【祈樹】然らば続く標の上【緑陰】

炙りとろ左門

コメント 1

シナリオID:3199

オープニング

 【メドゥの指先】、『青の薬指』が起こした事件からしばらくして、【ひよこ隊】はシルトラース帝国北西部の小都市サルージュに逗留していた。
 サルージュは〈緑陰の王〉ゼルバ・ルーが飲み込んだ小都市エルバナの近隣にあり、エルバナ唯一の生き残りとなったナビアもまた、この街で暮らすことになった。まだ本人は馴染めていないようだが、セイアッドと過ごしている間は緊張も和らいで見える。

 一方、【ひよこ隊】の面々が囲むテラス席の空気は張り詰めたものになっていた。
「解散って、どういうことだよ」
 ナルシルが低く唸る。が、ミュルグレスはいつも通りのすまし顔だ。リディルは一触即発の雰囲気である二人の間に入って、衝突を防いでいる。
「言葉、どおり。ここからは、別行動」
「それはてめえの旅に付き合うってことで、まとまったはずだろうが!?」
 ミュルグレスが告げた言葉にナルシルは食ってかかった。自分たちが何を目指して、どこへ向かうのか――一党の頭目(パーティリーダー)であるミュルグレスの意向に従い、それを支えるという結論に至ったはずだった。それを今更ひっくり返されるとは思っていなかったのだ。
「みんなが、私のためって考えてくれたのは……知ってる。だからその私が必要ないと言えば、それも」
「必要ねえ、だと?」
 ナルシルがミュルグレスの胸ぐらを乱暴に掴み、ミュルグレスは口を噤んだ。
「あたしはてめえが嫌いだ。むかつくんだよ、何も言わずに、全部分かった顔して――」
「知ってる」
 ミュルグレスはナルシルの手を取り、振り解いた。それにナルシルはますます眦を吊り上げる。
 理解することと、受け入れることとは別。そう突き放されたことに、どうしてこんなにも腹が立つのか。
「……はん。おうち(大森林)にでも帰りたくなったってか?」
「それも、いいかもしれない」
 ナルシルの挑発にミュルグレスが乗ってこないのは想定通りだ。しかし、ナルシルはわずかに目を瞠る。
 ナルシルの知るミュルグレスは、常にぼうっとあさっての方向を眺めて思惟に耽っては、自信満々に決定を下す冒険者だった。そうして得られるものは多く、三人はだからこそ、ミュルグレスを信用していたのだが。
 このまま北壁を無視して西に抜ければ、ミュルグレスの故郷(フィルエス大森林)である。本当に帰りたいと思っているのかもしれない。そしてその理由も察しがつく。
「今更怖気付いたってのか?」
 凄惨な過去を手放すことができずに泥沼に溺れた少女は、最後まで世界を呪っていた。広がる世界への鮮やかさのみを見てきたミュルグレスにとって、それは受け入れ難いものなのかもしれない。
 だがそれは、恐れの本質ではない。おそらくミュルグレスは、ディルクラムを通して別の恐怖を見出したのだろう。
「とにかく、ひよこ隊は、解散」
 ミュルグレスは一歩後ろへ退いた。伸ばしたナルシルの手が宙を掻く。ミュルグレスの瞳は『これが互いに必要な距離だ』と語っていた。
「今まで、ありがとう。楽しかった」
「ミューさん……」
 状況を見守っていたリディルは、どうしたら良いものかとミュルグレスとナルシルの顔を交互に見つめるのだった。

====

「彼女のこと、か?」
 ドゥリンから投げかけられた問いに、セイアッドは顔を上げる。
 エーテル浄化者であるという立場ゆえか、セイアッドは農夫からの頼まれごとをこなしていた。土地が豊かさを取り戻せるようにという彼の祈りを、ドゥリンは少し離れたところで見守っていた。
「あんまり……彼女のこと、知らないなって」
「期待されているほど、詳しいわけではないが」
 長くディルクラムと旅をしてきたということもあり、セイアッドは【メドゥの指先】に関する聴取も受けている。該当の人物が幹部であったということもあり、聴取はもう少し続くようだ。
 しかし自分が知っていたことはあまりにも少なかった――それを日々思い知らされていると、セイアッドは語る。
 それに、ドゥリンは歯切れ悪く切り出した。
「ミューが、あの人のことで悩んでる……みたいで。ううん、あの人の中に何か、視たんだと、思います。帰りたいとか、ひとりでいたいとか、あのミューにそう思わせるほどの……何か。あの人のことを知ることで、その正体が分かるんじゃないかと思って」
「……残念だが、力にはなれないな」
 ディルクラムが沈む失意の沼の表層しか、セイアッドは理解できていなかったのだから。
「すみません。ありがとうございます……」
 ドゥリンは思案ののちに引き下がる。彼もまだ心の整理がついていないのだ。無理強いはできまい。ドゥリンは軽く頭を下げ、広場の方への歩き出した。
「解散、なんて言い出さないといいけどな」
 そうしてこういう時に限って、悪い予感はあたるのだ――。

