とうきび畑で過ごす夏。
蓮華・水無月
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シナリオID:3179
オープニング
さてその日、冒険者ギルドを訪れたのはリブラネスタのとある街角にあるという、小さな衣装屋の店主アグリアだった。
「実は、故郷の祖母の畑を手伝って頂けないかと思いまして」
そうして真面目な顔で事情を語ったことには、例年夏になると従業員たちの慰安旅行を兼ねて、彼の故郷であるシルキンス村に住まう祖母アフラリアが所有する畑で育っている、トウモロコシの収穫に行っているのだという。
「ですが今年は、リブラネスタを離れるのはちょっと難しくて……」
先ごろ、リブラネスタが滅亡するのではないか、という噂が街中を流れたことがある。それ自体はどうやらデマだったらしいという話をアグリアも聞いたものの、いまだそわそわと落ち着かぬ従業員も居るし、彼自身も店を離れている間になにかあっては……と不安が拭えない。
だが、トウモロコシは人類の都合も事情も関係なく、すくすくと育っている。
「トウモロコシは、収穫時を逃すと実が固くなってしまいますが、70を過ぎた祖母1人では畑1面を見回って収穫していくのは大変です」
村人達も当然お互いの畑を手伝ったりはするが、この時期はどこも似たり寄ったりの状況だ。だからこそアグリアが、有志の従業員を慰安旅行代わりに連れて行き、収穫の手伝いをしていたのである。
そこで、自分達の代わりに誰か手伝いを頼めないか――そう考え、冒険者ギルドを訪れたのだった。
「もちろん、少なくはなってしまいますが報酬はお支払いいたしますので」
最後にそう頭を下げたアグリアに、承りましたと受付嬢は頷き、依頼表を貼り出したのだった。
●
「おーい、リアばーちゃん! アグリアから手紙だぞー!」
「あらま、ありがとうねぇ」
シルキンス村の郊外にある畑でアフラリアは、孫から言付かって来たという手紙を村人から受け取りにっこりした。シルキンス村では10日に1度ほど、村で入用なものをリブラネスタへ買い出しに行く習慣があり、その際に孫への手紙を託したり、こうして孫からの手紙を受け取ったりする事があるのだ。
今年のトウモロコシ畑の手伝いの日程を知らせて来たのかと、手紙を開いたアフラリアは――ちなみに彼女は若かりし頃に冒険者ギルドの職員をしてた事があり、読み書きは問題ない――文面を読んで、まあ! と眉尻を下げた。
「あの子ったら、今年は来れないから冒険者さんを頼んだだなんて。ご迷惑でなければ良いけれど……」
もちろんアフラリアとて、冒険者が必ずしも危険な依頼ばかりではなく、街の便利屋さんのような仕事を請け負うこともあるのは知っている。知っているが、身内の事でお手間をかけるなんて、と心配な顔だ。
そうして、お越しになったら泊って頂く場所を用意しておかなくちゃと、アフラリアは村人に声をかけ始めたのだった。
「実は、故郷の祖母の畑を手伝って頂けないかと思いまして」
そうして真面目な顔で事情を語ったことには、例年夏になると従業員たちの慰安旅行を兼ねて、彼の故郷であるシルキンス村に住まう祖母アフラリアが所有する畑で育っている、トウモロコシの収穫に行っているのだという。
「ですが今年は、リブラネスタを離れるのはちょっと難しくて……」
先ごろ、リブラネスタが滅亡するのではないか、という噂が街中を流れたことがある。それ自体はどうやらデマだったらしいという話をアグリアも聞いたものの、いまだそわそわと落ち着かぬ従業員も居るし、彼自身も店を離れている間になにかあっては……と不安が拭えない。
だが、トウモロコシは人類の都合も事情も関係なく、すくすくと育っている。
「トウモロコシは、収穫時を逃すと実が固くなってしまいますが、70を過ぎた祖母1人では畑1面を見回って収穫していくのは大変です」
村人達も当然お互いの畑を手伝ったりはするが、この時期はどこも似たり寄ったりの状況だ。だからこそアグリアが、有志の従業員を慰安旅行代わりに連れて行き、収穫の手伝いをしていたのである。
そこで、自分達の代わりに誰か手伝いを頼めないか――そう考え、冒険者ギルドを訪れたのだった。
「もちろん、少なくはなってしまいますが報酬はお支払いいたしますので」
最後にそう頭を下げたアグリアに、承りましたと受付嬢は頷き、依頼表を貼り出したのだった。
●
「おーい、リアばーちゃん! アグリアから手紙だぞー!」
「あらま、ありがとうねぇ」
シルキンス村の郊外にある畑でアフラリアは、孫から言付かって来たという手紙を村人から受け取りにっこりした。シルキンス村では10日に1度ほど、村で入用なものをリブラネスタへ買い出しに行く習慣があり、その際に孫への手紙を託したり、こうして孫からの手紙を受け取ったりする事があるのだ。
今年のトウモロコシ畑の手伝いの日程を知らせて来たのかと、手紙を開いたアフラリアは――ちなみに彼女は若かりし頃に冒険者ギルドの職員をしてた事があり、読み書きは問題ない――文面を読んで、まあ! と眉尻を下げた。
「あの子ったら、今年は来れないから冒険者さんを頼んだだなんて。ご迷惑でなければ良いけれど……」
もちろんアフラリアとて、冒険者が必ずしも危険な依頼ばかりではなく、街の便利屋さんのような仕事を請け負うこともあるのは知っている。知っているが、身内の事でお手間をかけるなんて、と心配な顔だ。
そうして、お越しになったら泊って頂く場所を用意しておかなくちゃと、アフラリアは村人に声をかけ始めたのだった。
解説
◎目的
シルキンス村に住む老女アフラリアの畑を手伝って、トウモロコシを収穫しよう。
皆さんは冒険者ギルドで依頼を見て、リブラネスタから馬車で2日ほど揺られシルキンスという農村にやってきました。
アフラリアには、アグリアから畑の手伝いに冒険者をお願いした事が伝えられています。
当日は「まあまあ、うちの孫が大変なご迷惑をおかけしまして」などと言いながら出迎えてくれるでしょう。
ぜひ、アフラリアを助けてやってください。
◎具体的には?
アフラリアの畑(50メートル×50メートル程度)に生えているトウモロコシを収穫してください。
収穫に必要な道具などありましたら、アフラリアが所有しているものや、他の村人が使っていない道具を貸してもらうことが出来ます。
収穫したトウモロコシはその後、半分ほどを他の村人がリブラネスタへ売りに行き、残り半分は干して保存食にします。
干す作業も手伝って頂けると、大変喜ばれるでしょう。
他に良い保存方法があれば、教えてやって頂けるとなお喜ばれます。
作業中、売り物にならず、保管倉庫にも入りきらないトウモロコシは、皆さまでご自由に食して頂くことが出来ます。
よろしければ、ぜひ。
◎つまり何をする依頼なの?
