【突壁】汚れた鍛冶の後始末
馬車猪
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シナリオID:3340
オープニング
帝国過激派の拠点の1つが飢えに襲われていた。
「また奴かっ」
指揮官の顔が怒りで歪んでいる。
糧食を運んで来るはずの輸送隊が頻繁に襲われ、しかもその襲撃者が他国出身の小娘なのだ。
その小娘の手勢は10程度でしかなく、正面から戦うならこの拠点の駐留戦力だけで軽く蹴散らせる。
「今回は無事撃退を……」
報告してくる士官の表情は空腹と緊張で青ざめている。
「小娘は手薄な部隊しか襲わない。その程度のことすら分からないのかっ」
指揮官が怒鳴る。
こちらを消耗させるのが目的なのは分かっている。
小娘の手勢は弓使いが主力の軽装高速部隊。軍事的には劣化ケンタウルスでしかない。
「糞っ」
1度遠目に見た、ピンク髪と金目と紫目の嘲笑が今でも鮮明に思い出せる。
大義も志も軽視する態度を思い出すたびに腸が煮えくりかえる。
戦力はケンタウロスもどきでも人類の知恵があれば、敵対者を追い込むことなど容易だった。
「隊長! 商会の者が面会を求めています」
「無視しろっ」
別の報告を持って来た別の士官を怒鳴りつける。
例の武器を生産していた商会は対等の立場と勘違いしているのだろうが、帝国過激派にとっては使い捨ての道具の1つでしかない。
「例のキメラを小娘にぶつける。直ちに準備させろ」
「はっ……」
忠実な部下が一瞬ではあるがためらった。
不具合が深刻になりつつあるキメラは、決定的な場面でのみ投入することになっていたからだ。
しかし今のままでは拠点が枯死しかねない。
帝国過激派達は、手札の1つを使い潰すことに決めた。
●
その小娘である。
(信頼できない情報源に頼るのは嫌よねぇ)
(お嬢様、今は頼らないと事業も作戦も破綻してしまいますよ)
過激派の砦が見下ろせる丘の茂みに隠れたたまま会話が交わされている。
(代官様! ビヒモー型魔獣が合流しました!)
(報告御苦労。一応魔獣ではないはずだから音声での報告の際は気を付けなさい)
(はい!)
帝国でできた部下は、衣食住に給料まで良い職場に満足して士気が高い。
(私達の何倍の速さで強くなっているのかしらね)
通話先を元に戻したセニャは少しだけいじけている。
(冒険者の皆さんはその数倍ですから……)
故郷から付いてきてくれた部下は楽しげだ。主君が安全な場所にいてくれるなら心労も減る。
(時間ね。目標が移動する前に仕留めるわよ)
セニャがテレパスと同時に指でも合図を送る。
全高5メートルに達する特大ビヒモーを先頭に、砦攻めが始まった。
●
過激派は悪名高いが実力には定評がある。
奇襲には防壁に近付かれる前に気付き、即座に反撃を開始する。
迎撃の矢が直撃しても特大のビヒモーは速度を緩めない。
偽装された落とし穴を見抜いているかのように回避して、そのまま分厚く高い防壁に体当たりする。
ビヒモーは群れだ。
特大ビヒモーと入れ替わりに一回り小柄なビヒモーが次々に体当たりをして防壁の亀裂と崩れ具合を拡大。
1分もたたずに強固な防壁にビヒモーが並んで通れる大穴が開いた。
「何をしている。迎撃しろ!」
過激派の部隊を1つ任された指揮官が動揺を隠せていない。
害のある武器がなければろくに戦力になれない雑魚とは違い、今この拠点に残っているのはそこそこ以上の精鋭だ。
数は少なくても普通の魔獣やビヒモーの群れなどに遅れをとらないはずだった。
「歩調をあわせてー。はい1、2! 1、2!」
貧乏臭い装備の授恵者が特大ビヒモー達を誘導している。
それを焼き殺そうと術を使おうとした精鋭キャスターが、ビヒモーの後方から10近く飛んで来た矢に刺し貫かれ即死する。
同数であれば襲撃者を容易に撃退できたはずの帝国過激派部隊が確実にその数を減らしていく。
そんな状況で、ようやくキメラの出撃準備が完了した。
●
彼の記憶は苦痛でできている。
加工されてからは息を吸うだけでも痛みを伴い、全力を出せばそれだけで人格がかき消されるほどの苦痛に襲われる。
北壁山脈という厳しい環境で育ち自らを鋭く鍛え上げた男子の姿は既になく、虚ろな表情のまま半開きの口から涎が垂れ続けていた。
