【帝国】東の夜明けはまだ遠い
真柄 葉
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シナリオID:2345
オープニング
街に巣食っていた【天霧りに消ゆる幽界樹】の分樹【地に潜みし幽界樹】は、冒険者達の力を借り討伐に成功した。
しかし、激戦の末に帝国の手に戻ったエスタルは、在りし日の街並みが想像できぬほど破壊され尽くしていた。
「……エスタルを託す。か」
目を通し終えた手紙を伏せて、リカルダ=C=アーレンスは天井を見上げる。
リカルダの元へと届けられた一通の手紙。それはヴィントに身を置くレイウェストからの指示書であった。
「エスタルは帝国東部の鎮守をつかさどる要衝。帝国の復興には必要不可欠な場所である。それは承知しているが……」
継ぎ接ぎだらけの天井を見つめながら、リカルダは思い出す。
【地に潜みし幽界樹】の黒い巨体に蹂躙されたエスタルの市内は、既に街の体を成していないどころか、最早瓦礫の山でしかない。
街の至る所に戦いの爪痕が刻まれ、住民達が隠れ住んでいた地下水路ですらいつ崩落してもおかしくない。
最早、人の住める場所ではないのではないだろうか……。
「……いや、それでも成さねばならんか」
リカルダは再び机に視線を戻すと、呼び鈴を鳴らした。
「ロルフ、使いの者を遣ってくれるか」
入ってきた副官のロルフに、リカルダは何通かの手紙を差し出す。
「ふむ……宛先はフェンガリとイリオスですか。駐屯している兵を招聘されるおつもりですね」
「流石だな、その通りだ。ここエスタルの復旧には人手がいる。ここに駐在する帝国軍だけでは手が足りん」
「確かにその通りですが、二か所の事後はどうされるおつもりで?」
受け取った手紙を懐に納めながら、ロルフは問いかけた。
「それについての手紙だ。フェンガリのベースキャンプは――――」
リカルダは手紙に記された内容をロルフに語る。
●
北壁山脈を背にする小さな村『フェンガリ』。極北への玄関口となっているこの村に、変化が訪れようとしていた。
「――という訳で、私はエスタルへ行かなくてはならなくなりました。以降、極北ベースキャンプの維持管理をお願い出来ないでしょうか」
極北へと向かう為のベースキャンプを管理している帝国軍の女性士官エメが、村長宅を訪れ事のあらましを説明する。
「ベースキャンプを、ですか」
エメの話を聞き、村の村長であるクルススは考えた。
ベースキャンプは極北へ至る為の重要な施設。フェンガリの敷地内にあるものの、その管理は今まで帝国軍が行っていた。それを村で管理しろとエメは言っている。
「エスタルは帝国の四方を鎮守する都市の一つで、東の守りの要となる都市です。ここの復興が成れば、帝国東部および東北部の平静を取り戻せると考えています」
「もしかして、この一年間、我々フェンガリの民にベースキャンプの運営を指導してきたのはこの日の為だったのですか?」
頭を下げたエメに、クルススが問いかけた。
「どうでしょうか。まったく想定していなかったわけではありませんが、ここまで早いとも思っていませんでした」
「なるほど……それで、帝国軍の方々がエスタルへと赴き、ベースキャンプを我々が管理するとして、このフェンガリに何か益はありますか?」
「維持管理の為の資金、資材は帝国軍から提供いたします。もちろん、維持費という名目で賃金もお支払いいたします。さしたる産業もないこの村には貴重な現金収入となると思いますが、いかがですか?」
「ありがたいお言葉です。ベースキャンプ管理の件、我々フェンガリの民が責任をもって行わせていただきます。今後とも、ご支援よろしくお願いいたします」
「クルスス村長であればそう言ってくれると思っていました。こちらこそ、よろしくお願いします」
これはあくまで形式的なやり取り。それは両名ともわかっていてあえて口にした。
エメはクルススが差し出した手をぎゅっと握る――。
●
フェンガリの南部に作られた居住地『イリオス』。軍が帝国北部で孤立する住民達の避難先として新たに作り上げた集落だった。
「この地を任せる?」
このイリオスに身を寄せる避難民の中でも、最も多くの人数を擁するファーロの民の長『ベフド・ハーマン』は、リカルダからの手紙を見て訝しんだ。
