【屍涯】招かれざる客【灼砂】
炙りとろ左門
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シナリオID:2451
オープニング
そんな彼らの生活は、言ってみれば慎ましいものであった。生活圏が地下で完結しているため、ヒトとの争いはほとんどない。ヒトが【バルバロイ】と呼ぶ者たちと、貴重な地下水を巡って小競り合いはあるものの、その程度だ。
しかし彼らの日常は突然に崩れ去る。地下水が汚染され始めたのだ。否、正確には、ここ一帯の地上にあって地下水の浄化を担っていた植物――ヒトの文化圏では毒薬として知られる植物【レイカ】が残らず除去されたため、地下水は毒素を溜め続けることになってしまった。
ここではもう暮らせない。蠍亜人たちはやむなく住み慣れた地下をあとにすることになった。しかし、どこにゆけば良いものか。悩む蠍亜人たちに接触してきたのは、ヒトの街だった。
● 亜人の脅威
「この街に蠍亜人が迫っております」
ガゼルタの魔術研究組織【月の塔】の主、『月の砂』は肩を落とす。
「しかし我々が警告を発しても、当局はそれを信じていません。街に被害が出る前に、冒険者――あなた方の力をお借りしたい。とはいえ幸い、敵の数は多くないようです」
『月の砂』は「そこで」と付け加える。
「街から見えるところで、蠍亜人たちと戦ってほしいのです。そうすれば当局や住民も、危機感を覚えるというものでしょう」
● 星の在処
二人の男が、砂に足を取られながら砂漠を駆ける。
「クソが! 適当な情報を掴まされやがって!」
風にあおられてばさりと落ちたフードの下から覗く赤い髪。怒りに燃えるのは、【屍涯宮】の死霊術師、【華焔灯す】イェリアス=フォーティア。
「ご、ご、ご、ごめんって!」
小柄ながらイェリアスになんとかついて走るのは、同じく屍涯宮の死霊術師、【予言者】ロドス=イリアスだ。
「ロヴェル! 数は!」
「17……」
彼らと同じく黒装束に身を包んだ男――ハーヴェン伯ロヴェルは岩の上に飛び乗ると、敵影を確認する。そして魔力でかたどった剣をいくつも頭上に並べ、そのまま敵に向かって振り下ろした。
「15だ」
「性懲りも無くうじゃうじゃと……!」
イェリアスもまた岩の上に飛び乗ると、砂上を驚くべき速さで追ってくる蠍亜人たちに向けて炎を放つ。だが、元々炎熱には耐性があるらしい蠍亜人たちの戦意は、まだまだ収まらない。それは同じく炎のエーテルを操ることを得意とするロヴェルにとっても同じことである。
「〜ッロドス!」
「え、っと、えと。ごめんね、このあたりの水のエーテル、なんだかすごく嫌な感じがして……」
イェリアスに急かされるロドスだが、うまくエーテルを収束させることができない。感受性の高いロドスは、魔術行使においてエーテル環境の影響を大きく受けてしまう。
「この辺りに【星】への入り口が眠ってるって、絶対嘘だろ! 嵌められた!」
【ガゼルタの星】に関連するような話をしらみつぶしに確認していた一行は、ロドスが聞いたという噂を確かめに向かった先で蠍亜人たちと出くわし、ただいま交戦中――なのだが。ロヴェルは戦いをイェリアスにまかせ、考え込んでいた。
「……彼らは普段地下に住んでいて、地上には出てこないという話だったが?」
「知るかッ! 手伝え! 炎が効かないんなら殴る!」
イェリアスが岩から飛び降り、蠍亜人たちの群れの中に突っ込んでいく。ロヴェルはふと、離れたところで巻き上がる砂埃に目をやった。風に乗ってくる音に耳を澄ませれば、剣戟のそれだとわかる。
「あちらでも誰か戦っているな」
「おい、ロヴェル!」
「すぐに行く」
ロヴェルは視線を戻し、腰の細剣を抜いた。
● 記憶が照らすもの
【屍涯宮】の首魁セウェルス=マルキアスは、同期された記憶を通して状況を把握する。まあ、あの3人ならば大丈夫だろう。気になるのは蠍亜人たちのことだ。ロヴェルが言った通り、彼らは普段地下に住んでいる。地上に出てくることはほとんどない。そして、ロドスが感じた「嫌な水の気配」――。
