【極草】竜の里『ドラグエンダ』

真柄 葉

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シナリオID:2391

オープニング

 尾根を渡り坂道を下り、果て無い荒野を歩き続け、もうどれほどの日が過ぎただろうか。
 飢えと渇きを耐え忍び、クリーパーの脅威から身を隠しつつ進み続けたその先に――――。

「見えた! よかった、ついたぞ!」

 手でひさしを作ったケイルが声を上げた。
 極北を行く一行は、その指先にある景色に目を凝らす。
 灰色の世界に映える緑は、夢か幻か。
 そう思える程に、この世界にそれは『異質』だった。

●
 そこへ一歩足を踏み入れてみれば、ここが如何に隔絶された世界かがわかる。
 あれほど肌を刺していた極北の極寒は跡形もなく消え去り、代わりに常春の陽気が迎えてくれた。
 張り付いた雪を払い、重装備を降ろす。
 何重にも着込んだ防寒着を一枚、また一枚と脱いでいく。

「ようこそ来られた、同胞たちよ!」

 一行が里の手前で装備を整えていたら、里の入口から声が聞こえた。
 視線を向ければ、人影が二つ。
 片やエルフの男性。
 両手を広げ一行を歓迎している。
 片やエルフの女性。
 朗らかな笑みを浮かべ、こちらを見ていた。
「お、マリウス、エルマ! 久しぶりだな!」
 旧知の顔を見たケイルは、すぐに二人の元に駆け寄っていく。
「また同胞を連れて来てくれたのか、ケイル」
 ケイルの巨体の横から、一行を覗き見ながら、マリウスと呼ばれた男は問いかける。
「うん、今回は探し物があるんだってさ」
「探し物? わざわざ探し物の為だけにこの地に来たのか……?」
「まぁまぁ、詳しい話は中で伺いましょう。長く険しい旅路を越えてきたんですもの、まずはゆっくりと体を休めてもらわなくちゃ」
 訝し気に表情を曇らせるユリウスに、エルマは微笑みを讃えたままその腕を引いた。
「そ、そうだな。エルマの言う通りだ。よし、ケイル、一先ず里へ入ってくれ。我々は同胞をもてなそう」
「おー、ありがとな。――――おーい、皆! 里の中で休んでくれってさー!」
 ケイルは振り向き、一行に声をかけた。

 長く険しかった極北行の先に辿り着いた楽園で、何を成すのか。
 それぞれの思惑を胸に、一行は竜の里『ドラグエンダ』へと足を踏み入れる。

解説

●目的 各々の目的を果たしてください。 ●場所 ヒルルクの故郷であり征竜が護る竜の里『ドラグエンダ』。 極寒の極北にあって、ここだけはまるで「妖精の国」のように春の陽気と緑が広がる穏やかな土地です。 背の高い木などは生えていませんが、沢山の緑と清らかな泉があり、征竜のシンパが穏やかに暮らしています。 ・花畑 里の一角に広がる花畑。季節・生息場所を完全に無視し、様々な花が年中咲き誇っています。 ・石碑 花畑に刻まれた一本道を進んでいくと見えてくる石柱。 征竜の元へと繋がる道標とされています。 ●人物 ビ=ネク 今回の依頼主。 目的の薬草『沙茜』を探し、里をうろうろしています。 ケイル 極北の水先案内人 久しぶりに会った里の民と楽しそうに飲み食いしています。 マリウス 征竜の巫女ヒルルクの父であり、竜の里『ドラグエンダ』に住まう征竜信徒の一人。 かつては里の中でも指折りの狩人であったが、娘のヒルルクが征竜の巫女に選ばれた際に引退。今は里のまとめ役をしている。妻エルマには頭が上がらない。 エルマ 征竜の巫女ヒルルクの母であり、竜の里『ドラグエンダ』に住まう征竜信徒の一人。 里の中でも上から数えた方が早い程の高齢で、その歳は200――げふんげふん。 年若い夫マリウスを支える姐さん女房で、「あらあらまあまあ」な母性溢れる人。 ●補足 依頼主であるビ=ネクからの要求は、里に到着させた時点(シナリオ開始時)で達成している為、彼女に対して何かする必要はありません。皆さんは各々ここを訪れた目的を果たしてください。もちろん、ビ=ネクを手伝ってくれてもいいです。 特に目的が無ければ、里の民と交流を楽しんでください。外界から来た『征竜のシンパ(皆様)』を快くもてなしてくれるでしょう。 この里の人々は皆さんが「征竜のシンパ」だと信じて疑いません。極北なんて厳しすぎる場所をわざわざ越えてやってくるような人間は征竜の信者しかいないと信じているからです。 征竜に対して敵対的な行動や侮蔑等したら、追い出されるかもしれませんのでお気を付けください。 ※極北で生きる民だけあって、みんなめちゃ強いです。 征竜と会いたい方がいらっしゃるかもしれませんが、今回も不在のようで会えそうにありません。申し訳ありません。

