学園のガーデンパーティー
京乃ゆらさ
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シナリオID:885
オープニング
●招待状
春の日のフィドルのほほえみの ひたすらに身に沁みてあな麗し。
野ばらのしらせに胸そよぎ 言祝ぐは麦穂垂れし日のおもいでや。
若葉たれわがよ 旧き落ち葉さらいかなたこなたに舞いゆけ薫風。
――――――。
――――。
――。
●プロワイセ先生の華麗なる丸投げ聴講生支援企画
「ファウドク様、ガーデンパーティーを開催していただけませんか?」
伯爵令息ザカラート・ファウドクの受難は、唐突に提案されたその言葉から始まった。
パンクリアース学園、特別棟の一室。
遠心分離器や加熱器具から天秤や鍋、果ては万力やすりこぎまで様々な器具が並んでいる実験室で、教師の指示に従って植物を煮詰めた煮汁に含まれるエーテルを調べているところであった。
「……先生、それは学園教師としてのご命令ですか?」
「えぇ、その通りです、ファウドク様。聴講生向けにパーティーを開いてくださいませ」
「は? 聴講生?」
「あら、もうお忘れですか? つい最近、聴講生が増え……あぁファウドク様、手元から目を離さないように。その綺麗なお口とお耳だけこちらに向けて、意識は鍋に集中してくださいな」
「…………、それで、聴講生向けとは?」
溢れそうになる文句を飲み込んで、ザカラートが訊く。
この教師に何を言っても無駄だ。この女、男爵家の出だけに学園における待遇は悪いようだが、そんなもの全く気にすることなく自分のやりたいことにだけ邁進している。
ザカラートはそれを、この女の研究室で活動してきた1年で充分すぎるほどに学んでいた。
「私の研究室はこのように地味な研究ですけれど、それでも一応聴講生が来ないとも限らないのですよ。しかし外の方々がいらっしゃると私に雑務が発生いたします」
「…………。そうですね」
「その雑務の一環で、学園での過ごし方についても少々お話する予定なのです」
「まあ、平民が面倒を起こさないよう指導するのはよいことかと」
伯爵令息としてそうした日常の諍いの処理は過去に何度かやっている。その経験から、面倒を起こす前に平民がさっさと弁えてくれるようになれば非常に助かるだろうことは想像に難くない。身の程を知り、ついでに最低限見苦しくない所作を身に着けてくれたなら言うことはない。
プロワイセ女史は露待草の根を僅かに裂きながら、言う。
「ですから普段の学園生活での注意点はご理解いただけると思うのですよ。けれどファウドク様もご存知の通り、学園には日常生活の他にもいくつか活動がございますでしょう?」
「……ああ、なるほど社交の場」
王国貴族が多数通うパンクリアース学園だけに、日常的に何かしらの社交が発生する。それが学内での活動で済むなら平民でも問題なかろうが、学外での活動――舞踏会や狩りなどに平民が招待されたとなると一気に危険性が増してしまう。
特に救われないのは悪意を以て招待するのでなく、有能な者を引き入れるための善意を以て招待し、悲劇を招いてしまう場合だ。
要するに社交に関する事前知識の不足によって起こるあれこれである。
「つまり先の――ガーデンパーティーを開催しろとの提案は、聴講生に社交の練習をさせよと?」
にっこりと笑みを深めてプロワイセ女史が返す。
「しろ、とは申しておりませんよ? していただけると私が助かりますけれど」
それはやれと命じているようなものだ。
とは返せず眉根を寄せていると、先生はさらに言い募る。
「あぁ、ファウドク様だけでは大変でしょうからメルシャート様もお手伝いなさってください」
「えっ!?」
突然指名された研究室仲間が声を上げるが、構わず先生は続ける。
「聞けばメルシャート様、コレの採集で冒険者の方々と接触したのだとか。この学園には彼らと一切接点を持ったことのない方もおられますから、多少なりとも一緒に行動したことのある貴女は補佐役に最適でしょう?」
「そう、でしょうか?」
「そうですよ」
相変わらず満面の笑みで生徒に面倒事を押し付けているプロワイセ女史。即答せず渋っているメルシャートが押し切られるのも時間の問題だろう。
ザカラートは嘆息して先生の提案を承諾し、詳細を詰めていくことになった。
――かくして冒険者ギルドに一つの依頼が掲示されたのだった。
●ガーデンパーティー
冒険者たちはファウドク伯爵家へ向かう道すがら、ギルド職員の解説を改めて思い出した。
社交の練習の場を用意したから冒険者は気軽に来てくれていい、と。
対象は学園聴講生だけでなく冒険者全般。授恵者が大量に増えた昨今、冒険者でも貴族と接する機会が増すかもしれないため、良い経験になるだろうとのことだ。
参加に際して注意点は一つだけ。パーティー会場にいる間、プロワイセなる研究者に何かしらの物品を預けること。それさえすればタダで美味しいものを食べ、伯爵家の前庭及び中庭を散策できるらしい。
話がうますぎる気がしないでもないが、と僅かばかりの不安を感じていたところ、伯爵家の門前に辿り着いてしまった。
大きく弧を描いた立派な門構え。門前に直立した壮年の男が一礼してくる。
「冒険者の方でしょうか?」
各々が返事をし、ギルドから渡された証明書を見せる。それを確認した男が丁寧に頭を下げて開門の合図を出せば、重々しい音を立て門が左右に割れた。
「ようこそいらっしゃいました。会場にご案内いたします」
冒険者たちが慎重に足を踏み入れると、新緑香る庭園が広がった。
まっすぐに伸びた道の先にある本邸は、白を基調にした小ぢんまりした邸といった趣。
そしてその白の周囲にはしっかりと整えられた緑の庭。本邸へ向かう道は左右を背の低い生垣で仕切られており、道の途中には左右の庭への入口となる植物のアーチがかかっている。
門側から見て右の庭にはいくつもの花畑が並び、様々な彩りが目を楽しませてくれる。赤や白、青の花々を抜けた先には小道が続いていて、ここからは見えないが、奥まった所に何かがあるようだ。
逆に左の庭で最初に目に入るのは大きな池だ。どこからか流れてきているのか、透き通った水は穏やかに波立ち、見る者を飽きさせない。
