【暗都】救いはこの手に

赤坂

コメント 8

シナリオID:1231

オープニング

●
 世の中には死ぬ事でしか救われない方が時々いらっしゃるの。

●
 雄々しき山々と大海原に抱(いだ)かれる広大なフェアドゥキア平野は、リーンエス王国の影に隠れがちだが殊に農耕に適した土地である。肥沃な土壌もさることながら、ロスガリア全土を見渡しても屈指のエーテルの安定性に因るクリーパーの出現率の低さと、隣国のような差し迫ったバルバロイの脅威が今のところ認められていない事などが特に農家に喜ばれる要因であった。
 エラトゥーン都市同盟の主要都市が北方に集中している事から人々はしばしば南を指して“田舎”と蔑んだが、生活の要たる一次産業を支えるものこそ主要都市より南、即ちフェアドゥキア平野にあると考える者もまた多く、農民達は誇りを胸に日々鍬を振るっている。
 エラトゥーンの南部にあるものは、都市部を離れてなお保たれる安全と、地平いっぱいに広がる大自然と、それらを享受する人々の豊かな心なのだ。

●
 何の変哲もない農村だった。
 訪れた者がまず目にするものは、高さこそあれど木材に衝立を噛ませただけの心許ない外壁だろう。言うまでもなく魔獣除けの為のものだが、他国の人間が見れば驚嘆するだろうほどに簡素な代物である。このような壁に命運を預けた村が今日に至るまで存続せしめた事こそ、まさしくフェアドゥキア平野の安全性を物語るものであろう。
 広くはないが、さりとて狭いとも言えぬ規模だった。村民は百名程度だとリブラネスタ市長のヴィルジニア・テレーザ・セルッティから聞かされていたが、彼女の話は誤っていないようだった。
 入口の看板には村の名前である“ブデッリ”に並んで“コランダム商会”の名も記されていた。ブデッリ村はフェアドゥキア平野南端のやや外れたところにあり、ほんの二年ほど前までは近くに在った隣村と支え合い苦楽を共にしてきたが、その村が流行り病で滅んだ後は呪われた土地だのなんだのと噂され、すっかり孤立してしまっていたらしい。そこへ突然現れ慈善事業と称して資金援助を行うようになったのが他ならぬコランダム商会である。

『今となっては隣村が滅んだ“流行り病”ってやつもどうにも疑わしいものだけど、それはさておき』
 ヴィルジニアはそのように前置きしつつ、此度の依頼の内容について次のように語った。
『このブデッリ村が、丸々、魔法薬ヘイヴンの実験場に使われた可能性があるわ』
 曰く、魔薬を精製していたと思しきアントマンが死亡した後、仕事を引き継いだ他の者が“よりよい商品”にすべく手を加えており、その為にブデッリ村が利用された可能性を複数の証言や書類の文言が示しているという。
『コランダム商会のことだわ。これまでも汚い事の為にブデッリ村を利用していたのでしょうが……とにかく、魔薬の実験にかの村が使われたのなら、現場には少なからず危険が待っているかも知れない。だからあなた達の力が必要なの』
 ヴィルジニアは言う。実験段階の魔薬の副作用には、錯乱、発狂、凶暴化……といった効果が認められているらしく、ブデッリの村民がそのような状態にある場合は近隣の都市にとっても危険であるため、武器を抜くという判断を含めて対処の方法は冒険者達に一任されている……と。
『難しいオーダーだという自覚はある。でも事態が急を要するなら、それを判断できるのは現場にいるあなた達しかいない。責任は全てこちらで負います』

 そのような事情でブデッリの村を訪れた彼らを出迎えたものは、“臭い”であった。
「死臭だ。誰か死んでるぞ」
 同行する医師――魔薬の専門的な検分の為にセルッティ商会から遣わされた者――がハンケチで鼻を抑えながらそのように断じた。一行が敷地に足を踏み入れると、程なくして確かにこの静かなブデッリ村が異常事態にある事を理解する。
 幽鬼の如く彷徨う村民がいた。
 通りに倒れ虚ろな視線を虚空に向ける村民がいた。
 何を食ったか口回りに血糊を付着させた村民がいた。
 笑い続ける村民がいた。
 囁き続ける村民がいた。
 歌い続ける村民がいた。
 ただ生きているだけの村民がいた。
 死んだまま放置された村民がいた。
 村民達は皆一様に、死んでいるか、生きながら死んでいるかの何れかであった。
「どうか、どうか、この者たちの魂をお救い下さい」
 村の中心には、ただ一人無事な姿で祈る者があった。
 それが一連の事件に少なからず関わりがあると目される聖真教アーサーの“聖人”である事を、事情に詳しい者は見抜いたであろう。
 額に槍が刺さった異様な出で立ちの少女、テレサである。
 のちに話を聞いたところ、聖真教も別口から村の情報を得て、一足先に調査に訪れていたらしい。

