【帝国】語らずの智者かく語れり
空色みなも
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シナリオID:3296
オープニング
帝都シルトラースに風が吹く。
溢れ返るように黒い霧が流れ出す、城壁の上。
黒衣から白銀の鱗を覗かせた、竜人が一人。
その金色のまなこは、南方の一点を見つめていた。
見ゆるは、広がる地平線。
しかし、竜人の想いはその先にあるものに囚われていた。
いずれこの帝都に至るであろう、帝国皇族の生き残り。
そして、かつて己が護衛騎士として仕えた主。
皇太子、レイウェスト。
竜人――エフレムは、地平の先にレイウェストの存在を思っていた。
だが智者は思えど、語らず。
何を口にするでもなく。
黙して、黒く染まった風を浴びていた。
●
「今回の目標は、帝都シルトラース突入路の偵察です」
紫のシノビ装束に身を包んだ女が、冒険者たちを前に帝国周辺の概略図を広げている。
彼女はアセビ。
ロスガリア大陸連合軍へシャルガネ居住区から派遣された、シノビのうちの一人だ。
シャルガネのシノビは斥候として優れた能力を持つ者が多い。
そのため、主としてこうした偵察任務などに協力する運びとなっていた。
「私たち偵察部隊はこの古砦都市シャルトを出発し、帝都へと向かいます」
アセビのすらりとした長い指が、帝都より南方の一地点を指し示す。
古砦都市シャルトは帝国地方都市の一つ。
現在レイウェスト陣営が奪還した都市の中では、最も帝都に近い。
つまりは敵地に食い込む橋頭堡とも呼べる拠点となっている。
このたびの作戦は、シャルトから帝都への進軍経路の確保となる。
帝都は周囲を厚い城壁で護られているため、進軍の際はそれを投石機により崩す必要も出るだろう。
それが可能な城壁の脆い部分を探るためにも、城壁を視認可能な程度までは帝都に近づかなければならない。
その道のりは過酷なものとなるだろう。
帝都までの経路において、クリーパーの掃討は未だ完了していないからだ。
「戦いは避けられないでしょう。ですが、皆様となら――乗り越えられると信じています」
アセビは覆面を身に着けており、その口元を窺い知ることはできない。
しかし、冒険者たちに向けられた眼差しには。
確かな信頼が、宿っていた。
解説
マスターより
リプレイ
小さく、黒い影に。剥き出しの牙だけが、白く光る。
クズリのようなクリーパー。それが、群れを成して流れ寄せてくる。
その波を押し返そうとするかのように。
小さく、しかし大きな存在感を伴った冒険者が立ち向かう。
「ここはわたしが通しません――!」
獰猛な獣の群れを前に立ち塞がった冒険者――ゲルダ・クラインの叫びが荒野を震わせ。
ゲルダの脇をすり抜けようとしていたクリーパーたちの顔が、一斉に彼女へと向く。
ある個体はゲルダの背骨を砕こうと爪を振るい。
また、ある個体はゲルダの喉笛を食い破ろうと牙を立てた。
ゲルダはそれを鎧で耐え、盾で防ぐ。
彼女は頑丈だ。しかし、いかんせん敵の数が多い。
一人では押し負けるしかない――が、ゲルダは一人などではない。
「ゲルダ様が引き付けてくださった、今……!」
スィーリーンの杖から無数の光弾が飛び立ち、クリーパーの群れに降り注いだ。
ゲルダが敵を一か所へまとめ、そこをスィーリーンが広範囲の魔法で狙い撃つ。効果的な戦法だ。
しかし肉を抉られたクリーパーたちは体液を散らすも、まだ動くことを止めてはいない。
中には光弾の雨を潜り抜けた素早い個体すらいる。
「確実に仕留めます!」
そこでトーラが一体のクリーパーの懐へ潜り込み。
手にした筒から伸ばした空色の光を剣に、そのクリーパーの胴を狙った。
敵の動きが速いことを見越し、攻撃のため全神経を集中させた一撃はクリーパーを見事に両断する。
ゲルダが敵の注意を引き付けてくれているからこそ、トーラも安心して隙の大きい行動をとることができた。
「ふん、首を刈ってやるまでもない相手だな」
ベルク・オスマットはクリーパーの群れの間を、風のように流れ抜けていく。
彼女が通った後には、身体を切り刻まれたクリーパーが次々と倒れ伏していった。
それでも、食い止めきれなかったクリーパーたちが後方へと抜けてくる。