池の傍に鎮座するのはよく分からない置物。白い石の表面を螺旋状に削り取った物体、と言おうか。何を意味しているのかさっぱり分からないにもかかわらず、妙な雰囲気を醸し出している。
「こちらでございます」
地味だが仕立ての良い礼装をした壮年の男に案内され、本邸をぐるりと回り中庭へ。途端に鼻腔を擽る美味しそうな匂い。中庭は立食会場になっているようだ。
社交の練習という名目ではあるが、料理と前庭を楽しむだけでも十分良い経験になりそうだ。
冒険者たちは主催のザカラート・ファウドクに挨拶し、プロワイセなる研究者に適当な物を預けた後、各自が思うままにパーティーを楽しむことに決めた。
春の日のフィドルのほほえみの ひたすらに身に沁みてあな麗し。
野ばらのしらせに胸そよぎ 言祝ぐは麦穂垂れし日のおもいでや。
若葉たれわがよ 旧き落ち葉さらいかなたこなたに舞いゆけ薫風。
――――――。
――――。
――。
●プロワイセ先生の華麗なる丸投げ聴講生支援企画
「ファウドク様、ガーデンパーティーを開催していただけませんか?」
伯爵令息ザカラート・ファウドクの受難は、唐突に提案されたその言葉から始まった。
パンクリアース学園、特別棟の一室。
遠心分離器や加熱器具から天秤や鍋、果ては万力やすりこぎまで様々な器具が並んでいる実験室で、教師の指示に従って植物を煮詰めた煮汁に含まれるエーテルを調べているところであった。
「……先生、それは学園教師としてのご命令ですか?」
「えぇ、その通りです、ファウドク様。聴講生向けにパーティーを開いてくださいませ」
「は? 聴講生?」
「あら、もうお忘れですか? つい最近、聴講生が増え……あぁファウドク様、手元から目を離さないように。その綺麗なお口とお耳だけこちらに向けて、意識は鍋に集中してくださいな」
「…………、それで、聴講生向けとは?」
溢れそうになる文句を飲み込んで、ザカラートが訊く。
この教師に何を言っても無駄だ。この女、男爵家の出だけに学園における待遇は悪いようだが、そんなもの全く気にすることなく自分のやりたいことにだけ邁進している。
ザカラートはそれを、この女の研究室で活動してきた1年で充分すぎるほどに学んでいた。
「私の研究室はこのように地味な研究ですけれど、それでも一応聴講生が来ないとも限らないのですよ。しかし外の方々がいらっしゃると私に雑務が発生いたします」
「…………。そうですね」
「その雑務の一環で、学園での過ごし方についても少々お話する予定なのです」
「まあ、平民が面倒を起こさないよう指導するのはよいことかと」
伯爵令息としてそうした日常の諍いの処理は過去に何度かやっている。その経験から、面倒を起こす前に平民がさっさと弁えてくれるようになれば非常に助かるだろうことは想像に難くない。身の程を知り、ついでに最低限見苦しくない所作を身に着けてくれたなら言うことはない。
プロワイセ女史は露待草の根を僅かに裂きながら、言う。
「ですから普段の学園生活での注意点はご理解いただけると思うのですよ。けれどファウドク様もご存知の通り、学園には日常生活の他にもいくつか活動がございますでしょう?」
「……ああ、なるほど社交の場」
王国貴族が多数通うパンクリアース学園だけに、日常的に何かしらの社交が発生する。それが学内での活動で済むなら平民でも問題なかろうが、学外での活動――舞踏会や狩りなどに平民が招待されたとなると一気に危険性が増してしまう。
特に救われないのは悪意を以て招待するのでなく、有能な者を引き入れるための善意を以て招待し、悲劇を招いてしまう場合だ。
要するに社交に関する事前知識の不足によって起こるあれこれである。
「つまり先の――ガーデンパーティーを開催しろとの提案は、聴講生に社交の練習をさせよと?」
にっこりと笑みを深めてプロワイセ女史が返す。
「しろ、とは申しておりませんよ? していただけると私が助かりますけれど」
それはやれと命じているようなものだ。
とは返せず眉根を寄せていると、先生はさらに言い募る。
「あぁ、ファウドク様だけでは大変でしょうからメルシャート様もお手伝いなさってください」
「えっ!?」
突然指名された研究室仲間が声を上げるが、構わず先生は続ける。
「聞けばメルシャート様、コレの採集で冒険者の方々と接触したのだとか。この学園には彼らと一切接点を持ったことのない方もおられますから、多少なりとも一緒に行動したことのある貴女は補佐役に最適でしょう?」
「そう、でしょうか?」
「そうですよ」
相変わらず満面の笑みで生徒に面倒事を押し付けているプロワイセ女史。即答せず渋っているメルシャートが押し切られるのも時間の問題だろう。
ザカラートは嘆息して先生の提案を承諾し、詳細を詰めていくことになった。
――かくして冒険者ギルドに一つの依頼が掲示されたのだった。
●ガーデンパーティー
冒険者たちはファウドク伯爵家へ向かう道すがら、ギルド職員の解説を改めて思い出した。
社交の練習の場を用意したから冒険者は気軽に来てくれていい、と。
対象は学園聴講生だけでなく冒険者全般。授恵者が大量に増えた昨今、冒険者でも貴族と接する機会が増すかもしれないため、良い経験になるだろうとのことだ。
参加に際して注意点は一つだけ。パーティー会場にいる間、プロワイセなる研究者に何かしらの物品を預けること。それさえすればタダで美味しいものを食べ、伯爵家の前庭及び中庭を散策できるらしい。
話がうますぎる気がしないでもないが、と僅かばかりの不安を感じていたところ、伯爵家の門前に辿り着いてしまった。
大きく弧を描いた立派な門構え。門前に直立した壮年の男が一礼してくる。
「冒険者の方でしょうか?」
各々が返事をし、ギルドから渡された証明書を見せる。それを確認した男が丁寧に頭を下げて開門の合図を出せば、重々しい音を立て門が左右に割れた。
「ようこそいらっしゃいました。会場にご案内いたします」
冒険者たちが慎重に足を踏み入れると、新緑香る庭園が広がった。
まっすぐに伸びた道の先にある本邸は、白を基調にした小ぢんまりした邸といった趣。
そしてその白の周囲にはしっかりと整えられた緑の庭。本邸へ向かう道は左右を背の低い生垣で仕切られており、道の途中には左右の庭への入口となる植物のアーチがかかっている。
