ホワイトスノー・フェスタ
崎田航輝
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シナリオID:2791
オープニング
粉雪が、降り積もってゆく。
冬の深まりと共に街は白妙に染まり始めていた。
空気は深々と冷え、吐息までもが白さを湛える。吹く風は一層冷たく、厚い防寒具を着ないでは外も歩けない気候だった――けれど。
そんな今こそ、人々が待ちわびる祭りの季節だった。
均された道のほかは、どこを歩んでも深い雪に足跡が残る。
――同盟の街ヴァイスネージュ。
山を背に抱くそこは、冬季には冷えた海風が雪を呼び、一面が銀世界となる土地だ。
今は寒さの時期もピークで、空を仰げば進行形で白雪も降っている。
ただ……そこに満ちるのは活気と熱気。
「今年も盛り上がると良いですね――」
街の中心、若き町長が期待の表情で視線を巡らす。
子供や大人達が賑やかに歩む大通り。そこには住人や近隣の芸術家が作った雪像が幾つも立ち並び、壮観な眺めを作っていた。
屋台からも湯気が昇り、温かな食事の準備は万端。逆に氷菓も用意され、寒空で冷たさも堪能出来る。
そう、人々が楽しみにしているのは――雪祭り。
この時期、決まって開催されるそれは今年も行われる事になり、既に盛況の気配だった。
広場に点々と作られるシャルガネ由来の“カマクラ”は、中で暖を取ったり、食事も持ち込めるようになっている。
凍結した広い池を、金属板をつけた靴で滑る遊びや……山の雪上を板で滑る遊びにもまた多くの人々が集まっていて。
「夜もきっと美しくなるでしょうね」
ランプで美しく照らされる銀世界、それが祭りのフィナーレとなるだろう。
年に一度の祭りは、自身にとっても最大の楽しみで……町長はわくわくとした様子を隠せなかった。
それだけではない。
この祭りを更に盛り上げてくれる存在を……町長は手配するつもりだった。
それは他でもない冒険者。過去、彼らを招く事で祭りは一層活気に満ちたものになった。
だから今年も、と。
「彼ら自身にも、楽しんでいただければ良いですね――」
思いと共に町長は歩み出す。
――そうして雪の降る街に、冒険者達は招かれた。
寒空の下でも、人々は笑顔の時間を楽しんでいる。
そんな中で、冒険者達もそれぞれに歩み出し――
冬の深まりと共に街は白妙に染まり始めていた。
空気は深々と冷え、吐息までもが白さを湛える。吹く風は一層冷たく、厚い防寒具を着ないでは外も歩けない気候だった――けれど。
そんな今こそ、人々が待ちわびる祭りの季節だった。
均された道のほかは、どこを歩んでも深い雪に足跡が残る。
――同盟の街ヴァイスネージュ。
山を背に抱くそこは、冬季には冷えた海風が雪を呼び、一面が銀世界となる土地だ。
今は寒さの時期もピークで、空を仰げば進行形で白雪も降っている。
ただ……そこに満ちるのは活気と熱気。
「今年も盛り上がると良いですね――」
街の中心、若き町長が期待の表情で視線を巡らす。
子供や大人達が賑やかに歩む大通り。そこには住人や近隣の芸術家が作った雪像が幾つも立ち並び、壮観な眺めを作っていた。
屋台からも湯気が昇り、温かな食事の準備は万端。逆に氷菓も用意され、寒空で冷たさも堪能出来る。
そう、人々が楽しみにしているのは――雪祭り。
この時期、決まって開催されるそれは今年も行われる事になり、既に盛況の気配だった。
広場に点々と作られるシャルガネ由来の“カマクラ”は、中で暖を取ったり、食事も持ち込めるようになっている。
凍結した広い池を、金属板をつけた靴で滑る遊びや……山の雪上を板で滑る遊びにもまた多くの人々が集まっていて。
「夜もきっと美しくなるでしょうね」
ランプで美しく照らされる銀世界、それが祭りのフィナーレとなるだろう。
年に一度の祭りは、自身にとっても最大の楽しみで……町長はわくわくとした様子を隠せなかった。
それだけではない。
この祭りを更に盛り上げてくれる存在を……町長は手配するつもりだった。
それは他でもない冒険者。過去、彼らを招く事で祭りは一層活気に満ちたものになった。
だから今年も、と。
「彼ら自身にも、楽しんでいただければ良いですね――」
思いと共に町長は歩み出す。
――そうして雪の降る街に、冒険者達は招かれた。
寒空の下でも、人々は笑顔の時間を楽しんでいる。
そんな中で、冒険者達もそれぞれに歩み出し――
解説
●概要
都市同盟の街、ヴァイスネージュへ観光に招かれました。
祭りを自由に楽しんでゆく事が出来ます。
時間帯、訪れる場所などは自由です。
●ヴァイスネージュについて
同盟の一端にある、山を背にした都市です。
冬は例年降雪が多く、雪祭りが開催されて盛り上がります。
●行える事
街を自由に散策する事が出来ます。
以下、立ち寄れる場所やイベントの例を示します。
1.雪像、雪遊び
人物や景観、心象をモチーフにした雪像が大通りに並んでいて沢山の人が集まります。
眺める他、自分でも像を作って並びに加える事が出来ます。
また、近くの広場は雪が沢山積もっているので、自由に雪遊びも出来ます。
2.食事
温かい料理は鍋やスープパスタ、スープカレーなどが人気です。
激辛鍋や、各種シャルガネ風鍋もあるので、そちらを楽しんでも良いでしょう。
また、アイスクリームを中心に氷菓も売られています。
それぞれ屋台や店で楽しむ他、テイクアウトも出来ます。
3.料理
広場でバーベキューをする事が出来ます。
具材などはお店から適宜調達出来るでしょう。
氷や塩を使ったアイス制作体験も行われています。
4.カマクラ
カマクラを作ったり、出来合いのものに入る事が出来ます。
大小あり、どれも中は暖かいです。中で食事や料理を楽しんでも良いでしょう。
5.スケート、スキー
綺麗に凍結した大きな池があり、金属板をつけた靴を借りてスケート風の遊びを楽しめます。
また、山の付近では木の板をつけてスキー風遊びが出来ます。傾斜を滑ったり、スキージャンプのような事をしたり、好きな形で遊べるでしょう。
6.お土産
買い物を楽しめます。
雪の結晶をモチーフにしたアクセサリや小物、日用品が人気です。
7.雪灯り
街の中心に小さなカマクラが連なる場所があり、夜はそこにランプが入れられて幻想的な景色になります。
小さなカマクラ作りや、ランプを入れるのに参加したり、付近で静かな夜の散策をしても良いでしょう。
マスターより
同盟にて観光を楽しむシナリオとなります。
雪のお祭りが行われる中を散策します。
行わなければならない事などはないので、自由に過ごしてみて下さい。
街には例として示した以外にも、普通の街にありそうな機能を持った施設なら存在します。
適宜過ごしたい場所を訪れてみると良いでしょう。
同行者がいらっしゃる場合は、お名前や共通のグループ名(人数なども併記して下されば確実です)などを記載して頂けると助かります。
皆様のプレイングを、心より楽しみにお待ちしております。
リプレイ
「今年も冷えるようだな」
「ええ。そうですね」
穏やかな雪が街を白妙に染める。
そんな景色の中を、ナハティガル=ラーと共にゲルダ・クラインは歩んでいた。
ナハティガルの装いは厚手のシャツとズボンに、黒のインバネスコート。マフラーと手袋でも防寒するその姿を……ゲルダは少しだけ見やる。
思い出すのは去年の事だった。
あの頃はまだ、自覚をしていなかった。
けれど自覚をしていなかっただけで、きっと――
「――お店、沢山ありますね!」
隣の存在を意識しそうになって、ゲルダは誤魔化すように周囲を見渡す。
と、例の激辛鍋のお店が目に留まった。