●
 そういう風に昔の神様がお創りになったのかしら?
 それは、どうして? どうして、どうして……。

●
 医師の見立てはよいニュースにはならなかった。
 村民の全員が恐らくは劣悪な試作段階の魔薬を投与されて廃人化している事。彼らは脳を完全に破壊されている為治療が絶望的である事。知能や運動能力が著しく低下しており生きる為に必要な最低限の行為さえ満足にこなせぬ事。この為彼らが死を待つばかりの身である事……。事態の好転を無理矢理にでも探すとすれば、村民が近隣の都市に危害を加える可能性が万に一つもない事ぐらいだ。
 医師が首を振り、テレサが祈るさなか、冒険者達の目の前に村民の一人が立ちはだかった。
 ああぁ、うぅえ、え、ぉああ。
 表情筋を自在に動かす事が出来ぬとみえ、歓喜とも哀嘆ともとれぬ歪ながら何処か鬼気迫る表情を浮かべながら、何かを訴えかけていた。
 あぉあっず、ずぇうぇ。
 足を縺(もつ)れさせて転倒するが、視線は冒険者達から離さない。口も手足ももはや自由にはならぬ中で、瞳ばかりが最後に残った風前の灯火の如き意思を示している。
 らずぅげぇえ(たすけて)。
 なるほどこの村は冒険者達の助けが要る者ばかりだろう。
 では、何を以て助けとするのか?
 既に終わってしまった人々に彼らが施せる“助け”とは一体何だというのか?
 いつしか彼らが想起した依頼説明の一節が、鉛のように重苦しく暗い心の水底(みなぞこ)に横たわる。
 “なお、村民の生死については現場判断を尊重するものとする”……。

解説

●依頼目標 ・魔法薬『ヘイヴン』の実験場に使われたと思しい農村『ブデッリ』の調査と対応 >調査について 医師が現場を改めた時点で調査については概ね完了しているものとする。 >対応について 調査が完了しているため、冒険者達の仕事は対応が焦点となる。 対応の具体的な方法については指定されておらず、全て現場判断に一任されている。 その結果については依頼主であるセルッティ商会が責任を負う。 ●状況 >場所 エラトゥーン都市同盟南部にある農村「ブデッリ」が舞台。 敷地は楕円形に広がり、その周囲を簡素な壁で囲んでいる。 内部は木造の家が立ち並ぶ区画と畑が広がる区画で分かれている。 >村民について 老若男女が均等におり、全員が魔法薬『ヘイヴン』で廃人化している。 彼らは地力で生きる力さえなく、あと数日も経たずに死ぬだろうというのが医師の見立て。 魔薬の効果で直接このような状態になっているわけではなく、魔薬が脳を侵しその機能を破壊してしまった結果として現状がある。このため治療は絶望的である。 また、既に死亡した村民の死体も散見される。 >ほか 特に明記しないが、細部についてはOPや解説から推察・想像しうる状況。 ●登場人物 >テレサ 聖真教アーサーの信者であり“聖人”と呼ばれる幹部の一人。 長い銀髪をもつ10代半ばほどとみられる少女。額に槍の形をした神具が突き刺さっている。 シューターの授恵者であるらしく白く美しい弓を携えている。 別口でブデッリ村の情報を得て、冒険者達より一足先に村に着いていた。 今回村を訪れた聖真教の人物は彼女一人のみ。 村の現状にひどく心を痛めており、頬には涙の跡が残っている。 接触してもいいししなくてもいい。 ブデッリ村の件に聖真教が関わっている事実はない(PL情報)。 >医師 依頼主であるセルッティ商会から遣わされた。魔薬が絡んでいるため専門的な見地が必要だろうという事で冒険者達に同行している。授恵者ではない。 ●当シナリオについて(メタ視点) 廃人化した村民らにどのような対応を取るかが依頼の焦点になりますが、この対応に正解は存在しません。 もちろん理屈の上で言えば何をすべきかは明確でしょう。しかし、それを実行できる者がいれば、できない者もいるはずです。さらに、より分解すると、素知らぬ顔で実行する者、苦しみながら実行する者、実行しようとしたが出来ない者……様々です。 当シナリオは、それを描くためのものだとお考えください。

マスターより

【暗都】第3フェーズ、赤坂預かりのストーリーラインはこのような事件に差し掛かりました。 心がどのように揺れ動くか、或いは揺れ動かないのか。何を行動するのか、或いは行動しないのか? あなたのPCのことを是非プレイングで教えてください。

リプレイ

●
 広大な芒野(すすきの)の中央に、馬の背に跨る少女の姿があった。腰まで伸びた桃色の髪を後ろで丁寧に結んだ、何処か大人びた雰囲気の少女だった。
「あれは……?」
 少女は険しい表情で草原の先に見える小さな農村を見つめていた。村からは火の手が上がり、黒い煙が天高く立ち昇っていた。少女の顔に焦りの色が滲んだころ、一陣の風が吹き抜けた。ざ、ざ、ざざあ……。風は少女の華奢な身体を煽り、その頭を覆う上品で真っ白い帽子を攫おうとする。「あっ――」やけに焦った様子で飛ばないようにそれを押さえると、深く被り直しながら馬の胴を蹴った。
 冒険者達が村に到着してから、しばらくが経過した頃である。

●
 男が覚束ない足取りで冒険者達の前に立ちはだかる。よろめくように右へ歩き、踊るように左へ歩いた。きっと彼は前進しているつもりなのだろうと、エイル・アーティライトは思った。
「らずぅげぇえ(たすけて)」
「はい」
 男の要請に応える事に躊躇いはなかった。真っ直ぐに男に近付きながら、懐から短剣を引き抜く。エイルの行わんとする事が何であるかは明白だ。それを察した一同の反応は十人十色であった。
 ヨル・スレイマンはただ黙してそのさまを見つめていた。
 ナハシュは漠然としていた仕事の内容が明確になった事を喜び無邪気に笑っていた。
 ルチル・プルメリア・グレイハーツは村の光景や遠巻きに見えるテレサの姿を観察し状況を整理していた。
 ノックス・マグナは眉ひとつ動かさずに抜きかけた大太刀を鞘に納めた。
 スフェーンは苦々しく目を反らしメイスの柄を強く握り締めた。
 ゲルトは“この対応”しか存在しない事を心底から悔やみながら強く目を閉じた。
 マレーネ・シェーンベルグは想った。かれらはぜんいん、しんでしまっているのですね。
 エイルの短剣が男の胸に深く突き刺さる。感染症の予防のために袖で口元を覆っている。彼女は医学を志した――と表現できるほど能動的にその道に飛び込んだわけではないが――身であった。“だから”なのか、“だのに”なのかは分からないが、事切れた男を土の上に寝かせながら抑揚なく語る言葉は、合理性のみで構成されていた。
「私より専門的な知識を持つ医師の見解が“絶望的”であるなら、私達に出来る事は限られます」
 一同を振り返ったエイルはそれ以上何も言わなかったが、皆を見据える氷のようなその瞳が確かにこう告げていた。
 死んで貰いましょう。

