政治討論部とある伯爵家の存廃:その4
紀藤トキ
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シナリオID:2885
オープニング
「しいて言えば、住人がやや武に誇りを持つ点が違うと言えば、そうかもしれん」
「武に、ですか?」
「うむ。ダンテ家が預かる前の領主であるリヴァマス家は、武をもって仕える家柄だった故な。領主一族は王国騎士団に勤めることも多く、領民はそれを誇りに思っておったそうだ」
当主であるダジルに代わってこの地を納める祖父、エリオットから話を聞いているのは、トマスの弟であるベリル。僅か10歳の少年である彼は、自分の意志とは関わらぬ所で将来の岐路に立っていた。以前の領主であったリヴァマス家が復権するにあたり、このラマスと周辺の土地の扱いが難しくなった。先代伯爵であったエリオットは、将来リヴァマス家の冤罪が晴れる事を願い、一時預かりのつもりで領地を拝領していたのだが、実際に願いが叶うまでに流れた時間は50年。ダンテ家も市民も代替わりを果たし、生きている人々にとっては、かつてリヴァマス家が領主だった時代よりもダンテ家による治世が長くなった。そこで提案されているのがダンテ家の次男のベリルを養子とする案である。道理の面からは非の打ちどころのない提案には、一つ大きな欠点があった。
「僕は、兄上のお手伝いをしたいんです。それに、僕が家に居なくなったら、兄上は1人になってしまう」
「ワシも、お前の父親もおるが……、そういう話ではないのじゃろうな」
現在の当主ダジルは、旧友が復権すればいずれ返却するつもりで領地を預かり、そのせいで不要な仕事を増やした父を見て育った。若くして身の丈に合わぬモノを背負った当時のエリオットは多忙を極め、幼少期のダジルと顔を合わせる機会もほとんどなかったという。ダジルは顔も知らぬリヴァマス家の当主ヘルベルトに面白くない感情を抱き、その悪意はやがて嫡男であるトマスに歪んで伝わった。トマスの弟であるベリルはそこまででもないが、リヴァマス老と個人的に交友があった祖父と違い、リヴァマス家の為に何かしてやりたいと思うような理由もない。
「今更、リヴァマス家が戻って来たから領地を返す、って言われても何だかよく分からないです」
「ダジルもそう言っておったな。とはいえ、我が家の本分は法衣貴族として王家に仕える事だ。領地を持ち差配する事ではない」
「リヴァマス家へ返さなくてもいいなら、僕は兄上を助けて代官になっても良かった。でも、領地の為に他所の家には行きたくありません。お爺様、なんとかなりませんか」
「……何とか、と言われてもな……。お前の希望は、貴族としては抱いてはならぬ類の個人的感情だ」
「ですが、嫌な物は嫌です。決まったら従いますけど、決まるまではそう言い続けます」
「頑固だな。誰に似たものか……。ならば、冒険者に依頼を出すと良い。私も個人的には、面白い事だと思う」
冒険者達の導きでトマスは50年前の事件の真相を知り、一方的に嫌っていたヘルベルトも被害者であったと理解することができたのは、祖父にとっては嬉しい事だっただろう。だから、孫に問われた彼が冒険者の事を口にしたのは不思議ではないのかもしれない。前回、ヘルベルトが連れて来た若者の事も念頭にはあっただろう。
「冒険者に、……ですか? 相談、すればいいのでしょうか」
「相談でなくとも良い。確か、ヘルベルトは跡継ぎ候補に冒険者を有力視しておるらしい。であれば、冒険者が領主になる事を市民が受け入れる方策がまず必要であろう」
腐っても正しく貴族であるリヴァマス老が領主になる事は、リーンエス王国の民として受け入れがたいことではない。王国の指示で領主が変わる事はある。この場合、問題なのはその次の代。新たなリヴァマス伯爵は高齢で跡継ぎはおらず、どこの誰を跡継ぎとするか不透明なところがあった。噂では、遠縁の良く分からぬ貴族を選ぶくらいならば冒険者で良いなどと言っているらしい。エリオット自身は旧友が選んだのならばそれで良いと思っているにせよ、領民にしてみれば冒険者と言う肩書の時点で不安しかなかろう。
「冒険者が領主になって嬉しい事……ですか。何が、ありますか……?」