「帝国軍は引き上げ、我々の力だけでここを運用せよというのか」
このイリオスは帝国軍が主体となり、大災害を生き残った帝国北部の民を受け入れてきた。その避難民の数は1000に達するほどであり、新兵として帝国軍に加わった者達を除いても、700名近くがいまだにこの場所に身を寄せていた。
「……確かに生活基盤は整いつつあるが、それにしても唐突過ぎる」
手紙には、エスタルへの移住を望む者は受け入れると記してある。
当然の配慮だろう。この地はあくまで寄せ集め。各氏族同士のいさかいも日常茶飯事だ。今までは帝国軍が仲介役を買って出ていてくれたから大事にはならなかったものの、その帝国軍が引き上げればどうなるかわからない。
「冒険者達の提案で、ようやく集落としての体を成してきたというのに……!」
ふつふつと沸き起こる感情に、ベフドは無意識に拳を握っていた。
「失礼する」
そんなベフドの元へ、美しき銀髭を讃えた初老の男がやってくる。
「これは銀髭公殿。どうされましたか」
「うむ、先ほどリカルダ将軍より知らせがあった」
「……そうですか、銀髭公殿もエスタルへ向かわれるのですね」
銀髭公は戦闘将校としてこのイリオスには欠かせない存在だ。その彼も招聘されるとなると、いよいよこの集落は見捨てられた事に――。
「いや、私は残る」
「なんですと?」
「私と数名の兵士はここに残り、今後も防衛と避難民の受け入れを続ける」
「……監視役、という訳ですか」
「勘違いしてもらっては困るな。将軍は貴殿等の自治を望んでおられる。いつまでも帝国が管理運営するだけではない、自発的な集落の運営をだ」
訝し気な視線を向けるベフドに、銀髭公はゆっくりと頭を振った。
「それに、貴殿等の故郷では自治を行っていただろう。もちろん、魔獣やクリーパーの脅威は我が帝国軍が排除していたが、村の運営にまで口を出しては来なかったはずだ」
銀髭公の言葉に、ベフドはゆっくりと顔を上げる。
「多数を束ねてきた貴殿の手腕に将軍も期待しておられる。イリオスを任せられるか」
「……少しお時間を頂戴します」
「もちろんだ。だが、兵の移動は先んじて行わせてもらう」
「わかりました。ご随意に」
銀髭公の言葉にベフトは頷いた。しかし、その顔には深く皺が刻まれていた。
解説
マスターより
リプレイ
ここはエスタル郊外にある元帝国東部方面軍の駐屯地。
今はリカルダ率いる北部方面軍が確保し、エスタルから避難してきた住民達を保護している。
この日、駐屯地の中央にある指令所に、冒険者達が招かれていた。
「こちらこそ、この様な重大な会議にお招きいただき感謝の極み。非才の身なれど、エスタル復興がため、微力を尽くしたく思います」
リカルダの声に、椅子から立ち上がったハリス・アル・ターミルが深く頭を下げる。
「感謝の極み、です! ありがとうございます!」
そんなハリスの堂々たる態度を見て、隣に座っていたトゥーリが慌てて立ち上がりハリスに倣った。
「はは、そのように気負う事はない。もちろん、有益な提案を期待してはいるが、責任を押し付けるような真似はしないと誓おう」
頭を下げる二人に、リカルダは着席を促す。
「それでは、皆、忌憚のない意見と提案を聞かせてもらえるか」
こうして、エスタル復興の未来図を描くための会議は始まった――――。
●
「フェンガリやイリオスの兵達も招聘すると聞いたのですが、誠ですか?」
「ああ、その予定だ。殿下より200の兵を預かりはしたが、まだまだ人手が足りないのでな」
まず声を上げたのはベルク・オスマットだった。
彼女はエスタル復興の人員補充の為、『イリオス』や『フェンガリ』から兵を引き上げると聞いて、リカルダに問いただしたのだ。
「ふむ……しかし、イリオスには自警団が結成されたとはいえ、まだ日も浅く、隊と名を成してはいるがその実、寄せ集めであります。何故、自警団編成時に各部族混成ではなく単一部族による編成としたかお忘れか」
「治安を司る自警団の内部で分裂が起きぬためだな」
「……それを承知の上で、監視役であるはずの軍を退くのは、些か性急なような気もするのですが、将軍はどうお考えか」
「ふむ、その意見はもっともだ。しかし、その懸念を解消するために銀髭公を残してあるが、それでは足りぬと、貴公は言っているのだな」
