Good Night Baby...
ムジカ・トラス
コメント 10
シナリオID:1913
オープニング
時は少し遡る。
レイウェスト・バルダスは困憊していた。
ビッグオウムの籠の中、寒風を避けるように身を縮めたレイウェストはほうと息をつく。微かな笑みが疲労のなかで綻びのように生まれた。
帰路である。なんの因果か少し際どい格好をする事態となり、ウィリアム・リーンエス王子に執着する女性を中心とした大層な戦いを経て、ようやく帝国――ヴィントへの道中だ。
訪問した先でああいった寝技を仕掛けられるとは思いもしなかったが、此の身一つで少しでも借りが返せるのならば、と呑み込んだ自分を褒めてやりたいところだった。
ひょっとすると、あれも王家流の外交の一つなのかもしれない。難事に共に立ち向かったという事実は、単なる交歓に勝る価値がある。
「バルディオンも私も、外交は弱い、か……終始呑まれてしまっていた。いや、あれは冒険者たちの介入も大きいが……」
――などと思索に耽りながらも、結局の所、何でもするとガードを下ろしてしまったのは他ならぬ自分自身にも否があったことはわかっている。幸い、女装には少しばかり心得もあったため、心の傷はさほど深くない。
「……懐かしいな」
幼少期、後宮では女官たちに囲まれて様々な格好をしたものだと回顧する。流石にウェディングドレスの経験はなかったが、皇族として許される範囲の服装はしたものだ。
「皇子がウェディングドレスを着るなど、シルトラース帝国建国以来の珍事だろうな……」
エフレムや、父上が知ろうものなら、どうなったろうか。母上ならきっと、微笑みながら「頑張りましたね」とでも言い、新しいウェディングドレスを用意したかもしれない。母上は変な所で寛容というか、鷹揚というか、とらえどころがなかった。
――それらは全て、瓦礫に呑み込まれてしまったけれど。
それでも、在りし日の帝国での日々は暖かな想いを呼び起こし、少年の胸に安らぎを生んでいた。
まだ何も知らないレイウェスト・バルダスは、この冬最後の安らぎを回想に費やしていた。
●
「は?」
急速に進展しているヴィントの再興具合を上空から眺めていたのもつかの間。着陸するなり駆け込んだ兵士に大至急と言われ、バルディオンのもとに赴いたレイウェストは今、その顔から表情を無くしていた。
バルディオンは心底心苦しそうにしながらも、重々しく口を開く。
「まず、大草原でケンタウロスたちの活動が活発化しています。現在これらの対応中です。ヴィントへの影響は軽微――ですが、平時を振り返ってもケンタウロスの活動を思うと明らかに異常であり、その意図を図れません。動静次第かと」
「ああ」
「……次に、シグモル火山で、ホムンクルスと呼ばれる人造授恵者が確認されたという情報が入りました」
「うん」
「彼らを生み出したのは、我ら帝国の生き残りであるという情報もあり、現在確認を進めています。ヴィント、ヴァイセントラフにはそのような記録はありませんが、関与が疑われる人物名をもとに調査を進めています」
「…………うん」
「彼らは辺獄のクリーパーが産み落とした結晶を使い、死者からホムンクルスを生み出していたとのこと」
「……………………う、うん」
「さらに、火生みの神、ボルガニスクの顕現が確認されています」
「…………まずはそこだな。シグモル火山に縁が深いとはいえ、かの神が顕現したというのか。それは――」
ともすれば、神々が帝国崩壊を憂慮してのことか? という期待が生まれたが、レイウェストの心情が手に取るように分かるバルディオンは猪首を振って否定した。
「いえ、ボルガニスクは辺獄においてクリーパーと永きに渡り闘い、これを封印していたようです。ですので、この封印が破られ、それに伴いボルガニスクの存在が明らかになった――というべきでしょう」
「なるほど。それは了解した。そして……」
「それを成したのが、皇帝ヨゼフ・バルダスであると、ボルガニスク自身が証言しているようです。ばかりか、ボルガニスクの力を収奪し、我が物にしたと」
「………」
「事実かどうかはさておき、冒険者ギルドの関係者や、シグモルの高位神官らも知る所となっております。他ならぬボルガニスクの言、信ずるに足るとは愚考しますが――」
正直なところ、まったく理解が追いついていなかった。
皇帝ヨゼフ・バルダスはたしかに授恵者であった。加えて、皇族としてばかりか、親族としても畏れを抱かずにはいられない冷血と、覇王の気質もあったのは確かだ。
しかし、ヨゼフは帝国崩壊の折に死亡していたとレイウェストは思っていたし――そうでなければ、レイウェスト自身が至らぬ身で尽力するはずもなかったとも言える――皇帝の生存確認からして望外のこと。
なにせ、事態から一年を超えて経過している。そんな中で皇帝が、何をしているかといえば。
この国を、民を無視した挙げ句に神の力を奪い、シグモルの民を苦しめている――?