「そうだな、例えば領主自身もそうだがその仲間も家臣として領地に暮らす事となれば、おそらく『魔の森』の対処に問題はなくなるであろう」
リヴァマス家が武門の家であった理由の一つに、領内の『魔の森』の存在がある。さほど広くはない森なのだがエーテルの偏在によってしばしばダンジョン化するのだ。ここから迷い出る魔獣や亜人を打ち払う事が、領主の勤めであった。過去のダンテ家にはそこまで強力な武力は無く、孤児院を支援してその中の授恵者として才能ある者を仕えさせるという方法で戦力を用意できるまでは、王国騎士団の手を借りる事もあったそうだ。
「それに、冒険者と言うのは様々な物を見てきているという。ラマス周辺は何の特徴のない場所だが、こういった場所でも興せる産業に宛があるやもしれぬな」
「そんな事が……?」
ベリル少年は怪訝そうだが、冒険者の関わる新産業と言えば近年で有名なのはカカオ。ダンジョンから苗木を取って来るだとか、加工法を知る職人を異国から連れて来ると言った行為は、普通の貴族では思いつかなかっただろう。領地が豊かになる展望を示せるのならば、それは長らくパッとしない土地だと言われてきたラマスの市民にとって魅力的ではないだろうか。
「あとはまあ、冒険者が怖ろしい物ではない、と示すのも悪くは無かろう。孤児院がラマスに移転してから、冒険者の良い話が市民に伝わっておるようだからな」
「怖ろしいと思っている市民がいるのですか? 悪い事をしている人、とか?」
「むしろ、冒険者が悪い事をしていると勘違いしておるのだ。この街には冒険者ギルドもないゆえ、何かなければ冒険者は来ない。随分前に、ただのならず者が酒代を踏み倒しに暴れた時に、冒険者を名乗った事があってな」
「……本物、なのですか?」
「まさか。偽物でただの旅人だ。とはいえ、牢に放り込んで罰しても、『俺は冒険者だ』と脅された市民の心が癒える事もない」
噂が噂を呼び、冒険者は怖いと思っている市民が30代当たりの男女に一定するいるらしい。正しく冒険者の何たるかを彼らに教えるのは、難しいことかもしれないがいつかは必要となる事であろう。
「わかりました。僕は、僕がリヴァマス伯爵の養子にならなくてすむように、頑張ります。皆には、冒険者の領主でも良いって認めて貰わなくちゃ」
世間的な評価からすれば、伯爵家の次男はあくまでもスペア。別の伯爵家に養子に請われるなど、望んでも得られない道筋なのだが。少年はあくまでもダンテ家に残る事に拘る様子だった。
解説
マスターより
リプレイ
「ええと、その……、ここに来るのは、初めてですけど……」
きょろきょろと周囲を見回していたアンジェは、町から少し離れた所にある森を気にしている。これがラマスの数少ない特徴として事前に説明があった『魔の森』だろう。それに合わせて、王国中央部の町としてはそれなりに高い城壁があるのが特徴と言えば特徴か。何も無い場所にある町であれば各方面へ対称に置かれるだろう城壁の塔も、森の側に偏って立っている。
「魔の森の様子を知っている人は、どこにいるのでしょう……?」
聞き込みがてらに昼食時で賑わっている場所へ向かってみると、同じ依頼を受けている冒険者達の姿があった。
「これからワタクシの仲間が魔の森の怪物どもを一網打尽にするでございます」
「……あんたの仲間? 冒険者か……。乱暴なならず者だって聞いたけどねえ」
「ならず者? とんでもございません。ワタクシを含め、冒険者にはパンクリアース学園生が多くいるのでございます」
「学園生? アンタが? 嘘だろ?」
ドンと胸を張るハリーヌ・ヨツユビに、酒場の親父は驚きの目を向けた。とはいえ、彼女のようなケモノ率高めのハーフビーストに対する態度は、王国内ではどこもこんなものだ。
(だからこそ、この機会に冒険者に領主の後継になって貰いたいところでございます)
冒険者であればハーフビーストに偏見も薄かろう。それに領主になる前から協力していれば、コネの一つも結べるかもしれないというものだ。見た目の愛らしさに反して、計算高いハリネズミである。
「魔の森に、今はダンジョンがありますか……?」
「いや。今は何もねぇなあ。出てきたらエリオット様が教えてくれるさ」
そう質問したアンジェには、年配の住人が答える。これも事前に聞いた通り、冒険者を毛嫌いしているのは、一部の年代に固まっているようだ。なるほど、と頷いたアンジェに横合いから別の声が掛かる。
