【夏果】リブラネスタコレクション【陽光】
津軽無色
コメント 5
シナリオID:2326
オープニング
●ハッピーバースデー?
それは奇しくも通算154度目となる誕生日のこと。
エフィミア・リリックは休暇の最中立ち寄ったリブラネスタの街で、やけ食いしていた。
もちろん――もしも髪を結い上げ眼鏡をかけただけの状態をそう言って差し支えないのなら――変装も忘れていない。
ちなみにやけ食いしているのは自分を祝うためなどという可愛らしい理由ではなく、ただ単に休暇を有意義に過ごしているだけだ。
「第一、今更ひとつやふたつ歳を重ねたところで、別に嬉しくもなんともないわよ」
誰かに聞かれたら、きっとそう答えていただろう。
そもそも今は何かを祝うような気分にはなれそうもない。
「やや、これはこれはエフィミア殿、まさかリブラネスタにいらしたとは」
やがて、今日何度目かの食事を遮ったのは、顔馴染みの初老の男性。
名はオッシ、数十年前からしばらくの間、探索絡みで何度も贔屓にした商人だ。
もっとも、彼が拠点となる店舗をエドゥノーグからリブラネスタに移して以降は会う機会も減っていたのだが。
それはそれとして。
「失礼ですが、どなたかとお間違えではございませんか?」
「は?」
「“は?”じゃないわよまったく、少しは察しなさい……!」
「はあ……」
まったく空気を読まない顔馴染みを小声で𠮟責しながら、エフィミアは彼を半ば強引に向かいの席へ座らせた。
「それで? 何かあった?」
「分かりますか」
「長い付き合いだもの」
「はははっ、エフィミア殿にはかないませんな」
「しッ!」
「おっと失礼。いや実はですな、今度港の一角を借りて催し物をすることになりまして。と言いますのも、このところ各地の名物自慢が活発になっとりますでしょう? それにあやかって、いっそのこと競わせてみたらどうだなんて声が上がりましてね、商人や料理人、職人までもが息巻いてるんですわ。それで、一応勝ち負けを決める体裁でやるつもりなんですが、目的はあくまで名産品の知名度を上げて消費を促すことなんです」
「いいじゃない、何か問題でもあるの?」
「そうですな、知名度を上げるにはたくさんの客を呼び込んで盛り上げなきゃあいけません。すると当然、じゃあどうやって盛り上げるのかって話になりまして。いろいろと協議した結果“水着姿の紳士淑女に各地の名産品を使ったデザートを食べてもらって、その食べっぷりを競おう”ってことになったんですよ」
「いろいろと言いたいことはあるけど、食べっぷりって……大食いでもさせる気?」
「いえいえ、どちらかと言うと食べ方のほうですな。上品だったり綺麗だったり可愛らしかったり艶っぽかったり悩ましかったり微笑ましかったり元気がよかったり豪快だったり、とにかく魅力的に食べた奴ほど偉い、そうやって食べられたデザートほど美味いと、まぁこういうわけです」
「なるほど、それで水着着用ってわけ」
「おっしゃる通りです。見目にも涼しげで華やかな美男美女が! 美味しそうにデザートを食べて! それを競い合う! どうです盛り上がりそうでしょう?」
「で、その美男美女の選定に難航してる、と」
「……おっしゃる通りです」
「心当たりがないこともないけど」
「おお、本当ですか!」
「まぁ一応ね。それから、勝負は2チームの対抗戦にしたらどう? 個人戦にしちゃうと、上位との差が広がるほど下のほうに材料提供した業者があとあと不利だもの」
「妙案ですな。では産地や業者もばらばらになるよう二手に振り分けるとしましょうか」
「うん、そっちはお願いね」
「いやはやお話して正解でした。年の功というやつですかな」
「オッシ坊やが言うようになったじゃない」
気がつくと、物憂く圧し掛かる心持ちが、幾分軽くなっていた。
うまく乗せられた気がしないでもないが、滞在中の時間潰し程度にはなるだろうか。
エフィミアはこの古い知人に少しだけ付き合ってやることにした。
●!?
「そういうわけだから美男美女諸君、よろしくね」
エドゥノーグ探索者支援ギルドギルド長エフィミア・リリック(154歳)がリブラネスタの冒険者ギルドを訪ねるなり――一応依頼という体ではあるが――冒険者を仕切り始めたのは、その日の夕方のこと。
彼女を知っている者もそうでない者も何を言っているのか分からないと思うが大丈夫、誰にも分からない。
「ちょっとそこ、聞いてる? じゃあ今から私を挟んで二手に分かれてちょうだい。なるべく均等になるように」
居合わせた冒険者たちは訝しみながらも一応言うとおりにする。
そうして二つの集団ができると、エフィミアは満足げに頷いた。
「よし。各自、隣にいる顔はしっかり覚えといて。当日はそのメンバーで組んでもらうから。……今気がついたんだけど、チーム名欲しくない? なるべく分かりやすいやつがいいわね。それじゃ、きみたちは今から――」
●陽光
そして当日、リブラネスタ港内にて。
気が付いたら水着に着替えさせられていた、エフィミアの話を聞いたときから乗り気で意気揚々と参戦した、興味はあれど一人では恥ずかしいので仲間と誘い合わせて来た――などなど様々な事由を経て、とにかくあなたたちは今チーム【陽光】の一人として特設ステージ上に右側に立っている。
反対側にはチーム【月影】の面々、そして両者の間にはなぜかエフィミアまでが水着姿で控えていた。
真夏の強い日差しが差し込む会場には既にたくさんの観衆が詰めかけており、大変な熱気に包まれている。
そんな中、おもむろにエフィミアが前へ進み出て、またしても仕切り始めた。
「今日は暑い中集まってくれてありがとう! 司会はこの私、エフィミア・リリックが勤めさせてもらいます。よろしく。――それじゃ早速ルールを説明するわね。今から【陽光】と【月影】の各チームが交互に1回ずつ、トロピカルデザートを食べるパフォーマンスを披露します。そのとき“いいね!”って思った人は、惜しみない拍手を送ってあげてください!」
説明に呼応するように、会場は割れんばかりの拍手で満たされる。
「そうそう、その調子。あとはこれを繰り返すだけ。最終的に、よりたくさんの拍手をもらったチームが勝者よ。どう? 簡単でしょ?」
「パフォーマンスって具体的に何をやるんだ?」
拍手が疎らとなったころ、観客の中からそんな声があがった。
「もっともな疑問だわ。ここはひとつ模範演技と洒落込みましょうか」
エフィミアは待ってましたとばかり指を鳴らす。
するとステージ脇からスタッフが駆けてきて椅子やらテーブルやらを設置し、更にはどこからか弦楽の涼やかな調べが流れてきた。
エフィミアは伴奏に合わせるかのようにゆったりと椅子に歩み寄って腰掛け、悩ましげに足を組み。たとえるなら恋人を待つが如き面持ちで伏し目がちに頬杖をついていると、やがて給仕風の男性が様々なベリーが宝石のように散りばめられた小振りなサマープディングを盆に乗せ、彼女の元を訪れた。
音もなく卓上へ供えられたそれへ、エフィミアは切なげな眼差しを向けて。
てっぺんにフォークを突き刺したかと思うと、一息に口に運び。
丸呑みした。
その瞬間、そこそこいい感じに沸いていた筈の会場は、一気に静まり返った。
がんばれ冒険者たち。
開幕早々凍てついたイベントが成功するかどうかは、きみたちの活躍にかかっている!
