【聖祭】お菓子の家を照らす灯り
鍵島
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シナリオID:2713
オープニング
都市同盟の内陸に位置するフェアドゥキア平野に広がる森、それを更に超えた向こう。
そびえる山の麓にカドーと呼ばれる町がある。建物のあちこちに飾られたテラリウムのランタンが、モミの木々に映えて綺麗だ。
大陸全土が盛り上がる聖霊節が訪れた季節、カドーの町も大いに賑わっていた。
建物沿いに並んだ多様なお祭り屋台、陽が沈めば街中がランタンの光で輝いて、如何に特別な時期であるかを思わせる。
特筆すべき目立つ何かがある町ではないけれど、住まう人々は穏やかで活気にあふれていて。
建物沿いに広がる屋台は、食べ物から酒やジュースに、小物雑貨まで多種多様だ。
唯一他の町と違う箇所と言えば、様々な色形をしたキャンドルランタン専用市があることと、少し変わったお菓子の存在を観光客向けにアピールしていること。
●
町の中心に立つ大きなモミの木。傍らの開放感ある集会所では、たくさんの木造りのテーブルが並んでいた。
暖かな陽が心地良い陽気に、甘やかな匂いをふわりと漂わせるその正体は――。
「あなただけのヘクセンハウス、つくってみませんか~!」
可愛らしいクッキーの壁は焼いてある、接着剤はチョコレートで。
つてを頼って入手した希少なお砂糖を使った、果実や植物由来の色鮮やかなアイシングも揃えて。
無地な壁のアクセント向けにベリーやレモン、オレンジやバラのジャムのほか、食用花も用意されている。
お菓子の家を"組み立てる"だけの簡単な作業のみならず、飾り付けに拘ればどこまでも凝れる奥深さは、子どもや大人を問わず楽しめる事だろう。
「おひとりで作っても、お友達や恋人同士でつくるのも、きっと楽しいですよ~!」
「初心者さんでも大丈夫です、困りごとがあれば呼んでください」
愛想の良い元気な若い女性の声と、淡々と喋る男性の声が聞こえる。
「あ! おっきい家も良いですけどっ、今日中に食べられる大きさにしてくださぁい!」
そんな注意喚起の言葉が、思い出されたように響いていた。
「へくせん……?」
「ハウス!」
濃緑色のマントフードを目深に被った少年と、フードをずらして楽しそうにはしゃぐ少女もまたお客さんだった。
近くの木の影から様子を伺い、行こうか行かまいかと躊躇しているらしい。
「ルーナも、ソレイユも、あまり村の外に出ることはないのだから。作って行きなさい」
「……父さんは、なにしてるの?」
「向こうの屋台でキャンドルランタンを選んでいるよ。さ、行っておいで」
「う、うん」
「はーい!」
頭を軽く撫でる男性に背を押され、少女が少年の腕を掴んで飛び出して行った。
●
「山の魔物退治にお菓子やテラリウムランタンの素になる材料集め、ありがとうございました! 無事に聖霊節を迎えられそうです」
冒険者らに向け、女性がぺこりと頭を下げる。
両手を胸の前で合わせ、穏やかに微笑む彼女はカドーを治める町長だ。
「すごい名所がある、という町ではないのですけれど! もしお時間ありましたら、この町で聖霊節ならではのひと時を楽しんでいただければ嬉しいです」
そうして彼女は指折り数える。
お菓子の家を作ってみたり、キャンドルランタン市場を覗いてみたり、お酒や屋台料理をお供に飾り立てられたモミの木を眺めたり、夜の森に映えるランタンで飾られた町の散策も良いだろう、と。
「ぜひのんびりと過ごしていってくださいね」
さて、どうしよう。仕事も終えたところだけれど。
肩の力を抜いて、観光がてら冬菓子の町のお祭りを楽しむのも一興ではないだろうか。
そびえる山の麓にカドーと呼ばれる町がある。建物のあちこちに飾られたテラリウムのランタンが、モミの木々に映えて綺麗だ。
大陸全土が盛り上がる聖霊節が訪れた季節、カドーの町も大いに賑わっていた。
建物沿いに並んだ多様なお祭り屋台、陽が沈めば街中がランタンの光で輝いて、如何に特別な時期であるかを思わせる。
特筆すべき目立つ何かがある町ではないけれど、住まう人々は穏やかで活気にあふれていて。
建物沿いに広がる屋台は、食べ物から酒やジュースに、小物雑貨まで多種多様だ。
唯一他の町と違う箇所と言えば、様々な色形をしたキャンドルランタン専用市があることと、少し変わったお菓子の存在を観光客向けにアピールしていること。
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町の中心に立つ大きなモミの木。傍らの開放感ある集会所では、たくさんの木造りのテーブルが並んでいた。
暖かな陽が心地良い陽気に、甘やかな匂いをふわりと漂わせるその正体は――。
「あなただけのヘクセンハウス、つくってみませんか~!」
可愛らしいクッキーの壁は焼いてある、接着剤はチョコレートで。
つてを頼って入手した希少なお砂糖を使った、果実や植物由来の色鮮やかなアイシングも揃えて。
無地な壁のアクセント向けにベリーやレモン、オレンジやバラのジャムのほか、食用花も用意されている。
お菓子の家を"組み立てる"だけの簡単な作業のみならず、飾り付けに拘ればどこまでも凝れる奥深さは、子どもや大人を問わず楽しめる事だろう。
「おひとりで作っても、お友達や恋人同士でつくるのも、きっと楽しいですよ~!」
「初心者さんでも大丈夫です、困りごとがあれば呼んでください」
愛想の良い元気な若い女性の声と、淡々と喋る男性の声が聞こえる。
「あ! おっきい家も良いですけどっ、今日中に食べられる大きさにしてくださぁい!」
そんな注意喚起の言葉が、思い出されたように響いていた。
「へくせん……?」
「ハウス!」
濃緑色のマントフードを目深に被った少年と、フードをずらして楽しそうにはしゃぐ少女もまたお客さんだった。
近くの木の影から様子を伺い、行こうか行かまいかと躊躇しているらしい。
「ルーナも、ソレイユも、あまり村の外に出ることはないのだから。作って行きなさい」
「……父さんは、なにしてるの?」
「向こうの屋台でキャンドルランタンを選んでいるよ。さ、行っておいで」
「う、うん」
「はーい!」
頭を軽く撫でる男性に背を押され、少女が少年の腕を掴んで飛び出して行った。
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「山の魔物退治にお菓子やテラリウムランタンの素になる材料集め、ありがとうございました! 無事に聖霊節を迎えられそうです」
冒険者らに向け、女性がぺこりと頭を下げる。