「……些事と片付けるには引っかかる」
ロドスが手に入れたという情報が偽物だとして、何か異変が起こっていることには違いない。共通するのは「地下」という場所、「水」という要素。
セウェルスは閉じていた瞼を開き、目の前の扉に刻まれた、模様とも文字ともつかぬ記号を指でなぞった。
シンクホールにどれだけ潜ったか数えたくないが、ようやく【入口】らしき場所を見つけた。しかし、扉は一向に開く気配がない。
「考えることが多いのは、面倒だな」
解説
マスターより
リプレイ
市場に、大声を上げて駆け込む少年がいた。慌てて駆けてきたのだろう、服はところどころ汚れていて、額には汗が浮かんでいる。少年はそれを拭って息を整えると、なんだなんだと自分を注視する人々に対して鬼気迫る表情で叫んだ。
「蠍亜人が街に迫ってるよ!」
だが、少年――ライオネル・ギシュムの必死の訴えにも、ガゼルタの住民たちは怪訝な顔をしたまま動かない。
「蠍亜人なんて……もうずっとこことは関わりがないのに?」
「ここは観光地だ。安全なんだよ、ぼうや」
このあたりでは見ない顔のライオネルを見て、住民のひとりが笑う。それにもライオネルは負けじと反論した。
「嘘だと思うなら見に行ってみてよ!」
「まあ……そうだな。そこまで言うなら」
住民達は顔を見合わせ、ライオネルについていくのだった。
● 襲撃の蠍亜人たち
白沙煙る街の外、冒険者たちは依頼人の希望通り、蠍亜人と交戦していた。
「さっさと片付けてしまいましょ」
フセイン ラファは岩陰に身を隠しつつ、【アシッドブリット】にて蠍亜人たちの硬い装甲を打ち抜き、じわじわと、確実に耐久を減らしていく。そこにサマエラ=フォリウムの【エーテルブロー】が炸裂し、装甲の一部を砕き切った。
「あちらでも誰か交戦しているようだが、我々以外にも依頼を出していたのか?」
サマエラは蠍亜人のうち一人を地面に叩き伏せると、顔を上げて周囲を確認する。
「わからんけど、面白いことは言ってる」
接近してくる蠍亜人が、サイラスが練り上げたエーテルによって吹き飛ばされる。
「なんとおっしゃっているのですか?」
街の方を何度か気にしていたスィーリーンが尋ねると、サイラスは顎をさすった。
「『さっさと明け渡せ』『話が違う』とか」
【亜人語適正】により聞き取れた部分をサイラスが語ると、シルヴィア・A・カペルは眉根を寄せた。
「それは妙なことだね。依頼人に問うべきかな?」
もし敢えて黙していることがあるのならば、冒険者は真意を問うべきだろう。危険な任務になればなるほど、依頼人との信頼関係は重要だ。尤も、ただ魔獣や亜人の露払いというその場限りの依頼においては、依頼をこなして報酬を受け取って終わり、ということも多くある。
「ま、ここは【王国】だし」
サイラスはシルヴィアの意図を婉曲的に肯定する。サイラスにとって王国――特に貴族が絡むことについては、基本的に自分の利益や他者を追い落とすため、問題を暴露したりでっちあげたりする奴が多いと考えている。碌でもない、それがサイラスの正直な感想だ。
「こっちから問いかけられたら調査も楽なんだが」
【亜人語適正】は亜人との相互コミュニケーションを可能とするものではない。ゆえに彼らの発言を足がかりにするしかないだろう。
とはいえ仮に彼らから情報を聞き出せたとして、人々が亜人という人種の主張にどこまで重きを置くか、という問題はある。
「難しいことはわっかんねぇが、時間みたいだぜ」
スー・ルーが街の方角を指差した。ライオネルが誘導した住民達が、戦闘が見える場所まで集まってきていた。
「依頼人の意図はどうあれ、万一のことがあるといけません」
スィーリーンは住民達に攻撃の余波が向かないよう、【アーケインテンペスト改】にて蠍亜人たちの動きを鈍らせる。
「同感だ。いずれにせよ、人々の生活は守らねばならないからね」