門側から見て右の庭にはいくつもの花畑が並び、様々な彩りが目を楽しませてくれる。赤や白、青の花々を抜けた先には小道が続いていて、ここからは見えないが、奥まった所に何かがあるようだ。
逆に左の庭で最初に目に入るのは大きな池だ。どこからか流れてきているのか、透き通った水は穏やかに波立ち、見る者を飽きさせない。
池の傍に鎮座するのはよく分からない置物。白い石の表面を螺旋状に削り取った物体、と言おうか。何を意味しているのかさっぱり分からないにもかかわらず、妙な雰囲気を醸し出している。
「こちらでございます」
地味だが仕立ての良い礼装をした壮年の男に案内され、本邸をぐるりと回り中庭へ。途端に鼻腔を擽る美味しそうな匂い。中庭は立食会場になっているようだ。
社交の練習という名目ではあるが、料理と前庭を楽しむだけでも十分良い経験になりそうだ。
冒険者たちは主催のザカラート・ファウドクに挨拶し、プロワイセなる研究者に適当な物を預けた後、各自が思うままにパーティーを楽しむことに決めた。
解説
▼目的
ガーデンパーティーを楽しむ。
▼状況
時刻は昼から夕方にかけて。天候は晴れ。
パンクリアース学園に立ち入る気のない者でも問題なく、タダ飯を食らいに来た、デートに来たというだけでもよい。
PCは主催者に挨拶し研究者に何かしらの物を預けた後からの開始になる。
預ける物は貴重品でも量産品でも何でもよく、また帰る際にはきちんと返却されるため、プロワイセ女史に用事のない人は預けた品について特にプレで触れなくてよい。
過度にハメを外しすぎなければ基本的には何をしてもよく、多少の失敗も大目に見てくれる。
社交の練習という名目ではあるが、他のPCやNPCと交流せず1人で楽しんでもよい。
逆に練習である以上、NPCと積極的に交流してもよい(伯爵令息にこちらから全力で話しかけても怒られない)。
歌舞音曲を披露する、詩作に耽るなどの芸術活動もアリ。
腕が悪くなければ貴族にはウケが良いだろう。
▼庭園の見所
鈴鳴蔓花と蔓薔薇のアーチが何重にも続く緑のトンネル
多少光が遮られた狭い空間は2人の距離をぐっと近づけてくれるはず!?
牡丹一華や葡萄花、羽天華、勿忘草などの花畑
彩り豊かで芳しい香り溢れる花畑には立ち入りが許可された芝生エリアもある。ゆっくり心を休めてみては?
小道の先の四阿
少し奥まった所にある白いガゼボ。自然の中で歓談すれば話も弾むかも!
池とオブジェ
清らかな水の流れを見て和もう(オブジェから目を背けて)。
中庭の立食会場
軽食を中心にお高そうなものから踊る子熊亭や露店にありそうなものまで。デザート系もある。酒類は軽いもの限定。
▼登場人物
ザカラート・ファウドク
主催者。伯爵家長男。非授恵者。
ウィストラータ・メルシャート
補佐役にされた人。子爵家長女。授恵者だが才能がない。
露待草の採集で冒険者と行動したことがある。
キアーレ・プロワイセ
パンクリアース学園教師。28歳。男爵家次女。授恵者だが研究者であり戦闘はできない。
預かった物はそれに含まれるエーテルをちょっと調べたり匂いを嗅いだりする。研究だからね仕方ない。
▼その他
依頼成功度は各自が全力で楽しめたかによる。社交という意味で失敗したり少々はしたなくご飯を食べたりしても成功度には影響しない。
なお報酬はプロワイセ女史が研究させてもらった謝礼として出している。
甘ったるいやり取りやらPCの友情やら何やかんやを……描きたいのです……!(血涙)
マスターより
どうもです。京乃です。
簡単に言うと、貴族のちょっとお高い庭園でのんびりしようという依頼です。
激しい戦いで疲れた身体と心を癒したい方、デートしたい方、聴講生RPしたい方、ちょっとNPCと接触したい方などおいでませです。
ウィストラータは拙作『無才の女魔術師』に登場した人物ですが、読まなくても問題ありません。
春はゆっくりしたくなります、よね? というわけで濃密にPCのこと描きたかったんや!
……さて、よろしくお願いします。
リプレイ
「じゃあお言葉に甘えて楽しませてもらうね」
人好きのする微笑でハーヴィが主催者に挨拶すれば、後ろで護衛の如く佇んでいたクルタルがほんの気持ち程度に目礼し、踵を返す。
ハーヴィは主催者に微苦笑を見せ、
「不愛想でごめんね」
「構わん」
と軽く謝罪してクルタルの後を追う。
ギャメルはそんな彼らの様子を窺い、主催者に話しかけた。
「人族の貴族の事よく知らねぇんだですが、思ったよりカクカクばってねぇんですね」
「いや格式張っている者も多い。余計な恨みを買わぬ為には気を付けた方がよかろう」
はー、と感心しきりなギャメルが、思い出したように姿勢を正して一礼する。
「本日はおねまきありがとうございます。オレはゴールディの冒険者です。今日は学園や王国文化の勉強に来ました」
「ふ……お招き、だ。我が家だけでは王国文化の片鱗に触れる程度に過ぎんだろうが、楽しんでくれ」
言葉遣いこそ未熟だが、礼儀正しくあらんとする心がギャメルからは感じられる。
そんな彼に早くも主催者が絆されかけていると、リコリス・アデュラリアが自然に会話に加わった。
「ここに来る際に見た庭園は見事でしたね。花を観賞用に使わない私でも解る程に」
普段と変らず淡々としながらも、端々に丁寧さを感じさせるリコリスの社交。その所作や話の機の読み方には長年の経験が滲み出ている。
「それは何より。だが森人が易々と貴族の庭を褒めん方がよい。言質を取られてからでは遅いのでな」
「成程……ご忠告ありがとう存じます」
片足を引き礼をするリコリス。ギャメルは「言質って何だ?」と思いつつも、真似をして訊いてみた。
「あれは見事なお庭ですね。池の置物も迷宮の謎の仕掛けのような趣がおあります。由来を聞きたいです」
「ならば散策は如何かな。あぁそれと」
その礼は女性がするものだと主催者が指摘すると、ギャメルが頭を掻いて笑った。
●それぞれの社交
ガッコウは肉のパイ包み焼きを頬張りながらギャメルらをじっと観察していた。そうして主催者の立ち居振る舞いを脳裏に焼き付けた後で、実際自分でも動いてみる。
(うーむ、こうか?)
