【聖祭】未来に紡ぐ希望の光
明乃そら
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シナリオID:3377
オープニング
大陸全土の戦力を集結させて帝都で展開される、最大規模の奪還戦。
各国から多くの兵士が戦地へ送り込まれ、彼らはそこで死と隣り合わせの激闘を繰り広げている。
生きて帰還できるかどうかも分からない、明日をも知れぬ戦いに身を投じる兵士たち。
それでも彼らは生き延びなければいけないのだ。家族や大切な人が故郷で帰りを待っているから。
だがその一方で、帝国崩壊以降、戦乱に巻き込まれ、親を亡くして住むべき場所を失った子供たちも少なくない。
どれだけ悲劇が繰り返されようと、時は流れて季節は巡り、今年も聖霊節を迎える日が来た。
最後の戦いが決行される最中に過ごすこの一日は、何より特別な意味を持つだろう。
例年のような華やかムードは控え目に、今は戦士たちの無事と勝利を祈り、平和な日常が訪れることを、ただ願う――。
●戦時下の祝祭
――ゴールディ北西部、山の麓に建つ修道院。
この場所は嘗てメドゥの指先の一組織が利用していた、『楽園』と呼ばれていた施設。
『ガストーニ商会』なる貿易会社が、各地で子供を攫って施設に隔離し、慈善事業と称して裏で人身売買を行っていた。
しかし一連の事件は冒険者たちの活躍によって解決し、現在は新たな協力者の下で施設は再出発を図っていた。
「帝国での戦いも大詰めだね。人類の存亡を賭けた最終決戦……私たちがここでできるのは、戦地に向かった彼らの無事を、ただ折るだけしかないけれど」
礼拝堂内に掲げられた十字架を前に、ドミニク・ログナーは不安げに顔を顰めながら同胞たちの身を案じる。
「ま、心配したってしょうがねぇ。それよりも、今はアタシたちにしかできないことを、やりゃいいさ」
ドミニクを励ますように声を掛けるのは、ゴールディで情報屋を営むシャルティナ・カッツェ。
以前に事件で関わった縁もあり、彼女もまた修道院での活動に協力していた。
「そうですね。彼らの為にも、日常を守るのは大切なことですから。それはそうと……その衣装、よく似合ってますよ」
爽やかに微笑みながら目を細め、ドミニクはシャルティナに視線を向ける。
シャルティナが着用しているのは、施設での仕事着としての修道服だ。活動的な服を好む彼女が修道女に扮することは、普段着慣れないせいもあり、ドミニクに褒められると顔を赤らめ、少し恥ずかしそうに俯いた。
「あら、照れることはありませんわよ。ここではこれが正装ですから。それに、そういう反応をされると余計に可愛らしく思えますわよ」
シャルティナを宥めるような口振りで悪戯っぽく笑うのは、同じく修道服を身に纏ったロレッタ・アルベール。
リーンエス王国の伯爵令嬢だった彼女だが、メドゥの指先絡みの事件で匿っていた吸血鬼の少女を逃した責任を問われ、現在は伯爵家を廃嫡されて一人の平民となってここにいる。
修道院の運営資金は、ログナー家とアルベール家がそれぞれ出資を行っている。
ロレッタは家を離れた後、吸血鬼の少女捜索の為ドミニクと共に行動し、施設の業務を手伝うことになったのだ。
「きっとお父様たちなりの配慮なのでしょう。私としても、お屋敷暮らしよりこちらの生活の方が性に合っていますから。その点では感謝しないといけませんわね」
好奇心旺盛なお嬢様は全てを前向きに捉え、貴族でいた時以上に刺激があると、この状況を楽しんでいた。
●明日への祈り
ふと耳を澄ませば、外の庭から聞こえてくるのは、元気に遊ぶ子供たちの朗らかな声。
この修道院では、戦争や貧困などで親を亡くした孤児を引き取り、献身的に彼らの世話を行っているのだ。
「そういえば、今年ももうすぐ聖霊節の季節だね。こんな状況だけど、子供たちの為にもせめてささやかなお祝いくらいはしてあげたいね」
戦時下の緊急事態にある今だからこそ、子供たちには少しでも笑顔でいられるようにしてあげたい。
ドミニクの呼びかけに、シャルティナとロレッタも同じ気持ちだと頷いて、互いに意見を出し合った。
施設内の装飾には、ヒカリゴケを用いたテラリウムのランタンを。
子供たちを喜ばせるなら美味しい物を食べさせたいと、料理を作って食事会を開いて、楽しいひと時を一緒に過ごそう。
「こんなご時世だ。ここに祈りを捧げに来る人も、今より増えるかもしれない。そっちの対応も忙しくなりそうだ」
人類の存亡を賭けた決戦の勝利を願い、訪れる参拝者への対応も必要だと、シャルティナは頭を掻きながら考え込む。
「人手が必要でしたら、要請を出してみてはどうかしら。戦いの狭間の休息を兼ねて、皆様にも楽しんで頂きましょう」
決して敗北が許されない戦いに挑む冒険者たち。そんな彼らに僅かながらの安らぎを――ロレッタは労いの意味も込めて依頼の募集を提案する。
世界に大きな危機が訪れようと、日常はいつも通りであるように。
そして最後の決戦が終わってからも、人々の営みがずっと続いていられるように。
礼拝堂で祈りを済ませたロレッタは、窓越しに空を仰ぎ見ながら、物思いに耽る。
――クロエさんは今頃、何処で何をしていますのかしら。
ロレッタの脳裏に思い浮かぶのは、彼女がお友達だと親しく呼んだ吸血鬼の少女。
メドゥの指先幹部であった『黄の示指』討伐の際、逃亡を許し、あれから未だ行方を掴めていない。
それでも、必ず巡り合えると信じて止まず。ロレッタはその日を待ち侘びながら、想いを心の中に仕舞い込んだ――。
各国から多くの兵士が戦地へ送り込まれ、彼らはそこで死と隣り合わせの激闘を繰り広げている。
生きて帰還できるかどうかも分からない、明日をも知れぬ戦いに身を投じる兵士たち。
それでも彼らは生き延びなければいけないのだ。家族や大切な人が故郷で帰りを待っているから。