と、クリーパーたちの足が不意に鈍った。荒れ狂う稲妻のようなエーテルに絡み取られたのだ。
「こんなところで怪我なんてしていられないからね」
それはジュスト・ヴェルジーの魔術であった。
三地点へ同時に召喚された渦巻く雷光は壁のように連なり、クリーパーたちの渋滞を引き起こしている。
「散れ」
ジュストの声が風に乗った。
巻き起こった暴風に散らされたように、クリーパーたちの周囲に花弁を模したエーテルが舞う。
風が止んだ頃には、クリーパーたちの骸が大地に転がっていた。
「……見切った」
それでも撃ち漏らされたクリーパーの爪を、ナハティガル=ラーが引き付けてからかわす。
勢いあまって体勢を崩したクリーパーは、ナハティガルの短剣による四連撃を刻まれて息の根を止められた。
「そらっ!」
キオルティスが手にした刃を一振り、二振り、三振り。
切り刻んだクリーパーへと最後に蹴りを入れて、後方へ跳ぶ。
それを追いかけようとクリーパーが大地を蹴った――ところで。
「私が治せるとはいえ、お怪我をされないに越したことはございませんから」
レティシア・レインフィールの放った魔法の矢が、クリーパーを地へ沈めた。
見れば、ゲルダを囲んでいたクリーパーも片付いたようである。
こうして、冒険者たちはこの日の第一戦を乗り切った。
●
湯気を立てるカップが、冒険者たちの手に配られている。
今回の案内役であるアセビが準備したもので、シャルガネ産のお茶らしい。
冒険者たちは途中休息をとっていた。
トーラが自らの知識に基づいて、野営地に適した場所を探し出したのだ。
「まだ先は長いので、あまり無理はなされないようにご注意を」
「ありがとうございます。今のはまだ無理のうちには入らないので、大丈夫です!」
レティシアの手当てを受けながら、ゲルダが笑顔を作ってみせている。
「奪還のためには兵を送り込まねばならん。送り込むためには道の選定も重要になるからな」
見張りに立ったベルクは、エーテルの波動を走らせることで探知した地形を地図に描き込んでいく。
彼女の言うように、ここに集まった冒険者たちは先行偵察のため帝都を目指している。
あくまで偵察が目的であるため、ベルクやキオルティス、ナハティガルらのエーテル波動による索敵で戦闘は可能な限り回避されていた。
先程の遭遇戦のように、避けられない戦いもあるにはある。
が、索敵に優れた者が複数いることにより不意打ちを受けるような事態にはならずに済んでいる。
少なくとも、今のところは。
(エフレム様……)
スィーリーンは手にしたカップに視線を落としていた。
お茶に映った橙の瞳が、揺らぐ。
ちょうど、彼女の胸の内のように。
今の帝都には、皇妃イダ・バルダスのそばについてエフレムが居るに違いない。
その想像は、彼を敬愛するスィーリーンの心を乱すに十分なものだった。
この偵察依頼は帝都周辺の城壁を確認するところまで。
エフレムに会えるかどうかなど分からない。
それでも彼が居るはずの帝都へ近づきたいと思う気持ちが、スィーリーンをこの依頼へと志願させたのだろう。
「……そろそろ出立しよう」
冒険者たちが一息ついた頃を見計らい、ナハティガルが声をかけた。
彼の手に握られた地図には、これまでクリーパーを見付けた位置が仔細に書き記されていた。
最終的には、記録された情報をもとにジュストが進軍経路や補給路の候補を選定する手筈となっている。
まずは情報を完成させるため。
冒険者たちは再び帝都に向けて歩み始めた。
●
その後も、冒険者たちは何度かクリーパーとの交戦を挟むことになる。
「後ろがガラ空きです!」
トーラの小さな体が、シロクマのように巨大なクリーパーの背へと飛び掛かった。
唐竹、袈裟、一文字、刺突――ひとつひとつは基本の技でも、水を流すように途切れることなく繰り出せば必殺の技となる。
真正面に立っていたゲルダに気を取られていたクリーパーは、たまらず地に伏すことになった。
「まだ動けるようですね。トドメを――」
「待った」
クリーパーが生きていることを確認したアセビが刀を突き立てようとしたところを、ナハティガルが止める。
「ここは泳がせてみよう。巣の位置などが分かるかもしれない」