「おや、君も魔の森へ向かうのかな? 私達もそうなんだが、良かったら一緒に行かないか?」
「あ……。アンジェに、できることがあれば……」
「歓迎するよ。こっちにおいで」
シルヴィア・A・カペルに声を掛けられ、食事処の奥へと連れられて行った。主街道ではないにせよ旅人はいるようで、それなりに賑わっている。
「フフフフフ、江流さん。協力してあげてもいいですよぉ? 特別にホールのショートケーキ3つで手を打ちます」
「私も同行しましょう。エルフの森知識には期待してくださいね!」
「ありがとう、2人とも助かるよ」
海神 江流が顔見知りのギーゼラとエフィルミアに礼を言っていた所へ、シルヴィアがアンジェを紹介した。
「おや、今回はヒーラーが多いですね! 僕もそうなんです。癒して差し上げますから、安心して怪我をしてくださいね!」
「あ……、はい。私も、頑張ります」
「ダンジョンができていないなら危なげは無いだろうけれど、足並みは揃えていこう」
テンション高めのギーゼラに、アンジェが気押されつつ頷く。江流も状況を町の人に確認していたらしく、ダンジョンが無い事は把握していた。気負わずに行こうと声を掛け、5人が席を立つ。様子を見ていた住人へ、代表して江流が言葉を掛けた。
「俺達は冒険者だ。さっきチラッと話が聞こえたけれど、ならず者の集まりという訳じゃない。王国にも認められて勲章も貰ったりしている。今日は、魔獣の森の様子を見てくるつもりだよ」
「そりゃあ、御苦労様だ。代官様が依頼を出したのかい?」
「いや、この街では冒険者の評判が悪いと聞いたから、イメージアップの為の協力かな」
「あー……。冒険者を良く言うと嫌な顔する奴らもいるからなあ」
「昔に何かがあったならばそれは仕方がないけれど、冒険者に何ができるのかも、知って貰おうかと思ってね」
後で代官や領民の代表に報告はするにせよ、売り込むからには先に話を広めておく必要もある。調査に出て帰ってくるまでの間に、江流の言葉を聞いた町の人が、話題にしてくれればそれで良いと考えた。そんな彼はハリーヌの中では領主後継候補ではあるが、彼女自身はまだ少し距離を取っているようだ。怪訝そうな村人がちらりと目を向けた。
「あんたはアイツらと一緒にいかねえのか?」
「あ、ワタクシは戦いを避けつつ調査をするつもりでございます。皆様の後ろをついていこうかと」
「……ふーん」
「あ、決して! 誘われていないから寂しいとかボッチとかそう言う訳ではございませんよ。そこの所は誤解頂きたくないのでございますが!」
「そ、そうか。頑張れよ……」
自分から話しかける勇気が出ない辺り、コネを作るのもまだまだ難しそうではあった。
●
「……はい、これで大丈夫ですよ」
街の中の医療所には、レティシア・レインフィールの姿があった。怪我であれば治療することができる授恵者の協力は歓迎される。そこは吸血鬼に滅ぼされてしまった孤児院の孤児たちを引き受けた場所でもあり、手伝いの合間に旧知のシオンやカナンと旧交を温めてもいた。もう怪我の影響を感じさせぬカナンの様子に、レティシアの心境も大分安らいだようだ。
「ありがとうよ、お嬢さん」
「はい。私は冒険者ですが、医療の心得もありますので」
「え、冒険者なのかい? ははあ、こんな娘さんがねえ」
冒険者への悪い認識を改めようと話すレティシアだが、冒険者に対して隔意のあるのはやはり一部のようだ。老人や子供にはそのような様子はない。とはいえ、冒険者ギルドがある都市などと違い、冒険者が何なのかを知られていないとは感じた。雰囲気としてはもっと田舎の町や村のようだ。
「冒険者に悪印象を持っている方……ですか?」
「はい。御存じであれば、教えて頂きたいのですが」
同じく孤児院を訪れていたゲルダ・クラインは、シオンやカナンとの歓談の傍らそんな事を聞いていた。孤児達は余りラマスの事を知らないが、現在の世話役の大人たちはここの住人だ。当時の顛末を聞く事が出来た。酒代を踏み倒しに暴れる位だから、その偽冒険者は腕っぷしだけは強かったらしい。取り押さえる際には随分な大取り物になったそうで、警備隊からも怪我人が出たそうだ。
「大変だったのですね。でも、その時の事を今も引きずっているのは特定の世代の方だけなのですか」