「何をやっているのだ、父上は……!」
今まさに帝国の再興に向き合っているレイウェストの胸中は混沌のなかにあった。借金や血、空手形や温情、そういった無形のものを駆使して取り組んできた道筋が、一息に崩されたと言っていい。
皇位継承権こそあるものの、皇家の象徴にして正統たるヨゼフの存在は、レイウェストの立ち位置も揺るがすもの。
それが、シグモルの象徴たるボルガニスクを害したことも、帝国の現状にまったく目を向けていないことも、レイウェストには理解できない。
「………」
対して、バルディオンは沈黙で応じた。他ならぬヨゼフの近衛でもあったバルディオンは、武官、将軍として、皇帝の為人を識っている。
故にこそ、ヨゼフにはヨゼフの道があり、粛々と進んでいるのだろうと、ヨゼフの人間性を以て了解していた。
ヨゼフは無駄を嫌う。不要なことは一切しない男だった。必要であれば、同じ皇族であっても手にかけ、非道に怯懦せずに策を進められる男だった。
その覇道に見いだされたバルディオンだからこそ、神を喰う必要があったからそれを成したのだと、ヨゼフの所業を受け容れることが出来る。
しかし同時に、寂寞とした想いを抱かずにはいられなかった。
――皇帝は、帝国の民を無駄と切り捨てておられる。
それは、バルディオンを悩ませているヴィントとオルセンの関係性よりもなお深刻な事実だった。
『皇帝』が空座であるならば、まだよかった。レイウェストを支える日々を、それがかつての栄華とはかけ離れていたとしても、良しとしていた。
しかし、バルディオンは帝国の臣であり、将であった。
臣は、皇帝に仕えるものだ。
――その道理が、転変する事態に直面するレイウェストへの想いを縛り付けていた。
だから。
「……殿下」
だから、これは。
「お疲れでしょう。まずは少しばかり、休まれたほうがよろしかろうと存じます」
これは、ただの逃避かもしれない――。
解説
マスターより
リプレイ
●
「話がある、と」
「はい」
賢猪将軍バルディオンの眼前に立つハーフリングの少女。決然とした眼差しで見上げるトーラは、こう言った。
「バルディオン将軍は皇帝と皇子、どちらに付くおつもりですか?」
少女の胸の裡には覚悟があった。レイウェストにとって、一番良い結末を得るためならばその全てを支えるという覚悟が。
同時に、彼女には確信があった。レイウェストはきっと安楽ならざる道を選ぶだろうと。それが、皇帝や帝国と決別する道になろうとも。
――だからわたしは、その足元を固めなければ。
故に、トーラが足を運んだのは、彼の心残りになり得る将軍の元だった。
「……出来れば、バルディオンさんにはこれまで通り皇子の力になって欲しいです。わたしには、バルディオンさんの忠義の先が分かりません。でも」
だから、不敬であったとしても、視線は外さない。
「あなたにとって、大事なものが有るはずです。将軍は、どちらに付くのですか?」
●
――真っ直ぐな娘だな。
バルディオンにとって、少女の言葉は急所であった。しかし、直截な物言いに怒りを抱くには至らない。少女の瞳に宿る直向きさは、かつて親であったバルディオンの目には好ましく映ると同時に――バルディオンの感傷の先に立つのが、彼女であったから。
彼女はきっと、どこまでもレイウェストについていくのだろう。それは道理を超えた判断を強いられるが故に、バルディオンにはただただ、眩しくて。
今は未だ、割り切ることはできない。それでも、
「……そなたのような者が、殿下には必要なのだろうな」
「はぇっ……!?」
そう、思った。
「考えておくとも。トーラよ」
●
「侍女?」
「はい」
「そなたが?」
「ええ」
「……そうか」
休めとバルディオンに言われたものの、休めるはずもなく。そんなレイウェストの元にしずしずとやってきたのは、侍従服を着込んだベルク・オスマットだった。
強固に主張するベルクにレイウェストはとりあえず、折れた。それ以外の選択肢が無かった。
――オスマット家はいいのか……?