「わ、激辛鍋、あるんですね」
去年の辛さは今でも覚えている。けれどそれも良い思い出だったと思うから。
「……今年も、挑戦してみますか?」
「そうだな」
ナハティガルも頷く。こちらは辛くて美味だったとだけ記憶が残っていて……また味わうのも悪くないと思ったのだ。
決めると共に席について注文。
程なく、記憶にも残る真っ赤な鍋がやってきた。
「今年も辛そうですね……!」
ゲルダは言いつつも、レンゲを手に意気込む。
そんな横顔を見やりつつ、ナハティガルも食べ始める事にした。
ただ、直前で既に、違和感は持っていたに違いない。ゆっくりと一口啜ってみると……少しばかり眉根を寄せた。
「これは――」
精神的な変化故か、最近は長年患っていた味覚の異常が改善されつつあるからだろう。
去年は涼しい顔で完食したその鍋の……真の味を理解したのだ。
「人が食って良い物とは思えん」
「で、でも、これはこれで……」
と、隣の声に目をやると――ゲルダが予想通り悪戦苦闘。涙目になりながら、はふはふと口に運んでは悶絶していた。
ナハティガルはそっと静止しようとする。
「止めておけ。無理をすると胃腸に負担が掛かる」
「――いえ、お店の人に申し訳ありませんので……!」
ゲルダはありがたく思いながらも、食を進める。
勿論辛いが、お残しは主義に反するという心持ちもあった。故に一気に流し込み――完食していく。
ナハティガルはそんな姿を暫し見つめていた。
想起したのは去年の事。あの時もゲルダは激辛鍋を完食していた。
恐らく……味覚に異常を持っていた自分に付き合って、無理をしてくれていたのだろう。それを今、実感する思いがした。
(……)
ナハティガルは申し訳なさを覚える共に――不思議な感覚がこみ上げるのを自覚する。
感動か、歓喜か。
それは何と呼べば良いのか分からない『暖かな感情』だ。
そのうちにゲルダが食事を終え、口元を拭うと……
「その……今年も、アイスクリーム食べに行きませんか?」
「――氷菓子か」
言葉に、ナハティガルはまた去年の事を思い起こす。
そして頷きながら、応える声音は仄かにだけ柔らかく。
「行こう」
「はいっ!」
ゲルダも微笑んで、並んで歩み出す。
風は未だ冬の色を帯びている。けれど先刻よりどこか、冷たさは緩やかになっているようだった。
街の広場は雪景色ながら、均されて時間も経っていない為歩きやすい。
そんな一角へ……リディリディ・トゥラ・イェレミースはやってきた。
「では、ここにしましょうか」
「にゃ!」
と、元気に答えるのはサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブ。
コルネリウス・アーラと共に平坦な場所を陣取ると……台と金網、そして炭を用意していた。
他でもない、皆でバーベキューを始める所。
「それでは、私はお肉をたくさん入手してきますね! あ、あとパンも――」
コルネリウスはまず、リディリディの為の肉と、自身の好物を調達するために近くの食料品店へ向かう。
その間に、リディリディは荷を置いて……調達済みの野菜を切っていく事にした。
「このくらいならば一応、出来ますか……」
「ならあたしは火付けておくね!」
と、サフィラは炭を台に組んで着火の準備。
小枝を使って熾しても良いけれど、寒空の下では一層時間もかかるからと――用意したのは油を染み込ませた布。
「ファイヤー!」
火打ち石でそれに火を付けると、一気に轟々と燃え上がるから……それを組んだ炭の中に素早く置いた。
「後はこれで――!」
と、火吹き棒で息を吹き込んで高熱を保ってゆく。
そのうちにコルネリウスも戻ってきて、肉を山と積み上げた。
「たくさん手に入れる事が出来ました! 早速焼いていきましょう」
それから、と鍋を火にかけて。
「体が温まるように、お野菜のたくさん入ったチーズスープも作りましょうか」
「にゃ、スープ?」
「ええ。私の実家でよく作っていたもので、子供達も大好きなんですよ」
サフィラに笑みつつ、コルネリウスは具材を入れて火力の調整。鍋から良い香りを昇らせて……肉も焼き始めた。
じゅう、という音と共に肉汁が滴り――炭火焼き特有の香りも漂う。
コルネリウスが買ってきたパンもまた焼き立てで。
「お肉にパンにスープ! どれもアツアツでおいしそ~~~!」
サフィラは瞳を輝かせながら、自身も持参した大きなチーズを用意。それを溶かして、適宜パンや肉にかけていった。
「それじゃ、食べよっ!」
「では頂きます……」
リディリディは言いながら、早速良い焼き加減の肉をゲット。
皆に準備に尽力して貰ったぶん、自分は沢山食べようと……その大きめの塊を口へ。程よい歯ごたえと肉汁を味わった。
「美味しいですね…」
もぐもぐと食べて呟きつつ、言い終わる前に次の肉を皿に移して。それを食べると、また間断なく肉を吸い込んでゆく。
「わっ、すごいね!」
サフィラはその食べっぷりに感心しながら、自分もチーズをかけた肉を実食。強火で焼けた部分の香ばしさに、チーズのまろやかさが加わって得も言われぬ美味だ。
「さあ、スープもどうぞ」
「ありがとっ!」
コルネリウスが勧めると、サフィラはそれを一口。チーズの旨味が溶け込んだ暖かさに、ほっと白い吐息を昇らすのだった。
「ほら、コルネも食べて!」
「ふふ、ありがとうございます」
サフィラがチーズをパンにかけてあげると、コルネリウスも微笑んで口に運ぶ。パンは表面がまだかりっとしていて、中はもちもちで。
「体が温まるものは良いですね」
「にゃ、焼いた野菜を突っ込んでフォンデュしても美味しいよ!」
サフィラは鍋にもなみなみとチーズを溶かしている。
焼いたキャベツや人参、茄子にネギはどれも芳しく、甘みが増している。口当たりもほくほくとして快く、チーズのまろみが相性抜群だ。
故にこそリディリディの食べっぷりも加速するけれど――コルネリウスも負けじと焼いて、網を肉で埋め尽くしていた。
「どんどん追加していきますからね! はい、お肉です! こっちも焼けましたよ! 次焼きますね!」
「ありがとうございます。おふたりもどんどん食べて下さい。冒険者というのは身体が資本のようなところがありますし」
リディリディも言いつつ、「あ、でもそこで焼けているのは私のですよ」と目の前の肉は逃さず取得。互いに高速化し、肉の残像が飛び交ってゆく。
肉がなくなれば、コルネリウスが「ちょっと買い足しに行ってきますね!」と更に追加して――バーベキューは終わらない。
いつしか陽も傾いて気温も落ちるけれど。
「寒い日でも、皆でバーベキューをすると暖かいですね」
コルネリウスが実感と共に呟けば、二人も頷いた。
美味と共に皆で楽しく過ごせば――心まで穏やかな温度に満ちるから。
「まだお肉もありますし、焼いていきましょうか!」
言うと二人も同意して、まだまだ賑やかな時間は続いていく。
「おお、賑わってるな――!」
凍った水面で人々がすいすいと滑る。
そこへエフィルミアと共に歩んできたナキルは……楽しげな声を零していた。
勿論、ここで遊ぶつもり。「行こうぜ!」「いいよ!」と気軽に誘って気軽に答えて来たまま――二人は早速刃の付いた靴を履いている。
ナキルはすぐに氷面に立ち、慣らすように円弧を描いて滑ってきた。
「よし」
と……そこでふと止まる。
エフィルミアが中腰から立とうとしていたのだが――
「……ミア、スケート初めてだったのか?」
「うん――」
答えるエフィルミアは、ぷるぷる。
震えたまま倒れそうになったり、持ち直したり。
(こんなツルツルの場所で不安定な刃がついた靴を付ける意味が分からない……!)