「ビヒモーは下がりなさい! 弓隊はその援護!」
倉庫の扉が開く途中でセニャが叫ぶ。
その警告は早くはあったが十分ではない。
倉庫の大きさと比較すれば狭い空間をするりと抜けて、遠目からは白い狐に見える何かがセニャへ飛び掛かる。
相手の脚が地についていないのにセニャは躱しきれない。
基本的な身体能力はもちろん身につけた武技もおそらく才能までセニャが負けている。
激しい戦闘で上気した肌に、鮮血の赤が毒々しい彩りを添えた。
「代官様っ!?」
襲撃側が目に見えて動揺する。
セニャは良くも悪くも独裁的だ。
つまり彼女が崩れると部下も崩れる。
深手を負っただけで激しく動揺してしまうのだ。
「殺せ! 桃髪女を殺すのを最優先にしろ!!」
帝国過激派が命令を下す。
セニャのその配下も軽装高速だが白狐の速度はそれ以上。
今なら確実に殺せると判断し、取消困難な強い命令を下してしまった。
セニャが後ろへ跳躍を行い、それ以上の速度で白狐が追撃する。
狐魔獣の首の代わりのパーツが、鋭い一撃を繰り出そうとする。
「……とうさん?」
半開きの口から数ヶ月ぶりに人の言葉が零れる。
キメラの急所を狙っていた刃が、微かに震えて狙いがずれた。
(それを外すのっ!?)
セニャとその配下全てが囮になって目標を倒すという作戦であったのにこれでは達成は不可能だ。
残り少ない体力を注ぎ込んで白狐に刺突を浴びせても半分も当たらない。
不意討ちに失敗した隠密も攻撃に加わっても白狐の優勢のままだ。
このまま戦えば、白狐の勝利はほぼ確実だった。
「……なんだと?」
過激派指揮官が呆然とする。
軽傷ですらないキメラが身を翻す。敵も味方もすりぬけ砦の防壁を駆け上がりその向こうへ消える。
「私を確実に殺そうとするなら、私が絶対に逃げられない状況を待って襲う方が簡単よね。……判断力が劣化していて助かったわ」
セニャは携帯式の狼煙を地面に叩きつける。
過激派の兵士が即座に叩きつぶすが、狼煙が砕け散りながら特徴的な色の煙を生じさせる。
「すぐに冒険者が来るから逃げたら? 貴方達では万に一つも勝てないでしょうし」
嘲笑するセニャを、怒り狂った過激派達が包囲しようとしていた。
●
セニャが死闘を繰り広げる数日前。
冒険者ギルド職員が冒険者に対して説明を行っていた。
「以上が作戦になります。皆さんの担当はキメラを除く過激派部隊の撃破、および大型ビヒモーの回収です」
高速キメラを仕留めるため帝国の戦力が動いている。
確実に仕留めるために最初は少ない戦力で過激派部隊の拠点に攻め込むので、冒険者が戦闘参加する頃には現地の帝国戦力はぼろぼろになっている可能性大。そして実際にそうなった。
「罪のない人々を大量に消費してきた連中です。ここで確実に仕留めて下さい」
まずは人間を材料にする武器を造ろうとする者達の根絶。キメラはその次であった。
解説
マスターより
リプレイ
激怒させられた帝国過激派達は、同一部隊の装備で顔まで隠しているという怪しさを直前まで見抜けなかった。
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトが振り下ろした漆黒の刃が、防御は間に合ったはずの過激派ウォーリアの盾を半ばまで押して斬る。
盾も悲惨だが盾の後ろはもっと悲惨だ。
盾を支えた腕は力負けして骨と筋肉を痛め、生存に不可欠な胴は肩から心の臓まで破壊され周囲に鮮血と悲鳴を撒き散らした。
「セニャ、すまない。遅くなった。俺が来たからにはもう安心だ!」
アルベルトの振り返る動作は横向きの斬撃を放つための動作も含んでいる。
セニャと高速で斬撃と回避行動でやり合っていたもう1人が盾で受け損ねて深手を負う。
「俺のセニャを斬ろうするとはな……、地獄で後悔する準備はできたか?」
口元を釣り上げ酷薄な笑みを浮かべる。
もともと整った顔立ちのアルベルトがそうすると、婦女子向け絵物語に登場しそうな悪の騎士にも見えた。
空間が震えていると錯覚しかねない出力のエーテルが敵味方を貫通する。
物理的な影響を受けたのは冒険者達とセニャだけで、もともと能力に差があったのが絶望的一歩手前まで能力差が広がる。
(こうしてると悪属性の姫騎士を助けに来た悪属性騎士に見え……るのかなー?)