解説

みなさんはシルトラース帝国北西部の小都市サルージュを訪れました。 先の戦い(『【祈樹】潰えぬ明日を賭けて【緑陰】』:炙りとろ左門)の後の補給地として選んだかもしれませんし、たまたま通りがかったのかもしれません。 サルージュでは季節の終わり、傷みの始まった果実をジュースや酒にして、川のほとりで振舞います。ささやかな催しですが住民にとっては大事な行事。特に最近は痛ましい出来事も多く、それを払拭する機会を求めてのことでもあります。 ひとつの旅の終わり、ごゆるりとお過ごしください。 ● NPC ミュルグレス:ひよこ隊の隊長。ナイスバディのエルフ、キャスター。星に導かれ、極北を目指す。 ドゥリン  :同隊のイケメンヒューマン、ヒーラー。 ナルシル  :同隊の平坦ドワーフ、ウォーリア。 リディル  :同隊のボクっ娘ハフビ、シーフ。 セイアッド :【青の薬指】ディルクラムにそれと知らず同行していた、エーテル浄化者。 ナビア   :【青の薬指】ディルクラムの手によって壊滅した小都市エルバナ、その生き残り。 ● 備考 *マスターページは参照しなくても問題ありませんが、描写やマスタリングに関する項目があります。 *本シナリオではNPCによる質疑応答はありません。

マスターより

はじめましての方ははじめまして。お馴染みの方はこんにちは、炙りとろ左門です。 【祈樹】事後シナリオです。やり残したことがある方などはどうぞ! このあとは【緑陰】へとフォーカスがもどります。 それでは、皆様のご参加&プレイングをお待ちしております!

リプレイ

● 巡る朝夜の物語
 この地域において、冬支度をはじめる時期の見極めは非常に重要だ。ここは王国のように暖かくもなければ、地に恵みが溢れているわけでもない。それでも営まれてきた生活を手放さないと決めたのなら、行動しなければならない。
 その上で、サルージュの人々は、隣人と酒盃を交わす機会を大切にしている。セイアッド(エーテル浄化者)とナビア(みなしご)を快く受け入れ――もちろん、それぞれ思惑や理由はあろうが――困難を分かち合い支え合う姿は、セイアッドには眩しく映った。