ジュスト・ヴェルジーは精神を集中させる。できるだけ派手にやろうというのは依頼人の意図を汲んでのことだが、エーテルを練り上げる際、ジュストは僅かな違和感に気づく。
「ジュスト? どうした?」
援護射撃を準備していたローザリカ・L・ディオールは、ジュストが呪文を唱えるまでの時間がやけに長いことに気がつき、声をかけた。
「いや……」
元々、エーテルの制御は得意な方だと自負している。それに加えてジュストは今、【高速多段式超魔法】によって周囲のエーテルを一気に汲み上げた。あとは集めたエーテルを収束させるだけであり、それもおそらく難なく行使できるはずだ。
だというのに、ぞわりとした得体の知れないものを微かに感じる。
そうして、発動が一瞬遅れた。蠍亜人が持っている長斧の一撃をサマエラが霊盾で受け止めた、その甲高い音で我に返る。
「っ、」
ジュストは術式を維持することに集中する。そして彼が思い描いた通りに、逆巻く風が蠍亜人たちを包み込む。
「――翠風挽歌!」
それは周囲の砂をも一緒に巻き上げて、砂嵐となった。エーテルの閃きが幾重にも重なる。そこへ、サマエラの【祈雷】により呼び寄せられた雷が天を裂き、落ちた。
「それほど苦戦はしなかったがよ……」
スールは動かなくなった蠍亜人の体を、杖の先で軽く小突く。彼の用いた【スタティックフィールド】も合わせ、足止めの方法が豊富だったのもある。
「あちらはまだ手こずっているようだ。正体は分からないが……加勢するか?」
サマエラが少し離れたところで行われている戦闘について言及する。結果、街に向かう蠍亜人たちは見逃してはおけないと、数名が様子を見にいくこととなった。
そこへ、フリューリングスルフト=ティエラが合流する。フリューはライオネルと同様に住民を誘導した後、ぐるりと戦場を迂回していた。住民を誘導した本人が、彼らから見える位置にいては少々都合が悪いからだ。
「敵味方の配分はわからんけど、合わせて10かな」
「苦戦しているということは、囲まれている可能性も――」
スィーリーンは援護に向かう班に随行しつつ、砂埃の向こうに一瞬見えた姿に目を瞬いた。
「ロヴェル様!」
スィーリーンの声に反応したらしいその人影は、蠍亜人の攻撃を躱すと、冒険者側へと後退する。
「戦っていたのは貴公らだったか」
「ロヴェル、こっちへ。傷を癒やすよ」
シルヴィアは攻撃をサマエラとスール、フリューたちに任せると、ロヴェルが脚に負った傷を【ヒール】で癒やす。その耳に、聞いたことのある声が届いた。
「ひとりじゃないのかい?」
「……【屍涯宮】の死霊術師がふたり」
ロヴェルが言い終わるか言い終わらないかのうちに、砂埃の中からロドスを担いだイェリアスが飛び出してきた。
「ロヴェルてめえ! 位置取り変えんなら言えや!」
「彼はまったく元気だからヒールはいらない」
「あァ!? って、お前こないだの――」
辛辣なロヴェルの言葉に声を荒らげたイェリアスは、シルヴィアの顔を見た後、スールが唱えた魔法の爆風に煽られて砂丘を転がり落ちていった。
「ん? なんか吹き飛ばしたか? 悪い」
たちこめる爆煙を払いつつ戻ってきたスールは、そのまま膝をつくロヴェルのところまで歩いていくと手を差し出した。
「あいつは一緒じゃねえのか? あの、話よくわかんねぇやつ」
「……そうだな。今のうちに君たちに話せることは、話しておこう」
ロヴェルは砂丘の下で騒いでいるイェリアスをちらりと見下ろしたあと、スールの手を借りて立ち上がった。
● 立ち込める暗雲
ロヴェルの顔を知る冒険者達は、挨拶もそこそこに情報を交換する。
ロヴェルによれば、彼らは【ガゼルタの星】が眠る場所を示す情報の真偽を確かめる途中、街に向かう蠍亜人たちと出くわしたという。蠍亜人たちの詳細を聞いたスールは、小首を傾げた。
「街に蠍亜人が来るってことがあり得ないくらいには、普段は離れて暮らしてる、と。ふーん」