1殿バフで戦況を冒険者有利にしたアルマ・ヴァレンタインが小首を傾げる。
獰猛なエーテルと闘争心を剥き出しにしている今、セニャは中身を良く知る冒険者からは「相変わらず猫被ってる……」と思われている。
「包囲されかかって絶体絶命なピンチってやつだねー」
アルマは不敵に笑う。
質はともかく数では過激派が圧倒的に有利で冒険者もセニャも囲まれている。
それでも勝てる自信があり、しかし敵の抵抗も熾烈だ。
(回復役から狙うよねー、ライフアンカーも知ってそうだし)
複数部隊のシューターのうち5人がアルマを狙って物理的な矢とスキルによる攻撃を叩きつけてきた。
「とーっ!」
気合いを入れても躱せない。
城壁でも破壊できそうな力がアルマ1人に集中する。
「アルマ!」
セニャが焦る。
「くっ……、もうだめかもー……」
しっかり守ったアルマは、擦過傷と少しの血に塗れていた。
(とても元気そうね。前衛タイプじゃないのにどれだけ鍛えたのよ)
セニャは焦りと諦めの表情を作って敵を騙す。
(結構痛かったよ?)
アルマは頑丈で強靱でそれ以上に治癒に長けている。
「馬鹿なっ」
失われた生命が回復するのに気付いてしまった過激派ウォーリアが愕然とした。
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは冷たい視線を過激派ウォーリアへ向ける。
刃と鎧の分厚さと移動速度は大したものだが、矢の支援もなくただの一騎でしかない。
敵ウォーリアが炎の幻に襲われる。
肉も肌も焼きはしないが最も重要な心を必要な時間だけ妨害する。
本来なら当たっていたはずの斧は空振りし、押しのけられた空気がアウレーリアの髪を揺らす。
彼女は顔色一つ変えない。
(とはいえ)
不可視のエーテルの波動はアウレーリアの狙い通りの目標に直撃した。
2つの過激派部隊でセニャと冒険者を押し潰そうとしていた指揮官が血を吐いてよろめく。
10秒もたたないうちに気絶しそうだが戦闘力に変化はない。
(ここで勝ちきるのは無理か)
セニャのような極端な独裁体制とは違い、もとは帝国軍なのだから指揮官が倒れても次席が引き継ぐはずだ。
なお、指揮官の上官は自身の戦いに精一杯で指揮に復帰は不可能だ。
「独裁はうちの専売特許だった、そうよね」
全体的に指揮統制が緩みつつある過激派部隊と、今が好機であるのにセニャの負傷を見ての動揺が消えない弓兵達をちらりと見る。
緑の瞳が炎を映す。
記憶からエーテルにより再生された炎が、特に素早い授恵者でも回避に困難な速度で東側に位置する過激派部隊を覆い尽くし、焼いた。
「色々な意味でよく見知ったスタイルの相手とやり合うのだから、考えが読めて嬉しいやら悲しいやら」
焼け焦げた敵キャスターを一瞥する。
現時点では圧倒していても敵の数は多くアウレーリアを守る前衛は少ない。
小さな溜息を吐き、アウレーリアを狙う矢を頑張って躱しながら敵の包囲網を突破するのだった。
●
「セニャさんこれー!」
アルマの癒やしが完調でも少ないセニャの生命を完全に癒やす。
「このまま行く!」
アルベルトの駆ける方向は、戦場から一時離脱するアウレーリアとは少し違う。
「死んだら怨むわよ」
セニャとアルマもその後に続く。
アルベルトは、死んだ指揮官の上官に近づいて恐るべき速さと強さの斬撃を繰り出した。
「隊長っ」
カバリング。
それをしたのは特に重装甲の過激派ウォーリアだ。
セニャなら1対1でも殺しきるには長い時間が必要で、超越者未満のウォーリア相手なら短時間耐えることも可能なはずの精鋭だ。
(良い兵士だ。だからここで殺す)
アルベルトの斬撃は圧倒的で、エーテルによる一時強化までされた兜が中身もろとも卵の殻のように割られる。
