【獗烙】太陽が沈むのは明日の為に
広大野人
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シナリオID:2497
オープニング
●
組織幹部の一人、ユーゲンは王都のとある屋敷に勾留されていた。
騎士団本部ではないのはユーゲンの家族……つまり、貴族からの要請だ。出来の良い子が突然、家出をした後、メドゥの指先と関わりのある組織に属していた事に、大きく驚きを隠せない様子だった。
「……貴方も暇ですね。こちらが知っている情報は全て出したというのに」
面会に訪れた王国騎士エナハルト・ティルムに向かってユーゲンはそう告げる。
組織に関する事、ジードや他幹部に関する事で、ユーゲンは自身が知っている事を全て話した……一部嘘や誤魔化しがある可能性は否定できないが。
「君が合理的な性格をしている事はよく分かっているよ。今日来たのは言うまでもない。君の処遇についてだ」
「言わなくとも分かっているさ。だから、全て話した。拷問を受けるのもするのも、時間の無駄だから」
ユーゲンはメドゥの指先が率いる組織に属し、組織の活動に大きく貢献していた。その一点だけで自供や情報提供があったとしても……極刑は免れない。
「……スターシャ・フォフは自殺したそうだ」
「だろうね。自分でもそうしているさ」
「君達は罪を償う気など無いと?」
その問いにユーゲンは今まで見せてこなかった鋭い視線を向ける。
「勝者の事後処理まで付き合う気はない。どうせ死ぬのなら刑を待たずに自分の好きな死に方を選ぶ。それに……僕やスターシャ、フォーゲンは勿論、ジード様も、僕達を絶望に追い込んだ奴らに対して罪を償う気もない」
「……そうか……」
何かを言おうとしたエナハルトであったが、言葉を飲み込んだ。
恐らく、刑の執行よりも前に死ぬつもりなのだろう。この青年はもうとっくの昔に『死んでいる』のだ。そうでもなければ、組織に所属しなかったはずだし、声も掛けられなかったはず。
(人の事言えませんよね……)
王国騎士はある以上、指示通り、決められた事を実行するだけ。
彼が生きたいと希望するのであれば……情報提供と引き換えに、極刑は免れる可能性があるのだが……死に場所を奪う事まではできない。
エナハルトは深く息を吐くと、そのまま部屋を退室するのであった。
●
ジード・ランスウッドは王都内のとある病院へと運ばれていた。
当然の事ながら、王国騎士直属の兵士達が何人も警備に当たっており、物々しい雰囲気で辺りは包まれている。
「容体はどうですか?」
エナハルトの質問に腕利きの医者は静かに首を横に振った。
「本来なら既に死んでいる状態です。現場での応急処置のおかげもあって、辛うじて命は繋いでいますが……もって、後、数日と言った所でしょう」
致命傷を負って担がれてきたジードは懸命の治療を施したものの意識不明のままだ。
メドゥに関する重要な情報は聞き出せそうにないのは明らか。
医者はジードの手首を確かめる――脈は遠く、すぐにでも途切れそうだ。
「負傷もそうですが、年齢的な所も大きいです。まだ命が続いている事自体が……奇跡のようなもの。今のうち、誰か会わせたい方がいれば、お呼びください」
「……」
医者の宣告に王国騎士は小さく頷いた。
結局、ケルジア伯は関係が無い者であると言い切った。ジドは現に領内の屋敷に滞在しており、ジードとは縁さえも存在しないという事だ。
ジドが3名いたという話も証拠がなければ追求もできない。
(面会に家族も親族も……誰も来ないのか……いや、それさえも覚悟の上……だったのかもしれない)
『欠落』とはつまり、そういう事なのだろう。
メドゥの指先であるジードは大罪人だ。だが、法で裁く前に、孤独に旅立とうとしている。全てを明らかにしないまま。
「『人』である事に拘った意味が僕には分かりません。ですが、ジードさん。貴方が『人』であるのであれば、『人』らしい最期を迎えるべきだと……僕は思うのです」
目覚める事の無い一人の爺に向かって王国騎士はそう告げた。
もし、冒険者の中で死に目に会いたいという人が居れば……『人』として、それは認めなければならないと思ったからだ。例えそれが、大罪人であったとしても。
寂しさを感じさせる色の夕陽がジードを照らしていた。
●
港町ウシタの統治は大きく変わった。
後見人であったロディン伯爵は一連の騒ぎと不正の証拠により、後見人の立場を剥奪されただけではなく、終身にも等しい期間の謹慎を命じられたからだ。
これには冒険者達が集めた数々の情報。ナラゼの元家臣達の証言。それらを王国騎士エナハルトが纏めあげ、徹底的に追及した事による。
表舞台からロディン伯爵を引きずり落とす事に成功した訳だ。
だが、それで一連の騒動が終結した訳ではない。
ナラゼ領主は幼く、とてもではないが統治を続けるのは難しいからだ。他の親族・血族の中から新たな後見人を……との話もあったが、ロディン伯爵の経過を知ると、誰も彼も極めて消極的となった。
そこで、港町ウシタの住民らから要望があがる。
領民達による評議会の設立だ。
ナラゼが成長するまでの期間、血族貴族による定期監査を実施するという条件の下、住民達にある程度の自治を認めるという形になったのだ。
「……色々と異例ばかりですが、貴族の領地経営は基本的に、治めている貴族の責任の下に行われます。それに、このような形が、過去、前例が無いとは言い切れません」
執事の一人が言うとナラゼは疲れたような表情を浮かべる。
「しらないといけないことばかりで……」
「幸いな事に、ドータープランの原案は多くの市民に知られています。この案に沿って行く分には……市民達も協力してくれるはずです」
かつて、冒険者達が献策したものは、今でもなお生きている。
もちろん、市民全員に不満が無い訳では無い。直近としての問題点は、不満や課題をどこまで拾いきれるか……という所だろう。だが、実務レベルでナラゼも家臣団も追いついていないのが現状だ。
何か、良い案があればと思うが、多忙な状態が続いているので解決の糸口が見つからない。
「うん……ぼく、まだまだ、がんばれるよ!」
「あまり無茶なさらずに」
健気な幼い主に向かって執事は微笑を浮かべて告げるのであった。
組織幹部の一人、ユーゲンは王都のとある屋敷に勾留されていた。
騎士団本部ではないのはユーゲンの家族……つまり、貴族からの要請だ。出来の良い子が突然、家出をした後、メドゥの指先と関わりのある組織に属していた事に、大きく驚きを隠せない様子だった。
「……貴方も暇ですね。こちらが知っている情報は全て出したというのに」
面会に訪れた王国騎士エナハルト・ティルムに向かってユーゲンはそう告げる。
組織に関する事、ジードや他幹部に関する事で、ユーゲンは自身が知っている事を全て話した……一部嘘や誤魔化しがある可能性は否定できないが。
「君が合理的な性格をしている事はよく分かっているよ。今日来たのは言うまでもない。君の処遇についてだ」
「言わなくとも分かっているさ。だから、全て話した。拷問を受けるのもするのも、時間の無駄だから」
ユーゲンはメドゥの指先が率いる組織に属し、組織の活動に大きく貢献していた。その一点だけで自供や情報提供があったとしても……極刑は免れない。
「……スターシャ・フォフは自殺したそうだ」
「だろうね。自分でもそうしているさ」
「君達は罪を償う気など無いと?」
その問いにユーゲンは今まで見せてこなかった鋭い視線を向ける。
「勝者の事後処理まで付き合う気はない。どうせ死ぬのなら刑を待たずに自分の好きな死に方を選ぶ。それに……僕やスターシャ、フォーゲンは勿論、ジード様も、僕達を絶望に追い込んだ奴らに対して罪を償う気もない」
「……そうか……」
何かを言おうとしたエナハルトであったが、言葉を飲み込んだ。
恐らく、刑の執行よりも前に死ぬつもりなのだろう。この青年はもうとっくの昔に『死んでいる』のだ。そうでもなければ、組織に所属しなかったはずだし、声も掛けられなかったはず。
(人の事言えませんよね……)
王国騎士はある以上、指示通り、決められた事を実行するだけ。
彼が生きたいと希望するのであれば……情報提供と引き換えに、極刑は免れる可能性があるのだが……死に場所を奪う事まではできない。
エナハルトは深く息を吐くと、そのまま部屋を退室するのであった。
●
ジード・ランスウッドは王都内のとある病院へと運ばれていた。
当然の事ながら、王国騎士直属の兵士達が何人も警備に当たっており、物々しい雰囲気で辺りは包まれている。
「容体はどうですか?」
エナハルトの質問に腕利きの医者は静かに首を横に振った。
「本来なら既に死んでいる状態です。現場での応急処置のおかげもあって、辛うじて命は繋いでいますが……もって、後、数日と言った所でしょう」
