辺境伯(の家令長)からの依頼~北方辺境領風雲編~

弓月 蒼

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シナリオID:513

オープニング

●城塞都市『ノストガルデン』
 アーチボルト辺境伯領第一の都市。王国と旧帝国の国境に聳える『王国の北壁』
 王国北方の山岳地帯に築かれた天然の要害である。

 帝国との通商における要所として発展した商都の為、物資の保管、保有、保存能力に優れる。
 その都合上、役割としては兵站基地の側面を持ち、堅牢な城塞は戦に十分耐えうる物。

 以前は都市内部で辺境騎士団総員を賄って余りある物資を備えていた。
 が、現在はヴァイセントラフ砦への支援と帝国難民キャンプへの援助で貸し倉庫が余り気味である。

 ――――とは言え、あくまで商都。商人が集う街であることに変わりはない。
 隣国が苦境の最中に在るとは言っても、難民が流れ込んだ結果として人手も十分以上にある。

 帝国との流通は止まれど、表通りには無数の商店が開き、路上脇には屋台も多く点在していた。
 王国特有の食糧事情の裕福さも手伝い、近隣から食べ歩きに訪れる観光客すら居るほどだ。

 帝国産の貴金属や小物が現在も販売可能レベルに乗っている希少な都市である一方で、
 毛皮や羊毛、馬具や騎馬と言った山岳地帯ならではの独自進歩を遂げた加工技術も存在する。

 紋具工房、施療院、孤児院、鍛錬場と言った“兵士に必要な施設”は一通り揃っているが、 
 他方、図書館や私塾、画廊や博物館と言った文化都市的側面は、あまり発展の兆しが無い。

 総じて、何を以て善し悪しとするかは難しい所ではあるが。
 今後も王国における主要都市の1つであることは――――まず間違いないと言って良いだろう。

                       ――――王国都市評(最新版)より抜粋

●辺境伯は仕事がしたい

「待って欲しいアルバート。私とて適宜休息は取るようにしている」

「いけませんメルヴィン様。執務は連続30日までになさって下さい」

 執務室前で行われる領主(メルヴィン)と家令長(アルバート)の言い合いは執政府の風物詩である。
 王国北方――――アーチボルト辺境伯領。この日、辺境伯は連続執務31日目に突入しようとしていた。

 勿論、辺境伯領は帝都崩壊以降難民が雪崩込み、流民の処理すら間に合っていない執政激戦区だ。
 そのトップに仕事が無くなることなどまず見込めず。やるべきことは山と積まれている。

 それは事実だ。そして日々これら領地の安定管理の為悪戦苦闘している辺境伯に、休む暇などない。
 理屈上は正しい。だが、客観的に見ても辺境伯は執務中毒(ワーカホリック)だった。これもまたその通りである。

「主が倒れてしまっては、領の執政に障りが出ます」

「倒れはしない。私の双肩に領民と難民達の明日がかかっているのだから」

「伯が休まないので休めないと『白騎士』殿から再三の苦情(クレーム)が届いております……っ!」

「――――っ、アストめ回りくどい真似を……!」

 喧々囂々喧々囂々、しかしてこの日は久々に、家令長(アルバート)が押し切った。
 執政府の外に無理矢理気味に私服で放り出される辺境伯こと、メルヴィン・トマス・アーチボルト。

 その視界には街――――城塞都市『ノストガルデン』の中央通りに直結する脇道が映る。
 街道沿いには冒険者ギルドの支部があり、併設された酒場なら冒険者たちも滞在しているかもしれない。

 暫し両目を閉じていた辺境伯は、昼前にも関わらずやるべきことがない。
 と言う緊急事態(エマージェンシー)を打破しなくてはならない事実に、ことここまで来て思い至る。
 
 何せ、学園生活を除けば剣と弓と騎馬に一般教養、軍学、政治学、法律学えとせとらえとせとら。
 これまで領主業を遂行する為の積み重ねに、真摯かつ真面目に一心不乱に向き合い続けて来た身である。

 遊び方など知っている訳がない。時間を潰す、と言う概念が根本的に脳内に存在していないのだ。
 学生時代そういう部分は概ね放蕩第二王子(ウィリアム)の担当で、辺境伯はついていくばかりだった。

 にも拘わらず時間が出来てしまったメルヴィンは、数多ある選択肢から領民の生活を見て回るべく歩き出す。
 これも普段あまり時間が取れない査察の時間だと思えば悪くは無い。などと、思ったのかどうなのか。

 ――――――そして、執政府に勤務している辺境伯直属の職員(メンバー)達は。
 自らの主が私人としてどれほど欠陥を抱えている(ポンコツ)か、それはもうこれ以上なく良く理解していた。
 
●指令:辺境伯を半日連れ回すべし
 アーチボルト辺境伯領第一の都市。城塞都市『ノストガルデン』は商都である。
 大規模な馬車が通行出来る中央通りに、個人用の馬車程度であれば裏道すら通行可能。
 
 その無駄に広い都市規模も手伝い多くの商店が構えられ、緑地公園には屋台が絶えない。
 厳格で知られる辺境伯家直轄ということもあり賭博こそ規制されているものの。

 帝国と王国の境界。王国側の通用門にも等しい街だけに、大陸有数の発展を遂げている。
 勿論王都とは比べるべくもないが――――王国内でも、これほど店舗が多い街はそうはない。

 故に、その依頼票が冒険者ギルドに貼られた時、殆どの冒険者にとっては与太話であった。
 何せ見れば見る程悪ふざけ、である。まさか暇の潰し方が分からない人間など居る訳がない。

 幾ら殆ど執政府から出て来ない、顔もほとんど見たことが無い領主であろうとも。
 辺境伯領の人間にとって、彼が名君である限りはこれと言って文句も無い。

 一体どこの誰がこんな不埒な真似を、と酔狂半分に読み上げてみて始めて状況が知れる。
 そこに押されているのは執政府の領主印。つまり、国のお墨付きだ。
 
 どれほど命知らずであろうとも、領主印を偽造するほどには狂っていまい。
 つまりは、まるで冗談の様なこの依頼票は本物なのか? と顔を見合わせることしばし。

 しばらくすると、表通りを私服の辺境伯――――らしき人物が歩いていたとの話が届いた。
 あの普段どこで何をして生活しているかすら分からない執政府の君が! である。

 本気(マジ)か――――――――!! と、昼間から依頼探しに来ていた愉快犯(ぼうけんしゃ)達。
 流石に、これほど気楽(わらえ)そうな仕事もそうはない。公務だけに報酬にも文句はなく。

 こんな依頼が緊急で出されるくらいだ。今の辺境伯は生まれたての仔鹿より頼りない存在に違いない。
 かくて――――ここに『作戦:辺境伯を囲って遊びに行こう(ミッション・インポッシブル)』は発動されてしまったのである。