心の叫びと共に、まるで生まれたての羊のようだった。
ナキルはそんな珍しい様子に意外さを覚えながら……すぐに、その手をそっと取っていた。
「教えるよ。ミアならすぐ滑れるようになるって」
「ほ、本当?」
「もちろん」
言いながら手を引き、まずは直線走行。両足を交互に出させて、ゆっくりと真っ直ぐに滑らせていく。
エフィルミアは当然、最初はおそるおそるで。
「絶対! 絶対手を離さないでよね!」
「離さないって」
そんなやり取りもしつつ、何とか前進。
一先ずやり方を飲み込むと、今度は一人でトライするけれど……やはりまだぷるぷる。
ナキルが思わずぷっと吹き出すと、エフィルミアは頬を膨らませて。
「わ、私が苦戦してるとこみて笑うなーっ」
「いや、あんまり見ないミアの姿が可愛いなって思ってさ、ワリィって」
ナキルは言いつつ、再び手を引いた。
「ほら」
「むっ……、可愛いって言えば全部許されるわけじゃないんだからね!」
エフィルミアはちょっと不機嫌そうに照れながらも、その手を握って練習。
「もう。すぐ滑れるようになって、ナキルくんなんてコテンパンにしてやるんだから!」
言って真っ直ぐにカーブにと、滑り方をどんどん覚えていくと……ナキルも「その意気だ」とサポート。
そのうちに――
「どう?」
エフィルミアは優美な円を描いてすいすいと滑ってくる。
運動能力もあるから一度コツを掴むと早く――短時間のうちに、周りにも引けを取らぬ腕前になっているのだった。
「やるじゃないか」
「まぁ私シーフだし? 運動神経もいいし? このくらい余裕だよね!」
どやぁ、と笑んでみせると、ナキルも笑って。
「お? じゃぁ競争でもしてみるか? あ、シーフ技能はナシだぜ?」
「いいよ、力を使わなくたって、私が凄いって分からせてあげる!」
言うと二人で氷面の端に立ち……競争開始。すいすいと外縁を滑り出す。
「確かに速いな」
「でしょ?」
ただ、ナキルも勿論速度では負けておらず、拮抗。
時に並び、時に差をつけて。二人はついては離れ、また近づいて……笑顔を交わし、冬の一時を楽しんでいった。
ヴィナスとルーンス・ラグネルは料理店へ訪れていた。
「いい所だね」
「うん」
ヴィナスの言葉にルーンスも頷いて座る。
木造りの内装が上品な、落ち着いた雰囲気の個室だ。
ここを選んだのはのんびりと食事を楽しみたかったからだが――同時に、密談したい事もあったが故だ。
豆乳鍋から具材を掬いながら……ヴィナスは早速本題に入った。
「商人として復帰するよ」
「――本当?」
ルーンスが声を明るくすると、ヴィナスは肯く。
「本格的にはルーン――いや、ヴィンが家を継いでからになるけどね」
その呼び名で言いながら……ヴィナスは豆腐を一口。
「ん、美味しい」
具材は豆乳のまろやかさが効いていて美味。野菜も適度なしっとり感を残していて、肉にもまた味が良く染みていた。
そんな味を楽しみながら、ヴィナスは自身の心の変遷を思う。
エルムポートの商会長モクトル。臥魅郷の絢酉静霞。
依頼で得た経験がなければ、商人としての自分に戻りたいとは思わなかったろう、と。
戻らなかった事にも、大きな理由があるのだから。
「……」
見つめるルーンスにも、それは判っている。
思いを理解して、今も支持している。
だから、頷きを返した。
「僕とにいさまが争うのも、その結果従業員が路頭に迷うのも……どちらも嫌だものね」
けれどそれ故に、復帰を決めてくれた事は嬉しかった。
ルーンスにもまた、報告したい事はあったから。
「でね、にいさま、この報告書読んで」
「それは――」
ヴィナスが渡されたのは、ルーンスの見た夢に端を発する、とある調査報告書。
「……あの事故の」
「うん」
ルーンスは夢の事、それを元に、当時からいた従業員に聞き取り調査をした事を伝えた。
「勿論、彼女には勘付かれないようにしたよ。そうしたらね――証言と状況が内容と一致したんだ」
「……」
ヴィナスは最初驚いたが……そうか、と呟く。
「俺も子どもだったから気づきようがなかったけど……夢が味方したか」
「彼女の不見識は罪でしかない。――あの母も商会の毒だよ」
ルーンスの言葉に、ヴィナスも「ああ」と応える。
「アレの妻だけでは弱いかと思ったけど……十分毒たりえる。これはアーダベルト商会への明確な背信行為だ」
それから一度だけ目を伏せた。
(実子への肩入れだけであれば、少しは理解したものを。……愚かな)
そうして次に目を開けた時は、にっこりと笑みを見せていた。
「ありがとう」
「ううん」
ルーンスもにこっと笑む。
「僕達の家族にあの2人はいなかった、それだけの話だから」
「そうだね。その事が良く判る、実にいい報告書だよ」
そうして二人はまた鍋を味わう。
将来に向け、また一歩前に進んだ事。実りある時間を、ゆっくりと寛いでいった。
銀盤に粉雪が舞い降りる。
凍った池が作るその美観の中に、エヴァン・ピオネロとアルマ・ヴァレンタインは歩いてきていた。
「きれいですね……!」
「そうだねー」
笑んだ二人は、勿論景色を見るだけでなく滑って楽しむつもり。早速刃の付いた靴を履き、人影のない一角へと降りた。
「行きましょう……!」
そしてエヴァンがアルマの手を取ると、二人は一緒に滑り出す。
バランスに長けた二人の滑走は、淀みない。慣らすように周回し、周りの安全も確認すると速度アップして。
「それじゃあ並ぶねー」
「はい!」
アルマがエヴァンの隣に並び、二人で同じ軌道を描くように蛇行。手足のリズムも同期して、寄り添う形で滑った。
反対に向き直ると、今度は二人できれいに鏡写しのフォーム。身長差はあるけれど息はぴったりで……以心伝心、美しく滑る。
体も温まってくると、次はエヴァンがアルマを抱きかかえて。
「あげますよ!」
「うん!」
ぐっ、とペアリフト。たかいたかいをするように、アルマを頭上へと持ち上げた。
「すごーい!」
上がった視線にアルマが笑むと――エヴァンは暫し滑走。浮遊する感覚をアルマへ与える。
だけでなく、次はアルマを上へと投げる形でツイストリフト。
宙でアルマがくるくると高速回転すると……その体を華麗にキャッチした。
「もっと回転できそうだったねー」
「五回転、目指してみましょうか……!」
笑顔を交わすと、さらなる高みを目指して楽しんでゆく。
そうして目いっぱいに遊んだら――屋台巡りへ。
「たくさんあるねー」
「どれも美味しそうです……!」
二人で目移りしつつ、水炊きにおでんに激辛鍋、更にアイスもチョイス。
マジカルポケットでテイクアウトすると、かまくらへ。陽が落ちてくると、アルマがランタンで中を照らして――食事を楽しむ事にする。
「ではいただきましょう!」
「いただきまーす!」
かまくらの中でも、しんしんと冷えた空気は流れ込んでくる。けれど野菜にお肉にと、熱々の鍋を食べればすぐに暖かくなって。
「あ、豆腐もおいしいよ。はい、あーん」
「あーん……」
エヴァンが食べさせてもらえば、今度はエヴァンの方も「はい、あーん」と差し出して。アルマもあむりと食べて、笑みを交わす。
「こっちは……かなり辛いですね……!」
「うん。でもおいしー」
と、激辛チャレンジをすれば芯から温まりつつ。
アイスを食べれば、再び冷えてくるから――
「はい、こちらに」
エヴァンは傍に来たアルマを抱きしめるようにして、一緒にブランケットにくるまった。
二人だけの“怪人ブランケット”モード。
夜の帳が降り始めて更に寒くなるのに、こうしていると暖かくて。
落ちる夕日、翳る空、そこに映える白雪。眺めていると、エヴァンはいつもよりアルマを近くに感じられるから。
「もっと大人に成っても時々こうして過ごしましょうね」
「うん、これからも一緒にね!」
アルマも笑顔で応える。
本格的な春は遠く、降る雪が冬の続きを希う。けれどその中でも、二人の心にはぽかぽかと……消えぬ暖かさが芽吹いていた。
「わぁ、ここもきれい」
通りに面した広場は、純白の地面にかまくらが点々と見える。
その眺めに笑みを浮かべて……アリエッタはそこまで走ってきていた。
こんな寒い日には猫らしく、まるくなって温まりたい気分でもある。けれど雪は珍しいし――何より、みんなで雪遊びすれば楽しいに違いないから。
「早く遊ぼうよ」
「うん」
と、頷くのはララベル・サン・ディーベル、
ふしぎ亭の一行でやってきた所で……テュリン・ヴィングもゴルバルティアと共に広場を見回していた。
「広くて良い所ね」
「ああ、まずは何する?」
テュリンに頷きつつ、ゴルバルティアが言うと――アリエッタが応えるよう、「まずは、こう!」と走り出す。
そして柔らかな雪の積もったところへ、ぼふっとダイブした。
「全然痛くない。冷たいけど――」
と、起き上がったアリエッタは自身を見下ろしてから、笑顔で手を振って見せる。
「ほらみてララベルー! 手が真っ赤」
「わ、ほんとだ」
ララベルが驚くと、アリエッタは「ララベルも」と誘うから……ララベルは頷いて、自分も走る。
と、途中でけつまずいて……思わぬ方向へダイブ。雪を掠めつつ、アリエッタへと倒れ込んでしまった。
「わっ、ララベル、触ってるよ」
「ごっ、ごめん!」
手よりも真っ赤な顔になってララベルは立ち上がり、平身低頭。
そんな様子にテュリンはゴルバルティアと共に息をつきながら……近くまで歩み寄って。
「じゃあ、そろそろ作る?」
「そ、そうだね」
ララベルは気を取り直して、かまくら作りを始める事にした。
元々、ララベルには雪山の冒険時にも役立つだろうという考えがあったけれど――
「せっかくなら、全員入ってもゆったりできる大きさの、作りたいよね」
「いいわね。そうなると大変そうだけど」
テュリンの言葉に、ゴルバルティアは力こぶを作ってみせる。
「任せろ! 戦いとかじゃない力仕事だしな♪」
こうなれば得意分野だからと……大きくて頑丈な籠を見繕ってくると、それで周囲の雪をどんどんとかき集めてくる。
すぐに、その場に雪の山が出来上がっていった。
「まぁざっとこんなもんだな」
「すごい、流石だね……!」
ララベルが感嘆を浮かべると、ゴルバルティアは「まぁな」と少々照れつつも。
「後は固めていくか」
という事で、丸い形に整えつつ強度を付ける事に。
「ふわふわの雪だから、結構時間かかるかもね」
と、ララベルは雪に触れつつ呟く。
実際、ここの雪は柔らかく、まるで綿のような触り心地。
だから固めるには沢山集めて叩いていく必要があるけれど――手を伸ばして雪を手に取る最中に……ララベルはふと違和感。
(あれ? 今手にふにって?)
