【砂塵】祝勝会
馬車猪
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シナリオID:2150
オープニング
イグノ砂漠から始まった動乱はイグノ砂漠で終わった。
王国南東部に陰謀を仕掛け多数の亜人部族を支援してきた賊の本拠地を、冒険者達が攻め落としたのだ。
冒険者の被害はなし。
同行者1人の行方不明のみという、戦果を考えれば0に等しい被害であった。
●
そしてそのセニャである。
「仕事が少ないのは楽ね」
んー、と気楽な表情で伸びをする。
押し殺した悲鳴が響いているのに気にもしない。
「お客様、困りますよっ!」
スーツを着こなした従業員が青い顔をしている。
ここは王国貴族や同盟の大商人がお忍びで宿泊することもある宿だ。
流血沙汰を起こされると物理的にも評判的にも大ダメージであった。
「困っているのは私よ」
表情は困り顔なのに金と紫の瞳が悪戯っぽく笑っている。
「今日だけで2度目の襲撃よ? この部屋には女子供しかいないの。怖くてたまらないわ」
鞘に収めたままの細剣を、軽量のナイフやフォークであるかのように扱い定位置へ戻す。
従業員は謝罪しようとして頭を下げ、床で呻いている男達と目が合う。
鼻が歪んで血が流れているが見覚えがある。
最近頭角を現していた若手だ。
「お客様、申し訳ありませんが……」
セニャ主従が返金と迷惑料を押しつけられて追い出される、数分前の出来事であった。
「参ったわね」
言葉の割にセニャは上機嫌だ。
ゴールディの首都シルバードを堪能しているように見える。
(お嬢様)
メイドがテレパスで諫める。
亜人を大量に殺してきたセニャの気配はかなり禍々しい。
貴族子女として被っていた猫を完全に脱ぎ捨てた今、外見はともかく気配は完全に裏か闇に属する人間だ。
(冒険者の皆さんの顔を立てる気がおありなら、気配を抑えてください)
「これを頂くわ」
セニャは王国首都での小売価格より1桁高いオレンジジュースを瓶入りの箱で買い、メイドに支払いと受け取りをさせる。
支払いは古びた金貨だ。
店主は一瞬迷い、しかし自らの目利きと勘を信じて素直に受け取った。
(セニアーラ様、その程度ではほとんど抑えられていません)
(犯罪都市でお淑やかなお嬢様でいるのは危険じゃないかしら)
(その要素もありますが人類の都市です。セニアーラ様は招かれた訳ではないのですから、必要以上の迷惑をかけるのはどうかと思いますよ)
気配を隠した授恵者が、王国からの迷惑な客に気付かれたことに気付いて肩をすくめていた。
●
3本の脚が着地の衝撃を受け流す。
ビッグオウムは長距離飛行の疲れも見せず、厩舎に向かって悠然と歩きだす。
「疾風、止まって! お客さんを連れて行っちゃ駄目!」
若い御者が必死に止めようとする。
体格の良いオウムは本当にしぶしぶ立ち止まり、客が降りられるよう姿勢を低くした。
「厩舎まで行かないの?」
「堂々とスパイしようとしないでください!」
涙目の御者に、スパイじゃないのにと口を尖らせる桃色髪6歳児。
年齢を10増やして善悪の気配を反転させるとセニャそっくりだ。
突然加速を感じた。
相棒の疾風が勝手に判断して勝手に行動している。
上司から怒られないぎりぎりで済ませているのが非常に憎たらしい。
(こっちは……うわやっぱり)
疾風が向かっているのは郊外の一軒家だ。
屋敷というには規模が小さく、普通の家屋というには壁が分厚く家屋も倉庫も頑丈すぎる。
マフィアの1つがセーフハウスとして確保していた、今は王国からの客人が借りている場所である。
「お帰りなさいませジョセフ様。いつもありがとうございます、リナ様、疾風さん」
メイドが慣れた様子で6歳児を降ろし、御者とオウムに挨拶する。
いつの間にか良い香りのするオレンジジュースが人数分グラスで用意されている。
奥に見えるのはビッグオウム用の昼食だろう。
(情報が漏れたのかなぁ)
「この情報だけでは飼育は無理だと思いますよ」
メイドは穏やかに答え、疾風は早く食事の許可を出せと御者に迫る。
騒々しくはあるが暖かい光景に、リナの引き攣っていた表情が元に戻ろうとした。
悲鳴が響く。
倉庫の扉がわずかに開かれ、国外に運んだこともあるゴブリンが飛びだしてくる。
ひい、ひいと恐怖で呼吸もままならず、しかしみっともないと感じるより恐ろしいものが近くにあるという警告にしか感じられない。
(見ちゃいけないものばかり増えていくよぅ)
若くして御者に選ばれるほどの才媛でも、リナはそろそろ精神的に限界だった。
「おおげさね」
扉が内側から大きく開かれる。
ホブゴブリン種のゴブリンでもないのに、たった1人で大重量の扉を左右に開いて平然と歩いて出てくる。
「ちょっと変な気配がするだけじゃない」
「うわぁ」
リナは口に出してしまった。
外から差し込む光は不十分なのに、倉庫の奥にある金細工や彫像が妖しくきらめいていた。
●
「どうお呼びすれば?」
「セニャで結構」
「ではセニャ様、初めまして」
冒険者ギルドから急遽呼び出された職員が、見慣れた顔にいつも通りの愛想のない態度で説明を始める。
「あなたを追い出せという依頼が複数申請されています」
職員の後ろにゴブリンが控えている。
ゴールディ社会の上層にいるゴブリンの1人であり、セニャを確実に討てる戦力を個人の裁量で動かせる。
だが無傷では済まない。
そもそも、出奔中とはいえ王国の伯爵家出身者と無駄に揉めたくなどないのだ。勝って得られる利益より増える敵の害の方が大きい。
「用事が済めば出て行くわよ」
セニャの用事はイグノ砂漠で得た財宝の換金だ。
純金や宝石で作られた装飾金。
高度な技術で掘り出された怪物の像。
見ていると心が乱れる紋が織り込まれた絨毯。
1つだけでもかなりの価値がある品々だ。
「それですよ」
セニャ相手の交渉に出向いて直視してしまったゴブリンが、沈痛な表情で口を挟む。
「すぐに出て行けとは言いませんから例の財宝を処分してください」
零細マフィアや一旗揚げようとする馬鹿が奪おうとしてセニャに痛い目にあわされている。
「相場の7割で良いと最初から言ってるじゃない」
「呪われてるとしか思えない品に値段がつく訳ないでしょう! なんで無事なんですかあんたは!」
「慣れ?」
亜人から憎悪を浴びせられ続けてすっかり慣れた。
砂漠の奥で隠れ潜んでいた者達の恨み辛み程度、セニャにとっては少し涼しい程度にしか感じられない。
「これだから格の高い授恵者って奴は……」
ゴブリンは頭痛に襲われ眉間にしわを寄せる。
「如何でしょう」
職員は淡々と言う。
セニャは換金を望み、ゴブリンはセニャの退去を望んでいる。
換金と退去の両方を行う依頼にしてはと、職員は両者に対して提案した。
「冒険者ギルドには今後も依頼するつもりだし、私は構わないわ」
「同胞歓迎って1文を依頼に書いてください」
こうして、砂塵の気配がする最後の依頼が公開された。
王国南東部に陰謀を仕掛け多数の亜人部族を支援してきた賊の本拠地を、冒険者達が攻め落としたのだ。
冒険者の被害はなし。
同行者1人の行方不明のみという、戦果を考えれば0に等しい被害であった。
●
そしてそのセニャである。
「仕事が少ないのは楽ね」
んー、と気楽な表情で伸びをする。
押し殺した悲鳴が響いているのに気にもしない。
「お客様、困りますよっ!」
スーツを着こなした従業員が青い顔をしている。
ここは王国貴族や同盟の大商人がお忍びで宿泊することもある宿だ。
流血沙汰を起こされると物理的にも評判的にも大ダメージであった。
「困っているのは私よ」
表情は困り顔なのに金と紫の瞳が悪戯っぽく笑っている。
「今日だけで2度目の襲撃よ? この部屋には女子供しかいないの。怖くてたまらないわ」
鞘に収めたままの細剣を、軽量のナイフやフォークであるかのように扱い定位置へ戻す。
従業員は謝罪しようとして頭を下げ、床で呻いている男達と目が合う。
鼻が歪んで血が流れているが見覚えがある。
最近頭角を現していた若手だ。
「お客様、申し訳ありませんが……」
セニャ主従が返金と迷惑料を押しつけられて追い出される、数分前の出来事であった。
「参ったわね」
言葉の割にセニャは上機嫌だ。