だがその一方で、帝国崩壊以降、戦乱に巻き込まれ、親を亡くして住むべき場所を失った子供たちも少なくない。
どれだけ悲劇が繰り返されようと、時は流れて季節は巡り、今年も聖霊節を迎える日が来た。
最後の戦いが決行される最中に過ごすこの一日は、何より特別な意味を持つだろう。
例年のような華やかムードは控え目に、今は戦士たちの無事と勝利を祈り、平和な日常が訪れることを、ただ願う――。
●戦時下の祝祭
――ゴールディ北西部、山の麓に建つ修道院。
この場所は嘗てメドゥの指先の一組織が利用していた、『楽園』と呼ばれていた施設。
『ガストーニ商会』なる貿易会社が、各地で子供を攫って施設に隔離し、慈善事業と称して裏で人身売買を行っていた。
しかし一連の事件は冒険者たちの活躍によって解決し、現在は新たな協力者の下で施設は再出発を図っていた。
「帝国での戦いも大詰めだね。人類の存亡を賭けた最終決戦……私たちがここでできるのは、戦地に向かった彼らの無事を、ただ折るだけしかないけれど」
礼拝堂内に掲げられた十字架を前に、ドミニク・ログナーは不安げに顔を顰めながら同胞たちの身を案じる。
「ま、心配したってしょうがねぇ。それよりも、今はアタシたちにしかできないことを、やりゃいいさ」
ドミニクを励ますように声を掛けるのは、ゴールディで情報屋を営むシャルティナ・カッツェ。
以前に事件で関わった縁もあり、彼女もまた修道院での活動に協力していた。
「そうですね。彼らの為にも、日常を守るのは大切なことですから。それはそうと……その衣装、よく似合ってますよ」
爽やかに微笑みながら目を細め、ドミニクはシャルティナに視線を向ける。
シャルティナが着用しているのは、施設での仕事着としての修道服だ。活動的な服を好む彼女が修道女に扮することは、普段着慣れないせいもあり、ドミニクに褒められると顔を赤らめ、少し恥ずかしそうに俯いた。
「あら、照れることはありませんわよ。ここではこれが正装ですから。それに、そういう反応をされると余計に可愛らしく思えますわよ」
シャルティナを宥めるような口振りで悪戯っぽく笑うのは、同じく修道服を身に纏ったロレッタ・アルベール。
リーンエス王国の伯爵令嬢だった彼女だが、メドゥの指先絡みの事件で匿っていた吸血鬼の少女を逃した責任を問われ、現在は伯爵家を廃嫡されて一人の平民となってここにいる。
修道院の運営資金は、ログナー家とアルベール家がそれぞれ出資を行っている。
ロレッタは家を離れた後、吸血鬼の少女捜索の為ドミニクと共に行動し、施設の業務を手伝うことになったのだ。
「きっとお父様たちなりの配慮なのでしょう。私としても、お屋敷暮らしよりこちらの生活の方が性に合っていますから。その点では感謝しないといけませんわね」
好奇心旺盛なお嬢様は全てを前向きに捉え、貴族でいた時以上に刺激があると、この状況を楽しんでいた。
●明日への祈り
ふと耳を澄ませば、外の庭から聞こえてくるのは、元気に遊ぶ子供たちの朗らかな声。
この修道院では、戦争や貧困などで親を亡くした孤児を引き取り、献身的に彼らの世話を行っているのだ。
「そういえば、今年ももうすぐ聖霊節の季節だね。こんな状況だけど、子供たちの為にもせめてささやかなお祝いくらいはしてあげたいね」
戦時下の緊急事態にある今だからこそ、子供たちには少しでも笑顔でいられるようにしてあげたい。
ドミニクの呼びかけに、シャルティナとロレッタも同じ気持ちだと頷いて、互いに意見を出し合った。
施設内の装飾には、ヒカリゴケを用いたテラリウムのランタンを。
子供たちを喜ばせるなら美味しい物を食べさせたいと、料理を作って食事会を開いて、楽しいひと時を一緒に過ごそう。
「こんなご時世だ。ここに祈りを捧げに来る人も、今より増えるかもしれない。そっちの対応も忙しくなりそうだ」
人類の存亡を賭けた決戦の勝利を願い、訪れる参拝者への対応も必要だと、シャルティナは頭を掻きながら考え込む。
「人手が必要でしたら、要請を出してみてはどうかしら。戦いの狭間の休息を兼ねて、皆様にも楽しんで頂きましょう」
決して敗北が許されない戦いに挑む冒険者たち。そんな彼らに僅かながらの安らぎを――ロレッタは労いの意味も込めて依頼の募集を提案する。
世界に大きな危機が訪れようと、日常はいつも通りであるように。
そして最後の決戦が終わってからも、人々の営みがずっと続いていられるように。
礼拝堂で祈りを済ませたロレッタは、窓越しに空を仰ぎ見ながら、物思いに耽る。
――クロエさんは今頃、何処で何をしていますのかしら。
ロレッタの脳裏に思い浮かぶのは、彼女がお友達だと親しく呼んだ吸血鬼の少女。
メドゥの指先幹部であった『黄の示指』討伐の際、逃亡を許し、あれから未だ行方を掴めていない。
それでも、必ず巡り合えると信じて止まず。ロレッタはその日を待ち侘びながら、想いを心の中に仕舞い込んだ――。
解説
●舞台
ゴールディの北西部、山の麓にある修道院。
嘗ては『楽園』と呼ばれ、メドゥの指先の組織が人身売買の取引場所として用いていました。
現在は、リーンエス王国の貴族であるログナー家とアルベール家が資金を共同出資し、運営されています。
●活動内容
・礼拝堂
戦勝祈願や親しい人の無事を願うなど、叶えたい想いを込めて祈りを捧げることができます。
・孤児とのお食事会
施設で暮らす子供たちと遊んだり、それぞれ考えた料理を作って一緒に食べるなどして楽しみます。
●NPC
『ロレッタ・アルベール』
リーンエス王国の貴族、アルベール伯爵の子女。
【毒杯】【虚夢】シリーズにおいて、メドゥの指先の陰謀阻止に力を尽くす。
一連の事件の中で、組織の構成員だった吸血鬼「クロエ」を逃した責任を背負い、伯爵家を廃嫡される。
現在はドミニクと一緒に修道院での業務を手伝いながら、クロエの捜索を続けている。
マスターより
明乃そらです。メリーユールフェス!!