怪訝げな皇子はさておき、ベルクの胸中も苦い。
レイウェストの焦燥ぶりに、あれやこれのことを伝えるのは不味そうだなと判断する。皇帝の存在だけでこの有様だ。二人のことや立ち回りを知ろうものならどうなることか。
――うん、この状況は無理じゃな!
ぱっと諦めた。依って、仕事ぶりで支える所存である。このあたり、レイウェスト(たち)の仕事中毒を過不足なく見極めていたさすがの慧眼といえた。
それはそれとして、一つ、ベルクとしては成さねばならぬことがある。
帝国侍従らしく深々と礼を示したベルクは、こう告げる。
「殿下、このベルク・オスマット。帝国の臣としてでも北壁の防人としてでもなく、ただのベルクとして、殿下個人に忠誠をお誓いいたします」
その言葉を聞くに至り、レイウェストは居住まいを正した。
臣は、皇帝に仕えるものだ。故に、この誓言には意味がある。
「例え殿下がどのような道を選ばれようとも。我が道違えることなく殿下の耳目、手足となり――従者として付き従いましょう」
帝国の残し胤としてではなく、これまでにレイウェストが成した実を示すように右手を開く。ベルクの言に込められた意味を、レイウェストは余さず理解していた。
「そうか」
そこには教唆はなく、単に支持を表明するだけのもの。ゆえに、レイウェストはこれを静かに受け容れた。
「ありがとう。けれど、別に侍従でなくとも――」
「それはそれでございます」
「……そ、そうか」
しばらくして、執務前室に陣取ったベルクの元に無数の書類が届けられるようになった。文官が不足している帝国幕下において、レイウェストの作業効率を高めるために、書類の精査を行う役目を買って出たのだ。
「これは至急分……これは後回しでいい分……」
侍従の仕事と言われれば疑問が残る姿であったが、そんな彼女の元にバルディオンが訪れると、将軍の手にしたものに目を留めたのち、どうぞと目礼した。
ふわりと甘い香りを伴って、将軍が前室を通り過ぎていく。
「これは……チョコレートか。珍しいな」
「ええ、ホットチョコレートというそうで」
バルディオンが資料と共に持ち込んだ飲み物にレイウェストはわずかに頬を綻ばせ――少女の様子が思い返されたバルディオンもまた、僅かばかりの笑みを零したのだった。
●
サイラスはヴィントを散策していた。ヴィントでの作業に従事する中で作業先は無数に見てきたが、聖地巡礼はまだだった。よって、兵士たちの間を聞いて回ることにしたのだが――結論。成果は得られなかった。
最も竜に近いと思われるエフレムの残り香を探してみたものの、結果は芳しくない。
「エフレム様、引きこもりか~~~~」
寒空の下、天を仰ぐリザードマンの姿に奇異の視線が集う。ガシガシと頭を掻いて、サイラスは一言、こう言った。
「暇だし往くか」
●
ぎゅ、と。ギャメルは小さな手を握りしめた。視線の先、町の中をうろついているアダムがいる。かつての敬慕が向かう先を喪ってしまった今、その胸の裡には疑念が渦を巻いていた。真相は分からない。だから、調べることにした。
するとまあ、存外きなくさい。視界の端に一人の少女の姿が目に止まる。随分と下手くそだが、アダムを尾行しているらしい。
「よぉ。元気、か?」
「……オマエ、ギャメルか」
「久しぶりだな! なんだ。名前覚えてたんだな。はは! 嬉しいな。どうだ。ビスケットあるぞ」
ビスケットを押し付けざま、エンパシーを施す。
かつてとは微かに違った。
――善く。好く。良く。能く。美く。ヨク。
奇妙な心中。しかし、かつての泥のような虚無も確かにある。これはなんだ?