スールは宿木の杖で自分の肩を軽く叩く。そして、何かに気付いたように辺りを見回した。
「それで、あいつは?」
あいつとは、セウェルスのことだ。スールが耳元に開いた手を寄せると、スィーリーンもスールが指し示す人物に思い当たったらしい。
「セウェルス様とは別行動なのですか?」
「ああ、効率のためにな」
スィーリーンの問いをロヴェルが首肯すると、イェリアスとロドスが砂に足を取られながら砂丘を上がってくる。内緒話はもう短いやりとりが許されるのみだと考えたスールは、ロヴェルに向き直った。
「手伝いが必要なら声かけろよ。競争すんならそれでもいいけど、そうじゃなけりゃ一緒の方が『賢い』だろ」
「個人的に、君たちの手を借りたいのは山々だが……」
「んじゃ、その【星】ってので、お前ら何しようとしてんだ?」
ロヴェルは一瞬間を開ける。口にするのを迷っていると言うよりは、どう言い表したものか悩んでいるようだ。
シルヴィアは時間を稼ごうと、水筒を手に砂丘を少し滑り降りる。そして二人のそばに膝をつくと、その鼻先に水筒を差し出した。
「君の名前はまだ聞いていなかったね」
「イェリアスだ」
イェリアスは遠慮なく水を受け取る。イェリアスが水を口に含むのを確認してから、シルヴィアはそばに座り込んでその顔を覗き込んだ。
「助太刀もしたし、これで色々教えてくれないかな? どこに向かおうとしていたのかな」
「……」
露骨に嫌そうな顔をしたイェリアスに、シルヴィアは侯爵令嬢の笑みを崩さない。
「君たちが目指す場所を確かめるにしても、私たちの力を借りるのは選択のひとつだと思わないかい?」
戦闘後、周辺の調査にあたっていたラファが帰還する。風をはらんだマントがはためいてばさりと音をたてた。
「地上には、きな臭いものはなかったけれど。人とか、亜人とかね」
だが、ラファの表情は晴れない。引っかかるものがあるのだろう。
「小さなオアシス――オアシスっていっても、人が利用するために整備されているわけじゃない、天然の水場のようだったけれど。その周辺の土が掘り起こされていたのよ。草花でも引っこ抜いたのかしらね」
一同は顔を見合わせる。
「地上の異変と、地下で暮らしているはずの亜人の不自然な動き――か」
ジュストは考え込む。まだ情報は点と点だが、『異変』には必ず理由があるものだ。冒険者達は更なる調査を行うことを決め、死霊術師たちもそれに帯同することとなった。
「サイラス、出発するよ」
蠍亜人の遺骸から素材となりそうなものを剥ぎ取っていたサイラスに、シルヴィアは声かける。サイラスはああと短く返事をすると、荷物をまとめて立ち上がった。
スールはシルヴィアとサイラスがついてくるのを確認しつつ、前を行く死霊術師たちの背中を追った。
(ロヴェルの話を全面的に信じるなら、こいつらは【星】を用いてガゼルタの街をどうこうするために来たわけじゃない……)
だが、ロヴェルはさらに気になる言葉を残していた。セウェルスが真に探しているものはマトリクス界にあるらしい、と。
【星】が、それとどう関わってくるのか――今確かに言えることは、現状の断片的な情報からも、それがセウェルスの手に渡ることは危険ということだ。
── ○ ──
ジュストとローザリカはライオネルと交代するように街へと戻った。ざわつく住民をうまく宥め、そのまま依頼の成否を報告するために【塔】へと向かう。
「やはり、蠍亜人との応戦事態が稀であることは、住民にとって共通認識なんだな……」
ローザリカは考え込むジュストをちらりと見上げる。ジュストは実地調査を仲間に任せ、依頼主から直接情報を引き出すつもりのようだ。
「……冒険者は依頼人から信頼を勝ち取る必要があるけれど、依頼人はそうではないからね」
「【塔】が我々を利用しようとしていると?」
「余計なことを伝えていないだけさ」
亜人の討伐依頼に必要な情報は省かれるだろう。うまく立ち回らなければはぐらかされる可能性もある。