今年の聖霊節は戦時下ということもあり、ささやかにお祝いするような形式となっています。
帝国での最終決戦が無事に終結することを願いつつ、戦いの合間の安らぎのひと時を心行くまでお過ごし下さいませ。
NPCのドミニクとシャルティナも同行しますので、ロレッタも含め、彼らへのアプローチなどございましたらプレイングにてお声掛け下さい。
リプレイ
●静謐なる祈り
人類の存亡を賭けた最後の決戦が間近に迫り、緊迫した不穏な空気が世界を包む。
しかし、聖霊節を迎えるこの日ばかりは特別で、戦いを忘れて穏やかな時間を過ごす人々の姿が各地で見られた。
「この場所に来るのも2年ぶりですか。無事に全て解決して、前に進んでいるのですね」
修道院を訪れたイズレンディル・パラリムは、懐かしそうに周囲の景色を見渡しながら、施設の中を散策する。
庭に目を向ければ、元気に遊び回る子供たちの姿が目に留まる。
ふと足を止め、その様子を眺めていると、一人の女の子がこちらを見つめていることに気付く。
外からの客が珍しいのか、興味深そうに視線を送る少女に、イズレンディルが手を振り返す。
そして話し掛けようかと少女の近くに行こうとした時、久しぶりだねと、懐かしい声が背後から聞こえた。
振り返ると、そこにはドミニク・ログナーが微笑みながら、今回の訪問を快く出迎えてくれた。
「こちらこそ。その節はお世話になりました。お元気そうで何よりです」
顔を合わせた二人は嬉しそうに挨拶を交わし、暫しの会話を楽しんだ。
長らく故郷に帰っていた為、この機会に各地で関わった人や施設を訪問中だと話すイズレンディル。
「また大きな戦いが始まりますね。この子たちの未来を護る為にも頑張って参ります」
施設の子供たちを見ながら目を細め、普段と変わらぬ口調ながらも、心の内には相応の覚悟を秘めている。
その為だったら命を賭ける価値もある。しかしそんな気持ちを表に出せば、心配をかけてしまうだろう。
だが、ドミニクには察するものがあったのか。敢えて何も言わずに、彼の言葉を黙って聞いて、頷いた。
「帝国の奪還が終わればまた伺いますね」
再び生きて戻って来れたなら――イズレンディルはそう願い、礼拝堂で祈りを捧げ、笑顔でこの地を立ち去った。
――厳かな雰囲気を纏う礼拝堂。
シルヴィア・A・カペルは、戦いに赴く前に気持ちの整理をつけようと、この修道院に足を運んだ。
掲げられた十字架に向かって跪き、手を組んで、そっと瞳を閉じて、静かに心の中で想いを告げる。
――祖母の意向で冒険者となり、最初に受けたのは帝国難民キャンプの依頼。
唯一の帝国貴族令嬢は、同胞達に指導者としての実力不足を指摘されていた。
周りから厳しい声を投げ掛けられる現実に、彼女はどんな思いでいただろう。
そんな令嬢に対し元兵士の言った言葉が、頭の中に今も印象深く残っている。
彼は難民という立場に甘んじず、実績を得て帝国奪還への足掛かりにしたいのだと――。
『軍人でもなく、戦の教育を受けたわけでもないお嬢さんに、そのときがわかるのか?』
そこで改めて思い知らされた。彼らの命を背負う以上、自身も命を賭ける覚悟が必要である、と。
平時なら、深窓の令嬢が軍略を求められることはない。
しかし、もし彼女が力をつけたのなら――焦燥をぶつけられても、その思いを受け止め、皆の結束を強められる筈。
『強くなるのって、難しいのですね』
やがて、元兵士の難民も令嬢も、気がつけば皆が揃って、真っ直ぐ前を向いていた。
その時に、〝私〟は帝国の強さと祖母の真意を汲み取ったのだ。
「辛い事もあったけれど……冒険者になって良かった」
悲しい別れの数々を無にしない為にも、この戦いは絶対に勝たなくては。
胸に刻んだ勝利の誓いは、この手で必ず成し遂げてみせる。
帝国を取り戻し、世界を平和に導く為に――。
修道院の一室から、賑やかな声が響き渡る。
そこには多くの子供たちが集い、無邪気に燥いで遊んでいた。
そして彼らの輪の中に、Alexandra・Hexe・Claudiaも一緒に混ざり、子供たちとの交流を図っていた。
折角の触れ合える機会でもあるし、こうすることで彼らから元気を得られたら。
などと考えながら、用意してきた折り紙を配って、それぞれが好きなように作って楽しんだ。
器用で上手に作れる子がいれば、一方で不器用でも苦心しながら時間を掛けて作る子だっている。
Alexandraも折り方を丁寧に教えながら、出来栄えを競わせるなどして盛り上げて、有意義な時間を過ごすのだった。
そしてひと通り遊んだ後は、ドミニクたちにも集まってもらい、彼らの為の記念にと、一枚の集合絵を描き始めた。
「……まあ、日頃の感謝と幸福が伝われば、それで良いと思ってますから」
大事な決戦を前にして、穏やかな日常の光景の一つをこの絵の中に残す。
真っ白な画布に筆を走らせるAlexandraは、ふと、一人の少女の顔を思い浮かべる。
「私の友人……今は亡き彼女には。こういった場所が望ましかったのだと思うと、つい……ね」
およそ面識はなかったけれども、気になっていて。せめて思い出をたくさんお土産にできたなら。
あの子がこの暖かい場所にいる光景を想像し、筆に想いを込めて絵を描き上げていくのであった。
●聖霊節の晩餐会