クリーパーにナハティガルがエーテルの印をつけたうえで、冒険者たちはその場を離れてみることになった。
マークされたクリーパーが去った方角を、ナハティガルはやはり地図へと記録するのだった。
●
冒険者たちの前方に、塊のような闇が現れた。
日中にも関わらず、である。
「――中に何かいるね」
油断なく索敵のエーテル波動を走らせたキオルティスが、闇の中心に潜む物の位置を突き止める。
闇の核になっているであろう相手は、宙に浮いており――。
「白い梟のような……これもクリーパーでございましょうか」
レティシアのように暗闇を見通す目を持つ冒険者たちには見えた。
大きいシロフクロウのようなクリーパーが、空に翼を広げている姿が。
「こいつは危険な匂いがするね――スィーリーン嬢とレティシア嬢は壁の後ろへ」
自らの召喚した光の壁に隠れるようジュストが二人へ促した、直後。
光の壁の表面を、カマイタチのように鋭い風が切り刻んだ。
クリーパーによる魔術攻撃であろう。
間一髪、防御が間に合ったために後衛が被害に遭わずに済んだ。
ジュストはお返しに魔法の矢を壁の後ろからクリーパーへと放ってやる。
この光の壁は、味方の射線は通すのだ。
暗闇の中を飛び回るクリーパーへ命中させるのは中々に骨が折れたが、やはりクリーパーの位置をマークしたナハティガルの助言もあり、何発かは当てることができた。
たとえ一発でも当たれば、ジュストが操る魔法の威力は大きいのだ。
しかしクリーパーは空中から魔法を撃ち下してくるため、このままでは近接攻撃が届かない。
キオルティスは衝撃の刃を細剣から飛ばし、ナハティガルやトーラは魔法の矢を撃っているが、このままでは前衛火力がやや浮いてしまう。
「こっちですよ!」
そこでゲルダが殺気を飛ばし、クリーパーの注意を引き付ける。
まんまと釣られたクリーパーは、得意の土俵である空中から降りてきた。
「こうなれば後は袋叩きにするだけだな」
これによりベルクも攻撃に参加できるようになり、クリーパーへと切りつけている。
夜目が利くため、暗闇の中にあっても問題なくクリーパーを捉えることができた。
クリーパーの魔法は広範囲に影響を及ぼすものだったが、受けて耐える方針のゲルダを除き、前に出る冒険者たちは回避を得手とする者たちであったことが幸いし、一度に大きな被害が出ることはない。
稀に避け損ねることがあっても、レティシアがまとめて傷を癒すことにより、戦線が崩壊するようなこともなかった。
最後はスィーリーンの魔法により、シロフクロウのクリーパーも地に墜ちたのであった。
●
「これが天霧りに消ゆる幽界樹……」
トーラの見上げる先で、城壁に迫らんばかりに成長した幽界樹の枝葉が茂っている。
冒険者たちは度重なるクリーパーの襲撃をことごとく退け、帝都周辺にまで辿り着いていた。
(冒険者になった当初は見てみたいと思っていたのに――)
帝国を滅ぼし今も大陸のエーテルを吸い続けていると考えると、おぞましく感じられて。
それを知らない内にここまで来れば、壮大で綺麗な大樹に見えただろうか。
トーラはそんなことを思ったが、樹木のように名付けられていれどその本質はクリーパー。
何も知らなければこの異様を美しいと思えたかどうか。それは、分からない。
「手早く調査を済まそう。中からイダ妃が敵を差し向けてこないとも限らない」
ジュストが魔法の光を灯しながら、城壁を照らしてひび割れを確認していく。
「投石器で外壁を壊せても、高いところだけ壊れる、では意味がないからな。土台から崩せる場所を探さねば」
ベルクはエーテルの波動により城壁の構造を解析。
キオルティスも時折、点火装置で起こした小さな火を用い、城壁を照らしては状態を確認している。
また、キオルティスは小さなハンマーでコツコツと城壁を叩き、音の反響などで脆い位置を割り出していく。
細かな工作を得意とするスィーリーンは、そうした観点からも城壁を見極めようとしていた。
「地図への記録だけではなく、こちらにも印をつけておきましょう」
そうして見つけ出された城壁の弱点には、レティシアによりインクの印が付けられた。
「地上だけじゃなく、地下経路も使えないかな」
