べてみたいもの……ですか……」
暫し悩み、ふと思いついた料理を伝える。
豚の挽肉を豚足皮に詰め、香辛料で味付けしたものだ。豆を添えて頂くようで、福を招いたり金運をアップさせるという。
「おけまる! 『調理』の腕もあがったし期待しててね!」
「酒の肴にも合いそうですし、楽しみです。お酒といえばクダドワさんへの手土産は新酒と合せるのはどうでしょう」
「良いと思う! 絶対に喜ぶよ!」
そんな訳で向かったのはお酒と肴を取り扱っている店だった。
まず店内に入って驚くには数多く並ぶ酒の瓶。それも、シャルガネ居住区だけではなく、都市同盟や王国、今では珍しくなった崩壊前の帝国産のワインなども見られた。ドワーフ王国の火酒もある。
「エヴァくん、色々あるよ!」
「これだけあれば逆に迷ってしまいそうです」
「この肴、試食も出来るみたいだよ。これなんて、美味しそう!」
そう言って爪楊枝で刺したのはイナゴっぽい何かの佃煮だった。
「はい、あーん」
「……う、うん」
満面の笑みで勧められたら断れる訳がない。
ところが、意外と美味だった。羽と足をしっかりとむしり取っており、ひと手間もふた手間も掛かっている事が分かる。
それにしても店員や他にも見ている人が居る中で、恥ずかし気もなく、あーんとできるのは肝が据わっているのか、熱々のカップルだからこそか。
「えー! こんなものもあるの!? エヴァくん、見てみて!」
楽しそうなアルマの声は良い……その爪楊枝の先が得体の知れない生物の塩漬けなのが極めて残念ではあるが。
「さっき、ぼくがいただいたから、アルマが味見していいんだよ。クダドワさんの好みを分かっているのも、アルマだし」
「確かに!」
納得しながら何かの塩漬けを美味しそうに頬張るアルマであった。
●
グダドワは街ではなく塔のある山砦に居を構えていた。
なんでも、塔の管理人兼修繕職人として詰めているらしい。幾人かの弟子も出来たが今は年末年始の為、山を下りてしまい、グダドワ一人だった。
「やっほー! また来たよ!」
「久しぶりじゃな。お?」
老ドワーフの視線に気が付いたエヴァンが丁寧に頭を下げる。
「エヴァン・ピオネロと申します。お話はアルマからよく聞いています」
「此処は来るもの拒まずじゃ。遠慮なく上がれい」
「ありがとうございます。こちら、お土産です」
スッと差し出した紙袋の中から、幾本かの酒が見え、クダドワは大いに喜び、ボンボンとエヴァンの背を叩く。とても気に入ったみたいだ。
「また台所かりるよー」
勝手知ったるというべきか、アルマが宣言だけして、トトト……と台所へと向かう。酒の肴を用意するつもりなのだ。
「ぼくも手伝うよ」
それに続くエヴァン。
二人が仲良く並んで台所に立つ姿を老ドワーフは優しく見守っていたが、新酒を開けるとよっこらせと台所へ向かった。
「客人にだけに任せる訳にもいかんしの」
そんな訳で3人は黙々と準備して、次々に肴をテーブルへと並べる。
「海老と蟹と蛸と、こっちが爆跳兎の肉で、あと、黒竜蝨の煮つけだよ!」
「ほう、豪勢じゃな! ありがたい!」
アルマとグダドワが和気あいあいとしている様子にエヴァンは嬉しくも……後半に紹介された肴の方が気になってしょうがなかった。食べ……られるんだよね……。
これまでの冒険の話を面白おかしく話すアルマと必要な時に的確に説明するエヴァン。
グダドワは酒と肴を休まず交互に口へと運び続け、時間があっという間に過ぎていく。