「一旦後退するわよっ」
セニャは中身を見ても動揺せず、敵味方から飛んでくる矢の数を見て血相を変える。
「別にぜんぶ倒してしまっても一向に構わんッッ?」
アルマが魔法をぶっ放す。
少し狙いは甘いが威力は上澄み中の上澄みだ。
極太エーテル光波が不幸にも巻き込まれた敵シューターと地面を隠されていた罠ごと破壊する。
アルマとセニャは破壊跡を通って矢が降り注ぐ場所から逃げ出す。
アルベルトはセニャ達への道を塞ぎ敵主力を味方とは別方向から攻めることできる位置と向きをとる。
(混戦だな)
敵の数はまだ多く、冒険者が守る必要がある味方も多い。
味方の援護も敵の退路封じも両方できる位置にいるアウレーリアが、号令に用いられることもある金管楽器で味方を勇気づけることと敵を煽ることを同時に行っていた。
●
セニャが狼煙を使ったとき、リディリディ・トゥラ・イェレミースは砦の北の端にいた。
中型魔獣を土台に作成されたらしい白狐はリディリディの倍の移動速度を持つ。
追いかけても追いかけられても彼女に勝ち目はない。
稲妻を思わせる光が無数に出現する。
それに覆われた範囲は砦全体と比べるとわずかで、少数対少数の戦いでは致命的なほどに広い。
直前まで素晴らしい速度で北を目指していた彼は、全力移動中に急減した移動速度を感じ取って思考する。
思考途中でとてつもない威力の極大閃光波が激突するが致命傷にはならない。彼はもともと強い生命力を無理矢理に強化されている。
「っ」
ハーフビーストの上半身の形をした頭部が苦痛の息を漏らし、エルフを積極的な障害と判断した白狐が反転した。
リディリディの秀麗な貌に汗が伝う。
速さと速度は予測の範疇だが攻撃の精度が上限を振り切っている。
細く鋭い殺気が刃を伴い、首を切断可能な強さでリディリディの首を狙った。
瞬時に硬く強く集まった光の膜が刃を退ける。
それはリディリディの膨大な魔力にふさわしい頑丈さで、術者への被害を0にした。
(援軍は?)
(ごめん!)
(すまんな)
上からリディリディ、セニャ、ベルク・オスマットの思考である。
テレパスを使わなくてもお互いの行動を見れば何を考えているかはだいたい分かる。
だからリディリディは全力で南へ駆けた。
駆けながら自身とその進行方向にアーケインストリームを展開して白狐に対する移動妨害を継続する。
小さな刃が飛来する音が、光の膜が砕けた瞬間消失した。
(こんなことではリーラントさんの事を言えません……いえ言えますね)
リディリディが頑丈な木箱の陰に飛び込んだ直後、ビヒモー達が激しく白狐を威嚇する。
時間切れだ。
このまま戦えば冒険者に包囲されると判断した白狐が、エルフを警戒しながら北へと消えていった。
●
開戦の瞬間、アーテミシアはこの砦の責任者の至近にいた。
(全く、進歩しねえなあ。もう少しマトモなやつを隣に置いたらどうだ? 毎回子守じゃ腕が鈍るってもンだぜ)
セニャがいる方向をちらりと見る。
過激派達にはセニャの面が邪悪な表情にでも見えているのだろうが、何度も見たことのあるアーテミシアは演技であることを容易に見抜ける。
(あんなのでもコレよりはマシなのが頭痛いぜ。さて、もうちょっと遊ばせておかねえとな……)
重装甲の肩を先頭に前へ踏み込む。
膨大なエーテルと磨き抜かれた戦技により成立する突き飛ばしは、授恵者としての格だけならアーテミシアに勝る過激派でも耐えられない。
60メートルほど吹き飛ばされて護衛から引き離された。
「さて、と。それじゃオレと遊んでもらうかね」
護衛から剣と槌と矢で猛攻されるがアーテミシアは平然としている。
粉微塵なったマントも浴びたはずの打撃も気にもせず影響を受けもず、無傷のまま砦責任者の至近まで移動する。