「酒場で我が物顔のならず者に吹っ掛けて、こっぴどく返り討ちに遭った人たちがいるんですよ」
と聞けばならず者が一方的に悪い話だが、その若者達の方もあまり素行が良いグループでは無かったらしい。大勢で掛かって返り討ちに遭い、見せしめとして全裸で路上に放り出されたのだとか。
「それは……ええと、心の傷になっても、仕方がないかもしれませんね……。その、できれば冒険者への印象を変えて頂きたいですし、お会いしたいのですけれど……」
そう言うゲルダに世話役は難色を示したが、冒険者の立場を伏せて接触する事と、シオンとカナンが彼女の人柄と強さを保証した事でしぶしぶ頷いた。
「リーダー格だった方はこの通りで店を構えています。まあ、あの頃に比べれば丸くなっていますよ」
「今は商人をされているのですね。それなら、何かお手伝いできることもあるかもしれません」
レティシアと別れ、早速向かっていった先には、友人のリサ・ベイカーの姿があった。
「リサちゃん?」
「あ、奇遇です、ね?」
リサが話していたのは、恰幅の良い禿頭の男性で、先ほどゲルダが聞いた話にあったような若い頃のやんちゃの気配はない。どうやら、リサはラマスの街の産物、不足しているものなどを尋ねていたようだ。見れば、一緒にコルネリウス・アーラの姿もある。ゲルダの実家のような大商人であれば来客と会うのには応接室だろうが、町の商人なので店先で話し込んでいたらしい。
「おや、そちらのお嬢様もご友人かな? やはり都市同盟の御出身ですか?」
「いえ、ええと……」
リサは自分がエスト・ポーラで手広く商いをしている商家の娘だと最初に明かしており、話の流れでコルネリウスもベールコートに住んでいたという話が出ていたため、ゲルダも同様かと思ったらしい。友人がどういう立場でいたいのか分からず、リサは紹介の言葉を濁す。コクリと頷いてゲルダが言葉を引き取った。
「そうでしたか。わたしは孤児院の方の紹介で伺ったので、ここで会ったのは偶然です」
「おお、そうでしたか。珍しい物も無いですが、店内のものはご自由に手に取ってくださいませ」
男の口調からすると、コルネリウスもゲルダと同じような枠に見られているようだ。店内にあるのは、王都辺りで仕入れたと思われる雑貨などだ。ラマスから農作物などを運び、ラマスで作っていないような衣服や道具などを街の住人へ小売りしているらしい。
「エスト・ポーラまで運んで元が取れるようなものは、この街にはないのですよ」
「うーん、この街でも何か特別な産業が興せれば、良いですけれど……」
「そうですなあ」
と、難しい事を口にするリサを笑うでもなく、商人は相槌を打つ。とはいえ、長年同じ暮らしをしていると思いつく事も無いらしい。
「まだ特別なものがないと言う事は『何でも創れる』ということですから、何かはできるかもしれませんよ」
「そうですか?」
「冒険者としてのお仕事で、町で育ったお花を使ってお菓子を作った事があります。あと、他の場所では踊りのあるお祭りで賑わったりしていましたね」
さらっとそう話したコルネリウスに、ゲルダが慌てて商人の顔を見るも、特に変化はない。嫌悪感などが、表情に出ているかと思ったのだが。
「……リサちゃんも、冒険者ってお話しているの?」
「え? うん。店主さんには最初にお話しているけど」
ゲルダからこの商人が冒険者嫌いの急先鋒らしいと聞いて、リサは首を傾げた。コルネリウスもだが、自分達が冒険者と名乗った際にはさほどの敵意を示されてはいない。少し眉をしかめられたが、そこまでとは思っていなかった。
「もしも、冒険者が怖ろしいと感じていらっしゃるなら、怖い存在ではないと知って貰いたいと思うのですが」
「こ、怖くなんかねぇ……。いや、怖い訳じゃありませんぞ。ええ、皆さんのような可愛らしいお嬢さん方であれば大歓迎ですとも」
コルネリウスに告げられた商人は一瞬地が見えたが、何とか早口で取り繕おうとした。どうやら思う所はあるにせよ、隠そうとしている様子である。
(冒険者は怖いと思っているようですけれど、わたしたちは怖くない……? その時の冒険者を思い出すような相手が怖い、のでしょうか。ただ、怖くない冒険者でも、あまり好きではないようですね)