マスターより

お世話になっております。真柄 葉と申します。 さて、いよいよ辿り着いた竜の里『ドラグエンダ』! これにて、【極草】連作も最終話となります! 長い旅路おつかれさまでした! ビ=ネクの依頼は里に到着時点で既に達成しているので、あとは自由行動になります。 それぞれ目的があってこの里へ来られたかと思いますので、どうぞ目的を果たしてください。 不明な点がありましたら、ホリーがお答えします。 相談掲示板へ「Q:」から始まる形でご質問ください! それでは、今回もよろしくお願いいたします!

リプレイ

「これで二度目ですか」
「ええ、変わりませんね。ここは」
 申し訳程度に設けられた境界の柵を越え、竜の里『ドラグエンダ』へと足を踏み入れたヴィルヘルミナとアクティオンは、一年前と何一つ変わらない景色に目を細めた。
「ああ、相変わらず穏やかで空気のいい場所だ」
 まさに清浄。肺も凍らせる極北の空気とはまるで違う常春に、ルチル・プルメリア・グレイハーツも頷く。
「うん、なんだかすごい達成感だよ。やっぱり冒険の先に待つ楽園は浪漫だよね」
「今回も長い道のりでしたからね。その気持ち少しわかります」
 感慨に耽るララベル・サン・ディーベルに、トーラは苦笑する。

「さぁ諸君、広場へ来てくれ。折角だから、ささやかな宴でも開こう」

 里の空気を感じていた冒険者達に、マリウスが声をかけた。
「それに今回は初顔もあるようだな。実に喜ばしい」
 そう言ってマリウスはハーヴィとセロンガード・シュタインドルフを見る。
「初めましてマリウスさん、ハーヴィです。ヒルルクさんとは、仲良くさせてもらってます」
 静かに目礼するセロンガードとは対照的に、ハーヴィは嬉しそうに答えた。
「おぉ、あの子の知り合いか。それはよく来てくれた。後でゆっくり話を聞かせてくれ」
「はい、喜んで!」
 ヒルルクの両親に導かれ、冒険者達は里の中へと入っていく。

●
 机には数々の極北料理。そして、ヴィルヘルミナが持ち込んだ調味料で味付けした一品や、どこに隠していたのかルチルが持ち込んだワインが並び、歓迎の宴の準備が整った。
 冒険者達は征竜の信徒らしく祈りをささげた後、料理に手を付ける。