「ベル、それ雪じゃなくて私の胸よ?」
横を見ると、すぐ傍に立っているテュリンの姿。ララベルは「はわわわ」と驚いて真っ赤になり、尻もちをつく。
「ご、ごめんっ」
「逸る気持ちは分かるけど、落ち着いて頂戴ね」
テュリンの表情に怒りの色はなく、寧ろにっこり。もはや慣れてしまった者の、悟りにも近い笑顔なのだった。
それにララベルはしっかり謝りつつ……作業に集中。
皆でしっかりとドームを固めて――
「これで完成だな」
ゴルバルティアが見上げるそれは、全員で入っても余裕のある大きなかまくらだ。
皆も顔を見合わせてから、笑みを交わし……早速中に入った。
「しかし、ちょっとはしゃぎすぎたか……」
鍋に炭にと、荷物をかまくらに運び入れながらゴルバルティアは少々震えを自覚する。
陽も傾き始めた時分、気温も一層低くなっていて――気づけば体も冷えていたのだ。
「ちゃんと暖まらないとね」
といっても、とテュリンはかまくら内部を見回す。
「ここ、居るだけでも結構暖かいのね。雪で出来てるから結構寒そうな印象あったけど」
「うん。外にいるよりはぽかぽかしてくるね」
アリエッタも冷えた手を温めつつ興味深げ。
ここならゆっくり寛げそうだと、ララベルも卓についた。
「皆も座ろうよ」
勿論皆は頷いて、卓を囲うように座る。
すると時を同じく外で陽が沈み……急にかまくら内が暗くなった。
「待ってね。今明かりをつけるから――」
と、ララベルは立ち上がって荷物を漁ろうとして……ずるっと転倒。そのままゴルバルティアの胸元に倒れ込む。
「な、何すんだっ!」
ゴルバルティアはとっさにビンタ。その衝撃で、「うぶっ!?」とララベルは荷物の山に突っ込んで……結果的にランプも見つけるのだった。
「えと、度々ごめんね――」
そんなこんなで、ララベルは真っ赤になりながらも明かりを付ける。
皆は鍋に具材を入れ、加熱して……ぐつぐつと煮えてきた豆腐や肉を頂くことにした。
「ふふ、鍋パーティーね」
テュリンは豆腐を一口、優しい口当たりと出汁の風味を楽しんで頷く。
「ん、美味しいわ」
「ああ。味が染みてる……」
ゴルバルティアも野菜を口に運んで、美味に瞳を細める。温かく、体にも沁み渡ってゆくようだった。
よく煮えた具材は、とても熱いけれど。
「ララベルにもふーふーしてあげよっか?」
アリエッタが照れながらも言うと、ララベルも少し頬を赤らめて。
「いいの?」
「うん。ふーふー、はい、あーん」
アリエッタは息でしっかり冷まして、口元に差し出す。ララベルも恥ずかしそうにしつつ……あむりと受け取って幸せな美味を味わうのだった。
「こういう時は雪見で一杯ってやつかしら?」
と、テュリンが蒸留酒を用意。雪の日に相応しい、すっきりした辛口で芯から温まると……皆も適宜分けてもらい、雪見酒に興じていく。
「具材もまだあるからね」
言うと皆も頷き、楽しいひとときは終わらない。
寒い時期の暖かな時間。それは四人を優しく穏やかに包み込んでくれるようだった。
「今年も来ました雪まつり!」
寒空の下でも心は温かく。
エルナ・クルプファルツは祭りの中を颯爽と歩み出していた。
どの場所も心惹かれるけれど、最初に足を止めたのはやはり――
「まずは雪像を作りますよ!」
沢山の雪を積んでぽむぽむと固めて、作っていくのはペット達の姿。
アルパカはもこもこ具合を再現し、狼もまた毛並みの造形にこだわって。リスは小さくも丸みを帯びた形をしかと作り。
「さくらもちさんも!」
と、幼きハナミアザラシの可愛らしい姿もふわふわ雪で作り上げると……それらの真ん中にかまくらも据えた。
すると本物の方のさくらもちが、エルナの傍から動き出してかまくらの中へ。暖かな中ですやすやと休み始める。
「気に入りましたか? 良かったです!」
エルナが微笑んでいると、いつしか興味を持った子供達も集まって……雪像と共に、さくらもちの姿を眺めているのだった。
その後エルナは食事へ。
多様な鍋に目移りしつつ、最後に決めたのは――
「スープカレー! どんな食べ物なのでしょうか!」
香りにも惹かれて注文すると、さらりとしたカレーのスープに、野菜、肉、じゃがいもがごろりと入った豪華な一皿だ。
「頂きます!」
早速実食すると、スープはコクがあって美味。スパイスが独自の不思議な味を形作り……何より体を温めてくれて。
「美味しいです!」
肉はとろける柔らかさで、野菜も程よい歯ごたえ。
こうして新しい味を楽しめば――これからもまだまだ新たな出会いと冒険がありそうな予感も抱くから。
「さあ、どんどん楽しみますよ!」
期待に胸を膨らませ……エルナはまた歩み出す。
「わぁ、楽しそうさぁ!」
フリューリングスルフト=ティエラは子兎のイュンと共に山へ。人々が滑走する姿に瞳を輝かせていた。
勿論自分も滑りたいけれど――そこでフリューは一風変わった閃き。皆のように二枚の板ではなく、多少幅広の一枚板に両足をつける形をとった。
「しっかり掴まってるさぁ」
そしてイュンを落とさぬよう、服の中の胸元に抱きしめて……高台から一気に滑り出す。
「ひゃっふー!」
加速しながら風を突っ切る感覚は、爽快。
フリューはその最中も卓越したバランス感覚で、自由自在に蛇行して――更にスピードに乗りながら、僅かに盛り上がった場所へ。
「いくさぁ……緋色の風ハイジャンプ!」
飛び出すようにそこから跳躍し、高空へ舞う。
そのまま宙で体を捻り、アクロバティックに回転。
人々の驚きの目と歓声が集まる中、華麗に着地してそのまま滑り続けた。
と、不意にイュンが飛び出して、思いかげずかくれんぼ。
「イュン? え!? どこさぁ!?」
白雪の景色の中では、その姿を見つけるのは難しく……時折飛び出す姿を見つけてはフリューは慌てて追いかけ、暫し翻弄されるのだった。
そうして沢山遊んだ後は――イュンと一緒にかまくらへ。
テイクアウトしたスープカレーを食べ、ほっと一息。
「おいしいさぁ♪ でも、まさかイュンが雪の中で隠れんぼしたら一番なんて」
イュン用のご飯もあげると、イュンは小さく鳴いてどこか誇らしげ。
寛ぐうちに、イュンがいつしか眠ってしまうと……その体をそっと抱きしめて。
「楽しかったさぁ♪ また遊ぼうさぁ」
言葉と共に、来年を思いながら――暖かな時間を過ごしていった。
陽が落ち始めると、広場に人々が集う。
そこへキオルティスも参加していた。
小さなかまくらも、その中にランプを灯すのも初めてで――想像するだけでその情景に心が躍る。
「さぁ、此処ではどんな世界を見ることが叶うのかな?」
空が翳り、しんしんと冷えた夜の帳が降りてくる。その中でキオルティスは微笑と共に、その灯りを光らせた。
ぼう、と。
感じたのは温度だった。
冷たく固まった雪の中に、ぼんやりと浮き上がる暖かい光。白い吐息を輝かせながら、キオルティスは少しの驚きを覚える。
「……冷たいハズ、なのに、ランプが灯ると……暖かく感じる?」
まるで、とても柔らかな焔に触れたかのような感覚。
「……」
そこに不思議な気分を覚えながら……キオルティスは雪灯りの間を散策する事にした。
静けさが漂う雪の夜、雪で創られた冷たい塊の中で、小さく灯る暖かい光……。
そこに歩む人々。彼らの表情。
(――嗚呼)
キオルティスは納得して空を見上げる。
これは気持ちが、心が暖まる灯火なのだ。
(この冷たくて、でも暖かい光を曲にしてみたい)
そう心から思って……胸の内で仄かにメロディの欠片を描き出してみながら。また、キオルティスは散策を続けていく。
遠くでまた、冷たくて暖かい光が灯った。
夜の雪景色が、優しい灯りに照らされる。
「まぁ、とっても幻想的……!」
アルフィー・リッパーと共に街の中央を訪れたネーヴェ・グラヌローザは……その美観に声音を踊らせていた。
橙色を帯びた銀世界。
そこは厳しい寒さが、穏やかな温度を得たようで。
「小さなかまくら達も愛らしいですわね」
「ああ」
アルフィーも頷いて、隣を歩む。
静けさが満ちているのに、不思議と寂しさはない。一歩一歩進むごと、新たな光が迎えてくれて……明るい時分とは違った楽しさがあった。