キオルティスはエーテル波動による探知で、地下空間の有無も確かめてみた。
すると帝都内に繋がる地下空間として、下水道であったと思われる空間なども確かに見当たるようだ。
ただ幽界樹が根を張っている影響か、崩れている箇所も多く進軍経路として有用かは検討が必要だろう。
「必要な情報は集まったでしょうか。では――」
「待ってください、あれは――」
アセビが冒険者たちに引き返すよう促そうとしたところを、スィーリーンが制止した。
彼女の見つめる先、城壁の上で佇んでいたのは――。
「エフレム様っ……」
スィーリーンは声に出すと同時に、弾かれるように駆け出していた。
思いが通じたのであろうか。まさか本当に会うことができるとは。
ああ、しかし何を言えばいいのだろう。
レイウェストにも味方してもらいたいけれど。
本意ではなかっただろうと信じているものの、エフレムは帝国崩壊の原因でもある。
冒険者の中にもいる帝国出身者の複雑な心境も、エフレム自身の想いもあろう。
まずは、なによりも――。
「エフレム様、ご無事で何よりです。ずっと御身を案じておりました」
スィーリーンはエフレムの無事を喜んだ。
「………拙に、何か」
エフレムは微かにスィーリーンへと顔を向け、それだけを言った。
その表情は、虚ろ。
「レイウェスト殿下もエフレム様のことを案じておられました。エフレム様を追いたいと、でもすぐには追えないと」
スィーリーンはこみ上げてきそうになる悲痛な感情をぐっとこらえながらも、言葉を繋ぐ。
「貴方と袂を分かってから、レイウェスト殿下がどんなご様子かお教えしましょう」
そこへジュストも加勢する。
遠くから見守っているだけでは分からない、そして近くで寄り添ってきた冒険者たちだからこそ分かるレイウェストの成長と苦悩。
それを、エフレムへ懇々と語って聞かせてやる。
「殿下には、貴方が必要です。そして貴方にとっても、殿下は必要な存在のはず」
ジュストは諭す。
欠けを満たすのは誰の願いでもいいはずはない。
イダ似とはいえ強大な権能もない、そんなレイウェストにエフレムは確かに心を尽くしている、と。
「エフレム殿。貴方は、ただ殿下を守りたかっただけでは?」
ジュストは考えていた。
エフレムがイダの願いを叶えた――ひいては帝国を崩壊させたのも、レイウェストを救うために必要だったのではないかと。
「……それを知るのが、貴方の願いだろうか」
「はい、語らずの智者殿。答え合わせを願います」
エフレムの瞳を真っすぐ見つめながら、ジュストはハッキリと告げた。
「……なら。拙はただ、イダ様の頼みを聞いたまで」
エフレムの答えに、ジュストはハッとする。
今もそうだ。ジュストの願いを、エフレムはただ叶えた。
彼にとっては、それだけのことであったのだ。
「……祖父を、母を。そして、導き護ってくれた騎士の貴方まで討って。殿下が幸せになれるとお考えか」
「殿下が、拙を討つことをを願うのであれば……拙はその御意思に従おう」
ジュストはエフレムの瞳の奥に、空虚を見た。
エフレムにレイウェストの『幸せ』は想像できない。
この男はただ、レイウェストが願うままにあろうというのだ。
「あの時、レイウェストさまを助けるためにエフレムさんは動きました。レイウェストさまは、エフレムさんにとって大切な方ではないですか?」
トーラはかつてエフレムから受け取った感謝状を手に訴えかける。
レイウェストが暗殺者の毒に倒れた際、それを治すために奔走した冒険者たちに贈られたものだ。
「レイウェストさまの護衛がイダ妃の命令だったとしても、こうして感謝状をくれたのはエフレムさんの意思でしょう? レイウェストさまの所に戻って貰えませんか?」
「……いえ」
しかしトーラの願いには、エフレムは首を横に振る。
「殿下が、そのように願っておりませんゆえ」
どうやら、エフレムは他者の願いの中でもレイウェストのものを優先するようだ。
袂を分かった際にレイウェストが自らを引き留めなかったこと。
それを、最早レイウェストのそばにはいられないと解釈したらしい。
「……では、マミダでの殿下への支援を条件とした助力に、状捜楔開発のための助言――それも皇妃様のご命令ではなく、エフレム様ご自身の意思なのでございましょうか」