●
 この依頼の同行者である医師は、村はずれの小屋を借りて村人の様子を調べていた。しかし、実のところ調べる事など皆無に等しく、ありもしない治療法を無意味に探るだけの時間を過ごしていた。
 そこへルチルとマレーネが連れ立って顔を出した。目当ては麻酔薬の類いであった。何の為に欲しているかなど語る必要のない事だろう。二人は手を汚す決意を持ちながらも、優しさを忘れぬ人物だったのだ。
「麻酔の持ち合わせはあるが、彼らが既に薬漬けである以上効果は見込めん。服用しただけで昏睡できるほどの強力な薬も作られていない……助けになれずすまない」
 医師の答えは二人の期待を裏切った。魔法が多くを解決してしまう以上、技術の開拓は魔法に偏る。なまじ魔法が便利すぎるのも考え物かもしれないとルチルは思った。
「アテが外れて残念だったねぇ」
「ですが……ますいがなくとも、ねむらせることはできます。それに……」
「ふむ?」
 マレーネは“ひみつよ”とでも言うように口元に人差し指を当てると、微笑みながら告げる。
「じつはわたくし、にがぁいおくすりはきらい、なのですわ」

 二人と入れ替わる形で、エイルとゲルトも医師の元を訪れた。
「魔薬と言いましたか。この薬の中毒は治療できるのでしょうか?」
「もしも……もしもなんだけど、症状が軽い奴がいたら、治せたりとか、しないのかなって……」
 冷徹に状況を把握せんとするエイルと、一縷の望みを捨てきれぬゲルトの姿は医師の目にも対照的に見えただろう。
「中毒ならば、理論上は治療できる」そう答えた医師は、肩を落としながらこうも続けた。「だが、依存度が高まるほど難しくなる。この村の人々は……中毒という点でも見るからに手遅れだ。この薬の問題は『中毒者を出さない』という方法でしか解決できんのだ……」
 予想通りの回答を胸に仕事を始めるため早々にその場を離れたエイルに対して、ゲルトは望みがない事を悟り苦い表情を浮かべながらもその場に留まった。
「もう一つ訊きたいんだけど、あの子、頭に槍が突き刺さったまま動いてるけど……アレを見てどう思う?」
 言いながらゲルトは、先ほどエイルの手で永遠の眠りについた男の前で祈りを捧げるテレサを指差した。
 槍が脳を貫いてなお素知らぬ顔で生き続けているのだ。あまりにも当然の疑問だと言えた。
 医師は、少し考えてからこのように答えた。
「魔法的な何かがあるのか、本当は刺さっていないのか……私には何とも分からん。いずれにせよ、あのくらいの少女が常識では計り知れぬ在り方をしている事を、私は悲しく思うよ」

●
「ノックス・マグナと申します」
 遺体の前で祈るテレサのもとを訪れたノックスは、自らの名と冒険者という身元を明かしていた。
「まあ……ご丁寧に。私はテレサ。『聖真教アーサー』の“聖人”……幹部のような肩書きを任されている者よ」
 聖真教という信仰について依頼主から特に説明がなかったので、ノックスは軽く説明を求めた。これに対するテレサの話を要約すると、“アーサーという実在の人物を神と崇め、人々を救う為に活動している信仰”であるらしい。
「人々を救う神、アーサー……ですか」
「アーサー様はね、すっごいのよ! どんな方でも救っちゃうの!」
「ではあなた方かアーサー神のどちらかは、此処の村人に死以外の形で救いを与える事が出来るのですか?」
 この瞬間、テレサの表情が凍った。
「救いを旨とする信仰とその神であればもしやと思いました。可能性があるのなら手伝いますが」
「……ええ、……残念ながら、ないの。この方々に私達が与えられる救いは……ひとつのみだわ」
 にわかに顔色を真っ青に染めつつも微笑みをたたえたテレサがそう答えると、ノックスは「そうですか」とだけ告げて踵を返した。
 ならば殺そう――無慈悲な刃と覚悟を以て。
 腰に提げた大太刀の柄に手を掛けながら一分の迷いも見せぬ顔で進むノックスと、陰りのある笑みでその背を見送るテレサの立ち位置は、この世界の対極にあるようだった。

「何に、祈っているのですか」
 続いてテレサに声をかけたのは、エイルだった。テレサは「この方の魂と、アーサー様よ」と応じ、力なく笑ってみせた。
「何故祈るのですか」
 更にエイルが問うと、テレサは言葉に詰まった様子だった。構わずにエイルが続ける。
「信仰は精神の安定に繋がるでしょう。しかし神は誰も救いません」
「救……わない?」
「救うのなら、私の商売は成立していません」冒険者であると同時に医学に携わる者でもあるエイルだからこそ、そう断言した。「もしボルガニスクの他にも神が地上にいるのなら、無慈悲に見守るばかりの何も齎さない存在でしょう」
「そう、かしら」
「ですから、いま魂を救う為に必要なものは涙でも祈りでもなく、手を下す決意と、スコップです」
 告げるが早いか、エイルは埋葬の準備のため土の上に横たわる遺体を抱え上げた。
 相容れぬ二つの正義が、大河の如く彼女達の間を分断しているようだった。