「一周回ってみるか」
「ええ」
言葉にネーヴェも頷き、ゆるりと歩む。
途中、ふと思い出して……ネーヴェは口を開いた。
「今度は私の事も話すお約束でしたね」
「いいのか?」
ネーヴェが頷くと、アルフィーは素直な喜びを見せる。だからネーヴェも柔く微笑んで、ゆっくりと話を紡いだ。
自身には記憶が無いけれど、最近は思い出す事も増えてきた事。
そして実妹と再会が出来た事。
「良かったじゃないか」
アルフィーは純粋に声を明るくする。
自身には兄妹がいなかった。だからこそ、その気持を想像して、まるで自分の事のように笑みを浮かべて。
ありがとうございます、とネーヴェも目元を和ませて。
「ですが……実は少し、怖いのです」
「怖い?」
「ええ」
言って微かに俯く。
以前には無かった記憶、気持ち。
それが嬉しいからこそ、段々と前のように喜ぶ事が出来なくなった、と。
「全て思い出せば……大切な日々も、今この瞬間の楽しさも、消えるのではと」
雪が融けて行くように。
それが怖い、と呟きを零す。
「……」
「……ごめんなさい、こんな話をするつもりではありませんでしたのに」
どうか忘れて下さいましね、と
ネーヴェは首を振って微笑む――けれど。
「いいや。忘れない」
アルフィーは言葉を返す。
「アルフィーさん――」
「不安なものは全部だしちまったほうがいいんだ。それに俺は、ネーヴェがせっかく話してくれた想いを忘れるなんてしないぜ」
何よりも、と。
「何があってもネーヴェはネーヴェだ。それは変わらない」
それはアルフィーの心からの思い。
「思い出すのも悪いことじゃねーだろ。思い出したら、それと今までの楽しい思い出が合わさるんじゃねーか?」
それはきっと、もっと良い思い出が生まれるという事だからと。
「そう、でしょうか」
「ああ。思い出した思い出が辛いものでも――」
アルフィーは目を見て言った。
「その時は俺も、あんたの妹も、あんたを大切に思う人は沢山いる。だから消える事なんてない」
それは真摯な言葉。
思いと彼の眼差しに、ネーヴェは目を奪われたような気持ちだった。
そして一筋の涙を零す。ネーヴェはその事に自分自身で驚き、謝りながらも――
「……ありがとう、ございます」
そう言って、笑いかける。
アルフィーが返してくれた笑みも温かく……雪の夜に、心が優しく解けてゆくようだった。
「ええ。そうですね」
穏やかな雪が街を白妙に染める。
そんな景色の中を、ナハティガル=ラーと共にゲルダ・クラインは歩んでいた。
ナハティガルの装いは厚手のシャツとズボンに、黒のインバネスコート。マフラーと手袋でも防寒するその姿を……ゲルダは少しだけ見やる。
思い出すのは去年の事だった。
あの頃はまだ、自覚をしていなかった。
けれど自覚をしていなかっただけで、きっと――
「――お店、沢山ありますね!」
隣の存在を意識しそうになって、ゲルダは誤魔化すように周囲を見渡す。
と、例の激辛鍋のお店が目に留まった。
「わ、激辛鍋、あるんですね」
去年の辛さは今でも覚えている。けれどそれも良い思い出だったと思うから。
「……今年も、挑戦してみますか?」
「そうだな」
ナハティガルも頷く。こちらは辛くて美味だったとだけ記憶が残っていて……また味わうのも悪くないと思ったのだ。
決めると共に席について注文。
程なく、記憶にも残る真っ赤な鍋がやってきた。
「今年も辛そうですね……!」
ゲルダは言いつつも、レンゲを手に意気込む。
そんな横顔を見やりつつ、ナハティガルも食べ始める事にした。
ただ、直前で既に、違和感は持っていたに違いない。ゆっくりと一口啜ってみると……少しばかり眉根を寄せた。
「これは――」
精神的な変化故か、最近は長年患っていた味覚の異常が改善されつつあるからだろう。
去年は涼しい顔で完食したその鍋の……真の味を理解したのだ。
「人が食って良い物とは思えん」
「で、でも、これはこれで……」
と、隣の声に目をやると――ゲルダが予想通り悪戦苦闘。涙目になりながら、はふはふと口に運んでは悶絶していた。
ナハティガルはそっと静止しようとする。
「止めておけ。無理をすると胃腸に負担が掛かる」
「――いえ、お店の人に申し訳ありませんので……!」
ゲルダはありがたく思いながらも、食を進める。
勿論辛いが、お残しは主義に反するという心持ちもあった。故に一気に流し込み――完食していく。
ナハティガルはそんな姿を暫し見つめていた。
想起したのは去年の事。あの時もゲルダは激辛鍋を完食していた。
恐らく……味覚に異常を持っていた自分に付き合って、無理をしてくれていたのだろう。それを今、実感する思いがした。
(……)
ナハティガルは申し訳なさを覚える共に――不思議な感覚がこみ上げるのを自覚する。
感動か、歓喜か。
それは何と呼べば良いのか分からない『暖かな感情』だ。
そのうちにゲルダが食事を終え、口元を拭うと……
「その……今年も、アイスクリーム食べに行きませんか?」
「――氷菓子か」
言葉に、ナハティガルはまた去年の事を思い起こす。
そして頷きながら、応える声音は仄かにだけ柔らかく。
「行こう」
「はいっ!」
ゲルダも微笑んで、並んで歩み出す。
風は未だ冬の色を帯びている。けれど先刻よりどこか、冷たさは緩やかになっているようだった。
街の広場は雪景色ながら、均されて時間も経っていない為歩きやすい。
そんな一角へ……リディリディ・トゥラ・イェレミースはやってきた。
「では、ここにしましょうか」
「にゃ!」
と、元気に答えるのはサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブ。
コルネリウス・アーラと共に平坦な場所を陣取ると……台と金網、そして炭を用意していた。
他でもない、皆でバーベキューを始める所。
「それでは、私はお肉をたくさん入手してきますね! あ、あとパンも――」
コルネリウスはまず、リディリディの為の肉と、自身の好物を調達するために近くの食料品店へ向かう。
その間に、リディリディは荷を置いて……調達済みの野菜を切っていく事にした。
「このくらいならば一応、出来ますか……」
「ならあたしは火付けておくね!」
と、サフィラは炭を台に組んで着火の準備。
小枝を使って熾しても良いけれど、寒空の下では一層時間もかかるからと――用意したのは油を染み込ませた布。
「ファイヤー!」
火打ち石でそれに火を付けると、一気に轟々と燃え上がるから……それを組んだ炭の中に素早く置いた。
「後はこれで――!」
と、火吹き棒で息を吹き込んで高熱を保ってゆく。
そのうちにコルネリウスも戻ってきて、肉を山と積み上げた。
「たくさん手に入れる事が出来ました! 早速焼いていきましょう」
それから、と鍋を火にかけて。
「体が温まるように、お野菜のたくさん入ったチーズスープも作りましょうか」
「にゃ、スープ?」
「ええ。私の実家でよく作っていたもので、子供達も大好きなんですよ」
サフィラに笑みつつ、コルネリウスは具材を入れて火力の調整。鍋から良い香りを昇らせて……肉も焼き始めた。
じゅう、という音と共に肉汁が滴り――炭火焼き特有の香りも漂う。
コルネリウスが買ってきたパンもまた焼き立てで。
「お肉にパンにスープ! どれもアツアツでおいしそ~~~!」
サフィラは瞳を輝かせながら、自身も持参した大きなチーズを用意。それを溶かして、適宜パンや肉にかけていった。
「それじゃ、食べよっ!」
「では頂きます……」
リディリディは言いながら、早速良い焼き加減の肉をゲット。
皆に準備に尽力して貰ったぶん、自分は沢山食べようと……その大きめの塊を口へ。程よい歯ごたえと肉汁を味わった。
「美味しいですね…」
もぐもぐと食べて呟きつつ、言い終わる前に次の肉を皿に移して。それを食べると、また間断なく肉を吸い込んでゆく。
「わっ、すごいね!」
サフィラはその食べっぷりに感心しながら、自分もチーズをかけた肉を実食。強火で焼けた部分の香ばしさに、チーズのまろやかさが加わって得も言われぬ美味だ。
