オルセン祝勝会!
広大野人
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シナリオID:3461
オープニング
●
その日、オルセンの大通りに人々は集まった。
太守コンラート・マフダルが率いるオルセン軍が帰還したからだ。現地での対応が残っていた為、全軍ではないものの、北伐隊として長く戦場にあり続けた兵士達が優先して帰ってきたのだ。
(今戦いにおいては『盾』としての役目は果たせず仕舞いだったか……)
コンラートは心の中で呟きながら、一際背の高い馬の上で民衆に手を振り続ける。
帝都での戦いは激戦だった。もし、作戦の誤りや、誰かが欠けていた場合、最悪の結果は常にあり得た。そのような事になれば――コンラートはオルセン軍を率い、文字通り『盾』となって皇子と連合軍を守り、玉砕する覚悟だったのだ。
(征竜は討たれた。しかし、これで終わりではない)
オルセンにとって最大の脅威は取り除かれた。
しかし、別の存在が残っている。極北には多数のクリーパーが存在しているのだ。今までは征竜が倒していた分、南下してくるであろう事は想像に容易い。
(征竜信者の動向も気になる所だ……結局、やるべき事は、戦後だからこそ、むしろ、増えるのだろうか……)
暫くは太守としての業務に追われる事になるだろう。
そして、凱旋を迎える民衆に手を振り続けるのも業務の一つだった。
●
オルセンに構えている研究所本部にイグシィ=スタスが所用から帰って来た。出迎えはない。代わりに暖炉の前で暖まっているのは植物の研究者であるトレイシーだ。
「おかえり。その様子じゃ、人混みが凄そうだね」
イグシィの外套はもみくちゃになっていた。
「これから祝勝会だから、人の数は更に増えるかな」
「独立派から接触を図ってきたって聞いているよ?」
「オルセンを捨てて逃げ去った奴等に構う事はないさ。研究所に訪れても門前払いで良いと思う」
オルセン防衛戦ではイグシィが提供した小型投石器も大きな役目を果たした。
その功績に対し、彼は自身への直接の褒賞ではなく、所属している研究所の格上げを希望し、認められた。
立場的に安泰となったので、研究が途中で打ち切られる可能性はなくなったとみてもいいだろう。
「僕に課せられた役目は終えたはずだ」
「相談役としては残ってよ。組織のよしみでさ」
「金額次第かな」
もっとも、費用的な所については、もはや心配する事ではないだろうけど。
そこへ、扉が豪快に開かれる。
「ただいまよぉ」
一騒ぎでもしたのか、ファンゾムが勢いよくズンズンと部屋に踏み入ると、適当なソファーに身を投げ出すように座った。
「もうお腹いっぱいぃ~」
「どこに行っても接待されるだろうからね」
はしたないファンゾムの姿にトレイシーが苦笑を浮かべる。
彼女はオルセンを守った一人であるが、名も無き神の一柱である事が公にされてしまったせいで、オルセンのどこに行っても人が集ってくるのだ。
『生きる神』の存在は知られているが、実際に目にする事があるかと言うと、全く別の存在だ。珍しい事も合わさっているに違いない。
「オルセンに長居するのですか?」
イグシィの質問に対し、ファンゾムはソファーに身を沈めたまま、手を挙げて軽く振った。
「帰るわよぉ~。人の社会に入る気はないものぉ」
強大過ぎる力が、余計な騒動を作り出す事がある。
ファンゾムがオルセンに残ると、帝国の為政者達もその扱いには困るだろうし、なにより、彼女自身に政への興味が全く無い。
「帰るってどこに……あ。農場近くの……」
研究所が管理している農地から更に山に進んだ先の遺跡でファンゾムは封印されていた。
今は遺跡の入口に拠点が設けられており、人が住めるように環境は最低限保たれている。
「だからぁ~。できるだけぇ食い溜めするつもりのよぉ」
懲りない台詞を吐きながら、ファンゾムはなまめかしい動きで顔をあげるのであった。
●
賑わう通りから外れた路地の奥。
みすぼらしいローブに身を包んだ屈強な戦士が真っ赤に染まった刀身を一振りしてから、鞘に戻した。
「愚かな男だ」
手に掛けた相手は、かつて独立派として接触してきた老紳士だった。
コンラートが再び北伐を行う際には、手を貸して欲しいとこの期に及んで要請してきたのだ。
「征竜様は亡くなられた。しかし、我らの信仰は変わらない」
竜になる事――それが彼らの真の目的だ。
オルセンの政争やコンラートの命に興味は無い。むしろ、信者達を巻き込まれる可能性があったから、斬り伏せた。
屈強な戦士は動かなくなった老紳士を適当に片付けると、大荷物を背負う。帝都での決戦の結果を確認した以上、オルセンに長居の必要は無い。
極北は厳しい地だ。同時に天然の防壁であり、格好の修行の場でもある。
「……土産でも買っていくか」
歩み出した足を止め、故郷で帰りを待つ信者達の姿を思い浮かべた。
●
謁見の間。中央には玉座が置かれ、その脇にコンラートが高くなり過ぎない程度に設置した煌びやかな椅子に座っていた。
以前は少しでも大きくみせようと仰け反るように座していたが、今は違う。
種族的な『身長』は変えられない。けれど、積み重ねてきた実績は、高くなっているのだから。
帝都崩壊から続いた一連の出来事の中、オルセン太守コンラートは、太守としての役目を果たした。この意味は、今後の治政において、極めて大きな存在となる。
傍で控えていた側近が確かめるように訊いて来た。
「本当によろしかったのですか?」
中央に置かれた玉座の事だ。
皇帝が座るべき場を設けたのには意味がある。オルセンが帝国の『盾』であり続ける事の意思表示だからだ。残った独立派の息の根を止める処置とも言えよう。
「……私の願いだ」
コンラートは短く応えた。
敬愛するあの方の傍で――そんな叶わない夢に、今は浸りたかったから。
その日、オルセンの大通りに人々は集まった。
太守コンラート・マフダルが率いるオルセン軍が帰還したからだ。現地での対応が残っていた為、全軍ではないものの、北伐隊として長く戦場にあり続けた兵士達が優先して帰ってきたのだ。
(今戦いにおいては『盾』としての役目は果たせず仕舞いだったか……)
コンラートは心の中で呟きながら、一際背の高い馬の上で民衆に手を振り続ける。
帝都での戦いは激戦だった。もし、作戦の誤りや、誰かが欠けていた場合、最悪の結果は常にあり得た。そのような事になれば――コンラートはオルセン軍を率い、文字通り『盾』となって皇子と連合軍を守り、玉砕する覚悟だったのだ。
(征竜は討たれた。しかし、これで終わりではない)
オルセンにとって最大の脅威は取り除かれた。
しかし、別の存在が残っている。極北には多数のクリーパーが存在しているのだ。今までは征竜が倒していた分、南下してくるであろう事は想像に容易い。
(征竜信者の動向も気になる所だ……結局、やるべき事は、戦後だからこそ、むしろ、増えるのだろうか……)
暫くは太守としての業務に追われる事になるだろう。
そして、凱旋を迎える民衆に手を振り続けるのも業務の一つだった。
●
オルセンに構えている研究所本部にイグシィ=スタスが所用から帰って来た。出迎えはない。代わりに暖炉の前で暖まっているのは植物の研究者であるトレイシーだ。
「おかえり。その様子じゃ、人混みが凄そうだね」
イグシィの外套はもみくちゃになっていた。
「これから祝勝会だから、人の数は更に増えるかな」
「独立派から接触を図ってきたって聞いているよ?」
「オルセンを捨てて逃げ去った奴等に構う事はないさ。研究所に訪れても門前払いで良いと思う」
オルセン防衛戦ではイグシィが提供した小型投石器も大きな役目を果たした。
その功績に対し、彼は自身への直接の褒賞ではなく、所属している研究所の格上げを希望し、認められた。
立場的に安泰となったので、研究が途中で打ち切られる可能性はなくなったとみてもいいだろう。
「僕に課せられた役目は終えたはずだ」
「相談役としては残ってよ。組織のよしみでさ」
「金額次第かな」
もっとも、費用的な所については、もはや心配する事ではないだろうけど。
そこへ、扉が豪快に開かれる。
「ただいまよぉ」
一騒ぎでもしたのか、ファンゾムが勢いよくズンズンと部屋に踏み入ると、適当なソファーに身を投げ出すように座った。
「もうお腹いっぱいぃ~」
「どこに行っても接待されるだろうからね」
はしたないファンゾムの姿にトレイシーが苦笑を浮かべる。
彼女はオルセンを守った一人であるが、名も無き神の一柱である事が公にされてしまったせいで、オルセンのどこに行っても人が集ってくるのだ。