調理室では、お食事会の準備の為の料理作りが行われていた。
トーラは折角だからと手伝いに来て、子供たちが喜ぶモノを食べさせてあげようと腕を振るう。
そんな彼女が選んだメニューは、甘やかなお菓子のシュトーレン。
生地を捏ね、ドライフルーツやナッツを混ぜて、生地を伸ばして形を作る。
簡単な作業は子供たちにもやってもらって、一緒に楽しく、和やかな空気の中で作業は順調に進んでいった。
後は窯に火を焚べ、焼き上げて。バターを塗って、粉砂糖をまぶせば、美味しそうなシュトーレンの出来上がり。
「これは後で少しずつ食べて下さい。時間を置けば、味が馴染んでもっと美味しくなりますからね?」
日にちをかけた方が熟成し、味わいが増すと、子供たちに食べ方を説明するトーラ。
お菓子作りが一区切りして、次は依頼で関わった人たちへの挨拶を。
「ドミニクさん、マリアベル討伐の際はお世話になりました。ロレッタさんはこちらの生活に慣れましたか?」
赴いた先は礼拝堂。ドミニクと共に訪問者の対応をしていたロレッタ・アルベールと再会し、元気な様子に安堵する。
「ご無沙汰ですわね。退屈なお屋敷暮らしより、こちらの方が私の性に合いますわ」
華やかな貴族生活から慎ましく質素な暮らしに変わったが、むしろ以前より活き活きとしている印象だ。
話したいことは色々あるが、トーラが特に気になっているのはクロエの件だ。
メドゥの右腕が生んだ人類の敵たる吸血鬼――永遠に世界の為に戦える種族を創ろうとした理念の産物。
「本来の意図とは外れていても、その起源は決して邪悪なものでは無かったんだと思います」
そうした点から、クロエも存在自体は悪ではないと、トーラは考え、信じている。
だから二人には、どうか幸せな結末を迎えてほしいと、心の底から願うのだった。
「それにしても、アンタが廃嫡されていたとはな。……まあ、クロエの件で誰かが責任を取る必要があった以上、致し方ないことだとは思うが」
吸血鬼の少女を討伐できず、みすみす逃した。その現場にはナハティガル=ラーも立ち会っていた。
しかし事件に関わった冒険者たちにお咎めはなく、代わりにロレッタが伯爵家から追放される形で処分を受けた。
「依頼主が責任を負うのは当然ですわ。それに、自由に振る舞える今の生活の方が、私としては気に入っていますから」
伯爵令嬢という地位を失ったにも関わらず、当のロレッタはあっけらかんとしていて笑みすら浮かべ、むしろ解放された気分だと、この辺境の地での活動を満喫しているようだった。
どうやら杞憂だったかと、ナハティガルは納得しながら話を切り替え、自分も食事会に協力したいと名乗りを上げる。
「――凝った料理は作れんが。何か手伝える事があれば言え」
どうせ作るなら、子供も大人も好むカレーライスはどうだろうかと。ぶっきらぼうな口調で提案を告げる鬼人の青年に、ロレッタは構いませんわと大きく頷き、その申し出を快く了承する。
料理の仕込みを手伝いながら、ナハティガルは気になっていたことを彼女に訊ねた。
それは現在も捜索中のクロエの行方だ。果たして、どの程度目星はついているのか。
「……俺がクロエでも、同じ様に姿を消しただろうな」
個人的にはそっとしておきたいところだが、この件は彼女たち二人の問題だ。これ以上、口を挟むのは野暮だろう。
「それはそうと。あの双子――アンジュとシエルはどうしてる? 元気にしているか?」
そういえば、と思い浮かんだのは、嘗て敵として刃を交わした、幼い殺し屋の双子の姉弟。
境遇が似ているからか、近況を知りたくて聞くと。
ロレッタは髪を靡かせながら、振り向いて。ふわりと微笑み、返答した。
「あの子たちのことならご心配なく。今ではすっかり普通の子供らしい、平穏な日常を送っていますわ」
「――お久し振り、ロレッタさん。修道女姿も板についているわね」
数カ月ぶりに顔を合わせたザザ=ステルヴィナは、ロレッタが伯爵家を廃嫡されたと聞いて心配していた。
が、彼女の元気な様子を見る限り、取り越し苦労だったと、その強かさに感心しながら安堵する。
「クロエさんも、何処かで見守ってくれているのではないかしら?」
あの日以降、行方を掴めていない吸血鬼の少女。その足取りを追っているロレッタに、例え気休め程度でも、心配しないでほしいと慰めの言葉を掛けるザザ。
――何となく、そんな気がするの。
自分の直感を信じるザザに、私もそう思っていますわ、とロレッタも同じ気持ちだと伝え、空を仰ぎ見ながら〝彼女〟の顔を思い浮かべた。
挨拶を済ませると、ザザはお食事会の準備をしようと料理作りの手伝いに励む。
食材を洗ったり、調理の下拵えをしたり。
「林檎の芯をくり抜いたら、串で表面に穴をあけていって」
子供たちと一緒になって、時々教えたりしながら、手際よく作業を進める。
今回作るメニューは、食後のデザート用の『焼き林檎』。
林檎の中にバターとお砂糖と蜂蜜を詰めて、後はじっくり焼き上げるだけ。
「熱々のうちにお皿に盛り付けるわよん。お好みでアイスもトッピングしてね」
料理の完成に、爛々と目を輝かせる子供たち。そんな彼らを微笑ましく思いながら、ザザはふと閃いて声を掛ける。
――食べ終わったら、余興で戦勝祈願の舞踏を披露したいから、私と一緒に歌ったり踊ったりしてみない?