「……そうじゃ、話しておこうと思ったんじゃが……」
思い出した様にグダドワがそう言いだした。
そして、奥の部屋から分厚い紙を持って来る。覗き込む二人には理解不能な文字が見えた。
「なんだか分からないんだよ」
「これは……文字でしょうか?」
「塔の地下に残っていた石碑の文字を写したものじゃ……」
グダドワの台詞にアルマがハッとした。
「エクエスさんに関係するものなの!?」
「分からん。学者によると『名前』かもしれんという話だ」
その話に首を傾げたエヴァンにアルマが概要を話す。
面識はあるが詳しく知らないからだ。一通り、説明を受け終わった後、エヴァンは身を乗り出すように大きな声を挙げる。
「えっと……つまり、エクエスさんは名を忘れられた神かもしれず、塔の地下から『名前』がみつかったという事ですか!? 大発見じゃないですよ!」
「いや、『名前』らしいという所まで、まだよく分かっていないのじゃ」
「エクエスさんはエクエスさんだから……今更、本当の名前がありましたってなっても……どうなんだろ……」
うーんと考えるアルマの頭を撫でるエヴァン。
そして、真摯な瞳を老ドワーフに向けた。
「グダドワさんは、エクエスさんの『名前』を明らかにするつもりは無いのですね」
「……少なくとも、本人が望まないのなら、このままで良いと思っておる」
年越しの日、エクエスが塔に帰ってきたが、グダドワは名前の事を言い出さなかった。それは言う必要性がまだ無いと感じたからだ。アルマがコクンコクンと頭を縦に振りつつ、肴に手を伸ばしていた。
「本人の想い、大事だもんね!」
「それに、もし神の名が明らかになったら、利用したり快く思わない者も出てくるだろうから、まだ伏せておくのは良いと思います」
エヴァンの的確な考えにグダドワは深く頷き、酒を喉に流した。
「話せて良かったぞ。ずっと溜め込んでおったからな」
「随分と待たせちゃったのかな?」
アルマの申し訳なさそうな問いに老ドワーフをゆっくりと首を振った。
こうして、会いに来てくれる――それも、新しい縁と共に。それがとても感慨深かった。いつかきっと、アルマとエヴァンが新しい家族と共にまた来てくれる、そんな日が今から待ち遠しい。
「さて、折角、持って来てもらった土産、楽しまないと勿体ないからのぉ! ほれ、この日の為に用意しておいた特別なそぼろじゃ!」
「わー!」
キラキラと目を輝かせるアルマ。
それが何の肉なのか……そこが気になってしまうエヴァンであった。
●
王国騎士エナハルト・ティルムと共に、ミア=リゼルとルベア・ベルニの二人は彼の実家に到着した。元々はとある王族領の中にあったのだが、諸事情により派生した家柄であり、歴史はそれなりにあるだけあって、領主館は同規模の領地を持つ貴族よりも荘厳であった。
「……わ、私……緊張してきました」
ミアが愕然としながら屋敷を見上げる。
貴族の学友の家に遊びにいくのとは訳が違うのだ。恋人であるエナハルトはティルム家の一人息子であり、次期当主である。両親への挨拶という重みが圧し掛かる。
「ミアさんなら大丈夫よ……それに、ほ、ほら……家の格式自体で言えば……劣っている訳でもないのよね」
励ましながら、ルベアは心の奥で、ミアが遠い存在になっていってしまうのではないかと改めて感じてしまった。
「ルベアさんの言う通り、堅くならなくて大丈夫だよ、ミア」
爽やかな笑顔で告げるエナハルト。