致命傷を負って担がれてきたジードは懸命の治療を施したものの意識不明のままだ。
メドゥに関する重要な情報は聞き出せそうにないのは明らか。
医者はジードの手首を確かめる――脈は遠く、すぐにでも途切れそうだ。
「負傷もそうですが、年齢的な所も大きいです。まだ命が続いている事自体が……奇跡のようなもの。今のうち、誰か会わせたい方がいれば、お呼びください」
「……」
医者の宣告に王国騎士は小さく頷いた。
結局、ケルジア伯は関係が無い者であると言い切った。ジドは現に領内の屋敷に滞在しており、ジードとは縁さえも存在しないという事だ。
ジドが3名いたという話も証拠がなければ追求もできない。
(面会に家族も親族も……誰も来ないのか……いや、それさえも覚悟の上……だったのかもしれない)
『欠落』とはつまり、そういう事なのだろう。
メドゥの指先であるジードは大罪人だ。だが、法で裁く前に、孤独に旅立とうとしている。全てを明らかにしないまま。
「『人』である事に拘った意味が僕には分かりません。ですが、ジードさん。貴方が『人』であるのであれば、『人』らしい最期を迎えるべきだと……僕は思うのです」
目覚める事の無い一人の爺に向かって王国騎士はそう告げた。
もし、冒険者の中で死に目に会いたいという人が居れば……『人』として、それは認めなければならないと思ったからだ。例えそれが、大罪人であったとしても。
寂しさを感じさせる色の夕陽がジードを照らしていた。
●
港町ウシタの統治は大きく変わった。
後見人であったロディン伯爵は一連の騒ぎと不正の証拠により、後見人の立場を剥奪されただけではなく、終身にも等しい期間の謹慎を命じられたからだ。
これには冒険者達が集めた数々の情報。ナラゼの元家臣達の証言。それらを王国騎士エナハルトが纏めあげ、徹底的に追及した事による。
表舞台からロディン伯爵を引きずり落とす事に成功した訳だ。
だが、それで一連の騒動が終結した訳ではない。
ナラゼ領主は幼く、とてもではないが統治を続けるのは難しいからだ。他の親族・血族の中から新たな後見人を……との話もあったが、ロディン伯爵の経過を知ると、誰も彼も極めて消極的となった。
そこで、港町ウシタの住民らから要望があがる。
領民達による評議会の設立だ。
ナラゼが成長するまでの期間、血族貴族による定期監査を実施するという条件の下、住民達にある程度の自治を認めるという形になったのだ。
「……色々と異例ばかりですが、貴族の領地経営は基本的に、治めている貴族の責任の下に行われます。それに、このような形が、過去、前例が無いとは言い切れません」
執事の一人が言うとナラゼは疲れたような表情を浮かべる。
「しらないといけないことばかりで……」
「幸いな事に、ドータープランの原案は多くの市民に知られています。この案に沿って行く分には……市民達も協力してくれるはずです」
かつて、冒険者達が献策したものは、今でもなお生きている。
もちろん、市民全員に不満が無い訳では無い。直近としての問題点は、不満や課題をどこまで拾いきれるか……という所だろう。だが、実務レベルでナラゼも家臣団も追いついていないのが現状だ。
何か、良い案があればと思うが、多忙な状態が続いているので解決の糸口が見つからない。
「うん……ぼく、まだまだ、がんばれるよ!」
「あまり無茶なさらずに」
健気な幼い主に向かって執事は微笑を浮かべて告げるのであった。
解説
●目的
情報の収集と整理
●状況
冒険者達は王国騎士エナハルトからの依頼で、港町ウシタにおける騒乱後の状況について情報の収集と整理を求められています。ただし、その方法は冒険者達に一任されています。
早い話、フリーアタックです。
●判定
基本的には調べようとする行為に対し、プレイングやスキルなどを考慮した一般判定を用います。
推測した内容が真実と違っても、その方向性によっては判定時に有利となります(逆に不利になる事はありません)。
(例)
○○に聞き取りを行う。
○○について図書館で調べる。
NPC〇〇と接触して話を聞く。
……等々。
●舞台
基本的には王国内となりますが、必要があれば別地域でも可です。
●NPC
===組織===
ジード・ランスウッド:詳細はキャラクターページ参照。王都内の病院で療養勾留中。
ユーゲン・フォリング:組織幹部。王都内のとある屋敷で勾留中。
========
===その他===
エナハルト・ティルム:王国騎士。剣の腕前は確かなイケメン。
イシア :冒険者ギルドの受付男子。
サーンゾ :元山賊の男。港町に滞在。
トレイシー :研究者。帝国領内に滞在。
ジド・ケルジア :隠居した老人。
ナラゼ :ウシタの幼き領主。
上記以外、当MSが管轄するNPCなど。
=========
※NPCを指名する事もできます。複数のPCから指名があった場合、別の日、別時間帯という形で対応します。
※NPCとの関わりにおいては、これまでの関わりによる友好度が存在します。友好度による『差』はあるものとしてご理解下さい。
※ゾンバルダとリロは別シナリオに登場する為、関わる事はできません。
●その他
※プレイング内容によってはアドリブ対応になる場合があります。ご了承下さい。
ジードがシナリオに紐付けされていますが、掲示板への挨拶や質問への回答は致しません。
マスターより
おはようございます。当依頼にて56作目となった広大野人です。
【獗烙】の事後シナリオとなります! それも二本立てです!
こちらは、ゾンバルダやリロ以外のNPCと関わるシナリオとなります!
情報や状況の整理などに活かしていただいたり、NPCと関わったり過ごして貰えればなって思います。
個人連作【獗烙】は当シナリオで完結(ゾンバルダに逃げられていなければ)となりますが、一部NPCについては今後も登場予定ですので、あれもこれもしようとせず、フリーアタック内容については、できるだけ絞る事をお勧めします!
リプレイ
●
人の気配が無い、王都郊外に二つの人影があった。
「ねぇ、本当にもう良いの?」
「あぁ。この辺りで良い。そういう話だから」
喉元に当てたクレア・エクレールの短剣にユーゲンが淡々と答えた。
屋敷の厳重な警備を無事に抜けられた理由は……そこにあったのだろう。クレアが会いに来ると分かっていたのだ。
「そういう話? それって……」
「僕にはもう……何かを成せる事は無い」
ジードの捕縛は組織の目的が達成出来ない事を意味する。
それは、ユーゲンにとって二度目の欠落とも言えるだろう。
「……ボクは諦めたくないし、負けたくない。……この国に!」
直後、ユーゲンの喉に当てていた短剣から血が流れる。
彼が自分から刃に皮膚を押し当てているのだ。クレアは慌てて短剣を外そうとするが、微動だにしなかった。
腕を掴まれ、腰を抱き寄せられていたからだ。
「ボクは……貴方を、殺したくない。死んでほしくなんて、ないんだよ!」
力を込めて引き離れようとするが、ユーゲンは同じ位の力で対抗する。
完成版の『神実の力』を隠し持っていたのはトレイシーだけでは無かったのだ。
「君が僕を攫いに来ると信じていた。だから、エナハルトさんに頼んだ。この場を用意して貰えるように、ね」
「いやだ。ボクは……『貴方』に、生きて欲しい。『貴方』として、生きて……」
「僕に残された事は、君を守る事だけだから」
ユーゲンを逃がせば冒険者資格は剥奪だろうし、法で裁かれれば極刑だ。だから、そうならない様に、彼は先手を打った。
「なんで……」
手に流れていく血の温かさをクレアはきっと忘れる事が出来ないだろう。
「僕は……君に惚れていたようだ。君の綺麗な翡翠の瞳と赤い狐耳に……」
「ずるいよ、こんなの!」
エーテルを振り絞って、クレアはユーゲンから離れた。
血を流し過ぎたのか、ユーゲンが両膝を地に付ける。
「どの道、人はいずれ死ぬ。だから、今……僕を討て、クレア」
力なく言い放った台詞と懇願する視線のユーゲンに、クレアは短剣を投げ捨てる。
自らの衣服を破り、傷口を押さえて止血を試みた。もっとも、ここで生き残っても法で裁かれるだけだが。
「生きる事がどれだけ大変か分かってる! でも、死んでほしくないの!」
「君がそこまで、するほど……では、ない……」
「もう奪わないでよ! ボクから!」
心の奥底からの叫びは――涙と共にユーゲンの頬に跡をつけた。
「ボクも一緒に歩くから……だから、生きて……一緒に……」
不意に狐耳が弱々しく手に触れられた。
「死ぬ前に、誰かを好きになれて良かった……ありがとう、クレア。そして……さようなら」
ユーゲンはその台詞を伝えきると力尽きたのか、意識を失う。
直後、隠れ潜んでいた数名の王国密偵が姿を現してユーゲンの治療を申し出る――クレアには、それを受け入れるしかなかった。