 ルチルもテレサの元を訪れた。
「また会ったね、聖真教のお嬢さん」
 ルチルは先日エスト・ポーラにある聖真教の本部でテレサと接触していたのだ。テレサはルチルの顔を見るや「まあ」と表情を明るくした。
「またお会い出来て嬉しいわ、素敵なお骨のルチル様!」
「テレサも相変わらず可愛らしいねぇ」
「うふふ、お上手なんだから」
 世辞の応酬もそこそこに、ルチルはテレサにこの村に来た経緯を尋ねたが、「ひそひそ話を沢山して此処に辿り着いたのよ」と具体的な事ははぐらかされてしまう。
「この惨状を生み出した者をどう思う? 何をするつもりだい?」
 続けてそのように尋ねると、テレサは幽鬼の如く村人達が蠢いている村の光景を眺めてから悲しそうにこう答えた。
「このような事をなさる方は、心に鬼を飼ってらっしゃるのかしら……そう思うわ。可能であるなら、救って差し上げたい」
(犯人に対しても怒りや憎悪はなし……“聖人”というのは肩書きの話だけではないのかねぇ)
 涙の痕をを拭う振りをして“エンパシー”を行使しテレサの感情に触れたルチルは、先だって教わった言葉を口にする。
「『力あるもの弱きを守り悪しきに手を差し伸べなさい』……か」
「まあ、私達の教義! 覚えて下さったの? 光栄だわ」
「力と言えば、お前はシューターの授恵者だね? ペットはいるのかい?」
「ペット……うぅん、馬、かしら」
「へぇ、馬ときたか。珍しいペットだね」
「今度紹介するわ。とっても可愛い子なの!」
 テレサの朗らかな笑顔の裏に“何か”がある事を、この時洞察に長けるルチルは嗅ぎとった。
 馬。そう告げた瞬間、テレサの表情に僅かな綻びが生じていたのだ。
(馬のペット、ねぇ……)

●
 冒険者達はめいめいに、己の思う正義を行う。独善かもしれない。偽善かもしれない。愚行かもしれない。それでも彼らはそれを実行する事を決めた。

 ヨルは、殺していた。
「言いたい事があったら聞くよ」
「ぁ……ぉ、ぇ……」
 路上で干からびる男を斬首した。
「何人も殺してきたから、苦しませずに殺すのは得意だよ。安心して」
「オッ、エッエッエッ!」
 軒下で笑う女を斬首した。
「ああでも、せめてもう少し早くに殺してあげたかった」
「おおぁえああぁ?」
 無垢な瞳を向けてくる老婆を斬首した。
 それはかつて幾度と繰り返した、殺人という名の作業だった。躊躇も、後悔も、罪悪感も、全て遠い過去に擦り切れてしまった。血と臓物の混ざった臭いに郷愁の念さえ抱いた。
 それでも。
「アー」
 ヨルの目の前に現れたのは、子供だった。眼球が左右真逆へ向いており、大きく開いた顎からだらだらと涎を垂らしていた。「アー」もう一度子供が獣の如き声を上げた瞬間、ヨルは剣に極光を宿し破壊力を増大させた一撃で子供の肉体を縦に裂いた。
 万が一にでも殺し損ね、苦しみが一秒でも長引く事がないよう、確実に肉体を破壊したのだ。
「こんなものが」
 子供の身体の右と左が路上に倒れるさまを見つめながら、先日テレサが語った言葉を思い出した。“世の中には死ぬ事でしか救われない方が時々いらっしゃるの”。確かにこの村にあるものは絶対的な不幸だ。テレサならば涙ながらに祈りを捧げた事だろう。せめて殺す事で救いを齎(もたら)さんとするだろう。
 だが、体の断面が露わになった子供の遺体を見つめながら、ヨルは慟哭の如く吐き捨てた。
「こんなものが――救いであるはずが無いだろうがッ!」

 エイルは、殺していた。
 先ほどやって見せたように、心臓をひと突きにして殺す方法を採った。心臓が破壊されれば脳は血を受け取る事が出来ず、瞬時に重大な損傷を受けて機能を止めるのだ。医学の心得のあるエイルは、最小限の傷で確実に殺す術(すべ)を知っていた。
 何度目かの刺殺を行う。
 村人の吐血が感染症の予防で口元を覆った布に飛散する。
 床の上に倒れ伏す村人の脈を取りながら、エイルは思った。気分の良い仕事ではないが、自分の感情はこの状況に“救い”を見出さんとするテレサの在り方に向いている。
(救済を旨とする信仰……聖真教と言いましたね。冒険者であれ、医師であれ、聖真教であれ。救う側の人間という点で私達は共通している。でも、死を救いと呼ぶ事だけは、途方もなく愚かな錯覚に違いありません)
 刺殺、確認。
 刺殺、確認。
 刺殺、確認――。淡々とその動作を繰り返しながら、エイルは冷徹な瞳で断言する。
「死は未熟ゆえの諦めであり、無力の結果。救いたいのに救えない私達の嘆き。救済などと美しく飾り立ててしまえば――いずれ呪いとなるものです」