もぐもぐしたまま歩く。が、合っているかも解らず首を捻る。そのうち中庭に観察対象がいなくなり、ガッコウは見様見真似の歩き方を試しながら前庭に向かった。
だがぎこちない。所作に振り回されている感がある。
一朝一夕で何とかなるものではないと思うが、だからとて諦める訳にはいかない。何せ夢がかかっている!
(学園には数多の文献があると聞く。ならば是が非でも行ってみないとな)
その為に礼儀作法が必要と言うならいくらでも努力してみせよう。
とはいえ1人では限界がある。ならばとガッコウが選んだのは人を相手に実践だ。適当に巡回していたウィータに目をつける。
「あー、ご機嫌うるわ……麗しいですか?」
「そうですね、先程から頑張っておられた貴方を温かく見守れる程度に」
「丁度良い。恥はかき捨て、練習に付き合ってもらえ……ますか?」
「構わなくてよ」
いかにも令嬢らしい台詞を返してきた彼女に、ガッコウは精一杯の機知を利かせ騎士の如く礼をし、早速訊いた。
「メルシャート様は学園の本を読んだ事がありますか? よければ話を聞かせてほしい」
ナタリア・フィッツジェラルドが学園教師に物を預けたついでに少し話した後、ウィータの許へ行くと、そこにはガッコウに圧され微妙に引いた彼女がいた。
「図書館にはどんな本が? 学術書、資料、さて小説はあるんだろうか? 図書館、なんと良い響きか。ああ……いつかはそこに住みたいものだ……」
矢継ぎ早に質問し何やら夢に浸っている男。話の中身を微笑ましく思いつつナタリアが声をかける。
「久しいな、ウィストラータ」
「ごきげんよう。あの節はお世話になりました」
「再会できて嬉しく思う。教授とも話せたしな」
社交辞令を返せばウィータも相好を崩して嬉しがる。内心の程は知らないが、こういうのは互いに嬉しがったという事実が重要なのだ。
ウィータが首を傾げ、
「先生は如何でした?」
「さて。君にとって教授はどう映る? 私は彼女の人間性や研究に触れるのはこれが初めてだ。故に逆に聞きたい。君は教授に何を学び、如何にする?」
「私にとってですか」
ウィータが目を細め、花畑の方を見やる。
緑のアーチに入っていく2人は見るからに仲睦まじい。ナタリアが視線を戻すと令嬢は自嘲するように、
「先生曰く、澱とは生命のスープだそうです。成程、では味付けできないスープに価値はあるのでしょうか?」
「……白湯、かな? 湯、つまり熱も生命の重要な要因だ」
にっこりと露骨に返すウィータに、ナタリアも笑みを深める。
(屈折しているな……)
少し面白くなってきた、とナタリアが切り込まんとしたその矢先。
「先生とやらの知見も気になるな。紹介いただいても?」
ガッコウの言葉に、毒気を抜かれた。いや今日が楽しいパーティである以上、補佐役の彼女が己を見せる事はあるまい。
ナタリアは2人に同行し、適当に帝国仕込みの社交で楽しもうと決めた。
「クルト! これ気になってたんだよね」
先を行くクルタルに追いついたハーヴィが蔓薔薇のアーチを指差せば、クルタルはその前で止まって腕を組み、じっとそれを見上げた。
彼の目は真剣そのもの。きっと神殿の庭で作れるか思案してるんだろうなぁ、とハーヴィは微苦笑する。暫く見ていると不意に彼の目がこちらを向き、正面から視線が重なった。
「作れそう?」
「……土と肥料、気温次第だな」
「じゃあもっと見てみないとね? 潜ろう!」
早く早くと急かせば、クルタルは雪狼の尾を一度大きく振ってアーチに入った。ハーヴィが続くと、そこは木漏れ日で仄明るい2人だけのトンネルだった。
蔓薔薇の芳しい匂い。仄暗い道を緑の隙間から照らす優しい陽光。周囲の喧噪すら遠くなったような、隔絶された空気を感じる。
「わ、ぁ……」
「これは……」
クルタルすら感嘆の声を漏らす幻想的空間。2人きりの世界にハーヴィの目が輝く。
「凄いね、クル……」
「庭師を探すぞ」
「えぇっ!?」
緑のアーチは短いながら途中に十字路があった。足早にクルタルがそこまで行くと、彼は駆け寄るように左に折れた。慌てて追えば彼は老年の男を呼び止めている。
「あんたがここの庭師か? 花の世話について聞きたいんだが……」
「クルト、迷惑かけたらダメだよ」
「え? あ、ハーヴィは先行ってていいぞ」
言うなり庭師と話し始めるクルタル。
幼馴染がこうなってはどうしようもない。ハーヴィは庭師に挨拶し、軽食を貰って来ると離脱した。
●学び
先生が何かを本に押し付けるのをガッコウはじっと見つめている。暫くすると先生は本の匂いを嗅ぎ始めた。思わず声をかける。
「冒険者になって初めて手にした本だから大切にしてほしい」
「勿論慎重に扱いますよ?」
「舐めそうで怖いんですが」
「まさか。本はそのように楽しむ物ではございませんよ?」
ごもっともだが匂いを嗅いでいる人に言われたくない。
(この人はダメだ。社交の練習にならない)
ガッコウは即座に撤退する事に決めた。同時にこれがダメならその逆が良いのかと知見を得る。
(つまり征竜様に語り掛けるように喋れば良い)
見事な反面教師だ。が、それはそれとして撤退せねば。
辺りを見回すと丁度ギャメルらが池の傍で話している。ガッコウは主催者と話す為に辞去する事にした。
「もっと本の話をしたかったですが、またいずれ。御身の研究の役に立てれば幸いです」
「えぇ、助かります」
少なくとも作業中はこの人と会話してはいけない。ガッコウはきっと重要な情報を得た。
「この池なら好きなだけ洗濯や水浴びができるであらせられましょ」
丁寧にと心がけて話してみるも上手くいかない。舌が絡まりそうな言い回しを頑張ってみれば、また主催者から言葉遣いを指摘された。ついで苦笑交じりに、
「庭の池はそうした利用をしない。観賞用だ」
「えっ! この水を何も使わねぇのか!? し、失礼しましたーっ」
「構わん。こちらも意識の違いを認識できるのでな」
鷹揚に頷く貴族。ギャメルは人族の貴族たる者に詳しくなかったが、意外と話しやすい。
へへ、と笑っていると、リコリスが「ザカラート」と呼びかけた。
「私は知り合いに挨拶して参ります。また後程」
「ああ、後程。貴女の作法は森人らしいが、それが良いと思う」
「森人らしいですか。貴重なご助言、感謝します」
リコリスが一礼し離れていく。そんな堂々とやり取りできる彼女の姿が、ギャメルには眩しく映る。
(オレも早く上流階級と渡り合えるようにならねぇとな!)