両手を胸の前で合わせ、穏やかに微笑む彼女はカドーを治める町長だ。
「すごい名所がある、という町ではないのですけれど! もしお時間ありましたら、この町で聖霊節ならではのひと時を楽しんでいただければ嬉しいです」
そうして彼女は指折り数える。
お菓子の家を作ってみたり、キャンドルランタン市場を覗いてみたり、お酒や屋台料理をお供に飾り立てられたモミの木を眺めたり、夜の森に映えるランタンで飾られた町の散策も良いだろう、と。
「ぜひのんびりと過ごしていってくださいね」
さて、どうしよう。仕事も終えたところだけれど。
肩の力を抜いて、観光がてら冬菓子の町のお祭りを楽しむのも一興ではないだろうか。
解説
リブラネスタより少し遠く、山の麓にある「カドー」の町。
魔物退治や材料集めの依頼を終えたところから自由に行動できます。
以下は町の様子となります。ぴんとくる場所がありましたら、ぜひ赴いてみてください。
・|お菓子の家《ヘクセンハウス》作り
町の中心にある集会所ではお菓子の家を作る事ができます。夕方まで開催です。
壁や扉のクッキーは予め用意されています。果実やバラのジャム、色鮮やかなアイシング、食用花も。
材料はアイデア次第で融通が利きそうなので、自由に飾りましょう。
・キャンドルランタン市
町の南側ではたくさんのキャンドルランタンが売られています。
汎用的な物からレリーフガラスの嵌められたランタン、お家の形をしたランタンも。
単品に使い勝手の良いキャンドルや花を使ったボタニカルキャンドルもあります。
・お祭り屋台
町の中心から北側では屋台が軒を連ねています。山の幸を使った屋台料理が多いです。
お酒も幅広く売られていますが、一押しはオレンジの果実酒です。
夜には甘いデザート屋台もでるようです。
・町の散策
南側の市場ではランタン以外に雑貨や青果もあります。
お土産として目を惹かれるのは瓶詰めされた砂糖漬けの食用花。
見栄えするうえに美味しいと、プレゼントに贈られることも多いようです。
登場NPC
・リリィベル
黒猫のハーフビースト。17歳。人懐っこく、間延びした口調で話す。
夕方まではお菓子の家作り体験のお手伝いをしています。夜はデザート屋台で元気に接客予定。
おすすめは「あまいベリージャム入り丸型ベニエを、隣屋台のコーヒーと!」
・ライネス
茶狐のハーフビースト。20歳。意外に饒舌。ちょっと砕けた口調で話す。
夕方まではお菓子の家作り体験のお手伝いをしています。夜はデザート屋台で忙しそうに調理予定。
おすすめは「さっぱりレモンジャム入りのノネットで、食後の口直しを」
・ルーナ&ソレイユ
フィルエス大森林より聖霊節を楽しむべくやってきた、13歳の子ども達。
濃緑色のマントフードを被っています。お菓子の家を作っています。
・リベルタ
フィルエス大森林より聖霊節を楽しむべくやってきた、見目20代後半のエルフ。
キャンドルランタン市を眺めた後は、子ども達の作った家を一緒に食べる予定です。
NPCたちはご指定頂かない限り絡みに参りません。
お菓子作りに困っている場合は、リリィベルとライネスが助けにいきます。
マスターより
鍵島と申します。
穏やかな町が、聖霊節の季節で賑わっています。
お仕事を終えて一呼吸、どうぞ思い思いに楽しんで行ってください。
リプレイ
しんと静まり返る山の麓に広がる、カドーの町。
ひやりとした空気でも、薄雲越しに街を照らす陽が心地よい場所。
仕事を終えた冒険者がひとり、またひとりと宿屋へ向かったり、キャンドルランタンの市場へ足を運んだりしていたりするさなか。
「お菓子の家、つくってみませんか~!」
「ヘクセンハウス?」
そんな声に足を止めたのがナハシュだった。
魔物討伐に際し、竜爪の短剣を存分に使いこなしていた彼が興味を示したよう、集会所の扉から中を覗き見る。
小さな子どもから大人まで、木造のテーブルの上で和気あいあいと組み立てている。
しげしげと金の目で観察すること幾何。出来上がったらしいお菓子の家を、ぱくりと食べている親子らしい三人の姿が目に映る。
掌に収まるサイズを三つ、それぞれ多種多様に飾り付けて食していた。
「へえ、デケエ家でも作るのかと思ったら、そういうわけでもねえんだな」
例えば、こんくらいの。
そうして見上げるのは町の中心にあるこの建物、集会所。
果たして食うのに数日要るかもしれないがな。
胸中独り言ちながら、ナハシュは様子見ついでにお菓子の家を作って行くことにした。
「想像次第でなんでも作れそうって感じだな」
必要材料が不足したらお気軽にお声がけください。そう言葉を残した者へ片手を上げると、早速と取り掛かる。
初手は小麦色の優しい色味をしたクッキーに、板状に加工されたチョコレートを使って平屋を作る。
これだけでは簡素だ。壁には淡い色が美しいバラのジャムを薄く塗って、糊の代わりにする。クマなどの動物を象ったチョコレートや飴で飾り付けて。
凡そイイ感じに装飾が施されたら、二階の部分を作っていこう。
壁を作って吹き抜けにしたそこへ、予め用意されていたスポンジを形に合わせてカットして敷き詰める。ふわふわとして美味しそうだ。
「そうして……」
片手に持ち出したるは食用花。白、紫、オレンジ、赤、桃色。色とりどりのそれらを、ナハシュは躊躇いなく飾り付けた――スポンジの全面を埋め尽くさん勢いで。
さながら植物園のよう。花畑とはまた違う、独特なセンスが植物園たらしめるのだ。
「仕上げは、あぁ、これが良いな! 甘露アリの蜜をかけて……キラッキラにして完成だ!」
持ち込んだ甘露アリの蜜を満遍なく振りかけてみると、花弁に雫を落としたかのよう、キラキラとして輝いて映った。
このキラキラ感は、甘露アリの蜜ならではこそ出せるものだ。ふふんと得意げに笑って見せる。
だが、実食に移る気配は無い。召し上がりませんか? そう尋ねる手伝いの声に、ナハシュはくつくつ喉を鳴らして応えた。
「クッソ甘そうだからな! 俺には食えねえ。好きな奴の土産にするんだ」
何せこの蜜は、砂糖の三倍もの甘さを誇るんだ。
マジカルポケットへと収納されていく。甘いお菓子の家がひとつ、完成された。
●
「うーん。出来るなら、小さいものに挑戦してみたい心持ちで……!」
そう首を傾げて悩み耽っていたのはトーラ。調理と手細工には心得がある彼女は、自らの手指をぐっぱとさせて、お菓子の家の材料を前に意気込む。
ほかに臨む人々を見るに、どうやら皆そこそこの大きさで作っている人も多い様子だ。作りやすさから、そうしているのだろう。
「いいえ、でも。出来るならば、小さいものが……だって」
小さい方がカロリーも抑えられますし……!
