【ソーレ】新しい春へ向けて
紀藤トキ
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シナリオID:3435
オープニング
●
ソーレ村は、再建が始まってから三度目の冬を越そうとしていた。まだ寒さは厳しいが、例年よりも雪解けはだいぶ早そうだ。大平原中央の帝都でも積雪はほとんど見られなかったようなので、暖冬なのかもしれなかった。帝都の決戦の余波は、南部のソーレ村にも及んでいる。しかし、流れてきたクリーパーや魔獣は、立派になった村の防柵に阻まれる……ところまで近づくこともなかった。元アロイス小隊のみですら小さな村には過剰な戦力なのだが、エーテル浄化者であるタントの護衛がてら長期駐留している帝国軍部隊までいる。村の守備は最小限にとどめ、余剰人員で迎撃に出たらしい。
「肩を並べて、っていうわけじゃあないッスが、ケンタウロス連中も遠くで戦ってくれてたらしいッスよ」
すっかりヴィントとの連絡要員に収まった兵士が言う。約定に基づき、冬営の場にしていたのだろう。物々交換や交流については、やはり言葉の壁が大きいのか頻繁に行われてはいない。双方の冬支度を整える時期に一度だけ行われたようだ。
「あ、別に村の守りをおろそかにしたわけじゃないっスよ。櫓は4つに増えて、どっちから来られても近づかれる間にわかるようになったッスから。防衛は3年目の村とは思えないくらい、充実してます。というわけで、どうですか、そこのお姉さん。移住とか?」
連絡役の青年は言葉巧みに、ヴィントの住民を誘っていく。移住の受け入れも順調に進んでおり、昨年だけで村の人口は倍増した。村で出会って結婚した夫婦も3組いる。新居の建築需要も高まり、とうとう若手の大工が本格的に移住したそうだ。集会場のような大きな建物はともかく、普通の家なら素人住民を指揮して建てられるようになり、家庭もちから優先で戸建てを回してもらえるというのもアピールポイントのようだ。
「あ。授恵者の皆さんであれば、移住や見学じゃなくても大歓迎ッス!」
帝都決戦に帝国軍の主力が出ていったため、一時的なものとはいえ巡回の兵が減っている。授恵者で代官役のアロイス・シュタイナー以下、数名の護衛はついているのだが、移住希望者が増えれば隊列も長くなる。道中の安全はこれで確実、などと宣伝文句に使うあたりちゃっかりしていた。
●
「私が徴税官……ですか」
「読み書きができ、書類の処理も問題ない。忠誠心もあり、単独で村やヴィントとの間を移動して問題ない戦闘力を持つ。そのような人材を一つの村の代官にとどめておく余裕は、帝国にはない」
ソーレ村の代官(仮)として今までやってきたアロイスだが、そろそろ仮を取ろうと訪れたヴィントでそのような提案を受けていた。一応提案であるのだが、断る自由があるのかと言われれば微妙である。提案している文官の目の下のクマは濃く、絶対に逃さないという気迫を感じた。
「……持ち帰らせていただきたいのですが」
「もちろんだ。なお、徴税官としての任地はソーレ村、デリス村。およびその周辺に新規開拓する村ができるならばそこも含む。ああ、ソーレ村の代官を兼職したいという事なら前向きに考えよう」
持ち帰って良いといいつつも条件を伝えてくる。アロイスに書類事務などのノウハウを伝えた授恵者たちも、交渉術は教えてくれていなかった。これは逃げ切れないな、と内心で諦めつつため息をつく。
「……はい。わかりました」
代官(仮)であっても、税金を集める側なので村人とは本来一線を引くべきポジションだ。しかし、徴税官にもなればさらに立場が支配者側に変わる。現在は内密にだがエーテル浄化者のタントがいるお陰で税を払ってもまだ余裕があるが、これが変われば村人からの視線はきつくなるだろう。などと暗い未来を想像しているアロイスであったが、多少生活が苦しくなる状況になったとしてもおそらく村人の視線は可哀そうな苦労人に向ける同情に留まるだろう。
●
さて、今回の移動は移住者の募集や代官任命願いが本題ではない。それも大事なことだが、最大の目的は買い出しである。もう少しヴィントから遠い立地であれば冬の間は完全に閉ざされることもあろうが、ソーレ村の位置であれば寒さに耐えて頑張れば往復できないこともない。無いのだが、それなりに拓けてきたとはいえ、まだ冬に行商人が訪れてくれるほど商売の種はない村だ。娯楽もなく、食事も単調になる冬季の村の為に、そして春を迎える前の準備の為に、何かしら購入していこうというのが主な目的だ。
「……ボウノ氏は、作物の種類が欲しいと言っていたな」
村の畑は、一年で倍を超えて三倍に近く広がった。さすがに簡易なものだが柵も設置されている。主食の麦、芋。暖かい時期の野菜類はある程度揃っているので、何か他の産物を考えているらしい。とはいえ、冬場に果樹の苗を持ち歩くのはちょっときつそうだ。持っていきさえすれば、タントが何とかするかもしれないが。それに、考えるべきは人間が食べるものだけではない。まだソーレ村生まれの人間の赤ん坊は生まれていないが、鶏は順調に増えているし、羊は3頭が妊娠している。今年の春先に購入したのは6頭なので、何事もなければ5割増し、あるいはそれ以上に増える可能性もあった。何なら今年は牛を購入してもよい。ヴィントで手に入ればだが。さすがに軍用として育てられた老馬を農耕に使い続けるのは少し可哀そうであった。
「冬越しを楽しくするものも、あるといいんじゃないッスかね? あ、手先の器用な人は細工物を作ったりするのもよいかもしれないって、大工のゲンさんが言ってましたっけ」
気晴らしのための遊び道具でも良いし、内職の種でも良いが、時間をつぶせるものも求められているようだ。
「ああ、皆さんも良いアイデアあったら教えて欲しいっス。あんまり高いものは駄目だけど、村の予算で買うっスよ!」
「そうだな。寒い間の娯楽といえば酒を買っていくくらいしか私には思いつかないが……」
難しそうな顔をするアロイス。村の管理業務の関係で二人で仕事をする機会も多いリースに、土産の一つも買っていくべきではないかと思っているあたり、進歩ではある。当人同士の間で色恋の話は生えていないのだが、周囲からは半ばそういう目で見られているらしい。ともあれ、ソーレ村に縁がある冒険者も、そうでない冒険者も、冬の農村へ遊びに行くことに抵抗がなければ歓迎されるようだ。移住者も迎えるのだから、きっと当日は宴になるのだろう。