解説

●成功条件  アーチボルト辺境伯を半日連れ回す。 ●失敗条件  アーチボルト辺境伯を半日連れ回せない。 ●『アーチボルト辺境伯』メルヴィン・トマス・アーチボルト  玲瓏明媚にして智勇兼備、王国が誇る北境の守護者――――と、賞されている人物。  当人は自身は凡人の類だと考えており、ちょくちょくイラッと来る者も居るだろう天然の秀才。  戦場と執務室を行き来する日々を送り続け、延々とその方面に特化して成長した結果として、  娯楽の類の適性が0まで落ちていると言う、仕事とプライベートの区別が付けられないタイプ。  プライベートとして放り出しても仕事をしようとする為、割と強引な方向修正が必要。  なお、私服に加え一応変装のつもりか伊達眼鏡を掛けているものの、残念ながら見れば分かる ●白いのと黒いの  辺境伯の護衛です。一応名目上半分公務の半分オフなので、割と好き勝手動く心算。  がんがんアタックされたりしなければ、そっと草葉の陰から見守っている筈。 ●選択肢  プレイングの一番上に記載を推奨。 【1】食べ歩きをしよう  食べ歩きをするプラン。オープンサンドや直火焼のソーセージ。ジビエの類まで多彩。  最近の流行りはトウモロコシの粉を轢いた生地に、発酵バターと砂糖を焼き付けて  食べる焼き菓子(タロと呼ばれるクレープ的なもの)だとか。 【2】買い物をしよう  商都である為、小物、雑貨、貴金属、衣類に至るまで一通りどんな物でも揃っている。  尚、おしゃれ用品は帝国産の物以外概ね王国風にされている為、装飾華美で実用性は二の次。  デザインより生地や素材の質で値段が決まる傾向にあり、要するに玉石金剛の極み。 【3】査察をしよう  辺境伯が一番乗り気で計画を組み積極的に勤しみそうなプラン。休みってなんだ(哲学)  主に商店、孤児院、施療院を巡り、最後に鍛錬場で汗を流して帰る。  辺境伯は満足だと思われるものの、恐らく冒険者は家令長に怒られる。 【4】フリースタイル  僕の考える休日プランが! 辺境伯を一番上手く動かせるんだ――――ッ!! ●注意事項 ・辺境伯との出会い方は自由です。依頼を受けたことを素直に伝えるも良し。酔って絡むも良し。 ・トラブルらしきトラブルは両騎士が全対処するので辺境伯近辺は安全です。 ・折角の観光チャンスなので、別に依頼そっちのけで遊んでも構いません。

マスターより

 17度目まして。シリアス&ダークが持ち味と言いつつも!  敢えて日常シナリオをEXで出してみんとてすなり、弓月 蒼です。おまけでVIP付き。  尚、辺境伯は王国貴族では「王族派」の若手筆頭。  帝国は「個人としては王国人より余程好感が持てるが国家としては仮想敵」  と言うスタンスの人物です。特に政治的なやりとりにはご注意下さい。  何も考えないで遊んでも良いよ!(良いよ!)

リプレイ

●辺境伯の休日-序幕-

「アーチーさん、適度に休みは採るようにしないと仕事の効率悪くなっちゃうよー?」

『アーチボルト辺境伯』メルヴィン・トマス・アーチボルトは困惑していた。
 伊達眼鏡で風貌を変え、街を歩いていたら声を掛けられた。これは良い。

 呼び掛けられた名前が限りなくそのままに近かった。これもまあ、良くはないが。
 最も困惑の原因になったのは、手を捕まれ引き込まれた先が緑地公園だったからだ。

 すわ曲者かと剣に手を掛ける寸前まで行った身としては。
 眼前で瞑想を指南する『父の教えの元に』エルゼリオ・レイノーラの言は首を傾げる物だった。

「効率……ですか?」

 同じ時間間隔で同じ様に仕事を処理していれば、効率は一定なのではないだろうか。
 その、何処か頭のネジが狂った感想を、エルゼリオが読み取れなかったのは幸運だったろう。

 ともあれ、何故彼が自身に身体を休めるように言うのか。は分からずとも。
 彼の語りと仕草から良く良く理解出来ることはあった。

「そう。判断をしないこと。今この瞬間に目を向けること。この2点が重要なんだって」

 護衛の騎士が割り込んで来ない以上、害意は無いのだろう。と推測できる。
 が、それだけと言う訳でも無さそうだ。彼の眼には、確かに測る色があり――――

 事実。僅かに触れたその手から。エルゼリオはメルヴィンの困惑を正確に読み取っていた。

「判断しない。それはなかなか、難しいですね。
 少なくとも、私の眼にはレイノーラ殿。貴方が判断を棚上げしている様には見えません」

 そう告げられて、エルゼリオが笑う。その言葉は明瞭であり、真っ直ぐだ。
 腹の探り合いを直刀で断つ様なやり取りを含めて。辺境伯は、やはりとても良く似ている。

「そうだね、ボクは貴方のことが知りたいと思ってる。少しの時間だって無駄にしたくない。
 でも、それはそれとしてボクの兄上も同じ病を患ってるんだよね。他人事とは思えないよ」

 率直なその言葉を受け、メルヴィンもまた息を吐く。その言には真意が見て取れた。
 言うなれば――――彼らは、互いに互いを鋭い洞察力で以て観察し合っていたのだ。

「レイノーラ。シグルド殿の弟君ですか。なるほど……」

 軍に通じていれば。自然と、相手の姓から誰かは分かる。問題は意図の方だった。
 それが興味であるのならば。真っ向から応じるのが領主としての彼の在り方だ。

「私は彼ほど真っ当に勤勉な性質(たち)だとは思っていませんが」

「皆それ言うんだよなあ……何でかなあ、自覚がないだけでいつか限界が来て壊れちゃうんだから」

 言うと思った。とばかりの返答があまりに早く、あまりに言い慣れている風で。
 思わず浮かんだのは苦笑いの類だろう。確かに、彼が言う通りなのかもしれない、と。

「それは、他人事とは思えませんね」

 淡く笑って瞑想に付き合うこと幾許か。両者は互いの家の事を語り合う。
 同じ武門の人間として。人の上に立つ者として。彼の語る兄の人物像は実に興味深く。

 噂に聞く『氷の貴公子』の弟は、小春日和の様な青年であったと、後に辺境伯は語っている。

●辺境伯の休日-酒宴-
 
 春の陽射しの様な青年と別れ、時間的に昼食でも、と考えていたら酔っぱらいに絡まれた。
 端的に評するならそれが全てだ。勿論、辺境伯が酔客の相手などした事が有る訳もない。