それは奇しくも通算154度目となる誕生日のこと。
エフィミア・リリックは休暇の最中立ち寄ったリブラネスタの街で、やけ食いしていた。
もちろん――もしも髪を結い上げ眼鏡をかけただけの状態をそう言って差し支えないのなら――変装も忘れていない。
ちなみにやけ食いしているのは自分を祝うためなどという可愛らしい理由ではなく、ただ単に休暇を有意義に過ごしているだけだ。
「第一、今更ひとつやふたつ歳を重ねたところで、別に嬉しくもなんともないわよ」
誰かに聞かれたら、きっとそう答えていただろう。
そもそも今は何かを祝うような気分にはなれそうもない。
「やや、これはこれはエフィミア殿、まさかリブラネスタにいらしたとは」
やがて、今日何度目かの食事を遮ったのは、顔馴染みの初老の男性。
名はオッシ、数十年前からしばらくの間、探索絡みで何度も贔屓にした商人だ。
もっとも、彼が拠点となる店舗をエドゥノーグからリブラネスタに移して以降は会う機会も減っていたのだが。
それはそれとして。
「失礼ですが、どなたかとお間違えではございませんか?」
「は?」
「“は?”じゃないわよまったく、少しは察しなさい……!」
「はあ……」
まったく空気を読まない顔馴染みを小声で𠮟責しながら、エフィミアは彼を半ば強引に向かいの席へ座らせた。
「それで? 何かあった?」
「分かりますか」
「長い付き合いだもの」
「はははっ、エフィミア殿にはかないませんな」
「しッ!」
「おっと失礼。いや実はですな、今度港の一角を借りて催し物をすることになりまして。と言いますのも、このところ各地の名物自慢が活発になっとりますでしょう? それにあやかって、いっそのこと競わせてみたらどうだなんて声が上がりましてね、商人や料理人、職人までもが息巻いてるんですわ。それで、一応勝ち負けを決める体裁でやるつもりなんですが、目的はあくまで名産品の知名度を上げて消費を促すことなんです」
「いいじゃない、何か問題でもあるの?」
「そうですな、知名度を上げるにはたくさんの客を呼び込んで盛り上げなきゃあいけません。すると当然、じゃあどうやって盛り上げるのかって話になりまして。いろいろと協議した結果“水着姿の紳士淑女に各地の名産品を使ったデザートを食べてもらって、その食べっぷりを競おう”ってことになったんですよ」
「いろいろと言いたいことはあるけど、食べっぷりって……大食いでもさせる気?」
「いえいえ、どちらかと言うと食べ方のほうですな。上品だったり綺麗だったり可愛らしかったり艶っぽかったり悩ましかったり微笑ましかったり元気がよかったり豪快だったり、とにかく魅力的に食べた奴ほど偉い、そうやって食べられたデザートほど美味いと、まぁこういうわけです」
「なるほど、それで水着着用ってわけ」
「おっしゃる通りです。見目にも涼しげで華やかな美男美女が! 美味しそうにデザートを食べて! それを競い合う! どうです盛り上がりそうでしょう?」
「で、その美男美女の選定に難航してる、と」
「……おっしゃる通りです」
「心当たりがないこともないけど」
「おお、本当ですか!」
「まぁ一応ね。それから、勝負は2チームの対抗戦にしたらどう? 個人戦にしちゃうと、上位との差が広がるほど下のほうに材料提供した業者があとあと不利だもの」
「妙案ですな。では産地や業者もばらばらになるよう二手に振り分けるとしましょうか」
「うん、そっちはお願いね」
「いやはやお話して正解でした。年の功というやつですかな」
「オッシ坊やが言うようになったじゃない」
気がつくと、物憂く圧し掛かる心持ちが、幾分軽くなっていた。
うまく乗せられた気がしないでもないが、滞在中の時間潰し程度にはなるだろうか。
エフィミアはこの古い知人に少しだけ付き合ってやることにした。
●!?