『生きる神』の存在は知られているが、実際に目にする事があるかと言うと、全く別の存在だ。珍しい事も合わさっているに違いない。
「オルセンに長居するのですか?」
イグシィの質問に対し、ファンゾムはソファーに身を沈めたまま、手を挙げて軽く振った。
「帰るわよぉ~。人の社会に入る気はないものぉ」
強大過ぎる力が、余計な騒動を作り出す事がある。
ファンゾムがオルセンに残ると、帝国の為政者達もその扱いには困るだろうし、なにより、彼女自身に政への興味が全く無い。
「帰るってどこに……あ。農場近くの……」
研究所が管理している農地から更に山に進んだ先の遺跡でファンゾムは封印されていた。
今は遺跡の入口に拠点が設けられており、人が住めるように環境は最低限保たれている。
「だからぁ~。できるだけぇ食い溜めするつもりのよぉ」
懲りない台詞を吐きながら、ファンゾムはなまめかしい動きで顔をあげるのであった。
●
賑わう通りから外れた路地の奥。
みすぼらしいローブに身を包んだ屈強な戦士が真っ赤に染まった刀身を一振りしてから、鞘に戻した。
「愚かな男だ」
手に掛けた相手は、かつて独立派として接触してきた老紳士だった。
コンラートが再び北伐を行う際には、手を貸して欲しいとこの期に及んで要請してきたのだ。
「征竜様は亡くなられた。しかし、我らの信仰は変わらない」
竜になる事――それが彼らの真の目的だ。
オルセンの政争やコンラートの命に興味は無い。むしろ、信者達を巻き込まれる可能性があったから、斬り伏せた。
屈強な戦士は動かなくなった老紳士を適当に片付けると、大荷物を背負う。帝都での決戦の結果を確認した以上、オルセンに長居の必要は無い。
極北は厳しい地だ。同時に天然の防壁であり、格好の修行の場でもある。
「……土産でも買っていくか」
歩み出した足を止め、故郷で帰りを待つ信者達の姿を思い浮かべた。
●
謁見の間。中央には玉座が置かれ、その脇にコンラートが高くなり過ぎない程度に設置した煌びやかな椅子に座っていた。
以前は少しでも大きくみせようと仰け反るように座していたが、今は違う。
種族的な『身長』は変えられない。けれど、積み重ねてきた実績は、高くなっているのだから。
帝都崩壊から続いた一連の出来事の中、オルセン太守コンラートは、太守としての役目を果たした。この意味は、今後の治政において、極めて大きな存在となる。
傍で控えていた側近が確かめるように訊いて来た。
「本当によろしかったのですか?」
中央に置かれた玉座の事だ。
皇帝が座るべき場を設けたのには意味がある。オルセンが帝国の『盾』であり続ける事の意思表示だからだ。残った独立派の息の根を止める処置とも言えよう。
「……私の願いだ」
コンラートは短く応えた。
敬愛するあの方の傍で――そんな叶わない夢に、今は浸りたかったから。
解説
●目的
祝勝会に冒険者として参加する。
●状況
冒険者という立場で皆様は招待されています。公認設定で別の立場も公に兼ねている方はプレイングでの指定が無い限り、その立場も兼ねる事となります。
・舞台はオルセンの街全体となります。
(城、城門、大通り、広場、歓楽街、住宅地等、一般的な施設は世界観的に合致するものであれば存在する事とします)
●過ごし方の例
前提として、祝勝会を過ごしている様子をリプレイとして描写します。
行動例として……
・NPCと絡む
・祝勝会で食べ歩く(冒険者は招待されているので無料です)
・参加している別の冒険者と過ごす
・ただのんびり過ごす
・腕試しする(コンラートと弓勝負、ファンゾムと模擬戦、プレイングで互いに記載したPC同士の模擬戦)
……等々。状況によってはアドリブ多めになります。ご了承ください。
●NPC
コンラート・マフダル:オルセン太守。
ファンゾム:武芸者を自称する強者。
トレイシー:植物の研究者。
イグシィ=スタス:研究所の事務方。
ナフツク:征竜信者の戦士。
●質問
NPCと絡みたい行動が、可能かどうかで悩まれる際等、質問を可とします。コンラートかファンゾムが頑張って回答します。ただし、回答は描写を保証できるものではありませんので参考程度にして下さい。
●その他
・迷子にならないようにご注意下さい。
・アドリブ対応多めになる可能性もありますのでご了承下さい。
・コンラートの弓の腕前はかなりのものです(基本、皆中します)。ファンゾムも傷が癒え切っていないものの名も無き神の一柱ですので、めちゃくちゃ強いです。その事をご理解の上、挑みたい方は挑んでいただければと思います。
・NPCとの関わりにおいては、これまでの関わりによる友好度が存在します。友好度による『差』はあるものとしてご理解下さい。指定が重なった場合、違う場所・違う時として処理する事もあります。
・オルセンから外に出ると依頼の主旨から外れてしまうのでご遠慮下さい。
マスターより
おはようございます! 当依頼にて88作目となった広大野人です。
コンラートとオルセン軍が凱旋です。先の防衛戦と合わせてオルセンでは大規模な祝勝会が開催される事となりました。
大きな活躍を果たした冒険者の皆様も招待されています。
健闘を称え合うのも良し、よく分からんけど食べ歩くでも良し、NPCと絡むのも良し、将来の事を考えても良し――と、フリーアタックな要素が強めです。
なお、スケジュールに大きな変更がなければ、3月下旬頃にもう一度、オルセンや周辺を舞台にしたイベシナを予定している事も、付け加えさせて頂きます。
それでは、依頼へのご参加、お待ちしております!
リプレイ
●乾杯の音色
紙吹雪が舞い、厳かな演奏が流れ、人々の歓声が響き渡る。
オルセンの祝勝会はこれまで耐えに耐えてきた事が反動となったかのような盛り上がり方だった。
その祭りの中心。大広場を囲う一等地の一角にアルマ・ヴァレンタインとブレイド、そして、東雲・更紗の三人が豪華な造りのテーブルを囲んでいた。
「ファンゾムさんの救出も無事成功しましたし、帝都でも大変な戦いでしたが、ようやく一息つけますね、乾杯です!」
更紗の元気な声で各々がグラスを掲げた。
ブレイドがぐいぐいっと流し込むように飲み干す。
「帝都での決戦も片付いたし、ようやく落ち着いて祝おうって気になるな」
激戦に続く激戦。それを乗り越えられたのは、仲間達あってのことだろう。
二人の視線にアルマが頷いて応じた。
「せっかく良い席を用意してくれていたみたいだしね」
3人は食べ歩きながら通りで祝勝会を楽しんでいたのだが、冒険者専用という主催者の言葉に案内されたのだ。
料理や飲み物も給仕に頼めば持って来てくれるという話で、至れり尽くせりな待遇。冒険者達は主賓とも言えるので、当然のもてなしのつもりなのだろうが……。
「一先ずは先に買い歩いた物を食べてしまおうよ!」
アルマの宣言に、ずらりとテーブルに並ぶ品々。
一部お土産も含まれているが、お願いすればまた用意して貰えるらしいので、味見も兼ねて食べてしまってもいいだろう。
「食べ歩きの定番といえば、やはり揚げ物だろう」
変わった形をした揚げ肉が3つほど串に刺さっているものをブレイドが手にとった。
揚げてから少し時間は経過しているはずなのだが、香ばしい匂いに食指がそそる。勢いよくガブリと噛み付くと中から肉汁が溢れ出した。
肉独特の甘みの中に、かすかな蜂蜜のような甘味を感じる。
「おぉ、これは凄いな。こう……なんて表現していいのか、分からないが、旨い」
感動するブレイドにアルマが満面の笑みを浮かべる。
「良かったよ。それはジャイアントグリズリービートのキモだから、とっても貴重なんだよね」
ブレイドは聞きなれない言葉に咀嚼を止めた。
「すまん、なんだって?」
聞き直した時には、すでにアルマも同じ物を頬張っており、代わりに更紗が答える。
「熊蜂魔獣と言って、熊と蜂が合成したような魔獣と聞いています。数匹の群れを形成して、蜂の巣から蜂蜜を奪ってしまう害獣なので、時々、冒険者に依頼が出る所もあるみたいです」
「……喰って大丈夫なのか?」
てっきり、鶏肉か豚肉の揚げ物かと思ったら、予想外の代物だったようだ。
「問題ないんだよね!」
元気いっぱいに応えるアルマ。料理のレベルが神の域にも達しようとしている彼女がそう言うのであれば、判断は間違ってはいないのだろうが……。
「まぁ、旨いしな」
気を取り直して串の肉を全て平らげた。まさか、オルセンに来て如何物が祝勝会に出て来るとは思わなかった。更紗が新しい品を勧めながら告げる。