今宵の祝祭の宴は、ささやかながらも幸せに。この日のような穏やかな日々が、ずっと続くことを願って――。
●それぞれが歩むべき明日へ
「メリーユールフェスか。この時期になると、街の中が幸せそうな色になったのを覚えているよ」
「確かに、街が暖かな色に染まりますね。今年は控えめですけれど……」
冷たい風が肌を掠める真冬の季節。アルフィー・リッパーとネーヴェ・グラヌローザは互いに寄り添い、山の麓の修道院を訪れた。
アルフィーの脳裏に過ぎるのは、故郷を失くした幼い頃の記憶。
薄汚い野良ネコ、なんて言われて蹴られたこともあったりした。
寒さに体を震わせ、明かりが灯った家の中を窓からそっと覗いたら、美味しそうなご飯が並んでいたのが印象的だった。
懐かしそうに、しかし少し物憂げな表情を見せるアルフィーに、ネーヴェは彼の顔に手を伸ばして頬に触れ、目を見つめながら囁きかける。
「……今日は私たちも、その〝色〟を塗る側ですわ。一緒に頑張りましょう」
まるで心を見透かされているような、彼女の優しい声に、アルフィーも顔を綻ばせて、頷いた。
「じいちゃんが生きていたときは賑やかなお祝いこそしなかったけど、シチューの上にパイを付けてポットパイを作ったんだ。今日は子供たちにそれをつくろうかなって思う」
身寄りのない自分を拾い、育ててくれた一人の老人。
決して裕福ではなかったが、その時感じた温もりは、今も忘れずに覚えている。
この施設の子供たちは、嘗ての自分と似た境遇だ。だから楽しい思い出を作ろうと、心に残る料理を食べてもらうのだ。
「アルフィーさんの思い出の味なんですのね。ふふっ、分かります。まるでプレゼントボックスみたいですよね」
実に彼らしい気遣いが溢れていると、微笑むネーヴェ。
一方、そんな彼女が作るのは、特製スパイスを塗して焼いたチキン。
「睡狼窟の仲間とユールフェスのお祝いをした時に、親友と一緒に作って出したら好評だったんです」
今回は子供向けにと辛さを控え、お肉の美味しさを味わってもらえたら、と。
二人で共同作業をしながら過ごす時間は、とても楽しくて、幸せで。
料理も完成に近付いた頃、アルフィーがぽつりと小声で呟いた。
「あのさ……」
と言ったところで、何ですか? とネーヴェが訊ね返すも、次の言葉が出てこない。
その先は、結局言えずに飲み込んで、胸の奥へと仕舞い込んだ。
何を言いたかったのか。ネーヴェは不思議そうに首を傾げるが、そうこうしているうちに料理が完成していた。
後は料理を戴くだけだが、その前に、皆でユールフェスの歌を合唱しようと呼びかける。
やがて、子供たちの清らかな歌声が響く中、アルフィーは言いかけた言葉を思い返し、心の中で密やかに願った。
視線の先には、流麗に歌を奏でるネーヴェの姿。これからも、彼女と一緒に――。
食堂から聴こえる、子供たちの明るい笑い声。
料理を食べ終えた後は、歌や踊りで祝祭の気分を盛り上げる。
皆が楽しむその最中、ロレッタは宴の途中で一人立ち去り、礼拝堂へと戻っていった。
するとその先には、リコリス・アデュラリアが帰りを待っていたかのように、出迎えた。
「マリアベル討伐に貢献したとはいえ、流石に処罰は無し、とはいきませんでしたか」
吸血鬼を取り逃した責任は重く、依頼主として全てを一人で背負った伯爵令嬢。
最も、廃嫡で処分が済んだのは温情かもしれない。それに、本人に悔いが無いと言うなら、彼女の決断を尊重するだけ。
「リコリスさんにも、これまで何かとお世話になりましたわね。ここへは、お祈りにでも?」
ロレッタは笑顔で一礼しながら、折角ですからこちらへどうぞ、とリコリスを奥の部屋へと案内する。
淹れた紅茶をテーブルに置き、椅子に腰掛けながら会話する二人。
互いの近況を話題にしながら、リコリスは逃げたクロエの捜索に関する話を切り出す。
「彼女に縁深い場所で行きそうな所は故郷以外だと、実母の墓ではないかと推測しまして。商会などに埋葬の記録が残っていれば、その可能性もあるのでは?」
居場所について思いついたことを語るリコリス。
ではそちらも調査してみましょう、とロレッタは感謝を述べつつ、彼女の提案を受け入れる。
そして紅茶を一口含んだ後、ところで……と、静かな口調に変わって、帝都行きの件を訊く。
「……私も帝都の戦いに参加しますが、まあ、すべき事があるので生きて戻るつもりです」
一瞬、言葉を飲み込み、戦いへの決意を告げるエルフの乙女。
ここへ足を運んだのは、それを伝える為でもあると。最後の決戦を前にして、彼女に聞いてほしかったのだ。
「クロエを逃がした責任の一端もありますし……他にも、その方が生きている間は、仕えると約束した貴族も居ますので」
一連の事件に関わり続けてきた以上、リコリスにも少なからず思うところはある。
そして帝都での戦いが終わった後は、とある貴族に仕える。それこそが、今の彼女の望みであった。
「特定の誰か、特に貴族に仕えるのは面倒なので避けるつもりでしたが……まあ、借りが出来てしまったので」
話を聞き終えた後、ロレッタはリコリスの目を真っ直ぐ見つめ――貴女は自分が信じた道を歩めばいい、と口元を緩め、優しい笑顔を向けるのだった。