「交渉ごとは僕らの得意分野だ、力を尽くそう。……とはいえ、できれば調査結果を踏まえて臨みたかったな」
「帰還まであまり時間をかけすぎると怪しまれるからね、そこは仕方がない」
追討しろとまで言われていない以上、二人に任されているのは時間稼ぎでもある。二人は歩きながら情報をまとめる。
「水があれば緑が生まれるのは道理。それをわざわざ取り除く理由……」
「君が感じた、水のエーテルの異変とも関係があると思うかい?」
二人の頭の中には、今同じ事象が浮かんでいる。薬毒をもってして水を浄化していた植物の話だ。ジュストは言葉を選ぶ。
「【屍涯宮】の面々はあれに関わっておきながら、オアシス周辺の異変については知らないようだった」
情報は小出しに、最大の利益を得る。その道筋を立てながら、二人は【月の砂】と向き合った。
「ご苦労様。上手くやってくれたようだね。詳細を聞きましょう」
顔に垂らした布の向こうで、少年が小さく微笑んだのがわかった。二人は促されるまま着席するが、出された茶には手をつけない。
「……変なものは入っていませんよ? ほら」
そばに控えていた黒衣の女が、カップに口をつける。特に異変はない。
「ああ、すみません。ほら、我々は長らく、助言に限らず、善意の薬も受け取ってもらえず。そういうものとして見られることに慣れてしまって」
少年は苦笑しつつ、カップを手に取った。
「【塔】は人々のために動いている、と?」
ジュストはさりげなくローザリカの動きを制し、カップの中身を飲むふりをしながら尋ねる。
「……【塔】は、【屍涯宮】と呼ばれる組織全体と直接関係があるわけではありません。古い時代、この【塔】から出ていった魔法使い――その弟子達が【屍涯宮】を構成しています。【塔】は、彼らの父祖を輩出したというだけ。……少々強引な取り立てには、辟易しているけれど」
少年はジュストの意図を汲み、しかし慎重に、遠回しに答えを導いていく。
「【ガゼルタの星】を求めて、ですか?」
「あれは葬られるべきものです。この世界の安寧のために」
重ねての問いに、少年は低く声を落とした。
「あなた方は我々の成すことに、一定の理解を示してくれるものと思っていますよ。この街は消えますが、住民はその前に避難させます。そのためにはあなた方の協力が必要だ」
スィーリーンとサマエラは、完成した『図』を前に考え込んでいた。それは先日、ライオネルたちが見つけたものだ。書き出しが足りなかった分を埋めると、その正体が見えてくる。
「中心にあるのは、星……でしょうか」
スィーリーンは『図』の中央部に描かれた、光線を放つ星を指し示す。光線は放射状に広がり、『図』全体を三つに分割していた。
「占星術にも色々種類があるが、空を三分割しているものは……初めて見る。あるいは、分けているのは『空』ではないのかもしれない」
動いているものが『星』だとも限らない。光はすでに中心に固定されている。散りばめられた謎の記号は、天の目立つ星を示すにはやや数が足りない。
「空から俯瞰して見た地図である……というのは?」
「ふむ……地上から見上げているのではなく、空から見下ろしている、か」
サマエラは紙を手に取り、表裏をひっくり返してみる。と、何気なくとった行動に引っかかるものがあった。
「サマエラ様?」
「いや……『星』は天にあるとは限らないと思ってな」
サマエラは『図』をもう一度ひっくり返し、それぞれの記号の配置を、『地下から見た図』に置き換えていく。
「立ち入ることができるシンクホールの位置が、一致しますね」
スィーリーンの指摘をサマエラは首肯し、『図』を畳んで鞄の底にねじ込んだ。
「詳細な地図を手に入れることができれば、確信も持てるかもしれない。だが少し急いだ方がいいな」
「セウェルス様もすでに辿り着いているかもしれません――」
二人が立ちあがろうとしたその時、地響きと共にわずかに地面が揺れた。
「……今のは?」