●
港町ウシタでの調査活動を取り纏めながらサイラスは一人、唸っていた。
彼は発足する評議会関連と住民の不満や課題を調べていたのだ。
「やっぱり、居るだろうな」
そこはある程度予測していたものだ。
ウシタの問題は領主である貴族の統治内容が事の発端だ。訳ありの経過を経て、ウシタは幼い新領主の元、新たな一歩を進もうとしているが、その足を引っ張るような輩は、存在するのだ。
質が悪い事に、そんな輩ども程、『自らの行いが正しい』と思い込んでいる。
「目安箱や職人の組合で監視させる仕組みが必要だな」
そう呟きながら、サイラスは淡々と作業を続ける。
評議会の構成については現状、特に問題はなさそうだった。街の有力者達は以前からウシタに住む者であり――既得権益化が不安ではあるが――、街の現状を思えば少なくとも、彼らのネットワークがカバーできる範囲について、課題や不満など吸い上げる事ができるだろう。
「問題は……」
この街の住民に悪知恵や扇動を仕掛けてくる連中だろうとサイラスは赤筆でリストにチェックを入れていく。
隣領からの介入を遮断したと言っても、ウシタの周囲には他の貴族も存在している。
メドゥの指先に属する組織が暗躍したとはいえ、住民騒乱が発生し、評議会が治政の一翼を担い、領主はまだ幼い……このような状況下にあるのだから、隙だらけだ。
「……という事は『私が正しく治めて救ってあげよう』って傍迷惑な勘違い野郎のもいるだろうなぁ。ならば、育つ前に全部奪うだけだ」
この街には『市民権』が存在している。
これを上手に使って、他所からの介入について出来るだけ身分や繋がりが把握できれば、怪しい芽を早々に摘むことも可能だろう。
そして……その動きは、当然の事にように相手にも伝わる。
色々と探りを入れていたのは、そんな相手を誘き出す為だ。
「見くびられたものだな」
音も無く扉を開き忍び込んできた暗殺者。
サイラスは気にも留めない様子で振り返った。
暫し続いた静寂は、暗殺者が小剣を構えて突貫してきた事で破られる。
「踏み込みが甘い」
僅かに身を反らすだけで避けるとカウンターを喰らわす。深手を負わせた感触が手に残るが、暗殺者はそのまま窓を突き抜け逃亡していった。
行先に見当をつけるサイラス。
「また仕事が増えたではないか」
暗殺者が誰の差し金なのか。幼い領主と評議会にとって危険な存在なのか、それを確かめる必要が生じたからだ。
サイラスは低く唸ると割れた窓から跳躍して暗殺者を追いかけるのであった。
●
サーンゾ達が船上から、港の岸壁を歩くベルク・オスマットに歓声を上げる。
何事かと港の人々の視線が集まり、ベルクは苦笑を浮かべた。目立つ事をして何をしているのだと。
係留ロープを足場に見事な動きで船内へと降り立つ。
「元気でなによりだが……どうした?」
サーンゾとその数人の仲間は元山賊だ。
彼らを受け入れた船員達も、見れば皆、嬉しそうな顔をしていた。
「俺達、市民権を貰ったんだ!」
「それは、良かったな」
ベルクは素直に頷きながら応える。
「船で逃亡する組織を追跡した功績が認められてさ!」
あの日、ウシタでの騒乱の日、サーンゾ達はベルクからの要望通り、偽情報の囮として港から出航していた。
その結果、港から逃げる組織の船を発見。
奴らが海賊のアジトへと逃げるところまで追跡したのだ。王国騎士エナハルト・ティルムはその情報を元に早期にゾンバルダを冒険者達と追いかけ、『ファナータの街』で捕捉。ゾンバルダとその一味の討伐に成功した。
つまり、サーンゾ達の情報が無ければ追撃が困難な状態になっていたかもしれないのだ。
「よく追いかけたな。ゾンバルダはそこそこの腕があったぞ」
流石の授恵者も海の上だと行動が大きく制限されるとはいえ、『神実の瞳』を使用していない状態でもゾンバルダは難敵だったはずだ。
「そ、そこは、度胸だぜ」
それなりに場数も踏んだという事だろう。
そういえば、最近は半獣人であるベルクが近づいても怖がらなくなったから、人は変わるものだ。
「それで、何か用があって来たんじゃ?」
サーンゾの返しにベルクは小さく頷いた。
そして、ゾンバルダを討伐し、残っていた組織が壊滅した事を伝える。
「……暫く、この街は落ち着かないかもしれないが、もう大丈夫だろうな。一連の事に感謝を伝えに来た」
「それほどでもねぇぜ。それに、これでびくびくしながら街を歩かなくて良いって事だしな!」
ニヤッと笑うサーンゾ。
きっと全うな人生を歩んでいけるはずだ。そして、多くの苦難に立ち向かった彼らなら、これから先の障害も乗り越えられるだろう。
サーンゾ達は一列に並ぶと、いつもの締まらない表情を浮かべながらも、ベルクに向かって敬礼する。
「ありがとうございました!」
「海の男らしく立派になれよ」
歓声と共に海風が吹き抜けた。
彼らの新しい門出を祝うような、そんな爽やかさと共に。
●
「さて、どこからどう収拾をつけたもんかね……火種は撒かれたままなんだろう?」
王国騎士団本部にてエリザ・A・ミシャールはエナハルトに尋ねていた。
港町ウシタの住民騒乱は、様々な要因や情報が交差して起こったものだ。冒険者達が集めた情報を元に作成した真相を知らせる印刷物の配布も進んでいるが――そもそも、字が読めない層もいる訳で、更なる周知は必要な状態だ。
「全てを払拭できていないのは確かです」
「奴らの茶番だった事。そして、評議会と自警団のこれからの在り方、か」
「ウシタでは人材も不足していますからね」
苦笑を浮かべるエナハルト。
どこも人手不足なのは変わらないからだ。
エリザは組織が計画していたウシタの治政基本が記された分厚い書類を机に戻した。これらは幹部の一人、ユーゲンから提供された情報の一つだ。
「組織が描いていた絵図をなぞるのも一つの手だ」
「……意外ですね」
微笑を浮かべて応えたエナハルトにエリザは訊ね返す。
「なにがだ?」
「ずっと組織を追いかけていた貴女だからこそでしょうけど……彼らの目指したもの全てを否定しない所が」
「無条件に全てを肯定するつもりも無いがな。それに、緩やかに、人々の歩く速度で滞りなく変化が進む方こそ、結果的に近道だからさ」
窓の外に映る景色を眺めながらエリザはそう告げた。
使えるものは使えばいい。それだけの事だ。
「ありがとうございます、エリザさん」
エナハルトは軽く頭を下げる。
ユーゲンから提供された情報を使う事に対し、反対する輩もいるだろう。そこを冒険者からの進言という形にすれば角が立たないというもの。
頬のあたりを指でなぞりながら、エリザは話を変える。
「ところで、ファナータの街はどうなるんだろうか? 政争にならないように手当てをしないと、また変な輩が出て来るぞ」
「まだ確定ではありませんが、遠い血筋の貴族が、飛び地として治める予定です」
「遠い血筋の貴族……まさか……」
区切った台詞にエナハルトが頷く。
冒険者達の調査によって、リロはジド・ケルジアの遠い血縁という事が分かっている。そして、今回の事件、ケルジア伯は無関係として宣言しているのだ。
周りからは腫物のように思われていたので、他に候補がなければ、ケルジア伯が治める事になるだろう。
「ジードとジドが同一人物である証拠はありませんし……暫く、監視は続けますが」
「そうするしかないだろう、な……」
追及ができない事をエリザはよく分かっていた。
エリザはスッと立ち上がると確認していた資料を簡単に纏める。
「出立ですか?」
「あぁ、見舞いと報告に」
その相手が誰なのかエナハルトは知っている。
目覚める事がなくとも、フォーゲンを討ったエリザ自身がジードに伝えなければいけない事なのだから。
●
ベッドに横たわる人物にエリザが一つふたつ、伝え終わるのを待って、レティシア・レインフィールは病室に入った。
「やはり……意識は戻りませんか?」
紫苑と金蓮花を小さな花瓶に備えながらレティシアはエリザに訊ねる。
「狸寝入りって事はないだろうが……今際の際に意識が目覚める奴は稀にいるからな」
エリザはそう答えると見舞いは済んだとばかりに席を外す。
もう二度と、会う事はないだろう。そんな気がしていた。そして、レティシアが持ち込んだ紫苑と金蓮花に視線を向ける。
「……想いの花か」
「左様でございます」
そのやり取りを交わし、エリザは退室していった。
軽く頭を下げて彼女を見送ったレティシアは視線をジードへと向ける。
「フランセス様を捨て駒扱いし、多くの罪無き人々を己の夢の為に利用した事は許されません。ですが、王国を愛していたからこそ失望し、方法を選べなくなった貴方の痛みもまた、無かった事には出来ません」
ゆっくりと告げるとベッド際の椅子に腰掛ける。
「『欠落』を抱えたままの私はいつか破綻すると……貴方はそう仰いましたね」