ゲルダは彼の心中をそのように洞察している。自分が壁や戦車などと言われる強力な授恵者を相手にしているとは思ってもいないのだろう。しかし、コルネリウスは住人の困りごとを解決する事から交流を始めようとも思っていたが、相談してもらえる程に心を開いてもらえてはいないようだ。
「他の方のお話も伺ってみます。もしかしたら、町の皆様が当たり前に知っている花などが良い物かもしれません」
「冒険者ならでは、という事もあれば良いんですけれど、すぐには思いつきませんね……」
コルネリウスとリサはもう少し、方々で聞き込みをすることにした。ゲルダもまだ信頼されているとは思えなかったので、冒険者の身分を隠したままで商人の前を辞去する。この商人のような冒険者嫌いの住人以外は、彼女達の小さなお手伝いも、街の事を外部の若者が知りたいと尋ねて回る事も喜んでいたようだ。冒険者が怖ろしい者ではないと、分かって貰う一歩は踏み出せただろう。
●
魔の森に向かった一行は、全く危なげなく木々の間を進む。薪拾いなどで町の人が利用しているのはごくごく浅い場所までのようで、すぐに手付かずの自然に対面した。
「適度に手を入れた方が森も喜ぶんですけど、ときどきダンジョンになっちゃうならしょうがないですね」
「警戒していないと……。一般の人には危険、ですね」
植物の様子を伺っていたエフィルミアがそんな事を言う。警戒を口にしたアンジェは、前後左右のみならず、樹の上や地面も油断なく気を配っていた。動物系の魔獣はたまにいるようだが、シルヴィアの手にした光源に驚いたか、あるいは集団で動く人間その物を恐れたのか、近づいて来る様子はない。エフィルミアの捜波に何か怪しい気配が引っ掛かったと思えば、後方をひっそりついてきていたハリーヌであった。
「君も目的が調査なら分かれている理由も無いだろうし、一緒にどうかな?」
「は、はい。それならば恐縮でございますが、御同行させて頂きたく……」
リーダーの江流にそう言われ、これ幸いと一行に加えて貰う。挙動不審なハリネズミは見える範囲に置いた方が安全だという意味もあるのかもしれない、などと考えるのは穿ち過ぎだろうか。それはさておいても、低い視点の者が混じるのは探索の面でも効率が良い。さらに進み、時折休止を挟みながら調査を続ける。
「たまにとはいえ魔獣がいるという事は、エーテルは確かに濃い場所なのだろうね。濃さの変化が分かる手段があれば、ダンジョン化する周期も分かりそうなものなのだが……」
そうシルヴィアは考え込むが、その土地のエーテル異常を感知する手段は思いつかない。幸いにして今は平和なようだが、森の奥深くでひっそりとダンジョンが生まれていても、魔物が溢れ出てくるまで察知できないというのは民の身からすれば恐ろしい事だろう。
「今日は、誰も怪我をする事は、なさそう……、ですね」
「本当にね……、はぁ……。誰か、葉っぱで手を切ったりしてませんかねぇ?」
戦闘は無く、同じ事を話題にしている筈のアンジェとギーゼラの言葉の温度はだいぶ違う。一方、産物を探す視点からすればこの森はそれなりに面白い場所のようだ。
「んんー、これはエルフの森では見た事がありますけれど、王国の辺りでは珍しい樹かもしれません」
エフィルミアが見つけた樹は、良い状態だった。実が成る時期に森の奥まで来ることが出来れば、種が薬になるものらしい。他にも、エーテル異常のためか時折変わった植物が生えているようだ。
「これは、ダンジョンに変わった時ならば、もっと面妖なお宝が出るやもしれません」
「魔獣も……倒してみたら、何か、良い物を落とすかも」
金の予感にハリーヌが鼻をひくつかせ、アンジェは周囲の木々へ目を向ける。相変わらず魔獣の側は人間たちから逃げて行くようだが、足が速く隠密性も高いエフィルミアと江流ならばこっそり近づいて狩れない事も無い。試しに一頭ほど狩ってみた。
「普通の猪の大型個体、といった感じでございましょうか。肉はしっかりして栄養豊富でございますね?」
ハリーヌが良かったところを探しているが、まあ普通の森の獣の強化個体であり、そこまで目立つ戦利品ではない。江流が事前に聞いた感じでは、ダンジョンと化している時に出て来た魔獣や亜人の中には森に似つかわしくない個体もいたようなので、珍しさとしてはそちらの方が期待できるのかもしれない。ただ、何が出て来るか予測できないのは難点ではあるが。一行は三日ほど時間をかけ、森の奥に異常がない事を確認してから帰路についた。