秘かに決心しているところにガッコウが来た。
「先程も挨拶させてもらいましたが、改めて。本日はありがとうございます」
……何故か、鶏の揚げ物を咥えながら。
口元を見ていた事に気付いたのだろう、ガッコウが肩を竦め、
「いや蛙を所望したら断られました。ならばと鶏。誤解される事も多いが、拙は郷に入れば郷に従う性質ですとも」
違う、そうじゃない。ギャメル、貴族と心が通じ合えた瞬間である。主催者が気まずげに、
「ガッコウは社交を学びたいとの事。故に言うが、鶏を食べながら話すのは良くない」
「え? ……ではやはり蛙ですな」
ギャメルは頭を抱えた。
リコリスはナタリアが庭園の植物に触れているのを見て静かに待った。
おそらく植物と同調しているのだろう。庭園の草花の状態を知ろうとはなかなか攻めている。
「これは……見事だな。これだけ整えておきながら無理をできるだけ抑えている」
降参だとばかり両手を上げるナタリア。リコリスは庭園の評価を上げ、声をかけた。
「ウィストラータ。この間振りですね」
「ごきげんよう、アデュラリア様」
「早速で悪いのですが、中庭で話しませんか。主催者に作法が古いと指摘されましたので、今風の作法を見たい」
「構いませんよ。では」
ウィータが目を向けるとナタリアも頷く。
「私も協力しようか。これもプロワイセ教授の社交教育手引作成の一助になるだろう。ただし――帝国風だがね」
3人で中庭に移動し、軽食に手をつける。
2人の楚々とした所作を観察し、自らのそれと照らし合せ変えていく。外に出た森人にとって重要な技術だ。
リコリスは2人を真似て料理を口に運び、じっくり味わう。
「どうでしょう」
「良いかと。会食となると判りませんけれど」
「成程」それはリコリスにとって充分と言える。水を飲み、「感謝します」
「大した事ではございません」
微笑で返すウィータ。ナタリアが「代りと言っては何だが」と切り出した。
「君の故郷の作法を教えてほしい。単なる知的好奇心だがね」
「そう、ですね」
問題はない。それに、とリコリスはウィータを見やる。大した事ではないと笑った彼女は本当に笑っていたか?
以前の依頼の様子を思い返す。特に帰路、彼女が自分を見る目は何かがあったような気がする。リコリスは思案し、こう提案した。
「面白いものではありませんが、それでよければ。ウィストラータも何か訊きたい事があれば訊いて下さい。もっとも、私が教えられるのは」
何気なく様子を窺う。
「植物……と毒……あとは魔法くらいですが」
途切れ途切れに告げた言葉に、彼女はほんの僅か、瞬目で反応を示した。
――魔法、という言葉に……。
「ふふ、では貸しができたと思っても?」
が、彼女は具体的に何かを頼む事はなかった。少なくとも、この場では。
「そう言われると警戒しますが……」
リコリスが返すと、楽しげに2人が笑った。
庭師と話し込んでいたクルタルは、痺れを切らしたハーヴィに連れられ花畑を散策していた。懐にはハーヴィが交渉して得た、この家御用達の花屋の場所と、土と肥料の配合を書いたメモが入っている。
春から初夏へ移り変る頃の、爽やかで甘い香り。彩り豊かな花々。アーチのような幻想的雰囲気はないが、散策する時の視界すら計算に入れたかのような、整然とした美しさが幾つも散りばめられていた。
隣を歩くハーヴィが幾つかの花々に寄り、吐息を零す。
「綺麗だねぇ」
「ああ。その花は花弁の朱を出すのが難しいからな。毎朝毎晩手入れされている証だ。少しでもサボれば色がくすむ。流石だなブレンナー」
「誰? あ、庭師の人? ふふっ、そうだね」
ハーヴィがゆっくりと立ち、また歩いていく。その先には一面の勿忘草。ハーヴィは駆け寄って屈み、そっと触れた。クルタルが後から追えば、ハーヴィは背を丸めたまま、
「勿忘草の花言葉、知ってる?」
「そのまんまだろ? まだボケるには早ェから安心しろよ」
「……」
無言で返すハーヴィの背はひどく小さい。クルタルは傍に立ち、一面の青を眺める。幼馴染の金糸が少し揺れた。
「……、僕さ、病気がちだったじゃない」
「ああ」
「もう駄目かもって何度思ったか分かんない」
雪狼耳がぴくと動く。
「けど、今もこうして生きてる。それは勿論、家族や助けてくれた人の存在も大きいんだけど、君と会いたい、まだ一緒にいたい、って気持ちのおかげでもあると思うんだ」
ぽつりと零す幼馴染はただ勿忘草を見つめたまま。「昔も今も」と紡ぐハーヴィの声はか細くて、風に吹かれて消えてしまいそうだ。
「君と出会えて良かったって、ずっと、ずっと思ってる。たとえこの先、僕がいなくなっても……どうか僕を忘れないで」
ざぁっと風が吹き抜ける。クルタルは思わず幼馴染の肩を掴んだ。消えないように、と。
「俺も」声が掠れた。腹に力を籠める。「俺もお前と会えてよかったって思ってるよ。だから、たとえ話でもいなくなるとか……そういうの、らしくないだろ。俺達には」
沈黙。遠く誰かの話し声。
刻一刻と共にいられる時が消えていくかの如き錯覚はしかし、ハーヴィの笑い声でかき消された。
「ふ、ふふ……かもね。……あはは。気が抜けたらお腹鳴っちゃった。そこの芝生でご飯食べようよ。アップルパイも持ってきたよ」
うーんとノビをしながら立ち上がるハーヴィ。その雰囲気はいつもと変らない。
クルタルは息を吐き、「だな」と不愛想に答えた。
●貴族
茜色の陽が庭を照らす。
ギャメルは門へ向かう傍ら最後に庭を見回した。