ぐ。両手でそっと拳を作ったかと思うと、トーラは胸の前でぎゅっと握り込む。カロリーは天敵である……!
「よぅし、頑張ります……!」
気合十分。手に取るのはお菓子の家その物を形作るクッキーの壁。
チョコレートを混ぜ込んで作られたらしいマーブル生地が良いだろうか。飾り立てる生クリームや砂糖は惜しまずに使うことにする。
食用花も可愛らしい小ぶりのものを選べば、外観を邪魔立てせず、綺麗に飾り付けられるだろう。
それから、星を象った飴も屋根に散らしてみるのも良いかもしれない。食感がアクセントになって、きっと楽しめるはず。
それから、それから……。
少しの量でも満足感を得られるお菓子の家を目指すべく、そして折角のお菓子の家だ、美味しく出来るように。
ちまりちまりとふたつの家を作るため机にかじりくと、トーラは誰より熱心に。お菓子の家作りに奮闘していた。
●
「……お菓子の家! これは行くしかないんだよっ!」
きらきら。わくわく。そわそわ。
冒険者ギルドから一歩を踏み出したルルト・アーキスもまた、呼びこみの声を聞いて、見るからに顔を輝かせていた。
ふんわりと鼻先を掠める甘い香り、お砂糖の気配、楽しそうな人々の声。
「お菓子の家……お菓子の家? 実在したのか?!」
同じタイミングでギルドを後にしていたレピド・クロサイトが反応を示した。
ホムンクルスである彼は、ギルドから教育の過程で教えられたお伽噺、それに出てきたお菓子の家の実在に驚いていた。
「お菓子の家、つくれるんだってっ!」
見覚えのある顔に丸い目をゆるりと瞬かせたルルトが、無表情ながらも衝撃に打ち震えるレピドへ元気よく告げる。
「!?」
しかも自分で作れるとは。
ますます驚愕した様子を挙動のみで顕すレピド。何に驚いているのか解らないまま、にこにこと笑うルルト。
「あっ! お菓子の家つくっていかれますか?!」
「っと……この間はどうも」
集会所の前で軽快にやり取りをしていた二人の元へ、お菓子の家作りの手伝いをしていたリリィベルとライネスが手を振って近寄って行く。
「あ、あぁ。元気そうで何よりだ」
「また遊びにきたよ、よろしくね!」
「はーい! いらっしゃいませ、ですね!」
平静を装っているレピドだが、果たしてこのお菓子の家作りとやらは加熱要素があるのだろうか。
笑みを湛えて会話をするルルトとリリィベルをよそに、そーっと集会所の中の様子を覗き込んでみる。お菓子作り、つまり料理、ともすれば火を使うのは必須要素……?
「ん。どうしたんです? 何か懸念でもありますか?」
ルルトに注意事項を伝え終えたライネスが、じっと建物の中を見遣るレピドに声を掛ける。
「お菓子の家っても、簡単ですよ。用意した材料を組み立てるって感じで、包丁や火の扱いは必要があればこっちでやりますんで……」
「……鍋は使わないか?」
「えぇ。……え? 鍋です?」
「いや、使わないなら」
レピド・クロサイトという男は、何故だか鍋を爆発させてしまうのだ。何故だかは本人も解っていないので、これからも爆発させ続ける気がする。
いや。それなら、良いんだ、と。
安堵したように息を吐くレピドの様子に疑問符を浮かべながらも、ライネスは彼を案内した。
「細かい作業ならまっかせといてっ!」
先んじて作業を進めていたルルトは、意気揚々とお菓子の家作りに取り掛かる。
クッキーはチョコで接着して、家の形に整える。煙突なんかもおちゃのこさいさい。
ホワイトチョコを使って、クッキーの壁に可愛らしいレンガ模様などを書き加えてみる。うんうん、見栄えは上々だ。
クリームやアイシングを使って窓を書き足し、食用花でかわいくデコレート。窓際にお花を添えてみたら、華やぐはず。
細かく砕いだキャンディを、チョコが乾ききらないうちに上から降りかければ、綺麗な色の雪が積もるお菓子の家の完成!
「なかなか上手にできたと思うよっ!」
「わぁ、かわいい~! 良いですねぇ、素敵なお家です!」
「えへへ、そうでしょー!」
完成したお菓子の家を見て満足そうに笑顔を浮かべるルルトへ、ぱちぱちぱち。手伝う必要も無く終えたリリィベルが拍手をしていた。
「お召し上がりになられます?」
「ううん! あのね、友達にも見せたいから持ち帰るよ!」
「なるほど~! 力作ですからね、褒めてもらえますね~!」
賑やかな二人をよそに、やる気が顔にあまり出ないレピドがぎこちない所作でお菓子の家作りに取り掛かる。
思い浮かべるのは、お伽噺の本に出てきたお菓子の家。
ゆっくりと冒頭から記述を思い出しつつ、そっと組み立てていく。
チョコレート色のクッキーを壁にして作り上げる。……色合いは似ているが、少し、違うような……?