トウモロコシを収穫したり、次の作物を植える準備をしたり、トウモロコシを美味しく食べたり、アフラリアを労ったりする依頼だとお考え下さい。
他にも何か思いつくことがあれば、世界観などに反しない範囲でご自由に行って頂くことが出来ます。
調理したトウモロコシはお持ち帰り頂くことも出来ます(描写のみとなります)。
◎登場NPC
アグリア……
28歳。
栗色の髪と金の瞳の青年で、衣装屋の店主。
若い頃から修業を積んで、5年前に独立し衣装屋〈ヴェスチド〉を開店した。
どちらかと言えば義理堅い真面目な性格。
特に絡みが無ければ出て来ません。
アフラリア……
74歳。
白髪と金の瞳の老女で、シルキンス村で農業を営んでいる。
若い頃は冒険者ギルドで職員をしていたが、結婚を機に故郷シルキンス村に戻り、農婦になった。
アグリアから『リブラネスタで一緒に暮らさないか』と誘われているが、おばあさんの故郷はここですよ、と拒否している。
シルキンス村の人々……
基本的には人の良い方ばかりです。
1人暮らしのアフラリアを心配し、リアばーちゃんと呼び慕いながら見守ってくれています。
農繁期はどこも忙しいので手伝いは出来ません。
マスターより
いつもお世話になっております、または初めまして、蓮華・水無月と申します。
夏の暑さにも負けがちな今日この頃、こんなお困りごとで失礼いたします。
とうきび(トウモロコシ)、大昔に家で育てた事がありますがわりと難しいですよね……。
収穫に適した時期が2~3日というのも厳しい。
こちらの依頼では、村に着いた時が収穫時期ですので、その辺りはご安心して頂ければ幸いです。
なお、シルキンス村並びにアグリアは蓮華の過去依頼(『針と糸とでお手伝い。』『【夏果】フルーツが多すぎる!』など)にも登場しておりますが、ご存知なくても何1つ問題ございません。
そんなこんなでとある老女のお困りごと、お気が向かれましたらどうぞお気軽に、お助け頂けますようよろしくお願い致します。
リプレイ
さてその日、シンディー・ホシカとロッカード=キリヤが揃って依頼に参加したのは、シンディーが声をかけたからである。
「冒険者として組めるか、この依頼で試してみる?」
誘い文句はともすれば挑戦的で、けれどもキリヤはそれをらしいと思う。かつては恋人同士だった彼らは、だが今はそうではない。
その過去に、そろそろケジメをつけるべきだろう。――きっと彼女もそう思っている。
だから、
「わかった」
頷き一緒に依頼を受けて、馬車に揺られてやって来たその村では、これぞ田園風景といった光景が広がっていた。村の入り口には白髪に金の瞳の老女が居て、到着した馬車を出迎えてくれる。
依頼人の祖母だと名乗ったその女性は、そうして9人の冒険者に微笑みながらも頭を下げた。
「まあまあ、ようこそお越し下さいました。うちの孫がご迷惑をおかけしまして」
「ご迷惑だなんてとんでもないです。依頼として来ているので遠慮なく使ってください」
「ええ。『街の便利屋さん』ですから」
そんなアフラリアの手を取って、トーラはにっこりと首を振る。その横からキリアン・フィッツジェラルドもそう言い添えれば、かつてはギルド職員だったというアフラリアは、うふふと懐かしそうに微笑んで。
畑はこちらです、とゆっくり、だが聞いた年の割には元気に歩き出したアフラリアに連れられ少し歩いた、その先に緑の畑は在った。小柄な者なら見上げるほどに背の高い、すくすくと育ったトウモロコシ。
ほー、と首が痛くなるほどに見上げながら、トーラが尋ねる。
「この1面全部ですか?」
「そうなの。冒険者さんなら、体力のある方も多いでしょうけれど……」
「はい! 力仕事ならお任せください!」
その言葉に、カミンル・マオが大きく元気に手を挙げた。脳筋だと自負するカミンルは、今日はとにかく力を使って収穫したり、収穫したものを運ぶのをメインに頑張ろうと決めている。
代わりに、
「頭を使うのは皆に任せます!」
「はは……頑張ります」
そう言いながら主に友人達を曇りなき眼で見つめる、カミンルにキリアンはポリポリと頬を掻きながら応じた。と言ってもキリアン自身も、カミンル同様に力仕事を主体にしようと思っているのだが。
とにもかくにも、まずはトウモロコシを収穫していかなければならない。
「確か、ひげの色が変わっていたら食べ頃ですね!」
そんなトーラの言葉と、よくご存知ね、と頷くアフラリアの言葉を胸に、冒険者達は手近なトウモロコシから順々に確認しつつ、どんどんとトウモロコシをもいでいく。背の高い者は上の方に実っているものを、低い者は下の方に実っているものを――と自然と役割分担をし、キリアンやトーラはスキルでも収穫時期を見極めて、他の冒険者へと共有し。
わいわいと賑やかに声を掛け合い、ガサガサと茎を揺らしながら収穫をしていくトウモロコシ畑の中で、
(重い……暑い……収穫ってこんなに大変なんだ……)
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは早くも疲労困憊しつつ、ポキリ……ポキリ……とゆっくり手を動かしていた。――なるほどこれも農業なのか、と気分は完全に職業体験である。
冒険者としては経験も豊富なアウレーリアは、だが授恵者として目覚める以前は病弱ゆえに武器も持てない、か弱いご令嬢に過ぎなかった。今は病弱ではなくなったとはいえ、基本的には根性があるだけのか弱い深窓のお嬢様なのは変わらない。
そんなアウレーリアにとって、農業とはこれまで、趣味で花壇をいじったり、馬上から麦の実りを確かめる事で。こんな風にひたすらに手を動かし、ずっしりと重い作物を収穫し、運ぶなんて事は初めての体験。
「――やってるな、リア」
「仕事、です、もの」
そんな主君の様子を確かめる、ナタリア・フィッツジェラルドの言葉にアウレーリアは、肩で息をしながら奥歯を噛み締め、努めてすました顔でそう応える。この従者には何も取り繕えてない気がするが、ぴーぴ―文句を言ったりせず最後までやり切るのだ、と決めていた。
そんなアウレーリアに目を細め、無理はするなよと言い置きナタリアは、アウレーリアの足元に積まれたトウモロコシをひょいと軽々抱えた。そうして運んでいくのは、少しずつ山になり始めたトウモロコシ置き場。
ここにひとまず集めてから、売りに行ってもらうものと保存用に加工するものを分けていくのだという。ふむ、とナタリアはその山を見つつ、これも勉強だなと独り言ちる。
キリアン達が力仕事を担うなら、自分は売り出しの方に関われればと思うナタリアだ。それはいつか将来、ネーベルベルク領で商売関連にトライするための、練習も兼ねている。
商業に関する知識はあり、交渉事にも自信はあるが、それを実践できるかはまた別の話だ。ゆえにトウモロコシの小山を前に考えを巡らせる、ナタリアの前にまた新たにトウモロコシを積み上げたアドルフ・ジーノは、ふぅ、と大きく息を吐く。
額に浮かんだ汗を軽く拭い、再び畑の方へと戻りながらふと、遠くを見つめた。村の周りを取り巻くように、見渡す限りに広がる畑――さらにその向こうには草原があり、遠くには森のような影も見える風景。
「冒険者をやめた後はいままで培った医術や薬学を元に、ここに住むのもいいかもしれないね。農作業しなから、学んだ医術で治していくみたいな」
「そうですね。願わくば僕も、のどかな原風景に囲まれた余生を送りたいものですけども……」
その光景を見つめながら、ポツリと呟いたのはもしかしたら、アフラリアが元冒険者ギルド職員と聞いたからかもしれない。冒険者を辞めた、さらにその先の未来――それを思い描くアドルフに、新たに収穫したトウモロコシを渡しながら、キリアンも頷いた。
それに、アドルフは嬉しくなって声を弾ませる。
「キリアンお兄さんも?」
「はい。いつか、がいつなのか判りませんけれど」
「そっか、そうだよね。いつかできるかなー」
「そうですね、いつか――」
そんなアドルフに頷きキリアンも、アドルフと同じ光景を見つめた。いつか、恐らくは遠い未来に――自分はどこに居て、何をして、この友人達とはどうなっているだろう。
だが、その思索も長くは続かない。アフラリアの様子を見に来た村の子どもの「リアばーちゃーん!」という声に、意識を引き戻された。
(それにしてもアフラリアさんは皆に慕われていらっしゃる)
子どもとアフラリアが何か話している様子を見ながら、キリアンはしみじみ考える。冒険者が到着してから畑までの道すがらも、行き会った村人はアフラリアに気さくに声をかけていたし、今もあの子だけではなく、時折心配そうに遠くからこちらを見やる人影を見かける。
「もしかして、皆様にとっての母親的存在なのですか?」
「まあ! そんな大層なモノじゃありませんよ。ここは小さな村だし、私が村で1番のおばあさんですから」
ゆえに折を見て尋ねたキリアンに、尋ねられたアフラリアはうふふとくすぐったそうに微笑んだ。そうすると金色の瞳が柔らかく細められて――その瞳の色にアステルは、自身の祖母の面影を探すように重ねる。
幼い頃に両親を亡くしたアステルにとって、祖母は親代わりでもあった。ゆえに懐かしく祖母を思い起こしながら、アステルもせっせとトウモロコシを抱きかかえては、置き場まで運んでいく。
そうして一息ついた所で、アフラリアへ問いかけた。
「他にもやっておくことある? 収穫以外にも、なんでもお手伝いするから、遠慮なく言ってね!」
「まあまあ、ありがとうございます。じゃあ、収穫の終わった茎を運んで頂こうかしら」
そんなアステルににっこりして、アフラリアは「あちらへ」と自宅の納屋の脇を指さす。聞けば、トウモロコシの茎や葉を乾かしたものも焚き付けにしたり、肥料としてまた畑に漉き込んだりするらしい。
そう説明するアフラリアに、判ったと頷きアステルは友人達の元へ戻ってその言葉を伝えれば、カミンルがぐっと力こぶを作って頷いた。
「そうなんですね! では、トウモロコシを全部取った茎はどんどん抜いちゃいますね!」
「ありがとう。じゃあ、それはまとめて貰って、まずはトウモロコシをどんどん運んじゃうね! ……っと」
「アステルお姉さん、無理しないでね」
そう言いながら、カミンルが新たに収穫したトウモロコシを運ぼうと持ち上げたアステルが、思いのほか重くて少しよろめく。にこ、と笑ったアドルフがそんなアステルを支えながら、腕の中のトウモロコシを少し引き受けようと手を伸ばし――その姿に、はっ、とカミンルは目を見開いた。
先刻から次々とトウモロコシを収穫しまくり、筋力と逞しさを存分に発揮していたが、これではいけない。見るからにいい雰囲気の彼女達と、頼りになりますとアドルフに、そしてキリアンににっこりされる自分の違い――それはドジっ子成分……!