「そういうわけだから美男美女諸君、よろしくね」
エドゥノーグ探索者支援ギルドギルド長エフィミア・リリック(154歳)がリブラネスタの冒険者ギルドを訪ねるなり――一応依頼という体ではあるが――冒険者を仕切り始めたのは、その日の夕方のこと。
彼女を知っている者もそうでない者も何を言っているのか分からないと思うが大丈夫、誰にも分からない。
「ちょっとそこ、聞いてる? じゃあ今から私を挟んで二手に分かれてちょうだい。なるべく均等になるように」
居合わせた冒険者たちは訝しみながらも一応言うとおりにする。
そうして二つの集団ができると、エフィミアは満足げに頷いた。
「よし。各自、隣にいる顔はしっかり覚えといて。当日はそのメンバーで組んでもらうから。……今気がついたんだけど、チーム名欲しくない? なるべく分かりやすいやつがいいわね。それじゃ、きみたちは今から――」
●陽光
そして当日、リブラネスタ港内にて。
気が付いたら水着に着替えさせられていた、エフィミアの話を聞いたときから乗り気で意気揚々と参戦した、興味はあれど一人では恥ずかしいので仲間と誘い合わせて来た――などなど様々な事由を経て、とにかくあなたたちは今チーム【陽光】の一人として特設ステージ上に右側に立っている。
反対側にはチーム【月影】の面々、そして両者の間にはなぜかエフィミアまでが水着姿で控えていた。
真夏の強い日差しが差し込む会場には既にたくさんの観衆が詰めかけており、大変な熱気に包まれている。
そんな中、おもむろにエフィミアが前へ進み出て、またしても仕切り始めた。
「今日は暑い中集まってくれてありがとう! 司会はこの私、エフィミア・リリックが勤めさせてもらいます。よろしく。――それじゃ早速ルールを説明するわね。今から【陽光】と【月影】の各チームが交互に1回ずつ、トロピカルデザートを食べるパフォーマンスを披露します。そのとき“いいね!”って思った人は、惜しみない拍手を送ってあげてください!」
説明に呼応するように、会場は割れんばかりの拍手で満たされる。
「そうそう、その調子。あとはこれを繰り返すだけ。最終的に、よりたくさんの拍手をもらったチームが勝者よ。どう? 簡単でしょ?」
「パフォーマンスって具体的に何をやるんだ?」
拍手が疎らとなったころ、観客の中からそんな声があがった。
「もっともな疑問だわ。ここはひとつ模範演技と洒落込みましょうか」
エフィミアは待ってましたとばかり指を鳴らす。
するとステージ脇からスタッフが駆けてきて椅子やらテーブルやらを設置し、更にはどこからか弦楽の涼やかな調べが流れてきた。
エフィミアは伴奏に合わせるかのようにゆったりと椅子に歩み寄って腰掛け、悩ましげに足を組み。たとえるなら恋人を待つが如き面持ちで伏し目がちに頬杖をついていると、やがて給仕風の男性が様々なベリーが宝石のように散りばめられた小振りなサマープディングを盆に乗せ、彼女の元を訪れた。
音もなく卓上へ供えられたそれへ、エフィミアは切なげな眼差しを向けて。
てっぺんにフォークを突き刺したかと思うと、一息に口に運び。
丸呑みした。
その瞬間、そこそこいい感じに沸いていた筈の会場は、一気に静まり返った。
がんばれ冒険者たち。
開幕早々凍てついたイベントが成功するかどうかは、きみたちの活躍にかかっている!
解説
※こちらに参加したPCはチーム【陽光】メンバーとして参戦する扱いとなる。
●目的
メイン:デザート水着ショーバトルに参戦してイベントを盛り上げる
サブ:自チームの勝利に貢献する
●状況
お昼のリブラネスタ港某所、特設会場。
ステージ上でパフォーマンスをやれと言われて来てみたらエフィミアが早速やらかし、真夏なのになんだか寒くなってしまった。果たしてこのイベントは成功するのか!?
●ルール補足
各チームごとに人数と同じ回数のパフォーマンスを披露できる。順番は自由。
毎回一人ずつでも構わないし、複数人共同のパフォーマンスを複数回しても良い。
その他詳細はOP参照。
●パフォーマンス(=プレイング)について
水着姿で果物を用いたデザートを食べさえすれば公序良俗の範疇でなんでもアリ。
極論、危険なことさえなければ剣を振り回しても魔法ぶっぱしても問題なし。
もちろん純粋に本人の魅力と食べ物、そして食べ方のみで勝負するのも歓迎。
観衆が注目しやすいポイントは以下の通り。
・水着のデザイン→特徴の記載を推奨(指定がなければ当たり障りのないものとなる)
・着こなし→容姿だけでなく所作や雰囲気もチェック対象
・デザート→「チョコバナナパフェ」「三種のベリーのサマープディング」といった名称か、もしくは食材の組み合わせや調理加工法など大まかなイメージの指定を推奨(ただし世界観的に入手困難なためアイスを用いたデザートは不可)
・食べ方を含めた演出→RPの腕の見せどころ、健闘を祈る
●登場人物補足
・エフィミア・リリック
司会進行役。観衆と共に拍手もする。
立場上参戦はしないが乗せられれば再度パフォーマンスを見せてくれるかも知れない。
……が、シナリオ成功度が一段階下がる可能性があるため、自己責任で。
・オッシ
本イベントの取り纏め役。主に裏方を手伝っており、閉会時のみ登場。
・協賛している商人、料理人、職人
持ち込み以外の水着、果物、デザートは彼らが提供したもの。用がなければ登場しない。
●その他
・原則質問不可。
・【陽光】【月影】は同一の場所と時間軸の出来事だが、仕様上別々のシナリオとなるため、相手チームメンバーとの会話やそれに類する行動はリプレイに反映されない。
・【陽光】【月影】の両シナリオに参加したPCは、双方のチームメンバーとして参戦する扱いとなる。パフォーマンスは交互に行われるため、特に時間的制約はない。
マスターより
水着を着たおにいさんおねえさんが書きたい書きたいと駄々をこねた挙げ句、よりによってお誕生日前後のエフィミアさんをお借りした津軽無色です。
そんなわけで今回はトロピカル(じゃなくてもいいけど)デザート+水着ショーバトル。
しかも二本立てのリンクシナリオとなります。