 ナハシュは、殺していた。
 彼にとって、今回の依頼は楽な仕事だった。なにせ無抵抗の人々を殺して回るだけで報酬が手に入るというのだ。だが一方で、楽しい仕事ではなかった。仕事の内容がヒトを殺すこと、ただそれだけだからだ。
 だから、欲を出す事にした。“上等な酒でも見つけて持ち帰れば幾分気分がいいだろう”……そう考え、村人の処理の片手間に家屋を漁った。しかし、持ち帰れるほど保存状態の良い酒には中々ありつけずにいた。
「なーアンタら、果実酒とか作ってねぇの? どっかにさあ、良い感じの酒蔵とかさあ」
 倒れている村人の一人の襟を掴んで持ち上げ、揺すぶってみる。だが据わらぬ首が力なく転がり「ああ」だの「うう」だのといった意味のない言葉が返って来るばかりだった。ナハシュはそれきり男から興味を失い、頭部に針を突き立てて殺すと土の上に放った。遺体が地面に転がる頃には、既に視線は明後日の方へ向いていた。
「酒も食いもんも、なーんか食い散らかしてばっかなんだよなー、ここの村人」
 幾つかの家屋を探った結果、ナハシュはそのような印象を受けた。家具も農具もそれほど荒れている様子はないが、食料ばかりはやけに汚く食い散らかされていた。まるで知能のない獣が欲望のまま貪ったようだった。
(クサいな。もうちょい調べてみるか)

 ルチルは、殺していた。
 村人を家屋の中に運び入れ、そこで殺す事を選んだ。
「今生は運がなかったねぇ。締め括りは、せめてマシな姿が良いってもんだろうさ」
 そう告げながら、敷物の上に寝かせた村人の身体を拭いてやった。汚物を垂れ流している者もいたが、やはり綺麗にした。
 そして、歌を聴かせた。知能がなくとも音楽は理解できるらしい……村人が歌声に聞き入って大人しくなると、その瞬間を見逃さず喉元をナイフで裂いた。瞬く間に動脈を切断する、鮮やかと言う他ない手際であった。
「次はより良い場所が、お前の魂を迎えて下さるだろうさ。その時は、もう悪者に騙されるんじゃないよ……」
 輪廻転生を信仰する彼女にとって、今生に於ける死は次の生の始まりでもある。翌朝目覚めるまでのささやかな夢でも見せるように、村人の瞼をそっと閉じてやった。

 ノックスは、殺していた。
(躊躇も)
 心の中で独白をしながら、身の丈にも迫ろうかという長大な太刀を振るう。弓の名手であるノックスだが、刀の扱いも見事なものであった。
(罪悪感も)
 廃人化した村人がノックスに迫る。横一文字に刃を振るいその首を切断する。頭が落ちて地面を転がり、胴は糸を失った人形の如く倒れる。刃を濡らす血糊を払うと、そのまま背後にいた次の村人の首を刎ねる。刎ねる。刎ねる。慈悲なき刃を振るい続けるノックスの姿は、かつての村人が見れば残忍な処刑人にも見えたかも知れない。
 そして、それを否定する事も。
(一切が私には不要です。正義という曖昧な言葉のもとに多くの命を奪って来ました。その中にはバルバロイ(ヒト)も含まれました)
 路上に村人がいれば、これを殺した。
 家の中に気配があれば、押し入ってこれを殺した。
 エイル、ヨル、そしてノックスは殺す速度が最も速い三人であった。
(そのような私に、今更ヒトを殺す事を躊躇するような生半可な優しさを見せる資格があるのか? 否――断じて否です。今回も私は私の思う正義のために殺す。ならばあなた方もあのバルバロイ達も対等だ)
 この行為を救いなどと呼ぶつもりは元より欠片もなかった。
 そこにあるものは“ただ死んでいないだけの者を正しく殺す”という正義。そして“仕事を任された信頼に報いる”という正義。
 その為ならば、ノックスは罪なき者の首であろうと刎ねてみせるのだ。

 スフェーンは、殺していた。
(ああ、子供もいるんスね)
 べったりと血糊の付着したメイスを携えて村を巡回しながら、魔薬に知性と尊厳を奪われた者の中に幼い子供もいる事を確認し、スフェーンは一連の事件がこの世で最も醜悪な部類のものである事を理解していた。
(父ちゃんと、母ちゃんと、子供がいて、そのお隣にも父ちゃん、母ちゃん、子供……。家族ぐるみ、村ぐるみで付き合いがあって、時には村八分にされるような人もいて……。そういう、ごく当たり前の日常を)
「壊したのか」
 呟いた言葉に、普段の軽薄な口調はなかった。その事は当人も気付いていなかったかも知れない。感情が、怒りが、理性を静かに置き去りにしていた。
(クソッタレのスフェーン。オイラはこういう時に何もねえんだ。祈る所作。立派な信仰。全員を治療出来るだけの最高に冴えた頭脳。何もねえ……。ただ、蝋燭の火みたいに小さい怒りだけが、胸の奥底で燃えてる)
 何かを求めるように両腕を広げながらスフェーンに近付いてくる村人がいた。出来る事があるだろうかと一瞬だけ考えたが、苦しみを長引かせない事以上のものを与えられる気がしなかったため、その頭をメイスで粉砕した。
 肉片を含んだ返り血が兜にかかる。
(オイラが怒るのか?)
 頭部の潰れた遺体を木陰に寝かせながら、スフェーンは自問した。怒りの権利は、今自分が殺した村人にこそあるのではないか?
(だったら、オイラには何が出来る? この怒りで、何をするんだ?)
 その問いの答えを探り当てるよりも先に、翡翠の瞳が次の村人の姿を映した。

