【究石】You、切り札託しちゃいなYo!
革酎
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シナリオID:2562
オープニング
●小型凝黒紋具
元帝国魔導院エスタル支部長クライス・アクバーは、崩壊したシルトラース帝国の一部の都市を襲った巨大な樹木型クリーパー、即ち幽界樹打倒の切り札として、黒い霧を岩状の物質に変換する大気清浄装置『凝黒紋具』を開発・製造することに成功した。
内部にエーテル石を内蔵し、その圧倒的なエーテル量を駆使して一定範囲内の黒い霧を黒い岩石状の個体に変換するという代物である。
ケンタウロスの聖地にてエーテル石採掘の交渉に臨み、見事彼らを説得することに成功したクライスは、そこで得られたエーテル石を20台の凝黒紋具(正式には本格式凝黒装置という)に組み入れた。
既に二台は帝国南西の都市ガークハーグ解放戦に充てられたが、残り18台はヴィントに於いてレイウェスト・バルダスの管理下に委ねた。
これら凝黒紋具はいつの日か、帝国内各地に出現している幽界樹打倒の為に大車輪の働きを見せることになるだろう。
ところでクライスはこれら20台の本格式凝黒装置とは別に、小型の凝黒紋具を製作していた。
通常の本格式凝黒装置は大きめの竈程のサイズがあり、荷馬車を利用して移動させなければならない。これに対して小型凝黒紋具は小指の先ほどの大きさのエーテル石を、内部が空洞の紋具内に収めた品である。
装着方法は個人の自由で、ペンダント、指輪、イヤリング、乳首ピアス等々何でも良い。
ちなみにクライス・アクバーが自分専用に作ったのは黒眼鏡型。愛用の黒眼鏡の右フレーム部に装飾品という形で貼り付けたものである。
黒眼鏡型にしたのは単純にクライスの趣味だったらしい。
この小型凝黒紋具は製法が難しく、量産が利かない為、製造数は現時点で三個に留まっている。
しかし本格式凝黒装置の約半分程度の性能ながら、対幽界樹戦に於いてはいざという時のセーフティー的な使用が可能となる。いわば緊急時の為の切り札という訳だ。
一個は上述した通り、クライスが黒眼鏡型として自分専用に装着しているが、残り二個はまだ使用者が決まっていない。
そこでクライスはこの二個を誰に託すのかについて、冒険者を招いての意見交換会を開催しようと考えた。
預ける本人ではなく冒険者の意見を募ろうと考えたのは、当事者であれば我も我もと小型凝黒紋具の使用権を主張するばかりで、議論が平行線になる可能性があったからだ。
飽くまでも第三者として、公平な視点での議論を交わしたい。
それがクライスの望みだった。
●熱いお茶でも啜りながら
シルトラース帝国南部鎮守都市ヴィントの冒険者ギルド近くにある、某公会堂。
その中の大会議室でクライスは教え子のリーヴァー・シュランドルと卓を挟み、小型凝黒紋具委託先候補者リストに目を通していた。
「こうして見ると、帝国関係者って案外少ないわねぇ……でも先生、良いの? 普通に考えたらバルディオン将軍やレイウェスト殿下に預けるのが妥当なところなんじゃない?」
「平時ならばな……しかし対幽界樹戦の今後の展望を考えれば、必ずしもこの御両名が最適とは限らん」
小型凝黒紋具は対幽界樹戦の最前線に於いてこそ、初めてその存在価値を持つ。基本的には後方に控えるであろうバルディオンやレイウェストでは、宝の持ち腐れになってしまう可能性が高い。
しかし小型凝黒紋具を使用しなければならない状況というのは、余程に危機的な局面に陥っているともいえるだろう。そういう意味では、上述の両名に持たせておくというのも一理ある。
「いずれにせよ、常に最前線で戦っている冒険者達の意見を拝聴しよう。彼らなら最適と思われる人物の名を出してくれるかも知れん」
そうこうするうちに、意見交換会への参加を希望した冒険者が三々五々、会議室内に集まり始めてきた。
リーヴァーは立ち上がると受付卓へと席を移し、参加者たる冒険者達の受付手続きを始めた。
一方のクライスは手ずから人数分の湯飲みをトレイに並べ、シャルガネ産の熱い昆布茶を注いでゆく。
お茶請けにはみたらし団子とおはぎが供されるのだが、これらはいずれもクライスの独断で決めたものだ。要はクライス自身の好みをそのまま反映したおもてなし、ということらしい。
「先生……妙な甘味に目覚めちゃったわね」
「シャルガネにこんなに美味い菓子があったとはな。目から鱗だ」
リーヴァーに苦笑を返しながら、クライスは各席に湯飲みとお茶請けの皿を並べていった。
元帝国魔導院エスタル支部長クライス・アクバーは、崩壊したシルトラース帝国の一部の都市を襲った巨大な樹木型クリーパー、即ち幽界樹打倒の切り札として、黒い霧を岩状の物質に変換する大気清浄装置『凝黒紋具』を開発・製造することに成功した。
内部にエーテル石を内蔵し、その圧倒的なエーテル量を駆使して一定範囲内の黒い霧を黒い岩石状の個体に変換するという代物である。
ケンタウロスの聖地にてエーテル石採掘の交渉に臨み、見事彼らを説得することに成功したクライスは、そこで得られたエーテル石を20台の凝黒紋具(正式には本格式凝黒装置という)に組み入れた。
既に二台は帝国南西の都市ガークハーグ解放戦に充てられたが、残り18台はヴィントに於いてレイウェスト・バルダスの管理下に委ねた。
これら凝黒紋具はいつの日か、帝国内各地に出現している幽界樹打倒の為に大車輪の働きを見せることになるだろう。
ところでクライスはこれら20台の本格式凝黒装置とは別に、小型の凝黒紋具を製作していた。
通常の本格式凝黒装置は大きめの竈程のサイズがあり、荷馬車を利用して移動させなければならない。これに対して小型凝黒紋具は小指の先ほどの大きさのエーテル石を、内部が空洞の紋具内に収めた品である。
装着方法は個人の自由で、ペンダント、指輪、イヤリング、乳首ピアス等々何でも良い。
ちなみにクライス・アクバーが自分専用に作ったのは黒眼鏡型。愛用の黒眼鏡の右フレーム部に装飾品という形で貼り付けたものである。
黒眼鏡型にしたのは単純にクライスの趣味だったらしい。
この小型凝黒紋具は製法が難しく、量産が利かない為、製造数は現時点で三個に留まっている。
しかし本格式凝黒装置の約半分程度の性能ながら、対幽界樹戦に於いてはいざという時のセーフティー的な使用が可能となる。いわば緊急時の為の切り札という訳だ。