「――――はは、元気にやっているようでよかった」
 食事を進めながら、ヴィルヘルミナやトーラの語るヒルルクの話にマリウスは破顔する。
「元気があり過ぎて困ることもありますけど、ちゃんとやっていますよヒルルクは」
 最初はちゃんと『征竜の巫女』と呼んでいたトーラも、マリウスの気さくな人柄に触れ、何時しかいつもの『ヒルルク』呼びに戻っていた。
「それにしても、何故『征竜の巫女』の名を隠させないのですか? 言っては失礼かと思いますが、その二つ名のおかげで彼女、散々騙されて利用されていますよ」
 と、折角トーラがやんわりと濁して話していたヒルルクの所業の数々を、ヴィルヘルミナは赤裸々に暴露する。
「騙されて、か。流石、あちらは色々とあるようだ」
「わ、笑い事じゃないですよ! 危険な事もあったんですから!」
「確かにありましたね、色々と」
「まあそうは言うが、大事には至っていないのだろう?」
 そんな二人にマリウスはいたって楽しそうに問いかけた。
「……確かになんとなく上手くいっているような気もしますが……まさか、それも征竜……様の加護とでもいうのですか?」
「そうだ、全ては征竜様のご意志とご加護。彼女が巫女で在り、征竜様に尽くす限り、それはあり続ける」
 娘の事だというのにどこか他人事のように話すマリウス。彼にとってヒルルクは娘であること以上に『征竜の巫女』なのかもしれない。
「あの! 折角なのでヒルルクが暮らしている世界のお話をしてもいいですか!」
 認識の違いに重苦しい雰囲気になりそうになるのを嫌って、トーラが話題を変える。
「といっても、あまり楽しい話じゃないんですが」
 そう前置きすると、トーラは世界が置かれている状況を話し始める。
 幽界樹による帝国の崩壊に始まり、授恵者の爆発的な増加、クリーパーや魔獣の跋扈や、メドゥの指先を名乗る者達の悪逆非道――。
「そして、大森林の世界樹はわたし達に警告しました。このままでは世界が滅びると」
 真剣な眼差しでマリウスを見つめるトーラ。彼女は世界の実情を話すことで、里の者達に世界の危機を伝えた。
「征竜さまの真意はわたしには測れませんが、ヒルルクを里の外へ出したのは、こういう世界の実情を探り、関わらせるためなのではないでしょうか」
 だからこそ、征竜の信徒達が世界の危機に力を貸してくれればと、トーラは話す。
「そうか、外は大変だな」
「大変だなって、ヒルルクが、あなたの娘が巻き込まれるかもしれないんですよ!」
「そうか。では、彼女に頑張れよと伝えてくれ」
「え……そ、それだけですか……?」
「他に何を言う必要がある? 彼女はもう『征竜の巫女』だ。我々が口を出すのはおかしな話じゃないか?」
 マリウスにそう言われ、トーラは言葉を失った。やはり彼はヒルルクを娘として以上に『征竜の巫女』として見ているのだと。
「世界がどうであれ、我々は征竜様のお言葉とご意思に従っていればいい。そうすれば征竜様が世界をよりよい未来に導いてくれる。君達もそう思うだろう?」
 マリウスは曇りなき信仰の瞳で二人をじっと見つめる――。

 一方、エルマと話をするのはハーヴィとルチルだった。
「ヒルルクさんって小さい時はどんな感じだったんですか?」
「小さい頃? そうねぇ、ぽわぽわしてたわ」
「ぽわぽわ……?」
「そう、ぽわぽわ。何時もどこか上の空って感じで、空を見つめるのが好きだったわ」
「え、ええぇー! 今のヒルルクさんと全然違っ――じゃなくて、可愛らしい幼少期だったんですね」
「ふふ、その様子だと元気でやっている様ね、あの子は」
 エルマは慌てて言い直すハーヴィの反応に微笑えむ。
「元気すぎるほど元気で、こちらは振り回されっぱなしだよ」
 そんなエルマにルチルが呆れるように答えた。
「それで御母堂、相談なんだが。そんな巫女をこれからもサポートする為に、征竜の巫女についてアンタの知っている事を教えてもらえないだろうか」
 口元には『笑み』を浮かべ、骨面の奥からはエルマの瞳を覗き見る。
「あの子の事ではなくて『征竜の巫女』のこと?」
「ああ、征竜様との関連性なんかでもいい。アタイ達、外の信者はその辺りの認識が曖昧でね」
「そうなのね。いいわ、教えてあげる」
 その笑顔は流石親子か、ヒルルクそっくりの表情でエルマは語り出した。