手が止まってしまったレピドの様子を見兼ねて、ライネスが何やら道具を手にやってきた。
「もしかして。お菓子の家が出るお伽噺の再現をしようと、してるのかなって思うんですけど」
「ん……そうなんだが」
「"ココア色の屋根にふんわりと雪化粧の掛かる家"……だったかな……で、これをこうして」
掌サイズの小さなふるいに粉糖を乗せたライネスが、レピドの目の前で軽くゆする。
きらきらとお菓子の家に掛けられていく細かな白色が、正しく雪化粧を屋根に施していく。
「その後は……なんでしたっけ」
赤い目でじっと見つめるレピドを前に、微かに口元を緩ませたライネスが首を捻る。
雪が降るお菓子の家、扉は赤。扉の形のクッキーに、赤いベリーのジャムを塗る。
窓から赤いお花が咲いていた。壁に窓を描いて、食用花を一輪添える。
もくもく上がる煙は、お菓子。ホワイトチョコレートで作られた雪だるまを煙突に立たせ。
「あの話に出てきた家は、確かここに……」
そうした試行錯誤の末、レピドは最後に屋根へと薔薇のジャムを垂らして完成させた。
完全とはいかなくても。あのお伽噺に出てきたお菓子の家にそっくりなものが、目の前にある。
「……出来た」
ぽつりと呟いた赤い目に映るお菓子の家は、誰の目から見ても美味しそうに見えた。
●
さて、お菓子の家作りに励んでいる冒険者がもうひとり。
「が、がんばります……!」
そう自らを鼓舞していたのはゲルダ・クライン。
完成イメージは庭園のある小さなお家だという彼女は、料理の腕は人並みにできる。絵心も多少あるほどで、とびきりのものは出来ないかもしれない……けれど。
一生懸命作る。斯様な心意気は、きっとこの場にいる誰よりも強いものだ。ふすん。気合いを入れ直し、早速取り掛かった。
「お家は……庭園を際立たせたいので、なるべく、小さい方がいいかな……?」
掌よりすこし小さなお家を簡単に組み立てる。外装にはこだわらず、シンプルに。
クッキーをアイシングで淡いベリーの色合いにして、見目も可愛らしく、だ。
塗りムラのないよう気を遣って塗り終えたら、そうだ。白色のアイシングで、壁面に模様をつけてみるのもいいはず。
「うんと……あっ」
手近のクッキーに試し書き……と、模様の太さがいまいち均等にならず、なんだか少し、不格好だ。
このままでも十分に可愛らしいが、もう少しだけ拘りたいもの。
「困りごとです?」
眉を下げるゲルダに気付いたリリィベルが声を掛ける。こく、と浅く頷くと、ゲルダがお菓子の家をそっと寄せて見せる。
「えっと。実は、模様を描きたいんですが……うまくいかなくて……」
「ふーむ……あ! 屋根の部分は、思い切ってアイシングをたっぷりかけて、雪が垂れているお家に見立ててみるの、どうでしょう!」
「あっ。雪が垂れている……なんだか可愛らしいですね」
告げられた通りに、そっと白いアイシングを掛けてみる……と。
傾斜のついた屋根を伝って落ちてゆくアイシングが、淡い色味の中に映えて、より可愛らしさが増した。ふわ、と顔を綻ばせるゲルダの傍らから、ライネスが覗き込む。
「模様を描くんなら、曲線とドットを使った物にしましょう。固めに練ったアイシングを使って、歪に見える箇所は楊枝で整えていくと良いですよ」
「はい! そのようにしますね」
実例として見せてくれたアイシングのレースを参考に、ゲルダは再び手を動かした。
可愛らしい家が出来たら、乾くのを待ってから周囲にベリー系の果物と食用花を敷き詰める。タルトのような様相は、文字通り美しい花畑に見えてくる。
仕上げは淡い色味に揃えた飴細工を用いて、キラキラとさせていけば……。
「完成です……!」
ここにもまたひとつ、甘くて可愛らしいお菓子の家が完成される。
●
夕刻までもう少しといった所で、建ち並ぶのはお菓子の家たち。
自らのお菓子の家作りを終えて、手伝いに奔走してくれていたトーラに礼を述べるリリィベルとライネス。午前の部として、楽しい聖霊節になったのは言うまでもないだろう。
「えへへ、食べるのが少し勿体無いですね」
「……本当に。食べるのが勿体無いな……」
完成されたお菓子の家を見つめるゲルダの声に、レピドが首肯を示す。
基本的にはあま~いお菓子の家。リリィベルが淹れてきた甘味の控えめなお茶をお供に、そっと手を合わせて。
「いただきますっ」
食欲に勝るものはないのです。
お菓子の家や花畑にざっくりとフォークをいれるゲルダは、小さな口へ躊躇いなく運んだ。
「んん、ん~……! 美味しい……!」
可愛らしい見た目は、甘さも美味しさも想像以上。幸せそうに噛み締めるゲルダの笑みこそ、輝かしい。然し美味しそうに食べるお嬢さんである。
とはいえ食べ物は食べてこそ、と。レピドもまたフォークを手にする。
お伽噺の人物のように、ナイフも手にして。
「頂きます」
もぐ、と頬張るお菓子の家は、確かに美味たる味だった。
微かな苦みを残すチョコレートのクッキーに、粉糖の甘さが良いアクセントになって。
薔薇のジャムの華やかな香りと味が口いっぱいに広がって。
「……美味しい」
ぽつりと零すレピドの表情は、変わり映えこそしないものの。
ふたりの様子に、リリィベルとライネスもまた、嬉しそうに笑っていた。
●
陽も暮れて、夜の町にキャンドルランタンの灯りが次々と点ってゆく。
伴って屋台の灯りがてんてんと点いてくると、いよいよ聖霊節のお祭りムードが極まってきた。
「歩きながらガチで味わうな」
「え?」
材料集めの依頼を終えて合流したイズル・M・ヴォルゴールと、ペルゼィックは屋台の中でも一押しであるオレンジの果実酒を片手に屋台を見て回っていた。
喉で味わうべらぼうに斬新すぎる飲酒をするイズルを横目に、ペルゼィックが呆れた風に首を振る。
イズルは出自柄、どうしても果実酒を味わう際には品定めにも似た同業者的立ち位置になってしまう。いや、ちゃんと美味しいぞ。
「そう言うジークも美味しく、味わって飲むんだぞ?」
「飲んでる」
眉を顰めながら不機嫌そうに返すペルゼィックに苦笑いを零すと、イズルは改めて町を見渡した。
穏やかな町。規模は大きくないようだが、此処へ訪れる道中、たくさんのオレンジ畑もあったっけ。
森の幸と言える山菜を使ったスープ、獣の肉を使った串焼きもある。何れも良い匂いを鼻が突く。幾らでも食べられそうだ。
「食後にデザート、如何でしょうか~!」
「っと」
その中に紛れ込む甘い香り。聞き覚えのある声の主を探すべく視線を彷徨わせると、数少ないデザート屋台が目に留まった。
イズルが声を掛けるより先、果実酒を飲み終えたペルゼィックがずんずんと足を進めて屋台の前に立ち尽くす。腕を組んで、何だか偉そうだ。
「店にいないと思ったら出張か、関心だぜ」
「あっ! お会いできてうれしいです。ご贔屓ありがとうございまーす!」
「ふん。で、今日は何を寄越してくれんだ?」
「うぇえっ!? 無料サービスはしていないですよぉ!」
ぶっきらぼうなペルゼィックに笑顔で応えるリリィベル。なんでも、仕事中であれ二人に会ったらたかるのは礼儀だそうだ。礼儀とは?