グッと身を乗り出してくるベルクに、リカルダは真摯に耳を傾ける。
「エスタルは帝国にとって要衝なれど、イリオスもまた帝国北域にとって要衝となりつつある場所。いくら銀髭公とはいえ、一人で500以上もの民を見るには限界があると考えます」
「なるほど……貴公にはその解決策があると」
懸念点ばかりを上げるベルク。しかし、リカルダがそう言うと、彼女は小さく口元を吊り上げ話を続ける。
「帝国北部巡視隊の復活を」
「ほう」
「未だ、帝国北部の治安回復には程遠く、クリーパーや魔獣が跋扈しております。あの忌々しき惨事の前であれば、帝国軍が押さえていた輩が、我が物顔で帝国の地を踏み荒らしている。
以前のように帝国北域の守護たれとは申しませんが、せめてエスタルから足の届く範囲の巡視を復活させるべきではないでしょうか」
「なるほど、そこにイリオスも含まれる、とそういう訳だな」
「加えて、フェンガリも」
短く答えたベルクに、リカルダは大きく頷いた。
「その点について、私からいいかしら」
と、ベルクの提案を聞いていたアウレーリア・フォン・ネーベルベルクが手を上げる。
「イリオスの内部に火種がくすぶっているのなら、いっそ、こちらに招くのはどうかしら」
「招く、か。住民を招聘する訳か」
「いえ、希望者を募るのです、将軍」
「ふむ」
彼女の言葉の裏に続きがあると感じ、リカルダは沈黙をもって続きを促す。
「イリオスからエスタルへの移住希望者を募り、復興作業の人夫として動員します」
「悪くない案だが、こちらの都合で移住を強要するのか? 北域の過酷な環境から逃れ、ようやく『イリオス』を得た民を」
「もちろん強要ではありません。将来的な住環境の提供を約束し、自主的な移住を求めます。イリオスにも『火種』はくすぶっている。ならば、ここで火消されてはいかがでしょう」
「火消、か」
「在イリオス最大氏族であるファーロの民と対立関係にある氏族を主に移住を勧めれば、双方の安定化が図れるのではないでしょうか」
二人の意見を受け、リカルダは前向きに検討すると約束した。
●
会議は更に白熱し、エスタル復興への道筋が話し合われる。
「なに、地下水路を使うだと?」
複数人から提案のあった地下水路再建の話に、リカルダは驚いた。
「エスタル中央に開いた大穴から湧き出る水は、この地に恵みをもたらしましょう。これは当然利用するとして、あの決戦を経て唯一形を保っている地下水路の活用は、ぜひ進めるべきだと考えます」
そんなリカルダに、ハリスは熱弁する。
「しかし、あれを復旧となるとかなりの労力が必要となるぞ。あれ等は幽界樹が張り巡らせた『根』に随分とやられている。素直に崩してしまったほうが安全なのではないか?」
しかしリカルダは、その意見に懸念を示した。
「確かに崩れかけている部分を放っておくのは危ないと思うよ。でも、折角2年もの間、住民達を守ってくれた場所を壊しちゃうのは、何だか……その」
トゥーリは視線を彷徨わせる。その後に続く言葉は、もしかしたら復興の足かせになるかもしれない。
「大丈夫、私も同意見ですよ」
迷うトゥーリに、ハリスが小さく囁いた。
「……うん、そうだよね。将軍さん、ワタシ、地下水路は残すべきだと思う。あそこは復興の希望になるべき場所だと思うから」
ハリスの言葉に後押しされたトゥーリはリカルダに向け、はっきりとそう言う。
「希望か……」
「うん、リカルダさんが懸念している事はわかるよ。だって、元々ただの地下水路だもんね。街に張り巡らされた水道設備が失われるのは勿体ないけど、果たしてそれを少ない手を割いてまで復興するに値するかって事だよね」
「うむ。そこまでわかっていながら、地下水路の復旧を推すのはどうしてだ。手間ではあるが、水であれば街の中央に出来た池から取水する事が出来よう」
「うん、リカルダさんの言ってる事はもちろん正しいと思う。でも、復旧ってさ、何かこー……必要だよね」
「必要、とは?」
「復興の象徴がです」
と、トゥーリの言葉を後押ししたのはアウレーリアだった。
「街を復興するにしても、そこに目標が無ければ人は力を発揮できません。そして、トゥーリはそれを地下水路に見出しています。色々とあったとはいえ、2年間も住民の命を繋いだ場所ですからね」