ソーレ村は、再建が始まってから三度目の冬を越そうとしていた。まだ寒さは厳しいが、例年よりも雪解けはだいぶ早そうだ。大平原中央の帝都でも積雪はほとんど見られなかったようなので、暖冬なのかもしれなかった。帝都の決戦の余波は、南部のソーレ村にも及んでいる。しかし、流れてきたクリーパーや魔獣は、立派になった村の防柵に阻まれる……ところまで近づくこともなかった。元アロイス小隊のみですら小さな村には過剰な戦力なのだが、エーテル浄化者であるタントの護衛がてら長期駐留している帝国軍部隊までいる。村の守備は最小限にとどめ、余剰人員で迎撃に出たらしい。
「肩を並べて、っていうわけじゃあないッスが、ケンタウロス連中も遠くで戦ってくれてたらしいッスよ」
すっかりヴィントとの連絡要員に収まった兵士が言う。約定に基づき、冬営の場にしていたのだろう。物々交換や交流については、やはり言葉の壁が大きいのか頻繁に行われてはいない。双方の冬支度を整える時期に一度だけ行われたようだ。
「あ、別に村の守りをおろそかにしたわけじゃないっスよ。櫓は4つに増えて、どっちから来られても近づかれる間にわかるようになったッスから。防衛は3年目の村とは思えないくらい、充実してます。というわけで、どうですか、そこのお姉さん。移住とか?」
連絡役の青年は言葉巧みに、ヴィントの住民を誘っていく。移住の受け入れも順調に進んでおり、昨年だけで村の人口は倍増した。村で出会って結婚した夫婦も3組いる。新居の建築需要も高まり、とうとう若手の大工が本格的に移住したそうだ。集会場のような大きな建物はともかく、普通の家なら素人住民を指揮して建てられるようになり、家庭もちから優先で戸建てを回してもらえるというのもアピールポイントのようだ。
「あ。授恵者の皆さんであれば、移住や見学じゃなくても大歓迎ッス!」
帝都決戦に帝国軍の主力が出ていったため、一時的なものとはいえ巡回の兵が減っている。授恵者で代官役のアロイス・シュタイナー以下、数名の護衛はついているのだが、移住希望者が増えれば隊列も長くなる。道中の安全はこれで確実、などと宣伝文句に使うあたりちゃっかりしていた。
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「私が徴税官……ですか」
「読み書きができ、書類の処理も問題ない。忠誠心もあり、単独で村やヴィントとの間を移動して問題ない戦闘力を持つ。そのような人材を一つの村の代官にとどめておく余裕は、帝国にはない」
ソーレ村の代官(仮)として今までやってきたアロイスだが、そろそろ仮を取ろうと訪れたヴィントでそのような提案を受けていた。一応提案であるのだが、断る自由があるのかと言われれば微妙である。提案している文官の目の下のクマは濃く、絶対に逃さないという気迫を感じた。
「……持ち帰らせていただきたいのですが」
「もちろんだ。なお、徴税官としての任地はソーレ村、デリス村。およびその周辺に新規開拓する村ができるならばそこも含む。ああ、ソーレ村の代官を兼職したいという事なら前向きに考えよう」
持ち帰って良いといいつつも条件を伝えてくる。アロイスに書類事務などのノウハウを伝えた授恵者たちも、交渉術は教えてくれていなかった。これは逃げ切れないな、と内心で諦めつつため息をつく。
「……はい。わかりました」
代官(仮)であっても、税金を集める側なので村人とは本来一線を引くべきポジションだ。しかし、徴税官にもなればさらに立場が支配者側に変わる。現在は内密にだがエーテル浄化者のタントがいるお陰で税を払ってもまだ余裕があるが、これが変われば村人からの視線はきつくなるだろう。などと暗い未来を想像しているアロイスであったが、多少生活が苦しくなる状況になったとしてもおそらく村人の視線は可哀そうな苦労人に向ける同情に留まるだろう。
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さて、今回の移動は移住者の募集や代官任命願いが本題ではない。それも大事なことだが、最大の目的は買い出しである。もう少しヴィントから遠い立地であれば冬の間は完全に閉ざされることもあろうが、ソーレ村の位置であれば寒さに耐えて頑張れば往復できないこともない。無いのだが、それなりに拓けてきたとはいえ、まだ冬に行商人が訪れてくれるほど商売の種はない村だ。娯楽もなく、食事も単調になる冬季の村の為に、そして春を迎える前の準備の為に、何かしら購入していこうというのが主な目的だ。
「……ボウノ氏は、作物の種類が欲しいと言っていたな」
村の畑は、一年で倍を超えて三倍に近く広がった。さすがに簡易なものだが柵も設置されている。主食の麦、芋。暖かい時期の野菜類はある程度揃っているので、何か他の産物を考えているらしい。とはいえ、冬場に果樹の苗を持ち歩くのはちょっときつそうだ。持っていきさえすれば、タントが何とかするかもしれないが。それに、考えるべきは人間が食べるものだけではない。まだソーレ村生まれの人間の赤ん坊は生まれていないが、鶏は順調に増えているし、羊は3頭が妊娠している。今年の春先に購入したのは6頭なので、何事もなければ5割増し、あるいはそれ以上に増える可能性もあった。何なら今年は牛を購入してもよい。ヴィントで手に入ればだが。さすがに軍用として育てられた老馬を農耕に使い続けるのは少し可哀そうであった。
「冬越しを楽しくするものも、あるといいんじゃないッスかね? あ、手先の器用な人は細工物を作ったりするのもよいかもしれないって、大工のゲンさんが言ってましたっけ」
気晴らしのための遊び道具でも良いし、内職の種でも良いが、時間をつぶせるものも求められているようだ。
「ああ、皆さんも良いアイデアあったら教えて欲しいっス。あんまり高いものは駄目だけど、村の予算で買うっスよ!」
「そうだな。寒い間の娯楽といえば酒を買っていくくらいしか私には思いつかないが……」
難しそうな顔をするアロイス。村の管理業務の関係で二人で仕事をする機会も多いリースに、土産の一つも買っていくべきではないかと思っているあたり、進歩ではある。当人同士の間で色恋の話は生えていないのだが、周囲からは半ばそういう目で見られているらしい。ともあれ、ソーレ村に縁がある冒険者も、そうでない冒険者も、冬の農村へ遊びに行くことに抵抗がなければ歓迎されるようだ。移住者も迎えるのだから、きっと当日は宴になるのだろう。
解説
一年くらいの間に、村がどうなってるかをシミュレートしたのですがトラブルの種は特に残っていないので順当に成長しました。
なろう小説のスローライフのような目覚ましい発展の仕方……!