レティシアは交戦の意思がないことを示すため、武器を置きながらエフレムへ問う。
「……殿下の御身を護るために、必要であればと」
この返事からも窺える。
エフレムの意思ははあくまでレイウェストを向いていると。
助力の際に顔を見せぬのは、エフレムに会わぬことをレイウェストが望んでいると信じているからに他ならないのだ。
レイウェストと敵対しているかのようでいて。
これは裏切り、と呼ぶには矛盾する。
「――本当は、皇妃様とご自身を止めて欲しいと願っているのでは? いえ。正確には、ご自身を討つことで殿下が新たな皇帝に相応しいと人々に認められるためでしょうか」
レティシアは指摘する。
葛藤に苦しみながらも情に流されず、かつて信を置いた護衛騎士を討つ――。
そうすれば、きっと人々の涙を誘い、同情されることであろうと。
それにエフレムはこう言った。
レイウェストが自らを討たんとするなら、その意思に従おうと。
「……もしそうであるのならば、あまりにも身勝手かと。貴方が居なくとも殿下は幸福になれると、決めつけないで下さいませ」
レティシアの言葉を、エフレムはただ黙って聞いており。
最後に、静かに首を横に振った。
おそらくは、こう伝えたいのだろう。
レイウェストがそう願うのであれば、討たれるのもやぶさかではない。
しかし、レイウェストに討たれるために行動してきたわけではない、と。
「……何故、アンタはイダ妃に従う? あの女の事を愛しているからか?」
ナハティガルは鋭い眼光をエフレムへ向けながら、問い詰める。
エフレムは『壊れて』しまっていると聞いている。
なら、その原因はイダの誘惑であろうか――と疑った。
「……拙には、ここでやるべきことが」
だがエフレムはこの問いにも否と首を振る。
エフレムはイダ妃を愛してなどいなかった。
すなわち、誘惑されてもいないということ。
だとすれば、愛してもいない相手のとんでもない頼みを素直に聞き入れたことになる。
むしろイダ妃に愛情を抱いているとの答えが得られたほうが、どれほどこの男のことをまともに思えただろう。
「アンタをそんな風に……他者の願いを拒絶することができなくしたのは。イダ妃でないとしたらなんだ?」
「……今の拙は、神に近づいたがゆえに」
ナハティガルの疑問。
その答えはエフレムが超越者であることにあった。
(これが『超越者』の見ている世界――わたしには想像もできない……でも)
そのやりとりを聞いていたゲルダは息を呑む。
名もなきゴブリンがそうであったように。『神』に至る前であれば、大切な想いは失われていないはず。
「……想いって、きちんと言葉にしないと伝わらないんです。そして、伝わらない想いは……相手を傷付ける刃になる」
ゲルダは絞り出すようにしてエフレムに告げた。
その小さな手は、ぎゅっと握りしめられている。
「貴方が、もしレイウェスト殿下を傷付けたくないと思っているのであれば。貴方自身のお言葉で、ちゃんと殿下にお伝えください」
それが、ゲルダがエフレムに願うこと。
エフレムのしたことは、到底許されることではない。
にしても、その言葉で救われる存在は確かにあるはずだと――ゲルダは思うから。
叶うことであれば、エフレムにはレイウェストと対面して言葉を伝えて欲しい。
しかしエフレムはレイウェストがそれを望んでいないという。
ならば――。
「まさか、こんなところで元祖駄蜥蜴に出会えるとは」
ベルクがシュッと一通の封筒をエフレムに投げて寄こした。
「丁度いいので、貴様が殿下にどういった感情を抱いていて、何を考えて動いているのかを、このレターセットにしたためて貰おうか?」
相手が喋らないのであれば、書かせてしまえばよい。
ベルクはそう考えたのだ。
「というか、貴様はもっと殿下とコミュニケーションをとっておけ。貴様の真意が分からんおかげで殿下が凄く悩んで困っておられるのだぞ。殿下相手のコミュ障も大概にしろ」
ベルクがエフレムを駄蜥蜴などと叱りつけるのも、レイウェストの気持ちを思えばこそだ。
なおエフレムが元祖であるということは、そこに続く何者かがいるということであるが、残りは征竜といった敵があたる。