「……それだけなのかい?」
 一通り話し終えたエルマに、ルチルは思わず問いかけた。
 征竜は絶対であり世界を救う存在。巫女はその『眼』であり『耳』である。
 エルマから聞けた話は、まるで経典の一節のようであり、ルチルの既知でもあった。
「それ以上必要かしら?」
「……アタイ達リザードマンと『天に溶けし征竜』との逸話は知っているだろうか」
 エルマの問いかけには答えず、ルチルは話し始める。
「昔にいらっしゃった征竜様の一体ね」
「ああ。その征竜様が知恵なきリザードマンをヒトへと押し上げてくれた。リザードマン以上に征竜様を心から敬いその影に近づこうと日々研鑽を積んでいる種族はいないと自負している」
 ルチルは「アタイもその一人だ」と呟き、続けた。
「『征竜』とは個人を指すものではないのは理解している。そのうえで、征竜様のお膝元で常に過ごしてきた住人が、リザードマンの『魂の研鑽』という名の信仰をどう思うか知りたい」
「……そうね。私には敬愛というよりは憧憬に近いように感じるわね」
「憧憬……?」
「私達里の者達も、征竜様を心から敬愛し憧れを抱くわ。でも竜に成りたいとは思わない。征竜様と同格へと至りたいなんて不敬を私たちは望まないの」
 少し困ったように話すエルマを、ルチルはじっと見つめた。
「そんな怖い顔しないで。別に貴方がたの信仰や在り様を否定する訳じゃないわ。それはそれで立派な信仰だと思う。ただ、私たちの信仰とは似て非なるものである事には違いないわね」
「賛同も否定もしない、という事かい?」
「そうね。お互い征竜様を想う者同士、互いの信仰に身を捧げましょう、という事よ」

●
 仲間達が歓迎の宴を楽しむ中、リディリディ・トゥラ・イェレミースは一人里の中を彷徨っていた。
「……どうすれば、いいんでしょうか」
 一度訪れているとはいえ、まともに交流していない彼女に、里の知り合いなどいるわけもなく、時折、里の民の姿を見かけるも、なんと声をかけていいかわからず、物陰へと逃げてしまう。
「えっと……草下さい。じゃよくわかりませんよね……。引っこ抜かせてください……もう意味が分かりません……」
 リディリディがこの里に来た目的。それは依頼を受けたからではない。依頼に乗ったからだ。彼女はヒルルクから聞いたある薬草を探して、この里を目指した。
「ヒルルクさんの話が嘘じゃ無ければ、ここにあるはず……」
 ここまで来ておいて、そんな考えが頭をよぎる程、リディリディは焦っていた。
 ヒルルクがリディリディに嘘をつく理由もメリットもない。それはわかっているけど、不安が疑念を呼び起こす。
「……ダメです。あの子の為にも、こんな弱気じゃ」
 もやもやと湧いてくる負の感情を最愛の妹の顔で上塗りし、リディリディは里に点在する緑を見た。
「どれが目当てのものなのでしょう……」
 しかし、どれが目的の植物なのか判断がつかない。
 リディリディは物陰に隠れながら、こそこそと辺りを窺う――。

「どうかしたのか?」

 と、突然の声に振り返ってみれば、そこには巨人族の少年ケイルがいた。
「なんだ、あなたですか……驚かさないでください。吹き飛ばす所でした……」
 見知った顔に、ほっと胸をなでおろしたリディリディは咄嗟に取り出した杖をそそくさとしまう。
「そうだ、ケイルさん。いい所に来ました。あなたにお願いがあります」
 リディリディの反応に頬を引きつらせるケイルに、彼女はずいッと詰め寄った。
「薬草探し、手伝ってください」

●
「なるほど、やはり眉唾でしたか」
 里の民を数人つかまえて聞いてみたはいいが、どれもセロンガードの期待した答えを返してはくれなかった。
 彼はかつて帝国で聞いた『竜言語』にまつわる話を確かめるために、わざわざこの地まで訪れたのだ。

 それは、竜と話が出来る言葉である。
 それは、竜を使役する言葉である。
 それは、竜と共に世界を滅ぼす言葉である――。

 そんな眉唾のような話も、もし存在するならと期待して来てみれば――。
「そのような都合のいいものが、ある訳ないですか」
 セロンガードは自嘲しつつ、極北らしからぬ青空を見上げる。
 結局、里の誰に聞いてもそのような話も言葉も知らぬと言われた。
 それでも、何か手掛かりはないかと里を歩いて回ったが、施設や花畑の石碑にもそれらしきものは発見できない。
「徒労に終わりましたか……では、せめてあの子への土産を探しましょう。『物』を持って帰るのは大変ですが、話ならばかさばらない」
 『成果』は何も得られなかった。しかし、得られるものもある。
 セロンガードは、脳裏に少女の笑顔を思い浮かべ、再び里の中を歩きだした。