地震ではない。何かが崩れるような振動の伝わり方、そして音。二人は顔を見合わせたあと、仲間達との合流を優先することにした。
● 甘やかな罠
冒険者および【屍涯宮】の死霊術師たちは、ラファの案内でそのオアシスへとたどり着いた。
「ロヴェル達が目指していた場所とも重なるね」
シルヴィアをはじめ、一同はオアシスとその周囲を探索する。確かにラファの報告通り、人の手によって土が一部掘り返されていた。
「宝探しでもしてたのかな?」
ライオネルは首を傾げる。フリューもまた丁寧に周辺の土を検分していた。
「火が入っとるね。根っこごと生えてたものを持ち去って、土ごと焼いて……って感じさぁ」
「きなくさ~」
ライオネルは深く澄んだ水をたたえる泉に近づく。そしてくんくんと匂いを嗅いだ。
「無臭」
ついで指を泉につけ、そのまま舐める。
「無味」
「ライオネル、体調は?」
シルヴィアは慌ててライオネルを気遣う。
「砂漠の水を無警戒に含んではいけない。毒素が含まれているかもしれないし――」
「うえっ」
シルヴィアが言い終わらないうちに、ライオネルは吐き気を訴えた。シルヴィアは慌てて【解呪】を施す。
「……見た目、とても綺麗だけれど。体に良くない水なの?」
ラファは介抱されているライオネルを横目に見つつ、恐る恐るといった様子で泉を覗き込んだ。
「調べてみる。土にも、なんか残ってるみたいだから」
サイラスはラファを下がらせると、鞄の中から実験器具のようなものをいくつも取り出した。それを地面に敷いた麻布の上に並べる。
やがて土の検分から周囲の地形の調査に移っていたフリューが、蠍亜人たちが使っていた手斧を片手に戻ってきた。
「このあたり、地下に大きな空洞があるさぁ。あっちの岩場の陰から入れる。誰もいなかったけど、集落っぽかった……蠍亜人たちのかな?」
「……地下」
シルヴィアは華奢な頤に指をかけた。
「いや、まずはその地下も調べてみよう。……とはいえそろそろ、皆に連絡をしたほうがいいね」
「じゃあ、うちが知らせてくるさぁ!」
フリューは健脚だ。シルヴィアに手斧を預け、駆け出した少女の背はみるみるうちに小さくなり、砂埃の向こうに消える。
「どうかな、サイラス」
「そうだな、この辺りの水も土も、汚染されてる。もともとこうだったのか、人の手が入ったことでこうなったのかはわからんけど。とりあえず、授恵者でもなければ無闇に触れたり近づいたりしない方がいいかもな」
サイラスの報告に、ラファは残っている植物をじっと観察する。素人目に見ても元気がない。
「澱んだ水に土、ね。もともとの土地の性質なら、このあたりの植物の元気がないっていうのは、ちょっと変よね」
生物は環境に適応するものだ。世代交代の時間が短いほど、適応力は高まる。となれば、ひとつの推論が導き出される。
「周囲の水質を変化させる植物があった?」
一段飛ばした発想に聞こえても、そう呟いたシルヴィアにはどこか確信めいたものがあった。なぜなら、実例を目にしたことがあるからだ。そしてそれは、【屍涯宮】の面々も知るところである。
「ねえ、ここ、ロヴェルさん達の目的地なんでしょ? その情報元の人は、このこと知ってたのかな?」
ライオネルは脂汗を拭い、水を飲む。
「蠍野郎をけしかけて、それがダメでもここの毒で倒れるように、とかか?」
イェリアスがライオネルの意図を補足する。
「となりゃ、そんなこと仕掛けるやつは、【塔】の奴ら以外にいないな」
「……まずいな」
サイラスは街の方角を振り返る。点でしかなかった事象が線で繋がっていく。
「えーと、つまり?」
スールとロドスが首を傾げると、ラファは遠くに聳える【塔】を指差した。
「どこまで計画のうちかはわからないけど、蠍亜人の襲撃にしろ、今回の依頼にしろ、【塔】が何かしら関与しているってことね」
── ○ ──
フリューが街に到着すると、住民達がざわついていた。なんでもシンクホールの一部が崩落したらしく、周辺住民が安全な区画へ避難しているらしい。幸い巻き込まれた人間はいないらしく、住民も声高に不安を訴えるわけでもない。