シナリオになるような授恵者向けの事件も起きそうになかったので、最後は交流回です。
宜しければ、村にもっていくものをあれこれ提案したり、春を迎えて以後の村のことを提案したりしてください。字数と相談しつつあれこれ描写いたします。
移住者として連れていく人もある程度は提案に応じます。また、村では歓迎の宴会がなされます。
OPに幼女は出てきませんが、リプレイで構ってもらえれば出てくると思います。
【内政】
村長のボウノと代官のアロイスの業務を分離。リースは希望もあり代官補佐へ。
医務室(1名)→年長の兵士が専任。薬草の処理などを村人が輪番で手伝うようになった。
【防衛】
村の防柵は隙間のない木の柵へ、簡易櫓は確りした櫓へ進化。
畑と牧草地が南方へ広がり、動物除けの簡易な柵をなんとか冬前に設置した。
【農畜産業】
薬草畑は規模据え置き。畑は授恵者の人力も用いて三倍に広がった。専業の農民が数家族移住している。
鶏の世話をしていた兵士と愛想のない女性が結婚し、二人で鶏小屋を管理している。
牧草地には以前からの老軍馬に加えて羊が6頭加わった。土地にはまだ余裕がある。犬が欲しいらしい。
【住居】
ボウノ邸を村長宅とし、旧村長宅をアロイスが使用している。
元あった家屋に加え、新築の居宅も増えた。
商店のクロネコ夫妻は、冬の買い出しは村の予算でやるので同行していない。
宿屋は若い未亡人を町から来た若者が射止め、夫婦で経営。客はあまりおらず村人が夕食を食べたりしている
【その他産業】
保存食、毛皮など交換用物資を作成、それなりには交換できるが特産というほどではない。
池の魔獣魚の燻製はそれなりにいけるが、ヴィントダンジョンがあるのでそこまででもない。
タントの能力は秘密だが、近隣のデリス村には昨年も適当にごまかしつつ出張している。
【外交】
移住者勧誘に青年は意外な才能を発揮している。なお、まだ人生の伴侶を捕まえることはできていない。
酒場のマリーちゃんはやはりダメだったらしい。
【その他】
人馬との物々交換は双方が食料と衣類や毛布などを出し合った。薬草はお互い未所持のものを交換できたようだ。
マスターより
紀藤です。久しぶりに書くので何か見落としとか把握漏れがないか心配です。
そんなに早く山の冬が終わるわけはないのですが、暦上の春まで待ってるとエピローグ期間が終わってしまうので……。
今年はソーレ村とヴィントの間はきっと暖冬だったという事で一つお目こぼしをお願いいたします。
ソーレ村に住みたい、アロイスを代官兼任にさせまいという方がいた時の為に注意書きを載せておきます。
『このシナリオにおいては、ソーレ村に移住を希望することが可能なシナリオです。採用の条件は特にありませんが、家が欲しい場合は当該アイテムを装備しておいてください。プレイングにおいて【ソーレ村居住希望】あるいはそのように理解できる文言が記載されており、条件を満たしていた場合、称号を付与いたします。』
『このシナリオにおいては、ソーレ村代官を希望することが可能なシナリオです。採用の条件は帝国民であり読み書きができる事。プレイングにおいて【ソーレ村代官希望】あるいはそのように理解できる文言が記載されており、条件を満たしていた場合、称号を付与いたします。』
リプレイ
●
アロイスらの一行はヴィントに一週間ほど滞在する予定で、持ち帰る物の手配もその間に進めているようだ。冒険者一行は早速その相談に乗っていた。
「果樹を植えるのであれば、暖かくなって根が伸びる前の休眠期に植える方法もあるので、今植えるのも良いかと思います!」
庭師の娘としては、ここが腕の振るい所とトーラが気合いを入れる。冬場は苗木も眠るので運送もしやすいらしく、ヨル・スレイマンは胸をなで下ろしたようだ。
「果樹はマジカルポケットに入らないと聞いて困っていたが、色々買っても大丈夫そうかな」
「もしも空きができたのならば、冬を越せる野菜を幾つか持っていきたいのだ」
ストレガ・L・リベルガストラがそう提案する。今年のうちに紹介しておけば、農業チームが来冬に暇を持て余すこともないだろうという寸法だ。
「寒いところですし、わたしはクランベリーやリンゴンベリー、ブルーベリーをお勧めしますね!」
「俺は葡萄と林檎と、桃の木の苗なども買っていきたいな。何が土に合うかわからないが、試してみるのは良いだろうし」
気候を見て、早めに採れる物を挙げるトーラに、チャレンジ精神で色々と考えるヨル。幸い、復興需要が盛んな帝国には他国からの流入もあり、探せば色々な物が手に入る。その辺の交渉や取引の仕方については、アロイスにジュスト・ヴェルジーとローザリカ・L・ディオールが実地で教育を施していた。
「作物もそうだけれど、村のシンボルになるような花や樹木を考えてみてはどうだろう。タント嬢も喜びそうだし」
「僕もそれはお勧めしたい。観光客が来るようになれば、宿の仕事も増える筈だ」
「な、なるほど……」
代官であれ、徴税官であれ、人との交渉や数字のやり取りは商売にも通じる。この機会も活かし、できる限りの事を伝えて行くつもりのようだ。
●
ヴィントでせねばならぬ事を終え、一行はソーレ村への帰途に就いた。ずいぶん増えた荷物は、ハリス・アル・ターミルが持ち込んだ荷馬車のお陰で問題無く運べるようだ。手綱を持つハリスはと言えば、初めて訪れるトゥーリの為に村のこれまでの事を熱を込めて語っている。御者席の仲睦まじい様子を、友人たるフェイサル・セイフは荷台から感慨深げに見守っていた。
(世界は平和になった。もう、私が彼らを守るべく努める必要は無くなるのかもしれぬな)
むしろ邪魔になるかもしれない、とまでは考えないにせよ。これまでとは少し距離感を変えるつもりのようだ。
「むう。僕には懐かないな、こいつは……」