ゴールディの首都シルバードを堪能しているように見える。
(お嬢様)
メイドがテレパスで諫める。
亜人を大量に殺してきたセニャの気配はかなり禍々しい。
貴族子女として被っていた猫を完全に脱ぎ捨てた今、外見はともかく気配は完全に裏か闇に属する人間だ。
(冒険者の皆さんの顔を立てる気がおありなら、気配を抑えてください)
「これを頂くわ」
セニャは王国首都での小売価格より1桁高いオレンジジュースを瓶入りの箱で買い、メイドに支払いと受け取りをさせる。
支払いは古びた金貨だ。
店主は一瞬迷い、しかし自らの目利きと勘を信じて素直に受け取った。
(セニアーラ様、その程度ではほとんど抑えられていません)
(犯罪都市でお淑やかなお嬢様でいるのは危険じゃないかしら)
(その要素もありますが人類の都市です。セニアーラ様は招かれた訳ではないのですから、必要以上の迷惑をかけるのはどうかと思いますよ)
気配を隠した授恵者が、王国からの迷惑な客に気付かれたことに気付いて肩をすくめていた。
●
3本の脚が着地の衝撃を受け流す。
ビッグオウムは長距離飛行の疲れも見せず、厩舎に向かって悠然と歩きだす。
「疾風、止まって! お客さんを連れて行っちゃ駄目!」
若い御者が必死に止めようとする。
体格の良いオウムは本当にしぶしぶ立ち止まり、客が降りられるよう姿勢を低くした。
「厩舎まで行かないの?」
「堂々とスパイしようとしないでください!」
涙目の御者に、スパイじゃないのにと口を尖らせる桃色髪6歳児。
年齢を10増やして善悪の気配を反転させるとセニャそっくりだ。
突然加速を感じた。
相棒の疾風が勝手に判断して勝手に行動している。
上司から怒られないぎりぎりで済ませているのが非常に憎たらしい。
(こっちは……うわやっぱり)
疾風が向かっているのは郊外の一軒家だ。
屋敷というには規模が小さく、普通の家屋というには壁が分厚く家屋も倉庫も頑丈すぎる。
マフィアの1つがセーフハウスとして確保していた、今は王国からの客人が借りている場所である。
「お帰りなさいませジョセフ様。いつもありがとうございます、リナ様、疾風さん」
メイドが慣れた様子で6歳児を降ろし、御者とオウムに挨拶する。
いつの間にか良い香りのするオレンジジュースが人数分グラスで用意されている。
奥に見えるのはビッグオウム用の昼食だろう。
(情報が漏れたのかなぁ)
「この情報だけでは飼育は無理だと思いますよ」
メイドは穏やかに答え、疾風は早く食事の許可を出せと御者に迫る。
騒々しくはあるが暖かい光景に、リナの引き攣っていた表情が元に戻ろうとした。
悲鳴が響く。
倉庫の扉がわずかに開かれ、国外に運んだこともあるゴブリンが飛びだしてくる。
ひい、ひいと恐怖で呼吸もままならず、しかしみっともないと感じるより恐ろしいものが近くにあるという警告にしか感じられない。
(見ちゃいけないものばかり増えていくよぅ)
若くして御者に選ばれるほどの才媛でも、リナはそろそろ精神的に限界だった。
「おおげさね」
扉が内側から大きく開かれる。
ホブゴブリン種のゴブリンでもないのに、たった1人で大重量の扉を左右に開いて平然と歩いて出てくる。
「ちょっと変な気配がするだけじゃない」
「うわぁ」
リナは口に出してしまった。
外から差し込む光は不十分なのに、倉庫の奥にある金細工や彫像が妖しくきらめいていた。
●
「どうお呼びすれば?」
「セニャで結構」
「ではセニャ様、初めまして」
冒険者ギルドから急遽呼び出された職員が、見慣れた顔にいつも通りの愛想のない態度で説明を始める。
「あなたを追い出せという依頼が複数申請されています」
職員の後ろにゴブリンが控えている。
ゴールディ社会の上層にいるゴブリンの1人であり、セニャを確実に討てる戦力を個人の裁量で動かせる。
だが無傷では済まない。
そもそも、出奔中とはいえ王国の伯爵家出身者と無駄に揉めたくなどないのだ。勝って得られる利益より増える敵の害の方が大きい。
「用事が済めば出て行くわよ」
セニャの用事はイグノ砂漠で得た財宝の換金だ。
純金や宝石で作られた装飾金。
高度な技術で掘り出された怪物の像。
見ていると心が乱れる紋が織り込まれた絨毯。
1つだけでもかなりの価値がある品々だ。
「それですよ」
セニャ相手の交渉に出向いて直視してしまったゴブリンが、沈痛な表情で口を挟む。
「すぐに出て行けとは言いませんから例の財宝を処分してください」
零細マフィアや一旗揚げようとする馬鹿が奪おうとしてセニャに痛い目にあわされている。
「相場の7割で良いと最初から言ってるじゃない」
「呪われてるとしか思えない品に値段がつく訳ないでしょう! なんで無事なんですかあんたは!」
「慣れ?」
亜人から憎悪を浴びせられ続けてすっかり慣れた。
砂漠の奥で隠れ潜んでいた者達の恨み辛み程度、セニャにとっては少し涼しい程度にしか感じられない。
「これだから格の高い授恵者って奴は……」
ゴブリンは頭痛に襲われ眉間にしわを寄せる。
「如何でしょう」
職員は淡々と言う。
セニャは換金を望み、ゴブリンはセニャの退去を望んでいる。
換金と退去の両方を行う依頼にしてはと、職員は両者に対して提案した。
「冒険者ギルドには今後も依頼するつもりだし、私は構わないわ」
「同胞歓迎って1文を依頼に書いてください」
こうして、砂塵の気配がする最後の依頼が公開された。
解説
【砂塵】のエピローグ依頼です
プレイング作成の際に文字数を節約できるよう選択肢を提示していますが、自由に書くのも大歓迎です
1.ゴールディの首都シルバードで打ち上げ会に参加する
王国南東部の防衛戦成功や、リーラント領での戦勝、イグノ砂漠での賊討伐成功などを祝います
プレイングで場所指定がない場合は、セニャが借りている郊外の一軒家とその周辺が舞台となります
費用は全額セニャ持ちです
1-1.料理をする
1-2.余興をする
1-3.会場設営をする
1-4.セニャと会話や交渉をする
2.砂漠の財宝換金に協力する
セニャが手に入れた財宝は、程度の大小はありますが健康に悪そうな気配を放っています
エーテル浄化者が登場すれば瞬時に解決するかもしれませんが、危険な場所と人(セニャ)が近くにいるので呼べません
それっぽい儀式で変な気配を弱めたり、そのままでも引き取ってくれる客を見つけたり、あまり売れなくてもセニャが暴れないよう説得したりしましょう
財宝換金が失敗するとセニャの財産は0になります
2-1.財宝の浄化?を試みる(担当冒険者がいない場合はセニャが鋳潰してインゴットや炭にします)
2-2.買い手を探す(担当冒険者がいない場合は闇マーケットで販売されます)
3.ジョセフ・リーラントを宥める
打ち上げ会が終わりジョセフが王国に戻った後、叔母のセニャと少なくとも数年は再会できそうにないことをまだ知りません
知れば泣きわめいて別れたくないと強く主張し、冒険者が放置すればセニャは最低でも1ヶ月行動不能になります
4.ゴールディ関係者を労る
ジョセフとリーラントの担当にさせられた御者のリナや、セニャが死なないよう尽力した(主にマフィアの)人達を労ります
5.リーラント家に関わる
セニャに対してあんまりなことをした伯爵に対して伯爵夫人が激怒しています
しかし伯爵はセニャについて折れるつもりはなく、セニャもこの機会を利用して帝国に向かうつもりなので、放置するとリーラント家の人間関係が非常にこじれます
出禁が言い渡された人間でもリーラント家を訪れることが可能です
6.その他
1から5に含まれない内容の行動です
※複数の選択肢の内容を実行するのも歓迎です
※セニャの今後
帝国に向かい復興に関わろうとします
資金が大量であればあるほど、冒険者が知識面での助力やコネの紹介をすればするほど、大規模になるでしょう
マスターより
連作依頼の第8回オープニングです
今回で完結です。今まで本当にありがとうございました
リプレイ
●
敵というには弱すぎて、しかし一般人に任せるには毒気が強い。
そんな気配を放つ彫像を、シルク・メイプルリーフが手袋で包んだ指でなで回す。
「本当に鋳つぶす予定でいらっしゃる?」
振り返る。
その瞬間背後から不吉な気配が吹き付ける。