「オルセンは厳しい冬になると食糧難になるそうです。場合によってはなんでも食べていたって、露店のお婆さんが言ってました」
どこまで本当か分からないが、事実も含まれているだろう。
それだけ、極北に近いこの地は厳しいのだ。そんな事に想いを馳せながら、ブレイドは勧められた品の包みを広げる。
ふわふわっとした生地の饅頭のようなもので、こちらも甘い香りが漂っている。
シャルガネに似たような食べ物があったようなと思いつつ、口に運んだ。饅頭の中に入っていたのは白い挽肉を刻んだ野菜と合わせた肉団子だった。
「これ、すっごい美味しいんだよね! ボク大好きなんだよ! スワンプセンチピートのお肉!」
アルマも同じ物を手に取って、美味しそうにかぶりつく。
見た目、可愛い女の子が一生懸命に食べる姿はとても愛らしいが、ブレイドはむしろ、アルマの言い放った台詞の方が気になった。
「すまん、なんだって?」
先程の言葉を思わず繰り返してしまった。
そして、例の如く、更紗が答える。
「大沼百足は、沼地に生息する巨大なムカデだそうです。私も直接は見た事ありませんが、地域ごとに色々な種類がいるそうですよ。先程のお婆さんからの話だと、かつて、オルセン近郊に沼があって、養殖していたそうです」
そのお婆さん、何者なんだと思いながら、更紗からの説明を聞き、ブレイドはマジマジと食べ掛けの饅頭をみつめた。
「……まぁ、美味しいからな」
「これを機に、ブレイドさんも如何物食いに目覚めてみてもいいかもしれません」
「場合によっては戦場でもあり得る話か……」
ブレイドは半場諦めた様相で、残った饅頭を口の中に放り込んだ。
持ち込んだ食材を食べきると、次は別の料理が運ばれてくる。それらを堪能しつつ、祝勝会のパレードや出し物を楽しんでいた所で、ブレイドが思い出したようにアルマに告げた。
「そういや、アルマさんが代官就任とは、正直意外だったが、おめでとうだ」
「そうでした! アルマさんも代官就任おめでとうございます!」
更紗が席を立つ勢いで前のめりになって続く。
先日、次期皇帝であるレイウェスト・バルダスからアルマは代官に任命されたのだ。
アルマは少し恥ずかしそうな表情を浮かべるものの、畏まって二人に応える。
「向いてないのは自覚あるけど、復興に目途がつくまでは帝国代官で頑張るつもりだから」
もっとも、アルマほどの人材を目途がついたからといって簡単に手放すとは思えないが……。
力強く頷いたブレイドが胸を張って叩く。
「個人としては宮仕えなんぞ真っ平だが手が、必要なら、いつでも呼んでくれ」
「私も、お手伝いが必要なら、いつでも駆けつけますからね」
二人の申し出にアルマは嬉しさを隠さずに両手を広げた。
「お手伝い大歓迎だよー! 代官として精一杯頑張るからね!」
そんな彼女の姿に更紗の頭の中では『代官』という響きからのイメージが浮かんでいた。
(お主もワルよのぉ~ってするお話がシャルガネにあった気がしますが……アルマさんなら心配ないですね)
どちらかと言うと悪者を成敗する方だろうか。
次はアルマが二人に問いかけた。自身は代官になるとして、二人の今後は聞いていないからだ。
「ブレイドさんと更紗さんは、これからどうするのかな?」
その質問に、ブレイドは少し頭を捻ってから答える。
「ある程度仕事を選べるほうが向いているから、当面は冒険者を続けるつもりだ。更紗さんは実家のこともあったりするだろうし、これからどうする?」
「これからのこと……ですか……」
更紗は話を振られて、うーんと考える。
冒険者として活動を続けながら、時に代官となったアルマの手伝いをする……当面はそれで良いかもしれない。けれど、その前にやっておく事もあるような気もする。
「……一度、実家のほうに顔を出してみようかなと。都合がよろしければ、ご一緒にいかがでしょうか?」
「確か、シャルガネだったか?」
ブレイドの返しに頷く更紗。
アルマは高々と手を挙げた。手にはいつの間にかアルコールではない飲み物を手にしている。
「それじゃ、次の目的地はシャルガネだね」
「なら、新しい門出に――」
「乾杯です!」
三つのグラスがぶつかり合い、祝福するような甲高い音が響くのであった。
●弦音を交わす
ミア=リゼルは弓道場に招かれていた。
兵士達の訓練場ではないのは、オルセン太守コンラート・マフダルの希望らしい。戦衣装姿の太守が愛用の弓を携え、弓道場に現れ、ミアは王国式だが作法に則って感謝と共に迎える。
「コンラート様、お忙しい所、ありがとうございます」
「恩ある冒険者からの願いですから」
太守はそう応えた。弓の名手と謳われるコンラートにミアは指南をお願いしたのだ。
「私の父も、弓を扱うようなのですが……教えを乞うには、少し遠いのです」
普通は太守の方が遠い存在だが、そこに関して、コンラートは何も言わずに頷く。
「細かい作法は省き、実戦での技法でよろしいだろうか?」
「勿論です」
ミアは応えると、ジッとコンラートの姿をみつめる。
ハーフリングの為、ヒューマンなどの他種族と比べると身長は低い。必然的に持てる弓の大きさには限度が生じるが、優れた授恵者であればそれはハンデとはならない。
身長を越える弓に矢を番え、ゆっくりとした動作ながらもグッと弦を引く――そこには微塵もブレを感じさせない。まるで精密なカラクリ人形を見ているようだ。本人の姿勢は当然の事、弓自体も持ち手と一体となっているように感じられた。
見守る中、放たれた一射は、寸分の狂いもなく的の中央を貫く。
「お見事です、コンラート様」
「プレッシャーを掛けてしまっただろうか?」
「いえ、大丈夫です」
一礼してからミアは弓を構えて進み出た。
専門職と比べられると致し方無い所もあるが、それでもミアだって幾つもの戦場を駆け続けてきた猛者だ。
的の中央とはいかずとも、きっちりと当てる事が出来た。コンラートが真っ直ぐな眼差しを向けて来る。
「私から見て、特に不足はあるようには思えないです。強いて言えば、精進を続ける事、でしょうか」
その評価にミアは真剣な表情を浮かべた。
「この力は、大切な人たちを守るためのもの……いつかそれが必要とされなくなる時まで、磨き続けていきたいと思います」
「それで良いかと。私も同じですから」
「コンラート様にとっては、オルセン、ひいては帝国の民がそれにあたるのでしょうか? あるいは……いえ、聞き出そうというわけでは。ただ、私はあなたの在り方に敬意を払いたい……それだけなのです」
ミアが紡いだ言葉にコンラートはどこか寂し気な雰囲気を残しつつ、矢筒を手渡した。
太守の意を読み取って、ミアは矢を取り出した――後は弦音を交わすだけなのだから。
●最高に可愛くてカッコいい冒険者
オルセンに構えたトレイシーの研究所は格上げされた為、増築し立派な建物となっていた。
応接室の調度品を一通り眺めてから、ルベア・ベルニは確認の為、彼女に問い掛ける。
「アナタ前に、私を自分の専属護衛にする、って言ったわよね。一応訊くけど、今もそのつもりに変わりはない?」
大きな戦いは終わったので、以前よりか危険は少なくなっているはずだ。
彼女の気持ちに変化がないのか、確認したかったのだが、当の本人はいつもと同じ表情と態度で即答した。
「え? 来てもらうつもりだよ。もちろん、ルベアもやりたい事があるだろうから、無理強いはしないけど……なぜ?」
「……まあ、私も私でアナタに影響受けて、ていうかアナタの力になりたくて学園で色々学んでるから、今更、必要無いとか言われたら、ちょっと困ると思って。流石に責任取ってとは言えないし」
苦笑いしたルベアにクスっと笑いながらトレイシーは香りの良い茶を出した。
暖かく優しい匂いが心の中に広がっていき、思わず、ため息が漏れる。
「急に何を言い出すかと思ったよ。心境の変化?」
「そうかも……誰かに軽く見られることには慣れていたはずなのに、どうにも今の私はそう見られたら辛い、と思う相手が何人かいるから……アナタも含めて、ね」
ルベアの自己肯定感の低い声にトレイシーは首を横に振る。
「私が保障するよ。ルベアは最高に可愛くてカッコいい冒険者だってね」
「か、可愛くないし!」
そんな反応が可愛いと言われる由縁なのだが……。
恥ずかしさを隠すように話題を変えるルベア。
「それは置いておいて、昔、アナタから欠けてしまった信頼は、この街でもいくらかは得られたかしら? もしそうなら嬉しいんだけど」
「そうだね……」
その質問にトレイシーは、口から外したカップを丁寧な仕草でテーブルに戻した。