ともあれ。からかいの様子も見慣れた光景だなぁ、なんてイズルが頬を掻く。
隣からひょっこりと顔を覗かせたライネスに気付くと、イズルがやわりと笑みを浮かべる。
「お仕事熱心ですね。ベニエを一つください」
「まいど。あの店は全員揃って、商魂逞しいもんで……コーヒーと一緒にどうぞ」
「ありがとうございます」
差し出されるのは、あまいベリーのジャムが入ったベニエ。一口食べると、猛烈な甘さが口の中を襲うが、木造りのカップに淹れられたコーヒーを啜ると……。
「これ美味しい!」
端的な感想に、ライネスの目がぱちりと瞬く。次いで、小さく笑った。
「良かったです」
「上手く言えなくて申し訳ないけど……でも、本当に美味しいですよ」
「それはそうだろ」
隣で、さもそんな事は知っていると言わんばかりににやりと笑みを浮かべるペルゼィックは。
レモンジャム入りのノネットを、オレンジの果実酒で黙々と食していた。
文句も称賛も無く、淡々と咀嚼する様子は、少しばかり不安が浮かぶ。
「……はぁ」
しかも溜息に似た吐息つき。一息吐いた、という風にはどうしても思えなくて。
リリィベルがきょときょとと挙動不審に様子を伺っているのに、イズルがくすくす喉を鳴らした。
「すごく美味しいって」
「えっ、ほんとうです?」
「あぁ?」
ドスの利いた声がおっかねーですよ。
ライネスが常連さんサービスとしてノネットのおかわりをペルゼィックに手渡しながら、胸中独り言ちる。
「ジークは気に入った食べ物を食べてる時、溜息みたいな息が漏れるんだ。で、目元が……あぁぁぁぁぁ!」
幼馴染として誤解されてはなるまい。
そう親切心でペルゼィックの表情や吐息の意味を解説するイズルの手から、颯爽と奪われていくベニエとコーヒー。今日も横暴極まっている。
見守っていたライネスの「あ」という一声がやけに響いた。
ふんと鼻息強めに味わいながら食しているペルゼィックへ涙目を禁じ得ないイズルだが、直ぐに口角が緩められる。
「でも、小さい時から変わらないんだよ。ジークが安心できるものを食べてる時の仕草」
「こっち見て笑うな! 気持ち悪りぃ事言うんじゃねぇ!」
リリィベルとライネスが顔を見合わせ、それから楽しそうに肩をゆすらせて笑う。
「ふふふ! 良かったです! それじゃあ、メリーユールフェス、ですよ!」
「この町の聖霊節、楽しんでくださいね」
●
夜も更けて、そろそろ甘い物が食べたくなってくる頃。
数少ないデザート屋台は、どこもかしこも大盛況だ。
「あ! お店もやってたんだねっ」
通り掛かりに見知った顔を見つけたルルトは、思わずと立ち止まった。
「っと、いらっしゃいませ。ベニエとノネット、どっちにします?」
「どっちも!」
「はい、どうぞ」
ライネスと気さくに言葉を交わすと、差し出されるお菓子に思い切りぱくつく。
甘いベリーのベニエはさくさくで、さっぱりレモンのノネットはしっとりしていて。
「ふふふー美味しい♪」
機嫌良さそうに笑みを湛え、頬を押さえて幸せいっぱいな姿に自ずと口角が緩む――と。
「あ"っ! ライネス、ライネスっ! ベニエの生地まだあるっけ!?」
「ん……や、もう残りあと十個も」
「や~~! どうしよ、オーダーとっちゃった……!」
「んなら急いで生地作っから……げ、材料切れてら……」
もぐ、もぐ……ごくり。
食べ終わったルルトが見上げるのは、てんぱっているのを隠せそうにない忙しそうな二人。
どうやら材料切れのよう。
急いで買ってくるから、いや今は手が離せない、などなど。慌てふためく彼らを見兼ねてか、ルルトがぴしっと片手を上げる。
「はい、はい! ボク、お手伝いしよっか! 注文とったり、お話したり、できるよ!」
「え、でも、そんな、ちゃんとバイト代をお出しできるかどうかっ……」
「猫の手も借りたいってぇトコですから! 後でパフェ奢りますよ!」
「はたらかせてください!」
ルルトの目の色が変わった。
わたわた所在のないリリィベルはびくっと猫耳を立たせ、大きく頷く。
「はい、よろしくおねがいしますぅ!」
屋台の一画、甘い匂いが漂うそこは、まだまだ夜が更けても賑やかになりそうだ。
●
慌ただしそうにしている屋台を通りすがり、向かうのは大きなモミの木の傍らに点在するテーブル。
甘い甘いお菓子の家に合うだろうと、甘酸っぱいレモンとオレンジをベースにした果実水をふたつぶん購入して、机上に。
夜の色に浮かびあがる淡い灯かりが、木々や町を照らす様は、何処か望郷を思い起こさせた。
「……………」
トーラの赤い瞳に映り込むのは、たくさんのランタンの光。
そっと胸中で、この時節における挨拶を唱えてみる。
忙しいあの方を思って、可愛らしく仕上げたふたつのお菓子の家に、果実水を添えて。
きっといつか。隣で、共に。
微笑みを向けてくれる日が来るかもしれない。……なんて。くすくす笑って。
「来年はあの方が、心穏やかに過ごせますように」
トーラの淡い願いごとが、雪のちらつく町へととけてゆく。
ひやりとした空気でも、薄雲越しに街を照らす陽が心地よい場所。
仕事を終えた冒険者がひとり、またひとりと宿屋へ向かったり、キャンドルランタンの市場へ足を運んだりしていたりするさなか。
「お菓子の家、つくってみませんか~!」
「ヘクセンハウス?」
そんな声に足を止めたのがナハシュだった。
魔物討伐に際し、竜爪の短剣を存分に使いこなしていた彼が興味を示したよう、集会所の扉から中を覗き見る。
小さな子どもから大人まで、木造のテーブルの上で和気あいあいと組み立てている。
しげしげと金の目で観察すること幾何。出来上がったらしいお菓子の家を、ぱくりと食べている親子らしい三人の姿が目に映る。
掌に収まるサイズを三つ、それぞれ多種多様に飾り付けて食していた。
「へえ、デケエ家でも作るのかと思ったら、そういうわけでもねえんだな」
例えば、こんくらいの。
そうして見上げるのは町の中心にあるこの建物、集会所。
果たして食うのに数日要るかもしれないがな。
胸中独り言ちながら、ナハシュは様子見ついでにお菓子の家を作って行くことにした。
「想像次第でなんでも作れそうって感じだな」
必要材料が不足したらお気軽にお声がけください。そう言葉を残した者へ片手を上げると、早速と取り掛かる。
初手は小麦色の優しい色味をしたクッキーに、板状に加工されたチョコレートを使って平屋を作る。
これだけでは簡素だ。壁には淡い色が美しいバラのジャムを薄く塗って、糊の代わりにする。クマなどの動物を象ったチョコレートや飴で飾り付けて。
凡そイイ感じに装飾が施されたら、二階の部分を作っていこう。
壁を作って吹き抜けにしたそこへ、予め用意されていたスポンジを形に合わせてカットして敷き詰める。ふわふわとして美味しそうだ。
「そうして……」
片手に持ち出したるは食用花。白、紫、オレンジ、赤、桃色。色とりどりのそれらを、ナハシュは躊躇いなく飾り付けた――スポンジの全面を埋め尽くさん勢いで。
さながら植物園のよう。花畑とはまた違う、独特なセンスが植物園たらしめるのだ。
「仕上げは、あぁ、これが良いな! 甘露アリの蜜をかけて……キラッキラにして完成だ!」
持ち込んだ甘露アリの蜜を満遍なく振りかけてみると、花弁に雫を落としたかのよう、キラキラとして輝いて映った。
このキラキラ感は、甘露アリの蜜ならではこそ出せるものだ。ふふんと得意げに笑って見せる。
だが、実食に移る気配は無い。召し上がりませんか? そう尋ねる手伝いの声に、ナハシュはくつくつ喉を鳴らして応えた。
「クッソ甘そうだからな! 俺には食えねえ。好きな奴の土産にするんだ」
何せこの蜜は、砂糖の三倍もの甘さを誇るんだ。
マジカルポケットへと収納されていく。甘いお菓子の家がひとつ、完成された。
●
「うーん。出来るなら、小さいものに挑戦してみたい心持ちで……!」
そう首を傾げて悩み耽っていたのはトーラ。調理と手細工には心得がある彼女は、自らの手指をぐっぱとさせて、お菓子の家の材料を前に意気込む。
ほかに臨む人々を見るに、どうやら皆そこそこの大きさで作っている人も多い様子だ。作りやすさから、そうしているのだろう。
「いいえ、でも。出来るならば、小さいものが……だって」
小さい方がカロリーも抑えられますし……!