「内容はどっちかが死ぬまでの我慢比べだぜ。簡単だろ?」
「ほざけ!」
戦槌と大剣がぶつかりあい、禍々しい火花を散らした。
●
「傷のある方は私を遮蔽にしてください。私なら大丈夫ですリット君のとこの子も遠慮せずに」
シルク・メイプルリーフが呼びかけると中型魔獣サイズが筆頭のビヒモー達と帝国弓兵達が露骨に安堵する。
「お疲れ様。もう大丈夫だ」
ディレイン・オールドケイジは特に大きなビヒモーの近づき、他のビヒモーには聞こえない小声で話かける。
リットの悪友にして盟友であるビヒモーは、頼りになる冒険者の来訪に安堵し体から適度に力が抜けた。
頼りになる冒険者もいれば頼りにならない授恵者もいる。
上司の負傷を見て動揺してしまい、敵に対して反撃の矢を放ってもいつも以上に当たらない。
「セニャさんへの援護は足りているようですから」
常人とは思えぬ気配を放っているシルクが真摯に祈る。
聖女の祈りという題名で王宮に飾られても違和感がない姿であるのに、その時その場にいる者達が感じるのは畏怖と違和感だ。
とてつもない何かが信徒の祈りに頷いたよう感じたのは錯覚か真実か分からず、けれどシルクが現実に及ぼした影響は現実だ。
「何度見ても……」
ビヒモーのお世話係が緊張を隠せない。
戦闘能力が大きく引き上げられたことには感謝の思いしかないが、美しくも怪しいピンクのオーラまで付いてくるのは正直ちょっと怖かった。
「よし良い子だ」
ディレインは長以外のビヒモーを褒める。
「ここが終わればブラッシングと食事は用意するよ」
光の柱が出現する。
直径約5メートルのそれは、シルクよりはずっと脆いが遮蔽物としては優秀だ。
過激派シューターは時間経過で消える光柱に攻撃するより、他のものを攻撃することを優先するようになる。
「……いけそうですね」
シルクは何もしていないのではなくその正反対だ。
自身を中心に直径約25メートルにもなる魔法陣を展開し、淡く光るそれを介して皆を癒やしている。
癒える速度は素晴らしく、それ以上に特筆すべきはその効果範囲。
個々が大きなビヒモーの群れをまとめて癒やせる手段はほとんど存在しないのに今行っているのはそれだ。
授恵者としては相当な上澄みであるディレインも、授恵者からの矢を防御用スキル抜きで打ち落とすのは難しい。
シルクや光柱以外を狙う矢は脅威だ。
「お嬢さんはお久しぶり。矢戦は怖いよね」
ディレインはビヒモーのお世話係に声をかける。
「ビヒモーを連れて行けるかな」
戦死者という意味では冒険者が一方的に有利だがそれは今戦力で冒険者が勝っているからだ。
ビヒモー用に退路を作ろうとすれば戦力が均衡に近付きビヒモーやそれ以外にも被害が出かねない。
「はい」
余計な情報も感情も混ぜない返事が返ってくる。
「西側に穴は開いているからね。みんなで一気に駆け抜けよう。これは使えるなら使って」
ディレインは動物のおやつを渡す。
戦場では無意味な行動に見えるかもしれないが、このビヒモー達には間違いなく効く。
(相手も弱くはないんだ。道連れ狙いで大技を使われたら生き残りが冒険者だけってことになりかねないからね)
予測を口にするとお世話係とビヒモーが怯えそうなので、過酷な戦場でも平然とできる強者の態度を継続する。
「よし、今だ」
先導するお世話係を先頭にビヒモーが移動を開始する。
その後ろを、シルクとディレインが厳重に守っていた。
●
合図の瞬間、最も早く動いたのはベルクだ。
(あのキメラ……まさか……アブデュルなのか?)
体は戦闘を開始してはいるが思考の一部は別の要素へ向けられている。
(親父と一緒にいたはずでは……それにセニャのところにいるのは、アレは親父か。糞親父めどういうことだ?)