しばしの静寂の後、彼女は言葉を紡いだ。
「……太守様やファンゾムさん、あと、お隣のタウンさんに、八百屋のサイアンさん。食堂の――」
名前を呼びあげながら指を折っていくトレイシー。
それは、誰も信じないと言った彼女が己と向き合い、欠けてしまったモノを再び手にした証だ。
「沢山できたのね」
「そう。だから、ここの人達にできる事をやっていきたい。そうなった切っ掛けはルベアだから……責任取ってもらわないと」
「私が責任取る方だったの!?」
もう少しで口に含んだ茶を噴き出す所だったルベアの驚きに彼女は笑い声をあげるのであった。
●火神の神徒
祝福に包まれる街中――の路地をロゼットが足音を残し歩いていた。
(彼らはもう街を出たのかしら……もし、会えるなら、あとひとつだけ……)
路地の隙間から見える空。
街を守る為、敵対していた征竜信者に対し、共闘を持ち掛けたのは2か月ほど前の事だ。彼らの助力がなければ、最悪、戦線は崩壊し、オルセンは壊滅していたかもしれない。
だから、会いたかった。伝えたい事があるから。
街の北側を回り、彼を見つけたのは昼過ぎだった。他の信者の姿は見えない所を見ると、オルセンに潜み、帝国での決戦の行方を見守っていたのだろう。
「貴様は……」
風に揺れる金髪を見て、ナフツクもロゼットの存在に気が付いたようだ。
「本来であれば、再会しない事を願うべきなのでしょうね……けれど、最後にひとつだけ」
「説教はいらんぞ」
その返しは彼なりの冗談のようだ。
手が届く距離まで近づいたロゼットは胸を張って宣言する。
「この先、もし貴方達の信仰が存続できない危機に陥ることがあったら、諦める前にシグモル火山を訪ねてちょうだい」
「本気で言っているのか?」
征竜は人類の敵となって敗れたのだ。
その信者を受け入れるという事は、征竜とは直接、関係が無いとしても、心情的に忌避感を抱く者も少なくないはずだ。ロゼットが征竜信者を受け入れる事で、彼女自身にも何らかの影響を及ぼす恐れがある。あくまでも最悪の想定をすれば、征竜信者共々迫害される可能性だってあるだろう。
彼の質問にロゼットは力強く頷いた。
「かつて、神と人と竜は共にあった。そのことを私は忘れない。私の言葉を故郷に持ち帰ってくれても良いし、忘れてくれても良いわ」
クリーパーと戦って世界は守られてきた事も事実なのだから。
「そうか……頭の隅にでも残しておこう」
応えたナフツクが手荷物の中をごそごそと探り、一つのアミュレットを取り出した。
征竜に関係する物ではなく、太陽の光を虹色に反射する氷のような玉が連なった数珠のようなものだ。
「身につけろとは言わない。だが、俺が死んでも里の誰かが見て分かる物は必要だろう」
「わかったわ。受け取っておく」
アミュレットを手渡すとナフツクは踵を返した。
祝勝会が盛り上がっている今なら、脱出も容易だろうから。
路地の先、消えゆく直前、彼は振り返った。
「そういえば、名前を聞いていなかったな」
「私は火神の神徒ロゼット。貴方の長き旅に、神の御加護がありますように」
示した印にナフツクは手を挙げて応えるのであった。
●願いを継ぐ者
普段は固く閉じている北門はこの日ばかりは開き、大勢の人々が行き交っていた。
その流れに紛れるように進むナフツクは袖を引っ張られ振り返る。
「……冒険者か」
オルセン防衛戦では大きな活躍を果たしたトーラを彼は覚えていたようだ。
黒猫を模したような井出立ちは一見、可愛らしいが全身から放たれる雰囲気に――ナフツクは目を細める。
「何の用だ?」
「極北に向かうなら、同行させて貰えませんか?」
普段なら一蹴していただろう申し出だったが、ナフツクは唾を飲み込んだ。
自身では辿り着いていない域に、この冒険者が成っていると思ったからだ。
「理由は聞いておこう」
「わたしは決戦で征竜さまが堕ちる理由を作り、刃を向け、その最後を見届けました」
そう告げたトーラはナフツクの手が一瞬、ブレたのを見逃さなかった。
剣の柄に手を掛けていいような場所でない事位、理解しているはずだ。
「そのことでわたしに敵討ちを挑むなら受けて立ちます。ですが、世界の守護者を排除した以上、わたしはその役目を、何分の一かでも引き継ぎたいと思います」
「不遜な事だ」
「力不足なことは自覚しています。なので、修行を付けて貰いたいんです」
トーラの赤い瞳に宿る光に、ナフツクは彼女が本気なのだと感じた。
断ったとしても、極北に来るだろう。いかに優れた冒険者であっても、極北の地で生き抜くのは至難の事だ。無駄死にする事もある。
「…………」
そんな悩みを知らず、トーラは身を乗り出すように続ける。
「修行が無理なら、せめて、極北の穴から現れるクリーパーが退治出来るようになるため、手伝いを――」
トーラの質問をナフツクは手を突き出して遮った。
「征竜様は最期、何を残したか? 見届けた貴様なら分かるのだろう」
敬虔な信徒として知っておくべき事だし、なにより、理由を知りたく、そして、ナフツク自身も求めていた。
敬意を表するように姿勢を律すると、トーラは厳かに告げた。
「『――人間達よ 神が創りし世界を守り 慈しむのだ』。それが征竜さまの最後の言葉です」
「……そうか」
僅かの間の後、短く応えるとナフツクは一歩二歩と進み出した。
その足が5つ目を踏む前にトーラに振り返る。
「途中まで案内してやろう。後は好きにすればいい」
「ありがとうございます」
タタタとトーラは駆け足気味にナフツクへと駆け寄った。
それは、いずれ神に至る、一歩なのかもしれない。
●君と一緒に歩みたい明日の話
「くすぐったいよぉ」
身内ですら聴いた事がないような甘い声で鳴くクレア・エクレール。
イグシィ=スタスがハッとしたように手を止めた。
「ごめん。つい、触り心地が良かったから」
「……ううん……嫌、じゃない、から……」
ふわりとした尻尾がイグシィの膝の上に乗る。
クレアの健康的な脚線美がミニスカートの丈から映え、肩出しニットの隙間から見える鎖骨と胸元が色気を感じさせている。
二人はゆったりとした大きなソファーに腰掛けていた。リビングは広いという程ではないが、オルセンの街並みと遠くの雪景色を楽しめる大窓は寒さ対策が特別に施されている。
室内の装飾品も貴族の屋敷かと思えるほど、豪華だった。これらを集めるのにどれだけのお金が掛かったのだろうかと思いながら、クレアはイグシィに尋ねる。
「大きな戦いも終わったし、暫く危ない仕事はお休みしようかと思っているけど、イグシィはこのままオルセンで働くの?」
「商売の拠点としては、ここに残るつもりだよ」
「それならボクも一緒にオルセンで暮らそうかと思ったんだけど……まさか、もう家が用意されているなんて」
一応、事務所兼との事だが、オルセンの一等地に家があるのは、ただお金があれば手に入るというものではなく、彼の本気を感じる。
「実は……エスト・ポーラにも一軒考えているんだ。まだ具体的には何も進んでいないけど」
「エラトゥーンに!? あ、そういえばイグシィのこと、あの人……父さんにまだ伝えてないや」
「それはびっくりしそうだね」
微笑を浮かべたイグシィに対して、クレアは表情が暗くなる。
「母さん伝いに聞いてるかもしれないけど、話す気が重いのかも……でも、イグシィが悪いとかじゃないからね!」
「大丈夫さ。有名な冒険者なら僕もぜひ会ってみたいから」
「……ボクがあの人のこと信じられないだけだから……むー、せっかくのお祝いなのに辛気臭くしちゃった。ごめん」
クレアはムスっとした表情に両手を当てた。
そこに彼がゆっくりと近づいて額を合わせる。静かな息遣いに愛おしさを感じ、腕を回すクレア。
「楽しい未来の話をしよっか! 君と一緒に歩みたい明日の話を!」
「そうだと思って、幾つか用意しておいたさ」
ソファー傍のローテーブルから風景画の束を取るイグシィ。
「そろそろ落ち着いてきたから、旅行とか、どうかな?」
「この画集の時点で、凄いんだけど!?」
目を丸くしながらクレアは楽しそうにページを一枚一枚捲る。
まるで二人で世界を巡る旅に出ているかのように。
●ファンゾムの友人
大通りに面したテラスでレティシア・レインフィールがファンゾムと一緒のテーブルについていた。
勇壮なパレードを見ながらの食事――は主にファンゾムだったけど。ここは以前、訪れた事がある食事処だ。想い出の店とも言える。
「……という事で、想いを告げて受け入れられました。今度は、双方の家族に認められるよう、力を尽くしていきたいと思います」