「……ごめんなさい」
 エリカ・プレトリウスはその様子を見て、小さく懺悔した。

 祭の喧騒から少し離れた下流。ふたりはそれぞれ手頃な石の上に腰掛け、静かな葉擦れの合間に言葉を交わしていた。
 エリカの膝の上で握り込まれた手の中には、勇気を出すためのお守り(ウッドタグ)がある。その形をもう一度確かめて、エリカは口を開いた。
「そんな顔をさせたいわけでは……なかったのに」
 同族を守りたかったし、少しでも光のある方へと導いてあげたかった――そう望んでしたことは、彼(セイアッド)をむしろ苦しませているのではないか。
 エリカはセイアッドの横顔から視線を逸らした。
「貴方のその目が、自分に似ていると思って、ずっと気になってて。お互い、人が嫌いなのに、分かってたのに、それでも」
 そして、声を詰まらせる。だがなんとか、続きを絞り出した。
「救われて、ほしかった。貴方を導けるものなんて、何も持ってないのに。わたしは――」
 ついに少女の目からも感情が溢れそうになった時、その頬に温かいものがふれた。
 硬い。顔を上げてみると、温められた果汁で満たされた杯が目の前にあった。
「まだ口はつけていない。飲むといい」
「あ……」
 痛いくらいに握り込んでいた手の力が、緩む。
「君を恨んではいない。謝ることでもないし、いや、そうだな……君の気持ちを聞いて、確信が持てたような気がする」
 セイアッドは言葉を選んでいた。エリカに杯を渡し、長考に入る。エリカはセイアッドの出す結論をじっと待った。
 そよぐ風は涼しく、やがて暮れゆく川のほとりを照らす。しばらくして、セイアッドは静かに言葉を紡いだ。
「確かに、救われたいと、導かれたいと望んだ。それがそもそも、間違いだったのだろう。誰か(彼女)に求めるものではなかった」
 そう語りながらも、セイアッドは絶望している様子ではなかった。むしろ口元に笑みさえ浮かべている。
「もう、自分で探しに行けるものだった。昼に見つからない星は夜に。夜に見つけられないのなら、見つけられる場所まで歩けばよかった。光が雲に遮られていたとしても、星々がそこで輝いていることには変わりがないのだから……彼女の最期は、私の後悔のままでいい」
 語り終え、セイアッドはエリカを振り返った。
「……君は、これからどうする?」
 エリカは息を呑んだ。それは、エリカが先ほどセイアッドに声をかけた時にした質問だった。エリカが咄嗟に答えられずにいると、セイアッドは慌てた様子で付け加える。
「ああ、深い意味はない。どこにいるのか聞きたかっただけだ。ナビアのこともあるが、いくらか落ち着いたら会いに行けたらと……今日を最後にするには、あの子(ネム)にも挨拶ができないままになってしまう」
 セイアッドはそこで口をつぐんだ。
「いや……どうにも、やたらと言葉が出てきてすまない。……手を」
 そしてそう短く告げると、セイアッドはエリカの手を開き、手のひらに出来た小さな傷をハンカチで覆い、結ぶ。
「きみが選ぶ道に、どうか悔いが残らぬように」

● 共に歩むことの意味
 シルヴィア・A(アルヴィン)・カペルが奏でる旋律は、サルージュの人々の心を癒やした。乾いた土が水を飲むように、『ささやかな祭』の空気はいつの間にか屈託のない笑顔で溢れている。
 それがたとえひと時の慰めだとして、誰がそれを責められよう。
 朝になれば酔いは醒める。夢は消える。それは、自分ではどうしようもない天変地異によることもあるかもしれない。ただ、この瞬間にいつでも立ち戻れるのなら――きっと。

『本当に?』

 眼裏(まなうら)に残る男の幻影が、そう呟いたような気がした。
 幸せな記憶が、愛する人々との日常が、二度と見ることも叶わぬ景色と思い知らされた時。シルヴィアとて、男と同じように絶望しないとは限らない。
(でも私は、自分の不幸を誰かにも負って欲しいとは思わない)
 そうなりたくないと、シルヴィアは願っていた。困難を分かち合う方法は、他にもたくさんあるのだから。

 演奏を交代し、シルヴィアは休憩しようと席を立った。荷物置き場まで戻ると、鞄の中からカペル産の葡萄ジュースのボトルを数本取り出す。しばらくは酔わずにいたいというのもあるが、これを渡したい人物がいた。

「ミュルグレス、探したよ」
 シルヴィアは川の畔にある大岩の上に、目当ての人物(ミュルグレス)を見つけた。岩の上から沈む夕陽を見つめる少女の横顔は、どこか不安げだ。
「ああ、降りてくる必要はないよ。もうひとりくらいは座る余裕はありそうだし、私がそっちに行く」
 シルヴィアは岩の近くに転がる大小の石をひょいひょいと踏み台にして、岩の上に降り立った。そして小ぶりなボトルを一本、ミュルグレスの方に差し出す。
「故郷のジュースを持ってきたんだ。頑張った君へのご褒美だよ」
「頑張れた……のかな」
 ミュルグレスはありがとうとボトルを受け取りつつ、目を伏せた。
「後悔がある?」
 シルヴィアはミュルグレスの隣に座り、自分用に用意したボトルを開けた。同じく準備した木の杯に中身を注ぐ。ミュルグレスもまた同じように手を動かしながら、首を横に振った。
「怖い、とは思った」
 世界は美しいものばかりではない。わかっていたつもりだった、だけ。瑞々しく生い茂る新緑の下に泥濘が広がっていることは知っていても、それをわざわざ確かめようとはしてこなかっただけだ。
「それは、君が美しいと思ったものの、真の姿だと思う?」
 ミュルグレスは再び首を振る。植物の本質は、土にはない。同様に人の一側面でしかないものを、本質とは言えないだろう。
「なら、それが君が今まで見てきたものの美しさを損なうことはないはずだ。私はむしろ……だからこそ世界は素敵なもので溢れているのだと思っている」
 シルヴィアが今一口含んだ故郷の味にも、多くの物語がある。それを飲み干したとて失われることがないものだ。
「怖いと思う気持ちも、わかる。私たちに永遠は約束されていないから。だから、せめて後悔のないようにしたい。……私はね」
 シルヴィアはさらに「ひよこ隊のこと好きだったよ」と前置き続ける。
「ひよこ隊の頭目(リーダー)は君だ。仲間が後悔しないことも、君は考える立場にある」
「みんなが、後悔しないように……」
 ミュルグレスは杯を傾けた。優しい味がする。
「ありがとう。もう少し……考えてみる」