(僕も収穫の時に転んだふりをして、アドルフさんやキリアンさんに抱き着いたり……それだ!)
訪れた天啓に打ち震えている間にも、アステルとアドルフは両手にトウモロコシを抱えながら、置き場の方へと歩いて行く。ならば狙うはキリアンだ、とカミンルは狩人の眼差しを少し離れた所にいるキリアンに注いだ。
それに気付かぬままキリアンは、次のトウモロコシに手を伸ばす。が、不意に殺気を感じて、バッとその場を飛びのいた。
ズザザザザ……ッ!
そのスペースに、カミンルが滑り込んでくる。キリアンの方に転ぼうという思いが募り、勢いがつき過ぎたのだ。
――束の間の静けさが、2人の間に重く降り積もった。それを打ち破ったのは、戻って来たアドルフとアステル。
「えっと、マオお兄さん……? 大丈夫……?」
「あっ、ちょっと怪我してる! お水で洗う?」
地に伏したままのカミンルに、アドルフがそう手を差し伸べ、アステルが荷物の中から水袋を出しながらその顔を覗き込んだ。ありがとう……とよろよろ起き上がるカミンルに、はっと我に返ったキリアンも遅ればせながら「大丈夫ですか?」と声をかける。
そんな賑やかな友人達の奮闘もあって、畑に残っているトウモロコシもだんだん少なくなってきた。終わりの見えてきたトウモロコシ畑を眺め、ふぅ、とシンディーは息を吐く。
「あと少しね」
「そうだな」
それに頷くキリヤとの間には、今は自然な――それに近い空気が流れていた。収穫を始めた当初こそ、近くに居るとはいえぎこちない空気が立ち込め、相手に声をかけるのにも一拍の余白があったものだが。
今やその空気はすっかり薄れ、時に互いの目線だけで『そこを押さえてくれ』『了解』という会話が成り立つほど。同じ目的でただ無心に身体を動かし、程よく疲弊してきた、そのおかげもあるだろう。
ザクッ、借り物の収穫用ナイフでトウモロコシを切り取りながら、シンディーが不意に言う。
「あの時」
「――ああ」
「あなたのことを嫌いになったわけじゃない」
それは本来ならきっと、2人の仲が終わったあの時にこそ交わされるべきだった言葉。けれどもそれは難しかったと、今のキリヤにはよく解っている。
――あの時の自分は、悪評高い金貸しの父親から商売と負の遺産を受け継いで、余裕の無かった若僧に過ぎなかった。
「でも、私は授恵者としての生き方を選んで、あなたから離れた。そのことは後悔してない」
「ああ。あの頃の俺は、君にすがろうとしていただけだった。別れたことは、お互いに正解だったな」
だから、真っ直ぐな声色で告げるシンディーの言葉に、キリヤは素直にそう頷く。その横顔に、ちらりとシンディーは視線を向けた。
あの時の彼が、今のキリヤだったら。シンディー達はまだ付き合っていたのだろうか。
――けれどもそうじゃなかったから、彼女はキリヤから離れることを決めたのだ。そう考えるシンディーの眼差しに、同意するようにキリヤが微かな笑みを浮かべる。
「あのまま付き合っていても、互いをダメにするだけだったろうな、と今は思うよ。――でも今は、君と同じ授恵者の冒険者だ。だからこそ、あの頃と同じ関係に戻ろうなんて言うつもりはない」
「そう――それが今のあなたなのね」
その言葉に、目を細めたシンディーにキリヤは頷いた。その表情は間違いなく2人の関係が過去のものに過ぎないと復帰り、納得した男のもの。
それにシンディーは息を吐きながら、ナイフを振るってトウモロコシを刈り取る。刈り取った後は、実が残っていない茎葉は畑から抜いて、脇に一カ所にまとめておく。
そうして昼前にはついに、トウモロコシ畑はわずかに実の残るものを残すだけとなった。まだわずかに収穫時期ではないそれらは、アフラリア1人でも十分に見て回れる量だという。
土の茶色と、トウモロコシの茎葉の緑。遠くにはまだ緑の麦穂が見えて、別の幾つかの畑では赤や紫、黄色の実りの色が見える。
その光景を、畑の脇にぐったりと座り込んで眺めるアウレーリアの元へ、やって来たナタリアが声をかけた。
「お疲れ」
「本当に疲れたわ……」
その言葉通り、土に汚れた顔には疲労の色が濃く、瞳はどこか遠くを見つめているようでもあって。――だがアウレーリアは、ただ放心している訳ではない。
眼前の光景に、故郷の田園風景を思い起こしていた。帝国が崩壊して1度は失われた光景――今は少しずつ復興途上ではあるけれど、のどかと言うにはまだ幾分殺気立っている。
かつては故郷も、こんな光景が当たり前に広がっていたはずなのに。
「……彼らにはもう少し楽をさせてあげたいのだけどね」
「――ああ」
ぽつり、呟いたアウレーリアの言葉が、誰に対してのものなのかをちゃんと解っているナタリアは、頷きを返しながらトウモロコシ畑に――その先に広がる農村の風景に目を細めた。アウレーリアの望む田園風景とはちょっと違うかもしれない、と思いながらものどかな原風景を見せたいのも兼ねて連れて来た依頼は、主の心に確かに訴えかけるものがあったようだ。
ふと、依頼書の言葉を思い出した。人類の事情も都合も関係なく、すくすくと育つトウモロコシ――それを育て、収穫し、次の作物をまた育てる農村の人々。
きっと、明日に世界が滅びようとリンゴの樹を植えるとばかりに、彼らは目の前の、自分に出来る事を当たり前に、ひたすらにやるのだろう。それが、人の営みというものだ。
だから。それがゆえにナタリアは、ナタリア達はこの光景を目に焼き付けて、戦うための心に活かしたいと願う。
「……まあ、気負い過ぎても詮無き事だが」
「原点を忘れないのは大事よね」
ぽつり、呟いたナタリアの心情も理解していると言わんばかりに、アウレーリアがそう呟きながらよろよろ立ち上がり。主従は揃って歩き出したのだった。
●
おばあちゃんっ子のトーラにとって、70を超えるアフラリアはなんだか親近感が沸く存在だ。ゆえにしっかり働いて少しでもアフラリアの力になりたいと、とても張り切っていて。
「干す作業もお手伝いしますね!」
「僕も手伝うよ」
山積みになったトウモロコシを前に、はいはい、と大きく手を挙げたトーラの横から、アドルフもひょいと名乗りを上げる。他にも幾人かが手伝いを申し出て、まずは干すものと売りに出してもらうもの、それぞれを選別する作業から始まった。
と言っても半分ほどはナタリアが先んじて分けてくれていたので、さほどの重労働ではない。
「出来の良いものは別に分けて、高品質のものとして販売してみるのも良いかもです」
トーラの言葉にアフラリアは、面白いわねと目を輝かせて、特に出来が良いとお眼鏡に叶ったものを別の木箱に詰めていく。そうしてトウモロコシの山が小山になった辺りで、ちょうど荷馬車を引いてやってきた村人が「リアばーちゃん、貰ってくよ」と、それらのトウモロコシの木箱を回収して行ってくれた。
あとは、残ったトウモロコシをどんどんと干して行く作業。
「実を外してから干すのでしょうか?」
「幾つかはね。他は皮をはいで、その皮を結んで干し竿に吊るしておくんですよ」
こんな風にね、とアフラリアが慣れた手つきでトウモロコシの皮を根元まで剥ぎ、その皮を縛って見せる。この状態で1週間から1ヶ月ほど干して、完全に乾燥したら改めて粒を取る方が、風で飛んだりしなくて良いらしい。