――今頃は、この空の下で〝彼女〟は何を想っているのだろう。
ランタンの灯りが照らす夜の景色を窓から眺め、ロレッタは想いを巡らせ、抱く気持ちをリコリスに告げる。
……私も必ず、誓いを果たしてみせましょう。あの子の最期を見届け終える、その日が来るまで――。
人類の存亡を賭けた最後の決戦が間近に迫り、緊迫した不穏な空気が世界を包む。
しかし、聖霊節を迎えるこの日ばかりは特別で、戦いを忘れて穏やかな時間を過ごす人々の姿が各地で見られた。
「この場所に来るのも2年ぶりですか。無事に全て解決して、前に進んでいるのですね」
修道院を訪れたイズレンディル・パラリムは、懐かしそうに周囲の景色を見渡しながら、施設の中を散策する。
庭に目を向ければ、元気に遊び回る子供たちの姿が目に留まる。
ふと足を止め、その様子を眺めていると、一人の女の子がこちらを見つめていることに気付く。
外からの客が珍しいのか、興味深そうに視線を送る少女に、イズレンディルが手を振り返す。
そして話し掛けようかと少女の近くに行こうとした時、久しぶりだねと、懐かしい声が背後から聞こえた。
振り返ると、そこにはドミニク・ログナーが微笑みながら、今回の訪問を快く出迎えてくれた。
「こちらこそ。その節はお世話になりました。お元気そうで何よりです」
顔を合わせた二人は嬉しそうに挨拶を交わし、暫しの会話を楽しんだ。
長らく故郷に帰っていた為、この機会に各地で関わった人や施設を訪問中だと話すイズレンディル。
「また大きな戦いが始まりますね。この子たちの未来を護る為にも頑張って参ります」
施設の子供たちを見ながら目を細め、普段と変わらぬ口調ながらも、心の内には相応の覚悟を秘めている。
その為だったら命を賭ける価値もある。しかしそんな気持ちを表に出せば、心配をかけてしまうだろう。
だが、ドミニクには察するものがあったのか。敢えて何も言わずに、彼の言葉を黙って聞いて、頷いた。
「帝国の奪還が終わればまた伺いますね」
再び生きて戻って来れたなら――イズレンディルはそう願い、礼拝堂で祈りを捧げ、笑顔でこの地を立ち去った。
――厳かな雰囲気を纏う礼拝堂。
シルヴィア・A・カペルは、戦いに赴く前に気持ちの整理をつけようと、この修道院に足を運んだ。
掲げられた十字架に向かって跪き、手を組んで、そっと瞳を閉じて、静かに心の中で想いを告げる。
――祖母の意向で冒険者となり、最初に受けたのは帝国難民キャンプの依頼。
唯一の帝国貴族令嬢は、同胞達に指導者としての実力不足を指摘されていた。
周りから厳しい声を投げ掛けられる現実に、彼女はどんな思いでいただろう。
そんな令嬢に対し元兵士の言った言葉が、頭の中に今も印象深く残っている。
彼は難民という立場に甘んじず、実績を得て帝国奪還への足掛かりにしたいのだと――。
『軍人でもなく、戦の教育を受けたわけでもないお嬢さんに、そのときがわかるのか?』
そこで改めて思い知らされた。彼らの命を背負う以上、自身も命を賭ける覚悟が必要である、と。
平時なら、深窓の令嬢が軍略を求められることはない。
しかし、もし彼女が力をつけたのなら――焦燥をぶつけられても、その思いを受け止め、皆の結束を強められる筈。
『強くなるのって、難しいのですね』
やがて、元兵士の難民も令嬢も、気がつけば皆が揃って、真っ直ぐ前を向いていた。
その時に、〝私〟は帝国の強さと祖母の真意を汲み取ったのだ。
「辛い事もあったけれど……冒険者になって良かった」
悲しい別れの数々を無にしない為にも、この戦いは絶対に勝たなくては。
胸に刻んだ勝利の誓いは、この手で必ず成し遂げてみせる。
帝国を取り戻し、世界を平和に導く為に――。
修道院の一室から、賑やかな声が響き渡る。
そこには多くの子供たちが集い、無邪気に燥いで遊んでいた。
そして彼らの輪の中に、Alexandra・Hexe・Claudiaも一緒に混ざり、子供たちとの交流を図っていた。
折角の触れ合える機会でもあるし、こうすることで彼らから元気を得られたら。
などと考えながら、用意してきた折り紙を配って、それぞれが好きなように作って楽しんだ。
器用で上手に作れる子がいれば、一方で不器用でも苦心しながら時間を掛けて作る子だっている。
Alexandraも折り方を丁寧に教えながら、出来栄えを競わせるなどして盛り上げて、有意義な時間を過ごすのだった。
そしてひと通り遊んだ後は、ドミニクたちにも集まってもらい、彼らの為の記念にと、一枚の集合絵を描き始めた。
「……まあ、日頃の感謝と幸福が伝われば、それで良いと思ってますから」
大事な決戦を前にして、穏やかな日常の光景の一つをこの絵の中に残す。
真っ白な画布に筆を走らせるAlexandraは、ふと、一人の少女の顔を思い浮かべる。
「私の友人……今は亡き彼女には。こういった場所が望ましかったのだと思うと、つい……ね」
およそ面識はなかったけれども、気になっていて。せめて思い出をたくさんお土産にできたなら。
あの子がこの暖かい場所にいる光景を想像し、筆に想いを込めて絵を描き上げていくのであった。
●聖霊節の晩餐会
調理室では、お食事会の準備の為の料理作りが行われていた。