丹念に手入れされ、見栄えが悪ければ剪定される庭園。ある意味ここの花には大樹海と同じくらい厳しい生存競争があるのかもしれないと思う。そしてそれは主催者も同じ。貴族という庭で剪定されないように戦っている。
優しかった主催者もきっと柵のある場では態度が変る。それは少し寂しいなとギャメルは体を震わす。
「……お土産ももらえたし、早く持って帰ってやらねぇとな!」
夕日に誘われ落ちかけた気分を強引に高め、ギャメルは胸を張った。
ギャメルの想像した生存競争はすぐにも表面化する事になった。
貴族の園を主な舞台に、冒険者すら巻き込む形で……。
人好きのする微笑でハーヴィが主催者に挨拶すれば、後ろで護衛の如く佇んでいたクルタルがほんの気持ち程度に目礼し、踵を返す。
ハーヴィは主催者に微苦笑を見せ、
「不愛想でごめんね」
「構わん」
と軽く謝罪してクルタルの後を追う。
ギャメルはそんな彼らの様子を窺い、主催者に話しかけた。
「人族の貴族の事よく知らねぇんだですが、思ったよりカクカクばってねぇんですね」
「いや格式張っている者も多い。余計な恨みを買わぬ為には気を付けた方がよかろう」
はー、と感心しきりなギャメルが、思い出したように姿勢を正して一礼する。
「本日はおねまきありがとうございます。オレはゴールディの冒険者です。今日は学園や王国文化の勉強に来ました」
「ふ……お招き、だ。我が家だけでは王国文化の片鱗に触れる程度に過ぎんだろうが、楽しんでくれ」
言葉遣いこそ未熟だが、礼儀正しくあらんとする心がギャメルからは感じられる。
そんな彼に早くも主催者が絆されかけていると、リコリス・アデュラリアが自然に会話に加わった。
「ここに来る際に見た庭園は見事でしたね。花を観賞用に使わない私でも解る程に」
普段と変らず淡々としながらも、端々に丁寧さを感じさせるリコリスの社交。その所作や話の機の読み方には長年の経験が滲み出ている。
「それは何より。だが森人が易々と貴族の庭を褒めん方がよい。言質を取られてからでは遅いのでな」
「成程……ご忠告ありがとう存じます」
片足を引き礼をするリコリス。ギャメルは「言質って何だ?」と思いつつも、真似をして訊いてみた。
「あれは見事なお庭ですね。池の置物も迷宮の謎の仕掛けのような趣がおあります。由来を聞きたいです」
「ならば散策は如何かな。あぁそれと」
その礼は女性がするものだと主催者が指摘すると、ギャメルが頭を掻いて笑った。
●それぞれの社交
ガッコウは肉のパイ包み焼きを頬張りながらギャメルらをじっと観察していた。そうして主催者の立ち居振る舞いを脳裏に焼き付けた後で、実際自分でも動いてみる。
(うーむ、こうか?)
もぐもぐしたまま歩く。が、合っているかも解らず首を捻る。そのうち中庭に観察対象がいなくなり、ガッコウは見様見真似の歩き方を試しながら前庭に向かった。
だがぎこちない。所作に振り回されている感がある。
一朝一夕で何とかなるものではないと思うが、だからとて諦める訳にはいかない。何せ夢がかかっている!
(学園には数多の文献があると聞く。ならば是が非でも行ってみないとな)
その為に礼儀作法が必要と言うならいくらでも努力してみせよう。
とはいえ1人では限界がある。ならばとガッコウが選んだのは人を相手に実践だ。適当に巡回していたウィータに目をつける。
「あー、ご機嫌うるわ……麗しいですか?」
「そうですね、先程から頑張っておられた貴方を温かく見守れる程度に」
「丁度良い。恥はかき捨て、練習に付き合ってもらえ……ますか?」
「構わなくてよ」
いかにも令嬢らしい台詞を返してきた彼女に、ガッコウは精一杯の機知を利かせ騎士の如く礼をし、早速訊いた。
「メルシャート様は学園の本を読んだ事がありますか? よければ話を聞かせてほしい」
ナタリア・フィッツジェラルドが学園教師に物を預けたついでに少し話した後、ウィータの許へ行くと、そこにはガッコウに圧され微妙に引いた彼女がいた。
「図書館にはどんな本が? 学術書、資料、さて小説はあるんだろうか? 図書館、なんと良い響きか。ああ……いつかはそこに住みたいものだ……」
矢継ぎ早に質問し何やら夢に浸っている男。話の中身を微笑ましく思いつつナタリアが声をかける。
「久しいな、ウィストラータ」
「ごきげんよう。あの節はお世話になりました」
「再会できて嬉しく思う。教授とも話せたしな」
社交辞令を返せばウィータも相好を崩して嬉しがる。内心の程は知らないが、こういうのは互いに嬉しがったという事実が重要なのだ。
ウィータが首を傾げ、
「先生は如何でした?」
「さて。君にとって教授はどう映る? 私は彼女の人間性や研究に触れるのはこれが初めてだ。故に逆に聞きたい。君は教授に何を学び、如何にする?」
「私にとってですか」
ウィータが目を細め、花畑の方を見やる。
緑のアーチに入っていく2人は見るからに仲睦まじい。ナタリアが視線を戻すと令嬢は自嘲するように、
「先生曰く、澱とは生命のスープだそうです。成程、では味付けできないスープに価値はあるのでしょうか?」
「……白湯、かな? 湯、つまり熱も生命の重要な要因だ」
にっこりと露骨に返すウィータに、ナタリアも笑みを深める。
(屈折しているな……)
少し面白くなってきた、とナタリアが切り込まんとしたその矢先。
「先生とやらの知見も気になるな。紹介いただいても?」
ガッコウの言葉に、毒気を抜かれた。いや今日が楽しいパーティである以上、補佐役の彼女が己を見せる事はあるまい。
ナタリアは2人に同行し、適当に帝国仕込みの社交で楽しもうと決めた。
「クルト! これ気になってたんだよね」