「家で生まれた猫だからかな?」
「いや、ジュストを取られるとでも思っているんだ。きっとそうだ」
ローザリカはぶつぶつ言いながら、ジュストにひしっとしがみついた子猫の気を引こうとおもちゃを振っていた。実家からジュストが、ソーレ村の住人が望むなら譲っても良いと連れてきた子である。農村ではネズミを捕ってくれる猫の需要は高いとも言うし、可愛い動物がいれば冬の寂しさも紛れるものだ。「愛らしい三毛猫だ。気晴らしを兼ねてリース嬢への土産にどうかな」と言うジュストにアロイスは「さすがだな」と返した。何がさすがなのか。「犬なら躾やすい犬種が良いね」などというアドバイスも踏まえ、さすがは動物に詳しいという意味だろう。さすがは女性の機嫌を取ることに慣れているという評価ではあるまい。
「君はああいう玩具とかには興味が無いのかな? まあ、もう子猫というわけじゃ無いか」
今回も何となくヨルについてきているネコ君は、子猫を一瞥してから興味なさげに丸くなっていた。冬場の行程は辛い物だが、冒険者もアロイス一行も旅慣れた様子で過ごし、やがてソーレ村へと辿り着いた。櫓の見張りが知らせたのだろう。村長のボウノをはじめ大勢の村人が出迎える。
「久しぶりだな、随分賑やかになった。皆元気そうだし、タントも大きくなった」
「ん? そうかな? 大きくなった?」
活気の増した村の様子に目を細めるフェイサルに、少し背の伸びたタントがにへらと笑った。フェイサルにとってソーレ村の繁栄は、自分の助言が実った成果でもある。そして、フェイサルらの助けを実らせた村の人々のことも、誇らしい。かつて目指した戦士としての誉れで無くとも、胸を張れる道行きがここにある。
「お久しぶりです! 村、立派になりましたね! それにタントちゃん、わたしより大きくなってる!?」
タントにそう声を掛けるトーラ。ヒューマンである少女はこれからも背を伸ばすだろうと思うと、嬉しいような寂しいような、羨ましいような。そんな小さな感傷を、ハリスの大きな声が吹き飛ばした。
「皆さんご壮健で何よりです!」
出迎えの人々の視線がハリスへ向き、そして隣のトゥーリへに気がつく。
「ハリス、まずお前からトゥーリを紹介すべきではないか」
「そうですね。宴の席でも改めて紹介させていただきますが。この度、私達は結婚することとなりました」
「初めまして! トゥーリです。ハリスさんとフェイサルさんの親友で……ハリスさんの、奥さんです」
「……ええ!?」
頬を染めつつ告げるトゥーリの言葉に、タントが目を丸くする。村では新婚も多いと言うが、慶事は幾らあっても良いものだ。村人達が盛り上がるのを見て、む、と一つ頷いたローザリカも前へ進み出た。
「僕も、もうすぐジュストと正式に結婚する予定だから言っておこう」
「そうなのですか。偉い方というのは簡単にすぐ結婚とは行かないのですなあ」
驚くボウノ。古参の村人からは、え? 結婚してなかったの? という目で見られている。なお、ここで発表する予定は特に無かったのでジュストは苦笑していた。
「……なるほど、それで急いでいたのか」
「そういう事だよ。貴族社会の一員となれば、俺もロゼも今のように気軽に国外へは出られなくなるからね」
合点が行ったというアロイス。ジュストは以前より村の経営に関わることを色々と教えてはいたが今回は詰め込み具合がハードだったらしい。悔いを残したくないから、伝えられることは余さず伝えたいという。
「徴税官……ですか?」
目をぱちくりするリースに、そういう事になるらしいとアロイス。
「真面目な方ですから適任だとは思いますけれど、働き過ぎにならないか心配ですね」
トーラがそう告げ、徴税官の仕事についても補佐をお願いしたらどうかと提案した。
「リース殿には僕が経理のコツなどを伝えて行きたい。徴税官としてのアロイス殿の補佐にもなるならば、怪しい帳簿の見分け方などはどうだろう」
「……ご教授に預かります。宜しくお願いします」
ジュストやローザリカが提供してくれる物は、形は無いものであるが簡単に手に入れられるようなものではない。軍人あがりのアロイスにも、代官職の親から引き継がれる猶予もなかったリースにもありがたいものであった。
●
馬車や移住者の護衛の礼を告げられ、ひとまず解散。勝手知ったるハリスがトゥーリにあれこれ説明し、少し後ろをフェイサルがついていく。行き先は農地と薬草畑、物見櫓のある一角だ。以前は村長宅に間借りしていた診療所も、薬草畑近くに一棟構えるようになったらしい。
「本当に、よくここまで……皆様の努力の結晶を目にでき、私は本当に……感動を……!」
「凄いよね! ……でも、感動するのは程ほどにね!?」
訪れた先では、出迎えに来れなかった見張り担当に歓迎され、一年の成果を見たハリスは涙を流さんばかり。作業の邪魔にならないかと少し心配した奥さんだが、この時期の畑は忙しくは無い。一年で少し老けた医療担当の男は、フェイサルを診療所へと案内した。
「……やはり丁寧な仕事だ。薬品等の整理もだが、清掃等も手を抜いていない。こういう仕事は、神でも獣でも無い人間の領分だ」
「神だのは分からないが、褒めるなら手伝い連中も褒めてやって欲しい」
元アロイスの部下は徴募兵で、年齢もまちまちだ。最高齢の彼が出来るような仕事がある事は、年嵩の者にとって福音だった。どのようなことであれ、手を抜かずに仕事をすれば敬意が向けられる。その当たり前が、当たり前である事を喜ぶ気持ちはフェイサルには理解できた。彼は今の有り様に満足はしていると言い、それでも、ヒーラーであるフェイサルのような治療の力があれば、と思うことはあるという。
「……授恵者の先にある種の超越者。そういう高みに立った者も確かにいるがね。私は命を救う術というのは――天恵ではなく、ヒトが自ら磨き上げていくべき物だと思う」