胸の奥底を抉るようなジードの指摘は、どこか正しいと思えてならなかった。
だから、『壊れる』前に『自身』を殺し『貴族』として嫁ぐ事になる。
「私は『私』で在る間、私なりの方法で王国と人々を護ってみせます。王国を愛し、足掻いた貴方を……私は決して忘れません」
決意を聞き遂げるように窓から注がれた風が、紫苑と金蓮花を揺らすのであった。
●
組織幹部のフォーゲンが埋葬されたのはウシタの外れだった。
エナハルトの話によると『仮』だそうだ。後日、どこかに改葬されるという。
「顔見たら言いそうだったから、顔を合わせないようにしていたけれど……貴方の子は貴方がやってた事をどう思うかしら?」
酒の入った小瓶を小脇に置きながら、エミリア・シバはそう呼び掛けた。
フォーゲンの息子は陰謀に巻き込まれ非業の死を遂げたという。それが彼にとっての『欠落』になったのだ。
冒険者と幾度も渡り合った力量の持ち主であったフォーゲンがそこまで思う息子だ。きっと、将来有望な子だったのだろう。
「まぁ、死後の世界ってものが仮にあったなら、怒られてきなさいな。貴方が『欠ける』程の良い子だったのなら、たぶんみっちりお説教するんじゃないかしらねぇ」
エミリアは穏やかな口調でそう告げると音も無く立ち上がる。
これから先、この街でエミリアにはやるべき事があるからだ。
●
サーンゾ達と別れたベルクは、引き続き、ウシタの中で情報を集めていた。
騒乱を切っ掛けとして、市民権を得たのは他にもいたようで、新たな市民に対しての受け入れの雰囲気は悪くないようだった。
(視線を感じるな……)
どこからか見られているような圧を感じる。
ベルクは気が付かない振りをしつつ辺りを見渡すが……人込みに紛れていて判別できない。
(流石にこの状況で手を出して来るほどの愚か者ではないようだな)
出来れば捕縛して何者か問い詰めたい所だが、単に見られているだけではそこまでできない。
冒険者……それも授恵者に対して容易には手が出せない事を知っているのだろう。
(念の為、報告はしておくか)
ロディン伯爵の脅威は去ったが、それですぐに平和になるという事はない。
領地経営が軌道にのるまでは四方八方、敵だらけと思った方が良さそうだ。それが、政争というものなのだから。
●
ある日、シルヴィア・A・カペルは学園の図書館に訪れていた。
老人司書に頼みがあっての事だ。
「ジド様とジードの想いや考え方は、今、この国に必要なものです。しかし、ジードの手段は許されないものでした」
シルヴィアの話しぶりに老人司書は何かを察したようだった。
「……戦いは終わったのですな」
「はい。彼等の理想を共有出来るからこそ、凶行を止めたいと願う人がいる……だからこそ、私に教えて下さったのですね」
この老人司書は貴重な情報を提供してくれた。
そして、突拍子だが、ある事をシルヴィアは確認する。
「司書さんが三人目のジド様ではないですか?」
「私はただの友人です。今の貴方様とお仲間の方達のように……」
司書はそう答えると例の文集をシルヴィアに渡す。
「これは、理想を追いかける者が持っておくべきでしょう。ジド様と多くの仲間達の意思を、貴方様が継いで欲しいのです」
託された文集の重さを確かに感じながら、シルヴィアは受け取るのであった。
●
ケルジア領で隠居しているジドに会いに行った後、王都に帰ってきたシルヴィアはジードの見舞いに訪れていた。
(ジドは文集を見ても反応を示さなかった……忘れてしまったのか、それとも……存在を知らなかったのか……)
新たな疑問を胸に秘めつつ、眠っているジードの傍に寄ると回復魔法を施す。
望む効果が現れないと知った上で、けれど、シルヴィアはそうしたかった。
「王国は変わろうとしている。貴方達の理想はきっとそう遠くない未来に芽吹くだろう」
もし、ジドが自分達と同じ世代に生まれていたら……どうなっていただろうか。
一緒に理想を語ったのだろうか。
国を変える為に、共に肩を並べ、戦ったのだろうか。
「貴方達と語り合ってみたかったな。一緒に歩むことが出来たのではないかと思うよ。国を想う気持ちは同じだから」
互いに譲れない事はあるだろう。だからこそ、話し合う事が必要だった。
ジードの理想に多くの人が共感した事は事実なのだから。
「貴方の事、その理想を……私は忘れない」
そして、文集を開く。
学園の図書館で出会った老人の司書やケルジア領で隠居を続けるジドの事なども交えながら、物語を語るようにシルヴィアは言葉を紡ぐ。
(もし、訊けるのなら、私は……3人目の事を聞きたい)
その者は今、どうしているのだろうか。
国の行く末を見守っているのか。あるいは、ジードと同じような過ちを辿っているのか、もしくは……既にこの世にないのか。
(……私は忘れない)
今一度、その言葉を心の中で呟く。
不意に吹き込んできた風が頬を撫で、シルヴィアは視線を窓の外へと向けた。
青い芝の上で円を組んで語り合う、ジドと学友と、そして、自分達の姿の幻影を――シルヴィアは垣間見た気がした。
●
「ここで……大丈夫です」
病室の入口からミア=リゼルの声が聞こえ、シルヴィアは振り返った。
少女は他の冒険者に付き添って貰っていたようだった。心細い足取りがその心境を如実に表している。
「ジードさんは眠ったままでしょうか?」
「でも、きっと、聞こえていると思う」
シルヴィアは丁寧に頭を下げるとミアに場所を譲ると、斜め後ろに下がった。
ここからは彼女の別れだ。それを邪魔したくない。
ミアは仲間の気遣いに感謝しつつ、ベッド際に寄ると座り込む。見舞いの品だろうか、花の香が満ちていた。
(言葉が欲しいのはきっと、私の方……)
ジッとジードを見つめ、その手を取った。
皺だらけの冷たい手にミアは夏の貝殻を握らせるとそのまま自らの手で覆うように包む。
「わたしがあの時なりたかったのは……女王でも騎士でもなくて……『希望』だったのだと思います」
ただただ何かを成し遂げようと突き進むせんせいの『希望』になりたかった。
いつか、せんせいが『絶望』しないように。
「私は……あなたの欠落を少しでも照らせていましたか?」
ミアは今となっては分かる気がした。
己の分身と言っても過言ではないよく似た二人を巻き込んだ上で、結局、国を変えられなかった。それまで歩んだ人生そのものを、ジードは認められなかったのではないかと。
「……せめて、その死出の旅が独りではありませんように」
祈るように顔に寄せた手を通じて溢れた涙が伝っていく。
その温もりにジードの指が僅かに動き、ミアは顔を挙げた。
「せん……せい……」
「良く出来た子。人として……」
生きてみせよ――と、か細く続いた言葉が最期となった。
それが幻聴だったのかどうか確かめる間もなく、ジードの全身からエーテルが抜けていくようだった。
「……おやすみなさい。どうか安らかに」
額にそっと口付けして、ミアは別れの言葉を呟く。
ジードを照らしていた夕陽が沈み、波乱に満ちた一つの命の終わりを告げるのであった。
●
鐘が鳴り響く。
病室の入口付近で経過を見届けていたルベア・ベルニはいつもと変わらない表情で外に出ると、ミアを待っているエナハルトに声を掛けた。
「ミアさんを宜しく。私はちょっと……帝国領に行ってくる」
「はい。ミアには伝えておきます」
微笑を浮かべるエナハルトの返事に小さく頷くと、ルベアは心境を悟られたくないように駆け出した。
ルベアが訪れたのは帝国領内で研究員として活動している元幹部のトレイシーの所だった。彼女に、組織やジードの事、そして……リロの事を伝える為だ。
「……以上が事の顛末よ」
「そっか。リロは逝ったんだね。あの子……一人だったから組織が崩壊したら、遅かれ早かれ、死を選んでいたと思う」
物静かに応えたトレイシーの台詞に、ルベアは胸の奥に抑えつけていた感情の流れを止める事が出来なかった。
「もっと寄り添えていたら……ジードが居なくなった後でも、ちゃんと自分の力で生きていけたかもしれないのに……そう出来なかったんだから、ある意味ではリロを殺したのは私よね……」
その自責がルベアを覆っていた。
確かに、冒険者達の中で接触が多かったのはルベアだったかもしれない。
「そこまで思う事かな?」
トレイシーは疑問を口にする。
話を聞く限り、冒険者達に落ち度があったとは思えない。エナハルトが言った通り、悪いのは全てゾンバルダなのだから。
だが、分かっていても、ルベアの心は重く沈んでいた。
「そうよ……私、冒険者として色々出来て来たって思ってた。だけど……全然、ダメね。こんな事があると思い知るわ。前もそうだったし……」
『欠落』ではなく、ただ力が及ばないだけ。どんなに冒険者として頑張ってとも乗り越えられない壁が立っている。それでも手を伸ばし続けるのは……分不相応なのだろうか?