しかし信仰篤くそれ抜きでも強いシルクには全く影響を与えられない。
「最悪の場合は、よ。1年後の金貨10枚より来週の1枚が必要な状況なの」
シルクと違って少し寒気がする程度の影響は受けているセニャが、鋳つぶす準備を始めるかどうか考え始めていた。
「ふむ」
どうすれば普通の彫像にできるか想像もできない。
だからシルクは己の得意分野でいくことにした。
「それならばまずはこう」
回り込んでふわりと背後から抱きしめる。
豊かで均整のとれた体を隠すのは布地の少ない水着だけで、怪しい燐光を放つ彫像とそれに照らされた白い肌の組み合わせは芸術的だ。
なのにセニャは、そこに何故か冒涜的なものも感じてしまう。
「シスターブリーカー!」
微妙に怪しい色のエーテルを込めた全力のハグである。
「待っ」
セニャは慌てて止めようとして、完全に非武装なシルクがいつもとは違い低威力であることに気付く。
「そのままでは売れないから傷つけても構わない……なにごとっ!?」
豊穣神?の呼び声によりシルクの纏う気配が変わる。
とても妖しい、ピンク色だ。
彫像の気配が塗りつぶされ、セニャは無意識に一歩下がっていた。
「あっちはすげーことになってるな」
ギャメルはセニャとシルクを横目でちらりと確認してから自らの作業に戻る。
既に火打石で自らの身は清めている。
家庭の神『マウマ』の聖印を手に跪き、残った何かが怨みを捨てマトリクス界へ至るよう真摯に祈りを捧げる。
人類社会から離れた場所で創られたそれは、ギャメルをあざ笑うかのように何の変化もない。
「心優しきオレはこれで終わりだぜ」
聖印を大事そうに片付け1度伸びをして体をほぐす。
にやりと笑うと、虫歯のない綺麗な牙が不浄な金細工とは正反対の清らかさで光る。
「霊魂未満のやつでも少しは効くだろ」
神霊達の腕を使って不可視の『腕』を動かす。
財宝にこびりついた何かを祓うように動かすと、目には見えない何かが命乞いの気配を放った気がした。
「優しさが欲しいって? ついさっき品切れになったぜ」
少しずつ、不吉な気配が薄れていく気がした。
「話半分かと思ったら逆じゃないか。ハヤトお前、オヤジを何に巻きこむ気だ」
「伯父貴に話は通しただろうが。伯父貴はもちろんアンタの顔も潰す気はねぇよ」
マフィアのファミリーから派遣されてきたゴブリンとハヤト=ガラン=ヴォルファングとの間に穏やかではない雰囲気が生じる。
「少し離れて見てな。多少ヤバイとはいえ仲介だけで3割だぜ」
自身と同じ【ガラン】の血を引く『ヴァイオレットレオン』頭目の面子を潰す気などない。
依頼をうけてセニャへの便宜を計ると同時に、いずれ自身が頭目になるつもりの組織を儲けさせるつもりだ。
「だが……分かった。少し闇に流れても文句は言うなよ」
砂漠で見つかったときより気配が弱くなっても、財宝達はまだまだ普通の人間にとっては危険な存在だった。
「さて、あの財宝を持ち込んだ一人として換金に協力するぐらいしないとな、これでセニアーラ嬢が貧乏暮らしとかなったらアルベルト卿の視線が怖くなる」
ベルク・オスマットの発言は半ば冗談だが聞いている方は気が気でない。
セニャが旅費を用意出来ずシルバードに居座ると迷惑する人間が多いのだ。
「お前なぁ、自由になれて羽根伸ばしてぇのもわかるけどよ。匿ってくれてる連中に迷惑かけんなって」
ハヤトがセニャに言うのを、複数のマフィアが応援していた。
「大人しくしているじゃない」
心外だ、と本心から応えるセニャを見て複数の溜息が漏れる。
「ああいう人間だ。逆鱗も分かり易いだろう」
解説するベルクは平然としているが、解説される古巣の人間は表情が引き攣るのを抑えるのが大変だ。
「え~と、シャルガネ式だと呪物への対策はお札で封印だったか? だがここにお札はない、となると……塩か!」
広範な技能と知識を持つベルクも、特殊な分野に関しては専門家に及ばないこともある。
塩を撒くとよくないものを祓えるといううろ覚えの知識でとりあえず呪物に塩を撒いて、効き目がなさそうなので盛るというか埋めてみる。
じわりと、塩が黒く変色し始めていた。
「学園に持ち込めば由来も分かるんだろうけど」
サイラスの手元にある資料は少ない。
財宝の持ち主が王国出禁なので今回は特にアクセスし辛いのだ。
「造りは……」
数百年前に流行っていたものの影響が見て取れる、ものもある。
紋章らしきものを重点的に調べても知識に該当するものはなし。
紋具関連の知識を思い出して改めて最初から調べて見ると、失敗作というより結果として紋具風になっている紋様がいくつかあった。
「削っていい? いや今の持ち主じゃなくて買い手さんや仲介さんに聞いてるんだけど」
ヤスリを手にサイラスが尋ねると、財宝の気配に閉口していたマフィアやフロント企業社員が互いに牽制しつつそれぞれのやり方で同意した。
今のままだとマフィアでも取り引きを避けたいものが購入しかねないからだ。
(鋳つぶせば知り合いの鍛治師とかキワモノ好きな変人マニアが買うだろうけど値段がね)
ヤスリが石や金を削り、生じた粉が拭き取られる。
考古学者が見れば卒倒するような光景が終わると、冒険者以外が近づいても精神に異常をきたさない程度に弱まった。
●
「鶏肉試食会から始まった戦いもようやく終わりだねー」
アルマ・ヴァレンタインは仕込みの最中だ。
打ち上げを豪勢に行いたいセニャの思いに応え、いつもの趣味は出さずにして調理技術を駆使している。
鶏肉はわざわざリーラント産のものを使い、セニャへのサプライズ兼祝いにするつもりだ。
(実家とこじれっぱなしもアレだし……ジョセフさんが成人して家督を継ぐまでとか落とし所があるといいんだけどねー……)
ここ数日6歳児の姿が見当たらないことに、この時点では気付いていない。
場所は変わって王国中央部南東よりに存在するリーラント伯爵領。
その中心である領主館に、冒険者達の姿があった。
ジュスト・ヴェルジーは頭を下げている。
伯爵婦人が感情の制御に失敗してさめざめと泣いているのだ。
護衛を兼ねたメイドからの視線は痛いほどだ。
「セニアーラさんが無事で、無事で、よかっ」
伯爵婦人の仮面を被ろうとして失敗する。
男女的な意味で男と触れあったことのないセニャのことを考えると、加害者に対する怒りとセニャへの同情でどうにかなってしまいそうだ。
「私のできることは少ないですが……」
セニャや辺境伯から預かったものをメイドを介して見せる。
手紙なら届けることができると、言葉にせず伝えていた。
(伯爵家次男が他家の伯爵婦人に会いにいくなんて凄い度胸ね)
ヴィノニスは感心している。
ジュスト自身が新しい火種にならないようリーラント邸のメイドを同席させるなど非常に手際が良く、逢瀬に熟練しているのではないかと思ってしまうほどだ。
なお、実行しているかどうかに関係なく、うまくできるのは間違いない。
「ひとまず、ジョセフくんとセニアーラが会えて良かった、ね。今後もいろいろとごたごたしそうだけど……。なんとかなるよ、きっと……ね」
ティトは近くの部屋で自身より小柄な少年を慰めている。
紫と金の目はまだ少し腫れていて、叔母との長い別れを告げられたことがどれだけ衝撃だったか良く分かる。
「セニアーラと文通とかどう、かな? ジョセフくんのお付きにセロンの息がかかってる人が」
んんっ、と咳払いして誤魔化す。
「その人に頼んで、文通とかできない、かな?」
ティトとジョセフがセロンガード・シュタインドルフを見上げる。
どちらもとても素直な期待の視線で、セロンガードは気を抜くと目を逸らしそうになってしまう。
(ふむ、長いようで短い日々でしたね)
いよいよお別れだ。
セロンガードの腕があればリーラント家までジョセフに会いに行くことなど簡単だが、今後数年は直接会うのは避けた方が良い。
ジョセフのためにもだ。
「可能な限り早期に、学園へ入学することをお勧めします」
何を言われたか数秒理解できず、理解した後も何故そう言われたか分からず6歳児が小首を傾げる。
「大勢の冒険者が聴講生や学園生といる場所なら、遠くと連絡をとることも容易です。それまでしばらくはセニアーラ様……いえ、セニアーラには会えませんが、暫しの辛抱です」
6歳児に滅茶苦茶な要求だ。
