【鬼哭】旧き友は疑念を招き
辻村朝
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シナリオID:2680
オープニング
アニセトだってきっとそう思ってる。
――当の本人が変わっちまったんじゃあ、どうしようもないけどさ。
●
ヴィントから北東にある新興農村、シファーク村。ヒューマンとゴブリンが等しい立場で共存する村である。
住民のゴブリンのうち、暴走し村を破壊、或いは周りの住民を傷つけた者は、ヒューマン側の実質リーダーであるテオフィル・アンテスの自宅の地下室に隔離されることになった。
気絶などにより暴走状態自体は解かれたが、アニセトの証言からすると精神支配の影響からは脱せていない為である。
「こんなんじゃまたいつ暴走するか分かったもんじゃねえ。事が落ち着くまではどっかに押し込んでくれ」
ゴブリン側のリーダーの1人にして暴走当事者でもあるアニセトが自主的にそう言ったのだから、反対するゴブリンは居なかった。
さらに悪いことも分かった。
暴走事件当時は特に問題のなかったゴブリンの中にも、アニセトの証言にあった「ゴブリンはゴブリンらしくあれ」という声が頭の中に響き始めた者がいるのだという。やはり隔離せざるを得なかった。
唯一の救いは、ゴブリン側のもう1人のリーダーであるカリサの身には今のところ異変は起こっていないことだった。
暴走事件から少し経ち、テオフィルは帝国騎士のツテで国際会議で分かったこと・起こったことの情報を得た。
「ドン・ゴーフルの身に起こったことは、他の住民には言わない方がいいと思う。動揺が広がる」
使者はそう言っていた。
同意できるところではあるが、テオフィルは悩んでいる。
カリサは知っておくべき事項なのではないか、と。
一方で、知らずに居た方がいいのではないかとも思う。
彼女もまた、ドン・ゴーフルによる洗脳でドンに恭順させられている者である。
ドンの身に起こったことを知り動揺すれば、そこを付け込まれてイダの刻印の影響下に置かれてしまうのではないか、という推測も出来る為だ。
隔離された分人手が減った。自身も農作業に勤しみながら色々と考えていると、
「テオ、ちょっといいかい?」
当のカリサが話しかけてきた。何だか少し困惑気味だ。
「どうしたんだ?」
「うちの村にセリオが来たんだ」
カリサの言葉に、テオフィルは驚いた。
セリオ――ゴールディ時代のカリサとアニセトの同胞のホブゴブリンのことは、テオフィルも少しは知っている。
2人とは違い大人しめではあるが、しっかりと後ろで、当時別のマフィアを率いていた2人を支えていたらしいことも覚えている。
シファーク村に来なかった理由は、村でカリサとアニセトに再会した時に聞いた。
「もっと違う場所で帝国の景色を見る、って言ってなかったっけ」
「そうなんだけど……ひとまず、少し話を聞いてもらっていいかい? 暴走はしてなさそうだから」
「……分かった。今行くよ」
●
「久しぶり、テオフィル」
そう穏やかに言うセリオと、向かい合うテオフィルを、カリサは横で眺めている。
ゴブリンにしては姿がヒューマンに近いセリオは、纏う雰囲気も穏やかだ。
「一体どうしたんだ? 急にカリサたちを訪ねてくるなんて」
テオフィルが問うと、セリオは「いやあ……」申し訳なさそうに後頭部を掻いた。
「暴走ゴブリンの件は知ってるよね。アニセトもそうだって、さっきカリサに聞いたし」
テオフィルの首肯を待って、セリオは話を続ける。
「僕が居た村は、それこそ生活が難しくなるレベルで色々壊れちゃってさ。カリサとアニセトを頼ってここに逃げてきたっていうわけ」
「……なるほど」
「そういうことだから、出来れば居させて欲しいんだけど……勿論こんな状況でお願いするのは厳しいのは分かってる」
そのセリオの言葉を受けてテオフィルがこちらを一瞥してきたので、カリサは黙って肯いた。
セリオには暴走の気配はない。断る理由はないだろう――一応は。
「なんか引っかかるんだ」
セリオが礼を言ってテオフィルの家を離れた後、カリサは思ったところを口にする。
テオフィルも多少はセリオのことを知っているが、自分はその何倍も分かっているという自負があった。
「あたしたちと別れた理由と、ここに来た理由が合ってない。あいつはあれで、結構自分の意思を強く持ってる。もし村がどうしようもなく破壊されたのだとしても、ならもう一度立て直そうとすると思う」
「セリオが嘘をついている、か?」
