【帝国】旅立ちの馬車
七海真砂
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シナリオID:2306
オープニング
地に潜みし幽界樹が討伐されてから数日後。
冒険者ギルドに顔を出したクーネさんは、見知った顔と出くわしていた。
「ロバート老じゃないか。どうした?」
「クーネ殿」
かつて帝国魔導院のエスタル支部に勤め、草人狩りとしても活動していたロバート・ドールは、振り返ると依頼書を掲げた。
「東部鎮守都市エスタルから、北部鎮守都市オルセンまでの護衛?」
「うむ。オルセンが健在だという噂を聞いて、オルセンに避難したい、という者達がおるのだ」
エスタル市内は瓦礫の山となり、人々はテント暮らしを余儀なくされている。そうした中に、一時的にオルセンへの避難を考えた者がいるのだろう。
「道中の危険を考えると、私だけでは面倒を見切れそうにない。それで護衛を探しに来たのだよ」
「おや、ロバート老もオルセンに?」
クーネさんの問いに、ロバートは静かに頷き返す。
「いろいろ考えたのだが……しばらくエスタルを離れようと思うのだ」
草人狩りとして、草人を狩った日々に後悔は無い。だが、草人が滅び去ったことを嘆く人々の姿を見つめる事には複雑な気持ちがある。
草人を隣人として、友として、家族として慈しんでいた人々も、ロバートが草人狩りだったと知れば同様に、複雑な気持ちを抱くに違いない。あるいは、それがしこりとなって残ることもあるだろう。
元通りの暮らしには、もう戻れない。それならば――。
「馴染みのあるオルセンは、ちょうど良い」
複雑な笑みを浮かべたロバートの決断に、クーネさんは「そうか」と静かに頷き返した。
「なら私も同行しよう。フフフ、このクーネさんがいれば百人力だぞ」
茶化すように笑うクーネさんだが、その実力はロバートも決戦の折に目の当たりにしている。一撃であの幽界樹の外殻を叩き斬るなど、授恵者といえどロバートには真似できるようなものではない。
「かの『首刈帝』のような御仁に同行いただけるとは頼もしい」
「久々に言われたなぁ、それ」
茶化すような口調で応じるロバートの言葉に、クーネさんはぼやいた。
「オルセンへの馬車が出るらしい」
「オルセン……」
人々が避難しているテントの周辺で、そんな声を聞いたリーズ・タミエルはゆっくりと顔を上げた。
(あの人と出会ったのは、オルセンの街角だったわね)
旅の途中だった、あの人と運命的な恋に落ちて。結ばれてエスタルへとやってきて。
幸せな日々だった。
一度は離れ離れになってしまったけれど――草人となって戻って来たあの人と、やっぱり幸せな日々だった。
それが突然、消え去ってしまった。
――草人はクリーパーだった、と聞いても、信じられない。
ただ確かなのは。
あの人は、もう、いないということ……。
「オルセンへの、馬車……」
あの人との幸せな日々が詰まっているエスタルは、何もかもが失われてしまったエスタルは、辛くて。
まるで逃げるように「その馬車に乗りたい」と、リーズはゆっくり、歩き出した。
冒険者ギルドに顔を出したクーネさんは、見知った顔と出くわしていた。
「ロバート老じゃないか。どうした?」
「クーネ殿」
かつて帝国魔導院のエスタル支部に勤め、草人狩りとしても活動していたロバート・ドールは、振り返ると依頼書を掲げた。
「東部鎮守都市エスタルから、北部鎮守都市オルセンまでの護衛?」
「うむ。オルセンが健在だという噂を聞いて、オルセンに避難したい、という者達がおるのだ」
エスタル市内は瓦礫の山となり、人々はテント暮らしを余儀なくされている。そうした中に、一時的にオルセンへの避難を考えた者がいるのだろう。
「道中の危険を考えると、私だけでは面倒を見切れそうにない。それで護衛を探しに来たのだよ」
「おや、ロバート老もオルセンに?」
クーネさんの問いに、ロバートは静かに頷き返す。
「いろいろ考えたのだが……しばらくエスタルを離れようと思うのだ」