ジョセフは歳の割には非常に優秀だが、凄まじい速度で成長する冒険者達と比べると能力でも素質でも見劣りする。
「勉強して鍛錬して、立派になった姿をセニアーラにお見せしましょう」
だがセロンガードは一時とはいえ主として戴いた少年を信じている。
「うん!」
紫と金の瞳が、叔母を思わせる力強さで光った気がした。
「ジョセフくん、がんばって。もう会えないわけじゃないから、ね?」
ティトは裏表なく応援する。
武力は見事でも人付き合いは苦手な彼女も、ジョセフとは相性が良いのかセロンガードを介して知り合ったのが良かったのかジョセフとは素直な気持ちで向き合える。
「泣くのは次にセニアーラと会うまで我慢、だよ!」
ジョセフくんを泣かそうとするやつはこうだからと、剣を抜かないまま冷たい殺気を放っていた。
(男の子が成長するのは一瞬ね)
ヴィノニスは少し寂しげに微笑んだ後、ジョセフから見えない位置へ移動した。
「どうかしら」
問われた男女は返答しない。
「言葉よりずっと雄弁ね」
ヴィノニスが苦笑する。
セロンガードに鍛えられた彼等は、情報面でリーラント家を守る存在だ。
次期伯爵の成長を喜ぶ感情が、無表情にも関わらず非常に分かり易い。
「セニアーラが出奔した後の監視は必要、とはいえそこまで人手を割く余裕はないでしょう?」
諜報、防諜、何よりジョセフの守りが最優先だ。
今後リーラント家がどう動くかに関係なく、情報部あるいはその後継組織はジョセフと接近することになる。
「代替わりまで遅くとも20年。早ければ10年くらいかしら。ジョセフくんがあなた達を手足として使いこなせるようなるまで、10年で済めば奇跡に近いわね」
現伯爵は40代後半だ。
権力の滑らかな移譲を目指す気があるなら時間の余裕はほとんどない。
「最初は名目だけよね。でも……」
復興しつつある帝国の現況確認、ゴールディとの交易の管理と防諜、辺境伯との外交的連携の維持ともちろん防諜。
ジョセフが組織を使いこなせないままでは、爵位を継いでも領地ごと没落するだろう。
「ジョセフくん、いいかしら」
「なに先生ー?」
元気よく顔を出す。
叔母との別れは確定しているのに、今のジョセフは気力が充実している。
「3つのプラン、覚えてる?」
「うん!」
「ジョセフくんからプランを提案したら、きっと伯爵は断れないわよ
「うん!! お父様きらいって言う代わりに、がつんと言ってくるの!」
ジョセフは元気よく父の執務室へ向かう。
情報部を従え駆ける彼を、ヴィノニスは穏やかな表情のまま見送っていた。
●
金髪と桃髪が触れ合っている。
「だめ……」
拒絶の言葉は揺れている。
獰猛、強欲、不遜という言葉が似合うはずの声が、蕩けたように甘い。
「だ、だめっ」
剣ダコと筆ダコのある手のひらが分厚い胸板を押した。
無視してさらに距離を詰めることは容易だったが、アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトは理性を総動員してセニャから体を離した。
「ごめんなさい。今は、まだだめ」
謝罪にしては自らの欲を耐える色が強すぎた。
無意識の伸びてくる白い指を、アルベルトは続行の合図と判断すべきかどうか迷う。
数秒かけて判断を終え我慢をして、彼はなんとか気を取り直す。
「帝国に着いたら俺の主君のレイウェスト殿下に挨拶をしよう。一緒に帝国復興のために頑張るためにも」
「一緒は、難しいかもしれないわ」
セニャは揚げ足とりをする性格ではない。
「冒険者とそれ以外では動ける範囲が違うもの」
限られた資源をどう使うか考える様は、アルベルトより若いのに為政者の顔だ。
「帝国では俺の義弟が帝国復興に向けて頑張っている。一緒に闘うのはどうだろう?」
「難民キャンプにいた在野授恵者のこと?」
表情は真面目でも仕草には隙が多くなっている。
恋人達の逢瀬らしい雰囲気が益々濃くなり、大人達はそれなり以上に距離をとっていくが空気が全く読めない者もいた。
「ねーさまー!」
セニャの表情が固まり、アルベルトから飛び退き、乱れた髪を高速で直す。
「筋肉のひとー!」
姉の婚約者に気付いて駆け寄る方向を変える。
帝国騎士は頑張って頼り甲斐のある年上の顔をして、見た目は10年前のセニャの少年を器用に抱き上げた。
「ジョセフ、何かあったの?」
数日前に会ったときと言動は変わらないが印象が異なる。
表情は引き締まり、目は近くだけでなく遠くの人と物まで観察している。
セニャ本人は分かっていないが、7~8年前のセニャによく似ていた。
「僕も頑張ることにしたの!」
地面に降ろされた6歳児が胸を張る。
とても可愛らしくてセニャの目元が優しくなり、しかし嫌な予感がして原因が分からず混乱する。
「ねーさまみたいにうまくできないかもだけど、失敗なんてしないもん!」
セニャの視線が横にずれる。
失敗が許される時期と内容から着手した方が良いと勧めたヴィノニスが、目だけでごめんねと伝えてくる。
「そう、ね。部下が報告をしたい上司でい続けなさい」
自身の幼い頃の失敗を思い出す。止めたいがジョセフの成長のためには止めない方がいい。近いうちのジョセフの失敗と涙目を確信し、セニャの気分が落ち込んだ。
「にゃ! セニャっち久しぶりー!」
サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブが足音を立てずに近づき、セニャの髪のわずかな乱れに目を向けにゅふふと笑う。
「ゴールディでの生活には慣れたかなっ?」
アルベルトからの視線を遮ってあげる情けはあってもからかう気は満々だ。
色恋に興味がある女性なら分かる表現でセニャの隙をつんつんする。
澄まし顔で受け流すこともできず、セニャはサフィラ相手に防戦一方だった。
「おめでとう先輩」
女同士の仲良い話に割って入る気はないがナキルは言わざるを得ない。
「落ち着かないんだろうけど、余計な敵を増やさねェ方がいいんじゃねーか……? 前みたいな家っていう後ろ盾も無ぇんだし」
だからって実力行使はするな。本人が死ぬのは自業自得でも被害に巻きこまれる連中が気の毒すぎる。と歯に衣着せずに言う。
(まぁ、助けを求められたら手を貸すんだけどさ)
ナキルは気付かれないよう、溜息に近い息を吐いていた。
「おーい」
ハヤトがやって来る。
砂漠を行軍し特異個体と激戦を繰り広げた後休憩なしで砂漠から戻ってこれるハヤトも疲れを隠せない。
社会の裏側に位置する組織相手に交渉した、精神的な疲れだ。
「私の取り分は6割なの?」
「ものがものだ。警備や輸送で相当かかるからな。せめて1ヶ月くらい待てなかったのかよ。かなり違ったぜ?」
「今はお金で時間を買いたいの。私の予想が当たってるなら本当にぎりぎりだから」
為替として機能する書類を受け取り、セニャが改めて礼を言った。
「セニアーラ嬢、便りは届いたかな?」
ジュストが顔を出す。
伯爵婦人相手のときと態度が全然違うが、今の飄々とした態度が素だ。
「宛名のないのが2通、冒険者ギルドからね」
「何が書かれていたかは聞かないよ」
「あら残念。巻きこんでしまいたかったのだけど」
彼女は、上品な笑顔のまま器用に舌打ちをしていた。
●
金払いの良さは多くの欠点を補う。
打ち上げの会場に運び込まれる生花はどれも活き活きしていて色も鮮やかなものが多い。
調達も運搬も非常に大変だが、専門家らしいゴブリン達は十分な額を前払いされ真剣かつ上機嫌だ。
「セニャさんの自腹ですか。出奔しても面子に配慮せざるを得ないのは大変と思うべきでしょうか」
エヴァン・ピオネロは経費節約と質の両立に頭を悩ませる。
備え付けのテーブルの一部などの見た目が悪い物は綺麗な布で覆って体裁を整え、会場の隅の飾りは野花と蔦も使ってリース等の緑の演出を行う。
花農家の皆さんの助けがあっても大変で、エヴァンのショートスリーパーとしての適性が大活躍だ。
「今のうちにメニューの確認を……」
料理と酒にあわせてテーブルセッティングも変える必要がある。
アルマのお手伝いで料理助手へ行きたいのに行けない状態だった。
「おや?」
フリーダ=ブロムヴィストが足を止めた。
膨大な量の情報が送り付けられて五感が一種印混乱したのだ。