予測はいくつも立てられるがどれが正しいか確かめる意味もないし余裕もない。
「ヨゼフと配下の糞どもが、よくもここまでオスマット族を虚仮にしてくれたな、楽に死ねると思うな!!」
個人としても皇子配下としても、まずすべきことは悪行を重ねた者達の排除だ。
(武装は竜鉄製に迫り授恵者の質は良好。肝心なときに帝国を守らず温存していたか馬鹿共め)
強くはあるが対処の手段はいくらでもある。
セニャに当てる技術があるシューターも、アーテミシアの防御を断つ可能性があるウォーリアも、その能力を高めるために他の能力を犠牲にしている。
早く速く攻撃力まで強力なベルクにとって、ここは手柄首をいくつもあげられる場所だ。
神材素材を使った刃はベルクのために極限までカスタマイズされ、少々目立ちはするがその切れ味は過激派ウォーリアの重装甲を断てるほどなのだ。全てで劣る敵シーフなど移動のついでに切り倒されている。
(……止めを刺す余裕がないがな)
敵陣にヒーラーの姿はなく、今のところ時間は冒険者の味方であった。
「あのキメラは明らかに敵の制御外になってます。これはチャンスですね」
歴戦のフリーダ=ブロムヴィストは冷静な態度のまま敵を煽りその冷静さを失わせる。
(啓示にも『ちょっとした混乱で状況がひっくり返るのはよくあること』と出ています。これを奇貨としてこの戦局の打開を目指しましょう)
敵を少しでも利する可能性がある情報は思考するだけにとどめ、フリーダはセニャに対する包囲を外側から攻める。
具体的には突撃だ。
もともと十分に高い攻撃力に加速した分のエネルギーが加わり複数相手に痛打を押しつける。
(セニャ様は離脱……素直に離脱してくれた方が楽なのですが)
敵ウォーリアは極一部を除けばフリーダより格下だ。
しかしとっておきと数の差はかなりの実力差も補えてしまう。
(アダマントボディなしではこんなものですか)
敵の攻撃は一撃一撃は軽く、しかし数が集まればフリーダの消耗も激しくなる。
(既に退路は確保済みです、包囲されて袋叩きにされる可能性もありますから……)
装甲に防御を惜しみなく使いつつ闘気槌で多数の敵に攻撃を浴びせ続ける。
その上結構離れたベルクもカバリングしてみせるのだから過激派達にとっては悪夢のような存在だった。
敵の数は減り指揮官の1人まで討ち果たされているというのに抵抗は激しくそして有効だ。
(キメラも単体ならどうとでもなる。現状は挟み撃ちの解消が最優先なのだ)
ストレガ・L・リベルガストラは既に足止め手段を使い果たしている。
並べた重力場の位置は既に敵に見抜かれ、まだ持続時間は残っているが有効には機能していない。
それでもまだ有効だ。
効果範囲内に過激派が侵入すれば移動のコストを数倍に激増させ、ストレガ達冒険者の邪魔は一切しない。
ストレガの鼻先に生じた風が飛来した矢を逸らした直後、腰だめに剣を構えた敵ウォーリアが突進してくる。
(巧いのだ)
多量の魔力で光膜を作り上げて刺突を防ぐ。
常人なら腰骨ごと破壊されそうな一撃も、ストレガにとっては確実に防御可能な攻撃でしかない。
ただし回数制限は厳しい。
ストレガは敵の動きを高精度で予測できるほどの戦術眼を持っているから今の状況の深刻さが分かるし、危険の度合いを大きく下げる方法も思い付く。
(フリーダ殿を頼るのだ)
利用できるものはなんでも使う。
重防御ウォーリアによるロングレンジカバリングの頼もしさは他の比較しようのないほど高い。
ストレガは守りを固めた上で光弾の雨を敵陣に浴びせていた。
敵の質的主力であるウォーリアが3度目の大嵐無双剣を繰り出す。
これより上は神か竜かと思わせる斬撃が再びアーテミシアを襲った。
バフと装甲による防御がアーテミシアの防御力を著しく高める。
もとの防御力が非常に高いため最終的な防御力は特別に強烈だ。
竜鉄並の装備とアーテミシアを上回る技量で放たれた斬撃は、シールドガントレットの装甲を破壊することもできずに表面を滑り地面へ向かう。
衝突の際に生じた衝撃についても問題ない。
発動中のアダマントボディが、筋骨にダメージを与えるはずの衝撃をに見事耐え抜く。
「おうどうした? 自慢の技もそンなもんか。これじゃ薪の一本だって切れねえよ」
アーテミシアの獰猛な笑みに虚勢はない。
「オレを殴ってヘコませたいなら最低限、吸血鬼を殴り倒せるくらいまで鍛えるンだな」
今からアーテミシアを無視して他の冒険者を狙おうとしても無駄だ。
追いつくためのスキルも合流を阻むためのスキルにもまだ余裕がある。