●
「そう、あの子の事を好いてくれているのね」
「はい、好きですよ。彼女といると退屈しま…………んんん?! す、好きっていうのは友達としてって事ですよ! 別にその……」
「ふふ」
 どう説明していいものかと言葉に悩むハーヴィを、エルマは微笑ましく見つめる。
「あの……! やっぱりヒルルクさんは、いつかここに帰ってこなくてはいけないんですか……?」
「どうかしら。征竜様が戻れと言われれば戻ってくるでしょう。だけど、もし征竜様が何も言わないのであれば……やっぱり寂しい?」
「そ、そうですね、寂しく感じると思います」
「そう。それじゃ彼女が新たな道を見つける事に期待するしかないわね」
「新しい道を見つける、ですか……そうか、そういう未来もあるんですね」
 そう問いかけるハーヴィに、エルマは微笑みをもって答えた。

●
「これがその薬草ですか……」
 ケイルの助けもあり、ついに目的の物を手に入れたリディリディは、感慨深く手元の薬草を見つめる。
「傷が元に戻るわけじゃなくて、見えなくなるだけだからな」
 そんなリディリディに、住人の男は期待しすぎるなと釘をさした。
「十分です。それより……この薬草の効果は、ずっと続くのですか?」
「いや、持って3日ってところかな。洗い流せば効果はなくなるから注意しろよ」
「たった3日……それは気をつけないといけませんね」
 効果時間には落胆したものの、塗るだけで傷が見えなくできるのだ、贅沢は言えない。
「この薬草の苗を譲ってもらう事はできますか」
「譲るのは構わないが……あっちで育つのか?」
「え……育たないんですか?」
「いや、わからん」
「わからん……ですか。わかりました、やってみたいと思います。栽培方法とか、保存方法とか、色々教えてください……」
 いつもならこんなに積極的に人の話を聞く質ではないが、今回は違う。
 全ては妹の為。
 リディリディは、弱音を押し殺し男から真剣に話を聞いた。

●
「うーん……あっさり見つかってしまった」
 蔦の絡みついた家の前で首をひねるララベル。
 ビ=ネクが探している薬草は、拍子抜けするほどあっさりと見つかった。
「ヒルルクさんも家に絡みついてるって言ってたし、こんな事もあるかなと思ってたけど……やっぱり少し残念だな」
 この薬草の為に依頼主(ビ=ネク)と共に、厳しい極北の地を越えてきた。
 もちろん、途中の冒険も心躍るものであったので満足はしているが、折角なら、目的地でもときめきを、と期待していただけに落胆は大きい。
「なんていっても、ビ=ネクには関係ない話だよね。あっさり見つかった方がいいだろうし」
 そう呟いてララベルは、里の入口で相棒のオルトロスを労っているビ=ネクの元へ向かった。

「……これが、『沙茜』」
 質素な作りの家を覆う程に、蔦が巻き付き、葉が茂っていた。
 葉の形は五角形で淡い赤色。蔦は黒く太い。
 現物を見た事がなくとも、これだとすぐにわかるほど特徴的な植物だった。
「これさえあれば……」
 ビ=ネクは、苦渋と期待の入り交じった複雑な表情を浮かべながら、葉に手を伸ばし――――。
「待ってください」
 アクティオンに止められた。
「……なんで邪魔するの」
 突然手を押さえてくるアクティオンを、睨み上げるビ=ネク。
「まずは、住民の方に許可を取りましょう。ここが法の及ばぬ極地であれど、いえ、であればこそ、不評を買えば何が起こるかわかりません」
「……触らないで。それに葉っぱを取るだけなのに、なんで不評なの」
 ビ=ネクはアクティオンの手を振り払った。
「……触れた事はお詫びします。しかし気づきませんでしたか?」
 振り払われた手を後ろに回しながら、アクティオンは問いかける。
「何が……」
「入り口で、ヒルルク君のご両親が貴方に向けた反応を、です」
 そう言われてもビ=ネクは眉を顰めるだけ。
「どうやら、気付いていなかったようですね。彼等は貴方が征竜信徒なのかを疑っていました」
 薬草の事で頭がいっぱいだったのだろう。ビ=ネクの反応にアクティオンは小さくため息をつくと、説明を始めた。
「ここは竜の里。道中で説明しましたが、征竜信徒以外が訪れる意味のない場所です。そこへ利己的な目的でやってきたと知られれば……結果はわかっていただけるかと思います」
「……排除されるという事ね」
「そこまでは言いませんが、いい結果にはつながらないでしょう」
「……わかったわ。住人と話をつけてくる」
 アクティオンの言葉に、ビ=ネクは納得したように頷くと、ドアへ手をかけ――。
「お待ちを」
 またしてもアクティオンに止められた。
「……今度は何」
「交渉事は我々の仕事です。依頼書にもそう書いてありました」
「……書いてないわよ」
「そうでしたか? 忘れてしまいました」
 そう言ってとぼけるアクティオンはビ=ネクを下がらせると、ドアをノックした。