「結果がどうあれ、無事にイグノ砂漠の問題は解決しましたね」
情報を徹底的に意訳すると『これでかなりの短縮ができました。やったぜ』になる。
喜びと興奮とフリーダではまだ解釈しきれない感情と意味が詰め込まれているので負担は大きい。
「冷やす紋具はこちらにお願いします」
フリーダはどう見てもマフィアなゴブリンに指示を出して物と料理を動かす。
濃厚な脂の香りが漂う場所から離れ、特大の大皿に載せて来たケーキをひんやりした大箱へ移す。
「他人の金で食べる飯は美味い。はっきりわかんだね、ですね」
啓示として何度か受け取った言葉を口にする。
卵と砂糖と小麦粉に妥協無く金をかけ、高性能な設備を使って自ら焼いたそれには自信がある。面子的にも味的にもセニャ大満足だ。
ケーキに興味があります! と顔にも行動にも出ている6歳児が、部下達に制止されていた。
「市井の者達に金を回すのも重要なのだ」
ストレガ・L・リベルガストラは経費の不正使用はしないが有効活用はする。
具体的にはゴールディの外から輸入したものを可能な限り使わずゴールディの食材を使う。
「とはいえ食材には抜かりなく使える物を選び取るのだ」
だから要求は厳しい。
甘く見てふっかけようとした業者は、容赦なく追い払われていく。
「王国貴族うまれでも大丈夫な料理は、少し時間がかかるのだ」
肉魚野菜バランスよく作っていくのは食に熟練したストレガでも大変だ。
エヴァンやフリーダが発注した酒を確認し、チーズなどの肴も調節する。
「始まってるー?」
アルマは1羽まるごとローストチキンにした料理をどんどん大きなテーブルに並べていく。
「今からよ。……これは?」
「うふふー」
アルマは食べてのお楽しみだと笑い、クリームシチューの運搬は会場の従業員に任せて乾杯に加わることにした。
「私が生き延びたのも、王国南東部から賊を追い払ったのもここにいる皆と今ここにはいないけど戦いに参加してくれた冒険者のおかげよ。今日は思いっきり楽しんで頂戴」
おー! と力強い返事が響いて宴が始まった。
「味は良いけど作り方が……悪くはないけど中途半端じゃない?」
「不味いのか? セニャ先輩から合格点が貰えるようなら十分通用するかなって、あの店でも出せそうな一品考えてみたんだぜ?」
ナキルはまだ発展途上だが質向上のため研究や鍛錬もしている。
「私も調理は部下に任せてたから断言はできないけど、儲けを出すなら高額にできる料理か材料費を減らせる料理にするしかないんじゃないかしら」
「そっちの問題か」
現役のパンクリアース学園生であるナキルが悔しがり、セニャは故郷を懐かしむ表情になっている。
「さすがに財宝換金には成功しましたね」
万が一ダメだった時は責任取って仕事を手伝うつもりだったフリーダは、飲み物を受け取りテーブルを巡る。
シルクの担当のバーベキューは1本ずつ鉄串を持たせて下味をつけた肉やら野菜やらをお好みで刺し炭火で炙りながら歓談という、ワイルドに生きるゴールディの人間でも驚くイベントになっている。
「リナもお疲れ様だ。困ったら冒険者のオレが力になるからな」
ギャメルはセニャに振り回されたマフィアやビッグオウムの御者に、胃に優しい料理を振る舞っている。
「優秀で気立ての良いお前の御者をこれからも支えてやりな」
会場に堂々入って来たオウムにも餌を出してやりながら、そっと伝えていた。
ストレガは、少し剣呑な気配が漂っていたテーブルに特大かつ高品質の料理をどんと置いて敵意を散らす。
「彼女が陣頭で戦っていたお陰もあって我々は王国に拠点ができたのだから、これくらいの厄介は平等だろう。まあお疲れ様なのだ」
マフィアを宥めてからリナを連れ出す。
「家を巡っての騒動は此方の活動に影響が出るだろうからリナは其方も注視し報告するように。きっとゴールディの為になるのだ」
さらに役目が増えたゴブリナが、胃の上を抑えていた。
●
日が傾き温度が下がっていく。
セニャは甥を宿に送り届けてから会場へ戻る。
灯りが灯され、新しい料理が運び込まれ、最初とは違った雰囲気だ。
「御機嫌よう。今はただのセニアーラ、と呼ぶべきですかね」
キーゼが姿を現す。
「素敵なお友達が多いようで何よりです。これも一種の人徳というものですかね」
まだ賑やかな打ち上げの会場を眺める。
これを上手く使おうとしない潔癖性、中途半端な人の好さがこの者の欠点だろうと認識するが表情にも気配にも出さない。
「価値観が違う実力者とつきあうのは大変よ。私の選択が少し違っていたら何人と殺し合うことになったかしら」
紫と金と瞳に不穏な光が宿り、強くなることなく消えた。
キーゼは周囲に冒険者以外がいないことを確かめ、セニャにのみ聞こえる音量で話を続ける。
「セニアーラ様の婚約者であった方は既に他の方に夢中のようで。婚約者であったこと自体なかったことにするようですね
セニャの表情が困惑、驚愕、納得と移り変わる。
「それと全く関係ない話ですが」
キーゼは辺境伯から預かった書面を見せて、破って、近くのバーベキューの炭で燃やして灰にして砕く。
「リーラントを上回る結果を残さぬ限り、王国への帰順は許さないことのことです。誰に対する言葉でしょうね?」
「私には分からないわ」
セニャはどう見ても理解している。
「それにしても」
キーゼを見る目に警戒心が隠せていない。
「辺境伯の伝令役とはね。驚いたわ」
「こういうことを見越して先方と接触の機会を増やしていましたので……では、しかと伝えました」
キーゼは無駄なことを一切言わずに踵を返す。
為すべきことは為した。
これで、今回の仕事は終了だ。
「お待たせー」
アルマは大きな鍋を軽々運んで来る。
皆腹がくちくなっているので少しだけテーブルの上に補給して、エヴァンの近くに下ろしていそいそとよそう。
「はい、アーン」
立ち上る湯気と暖かさが、肌寒い今は特に魅力的だ。
エヴァンは照れなど見せず、心からの喜びとともに受け取り、お返しする。
「アーン」
アルマも上機嫌に受け入れる。
幸せな気配が遠くまで広がり、特にセニャがすごく我慢の顔になっている。
「砂漠で食べた料理を思い出しますね」
「ごめんね。ちょっと砂入ってたでしょ」
水も食料も時間も空間も何もかも限られた状況での調理で料理だった。
何より、いつ敵襲があるか分からず落ち着いて飲食できないのが最も辛かった。
心身共に頑健なエヴァンですらそうなのだ。イグノ砂漠深部があのときまで難攻不落だったのも当然だ。
「今は良い思い出です。飲み物も豊富で敵襲を気にせず食べれるって幸せです」
砂漠の奥とは違って、アルマの存在を感じるのに集中出来る。
「はい、アーン」
「美味しいですね~」
2人は、心ゆくまで2人の時間を楽しんでいた。
「終わったね」
「ええ」
ティトとセロンガードは、一足先にシルバードを離れるつもりだ。
次期伯爵が伯領出入り禁止のはずの2人を近くに置くのは外聞が悪いのだ。
「共に行動できてとても楽しかったです。今回は別れて動くことも多かったですが、良く私のお願い事を聞いてくれました」
ティトの髪を軽く触って整える。
機嫌を良くしたティトを見て、どんな見返りを求められるか恐ろしく思えてきた。
「さて、次はどこへ行きましょうか」
冷たい空に、星がまたたいていた。
敵というには弱すぎて、しかし一般人に任せるには毒気が強い。
そんな気配を放つ彫像を、シルク・メイプルリーフが手袋で包んだ指でなで回す。
「本当に鋳つぶす予定でいらっしゃる?」
振り返る。
その瞬間背後から不吉な気配が吹き付ける。
しかし信仰篤くそれ抜きでも強いシルクには全く影響を与えられない。
「最悪の場合は、よ。1年後の金貨10枚より来週の1枚が必要な状況なの」
シルクと違って少し寒気がする程度の影響は受けているセニャが、鋳つぶす準備を始めるかどうか考え始めていた。
「ふむ」
どうすれば普通の彫像にできるか想像もできない。
だからシルクは己の得意分野でいくことにした。
「それならばまずはこう」
回り込んでふわりと背後から抱きしめる。
豊かで均整のとれた体を隠すのは布地の少ない水着だけで、怪しい燐光を放つ彫像とそれに照らされた白い肌の組み合わせは芸術的だ。
なのにセニャは、そこに何故か冒涜的なものも感じてしまう。