「かもしれないし、単に臆病になっただけかもしれない。そこはまだ分からないけど……」
そこまで言うと、テオフィルは何やら考え込み始めた。
黙って様子を見守ること1分ほど。顔を上げたテオフィルは、告げる。
「カリサ。彼の件は、一旦僕に任せて欲しい。臆病なのか嘘かは、多分判断できる」
「……分かった」
肯きつつ、カリサは思う。
(ああ、あんた、やっぱりセリオに似てるよ)
穏やかそうにして、それでいて何かを人知れず抱え込んでいる。
今だってそうだが……そもそもテオフィルは、この村のヒューマンを束ねる立場に望んで成ったわけではなさそうだ。
帝国騎士であるなら率先して前に立ちそうなものだが、おそらくヒューマンとゴブリンを対等に見ようとすることも含めて、何かがあってのことなのだろう。
この性質で上に立つのはなかなか難儀そうだ。
信頼はしつつも、そう同情してしまった。
●
それから数日。
セリオは村に溶け込みがてら、村中の様子を調べているようだった。
念入りに、と呼べる程に。
そしてある日の夜、村のほとんどの住民が寝静まった頃。
村の外れに来たセリオは、そっと口笛を鳴らす。
すると、闇に紛れるよう黒い装束を纏ったゴブリンが数人、彼の横に並び立った。
同様に黒装束に身を包んだセリオは、一際目立つテオフィル宅に目を向ける。
村民曰く、暴走したゴブリンはかの家の地下室に隔離されているという。
唯一家に入った、対面したタイミングでは目に見えた階段などは見当たらなかった。ただ主であるテオフィルの生活スペースは2階だというから、1階を探索すれば隠されているものも見つかるだろう。
ゴブリンの再暴走に備えてか、時にはテオフィルが私財を投げ打って冒険者を雇い警備に当たらせているようだが、隙はどこかで見出せるだろう。
「すべてはドン・ゴーフルと、サチコ様の為に」
そう厳かに呟いて、黒装束たちは動き出した。
解説
マスターより
リプレイ
まだ何も起こっていない、ある日の昼。
「セリオの住居かい? 北東の外れ近くにある長屋のはずだよ」
カリサは冒険者に対して協力的である。「最近村にきたゴブリンのことを知りたい」とヨル・スレイマンが尋ねると、あっさりとそんな答えが返ってきた。
「その長屋に元から住んでいるゴブリンたちと、村で行なっている農業の作業について色々打ち合わせているらしい。元いた村でもやっていたって言うし、あたしたちとしても助かる」
「ということは、その長屋か近辺に行けば彼の様子ももう少し知れそうかな?」
「そうだね……前の村のことがあるから、もしかしたらちょっと元気がないのかも知れない」
カリサはそう、若干の憂いを帯びた溜息を吐く。
再会したセリオに違和感を抱いてはいるものの、彼女は何も知らない。
隔離されているゴブリンたちも、村を一緒に盛り上げてきた同胞なのだ。アキュアリスタにおける事件の顛末とサチコの動きを村の人々が知ることは、悪戯に混乱と恐怖を煽るというテオフィルの判断だった。
「あたしが直接声をかけてもいいんだけど、折角だから村の連中と仲良くやってほしい。よければちょっと見に行ってくれないかい?」
「わかった」
言われなくてもそのつもりではあったが、ヨルは肯いてカリサが住む長屋を離れた。
ヨルが得た情報をもとに、冒険者たちは普段の警戒がてらセリオの動向を探り始めた。
カリサが言っていた通り、セリオは農場で他のゴブリンたちと共に話し合っている。その様子を少し遠くから、ロドリック・アルカインは観察していた。
広い農場とはいえ遮蔽物はないので集団からもロドリックの姿は丸見えだが、隔離されたゴブリンの再暴走などに備えて冒険者たちが村に滞在しているのは村人たちにも周知の事実であるからそこは問題ない。また、冒険者たちの中に魔法使いはいないと思わせる為、ロドリックは普段の得物はマジカルポケットに収め、細剣を持ち歩くことでシーフであるように振る舞っていた。
(確かに農業の話だが……)
特に聴覚に優れたわけではないが、他に物音がないので耳をそば立てれば集団の会話は普通に聞こえてきた。一見、何の変哲もない今後の作業分担についての話し合いに見える。
カリサによると、以前からセリオは人の懐に入り込むのが上手かったという。スムーズに村人たちの輪の中に入っていったようだし、今の話に関しても特に揉める様子は見えない。
何となく引っかかったのは、自分はホブゴブリンだからという理由で夜の見回りを買って出たことだった。
(夜に他のゴブリンに農地を見られたくない、のか?)