「……研究ってさ、失敗ばかりなんだよね。仮説を立ててやってみても、その通りいかない事ばっかりでさ……生きる事は研究よりも難しいって私は思ってるし、ルベアが居たからこそ気づけた」
彼女はお茶を煎れる。
その香りをルベアは微かに覚えていた。あの時、3人で飲んだお茶だから。
「リロの欠落にルベアが届いたとして、果たしてあの子を救えたのか救えなかったのか、それは誰にも分からない。だったら、ルベアが辿った道のりこそが、正答だったと私は信じてるよ」
「トレイシー……」
零れる涙を拭うルベアに、彼女は微笑む。
「元気出してって安易には言わないけれど、一つ、お願いしても良いかな?」
「私に?」
「あの子に、たまにでいいから会って欲しいんだ。ほら、私はさ……王国に戻れないから。色んな事を話して伝えて欲しい。リロは、きっと喜ぶと思う」
それで浮かばれるかどうかは、それさえも誰も分からない。
だったら、それが正しいだと信じるだけだ。
「……機会があったら、行ってみるわ」
どこに埋葬されるかどうか分からないけれど冒険者なら、どこにでも行ける。そして、冒険者であれば誰でも良いという訳でもない。関わった事があるからこそ、自らが足を運ぶ意味があるのだろう。
ルベアは息を深く出して、呼吸を整えるとトレイシーが煎れたお茶に手を伸ばした。今一度、この優しい香りを確かめる為に。
●
病院から出て来たミアをエナハルトは優しく抱き締めると、耳元でルベアが帝国領に向かった事を伝えた。
「……付いて行けたら、良かったんですけど」
ミアはそう応えると埋めていた顔を挙げて言葉を続ける。
「ジードさんとの最後の機会を……ありがとうございました。ジードさんがせんせいでも、そうじゃなくても……独りで旅立たせたくはなかったんです」
「最期を看取ったのが君で、良かったと思う」
「あの人が守りたかったもの……壊したかったもの……それらを、私たちが選んで進む、その道が見えるように……したいです」
台詞の意味をエナハルトはよく理解していた。
ジードとリロとフォーゲン。この3人の埋葬先について、彼には考えがあった。
「僕はティルム家の外れに彼らの墓を作ろうと思う」
墓に訪れる者から組織の残党を追跡するという理由もあるが、それ以上に、関わった者として、エナハルトなりのケジメでもあった。
「良いだろうか?」
「はい……もちろんです、エナ」
ミアは思うままに力を込めてエナハルトに抱きつく。
気持ちが落ち着くまで、ただずっとこうしていたい。
「……ここまで来られたのも、皆さんやあなたのおかげです」
「僕もだよ、ミア。ありがとう……愛してる」
「はい。私も愛しています」
陽は落ちた。けれど、また昇ってくる。
だから、今日の事を、明日も明後日も、これから先、ずっと覚えていこうと思う。
愛する人と共に、人として歩みながら――。
●
メドゥの指先『黄の中指』ジード・ランスウッドが亡くなった日の夜、王都のとある屋敷が火災で焼け落ちた。原因は台所の不始末らしく、気が付いた時には火の勢いは止められるものではなかった。
犠牲者は一人。
それは勾留中だったユーゲンだった。負傷により身動きが出来なかったと考えられ、屋敷の崩壊と共に死亡したと、記録に残されるのであった……。
●
ロディン伯爵から解雇されていた人々が戻り、クナッターラ家の屋敷に活気が戻っていた。と言っても、人手不足は否めない状況は変わりない。
事情があって湯浴みさせて貰っていたエミリアが応接間に入って来た。
「ありがとう。おかげでサッパリしたわ」
「エミリア様に襲って来るとは、命知らずね」
レティシアが苦笑を浮かべつつ、水の入ったグラスを渡す。
酒場を中心に治政に関する事の情報や意見を集めていたエミリアだったが、幾軒か回った所で暴漢に襲われたのだ。
フェイクカバーで別人を装っていたから、冒険者と思われていなかったのだろう。非授恵者数名程度だったので、返り討ちにした。湯浴みしていたのは捕縛した際に汚れたからだ。
「他の冒険者も何者かに襲われたと報告書が上がっているし、これは早急に手が必要ね」
グラスを口につけながら言ったエミリアの台詞にナラゼが目を丸くする。
「また……なにかおこってしまうのですか?」
心配そうな表情の幼い領主に向かって、レティシアは首を振った。
「今回の件はロディン・キーリュロフからの報復ではなく、他の近隣貴族からの『探り』といった所かと考えられます」
「えと……それは……」
「ウシタに住まう人々の不満や課題を知ろうとしているのは『私達』だけではないという事でございます」
そう前置きしてからレティシアは分かりやすく説明を続けた。
領内の不安定な個所を突き、介入する為の口実を探しているのだ。街が大混乱し、新しい領主が幼いと知られている以上、勢力拡大を図る貴族が黙っている訳がない。
「どうしたら、いいのでしょうか……」
「慌てる事はありません。確かにゆさぶりはあるかもしれませんが、治政体制が盤石であれば問題ないのです」
その為の方策もレティシアは用意してきた。
評議会の任期や選出基準、招集頻度や条件を整理しつつ、定期的な投票式選挙や目安箱の設置などだ。
「領内の治政が安定し、ナラゼ様がもう少し成長されましたら、学園に入学し、学ばれるのは如何でしょう?」
「がくえん?」
「あら? それはいい考えね」
思わぬ提案にナラゼが首を傾げ、エミリアが手を合わせた。
二人の反応にレティシアは頷く。
「学園では多くの事が学べますし、気の合う友人や将来、共に街を支えて下さる方々とも出会えるかもしれません」
「人の繋がりも築けるのなら、尚更とおねえさんも思うわ。それに、いつかは評議会の規模も縮小しなければならないのなら、その期限の目安として、学園の卒業というのは理に適っていると思うの」
大勢の市民達からの生の声を聴いて来たエミリアがそう付け加える。
彼らが思うのは、やはり、幼い領主がどう成長するのか……それによってウシタの在り方に大きな影響がある以上、不安を覚える所なのだろう。
パンクリアース学園に入学すれば、その不安を少しは和らぐ事ができるはずだ。
「そういえば、レティシアちゃんは学園の卒業生だったかしら?」
「レティシアさまがかよっていたら、ぼくも、いきたいです!」
急に勢いよく宣言するナラゼにレティシアは優しい表情を見せる。
勉強不足は否めないが、年齢を考慮すれば頭が良い方だ。それにこの若さで色々な苦難も体験できた事も学園での生活に役に立つはず。
その上でやる気に満ちているのだ。後、足らないものといえば、学園生活のバックアップだろうか……。
「もし、何か……いえ、いつでも当家の王都の屋敷にお手紙を下さい。お困りの時は、きっと、駆け付けますから」
貴族としての振る舞いも、学園生としての在り方も助言できるだろう。
入学する方向で考えだしたエミリアの頭の中で、ふと疑問が過る。
「領主という立場だから、在学中は学園とウシタを行ったり来たりしそうよね。その辺りは入学に際して大丈夫なの?」
具体的な心配をするエミリアにレティシアが思案しつつ、応えた。
「そう……ですね。卒業生からの『推薦状』はある程度、有効かと存じます」
万能ではないだろうが、これまでの経緯や事情を考慮してくれれば、入学は可能かもしれない。
「ぼく、はいります。がくえんに」
「でしたら、まずはやはり、勉強を続けないといけませんね」
ニッコリと微笑んだレティシアに幼い領主も笑みを浮かべる。
その様子に、エミリアはエナハルトに渡す予定の報告書には、このやり取りも追記しておこうと思うのであった。
●
ヴィント行きの馬車が国境を越えた所で休憩の為、停止する。
背を伸ばしながら降り立つ乗客達の中に、フードを深く被っていた青年が居た。
遠く、王都の方角を静かに見つめる。
「……」
青年に名は無い。それでも、『自分』として生きる事はできる。
生きて欲しいと強く願ってくれた赤い狐耳を持つ半獣人の為に。
その時、急に吹いた突風にフードが外れ、彼の青い髪が揺れるのであった――。
人の気配が無い、王都郊外に二つの人影があった。
「ねぇ、本当にもう良いの?」
「あぁ。この辺りで良い。そういう話だから」
喉元に当てたクレア・エクレールの短剣にユーゲンが淡々と答えた。
屋敷の厳重な警備を無事に抜けられた理由は……そこにあったのだろう。クレアが会いに来ると分かっていたのだ。
「そういう話? それって……」
「僕にはもう……何かを成せる事は無い」
ジードの捕縛は組織の目的が達成出来ない事を意味する。
それは、ユーゲンにとって二度目の欠落とも言えるだろう。
「……ボクは諦めたくないし、負けたくない。……この国に!」
直後、ユーゲンの喉に当てていた短剣から血が流れる。
彼が自分から刃に皮膚を押し当てているのだ。クレアは慌てて短剣を外そうとするが、微動だにしなかった。
腕を掴まれ、腰を抱き寄せられていたからだ。
「ボクは……貴方を、殺したくない。死んでほしくなんて、ないんだよ!」
力を込めて引き離れようとするが、ユーゲンは同じ位の力で対抗する。
完成版の『神実の力』を隠し持っていたのはトレイシーだけでは無かったのだ。
「君が僕を攫いに来ると信じていた。だから、エナハルトさんに頼んだ。この場を用意して貰えるように、ね」
「いやだ。ボクは……『貴方』に、生きて欲しい。『貴方』として、生きて……」
「僕に残された事は、君を守る事だけだから」