「教えて貰ったことをやってるだけだ。自分じゃ何も磨けちゃいないが」
「その日々の先に研鑽がある。そういう意味で、私と君達は同じ敵と戦う仲間だよ」
そういう物か、と静かに答える元兵士の口角は、嬉しそうに上がっていた。一方、ストレガは畜舎を訪れる。羊を飼う理由は、肉と共に毛の利用。毛皮として取ってしまうのではなく、毛刈りをして布の生産が出来るようになれば、いずれは服飾・織物生産も望める筈だ。その為には、羊の数を増やさねばならない。
「ということは、世話をする人も今より増やすのが良いと思うのだ。他にも、人が居れば出来ることは増えるのだ」
「なるほど、織物もいいですけど、酒を造るっていうのもいいですなあ」
案内役をしていたボウノは、酒という単語に目を輝かせていた。綺麗な水があり、穀類が採れる立地だ。やってやれないことはあるまい。トーラやヨルが選んだ果樹が根付けばそれを使っても良い。
「その為の知識は、先達が必ず残しているものなのだ。書とはその為にあるのだ」
「勉強ってのも大事なんですな。タントにも読み書きは身につけさせないと」
などと前向きなことも語れるのも、村が豊かであるからだろう。繁栄の影の立役者である幼女も、農地の外れにいた。
「ちょっと久しぶりだけど、随分様変わりしたね。畑が広い」
「うん……」
出迎えの場から言葉少なく去ったタントの様子に、ヨルは気がついていた。が、急いで言葉は掛けず、タントの隣で景色を眺めていた。優しい沈黙の中、少女は自分の感情を消化していく。そして、日が傾いた頃に、彼女を探していたもう1人が追いついてきた。
「タントちゃん、ここにいたんですね」
「トーラお姉さん」
今はエーテル浄化者という貴重な存在である少女は、トーラから見ると不自由にも思えていた。しかし、幽界樹が倒れた今後は、隠れる必要もなくなるかもしれない。トーラはタントにそんな未来の話をする。
「……これから、タントちゃんはどうしますか? どうしたいですか?」
「ん? どうもしないよ?」
冒険者になりたいと言ってボウノが卒倒するのでは? とまで気を回していたが、きょとんとした返事に笑ってしまった。子どもはまだ、巣立ちの時を迎えていないらしい。そんなタントへ、ヨルが書物を手渡す。
「興味があったら本を読むのもいいと思って。読み書きはできたっけ」
「少し、わかるよ。ありがとう!」
参考書は、まだ難しくて読めないかもしれないが、先のことを考えるなら選択肢はあって良い。ヨルもトーラも、彼女が村から出る未来もあると思っているようだった。
●
宴の席では、改めてハリスとトゥーリが結婚を報告した。互いが互いを誇らしげに、愛しげに語る様子に、今度はタントも笑顔で祝福する。フェイサルとハリスの紹介を抜きにしても、礼儀正しく元気なトゥーリは村人に暖かく迎えられた。
「交易に使えるような名産品があればいいの? この村ならでは、のものがいいよね?」
村の手仕事で作れるような小物で、懐に余裕がありそうな層に好まれる物が無いか、トゥーリは考える。戦いの日々を終え、平和な日常を過ごす彼女の姿をハリスは感慨深く見守っていた。その隣では冬場に手芸などはお勧めだとストレガが言うも、あまり堅い話ばかりも良くは無いと何やら取り出す。
「今日のように日常の中に、楽しい非日常がある事は良いことなのだ。遊ぶための物を幾つか持ってきたので、試してみてほしいのだ」
「そうねえ。家に籠もってばかりだと気も滅入るわよね」
宿の女将が頷き、遊戯の説明に耳を傾ける。遊ぶ以外にも、勉学に、春以降の農業の下準備に、冬に出来ることは色々あるとストレガが言い、陰鬱な冬にげんなりしていたらしい村人は目を輝かせた。
「……提案なのだが、以前話していた村の記録。その他に、特別喜ばしい出来事は歌や碑文等で残してはどうだろう」
「歌と、碑文……? 何だか難しそうだねえ」
フェイサルの提案に最初は首をかしげていた大人が、耳にしたタントが『お祭り楽しいの歌』なるものを歌い出すと、そう言うので良いのかと笑い出す。
「きっと、実用的な記録だけでなく、そういう記憶にはこれからきっと価値が出る」
フェイサルの言葉に、老けた元兵士が感慨深げに頷いた。
一方。この地方特有の繊維や染料はないだろうかと考えを巡らせたトゥーリは、もともとここの住人は村長だけだとハリスから教わった。尋ねに来た彼女に、首脳陣と歓談中だったジュストとローザリカが『村の花樹』をそれに当てたらどうかと提案する。
「そういう村をイメージする象徴があればブランド化にも繋げられるだろう?」
「シンボルを軸に特産品を考えることが出来れば、独自の売りになるからね。僕も裁縫なら覚えがあるから、図案の考え方を教えていこうか」
「わたしも、何か細工物を考えてみるね」
「どんな樹が良いか、皆とも話し合ってみます」
頷くボウノのもとへ、ヨルが声を掛けた。
「ソーレにはこれからもたまに来ようと思っているし、個人的な理由で1つ別荘は欲しいんだよね」
自分が死んだ後の友人に遺せる物として、この村に家が欲しい、と。一番喜んだのは、一年間『冒険者さん』に会えなかったタントであったかもしれない。
「共に暮す事は叶わずとも、村への想いは同じです。最早指導など不要でしょうが、何か困った時は遠慮なく頼って下さい!」
ハリスが声をあげ、フェイサルと共にまとめた農作業や医療などのノウハウを、惜しげ無く手渡す。書物が纏まっている場所は、旧村長宅くらいだという事で代表してアロイスが受け取った。ヨルの別荘話を聞いたストレガも、今後について相談をする。
「私はゴールディの学舎の主であるので移住は出来ないのだが、同胞の移住先として紹介しても良いだろうかなのだ」