一個は上述した通り、クライスが黒眼鏡型として自分専用に装着しているが、残り二個はまだ使用者が決まっていない。
そこでクライスはこの二個を誰に託すのかについて、冒険者を招いての意見交換会を開催しようと考えた。
預ける本人ではなく冒険者の意見を募ろうと考えたのは、当事者であれば我も我もと小型凝黒紋具の使用権を主張するばかりで、議論が平行線になる可能性があったからだ。
飽くまでも第三者として、公平な視点での議論を交わしたい。
それがクライスの望みだった。
●熱いお茶でも啜りながら
シルトラース帝国南部鎮守都市ヴィントの冒険者ギルド近くにある、某公会堂。
その中の大会議室でクライスは教え子のリーヴァー・シュランドルと卓を挟み、小型凝黒紋具委託先候補者リストに目を通していた。
「こうして見ると、帝国関係者って案外少ないわねぇ……でも先生、良いの? 普通に考えたらバルディオン将軍やレイウェスト殿下に預けるのが妥当なところなんじゃない?」
「平時ならばな……しかし対幽界樹戦の今後の展望を考えれば、必ずしもこの御両名が最適とは限らん」
小型凝黒紋具は対幽界樹戦の最前線に於いてこそ、初めてその存在価値を持つ。基本的には後方に控えるであろうバルディオンやレイウェストでは、宝の持ち腐れになってしまう可能性が高い。
しかし小型凝黒紋具を使用しなければならない状況というのは、余程に危機的な局面に陥っているともいえるだろう。そういう意味では、上述の両名に持たせておくというのも一理ある。
「いずれにせよ、常に最前線で戦っている冒険者達の意見を拝聴しよう。彼らなら最適と思われる人物の名を出してくれるかも知れん」
そうこうするうちに、意見交換会への参加を希望した冒険者が三々五々、会議室内に集まり始めてきた。
リーヴァーは立ち上がると受付卓へと席を移し、参加者たる冒険者達の受付手続きを始めた。
一方のクライスは手ずから人数分の湯飲みをトレイに並べ、シャルガネ産の熱い昆布茶を注いでゆく。
お茶請けにはみたらし団子とおはぎが供されるのだが、これらはいずれもクライスの独断で決めたものだ。要はクライス自身の好みをそのまま反映したおもてなし、ということらしい。
「先生……妙な甘味に目覚めちゃったわね」
「シャルガネにこんなに美味い菓子があったとはな。目から鱗だ」
リーヴァーに苦笑を返しながら、クライスは各席に湯飲みとお茶請けの皿を並べていった。
解説
状況:
PCの皆様はクライス・アクバーの依頼を受けて、ヴィントの某公会堂内の大会議室を訪れたところからスタートして頂きます。
ご参加下さった皆様は、未だ委託相手が決定していない二個の小型凝黒紋具を誰に渡すのがベストなのかについて、クライスに意見具申して下さい。その内容によって、クライスは適切な委託相手を考えます。
但し今回は飽くまでも意見交換会であり、その場で委託相手を決定する訳ではありません。
尚、委託先となる人物は基本的にPCの味方として登録されているNPCですが、自由設定欄に
・担当:運営
・担当マスター:アルパカコネクト運営
のいずれかが記載されているNPCに限られます。
また、非登録NPCでも委託先候補に挙げることは可能ですが、その場合でもMS個人担当のNPCは除外されますのでご注意下さい。
現在の候補:
レイウェスト・バルダス
バルディオン
アナンディーン
他数名
NPC:
クライス・アクバーとリーヴァー・シュランドルの二名が登場します。
マスターより
皆様、こんにちは。
今回でいよいよ、【究石】連作は最終回となります。
これまでに対幽界樹打倒の切り札である凝黒紋具は完成しており、後は運用段階へと進みつつあります。
が、その前にひとつだけ決めておかなければならないことがあります。それが今回の小型凝黒紋具委託相手の決定です。
今回は飽くまでも意見交換会ですので、その場で誰に託すのかが決まる訳ではありませんが、クライス先生の判断根拠に対して大きく影響することになりますので、皆様も是非この人物に預けたいと思うNPC名を、しっかりとした理由を付けて提案してあげて下さい。
それでは、ご縁が御座いましたら参加のご検討を頂けますと幸いです。
リプレイ
●難しい選択
シルトラース帝国南部鎮守都市ヴィントの冒険者ギルドから、歩いて数分。
石造りの某公会堂内には幾つもの大会議室があるが、そのうちのひとつを借り上げた元帝国魔導院エスタル支部長クライス・アクバーは、呼びかけに応じて集まってくれた冒険者達に冒頭、今回の意見交換会の趣旨を説明すると共に、態々足を運んでくれたことについて謝辞を述べた。
集まった冒険者は全部で八名。
いずれの席上でも熱い昆布茶が注がれた湯飲みが白い湯気を上げ、更にはみたらし団子とおはぎを乗せた小皿が配られている。
基本的には飲食自由とのことだった為、フレイヤ・サンライズなどはクライスの説明が始まる前から早々に甘味へと手を付け、美味そうに頬張っていた。
そんな中、サイラスは何やら手元の紙にさらさらとペン先を走らせている。
意見交換会ではあるが、必ずしも弁論は必要ではなく、意見だけをメモ書きに記して提出すれば宣しかろうというのが彼の考えだった。
しかし折角だからということで、昆布茶と甘味だけは頂く。軽く小腹を満たしたところで、サイラスはクライスの説明が終わると同時に、早々に立ち上がった。
「あら、どうしたの?」
大会議室入り口の受付卓に陣取っていたリーヴァー・シュランドルが驚いた様子で小首を傾げた。
「意見だけなら、紙に書いて退出の方がひとりにかかる時間と労力がかからんだろうと思うんで」
「駄目。貴方、言葉足らず過ぎて意図がよく分からない時があるのよ。ちゃんと話して貰わないと先生、納得しないから。はい、そこ座って」
リーヴァーにぴしゃりと拒否され、今度はサイラスの方が驚いた。
サイラスとしては非帝国民である自分が意見することで、内政干渉になるのではという危惧もあった様だが、リーヴァーはそこは考えなくて良いとかぶりを振った。
「だって貴方、他国の代表でも何でもないでしょ? だったら内政干渉にはならないわよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
そこでサイラスは次なる理由として、ひとが多いから迷惑なのではと訊いてみたが、リーヴァーはだだっ広い大会議室内を目線だけでぐるりと見渡してから苦笑を返した。
「十人しか居ないじゃないの。これだけガラガラなんだから、迷惑だなんて誰も思ったりしないわよ」