「正直に言おう。レイウェスト皇子の父親はアンタだと思っていた……実際は違ったわけだが」
ナハティガルはエフレムが便箋にペンを走らせる間も、問いかけを続ける。
「ヨゼフ帝がイダ妃を娶った理由と、二人が憎み合っている理由は何だ?」
ナハティガルの質問に対するエフレムの回答を要約すると。
超越者の域に近づいたイダを、ヨゼフ・バルダスは外へとやらないために。
また、その異能を利用するためにと妻にした。
イダは帝国による世界の支配と、あの父に『美しさ』を見いだせないため敵対し。
ヨゼフは帝国が世界を支配するための妨げとなったイダを疎んでいるのだという。
ここでキオルティスの疑問のいくつかは、すでに解消していた。
エフレムが今でもレイウェストやイダに忠誠を誓っているか。
どうやら彼が忠誠心を抱いているのは、レイウェストに対してだけであるらしい。
イダはレイウェストの前に仕えていた相手。
それ以上でも、それ以下でもない。
エフレムが帝国崩壊を招いたのは、それが頼まれたことであったから。
彼がレイウェストのもとへと戻らないのは、そうすることがレイウェストの望みと思っているから。
「今の皇子の苦難を招いたことに、何か感じることはないのかい?」
「……拙にできることがあれば、どのような事でもいたそう」
「では貴方にとって、その皇子のためにできる最大のことは?」
「……たとえ離れていようとも、拙は殿下の身命をお守りする所存」
キオルティスはエフレムを観察していて、気付いた。
そこに忠誠を誓っているはずのレイウェストの心を慮る言葉は、ない。
超越者となった彼は、すまないと思う感情すらもはや枯れ果ててしまったというのだろうか。
その間にエフレムは手紙を書き上げ、召喚したクリーパーを介してベルクへと渡した。
これで冒険者たちの用は済んだと見たのか、エフレムはくるりと冒険者たちに背を向ける――。
「エフレム様も、ずっと殿下のことを案じておられたのでしょう? それに、イダ様を愛しているわけではないと。なのになぜ、イダ様のもとにいらっしゃるのでしょうか? 殿下は帝国復興のために、今も戦っていらっしゃいます――」
その背中に、まだ聞きたいことが聞けていないと、スィーリーンは必死の様子で声をかけた。
「……幽界樹」
エフレムは振り返らぬまま、ポツリと呟いた。
「幽界樹が倒されれば、世界に穴が開くであろう。拙はそれをこの身をもって塞がねばならぬ。殿下の安全のために」
エフレムの答えを聞いて、スィーリーンは絶句――しそうになるのを堪え。
「――私に何かできることはありますか? 何か、お力になれることがあれば」
「……拙は幽界樹伐採の間、力を溜めることしかできぬ。殿下のおそばで、ご助力を」
スィーリーンは最後にそれだけを聞いて、エフレムの姿が城壁の向こうへ消えていくのを見送った。
こうして得られたエフレムの手紙を、冒険者たちは無事に持ち帰った。
そこには、次のような言葉が記されていたという。
『拙は、殿下の御心のままに――』
マスターコメント
ミドルシナリオ難しい 報酬:標準8 / 6〜8人
2023年11月12日 23時10分28秒 公開
相談掲示板
シーフのトーラです。 帝都攻略の準備としての偵察ですね。よろしくお願いします! 気を付ける事は道中のクリーパーとの戦闘と、(PL情報ですが)エフレムさんへどう接するかでしょうか。 クリーパーへの対応はシロフクロウ型対策に暗視があった方が良さそうですね。飛行されると手が出せないので降りてきた時を狙うか、射撃攻撃手段を持つ方へ任せる等でしょうか。 エフレムさんへは以前頂いた感謝状を持っていってレイウェストさまの事を話してみようかと考えています。
キャスターのスィーリーンと申します。よろしくお願いします。 戦闘時は、魔法での攻撃かBS付与を考えております。 あとは、エフレム様とは是非お話ししたく思いますが どう話せばと悩んでいる所です。