近況を伝えたレティシアにファンゾムはどこか満足そうな表情で頷いた。
「枷は壊さずにぃ、君は新たな道を~歩み始めたのねぇ」
「不満がございますか?」
「まさかぁ~」
汚した頬そのままにファンゾムが笑みを浮かべた。相変わらず作法というものを知らない。
出逢った時は冒険者に対して挑発的な言動が多かったが、今はそんな事が無い。その理由は推測するしかないが……恐らく、封印を解けるだけの力量まで冒険者を引き上げたかったのだろう。
「ファンゾム様はこれからあの遺跡に戻られるとお聞きしましたが、今後、遺跡の拠点で過ごされるおつもりでしたら、太守様に平穏に暮らす為の助力をお願いしては如何でしょう」
「平穏にぃ、暮らす~?」
どうも言葉の意味を理解できていないようで首を傾げるファンゾム。
レティシアは危惧している事を伝える。
「禁じても信心深い方や個人的な利益を目的として接触を図る者が出現すると想定されますので、神殿のように聖職者という名の代理人の方に調整して頂き、年に一度は感謝を捧げる為に祭りを行うのです」
「なるほどぉ?」
「これなら政治とは距離をとりつつ、人々と適度な交流が可能ですし、祭りの宴でお食事も楽しめるのではないでしょうか?」
ファンゾム自身が今の治政には興味が無いようだし、いらぬ争いには巻き込まれたくないようだから、妥当な提案だろう。オルセン上層部にとってもその方がやり易いはずだ。
「君の言う事ならぁ~、それでぇ良いと思うわぁ~。でもぉ~、代理人ねぇ……」
誰か居るかなと考えるファンゾムの視線が少し泳いだ後、レティシアに向いた。
太守と直接、交渉できる人材は限られているし、行事を取り仕切るのは誰にでも出来る事ではない。対外的な関わりも求められてくるだろう。
「ファンゾム様がご希望であれば、私が出来る所までお手伝い致します」
「フフ~。お願いするわぁ~」
嬉しそうに鶏肉を頬張るファンゾムであった。
●願う未来へと至る始まり
他国の、それも由緒正しい家柄を持つシルヴィア・A・カペルの来訪に、太守として公式な形で受け入れる事が出来るのは、コンラートの権勢の強さを物語っていた。
それだけ、帝都崩壊から始まった一連の出来事の中、コンラートの果たした役割は大きく、冒険者の活躍を太守自身もよく理解しているからだろうとシルヴィアは思いつつ、グラスに酒を注ぐ。
「此度の戦勝を祝して」
掲げたグラスに飾り窓から差し込んだ光が当たる。
コンラートはクイっと一気に飲み干した。
「カペル卿には、かなり世話になりました。オルセンを代表して感謝申し上げる。今後も友好な関係を持ち続けて欲しいです」
「勿論です。遺跡から見つかった古の植物の種、早速、研究を進めさせて頂いています」
ファンゾムが封印されていた遺跡からは遥か昔の植物の種が発見されていた。朽ちていても不思議ではなかったのだが、ファンゾムから漏れ出たエーテルの影響か何か、僅かばかり、希望がありそうだった。
それらの共同研究を、コンラート直下に格上げされたトレイシーの研究所と一緒に行っている。あの植物の研究者とも、シルヴィアが知った仲だったというのも大きい。
つくづく、人の縁の力というものは不思議なものだ。
「遺跡研究への協力は植物と芸術への探究心豊富なカペルの利。研究結果は歴史的価値だけでなく、オルセンの観光収入源や外交手札に出来る筈です」
シルヴィアの台詞にコンラートは深く頷くと、おかわりを注がれたグラスを口に運ぶ。
「とても良い香りです」
「カペルの大麦麦芽のみを使い、ドワーフ王国で製造された蒸留酒です」
「厳しい寒さの地であるオルセンで、酒類は命の水。人々の活力には欠かせない」
流石に飲み過ぎで身体を壊してしまうのは問題だが、求められているのなら、応えるべきであろう。
そう思ったシルヴィアが穏やかな笑みを浮かべながら話した。
「今、友人の提案で大森林の葡萄を使い、カペルの醸造所でワインを作る事を企画中です」
「それは興味深い話です。是非とも、オルセンにも卸してほしい」
オルセンからは寒冷地特有の樹木が良質な木材として提供される。その中には酒造りには必要な資材もあるはずだ。
差し出されたコンラートの手にシルヴィアは応えた。
「貴公とこの地の人々は信頼に足る。『人類の盾』として誇りを持つ人々が飢える事の無いよう、オルセンの協力者となり交流を深めていきたいです」
強く握った手は、願う未来へと至る、始まりとなった。
●蛇眼神の守護者
「よぉ、もうそこそこ元気そうだな。こいつも追加で――」
ファンゾムに会いに行ったルイドの手から串焼きが無くなった。
人の話を最後まで聞けとも言えようが、逆に言うと、それだけ信頼されているとも言えようか。
「このぉ串焼きぃ探していたのよぉ~」
「急いで食べなくてもいいぜ。模擬戦は……また、そのうちでいいからよ」
その言葉に串を咥えたままファンゾムの動きが止まる。てっきり、模擬戦するのかと思っていたようだ。
「しないのぉ?」
ファンゾムの言い方に苦笑を浮かべながらルイドは答える。
「どうせなら万全の状態でやりてぇし、時間もまだいくらでもあるしな」
そう言って、エーテルを集中させたが……特に陰奪の効果は発揮しなかった。
ファンゾムの疲労は外傷性のものではなく、エーテルの消耗にあるからだ。
「ルイド君もぉ食べる~?」
ぐいっと勧められたのは一つの大皿。スパゲッティが文字通り山となって積み上がっている。
テーブルには他にも沢山、食べ物が並んでいたが、空になった食器も多い。
「あぁ、折角だしな」
「良かったわぁ。ちょうどぉ、食べきったらぁ帰ろうと思ってぇ~」
「……そうか、ならまぁ、俺も今のうちに食い溜めしておくかね」
「そうよぉ。いつもぉこれだけぇ食べられるとは~限らないのよぉ……って、ルイド君もぉ~?」
疑問が浮かび途中で手を止めるファンゾム。
彼女から真っ直ぐ向けられた視線に、ルイドは少し視線を外して頬の辺りを掻きながら応えた。
「守る、ってのは生涯有効なつもり……と言うと、なんだが俺も大概、重いな……ま、守られたのが運の尽きとでも思ってくれや」
「……私の守護者、だからね。一生よぉ……私が見届けるまで」
蛇瞳の中に涙が溜まる。
ファンゾムの眷属や信徒は皆、彼女が封印されている間に消えた。彼女から見れば、ついさっきまでいた親しい人々が突然、居なくなったにも等しいだろう。
彼女に寿命があるか分からないが、別れの想い出が無いというのは、より孤独さを増すのかもしれない。
「あぁ――よろしくな、これからも。ほら、口元汚れたままだぞ。良い顔してるんだから、もったいねぇ」
これじゃ、守護者というかまるで保護者だが。
「ありがとう、ルイド君。こちらこそぉよろしくねぇ~」
ファンゾムが向けた満面の笑みに、改めて、守り続けようと心の中で思うルイドだった。
紙吹雪が舞い、厳かな演奏が流れ、人々の歓声が響き渡る。
オルセンの祝勝会はこれまで耐えに耐えてきた事が反動となったかのような盛り上がり方だった。
その祭りの中心。大広場を囲う一等地の一角にアルマ・ヴァレンタインとブレイド、そして、東雲・更紗の三人が豪華な造りのテーブルを囲んでいた。
「ファンゾムさんの救出も無事成功しましたし、帝都でも大変な戦いでしたが、ようやく一息つけますね、乾杯です!」
更紗の元気な声で各々がグラスを掲げた。
ブレイドがぐいぐいっと流し込むように飲み干す。
「帝都での決戦も片付いたし、ようやく落ち着いて祝おうって気になるな」
激戦に続く激戦。それを乗り越えられたのは、仲間達あってのことだろう。
二人の視線にアルマが頷いて応じた。
「せっかく良い席を用意してくれていたみたいだしね」
3人は食べ歩きながら通りで祝勝会を楽しんでいたのだが、冒険者専用という主催者の言葉に案内されたのだ。
料理や飲み物も給仕に頼めば持って来てくれるという話で、至れり尽くせりな待遇。冒険者達は主賓とも言えるので、当然のもてなしのつもりなのだろうが……。
「一先ずは先に買い歩いた物を食べてしまおうよ!」
アルマの宣言に、ずらりとテーブルに並ぶ品々。
一部お土産も含まれているが、お願いすればまた用意して貰えるらしいので、味見も兼ねて食べてしまってもいいだろう。
「食べ歩きの定番といえば、やはり揚げ物だろう」
変わった形をした揚げ肉が3つほど串に刺さっているものをブレイドが手にとった。
揚げてから少し時間は経過しているはずなのだが、香ばしい匂いに食指がそそる。勢いよくガブリと噛み付くと中から肉汁が溢れ出した。
肉独特の甘みの中に、かすかな蜂蜜のような甘味を感じる。