そうは言っても、緊張するものはするのだ。エナハルトの両親がどんな人なのか……それも分からないのだから。
領主館の大きな玄関が開き、中年の夫婦が執事や幾人かの給仕を伴って姿を見せる。
「おかえり、エナハルト。そして、歓迎するよ、ミアさんとご友人のルベアさん」
大きな身振りを交えて3人に言った人物こそ、エナハルトの父であるヴィザース・ティルムだ。ニコニコとした笑顔で気さくに寄って来た。
「部屋はそれぞれ用意しているから、年末年始はゆっくりと私の館で過ごして欲しい」
「という事だから、挨拶とか行きたい所とか色々あるだろうけど、まずは先に腰を落ち着かせてからにしよう」
父親の言葉に続いてエナハルトがそう二人に告げるのであった。
●
「落ち着かないわ……」
ルベアは用意されたドレスに着替えないで、執事にそっと要件を伝え、館の外に出ていた。
というのも、館の給仕達も含め、ルベアに対する接し方が仰々し過ぎるからだ。ただの友人と思われていないのか、あるいは別の理由があるからなのか……どちらにせよ、落ち着かないのは間違いない。
領都を抜けてルベアは小高い丘を目指す。
そこにはジード・ランスウッドとフォーゲン、リロ・ルエファナータの墓があるからだ。
「久しぶりね」
名前が彫られていない墓が三つ。その前に片膝をついてルベアはそう言った。
当然の事ながら、返事はない……けれど、きっと、声は届いている。そんな気がした。
「アナタたちのやり方は歪だったけど……国を憂いて、って気持ちには共感するわ」
ジードが目指した王国の在り方に種族の壁はなかった。今だに差別意識の多い、この国の中で……そこは評価しても良いと思える。
「私に出来ることは、ジードの想いを受け取っている、ミアさんを支えることくらいだけど……」
人として生きる。それは簡単なようで簡単ではない事を、ルベアは知っているつもりだ。
少女はこの先、冒険者や学園生よりももっと苦難の道を進む事になる。もし、誰も味方がいなくとも、自分だけは味方であり続けたいと思う。
心の中でそんな風に思いに区切りをつけたルベアは視線を端のやや小さい墓へ向けた。なんとなく分かった。あれが、リロの墓だと。
「リロ……トレイシーがね、会いたいけど会いにいけないってさ。だから、トレイシーの分も含めて、私が来たわ」
そう前置きしてから、ルベアは幽界樹の分樹を倒した話や学園での話をする。
また、トレイシーがオルセンに雇われる事も伝えた。
「トレイシーには自分が偉くなったら、専属護衛にって前に言われたけど、いつかは彼女の助けになれたらって思ってる。好奇心でたまに暴走するあの人を、制したり、ついていく役割が必要だと思うから。でも、まだまだ私が勉強不足だから、その事は本人には言えてないけどね」
苦笑を浮かべてルベアは立ち上がった。
人の気配を感じた気がした。それが、ジードかフォーゲンかリロかは分からないけれど、きっと……話を聞いてくれたのだと思う。
「!?」
その時、本当に人の気配がしてルベアは慌てて振り返った。そこには白法衣に身を包んだ老人の男性が立っている。
敵意はないようだが……。
「すまない。驚かせてしまったようだね」
「誰……なの?」
敵ではなさそうだが警戒は必要だった。というのも、エナハルトからは墓を設ける理由の一つを聞いていたからだ。
(ジードの墓があるって情報はまだリークされていないはず……それなのに、どうして此処に? 組織の関係者?)