ふぅん、とその手元を見ていたアドルフが呟いた。
「干してる途中で解けないように、しっかり結んで干しざおに掛けないとだね」
「そうねぇ。お願い出来るかしら?」
「もちろん」
「お任せください」
その言葉にアドルフとトーラ、他にも何人かがしっかりと頷き、次々と皮を根元まで剥いでは結んでいく。下準備が出来たものは茣蓙の上に積み上げていき、新たに剥きトウモロコシの小山が出来た辺りで、皆でトウモロコシを食べるために準備をしていたカミンルが、早速何本かOKの出たものを持って行って。
楽しみねぇと嬉しそうなアフラリアと一緒に干し竿に掛けながら、ふとアドルフが首を傾げる。
「もし凍らせることができたら、皮付きのまま凍らせると1ヶ月くらい持つけど難しいかしら?」
「近くの森に氷室はあるのだけど」
こくりと首を傾げて尋ねたアドルフに、尋ねられたアフラリアは頬に手を当て「夏は難しいわねぇ」と笑った。エーテルだまりでも何でもない小さな天然氷室は、この時期は氷が残っていれば良い方らしい。
そうなのね、と頷きながらトーラと一緒に、どんどん干し竿にかけ、アフラリアに言われるままに軒下や、家の前に組み立てられた干し台に竿を引っ掛けて行った。これも案外なかなかの重労働で、おまけに落とさないよう神経も使う。
「アドルフさん、もう少し上にかけられますか?」
「うーん、この辺?」
「ええ、とても良い感じだわ」
そんな風に作業をしていたら、少し離れた所から何とも言えない、香ばしい匂いが漂ってきた。それに呼応して、何人かのお腹がくぅ、と鳴る。
ぐっと堪えてどうにか全部干し終え、匂いを辿るように歩いて行けば、そこにはジュウジュウと美味しそうな音を立てる鉄板と、その前に満面の笑顔で立つカミンルが居る。
「ソイソースをかけた! 焼きもろこしです! 夏の風物詩ですよこれは!」
「お醤油の香りがたまりませんね!」
「食べるのが楽しみ!」
それを見たトーラとアステルが目を輝かせ、口々に言いながら胸いっぱいにソイソースの焦げた匂いを吸い込んだ。トウモロコシを茹でて食べたり、スープにして食べたことはあるアステルだが、それ以外の調理方法は初めてで、どんな味がするのか興味が引かれる。
良いですね、とトーラもその味わいを早くも口の中に再現しつつ、もう焼けたものはあるかと視線を走らせる。別の焚火ではキリアンが、コーンポタージュの下拵えをしつつ、ほうれん草と合わせてさっと炒めたサラダを作っている所。
トーラの視線に気が付いて、キリアンは手元のサラダをよそい、差し出した。
「これならすぐ食べられますよ。他の皆さんもどうぞ」
「ありがとうございます!」
「美味しそう!」
それに早速舌鼓を打つ皆の姿に、目を細めながらキリアンはコーンポタージュの仕上げにかかる。舌触り良く滑らかに、とまでは行かないが、よく煮込んだコーンを1度スープから出して、潰して布で絞るのだ。
その間にカミンルの鉄板では、どんどんとトウモロコシが焼き上がっていた。
「バターもあれば、つけて食べると絶品ですよこれは!」
「まぁ。じゃあ取って来ましょうね」
その言葉にアフラリアが嬉しそうに、家の中からバターの小さな壺を持って来てくれる。ソイソースで香ばしく焼けたトウモロコシの上に、バターをとろりと乗せればもう、見ただけで美味しい、食べたらなお美味しい。
焼き上がったトウモロコシは、アステルとアドルフが皆へ配る。それを礼を言って2つ受け取ったキリヤは、少し離れた所で座って畑を眺めているシンディーの元へ行き、ひょい、と目の前に差し出した。
「食べないか」
「ありがと」
手渡したロッカードに、手渡されたシンディーは受け取り齧り付く。ふ、と一瞬目が細まったのを見て、ロッカードもその隣に腰を下ろした。
2人の距離は、ギルドで再会したばかりの時よりは近く、だがかつてよりは遠い。トウモロコシの甘さとソイソースのしょっぱさ、そしてバターのとろりとしたまろやかさが、2人の間にまた別の空気をもたらし。
しゃくしゃくと齧ったトウモロコシを咀嚼して、シンディーは口を開く。あえてキリヤの方は見ない――見なくても大丈夫だと、彼女の勘が告げている。
「過去は過去。あれから、お互いに変わったわ。だから……今は同じ授恵者の冒険者同士として、あらためてやり直す。それならできると思う」
「ああ、それで十分だ。やっぱり、君は強い女性だな」
それが、今日の依頼を通してのシンディーの感想だった。キリヤとの、これからの関係。新たに始めるのか、それともまた離れるのか――その結論。
何とも彼女らしい結論だと、キリヤはそれに肩を竦めつつ笑みを返す。自分があの頃のままではないように、シンディーもあの頃の彼女ではない、そんな当たり前の事を今日は何度も実感した。
今も、そう。この結論はきっと、今のキリヤとシンディーの間でしか出なかった。出せなかった。それを、しみじみと噛み締める。
そうしてまた2人並んで、黙々と――だが時折は仲間としての雑談などをしながらトウモロコシを食べる、シンディーとキリヤの前を通り過ぎてナタリアは、キリアンから受け取ったサラダと焼きトウモロコシを、アウレーリアの元へと運んでいく。まだ疲労困憊している彼女は、畑からどうにか戻ったところでまた座り込んでいた。
ナタリアの気配に気づき、ふ、と向けられた眼差しはとても疲れている。よく頑張った、とその眼差しに笑みを返しナタリアは、まずはサラダとフォークを手渡した。
「ありがとう。――そっちは?」
「これは焼きトウモロコシ……と、ちょっと試作してみたトウモロコシ茶だな」
そうして尋ねたアウレーリアに、尋ねられたナタリアが見せたのは件の焼きトウモロコシと、別で彼女が作成してみていたトウモロコシ茶の器。厳密にはカラカラに乾燥させたトウモロコシの実を炒り、5分ほどに出す方が美味しいらしいのだが、今日は時間もないのであくまでも試作である。
なのでスープに近いかもしれないと肩を竦めたナタリアに、飲んでみるわとアウレーリアが頷いて。しゃくしゃくとサラダを口に運ぶ主君の横に腰を下ろし、ナタリアも焼きトウモロコシを齧れば口一杯に強い甘味が広がる。
ごくん、とその甘みを飲み込みながら、言った。
「健康食品として期待も出来得るなら、それはそれで村の商売のネタにもなろう」
「確かにね。他にも、余った規格外品もなるべく売り物に出来ると良いわね。粉に挽いて小麦粉代わりに使ったり、家畜の飼料にしたり――」
お酒の原料にも出来そうだけど手間がかかるかと、考え込むアウレーリアの頭をくしゃりと撫でれば、何? と不審な眼差しが返る。頑張ってるなと褒めたのだと、言えばこの主君は喜ぶだろうか、それとも恥じらうだろうか。
胸の内で考えながら、いや、と緩く首を振ってまた焼きトウモロコシに齧り付く。その胸の内を見透かしたようにアウレーリアは、サラダの最後の1口を飲み込み、ツン、と澄まして見せた。
「案を考えるのは得意ですもの」
「なるほど。――ほらリア、焼きトウモロコシも食べると良い」