 マレーネは、殺していた。
「みなさま、どのようなゆめを、みていらっしゃるかしら」
 マレーネの周囲には、幾人もの人が土の上に横たわっていた。皆、穏やかな寝息を立てている。“ヒュプノシス”で一人一人昏睡させて、一ヵ所に集めたのだ。
「たくさんのさとうがしを、ほおばるゆめかしら」
 眠りに就く人々の中、マレーネただ一人が微笑みながら佇んでいた。これから彼女が行う事を考えれば、それは恐ろしい殺戮の先ぶれだ。しかし、そこにあるものは確かにささやかで暖かな優しさであった。
「ごかぞくとわらいあう、ゆめかしら」
 村人は眠る。
 薬で廃人化し異様な表情と行動を晒す事もなく。ほんのひと握り残った知性が絶望を訴える事もなく。全てを忘れ、夢の中を漂っている。
「あくむ、かしら」
 すらりと剣を鞘から抜くと、足元の村人の心臓を突いた。
 肺の筋肉が弛緩し、中の空気が喉から排出される。それは少しだけ長い寝息のようにも聞こえた。
 マレーネは、村人の心臓を突いて回った。村人たちは、起きていた時は“生きている”とはとても言えない状態であるように思えたが、こうして穏やかな寝顔を見ているとその感覚も曖昧にさせられた。
 死んでいるのか。生きているのか。
 死んでいるのなら、今自分がしている行為は“命を奪う”事になるのだろうか。
 生きているのなら……自分の姿は悪魔にでも見えるのだろうか。
「きっと、……こたえは、ないのですわ」
 緩慢に、確実に、マレーネは剣を突き立てていった。

 ゲルトは、殺せなかった。
 治す話ならば喜んで加担した。だが何の罪もない人々に手を掛ける決心は、ついぞつかなかった。
 だから、埋葬をしようと考えた。墓の予定地にヒト一人ぶんの穴を幾つも掘り、土葬のための準備をしていた。
「ぃ、……て」
 微かな声が聞こえた。
 嫌な予感と共にゲルトが振り返ると、そこには村人がいた。この村に来て最初に出会った村人のように、その者も瞳に僅かな知性の光が残っていた。
 予感があった。
 自分はたぶん、次に告げられる言葉に報いる事が出来ない。
「こぉお、ぃ、で(ころして)」
「ごめん」
 スコップを取り落とし、後退りをした。どんな魔獣を相手にする時より、怯えた顔をしていたかもしれない。きっとこの村人には知性が残っている。村の仲間が冒険者達に介錯されるところを見て、是非に自分もと首を差し出している。でも出来ない。殺せない。勇敢な者に憧れないわけでもないが、殺す勇気などは欲しくない――。
「主アーサーの御名のもと、■■■■■します」
 そんな声がゲルトの耳に届いたかと思うと、村人の額から突然矢が生えた。
 白目を剥いて倒れ伏した村人の向こう側に、弓を構えて佇むテレサの姿が見えた。
 脱力して尻餅をついたゲルトに近寄り、テレサは微笑みながら手を差し伸べる。
「私も、皆さまを埋葬をして差し上げたいの。お手伝いしてもいいかしら?」

●
 全ての村人を殺し尽くし、埋葬する段になった。
 百人分の墓穴を掘り一人一人埋める作業は手間が必要だったが、テレサと医師も手を貸してくれた。
 中心となったのはエイルとゲルトとルチルだった。この三人に付き従う形で、ノックス、スフェーン、マレーネ、ヨルも参加した。ナハシュは姿が見えなかった。
 全員を埋め終えると、各々の作法で祈った。祈りを信じぬ者も、この時ばかりは――ヨルを除き――黙祷した。
 短い沈黙の中、テレサは冒険者達とのやり取りを想起していた。

『俺達は冒険者だ』
 ヨルは、そのように告げて頭を下げた。テレサは既に知っていたが、己から身の上を明かしたわけではなかったため、彼なりの誠意だっただろう。
『これは止めないといけない。協力して魔法薬ヘイヴンを根絶しよう。情報交換でもいい。戦力にだってなれる。救いに対する意は相容れないけど、目的は同じだ。救われない奴は減らせる』
 ヨルの申し出を受けたテレサは、驚いたように目を見開いたのち、安堵の笑みを見せた。
『嬉しいわ。私、あなた方に嫌われているのではないかって、ほんのちょっぴり心配だったの……ちょっぴりよ?』
 これにより、冒険者達とテレサは協力関係を結ぶ事となる。組織を挙げての協定を結ぶには至らないものの、事件解決に向けた前進である事は間違いない。
 それでも……と、ヨルは心の内で思う。
(こんなのを“救い”だなんて言葉で誤魔化す事は、気持ちが悪くて出来ない。俺は絶対に祈らねえ。不幸が不幸のまま終わった。これは、そういう話なんだ)

『てれささまは、おやさしいのですね』
 一緒に遺体を墓穴に納めていたマレーネにそう声を掛けられて、テレサは再び自分が涙を流している事に気付いた。
『やさしいかたは、あかのたにんのためにも、なみだをながす……そう、ぞんじております』
『いやだわ、泣き虫なだけ。マレーネお姉さまの方がずぅっと優しくて、お強いはずだわ』
 遺体に土を掛けながら、マレーネが言葉を続ける。悲しむ者を前に雄弁たるべきか沈黙を尊ぶべきかはいつも人を悩ませるが、テレサには言葉が必要だと思った。
 或いは、自分にこそ必要だったのかも知れない。
『わたくしは。わたくし、……こじんは、ですが』
 土が遺体を覆い、やがて顔も見えなくなる。スコップを置いてひと息ついたテレサの手をそっと握り、マレーネは微笑みかけてみせた。
『てれささまのこと、……しんじたいと、おもいますわ』
 そう告げられたテレサは瞼を大きく開いたのち、涙をもうひと粒だけ流してから『光栄だわ』と笑った。
 聖真教アーサーがどのような組織かは未だ判然としない部分がある。
 指導者であり神を名乗る大胆不敵なアーサーの思惑も知れない。テレサ以外の“聖人”の素性もよく分からない。そもそも、聖人が聖真教の最大戦力なのかもわかっていない。
 それでも、テレサの事は信じてよいとマレーネは思った。
 彼女と手を取り合う未来が明るいものになる事だけは、今の段階でも充分に分かるはずだと、そう思った。