ユーゲンを逃がせば冒険者資格は剥奪だろうし、法で裁かれれば極刑だ。だから、そうならない様に、彼は先手を打った。
「なんで……」
手に流れていく血の温かさをクレアはきっと忘れる事が出来ないだろう。
「僕は……君に惚れていたようだ。君の綺麗な翡翠の瞳と赤い狐耳に……」
「ずるいよ、こんなの!」
エーテルを振り絞って、クレアはユーゲンから離れた。
血を流し過ぎたのか、ユーゲンが両膝を地に付ける。
「どの道、人はいずれ死ぬ。だから、今……僕を討て、クレア」
力なく言い放った台詞と懇願する視線のユーゲンに、クレアは短剣を投げ捨てる。
自らの衣服を破り、傷口を押さえて止血を試みた。もっとも、ここで生き残っても法で裁かれるだけだが。
「生きる事がどれだけ大変か分かってる! でも、死んでほしくないの!」
「君がそこまで、するほど……では、ない……」
「もう奪わないでよ! ボクから!」
心の奥底からの叫びは――涙と共にユーゲンの頬に跡をつけた。
「ボクも一緒に歩くから……だから、生きて……一緒に……」
不意に狐耳が弱々しく手に触れられた。
「死ぬ前に、誰かを好きになれて良かった……ありがとう、クレア。そして……さようなら」
ユーゲンはその台詞を伝えきると力尽きたのか、意識を失う。
直後、隠れ潜んでいた数名の王国密偵が姿を現してユーゲンの治療を申し出る――クレアには、それを受け入れるしかなかった。
●
港町ウシタでの調査活動を取り纏めながらサイラスは一人、唸っていた。
彼は発足する評議会関連と住民の不満や課題を調べていたのだ。
「やっぱり、居るだろうな」
そこはある程度予測していたものだ。
ウシタの問題は領主である貴族の統治内容が事の発端だ。訳ありの経過を経て、ウシタは幼い新領主の元、新たな一歩を進もうとしているが、その足を引っ張るような輩は、存在するのだ。
質が悪い事に、そんな輩ども程、『自らの行いが正しい』と思い込んでいる。
「目安箱や職人の組合で監視させる仕組みが必要だな」
そう呟きながら、サイラスは淡々と作業を続ける。
評議会の構成については現状、特に問題はなさそうだった。街の有力者達は以前からウシタに住む者であり――既得権益化が不安ではあるが――、街の現状を思えば少なくとも、彼らのネットワークがカバーできる範囲について、課題や不満など吸い上げる事ができるだろう。
「問題は……」
この街の住民に悪知恵や扇動を仕掛けてくる連中だろうとサイラスは赤筆でリストにチェックを入れていく。
隣領からの介入を遮断したと言っても、ウシタの周囲には他の貴族も存在している。
メドゥの指先に属する組織が暗躍したとはいえ、住民騒乱が発生し、評議会が治政の一翼を担い、領主はまだ幼い……このような状況下にあるのだから、隙だらけだ。
「……という事は『私が正しく治めて救ってあげよう』って傍迷惑な勘違い野郎のもいるだろうなぁ。ならば、育つ前に全部奪うだけだ」
この街には『市民権』が存在している。
これを上手に使って、他所からの介入について出来るだけ身分や繋がりが把握できれば、怪しい芽を早々に摘むことも可能だろう。
そして……その動きは、当然の事にように相手にも伝わる。
色々と探りを入れていたのは、そんな相手を誘き出す為だ。
「見くびられたものだな」
音も無く扉を開き忍び込んできた暗殺者。
サイラスは気にも留めない様子で振り返った。
暫し続いた静寂は、暗殺者が小剣を構えて突貫してきた事で破られる。
「踏み込みが甘い」
僅かに身を反らすだけで避けるとカウンターを喰らわす。深手を負わせた感触が手に残るが、暗殺者はそのまま窓を突き抜け逃亡していった。
行先に見当をつけるサイラス。
「また仕事が増えたではないか」
暗殺者が誰の差し金なのか。幼い領主と評議会にとって危険な存在なのか、それを確かめる必要が生じたからだ。
サイラスは低く唸ると割れた窓から跳躍して暗殺者を追いかけるのであった。
●
サーンゾ達が船上から、港の岸壁を歩くベルク・オスマットに歓声を上げる。
何事かと港の人々の視線が集まり、ベルクは苦笑を浮かべた。目立つ事をして何をしているのだと。
係留ロープを足場に見事な動きで船内へと降り立つ。
「元気でなによりだが……どうした?」
サーンゾとその数人の仲間は元山賊だ。
彼らを受け入れた船員達も、見れば皆、嬉しそうな顔をしていた。
「俺達、市民権を貰ったんだ!」
「それは、良かったな」
ベルクは素直に頷きながら応える。
「船で逃亡する組織を追跡した功績が認められてさ!」
あの日、ウシタでの騒乱の日、サーンゾ達はベルクからの要望通り、偽情報の囮として港から出航していた。
その結果、港から逃げる組織の船を発見。
奴らが海賊のアジトへと逃げるところまで追跡したのだ。王国騎士エナハルト・ティルムはその情報を元に早期にゾンバルダを冒険者達と追いかけ、『ファナータの街』で捕捉。ゾンバルダとその一味の討伐に成功した。
つまり、サーンゾ達の情報が無ければ追撃が困難な状態になっていたかもしれないのだ。
「よく追いかけたな。ゾンバルダはそこそこの腕があったぞ」
流石の授恵者も海の上だと行動が大きく制限されるとはいえ、『神実の瞳』を使用していない状態でもゾンバルダは難敵だったはずだ。
「そ、そこは、度胸だぜ」
それなりに場数も踏んだという事だろう。
そういえば、最近は半獣人であるベルクが近づいても怖がらなくなったから、人は変わるものだ。
「それで、何か用があって来たんじゃ?」
サーンゾの返しにベルクは小さく頷いた。
そして、ゾンバルダを討伐し、残っていた組織が壊滅した事を伝える。
「……暫く、この街は落ち着かないかもしれないが、もう大丈夫だろうな。一連の事に感謝を伝えに来た」
「それほどでもねぇぜ。それに、これでびくびくしながら街を歩かなくて良いって事だしな!」
ニヤッと笑うサーンゾ。
きっと全うな人生を歩んでいけるはずだ。そして、多くの苦難に立ち向かった彼らなら、これから先の障害も乗り越えられるだろう。
サーンゾ達は一列に並ぶと、いつもの締まらない表情を浮かべながらも、ベルクに向かって敬礼する。
「ありがとうございました!」
「海の男らしく立派になれよ」
歓声と共に海風が吹き抜けた。
彼らの新しい門出を祝うような、そんな爽やかさと共に。
●
「さて、どこからどう収拾をつけたもんかね……火種は撒かれたままなんだろう?」
王国騎士団本部にてエリザ・A・ミシャールはエナハルトに尋ねていた。
港町ウシタの住民騒乱は、様々な要因や情報が交差して起こったものだ。冒険者達が集めた情報を元に作成した真相を知らせる印刷物の配布も進んでいるが――そもそも、字が読めない層もいる訳で、更なる周知は必要な状態だ。
「全てを払拭できていないのは確かです」
「奴らの茶番だった事。そして、評議会と自警団のこれからの在り方、か」
「ウシタでは人材も不足していますからね」
苦笑を浮かべるエナハルト。
どこも人手不足なのは変わらないからだ。
エリザは組織が計画していたウシタの治政基本が記された分厚い書類を机に戻した。これらは幹部の一人、ユーゲンから提供された情報の一つだ。
「組織が描いていた絵図をなぞるのも一つの手だ」
「……意外ですね」
微笑を浮かべて応えたエナハルトにエリザは訊ね返す。
「なにがだ?」
「ずっと組織を追いかけていた貴女だからこそでしょうけど……彼らの目指したもの全てを否定しない所が」
「無条件に全てを肯定するつもりも無いがな。それに、緩やかに、人々の歩く速度で滞りなく変化が進む方こそ、結果的に近道だからさ」
窓の外に映る景色を眺めながらエリザはそう告げた。
使えるものは使えばいい。それだけの事だ。
「ありがとうございます、エリザさん」
エナハルトは軽く頭を下げる。
ユーゲンから提供された情報を使う事に対し、反対する輩もいるだろう。そこを冒険者からの進言という形にすれば角が立たないというもの。
頬のあたりを指でなぞりながら、エリザは話を変える。
「ところで、ファナータの街はどうなるんだろうか? 政争にならないように手当てをしないと、また変な輩が出て来るぞ」
「まだ確定ではありませんが、遠い血筋の貴族が、飛び地として治める予定です」
「遠い血筋の貴族……まさか……」
区切った台詞にエナハルトが頷く。
冒険者達の調査によって、リロはジド・ケルジアの遠い血縁という事が分かっている。そして、今回の事件、ケルジア伯は無関係として宣言しているのだ。
周りからは腫物のように思われていたので、他に候補がなければ、ケルジア伯が治める事になるだろう。
「ジードとジドが同一人物である証拠はありませんし……暫く、監視は続けますが」
「そうするしかないだろう、な……」
追及ができない事をエリザはよく分かっていた。
エリザはスッと立ち上がると確認していた資料を簡単に纏める。
「出立ですか?」
「あぁ、見舞いと報告に」
その相手が誰なのかエナハルトは知っている。
目覚める事がなくとも、フォーゲンを討ったエリザ自身がジードに伝えなければいけない事なのだから。
●
ベッドに横たわる人物にエリザが一つふたつ、伝え終わるのを待って、レティシア・レインフィールは病室に入った。
「やはり……意識は戻りませんか?」
紫苑と金蓮花を小さな花瓶に備えながらレティシアはエリザに訊ねる。
「狸寝入りって事はないだろうが……今際の際に意識が目覚める奴は稀にいるからな」
エリザはそう答えると見舞いは済んだとばかりに席を外す。