それに頷きながらナタリアが、サラダの器を取り上げ、代わりに焼きトウモロコシを握らせてくる。ありがとうと、礼を言ってもしゃりと齧り付いた瞬間に広がった、強い甘味に「これは別の商品にも加工できるんじゃないかしら」と考え始め。
次の瞬間、ナタリアが口にした言葉にその思索を中断させられる。
「リアよ。一杯食べて元気になってぶくぶく太れ」
「ぶ……ッて、ちょっとナタリア、あなたね」
どう考えても妙齢の女性に言うセリフではないが、そう言われてしまう己のひ弱さも解ってしまっているアウレーリアは、文句を言いかけた口を閉じると苦々しい顔になり、ツンとそっぽを向いた。そうするとどこかすねたようにも見える表情のまま、手の中の焼きトウモロコシをもしゃもしゃ食べ続ける。
そんなアウレーリアを見守るように目を細め、ナタリアも焼きトウモロコシを齧り続けて。食後のトウモロコシ茶の感想と、商材として生産するならどんな体制が必要かなどと、真面目な話を他愛なく交わしながら過ごすうちに、日はゆっくりと傾き始めたのだった。
●
それから。
また馬車に揺られてリブラネスタへと返って来たアステルは、その足で衣装屋〈ヴェスチド〉を訪れていた。依頼人に、アフラリアの様子や言付かった手紙を届けるためだ。
「――って感じで、アフラリアさんはとっても元気だったよ。アグリアさんへのお手紙も預かって来たから、お渡しするね」
「ありがとうございます。――そうですか、祖母が元気で良かった」
馬車で2日の距離は、決して遠いわけではないが、すぐには駆け付けられない距離でもある。それゆえの心配を、慮ってくれたアステルにアグリアは深く感謝し、丁寧に頭を下げた。
そんなアグリアにはアフラリアの面影があって――どこか祖母を思わせた彼の人を思い出し、その向こうに見えた自身の祖母の面影をも胸に蘇らせながらアステルは、こちらこそ、と頭を下げたのだった。
「冒険者として組めるか、この依頼で試してみる?」
誘い文句はともすれば挑戦的で、けれどもキリヤはそれをらしいと思う。かつては恋人同士だった彼らは、だが今はそうではない。
その過去に、そろそろケジメをつけるべきだろう。――きっと彼女もそう思っている。
だから、
「わかった」
頷き一緒に依頼を受けて、馬車に揺られてやって来たその村では、これぞ田園風景といった光景が広がっていた。村の入り口には白髪に金の瞳の老女が居て、到着した馬車を出迎えてくれる。
依頼人の祖母だと名乗ったその女性は、そうして9人の冒険者に微笑みながらも頭を下げた。
「まあまあ、ようこそお越し下さいました。うちの孫がご迷惑をおかけしまして」
「ご迷惑だなんてとんでもないです。依頼として来ているので遠慮なく使ってください」
「ええ。『街の便利屋さん』ですから」
そんなアフラリアの手を取って、トーラはにっこりと首を振る。その横からキリアン・フィッツジェラルドもそう言い添えれば、かつてはギルド職員だったというアフラリアは、うふふと懐かしそうに微笑んで。
畑はこちらです、とゆっくり、だが聞いた年の割には元気に歩き出したアフラリアに連れられ少し歩いた、その先に緑の畑は在った。小柄な者なら見上げるほどに背の高い、すくすくと育ったトウモロコシ。
ほー、と首が痛くなるほどに見上げながら、トーラが尋ねる。
「この1面全部ですか?」
「そうなの。冒険者さんなら、体力のある方も多いでしょうけれど……」
「はい! 力仕事ならお任せください!」
その言葉に、カミンル・マオが大きく元気に手を挙げた。脳筋だと自負するカミンルは、今日はとにかく力を使って収穫したり、収穫したものを運ぶのをメインに頑張ろうと決めている。
代わりに、
「頭を使うのは皆に任せます!」
「はは……頑張ります」
そう言いながら主に友人達を曇りなき眼で見つめる、カミンルにキリアンはポリポリと頬を掻きながら応じた。と言ってもキリアン自身も、カミンル同様に力仕事を主体にしようと思っているのだが。
とにもかくにも、まずはトウモロコシを収穫していかなければならない。
「確か、ひげの色が変わっていたら食べ頃ですね!」
そんなトーラの言葉と、よくご存知ね、と頷くアフラリアの言葉を胸に、冒険者達は手近なトウモロコシから順々に確認しつつ、どんどんとトウモロコシをもいでいく。背の高い者は上の方に実っているものを、低い者は下の方に実っているものを――と自然と役割分担をし、キリアンやトーラはスキルでも収穫時期を見極めて、他の冒険者へと共有し。
わいわいと賑やかに声を掛け合い、ガサガサと茎を揺らしながら収穫をしていくトウモロコシ畑の中で、
(重い……暑い……収穫ってこんなに大変なんだ……)
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは早くも疲労困憊しつつ、ポキリ……ポキリ……とゆっくり手を動かしていた。――なるほどこれも農業なのか、と気分は完全に職業体験である。
冒険者としては経験も豊富なアウレーリアは、だが授恵者として目覚める以前は病弱ゆえに武器も持てない、か弱いご令嬢に過ぎなかった。今は病弱ではなくなったとはいえ、基本的には根性があるだけのか弱い深窓のお嬢様なのは変わらない。
そんなアウレーリアにとって、農業とはこれまで、趣味で花壇をいじったり、馬上から麦の実りを確かめる事で。こんな風にひたすらに手を動かし、ずっしりと重い作物を収穫し、運ぶなんて事は初めての体験。
「――やってるな、リア」
「仕事、です、もの」
そんな主君の様子を確かめる、ナタリア・フィッツジェラルドの言葉にアウレーリアは、肩で息をしながら奥歯を噛み締め、努めてすました顔でそう応える。この従者には何も取り繕えてない気がするが、ぴーぴ―文句を言ったりせず最後までやり切るのだ、と決めていた。
そんなアウレーリアに目を細め、無理はするなよと言い置きナタリアは、アウレーリアの足元に積まれたトウモロコシをひょいと軽々抱えた。そうして運んでいくのは、少しずつ山になり始めたトウモロコシ置き場。
ここにひとまず集めてから、売りに行ってもらうものと保存用に加工するものを分けていくのだという。ふむ、とナタリアはその山を見つつ、これも勉強だなと独り言ちる。
キリアン達が力仕事を担うなら、自分は売り出しの方に関われればと思うナタリアだ。それはいつか将来、ネーベルベルク領で商売関連にトライするための、練習も兼ねている。
商業に関する知識はあり、交渉事にも自信はあるが、それを実践できるかはまた別の話だ。ゆえにトウモロコシの小山を前に考えを巡らせる、ナタリアの前にまた新たにトウモロコシを積み上げたアドルフ・ジーノは、ふぅ、と大きく息を吐く。
額に浮かんだ汗を軽く拭い、再び畑の方へと戻りながらふと、遠くを見つめた。村の周りを取り巻くように、見渡す限りに広がる畑――さらにその向こうには草原があり、遠くには森のような影も見える風景。
「冒険者をやめた後はいままで培った医術や薬学を元に、ここに住むのもいいかもしれないね。農作業しなから、学んだ医術で治していくみたいな」