OPに少しだけ文言の違いはあるものの、やるべきことはどちらのシナリオも同じです。
チーム名などから、なんとなくお好きなほうにご参加いただければなと思います。
また、解説の最後でも言及していますが、両方のシナリオにご参加いただくことにも特に制限はありません。
細かいことは気にせずに、とにかく盛り上げていきましょう。
ご参加お待ちいたしております。
リプレイ
●きみは知っているか
血の滲む努力と研鑚を積み重ね、しかしそれをおくびに出すことはせず、惚れた男の前ではこともなげに咲き誇る――それを女の矜持と定義し、自らに課す者も少なくない。
シルヴィア・A・カペルもまた、そんな可愛らしい努力のためにこのイベントに参戦した一人。
(だと言うのに)
彼女は今、甚だしく動揺していた。
エフィミアの一件は言うに及ばず、それに加えて【月影】チームの顔ぶれに、あろうことか恋人の姿があったせいだ。他ならぬ彼と約束した海デートに備えて慣れない水着の予行演習を――そう思っていたのだけれど。
不特定多数の目に水着姿を晒すだけでも恥ずかしいのに、いきなり恋人にまで見られてしまったから。
だが、如何に取り乱したとてそれを人に見せぬのもまた、淑女の嗜み。
シルヴィアは普段と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべ、改めて彼の姿を認める。
(素敵だな……)
贔屓目を抜きにしても格好いい――そのときめきを顔に出すこともなく。
やがてこちらに気づき微笑む彼に、やはり微笑みで応えるのみだ。
(お互いがんばろう)
気を取り直し、今は互いの健闘を祈って。
●お仕事の合間のお仕事
先攻を【月影】に譲った【陽光】の一番手は、ティトリー=R=アルバート。
去り際、自分とは正反対の小さな海賊王がサムズアップしてくれたのに片手で応え。
「……ぼくみたいなのでも、お役に立てるといいな」
静かで控えめな、それでいて充分の意気を宿し、程好く温まった会場に踏み入れる。
袖から最初に見せた足は、白いプルメリアの花があしらわれたサンダル。
それにつられて姿を現した、線の細い若者を見て、一部女性客が色めき立つ。
白いパーカーが揺れるたび、裏地の水色を覗かせ。
紺のサーフパンツと、首元を飾る橙の――これまたプルメリアが、灰色の髪と白い肌、そして眼鏡越しに覗かせる紫の瞳を、この上なく際立たせている。
その手には紙束を持ってステージ中央の席へ向かい。
そんな彼に、暑気をも厭わぬ完全武装のメイドが追従した。
ティトリーが音もなく着席して、その眼前に置かれたのは、インクと羽ペン。
続いてさくらんぼを頂いた、見目可愛らしい大福がいくつも並べられた。
海辺をはじめとする暑さの厳しい屋外にて、たとえば書き物をしながらでも溶けにくいスイーツを。
これはそんな提案だ。
お膳立てが整ったところで、【月影】側の舞台袖からエフィミアがしれっと戻ってくる。
「さあお立合い! チーム【陽光】からは、薄幸の美青年ティトリーの登場よ! 彼はどんなパフォーマンスを見せてくれるのかしら? ……って、もしかしてお仕事中?」
エフィミアはわざとらしく小首を傾げた刹那、ティトリーにウィンクで激励し、そのまま後ろへ下がった。
気を遣わせただろうか。
(集中集中……緊張しないようにしなきゃ)
ティトリーは自らに言い聞かせながら、紹介に違わず作家の仕事に着手した。
自著の校正ではあるが、その過程は書き手にとって、時に執筆以上の苦悩を強いる。
誤字脱字ならば都度修正すれば済む話だが、見直せば見直すほど、文章として、表現として、構成として、そも物語として、至らない点ばかりが目につき、浮き彫りとなるからだ。
だが、それらを洗い出すためにこそ、欠かすわけにはいかない。
どれほどの時間が経ったのか。
ティトリーは溜め息を吐いて眼鏡を外し、下ろしたままの前髪を暑苦しいとばかりかきあげ。
細い面に、その眼差しに、愁いを帯びた色を浮かべ。
そんな彼を見て鼻息を荒くするお姉様方の暑苦しい視線を浴びまくっていることなど露知らず。
さておき。
「あれ? ……あっ」
はたと気づく。
「そう、デザートを食べるんですよね! 忘れてないですよ……!」
その慌てぶりは笑いを誘い、静まっていた客席の空気が少し気安いものとなる。
ティトリーは竹楊枝を取り、求肥に手間取ることなく丁寧に切り分ければ。
瑞々しくも輝かしいマンゴーが餡とクリームを押し退けてわがままに詰まっている。
これを口に運ぶと、疲れが見て取れた若き作家の瞳にも、輝きが宿り。
今度は別の大福を切り開くと、求肥という名の寄る辺を失った白桃が零れ落ちて。
こちらもまた、一口含めば、じんわりと広がる香りと甘みに目を伏せた。
「――不思議ですね、フルーツが入っているだけでこんなにも清涼感が増すなんて」
ティトリーのどこまでも控えめな、それでいて余念のないアピールに、エフィミアを含む女性を中心とした、少なくない観衆が拍手を送った。
●悲恋
「これはずうっと昔のお話だ」
【月影】のエルフの紳士によって大いに湧いた会場を引き継いだのは、シルヴィア。
青地に銀糸の刺繍が施されたワンピース水着で身を包み、更にその上から総レースのドレスを纏って、水浅黄に密かな水仙の紛れたストールを羽織る――この白い髪をした乙女の姿は、多くの男性のみならず少なくない女性の目をも惹いた。
そんな彼女は青い薔薇の図柄が刻印されたリュートを持ち込み。
目の前の卓上には、ラズベリーを用いた素朴ながらも上品なクラフティを備え。
その傍で、黒猫の“さく”が丸くなっている。
膝の上くらい貸してやるのに――そう思って少し笑い、気を取り直して。
ざわめきを落ち着けるように、おもむろにかき鳴らして。
どこか懐かしい調べを奏で始めた。
「とある街の、夏祭りの夜のこと」
そして、語り出す。
「こっそり屋敷を抜け出した貴族の少年が、踊り子の少女と出会い……恋に落ちた」
その、物語を。
「彼らは花冠で互いの頭上を飾り、広場で焚火の輪に加わって、仲睦ましく踊った」
曲調は明るくメロディアスな調子へと移ろい、シルヴィアの口元もまた綻ぶ。