● その輝きの真価
「ミュルグレスを見なかったか?」
 ナハティガル=ラーは会場に戻ってきたセイアッドにそう尋ねた。セイアッドはすぐに頷き、川の上流を指差した。
「登っていくのが見えた。見晴らしの良いところで星を読むのだろう」
「……そうか。感謝する」
 ミュルグレスの氏族の特徴なのか、彼女は選択に迷う時に星を読んでいる。エルバナでの一件が後を引いているのか、導きが欲しいのだろう。
 ナハティガルは上流へ向かおうとする前に、賑わう人々の顔を見回した。
 エルバナが一度は奪われながらも、再び取り戻そうとしていた光景――そう思えば、ナハティガルの脳裏に過ぎるのは或る少女の最期だ。
 獣に縋りついて嗚咽していた少女。彼女(リフ)だけが私(ディルクラム)を愛していたというのなら――
「その者と共に生きるだけでは、……駄目だったのか?」
 ナハティガルの小さな呟きを聞き取れず、セイアッドは目を瞬く。ちょうどいいと、ナハティガルはセイアッドに問うた。
「彼女(ディルクラム)は、エルバナの人々に恨みでも抱いていたのだろうか」
「彼女はすべてのヒトを憎んでいた。そして私も含め、エルバナが選ばれたのは……ただ彼女にとって『都合がよかったから』に過ぎない」
「……そうか」
 彼女自身がそう扱われてきたがゆえに、同じ手段を取るしかなかったのか、意趣返しだと敢えてそうしたのかまでは、もはや分からない。
 ナハティガルはセイアッドに礼を言うと、歩き出した。

 やがてミュルグレスの背中を見つけ、ナハティガルは声をかける。ミュルグレスは足を止めて振り返り、ナハティガルが追いつくのを待った。
「星を読みに行くと聞いた」
 ナハティガルの言葉に、ミュルグレスは小さく頷く。
「どうすべきなのか、示してほしくて」
「迷いがある、と?」
 ナハティガルはミュルグレスを見つめた。話しかければじっと見つめ返してくる金色の瞳は、しかし今日は頼りなく伏せられている。
 ――自分に道を示した星の輝きは、果たしてまだあるのか、と。
 沈黙するミュルグレスに、ナハティガルは重ねて尋ねた。
「世界の残酷さに怖じ気付いたのか? 夢も仲間も、放り出してしまえるほど」
 ミュルグレスの長い耳先がぴくりと動く。
「……それも、怖いけど。でも……私が間違えたら、みんなが傷つく」
 これまで、道すがらの危機はいくつもあった。だが『取り返しのつかない惨劇』と直面することはなかった。ミュルグレスはそれを恐れているようだった。
「それは……仲間たちも同じだろう?」
 しかし、ナハティガルはすぐに切り返した。
「アンタはひとりじゃない。理不尽な残酷さで溢れる世の中で生きていくために、人は寄り集まっている。そして、鮮やかなもの、輝くものだけが価値ある黄金とは限らない」
 信じられないのなら、とナハティガルは夕闇に輝きを放つ星を見上げる。
「その上で星に答えを求めれば良い。その結果大森林に戻ることになったとしても、アンタの人生だ」