『テレサの姉さん。その……祈りを。死んだやつらに対しての、細やかな願いを』
 埋葬がひと区切りつく頃に声を掛けてきたスフェーンは、そのように頼んできた。
『ここには、傷を癒せる人はいても、信じる人はいないと思うから』
『ええ、祈りましょう。彼らの眠りに安らぎが齎されますよう。あなたも祈って下さるかしら、綺麗な瞳のスフェーンおじさま?』
 “姉さん・おじさま”と呼び合う、不思議なやり取りであった。スフェーンはばつが悪そうに顔を背けると、兜の裏の表情を曇らせる。
『オイラは……此処にあった筈の当たり前の日々を、どうして壊したのか訊きたい。この村だけじゃないんだ。今この瞬間も、コランダム商会だか、アントマンだかいう連中は醜く冷酷な“悪”をばら撒いて、色んなものを壊してる。どうしてそんなに壊すんだって……そう訊く事が、オイラがぶつける事の出来る、怒りの形なんだと思う』
 スフェーンの独白を、テレサは慈愛の表情で聞いている。聖真教に於いて“告解”と呼ばれる行為に、それはよく似ていた。
 一拍の間を置いてから、スフェーンは意を決したようにテレサと目を合わせて問う。
『――ひとつだけ聞きたい。この村は、アンタ達の正義に反する?』
『ええ。このような事態は見過ごせないわ。放っておけばもっと多くの不幸が生まれる。私達は、未然にそれを救いたい』
 テレサの答えを受けたスフェーンは瞑目し、『なら……アンタ達を信じる、ッス』と続けた。その口調は、憑き物が落ちたように普段の軽薄さを取り戻している。
『やっぱり、優しいって言葉はあなたにこそお似合いだわ』
『だから、そんなんじゃねッスよ』

『さっきは……ありがとう』
 黙祷の直前にそう声を掛けて来たのは、ゲルトだった。
 村人に介錯を願われた時に、手を下せぬゲルトの代わりにテレサが弓を引いた事の礼だった。
『ヘイヴンって……怖い薬だな。ヒトをこんな風に変えちまう。薬を作った奴も、薬自体も、オレには恐ろしすぎるよ』
『そうね。私もそう思うわ』
『でも、アンタも正直、ちょっと怖い』
 不意にそう告白されて驚いたテレサがゲルトを見ると、額に刺さった槍に人差し指を突き付けられていた。
『その槍、脳に届いているんだろう? お前はなぜ自然にしていられる?』
 やはり当然の疑問だった。テレサは困ったように笑うと、こう答える。
『この槍は、もう私の一部なの。聖槍という、ひとつの器官……そう考えて下さるかしら』
 ゲルトは答えを受けて『そうか』とだけ告げたが、表情が晴れる事はなかった。
 そう考えろと言われても、まったく理解が出来なかったからだ。

●
「ヒューゥ、流石に派手だな! 気分がいいや!」
 炎上する畑の前で、ナハシュが上機嫌に笑っていた。
 いつか聞いた覚えがある“送り火”というものを再現するため、手入れがされず荒れていた畑に藁と薪を撒いて火を点けたのだ。
 炎は激しく燃え広がり、天高く黒煙を巻き上げた。それは弔いであると同時に、焼き畑でもあった。灰が土に栄養を与え、次にこの地に住まう者の農耕の助けになるだろう。
 ナハシュの周囲には、酒瓶、食べ物、水、幾つかの書類があった。ルチルが密かに走らせていたペットの“ラト”と共に家屋を捜索して手に入れたものだ。
 書類の中には、コランダム商会とのやり取りの記載があった。これを読む限り、ブデッリ村は商会から食料や薬の提供を受けていたことが分かる。
 そして、酒、食べ物、水については、そのいずれもが食い散らかされていた。おそらくは廃人と化したあとの村人が、それらの中に含まれる魔薬を求めて獣のように食い漁ったのだろう。
「こんだけ集めりゃ、ダグザとかいうあのデブを追い詰める一手になんだろ。酒は飲めやしねえが、追加報酬の交渉はできそうだな」
「あの……もし」
 そこで、聞き慣れぬ声がナハシュの背後にかかった。振り返ると、桃色の髪をした少女が悲壮な表情で立っていた。
「私はここ数日村を留守にしていた住民なのですが……何が起きているのでしょう?」
 ナハシュはこれを受け、実に人の良さそうな笑みを浮かべながら答えた。
「ああ。村人全員が悪い薬で再起不能になっちまったみたいでな。俺達が全員楽にして、埋葬まで済ませたとこだ」
 それを聞いた少女はさっと顔を青くして、その場に崩れ落ち嗚咽を漏らす。突然故郷を失った者の反応として、当然のものであるように思えた。
 だが。
 ナハシュは。
「まあそういう事だから、アンタの仕事はもうないぜ」
 少女の身体に染み付いた“死”の気配を、見逃す事がなかった。
 その瞬間、震えていた少女がぴたりと動きを止める。異変を察知した冒険者達が集まって来た。
「忌々しいですね……」
 炎を背に、少女が立ち上がる。つばの広い帽子の奥に、昏い瞳があった。二十にも満たぬであろう少女が宿すには、深すぎる黒であった。
「何者ですか。即刻名乗りなさい」
 ノックスが大太刀の柄に手を掛けて問う。少女の纏う空気が、エーテルの奔流が、敵対者であり力ある授恵者でもある事を物語っている。
「邪魔、邪魔、邪魔……私の幸福の邪魔ばかり……」
 少女が呪詛の言葉を口にすると同時に、一陣の風が吹き抜けた。風が少女の被る上品な帽子を攫ってゆく。
 露わになった少女の頭には、病的に痩せ細り中程から折れ曲がった、一対のウサギの耳があった。
「アントマンの特徴……なるほど、そういう事か」
 ヨルが全てを理解する。
 事件一つにつき、アントマンが一人。
 悪辣な魔法薬の流行――ピレネー。
 奴隷市場の活性――アレクト。
 無差別連続バラバラ殺人――アルネブ。
 そして、コランダム商会の調査に当たった者達の変死。
「つまりあなたは、四人目のアントマン――」
 エイルの言葉を受け、少女は憎悪と憤怒を宿した瞳で冒険者達を睨みつけ、そして宣言する。