キャスターのジュストだ、よろしく。 道中の敵に注意、必要に応じて交戦して進軍ルートや補給路の調査と確保、突入時に破壊しやすそうな城壁のひび割れなどの確認が必要……とのことだから。 道の状況、安全性の把握はどうするか。 敵とはどの程度、どういう状況で、どういう風に交戦するか。 城壁はどうやって確認、調査するか。 このあたりは皆で相談して、分担して調査したり、連携して戦闘出来たらと考えている。 俺は今の所進軍ルートや補給路の選定用に戦術眼が使えないかとか、壁調査用に透視や飛行が使えないかを検討中。 エフレム殿とは基本危害を与えたり敵対行動を取らないことは統一して、どのように接するか、どんな話をするかはある程度個人の裁量に任せても良いのでは、と。 一応交渉術は上げられる所まで上げていこうかとは考えているよ。
シーフのベルクだ、よろしく頼む。 とりあえずマッピングしつつ道の状況を確認しながら行軍をと考えている。 エフレム卿に関しては。 見つけ次第殿下に関してどう思っているのか、何を考えて行動したのか等、知っていることを軒並み紙に認めさせる。 あの殿下限定コミュ障はいい加減自身の本当の立ち位置を吐いて貰わねば。
ウォーリアのゲルダです。よろしくお願いしますね。 >道中 現状では、攻撃よりも防御に寄せてタンクのような立ち回りを想定しています。 ウォークライを習得しましたので、2回までしか使用できませんが、クズリ型についてはこれで引き寄せてしまおうかなと。 もう一枠は悩んではいますが、シロフクロウ型用にシーザーロア……でしょうか。 シロクマ型は近接物理攻撃のみとのことですので、こう、物理でいい感じにできたらいいなと……っ (ウォーリア鎧を装備する関係で物理攻撃力が大変悲しいことになっていますので、攻撃については他の皆さまにお願いする形になりそうです……)(移動力3は確保可能です!) >エフレム様 何をお伺いするかは、現状まだ考え中で……。 洞察を所持予定ですので、表情等から真偽を判断できればなと考えています。
ごきげんよう。 ヒーラーのレティシア。レインフィールと申します。 皆様、よろしくお願い致します。 >道中 基本的には私は回復を主に行いつつ 戦闘後の回復でも充分そうでしたら攻撃を行う形を想定しております。 全体方針としてはジュスト様の仰るように避けられそうな戦闘は避け 進軍ルートや補給路確保の障害となる敵は撃破とする流れとなりますでしょうか。 >調査 既に挙げられておりますように『戦術眼』は進軍ルートや補給路選定に有効かと存じます。 ただシロフクロウ型対策で恐らく多くの方が『暗視』を使用する関係上 エフレム様の対話対策も含めて汎用スキル分担が必要でございますね。 >エフレム様 対話が上手くいかなかった際の保険として 『残留思念感応』での情報収集を検討しておりますが 他に優先すべきスキルがございましたらそちらを優先させて頂きます。
あまりレベルは高くないですがサバイバル知識で道中の行動をサポートしようと思います。もうひと枠は暗視ですね。 念のため魔矢も持っていって、フクロウが降りてくるまでの牽制など出来るようにしておきますね。
そうだね、俺は戦術眼と交渉に振ろうと思うのでフクロウ型に関しては暗視等で捕捉できて尚且つ長距離攻撃手段がある人にお任せしようかな。 幸い遭遇数は少ないと見込まれているので索敵で必要最低限の交戦で留められると良いのだけれど。 クズリ型に関しては範囲攻撃魔法で、シロクマ型に関しては魔法攻撃力を高めにしていくので通常攻撃魔法か単体攻撃魔法スキルで対応予定だよ。
遅参申し訳ない。 シーフのナハティガル=ラーだ。――今回は宜しく頼む。 >道中 宗波で周辺の地形調査を行ない、進軍や補給に適したルートを選定。 同時にクリーパーの出現地点等の記録もして行く予定だ。 >戦闘 可能な限り戦闘は避ける方針で異論はない。 ただ汎用スキル枠は調査と情報収集用で埋まってしまいそうな為、シロフクロウ型の暗所対策用に暗視を持っていくのは難しい。 その代わり、宗波での索敵と【マーク】で現在地を把握。言葉での座標周知を考えている。 >エフレム 帝国皇子やイダ妃に対して愛情(執着?)を強く抱いているのは明白。 その線を突いて行けば何らかの情報は得られる……かもしれんな。 >スキル 特性:宗波、フォアクロウズ アクション:フェザーステップ、疾風足、見切り3(残り1枠) 汎用:戦術眼、看破or洞察 現時点では上記のスキル構成を予定。