「――――ガレス、アスト」

「……御前に」

「あー、やっぱり呼ぶよねえ。あはは、仕方ないなあ」

 その為、急遽支援(ヘルプ)が呼ばれるのは当然といえば当然の事で。
 どうも今回はそういう趣向らしい、と漸く気付いた辺境伯。この辺りは全く遠慮がない。

「民の心を知るには民の好むもの楽しみを感じるものを識るのも重要ですよ?」

 などと絡んだ『赤獅子』ハヤト=ガラン=ヴォルファングは元より。

「先日依頼を受けた冒険者だよ。忘れたとは言わせないさ」

 と続いた『義骸の情報屋』ルチル・プルメリア・グレイハーツ共々に。
 両騎士を含めた5人は『ノストガルデン』最大の酒場『北の息吹』亭へと雪崩込む。

「俺はブレイブファング傭兵団を纏めているハヤト=ガラン=ヴォルファングと申す者」

「ブレイブ……なるほど、ゴールディの方の組織でしょうか」

 王国ではまだ余り知られていない、という事実に名を売ることに余念がないハヤトが肩を落とす。
 とは言え、まだまだ此処からだと気を取り直せば。その話は途端方々を跳び回る。

「そう、例えば先の死軍との決戦での戦いでの活躍とか響いてないですか!」

「あ、死軍って帝国国境(ヴァイセントラフ)の奴? 聞いてよ赤いの!
 あれね、あたし留守番だったんだよ!? メルばっかり楽しんで酷いと思わない!?」

「楽しんだ憶えはないですが」

 幸い、戦闘関連に『白騎士(アストリッド)』が矢鱈喰いついて来る為会話が途切れる恐れはない。
 その間隙を縫うように、ルチルが果実酒(ワイン)を傾ける辺境伯へ切り込んだ。

「日中から酒とかいいのかと思うだろうが、普段は執務で籠ってるだろう?
 こういう時でしか見えない市井の姿もあるのさ」

「……そうでしょうね、あまり、目に入れる事のない光景である事は認めます」

 視線を向ければ、向かいの席ではドワーフが近所のパン屋の看板娘にフラれた話を愚痴っている。
 真後ろでは唯人(ヒューマン)の婦人が市場での四方山話に華を咲かせていた。

 平和、と言って良いだろう。奇しくも帝国国境が余裕を失った事で、王国は時間を得た。
 それは幸福を甘受する時間であり、戦いと戦いの隙間で心と身体を休める時間だ。

「こういった光景を見て、為政者であるお前さんはどう思う?」

「――――護らねば、と」

 まるで眩しい物を見るように瞳を細めるその様は。何処にでも居る青年の様で。
 けれど、情報屋であるルチルはその姿に強い違和感を感じる。

 そう、この辺境伯(おとこ)は、潔白過ぎる。王国貴族の界隈は、魍魎跋扈する魔窟だ。
 その魔窟で潔白を演じるには並ならぬ才覚と、清濁併せのむ度量が必要な筈。

 そうでなければ怠惰に腐って堕ちるか。軋轢と妥協の果てに摩耗していく。それが当然だ。
 眼前の男はどれでもないように見える。けれど、そんな事が有り得るのか――――?

「あのさ」

 黙考したルチルの傍ら。不意に漏れたのはハヤトの声だった。
 アストリッドに酒を勧められ続けて意識が暗転する寸前の、端から溢れた様なその声。
 
 声量こそ雑踏に紛れる程度の物だったが、けれどその問いに辺境伯の視線が向く。

「貴族のご令嬢ってのも少しは自由に生きられる道ってのは……ないもんなんですかね」

 空白が出来た。その問は、どの程度の貴族を対象としているかで大きく変わる。
 子爵家程度であれば、騎士の家にでも嫁げば凡そ市井の民と同等の自由が得られよう。

 けれど、例えば辺境伯家であればどうか。そんな未来は、先ず、決して望めはしない。
 より正確に評するなら――――望むべきですら、ない。 

「家を捨てるか、家を滅ぼすか」

「――――伯」

 静止の声を上げる『黒騎士(ガレス)』に、けれど辺境伯は言葉を続ける。
 貴族には義務がある。義務の放棄とは即ち権利の放棄だ。権利とは、血そのものに他ならない。

「或いは、頂点に立つか。いずれにせよ、容易に得られる自由など有りはしない」

 それが貴族に生まれるということ。そして、それが貴族として生きるという事なのだと。
 淡々と告げるその様は。背にし負う物の重さ故か。硬質的で、余裕が無い。

 けれど、それが眼前の男の精一杯の誠実さであるだろうこともまた。そこから理解せざるをえない。
 勿論、だからと諦めるほど物分かりが良くないことは、ハヤト自身にすら自覚がある訳だが。

「……ったく、これだけ真面目な上司だと気苦労も多「はい、ぐいーっ、わあ、良い飲みっぷりー!」」

 ぐふう、と言う声だけ残して遂に崩れたハヤトにV(ブイ)サインを出す白騎士(アストリッド)。
 煽らせたグラスに残った琥珀色の液体は、どう見てもそこらで平常出している酒類とは思えない。

 一体何を飲ませたのやら……と、心身共に一歩引いたルチルに、されど応える者は誰も無く。
 かくて見事に潰れて唸るハヤトを背負いながら、黒騎士へ投げた言葉への。

「一人取り逃しちまった。すまないね」

「いいえ、良い仕事でしたよ」

 頼んだ酒に一口も付ける事なく席を立ったガレスの、ひどく曖昧な返しを皮切りとして。
 その騒乱じみた昼間の酒宴は、ゆるやかに幕を閉じる事となる。

 何故か、非常に満ち足りた様子で任務に戻るアストリッドの足取りが、酷く印象的だったとか。

●辺境伯の休日-店巡り-

「ぅ、ひっく……せんせぇ、いないの……」

 酒場を後にした辺境伯は、何故か泣いたフリをする子供を拾ってしまっていた。
 何故こんなことになったのかは分からずとも、彼の洞察力は――――鋭い。

 クロハ=ヴェローナの演技力が余程真に迫っていたならばともかくも。
 真似事に騙される様では"国境の領主"などという役職は務まらない。

 本来こういった状況に対処する筈の両騎士が出て来ないことからも、概ね事態は明らかだ。
 ……が、しかし。では果たしてどうしたものか。と、考えていられた間はまだ良かった。

「執政府からの委託権限に基づき、貴方には私の買い物への同行並びに荷物持ちを命じます」

「アルトさんと親しい方から頼まれましたので、どうぞお付き合い頂けますでしょうか」

 背後を護る『白騎士(アストリッド)』がお腹を抱えて笑っているのが分かっていた。
 が、こればかりは仕方あるまい。恐らく、放蕩第二王子(ウィリアム)でも同じ様に笑う。

 唐突に荷物持ち(エスコート)を任じて来たのは、艷やかな金の髪に草原の青葉の様な翠瞳の少女。
 『ネーベルベルクの思い出を背に』アウレーリア・フォン・ネーベルベルク。

 他方、手を引くのは涼やかな銀の髪に暁光の様な金の瞳の少女。
 『夢を追う守護者』イヴェール・イリュジオン――――さて、この状況を民は何と称すだろうか。

 両手に華? 英雄色を好む? 好色領主? 通り掛かっては振り返る人々の視線が痛い。
 
「おにいちゃんも、おりょうりたべないの?」

「いえ、大丈夫です。ありがとう」

 もぐもぐと、甘い香り漂う見知らぬ焼き菓子を頬張るクロハを眺め辺境伯は目元を抑える。
 幸い、執政府とアウレーリアが明言してくれた事で状況は概ね呑み込めた。……が、しかし。