「こんな所でっ」
過激派が怒りで顔を歪める。
フリーダがくるりと向きを変える。
彼女の背後から、離脱後合流したアウレーリアとアルマによる大魔力攻撃が容赦なく飛んでくる。
「だから我慢比べっつったろ。時間制限については話してねーが普通気付くだろ」
アーテミシアが鼻を鳴らす。
セニャを助けるときには混戦で冒険者後衛も攻撃に晒されたが、既に後衛はほぼ移動を終えている。前衛を後ろから一方的に攻撃可能だ。
「試合でもねえのに一騎打ちに拘るかよ」
大嵐無双剣が尽きたウォーリアからの一撃をガントレットでガード。
アーテミシアが反撃に移る前に、圧倒的な魔法攻撃が過激派を焼き払う。
「授恵者はしぶといから気を抜いちゃ駄目だよ」
ディレインに治療された弓兵達が戦場に復帰し矢を飛ばす。
今から誇りも戦友も何もかも捨てたとしても、過激派が生き延びる道はどこにも存在しない。
●
隠密はいつの間にか姿を消している。
「改めて見ると静かな土地ですね」
フリーダは、直前までの苛烈な戦いを感じさせない冷静さで砦の中を見て回る。
(人の気配。捕虜である可能性もありますが……)
ノックして呼びかけてから扉を鍵ごと破壊する。
中から姿を現したのは商人にしか見えない男達だ。
人を見抜く力が十分あるフリーダでも予測はできても確信は持てない。
「おや、このような場所で、連れ攫われた被害者ですかな。無事で何より、ここには帝国軍もおりますゆえ案内いたしましょう」
しかしベルクにとっては本人が大声で正体を宣言しているようなものだ。
「まあどちらにしてもそのまま街まで連行、御沙汰を待つような形になるでしょうね」
フリーダも協力してセニャのもとまで引っ立てた。
(人間を磨り潰すような組織故キメラも製造するか。かような愚者共に遺体を使われて哀れな)
砦の中を一通り見て回ったストレガは、キメラを運用・整備する区画を見つけて事情を把握した。
「この忙しいときに何? 商人?」
セニャは部下が持って来たコンテナに接収物資を詰め込んでいる最中だ。
「……私が責任をとるから後で報告だけお願い。署名? 抜け目ないわねえ」
帝国代官による白紙委任状を受け取ったベルクは、晴れ晴れとした表情で商人達に向き直った。
「キメラ用の物資の中にこの者達の関与の証拠が混じっていたのだ。帝国過激派もこの者達を信用していなかったのだろう」
ストレガが商人の言い訳を聞き流している。
この状況では被害者であるという主張は絶対に通らない。
過激派の増援が現れる可能性もあるので時間は貴重だ。
「我はいま貴様らに弟を無残な姿にされて気が立っておる……帝国軍に引き渡されて楽になりたければ素直に知っていることを吐くのだな」
ベルクは長椅子の上に拘束した商人を載せる。
「知っているか? 人間とはそう簡単には壊れないように痛めつけることができるのだぞ?」
まな板の上の魚を見る目と区別できない目だ。
無関係な民間人は近くにいないので、ベルクは音の発生を気にせず手際よく加工する。
「嘘を言ってもいいぞ。体は言葉以上に雄弁だからなぁ」
効率を最優先した結果の、残酷さであった。
「魔獣以下の獣なのだ」
ストレガが属するのは大陸南東部にあるゴールディであり帝国とは離れている。
それでも、今回直接知った行状は人類の一員として決して許せぬ一線を越えていた。
「……そうね」
セニャが「私も必要ならやるけど必要な状況には追い込まれたくないわね」という表情をしているのには、気付いても気付かないふりをした方がいいのかもしれない。
「これらをどうするのだ」
生存者だけでも10人以上いる。
ストレガは回答を予測した上でセニャに尋ねた。
「そうねぇ」
セニャは罪悪感とは縁遠い態度で、治療するには手遅れな過激派兵士にトドメを刺している。
「私の担当範囲じゃないけど仕方ないか」
詳しい情報を絞れそうな奴を除いて死刑。
セニャは自らの責任で宣言する。
「私もするのだ」
「確認で手間がかかるから助かるわ。私の強い要請でしたとギルドには報告して頂戴」
ストレガとセニャは、淡々と仕事を済ませた。
「リーラントさんはヒューマンの年齢換算でもまだまだ若いでしょう。あまり死に急いではいけないと思いますよ」
リディリディは濡らしたタオルをセニャとストレガに渡してから、セニャに対し珍しく年上としての態度で忠告する。
「今回もちょっと……いえすごくギリギリですよ」
「それは……はい」
帰り支度を終えたセニャが素直に頭を下げる。
「みんなおうちに帰るまでは気を抜かずにね」