● 美しくも残酷な煌めきが示す場所
 川の上流、開けた場所に足を踏み入れると、すでにその男は座り込んで星を見上げていた。
「おっ、来たな」
 ミュルグレスに気づいたヴァンゲルス・ロッドは、脇に置いた樽を軽く叩く。
「準備はできてるぜ」
 いつか飲み交わそうという約束があった。ミュルグレスはそれに応じ、ヴァンゲルスのそばに腰を下ろす。
 器に注がれる酒は、痛みのはじまった果物をまとめて絞って作られたものだという。何種類もの果物が混ぜられるため、このサルージュの土地特有の風味になるという。
「ま、酒に関しちゃ俺が勝手に言ってただけにしても。星を読むのに付き合うのが俺で良いのか?」
 器に注いだ酒をミュルグレスに手渡しながら、ヴァンゲルスは小首を傾げた。ミュルグレスは頷き、酒盃を受け取った。
「ひとりだと、不安だから」
「そうか」
 あんな態度をとった手前、一党の面子(ナルシルたち)には頼みにくいのだろう。ヴァンゲルスは特に追求するでもなく受け入れ、ミュルグレスの酒盃に自分のそれを軽く合わせる。
「……お前さんの決めたことにゃ、俺は口を出さんよ。だが、アイツらにゃせめて、話しておかないとな」
 一度はまとまった話をひっくり返すのだ。納得できる、できないに関わらず、筋は通すのが礼儀だとヴァンゲルスは語る。
「だがアイツらがお前さんに勝手についてくるのは、どうしようもない」
 そして、ぐいと一息に中身を呷った。
「……そうだね」
 ミュルグレスもまた酒を飲み干し、次を注ぐ。そして酔いが回らぬうちにと夜空を眺めた。
 煌めく星々は、確かにまだそこにある。ミュルグレスは小石を足元に並べて星図を作り、星の巡りを占った。
 しかし運命の星が指し示す先は変わらず、遙か北。ミュルグレスは小さく唇を震わせる。
 父が目指した場所に続く光だ。そこに何が待つのか、父がなぜ極北を目指したのか、知りたいという気持ちがミュルグレスの体を動かしてきた。星々の光は心の支えでもあり、しかしここに来て、「どうして諦めさせてくれないのか」とさえ思う。

 いつの間にか、旅の目的よりも大切にしたいものができてしまっていた。

 フードを目深に引き降ろして俯いてしまったミュルグレスの傍らで、ヴァンゲルスは夜空を見上げ続けていた。
「……綺麗だよな。それから、残酷だ。だけどな」
 ヴァンゲルスは酒盃を置いて、コインを一枚取り出した。
「手を伸ばせば届くかもしれねえ綺麗なモンを見つけちまったら、もう諦められねぇ、死に物狂いでも足掻くしかねぇのさ。その価値は自分にしか決められない」
 ヴァンゲルスにとってはこのコインがそうだ。
「どう転ぼうと、俺はお前さんの物語を最後まで見届けさせてもらうぜ。勝手にな」

● 薄明の北壁に待つもの
 ――半月後。
 一面の白銀が朝日を反射する、その強い光によってナルシルは目覚めた。幕はしっかり閉じたはずだが、わずかな隙間から朝日が射し込んでいる。
 テントの中を確認すると、他二人は眠っているがミュルグレスの姿が見えない。ナルシルはそれに目を眇めた。
 四人でいることが当たり前になっていた。それを思い起こさせるのがあのひょろ草森人(エルフ)のミュルグレスだということが気に食わない。
「あ、起きてる」
 と、豪快に幕を上げて、ミュルグレスが入ってきた。ついでに燦々とした朝日もいっぱいに広がる。
「んぇえ……!? あ、おはようございます」
 それに驚いたリディルが寝ぼけ眼をこすりながら身を起こした。そして、傍のドゥリンを揺り起こす。
「ちゃんと閉めとけよな。寒いんだから」
「うん」
 外気に触れたナルシルの吐く息は白い――ここは、北壁山脈。ミュルグレスから「これだけ付き合ってほしい」と言われてついてきた場所だ。そこにいるであろう人物の話如何で、極北行きを決めるらしい。
(あたしらの気持ちはどうなんだよ……そいつの一言次第で【ひよこ隊】は解散か?)
 そう思いつつも、ナルシルはついてきた。「ここでお別れだ」と言ったミュルグレスがその期限を引き延ばしたのだから、彼女も考えを深めているのだろう。
 どんな結果であれ、真っ直ぐに向き合いたい。ナルシルの瞳は、陽光をいっぱいに取り込んだ。

マスターコメント

【祈樹】はこれにて完結となります! お付き合いいただきありがとうございました。【緑陰】最終章も、ご興味ありましたらどうぞよろしくお願い致します。
ショートシナリオ

ショートシナリオ易しい 報酬:無し4 / 4〜8人

2023年09月15日 10時25分34秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. ナハティガル=ラー

    シーフのナハティガル=ラーだ。――今回も宜しく頼む。 出発直前の顔出しとなり申し訳ない。 俺はミュルグレスと対話し、自分なりに助言を試みるつもりだ。

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0