 何故、選りに選ってこの人選なのか。最早風評被害も甚だしい。
 そしてクロハは既に串焼き、オープンサンドと来て焼き菓子という有様である。

 この身体の何処に一体これほどの食料が……と、思わず瞠目することしきり。
 とは言え、買い食いやそこらで財布を気にしなければならない程領主の地位は安くはない。

「さて、メルヴィン様。まさか淑女3人を前に立ち話で終わりとは仰られませんよね?」

「……ええ。貴族として、御婦人のお誘いに袖を振る程、礼を忘れてはいないつもりです」

 淡く笑う様には、若干の諦めが混じっていたが。とは言っても自領。自身の傘下の街だ。
 アウレーリアの希望(オーダー)に沿った洋服店を巡ること自体は、然程難しくはなく。

 評価して欲しい。という要望には一瞬難色を示したものの。

「どうでしょう、今の季節ワンピースは少し肌寒いかと思うのですけど」

「私自身、あまり御婦人の服飾に通じてはいませんが……」

 今回はこういう趣向。と割り切ってしまえば人前で領主の名が無数にとび出すよりはマシだ。
 事実、洋服店の店主は既に恐縮することしきり。メルヴィンもどうにも居た堪れない。
 
「そうですね、貴女の髪と瞳の色からすると、暖かな色彩の方が似合う様に思います。
 盛装(ドレス)であれば瞳に合わせた明るい翠という選択肢も有りそうですが……」

 普段に使うのであれば。と、視線が辿ったのは乳白色をした長袖の寛衣(ブラウス)。
 黒の短洋袴(ハーフパンツ)。そして明るい茶色の羊毛外套(ボアコート)。
 
 恐らくは、王国貴族の騎馬装に、牧羊民の服装を組み合わせたのだろうと推測出来る。
 が、温かいことは温かくとも、帝国的観点における汎用性や実用性は全く無い。

 文字通り、貞淑な王国貴族の淑女らの中である程度活動する層が装うだろうそれ。
 通り一遍等、卒が無く、遊びも無い。けれどこなせと言われればこなせてしまう。

 これが、北方辺境伯(メルヴィン・トマス・アーチボルト)という人間か……と。
 アウレーリアはその仕草を見て瞳を細める。王国とは異なる目線を持つ個人として。

「メルヴィン様は、この素敵な街のどこが一番好きかしら」

 買い物を終え、結局提案された物を全て購入し(て貰っ)た荷物を運ばせふと溢れた問。
 それが、ある種異質とも言える完璧さを崩したかった訳でない。と言えばきっと嘘だろう。

 けれど辺境伯はその問へ。変装じみた眼鏡越しに町並みを見つめ手を翳す。

「ネーベルベルク殿。あれが見えますか」

 ぽつぽつと、日が陰り始め街には人の生活の火が灯り始める。
 その1つ1つが人々が今日を行きている証であり。明日を繋いでいるという事なのだと。

「ですが、この街にはあの灯りに数倍する民が住んでいるのです」

 家を持てる。夕暮れに火を灯せる者ばかりではない。そうでない者が大勢居る。
 例えどれほど街並が整おうとも。例えどれほど商店が栄えようとも。

「私は彼らが、今日を生き明日を望めることを貴く。愛しく思う。
 そして同時に、そうでない者が居ることを忘れてはならないとも思っています」

 だからこそ。今、この瞬間の街の何処が好きか、という問には応えられない。
 街も、そして国も。自身もまた、全ては発展の途上であり――――

「今より明日の方が。より愛しい人々の努力の成果を、良くお見せ出来ると思いますから」

 分かっているのだろうか。それは、永遠の苦境に身を置き続ける様な物であることを。
 民は省みず、領主の責務は止む事なく、唯一つの失敗で砂上の楼閣の如く崩れ去る。

 盤石に見えた祖国すらもがそうだった。
 アウレーリアは心中浮かんだ感情と言葉を、貴族の仮面で覆い隠す。

 まさか――――"貴方は、いつでも戦場の最中に居るかのよう"等と。
 言える訳も無いのだから。

●辺境伯の休日-猫-
 時は少し遡り、洋服店にて。

 服を見立てて欲しいとして店の奥へ突入を果たした辺境伯とアウレーリア。 
 同行していたクロハとイヴェールはと言えば、両名も当然とばかりに店を見て回っていた。

「これかわいいの! あっ、でもこっちもかわいい!」

「あんな店の奥まで行って大丈夫でしょうか……もし曲者でも隠れていたら」

 喜び勇んでワンピースなどを身に当ててはくるくる回っているクロハに対して。
 イヴェールの側はとにもかくにも落ち着かない、かと思いきや。

 普段同盟、王国、旧帝国を転々とする冒険者であってもこれほどの大都市で遊んで良い。
 という状況と言うのはあまり無い。少し視線を動かせば見慣れぬ服が幾らも見つかる。

「みてみて、もこもこー」

 羊毛で編まれた肩掛け(ストール)を巻きつけたクロハを微笑ましく見つめるも。
 その肩掛けに付けられた値札を見て、心身共に凍り付くのは没落貴族(イリュジオン)故の金銭感覚か。

「おや、それが気に入ったんですか」

 店の奥から帰って来たメルヴィンはと言えば、布袋に荷物を詰めに詰められ抱え込み。
 見事に買物袋の怪物じみた様相になっていたものの、目聡くクロハの首元に視線が向かい。

「え、いいの?」

 きょとんと瞬いたクロハが果たしてどれほどのことをしていて。
 辺境伯の後ろから満足そうに付いて来たアウレーリアがどんな振り回し方をしたのか。

 いずれも理解出来ているのがイヴェールだけであったことは、きっと不運に他ならない。
 何せそれらを強請られているメルヴィンその人が、明らかにその辺無頓着なのだから。