そう思うのは、勘ぐりすぎだろうか。
暴走ゴブリンを殺しに来ているサチコ派か、逃しに来ているイダ派か。
観察の目的の一つはその見極めでもあったが、後者の可能性は低いだろうと思う。
もし後者であるなら一見良好なコミュニケーションを取る理由はない。
夜を狙うのが秘密裏に事を済ませる為だと仮定すると、前者なら正確に場所を把握する必要があるが、後者なら最悪手当たり次第に村人を殺せばいいからだ。この村に授恵者はテオフィルと冒険者、それとセリオ本人しかいないのだから。
もうひとつ根拠を挙げるとすれば、テオフィルやアニセトに対しては分からないが、セリオの言動からはカリサへの害意は見受けられないことだった。
ゴブリンたちへの指示を一手に担うことになり大変そうだから手伝いたい、という言葉がまるっきり嘘のようには見えない。
カリサが狙われる可能性は低い。
一つの安堵とともに、セリオがサチコ派であることの確信を強めるロドリックだった。
一方ナハシュは、そんな仕事中以外のセリオの様子を観察していた。
正確にいえばその周囲の人々の動向もだったが、こちらはどうも怪しさは見当たらない。というのも、最近村にきた人類といえば、セリオを除けば自分たち冒険者だけだったからだ。まだ先の事件の恐怖は抜けないとはいえ冒険者の滞在する日常にある程度慣れつつある村人たちの様子は、いたって自然なものだった。
故に、セリオの様子に違和感があれば嫌でも目につく。
暇さえあれば村中を練り歩くこと。それ自体は、早く村に慣れたいという思いでやっていると考えればわからないでもない。
が、北東エリアがやたらと重点的すぎる。家の配置や屋外の物の置き方などを具に確かめているように見えた。
そうして情報を集めつつ警戒にあたり、何日か経った頃の昼。
まだ村は静かだ。まるで、冒険者たちとセリオという新たな要素以外は混乱が起こる前に戻ったかのよう。
そんな中、テオフィル宅2階にある小部屋に、冒険者たちが集っていた。加えてナハシュの希望により、家の主人であるテオフィルもいる。
「混乱が起きたというから来てはみたが、想像していたよりも穏やかなものだな」
「まぁ例の刻印がどうこうあった連中は皆地下だしな」
ナタリア・フィッツジェラルドの言葉に、先日も村に居合わせたサイラスが答える。
「地下のゴブリンたちも、一旦暴走が収まって以降は静かなようですしね……」
そう口にするキリアン・フィッツジェラルドの横では、ナハシュが自ら得た情報を紙に起こしている。
エーテルリンク済みの小動物で様子を盗み聴きされる危険を鑑み、ヨルの提案で肝心の情報の交換は筆談で行っているのだ。『誰かに見せる』という動きをするのではなく、皆で囲っているテーブルの上にメモ書きの体で置いておくことで、共有すると同時に小動物が潜んでいたとしても見えない、或いは焙り出すことが出来る。
口頭での雑談は、沈黙ばかりが場を支配して違和感を抱かれるのを防ぐ為のフェイクである。尤もアニセトら暴走したゴブリンたちが地下に隔離されているという情報が漏れてしまうのは、村に住む大人の誰もが知っていることなので防ぎようがない。いっそ話のタネに利用することにしていた。
『俺たちを除いて、最近村にきたのはセリオ1人』(ナハシュ)
『セリオは夜間の農場警護を自ら買って出ていた。誰かに見られることを警戒しているのかもしれない』(ロドリック)
『北東の外れから見える森で、少ないけど割と真新しい足跡を見つけた。行く前に住民に軽く話を聞いてみたけど、普段特に立ち入るような用件はないらしい』(ヨル)
『そういえば一度、その森の方に向いて立っているセリオを見たな』(ナハシュ)
『テレパシーでしょうか?』(キリアン)
『森の中に仲間がいるのだとしたら、その可能性は高い』(ナタリア)
『態々潜むようなことをしなきゃならんのなら、そりゃもう何か企んでますって言ってるようなもんだわ』(サイラス)
『そのことなんですが、使者からの情報によると、セリオが前にいた村でここと同じようなことがあった、ということ自体は事実のようです。けれども、別に離散などはしていないとのこと』(テオフィル)
『セリオ以外に村を出たゴブリンは?』(キリアン)
『何人か居ると聞いています。いずれも暴走はしておらず、セリオについていくように出ていったと』(テオフィル)