「おぉ、これは凄いな。こう……なんて表現していいのか、分からないが、旨い」
感動するブレイドにアルマが満面の笑みを浮かべる。
「良かったよ。それはジャイアントグリズリービートのキモだから、とっても貴重なんだよね」
ブレイドは聞きなれない言葉に咀嚼を止めた。
「すまん、なんだって?」
聞き直した時には、すでにアルマも同じ物を頬張っており、代わりに更紗が答える。
「熊蜂魔獣と言って、熊と蜂が合成したような魔獣と聞いています。数匹の群れを形成して、蜂の巣から蜂蜜を奪ってしまう害獣なので、時々、冒険者に依頼が出る所もあるみたいです」
「……喰って大丈夫なのか?」
てっきり、鶏肉か豚肉の揚げ物かと思ったら、予想外の代物だったようだ。
「問題ないんだよね!」
元気いっぱいに応えるアルマ。料理のレベルが神の域にも達しようとしている彼女がそう言うのであれば、判断は間違ってはいないのだろうが……。
「まぁ、旨いしな」
気を取り直して串の肉を全て平らげた。まさか、オルセンに来て如何物が祝勝会に出て来るとは思わなかった。更紗が新しい品を勧めながら告げる。
「オルセンは厳しい冬になると食糧難になるそうです。場合によってはなんでも食べていたって、露店のお婆さんが言ってました」
どこまで本当か分からないが、事実も含まれているだろう。
それだけ、極北に近いこの地は厳しいのだ。そんな事に想いを馳せながら、ブレイドは勧められた品の包みを広げる。
ふわふわっとした生地の饅頭のようなもので、こちらも甘い香りが漂っている。
シャルガネに似たような食べ物があったようなと思いつつ、口に運んだ。饅頭の中に入っていたのは白い挽肉を刻んだ野菜と合わせた肉団子だった。
「これ、すっごい美味しいんだよね! ボク大好きなんだよ! スワンプセンチピートのお肉!」
アルマも同じ物を手に取って、美味しそうにかぶりつく。
見た目、可愛い女の子が一生懸命に食べる姿はとても愛らしいが、ブレイドはむしろ、アルマの言い放った台詞の方が気になった。
「すまん、なんだって?」
先程の言葉を思わず繰り返してしまった。
そして、例の如く、更紗が答える。
「大沼百足は、沼地に生息する巨大なムカデだそうです。私も直接は見た事ありませんが、地域ごとに色々な種類がいるそうですよ。先程のお婆さんからの話だと、かつて、オルセン近郊に沼があって、養殖していたそうです」
そのお婆さん、何者なんだと思いながら、更紗からの説明を聞き、ブレイドはマジマジと食べ掛けの饅頭をみつめた。
「……まぁ、美味しいからな」
「これを機に、ブレイドさんも如何物食いに目覚めてみてもいいかもしれません」
「場合によっては戦場でもあり得る話か……」
ブレイドは半場諦めた様相で、残った饅頭を口の中に放り込んだ。
持ち込んだ食材を食べきると、次は別の料理が運ばれてくる。それらを堪能しつつ、祝勝会のパレードや出し物を楽しんでいた所で、ブレイドが思い出したようにアルマに告げた。
「そういや、アルマさんが代官就任とは、正直意外だったが、おめでとうだ」
「そうでした! アルマさんも代官就任おめでとうございます!」
更紗が席を立つ勢いで前のめりになって続く。
先日、次期皇帝であるレイウェスト・バルダスからアルマは代官に任命されたのだ。
アルマは少し恥ずかしそうな表情を浮かべるものの、畏まって二人に応える。
「向いてないのは自覚あるけど、復興に目途がつくまでは帝国代官で頑張るつもりだから」
もっとも、アルマほどの人材を目途がついたからといって簡単に手放すとは思えないが……。
力強く頷いたブレイドが胸を張って叩く。
「個人としては宮仕えなんぞ真っ平だが手が、必要なら、いつでも呼んでくれ」
「私も、お手伝いが必要なら、いつでも駆けつけますからね」
二人の申し出にアルマは嬉しさを隠さずに両手を広げた。
「お手伝い大歓迎だよー! 代官として精一杯頑張るからね!」
そんな彼女の姿に更紗の頭の中では『代官』という響きからのイメージが浮かんでいた。
(お主もワルよのぉ~ってするお話がシャルガネにあった気がしますが……アルマさんなら心配ないですね)
どちらかと言うと悪者を成敗する方だろうか。
次はアルマが二人に問いかけた。自身は代官になるとして、二人の今後は聞いていないからだ。
「ブレイドさんと更紗さんは、これからどうするのかな?」
その質問に、ブレイドは少し頭を捻ってから答える。
「ある程度仕事を選べるほうが向いているから、当面は冒険者を続けるつもりだ。更紗さんは実家のこともあったりするだろうし、これからどうする?」
「これからのこと……ですか……」
更紗は話を振られて、うーんと考える。
冒険者として活動を続けながら、時に代官となったアルマの手伝いをする……当面はそれで良いかもしれない。けれど、その前にやっておく事もあるような気もする。
「……一度、実家のほうに顔を出してみようかなと。都合がよろしければ、ご一緒にいかがでしょうか?」
「確か、シャルガネだったか?」
ブレイドの返しに頷く更紗。
アルマは高々と手を挙げた。手にはいつの間にかアルコールではない飲み物を手にしている。
「それじゃ、次の目的地はシャルガネだね」
「なら、新しい門出に――」
「乾杯です!」
三つのグラスがぶつかり合い、祝福するような甲高い音が響くのであった。
●弦音を交わす
ミア=リゼルは弓道場に招かれていた。
兵士達の訓練場ではないのは、オルセン太守コンラート・マフダルの希望らしい。戦衣装姿の太守が愛用の弓を携え、弓道場に現れ、ミアは王国式だが作法に則って感謝と共に迎える。
「コンラート様、お忙しい所、ありがとうございます」
「恩ある冒険者からの願いですから」
太守はそう応えた。弓の名手と謳われるコンラートにミアは指南をお願いしたのだ。
「私の父も、弓を扱うようなのですが……教えを乞うには、少し遠いのです」
普通は太守の方が遠い存在だが、そこに関して、コンラートは何も言わずに頷く。
「細かい作法は省き、実戦での技法でよろしいだろうか?」
「勿論です」
ミアは応えると、ジッとコンラートの姿をみつめる。
ハーフリングの為、ヒューマンなどの他種族と比べると身長は低い。必然的に持てる弓の大きさには限度が生じるが、優れた授恵者であればそれはハンデとはならない。
身長を越える弓に矢を番え、ゆっくりとした動作ながらもグッと弦を引く――そこには微塵もブレを感じさせない。まるで精密なカラクリ人形を見ているようだ。本人の姿勢は当然の事、弓自体も持ち手と一体となっているように感じられた。
見守る中、放たれた一射は、寸分の狂いもなく的の中央を貫く。
「お見事です、コンラート様」
「プレッシャーを掛けてしまっただろうか?」
「いえ、大丈夫です」
一礼してからミアは弓を構えて進み出た。
専門職と比べられると致し方無い所もあるが、それでもミアだって幾つもの戦場を駆け続けてきた猛者だ。
的の中央とはいかずとも、きっちりと当てる事が出来た。コンラートが真っ直ぐな眼差しを向けて来る。
「私から見て、特に不足はあるようには思えないです。強いて言えば、精進を続ける事、でしょうか」
その評価にミアは真剣な表情を浮かべた。
「この力は、大切な人たちを守るためのもの……いつかそれが必要とされなくなる時まで、磨き続けていきたいと思います」
「それで良いかと。私も同じですから」
「コンラート様にとっては、オルセン、ひいては帝国の民がそれにあたるのでしょうか? あるいは……いえ、聞き出そうというわけでは。ただ、私はあなたの在り方に敬意を払いたい……それだけなのです」
ミアが紡いだ言葉にコンラートはどこか寂し気な雰囲気を残しつつ、矢筒を手渡した。
太守の意を読み取って、ミアは矢を取り出した――後は弦音を交わすだけなのだから。
●最高に可愛くてカッコいい冒険者
オルセンに構えたトレイシーの研究所は格上げされた為、増築し立派な建物となっていた。
応接室の調度品を一通り眺めてから、ルベア・ベルニは確認の為、彼女に問い掛ける。
「アナタ前に、私を自分の専属護衛にする、って言ったわよね。一応訊くけど、今もそのつもりに変わりはない?」
大きな戦いは終わったので、以前よりか危険は少なくなっているはずだ。
彼女の気持ちに変化がないのか、確認したかったのだが、当の本人はいつもと同じ表情と態度で即答した。
「え? 来てもらうつもりだよ。もちろん、ルベアもやりたい事があるだろうから、無理強いはしないけど……なぜ?」