「シスターブリーカー!」
微妙に怪しい色のエーテルを込めた全力のハグである。
「待っ」
セニャは慌てて止めようとして、完全に非武装なシルクがいつもとは違い低威力であることに気付く。
「そのままでは売れないから傷つけても構わない……なにごとっ!?」
豊穣神?の呼び声によりシルクの纏う気配が変わる。
とても妖しい、ピンク色だ。
彫像の気配が塗りつぶされ、セニャは無意識に一歩下がっていた。
「あっちはすげーことになってるな」
ギャメルはセニャとシルクを横目でちらりと確認してから自らの作業に戻る。
既に火打石で自らの身は清めている。
家庭の神『マウマ』の聖印を手に跪き、残った何かが怨みを捨てマトリクス界へ至るよう真摯に祈りを捧げる。
人類社会から離れた場所で創られたそれは、ギャメルをあざ笑うかのように何の変化もない。
「心優しきオレはこれで終わりだぜ」
聖印を大事そうに片付け1度伸びをして体をほぐす。
にやりと笑うと、虫歯のない綺麗な牙が不浄な金細工とは正反対の清らかさで光る。
「霊魂未満のやつでも少しは効くだろ」
神霊達の腕を使って不可視の『腕』を動かす。
財宝にこびりついた何かを祓うように動かすと、目には見えない何かが命乞いの気配を放った気がした。
「優しさが欲しいって? ついさっき品切れになったぜ」
少しずつ、不吉な気配が薄れていく気がした。
「話半分かと思ったら逆じゃないか。ハヤトお前、オヤジを何に巻きこむ気だ」
「伯父貴に話は通しただろうが。伯父貴はもちろんアンタの顔も潰す気はねぇよ」
マフィアのファミリーから派遣されてきたゴブリンとハヤト=ガラン=ヴォルファングとの間に穏やかではない雰囲気が生じる。
「少し離れて見てな。多少ヤバイとはいえ仲介だけで3割だぜ」
自身と同じ【ガラン】の血を引く『ヴァイオレットレオン』頭目の面子を潰す気などない。
依頼をうけてセニャへの便宜を計ると同時に、いずれ自身が頭目になるつもりの組織を儲けさせるつもりだ。
「だが……分かった。少し闇に流れても文句は言うなよ」
砂漠で見つかったときより気配が弱くなっても、財宝達はまだまだ普通の人間にとっては危険な存在だった。
「さて、あの財宝を持ち込んだ一人として換金に協力するぐらいしないとな、これでセニアーラ嬢が貧乏暮らしとかなったらアルベルト卿の視線が怖くなる」
ベルク・オスマットの発言は半ば冗談だが聞いている方は気が気でない。
セニャが旅費を用意出来ずシルバードに居座ると迷惑する人間が多いのだ。
「お前なぁ、自由になれて羽根伸ばしてぇのもわかるけどよ。匿ってくれてる連中に迷惑かけんなって」
ハヤトがセニャに言うのを、複数のマフィアが応援していた。
「大人しくしているじゃない」
心外だ、と本心から応えるセニャを見て複数の溜息が漏れる。
「ああいう人間だ。逆鱗も分かり易いだろう」
解説するベルクは平然としているが、解説される古巣の人間は表情が引き攣るのを抑えるのが大変だ。
「え~と、シャルガネ式だと呪物への対策はお札で封印だったか? だがここにお札はない、となると……塩か!」
広範な技能と知識を持つベルクも、特殊な分野に関しては専門家に及ばないこともある。
塩を撒くとよくないものを祓えるといううろ覚えの知識でとりあえず呪物に塩を撒いて、効き目がなさそうなので盛るというか埋めてみる。
じわりと、塩が黒く変色し始めていた。
「学園に持ち込めば由来も分かるんだろうけど」
サイラスの手元にある資料は少ない。
財宝の持ち主が王国出禁なので今回は特にアクセスし辛いのだ。
「造りは……」
数百年前に流行っていたものの影響が見て取れる、ものもある。
紋章らしきものを重点的に調べても知識に該当するものはなし。
紋具関連の知識を思い出して改めて最初から調べて見ると、失敗作というより結果として紋具風になっている紋様がいくつかあった。
「削っていい? いや今の持ち主じゃなくて買い手さんや仲介さんに聞いてるんだけど」
ヤスリを手にサイラスが尋ねると、財宝の気配に閉口していたマフィアやフロント企業社員が互いに牽制しつつそれぞれのやり方で同意した。
今のままだとマフィアでも取り引きを避けたいものが購入しかねないからだ。
(鋳つぶせば知り合いの鍛治師とかキワモノ好きな変人マニアが買うだろうけど値段がね)
ヤスリが石や金を削り、生じた粉が拭き取られる。
考古学者が見れば卒倒するような光景が終わると、冒険者以外が近づいても精神に異常をきたさない程度に弱まった。
●
「鶏肉試食会から始まった戦いもようやく終わりだねー」
アルマ・ヴァレンタインは仕込みの最中だ。
打ち上げを豪勢に行いたいセニャの思いに応え、いつもの趣味は出さずにして調理技術を駆使している。
鶏肉はわざわざリーラント産のものを使い、セニャへのサプライズ兼祝いにするつもりだ。
(実家とこじれっぱなしもアレだし……ジョセフさんが成人して家督を継ぐまでとか落とし所があるといいんだけどねー……)
ここ数日6歳児の姿が見当たらないことに、この時点では気付いていない。
場所は変わって王国中央部南東よりに存在するリーラント伯爵領。
その中心である領主館に、冒険者達の姿があった。
ジュスト・ヴェルジーは頭を下げている。
伯爵婦人が感情の制御に失敗してさめざめと泣いているのだ。
護衛を兼ねたメイドからの視線は痛いほどだ。
「セニアーラさんが無事で、無事で、よかっ」
伯爵婦人の仮面を被ろうとして失敗する。
男女的な意味で男と触れあったことのないセニャのことを考えると、加害者に対する怒りとセニャへの同情でどうにかなってしまいそうだ。
「私のできることは少ないですが……」
セニャや辺境伯から預かったものをメイドを介して見せる。
手紙なら届けることができると、言葉にせず伝えていた。
(伯爵家次男が他家の伯爵婦人に会いにいくなんて凄い度胸ね)
ヴィノニスは感心している。
ジュスト自身が新しい火種にならないようリーラント邸のメイドを同席させるなど非常に手際が良く、逢瀬に熟練しているのではないかと思ってしまうほどだ。
なお、実行しているかどうかに関係なく、うまくできるのは間違いない。
「ひとまず、ジョセフくんとセニアーラが会えて良かった、ね。今後もいろいろとごたごたしそうだけど……。なんとかなるよ、きっと……ね」
ティトは近くの部屋で自身より小柄な少年を慰めている。
紫と金の目はまだ少し腫れていて、叔母との長い別れを告げられたことがどれだけ衝撃だったか良く分かる。
「セニアーラと文通とかどう、かな? ジョセフくんのお付きにセロンの息がかかってる人が」
んんっ、と咳払いして誤魔化す。
「その人に頼んで、文通とかできない、かな?」
ティトとジョセフがセロンガード・シュタインドルフを見上げる。
どちらもとても素直な期待の視線で、セロンガードは気を抜くと目を逸らしそうになってしまう。
(ふむ、長いようで短い日々でしたね)
いよいよお別れだ。
セロンガードの腕があればリーラント家までジョセフに会いに行くことなど簡単だが、今後数年は直接会うのは避けた方が良い。
ジョセフのためにもだ。
「可能な限り早期に、学園へ入学することをお勧めします」
何を言われたか数秒理解できず、理解した後も何故そう言われたか分からず6歳児が小首を傾げる。
「大勢の冒険者が聴講生や学園生といる場所なら、遠くと連絡をとることも容易です。それまでしばらくはセニアーラ様……いえ、セニアーラには会えませんが、暫しの辛抱です」
6歳児に滅茶苦茶な要求だ。
ジョセフは歳の割には非常に優秀だが、凄まじい速度で成長する冒険者達と比べると能力でも素質でも見劣りする。
「勉強して鍛錬して、立派になった姿をセニアーラにお見せしましょう」
だがセロンガードは一時とはいえ主として戴いた少年を信じている。
「うん!」
紫と金の瞳が、叔母を思わせる力強さで光った気がした。
「ジョセフくん、がんばって。もう会えないわけじゃないから、ね?」
ティトは裏表なく応援する。
武力は見事でも人付き合いは苦手な彼女も、ジョセフとは相性が良いのかセロンガードを介して知り合ったのが良かったのかジョセフとは素直な気持ちで向き合える。
「泣くのは次にセニアーラと会うまで我慢、だよ!」