セリオとサチコの繋がりこそはっきりとしていないが、状況証拠はかなり揃っていた。それに夜間、北東方面から狙っているらしいということも。
ならば、いつ出てくるか待ち構えているよりは釣り出した方が早い。ヨルはそう紙に書いてから、
「今日の警備、零時が薄いけど大丈夫なのかな?」
雑談の最中の自然な流れでそんなことを言う。
彼の視界の片隅には、いつの間にか部屋の隅でこちらを見ている栗鼠の姿が入っていた。テオフィルを一瞥すると、彼は「自分のペットではない」とばかりに首を小さく横に振った。
「また地下のゴブリンに何かあるかもしれないと言っても、流石に寝静まっている時間にはないのでは?」
「そうだね……。暫く何もなかったし大丈夫か」
ナタリアの返しに納得とばかりにヨルが肯く一方で、机上の紙の上では今夜に向けての作戦行動の打ち合わせが始まっていた。
●
その日の夜、零時頃。
ナハシュは1人、静かになった村の中を駆ける。
家の裏になる位置に隠れながら北東エリアの中心より少しだけ東寄りまで来ると、宗波で周辺の気配を辿る。
北東の外れ、屋外にて感知出来た気配は全部で6。その中にセリオもいるはずだ。
感知して間もなく、3つの気配が行動を開始した。一気に大移動するその様子を、シーフであるナハシュはよく知っている。ホライゾナルジャンプ。
影は三方向に散ったようで、一足遅れて動き出した気配もそれぞれに追随するように行動を開始したようだ――と察知したところで、早速シーフが接近していることに気付く。
迎え撃つ。
まだ家の影に隠れており、敵からすれば死角になっていた。敵が屋根を飛び降りてきたところに疾風足で一気に接近し奇襲を仕掛ける。
闇夜に紛れる黒装束ではあったが、マークさえしていれば位置を捉えるのは容易く、暗視もあるのでナハシュの存在に気付くのに遅れたのも把握していた。威力重視の一撃を放つと、黒装束は蹈鞴を踏む。
だが反撃はしてこず、そのままテオフィル宅の方へと向かおうとしているようだった。
追撃を試みようとしたその矢先――ナハシュの身体に矢が突き刺さる。家々の間を縫って放たれた、別の方角に向かっていたシューターからの一射だった。
すると、ナハシュは態勢を崩す間もなくその場から消失した。
「援護態勢もばっちりってか」
テオフィル宅屋根上。
分身が消失したことで本体での行動を取り戻したナハシュは、まず自分が向かった方向を見てから、シューターがいるであろう方向にも目を向ける。
すぐ側にはヨルとテオフィル、テオフィル宅付近にはナタリアとキリアン、屋内にはサイラスとロドリックが陣取っていた。
「敵の数は?」
エンライトでテオフィル宅の周囲を照らしながらヨルが尋ね、ナハシュは端的に「6人」と答える。
「シーフが3……いや4人かもな。あと少なくともシューターが1人いる。多分もう1人もそうだろう」
「シーフの数が不確定なのは……?」
「多分どれかがセリオだと思う。正面から仕掛けてくるのに攻撃してみたけど、ちょっと手応えが弱い」
「なるほど」
「まぁもうすぐ来るだろうよ」
とナハシュが言った側から、エンライトで照らされた範囲の端にある家の屋上で何かが動く気配がした。
何かが手にした細剣を振るうと、そこから衝撃波が放たれる。狙いは3人がいる屋根上。おそらく射程ギリギリから放たれた攻撃に対し、ナハシュとテオフィルは回避し、ヨルは耐える。
すぐさま地上から、キリアンが放った矢が反撃としてシーフに突き刺さった。
キリアンはキリアンでナハシュ同様に索敵を行っていたので、6人全員ではないものの敵の接近を把握できていた。
故にシーフが遠距離攻撃を取ってきた際の反応も素早かったのだ。
だからこそ、次なる違和感にもいち早く反応できた。
「シーフが入れ替わってます!」
端的に状況を示す言葉。
衝撃波に巻き込まれた屋根上の授恵者たちは、すぐにその言葉の意味を察した。
プリズムシャドウ。
現状では最高位に等しいレベルのシーフのみが使えるスキル。敵で使えるであろう者の心当たりも1人しかいない。
「……邪魔なんですよ」
その言葉が授恵者たちの耳に届くかどうかといったところで、有刺の鎖を模したエーテルの網が、屋根上のナハシュ、ヨル、そしてテオフィルを襲う――。
●
「……外、というか上はすでに結構激しくやってるな」
「関係ないね。おれたちはどさくさに紛れて入ってくる連中を潰すだけだ」