なおも続く伴奏に、なおも気持ちが高まって、それでもやがて踊り疲れ。
「恋人たちが休憩がてらに食べたのは、ラズベリーのクラフティ――甘い甘い幸せの味」
いつまでもこうしていたい。
「少年の何気ないこの言葉に、少女は突然泣き出してしまう」
その言葉と共に、祭りの調べがひたりと止んで。
代わりに紡ぎ出されるのは果てしなく切ない、逃れ得ぬ宿命のノート。
「なぜなら彼女は風の精霊、人と共に歩むことなど許されはしない」
二人は夜通し寄り添って、いつしか空が白み始めた頃、花冠を川に流し。
そうして、別れた。
「以来、その街の夏祭りでは二人のためにラズベリーのクラフティを焼き、川に花冠を流すのだという――」
そうしてしめやかに結んだ曲に思うところがあるのか、観衆の中には涙ぐむ者も見られる。
シルヴィアは、夏場ながら雪化粧をしたクラフティを澱みなく静かに切り分けて。
ただ一切れを、雅やかに麗しく、口に運んだ。
あたかも物語の余韻を味わうかのように。
“さく”はそんなシルヴィアの元へ歩み寄り、慰めるように頭を擦りつけた。
その後ろで。
ライチとキウイのヨーグルト和え――もうほとんど空だが――を手にしているエフィミアが拍手を送り。
それは観衆へと伝播して、連鎖を繰り返し。
やがて夏の雨のような拍手となって、会場を包んだ。
●恋人たち
ホムンクルスの少年による嵐のような食べっぷり――その直後に登壇したのは。
「クライマックスが近づいて来たわね! 【陽光】の真打はジュスト・ヴェルジーとローザリカ・L・ディオール! ……なあに? もしかしてカップル出場? いいわね若いって」
エフィミアのしみじみとした紹介に与って、ジュストは悪びれることなく語る。
「見て欲しいのはまさにそこで、テーマは“仲睦まじい二人”ってところかな。もちろんロゼも協力してくれるよね?」
「内容によるね」
愛想を振り撒くジュストに対し実に素っ気ないローザリカの応えが笑いを誘いつつ。
観衆が注目しているのは二人の類稀なる容姿と、そのコーディネート。
ジュストの水着は深緑色の素地をボタニカルで彩ったサーフパンツ。
素肌に羽織る白いシャツの裏地も同様の色柄で、襟や折り返した袖が落ち着きのある差し色として大人びた色香と小洒落た若々しい魅力が相反せずに同居している。
一方ローザリカは、黒色の薔薇を刺繍されたレースが全体を覆う、白のモノキニに身を包む。セクシーに、けれど過剰に肌を晒すことはなく、堂々とした立ち居振る舞いも相まって、持ち前の気品をより高めることに成功しているようだ。
そんな好対照の二人が対となって着席すると、すぐに給仕がデザートを運んでくる。
ジュストの前に置かれたのはマンゴーとココナッツのパルフェ。
マンゴーとココナッツを配合したジュレ、プリンなどを、更にココナッツミルクを用いたクリームで閉じ込め、その頂にフレッシュマンゴーを飾った、なんとも贅沢な逸品だ。
涼しげなガラスの器もさることながら、周囲を飾るプルメリアやハイビスカスといった南国の花々が、この上なくトロピカルな気分を演出してくれる。
対するローザリカの前にはメロンとマスカットのパルフェ。
基本的な構成や花飾りはジュストのそれと同様だが、こちらはなんと言っても二種の素材という点に注目したい。満たされたクリームの中で窺えるジュレの色鮮やかさ、そして瑞々しくも宝石のように煌めくメロンとマスカットは、見た目はもちろん甘くも爽やかな香りが暑気を払ってくれているようだ。
さて。
最初に動いたのはジュストだ。
パフェスプーンを手に取ると、その控えめな大きさのつぼに、黄金色の果実とクリームを程好く乗せて、危うげなくローザリカの口許へ運び、彼女と目を合わせて微笑む。
「ロゼ?」
「……君という奴は」
(何をするのかと思えば……まったく)
この男に恥じらいというものはないのだろうか!
公衆の面前で、しかも他の参加者に顔見知りもいるというのに。
だが、その仕草が、目線が、笑顔が、彼の意図を違うことなくローザリカに伝えてくる。
耳が熱くなったのを感じてじろりと睨む。そうしてささやかな不服を示した後、それでも口を開けてやれば、憎たらしくもスプーンは歯に当たることすらなくするりと滑り込んで。
ローザリカは自然に背筋を伸ばしたまま、顔の向きさえも変えず、これを綺麗にいただいた。
芳醇な香りと濃厚な甘みに満ち足りて、微笑みを返そうとすれば――
「なっ!?」
ジュストこそが満足げに咲って、ローザリカの唇についたクリームを親指で拭い取り、あまつさえそれを、舐めた。
「うん、美味しい」
目の前で繰り広げられる恋人たちの甘いひとときに、観衆からは黄色い声が上がる。
もっとも、一部の男性客は憮然としたり青筋を浮かべたりしているようだが、それはそれだ。
(唇に! 触れただけでなく! クリームを舐め取る馬鹿がいるか!?)
(上品さを競う大会じゃないし、これくらいいいかなって)
ローザリカが目で訴えると、ジュストがずるい笑顔でそれに応える。
(くっ……)
正直、今すぐにでも暴れ出しそうだが、己の失態で、しかもジュストにいいようにされた挙げ句に負けたりなどしたら――そう思うと、気を抜くわけにはいかない。
ローザリカは怒りと羞恥で震えそうになった手をもう一方の手ではしっと掴み。
けれど淑女たる笑顔は忘れずに、今度は自らがスプーンを取って、緑のパルフェを掬いにかかる。
ともあれせっかくだからと、少し欲張って両方の果実を乗せると、クリーム交じりの果汁が伝い、彼女の手を濡らした。
それもまた趣というものだろう。
「ジュスト」
ローザリカは構わずにスプーンをジュストの口許へ運び、その折にせめてもの意趣返しとばかり前屈みになって、上目遣いで水着姿を見せつけてやった。
果たしてジュストは、そんな婚約者のことをまじまじと見つめ、素直にいただいた――かと思えば、
「ロゼ、手が汚れてる」
すぐさまローザリカの手を取って、手首に至らんと滴る果汁に、つまりは彼女の手に、ちゅっと音を立てて口づけをした。
「~~~~~~っ!」
ローザリカが真っ赤な顔で叫ぶのを堪えるのを他所に、会場は悲鳴や怒号、拍手などで騒然となった。
(この男は! 本当に!)