「……まあ、私も私でアナタに影響受けて、ていうかアナタの力になりたくて学園で色々学んでるから、今更、必要無いとか言われたら、ちょっと困ると思って。流石に責任取ってとは言えないし」
苦笑いしたルベアにクスっと笑いながらトレイシーは香りの良い茶を出した。
暖かく優しい匂いが心の中に広がっていき、思わず、ため息が漏れる。
「急に何を言い出すかと思ったよ。心境の変化?」
「そうかも……誰かに軽く見られることには慣れていたはずなのに、どうにも今の私はそう見られたら辛い、と思う相手が何人かいるから……アナタも含めて、ね」
ルベアの自己肯定感の低い声にトレイシーは首を横に振る。
「私が保障するよ。ルベアは最高に可愛くてカッコいい冒険者だってね」
「か、可愛くないし!」
そんな反応が可愛いと言われる由縁なのだが……。
恥ずかしさを隠すように話題を変えるルベア。
「それは置いておいて、昔、アナタから欠けてしまった信頼は、この街でもいくらかは得られたかしら? もしそうなら嬉しいんだけど」
「そうだね……」
その質問にトレイシーは、口から外したカップを丁寧な仕草でテーブルに戻した。
しばしの静寂の後、彼女は言葉を紡いだ。
「……太守様やファンゾムさん、あと、お隣のタウンさんに、八百屋のサイアンさん。食堂の――」
名前を呼びあげながら指を折っていくトレイシー。
それは、誰も信じないと言った彼女が己と向き合い、欠けてしまったモノを再び手にした証だ。
「沢山できたのね」
「そう。だから、ここの人達にできる事をやっていきたい。そうなった切っ掛けはルベアだから……責任取ってもらわないと」
「私が責任取る方だったの!?」
もう少しで口に含んだ茶を噴き出す所だったルベアの驚きに彼女は笑い声をあげるのであった。
●火神の神徒
祝福に包まれる街中――の路地をロゼットが足音を残し歩いていた。
(彼らはもう街を出たのかしら……もし、会えるなら、あとひとつだけ……)
路地の隙間から見える空。
街を守る為、敵対していた征竜信者に対し、共闘を持ち掛けたのは2か月ほど前の事だ。彼らの助力がなければ、最悪、戦線は崩壊し、オルセンは壊滅していたかもしれない。
だから、会いたかった。伝えたい事があるから。
街の北側を回り、彼を見つけたのは昼過ぎだった。他の信者の姿は見えない所を見ると、オルセンに潜み、帝国での決戦の行方を見守っていたのだろう。
「貴様は……」
風に揺れる金髪を見て、ナフツクもロゼットの存在に気が付いたようだ。
「本来であれば、再会しない事を願うべきなのでしょうね……けれど、最後にひとつだけ」
「説教はいらんぞ」
その返しは彼なりの冗談のようだ。
手が届く距離まで近づいたロゼットは胸を張って宣言する。
「この先、もし貴方達の信仰が存続できない危機に陥ることがあったら、諦める前にシグモル火山を訪ねてちょうだい」
「本気で言っているのか?」
征竜は人類の敵となって敗れたのだ。
その信者を受け入れるという事は、征竜とは直接、関係が無いとしても、心情的に忌避感を抱く者も少なくないはずだ。ロゼットが征竜信者を受け入れる事で、彼女自身にも何らかの影響を及ぼす恐れがある。あくまでも最悪の想定をすれば、征竜信者共々迫害される可能性だってあるだろう。
彼の質問にロゼットは力強く頷いた。
「かつて、神と人と竜は共にあった。そのことを私は忘れない。私の言葉を故郷に持ち帰ってくれても良いし、忘れてくれても良いわ」
クリーパーと戦って世界は守られてきた事も事実なのだから。
「そうか……頭の隅にでも残しておこう」
応えたナフツクが手荷物の中をごそごそと探り、一つのアミュレットを取り出した。
征竜に関係する物ではなく、太陽の光を虹色に反射する氷のような玉が連なった数珠のようなものだ。
「身につけろとは言わない。だが、俺が死んでも里の誰かが見て分かる物は必要だろう」
「わかったわ。受け取っておく」
アミュレットを手渡すとナフツクは踵を返した。
祝勝会が盛り上がっている今なら、脱出も容易だろうから。
路地の先、消えゆく直前、彼は振り返った。
「そういえば、名前を聞いていなかったな」
「私は火神の神徒ロゼット。貴方の長き旅に、神の御加護がありますように」
示した印にナフツクは手を挙げて応えるのであった。
●願いを継ぐ者
普段は固く閉じている北門はこの日ばかりは開き、大勢の人々が行き交っていた。
その流れに紛れるように進むナフツクは袖を引っ張られ振り返る。
「……冒険者か」
オルセン防衛戦では大きな活躍を果たしたトーラを彼は覚えていたようだ。
黒猫を模したような井出立ちは一見、可愛らしいが全身から放たれる雰囲気に――ナフツクは目を細める。
「何の用だ?」
「極北に向かうなら、同行させて貰えませんか?」
普段なら一蹴していただろう申し出だったが、ナフツクは唾を飲み込んだ。
自身では辿り着いていない域に、この冒険者が成っていると思ったからだ。
「理由は聞いておこう」
「わたしは決戦で征竜さまが堕ちる理由を作り、刃を向け、その最後を見届けました」
そう告げたトーラはナフツクの手が一瞬、ブレたのを見逃さなかった。
剣の柄に手を掛けていいような場所でない事位、理解しているはずだ。
「そのことでわたしに敵討ちを挑むなら受けて立ちます。ですが、世界の守護者を排除した以上、わたしはその役目を、何分の一かでも引き継ぎたいと思います」
「不遜な事だ」
「力不足なことは自覚しています。なので、修行を付けて貰いたいんです」
トーラの赤い瞳に宿る光に、ナフツクは彼女が本気なのだと感じた。
断ったとしても、極北に来るだろう。いかに優れた冒険者であっても、極北の地で生き抜くのは至難の事だ。無駄死にする事もある。
「…………」
そんな悩みを知らず、トーラは身を乗り出すように続ける。
「修行が無理なら、せめて、極北の穴から現れるクリーパーが退治出来るようになるため、手伝いを――」
トーラの質問をナフツクは手を突き出して遮った。
「征竜様は最期、何を残したか? 見届けた貴様なら分かるのだろう」
敬虔な信徒として知っておくべき事だし、なにより、理由を知りたく、そして、ナフツク自身も求めていた。
敬意を表するように姿勢を律すると、トーラは厳かに告げた。
「『――人間達よ 神が創りし世界を守り 慈しむのだ』。それが征竜さまの最後の言葉です」
「……そうか」
僅かの間の後、短く応えるとナフツクは一歩二歩と進み出した。
その足が5つ目を踏む前にトーラに振り返る。
「途中まで案内してやろう。後は好きにすればいい」
「ありがとうございます」
タタタとトーラは駆け足気味にナフツクへと駆け寄った。
それは、いずれ神に至る、一歩なのかもしれない。
●君と一緒に歩みたい明日の話
「くすぐったいよぉ」
身内ですら聴いた事がないような甘い声で鳴くクレア・エクレール。
イグシィ=スタスがハッとしたように手を止めた。
「ごめん。つい、触り心地が良かったから」
「……ううん……嫌、じゃない、から……」
ふわりとした尻尾がイグシィの膝の上に乗る。
クレアの健康的な脚線美がミニスカートの丈から映え、肩出しニットの隙間から見える鎖骨と胸元が色気を感じさせている。
二人はゆったりとした大きなソファーに腰掛けていた。リビングは広いという程ではないが、オルセンの街並みと遠くの雪景色を楽しめる大窓は寒さ対策が特別に施されている。
室内の装飾品も貴族の屋敷かと思えるほど、豪華だった。これらを集めるのにどれだけのお金が掛かったのだろうかと思いながら、クレアはイグシィに尋ねる。
「大きな戦いも終わったし、暫く危ない仕事はお休みしようかと思っているけど、イグシィはこのままオルセンで働くの?」
「商売の拠点としては、ここに残るつもりだよ」
「それならボクも一緒にオルセンで暮らそうかと思ったんだけど……まさか、もう家が用意されているなんて」
一応、事務所兼との事だが、オルセンの一等地に家があるのは、ただお金があれば手に入るというものではなく、彼の本気を感じる。
「実は……エスト・ポーラにも一軒考えているんだ。まだ具体的には何も進んでいないけど」
「エラトゥーンに!? あ、そういえばイグシィのこと、あの人……父さんにまだ伝えてないや」
「それはびっくりしそうだね」
微笑を浮かべたイグシィに対して、クレアは表情が暗くなる。
「母さん伝いに聞いてるかもしれないけど、話す気が重いのかも……でも、イグシィが悪いとかじゃないからね!」
「大丈夫さ。有名な冒険者なら僕もぜひ会ってみたいから」