ロドリックとサイラスは、テオフィル宅内で侵入に備えている。
ただ待ち構えているだけではない。昼間も含めて時間がある時は、壁に棚などを利用してバリケードを作っていた。
カーテンで締め切った上で金具で固定すれば外からばれることはないが、全ての窓に対して行うと逆に昼間に不審がられてしまう。
幸いにして集会所も兼ねているテオフィル宅の1階の構造は至ってシンプルで、入口から伸びる廊下の両脇に一つずつ大部屋があり、廊下の突き当りには2階に上がる階段があるだけだ。
地下室に下る為の階段は、入口向かって右側の大部屋の床に隠されている。
故に重要度がやや低くなる左側の大部屋は、窓を棚で塞いでいる程度に留めていた。またどちらの部屋にも、あえて特に障害物を設置していない窓もある。
無論、2階での作戦会議のときのようにエーテルリンク済みの小動物が入り込んでくるようなこともなくはなかったが――。
「部屋の中汚れるけど、いいよな?」
「背に腹は変えられませんし」
という家主の事前承諾を得た上で、するりと部屋に入り込んできた小動物は何か情報を得る前にサイラスに葬られていた。
ここまでやったおかげで、今日この時に至るまでバリケードの存在は冒険者とテオフィル、それからカリサ以外に察知されては居ない。
そう、問題はカリサである。とロドリックは考えている。
セリオを観察した時の推察には間違いはないと今でも思う。セリオがカリサを狙う理由はない。
彼女の存在がこの戦場に介入してくることがあるなら、それは戦闘音に気付いて近付いてくるか――。
ドンドン。
特にバリケードを張っていない窓を外から叩く音がして、右側の大部屋に待機していた2人は振り返る。
窓の外にはカリサの姿があった。窓越しではあるが、何事かと問うような叫び声が聞こえる。
「開けるな」
「分かっている」
サイラスの言葉に、ロドリックは肯く。
あれは偽者だ。
言外に、2人は確信していた。
●
屋外に居た授恵者は、ナハシュを除くと後衛寄りの面子が多い。
セリオが張ったチェーンネットの影響はヨルの真サルベーションのおかげで最小限で済んだが、そうこうしている間に他の方角からも黒装束が迫りつつあった。
あまりテオフィル宅周辺から動けない代わりに、キルゾーンを明確に設定し、そこから先の侵入を許さない。
その為には敵一人ひとりをより確実に倒していく作業が必要だった。
「これでどうか……」
ナタリアは輝刃を屋根上のヨルへと向ける。
冒険者基準で考えるならば、敵の攻撃力はそこまで高くはない。火力という意味ではシーフよりもシューターの方が怖いが、それでもウォーリアやキャスターほどではない。むしろ搦手の方が警戒すべきだが、こちらに関してはヨル、ナタリアとヒーラーが揃っているおかげである程度盤石といえる。
一方防御面に関して言えば――これは味方であるナハシュにしても言える話だが、当たると痛い。
それも魔法のほうが、より痛撃になる。
「回復はひとまず私が請け負おう」
「分かった」
屋根上と下で役割分担を行い、ヨルは不可視のエーテルを張った模造銀貨を射出する。
正面の家の屋根上にいたシーフに命中し、シーフはそのまま地上へと落下し動かなくなったが――これはセリオでは、ない。
「セリオはどこにいった?」
「――しまった、そっちですか」
最初に気付いたのはキリアンだった。
黒装束が全て同じ格好をしているので非常に把握しにくかったが、そもそもシーフ同士が戦闘中にホライゾナルジャンプを使って互いの位置を入れ替えていた。
そのうちの1人は、セリオがプリズムシャドウの対象に設定していた者だ。
どさくさに紛れて別方角、つまり正面入口からは見えにくい方向に移動したセリオは、屋根上の冒険者たちの目が他のシーフや遠くから射撃をしてくるシューターに向いている最中に密かに地上に降りていた。
無論、屋内の2人が見たカリサというのは――フェイクカバーでカリサに変装したセリオである。
よく見知った相手なのだから今更備に観察する必要など、ない。
だが、相手がシーフだと分かっていれば、突然戦場に現れた不自然な存在に油断する冒険者たちではない。
「惑わされませんよ!」
家の角を曲がってきたキリアンが、窓を叩く仕草をしているカリサに向かって射撃する。
矢に纏っていた不可視のエーテルはセリオに絡みつき、
「うぐ……!」