アダムは何事もなかったかのようにビスケットを受け取って口に運ぶ。
「へへ。美味いだろ?」
――機を待て。今はドンの真意を探ってる。
目を覗き込むようにテレパスを投げる。届くかは分からない。
「マア、な」
返事はない。空振りだったのだろう。ひょっとしたら変なやつと思われているかもしれない。ギャメルはアダムに悟られぬよう胸中で嘆息していたが……。
「アンマリ、俺ニ関わらナイ方がイイ」
「お?」
アダムの言葉に、ギャメルはついと視線を動かす。
「それはサチコのことか?」
「イヤ……」
アダムはどこか遠くを見た。茫とした視線のまま、こう呟く。
「ナントナク、だ」
―・―
「あの様子じゃ裏切らねぇと思うが、何が心配なんだ?」
「気づいていたんですね」
アダムと別れて、尾行者に声を掛けたギャメルは一気に気が抜けてしまった。
めちゃくちゃ下手くそだったのだが、バレバレだったよと言うのも流石に憚れる。
「心配……というよりも、少し違和感があるだけですよ」
「違和感?」
「ええ。避けられているのは確かですが、それだけでは説明がつかないような……あなたも、彼に小細工をしていたようですが?」
微かな棘を含んだサチコの眼に、ギャメルは苦笑を零した。
――そこは分かるのかよ!
尤も、内心はドキドキだったのだけれども。
「ドンに困り事がありゃぁ助けになるぜ。――どうぞ冒険者ギルドをご贔屓に」
「勿論。ドンもそのつもりですよ。ところで」
「ん?」
「本当に、何もなかったですか?」
「ああ。いつもどおり、無愛想だったぜ」
「……そうですか」
小首を傾げるサチコに、ギャメルも似たような思いを抱えていた。
成果は、どうだろうか。
謎は深まった。しかし、ドンとの一件を踏まえると、自分は想定していたほど警戒されていないと知れたのは僥倖とも言える。
ただし。
――一体、ドンは何を考えてんだ……?
●
レイウェスト・バルダスにとって、アルベルト=V=シュタールシュヴェーアトの謁見は二つの意味があった。
「自分は『黒曜の剣』。レイウェスト殿下の騎士であります」
その言は、先程のベルクと同様に特別な意味を含んでいた。
「殿下が正しいと信じて進む道に迷わずついて参りましょう。殿下の目指すものを実現させるために俺は何でもします! 殿下はご自身が正しいと信じる道をお進みください!」
「アルベルト……」
膝をついて臣下の礼を取り、血を吐くように声を張る武人を前にして、レイウェストは瞑目した。
こうなってしまうという予感はあった。
「俺は帝国国民を無視し、神の力を奪い、シグモルの民を苦しめる皇帝陛下より、帝国国民の事を想い身を粉にして働く殿下についてまいります!》」
けれど、それは。
レイウェストは静かにバルディオンを見やる。
レイウェストが個人としての臣を持つことの道理は問われまい。しかしそれが皇帝の旗下か否かとなると話は変わる。
将軍は、帝国の臣だ。
そして、レイウェスト・バルダスは帝国ではない。
「バルディオン将軍、将軍が陛下に深い忠誠を抱いていらっしゃるのは承知しています! 同時に帝国にも深い忠誠を誓っていらっしゃるはずです!」
緊張を断ち切るように、アルベルトは続けた。
あなたが、真に将であるならば。
「皇帝陛下は帝国国民を無視し、神の力を奪いシグモルの民を苦しめています! 一方で殿下は帝国国民の事を想い、身を粉にして、自身の未来すらも引き換えに働いていらっしゃる! レイウェスト殿下と共に皇帝陛下に諫言するのも将軍のお役目ではありませんか……!」