だが、少なくともジュストのお陰で盛り上がったのは間違いない。
●閉会
圧倒的に女性層の支持を得た【月影】最後のパフォーマンスを終えて騒めく会場では、本日参戦したモデルやその着こなし、そして彼らが口にした数々の魅力的なデザートの話題が飛び交っていた。
やがて両側の舞台袖から【陽光】と【月影】のメンバーが姿を見せて、開幕時と同様にエフィミアが両陣営の間に立つ。
「はい、注目ー!」
エフィミアが手を叩いて観衆を制し、概ね静まったところで笑顔を見せる。
「みんな今日は楽しんでくれた? どっちも最高だった――個人的にはそう思うわ。だけど悲しいかな、これって勝負なの。あとは分かるわね? 分かってるわね!?」
エフィミアの口上を受けて再び騒めく中、ステージの上に一人の紳士が上がり、エフィミアの傍に立った。
「ごきげんよう、紳士淑女の皆さん。このたび当イベント“リブラネスタコレクション・夏”を主催させていただいた、オッシを言う者です。まず、本日はたくさんのご来場まことにありがとうございます。さて、皆さんはイベントのルールを覚えておられますかな?」
オッシの問いに、観衆は拍手を以て応える。
「はっはっは、そうですその通りです。それで、実はですな。会場の各所に、拍手された方の数を数える者が控えておりまして。今は彼らの申告を元に集計しているところなんですが……――ああ、どうやら結果が出たようです。ではエフィミア殿、お願いします」
オッシはスタッフが持ち寄った紙片をそのまま隣に差し出し、これを受け取ったエフィミアは、なぜだか不敵に笑った。
「それでは発表します。結果は【陽光】と【月影】が……なんと同率! でもね、聞いて? “引き分け”なんて言葉、味気ないと思わない? だから――この場にいる全員が勝者よ!」
エフィミアの宣言で、観衆も、オッシも、【陽光】と【月影】の一同も皆、唖然とした。
ともあれ、これを機に今夏のリブラネスタは果物や水着を中心に消費が促され、景気が上向いたのだという。
めでたしめでたし。
血の滲む努力と研鑚を積み重ね、しかしそれをおくびに出すことはせず、惚れた男の前ではこともなげに咲き誇る――それを女の矜持と定義し、自らに課す者も少なくない。
シルヴィア・A・カペルもまた、そんな可愛らしい努力のためにこのイベントに参戦した一人。
(だと言うのに)
彼女は今、甚だしく動揺していた。
エフィミアの一件は言うに及ばず、それに加えて【月影】チームの顔ぶれに、あろうことか恋人の姿があったせいだ。他ならぬ彼と約束した海デートに備えて慣れない水着の予行演習を――そう思っていたのだけれど。
不特定多数の目に水着姿を晒すだけでも恥ずかしいのに、いきなり恋人にまで見られてしまったから。
だが、如何に取り乱したとてそれを人に見せぬのもまた、淑女の嗜み。
シルヴィアは普段と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべ、改めて彼の姿を認める。
(素敵だな……)
贔屓目を抜きにしても格好いい――そのときめきを顔に出すこともなく。
やがてこちらに気づき微笑む彼に、やはり微笑みで応えるのみだ。
(お互いがんばろう)
気を取り直し、今は互いの健闘を祈って。
●お仕事の合間のお仕事
先攻を【月影】に譲った【陽光】の一番手は、ティトリー=R=アルバート。
去り際、自分とは正反対の小さな海賊王がサムズアップしてくれたのに片手で応え。
「……ぼくみたいなのでも、お役に立てるといいな」
静かで控えめな、それでいて充分の意気を宿し、程好く温まった会場に踏み入れる。
袖から最初に見せた足は、白いプルメリアの花があしらわれたサンダル。
それにつられて姿を現した、線の細い若者を見て、一部女性客が色めき立つ。
白いパーカーが揺れるたび、裏地の水色を覗かせ。
紺のサーフパンツと、首元を飾る橙の――これまたプルメリアが、灰色の髪と白い肌、そして眼鏡越しに覗かせる紫の瞳を、この上なく際立たせている。
その手には紙束を持ってステージ中央の席へ向かい。
そんな彼に、暑気をも厭わぬ完全武装のメイドが追従した。
ティトリーが音もなく着席して、その眼前に置かれたのは、インクと羽ペン。
続いてさくらんぼを頂いた、見目可愛らしい大福がいくつも並べられた。
海辺をはじめとする暑さの厳しい屋外にて、たとえば書き物をしながらでも溶けにくいスイーツを。
これはそんな提案だ。
お膳立てが整ったところで、【月影】側の舞台袖からエフィミアがしれっと戻ってくる。
「さあお立合い! チーム【陽光】からは、薄幸の美青年ティトリーの登場よ! 彼はどんなパフォーマンスを見せてくれるのかしら? ……って、もしかしてお仕事中?」
エフィミアはわざとらしく小首を傾げた刹那、ティトリーにウィンクで激励し、そのまま後ろへ下がった。
気を遣わせただろうか。
(集中集中……緊張しないようにしなきゃ)
ティトリーは自らに言い聞かせながら、紹介に違わず作家の仕事に着手した。
自著の校正ではあるが、その過程は書き手にとって、時に執筆以上の苦悩を強いる。
誤字脱字ならば都度修正すれば済む話だが、見直せば見直すほど、文章として、表現として、構成として、そも物語として、至らない点ばかりが目につき、浮き彫りとなるからだ。
だが、それらを洗い出すためにこそ、欠かすわけにはいかない。
どれほどの時間が経ったのか。
ティトリーは溜め息を吐いて眼鏡を外し、下ろしたままの前髪を暑苦しいとばかりかきあげ。
細い面に、その眼差しに、愁いを帯びた色を浮かべ。
そんな彼を見て鼻息を荒くするお姉様方の暑苦しい視線を浴びまくっていることなど露知らず。
さておき。
「あれ? ……あっ」
はたと気づく。
「そう、デザートを食べるんですよね! 忘れてないですよ……!」