「構わない。どうも私の部下が貴女達に不要な手間を掛けさせた様ですからね」

 値札を切ってカウンターへ持っていくその様は、まるで良いことをしているかの様だ。
 いや、恐らく市井の経済を回すという一点にのみ着目すれば良いことなのだろう。

 イヴェールとて、まるで理解出来ない訳ではない。腑に落ちるかはともかくとして。
 ただ此処までの状況を鑑みて、決意を新たにせざるを得ない。

 このままでは駄目だ。連れ回す、という趣旨は確かに満たしている。
 けれど明らかに辺境伯が接待(ホスト)側では。道を拓く(エスコートする)者も必要な筈。
 
 こうなっては例え少々気まずくはあっても――――強引に行くしか、無い。

「もし、アルトさんが暇の潰し方が分からないと言うのであれば、趣味は如何でしょう」

 とは言え、無趣味。どころが仕事が趣味と言いかねない辺境伯である。
 決意したイヴェールの提案は文字通り非常に強引なもので、かつその行動も相当強引な物だった。

 何せ、店に付くまで手を離さず。しかも店に入ってもなお、手を離さないのだ。
 しかも主にシューターが(エーテルリンクに)用いる獣を取り扱う店舗は、ギルド直轄。

 射手(シューター)であるメルヴィンも愛馬を有してはいるが。
 愛玩動物(ペット)となれば話は変わる。そして当然店員とは見知った間柄である。

 まさか辺境伯が女性に頑として手を引かれやってくるなど想像すらしまい。
 されている側のメルヴィンもまた、大凡目元を覆いたくなる心境に違いない。何故こうなった。

「いえ、お待ち下さいイリュジオン殿。命というのは」

「動物であればご――――は無いですね、猫が良いかと思います」

 何と言おうとしたのか。檻の中でドラミングを繰り返すその獣(ゴリラ)はとても壮健に見えた。
 が、そちらではない。ぐいぐい来るイヴェールに、メルヴィンはこの日初めて押されていた。

「主人に忠実な方が良いのであれば狼ですが、自由奔放な存在に振り回されるのがお好きなら。
 やはり猫が一番ですね、何より可愛いですからっっっ!!」

 正直。それより何より店に着いたのだから手を離して貰いたい。が本音だったのだが。
 そう力説されて籠(ケージ)を眺めると、青みがかった灰色の毛並みの猫と視線が交わる。

 猫という共通項だけであれば他に幾らも居ると言うのに。何故かその猫とだけ目が合った。

「わあ、きれいなねこさん! おにいちゃん、このこおにいちゃんのことみてるよ?」

 散々肩掛け(ストール)の入った荷物袋を抱えたクロハが後ろから覗き込むも、微動だにせず。
 その氷青色(アイスブルー)の瞳は揺らぐこと無く静かにメルヴィンを見つめていた。

「…………」

 見つめ合う一人と一匹。恐らく、普段ならこの様な無駄同然の時間を過ごす事はあるまい。
 言葉を閉ざした辺境伯が、この時。この幾許かの時間に何を想ったのかは、知れない。

 けれど、最終的な結論から言えば、視線を逸したのはメルヴィンの方。
 如何なることも一流水準でこなすと言われる辺境伯にとって、これは稀有なことだと言えた。

「イリュジオン殿、私は生き物を育てたことが有りません。愛馬も平時は馬番に任せています」

 淡々と告げられた言葉には、拒絶に近い色が混じり。その声は硬質的だった。
 それを見て。果たしてイヴェールには何が見えていたのか。返答は酷く不可解なもので。

「興味が無ければ今持ちましょう。育てた事が無いのであればこれから学べばいいのですから」

 ――――これが。強引で無くて何だと言うのだろう。いや、いっそ小気味良くすらある。
 大きな。大きな嘆息一つ。さて、いよいよ以てどうしたものかと。

 しかし恐らくは。彼がまさかそんな表情を第二王子以外に対して向けることがあろうとは。
 長く共に在る護衛の騎士たちとて、ようよう思いもしなかったに違いない。

「けしかけた責任は、取って貰いますよ」

 辺境伯は、確かに瞳を伏せて笑っていた。

「もちろん、私費でお支払いを」

 一体何を間違えたのか財布を取り出すイヴェールを。けれど静かに頭を振っては手を取って遮る。
 自分が握られる側になるのは想定外だったのか、当惑する眼差しに何処か強引に言葉を被せると。

「いいえ、出来ればそう――――この子に名前を付けてあげて頂きたい」

 悪戯でもするように瞳を細めるその仕草は。
 何処を切り取っても似ていない筈の放蕩第二王子(ウィリアム)にも良く似て。

「それまでは、彼女(レディ)とでも呼ぶことにしましょう」

 かくして辺境伯はここで一匹の猫と出逢い。ここからを共に歩むこととなる。
 
●辺境伯の休日-孤児院-
「おにいちゃん、ありがとね!」

 孤児院と、施療院を巡って行きたいと。アウレーリアと別れて暫く。
 クロハが荷物袋を抱えたままにたたっと駆け出すと、そうして不意に振り返る。

「気分転換や心の療養も必要だよ。おいしいものいっぱい食べるとかさ」

 良く食べて良く遊び満足したのだろう。エルフなりの年齢相応な言葉に、辺境伯が頷く。
 彼女なりの心配であると受け取れば、それは感謝すべきことであってそれ以外ではない。

 日も徐々に暮れつつあり、眉がハの字のまま戻らないイヴェールだけが断固護衛も兼ねると付き従う。
 そんな状況下にあって2つの影が道を塞いでいれば、例えメルヴィンでなくとも状況は悟る。

「辺境伯を働かせるなと言われてきました! 冒険者のレオナルドです!」

「お初にお目に掛かります。オーシュ伯爵家が長女、シャルロット・ド・オーシュと申します」

『赤髪の観察医』レオナルド・ピーフォウルが手を挙げて進み出ると、次いでもう一人。
『オーシュ伯爵令嬢』シャルロット・ド・オーシュが盛装(ドレス)を摘んで一礼した。

 対極的、とすら言える両名が王国貴族でも『貴族派』と呼ばれる派閥に属すると。
 そう悟ることは幾ら洞察力に優れていようと容易とは言い難い。けれど。そう、けれどだ。

「オーシュ伯爵家の……なるほど。お目に掛かり光栄です。
 アーチボルト辺境伯領が領主。北方辺境伯、メルヴィン・トマス・アーチボルト」

 軍人として。辺境伯家の当主として。礼には礼を返さねばならないのが道理。
 そして道理を曲げられる程、辺境伯と言う家格は軽く扱える物ではない。

「それで、お二人は私の仕事を手伝って下さるのですか?」

 "遊ばせる"様な通りではない場所で待ち構えていた以上、そういうことなのだろう、と。
 問いかける様にはどうも、それなりに休日の効果は出ている様にレオナルドには見えた。

 が、しかし。彼ら。彼女らは気付いていなかったのだ。
 孤児院への査察に付き従うという行為が。実際にはどういうことであるのかを。

「おにいちゃんあそんでー?」

「おねえちゃんおようふくきれー!」

「ごほんよんでー!」「これであそんでー!」

 孤児院について暫し。
 子供達に異様に受けが良かったレオナルドが十数人にもみくちゃにされ転がっていた。

 子供の活動力(バイタリティ)には限界がない。見知らぬ大人となれば怯える者も少なくはないが。
 しかし学園生活で年下慣れしているレオナルドは、まあともかくも。
 
 そういったことを想定していなかったイヴェールとシャルロットはそれぞれ困惑するしかない。
 それでも未だ"農家育ち"を自認するイヴェールは意を決して絵本を待つ幼女の群れへ突入するも。