「そうですね。願わくば僕も、のどかな原風景に囲まれた余生を送りたいものですけども……」
その光景を見つめながら、ポツリと呟いたのはもしかしたら、アフラリアが元冒険者ギルド職員と聞いたからかもしれない。冒険者を辞めた、さらにその先の未来――それを思い描くアドルフに、新たに収穫したトウモロコシを渡しながら、キリアンも頷いた。
それに、アドルフは嬉しくなって声を弾ませる。
「キリアンお兄さんも?」
「はい。いつか、がいつなのか判りませんけれど」
「そっか、そうだよね。いつかできるかなー」
「そうですね、いつか――」
そんなアドルフに頷きキリアンも、アドルフと同じ光景を見つめた。いつか、恐らくは遠い未来に――自分はどこに居て、何をして、この友人達とはどうなっているだろう。
だが、その思索も長くは続かない。アフラリアの様子を見に来た村の子どもの「リアばーちゃーん!」という声に、意識を引き戻された。
(それにしてもアフラリアさんは皆に慕われていらっしゃる)
子どもとアフラリアが何か話している様子を見ながら、キリアンはしみじみ考える。冒険者が到着してから畑までの道すがらも、行き会った村人はアフラリアに気さくに声をかけていたし、今もあの子だけではなく、時折心配そうに遠くからこちらを見やる人影を見かける。
「もしかして、皆様にとっての母親的存在なのですか?」
「まあ! そんな大層なモノじゃありませんよ。ここは小さな村だし、私が村で1番のおばあさんですから」
ゆえに折を見て尋ねたキリアンに、尋ねられたアフラリアはうふふとくすぐったそうに微笑んだ。そうすると金色の瞳が柔らかく細められて――その瞳の色にアステルは、自身の祖母の面影を探すように重ねる。
幼い頃に両親を亡くしたアステルにとって、祖母は親代わりでもあった。ゆえに懐かしく祖母を思い起こしながら、アステルもせっせとトウモロコシを抱きかかえては、置き場まで運んでいく。
そうして一息ついた所で、アフラリアへ問いかけた。
「他にもやっておくことある? 収穫以外にも、なんでもお手伝いするから、遠慮なく言ってね!」
「まあまあ、ありがとうございます。じゃあ、収穫の終わった茎を運んで頂こうかしら」
そんなアステルににっこりして、アフラリアは「あちらへ」と自宅の納屋の脇を指さす。聞けば、トウモロコシの茎や葉を乾かしたものも焚き付けにしたり、肥料としてまた畑に漉き込んだりするらしい。
そう説明するアフラリアに、判ったと頷きアステルは友人達の元へ戻ってその言葉を伝えれば、カミンルがぐっと力こぶを作って頷いた。
「そうなんですね! では、トウモロコシを全部取った茎はどんどん抜いちゃいますね!」
「ありがとう。じゃあ、それはまとめて貰って、まずはトウモロコシをどんどん運んじゃうね! ……っと」
「アステルお姉さん、無理しないでね」
そう言いながら、カミンルが新たに収穫したトウモロコシを運ぼうと持ち上げたアステルが、思いのほか重くて少しよろめく。にこ、と笑ったアドルフがそんなアステルを支えながら、腕の中のトウモロコシを少し引き受けようと手を伸ばし――その姿に、はっ、とカミンルは目を見開いた。
先刻から次々とトウモロコシを収穫しまくり、筋力と逞しさを存分に発揮していたが、これではいけない。見るからにいい雰囲気の彼女達と、頼りになりますとアドルフに、そしてキリアンににっこりされる自分の違い――それはドジっ子成分……!
(僕も収穫の時に転んだふりをして、アドルフさんやキリアンさんに抱き着いたり……それだ!)
訪れた天啓に打ち震えている間にも、アステルとアドルフは両手にトウモロコシを抱えながら、置き場の方へと歩いて行く。ならば狙うはキリアンだ、とカミンルは狩人の眼差しを少し離れた所にいるキリアンに注いだ。
それに気付かぬままキリアンは、次のトウモロコシに手を伸ばす。が、不意に殺気を感じて、バッとその場を飛びのいた。
ズザザザザ……ッ!
そのスペースに、カミンルが滑り込んでくる。キリアンの方に転ぼうという思いが募り、勢いがつき過ぎたのだ。
――束の間の静けさが、2人の間に重く降り積もった。それを打ち破ったのは、戻って来たアドルフとアステル。
「えっと、マオお兄さん……? 大丈夫……?」
「あっ、ちょっと怪我してる! お水で洗う?」
地に伏したままのカミンルに、アドルフがそう手を差し伸べ、アステルが荷物の中から水袋を出しながらその顔を覗き込んだ。ありがとう……とよろよろ起き上がるカミンルに、はっと我に返ったキリアンも遅ればせながら「大丈夫ですか?」と声をかける。
そんな賑やかな友人達の奮闘もあって、畑に残っているトウモロコシもだんだん少なくなってきた。終わりの見えてきたトウモロコシ畑を眺め、ふぅ、とシンディーは息を吐く。
「あと少しね」
「そうだな」
それに頷くキリヤとの間には、今は自然な――それに近い空気が流れていた。収穫を始めた当初こそ、近くに居るとはいえぎこちない空気が立ち込め、相手に声をかけるのにも一拍の余白があったものだが。
今やその空気はすっかり薄れ、時に互いの目線だけで『そこを押さえてくれ』『了解』という会話が成り立つほど。同じ目的でただ無心に身体を動かし、程よく疲弊してきた、そのおかげもあるだろう。
ザクッ、借り物の収穫用ナイフでトウモロコシを切り取りながら、シンディーが不意に言う。
「あの時」
「――ああ」
「あなたのことを嫌いになったわけじゃない」
それは本来ならきっと、2人の仲が終わったあの時にこそ交わされるべきだった言葉。けれどもそれは難しかったと、今のキリヤにはよく解っている。
――あの時の自分は、悪評高い金貸しの父親から商売と負の遺産を受け継いで、余裕の無かった若僧に過ぎなかった。
「でも、私は授恵者としての生き方を選んで、あなたから離れた。そのことは後悔してない」
「ああ。あの頃の俺は、君にすがろうとしていただけだった。別れたことは、お互いに正解だったな」
だから、真っ直ぐな声色で告げるシンディーの言葉に、キリヤは素直にそう頷く。その横顔に、ちらりとシンディーは視線を向けた。
あの時の彼が、今のキリヤだったら。シンディー達はまだ付き合っていたのだろうか。
――けれどもそうじゃなかったから、彼女はキリヤから離れることを決めたのだ。そう考えるシンディーの眼差しに、同意するようにキリヤが微かな笑みを浮かべる。
「あのまま付き合っていても、互いをダメにするだけだったろうな、と今は思うよ。――でも今は、君と同じ授恵者の冒険者だ。だからこそ、あの頃と同じ関係に戻ろうなんて言うつもりはない」
「そう――それが今のあなたなのね」
その言葉に、目を細めたシンディーにキリヤは頷いた。その表情は間違いなく2人の関係が過去のものに過ぎないと復帰り、納得した男のもの。
それにシンディーは息を吐きながら、ナイフを振るってトウモロコシを刈り取る。刈り取った後は、実が残っていない茎葉は畑から抜いて、脇に一カ所にまとめておく。
そうして昼前にはついに、トウモロコシ畑はわずかに実の残るものを残すだけとなった。まだわずかに収穫時期ではないそれらは、アフラリア1人でも十分に見て回れる量だという。