こういわれてしまっては、流石にサイラスもぐうの音が出なかった。
一方、リーヴァーはサイラスが記した候補者名を軽く読み込んでから、アルマ・ヴァレンタインと話し込んでいるクライスの側へと歩を寄せた。
「あ、だ……じゃなくてリーヴァーさん、この前ぶりー」
かつてはロモズ歩兵団で団長と隊長という間柄だったリーヴァーとアルマだが、今はその関係も解消され、お互いに対等な一冒険者同士だ。
それでもアルマの側には未だに団長当時のリーヴァーのイメージが多少残っているらしく、気を抜いているとつい団長呼ばわりしそうになる。
リーヴァーもそこは十分に心得ており、アルマがいい間違えそうになっても苦笑を返すばかりで、別段気に留める様子は無かった。
ところで、とリーヴァーがサイラスの挙げた候補者二名の名を伝えると、クライスはサングラスの奥で渋い表情を浮かべた。
というのも、その候補者二名のうちのひとりが、たった今アルマが提示した人物と被っていたからだ。
「あ、やっぱクーネさん推しって他にも居たんだ」
アルマの表情が明るくなった。彼女が推薦した委託先候補者のひとりが矢張り同じく、クーネだったのだ。
しかし、クライスの表情は今ひとつ乗り気ではなさそうである。何故だろう。
「だってさ、前にもつよつよ剣で別のところの幽界樹をバッサリやった実績もあるしね」
というのがアルマがクーネを推す理由だったが、クライスは矢張りどこか渋っている。何が気に入らないというのだろう。
「それはやっぱり……素性が明らかではないのが一番大きいんじゃないかしら」
隣の席で昆布茶を啜っていたアウレーリア・フォン・ネーベルベルクが、小さく肩を竦めた。
如何に実力と実績があっても、帝国の行く末を左右するかも知れない重要装置を、出自も正体も不明な輩に託すのは明らかにリスクが高過ぎる。
アウレーリアですらそう考えるのだから、クライスがより慎重になるのも無理からぬ話であろう。
「まずは幽界樹領域に突入し得る関係人物……そういう意味ではクーネ様は該当するけど、帝国の新兵器に属する紋具を預け得る信頼があることも重要だろうから」
そういう意味では、クーネは問題が多過ぎる。
そもそも彼女がメドゥの指先ではないと、誰が保証し得るのか。
「うーん、そっかー。じゃあ、アダムさんは?」
過去に帝都へ潜入した実績がある上、単独で諸々の工作を実行可能な数少ない人物だとして、アルマはゴールディ所属のゴブリンの名を挙げた。
これにはクライスも、一考の余地ありだとして手元のメモ帳にその名を記した。
●乳首クエスチョン
サイラスが記した候補者のうち、もうひとりはバルディオン将軍だった。
ヴァイセントラフ砦守将であると同時に、南部鎮守都市ヴィントの太守でもある。何より、ヴィント解放戦に際しては自ら前線に立っている。このことから、彼が必ずしも後方に鎮座して戦況全体を見るばかりの人物ではないことは、多くの冒険者達の知るところとなっている。
ここでクライスはサイラスを席に呼びつけ、バルディオン推薦の理由を直接その口から説明させた。
「まぁ実力もあるし、奪われにくさからいったら妥当かな、と」
単騎突入能力もあれば、全体を指揮する技量にも秀でている。最前線への投入が必要であれば、バルディオンが信頼する部下にその場で預けるというのもアリだ。
クライスも当初はバルディオンが筆頭候補だったが、最前線への小型凝黒紋具投入のタイミングに問題が発生し得るのではという懸念から、優先順位を迷っていた部分もある。
しかしサイラスの説明を聞く限りでは、その心配も無さそうではあった。
「バルディオン将軍なら、我も一番に推したい」
すると、それまでみたらし団子を頬張るばかりで口を挟もうとしなかったベルク・オスマットが、ここで初めて意見を述べた。
「我が今のところ挙げられるのは、バルディオン将軍とレイウェスト殿下のおふた方かな」
曰く、バルディオンはリーンエス王国とシルトラース帝国の結節点であるヴィントの太守であるし、ヴァイセントラフ砦の守将でもあることから、万が一があった際に必要と思われるというのが第一義。
しかしレイウェスト・バルダス推薦理由の説明に際しては、一瞬言葉を濁しかけた。
「まぁ、何というかな……殿下はある意味、何をするか分からず身軽に動かれるので、何かあった際に自衛の為にも、持っておられた方が良いのではと考えた次第」
みたらし団子を平らげた後に続けて、大きなおはぎをもぐもぐと咀嚼するベルク。熱い昆布茶が餡子を中和させて、程良く美味い。
そのベルクの後ろの席で、ミゼリア・L・ステュクスは妙に瞳を輝かせていた。
ベルクがレイウェストとバルディオンを推薦したことに感動した――訳では無く、甘味と昆布茶の絶妙なコラボレーションにひとり感極まっていたのだ。
そのミゼリアが最初に印象深い人物として挙げたのが、まさかのメドゥの指先、呪殺公主だったというからクライスもリーヴァーも何ともいえぬ表情を浮かべるしか無かった。
「……すみません。せっかく、呼んでいただいたのですが……あまり、おやくにたてないかも……しれ、ません……」
とはいうものの、ミゼリアもレイウェストとバルディオンが小型凝黒紋具を所持すれば、それはそれでメリットがあるとの意見を口にした。
矢張り何といっても前線に出る可能性が高く、且つ実力者であること。そういう人物であれば、自分達としても安心出来るというのがミゼリアの率直な意見だった。
そして小型凝黒紋具が残りあとふたつあるならば、ひとつは前線、そしてもうひとつは戦場後方での温存でも良いのではないかとも告げた。
これは実用云々の話ではなく、後方にもうひとつ、切り札が控えているという兵士達の心理的安心面を考慮すれば、その意味が分かるというものである。
そういう思案から、レイウェストとバルディオンが委託相手として相応しいというのである。
確かにその意見にも、一理ある。
クライスは思いの他、ミゼリアから説得力のある意見が飛び出してきたことに、半ば感心し、半ば驚きの念を滲ませていた。
「あの……ところで……ちくびピアス……って、何ですか?」
ピアスは耳にするものだとギルドで教わった、とミゼリアはいう。そんな彼女からすれば、何故乳首にピアスなのかという疑念が湧くのも当然だろう。
ここでクライスは恐ろしく迷惑そうな顔つきで、じろりとリーヴァーを睨んだ。
「あ、ごめん。それいい出したの、私」