その慌てぶりは笑いを誘い、静まっていた客席の空気が少し気安いものとなる。
ティトリーは竹楊枝を取り、求肥に手間取ることなく丁寧に切り分ければ。
瑞々しくも輝かしいマンゴーが餡とクリームを押し退けてわがままに詰まっている。
これを口に運ぶと、疲れが見て取れた若き作家の瞳にも、輝きが宿り。
今度は別の大福を切り開くと、求肥という名の寄る辺を失った白桃が零れ落ちて。
こちらもまた、一口含めば、じんわりと広がる香りと甘みに目を伏せた。
「――不思議ですね、フルーツが入っているだけでこんなにも清涼感が増すなんて」
ティトリーのどこまでも控えめな、それでいて余念のないアピールに、エフィミアを含む女性を中心とした、少なくない観衆が拍手を送った。
●悲恋
「これはずうっと昔のお話だ」
【月影】のエルフの紳士によって大いに湧いた会場を引き継いだのは、シルヴィア。
青地に銀糸の刺繍が施されたワンピース水着で身を包み、更にその上から総レースのドレスを纏って、水浅黄に密かな水仙の紛れたストールを羽織る――この白い髪をした乙女の姿は、多くの男性のみならず少なくない女性の目をも惹いた。
そんな彼女は青い薔薇の図柄が刻印されたリュートを持ち込み。
目の前の卓上には、ラズベリーを用いた素朴ながらも上品なクラフティを備え。
その傍で、黒猫の“さく”が丸くなっている。
膝の上くらい貸してやるのに――そう思って少し笑い、気を取り直して。
ざわめきを落ち着けるように、おもむろにかき鳴らして。
どこか懐かしい調べを奏で始めた。
「とある街の、夏祭りの夜のこと」
そして、語り出す。
「こっそり屋敷を抜け出した貴族の少年が、踊り子の少女と出会い……恋に落ちた」
その、物語を。
「彼らは花冠で互いの頭上を飾り、広場で焚火の輪に加わって、仲睦ましく踊った」
曲調は明るくメロディアスな調子へと移ろい、シルヴィアの口元もまた綻ぶ。
なおも続く伴奏に、なおも気持ちが高まって、それでもやがて踊り疲れ。
「恋人たちが休憩がてらに食べたのは、ラズベリーのクラフティ――甘い甘い幸せの味」
いつまでもこうしていたい。
「少年の何気ないこの言葉に、少女は突然泣き出してしまう」
その言葉と共に、祭りの調べがひたりと止んで。
代わりに紡ぎ出されるのは果てしなく切ない、逃れ得ぬ宿命のノート。
「なぜなら彼女は風の精霊、人と共に歩むことなど許されはしない」
二人は夜通し寄り添って、いつしか空が白み始めた頃、花冠を川に流し。
そうして、別れた。
「以来、その街の夏祭りでは二人のためにラズベリーのクラフティを焼き、川に花冠を流すのだという――」
そうしてしめやかに結んだ曲に思うところがあるのか、観衆の中には涙ぐむ者も見られる。
シルヴィアは、夏場ながら雪化粧をしたクラフティを澱みなく静かに切り分けて。
ただ一切れを、雅やかに麗しく、口に運んだ。
あたかも物語の余韻を味わうかのように。
“さく”はそんなシルヴィアの元へ歩み寄り、慰めるように頭を擦りつけた。
その後ろで。
ライチとキウイのヨーグルト和え――もうほとんど空だが――を手にしているエフィミアが拍手を送り。
それは観衆へと伝播して、連鎖を繰り返し。
やがて夏の雨のような拍手となって、会場を包んだ。
●恋人たち
ホムンクルスの少年による嵐のような食べっぷり――その直後に登壇したのは。
「クライマックスが近づいて来たわね! 【陽光】の真打はジュスト・ヴェルジーとローザリカ・L・ディオール! ……なあに? もしかしてカップル出場? いいわね若いって」
エフィミアのしみじみとした紹介に与って、ジュストは悪びれることなく語る。
「見て欲しいのはまさにそこで、テーマは“仲睦まじい二人”ってところかな。もちろんロゼも協力してくれるよね?」
「内容によるね」
愛想を振り撒くジュストに対し実に素っ気ないローザリカの応えが笑いを誘いつつ。
観衆が注目しているのは二人の類稀なる容姿と、そのコーディネート。
ジュストの水着は深緑色の素地をボタニカルで彩ったサーフパンツ。
素肌に羽織る白いシャツの裏地も同様の色柄で、襟や折り返した袖が落ち着きのある差し色として大人びた色香と小洒落た若々しい魅力が相反せずに同居している。
一方ローザリカは、黒色の薔薇を刺繍されたレースが全体を覆う、白のモノキニに身を包む。セクシーに、けれど過剰に肌を晒すことはなく、堂々とした立ち居振る舞いも相まって、持ち前の気品をより高めることに成功しているようだ。
そんな好対照の二人が対となって着席すると、すぐに給仕がデザートを運んでくる。
ジュストの前に置かれたのはマンゴーとココナッツのパルフェ。
マンゴーとココナッツを配合したジュレ、プリンなどを、更にココナッツミルクを用いたクリームで閉じ込め、その頂にフレッシュマンゴーを飾った、なんとも贅沢な逸品だ。
涼しげなガラスの器もさることながら、周囲を飾るプルメリアやハイビスカスといった南国の花々が、この上なくトロピカルな気分を演出してくれる。
対するローザリカの前にはメロンとマスカットのパルフェ。
基本的な構成や花飾りはジュストのそれと同様だが、こちらはなんと言っても二種の素材という点に注目したい。満たされたクリームの中で窺えるジュレの色鮮やかさ、そして瑞々しくも宝石のように煌めくメロンとマスカットは、見た目はもちろん甘くも爽やかな香りが暑気を払ってくれているようだ。
さて。
最初に動いたのはジュストだ。
パフェスプーンを手に取ると、その控えめな大きさのつぼに、黄金色の果実とクリームを程好く乗せて、危うげなくローザリカの口許へ運び、彼女と目を合わせて微笑む。
「ロゼ?」
「……君という奴は」
(何をするのかと思えば……まったく)
この男に恥じらいというものはないのだろうか!