土の茶色と、トウモロコシの茎葉の緑。遠くにはまだ緑の麦穂が見えて、別の幾つかの畑では赤や紫、黄色の実りの色が見える。
その光景を、畑の脇にぐったりと座り込んで眺めるアウレーリアの元へ、やって来たナタリアが声をかけた。
「お疲れ」
「本当に疲れたわ……」
その言葉通り、土に汚れた顔には疲労の色が濃く、瞳はどこか遠くを見つめているようでもあって。――だがアウレーリアは、ただ放心している訳ではない。
眼前の光景に、故郷の田園風景を思い起こしていた。帝国が崩壊して1度は失われた光景――今は少しずつ復興途上ではあるけれど、のどかと言うにはまだ幾分殺気立っている。
かつては故郷も、こんな光景が当たり前に広がっていたはずなのに。
「……彼らにはもう少し楽をさせてあげたいのだけどね」
「――ああ」
ぽつり、呟いたアウレーリアの言葉が、誰に対してのものなのかをちゃんと解っているナタリアは、頷きを返しながらトウモロコシ畑に――その先に広がる農村の風景に目を細めた。アウレーリアの望む田園風景とはちょっと違うかもしれない、と思いながらものどかな原風景を見せたいのも兼ねて連れて来た依頼は、主の心に確かに訴えかけるものがあったようだ。
ふと、依頼書の言葉を思い出した。人類の事情も都合も関係なく、すくすくと育つトウモロコシ――それを育て、収穫し、次の作物をまた育てる農村の人々。
きっと、明日に世界が滅びようとリンゴの樹を植えるとばかりに、彼らは目の前の、自分に出来る事を当たり前に、ひたすらにやるのだろう。それが、人の営みというものだ。
だから。それがゆえにナタリアは、ナタリア達はこの光景を目に焼き付けて、戦うための心に活かしたいと願う。
「……まあ、気負い過ぎても詮無き事だが」
「原点を忘れないのは大事よね」
ぽつり、呟いたナタリアの心情も理解していると言わんばかりに、アウレーリアがそう呟きながらよろよろ立ち上がり。主従は揃って歩き出したのだった。
●
おばあちゃんっ子のトーラにとって、70を超えるアフラリアはなんだか親近感が沸く存在だ。ゆえにしっかり働いて少しでもアフラリアの力になりたいと、とても張り切っていて。
「干す作業もお手伝いしますね!」
「僕も手伝うよ」
山積みになったトウモロコシを前に、はいはい、と大きく手を挙げたトーラの横から、アドルフもひょいと名乗りを上げる。他にも幾人かが手伝いを申し出て、まずは干すものと売りに出してもらうもの、それぞれを選別する作業から始まった。
と言っても半分ほどはナタリアが先んじて分けてくれていたので、さほどの重労働ではない。
「出来の良いものは別に分けて、高品質のものとして販売してみるのも良いかもです」
トーラの言葉にアフラリアは、面白いわねと目を輝かせて、特に出来が良いとお眼鏡に叶ったものを別の木箱に詰めていく。そうしてトウモロコシの山が小山になった辺りで、ちょうど荷馬車を引いてやってきた村人が「リアばーちゃん、貰ってくよ」と、それらのトウモロコシの木箱を回収して行ってくれた。
あとは、残ったトウモロコシをどんどんと干して行く作業。
「実を外してから干すのでしょうか?」
「幾つかはね。他は皮をはいで、その皮を結んで干し竿に吊るしておくんですよ」
こんな風にね、とアフラリアが慣れた手つきでトウモロコシの皮を根元まで剥ぎ、その皮を縛って見せる。この状態で1週間から1ヶ月ほど干して、完全に乾燥したら改めて粒を取る方が、風で飛んだりしなくて良いらしい。
ふぅん、とその手元を見ていたアドルフが呟いた。
「干してる途中で解けないように、しっかり結んで干しざおに掛けないとだね」
「そうねぇ。お願い出来るかしら?」
「もちろん」
「お任せください」
その言葉にアドルフとトーラ、他にも何人かがしっかりと頷き、次々と皮を根元まで剥いでは結んでいく。下準備が出来たものは茣蓙の上に積み上げていき、新たに剥きトウモロコシの小山が出来た辺りで、皆でトウモロコシを食べるために準備をしていたカミンルが、早速何本かOKの出たものを持って行って。
楽しみねぇと嬉しそうなアフラリアと一緒に干し竿に掛けながら、ふとアドルフが首を傾げる。
「もし凍らせることができたら、皮付きのまま凍らせると1ヶ月くらい持つけど難しいかしら?」
「近くの森に氷室はあるのだけど」
こくりと首を傾げて尋ねたアドルフに、尋ねられたアフラリアは頬に手を当て「夏は難しいわねぇ」と笑った。エーテルだまりでも何でもない小さな天然氷室は、この時期は氷が残っていれば良い方らしい。
そうなのね、と頷きながらトーラと一緒に、どんどん干し竿にかけ、アフラリアに言われるままに軒下や、家の前に組み立てられた干し台に竿を引っ掛けて行った。これも案外なかなかの重労働で、おまけに落とさないよう神経も使う。
「アドルフさん、もう少し上にかけられますか?」
「うーん、この辺?」
「ええ、とても良い感じだわ」
そんな風に作業をしていたら、少し離れた所から何とも言えない、香ばしい匂いが漂ってきた。それに呼応して、何人かのお腹がくぅ、と鳴る。
ぐっと堪えてどうにか全部干し終え、匂いを辿るように歩いて行けば、そこにはジュウジュウと美味しそうな音を立てる鉄板と、その前に満面の笑顔で立つカミンルが居る。
「ソイソースをかけた! 焼きもろこしです! 夏の風物詩ですよこれは!」
「お醤油の香りがたまりませんね!」
「食べるのが楽しみ!」
それを見たトーラとアステルが目を輝かせ、口々に言いながら胸いっぱいにソイソースの焦げた匂いを吸い込んだ。トウモロコシを茹でて食べたり、スープにして食べたことはあるアステルだが、それ以外の調理方法は初めてで、どんな味がするのか興味が引かれる。
良いですね、とトーラもその味わいを早くも口の中に再現しつつ、もう焼けたものはあるかと視線を走らせる。別の焚火ではキリアンが、コーンポタージュの下拵えをしつつ、ほうれん草と合わせてさっと炒めたサラダを作っている所。
トーラの視線に気が付いて、キリアンは手元のサラダをよそい、差し出した。
「これならすぐ食べられますよ。他の皆さんもどうぞ」
「ありがとうございます!」
「美味しそう!」
それに早速舌鼓を打つ皆の姿に、目を細めながらキリアンはコーンポタージュの仕上げにかかる。舌触り良く滑らかに、とまでは行かないが、よく煮込んだコーンを1度スープから出して、潰して布で絞るのだ。
その間にカミンルの鉄板では、どんどんとトウモロコシが焼き上がっていた。
「バターもあれば、つけて食べると絶品ですよこれは!」
「まぁ。じゃあ取って来ましょうね」
その言葉にアフラリアが嬉しそうに、家の中からバターの小さな壺を持って来てくれる。ソイソースで香ばしく焼けたトウモロコシの上に、バターをとろりと乗せればもう、見ただけで美味しい、食べたらなお美味しい。
焼き上がったトウモロコシは、アステルとアドルフが皆へ配る。それを礼を言って2つ受け取ったキリヤは、少し離れた所で座って畑を眺めているシンディーの元へ行き、ひょい、と目の前に差し出した。
「食べないか」
「ありがと」