どうやら、エキセントリックな装着方法を考えていたら不意に思いついたということらしい。
●象徴としての凝黒紋具
しかしレイウェストを推薦する声は、他からも上がった。
ひとりはアウレーリア、そしてもうひとりはナハト・シュライバーからだった。
「矢張り、今後の帝国復興を考えた際に、殿下にお持ち頂いた方が……帝国を蝕んだ幽界樹を打ち払った力の象徴として、国を纏める原動力になり得るかと」
ナハトもまたミゼリアと同じく、小型凝黒紋具の機能面ではなく。象徴面での効果を口にした。
同時に、いざ本当に必要となった場合にはレイウェストから最前線に立つ者に下賜するという方法もある。それはミゼリアがバルディオンの場合で述べたことと主旨は同じだ。
レイウェスト自身が最前線に立つケースもあり得るから、そういう場合でも矢張りレイウェスト所持が望ましいというのが、ナハトの意見だった。
それはいうなれば、中・長期的視点から見た提案ともいえる。目の前の問題を解決するだけでは、色々と足りないということをいいたいのだろう。
「成程……その意見も確かに、捨て置けぬ観点だな。象徴としての凝黒紋具か。その発想は無かった」
クライスはナハトとミゼリアが示した新たな視点に、静かに唸った。
研究者として、己の開発物については常に実用主義を謳ってきたクライスにとって、所謂政治的な観点が少しばかり欠けていたのかも知れない。
「で、もうひとつの預け先は?」
「はい、僕はアナンディーンさんが適切かと」
アナンディーンは冒険者ギルド代表として挙げた、というのが推薦理由だった。
中立且つ前線で問題無く使用出来る人材としては、確かに妥当なところであろう。
「アナンディーンね。それも悪くないかも」
とは、アウレーリアの弁。
しかしながら、アウレーリアはレイウェスト推薦以外は、特に決めていなかった。強いていうならば保留、或いは共用化も視野に入れていたのだという。
「でもやっぱり第一は殿下ね。黒い霧を出すのが幽界樹のみとは限らないし、もし向こうから出向いてくる可能性もあるなら尚更……御身自ら帝都に突入という線も、あり得なくないと思うし」
「何故、そう思う?」
クライスは、敢えて訊いた。アウレーリアの応えを半ば予想しながら。
そしてアウレーリアは確信を抱いた様子でそっと声を搾り出した。
「それは矢張り……恐らく相手がかつての従者と、母君だから、かしら」
自分自身の心の決着の為にも、きっとレイウェストならそうするだろうというのが、アウレーリアの意見だったが、隣で聞いていたナハトも、アウレーリアのいわんとしていることは素直に理解出来た。
確かに、レイウェストならその様な行動に出てもおかしくない。皇帝ヨゼフ・バルダスとの会談にも打って出る様な人物だ。以前とは比較にならない程に芯がしっかりしてきている。
帝都シルトラースの幽界樹討伐に際しても、先頭を切って突入してゆく可能性は大いにあった。
「矢張り政治的にも、そして物理的な安全面でも、殿下にお持ち頂くのが良い様な気がするな……」
ベルクの半ばボヤきに近いそのひと言に、アウレーリアもナハトも苦笑を禁じ得なかった。
「では当初の想定通り、矢張り殿下と将軍に決まりか」
クライスがある程度考えを纏め始めた時、ここで漸くミア=リゼルが口を開いた。
実のところ、彼女が推薦するのはレイウェストでもバルディオンでもなかった。だからここまでの話の流れをじっくりと見極め、どのタイミングで提案すべきかと熟慮を重ねていたらしい。
「唐突ではあるのですが……セニャさんと、コンラート太守は如何でしょう?」
ここでミアが提案したのは代官セニャ・リーラントと、オルセン太守コンラート・マフダルの両名だった。
クライスとリーヴァーは、思わず顔を見合わせた。
コンラートは兎も角、セニャに関しては全く知見が無かったからだ。
●意外な推挙
セニャ・リーラントは、本名セニアーラ・リーラント。
無論、この事実はクライスもリーヴァーも知り得ないところであったが、ミアが知る帝国内の活動者としてはこのセニャと、そしてコンラートのふたりぐらいしか思いつかなかったという。
しかしコンラートは兎も角、セニャに関してはクライスは再び、渋い表情を浮かべた。理由はクーネの場合とは若干異なるものの、矢張り出自不明、正体不明の者は信用出来ないというのが一番の難点だった。
そもそも、そのセニャなる人物が幽界樹討伐戦に参戦する可能性があるのか。
その点が何より不明だった。
「悪いが正体不明、且つ幽界樹討伐戦への参戦可否も分からない相手に託すことは出来ない」
そしてコンラートへの委託も、クライスとしては避けたいというのが本音だった。
「マフダル太守は少々、クーネなる人物に入れ込み過ぎている。そこがどうも、俺の目には危険に映る」
矢張りクライスにとっては、クーネの真意が読み取れないのが一番のネックらしい。そのクーネと親しいという点だけでも、コンラートへの委託は厳しいという意見だった。
そして意外にも、ベルクも同じくコンラートは推せないときっぱりいい放った。
「コンラート将軍も考えんではないが、以前ならまだしも、皇帝と皇姫が確認されてしまった以上、旗色が明確でない彼に預けるのはリスクが勝ってしまう……本来、オルセンの旗下にあるべき防人がいってはならんのであろうが」
ベルクの意見も、尤もだ。
クーネ、或いはヨゼフ・バルダスやイダ・バルダスの側に倒れる可能性がある者は、凝黒紋具を預ける相手としては相応しくないというのが、クライスやベルクの一致した意見だった。
しかしミアは別段、気分を害した風でも無く、寧ろそこまで深く考えているのかと、クライスやベルクの思慮に感心する様子を見せた。
「ところでこのお菓子、美味しいです。シャルガネのものでしょうか?」
ミアがおかわりを希望すると、リーヴァーが受付卓隣の机に積み上げられている木箱から、更にもうふた皿、ミアの為に甘味を取り出した。
実は結構な数が余っているから、好きなだけ食べて良いらしい。
リーヴァーの説明を聞くや、ミゼリアとフレイヤが揃って木箱の蓋を開けた。成程、確かに結構な量がまだまだ残っている。これはお腹一杯にご馳走にならなければ、損だ。
「シャルガネの甘味は、リーンエスやシルトラースとはまた違った風味が楽しめる。特に、甘さの中に塩加減を隠し味として用いる技法は絶妙だな」
例えばみたらし団子も、醤油ベースの甘辛さがあって初めて、この旨味が引き出される。ただ甘いだけでは、ここまでの旨さは演出し得ないだろう。