ジョセフくんを泣かそうとするやつはこうだからと、剣を抜かないまま冷たい殺気を放っていた。
(男の子が成長するのは一瞬ね)
ヴィノニスは少し寂しげに微笑んだ後、ジョセフから見えない位置へ移動した。
「どうかしら」
問われた男女は返答しない。
「言葉よりずっと雄弁ね」
ヴィノニスが苦笑する。
セロンガードに鍛えられた彼等は、情報面でリーラント家を守る存在だ。
次期伯爵の成長を喜ぶ感情が、無表情にも関わらず非常に分かり易い。
「セニアーラが出奔した後の監視は必要、とはいえそこまで人手を割く余裕はないでしょう?」
諜報、防諜、何よりジョセフの守りが最優先だ。
今後リーラント家がどう動くかに関係なく、情報部あるいはその後継組織はジョセフと接近することになる。
「代替わりまで遅くとも20年。早ければ10年くらいかしら。ジョセフくんがあなた達を手足として使いこなせるようなるまで、10年で済めば奇跡に近いわね」
現伯爵は40代後半だ。
権力の滑らかな移譲を目指す気があるなら時間の余裕はほとんどない。
「最初は名目だけよね。でも……」
復興しつつある帝国の現況確認、ゴールディとの交易の管理と防諜、辺境伯との外交的連携の維持ともちろん防諜。
ジョセフが組織を使いこなせないままでは、爵位を継いでも領地ごと没落するだろう。
「ジョセフくん、いいかしら」
「なに先生ー?」
元気よく顔を出す。
叔母との別れは確定しているのに、今のジョセフは気力が充実している。
「3つのプラン、覚えてる?」
「うん!」
「ジョセフくんからプランを提案したら、きっと伯爵は断れないわよ
「うん!! お父様きらいって言う代わりに、がつんと言ってくるの!」
ジョセフは元気よく父の執務室へ向かう。
情報部を従え駆ける彼を、ヴィノニスは穏やかな表情のまま見送っていた。
●
金髪と桃髪が触れ合っている。
「だめ……」
拒絶の言葉は揺れている。
獰猛、強欲、不遜という言葉が似合うはずの声が、蕩けたように甘い。
「だ、だめっ」
剣ダコと筆ダコのある手のひらが分厚い胸板を押した。
無視してさらに距離を詰めることは容易だったが、アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトは理性を総動員してセニャから体を離した。
「ごめんなさい。今は、まだだめ」
謝罪にしては自らの欲を耐える色が強すぎた。
無意識の伸びてくる白い指を、アルベルトは続行の合図と判断すべきかどうか迷う。
数秒かけて判断を終え我慢をして、彼はなんとか気を取り直す。
「帝国に着いたら俺の主君のレイウェスト殿下に挨拶をしよう。一緒に帝国復興のために頑張るためにも」
「一緒は、難しいかもしれないわ」
セニャは揚げ足とりをする性格ではない。
「冒険者とそれ以外では動ける範囲が違うもの」
限られた資源をどう使うか考える様は、アルベルトより若いのに為政者の顔だ。
「帝国では俺の義弟が帝国復興に向けて頑張っている。一緒に闘うのはどうだろう?」
「難民キャンプにいた在野授恵者のこと?」
表情は真面目でも仕草には隙が多くなっている。
恋人達の逢瀬らしい雰囲気が益々濃くなり、大人達はそれなり以上に距離をとっていくが空気が全く読めない者もいた。
「ねーさまー!」
セニャの表情が固まり、アルベルトから飛び退き、乱れた髪を高速で直す。
「筋肉のひとー!」
姉の婚約者に気付いて駆け寄る方向を変える。
帝国騎士は頑張って頼り甲斐のある年上の顔をして、見た目は10年前のセニャの少年を器用に抱き上げた。
「ジョセフ、何かあったの?」
数日前に会ったときと言動は変わらないが印象が異なる。
表情は引き締まり、目は近くだけでなく遠くの人と物まで観察している。
セニャ本人は分かっていないが、7~8年前のセニャによく似ていた。
「僕も頑張ることにしたの!」
地面に降ろされた6歳児が胸を張る。
とても可愛らしくてセニャの目元が優しくなり、しかし嫌な予感がして原因が分からず混乱する。
「ねーさまみたいにうまくできないかもだけど、失敗なんてしないもん!」
セニャの視線が横にずれる。
失敗が許される時期と内容から着手した方が良いと勧めたヴィノニスが、目だけでごめんねと伝えてくる。
「そう、ね。部下が報告をしたい上司でい続けなさい」
自身の幼い頃の失敗を思い出す。止めたいがジョセフの成長のためには止めない方がいい。近いうちのジョセフの失敗と涙目を確信し、セニャの気分が落ち込んだ。
「にゃ! セニャっち久しぶりー!」
サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブが足音を立てずに近づき、セニャの髪のわずかな乱れに目を向けにゅふふと笑う。
「ゴールディでの生活には慣れたかなっ?」
アルベルトからの視線を遮ってあげる情けはあってもからかう気は満々だ。
色恋に興味がある女性なら分かる表現でセニャの隙をつんつんする。
澄まし顔で受け流すこともできず、セニャはサフィラ相手に防戦一方だった。
「おめでとう先輩」
女同士の仲良い話に割って入る気はないがナキルは言わざるを得ない。
「落ち着かないんだろうけど、余計な敵を増やさねェ方がいいんじゃねーか……? 前みたいな家っていう後ろ盾も無ぇんだし」
だからって実力行使はするな。本人が死ぬのは自業自得でも被害に巻きこまれる連中が気の毒すぎる。と歯に衣着せずに言う。
(まぁ、助けを求められたら手を貸すんだけどさ)
ナキルは気付かれないよう、溜息に近い息を吐いていた。
「おーい」
ハヤトがやって来る。
砂漠を行軍し特異個体と激戦を繰り広げた後休憩なしで砂漠から戻ってこれるハヤトも疲れを隠せない。
社会の裏側に位置する組織相手に交渉した、精神的な疲れだ。
「私の取り分は6割なの?」
「ものがものだ。警備や輸送で相当かかるからな。せめて1ヶ月くらい待てなかったのかよ。かなり違ったぜ?」
「今はお金で時間を買いたいの。私の予想が当たってるなら本当にぎりぎりだから」
為替として機能する書類を受け取り、セニャが改めて礼を言った。
「セニアーラ嬢、便りは届いたかな?」
ジュストが顔を出す。
伯爵婦人相手のときと態度が全然違うが、今の飄々とした態度が素だ。
「宛名のないのが2通、冒険者ギルドからね」
「何が書かれていたかは聞かないよ」
「あら残念。巻きこんでしまいたかったのだけど」
彼女は、上品な笑顔のまま器用に舌打ちをしていた。
●
金払いの良さは多くの欠点を補う。
打ち上げの会場に運び込まれる生花はどれも活き活きしていて色も鮮やかなものが多い。
調達も運搬も非常に大変だが、専門家らしいゴブリン達は十分な額を前払いされ真剣かつ上機嫌だ。
「セニャさんの自腹ですか。出奔しても面子に配慮せざるを得ないのは大変と思うべきでしょうか」
エヴァン・ピオネロは経費節約と質の両立に頭を悩ませる。
備え付けのテーブルの一部などの見た目が悪い物は綺麗な布で覆って体裁を整え、会場の隅の飾りは野花と蔦も使ってリース等の緑の演出を行う。
花農家の皆さんの助けがあっても大変で、エヴァンのショートスリーパーとしての適性が大活躍だ。
「今のうちにメニューの確認を……」
料理と酒にあわせてテーブルセッティングも変える必要がある。
アルマのお手伝いで料理助手へ行きたいのに行けない状態だった。
「おや?」
フリーダ=ブロムヴィストが足を止めた。
膨大な量の情報が送り付けられて五感が一種印混乱したのだ。
「結果がどうあれ、無事にイグノ砂漠の問題は解決しましたね」
情報を徹底的に意訳すると『これでかなりの短縮ができました。やったぜ』になる。
喜びと興奮とフリーダではまだ解釈しきれない感情と意味が詰め込まれているので負担は大きい。
「冷やす紋具はこちらにお願いします」
フリーダはどう見てもマフィアなゴブリンに指示を出して物と料理を動かす。
濃厚な脂の香りが漂う場所から離れ、特大の大皿に載せて来たケーキをひんやりした大箱へ移す。
「他人の金で食べる飯は美味い。はっきりわかんだね、ですね」
啓示として何度か受け取った言葉を口にする。