ぐ。両手でそっと拳を作ったかと思うと、トーラは胸の前でぎゅっと握り込む。カロリーは天敵である……!
「よぅし、頑張ります……!」
気合十分。手に取るのはお菓子の家その物を形作るクッキーの壁。
チョコレートを混ぜ込んで作られたらしいマーブル生地が良いだろうか。飾り立てる生クリームや砂糖は惜しまずに使うことにする。
食用花も可愛らしい小ぶりのものを選べば、外観を邪魔立てせず、綺麗に飾り付けられるだろう。
それから、星を象った飴も屋根に散らしてみるのも良いかもしれない。食感がアクセントになって、きっと楽しめるはず。
それから、それから……。
少しの量でも満足感を得られるお菓子の家を目指すべく、そして折角のお菓子の家だ、美味しく出来るように。
ちまりちまりとふたつの家を作るため机にかじりくと、トーラは誰より熱心に。お菓子の家作りに奮闘していた。
●
「……お菓子の家! これは行くしかないんだよっ!」
きらきら。わくわく。そわそわ。
冒険者ギルドから一歩を踏み出したルルト・アーキスもまた、呼びこみの声を聞いて、見るからに顔を輝かせていた。
ふんわりと鼻先を掠める甘い香り、お砂糖の気配、楽しそうな人々の声。
「お菓子の家……お菓子の家? 実在したのか?!」
同じタイミングでギルドを後にしていたレピド・クロサイトが反応を示した。
ホムンクルスである彼は、ギルドから教育の過程で教えられたお伽噺、それに出てきたお菓子の家の実在に驚いていた。
「お菓子の家、つくれるんだってっ!」
見覚えのある顔に丸い目をゆるりと瞬かせたルルトが、無表情ながらも衝撃に打ち震えるレピドへ元気よく告げる。
「!?」
しかも自分で作れるとは。
ますます驚愕した様子を挙動のみで顕すレピド。何に驚いているのか解らないまま、にこにこと笑うルルト。
「あっ! お菓子の家つくっていかれますか?!」
「っと……この間はどうも」
集会所の前で軽快にやり取りをしていた二人の元へ、お菓子の家作りの手伝いをしていたリリィベルとライネスが手を振って近寄って行く。
「あ、あぁ。元気そうで何よりだ」
「また遊びにきたよ、よろしくね!」
「はーい! いらっしゃいませ、ですね!」
平静を装っているレピドだが、果たしてこのお菓子の家作りとやらは加熱要素があるのだろうか。
笑みを湛えて会話をするルルトとリリィベルをよそに、そーっと集会所の中の様子を覗き込んでみる。お菓子作り、つまり料理、ともすれば火を使うのは必須要素……?
「ん。どうしたんです? 何か懸念でもありますか?」
ルルトに注意事項を伝え終えたライネスが、じっと建物の中を見遣るレピドに声を掛ける。
「お菓子の家っても、簡単ですよ。用意した材料を組み立てるって感じで、包丁や火の扱いは必要があればこっちでやりますんで……」
「……鍋は使わないか?」
「えぇ。……え? 鍋です?」
「いや、使わないなら」
レピド・クロサイトという男は、何故だか鍋を爆発させてしまうのだ。何故だかは本人も解っていないので、これからも爆発させ続ける気がする。
いや。それなら、良いんだ、と。
安堵したように息を吐くレピドの様子に疑問符を浮かべながらも、ライネスは彼を案内した。
「細かい作業ならまっかせといてっ!」
先んじて作業を進めていたルルトは、意気揚々とお菓子の家作りに取り掛かる。
クッキーはチョコで接着して、家の形に整える。煙突なんかもおちゃのこさいさい。
ホワイトチョコを使って、クッキーの壁に可愛らしいレンガ模様などを書き加えてみる。うんうん、見栄えは上々だ。
クリームやアイシングを使って窓を書き足し、食用花でかわいくデコレート。窓際にお花を添えてみたら、華やぐはず。
細かく砕いだキャンディを、チョコが乾ききらないうちに上から降りかければ、綺麗な色の雪が積もるお菓子の家の完成!
「なかなか上手にできたと思うよっ!」
「わぁ、かわいい~! 良いですねぇ、素敵なお家です!」
「えへへ、そうでしょー!」
完成したお菓子の家を見て満足そうに笑顔を浮かべるルルトへ、ぱちぱちぱち。手伝う必要も無く終えたリリィベルが拍手をしていた。
「お召し上がりになられます?」
「ううん! あのね、友達にも見せたいから持ち帰るよ!」
「なるほど~! 力作ですからね、褒めてもらえますね~!」
賑やかな二人をよそに、やる気が顔にあまり出ないレピドがぎこちない所作でお菓子の家作りに取り掛かる。
思い浮かべるのは、お伽噺の本に出てきたお菓子の家。
ゆっくりと冒頭から記述を思い出しつつ、そっと組み立てていく。
チョコレート色のクッキーを壁にして作り上げる。……色合いは似ているが、少し、違うような……?