「これからしばらくは、毎年村も広がるでしょう。田舎暮らしが苦にならんのなら歓迎です。というか、家があっても無くても、いつでも皆さん遊びに来て下さい」
誰でもと言うわけでは無いが、色々教えて貰ったストレガの紹介なら会うのが楽しみだと、村人達も笑顔で頷いていた。
アロイスらの一行はヴィントに一週間ほど滞在する予定で、持ち帰る物の手配もその間に進めているようだ。冒険者一行は早速その相談に乗っていた。
「果樹を植えるのであれば、暖かくなって根が伸びる前の休眠期に植える方法もあるので、今植えるのも良いかと思います!」
庭師の娘としては、ここが腕の振るい所とトーラが気合いを入れる。冬場は苗木も眠るので運送もしやすいらしく、ヨル・スレイマンは胸をなで下ろしたようだ。
「果樹はマジカルポケットに入らないと聞いて困っていたが、色々買っても大丈夫そうかな」
「もしも空きができたのならば、冬を越せる野菜を幾つか持っていきたいのだ」
ストレガ・L・リベルガストラがそう提案する。今年のうちに紹介しておけば、農業チームが来冬に暇を持て余すこともないだろうという寸法だ。
「寒いところですし、わたしはクランベリーやリンゴンベリー、ブルーベリーをお勧めしますね!」
「俺は葡萄と林檎と、桃の木の苗なども買っていきたいな。何が土に合うかわからないが、試してみるのは良いだろうし」
気候を見て、早めに採れる物を挙げるトーラに、チャレンジ精神で色々と考えるヨル。幸い、復興需要が盛んな帝国には他国からの流入もあり、探せば色々な物が手に入る。その辺の交渉や取引の仕方については、アロイスにジュスト・ヴェルジーとローザリカ・L・ディオールが実地で教育を施していた。
「作物もそうだけれど、村のシンボルになるような花や樹木を考えてみてはどうだろう。タント嬢も喜びそうだし」
「僕もそれはお勧めしたい。観光客が来るようになれば、宿の仕事も増える筈だ」
「な、なるほど……」
代官であれ、徴税官であれ、人との交渉や数字のやり取りは商売にも通じる。この機会も活かし、できる限りの事を伝えて行くつもりのようだ。
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ヴィントでせねばならぬ事を終え、一行はソーレ村への帰途に就いた。ずいぶん増えた荷物は、ハリス・アル・ターミルが持ち込んだ荷馬車のお陰で問題無く運べるようだ。手綱を持つハリスはと言えば、初めて訪れるトゥーリの為に村のこれまでの事を熱を込めて語っている。御者席の仲睦まじい様子を、友人たるフェイサル・セイフは荷台から感慨深げに見守っていた。
(世界は平和になった。もう、私が彼らを守るべく努める必要は無くなるのかもしれぬな)
むしろ邪魔になるかもしれない、とまでは考えないにせよ。これまでとは少し距離感を変えるつもりのようだ。
「むう。僕には懐かないな、こいつは……」
「家で生まれた猫だからかな?」
「いや、ジュストを取られるとでも思っているんだ。きっとそうだ」
ローザリカはぶつぶつ言いながら、ジュストにひしっとしがみついた子猫の気を引こうとおもちゃを振っていた。実家からジュストが、ソーレ村の住人が望むなら譲っても良いと連れてきた子である。農村ではネズミを捕ってくれる猫の需要は高いとも言うし、可愛い動物がいれば冬の寂しさも紛れるものだ。「愛らしい三毛猫だ。気晴らしを兼ねてリース嬢への土産にどうかな」と言うジュストにアロイスは「さすがだな」と返した。何がさすがなのか。「犬なら躾やすい犬種が良いね」などというアドバイスも踏まえ、さすがは動物に詳しいという意味だろう。さすがは女性の機嫌を取ることに慣れているという評価ではあるまい。
「君はああいう玩具とかには興味が無いのかな? まあ、もう子猫というわけじゃ無いか」
今回も何となくヨルについてきているネコ君は、子猫を一瞥してから興味なさげに丸くなっていた。冬場の行程は辛い物だが、冒険者もアロイス一行も旅慣れた様子で過ごし、やがてソーレ村へと辿り着いた。櫓の見張りが知らせたのだろう。村長のボウノをはじめ大勢の村人が出迎える。
「久しぶりだな、随分賑やかになった。皆元気そうだし、タントも大きくなった」
「ん? そうかな? 大きくなった?」
活気の増した村の様子に目を細めるフェイサルに、少し背の伸びたタントがにへらと笑った。フェイサルにとってソーレ村の繁栄は、自分の助言が実った成果でもある。そして、フェイサルらの助けを実らせた村の人々のことも、誇らしい。かつて目指した戦士としての誉れで無くとも、胸を張れる道行きがここにある。
「お久しぶりです! 村、立派になりましたね! それにタントちゃん、わたしより大きくなってる!?」
タントにそう声を掛けるトーラ。ヒューマンである少女はこれからも背を伸ばすだろうと思うと、嬉しいような寂しいような、羨ましいような。そんな小さな感傷を、ハリスの大きな声が吹き飛ばした。
「皆さんご壮健で何よりです!」
出迎えの人々の視線がハリスへ向き、そして隣のトゥーリへに気がつく。
「ハリス、まずお前からトゥーリを紹介すべきではないか」
「そうですね。宴の席でも改めて紹介させていただきますが。この度、私達は結婚することとなりました」
「初めまして! トゥーリです。ハリスさんとフェイサルさんの親友で……ハリスさんの、奥さんです」
「……ええ!?」
頬を染めつつ告げるトゥーリの言葉に、タントが目を丸くする。村では新婚も多いと言うが、慶事は幾らあっても良いものだ。村人達が盛り上がるのを見て、む、と一つ頷いたローザリカも前へ進み出た。
「僕も、もうすぐジュストと正式に結婚する予定だから言っておこう」
「そうなのですか。偉い方というのは簡単にすぐ結婚とは行かないのですなあ」
驚くボウノ。古参の村人からは、え? 結婚してなかったの? という目で見られている。なお、ここで発表する予定は特に無かったのでジュストは苦笑していた。