そういうと、アウレーリアはトゥーリを見た。トゥーリはそうそうと何度も頷いている。
「将軍が懸念しておられる事は重々承知しております。しかし、私もトゥーリ殿と意見を同じくします。あの地下水路の補修を考えてはいただけないでしょうか」
「ふむ……」
ハリス達は、崩落の危険があるとはいえ、2年間住民を守り、それ以前にも街を助けてきた歴史的遺産である地下水路は保全すべきだと熱く語る。
「『歴史』か」
「うんっ、実利を含む『歴史』だよ!」
「そうだな、三人の言い分はわかった。私としても残せるものなら残したいとは思うが、現状、どうやって補修する? 生き残った者達の中に、あの遺構を復旧できるものがいるとは思えんが」
リカルダは三人に問いかける。
「ドワーフの方々のお力を借ります」
と、ハリスの提案にリカルダは訝しんだ。
「なに?」
「ドワーフの方々をこの街へ誘致します。いえ、移住を提案します」
「なんだと……?」
そのあまりに突拍子もない提案に、リカルダは目を丸くする。
「詳しい話は彼女から」
と、ハリスはじっと黙して話を聞いていたトーラに視線を向けた。
「はいっ! それじゃ、その件についてはわたしから説明させてもらいますね」
ハリスの指名を受け、トーラは元気よく立ちあがる。
「エスタルの復興に人が沢山いるのは周知の事実ですが、それをどうやって集めるかが問題ですよね。イリオスから誘致するだけでは、とてもじゃないですけど追いつきません。ですので、広く世界に向けて移住を求めるんです」
「うむ、話は分かる。しかし、ただ呼びかけただけで人が集まるとも思えんが」
「はい、もちろん『見返り』があっての事です」
「だろうな。それで、なにを『見返り』とする」
「それはですね――」
と、勿体ぶる様にためを作ったトーラが、再び口を開いた。
「居住権を与えるのは当然として、税の優遇を提案してはどうでしょうか!」
「減税という訳か……」
「はい。もちろん、これはわたし達で決めていい話ではありませんし、リカルダさんの権限が許す範囲で、という事になります。何より、この移住案はドワーフの方々にも利は大きいと思っています」
「税以外でか?」
「はい、まずはドワーフ達が帝国の重要都市に拠点を確保できること。これは今後帝国が復興していく中で、ドワーフ達が『仕事』を得るための橋頭保になるはずです。そして、ドワーフ王国の地理を見ても、帝国領内で彼等の王国から最も近い大型拠点はこのエスタルです」
「ふむ、足がかりとしては悪くないという事か」
「もちろん、それ以外にも彼等に『魅力』をアピールしなくてはいけないと思っています」
そう言うと、トーラは机に置かれたエスタルの地図を指さした。
「第一に『安全』の確保です。折角仕事に来たはいいけど、身の危険がある場所では、その力を十分に発揮できません」
「もっともだな。では、城壁を建て直せという事か」
「当然、それが一番いい方法だと思いますが、あれだけ壊れていたらすぐに直せるものでもないですよね」
と、トーラは建築や土木に聡い仲間達を見る。
「はい、城壁を復旧させることは、ドワーフ達の手を借りることが叶ってもすぐにとはいかないでしょう。しかし、応急処置ならば、その限りではありません」
トーラの言葉を継いだのはハリスだった。
「応急処置か……土嚢などで埋めろという事だな」
「土嚢も結構ですが、地上には資材が山のように転がっています。それを活用しない手はありません」
と、次いでアウレーリアが答える。
「ふむ、破壊された施設の瓦礫を使えと」
「その通り。幸か不幸か解体の手間は省けています。地上に溢れる瓦礫を使う事で資材購入費の軽減は元より、輸送費や輸送時間の短縮にもつながります。それに、これ以上他国……特に同盟に借金を作るのはよろしくないのではありませんか?」
「ふむ……」
帝国の臣民として、アウレーリアは国家間でのパワーバランスの変化は望ましくないと主張する。
「城壁の復旧、地下水路の補修、地上の整備・整地。やらねばならぬことは山ほどあるな」
一つ一つが大事業ともいえる工事になるだろう。一体どれほどの労力と時間がかかるのかはまだわからない。しかし、それをやり切ってこそ真の復旧となる。
リカルダは参加者達の意見をもう一度噛みしめるように呟いた。
その後も参加者から様々な提案がなされる。