手が止まってしまったレピドの様子を見兼ねて、ライネスが何やら道具を手にやってきた。
「もしかして。お菓子の家が出るお伽噺の再現をしようと、してるのかなって思うんですけど」
「ん……そうなんだが」
「"ココア色の屋根にふんわりと雪化粧の掛かる家"……だったかな……で、これをこうして」
掌サイズの小さなふるいに粉糖を乗せたライネスが、レピドの目の前で軽くゆする。
きらきらとお菓子の家に掛けられていく細かな白色が、正しく雪化粧を屋根に施していく。
「その後は……なんでしたっけ」
赤い目でじっと見つめるレピドを前に、微かに口元を緩ませたライネスが首を捻る。
雪が降るお菓子の家、扉は赤。扉の形のクッキーに、赤いベリーのジャムを塗る。
窓から赤いお花が咲いていた。壁に窓を描いて、食用花を一輪添える。
もくもく上がる煙は、お菓子。ホワイトチョコレートで作られた雪だるまを煙突に立たせ。
「あの話に出てきた家は、確かここに……」
そうした試行錯誤の末、レピドは最後に屋根へと薔薇のジャムを垂らして完成させた。
完全とはいかなくても。あのお伽噺に出てきたお菓子の家にそっくりなものが、目の前にある。
「……出来た」
ぽつりと呟いた赤い目に映るお菓子の家は、誰の目から見ても美味しそうに見えた。
●
さて、お菓子の家作りに励んでいる冒険者がもうひとり。
「が、がんばります……!」
そう自らを鼓舞していたのはゲルダ・クライン。
完成イメージは庭園のある小さなお家だという彼女は、料理の腕は人並みにできる。絵心も多少あるほどで、とびきりのものは出来ないかもしれない……けれど。
一生懸命作る。斯様な心意気は、きっとこの場にいる誰よりも強いものだ。ふすん。気合いを入れ直し、早速取り掛かった。
「お家は……庭園を際立たせたいので、なるべく、小さい方がいいかな……?」
掌よりすこし小さなお家を簡単に組み立てる。外装にはこだわらず、シンプルに。
クッキーをアイシングで淡いベリーの色合いにして、見目も可愛らしく、だ。
塗りムラのないよう気を遣って塗り終えたら、そうだ。白色のアイシングで、壁面に模様をつけてみるのもいいはず。
「うんと……あっ」
手近のクッキーに試し書き……と、模様の太さがいまいち均等にならず、なんだか少し、不格好だ。
このままでも十分に可愛らしいが、もう少しだけ拘りたいもの。
「困りごとです?」
眉を下げるゲルダに気付いたリリィベルが声を掛ける。こく、と浅く頷くと、ゲルダがお菓子の家をそっと寄せて見せる。
「えっと。実は、模様を描きたいんですが……うまくいかなくて……」
「ふーむ……あ! 屋根の部分は、思い切ってアイシングをたっぷりかけて、雪が垂れているお家に見立ててみるの、どうでしょう!」
「あっ。雪が垂れている……なんだか可愛らしいですね」
告げられた通りに、そっと白いアイシングを掛けてみる……と。
傾斜のついた屋根を伝って落ちてゆくアイシングが、淡い色味の中に映えて、より可愛らしさが増した。ふわ、と顔を綻ばせるゲルダの傍らから、ライネスが覗き込む。
「模様を描くんなら、曲線とドットを使った物にしましょう。固めに練ったアイシングを使って、歪に見える箇所は楊枝で整えていくと良いですよ」
「はい! そのようにしますね」
実例として見せてくれたアイシングのレースを参考に、ゲルダは再び手を動かした。
可愛らしい家が出来たら、乾くのを待ってから周囲にベリー系の果物と食用花を敷き詰める。タルトのような様相は、文字通り美しい花畑に見えてくる。
仕上げは淡い色味に揃えた飴細工を用いて、キラキラとさせていけば……。
「完成です……!」
ここにもまたひとつ、甘くて可愛らしいお菓子の家が完成される。
●
夕刻までもう少しといった所で、建ち並ぶのはお菓子の家たち。
自らのお菓子の家作りを終えて、手伝いに奔走してくれていたトーラに礼を述べるリリィベルとライネス。午前の部として、楽しい聖霊節になったのは言うまでもないだろう。
「えへへ、食べるのが少し勿体無いですね」
「……本当に。食べるのが勿体無いな……」
完成されたお菓子の家を見つめるゲルダの声に、レピドが首肯を示す。
基本的にはあま~いお菓子の家。リリィベルが淹れてきた甘味の控えめなお茶をお供に、そっと手を合わせて。
「いただきますっ」
食欲に勝るものはないのです。
お菓子の家や花畑にざっくりとフォークをいれるゲルダは、小さな口へ躊躇いなく運んだ。
「んん、ん~……! 美味しい……!」
可愛らしい見た目は、甘さも美味しさも想像以上。幸せそうに噛み締めるゲルダの笑みこそ、輝かしい。然し美味しそうに食べるお嬢さんである。
とはいえ食べ物は食べてこそ、と。レピドもまたフォークを手にする。
お伽噺の人物のように、ナイフも手にして。
「頂きます」
もぐ、と頬張るお菓子の家は、確かに美味たる味だった。
微かな苦みを残すチョコレートのクッキーに、粉糖の甘さが良いアクセントになって。
薔薇のジャムの華やかな香りと味が口いっぱいに広がって。
「……美味しい」
ぽつりと零すレピドの表情は、変わり映えこそしないものの。
ふたりの様子に、リリィベルとライネスもまた、嬉しそうに笑っていた。
●
陽も暮れて、夜の町にキャンドルランタンの灯りが次々と点ってゆく。
伴って屋台の灯りがてんてんと点いてくると、いよいよ聖霊節のお祭りムードが極まってきた。
「歩きながらガチで味わうな」
「え?」
材料集めの依頼を終えて合流したイズル・M・ヴォルゴールと、ペルゼィックは屋台の中でも一押しであるオレンジの果実酒を片手に屋台を見て回っていた。
喉で味わうべらぼうに斬新すぎる飲酒をするイズルを横目に、ペルゼィックが呆れた風に首を振る。
イズルは出自柄、どうしても果実酒を味わう際には品定めにも似た同業者的立ち位置になってしまう。いや、ちゃんと美味しいぞ。
「そう言うジークも美味しく、味わって飲むんだぞ?」
「飲んでる」
眉を顰めながら不機嫌そうに返すペルゼィックに苦笑いを零すと、イズルは改めて町を見渡した。
穏やかな町。規模は大きくないようだが、此処へ訪れる道中、たくさんのオレンジ畑もあったっけ。
森の幸と言える山菜を使ったスープ、獣の肉を使った串焼きもある。何れも良い匂いを鼻が突く。幾らでも食べられそうだ。
「食後にデザート、如何でしょうか~!」
「っと」
その中に紛れ込む甘い香り。聞き覚えのある声の主を探すべく視線を彷徨わせると、数少ないデザート屋台が目に留まった。
イズルが声を掛けるより先、果実酒を飲み終えたペルゼィックがずんずんと足を進めて屋台の前に立ち尽くす。腕を組んで、何だか偉そうだ。
「店にいないと思ったら出張か、関心だぜ」
「あっ! お会いできてうれしいです。ご贔屓ありがとうございまーす!」
「ふん。で、今日は何を寄越してくれんだ?」
「うぇえっ!? 無料サービスはしていないですよぉ!」
ぶっきらぼうなペルゼィックに笑顔で応えるリリィベル。なんでも、仕事中であれ二人に会ったらたかるのは礼儀だそうだ。礼儀とは?