「……あ」
と、フリューの鼻先が淡い香りを捉えた。花の匂いに混じる香。
「セウェルス……!」
近くにいるのか。崩落現場の方向へ駆け出したフリューを、住民のひとりが呼び止めたが、フリューの姿はすぐに岩間に消えた。
香りをたどり、下へ下へ。崩落により現れたのか、それとももともと利用されていたのか、水浸しの古い階段を降りていく。
「ちょっと!」
開けた部屋へ辿りつく――直前、物陰から伸びてきた手がフリューの腕を掴み、ぐいと引き寄せた。
「あれ?」
フリューが顔を上げると、銀色の瞳と目があった。濡れた前髪をかき上げて、青年は呆れた表情でフリューを見下ろす。
「フリューじゃないか。いや、確かに普通の速度ではなかったけどさ」
「アンちゃん! あのね、聞きたいことが」
「それはまた手紙でもよこしてよ。ちなみに好きな色はひまわり色」
セウェルスは崩れて横穴のようになっていた壁から抜け出した。そして魔法でフリューを上階へと吹き飛ばす。
「い、いきなり攻撃される覚えはないさぁ――」
シーフの身軽さで難なく着地したフリューは、しかし、目を瞠った。
「アンちゃん……?」
階下では。長く編んだ髪を掴まれたセウェルスが、後ろから長剣で腹を貫かれていた。
それが引き抜かれると、セウェルスの体は支えを失って倒れる。そしてそのまま、崩落によって開いた穴へと落ちていった――。
── ○ ──
【月の塔】は、シンクホールの崩落は自然現象であると結論づけた。死傷者はなく、当局もまた同じ見解を示し、当該地区への立ち入り禁止という措置にとどめる。
冒険者達は情報を共有し、【塔】への疑念を抱きつつも当初の依頼の完遂と、【屍涯宮】の頭目と見做される青年が【魂喰い】の手にかかり消息不明となったことを、ギルドに報告するのだった。
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:標準10 / 6〜10人
2022年09月29日 09時33分49秒 公開
相談掲示板
やあ、お集まりいただきありがとう。はじめましての人も、久しぶりの人も、それからいつもの面々も…よろしくね。 なにかわからないことがあれば【Q】をつけてくれれば聞いてくるよ。答えられる範囲で、ということにはなるけれどね!
No.2
サイラスだ、よろしくなー 殲滅役四人ほどいれば行けるなら俺は蠍の方狩ろうかなと? 星のかけらに関してはなんとなく地質学以外も確認した方がいいのかねー?とは思う『』つきだし
キャスターのジュストだ、よろしくね。 俺も蠍亜人の殲滅に参加するよ。 殲滅後は現地で調査というか、近くに死霊術士達もいるようだし。 動向を注視しておこうかと。 『ほしのかけら』に関しては魔術知識で調べてみようかな。
遅くなってごめんなさい、シーフみたいなキャスターのラファよ。よろしくね とりあえずやれそうな事があればするけど…今は蠍亜人を迎え撃つくらいかしら
シーフのフリューさぁ、よろしくね! ふむふむ。戦闘の方は全員で行かなくていいんやね。 んと、戦闘から調査に向かう人達と、最初から調査系で動く人たちと別れて行動って感じで動く?でいいのかな? それならうちはんー、ひとまずどちらでも動けるよ! もうひとり戦闘の方に希望者いれば調査の方に全力でいくさぁ 誰もいなければ戦闘に。
ヒーラー、サマエラだ。 よろしく頼む。 私も殲滅に向かおう。念のため回復役はいて良いだろうし、元々の依頼もそちらだしな。 その後は……前回、『ほしのかけら』の下層から別のかけらというか、図が見付かっていたので、 時間があればそちらをもう少し、何かしら知識系のスキルなりで調べたく思う。
シルヴィアだ。今回はよろしくね。 私も殲滅に参加するよ。参加者が多ければ早く片付くだろうし、ロヴェル達が持っている【星】への入り口の情報の詳細と「嫌な水の気配」についても聞きたいしね。 調査については……上記の聞き込み後に蠍亜人の住処だった場所に行ってみようかなと。まだ悩んでいるから変更するかもしれない。