「私はカナール。アントマンのカナール。家族とご主人様の平穏を守る為、お前達を皆殺しにする者です」

 少女カナールは今にも斬りかかって来そうな剣幕だったが、冒険者達に混じるテレサに睨まれている事に気付くと舌打ちをし、目にも止まらぬ速度でその場から離脱してしまった。
 それぞれの思惑が絡み合い、運命が交差し、蠢く悪が全貌を見せ始める。
 事件が、加速しようとしていた。

<了>

マスターコメント

生と死、救いと殺し、正義と悪……。PCの在り方を問うこのシナリオは、【暗都】構想段階の最も初期にあったプロットのひとつでした。それぞれの言動に、正解も不正解もない。キャラクターとは本来、そうあるべきだと私は思います。 そのような中でも、個性が特に光ると思ったプレイングの方と、事件に対して有効な行動を取った方、これらを総合してMVPを選出しています。 リプレイに沢山したためましたので、今回は長々と語る事はありません。このたびはご参加いただきありがとうございました。
ショートEX

ショートEX易しい 報酬:多い8 / 4〜8人

2021年08月13日 15時20分35秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. エイル・アーティライト

    キャスターのエイル・アーティライト。 よろしくお願いします。 具体的に何かを決めておく必要はなさそうですか。 自分がこの状況に何を思い、何をするのか、それだけですから。 死が救済とは思いませんが、壊れたものを治せるほど医療も発展していないのも事実。 私は長引かせないつもりです。

  2. ゲルト

    ヒーラーのゲルトだ。オレは手を下すのは、ちょっとな……。 遺体を埋葬したり、テレサと話すのがメイン行動になると思う。

  3. マレーネ・シェーンベルグ

    まれーねと、もうします。 まれーね・しぇーんべるぐ、ですわ。 どうぞ、おみしりおきくださいまし。 ■ わたくしは、非力ですので。 直接、人を殺めるのは、……すこし、難しいかもしれません。 ですので、今回調査のために同行していただいたお医者様に、眠るように息を引き取れるような……”毒”のようなものがないか、お尋ねしてみようかなと思いますわ。 ……長引けば長引くだけ、苦しいのでしょう? であれば、わたくしたちがそれを引き留めるのは、……きっと、エゴというものになってしまうのかな、と。 あとは、わたくしも、テレサさまとお話をしたいなと思っております。 なにを話すかは、まだ詰め切れておりませんが、……ええ、きっと、悪いようにはいたしませんわ。

  4. ヨル・スレイマン

    ヨル・スレイマン。宜しくね。 前回の今回だし、個人的には何か違う切り口があったら良かったかもなと考えてたけど、いやーーまあこの状況に立ち合ったら殺しちゃうな! それももうエゴではあるね。 ともあれどう動いても良さそうだし、そこは各自なのかな。そういう背景でなくても俺は別に止めないし。 テレサ君とお話しもしたいな。 そんな重要な内容にはならないと思うし、こちrsものんびりまとめるつもり。

  5. ノックス・マグナ

    ノックスです。よろしくお願いします。 村民はもう生きているとは呼べない状態ですので、私がやることはちゃんと死なせるということでしょう。

  6. ルチル・プルメリア・グレイハーツ

    情報屋のルチルだ。よろしく。 まあ、この状況なら延命より介錯した方が楽に終われるだろうね。 埋葬も重要な仕事だ。この状況で死体を放置すれば別の病気の温床になりかねん。 全員殺しに忌避感があるわけではないのは少し、安心か。一人で村人全員に対応するのは骨が折れるからね。 テレサへは余裕があれば話を聞いてみたいと思う。 何、他の者への邪魔はしないよ。

  7. ナハシュ

    ????(何を問題にしているのか全く分からない顔) まあいいや、ナハシュだ。よろしく。 要は全員殺しときゃあいいんだろ?別にデカい村じゃねえし、こんだけ人数居りゃあ何だかんださっさと済むんじゃねえの? (というスタンスで行かせていただきます。よろしくおねがいします) 後はそうだな、医者やテレサに話聞く奴が多いなら、俺ぁ村ん中をざっと漁ってみるかね。何か残ってるかもしんねえしな。ダメもとではある。

  8. No.9

    スフェーンッス。よろしくお願いするッス ……ま、こう言う事もあるッスよね。……気は進まないんすけど。やるッス、よ。

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0