手渡したロッカードに、手渡されたシンディーは受け取り齧り付く。ふ、と一瞬目が細まったのを見て、ロッカードもその隣に腰を下ろした。
2人の距離は、ギルドで再会したばかりの時よりは近く、だがかつてよりは遠い。トウモロコシの甘さとソイソースのしょっぱさ、そしてバターのとろりとしたまろやかさが、2人の間にまた別の空気をもたらし。
しゃくしゃくと齧ったトウモロコシを咀嚼して、シンディーは口を開く。あえてキリヤの方は見ない――見なくても大丈夫だと、彼女の勘が告げている。
「過去は過去。あれから、お互いに変わったわ。だから……今は同じ授恵者の冒険者同士として、あらためてやり直す。それならできると思う」
「ああ、それで十分だ。やっぱり、君は強い女性だな」
それが、今日の依頼を通してのシンディーの感想だった。キリヤとの、これからの関係。新たに始めるのか、それともまた離れるのか――その結論。
何とも彼女らしい結論だと、キリヤはそれに肩を竦めつつ笑みを返す。自分があの頃のままではないように、シンディーもあの頃の彼女ではない、そんな当たり前の事を今日は何度も実感した。
今も、そう。この結論はきっと、今のキリヤとシンディーの間でしか出なかった。出せなかった。それを、しみじみと噛み締める。
そうしてまた2人並んで、黙々と――だが時折は仲間としての雑談などをしながらトウモロコシを食べる、シンディーとキリヤの前を通り過ぎてナタリアは、キリアンから受け取ったサラダと焼きトウモロコシを、アウレーリアの元へと運んでいく。まだ疲労困憊している彼女は、畑からどうにか戻ったところでまた座り込んでいた。
ナタリアの気配に気づき、ふ、と向けられた眼差しはとても疲れている。よく頑張った、とその眼差しに笑みを返しナタリアは、まずはサラダとフォークを手渡した。
「ありがとう。――そっちは?」
「これは焼きトウモロコシ……と、ちょっと試作してみたトウモロコシ茶だな」
そうして尋ねたアウレーリアに、尋ねられたナタリアが見せたのは件の焼きトウモロコシと、別で彼女が作成してみていたトウモロコシ茶の器。厳密にはカラカラに乾燥させたトウモロコシの実を炒り、5分ほどに出す方が美味しいらしいのだが、今日は時間もないのであくまでも試作である。
なのでスープに近いかもしれないと肩を竦めたナタリアに、飲んでみるわとアウレーリアが頷いて。しゃくしゃくとサラダを口に運ぶ主君の横に腰を下ろし、ナタリアも焼きトウモロコシを齧れば口一杯に強い甘味が広がる。
ごくん、とその甘みを飲み込みながら、言った。
「健康食品として期待も出来得るなら、それはそれで村の商売のネタにもなろう」
「確かにね。他にも、余った規格外品もなるべく売り物に出来ると良いわね。粉に挽いて小麦粉代わりに使ったり、家畜の飼料にしたり――」
お酒の原料にも出来そうだけど手間がかかるかと、考え込むアウレーリアの頭をくしゃりと撫でれば、何? と不審な眼差しが返る。頑張ってるなと褒めたのだと、言えばこの主君は喜ぶだろうか、それとも恥じらうだろうか。
胸の内で考えながら、いや、と緩く首を振ってまた焼きトウモロコシに齧り付く。その胸の内を見透かしたようにアウレーリアは、サラダの最後の1口を飲み込み、ツン、と澄まして見せた。
「案を考えるのは得意ですもの」
「なるほど。――ほらリア、焼きトウモロコシも食べると良い」
それに頷きながらナタリアが、サラダの器を取り上げ、代わりに焼きトウモロコシを握らせてくる。ありがとうと、礼を言ってもしゃりと齧り付いた瞬間に広がった、強い甘味に「これは別の商品にも加工できるんじゃないかしら」と考え始め。
次の瞬間、ナタリアが口にした言葉にその思索を中断させられる。
「リアよ。一杯食べて元気になってぶくぶく太れ」
「ぶ……ッて、ちょっとナタリア、あなたね」
どう考えても妙齢の女性に言うセリフではないが、そう言われてしまう己のひ弱さも解ってしまっているアウレーリアは、文句を言いかけた口を閉じると苦々しい顔になり、ツンとそっぽを向いた。そうするとどこかすねたようにも見える表情のまま、手の中の焼きトウモロコシをもしゃもしゃ食べ続ける。
そんなアウレーリアを見守るように目を細め、ナタリアも焼きトウモロコシを齧り続けて。食後のトウモロコシ茶の感想と、商材として生産するならどんな体制が必要かなどと、真面目な話を他愛なく交わしながら過ごすうちに、日はゆっくりと傾き始めたのだった。
●
それから。
また馬車に揺られてリブラネスタへと返って来たアステルは、その足で衣装屋〈ヴェスチド〉を訪れていた。依頼人に、アフラリアの様子や言付かった手紙を届けるためだ。
「――って感じで、アフラリアさんはとっても元気だったよ。アグリアさんへのお手紙も預かって来たから、お渡しするね」
「ありがとうございます。――そうですか、祖母が元気で良かった」
馬車で2日の距離は、決して遠いわけではないが、すぐには駆け付けられない距離でもある。それゆえの心配を、慮ってくれたアステルにアグリアは深く感謝し、丁寧に頭を下げた。
そんなアグリアにはアフラリアの面影があって――どこか祖母を思わせた彼の人を思い出し、その向こうに見えた自身の祖母の面影をも胸に蘇らせながらアステルは、こちらこそ、と頭を下げたのだった。
マスターコメント
いつもお世話になっております、または初めまして、蓮華・水無月です。
この度はご参加頂きまして、本当にありがとうございました。
トウモロコシを延々と収穫し、干し、美味しく頂く物語、如何でしたでしょうか。
皆さまのプレイングに蓮華もうふふと嬉しくなったり、ありがとうございますと頭を下げたりしながら、精いっぱい紡がせて頂きました。
焼きトウモロコシは美味しいですね……間違いなく美味しい……スープもサラダも美味しい……。
乾燥させたトウモロコシは、アフラリアがせっせと粒を解して保存食にするでしょう。
その頃には手の空いた村人も手伝ってくれるに違いない。
このシナリオが皆様にとって、楽しんで頂けるものでしたら幸いです。
またのご縁がございましたら、どうぞ宜しくお願いいたします(深々と
イベントシナリオ易しい 報酬:少ない9 / 4〜25人
2023年09月01日 21時29分42秒 公開
大成功
相談掲示板
依頼は成立したわね。 よろしく。 ここしばらく戦いの依頼が多かったから、収穫のお手伝いで気分転換ってところね!
カミンル・マオと申します! よろしくね! 今回はトウモロコシの収穫ですね! トウモロコシは煮ても焼いても食べられる良いものです! 収穫はまかせろー(ばりばり
どうも。シューターのキリアン・フィッツジェラルドと申します。 本件に関しては、カミンルさんやアステルさんをはじめとした友人達にもお誘いをかけ、親睦がてら手伝ってもらう事前提で参じた次第です。
キリアンお兄さんの紹介で来たアドルフ・ジーノだよ。よろしくね。 おばあさんのお手伝いなら喜んでするとも。
No.5
アステルです。みんな宜しくです! 金の瞳…ちょっと自分のお婆ちゃんを思い出しちゃったよ。 皆と仲良く楽しくできると良いね!