トーラは折角だからと手伝いに来て、子供たちが喜ぶモノを食べさせてあげようと腕を振るう。
そんな彼女が選んだメニューは、甘やかなお菓子のシュトーレン。
生地を捏ね、ドライフルーツやナッツを混ぜて、生地を伸ばして形を作る。
簡単な作業は子供たちにもやってもらって、一緒に楽しく、和やかな空気の中で作業は順調に進んでいった。
後は窯に火を焚べ、焼き上げて。バターを塗って、粉砂糖をまぶせば、美味しそうなシュトーレンの出来上がり。
「これは後で少しずつ食べて下さい。時間を置けば、味が馴染んでもっと美味しくなりますからね?」
日にちをかけた方が熟成し、味わいが増すと、子供たちに食べ方を説明するトーラ。
お菓子作りが一区切りして、次は依頼で関わった人たちへの挨拶を。
「ドミニクさん、マリアベル討伐の際はお世話になりました。ロレッタさんはこちらの生活に慣れましたか?」
赴いた先は礼拝堂。ドミニクと共に訪問者の対応をしていたロレッタ・アルベールと再会し、元気な様子に安堵する。
「ご無沙汰ですわね。退屈なお屋敷暮らしより、こちらの方が私の性に合いますわ」
華やかな貴族生活から慎ましく質素な暮らしに変わったが、むしろ以前より活き活きとしている印象だ。
話したいことは色々あるが、トーラが特に気になっているのはクロエの件だ。
メドゥの右腕が生んだ人類の敵たる吸血鬼――永遠に世界の為に戦える種族を創ろうとした理念の産物。
「本来の意図とは外れていても、その起源は決して邪悪なものでは無かったんだと思います」
そうした点から、クロエも存在自体は悪ではないと、トーラは考え、信じている。
だから二人には、どうか幸せな結末を迎えてほしいと、心の底から願うのだった。
「それにしても、アンタが廃嫡されていたとはな。……まあ、クロエの件で誰かが責任を取る必要があった以上、致し方ないことだとは思うが」
吸血鬼の少女を討伐できず、みすみす逃した。その現場にはナハティガル=ラーも立ち会っていた。
しかし事件に関わった冒険者たちにお咎めはなく、代わりにロレッタが伯爵家から追放される形で処分を受けた。
「依頼主が責任を負うのは当然ですわ。それに、自由に振る舞える今の生活の方が、私としては気に入っていますから」
伯爵令嬢という地位を失ったにも関わらず、当のロレッタはあっけらかんとしていて笑みすら浮かべ、むしろ解放された気分だと、この辺境の地での活動を満喫しているようだった。
どうやら杞憂だったかと、ナハティガルは納得しながら話を切り替え、自分も食事会に協力したいと名乗りを上げる。
「――凝った料理は作れんが。何か手伝える事があれば言え」
どうせ作るなら、子供も大人も好むカレーライスはどうだろうかと。ぶっきらぼうな口調で提案を告げる鬼人の青年に、ロレッタは構いませんわと大きく頷き、その申し出を快く了承する。
料理の仕込みを手伝いながら、ナハティガルは気になっていたことを彼女に訊ねた。
それは現在も捜索中のクロエの行方だ。果たして、どの程度目星はついているのか。
「……俺がクロエでも、同じ様に姿を消しただろうな」
個人的にはそっとしておきたいところだが、この件は彼女たち二人の問題だ。これ以上、口を挟むのは野暮だろう。
「それはそうと。あの双子――アンジュとシエルはどうしてる? 元気にしているか?」
そういえば、と思い浮かんだのは、嘗て敵として刃を交わした、幼い殺し屋の双子の姉弟。
境遇が似ているからか、近況を知りたくて聞くと。
ロレッタは髪を靡かせながら、振り向いて。ふわりと微笑み、返答した。
「あの子たちのことならご心配なく。今ではすっかり普通の子供らしい、平穏な日常を送っていますわ」
「――お久し振り、ロレッタさん。修道女姿も板についているわね」
数カ月ぶりに顔を合わせたザザ=ステルヴィナは、ロレッタが伯爵家を廃嫡されたと聞いて心配していた。
が、彼女の元気な様子を見る限り、取り越し苦労だったと、その強かさに感心しながら安堵する。
「クロエさんも、何処かで見守ってくれているのではないかしら?」
あの日以降、行方を掴めていない吸血鬼の少女。その足取りを追っているロレッタに、例え気休め程度でも、心配しないでほしいと慰めの言葉を掛けるザザ。
――何となく、そんな気がするの。
自分の直感を信じるザザに、私もそう思っていますわ、とロレッタも同じ気持ちだと伝え、空を仰ぎ見ながら〝彼女〟の顔を思い浮かべた。
挨拶を済ませると、ザザはお食事会の準備をしようと料理作りの手伝いに励む。
食材を洗ったり、調理の下拵えをしたり。
「林檎の芯をくり抜いたら、串で表面に穴をあけていって」
子供たちと一緒になって、時々教えたりしながら、手際よく作業を進める。
今回作るメニューは、食後のデザート用の『焼き林檎』。
林檎の中にバターとお砂糖と蜂蜜を詰めて、後はじっくり焼き上げるだけ。
「熱々のうちにお皿に盛り付けるわよん。お好みでアイスもトッピングしてね」
料理の完成に、爛々と目を輝かせる子供たち。そんな彼らを微笑ましく思いながら、ザザはふと閃いて声を掛ける。
――食べ終わったら、余興で戦勝祈願の舞踏を披露したいから、私と一緒に歌ったり踊ったりしてみない?