もう二度と、会う事はないだろう。そんな気がしていた。そして、レティシアが持ち込んだ紫苑と金蓮花に視線を向ける。
「……想いの花か」
「左様でございます」
そのやり取りを交わし、エリザは退室していった。
軽く頭を下げて彼女を見送ったレティシアは視線をジードへと向ける。
「フランセス様を捨て駒扱いし、多くの罪無き人々を己の夢の為に利用した事は許されません。ですが、王国を愛していたからこそ失望し、方法を選べなくなった貴方の痛みもまた、無かった事には出来ません」
ゆっくりと告げるとベッド際の椅子に腰掛ける。
「『欠落』を抱えたままの私はいつか破綻すると……貴方はそう仰いましたね」
胸の奥底を抉るようなジードの指摘は、どこか正しいと思えてならなかった。
だから、『壊れる』前に『自身』を殺し『貴族』として嫁ぐ事になる。
「私は『私』で在る間、私なりの方法で王国と人々を護ってみせます。王国を愛し、足掻いた貴方を……私は決して忘れません」
決意を聞き遂げるように窓から注がれた風が、紫苑と金蓮花を揺らすのであった。
●
組織幹部のフォーゲンが埋葬されたのはウシタの外れだった。
エナハルトの話によると『仮』だそうだ。後日、どこかに改葬されるという。
「顔見たら言いそうだったから、顔を合わせないようにしていたけれど……貴方の子は貴方がやってた事をどう思うかしら?」
酒の入った小瓶を小脇に置きながら、エミリア・シバはそう呼び掛けた。
フォーゲンの息子は陰謀に巻き込まれ非業の死を遂げたという。それが彼にとっての『欠落』になったのだ。
冒険者と幾度も渡り合った力量の持ち主であったフォーゲンがそこまで思う息子だ。きっと、将来有望な子だったのだろう。
「まぁ、死後の世界ってものが仮にあったなら、怒られてきなさいな。貴方が『欠ける』程の良い子だったのなら、たぶんみっちりお説教するんじゃないかしらねぇ」
エミリアは穏やかな口調でそう告げると音も無く立ち上がる。
これから先、この街でエミリアにはやるべき事があるからだ。
●
サーンゾ達と別れたベルクは、引き続き、ウシタの中で情報を集めていた。
騒乱を切っ掛けとして、市民権を得たのは他にもいたようで、新たな市民に対しての受け入れの雰囲気は悪くないようだった。
(視線を感じるな……)
どこからか見られているような圧を感じる。
ベルクは気が付かない振りをしつつ辺りを見渡すが……人込みに紛れていて判別できない。
(流石にこの状況で手を出して来るほどの愚か者ではないようだな)
出来れば捕縛して何者か問い詰めたい所だが、単に見られているだけではそこまでできない。
冒険者……それも授恵者に対して容易には手が出せない事を知っているのだろう。
(念の為、報告はしておくか)
ロディン伯爵の脅威は去ったが、それですぐに平和になるという事はない。
領地経営が軌道にのるまでは四方八方、敵だらけと思った方が良さそうだ。それが、政争というものなのだから。
●
ある日、シルヴィア・A・カペルは学園の図書館に訪れていた。
老人司書に頼みがあっての事だ。
「ジド様とジードの想いや考え方は、今、この国に必要なものです。しかし、ジードの手段は許されないものでした」
シルヴィアの話しぶりに老人司書は何かを察したようだった。
「……戦いは終わったのですな」
「はい。彼等の理想を共有出来るからこそ、凶行を止めたいと願う人がいる……だからこそ、私に教えて下さったのですね」
この老人司書は貴重な情報を提供してくれた。
そして、突拍子だが、ある事をシルヴィアは確認する。
「司書さんが三人目のジド様ではないですか?」
「私はただの友人です。今の貴方様とお仲間の方達のように……」
司書はそう答えると例の文集をシルヴィアに渡す。
「これは、理想を追いかける者が持っておくべきでしょう。ジド様と多くの仲間達の意思を、貴方様が継いで欲しいのです」
託された文集の重さを確かに感じながら、シルヴィアは受け取るのであった。
●
ケルジア領で隠居しているジドに会いに行った後、王都に帰ってきたシルヴィアはジードの見舞いに訪れていた。
(ジドは文集を見ても反応を示さなかった……忘れてしまったのか、それとも……存在を知らなかったのか……)
新たな疑問を胸に秘めつつ、眠っているジードの傍に寄ると回復魔法を施す。
望む効果が現れないと知った上で、けれど、シルヴィアはそうしたかった。
「王国は変わろうとしている。貴方達の理想はきっとそう遠くない未来に芽吹くだろう」
もし、ジドが自分達と同じ世代に生まれていたら……どうなっていただろうか。
一緒に理想を語ったのだろうか。
国を変える為に、共に肩を並べ、戦ったのだろうか。
「貴方達と語り合ってみたかったな。一緒に歩むことが出来たのではないかと思うよ。国を想う気持ちは同じだから」
互いに譲れない事はあるだろう。だからこそ、話し合う事が必要だった。
ジードの理想に多くの人が共感した事は事実なのだから。
「貴方の事、その理想を……私は忘れない」
そして、文集を開く。
学園の図書館で出会った老人の司書やケルジア領で隠居を続けるジドの事なども交えながら、物語を語るようにシルヴィアは言葉を紡ぐ。
(もし、訊けるのなら、私は……3人目の事を聞きたい)
その者は今、どうしているのだろうか。
国の行く末を見守っているのか。あるいは、ジードと同じような過ちを辿っているのか、もしくは……既にこの世にないのか。
(……私は忘れない)
今一度、その言葉を心の中で呟く。
不意に吹き込んできた風が頬を撫で、シルヴィアは視線を窓の外へと向けた。
青い芝の上で円を組んで語り合う、ジドと学友と、そして、自分達の姿の幻影を――シルヴィアは垣間見た気がした。
●
「ここで……大丈夫です」
病室の入口からミア=リゼルの声が聞こえ、シルヴィアは振り返った。
少女は他の冒険者に付き添って貰っていたようだった。心細い足取りがその心境を如実に表している。
「ジードさんは眠ったままでしょうか?」
「でも、きっと、聞こえていると思う」
シルヴィアは丁寧に頭を下げるとミアに場所を譲ると、斜め後ろに下がった。
ここからは彼女の別れだ。それを邪魔したくない。
ミアは仲間の気遣いに感謝しつつ、ベッド際に寄ると座り込む。見舞いの品だろうか、花の香が満ちていた。
(言葉が欲しいのはきっと、私の方……)
ジッとジードを見つめ、その手を取った。
皺だらけの冷たい手にミアは夏の貝殻を握らせるとそのまま自らの手で覆うように包む。
「わたしがあの時なりたかったのは……女王でも騎士でもなくて……『希望』だったのだと思います」
ただただ何かを成し遂げようと突き進むせんせいの『希望』になりたかった。
いつか、せんせいが『絶望』しないように。
「私は……あなたの欠落を少しでも照らせていましたか?」
ミアは今となっては分かる気がした。
己の分身と言っても過言ではないよく似た二人を巻き込んだ上で、結局、国を変えられなかった。それまで歩んだ人生そのものを、ジードは認められなかったのではないかと。
「……せめて、その死出の旅が独りではありませんように」
祈るように顔に寄せた手を通じて溢れた涙が伝っていく。
その温もりにジードの指が僅かに動き、ミアは顔を挙げた。
「せん……せい……」
「良く出来た子。人として……」
生きてみせよ――と、か細く続いた言葉が最期となった。
それが幻聴だったのかどうか確かめる間もなく、ジードの全身からエーテルが抜けていくようだった。
「……おやすみなさい。どうか安らかに」
額にそっと口付けして、ミアは別れの言葉を呟く。
ジードを照らしていた夕陽が沈み、波乱に満ちた一つの命の終わりを告げるのであった。
●
鐘が鳴り響く。
病室の入口付近で経過を見届けていたルベア・ベルニはいつもと変わらない表情で外に出ると、ミアを待っているエナハルトに声を掛けた。
「ミアさんを宜しく。私はちょっと……帝国領に行ってくる」
「はい。ミアには伝えておきます」
微笑を浮かべるエナハルトの返事に小さく頷くと、ルベアは心境を悟られたくないように駆け出した。
ルベアが訪れたのは帝国領内で研究員として活動している元幹部のトレイシーの所だった。彼女に、組織やジードの事、そして……リロの事を伝える為だ。
「……以上が事の顛末よ」
「そっか。リロは逝ったんだね。あの子……一人だったから組織が崩壊したら、遅かれ早かれ、死を選んでいたと思う」
物静かに応えたトレイシーの台詞に、ルベアは胸の奥に抑えつけていた感情の流れを止める事が出来なかった。
「もっと寄り添えていたら……ジードが居なくなった後でも、ちゃんと自分の力で生きていけたかもしれないのに……そう出来なかったんだから、ある意味ではリロを殺したのは私よね……」
その自責がルベアを覆っていた。
確かに、冒険者達の中で接触が多かったのはルベアだったかもしれない。
「そこまで思う事かな?」
トレイシーは疑問を口にする。
話を聞く限り、冒険者達に落ち度があったとは思えない。エナハルトが言った通り、悪いのは全てゾンバルダなのだから。
だが、分かっていても、ルベアの心は重く沈んでいた。
「そうよ……私、冒険者として色々出来て来たって思ってた。だけど……全然、ダメね。こんな事があると思い知るわ。前もそうだったし……」
『欠落』ではなく、ただ力が及ばないだけ。どんなに冒険者として頑張ってとも乗り越えられない壁が立っている。それでも手を伸ばし続けるのは……分不相応なのだろうか?