卵と砂糖と小麦粉に妥協無く金をかけ、高性能な設備を使って自ら焼いたそれには自信がある。面子的にも味的にもセニャ大満足だ。
ケーキに興味があります! と顔にも行動にも出ている6歳児が、部下達に制止されていた。
「市井の者達に金を回すのも重要なのだ」
ストレガ・L・リベルガストラは経費の不正使用はしないが有効活用はする。
具体的にはゴールディの外から輸入したものを可能な限り使わずゴールディの食材を使う。
「とはいえ食材には抜かりなく使える物を選び取るのだ」
だから要求は厳しい。
甘く見てふっかけようとした業者は、容赦なく追い払われていく。
「王国貴族うまれでも大丈夫な料理は、少し時間がかかるのだ」
肉魚野菜バランスよく作っていくのは食に熟練したストレガでも大変だ。
エヴァンやフリーダが発注した酒を確認し、チーズなどの肴も調節する。
「始まってるー?」
アルマは1羽まるごとローストチキンにした料理をどんどん大きなテーブルに並べていく。
「今からよ。……これは?」
「うふふー」
アルマは食べてのお楽しみだと笑い、クリームシチューの運搬は会場の従業員に任せて乾杯に加わることにした。
「私が生き延びたのも、王国南東部から賊を追い払ったのもここにいる皆と今ここにはいないけど戦いに参加してくれた冒険者のおかげよ。今日は思いっきり楽しんで頂戴」
おー! と力強い返事が響いて宴が始まった。
「味は良いけど作り方が……悪くはないけど中途半端じゃない?」
「不味いのか? セニャ先輩から合格点が貰えるようなら十分通用するかなって、あの店でも出せそうな一品考えてみたんだぜ?」
ナキルはまだ発展途上だが質向上のため研究や鍛錬もしている。
「私も調理は部下に任せてたから断言はできないけど、儲けを出すなら高額にできる料理か材料費を減らせる料理にするしかないんじゃないかしら」
「そっちの問題か」
現役のパンクリアース学園生であるナキルが悔しがり、セニャは故郷を懐かしむ表情になっている。
「さすがに財宝換金には成功しましたね」
万が一ダメだった時は責任取って仕事を手伝うつもりだったフリーダは、飲み物を受け取りテーブルを巡る。
シルクの担当のバーベキューは1本ずつ鉄串を持たせて下味をつけた肉やら野菜やらをお好みで刺し炭火で炙りながら歓談という、ワイルドに生きるゴールディの人間でも驚くイベントになっている。
「リナもお疲れ様だ。困ったら冒険者のオレが力になるからな」
ギャメルはセニャに振り回されたマフィアやビッグオウムの御者に、胃に優しい料理を振る舞っている。
「優秀で気立ての良いお前の御者をこれからも支えてやりな」
会場に堂々入って来たオウムにも餌を出してやりながら、そっと伝えていた。
ストレガは、少し剣呑な気配が漂っていたテーブルに特大かつ高品質の料理をどんと置いて敵意を散らす。
「彼女が陣頭で戦っていたお陰もあって我々は王国に拠点ができたのだから、これくらいの厄介は平等だろう。まあお疲れ様なのだ」
マフィアを宥めてからリナを連れ出す。
「家を巡っての騒動は此方の活動に影響が出るだろうからリナは其方も注視し報告するように。きっとゴールディの為になるのだ」
さらに役目が増えたゴブリナが、胃の上を抑えていた。
●
日が傾き温度が下がっていく。
セニャは甥を宿に送り届けてから会場へ戻る。
灯りが灯され、新しい料理が運び込まれ、最初とは違った雰囲気だ。
「御機嫌よう。今はただのセニアーラ、と呼ぶべきですかね」
キーゼが姿を現す。
「素敵なお友達が多いようで何よりです。これも一種の人徳というものですかね」
まだ賑やかな打ち上げの会場を眺める。
これを上手く使おうとしない潔癖性、中途半端な人の好さがこの者の欠点だろうと認識するが表情にも気配にも出さない。
「価値観が違う実力者とつきあうのは大変よ。私の選択が少し違っていたら何人と殺し合うことになったかしら」
紫と金と瞳に不穏な光が宿り、強くなることなく消えた。
キーゼは周囲に冒険者以外がいないことを確かめ、セニャにのみ聞こえる音量で話を続ける。
「セニアーラ様の婚約者であった方は既に他の方に夢中のようで。婚約者であったこと自体なかったことにするようですね
セニャの表情が困惑、驚愕、納得と移り変わる。
「それと全く関係ない話ですが」
キーゼは辺境伯から預かった書面を見せて、破って、近くのバーベキューの炭で燃やして灰にして砕く。
「リーラントを上回る結果を残さぬ限り、王国への帰順は許さないことのことです。誰に対する言葉でしょうね?」
「私には分からないわ」
セニャはどう見ても理解している。
「それにしても」
キーゼを見る目に警戒心が隠せていない。
「辺境伯の伝令役とはね。驚いたわ」
「こういうことを見越して先方と接触の機会を増やしていましたので……では、しかと伝えました」
キーゼは無駄なことを一切言わずに踵を返す。
為すべきことは為した。
これで、今回の仕事は終了だ。
「お待たせー」
アルマは大きな鍋を軽々運んで来る。
皆腹がくちくなっているので少しだけテーブルの上に補給して、エヴァンの近くに下ろしていそいそとよそう。
「はい、アーン」
立ち上る湯気と暖かさが、肌寒い今は特に魅力的だ。
エヴァンは照れなど見せず、心からの喜びとともに受け取り、お返しする。
「アーン」
アルマも上機嫌に受け入れる。
幸せな気配が遠くまで広がり、特にセニャがすごく我慢の顔になっている。
「砂漠で食べた料理を思い出しますね」
「ごめんね。ちょっと砂入ってたでしょ」
水も食料も時間も空間も何もかも限られた状況での調理で料理だった。
何より、いつ敵襲があるか分からず落ち着いて飲食できないのが最も辛かった。
心身共に頑健なエヴァンですらそうなのだ。イグノ砂漠深部があのときまで難攻不落だったのも当然だ。
「今は良い思い出です。飲み物も豊富で敵襲を気にせず食べれるって幸せです」
砂漠の奥とは違って、アルマの存在を感じるのに集中出来る。
「はい、アーン」
「美味しいですね~」
2人は、心ゆくまで2人の時間を楽しんでいた。
「終わったね」
「ええ」
ティトとセロンガードは、一足先にシルバードを離れるつもりだ。
次期伯爵が伯領出入り禁止のはずの2人を近くに置くのは外聞が悪いのだ。
「共に行動できてとても楽しかったです。今回は別れて動くことも多かったですが、良く私のお願い事を聞いてくれました」
ティトの髪を軽く触って整える。
機嫌を良くしたティトを見て、どんな見返りを求められるか恐ろしく思えてきた。
「さて、次はどこへ行きましょうか」
冷たい空に、星がまたたいていた。
マスターコメント
【砂塵】へのご参加ありがとうございます。
これにて完結です。
イベントシナリオ(50人)易しい 報酬:多い17 / 4〜40人
2022年05月12日 19時03分38秒 公開
成功
参加者
相談掲示板
ギャメルだぜ、よろしくな。【砂塵】お疲れー!! オレはこの二つに関わろうと思う。 2-1.財宝の浄化?を試みる 4.ゴールディ関係者を労る
エヴァンです。宜しくお願いします。 1-3で設営を手伝わせて頂きますね。
「ナキルだ、よろしくな。 1…の1と4…ってカンジかな。 個人的に、世話になった人だしよ。」
No.4
サイラスだ、よろしくなー 2-1になるかなと
アルマだよ、どーぞよろしくねー 1-1でお料理とー…なにかやろうかな?って思ってるよ
ヴィノニスよ。よろしくね。 わたしはいつも通り、3に行かせてもらうかしら。 肩書は無くなったけれど、師というのは関係性だと思っているから……
No.7
シスターシルクです 料理か財貨の浄化にチャレンジしましょうか (期待はできません)
セニャよ。よろしくね。
ウォーリアのアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトだ。 よろしくな。 俺は 1-4.セニャと会話や交渉をする に行く予定だぜ。
シーフのベルクだ、よろしく頼む。 我は2-2かちょうど古巣の商会がゴールディだしな。 その前に浄化チャレンジが必要だが(なお財宝持ち込みの戦犯の一柱)
にゃ!シーフのサフィラだよっ! みんなよろしくねっ! あたしは1-4に参加してセニャっちとお話しようかなって思ってるよ!