公衆の面前で、しかも他の参加者に顔見知りもいるというのに。
だが、その仕草が、目線が、笑顔が、彼の意図を違うことなくローザリカに伝えてくる。
耳が熱くなったのを感じてじろりと睨む。そうしてささやかな不服を示した後、それでも口を開けてやれば、憎たらしくもスプーンは歯に当たることすらなくするりと滑り込んで。
ローザリカは自然に背筋を伸ばしたまま、顔の向きさえも変えず、これを綺麗にいただいた。
芳醇な香りと濃厚な甘みに満ち足りて、微笑みを返そうとすれば――
「なっ!?」
ジュストこそが満足げに咲って、ローザリカの唇についたクリームを親指で拭い取り、あまつさえそれを、舐めた。
「うん、美味しい」
目の前で繰り広げられる恋人たちの甘いひとときに、観衆からは黄色い声が上がる。
もっとも、一部の男性客は憮然としたり青筋を浮かべたりしているようだが、それはそれだ。
(唇に! 触れただけでなく! クリームを舐め取る馬鹿がいるか!?)
(上品さを競う大会じゃないし、これくらいいいかなって)
ローザリカが目で訴えると、ジュストがずるい笑顔でそれに応える。
(くっ……)
正直、今すぐにでも暴れ出しそうだが、己の失態で、しかもジュストにいいようにされた挙げ句に負けたりなどしたら――そう思うと、気を抜くわけにはいかない。
ローザリカは怒りと羞恥で震えそうになった手をもう一方の手ではしっと掴み。
けれど淑女たる笑顔は忘れずに、今度は自らがスプーンを取って、緑のパルフェを掬いにかかる。
ともあれせっかくだからと、少し欲張って両方の果実を乗せると、クリーム交じりの果汁が伝い、彼女の手を濡らした。
それもまた趣というものだろう。
「ジュスト」
ローザリカは構わずにスプーンをジュストの口許へ運び、その折にせめてもの意趣返しとばかり前屈みになって、上目遣いで水着姿を見せつけてやった。
果たしてジュストは、そんな婚約者のことをまじまじと見つめ、素直にいただいた――かと思えば、
「ロゼ、手が汚れてる」
すぐさまローザリカの手を取って、手首に至らんと滴る果汁に、つまりは彼女の手に、ちゅっと音を立てて口づけをした。
「~~~~~~っ!」
ローザリカが真っ赤な顔で叫ぶのを堪えるのを他所に、会場は悲鳴や怒号、拍手などで騒然となった。
(この男は! 本当に!)
だが、少なくともジュストのお陰で盛り上がったのは間違いない。
●閉会
圧倒的に女性層の支持を得た【月影】最後のパフォーマンスを終えて騒めく会場では、本日参戦したモデルやその着こなし、そして彼らが口にした数々の魅力的なデザートの話題が飛び交っていた。
やがて両側の舞台袖から【陽光】と【月影】のメンバーが姿を見せて、開幕時と同様にエフィミアが両陣営の間に立つ。
「はい、注目ー!」
エフィミアが手を叩いて観衆を制し、概ね静まったところで笑顔を見せる。
「みんな今日は楽しんでくれた? どっちも最高だった――個人的にはそう思うわ。だけど悲しいかな、これって勝負なの。あとは分かるわね? 分かってるわね!?」
エフィミアの口上を受けて再び騒めく中、ステージの上に一人の紳士が上がり、エフィミアの傍に立った。
「ごきげんよう、紳士淑女の皆さん。このたび当イベント“リブラネスタコレクション・夏”を主催させていただいた、オッシを言う者です。まず、本日はたくさんのご来場まことにありがとうございます。さて、皆さんはイベントのルールを覚えておられますかな?」
オッシの問いに、観衆は拍手を以て応える。
「はっはっは、そうですその通りです。それで、実はですな。会場の各所に、拍手された方の数を数える者が控えておりまして。今は彼らの申告を元に集計しているところなんですが……――ああ、どうやら結果が出たようです。ではエフィミア殿、お願いします」
オッシはスタッフが持ち寄った紙片をそのまま隣に差し出し、これを受け取ったエフィミアは、なぜだか不敵に笑った。
「それでは発表します。結果は【陽光】と【月影】が……なんと同率! でもね、聞いて? “引き分け”なんて言葉、味気ないと思わない? だから――この場にいる全員が勝者よ!」
エフィミアの宣言で、観衆も、オッシも、【陽光】と【月影】の一同も皆、唖然とした。
ともあれ、これを機に今夏のリブラネスタは果物や水着を中心に消費が促され、景気が上向いたのだという。
めでたしめでたし。
マスターコメント
改めまして、津軽無色です。大変お待たせいたしました。
服飾とトロピカルデザート、そしてパフォーマンス、どれも舌を巻くアプローチで「すごい!」となりながら、とても楽しく描かせていただきました。
エフィミアさんのことは、まあ、そっとしておいてあげてください。
ご参加まことにありがとうございました。
ショートシナリオ易しい 報酬:少ない4 / 4〜6人
2022年08月14日 17時04分50秒 公開
大成功
相談掲示板
ティトリーです。よ、よろしく…お願いします。 明日12時出発ですが、あとどなたかひとり…集まると良いのですが。
シルヴィアだ。今回はよろしくね。 依頼も成立したし、面白い趣向のイベントを楽しもう。 >個人パフォーマンス 順番には特にこだわりは無いから、MSさんにお任せするつもりだよ。 水着やデザート、パフォーマンス内容については考え中。芸術要素も入れられたら良いなと思っている。演出にスキルを使うのも楽しそうだね。
成立したようで良かった良かった。 今の所顔見知りばかりのようだけれど、よろしくね。 俺も順番は問わないよ。 一応ロゼと二人一組でパフォーマンスを披露するつもりだ。 上品さや芸術点というより、雰囲気重視でいく予定。
先に宣言して貰ったようにジュストと組んでの披露になる。 順番については僕らも希望はないから流れに身を任せようと思っているよ。 ……知った顔ばかりなんだ。 くれぐれも変なことはしてくれるなよ。
集まってよかった…!僕もおまかせかな。お昼出発だけれど、よろしくね