「さあ、スープもどうぞ」
「ありがとっ!」
コルネリウスが勧めると、サフィラはそれを一口。チーズの旨味が溶け込んだ暖かさに、ほっと白い吐息を昇らすのだった。
「ほら、コルネも食べて!」
「ふふ、ありがとうございます」
サフィラがチーズをパンにかけてあげると、コルネリウスも微笑んで口に運ぶ。パンは表面がまだかりっとしていて、中はもちもちで。
「体が温まるものは良いですね」
「にゃ、焼いた野菜を突っ込んでフォンデュしても美味しいよ!」
サフィラは鍋にもなみなみとチーズを溶かしている。
焼いたキャベツや人参、茄子にネギはどれも芳しく、甘みが増している。口当たりもほくほくとして快く、チーズのまろみが相性抜群だ。
故にこそリディリディの食べっぷりも加速するけれど――コルネリウスも負けじと焼いて、網を肉で埋め尽くしていた。
「どんどん追加していきますからね! はい、お肉です! こっちも焼けましたよ! 次焼きますね!」
「ありがとうございます。おふたりもどんどん食べて下さい。冒険者というのは身体が資本のようなところがありますし」
リディリディも言いつつ、「あ、でもそこで焼けているのは私のですよ」と目の前の肉は逃さず取得。互いに高速化し、肉の残像が飛び交ってゆく。
肉がなくなれば、コルネリウスが「ちょっと買い足しに行ってきますね!」と更に追加して――バーベキューは終わらない。
いつしか陽も傾いて気温も落ちるけれど。
「寒い日でも、皆でバーベキューをすると暖かいですね」
コルネリウスが実感と共に呟けば、二人も頷いた。
美味と共に皆で楽しく過ごせば――心まで穏やかな温度に満ちるから。
「まだお肉もありますし、焼いていきましょうか!」
言うと二人も同意して、まだまだ賑やかな時間は続いていく。
「おお、賑わってるな――!」
凍った水面で人々がすいすいと滑る。
そこへエフィルミアと共に歩んできたナキルは……楽しげな声を零していた。
勿論、ここで遊ぶつもり。「行こうぜ!」「いいよ!」と気軽に誘って気軽に答えて来たまま――二人は早速刃の付いた靴を履いている。
ナキルはすぐに氷面に立ち、慣らすように円弧を描いて滑ってきた。
「よし」
と……そこでふと止まる。
エフィルミアが中腰から立とうとしていたのだが――
「……ミア、スケート初めてだったのか?」
「うん――」
答えるエフィルミアは、ぷるぷる。
震えたまま倒れそうになったり、持ち直したり。
(こんなツルツルの場所で不安定な刃がついた靴を付ける意味が分からない……!)
心の叫びと共に、まるで生まれたての羊のようだった。
ナキルはそんな珍しい様子に意外さを覚えながら……すぐに、その手をそっと取っていた。
「教えるよ。ミアならすぐ滑れるようになるって」
「ほ、本当?」
「もちろん」
言いながら手を引き、まずは直線走行。両足を交互に出させて、ゆっくりと真っ直ぐに滑らせていく。
エフィルミアは当然、最初はおそるおそるで。
「絶対! 絶対手を離さないでよね!」
「離さないって」
そんなやり取りもしつつ、何とか前進。
一先ずやり方を飲み込むと、今度は一人でトライするけれど……やはりまだぷるぷる。
ナキルが思わずぷっと吹き出すと、エフィルミアは頬を膨らませて。
「わ、私が苦戦してるとこみて笑うなーっ」
「いや、あんまり見ないミアの姿が可愛いなって思ってさ、ワリィって」
ナキルは言いつつ、再び手を引いた。
「ほら」
「むっ……、可愛いって言えば全部許されるわけじゃないんだからね!」
エフィルミアはちょっと不機嫌そうに照れながらも、その手を握って練習。
「もう。すぐ滑れるようになって、ナキルくんなんてコテンパンにしてやるんだから!」
言って真っ直ぐにカーブにと、滑り方をどんどん覚えていくと……ナキルも「その意気だ」とサポート。
そのうちに――
「どう?」
エフィルミアは優美な円を描いてすいすいと滑ってくる。
運動能力もあるから一度コツを掴むと早く――短時間のうちに、周りにも引けを取らぬ腕前になっているのだった。
「やるじゃないか」
「まぁ私シーフだし? 運動神経もいいし? このくらい余裕だよね!」
どやぁ、と笑んでみせると、ナキルも笑って。
「お? じゃぁ競争でもしてみるか? あ、シーフ技能はナシだぜ?」
「いいよ、力を使わなくたって、私が凄いって分からせてあげる!」
言うと二人で氷面の端に立ち……競争開始。すいすいと外縁を滑り出す。
「確かに速いな」
「でしょ?」
ただ、ナキルも勿論速度では負けておらず、拮抗。
時に並び、時に差をつけて。二人はついては離れ、また近づいて……笑顔を交わし、冬の一時を楽しんでいった。
ヴィナスとルーンス・ラグネルは料理店へ訪れていた。
「いい所だね」
「うん」
ヴィナスの言葉にルーンスも頷いて座る。
木造りの内装が上品な、落ち着いた雰囲気の個室だ。
ここを選んだのはのんびりと食事を楽しみたかったからだが――同時に、密談したい事もあったが故だ。
豆乳鍋から具材を掬いながら……ヴィナスは早速本題に入った。
「商人として復帰するよ」
「――本当?」
ルーンスが声を明るくすると、ヴィナスは肯く。
「本格的にはルーン――いや、ヴィンが家を継いでからになるけどね」
その呼び名で言いながら……ヴィナスは豆腐を一口。
「ん、美味しい」
具材は豆乳のまろやかさが効いていて美味。野菜も適度なしっとり感を残していて、肉にもまた味が良く染みていた。
そんな味を楽しみながら、ヴィナスは自身の心の変遷を思う。
エルムポートの商会長モクトル。臥魅郷の絢酉静霞。
依頼で得た経験がなければ、商人としての自分に戻りたいとは思わなかったろう、と。
戻らなかった事にも、大きな理由があるのだから。
「……」
見つめるルーンスにも、それは判っている。
思いを理解して、今も支持している。
だから、頷きを返した。
「僕とにいさまが争うのも、その結果従業員が路頭に迷うのも……どちらも嫌だものね」
けれどそれ故に、復帰を決めてくれた事は嬉しかった。
ルーンスにもまた、報告したい事はあったから。
「でね、にいさま、この報告書読んで」
「それは――」
ヴィナスが渡されたのは、ルーンスの見た夢に端を発する、とある調査報告書。
「……あの事故の」
「うん」
ルーンスは夢の事、それを元に、当時からいた従業員に聞き取り調査をした事を伝えた。
「勿論、彼女には勘付かれないようにしたよ。そうしたらね――証言と状況が内容と一致したんだ」
「……」
ヴィナスは最初驚いたが……そうか、と呟く。
「俺も子どもだったから気づきようがなかったけど……夢が味方したか」
「彼女の不見識は罪でしかない。――あの母も商会の毒だよ」
ルーンスの言葉に、ヴィナスも「ああ」と応える。
「アレの妻だけでは弱いかと思ったけど……十分毒たりえる。これはアーダベルト商会への明確な背信行為だ」
それから一度だけ目を伏せた。
(実子への肩入れだけであれば、少しは理解したものを。……愚かな)
そうして次に目を開けた時は、にっこりと笑みを見せていた。
「ありがとう」
「ううん」
ルーンスもにこっと笑む。
「僕達の家族にあの2人はいなかった、それだけの話だから」
「そうだね。その事が良く判る、実にいい報告書だよ」
そうして二人はまた鍋を味わう。
将来に向け、また一歩前に進んだ事。実りある時間を、ゆっくりと寛いでいった。
銀盤に粉雪が舞い降りる。
凍った池が作るその美観の中に、エヴァン・ピオネロとアルマ・ヴァレンタインは歩いてきていた。
「きれいですね……!」
「そうだねー」
笑んだ二人は、勿論景色を見るだけでなく滑って楽しむつもり。早速刃の付いた靴を履き、人影のない一角へと降りた。
「行きましょう……!」
そしてエヴァンがアルマの手を取ると、二人は一緒に滑り出す。
バランスに長けた二人の滑走は、淀みない。慣らすように周回し、周りの安全も確認すると速度アップして。
「それじゃあ並ぶねー」