「おかしい、査察ってこういうのじゃない気がする……! や、痛い痛い髪掴まないで!」

 シャルロットの考える、"学ぶべき領主の責務"と現実との乖離に心が付いて行けない。
 あとその辺り躾という形で念入りに教え込まれる貴族の子女と異なり、孤児の。

 それも帝国から流入して来た子供達は、行動的な上に強かだ。その影響は如実に現れていた。
 
「領主様にこの様な申し出恐れ多いのですが……今年は薪が高騰してまして」

「なるほど、確かに配慮が足りませんでした。幾許か備蓄を融通しましょう」

 先生、と呼ばれる老婦人と今後についての打ち合わせをする辺境伯だけが聖域に居た。
 なにあれずるい以外の感情を抱けという方が無茶だろう。髪の毛も何本か抜けた。許し難い。 

「一体誰よ、書類仕事より少しは体に良いとか言ってたのは」

「さあ……? いやしかし、子供って言うのは元気で良いな!」

「孤児院に本が配されてるんですね……少し驚きました」

 三者三様。思う所は多々あれど。しかし、それがこの街が栄えている証だとも言えた。

 子供が元気であるということは、食糧事情が切迫せず、衛生面が安定しているという事だ。
 孤児院に書物が置いておけるという事は、治安が維持出来ており心が荒んでいない証拠だ。

 メルヴィンの打ち合わせに、それでも聞き耳を立てていたシャルロットには分かる。
 打ち合わせ内容が消耗品についてばかりということは、環境が優れている証左なのだと。

 そして往々にして――――既に安定路線に乗っている施設はあまり参考にならない。

(折角人の領地を見聞する良い機会だと思ったのに……)

 それも含めて、学園を出て以来の経験不足が諸に出た形だと言えるだろう。
 今上手く行っている仕組みを分解するのは、上手く行かない物から学ぶより遥かに困難なのだ。

「少々、時間が押しています。次に施療院へ行ったら終わりにしましょうか」

 先頭を切って歩みを進めようとする辺境伯は、どうもこれぞ本懐という体だが。
 何がそれほど彼を突き動かすのかわからない……これがブラック系名君……と慄くことしきり。

 けれどシャルロットがそんな事を考えている間にも、状況は動く。
 裏通りを共に歩いていたレオナルドが、何気なく。けれど不意に切り込んだ。

「そう言えば、1つお聞きしたいことが有ったんでした」

 不思議そうに向けられた視線を迂回して。立ち塞がる様に眼前に立ったその様に。
 護衛のイヴェールが身構えるも。視線を受けて辺境伯が首を傾げた。

「王党派はどのような未来をつくろうとしているのか」

 静寂と、沈黙が降りた。それは、どう考えても冒険者の問ではない。
 対するレオナルドとメルヴィン。両名共に微動だにすることなく視線だけが交差する。

「ちょ、え、レオナルド! 何! 何で今そんなヤバそうなこと聞きたがるの!?」

 突然湧いた剣呑という他ない雰囲気に、シャルロットが背後を気にする。
 居る。居るのだ。背の側に、剣に手を掛けた白い影が。まるで生きた心地がしない。

「……そうですね。これは、あくまで私言ですが」

 それでも。視線を外すことがないシャルロットもまた。興味があるのだろうと。
 一瞥して見取ればこそ。辺境伯は静かに応じる。眼前の青年の仕草を、好ましい物として。

「私は、今のこの国が正しいとは思っていない」

 紡がれた言葉は、それ一つで場合によっては辺境伯という立場すら崩すようなもの。
 貴族の夜会で放たれたならば。次の瞬間には戦争が始まっても決しておかしくはない。

「貴族は王族を支える物だ。だが、今王族は貴族に対し未来を指し示し導いているか。
 私は否だと思っている。現在の貴族の専横は、元はと言えばこの閉塞感が齎した物だろう」

 何処へ向かえば良いか分からない。矛先の行き場を失っている。
 己の子に希望を語れず、王家もまた、貴族に明るい未来を指し示すことが出来ていない。

 それを指して誤りであると言うその言動は、まるで"貴族派"そのもので。
 空気が凍て付く。語彙の重さに。想定しない会話の流れに、誰一人身動きが取れない。

「けれど、王族が誤っているならば。道を捜す手伝いをする事が臣下の役割だ。
 道を問う存在で終わるな、レオナルド。己が王に道を示すのだと言う気概を忘れるな」

 淡々と告げるのは、北の守護者としての矜持だ。
 己が信じるに足る未来とは、人に教わる物でも。教えられる物でもない。

 自らの命で規範を示すのでなければ、貴き血などと名乗るには値しないのだと。
 その厚く鍛えられた鋼の様な宣告に、シャルロットもまた声を挟む余地がない。

 若手同士の意見交換? 貴族に未来(みち)を問うてその程度で終わる筈が無いのだ。
 己こそが国を切り拓く旗手たる覚悟があるならば。戦士に獲物を預けよと求めるに等しい。

「例えば。我らは大陸に覇を唱えると教えたとしよう。卿はどうする、今此処で立場を定めよ」

 挑むようなその問は抜身の切っ先だ。この期に及んで答えられる言葉がないと気付く。
 山岳地帯の冷えた風に、滲む筈もない汗が、確かに頬を伝う。

「……覚悟を決めた良い目をしている。名を、聞いても構わないか」

 冗談だ。とでも言うかのように和らいだ声音に、凍てついた空気が一瞬で弛緩する。
 冒険者から。或いは――――平常の"王国の民"から出る筈も無い問。

 そういった視点を得る土壌がこの国にはない。辺境伯もまた、それを憂いてすらいる。
 ならば、当然を見越して投げかけられたその質問(誰何の言葉)に。

 どうか父や兄にまで係累が及びませんように、と祈りながら。
 赤毛の王国貴族(カミル・ノヴァーク)は、不承不承その名を答えたのだった。

●辺境伯の休日ー閉幕ー

「此度の休日は如何でございましたか?」

 施療院を巡り査察を終えた辺境伯が執務室に戻ると、家令長(アルバート)が問いかけた。
 飄々と自分から切り出してみせるその様は、両名の長い付き合い在ってのこと。

 けれど、執務室の扉を薄く開いてにやにや笑う白いの(アストリッド)といい。
 その後ろに控えているのにそんな無作法を止めもしない黒いの(ガレス)といい。

 自分の臣下は随分と。知らない間に主の感情の機微を読み取るのが上手くなったようだと。
 困惑するような。仕方がないとでも言うような。複雑怪奇な感情に苛まれながら。

 まずは一つ。最優先で確認を取る。

「彼女は何処に?」

「おや、先程まで……」

 執務室の机を覗き込むと。普段メルヴィンが座す椅子の上には温かさを称える灰色の仔猫。
 丸くなったそれを一瞥して。遂に堪えきれなくなった様に北方の守護者は声を上げて笑った。