●
「うーん、望まないわね」
「やっぱり、そうですか。下界との交流や交易を持てば、この里も豊かになると思ったんですが」
 ハーヴィの提案にエルマは困ったように首を振る。
 ハーヴィは里の民に、下界との交易の意志はないかと問いかけていたのだ。
「ごめんなさいね。貴方の言わんとしている事はわかるわ。でも、私たちにそれは必要ないの」
「新しい知識やここにはない物を手に入れる機会があるのは、良い事だと思うんですけど……」
「それは、貴方達の考え方よ。私たちは今の生活に何の不安も不満も抱いていないし、幸福とさえ思っているもの。他に何を望む必要があるかしら」
「えっと、その幸福をもっと増やす事が――」
 と、追いすがるハーヴィに、エルマは再び首を振る。
「貴方も征竜の信徒であるのなら、この里に定住するといいわ。そうすれば、征竜様の懐に抱かれることが如何に幸福かを身をもって感じることが出来るから」
 まるで全てを見透かしたようなその瞳に、ハーヴィは次の言葉を紡ぐことが出来なかった。

●
「やっぱりすごいや」
 薬草の事をビ=ネクに伝えたララベルは、石碑の周りに咲き誇る花畑へと訪れていた。
「さてさて、ここの子達は何を思ってるんだろう」
 ララベルは花畑の前にしゃがみ込むと、花々へ話かけ(【植物交感】)る。
 普通の場所ではありえない植生。季節問わず咲き誇る花々は、美しくも奇異に映る。
 そんな花達が一体どんな思いでここで咲いているのか。ララベルはずっと気になっていた。
「……すごく穏やかだ。そう、ここはそんなに過ごしやすいんだね」
 ララベルが花々から感じる気持ちに、小さく微笑む。
「里の植物もそうだったけど、ここは植物たちにとっても『楽園』――」

「何してるの」

「う、うわっ!?」
 一人花々と話をしていたララベルに、いつの間にか背後に忍び寄っていたビ=ネクが声をかけた。
「び、びっくりした……ビ=ネク? どうしたの、こんな所に全然気づかなかったよ」
「気配も殺せないようじゃ、傭兵なんてやっていけないわ」
「な、なるほど……って、なんで僕に気配消す必要があるのっ!?」
「……面白そうな事やってたから」
「ええっ!?」
 忍び寄ってきた理由に驚くララベルに、ビ=ネクは小さく笑う。
「いい所ね。ここは」
「うん、そうだね」
 ララベルはビ=ネクの視線を追って花畑へ目を向けた。
 一面の花畑。
 色とりどりの花が咲き誇り、それは一年を通じて変わらないという。
「ほんと綺麗だなぁ……いつか皆も連れてきて見せてあげたいよ」
 そう話すララベルに、ビ=ネクは「……そう」とだけ呟いた。

●
「『巣』について何か知りませんか?」
 歓迎の宴も終わり、住民達が帰路につく中、ヴィルヘルミナはマリウスを呼び止めた。
 ヴィルヘルミナは厳しかった道中の様子を語り、問いかける。
「底が見えない程に深くて大きな穴なんですけど」
「底が見えない……? おかしいな、あそこは雪で覆われているはずだが」
「え……」
 返ってきた答えにヴィルヘルミナは、嫌な予感を覚えた。
「クリーパーでも湧いたか、それとも別の何かか。何にせよ、帰りも通るのなら用心する事だ」
 不安に顔を曇らせるヴィルヘルミナに、マリウスは事も無げにそう言う。
「他人事ですね。同じ征竜信者なのに」
「不安ならこの里に残ればいい。皆、歓迎してくれるぞ?」
「そうですね……考えておきます」
 笑って問いかけてくるマリウスに、ヴィルヘルミナは肩をすくめた。