それは進言であると同時に大喝であった。而して一筋の道理が通った言葉でもあった。
「バルディオン。我が臣の不敬には目を瞑っておくれ」
「……是非もありますまい」
レイウェストの言葉に、バルディオンは固く目を閉じ、小さく呟いた。
「憂国の念は私も同じくするところですから」
皇帝を深く知るからこそ、諫言の無意味さも解っている。
解っているが故に、選べなかった不条理だった。
――それでも、騎士の言葉は、彼が道行きを共にするだけの道理にはなり得た。
「……過ぎた言葉、申し訳ありません」
アルベルトの一礼は、その場に重く響いた。皇子と将軍の間に横たわる問題を、アルベルトは正しく認識していた。
「いや、その忠節は嬉しい。……ただ、私は残念ながら甲斐性のある主にはなれないことだけは明らかだ。それだけは申し訳なく思うよ」
「そんなことは! 金子が必要であれば、俺が出稼ぎに行ってきますよ……!」
申し合わせたようなやり取りに、仄かに笑いが生まれた。
●
「おっ!」
帝国の冬にも関わらず半裸の男がいた。ナハシュ。ゴブリンが誇る万年半裸マンである。もちろん、社会的通俗が無ければより薄い方が良い男だった。
「アダムじゃねーか! ん~~」
男はアダムの服装を眺めながら顎をしごくと、こう言った。
「確かにちょっと寒いけど、もうちょっと脱いでも良いんじゃねえ?」
「ナニを、言ってるんだ?」
―・―
「うちにもハンモックがあるんだが、あれはいいな。ゆらゆらしてると気づいたら寝てんだ。魔法だぜマジ」
「……」
「毛布敷いてもこもこにすると最高だよな?」
「マズ服を着ろ」
アダムとコミュニケーション良好なナハシュだが、実はこの男、すでにひと仕事を終えている。
「っつか、結構ここのゴブリンたちはいい暮らししてんだなー。結構着ぶくれしてっしさ~」
「……」
立ち話をよそに、遡ること少し。
―・―
中庭に呼ばれたレイウェストとバルディオンは、呆然と立ち尽くしていた。
「こいつを見てくれ!」
「「…………」」
朗々たるドヤボイスはナハシュのもの。んんっ、と喉の調子を整えた彼は人好きのする笑顔でこう言った。
「サウナだ!」
「「何故だ?」」
――そりゃ、ヨゼフとやらが生きていようが皇帝業やってねえなら何も変らねえし、殺せれば文句なしでお前が皇帝だぜ……とか言えねえからだよ!
ナハシュ風の論理では、誅殺こそベストだった。とはいえ、こういうジャンルの話で、この手の自分の解答がまっすぐ受け入れられた試しが無い。空気を読んだというよりも経験則で、そっと胸の内に秘めておく。
その程度の分別はナハシュにもあった。半裸だけど。
「ハッハーン。疑ってるな? あのな。こいつは最高に整うぜ。いいか? まず裸でタオル巻いて中に入る! 数分経ったら外で冷水浴びてまた入る! 数回やったら今度は部屋で大の字で横になれ。それで全て解決する。……あ、水分も取れよ! エールがお勧めだから侍従に渡しとくな!」
「「……」」
冒険者の奇行には耐性ができてきた二人だが、これは予想外だった。
思考停止している二人に対して、ナハシュは手を打つと、耳打ちするようにして囁く。
「あ。貸すだけだかんな? 欲しかったらドワーフの奴らに言えよ?」
「……わ、わかった。ありがとう」
ナハシュはアフターサービスも出来る男なのだった。
「殿下」
「どうした、アルベルト」
「俺もご一緒します」
「「……」」
●
「は。憔悴が顔に出ているな、レイウェスト・バルダス」