「あ、コンラート太守といえば、シャルガネの旅館がお好きだそうですよ。また、温泉宿とかでゆっくりしたいものです。クライスさんとリーヴァーさんも、どうですか?」
シャルガネ居住区には異国情緒あふれる街並みが連なっている。その幽玄的な風景は一見の価値ありだ。
リーヴァーは帝国の問題が片付けば、一度はのんびりとシャルガネ旅行にしゃれ込みたいとまんざらでも無さそうだったが、クライスは何ともいえない表情。
どうしたのかと訊くと、シャルガネには曰く付きの敵が居るからと、どうにも踏ん切りがつかないらしい。
「天陽道とかいう連中でな。俺が奴らの術の原理を解明して今回の紋具製作に至ったことから、どうやら腹を立てているらしい」
暗殺組織『天陽道』の術式理論が、今回の対幽界樹戦切り札の基本原理となっている。
どうやらその事実を天陽道の側も察知したらしく、術式理論を暴いただけでなく、それを応用したことに対しては報復すべしとの機運が漂っている模様。
いうなれば、シャルガネ旅行は自分から危地に踏み込む様なものだった。
「でもどのみち、襲ってくるんじゃない?」
あっけらかんと笑うリーヴァーに、クライスは他人事の様に笑うなと文句を返した。
●示された方向性
ここで再び、サイラスが腰を上げた。
「もう帰って良いかな? 俺の意見の説明は一応、やるだけやったし」
「うん、良いわよ。お疲れ」
今度はリーヴァーも止めなかった。お土産にみたらし団子とおはぎを包んでやると、サイラスは三袋程手にして大会議室を出ていった。
「今の感じだと、レイウェスト殿下とバルディオン将軍で決まりかな?」
アルマが少しばかり残念そうに、リーヴァーとクライスの顔を伺う。自身の意見が通らなかったから、という訳ではなく、意外な人物が出てこなかったのが物足りなかった様だ。
例えばオルグレイ辺りに乳首ピアスを付けさせてみたらどうだろう、という様な奇天烈な意見が飛び出してきても楽しかったかも知れない。
後でシグモルの神徒に怒られるだろうから、アルマ自身は絶対に推挙はしなかっただろうが。
尚、次点としてはアナンディーンが第三の候補に挙がる模様。
レイウェストかバルディオンが固辞した場合には、アナンディーンに話を持っていくこともクライスは考えているらしい。
尚、アダムは連絡がすぐに取れる相手であれば良いのだが、ここ最近色々なところに飛び回っているとの噂も聞いている為、候補としては第四位辺りの優先順位になるとの由。
ともあれ、この日の意見交換会は一定の方向性を見定めることが出来たから、成功裏に終わったといって良いだろう。
「あ、ねぇ、まだまだ一杯残ってるから、皆で持って帰ってよ」
リーヴァーが木箱の蓋を開けて、参加者達に呼び掛けた。
待ってましたとばかりに、ミゼリアとフレイヤがそれぞれ用意された袋に、みたらし団子とおはぎを目一杯詰め込んでゆく。
ミアもおこぼれに預かったが、何故かクライスは持って帰ろうとはしていない。
あんなに大絶賛だったのに。
「要らないんですか?」
「俺も流石に歳だな……これ以上はちょっと、食えん」
中年男性たるクライスには、別腹という概念が無いらしい。
そんなクライスに、ナハトが幾分居住まいを正した様子で再び、声をかけた。
シルトラース帝国の解放は、いつ頃になるだろうかという予測をクライスに問いかけてみると、クライスはそう遠い将来ではないと応じた。
「俺の予測では遅くとも来年中には、帝都奪還戦に雪崩れ込むのではないかと思っている」
「来年……それは確かな目算でしょうか?」
ナハトが重ねて問うと、クライスはどうだろうなと肩を竦めた。クライスは飽くまでも、己が量産した本格式凝黒装置が早い段階で帝都シルトラース解放戦に投入されるだろうという予測で、その様にいっているに過ぎない。
帝国内には幽界樹だけではなく、帝国過激派やメドゥの指先といった敵も居る。それらを何とかしなければ、幽界樹討伐に着手出来ないだろうというのが、クライスの予測だった。
「そうだな……俺もそのうち、連隊仲間を探してみるか」
クライスのそのひと言に、ナハトは驚きを禁じ得なかった。
というのも、ナハトの兄は近衛連隊に所属していたからだ。そのナハトが、クライスが近衛連隊出身であることを知ったのは、この時が最初だった。
しかしクライスは、帝国東部鎮守都市エスタルで帝国崩壊に巻き込まれている。ナハトの兄に関しては、恐らく何も知らないだろう。
「先生、どこ行くの?」
「太守府だ。レイウェスト殿下とバルディオン将軍に、今回の意見交換会の結果を報告してくる」
それだけいい残して、クライスは大会議室を飛び出していった。
シルトラース帝国南部鎮守都市ヴィントの冒険者ギルドから、歩いて数分。
石造りの某公会堂内には幾つもの大会議室があるが、そのうちのひとつを借り上げた元帝国魔導院エスタル支部長クライス・アクバーは、呼びかけに応じて集まってくれた冒険者達に冒頭、今回の意見交換会の趣旨を説明すると共に、態々足を運んでくれたことについて謝辞を述べた。
集まった冒険者は全部で八名。
いずれの席上でも熱い昆布茶が注がれた湯飲みが白い湯気を上げ、更にはみたらし団子とおはぎを乗せた小皿が配られている。
基本的には飲食自由とのことだった為、フレイヤ・サンライズなどはクライスの説明が始まる前から早々に甘味へと手を付け、美味そうに頬張っていた。
そんな中、サイラスは何やら手元の紙にさらさらとペン先を走らせている。
意見交換会ではあるが、必ずしも弁論は必要ではなく、意見だけをメモ書きに記して提出すれば宣しかろうというのが彼の考えだった。
しかし折角だからということで、昆布茶と甘味だけは頂く。軽く小腹を満たしたところで、サイラスはクライスの説明が終わると同時に、早々に立ち上がった。
「あら、どうしたの?」
大会議室入り口の受付卓に陣取っていたリーヴァー・シュランドルが驚いた様子で小首を傾げた。
「意見だけなら、紙に書いて退出の方がひとりにかかる時間と労力がかからんだろうと思うんで」
「駄目。貴方、言葉足らず過ぎて意図がよく分からない時があるのよ。ちゃんと話して貰わないと先生、納得しないから。はい、そこ座って」
リーヴァーにぴしゃりと拒否され、今度はサイラスの方が驚いた。
サイラスとしては非帝国民である自分が意見することで、内政干渉になるのではという危惧もあった様だが、リーヴァーはそこは考えなくて良いとかぶりを振った。