「なるほど、悪くない……いや」

 その声に驚いて目を覚ました仔猫の氷青色(アイスブルー)の瞳に。
 果たして新たな主人がどう映ったかは。きっと、神ならぬ何者にも分からない話なのだろう。

「良い、休暇だったよ」

 灰色の仔猫はまるで呆れたように、夕闇落ちる執政府の窓の外。
 人々の営みの灯を見下ろしながら――――にゃあ、と一つ。小さく鳴いた。

マスターコメント

皆様お疲れさまでした。弓月 蒼と申します。 この度はご参加ありがとうございました。この様な結末に至りましたが如何でしたでしょうか。 総括として。色々とありはしましたが、辺境伯はとても楽しめた様です。大成功をお贈りします。 尚、最後査察に誘った両名は、執政府に戻ったあと確り家令長に怒られたことかと思われます。 顔は覚えたよ。忘れないよ。 MVPは猫と貴族。 辺境伯の今後に影響を与えそうな出来事が発生しましたので、特別な称号を発行させて頂きます。 ではでは、ご縁がありましたらまた次の機会にお会いしましょう。
ショートEX

ショートEX易しい 報酬:標準8 / 8〜8人

2021年02月03日 11時16分35秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. レオナルド・ピーフォウル

    「貴族派」出身です! レオナルドです!! 選択肢は決めてませんが是非辺境伯に「なんで王党派なのー?」って聞きたいです!!! 目標は首が胴に繋がったまま帰る事だ、よろしく頼むよ。

  2. No.2

    ボクはクロハ、よろしくね。 う~ん……ボクは小さいから、 迷子のフリして辺境伯を連れ回しちゃうのも面白そうかなって思ってるけど…… 買い物も食べ歩きもいいよね。おいしいもの食べたいな。

  3. シャルロット・ド・オーシュ

    派閥表明、要る?貴族派のシャルロットよ。よろしく。 私も折角ノストガルデンまで来たことだし、噂の焼き菓子とか食べたいわね。 だから気分的には【1】かなー。まあでも半日もあれば複数選択肢に分かれても大丈夫でしょ。

  4. エルゼリオ・レイノーラ

    ノンポリ(?)のエルゼリオ・レイノーラだよ! ――あ。でも実家は「一応」王族派。 貴族派も王族派も仲良くやれれば良いのにネ~。 初めての人も、そうじゃない人もヨロシク☆ ボクは【2】か【4】にする予定でいるよ。

  5. ルチル・プルメリア・グレイハーツ

    情報屋のルチルだ。よろしく。 選択肢は未定だが飯の種になりそうな話とか、個人的な興味を満たす情報が得られればいいと思ってるよ。

  6. アウレーリア・フォン・ネーベルベルク

    え、派閥……?帝国派でいいのかしら、アウレーリアよ。 仮想敵で悪かったわね、こんな日にまで政治の話する心算はないから安心して頂戴。 どうしようかしら、折角だから【1】か【2】で買い物に行きたいわ。 これって、別に全員で一つに合わせる必要ないのよね。

  7. イヴェール・アーチボルト

    イヴェール・イリュジオンです。 どうぞよろしくお願いいたします(ぺこり) 派閥ですか…今は無派閥ですね。 合わせる必要はないと思いますが、被れば同行する形になる可能性はありますね。 私は今のところ【2】を想定してますが【1】も視野に入れています。

  8. レオナルド・ピーフォウル

    うむ、合わせる必要も派閥表明もいらないと思う。 オーシュ君も言ってくれているが半日あるし……いや、【2】と【3】で一部行き先被ってたり【3】の最後になんか帰ってたりするんだよな……。 この2つが同時に選ばれると、買い物しながら査察してその後服抱えて孤児院に行ったりするのか? 書いてる途中で不安になってきたが、とりあえず僕は【3】で考えてみるつもりだ。 家令長の怒りを買ってでも辺境伯の好感度を稼ぎに行って不敬罪ルートを遠ざけねば。

  9. ハヤト=ガラン=ヴォルファング

    おーっす! ゴブリンのシーフ、ブレイブファング傭兵団のハヤト=ヴォルファングだ! みんなよろしくな!! 辺境伯と一緒に遊んで楽しませりゃいい依頼なんて最高だな♪ ちなみに俺の派閥は小さいよりは大きい方が…いや、ここは拘りの美乳派でっす!!←✕ え?何か違った? とはいえ、噂じゃ随分と堅物らしーじゃねーの。 ここは一発、昼間っから一杯ひっかけて強制的にオフモードに引き込みてぇなとか考えてっからどっちかっつーと【4】のフリースタイルって感じだな。 なんか辺境伯と話したい面子も多少酒が入ってるくれぇのほうが話しやすくなんじゃねーか? あとは個人的にあの白いお嬢さんとお近付きになりてーとこだな♪(下心ダダ漏れ←✕)

  10. イヴェール・アーチボルト

    一通り希望は出たみたいですね。 ですがこれ、合わせる必要は無いにしても順番は決めた方が良さそうですね。 お酒を飲ませて判断力を奪うのでしたら【4】を最初に持ってくる事になると思いますし、【3】は最後が鍛錬所行って帰るという事になるのであれば必然的に最後になりそうです。 【4】に行ってその次に【1】食べ歩き→【2】買い物→【3】査察の流れとかになるでしょうか… そういえばこれは取り敢えず全員一緒に行動する形なのでしょうか? 全員で囲えば取り敢えず逃げられる事は無いと思いますが…リレー形式というのも出来そうかと思いましたが。 他の人に聞かれて困る事も無ければ全員一緒でも問題は無さそうですが。

  11. レオナルド・ピーフォウル

    リレー式か集団かは、マスター殿に任せてしまってもいい気はするかな? 逃したくないなら『他の人が見ていない時は特に注意を払います』とかでもいいし、人に聞かせたくない話をするなら『周りに人がいない時を見計らって〜』みたいに、個人がそれぞれプレイングを書けばそれで問題はないと思う。 一つ思ったのは、偶然を装い辺境伯に同行する者と依頼を受けたことを開示する者が出くわすパターンだが……。 まあ、わざわざ他の者も依頼を受けているなどバラす意味はないし、大丈夫かな。 そして、順番は盲点だったな……事前に気づいて貰えてよかったよ。 こっちは各自勝手にとかやって、複数人が最初や最後を希望した場合が若干ややこしい気もするね。 個人的にはイリュジオン君の言ってくれた4(酒)→1→2→3で良いと思う。 とりあえず、その前提でプレイングを書こうとは思うがそこまで拘りは無いから、他に希望が出されれば合わせられるよ。

  12. No.12

    ボクは【4】で、迷子の子供のフリをして辺境伯にアタックするよ。 そしたら買い物とか食べ歩きで振り回すつもりだから、こう、いい感じに…… 【3】で孤児院巡ったついでにボクはフェードアウトしようかなって。

  13. エルゼリオ・レイノーラ

    順番とかはマスターさんにお任せで良いと思うな! ボク等の方から指定しちゃうと逆に融通が効かなくなっちゃいそうだし…。 あと思ったんだけど、【3】を最後に持ってきちゃうのも不味くないかな? 家令長に怒られて終わっちゃうと依頼失敗になっちゃうかも。