Alexandra・Hexe・Claudia。
――かつては交わることもなかった二人だが、この日は違った。
全くもって友好的な気配はなく、空気は最悪だった。アルベルトなどは露骨に警戒しているが、レイウェストはそれを片手で押し留める。
そんな皇族らしい立ち居振る舞いが女の癇に障る。自然、言葉に棘が宿った。
誰が、遠慮などするものか。
「現皇帝が生存し、さらには暴挙を振るう。己の皇子としての立ち位置の脆さと――赫怒と呵責に苛まれている、といったところか。敢えて言おう」
はっきりと敵意を宿して、告げる。
「先ず以て、お前はただの為政者だ。民は統治と糧があれば事足りる。国は実体と益があれば事足りる。このざまで、誰がお前ごときなど責めてやるものか。帝国の正統な主、それも神の力を収奪した皇帝と比べれば、お前など取るにならんのは確かだが」
「貴様……」
不敬にして傲岸、さらには、明らかに敵意を含んだ言葉にさらに憤るアルベルトを、Alexandraは一顧だにしない。
だが。
「なあ。Alexandra。私はそなたの多くを知らない。けれど、そなたがこのヴィントで民のために尽力してくれていることは、識っているよ。だからこそ、そなたの言を受け止めたいと思っている」
じく、と。Alexandraの胸の奥で何かが疼いた。
見るな、という反骨と――何か、鈍く。
「……この先、また一年を見越せば」
だから、魔女は口を開いた。礼儀など、知ったことかと。
「その間に帝国の粋を喰らい尽くし、その力で以て民を束ねて国を打ち上げ、世界に容認させ、然る後に帝国を誅する……そういう道もあろう。お前の悩みなど、その程度だ」
「無茶を言うなあ」
くすくすと笑うレイウェストだが、反感の色は無かった。おそらくは数ある選択肢の一つとして見えていたと伺え、そのことにAlexandraは鼻を鳴らす。少女のそんな態度が、誅殺という選択肢の不穏さをいっそ緩和させているとも知らずに。
「そなたはそう言うが……そのような事になったら、そなたは手伝ってくれるのか?」
「……」
少女はつと目をそらした。支配者は嫌いだ。ひいては、帝国にも恨みはある。
――だが、これは、彼女が言い出したことでもあった。
だから、こう言った。
「必要な為政者だ。手は貸してやる」
●
「おお、殿下に将軍、こんにちは。お疲れ様です?」
「サイラスか。そなたは壮健そうだな」
「殿下は問題が追加された? みたいですね」
真面目な表情のまま、世間話のような体裁で告げる。
「でもまあ、幸運ですよね? 頭悩ませるくらいで済んでるなら、まだ詰みじゃないし」
「……まあ、そうではあるが……」
独特な言い回しに、しかし敵意はないと見えてレイウェストは苦笑した。
「ぶっちゃけ皇帝、味方いないでしょ。ロモズのところだって、兵隊が勧誘されて、結局誘拐されてたし。皇帝なのに、殿下と帝国から奪うしかなかったわけでさ。そういうところに成果が出てると思うんだよね」
ここでレイウェストはピンと来た。この男、全肯定してくれていると。
「人馬も毛皮と骨が向こうからやってきてくれてるみたいなもんだし、皇帝だって征竜の武具をつけてるっていってもやってること国賊じゃん。復興はこれまで通りコツコツやってたら良いだけだしさ。全然、詰みじゃない。あ。エフレム様は……」
「……」
「まあ、対峙して連れ戻すなり憐れならもう休ませるなり。貴方次第じゃない?」
「ううむ」
事実は事実なのだが、そう簡単に割り切っていいものか――?