先を行くクルタルに追いついたハーヴィが蔓薔薇のアーチを指差せば、クルタルはその前で止まって腕を組み、じっとそれを見上げた。
彼の目は真剣そのもの。きっと神殿の庭で作れるか思案してるんだろうなぁ、とハーヴィは微苦笑する。暫く見ていると不意に彼の目がこちらを向き、正面から視線が重なった。
「作れそう?」
「……土と肥料、気温次第だな」
「じゃあもっと見てみないとね? 潜ろう!」
早く早くと急かせば、クルタルは雪狼の尾を一度大きく振ってアーチに入った。ハーヴィが続くと、そこは木漏れ日で仄明るい2人だけのトンネルだった。
蔓薔薇の芳しい匂い。仄暗い道を緑の隙間から照らす優しい陽光。周囲の喧噪すら遠くなったような、隔絶された空気を感じる。
「わ、ぁ……」
「これは……」
クルタルすら感嘆の声を漏らす幻想的空間。2人きりの世界にハーヴィの目が輝く。
「凄いね、クル……」
「庭師を探すぞ」
「えぇっ!?」
緑のアーチは短いながら途中に十字路があった。足早にクルタルがそこまで行くと、彼は駆け寄るように左に折れた。慌てて追えば彼は老年の男を呼び止めている。
「あんたがここの庭師か? 花の世話について聞きたいんだが……」
「クルト、迷惑かけたらダメだよ」
「え? あ、ハーヴィは先行ってていいぞ」
言うなり庭師と話し始めるクルタル。
幼馴染がこうなってはどうしようもない。ハーヴィは庭師に挨拶し、軽食を貰って来ると離脱した。
●学び
先生が何かを本に押し付けるのをガッコウはじっと見つめている。暫くすると先生は本の匂いを嗅ぎ始めた。思わず声をかける。
「冒険者になって初めて手にした本だから大切にしてほしい」
「勿論慎重に扱いますよ?」
「舐めそうで怖いんですが」
「まさか。本はそのように楽しむ物ではございませんよ?」
ごもっともだが匂いを嗅いでいる人に言われたくない。
(この人はダメだ。社交の練習にならない)
ガッコウは即座に撤退する事に決めた。同時にこれがダメならその逆が良いのかと知見を得る。
(つまり征竜様に語り掛けるように喋れば良い)
見事な反面教師だ。が、それはそれとして撤退せねば。
辺りを見回すと丁度ギャメルらが池の傍で話している。ガッコウは主催者と話す為に辞去する事にした。
「もっと本の話をしたかったですが、またいずれ。御身の研究の役に立てれば幸いです」
「えぇ、助かります」
少なくとも作業中はこの人と会話してはいけない。ガッコウはきっと重要な情報を得た。
「この池なら好きなだけ洗濯や水浴びができるであらせられましょ」
丁寧にと心がけて話してみるも上手くいかない。舌が絡まりそうな言い回しを頑張ってみれば、また主催者から言葉遣いを指摘された。ついで苦笑交じりに、
「庭の池はそうした利用をしない。観賞用だ」
「えっ! この水を何も使わねぇのか!? し、失礼しましたーっ」
「構わん。こちらも意識の違いを認識できるのでな」
鷹揚に頷く貴族。ギャメルは人族の貴族たる者に詳しくなかったが、意外と話しやすい。
へへ、と笑っていると、リコリスが「ザカラート」と呼びかけた。
「私は知り合いに挨拶して参ります。また後程」
「ああ、後程。貴女の作法は森人らしいが、それが良いと思う」
「森人らしいですか。貴重なご助言、感謝します」
リコリスが一礼し離れていく。そんな堂々とやり取りできる彼女の姿が、ギャメルには眩しく映る。
(オレも早く上流階級と渡り合えるようにならねぇとな!)
秘かに決心しているところにガッコウが来た。
「先程も挨拶させてもらいましたが、改めて。本日はありがとうございます」
……何故か、鶏の揚げ物を咥えながら。
口元を見ていた事に気付いたのだろう、ガッコウが肩を竦め、
「いや蛙を所望したら断られました。ならばと鶏。誤解される事も多いが、拙は郷に入れば郷に従う性質ですとも」
違う、そうじゃない。ギャメル、貴族と心が通じ合えた瞬間である。主催者が気まずげに、
「ガッコウは社交を学びたいとの事。故に言うが、鶏を食べながら話すのは良くない」
「え? ……ではやはり蛙ですな」
ギャメルは頭を抱えた。
リコリスはナタリアが庭園の植物に触れているのを見て静かに待った。
おそらく植物と同調しているのだろう。庭園の草花の状態を知ろうとはなかなか攻めている。
「これは……見事だな。これだけ整えておきながら無理をできるだけ抑えている」
降参だとばかり両手を上げるナタリア。リコリスは庭園の評価を上げ、声をかけた。
「ウィストラータ。この間振りですね」
「ごきげんよう、アデュラリア様」
「早速で悪いのですが、中庭で話しませんか。主催者に作法が古いと指摘されましたので、今風の作法を見たい」
「構いませんよ。では」
ウィータが目を向けるとナタリアも頷く。
「私も協力しようか。これもプロワイセ教授の社交教育手引作成の一助になるだろう。ただし――帝国風だがね」
3人で中庭に移動し、軽食に手をつける。
2人の楚々とした所作を観察し、自らのそれと照らし合せ変えていく。外に出た森人にとって重要な技術だ。
リコリスは2人を真似て料理を口に運び、じっくり味わう。
「どうでしょう」
「良いかと。会食となると判りませんけれど」
「成程」それはリコリスにとって充分と言える。水を飲み、「感謝します」
「大した事ではございません」
微笑で返すウィータ。ナタリアが「代りと言っては何だが」と切り出した。
「君の故郷の作法を教えてほしい。単なる知的好奇心だがね」
「そう、ですね」
問題はない。それに、とリコリスはウィータを見やる。大した事ではないと笑った彼女は本当に笑っていたか?