蝕む。カリサの声のまま、セリオが呻いた。
効いている。
だが、油断は一瞬たりとも出来ないことをキリアンはすぐに知ることになる。
「こちらからの数が多い!」
姉の声に、すかさず振り返る。
ナタリアが正面入口に唯一残された格好になった為か、残りのシーフ2人と後方に控えていたシューターが一斉に入口に押しかけてきたのだ。
「無理はせず!」
テオフィルが端的に告げた言葉に、ナタリアは肯く。
相手にも火力がないとは言え、1人では分が悪い。
すかさず入口付近を囲うように光縛封を設置した。これで時間は稼げるし、弟や屋根上の仲間からの攻撃も間に合うはずだ。
その間にセリオを――と考えた矢先、派手に窓をぶち破る音がした。
●
セリオがキリアンからの攻撃を受けた直後には、ロドリックが窓の内側にアイアンウォールを張っていた。これで何よりも強力なバリケードが張られたと言っていい。
するとセリオは強硬手段に出た。すでにバリケードが作成されている窓を、中にあるものごとチェーンネットでぶち抜いたのである。
「あーあーやってくれんな、これ後で片付けんの大変だろうに」
部屋に入ってきたセリオを見、サイラスが呆れたように言う。
ついで、さらなる挑発の言葉を発した。
「おめでとう。君達は今ドン・ゴーフル含めてブラックデス全ゴブリンが、『自分の感情と欲に身を任せて』、理性を持ってではなく『己らのルールを押し付ける事でしか』生活できない『蛮族』という証明になったぞ」
――その言葉を受けたセリオは、フェイクカバーを解いた。
昼間は穏やかな表情を浮かべていたホブゴブリンの目は、今はとても冷たい。
「これは僕たちの感情でも欲でも、ましてドン・ゴーフルやサチコ様のものでもない。ゴブリンたちの『在るべき姿』として、つけなければいけないケジメだ。それが理性でなくて何だと?」
『在るべき姿』。皮肉にも、彼が発したその言葉はイダ・バルダスがゴブリンたちに刻印越しにけしかけた時に告げたものと同じだった。意味していることは、おそらくは真逆に近いが。
これ以上話すことはないとばかりに、セリオは構える。
今の僅かな間で、隠し階段の所在を察知したのだろう。視線が一度、そちらに向いた。
その一瞬が彼にとっての命取りだった。
「行かせん!」
本来の得物を装備していたロドリックがすかさずアーケインテンペスト改を放ち、屋内だろうと関係なくセリオの周りには稲妻のような光が荒れ狂う。
「魔法使いだったのか……!?」
「……だまし討ちがシーフの専売特許だと思わないことだな」
眼鏡をくい、と上げながらロドリックは言う。
こうなると、セリオにとっては非常に分が悪い。それでも足掻くべく動こうとしたが、
「とっとと死ね」
刀に極限までエーテルを集中させたサイラスは、それを思い切りセリオの脳天に叩きつけた。
●
ナタリアの目論見通り、光縛封が設置されている間に屋外の戦場はテオフィル宅入口周辺にほぼ固定された。
シーフたちからすればセリオが開けた風穴へ向かいたかったろうが、すぐに屋根上からの邪魔が入ったのである。
まだホライゾナルジャンプを使用できる者もいたはずだが――その前に屋内から轟いた轟音と、
「……終わったぞ。テオフィルさんには悪いが、大分荒らしてしまったが」
入口から普通に出てきたロドリックの言葉で大凡の状況を察したらしく、一瞬戦意が削がれたようだった。
当然、そのスキを見逃す冒険者たちではなかった。
●
セリオはかろうじて生き残ったが、勿論捕縛された。他の黒装束もである。
朝にすべての事情を知ったカリサは――硬い表情を浮かべたままのセリオの頬を思い切り叩く。
乾いた音が、あたりに響いた。
「どうしてさ。どうして、もう元に戻っているアニセトたちを殺そうとする必要があった?」
「戻っているわけじゃない。イダの刻印による支配を、今は抑え込まれてるだけ。元凶が消失してはいないから、またいつどうなるか分からない」
「……だとしても、アニセトはあんたにとってだって」
「家族だと、今でも思ってるよ。だからこそまた暴走するなんて見苦しい姿は見たくなかったし、それでカリサに何かあるなんてことはもっと辛い」
いつも通り気丈に振る舞おうとするものの若干涙声になっているカリサに、セリオは普段と変わらぬような――それでいてどこか空虚な笑みを浮かべながらそう告げた。
そのやり取りを少し離れた場所で聞いていたテオフィルは、冒険者たちに向き直った。