「……研究ってさ、失敗ばかりなんだよね。仮説を立ててやってみても、その通りいかない事ばっかりでさ……生きる事は研究よりも難しいって私は思ってるし、ルベアが居たからこそ気づけた」
彼女はお茶を煎れる。
その香りをルベアは微かに覚えていた。あの時、3人で飲んだお茶だから。
「リロの欠落にルベアが届いたとして、果たしてあの子を救えたのか救えなかったのか、それは誰にも分からない。だったら、ルベアが辿った道のりこそが、正答だったと私は信じてるよ」
「トレイシー……」
零れる涙を拭うルベアに、彼女は微笑む。
「元気出してって安易には言わないけれど、一つ、お願いしても良いかな?」
「私に?」
「あの子に、たまにでいいから会って欲しいんだ。ほら、私はさ……王国に戻れないから。色んな事を話して伝えて欲しい。リロは、きっと喜ぶと思う」
それで浮かばれるかどうかは、それさえも誰も分からない。
だったら、それが正しいだと信じるだけだ。
「……機会があったら、行ってみるわ」
どこに埋葬されるかどうか分からないけれど冒険者なら、どこにでも行ける。そして、冒険者であれば誰でも良いという訳でもない。関わった事があるからこそ、自らが足を運ぶ意味があるのだろう。
ルベアは息を深く出して、呼吸を整えるとトレイシーが煎れたお茶に手を伸ばした。今一度、この優しい香りを確かめる為に。
●
病院から出て来たミアをエナハルトは優しく抱き締めると、耳元でルベアが帝国領に向かった事を伝えた。
「……付いて行けたら、良かったんですけど」
ミアはそう応えると埋めていた顔を挙げて言葉を続ける。
「ジードさんとの最後の機会を……ありがとうございました。ジードさんがせんせいでも、そうじゃなくても……独りで旅立たせたくはなかったんです」
「最期を看取ったのが君で、良かったと思う」
「あの人が守りたかったもの……壊したかったもの……それらを、私たちが選んで進む、その道が見えるように……したいです」
台詞の意味をエナハルトはよく理解していた。
ジードとリロとフォーゲン。この3人の埋葬先について、彼には考えがあった。
「僕はティルム家の外れに彼らの墓を作ろうと思う」
墓に訪れる者から組織の残党を追跡するという理由もあるが、それ以上に、関わった者として、エナハルトなりのケジメでもあった。
「良いだろうか?」
「はい……もちろんです、エナ」
ミアは思うままに力を込めてエナハルトに抱きつく。
気持ちが落ち着くまで、ただずっとこうしていたい。
「……ここまで来られたのも、皆さんやあなたのおかげです」
「僕もだよ、ミア。ありがとう……愛してる」
「はい。私も愛しています」
陽は落ちた。けれど、また昇ってくる。
だから、今日の事を、明日も明後日も、これから先、ずっと覚えていこうと思う。
愛する人と共に、人として歩みながら――。
●
メドゥの指先『黄の中指』ジード・ランスウッドが亡くなった日の夜、王都のとある屋敷が火災で焼け落ちた。原因は台所の不始末らしく、気が付いた時には火の勢いは止められるものではなかった。
犠牲者は一人。
それは勾留中だったユーゲンだった。負傷により身動きが出来なかったと考えられ、屋敷の崩壊と共に死亡したと、記録に残されるのであった……。
●
ロディン伯爵から解雇されていた人々が戻り、クナッターラ家の屋敷に活気が戻っていた。と言っても、人手不足は否めない状況は変わりない。
事情があって湯浴みさせて貰っていたエミリアが応接間に入って来た。
「ありがとう。おかげでサッパリしたわ」
「エミリア様に襲って来るとは、命知らずね」
レティシアが苦笑を浮かべつつ、水の入ったグラスを渡す。
酒場を中心に治政に関する事の情報や意見を集めていたエミリアだったが、幾軒か回った所で暴漢に襲われたのだ。
フェイクカバーで別人を装っていたから、冒険者と思われていなかったのだろう。非授恵者数名程度だったので、返り討ちにした。湯浴みしていたのは捕縛した際に汚れたからだ。
「他の冒険者も何者かに襲われたと報告書が上がっているし、これは早急に手が必要ね」
グラスを口につけながら言ったエミリアの台詞にナラゼが目を丸くする。
「また……なにかおこってしまうのですか?」
心配そうな表情の幼い領主に向かって、レティシアは首を振った。
「今回の件はロディン・キーリュロフからの報復ではなく、他の近隣貴族からの『探り』といった所かと考えられます」
「えと……それは……」
「ウシタに住まう人々の不満や課題を知ろうとしているのは『私達』だけではないという事でございます」
そう前置きしてからレティシアは分かりやすく説明を続けた。
領内の不安定な個所を突き、介入する為の口実を探しているのだ。街が大混乱し、新しい領主が幼いと知られている以上、勢力拡大を図る貴族が黙っている訳がない。
「どうしたら、いいのでしょうか……」
「慌てる事はありません。確かにゆさぶりはあるかもしれませんが、治政体制が盤石であれば問題ないのです」
その為の方策もレティシアは用意してきた。
評議会の任期や選出基準、招集頻度や条件を整理しつつ、定期的な投票式選挙や目安箱の設置などだ。
「領内の治政が安定し、ナラゼ様がもう少し成長されましたら、学園に入学し、学ばれるのは如何でしょう?」
「がくえん?」
「あら? それはいい考えね」
思わぬ提案にナラゼが首を傾げ、エミリアが手を合わせた。
二人の反応にレティシアは頷く。
「学園では多くの事が学べますし、気の合う友人や将来、共に街を支えて下さる方々とも出会えるかもしれません」
「人の繋がりも築けるのなら、尚更とおねえさんも思うわ。それに、いつかは評議会の規模も縮小しなければならないのなら、その期限の目安として、学園の卒業というのは理に適っていると思うの」
大勢の市民達からの生の声を聴いて来たエミリアがそう付け加える。
彼らが思うのは、やはり、幼い領主がどう成長するのか……それによってウシタの在り方に大きな影響がある以上、不安を覚える所なのだろう。
パンクリアース学園に入学すれば、その不安を少しは和らぐ事ができるはずだ。
「そういえば、レティシアちゃんは学園の卒業生だったかしら?」
「レティシアさまがかよっていたら、ぼくも、いきたいです!」
急に勢いよく宣言するナラゼにレティシアは優しい表情を見せる。
勉強不足は否めないが、年齢を考慮すれば頭が良い方だ。それにこの若さで色々な苦難も体験できた事も学園での生活に役に立つはず。
その上でやる気に満ちているのだ。後、足らないものといえば、学園生活のバックアップだろうか……。
「もし、何か……いえ、いつでも当家の王都の屋敷にお手紙を下さい。お困りの時は、きっと、駆け付けますから」
貴族としての振る舞いも、学園生としての在り方も助言できるだろう。
入学する方向で考えだしたエミリアの頭の中で、ふと疑問が過る。
「領主という立場だから、在学中は学園とウシタを行ったり来たりしそうよね。その辺りは入学に際して大丈夫なの?」
具体的な心配をするエミリアにレティシアが思案しつつ、応えた。
「そう……ですね。卒業生からの『推薦状』はある程度、有効かと存じます」
万能ではないだろうが、これまでの経緯や事情を考慮してくれれば、入学は可能かもしれない。
「ぼく、はいります。がくえんに」
「でしたら、まずはやはり、勉強を続けないといけませんね」
ニッコリと微笑んだレティシアに幼い領主も笑みを浮かべる。
その様子に、エミリアはエナハルトに渡す予定の報告書には、このやり取りも追記しておこうと思うのであった。
●
ヴィント行きの馬車が国境を越えた所で休憩の為、停止する。
背を伸ばしながら降り立つ乗客達の中に、フードを深く被っていた青年が居た。
遠く、王都の方角を静かに見つめる。
「……」
青年に名は無い。それでも、『自分』として生きる事はできる。
生きて欲しいと強く願ってくれた赤い狐耳を持つ半獣人の為に。
その時、急に吹いた突風にフードが外れ、彼の青い髪が揺れるのであった――。
マスターコメント
お疲れ様でした&ご依頼にご参加いただき、ありがとうございました。
長期個人連作となる【獗烙】は当シナリオで完結となります。参加下さった皆様一人ひとりとここまでストーリーを追いかけて下さり、共に物語を紡いだ方々に感謝申し上げます。
最後を迎えて、いかがでしたでしょうか? やり切れたのか、やり残したのか、または新たな門出になったでしょうか?
一部登場人物については、引き続き、今後も登場予定になりますので、その際はよろしくお願い致します。
それでは、改めて、依頼へのご参加、ありがとうございました。また機会があれば冒険者の方々のご参加の程、お待ちしております。
ロングシナリオ易しい 報酬:標準9 / 6〜10人
2022年10月18日 13時31分44秒 公開
大成功
相談掲示板
シルヴィアだ。よろしく頼むよ。 今回は事後シナリオ……それぞれ後悔のないように動こう。 私はジードのお見舞いに行くよ。例え目覚めなかったとしても、ジド様の様子と、司書さんの言葉について伝えたい。もしジードの目が覚めたら、現れなかった3人目についても尋ねてみるつもりだ。
ミア=リゼルです。こうして皆様とひとつの物語の終わりを迎えられましたこと、とても感慨深く思います。…たくさんご迷惑もおかけてしまって。ここまでありがとうございました。 私は…せんせいのおそばに。その最期の時まで…。
ルベアよ、今回も宜しく。 ジードの最期は私も見届けようと思ってるけど、メインは帝国領にいるトレイシーとの接触かな。 事の顛末と、ジードが亡くなったこと、リロを救えなかったこと…彼女には知る権利があると思うから。
ごきげんよう。 レティシア・レインフィールと申します。 皆様、此度もよろしくお願い致します。 少々迷っている事もございますが 私は主にナラゼ様のお手伝いを予定しております。
挨拶が遅れちゃってごめんねー、クレアだよ。 ボクはユーゲンの所に行く予定。 皆それぞれ悔いのない1日を送れるよう祈ってるよ。