ともあれ。からかいの様子も見慣れた光景だなぁ、なんてイズルが頬を掻く。
隣からひょっこりと顔を覗かせたライネスに気付くと、イズルがやわりと笑みを浮かべる。
「お仕事熱心ですね。ベニエを一つください」
「まいど。あの店は全員揃って、商魂逞しいもんで……コーヒーと一緒にどうぞ」
「ありがとうございます」
差し出されるのは、あまいベリーのジャムが入ったベニエ。一口食べると、猛烈な甘さが口の中を襲うが、木造りのカップに淹れられたコーヒーを啜ると……。
「これ美味しい!」
端的な感想に、ライネスの目がぱちりと瞬く。次いで、小さく笑った。
「良かったです」
「上手く言えなくて申し訳ないけど……でも、本当に美味しいですよ」
「それはそうだろ」
隣で、さもそんな事は知っていると言わんばかりににやりと笑みを浮かべるペルゼィックは。
レモンジャム入りのノネットを、オレンジの果実酒で黙々と食していた。
文句も称賛も無く、淡々と咀嚼する様子は、少しばかり不安が浮かぶ。
「……はぁ」
しかも溜息に似た吐息つき。一息吐いた、という風にはどうしても思えなくて。
リリィベルがきょときょとと挙動不審に様子を伺っているのに、イズルがくすくす喉を鳴らした。
「すごく美味しいって」
「えっ、ほんとうです?」
「あぁ?」
ドスの利いた声がおっかねーですよ。
ライネスが常連さんサービスとしてノネットのおかわりをペルゼィックに手渡しながら、胸中独り言ちる。
「ジークは気に入った食べ物を食べてる時、溜息みたいな息が漏れるんだ。で、目元が……あぁぁぁぁぁ!」
幼馴染として誤解されてはなるまい。
そう親切心でペルゼィックの表情や吐息の意味を解説するイズルの手から、颯爽と奪われていくベニエとコーヒー。今日も横暴極まっている。
見守っていたライネスの「あ」という一声がやけに響いた。
ふんと鼻息強めに味わいながら食しているペルゼィックへ涙目を禁じ得ないイズルだが、直ぐに口角が緩められる。
「でも、小さい時から変わらないんだよ。ジークが安心できるものを食べてる時の仕草」
「こっち見て笑うな! 気持ち悪りぃ事言うんじゃねぇ!」
リリィベルとライネスが顔を見合わせ、それから楽しそうに肩をゆすらせて笑う。
「ふふふ! 良かったです! それじゃあ、メリーユールフェス、ですよ!」
「この町の聖霊節、楽しんでくださいね」
●
夜も更けて、そろそろ甘い物が食べたくなってくる頃。
数少ないデザート屋台は、どこもかしこも大盛況だ。
「あ! お店もやってたんだねっ」
通り掛かりに見知った顔を見つけたルルトは、思わずと立ち止まった。
「っと、いらっしゃいませ。ベニエとノネット、どっちにします?」
「どっちも!」
「はい、どうぞ」
ライネスと気さくに言葉を交わすと、差し出されるお菓子に思い切りぱくつく。
甘いベリーのベニエはさくさくで、さっぱりレモンのノネットはしっとりしていて。
「ふふふー美味しい♪」
機嫌良さそうに笑みを湛え、頬を押さえて幸せいっぱいな姿に自ずと口角が緩む――と。
「あ"っ! ライネス、ライネスっ! ベニエの生地まだあるっけ!?」
「ん……や、もう残りあと十個も」
「や~~! どうしよ、オーダーとっちゃった……!」
「んなら急いで生地作っから……げ、材料切れてら……」
もぐ、もぐ……ごくり。
食べ終わったルルトが見上げるのは、てんぱっているのを隠せそうにない忙しそうな二人。
どうやら材料切れのよう。
急いで買ってくるから、いや今は手が離せない、などなど。慌てふためく彼らを見兼ねてか、ルルトがぴしっと片手を上げる。
「はい、はい! ボク、お手伝いしよっか! 注文とったり、お話したり、できるよ!」
「え、でも、そんな、ちゃんとバイト代をお出しできるかどうかっ……」
「猫の手も借りたいってぇトコですから! 後でパフェ奢りますよ!」
「はたらかせてください!」
ルルトの目の色が変わった。
わたわた所在のないリリィベルはびくっと猫耳を立たせ、大きく頷く。
「はい、よろしくおねがいしますぅ!」
屋台の一画、甘い匂いが漂うそこは、まだまだ夜が更けても賑やかになりそうだ。
●
慌ただしそうにしている屋台を通りすがり、向かうのは大きなモミの木の傍らに点在するテーブル。
甘い甘いお菓子の家に合うだろうと、甘酸っぱいレモンとオレンジをベースにした果実水をふたつぶん購入して、机上に。
夜の色に浮かびあがる淡い灯かりが、木々や町を照らす様は、何処か望郷を思い起こさせた。
「……………」
トーラの赤い瞳に映り込むのは、たくさんのランタンの光。
そっと胸中で、この時節における挨拶を唱えてみる。
忙しいあの方を思って、可愛らしく仕上げたふたつのお菓子の家に、果実水を添えて。
きっといつか。隣で、共に。
微笑みを向けてくれる日が来るかもしれない。……なんて。くすくす笑って。
「来年はあの方が、心穏やかに過ごせますように」
トーラの淡い願いごとが、雪のちらつく町へととけてゆく。
マスターコメント
冒険者の皆さま、この度は遊びへいらしてくださりありがとうございました。
無事に聖霊節を迎えた町でのひと時、どなたさまもお楽しみいただけたようです。
また皆様と会えますことを、心よりお待ちしております。
イベントシナリオ易しい 報酬:標準7 / 4〜25人
2023年01月05日 16時34分39秒 公開
大成功
相談掲示板
トーラです。 出発の前日ですけどよろしくお願いしますね! わたしは|お菓子の家《ヘクセンハウス》作りに参加して、夜には出前屋台を回予定です!