以前の依頼の様子を思い返す。特に帰路、彼女が自分を見る目は何かがあったような気がする。リコリスは思案し、こう提案した。
「面白いものではありませんが、それでよければ。ウィストラータも何か訊きたい事があれば訊いて下さい。もっとも、私が教えられるのは」
何気なく様子を窺う。
「植物……と毒……あとは魔法くらいですが」
途切れ途切れに告げた言葉に、彼女はほんの僅か、瞬目で反応を示した。
――魔法、という言葉に……。
「ふふ、では貸しができたと思っても?」
が、彼女は具体的に何かを頼む事はなかった。少なくとも、この場では。
「そう言われると警戒しますが……」
リコリスが返すと、楽しげに2人が笑った。
庭師と話し込んでいたクルタルは、痺れを切らしたハーヴィに連れられ花畑を散策していた。懐にはハーヴィが交渉して得た、この家御用達の花屋の場所と、土と肥料の配合を書いたメモが入っている。
春から初夏へ移り変る頃の、爽やかで甘い香り。彩り豊かな花々。アーチのような幻想的雰囲気はないが、散策する時の視界すら計算に入れたかのような、整然とした美しさが幾つも散りばめられていた。
隣を歩くハーヴィが幾つかの花々に寄り、吐息を零す。
「綺麗だねぇ」
「ああ。その花は花弁の朱を出すのが難しいからな。毎朝毎晩手入れされている証だ。少しでもサボれば色がくすむ。流石だなブレンナー」
「誰? あ、庭師の人? ふふっ、そうだね」
ハーヴィがゆっくりと立ち、また歩いていく。その先には一面の勿忘草。ハーヴィは駆け寄って屈み、そっと触れた。クルタルが後から追えば、ハーヴィは背を丸めたまま、
「勿忘草の花言葉、知ってる?」
「そのまんまだろ? まだボケるには早ェから安心しろよ」
「……」
無言で返すハーヴィの背はひどく小さい。クルタルは傍に立ち、一面の青を眺める。幼馴染の金糸が少し揺れた。
「……、僕さ、病気がちだったじゃない」
「ああ」
「もう駄目かもって何度思ったか分かんない」
雪狼耳がぴくと動く。
「けど、今もこうして生きてる。それは勿論、家族や助けてくれた人の存在も大きいんだけど、君と会いたい、まだ一緒にいたい、って気持ちのおかげでもあると思うんだ」
ぽつりと零す幼馴染はただ勿忘草を見つめたまま。「昔も今も」と紡ぐハーヴィの声はか細くて、風に吹かれて消えてしまいそうだ。
「君と出会えて良かったって、ずっと、ずっと思ってる。たとえこの先、僕がいなくなっても……どうか僕を忘れないで」
ざぁっと風が吹き抜ける。クルタルは思わず幼馴染の肩を掴んだ。消えないように、と。
「俺も」声が掠れた。腹に力を籠める。「俺もお前と会えてよかったって思ってるよ。だから、たとえ話でもいなくなるとか……そういうの、らしくないだろ。俺達には」
沈黙。遠く誰かの話し声。
刻一刻と共にいられる時が消えていくかの如き錯覚はしかし、ハーヴィの笑い声でかき消された。
「ふ、ふふ……かもね。……あはは。気が抜けたらお腹鳴っちゃった。そこの芝生でご飯食べようよ。アップルパイも持ってきたよ」
うーんとノビをしながら立ち上がるハーヴィ。その雰囲気はいつもと変らない。
クルタルは息を吐き、「だな」と不愛想に答えた。
●貴族
茜色の陽が庭を照らす。
ギャメルは門へ向かう傍ら最後に庭を見回した。
丹念に手入れされ、見栄えが悪ければ剪定される庭園。ある意味ここの花には大樹海と同じくらい厳しい生存競争があるのかもしれないと思う。そしてそれは主催者も同じ。貴族という庭で剪定されないように戦っている。
優しかった主催者もきっと柵のある場では態度が変る。それは少し寂しいなとギャメルは体を震わす。
「……お土産ももらえたし、早く持って帰ってやらねぇとな!」
夕日に誘われ落ちかけた気分を強引に高め、ギャメルは胸を張った。
ギャメルの想像した生存競争はすぐにも表面化する事になった。
貴族の園を主な舞台に、冒険者すら巻き込む形で……。
マスターコメント
皆さま、こんばんは。京乃です。
この度はご参加いただき、ありがとうございました。
私の切実な願いを聞き届けてくださった甘々しい方達が1組いらっしゃいました。とても嬉しかったです。
内容は少し切ない感じですけれども……もっとイチャイチャさせたいのを我慢するのが大変でした。
しかしながら私は陰謀や副音声でぶん殴る会話も大好物です。
今回はあえてOPで強調していなかったのですが、ウィストラータ関連を中心に色々動いてくれた方もおられて、その面でも大満足でした。
彼女は……やっぱり地雷が多い……。いつ爆発してもおかしくないやり取りを楽しみたいかたにオススメです!
そしてそんな中、主催者関連の場面は描きながら大変に癒されました。
甘々、陰謀、癒し。完全に私が得な素晴らしいプレイングをありがとうございます。
さて、学園といえば【学乱】も始まっております。今回の社交の練習を活かしていただけたりすると、嬉しいです。私も【学乱】頑張ります。
それでは、またのご参加をお待ちしております。
ショートシナリオ易しい 報酬:標準6 / 4〜6人
2021年05月19日 15時32分32秒 公開
大成功
相談掲示板
邪魔するぜ。連れが後から来る予定だが… …あれ、締め切りまで結構短いな。決戦もあるし、白紙には注意したいところだ。
ヒーラーのナタリア・フィッツジェラルドだ。宜しく。 要するに、プロワイセ教授の思い付きと言えるお茶会で、我々の社交術を生徒達の手本とする事だろう? 元々過去に依頼で関わってたウィストラータが居ると聞いたから来た身だ。この際だから教授達の人となりを知っておくつもりだよ。
ハーヴィだよ、宜しくね。 賑やかな雰囲気に釣られてクルタルと一緒に来たよ。ガーデンパーティーなんて素敵だよねぇ。美味しい食べ物に舌鼓を打ちながら、綺麗なお庭を散策予定。 どっかで会ったら仲良くしてくれると嬉しいな。
ガッコウ、俺の呼び名だ。ヒーラーをしている。 社交というやつを学びに来た。 学園に入るにはこれが必要なのだろう?
ヒーラーのギャメルだぜ。よろしくな。 こういう練習ができる場はありがたいな。 今のオレはヒューマンの貴族をゴブリンロード的なもんだと理解してるから、このシナリオで正しい認識を得るのが目的だ。
キャスターのリコリス・アデュラリアと申します。 ……よろしくお願いします。 ナタリアと同じく、ウィストラータとは以前関わった事がありますね。 一応ある程度の礼儀作法は知っていますが、余計なトラブルを避ける為 今回は貴族の言う社交とやらを必要最低限学んでおこうかと思います。