ディレインは荷物を満載したビヒモーの群れと共に帰路につく。
「セニャちゃんも色々あるだろうけどほどほどにね」
同行する若者達への態度は、穏やかだった。
マスターコメント
ミドルシナリオ難しい 報酬:多い10 / 6〜10人
2023年11月26日 23時55分00秒 公開
参加者
- メイプルリーフ シルク
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアト
フリーダ=ブロムヴィスト
ベルク・オスマット
アーテミシア
- イェレミース トゥラ リディリディ
ストレガ・L・リベルガストラ
アルマ・ヴァレンタイン
ディレイン・オールドケイジ
アウレーリア・フォン・ネーベルベルク
相談掲示板
No.1
豊穣神の使徒シルクです ビヒモーちゃんもセニャさんも守りきらないとなりませんね つらいところです
シーフのベルクだ、よろしく頼む。 セニャの支援だと思ったら。 うちの糞親父は何をやっとるんだ。 …そしてあのキメラはどういうことだ(怒) とりあえずは過激派を皆殺しにしてから問い詰めるとしよう。 貴重な人財を失う訳にもいかんし過激派を逃すわけにもいかんしな。 あとビヒモーの背中に居るのって……まさかな(汗)
ヒーラーのディレイン・オールドケイジ。よろしく。 ビヒモーたちの怪我の様子を見つつ、まずは落ち着かせてあげたいな。 背に乗ってた子はリット君のところの副官かな。 おじさんが乗ってもよければ、あの子を守るためにもそうしたいね。 まあ、また前線に出すのかどうかってところからなのかもだけど。
キャスター、ストレガなのだ。よろしくなのだ。 キメラはともかく、過激派に挟み撃ちにされようとしてるのが問題か。 今回は範囲攻撃重視にしようかと思うのだ。
ウォリアーのアーテミシアだ。 まあなんというか、いつものって感じだな。 オレは指揮官かキメラに行くかね。どっちも抑えるだけなら難しくなさそうだ。
No.6
撃破優先にするか救出優先にするか迷いますね とりあえず救出保護優先での行動を取りたいと思います
ウォーリアのアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトだ。 よろしくな。 過激派共め、セニャを斬ろうとするとはいい度胸だ。貴様等には惨たらしい死をくれてやる・・・。(凶悪な笑みを浮かべつつ) 俺の初期配置はセニャのすぐ近く一択だ。 セニャに近づく過激派共を斬りまくるぜ! 指揮官や士官を狙うことが可能ならそこに向かうぜ!
No.8
キャスターのリディリディです。 よろしくお願いします。 そうですね・・・。 私は白狐キメラの相手をしようと思います。 一撃離脱が怖いですが、放っておくわけにもいきませんし。
ウォーリアのフリーダです。よろしくお願いします。 とりあえずは包囲網に穴を開けてセニャ様達の救出+包囲網の突破、 その後態勢を整えつつ残存戦力の排除という形がよろしいかと思います。 包囲網の穴を開けるとしたら穴の開いた防壁側の敵戦力がベストかと。 少なくとも退路さえ確保できれば全滅は避けられるでしょうし。
もうちょっと有利な状況で狼煙を使いたかったけど失敗したセニャよ。 よろしくね。
キメラ、指揮官の抑え。 セニャの救出と護衛。 ビヒモーと部下の援護 ってトコか? それぞれどの程度振り分けるかだな。兵士が18人はちっと面倒だが
ヒーラーのアルマだよ、どーぞよろしくねー ひとまずセニャさんの近くから出て、 指揮官さんや士官さんのいない西側の応戦でもしようかなと
>配置 とりあえずはセニャ様の近くと西側敵の外側の2点でどうでしょう? これなら西側の敵を挟み撃ちする事で西側敵を早期撃破で退路確保もしやすいかと。
>配置 そうだなあ…おじさんの希望はビヒモーと部下の援護になるから、 そうするとセニャちゃんの近くに出たほうがいいのかな? ビヒモーを狙ってる敵兵士班もどうにかしたいんだけど、指揮官がそばにいるからなあ…
とりあえずオレは指揮官の傍だ。勝手に遊んでるからこっちは気にしなくてもいいぞ。 士官も狙えるならさっさと狙って沈めちまえば後がラクじゃねえかな。
では我は西側の雑兵を殺るとしよう。
それでは私も西側から攻撃を仕掛けてみましょう。 初手にチャージインパクトを使用する事で敵陣への混乱を狙ってみます。
予定どおりセニャさん近くで開始と 念のため保険にライフアンカーもかけてから 西側の迎撃にいく感じでプレだしてきたよー