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江流一行が森を調査している間に、ジュスト・ヴェルジーとローザリカ・L・ディオールは住民たちへの啓蒙活動を始めていた。草の根的に冒険者の良さを広めようとしているゲルダやコルネリウスとは違い、貴族らしく民へ言い聞かせるスタイルである。
「この街には『魔の森』がある。それを有効活用できれば新しい産業に繋げる事が可能ではないかな?」
「産業……? 何のことだ?」
何日か通った事もあって、酒場にいる連中は2人が街へ何かをしに来た冒険者である事は知っている。最初は距離を取られていたが、今ではジュストと気安い会話もできるようだ。しかし、飲みに来ている連中の一部は冒険者と聞いて、まだ少し距離を取っているようには見えた。冒険者嫌いの個々の相手との距離を詰めることは他に任せ、2人は話を聞いてくれる相手へと語り掛けていく。
「ダンジョンが常にある訳ではないから、エドゥノーグのような産業とまでは行かないだろうが、『魔の森』の調査を進めてみてはどうだろう」
「ダンジョン都市……。凄い場所らしいって聞くがのう。調査って言えば、冒険者だという若いのがそう言っておったな」
滅多に故郷を出ない普通の民からすれば、遠いエドゥノーグの事はいまいち想像ができないらしい。一方で江流達の調査行は、じわりと街の話題になっていたようだ。
「そう、調査には冒険者を活用すべきだと思う。もちろん騎士団でもできなくはないが、ちゃんとした騎士団を作るのには時間も金も掛かる。それはつまり領主への税金ということだ」
「……税金、上がるのは困るわね」
「払って、ちゃんと調べてくれるなら悪くは無いんじゃがなあ」
住人の意見は多少分かれたようだった。魔の森対策が為されるならお金がかかっても、というのは高齢世代で、若い世代は出費が増える事に拒否感がある。これは、実際に魔の森が溢れた状況を知っているかどうかの差であろうか。
「その点、冒険者であれば最初からこなす能力がある。もしも腕の立つ冒険者が領主になれば、騎士の代わりに動いて貰う事も出来るね」
「冒険者の、領主……?」
「そんな話も、何やらヘルベルト様から聞いた気もするが」
以前にリヴァマス老が後継問題を話した時の説明会に出席していた住民もいたようだ。とはいえ、これも彼らの頭の中ではしっかり想像出来ていない様子である。根無し草っぽい印象の冒険者と言う単語と、貴族で偉いという印象の領主と言う単語がうまく頭の中でつながらないようだ。
(ここはまず実利を示して、冒険者に懐疑的な住民の空気を変えたいところだな)
商人貴族らしく、ローザリカはそう思う。魔物の森の問題は面倒だが、冒険者に依頼するにせよ自前の騎士で解決するにせよ、調査でも掃討でも大勢人が動く。そのこと自体をうまく利用すれば街に金が落ちるというのが彼女の狙いだ。
「もともと『魔の森』に魔獣がいる以上、その対処は必要な筈。そこに冒険者を使う事もあるだろうが、どうせならそこでも利益に繋がる方が良いんじゃないかな」
「調査で、利益に……? どういうことだい」
「調査に来る冒険者は、一日で終わりはしないだろう? 調査が定期的に行われれば、この店のような宿泊や食事の場所は繁盛するんじゃないかな」
「ああ、そう言う事か。ウチは今でも十分だが、店を増やすなら働き手も増えるな」
王都へ出稼ぎに行ってしまう若者が、働き口さえあれば戻って来れるかも、というような悩みもあるらしく、掴みは悪くない。
「強力な魔獣が常にいないのならば、警戒だけなら駆け出しの冒険者を滞在させることでもできるだろう。そこにも商機があると僕は思う」
「なるほどのう……」
ローザリカの言葉に、考え込む住人もいれば、不安げな様子をぬぐえない者もいる。
「でも冒険者だろう? 噂に聞いた感じじゃあ、荒っぽい奴らじゃないのかい?」
「そこについては、今回『魔の森』に赴いた人達もいるからね。その働きぶりと人柄を実際に見て貰って考えて貰えないだろうか」
ジュストが指をピンと立てて給仕のお姉さんに説いた所で、店の扉が開いた。噂をすれば、江流達が帰ってきたのだ。森に行く前より多少は疲れているようだが、さほど汚れてもいない様子に住人達が驚く。