「……なるほど、それで急いでいたのか」
「そういう事だよ。貴族社会の一員となれば、俺もロゼも今のように気軽に国外へは出られなくなるからね」
合点が行ったというアロイス。ジュストは以前より村の経営に関わることを色々と教えてはいたが今回は詰め込み具合がハードだったらしい。悔いを残したくないから、伝えられることは余さず伝えたいという。
「徴税官……ですか?」
目をぱちくりするリースに、そういう事になるらしいとアロイス。
「真面目な方ですから適任だとは思いますけれど、働き過ぎにならないか心配ですね」
トーラがそう告げ、徴税官の仕事についても補佐をお願いしたらどうかと提案した。
「リース殿には僕が経理のコツなどを伝えて行きたい。徴税官としてのアロイス殿の補佐にもなるならば、怪しい帳簿の見分け方などはどうだろう」
「……ご教授に預かります。宜しくお願いします」
ジュストやローザリカが提供してくれる物は、形は無いものであるが簡単に手に入れられるようなものではない。軍人あがりのアロイスにも、代官職の親から引き継がれる猶予もなかったリースにもありがたいものであった。
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馬車や移住者の護衛の礼を告げられ、ひとまず解散。勝手知ったるハリスがトゥーリにあれこれ説明し、少し後ろをフェイサルがついていく。行き先は農地と薬草畑、物見櫓のある一角だ。以前は村長宅に間借りしていた診療所も、薬草畑近くに一棟構えるようになったらしい。
「本当に、よくここまで……皆様の努力の結晶を目にでき、私は本当に……感動を……!」
「凄いよね! ……でも、感動するのは程ほどにね!?」
訪れた先では、出迎えに来れなかった見張り担当に歓迎され、一年の成果を見たハリスは涙を流さんばかり。作業の邪魔にならないかと少し心配した奥さんだが、この時期の畑は忙しくは無い。一年で少し老けた医療担当の男は、フェイサルを診療所へと案内した。
「……やはり丁寧な仕事だ。薬品等の整理もだが、清掃等も手を抜いていない。こういう仕事は、神でも獣でも無い人間の領分だ」
「神だのは分からないが、褒めるなら手伝い連中も褒めてやって欲しい」
元アロイスの部下は徴募兵で、年齢もまちまちだ。最高齢の彼が出来るような仕事がある事は、年嵩の者にとって福音だった。どのようなことであれ、手を抜かずに仕事をすれば敬意が向けられる。その当たり前が、当たり前である事を喜ぶ気持ちはフェイサルには理解できた。彼は今の有り様に満足はしていると言い、それでも、ヒーラーであるフェイサルのような治療の力があれば、と思うことはあるという。
「……授恵者の先にある種の超越者。そういう高みに立った者も確かにいるがね。私は命を救う術というのは――天恵ではなく、ヒトが自ら磨き上げていくべき物だと思う」
「教えて貰ったことをやってるだけだ。自分じゃ何も磨けちゃいないが」
「その日々の先に研鑽がある。そういう意味で、私と君達は同じ敵と戦う仲間だよ」
そういう物か、と静かに答える元兵士の口角は、嬉しそうに上がっていた。一方、ストレガは畜舎を訪れる。羊を飼う理由は、肉と共に毛の利用。毛皮として取ってしまうのではなく、毛刈りをして布の生産が出来るようになれば、いずれは服飾・織物生産も望める筈だ。その為には、羊の数を増やさねばならない。
「ということは、世話をする人も今より増やすのが良いと思うのだ。他にも、人が居れば出来ることは増えるのだ」
「なるほど、織物もいいですけど、酒を造るっていうのもいいですなあ」
案内役をしていたボウノは、酒という単語に目を輝かせていた。綺麗な水があり、穀類が採れる立地だ。やってやれないことはあるまい。トーラやヨルが選んだ果樹が根付けばそれを使っても良い。
「その為の知識は、先達が必ず残しているものなのだ。書とはその為にあるのだ」
「勉強ってのも大事なんですな。タントにも読み書きは身につけさせないと」
などと前向きなことも語れるのも、村が豊かであるからだろう。繁栄の影の立役者である幼女も、農地の外れにいた。
「ちょっと久しぶりだけど、随分様変わりしたね。畑が広い」
「うん……」
出迎えの場から言葉少なく去ったタントの様子に、ヨルは気がついていた。が、急いで言葉は掛けず、タントの隣で景色を眺めていた。優しい沈黙の中、少女は自分の感情を消化していく。そして、日が傾いた頃に、彼女を探していたもう1人が追いついてきた。
「タントちゃん、ここにいたんですね」
「トーラお姉さん」
今はエーテル浄化者という貴重な存在である少女は、トーラから見ると不自由にも思えていた。しかし、幽界樹が倒れた今後は、隠れる必要もなくなるかもしれない。トーラはタントにそんな未来の話をする。
「……これから、タントちゃんはどうしますか? どうしたいですか?」
「ん? どうもしないよ?」
冒険者になりたいと言ってボウノが卒倒するのでは? とまで気を回していたが、きょとんとした返事に笑ってしまった。子どもはまだ、巣立ちの時を迎えていないらしい。そんなタントへ、ヨルが書物を手渡す。
「興味があったら本を読むのもいいと思って。読み書きはできたっけ」
「少し、わかるよ。ありがとう!」
参考書は、まだ難しくて読めないかもしれないが、先のことを考えるなら選択肢はあって良い。ヨルもトーラも、彼女が村から出る未来もあると思っているようだった。
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宴の席では、改めてハリスとトゥーリが結婚を報告した。互いが互いを誇らしげに、愛しげに語る様子に、今度はタントも笑顔で祝福する。フェイサルとハリスの紹介を抜きにしても、礼儀正しく元気なトゥーリは村人に暖かく迎えられた。