「はい!」
アルマがエヴァンの隣に並び、二人で同じ軌道を描くように蛇行。手足のリズムも同期して、寄り添う形で滑った。
反対に向き直ると、今度は二人できれいに鏡写しのフォーム。身長差はあるけれど息はぴったりで……以心伝心、美しく滑る。
体も温まってくると、次はエヴァンがアルマを抱きかかえて。
「あげますよ!」
「うん!」
ぐっ、とペアリフト。たかいたかいをするように、アルマを頭上へと持ち上げた。
「すごーい!」
上がった視線にアルマが笑むと――エヴァンは暫し滑走。浮遊する感覚をアルマへ与える。
だけでなく、次はアルマを上へと投げる形でツイストリフト。
宙でアルマがくるくると高速回転すると……その体を華麗にキャッチした。
「もっと回転できそうだったねー」
「五回転、目指してみましょうか……!」
笑顔を交わすと、さらなる高みを目指して楽しんでゆく。
そうして目いっぱいに遊んだら――屋台巡りへ。
「たくさんあるねー」
「どれも美味しそうです……!」
二人で目移りしつつ、水炊きにおでんに激辛鍋、更にアイスもチョイス。
マジカルポケットでテイクアウトすると、かまくらへ。陽が落ちてくると、アルマがランタンで中を照らして――食事を楽しむ事にする。
「ではいただきましょう!」
「いただきまーす!」
かまくらの中でも、しんしんと冷えた空気は流れ込んでくる。けれど野菜にお肉にと、熱々の鍋を食べればすぐに暖かくなって。
「あ、豆腐もおいしいよ。はい、あーん」
「あーん……」
エヴァンが食べさせてもらえば、今度はエヴァンの方も「はい、あーん」と差し出して。アルマもあむりと食べて、笑みを交わす。
「こっちは……かなり辛いですね……!」
「うん。でもおいしー」
と、激辛チャレンジをすれば芯から温まりつつ。
アイスを食べれば、再び冷えてくるから――
「はい、こちらに」
エヴァンは傍に来たアルマを抱きしめるようにして、一緒にブランケットにくるまった。
二人だけの“怪人ブランケット”モード。
夜の帳が降り始めて更に寒くなるのに、こうしていると暖かくて。
落ちる夕日、翳る空、そこに映える白雪。眺めていると、エヴァンはいつもよりアルマを近くに感じられるから。
「もっと大人に成っても時々こうして過ごしましょうね」
「うん、これからも一緒にね!」
アルマも笑顔で応える。
本格的な春は遠く、降る雪が冬の続きを希う。けれどその中でも、二人の心にはぽかぽかと……消えぬ暖かさが芽吹いていた。
「わぁ、ここもきれい」
通りに面した広場は、純白の地面にかまくらが点々と見える。
その眺めに笑みを浮かべて……アリエッタはそこまで走ってきていた。
こんな寒い日には猫らしく、まるくなって温まりたい気分でもある。けれど雪は珍しいし――何より、みんなで雪遊びすれば楽しいに違いないから。
「早く遊ぼうよ」
「うん」
と、頷くのはララベル・サン・ディーベル、
ふしぎ亭の一行でやってきた所で……テュリン・ヴィングもゴルバルティアと共に広場を見回していた。
「広くて良い所ね」
「ああ、まずは何する?」
テュリンに頷きつつ、ゴルバルティアが言うと――アリエッタが応えるよう、「まずは、こう!」と走り出す。
そして柔らかな雪の積もったところへ、ぼふっとダイブした。
「全然痛くない。冷たいけど――」
と、起き上がったアリエッタは自身を見下ろしてから、笑顔で手を振って見せる。
「ほらみてララベルー! 手が真っ赤」
「わ、ほんとだ」
ララベルが驚くと、アリエッタは「ララベルも」と誘うから……ララベルは頷いて、自分も走る。
と、途中でけつまずいて……思わぬ方向へダイブ。雪を掠めつつ、アリエッタへと倒れ込んでしまった。
「わっ、ララベル、触ってるよ」
「ごっ、ごめん!」
手よりも真っ赤な顔になってララベルは立ち上がり、平身低頭。
そんな様子にテュリンはゴルバルティアと共に息をつきながら……近くまで歩み寄って。
「じゃあ、そろそろ作る?」
「そ、そうだね」
ララベルは気を取り直して、かまくら作りを始める事にした。
元々、ララベルには雪山の冒険時にも役立つだろうという考えがあったけれど――
「せっかくなら、全員入ってもゆったりできる大きさの、作りたいよね」
「いいわね。そうなると大変そうだけど」
テュリンの言葉に、ゴルバルティアは力こぶを作ってみせる。
「任せろ! 戦いとかじゃない力仕事だしな♪」
こうなれば得意分野だからと……大きくて頑丈な籠を見繕ってくると、それで周囲の雪をどんどんとかき集めてくる。
すぐに、その場に雪の山が出来上がっていった。
「まぁざっとこんなもんだな」
「すごい、流石だね……!」
ララベルが感嘆を浮かべると、ゴルバルティアは「まぁな」と少々照れつつも。
「後は固めていくか」
という事で、丸い形に整えつつ強度を付ける事に。
「ふわふわの雪だから、結構時間かかるかもね」
と、ララベルは雪に触れつつ呟く。
実際、ここの雪は柔らかく、まるで綿のような触り心地。
だから固めるには沢山集めて叩いていく必要があるけれど――手を伸ばして雪を手に取る最中に……ララベルはふと違和感。
(あれ? 今手にふにって?)
「ベル、それ雪じゃなくて私の胸よ?」
横を見ると、すぐ傍に立っているテュリンの姿。ララベルは「はわわわ」と驚いて真っ赤になり、尻もちをつく。
「ご、ごめんっ」
「逸る気持ちは分かるけど、落ち着いて頂戴ね」
テュリンの表情に怒りの色はなく、寧ろにっこり。もはや慣れてしまった者の、悟りにも近い笑顔なのだった。
それにララベルはしっかり謝りつつ……作業に集中。
皆でしっかりとドームを固めて――
「これで完成だな」
ゴルバルティアが見上げるそれは、全員で入っても余裕のある大きなかまくらだ。
皆も顔を見合わせてから、笑みを交わし……早速中に入った。
「しかし、ちょっとはしゃぎすぎたか……」
鍋に炭にと、荷物をかまくらに運び入れながらゴルバルティアは少々震えを自覚する。
陽も傾き始めた時分、気温も一層低くなっていて――気づけば体も冷えていたのだ。
「ちゃんと暖まらないとね」
といっても、とテュリンはかまくら内部を見回す。
「ここ、居るだけでも結構暖かいのね。雪で出来てるから結構寒そうな印象あったけど」
「うん。外にいるよりはぽかぽかしてくるね」
アリエッタも冷えた手を温めつつ興味深げ。
ここならゆっくり寛げそうだと、ララベルも卓についた。
「皆も座ろうよ」
勿論皆は頷いて、卓を囲うように座る。
すると時を同じく外で陽が沈み……急にかまくら内が暗くなった。
「待ってね。今明かりをつけるから――」
と、ララベルは立ち上がって荷物を漁ろうとして……ずるっと転倒。そのままゴルバルティアの胸元に倒れ込む。
「な、何すんだっ!」
ゴルバルティアはとっさにビンタ。その衝撃で、「うぶっ!?」とララベルは荷物の山に突っ込んで……結果的にランプも見つけるのだった。
「えと、度々ごめんね――」
そんなこんなで、ララベルは真っ赤になりながらも明かりを付ける。
皆は鍋に具材を入れ、加熱して……ぐつぐつと煮えてきた豆腐や肉を頂くことにした。
「ふふ、鍋パーティーね」
テュリンは豆腐を一口、優しい口当たりと出汁の風味を楽しんで頷く。
「ん、美味しいわ」
「ああ。味が染みてる……」
ゴルバルティアも野菜を口に運んで、美味に瞳を細める。温かく、体にも沁み渡ってゆくようだった。
よく煮えた具材は、とても熱いけれど。
「ララベルにもふーふーしてあげよっか?」
アリエッタが照れながらも言うと、ララベルも少し頬を赤らめて。
「いいの?」
「うん。ふーふー、はい、あーん」
アリエッタは息でしっかり冷まして、口元に差し出す。ララベルも恥ずかしそうにしつつ……あむりと受け取って幸せな美味を味わうのだった。
「こういう時は雪見で一杯ってやつかしら?」
と、テュリンが蒸留酒を用意。雪の日に相応しい、すっきりした辛口で芯から温まると……皆も適宜分けてもらい、雪見酒に興じていく。
「具材もまだあるからね」
言うと皆も頷き、楽しいひとときは終わらない。