とレイウェストは変な葛藤をしてしまい、ふと、気づいた。おそらく、自分は未知のものが怖いのだと。指し手が不明、指し筋が不明。背景で何が蠢いているかも不明。ようやく色々追いついてきたと思ったところで、この騒ぎだ。
そんな胸中を知ってか知らずか、サイラスはこう言った。
「悩んだってしょうがないよ。賽は投げられた、舞台の幕は上がった、後は道半ばで倒れるとも完遂するとしても、最後まで走るしかないでしょう?」
――まあ、おれはその様を眺めてるだけですわ……趣味を突き詰めつつ、ね。
内心では飄々とそんな事を思っているとはつゆ知らず。
「……その言葉、ありがたく頂いておくよ、サイラス」
「へいへい。まあ、応援してますよってことで」
●
レイウェストを始めとして、帝国臣下の健康状態を懸念したナタリア・フィッツジェラルドの申し出は、好意的に受け容れられた。レイウェストの脈を取り、腹部の診察をしながら、ナタリアは口を開く。
「殿下、将軍。月並みな言葉ですが、まずは王子との外交、お疲れさまでした。かの王子の外交力は、権謀術数、腹の探り合いが横行する王国の負の風土・側面があってこそ……あのようなことがあったとしても、仕方がないことかと存じます」
「あっ」
「む?」
レイウェストが見るからに挙動不審となり、バルディオンが眉を顰める。
「む……?」
ナタリアは奇妙な空気にしばし手を止めたが、レイウェストの紅眼の強さに事情を察した。
――将軍には伝えていない……?
くすりと微笑んで、ナタリアはレイウェストの身を起こした。
「少し、脈がはやいようですね。殿下は身を削って働きすぎなのでは」
「そ、そうかもしれないな」
「体調を崩していないとはいえ、睡眠時間が不足していては身体の負担にはなりましょう。十分にお休みをお取りになられたほうが良いでしょうね」
ナタリアはそう告げて、バルディオンへと視線を移した。
「では、将軍。次は貴方の番です」
「……いや、しかし」
何か問いたげにしている将軍に先んじて言うと、反駁が返った。
「はやく、こちらへ」
「……うむ」
ナタリアはこれを言下に切り捨て、服を着ながら黙礼するレイウェストに微笑みを返した。
「殿下は早くお休みください。私がお手伝いできる案件は片付けておきますので」
「……恩に着るよ」
「サウナの横に休憩用のゲルを用意しておきました」
そんなナタリアの言葉に、レイウェストは思わず笑みを零した。
「ふふ。そうだな。それでは、早速使わせてもらおうかな」
ありがとう。そんな言葉を残して去っていった皇子の背を見送って、ナタリアは視線を巡らせる。
ベルクが選別した仕事。将軍ほか幕下の健康管理。それに付帯する種々の仕事。
「将軍」
「うむ」
「貴方も、帝国にとって必要なお方です。くれぐれも無理はなさらぬように。――それでは、診察をしますので、上着をお脱ぎください」
――その全てを片付けることこそ、私の役務だ。
そう心に定め、猛然と仕事を進めるのだった。
―・―
「ここにいましたか、殿下」
「……うん」
暫しの後。
ナタリアの元を辞したバルディオンが真っ先に向かった場所はサウナであった。先んじてサウナに身を浴していたレイウェストはこれを迎える。二人用なので、アルベルトは外で待機中である。
「今日だけで、色々なことがあったな」
「……そうですな」
苦笑するレイウェストに、バルディオンはよく似た表情で応じた。
皇家に対する不敬も多々あったのは事実だが、バルディオンも目くじらを立てる気にもならなかった。
規範・教則・規則を『枠』とするならば、今日、冒険者の多くが告げたのは『実』に根ざしていた。バルディオンはそう思う。
「もし」
不意に、レイウェストが囁くように言った。
「もし、そなたが将でなくなるその時が来るならば」
サウナの熱に上気した頬や眼で、
「その時は私に、仕えてはくれないか」
「……ええ、殿下」
バルディオンは、皇帝の恐ろしさを知っていた。彼が備えていた覇道と同じ熱量で、皇帝は今、この事態に取り組んでいるはずだ。であるならば、この少年がいずれの道を選んだとして、そこに降りかかるものは決して軽くはないだろう。
「――その時は、私も末席に加えてくだされ」