「だって貴方、他国の代表でも何でもないでしょ? だったら内政干渉にはならないわよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
そこでサイラスは次なる理由として、ひとが多いから迷惑なのではと訊いてみたが、リーヴァーはだだっ広い大会議室内を目線だけでぐるりと見渡してから苦笑を返した。
「十人しか居ないじゃないの。これだけガラガラなんだから、迷惑だなんて誰も思ったりしないわよ」
こういわれてしまっては、流石にサイラスもぐうの音が出なかった。
一方、リーヴァーはサイラスが記した候補者名を軽く読み込んでから、アルマ・ヴァレンタインと話し込んでいるクライスの側へと歩を寄せた。
「あ、だ……じゃなくてリーヴァーさん、この前ぶりー」
かつてはロモズ歩兵団で団長と隊長という間柄だったリーヴァーとアルマだが、今はその関係も解消され、お互いに対等な一冒険者同士だ。
それでもアルマの側には未だに団長当時のリーヴァーのイメージが多少残っているらしく、気を抜いているとつい団長呼ばわりしそうになる。
リーヴァーもそこは十分に心得ており、アルマがいい間違えそうになっても苦笑を返すばかりで、別段気に留める様子は無かった。
ところで、とリーヴァーがサイラスの挙げた候補者二名の名を伝えると、クライスはサングラスの奥で渋い表情を浮かべた。
というのも、その候補者二名のうちのひとりが、たった今アルマが提示した人物と被っていたからだ。
「あ、やっぱクーネさん推しって他にも居たんだ」
アルマの表情が明るくなった。彼女が推薦した委託先候補者のひとりが矢張り同じく、クーネだったのだ。
しかし、クライスの表情は今ひとつ乗り気ではなさそうである。何故だろう。
「だってさ、前にもつよつよ剣で別のところの幽界樹をバッサリやった実績もあるしね」
というのがアルマがクーネを推す理由だったが、クライスは矢張りどこか渋っている。何が気に入らないというのだろう。
「それはやっぱり……素性が明らかではないのが一番大きいんじゃないかしら」
隣の席で昆布茶を啜っていたアウレーリア・フォン・ネーベルベルクが、小さく肩を竦めた。
如何に実力と実績があっても、帝国の行く末を左右するかも知れない重要装置を、出自も正体も不明な輩に託すのは明らかにリスクが高過ぎる。
アウレーリアですらそう考えるのだから、クライスがより慎重になるのも無理からぬ話であろう。
「まずは幽界樹領域に突入し得る関係人物……そういう意味ではクーネ様は該当するけど、帝国の新兵器に属する紋具を預け得る信頼があることも重要だろうから」
そういう意味では、クーネは問題が多過ぎる。
そもそも彼女がメドゥの指先ではないと、誰が保証し得るのか。
「うーん、そっかー。じゃあ、アダムさんは?」
過去に帝都へ潜入した実績がある上、単独で諸々の工作を実行可能な数少ない人物だとして、アルマはゴールディ所属のゴブリンの名を挙げた。
これにはクライスも、一考の余地ありだとして手元のメモ帳にその名を記した。
●乳首クエスチョン
サイラスが記した候補者のうち、もうひとりはバルディオン将軍だった。
ヴァイセントラフ砦守将であると同時に、南部鎮守都市ヴィントの太守でもある。何より、ヴィント解放戦に際しては自ら前線に立っている。このことから、彼が必ずしも後方に鎮座して戦況全体を見るばかりの人物ではないことは、多くの冒険者達の知るところとなっている。
ここでクライスはサイラスを席に呼びつけ、バルディオン推薦の理由を直接その口から説明させた。
「まぁ実力もあるし、奪われにくさからいったら妥当かな、と」
単騎突入能力もあれば、全体を指揮する技量にも秀でている。最前線への投入が必要であれば、バルディオンが信頼する部下にその場で預けるというのもアリだ。
クライスも当初はバルディオンが筆頭候補だったが、最前線への小型凝黒紋具投入のタイミングに問題が発生し得るのではという懸念から、優先順位を迷っていた部分もある。
しかしサイラスの説明を聞く限りでは、その心配も無さそうではあった。
「バルディオン将軍なら、我も一番に推したい」
すると、それまでみたらし団子を頬張るばかりで口を挟もうとしなかったベルク・オスマットが、ここで初めて意見を述べた。
「我が今のところ挙げられるのは、バルディオン将軍とレイウェスト殿下のおふた方かな」
曰く、バルディオンはリーンエス王国とシルトラース帝国の結節点であるヴィントの太守であるし、ヴァイセントラフ砦の守将でもあることから、万が一があった際に必要と思われるというのが第一義。
しかしレイウェスト・バルダス推薦理由の説明に際しては、一瞬言葉を濁しかけた。
「まぁ、何というかな……殿下はある意味、何をするか分からず身軽に動かれるので、何かあった際に自衛の為にも、持っておられた方が良いのではと考えた次第」
みたらし団子を平らげた後に続けて、大きなおはぎをもぐもぐと咀嚼するベルク。熱い昆布茶が餡子を中和させて、程良く美味い。
そのベルクの後ろの席で、ミゼリア・L・ステュクスは妙に瞳を輝かせていた。
ベルクがレイウェストとバルディオンを推薦したことに感動した――訳では無く、甘味と昆布茶の絶妙なコラボレーションにひとり感極まっていたのだ。
そのミゼリアが最初に印象深い人物として挙げたのが、まさかのメドゥの指先、呪殺公主だったというからクライスもリーヴァーも何ともいえぬ表情を浮かべるしか無かった。
「……すみません。せっかく、呼んでいただいたのですが……あまり、おやくにたてないかも……しれ、ません……」
とはいうものの、ミゼリアもレイウェストとバルディオンが小型凝黒紋具を所持すれば、それはそれでメリットがあるとの意見を口にした。
矢張り何といっても前線に出る可能性が高く、且つ実力者であること。そういう人物であれば、自分達としても安心出来るというのがミゼリアの率直な意見だった。
そして小型凝黒紋具が残りあとふたつあるならば、ひとつは前線、そしてもうひとつは戦場後方での温存でも良いのではないかとも告げた。
これは実用云々の話ではなく、後方にもうひとつ、切り札が控えているという兵士達の心理的安心面を考慮すれば、その意味が分かるというものである。
そういう思案から、レイウェストとバルディオンが委託相手として相応しいというのである。
確かにその意見にも、一理ある。