ヒーラーのローザリカ、よろしく頼もう。 多くて困ることもあるまいし、僕も蠍亜人迎撃に参加したい。 その後の行動は迷っているので変更の可能性はあるが今のところ。 依頼主でもある月の砂殿とは前回も接触した縁があってね、 折角だから今回も話を聞きに行ってみようかな。 蠍亜人との戦いで感じたものなどを報告し、所見を聞けたらと思う。
No.9
スールだ ん、あ。なんだ、みんな殴りに行くのか……? まあそれだけ居りゃさっさと終わるだろうし、近くで戦ってる連中の方も手伝いに行けるかもな さっさとぶっ倒してさっさと調査にかかりてぇってンなら俺も迎撃に行くぜ つっても火に強いってことだから……爆発はさせられなさそうなんだよな 街の連中に見えるように派手にやれって言うならそれが一番派手なんだろうけどよ。
んー、この依頼、蠍亜人の殲滅やけど。そういう脅威が迫っている事を街に認識してほしいって事やよね。なら、スーさん、効果は薄いかもしれんけど、ちょい派手めな攻撃はあっても良いかもしれんとうちは思ったさぁ。 そんで、蠍亜人殲滅に向かうのが6人以上おるんやったら……うち、街の方や調査に動いてもええかな? 街の方ではみんなが戦ってるのを見て貰えるよう、多くの人に気づいてもらえるきっかけになるよう、声で視線誘導試してみようかな思ったんやけど。パニック起こしてまうかな? あとは調査に全振り!蠍亜人達がやってきた方向を辿って、どうして来たのかの原因調査とか。PL情報なのわかっとるけど、セウェルスがおる場所も把握できたらいいなと思う。
キャスターのスィーリーンと申します。よろしくお願いします。 私も迎撃に参加、後に調査に回りますね。 戦闘では主にBS付与で動きを鈍らせようかと思っておりましたが、 派手に、との事ですので氷嵐なども用意していくつもりです。
遅くなってごめんなさーい!(土下座) ウォーリアのライオネルだよ。よろしくね。 派手な攻撃は俺もいいと思う! 街の人にアピールするのも大事な仕事だし。 迎撃に向かう人は足りてるみたいだし、俺も調査に行っていいかな? 観光客を装って住民に「大変だ―!蠍亜人が街に迫ってるよ!嘘だと思うなら見に行ってみてよ!」って誘導しようかな。 ついでに住民が何で蠍亜人が来た事を信じようとしないのかって言うのも聞いてみたい。 蠍亜人が来るのはあり得ないっていう確証があるんじゃないかなーって。 住民ですら、蠍亜人が地下で暮らしてる事を知ってて、【レイカ】が地下水の浄化を行ってる事を知ってたら そんな当然の事を知ってて、この状況を作りだした悪い奴がいるって事だもんね。 それを冒険者に知らせずに「街から見える所で退治してくれ」なんて しれっと依頼を出してきた塔の人も怪しく見えてきちゃうな…(むむむ)
>フリューとライオネル 蠍亜人は「授恵者が4人もいれば難なく殲滅出来る」と書かれているし、戦闘の方は大丈夫だと思う。二人が街の人々の意識を蠍亜人に誘導をしてくれるなら助かるよ。よろしくね。
では俺は範囲に収まるなら真・空間爆砕で纏めて攻撃しよう。 戦闘後はロゼと一緒に月の砂殿にお会いして話を聞こうかな。 交渉で今回の依頼の背景にある事情など聴き出せたらと思っているよ。
No.15
おう、じゃあ爆炎もってくか。 これだけいりゃ多少効かなくても何とかなるってハラだな 調査はどうすっかな…… ハーヴェンのところに顔でも出すかと思ったけど、なんか知らねぇ奴もいるし やりあう事になったら面倒な事になるのは流石にわかるぜ。 ん-……カペルがそっちに行くつもりなら付いていくか 久しぶりだ、面くらいは見ておきてぇしな
誘導、承知した。危機感を煽ってもらえるなら、ありがたい。 なら私も、何か……多少なりとも派手さの補強に、インフィニティロアで皆に光を纏わせよう。