尋常ならざる事態を泳ぎ切る術は、賢猪将軍として謳われた彼をしても見通すことはできない。
それでも。
きっと、その時彼に必要なものは、実なのであろうと、今日一日を通じて感じた。それだけでも意義のある一日だった。
「ところで殿下、ウィリアム王子との間にあったあんなこととはなんのことですか?」
「う”っ……」
―・―
「……殿下と将軍が二人共にのぼせた?」
ナタリアは侍女の報告を受けて、思わず笑みを零した。さぞ、積もる話でもあったのだろう。
「結果的にはお休み頂けたので、問題はないがな」
一通り身の回りの仕事を片付けたベルクはそのまま、どさりと書類の山をナタリアの元に持ってきた次第である。
「言われた通り、未決裁のものを持ち込んだが、これは本当に今日中に終わるのか?」
「……いいさ。こういう機会でないと取り組むことができないからな」
その時だ。
廊下を駆ける気配が届くや否や、
「ででででで殿下がのぼせたと聞いたんですがっっっっっっ!!!!!!?????」
と駆け込んできたトーラの手には、未処理の書類や資料たち。その顔色は真っ青で、あわわわと口元を戦慄かせている。
「私のチョコが何か粗相しましたでしょうか……!!!」
「『私のチョコ』……?」
訝しむナタリアに、ベルクは頭を振った。
「大丈夫だ。関係なく、サウナで逆上せただけだからな。それはそれとして、丁度いい所に来た。手伝ってもらおう」
「そ、そうですか! 手伝うのはもちろん喜んでですけど! なんでサウナ……?」
そんなトーラの疑問に、応えるものはいなかった。
マスターコメント
ミドルシナリオ易しい 報酬:標準8 / 6〜8人
2022年02月20日 23時24分15秒 公開
相談掲示板
トーラです。 とりあえず、レイウェストさまとバルディオンさんにはゆっくり休んで貰いたいですね…。
ギャメルだぜ。よろしくな。 レイウェストさま、すごく難儀な立場に……。 オレはサチコとアダムが気になってる。 特にサチコと話がしてみたいぜ。
ウォーリアのアルベルト=V=シュタールシュヴェーアトだ。 よろしくな。 俺は、レイウェスト殿下とバルディオン将軍に話をしに行こうかな・・・ レイウェスト殿下の護衛も必要だしな
キャスター、クラウディアです。よしなに。 ―は。戻ってきたと思えばなにを考えあぐねているのか、レイウェスト・バルダス… くだらない内容なら一蹴させてもらう。今は先に見るべきことが山ほどあるのだから。 /* */ アルベルトさんに同じく、レイウェスト皇子とバルディオン将軍と話をしに行きます。 ―が、会話のベクトルは掻い摘んで言うと 『お前達に惑う暇などやらん。(口実はくれてやるから)さっさと次に向き合え』 といったところで… 私の帝国実力派絡みの思い出補正も含め、八つ当たり気味の無礼ロールになるかと。 ―ぁ、最悪叩っ斬るのも許可する旨プレイングに組み込むので、調理はご自由にどうぞ。
No.5
サイラスだ、よろしくなー とりま観光かなぁと。レイウェスト殿下に会えたら会ってみたいとは予定してるけど。 ぶっちゃけ建築は嫌です
ヒーラーのナタリア・フィッツジェラルドだ。宜しく。 医師として、殿下や将軍の健康管理をしておきたい。 ショートスリーパーとはいうが、その分のしわ寄せが何時来るのか分かったものではないのだから。
何が出来るか考えたんですけど、資料整理とかのお手伝いをして、負担を軽くすることで少しでも休んで貰える時間を作ろうかと思います。
ベルクだ、よろしく頼む。 殿下に出会えるタイミングがあれば奏上しようと思っていた案があったのだが…。 うん、このタイミングは無理だな!( とりあえず殿下の身の回りのお世話をさせていただきつつ、少しでもいったん仕事から離れて休んでいただくとしよう。
ナハシュだ。たぶん観光してんな! 誰彼に絡むかとかはちょいちょい考えちゃいるんだが正直まとまり切れてねえ。 まあなんか適当にしてると思うぜ。
とりあえず、私がやる事と言えば殿下と将軍を支える将兵達の休息用のスペース確保に自前でゲルを1台用意するのと。 殿下たちとヴィントとの間を取り持つように荷馬車と馬を用いて物資のやり取りをしておこうかと考えているよ。