今宵の祝祭の宴は、ささやかながらも幸せに。この日のような穏やかな日々が、ずっと続くことを願って――。
●それぞれが歩むべき明日へ
「メリーユールフェスか。この時期になると、街の中が幸せそうな色になったのを覚えているよ」
「確かに、街が暖かな色に染まりますね。今年は控えめですけれど……」
冷たい風が肌を掠める真冬の季節。アルフィー・リッパーとネーヴェ・グラヌローザは互いに寄り添い、山の麓の修道院を訪れた。
アルフィーの脳裏に過ぎるのは、故郷を失くした幼い頃の記憶。
薄汚い野良ネコ、なんて言われて蹴られたこともあったりした。
寒さに体を震わせ、明かりが灯った家の中を窓からそっと覗いたら、美味しそうなご飯が並んでいたのが印象的だった。
懐かしそうに、しかし少し物憂げな表情を見せるアルフィーに、ネーヴェは彼の顔に手を伸ばして頬に触れ、目を見つめながら囁きかける。
「……今日は私たちも、その〝色〟を塗る側ですわ。一緒に頑張りましょう」
まるで心を見透かされているような、彼女の優しい声に、アルフィーも顔を綻ばせて、頷いた。
「じいちゃんが生きていたときは賑やかなお祝いこそしなかったけど、シチューの上にパイを付けてポットパイを作ったんだ。今日は子供たちにそれをつくろうかなって思う」
身寄りのない自分を拾い、育ててくれた一人の老人。
決して裕福ではなかったが、その時感じた温もりは、今も忘れずに覚えている。
この施設の子供たちは、嘗ての自分と似た境遇だ。だから楽しい思い出を作ろうと、心に残る料理を食べてもらうのだ。
「アルフィーさんの思い出の味なんですのね。ふふっ、分かります。まるでプレゼントボックスみたいですよね」
実に彼らしい気遣いが溢れていると、微笑むネーヴェ。
一方、そんな彼女が作るのは、特製スパイスを塗して焼いたチキン。
「睡狼窟の仲間とユールフェスのお祝いをした時に、親友と一緒に作って出したら好評だったんです」
今回は子供向けにと辛さを控え、お肉の美味しさを味わってもらえたら、と。
二人で共同作業をしながら過ごす時間は、とても楽しくて、幸せで。
料理も完成に近付いた頃、アルフィーがぽつりと小声で呟いた。
「あのさ……」
と言ったところで、何ですか? とネーヴェが訊ね返すも、次の言葉が出てこない。
その先は、結局言えずに飲み込んで、胸の奥へと仕舞い込んだ。
何を言いたかったのか。ネーヴェは不思議そうに首を傾げるが、そうこうしているうちに料理が完成していた。
後は料理を戴くだけだが、その前に、皆でユールフェスの歌を合唱しようと呼びかける。
やがて、子供たちの清らかな歌声が響く中、アルフィーは言いかけた言葉を思い返し、心の中で密やかに願った。
視線の先には、流麗に歌を奏でるネーヴェの姿。これからも、彼女と一緒に――。
食堂から聴こえる、子供たちの明るい笑い声。
料理を食べ終えた後は、歌や踊りで祝祭の気分を盛り上げる。
皆が楽しむその最中、ロレッタは宴の途中で一人立ち去り、礼拝堂へと戻っていった。
するとその先には、リコリス・アデュラリアが帰りを待っていたかのように、出迎えた。
「マリアベル討伐に貢献したとはいえ、流石に処罰は無し、とはいきませんでしたか」
吸血鬼を取り逃した責任は重く、依頼主として全てを一人で背負った伯爵令嬢。
最も、廃嫡で処分が済んだのは温情かもしれない。それに、本人に悔いが無いと言うなら、彼女の決断を尊重するだけ。
「リコリスさんにも、これまで何かとお世話になりましたわね。ここへは、お祈りにでも?」
ロレッタは笑顔で一礼しながら、折角ですからこちらへどうぞ、とリコリスを奥の部屋へと案内する。
淹れた紅茶をテーブルに置き、椅子に腰掛けながら会話する二人。
互いの近況を話題にしながら、リコリスは逃げたクロエの捜索に関する話を切り出す。
「彼女に縁深い場所で行きそうな所は故郷以外だと、実母の墓ではないかと推測しまして。商会などに埋葬の記録が残っていれば、その可能性もあるのでは?」
居場所について思いついたことを語るリコリス。
ではそちらも調査してみましょう、とロレッタは感謝を述べつつ、彼女の提案を受け入れる。
そして紅茶を一口含んだ後、ところで……と、静かな口調に変わって、帝都行きの件を訊く。
「……私も帝都の戦いに参加しますが、まあ、すべき事があるので生きて戻るつもりです」
一瞬、言葉を飲み込み、戦いへの決意を告げるエルフの乙女。
ここへ足を運んだのは、それを伝える為でもあると。最後の決戦を前にして、彼女に聞いてほしかったのだ。
「クロエを逃がした責任の一端もありますし……他にも、その方が生きている間は、仕えると約束した貴族も居ますので」
一連の事件に関わり続けてきた以上、リコリスにも少なからず思うところはある。
そして帝都での戦いが終わった後は、とある貴族に仕える。それこそが、今の彼女の望みであった。
「特定の誰か、特に貴族に仕えるのは面倒なので避けるつもりでしたが……まあ、借りが出来てしまったので」
話を聞き終えた後、ロレッタはリコリスの目を真っ直ぐ見つめ――貴女は自分が信じた道を歩めばいい、と口元を緩め、優しい笑顔を向けるのだった。
――今頃は、この空の下で〝彼女〟は何を想っているのだろう。
ランタンの灯りが照らす夜の景色を窓から眺め、ロレッタは想いを巡らせ、抱く気持ちをリコリスに告げる。
……私も必ず、誓いを果たしてみせましょう。あの子の最期を見届け終える、その日が来るまで――。
マスターコメント
皆様、お疲れ様でした。
戦時下で迎えるささやかな雰囲気の聖霊節、少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
帝都での決戦も終わりが近付いてきましたが、皆様がここで祈ったように、全員が無事に戻られることを切に願います。
この度はご参加ありがとうございました。
そして、決戦に行かれる方は、どうかご武運を。
イベントシナリオ易しい 報酬:標準9 / 4〜25人
2023年12月27日 09時36分10秒 公開
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