「歩き方を工夫すれば、森の中もそんなに汚れませんよ!」
そんな事をできるのはエフィルミアのような熟練のシーフに先導されているからで、普通の街の住人ではそうはいかない。
「それは、猪か? 随分大きい……」
「これは魔獣の猪でございます。普通の猪と同じように食べられるものでございますよ?」
街に近い場所にいた訳ではなく、奥地で狩られた物だと説明するハリーヌに、それならば酒場の親父が買い取りたいと手を挙げた。魔の森で獲れるものの価値を知ってもらうには良い機会だと、江流は考える。
「これも広報活動だし、あげてしまっても良いだろうか?」
「いいですね、賛成です!」
「僕は約束のケーキが貰えればそれで良いですよぉ?」
「アンジェも、構いません」
「私も問題ないよ。どうせなら、美味しく食べて貰うのが良いだろう」
「狙うのは目の前の小銭よりも将来の大儲けでございましょう」
同行者と軽く相談して、イノシシ肉は冒険者達の奢りとなった。タダで肉が食えるとの噂はすぐに広まり、酒場は路上にテーブルを出すほどの盛況ぶりとなる。気前の良い冒険者に乾杯、などと声が上がる辺りは現金なものだ。
「そうかあ。森に狩人が入れるようになれば、いろいろと変わって来るわよね」
「入り口辺りしか、今は使われていないようでしたけれど、食べれる実や草もありましたし、もったいないですよ!」
料理を味わうご婦人とエフィルミアがそんな話をする横で、さっきよりも腰の入った感じでジュスト、ローザリカと話し込む店主。しかし、声の大きい地元の商人が冒険者を好いていないのだ、という。冒険者ギルドを置くという話も、それで流れた過去があるのだそうな。最終的には、冒険者のおごりで酒が旨いという話を聞きつけたコルネリウスやゲルダ、リサやレティシアも様子を見に来て、それなりに活動的な住人達と冒険者との交歓が進んだ夜であった。
●
翌朝、江流は領主代行のエリオットへと報告に向かう。彼と別れたシルヴィアとレティシアは、ベリルと少し話をするつもりだった。口を開けばタイプはだいぶ違うにせよ、どちらも10歳の少年から見れば年上の綺麗なお姉さんである。応接室で顔を合わせた時には、緊張している様子だった。
「今回は、依頼を引き受けてくれてありがとうございました。報告は書面で頂きましたが、それ以外に何か……?」
首を傾げるベリルへ、そこまで身構えずとも良く、単に挨拶に来たのだとシルヴィアが返す。レティシアの方も軽く話をしに来ただけだと言うと、不思議そうに頷いた。当たり障りのない会話から、レティシアがまず用件に入った。
「ベリル様が兄君を慕うお気持ちは、素晴らしいと思います」
「ありがとう、ございます……?」
「先日は学園へご訪問されていましたが、ベリル様はそれ以外に領地の外をご覧になられたことはございますか?」
「学園入学を控えた近頃は王都の父の館と、お爺様のラマスのお城で過ごすのが半分づつ位なので、領地の外と言えばその道中でしょうか」
何故そんな事を聞かれたのかと首を傾げつつも、ベリルはそう答える。王都で父の言葉だけ聞いていたトマスがリヴァマス老を誤解した件が切っ掛けなのか、今のベリルはダンテ家内で以前のトマスほどに偏った立ち位置にいないようだ。
「そうですか。これから学園に入って、様々な立場の方と交流する機会も増えるでしょう。視野が広がる事で、兄君よりも大切に思える物や違う夢が出来るかもしれません」
「……仮定であれば、仰る事は分かります」
レティシアの言葉の途中で、ベリルの表情が分かりやすく硬化した。口では同意しつつも表情が言葉を裏切っている辺り、幼い。まあ、貴族子弟とは言え10歳と言えばまだ子供だ。
「将来、先生の養子と言う立場が有利に働く事もあるでしょう。今すぐにお話を断るのではなく、兄君や私達と一緒にゆっくり考えてはいかがですか」
「選択を保留にしておくのが良い、という事ですね。お話は分かりました。貴女が僕の事や兄の事を思って言って下さっている事も。……ですが、僕には兄より大事な物が出来るとは思えません」
頑なに唇を震わせつつ、そう言い返すベリルが何故トマスをそうまで気にするのか、いくら仲の良い兄弟としても普通ではない気はする。