一つ、水源となる池は、周囲を補強し安全を確保する。
一つ、地上部と地下部を街中央の大穴に設置した昇降装置でつなぐ。
一つ、破壊された市街への再入植の為、区画整理や拡張性を考慮した都市計画。
一つ、街道の再整備。帝国各都市は元より、他国への交易路の新設。
一つ、瓦礫撤去後の地上部への、農業実験場の開設。
などなど、その提案・要望は多岐にわたった。
「先を見据えろという事だな。イリオスの時から変わらんな貴公らは」
エスタルの天候、地質を加味した農業プランを熱く語るハリス。そして、そんな彼を懸命に後押しするトゥーリに、リカルダは苦笑する。
こうして、エスタル復興計画への提案は積み上がっていく――。
●
会議はエスタルの施設の復旧から、『人』の話へと移行した。
「――以上が、エスタル市街及び駐屯地における、衛生状況の報告です」
ナタリア・フィッツジェラルドが簡潔にまとめられた報告書を皆に配る。
そこには、現在のエスタルにおける、住民達の生活状況の分析結果が記されていた。
「水源とする予定である中央の池の水質ですが、旧地下水路と同質の水質である事が確認されました。これにより、飲料に利用する事ができましょう。また、水位の増加量を調査しましたが、日を増すごとに増えており、農業への転用も可能であると判断いたします」
地質学をもって詳細に報告するナタリアは、まるで演説するがの如く流暢な喋り口で語る。
「さらに住民達の当面の生活の糧である支援物資ですが、現在、先の決戦での余剰食糧で賄っている所ですが、それも保って二月という所でしょう。これは早急に手配する必要があります。そして、食料よりも深刻なのが衣料品・医療品です。住居はこの駐屯地の兵舎を整備し賄えてはいますが、衣料品が圧倒的に足りません。特に女性用のものは至急手配が必要です。そして、何より不足しているのが医療品です。現在は軍からの供与があり欠品などは出ていませんが、それも時間の問題です。これから気温が上がり暑くなると、様々な病気や不調を訴える人が増えてきます。それに対応できる十分な医療品。そして、医療体制の確立こそ急務であると具申いたします」
そこまで一気に語ったナタリアは、主人であるアウレーリアへ視線を送り伺いを立てる。
アウレーリアは何も言わず、一度こくりと頷いた。
「支援物資に関しては、食料をヴィント。そのほかの生活物資は同盟領から届く予定になっている。しかし、衣料品か。そこまでは気が回らなかったな」
「現在が夏季である為、そこまで喫緊という訳ではありませんが、不潔は病気の温床ともなります。できるだけ早い手配をお願いしたい」
「ふむ……となると、別便で手配が必要か」
「それなら辺境都市群から手配するのはどうでしょうか」
ナタリアの要望を受け考え込んでいたリカルダに、トーラが手を上げた。
「学術都市のヴェルクリエは服飾産業も盛んです。同盟領から運んでもらう物資と一緒に、手配できないでしょうか」
「ふむ、確かに同盟領からの物資はヴェルクリエを経由して運ばれているな。その輸送路を利用しようという訳だな」
「はいっ! 今は夏季で暖かいですが、帝国の厳しい冬が来るまでに防寒着も揃えられたらって思います。もちろん復興も大切ですが、今いる住民のケアも大切です。寒くなるギリギリでは衣料品の値段も高騰しますし、品揃えも薄くなります。だから、一緒に手配できるのなら今するべきだと思うんです」
リカルダの言葉に頷いたトーラ。
「わかった、後発の支援物資輸送の際に、衣料品や医療品を追加で手配してもらうよう、同盟へ使いを出すとしよう」
二人の提案を受け、リカルダは決定した。また借金が増えるな、との呟きと共に。
「住民の方々の意識を復興へ向ける必要があると考えています」
会議は進み、更に踏み込んだ内容の議論へと発展していく。
そんな中、セツリは保護した住民達の心情をくみ取る必要があると訴えていた。
「帝国軍の皆様が意欲的に復興を目指しているのはよくわかります。しかし、保護された住民の皆様はどうでしょう」
「復興したいとは考えていると思っているが、貴公は違うというのか?」
「いえ、違うとは言いません。しかし、他人任せになってはいないでしょうか。我々は被災者である、生活基盤を失ったのだから、庇護の手が差し伸べられて当然である、と」