  14. エルゼリオ・レイノーラ

    連投ゴメンね! 【3】の『最後に鍛錬場で汗を流して帰る』っていうのは、あくまで予定だと思うし。 その辺はボク等の行動(プレイング)次第で、【3】の次にその他へ行ったりする事は可能な筈…と思いたいなぁ~。

  15. ルチル・プルメリア・グレイハーツ

    順番で失敗するほどシビアな難易度ではないと思うが、気になるなら順番はMSにお任せにしてもらった方が後々書きやすいとは思うね。 >ハヤト 酒を飲ますならアタイも付き合いたいが構わないか? ついでに飲みたいわけじゃないが、気を抜いてもらうには複数人で囲んで酒を飲ますのも確かに効果的だろうねと賛同してね。

  16. レオナルド・ピーフォウル

    うむ、この流れなら僕としても順番はお任せでいいかな。 元々、懸念点は『最初を希望する者が複数出てくるとややこしいかも』くらいだったし、【3】に関してはその辺りノータッチで行かせてもらうよ!

  17. イヴェール・アーチボルト

    依頼の目的は辺境伯を半日連れ回す事であって、家令長に怒られる怒られないは成否には関係ないのでは? ただ依頼を出しているのが家令長なので大成功の条件には関わる可能性がありますね。 順番に関してはお任せするならそうしましょうか… 依頼を受けた事の開示の有無に関してはどちらでもいいのでは? 纏まりのない縁のない集団が突然絡んで来る時点で誰かの関与は疑われるでしょうし。

  18. アウレーリア・フォン・ネーベルベルク

    私もその辺、細々調整するのは面倒だからお任せでいいわ。 別に食べ歩きをしながらショッピングして、途中でお酒が入ったっていいのでしょうし。 ……唯一、酔った状態で査察って大丈夫なの、という懸念はあるけれど。 これは多分、(仕事として)上手くいかない方が正解なのかしらね……。 ま、きっと良いように書いてくださるわよ。気楽にいきましょ。

  19. シャルロット・ド・オーシュ

    (辺境伯が下戸で飲ませた瞬間倒れるとか、翌日二日酔いで政務が出来なくなったりした場合の責任は誰が取るのかしら) ……まあ、良いんじゃない?なるようになるでしょ多分。 後レオナルドに相談なんだけど、質問の時には私も同席して良いかしら。返答が気になるし。 その場合は【3】に変更して、じゃなきゃ予定通り【1】にしようかな。

  20. レオナルド・ピーフォウル

    まあ、そんなぐでんぐでんの前後不覚までは飲まないんじゃないかな。 彼も立場のある人だし……下戸パターンは知らん。 >オーシュ君 うむ、構わないよ。 文字数の余裕がないので僕の方でその旨を書くのは難しいので、そちらから同席してもらう事にはなると思うが。 一応、現時点でのプレイングも自分のコミュに載せておくよ。 https://alpaca-connect.com/world/world0/community/4Q1setNhYg8Ytl0uBj7O

  21. シャルロット・ド・オーシュ

    >レオナルド サンキュー!じゃあそういう事でね。 安心して、命乞いは私もしてあげるから。

  22. アウレーリア・フォン・ネーベルベルク

    ……まさかとは思ったのだけれど。 やっぱりまだ出発していないのね……時間がずれているみたい。 先に出発する筈の依頼もまだギルドに残っているようだし、本当に23時まで出ないのかしら。

  23. イヴェール・アーチボルト

    飲めない人ならば普通に断るのでは? 飲酒の強制はこちらへの印象が悪くなるだけですからされないとは思いますし。 立場上、嗜みとして付き合い程度には飲めると思いますが… 出発時間については予約当選時のメールを見直しましたが特に変わりはなく、本日1月30日の23時出発でしたね…何かと見間違えられたのでは?

  24. ハヤト=ガラン=ヴォルファング

    そうだな、下戸だった場合は潰さねぇように配慮はすることにしてんぜ! ルチルもよろしく頼むな♪ 出立時間は日にちを間違えちまったんじゃねーか? 俺もやらかしたことあるが、逆に1日余裕がある間違いなら問題ねーだろ♪

  25. アウレーリア・フォン・ネーベルベルク

    えぇ……そんな筈は。だって今も、この依頼書(ページ)には 「2021年01月30日 05:00 出発」 と書かれているのよ……?(狐につままれたような顔) ……えっと、もう出る心算だったからプレは出来上がってて。 行き先は【2】に決めたわ。仕事として買い物に付き合ってもらうの。 服を買い揃えるから、それへのコメントと荷物持ちね。 もしイヴェールやエルゼリオが一緒に来るなら、付き合うわ。宜しくね。

  26. レオナルド・ピーフォウル

    うーん、僕の方では『2021年01月30日 23:00 出発』という表記だな……。 ここでも、冒険者ギルドの依頼書一覧から見てもだ。 もっと言うなら、依頼の出発は一番早いものでも8時出発の筈だから……バグだなぁ。 5時が23時に見えてたよりはマシ、と考えるべきか。 >オーシュ君 了解だ、死にそうになった時はよろしく頼むよ!

  27. ルチル・プルメリア・グレイハーツ

    依頼の出発時間は他所でも聞いたね…。 恐らく不具合で「1月30日23:00」出発で正しいはずだ。 >酒 無理はさせないように配慮はするさ。 飲めなくても「冒険者との懇親会」だのなんだの言えば話の場は作れるからね。 仕事をさせないのが目的の一つではあるし、後ろに白いのとか黒いのもいるから程々ならそんな大事にならないとは思ってるよ。 というわけだ。ハヤトはよろしく。 店の目星はつけておくよ。

  28. イヴェール・アーチボルト

    1人だけ提出期限が早い感じですか…ネーベルベルクさん過去に白紙でもしましたか?( 可能性としてはキャッシュの削除などで直るかも知れませんが…逆で無かったのは確かに幸いではありますね。 私も【2】で買い物に行くつもりなのでお付き合い頂けるのであれば嬉しいですね。 内容は私の為というよりは暇の潰し方を知らない人の為に何か買う感じになりますが…

  29. アウレーリア・フォン・ネーベルベルク

    してないわよ……少なくともここでは。これは報告案件かしらね。 キャッシュやcockieのクリアもしてみたけれどダメね。コミュの最終発言日時もズレてるみたい。 経過時間は正しいみたいだから、参照する基準時刻が18時間進んでいるのね。 想定より随分時間が出来ちゃったから、リクエストがあれば修正は効くわよ。 伯が何を欲しがるかよく分からないけれど、あればそっちにも付き合うし。

  30. シャルロット・ド・オーシュ

    あー、それ私もなってるー。昨日の夜からそう。 表記だけだとは思ってたけど一応プレイング5時までに書いたら案の定出発しないし! 急いで書いて損したわ……まあ本当に5時に出発したら大問題だし良かったけど。

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0