「……貴族とは、王国の屋台骨だ。その矜持を元に慣例に従って考えるなら、貴族子弟であり先の領主の血縁であるベリルが養子に入るべきなのだろうね」
話し手を代わったシルヴィアはまず、原則論を述べた。そんな事は百も承知と、ベリルは冷たい視線を返す。しかし、シルヴィアが言いたいのはその原則論ではない。
「……けれど、これは以前トマスにも伝えた話なんだが」
「兄上に?」
「『法を蔑ろにすれば国は荒れる。けれど人道を見失えば法の意味がない』と。慣例や法に従った最適な結論は、正しいかもしれないが必ずしも最善とは限らないと、私は思う」
冒険者が領主となるのも慣例破りであれば、跡取りの貴族令嬢が婿に身分の低い者を選ぶのもそう。これまでの王国貴族の在り様からすれば、否定されるべきことだ。
「……何が、言いたいのですか?」
警戒も露わな様子に、微かに笑い。
「努力する者は慣例に沿わずとも報われて欲しい。それが王国民の希望になると、私は思っているんだ。そういう意味では君と私は同志と言えるね」
「良く、分かりません」
ベリルは困惑した表情でそう返す。少年に判った事は、この二人が兄の友人であろうという事と、良かれと思って自分へ話しかけたのだろうという事。自分で決めていた事柄の近くに二つの石が投じられ、考えはすぐには変わらぬにせよ波紋は思考を揺らす。淑女達を見送る際には感情も落ち着いたようで、もう少し考えてみますと口にした。
マスターコメント
イベントシナリオ普通 報酬:標準12 / 10〜25人
2023年04月06日 00時18分40秒 公開
参加者
相談掲示板
ワタクシはハリーヌ。しがないヨツユビハリネズミでございます。 庶民と違って、お貴族様の跡継ぎ問題は難しいものでございますねぇ。 ワタクシはこのようなナリの冒険者でも学園生、という身分を利用して領民の皆様とお話しさせていただくか、思いつけば産業のほうを…と考えているでございます。 とはいえ、皆様の行き先によって変更も可能でございますので、足りない場所へ行くでございますよ。 皆様、今回はよろしくお願いするでございます!
海神江流だよ。今回は宜しくね。 養子希望という自分の都合を一旦横に置いて いち冒険者として、冒険者自体への心象がよろしくないってのには手を打ちたいと思うので… 魔の森への対処に回って、ならず者の集まりではないんだよと示すのがいいかな。とか。 とはいえ一人で行っても成果があがらんとも思うので、同行していただける方がいらしたらお願いしたいかな。
シルヴィアだ。今回はよろしくね。 『魔の森』から迷い出る魔獣や亜人への対処をする予定。 ベリルに挨拶もしたいと思っている。 >江流 もし良かったら同行させて貰っても良いかな? 回復スキルを持って行くよ。
エフィルミアですっ。よろしくお願いします! 私も『魔の森』の魔獣や亜人の対処をする予定です。 捜波で敵を見つけて、効率良く撃破していきたいですね! >エルさん 私も一緒にいっていいでしょうか? 火力はあまりないですが、索敵とBSは得意です!
江流さんに人手が足りないと聞きまして。 助っ人に来ましたギーゼラです。よろしくお願いします。 ショートケーキ(ホール)を3つで手を打ちますよぉ? それでは僕は江流さん達と『魔の森』に向かいましょう。 シルヴィアさんとエフィルミアさんもよろしくお願いします。 いっぱいいっぱい怪我をしてもらって大丈夫ですので!!
…あの、…アンジェ、です。ヒーラー…、です。 よろしく、お願いします…。(ぺこり) ええと、わたしも、『魔の森』に行こうと思います…、ので…。 あの…、『魔の森』に行かれる皆さん、わたしも…、連れて行って、もらえませんか…? ええと、回復とかできそうなことと…、あと、森に何か利用できるものがないか、見てみようと思って、ます…。
沢山反応ありがとう。 シルヴィ、エフィ、ギーゼラちゃん、アンジェさん 同行よろしくお願いします。 明確な討伐対象がいる訳ではないので、戦闘行動構えつつも、治安維持が継続的に出来るように案だしたり、情報収集するのも良さそうだね。
江流は快諾ありがとう。 エフィ、ギーゼラ、アンジェもよろしくね。 ヒーラーが多くて心強いね。どんな魔獣や亜人が出てくるか分からないし、私はバフと魔法攻撃スキルメインで行こうと思う。情報収集も頑張ってみるよ。