リカルダの言葉にゆっくり首を振ったセツリが続ける。
「リカルダ将軍の軍は、もっと他にしなければならない事が出来るかもしれません。いつまでもエスタルの復興だけに注力する訳にはいかないでしょう」
「そうだな、未来はどうなるか誰にもわからん」
「はい、ですから、住民達が自らの足で立ち上がれるようにするべきだと考えます」
「住民達が自らか。軍主体の復興計画の人手として住民達には手助けを求めるつもりではあるが……貴公はそうではないと言いたいのだな」
「はい。それももちろん良い方法だと思うのですが、そうすればリカルダ将軍の軍が動いた時に、住民達は途方に暮れてしまいます。指示を出してくれる人が居なくなってしまいますから」
そう言って大きな眼鏡の奥からじっとリカルダを見るセツリ。
「帝国軍の皆様が『○○をしてくれる。○○を用意してくれる』。これは働く側にとってとても楽でしょう。やれと言われた事をやっていればいいのですから。ですが、それでは人は育ちません」
「当然だな」
「解決策、と言えるかはわかりませんが、私は住民の皆さんに考える機会を与えるべきだと思います。具体的には、このエスタルの復興に当たる帝国軍の姿を見せ、搬入される資材の目録や工程表を彼等に提示します。どれがどれくらいかかるかという目安として」
「ふむ……それを見て、自分達ならどうするか考えろと」
「はい。もちろんいきなり言われてできるものではありませんが、住民の皆様が主体となって作業をする事で、技術の向上はもとより、やる気、愛着、アイデア、様々な物が付随してくるのではないでしょうか」
と、そこまで言ってセツリは、セロンガード・シュタインドルフを見た。
「人とは最大の財であります」
セロンガードはセツリから役割を引き継ぐと、リカルダに向かう。
「究極的な結論を申し上げますと、我々には前述の懸案・提案事項の全てが必要であり、全てが重要です。事の優先順位はあれど、全てをこなさなくてはなりません。そして、その為には手数が必要です」
「それが人という訳だな」
「然り。技術者であるドワーフの誘致はその筆頭でありますが、これ以外にも人を迎えいれる用意をするべきです」
「用意か。それが街の復興だという事だな?」
セロンガードが発した言葉にリカルダは問いかける。
「はい、エスタル復興の報がこの帝国東域に響くに当たり、難民、移民が押し寄せてきましょうが、それも復興がある程度進み、噂を耳にした民が『暮らしてゆける』と確信を持てるようになってからでしょう。そして、その人々が集まる前に用意をしておかなければなりません」
「具体的な話を聞かせてもらえるか」
リカルダに言われこくりと頷いたセロンガードが続ける。
「自然と集まってくる民達を統制する用意をする必要があります。具体的には『生活の確保』『兵站の拡充』『人材補填』の三つです」
そう言いながらセロンガードはエスタルの地図を指さした。
「まず、皆からも提案が合った通り、『生活の確保』が最優先です。水道の確保――水は人々に英気を与えます。衛生管理の拡充――清潔さは徳繰を養います。防衛網の再構築――外敵を防ぐ壁は安寧を与えます。他にも数え上げればきりがありませんが、生活基盤の確保を最優先で進めることで、人々を受け入れる『器』を作ります」
セロンガードは地図を指さしながら、解説していく。
「次に『兵站の拡充』。いくら『器』があろうとも人はそれだけで生活できません。衣食住の保証こそが人を定着させましょう。これは皆が提案した案を実施すれば叶うかと考えます。そして、私が提案したいのはその後の事です」
「その後、先ほど言っていた統制の事か」
「はい。定着した民は所詮流民。言葉は悪いですが、放っておいてはただの『穀潰し』にしかなりません。ですから、それらの流民を管理統制し、そして見つけ出すのです」
セロンガードはこの場に集った仲間たち一人一人に視線を送り、「彼等のような」と呟くと――。
「優秀な人材をです」
「確かに優秀な人材は喉から手が出るほど欲しい。しかし、そう都合のいい人材が集まるだろうか」
「懸念ももっともです。それ故の『人材補填』です。