「何にせよ、家族が家族を傷つけるなんてことにならなくて、本当に良かった。ありがとうございます」
そう穏やかに礼を述べてから、静かに目を伏せる。
「あの時の僕も――」
「? どうしました?」
「……いえ、何でもありません」
首を傾げたキリアンに対し、テオフィルは首を小さく横に振った。
マスターコメント
ミドルシナリオ難しい 報酬:多い6 / 6〜8人
2023年01月08日 11時25分33秒 公開
相談掲示板
冬になって、本業が落ち着いたからこちらで稼ごうと思ったら、厄介なことになっているな。 ゴブリンを特にどうと思うところはないのだが、……大変だな、とは思うよ。 とりあえずざっと見て、私が状況から察することができそうなのは、セリオが怪しいということくらいか? ゴブリンを助け出しに来た場合、殺しに来た場合の両方が考えられる、気がする。 自分たちの意に沿わぬテオフィルやカリサの身柄を狙っている可能性も考えたいが……。 いずれにせよ、守るべき場所の第一はテオフィル宅なのは動かないな。 夜より前に、何かしらセリオから聞き出せたり、あるいは村の周囲に痕跡があったりするだろうか。 (PL発言で失礼いたします。OPを見るに、PL情報とPC情報で乖離がありそうなので、夕方以前に少し調査をしたいと思いました。もしかしたらリプレイで描写がない無駄行動になるかもしれないので、お誘いはしにくいのですが、当方の行動方針の表明まで)
ははっ!そうだろ?中々おもしれえことになってきたよな! いや助かったぜ、マジで俺しか警備してねえのかと思ってたからよ。 シーフのナハシュだ。よろしく。定員数来るといいな。 基本的にはセリオの家を固めつつ、人数に余裕があれば散会してくる奴の索敵や対応を入れられればッて感じなのかね。夜だから視界確保のための暗視系か、いっそエンライトなんかで明るくしちまってもいいのかな。黒装束なら逆に目立つかもしれねえ。 テオフィルからある程度の情勢を聞いてんなら連中がとりあえず暴走ゴブリンを処分したい事と、これまでのセリオの行動が明らかに怪しいのは事前情報で解るだろうし、異様なほど念入に調べてる奴が何もないわけねえからな、事前に調べて根拠の材料を作るのも賛成だ。
どうも、シューターのキリアン・フィッツジェラルドと申します。 今回の依頼はゴブリンたちの暗殺を阻止するとの事で、屋外の警備役に立候補に来ました! Lv40のシーフ特性を修得となりますと、ブリズムシャドウのように位置の入れ替えによる強引な突破も考えられますから、それを仮定すると着実に頭数を潰していくという事は地道ながらも有効なのかもしれません。 或いはフェイクカバーで僕達のうち誰かに、あるいは村人に変身して合法的に地下室に辿り着くという手も? 他にもシーフは3人居ますから、「抜ける」という事に関してはセリオ程ではないにせよ、それでも練度はそれ相応に高いとみていいでしょう。 という訳で、夜という時間帯ですから汎用スキルは暗視はまず持って行くとして、もう1つはホークアイとの併せ技で看破を持って行こうかと思います。 屋内と屋外との連携という意味ではテレパスも捨て難いものですけども…… 特性ですと、パッシブをカタパルト3とデスストーカー2にした上で真ハーツペインショットでセリオの回復効果の妨害を図ったりする事は固まってますが、もう1枠は孤高者の捜波とリンク2+ゴリラのどっちにしようか…… こればかりは他の参加者次第でしょうか。
あと3人、揃ってくれると良いのだが。 当方はレベル的には27と低いので、足止めに回る所存だ。 シーフの突破を防ぐという意味では、アーケインやアイアンウォールを用意しておこうか。必ず敵が通る場所、テオフィル宅の入り口なり地下への階段なりにおくのが良いか、それともそこにたどり着かれる前に迎撃できるならばその方が良いだろうか。 暗視についての注意喚起も感謝する。忘れぬようにしよう。
No.5
サイラスだ、後一人足らんがよろしくなー とりま俺は暗視と看破かねー 後は屋内行こうか。ヴィクトリーソングとカバリング持ち込むかなーとは。殺界はプリズムシャドウで外れられて、イニシアチブの差で強引に抜けられるとどうしようもなくなるし、回避率上げてくるなら回避を認めなければいいやと。 後は割符なり合言葉なりやっとく?