様々な考えが過る。
「名乗る程の者ではないよ」
優し気に言うと墓の前に進み、墓石にゆっくりと触れる。
「お疲れ様」
老人の横顔はどことなく、ジードに似ているようにも見え、ルベアは立ち去ろうとするその者の前で両手を広げた。
「もしかして、3人目……」
「もはや、ジドは過去の人物。今更、語る必要はなかろう。それに、これからは君達の時代だ」
「アナタが本当は何者なのか、私には分からない。けれど、それでも……待ってほしい。アナタに会って欲しい人がいるの」
この老人をこのまま帰したら、絶対に後悔すると思う。
だって、ついさっき、心の中で決めたばかりなのだから。ミアを支えると――。
●
「とても似合っているわ、ミアさん」
シィリズと名乗ったエナハルトの母親がドレスに着替えたミアを迎えて手を合わせて喜ぶ。なんでも、この日の為に用意してくれていたそうだ。
「こんなにも素敵なドレス、なんてお礼をお伝えすればいいか……」
「気にしないでいいのよ。私の好きでやっているのだから」
柔らかい物腰な優しそうなお母さんみたいだ。
他のドレスや装飾品の話を続け出しそうで、挨拶がなし崩しになるのを嫌がって、ヴィザースがコホンと咳払いする。
そうして訪れた沈黙に、エナハルトがミアを促し、覚悟を決めたミアが言葉を紡ぐ。
「まずはジード・ランスウッドらの埋葬について、わがままを聞いてくださいましたこと、ありがとうございます。どのような形であれ、王国を想う者であればこそ、この地に眠っていてほしいと……思うのです」
「詳しい話は聞いている。ミアさんの出生と共に、な……運命の巡り合わせとは不思議なものだ……私としては何の問題もない」
その返事にミアは一度、深く頭を下げてから再び話を続けた。
「私は、『人として生きろ』という願いをいただきました。だからこそ……そう望むのかもしれません。私の生きる道に、エナハルトさんは必要な人。どうか、許していただきたいのです」
「僕にとってミアはなくてはならない人です。よろしくお願いします」
ミアとエナハルトの二人は揃って頭を下げた。
二人の若者の申し出にヴィザースとシィリズは笑顔で頷き合う。
「顔をあげて欲しいわ、エナ。そして、ミアさん。私達はもう既に決めているのだから。ミアさん、エナの事、よろしくね」
「それ、領主である私の台詞……」
「こそこそとミアさんの事を調べていたアナタが言える台詞じゃないの。ごめんね、ミアさん。でも、許して欲しいの。ティルム家の人間になるというのは、貴族として生きていくという事なのだから」
シィリズの台詞にミアは驚きながら返事をする。
「は、はい」
恐らく、出生などを調べられていたのだろう。もっとも、そこについては取り越し苦労に終わったはずだ。先日、長らく不明だったミアの生まれについて明らかになったのだから。
出自も問題なく、冒険者としても優秀で、学園生でもある……大歓迎しない方がどうかしているというもの。
「ミアさんには先に伝えておいた方がいいわね」
そんな前置きからシィリズはティルム家の始まりを教えてくれた。
まだ拝領を受ける前、病を患った貴族が静養の為、長閑なこの地に訪れた。代官の娘は世話を尽くしたが病は悪化する一方だった。その時、娘の友人の半獣人の薬師が妙薬を作り、貴族を病から救った。貴族は後に代官の娘と結ばれたが、その血脈はどういう訳か授恵者に恵まれたという。
「……この家系がティルム家に繋がるの。授恵者に恵まれた事で武勲を挙げ、拝領されたのよ」
「そのような出来事があったのですね」
「だから、此処では半獣人の方は尊ばれるわ。偶然かもしれないけれど、ミアさんがご友人の方と一緒に来て貰ったのは、まさに運命というべきもの……かも、しれないわね」
「……ルベアさん……」
縁とは思いもしない所から繋がるもの。ミアは友人の名を嬉しそうに呟いた。
「それじゃ、行こうか、ミア。ルベアさんを待たせっきりだよ」
一通りの挨拶が終わったので、エナハルトがそう誘った。
先に墓参りしていると執事から聞いていたからだ。まだ戻ってこないという事は、向こうで待っているのかもしれない。
「はい。そうですね、エナ」
差し出された彼の手を取るミア。
そして、二人は墓参りの時に、ルベアが引き留めていた一人の老人と出逢う事になる。それはギルドの報告書に残る訳ではないけれど――大切な『再会』の時間となるのであった。
マスターコメント
お疲れ様でした&ご依頼にご参加いただき、ありがとうございました。
冬の日を誰かと共に過ごせたでしょうか。情報を得られた人、新しい出会いを得た人、仲を深められた人など、いかがでしたでしょうか? 判定上、アドリブを多くなってしまった方もいらっしゃいますが、なにとぞ、ご了承いただければ!
それでは、改めて、依頼へのご参加、ありがとうございました。
イベントシナリオ(50人)易しい 報酬:標準12 / 4〜40人
2023年01月15日 16時57分19秒 公開
大成功
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