集った人々に教育を施し、人材を育成していきます。とはいえ、復興の片手間で出来るような事でもないのは当然です。そこで、得意分野を探り何か一つに集中させるのです。これによって、人材の伸びしろを測り、適性を見極めます。加えて急場の『生産力』の確保にもなり、兵站の一助といたします」
「復興に携わりながら、人材育成、そして産業まで確保しようという事か」
「はい。適正を見極め適所に人材を配し、生産を行います。最初は簡単なもので構いません。矢を作ったり、農作物を作ったりですね。それらを元に交易にする事で、元手とします」
「内職的なものであれば女子供でも携われるか」
「仰る通りです。男手だけでは圧倒的に手が足りませんので、復興が軌道に乗るまでは総力を挙げて乗り切る構えが必要でしょう」
「そうだな。綺麗事を言っていられる状況ではないのは確かだ。進言感謝しよう」
リカルダの同意を得て、セロンガードは自分からは以上ですと、話を終えた。
●
この後も会議は続き、様々な議題が挙げられた。
復興への様々な道が示され、歩む術が議論される。
「イリオスでも感じているが、寄せ集めの統制は骨が折れるぞ」
「その為にも自警団結成です。それこそイリオスの経験が生きるというもの」
ベルクの懸案にセロンガードが答えた。
「周辺の安全確保も急務ですね。折角エスタルに来たのに魔獣やクリーパーが居て近寄れませんでは話になりませんし」
「ええ、それに城壁の無いこの駐屯地では民も休まらないでしょうしね」
トーラとアウレーリアがエスタル周辺の地図を指さし議論する。
「訓練というのであれば、この駐屯地でも可能だろう。軍の診療所に住民達を派遣して経験を積ませてはどうか」
「技術を身に着けることが出来れば、自立への近道ともなりますし、いい案だと思います」
ナタリアの提案にセツリは同意した。
「人が集まればそれだけ知恵も集まるから、ワタシ達がだしたアイデアよりもっといいものが出てくる可能性もあるしね」
「その為にも、やはり糧食の確保が最優先事項ですね! 我がターミルの民を誘致できれば話は早いのですが、そうもいきません。やはり、避難民の中から――」
トゥーリとハリスが(仲良く)議論を重ねる。
こうして、会議は休憩時間すら惜しむ勢いで続けられる。
この会議で出た冒険者達のアイデアが、街の復興の礎となることは間違いないだろう。
エスタルの復興はまだ始まったばかりである。
再びこの地に人々の賑わいが戻るのか、それはまだわからない――――。
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:標準8 / 6〜8人
2022年07月22日 00時11分50秒 公開
相談掲示板
ヒーラーのセツリと言います。よろしく。 今回は会議で意見だしということで、あまり事前にすり合わせも必要ないでしょうか? 相反する意見が出たとして、それをどうとらえて活かすかはあちら次第、というところもありますし……
トゥーリだよ、よろしく! 会議かあ。とりあえず意見出しって感じになりそうだね。 まわりを見て回ったりする人が多そうなら手分けした方が効率はよさそう、くらい?
キャスター、アウレーリアです。宜しく。 まぁ、最終的な実現の可否は相手方に委ねることになりますし。 思い付いたことは各々、好きなように出してしまって良いと思います。 外を見ながら考えて意見出し、というパターンもあるでしょうしね。
トーラです。 よろしくお願いします。 わたしは東の辺境都市群やドワーフ王国に支援を頼んでみるのはどうかと提案してみようかと考えています。 後は人を呼ぶためにも都市の守りを固める必要があると思うので、その強化でしょうか。
ハリスと申します、どうぞ宜しく。 中央部に巨大な水源があるとプラスに考えれば、大規模な農業を行える可能性がありますね!(
ヒーラーのナタリア・フィッツジェラルドだ。宜しく。 まあ、復興に関して言えば如何なる局面であっても、人的資源がそれを支えるもの。 ならば彼らが再び働きやすくなるように、いつもの医療薬学面の支援を行おう。 ゲルも持参で簡易診療所や簡易ベッドを用いたり、馬と荷馬車で資材やら急患の搬送もな。
シーフのベルクだ、よろしく頼む。 復興に関してだが、このままいくとイリオスが乱れそうな気がするのでそちらを含めた軍事方面での提案をするつもりだ。