「……ボクがあの人のこと信じられないだけだから……むー、せっかくのお祝いなのに辛気臭くしちゃった。ごめん」
クレアはムスっとした表情に両手を当てた。
そこに彼がゆっくりと近づいて額を合わせる。静かな息遣いに愛おしさを感じ、腕を回すクレア。
「楽しい未来の話をしよっか! 君と一緒に歩みたい明日の話を!」
「そうだと思って、幾つか用意しておいたさ」
ソファー傍のローテーブルから風景画の束を取るイグシィ。
「そろそろ落ち着いてきたから、旅行とか、どうかな?」
「この画集の時点で、凄いんだけど!?」
目を丸くしながらクレアは楽しそうにページを一枚一枚捲る。
まるで二人で世界を巡る旅に出ているかのように。
●ファンゾムの友人
大通りに面したテラスでレティシア・レインフィールがファンゾムと一緒のテーブルについていた。
勇壮なパレードを見ながらの食事――は主にファンゾムだったけど。ここは以前、訪れた事がある食事処だ。想い出の店とも言える。
「……という事で、想いを告げて受け入れられました。今度は、双方の家族に認められるよう、力を尽くしていきたいと思います」
近況を伝えたレティシアにファンゾムはどこか満足そうな表情で頷いた。
「枷は壊さずにぃ、君は新たな道を~歩み始めたのねぇ」
「不満がございますか?」
「まさかぁ~」
汚した頬そのままにファンゾムが笑みを浮かべた。相変わらず作法というものを知らない。
出逢った時は冒険者に対して挑発的な言動が多かったが、今はそんな事が無い。その理由は推測するしかないが……恐らく、封印を解けるだけの力量まで冒険者を引き上げたかったのだろう。
「ファンゾム様はこれからあの遺跡に戻られるとお聞きしましたが、今後、遺跡の拠点で過ごされるおつもりでしたら、太守様に平穏に暮らす為の助力をお願いしては如何でしょう」
「平穏にぃ、暮らす~?」
どうも言葉の意味を理解できていないようで首を傾げるファンゾム。
レティシアは危惧している事を伝える。
「禁じても信心深い方や個人的な利益を目的として接触を図る者が出現すると想定されますので、神殿のように聖職者という名の代理人の方に調整して頂き、年に一度は感謝を捧げる為に祭りを行うのです」
「なるほどぉ?」
「これなら政治とは距離をとりつつ、人々と適度な交流が可能ですし、祭りの宴でお食事も楽しめるのではないでしょうか?」
ファンゾム自身が今の治政には興味が無いようだし、いらぬ争いには巻き込まれたくないようだから、妥当な提案だろう。オルセン上層部にとってもその方がやり易いはずだ。
「君の言う事ならぁ~、それでぇ良いと思うわぁ~。でもぉ~、代理人ねぇ……」
誰か居るかなと考えるファンゾムの視線が少し泳いだ後、レティシアに向いた。
太守と直接、交渉できる人材は限られているし、行事を取り仕切るのは誰にでも出来る事ではない。対外的な関わりも求められてくるだろう。
「ファンゾム様がご希望であれば、私が出来る所までお手伝い致します」
「フフ~。お願いするわぁ~」
嬉しそうに鶏肉を頬張るファンゾムであった。
●願う未来へと至る始まり
他国の、それも由緒正しい家柄を持つシルヴィア・A・カペルの来訪に、太守として公式な形で受け入れる事が出来るのは、コンラートの権勢の強さを物語っていた。
それだけ、帝都崩壊から始まった一連の出来事の中、コンラートの果たした役割は大きく、冒険者の活躍を太守自身もよく理解しているからだろうとシルヴィアは思いつつ、グラスに酒を注ぐ。
「此度の戦勝を祝して」
掲げたグラスに飾り窓から差し込んだ光が当たる。
コンラートはクイっと一気に飲み干した。
「カペル卿には、かなり世話になりました。オルセンを代表して感謝申し上げる。今後も友好な関係を持ち続けて欲しいです」
「勿論です。遺跡から見つかった古の植物の種、早速、研究を進めさせて頂いています」
ファンゾムが封印されていた遺跡からは遥か昔の植物の種が発見されていた。朽ちていても不思議ではなかったのだが、ファンゾムから漏れ出たエーテルの影響か何か、僅かばかり、希望がありそうだった。
それらの共同研究を、コンラート直下に格上げされたトレイシーの研究所と一緒に行っている。あの植物の研究者とも、シルヴィアが知った仲だったというのも大きい。
つくづく、人の縁の力というものは不思議なものだ。
「遺跡研究への協力は植物と芸術への探究心豊富なカペルの利。研究結果は歴史的価値だけでなく、オルセンの観光収入源や外交手札に出来る筈です」
シルヴィアの台詞にコンラートは深く頷くと、おかわりを注がれたグラスを口に運ぶ。
「とても良い香りです」
「カペルの大麦麦芽のみを使い、ドワーフ王国で製造された蒸留酒です」
「厳しい寒さの地であるオルセンで、酒類は命の水。人々の活力には欠かせない」
流石に飲み過ぎで身体を壊してしまうのは問題だが、求められているのなら、応えるべきであろう。
そう思ったシルヴィアが穏やかな笑みを浮かべながら話した。
「今、友人の提案で大森林の葡萄を使い、カペルの醸造所でワインを作る事を企画中です」
「それは興味深い話です。是非とも、オルセンにも卸してほしい」
オルセンからは寒冷地特有の樹木が良質な木材として提供される。その中には酒造りには必要な資材もあるはずだ。
差し出されたコンラートの手にシルヴィアは応えた。
「貴公とこの地の人々は信頼に足る。『人類の盾』として誇りを持つ人々が飢える事の無いよう、オルセンの協力者となり交流を深めていきたいです」
強く握った手は、願う未来へと至る、始まりとなった。
●蛇眼神の守護者
「よぉ、もうそこそこ元気そうだな。こいつも追加で――」
ファンゾムに会いに行ったルイドの手から串焼きが無くなった。
人の話を最後まで聞けとも言えようが、逆に言うと、それだけ信頼されているとも言えようか。
「このぉ串焼きぃ探していたのよぉ~」
「急いで食べなくてもいいぜ。模擬戦は……また、そのうちでいいからよ」
その言葉に串を咥えたままファンゾムの動きが止まる。てっきり、模擬戦するのかと思っていたようだ。
「しないのぉ?」
ファンゾムの言い方に苦笑を浮かべながらルイドは答える。
「どうせなら万全の状態でやりてぇし、時間もまだいくらでもあるしな」
そう言って、エーテルを集中させたが……特に陰奪の効果は発揮しなかった。
ファンゾムの疲労は外傷性のものではなく、エーテルの消耗にあるからだ。
「ルイド君もぉ食べる~?」
ぐいっと勧められたのは一つの大皿。スパゲッティが文字通り山となって積み上がっている。
テーブルには他にも沢山、食べ物が並んでいたが、空になった食器も多い。
「あぁ、折角だしな」
「良かったわぁ。ちょうどぉ、食べきったらぁ帰ろうと思ってぇ~」
「……そうか、ならまぁ、俺も今のうちに食い溜めしておくかね」
「そうよぉ。いつもぉこれだけぇ食べられるとは~限らないのよぉ……って、ルイド君もぉ~?」
疑問が浮かび途中で手を止めるファンゾム。
彼女から真っ直ぐ向けられた視線に、ルイドは少し視線を外して頬の辺りを掻きながら応えた。
「守る、ってのは生涯有効なつもり……と言うと、なんだが俺も大概、重いな……ま、守られたのが運の尽きとでも思ってくれや」
「……私の守護者、だからね。一生よぉ……私が見届けるまで」
蛇瞳の中に涙が溜まる。
ファンゾムの眷属や信徒は皆、彼女が封印されている間に消えた。彼女から見れば、ついさっきまでいた親しい人々が突然、居なくなったにも等しいだろう。
彼女に寿命があるか分からないが、別れの想い出が無いというのは、より孤独さを増すのかもしれない。
「あぁ――よろしくな、これからも。ほら、口元汚れたままだぞ。良い顔してるんだから、もったいねぇ」
これじゃ、守護者というかまるで保護者だが。
「ありがとう、ルイド君。こちらこそぉよろしくねぇ~」
ファンゾムが向けた満面の笑みに、改めて、守り続けようと心の中で思うルイドだった。
マスターコメント
お疲れ様でした&ご依頼にご参加いただき、ありがとうございました。
皆様、思い描いた祝勝会を過ごせたでしょうか? それぞれが未来に向かって最初の一歩を踏み出している……ような気持ちで描かさせていただきました。
それでは、改めて、依頼へのご参加、ありがとうございました。また機会あればご参加の程、お待ちしております。
イベントシナリオ易しい 報酬:標準11 / 4〜25人
2024年02月28日 10時48分35秒 公開
成功
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