「交易に使えるような名産品があればいいの? この村ならでは、のものがいいよね?」
村の手仕事で作れるような小物で、懐に余裕がありそうな層に好まれる物が無いか、トゥーリは考える。戦いの日々を終え、平和な日常を過ごす彼女の姿をハリスは感慨深く見守っていた。その隣では冬場に手芸などはお勧めだとストレガが言うも、あまり堅い話ばかりも良くは無いと何やら取り出す。
「今日のように日常の中に、楽しい非日常がある事は良いことなのだ。遊ぶための物を幾つか持ってきたので、試してみてほしいのだ」
「そうねえ。家に籠もってばかりだと気も滅入るわよね」
宿の女将が頷き、遊戯の説明に耳を傾ける。遊ぶ以外にも、勉学に、春以降の農業の下準備に、冬に出来ることは色々あるとストレガが言い、陰鬱な冬にげんなりしていたらしい村人は目を輝かせた。
「……提案なのだが、以前話していた村の記録。その他に、特別喜ばしい出来事は歌や碑文等で残してはどうだろう」
「歌と、碑文……? 何だか難しそうだねえ」
フェイサルの提案に最初は首をかしげていた大人が、耳にしたタントが『お祭り楽しいの歌』なるものを歌い出すと、そう言うので良いのかと笑い出す。
「きっと、実用的な記録だけでなく、そういう記憶にはこれからきっと価値が出る」
フェイサルの言葉に、老けた元兵士が感慨深げに頷いた。
一方。この地方特有の繊維や染料はないだろうかと考えを巡らせたトゥーリは、もともとここの住人は村長だけだとハリスから教わった。尋ねに来た彼女に、首脳陣と歓談中だったジュストとローザリカが『村の花樹』をそれに当てたらどうかと提案する。
「そういう村をイメージする象徴があればブランド化にも繋げられるだろう?」
「シンボルを軸に特産品を考えることが出来れば、独自の売りになるからね。僕も裁縫なら覚えがあるから、図案の考え方を教えていこうか」
「わたしも、何か細工物を考えてみるね」
「どんな樹が良いか、皆とも話し合ってみます」
頷くボウノのもとへ、ヨルが声を掛けた。
「ソーレにはこれからもたまに来ようと思っているし、個人的な理由で1つ別荘は欲しいんだよね」
自分が死んだ後の友人に遺せる物として、この村に家が欲しい、と。一番喜んだのは、一年間『冒険者さん』に会えなかったタントであったかもしれない。
「共に暮す事は叶わずとも、村への想いは同じです。最早指導など不要でしょうが、何か困った時は遠慮なく頼って下さい!」
ハリスが声をあげ、フェイサルと共にまとめた農作業や医療などのノウハウを、惜しげ無く手渡す。書物が纏まっている場所は、旧村長宅くらいだという事で代表してアロイスが受け取った。ヨルの別荘話を聞いたストレガも、今後について相談をする。
「私はゴールディの学舎の主であるので移住は出来ないのだが、同胞の移住先として紹介しても良いだろうかなのだ」
「これからしばらくは、毎年村も広がるでしょう。田舎暮らしが苦にならんのなら歓迎です。というか、家があっても無くても、いつでも皆さん遊びに来て下さい」
誰でもと言うわけでは無いが、色々教えて貰ったストレガの紹介なら会うのが楽しみだと、村人達も笑顔で頷いていた。
マスターコメント
久しぶり、そして最後のソーレ村ですが、書いていると久しぶりを忘れそうになりました。
村人達の言動は一年も会ってない空気感で書けていたかどうか。でも、田舎の時間感覚なんてそんなものかも。
気になるお兄さんに、「ねぇねぇあの人が彼女なの?」などと聞きまわり、実際に結婚した知らせにがっかりする。……のはもう少し年長の女の子の行動かもしれませんが、報告を聞いた脳内幼女が何だかがっかりしていたので、多分そう言うことだったのだろうと思います。
当方、だいたいのNPCは操るタイプなのですが、この幼女は勝手に脳内で動き回るので困る。
移住希望の方、というか別荘希望の方に「ソーレ村名誉村民」と称号をつけ掛け、いやそれを言うなら全員名誉村民のようなものでは? となったのでどうすべきか悩み、最終的に無味乾燥なものとなったことをご報告いたします。
皆様のプレイングを楽しく拝読し、リプレイも楽しく書かせていただきました。
今回と、これまで関わってくださった皆様に感謝いたします。ご参加ありがとうございました!
ショートシナリオ普通 報酬:標準8 / 4〜8人
2024年01月29日 15時24分08秒 公開
大成功
相談掲示板
トーラです。よろしくお願いします。 久しぶりのソーレ村なので、タントちゃん達とお話とか出来たらと思っています。
フェイサル・セイフだ。 ここでこうして挨拶をするのも最後になるかもしれないが…… だからこそ、村の皆に喜んで貰える「何か」を残したい物だな。宜しくお願いする。
ヨル・スレイマン。どうぞ宜しく。 まだ何をするかあまり決めていないけど、タント君には会っておきたいかな。 問題らしい問題もないならゆっくり過ごせたらと思うよ。移住はしないのだけど、別荘はあってもいいんだよな⋯⋯その辺も相談してみようかな。 何かを残していこうというのはとてもフェイサル君らしくていいね。 俺も何かできるかなー⋯⋯ちょっと考えるだけ考えておこう。
懐かしきソーレ村!!皆さんご壮健なようで何よりです! 大陸を包んだ災禍の傷は未だに深い。帝都の復興にも時間が掛かるでしょう。 しかし、この村のように逞しく生きゆく人々の営みこそ、未来への希望となる筈。 私はソーレ村の設営に関われたことを、心から誇りに思います。 >何かを残すこと 素晴らしい試みですね! ソーレ村はこれからますます発展していくはずです そうなった時にも役立つようなものを残せれば良いのですが…。