クライスは思いの他、ミゼリアから説得力のある意見が飛び出してきたことに、半ば感心し、半ば驚きの念を滲ませていた。
「あの……ところで……ちくびピアス……って、何ですか?」
ピアスは耳にするものだとギルドで教わった、とミゼリアはいう。そんな彼女からすれば、何故乳首にピアスなのかという疑念が湧くのも当然だろう。
ここでクライスは恐ろしく迷惑そうな顔つきで、じろりとリーヴァーを睨んだ。
「あ、ごめん。それいい出したの、私」
どうやら、エキセントリックな装着方法を考えていたら不意に思いついたということらしい。
●象徴としての凝黒紋具
しかしレイウェストを推薦する声は、他からも上がった。
ひとりはアウレーリア、そしてもうひとりはナハト・シュライバーからだった。
「矢張り、今後の帝国復興を考えた際に、殿下にお持ち頂いた方が……帝国を蝕んだ幽界樹を打ち払った力の象徴として、国を纏める原動力になり得るかと」
ナハトもまたミゼリアと同じく、小型凝黒紋具の機能面ではなく。象徴面での効果を口にした。
同時に、いざ本当に必要となった場合にはレイウェストから最前線に立つ者に下賜するという方法もある。それはミゼリアがバルディオンの場合で述べたことと主旨は同じだ。
レイウェスト自身が最前線に立つケースもあり得るから、そういう場合でも矢張りレイウェスト所持が望ましいというのが、ナハトの意見だった。
それはいうなれば、中・長期的視点から見た提案ともいえる。目の前の問題を解決するだけでは、色々と足りないということをいいたいのだろう。
「成程……その意見も確かに、捨て置けぬ観点だな。象徴としての凝黒紋具か。その発想は無かった」
クライスはナハトとミゼリアが示した新たな視点に、静かに唸った。
研究者として、己の開発物については常に実用主義を謳ってきたクライスにとって、所謂政治的な観点が少しばかり欠けていたのかも知れない。
「で、もうひとつの預け先は?」
「はい、僕はアナンディーンさんが適切かと」
アナンディーンは冒険者ギルド代表として挙げた、というのが推薦理由だった。
中立且つ前線で問題無く使用出来る人材としては、確かに妥当なところであろう。
「アナンディーンね。それも悪くないかも」
とは、アウレーリアの弁。
しかしながら、アウレーリアはレイウェスト推薦以外は、特に決めていなかった。強いていうならば保留、或いは共用化も視野に入れていたのだという。
「でもやっぱり第一は殿下ね。黒い霧を出すのが幽界樹のみとは限らないし、もし向こうから出向いてくる可能性もあるなら尚更……御身自ら帝都に突入という線も、あり得なくないと思うし」
「何故、そう思う?」
クライスは、敢えて訊いた。アウレーリアの応えを半ば予想しながら。
そしてアウレーリアは確信を抱いた様子でそっと声を搾り出した。
「それは矢張り……恐らく相手がかつての従者と、母君だから、かしら」
自分自身の心の決着の為にも、きっとレイウェストならそうするだろうというのが、アウレーリアの意見だったが、隣で聞いていたナハトも、アウレーリアのいわんとしていることは素直に理解出来た。
確かに、レイウェストならその様な行動に出てもおかしくない。皇帝ヨゼフ・バルダスとの会談にも打って出る様な人物だ。以前とは比較にならない程に芯がしっかりしてきている。
帝都シルトラースの幽界樹討伐に際しても、先頭を切って突入してゆく可能性は大いにあった。
「矢張り政治的にも、そして物理的な安全面でも、殿下にお持ち頂くのが良い様な気がするな……」
ベルクの半ばボヤきに近いそのひと言に、アウレーリアもナハトも苦笑を禁じ得なかった。
「では当初の想定通り、矢張り殿下と将軍に決まりか」
クライスがある程度考えを纏め始めた時、ここで漸くミア=リゼルが口を開いた。
実のところ、彼女が推薦するのはレイウェストでもバルディオンでもなかった。だからここまでの話の流れをじっくりと見極め、どのタイミングで提案すべきかと熟慮を重ねていたらしい。
「唐突ではあるのですが……セニャさんと、コンラート太守は如何でしょう?」
ここでミアが提案したのは代官セニャ・リーラントと、オルセン太守コンラート・マフダルの両名だった。
クライスとリーヴァーは、思わず顔を見合わせた。
コンラートは兎も角、セニャに関しては全く知見が無かったからだ。
●意外な推挙
セニャ・リーラントは、本名セニアーラ・リーラント。
無論、この事実はクライスもリーヴァーも知り得ないところであったが、ミアが知る帝国内の活動者としてはこのセニャと、そしてコンラートのふたりぐらいしか思いつかなかったという。
しかしコンラートは兎も角、セニャに関してはクライスは再び、渋い表情を浮かべた。理由はクーネの場合とは若干異なるものの、矢張り出自不明、正体不明の者は信用出来ないというのが一番の難点だった。
そもそも、そのセニャなる人物が幽界樹討伐戦に参戦する可能性があるのか。
その点が何より不明だった。
「悪いが正体不明、且つ幽界樹討伐戦への参戦可否も分からない相手に託すことは出来ない」
そしてコンラートへの委託も、クライスとしては避けたいというのが本音だった。
「マフダル太守は少々、クーネなる人物に入れ込み過ぎている。そこがどうも、俺の目には危険に映る」
矢張りクライスにとっては、クーネの真意が読み取れないのが一番のネックらしい。そのクーネと親しいという点だけでも、コンラートへの委託は厳しいという意見だった。
そして意外にも、ベルクも同じくコンラートは推せないときっぱりいい放った。
「コンラート将軍も考えんではないが、以前ならまだしも、皇帝と皇姫が確認されてしまった以上、旗色が明確でない彼に預けるのはリスクが勝ってしまう……本来、オルセンの旗下にあるべき防人がいってはならんのであろうが」
ベルクの意見も、尤もだ。
クーネ、或いはヨゼフ・バルダスやイダ・バルダスの側に倒れる可能性がある者は、凝黒紋具を預ける相手としては相応しくないというのが、クライスやベルクの一致した意見だった。
しかしミアは別段、気分を害した風でも無く、寧ろそこまで深く考えているのかと、クライスやベルクの思慮に感心する様子を見せた。
「ところでこのお菓子、美味しいです。シャルガネのものでしょうか?」
ミアがおかわりを希望すると、リーヴァーが受付卓隣の机に積み上げられている木箱から、更にもうふた皿、ミアの為に甘味を取り出した。