ヒーラーのヨル・スレイマン。宜しくね。 いやあ、シーフとシューターの組み合わせ嫌だなあ!( 事前に調査を入れるのはとても良さそうなので俺もしておく。 現行、テオフィル君の共有もあるので「地下室に隔離されているゴブリンたちの暗殺を目論んでいる」ところまでは予測が立ちそうだし、なんとか北東から来ることまで感付けたらいいのだけど。 足止めとしては光縛封があるのだけど、相手のシーフがレベル30以上でホライゾナルジャンプが持てることを考えると、高さ20mの結界はあまり有効ではないかもしれない。シューターには一応効くだろうし、移動力の削減にはなるはずなのでその辺も踏まえて持っていくかどうかを決めるよ。 汎用は多分一つは暗視にする。割符なんかは必要があればやるようにはしておくね。調査の情報共有の時なんかも少し気をつけた方がいいかもしれない。 辿り着かれる前に迎撃して数を減らすのが一番だとは思うけど、最終的には地下室付近か地下室で戦うことにはなりそうだから、オブジェクトについてはテオフィル宅で使うのがいいようには思うけどどうだろうね。
プリズムシャドウが死ぬほど面倒癖えな!!フェイクカバーの線も考えるなら割り符もあったほうがいいかもしれない。やるなら書いておく。 オブジェクトに関しても同じくテオフィル宅がいいと思うな。 特に1階の高さによっては天井との隙間的に完全に通れなくなるかもしれねえから、壁系は入り口辺りすごい効果的だと思う。光縛封も室内で使えるなら閉じ込められた時点で天井につっかえることになるからありなんじゃねえか。 あとは襲撃を察知した段階でテオフィルにも屋根から射撃してもらいつつ、上からエンライトで宅周囲を照らして貰ったらもうそれだけで接近してくる黒装束をあぶり出せると思うんだがどうだろうな。下で作って明るいところと暗いところ作って誘導してもいいんだが。 こいつも前回依頼で35レベルのシューターと書かれているから、相当やると思うぜ。 俺個人としてはとりあえず外かな!暗視で視界確保、宗波と戦術眼で索敵とマークで位置を把握しつつ相手側の予測をしやすいようにしておこうと思う。残りの特性については攻撃重視で真トリプルファングにするか、抜けられた再徹底してついていけるようホライゾナルジャンプにするか考え中だ。
割符については了解した。この後更新できるかわからないので、今のうちに書いておこう。 今のところ、キャスターは私一人のようだ。 一つスキル枠を潰すのはもったいないのだが、杖は常時マジカルポケットへ入れて剣を持ち、普段からシーフのふりをしようと思う。 相手が人間であるなら、攻め込む前にこちらの警備情報を調べるだろうことは予測できる。キャスターがおらず、アイアンウォールやアーケインといった移動の阻害方法をこちらがもたないと考えている相手の意表をつければ、突破してくる敵の一手の時間を稼げると期待している。 待機場所は、地下室への入り口のある部屋とし、誰か突入してきたらアイアンウォールで塞ぐつもりだ。相手がその破壊に手間取ってくれればありがたい。
>エンライト やるなら俺がやっておこうか。割と何をやっても目立つし、比較的丈夫なのでちょうどいいかもしれない。その際テオフィル君は別のところから敵を撃ってもらった方が的確かも。 いっぺんに全員来るとは限らないし、相手の構成を考えてもいっぺんに足止めするのは厳しいと思う。 できるだけ確実に数を減らしていきたいね。テオフィル宅前と1Fの段階で半数くらいにできたらいいなあ⋯⋯。 あとは6人揃うといいな! 当日は宜しく頼むね。
ちょっと、禁じ手じみた手になりますが、このままだと定員に満たない可能性がありますので姉さんにも参加して貰いました。 セリオの特性上、室内戦をも想定してBS解除の担い手はもう1人居るに越した事はないと思いますので。 姉さんからは記憶力と看破を以って対フェイクカバーに動きつつ、地下室のゴブリンたちに危害が及んだ際の保険にスケープセイントを使うつもりです。
No.12
多分だけど動物見つけたら片端から殺した方良いだろなーとも。特にリスとか小動物系。プリズムシャドウで交換できる対象かは知らんがそのまんまでもシューターの性能で飛んで来られると面倒臭い。 まあ余裕があったら書いてもらう感じかなと。