●
「え……私を雇う?」
「いえ、そういう訳ではありませんが、いくら位か気になりまして」
「ふーん……」
 品定めしてくるビ=ネクに、セロンガードは「あの子と同じくらいだな」と感じつつ、答えを待つ。
「仕事の内容によるわ」
「まぁそうでしょうね。ちなみに単純な護衛依頼だと?」
「そうね――――これくらいかしら」
 そう言って示された金額にセロンガードは、小さく首を振る。
「なるほど、それが貴方の価値ですか」
「……好きに判断するといいわ。だけど、まけないわよ」
「ふむ、覚えておきましょう」
 じとっと見つめてくるビ=ネクに、セロンガードは目を伏せ頭を下げた。

●
 アクティオンはずっと気になっていた。征竜の袂(信者の最終目的地)へ至った冒険者が、また下界へと下っていく姿が里の民にどう映るのか。信心を疑われるような事はないのか、と。
 だからこそ、あえて宣言する。整合性を取る為に。
「自分自身、ここに留まり信仰と竜への道を模索する事に魅力を感じないわけではありません。しかし、信者としてより相応しく、より己を高めるために、極北行の苦難は修行の一環であると考えています」
「随分ストイックね」
 そんな内心に気付いているのかいないのか、アクティオンの言葉にエルマは苦笑する。
「でも、それほどまでに信心篤い貴方なら、きっと征竜様もお喜びになられると思うわ」
「そうですか。貴方にそう言っていただけるのであれば、自分達の道ややり方は間違っていないのでしょう」
「ふふ、大仰ね。信仰は人それぞれよ。互いに征竜様を信じる者同士、これからも交流を続けていければいいわね」
 生真面目に答えるアクティオンに、エルマは小さく微笑んだ。

●
 手に入れた『沙茜』を鞄に詰め、オルトロスのエイヲの背に括り付けていたビ=ネクの元へ、トーラがやってきた。
「……種? もしかして育てる気?」
 トーラは「貰ってきました」と、種の入った袋を広げている。
「ええ、折角譲ってもらえましたので、帰ってから育ててみようかと。ほら、あの寒い極北を越えるんです、もしかしたら、凍って使い物にならなくなるかもしれませんし」
「え……」
「だから、もしダメになったらわたしの所に来てください。融通できるようにしておきますから」
 トーラはビ=ネクに顔を寄せ「ヒルルクがお世話になったお礼です」と、こっそり呟く。
「……」
「本当は乾燥させればいいんでしょうけど、その時間はなさそうですしね。なので、もしもの保険です」
 どう答えていいのか判断に困っているビ=ネクに、トーラは少しだけ悪戯っぽくそう告げた。

●
 花畑には、里とは違う、どこか神々しい空気が漂っているような気がする。

 これも征竜の存在が近いからか――。
 我々と征竜、その彼我の距離はあまりに遠すぎる。
 だからといって、退くにはもう遅い。例え、行きつく果てで大罪人となろうとも、引き返す道はもう閉ざされた。
 進むしか残されていないこの道に何を思えばいい。

 そう問いかけても石碑は何も答えてはくれなかった。

「ルチルさん、帰りますよー!」

 遠く里の方からしたトーラの声に、ルチルは石碑から顔を上げ、踵を返す。


 こうして、無事に目的を達成した冒険者達は、短い竜の里での滞在を終え、隘路の帰路へと着いたのだった――――。

マスターコメント

お疲れさまでした! 短い滞在でしたが、竜の里でやりたかったことは達成できたでしょうか。 竜の里の住民達は相変わらずの狂信者っぷりでしたね。リザードマンのPCさんとの信仰の対比が楽しかったです。 今度はいつ来れるのかわかりませんが、いずれヒルルクと両親を合わせてあげたなぁ。 それでは、今回もご参加ありがとうございました!
ミドルシナリオ

ミドルシナリオ易しい 報酬:標準8 / 6〜8人

2022年08月13日 19時38分52秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. アクティオン

    さて、ここに来るのも二度目ですか。 依頼自体は既に果たしているので、敢えて相談して決めるということもなさそうですが。 ただ、何かしら人手が欲しい目的があるという方は、提案しつつ協力者を募るなどもいいかもしれませんね。

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0