実は結構な数が余っているから、好きなだけ食べて良いらしい。
リーヴァーの説明を聞くや、ミゼリアとフレイヤが揃って木箱の蓋を開けた。成程、確かに結構な量がまだまだ残っている。これはお腹一杯にご馳走にならなければ、損だ。
「シャルガネの甘味は、リーンエスやシルトラースとはまた違った風味が楽しめる。特に、甘さの中に塩加減を隠し味として用いる技法は絶妙だな」
例えばみたらし団子も、醤油ベースの甘辛さがあって初めて、この旨味が引き出される。ただ甘いだけでは、ここまでの旨さは演出し得ないだろう。
「あ、コンラート太守といえば、シャルガネの旅館がお好きだそうですよ。また、温泉宿とかでゆっくりしたいものです。クライスさんとリーヴァーさんも、どうですか?」
シャルガネ居住区には異国情緒あふれる街並みが連なっている。その幽玄的な風景は一見の価値ありだ。
リーヴァーは帝国の問題が片付けば、一度はのんびりとシャルガネ旅行にしゃれ込みたいとまんざらでも無さそうだったが、クライスは何ともいえない表情。
どうしたのかと訊くと、シャルガネには曰く付きの敵が居るからと、どうにも踏ん切りがつかないらしい。
「天陽道とかいう連中でな。俺が奴らの術の原理を解明して今回の紋具製作に至ったことから、どうやら腹を立てているらしい」
暗殺組織『天陽道』の術式理論が、今回の対幽界樹戦切り札の基本原理となっている。
どうやらその事実を天陽道の側も察知したらしく、術式理論を暴いただけでなく、それを応用したことに対しては報復すべしとの機運が漂っている模様。
いうなれば、シャルガネ旅行は自分から危地に踏み込む様なものだった。
「でもどのみち、襲ってくるんじゃない?」
あっけらかんと笑うリーヴァーに、クライスは他人事の様に笑うなと文句を返した。
●示された方向性
ここで再び、サイラスが腰を上げた。
「もう帰って良いかな? 俺の意見の説明は一応、やるだけやったし」
「うん、良いわよ。お疲れ」
今度はリーヴァーも止めなかった。お土産にみたらし団子とおはぎを包んでやると、サイラスは三袋程手にして大会議室を出ていった。
「今の感じだと、レイウェスト殿下とバルディオン将軍で決まりかな?」
アルマが少しばかり残念そうに、リーヴァーとクライスの顔を伺う。自身の意見が通らなかったから、という訳ではなく、意外な人物が出てこなかったのが物足りなかった様だ。
例えばオルグレイ辺りに乳首ピアスを付けさせてみたらどうだろう、という様な奇天烈な意見が飛び出してきても楽しかったかも知れない。
後でシグモルの神徒に怒られるだろうから、アルマ自身は絶対に推挙はしなかっただろうが。
尚、次点としてはアナンディーンが第三の候補に挙がる模様。
レイウェストかバルディオンが固辞した場合には、アナンディーンに話を持っていくこともクライスは考えているらしい。
尚、アダムは連絡がすぐに取れる相手であれば良いのだが、ここ最近色々なところに飛び回っているとの噂も聞いている為、候補としては第四位辺りの優先順位になるとの由。
ともあれ、この日の意見交換会は一定の方向性を見定めることが出来たから、成功裏に終わったといって良いだろう。
「あ、ねぇ、まだまだ一杯残ってるから、皆で持って帰ってよ」
リーヴァーが木箱の蓋を開けて、参加者達に呼び掛けた。
待ってましたとばかりに、ミゼリアとフレイヤがそれぞれ用意された袋に、みたらし団子とおはぎを目一杯詰め込んでゆく。
ミアもおこぼれに預かったが、何故かクライスは持って帰ろうとはしていない。
あんなに大絶賛だったのに。
「要らないんですか?」
「俺も流石に歳だな……これ以上はちょっと、食えん」
中年男性たるクライスには、別腹という概念が無いらしい。
そんなクライスに、ナハトが幾分居住まいを正した様子で再び、声をかけた。
シルトラース帝国の解放は、いつ頃になるだろうかという予測をクライスに問いかけてみると、クライスはそう遠い将来ではないと応じた。
「俺の予測では遅くとも来年中には、帝都奪還戦に雪崩れ込むのではないかと思っている」
「来年……それは確かな目算でしょうか?」
ナハトが重ねて問うと、クライスはどうだろうなと肩を竦めた。クライスは飽くまでも、己が量産した本格式凝黒装置が早い段階で帝都シルトラース解放戦に投入されるだろうという予測で、その様にいっているに過ぎない。
帝国内には幽界樹だけではなく、帝国過激派やメドゥの指先といった敵も居る。それらを何とかしなければ、幽界樹討伐に着手出来ないだろうというのが、クライスの予測だった。
「そうだな……俺もそのうち、連隊仲間を探してみるか」
クライスのそのひと言に、ナハトは驚きを禁じ得なかった。
というのも、ナハトの兄は近衛連隊に所属していたからだ。そのナハトが、クライスが近衛連隊出身であることを知ったのは、この時が最初だった。
しかしクライスは、帝国東部鎮守都市エスタルで帝国崩壊に巻き込まれている。ナハトの兄に関しては、恐らく何も知らないだろう。
「先生、どこ行くの?」
「太守府だ。レイウェスト殿下とバルディオン将軍に、今回の意見交換会の結果を報告してくる」
それだけいい残して、クライスは大会議室を飛び出していった。
マスターコメント
皆様お疲れさまでした。
方向性としてレイウェストとバルディオンに委託されることになりそうです。順当なところですね。
尚、OPの『解説』にも記載しておりましたが、委託先としては自由設定欄に
・担当:運営
・担当マスター:アルパカコネクト運営
のいずれかが記載されているNPCに限られます。
その為クーネ、コンラート・マフダル、セニャ・リーラントは対象外となりました。
そして今回の意見交換会を持ちまして、連作【究石】は終了となります。短い間でしたが、お付き合い頂き、ありがとうございました。
さて、次はクライス先生が幽界樹が帝国内の各地に姿を現した謎に迫る連作をご用意しておりますので、もしご興味がございましたら、また覗いて頂けると幸いです。
この次回連作もアニエピカワールドには結構重要な影響を与える内容になりますので、これが失敗に終わってしまうと大変なことになってしまいます。
それでは、今回は一旦ここまで。
イベントシナリオ易しい 報酬:少ない8 / 4〜25人
2022年10月31日 11時50分53秒 公開
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