寒い時期の暖かな時間。それは四人を優しく穏やかに包み込んでくれるようだった。
「今年も来ました雪まつり!」
寒空の下でも心は温かく。
エルナ・クルプファルツは祭りの中を颯爽と歩み出していた。
どの場所も心惹かれるけれど、最初に足を止めたのはやはり――
「まずは雪像を作りますよ!」
沢山の雪を積んでぽむぽむと固めて、作っていくのはペット達の姿。
アルパカはもこもこ具合を再現し、狼もまた毛並みの造形にこだわって。リスは小さくも丸みを帯びた形をしかと作り。
「さくらもちさんも!」
と、幼きハナミアザラシの可愛らしい姿もふわふわ雪で作り上げると……それらの真ん中にかまくらも据えた。
すると本物の方のさくらもちが、エルナの傍から動き出してかまくらの中へ。暖かな中ですやすやと休み始める。
「気に入りましたか? 良かったです!」
エルナが微笑んでいると、いつしか興味を持った子供達も集まって……雪像と共に、さくらもちの姿を眺めているのだった。
その後エルナは食事へ。
多様な鍋に目移りしつつ、最後に決めたのは――
「スープカレー! どんな食べ物なのでしょうか!」
香りにも惹かれて注文すると、さらりとしたカレーのスープに、野菜、肉、じゃがいもがごろりと入った豪華な一皿だ。
「頂きます!」
早速実食すると、スープはコクがあって美味。スパイスが独自の不思議な味を形作り……何より体を温めてくれて。
「美味しいです!」
肉はとろける柔らかさで、野菜も程よい歯ごたえ。
こうして新しい味を楽しめば――これからもまだまだ新たな出会いと冒険がありそうな予感も抱くから。
「さあ、どんどん楽しみますよ!」
期待に胸を膨らませ……エルナはまた歩み出す。
「わぁ、楽しそうさぁ!」
フリューリングスルフト=ティエラは子兎のイュンと共に山へ。人々が滑走する姿に瞳を輝かせていた。
勿論自分も滑りたいけれど――そこでフリューは一風変わった閃き。皆のように二枚の板ではなく、多少幅広の一枚板に両足をつける形をとった。
「しっかり掴まってるさぁ」
そしてイュンを落とさぬよう、服の中の胸元に抱きしめて……高台から一気に滑り出す。
「ひゃっふー!」
加速しながら風を突っ切る感覚は、爽快。
フリューはその最中も卓越したバランス感覚で、自由自在に蛇行して――更にスピードに乗りながら、僅かに盛り上がった場所へ。
「いくさぁ……緋色の風ハイジャンプ!」
飛び出すようにそこから跳躍し、高空へ舞う。
そのまま宙で体を捻り、アクロバティックに回転。
人々の驚きの目と歓声が集まる中、華麗に着地してそのまま滑り続けた。
と、不意にイュンが飛び出して、思いかげずかくれんぼ。
「イュン? え!? どこさぁ!?」
白雪の景色の中では、その姿を見つけるのは難しく……時折飛び出す姿を見つけてはフリューは慌てて追いかけ、暫し翻弄されるのだった。
そうして沢山遊んだ後は――イュンと一緒にかまくらへ。
テイクアウトしたスープカレーを食べ、ほっと一息。
「おいしいさぁ♪ でも、まさかイュンが雪の中で隠れんぼしたら一番なんて」
イュン用のご飯もあげると、イュンは小さく鳴いてどこか誇らしげ。
寛ぐうちに、イュンがいつしか眠ってしまうと……その体をそっと抱きしめて。
「楽しかったさぁ♪ また遊ぼうさぁ」
言葉と共に、来年を思いながら――暖かな時間を過ごしていった。
陽が落ち始めると、広場に人々が集う。
そこへキオルティスも参加していた。
小さなかまくらも、その中にランプを灯すのも初めてで――想像するだけでその情景に心が躍る。
「さぁ、此処ではどんな世界を見ることが叶うのかな?」
空が翳り、しんしんと冷えた夜の帳が降りてくる。その中でキオルティスは微笑と共に、その灯りを光らせた。
ぼう、と。
感じたのは温度だった。
冷たく固まった雪の中に、ぼんやりと浮き上がる暖かい光。白い吐息を輝かせながら、キオルティスは少しの驚きを覚える。
「……冷たいハズ、なのに、ランプが灯ると……暖かく感じる?」
まるで、とても柔らかな焔に触れたかのような感覚。
「……」
そこに不思議な気分を覚えながら……キオルティスは雪灯りの間を散策する事にした。
静けさが漂う雪の夜、雪で創られた冷たい塊の中で、小さく灯る暖かい光……。
そこに歩む人々。彼らの表情。
(――嗚呼)
キオルティスは納得して空を見上げる。
これは気持ちが、心が暖まる灯火なのだ。
(この冷たくて、でも暖かい光を曲にしてみたい)
そう心から思って……胸の内で仄かにメロディの欠片を描き出してみながら。また、キオルティスは散策を続けていく。
遠くでまた、冷たくて暖かい光が灯った。
夜の雪景色が、優しい灯りに照らされる。
「まぁ、とっても幻想的……!」
アルフィー・リッパーと共に街の中央を訪れたネーヴェ・グラヌローザは……その美観に声音を踊らせていた。
橙色を帯びた銀世界。
そこは厳しい寒さが、穏やかな温度を得たようで。
「小さなかまくら達も愛らしいですわね」
「ああ」
アルフィーも頷いて、隣を歩む。
静けさが満ちているのに、不思議と寂しさはない。一歩一歩進むごと、新たな光が迎えてくれて……明るい時分とは違った楽しさがあった。
「一周回ってみるか」
「ええ」
言葉にネーヴェも頷き、ゆるりと歩む。
途中、ふと思い出して……ネーヴェは口を開いた。
「今度は私の事も話すお約束でしたね」
「いいのか?」
ネーヴェが頷くと、アルフィーは素直な喜びを見せる。だからネーヴェも柔く微笑んで、ゆっくりと話を紡いだ。
自身には記憶が無いけれど、最近は思い出す事も増えてきた事。
そして実妹と再会が出来た事。
「良かったじゃないか」
アルフィーは純粋に声を明るくする。
自身には兄妹がいなかった。だからこそ、その気持を想像して、まるで自分の事のように笑みを浮かべて。
ありがとうございます、とネーヴェも目元を和ませて。
「ですが……実は少し、怖いのです」
「怖い?」
「ええ」
言って微かに俯く。
以前には無かった記憶、気持ち。
それが嬉しいからこそ、段々と前のように喜ぶ事が出来なくなった、と。
「全て思い出せば……大切な日々も、今この瞬間の楽しさも、消えるのではと」
雪が融けて行くように。
それが怖い、と呟きを零す。
「……」
「……ごめんなさい、こんな話をするつもりではありませんでしたのに」
どうか忘れて下さいましね、と
ネーヴェは首を振って微笑む――けれど。
「いいや。忘れない」
アルフィーは言葉を返す。
「アルフィーさん――」
「不安なものは全部だしちまったほうがいいんだ。それに俺は、ネーヴェがせっかく話してくれた想いを忘れるなんてしないぜ」
何よりも、と。
「何があってもネーヴェはネーヴェだ。それは変わらない」
それはアルフィーの心からの思い。
「思い出すのも悪いことじゃねーだろ。思い出したら、それと今までの楽しい思い出が合わさるんじゃねーか?」
それはきっと、もっと良い思い出が生まれるという事だからと。
「そう、でしょうか」
「ああ。思い出した思い出が辛いものでも――」
アルフィーは目を見て言った。
「その時は俺も、あんたの妹も、あんたを大切に思う人は沢山いる。だから消える事なんてない」
それは真摯な言葉。
思いと彼の眼差しに、ネーヴェは目を奪われたような気持ちだった。
そして一筋の涙を零す。ネーヴェはその事に自分自身で驚き、謝りながらも――
「……ありがとう、ございます」
そう言って、笑いかける。
アルフィーが返してくれた笑みも温かく……雪の夜に、心が優しく解けてゆくようだった。
マスターコメント
お疲れ様でした。
各所で楽しむ事で、祭りに盛り上がりを添えることが出来ました。依頼人の町長にとっても喜ばしい結果となった事でしょう。
イベントシナリオ易しい 報酬:標準20 / 4〜25人
2023年02月24日 00時17分56秒 公開
大成功
参加者
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