草人狩りとして、草人を狩った日々に後悔は無い。だが、草人が滅び去ったことを嘆く人々の姿を見つめる事には複雑な気持ちがある。
草人を隣人として、友として、家族として慈しんでいた人々も、ロバートが草人狩りだったと知れば同様に、複雑な気持ちを抱くに違いない。あるいは、それがしこりとなって残ることもあるだろう。
元通りの暮らしには、もう戻れない。それならば――。
「馴染みのあるオルセンは、ちょうど良い」
複雑な笑みを浮かべたロバートの決断に、クーネさんは「そうか」と静かに頷き返した。
「なら私も同行しよう。フフフ、このクーネさんがいれば百人力だぞ」
茶化すように笑うクーネさんだが、その実力はロバートも決戦の折に目の当たりにしている。一撃であの幽界樹の外殻を叩き斬るなど、授恵者といえどロバートには真似できるようなものではない。
「かの『首刈帝』のような御仁に同行いただけるとは頼もしい」
「久々に言われたなぁ、それ」
茶化すような口調で応じるロバートの言葉に、クーネさんはぼやいた。
「オルセンへの馬車が出るらしい」
「オルセン……」
人々が避難しているテントの周辺で、そんな声を聞いたリーズ・タミエルはゆっくりと顔を上げた。
(あの人と出会ったのは、オルセンの街角だったわね)
旅の途中だった、あの人と運命的な恋に落ちて。結ばれてエスタルへとやってきて。
幸せな日々だった。
一度は離れ離れになってしまったけれど――草人となって戻って来たあの人と、やっぱり幸せな日々だった。
それが突然、消え去ってしまった。
――草人はクリーパーだった、と聞いても、信じられない。
ただ確かなのは。
あの人は、もう、いないということ……。
「オルセンへの、馬車……」
あの人との幸せな日々が詰まっているエスタルは、何もかもが失われてしまったエスタルは、辛くて。
まるで逃げるように「その馬車に乗りたい」と、リーズはゆっくり、歩き出した。
解説
エスタルから、オルセンまでの馬車が出ます。
馬車が無事に到着できるように、護衛をお願いします。
乗るのは、足の悪い老夫婦と、小さな子供を三人連れた五人家族の一家と、リーズと、ロバートの予定です。
道中、しばらくは荒れた道が続きます(往来が途絶えていた間に荒れてしまった元街道です)。付近には野生動物やクリーパーなどが出るかもしれません。
途中からは東部街道(ヴィントとオルセンを結んでいる街道です)に入りますので、道は整備されていますが、道中は同様に危険があるかもしれません。
マスターより
こんにちは、七海真砂です。
今回の依頼は、オルセンに向かう馬車の護衛。前向きな旅立ちもあれば、後ろ向きな旅立ちもあるかもしれませんが、みんなが無事に辿り着けるように、助けてあげてください。
クーネさんがご一緒します。ロバートもレベル30のキャスターなので、何かあった時には戦力になるでしょう。
なお、ロバートとリーズは、「【帝国】荷物を運んで人探し」「【帝国】ねじれた草人の国」にも登場しています。
リプレイ
人々が避難しているテントの近くに、オルセンへと向かう馬車は停まっていた。
馬車の周囲に集まっているのは、オルセンへと向かう人々と、その護衛を務める冒険者達である。
「道中の事はお任せください! こちらにいるクーネさんが全てなんとかしてくれます!」
「そうそう、このクーネさんが……んん?」
人々の前に立ったユークリア・フィナンシェの言葉に、クーネさんは頷きかけて「私一人でやるのか~?」と口を尖らせてユークリアの方を見返している。
「じょ、冗談ですよ~」
なんだか漫才風になっている二人のやりとりに、見ていた人々から思わず笑いが漏れている。
「強いから頼られっきりっていうの何か嫌になって来ますもんね。お任せ下さい! 私こそが強い人の役にも立ちつつ強くなるという煩悩を得し者です!」
「おお~」
これは頼もしいなあと頷いているクーネさん。「護衛はお任せください」とユークリアが皆を見回している間に、サイラスは用意してきた携帯食を馬車の中に積み込み、出発の準備を進めている。
「以前の物ですが、地図を借りてきました。地形までは大きく変わっていないでしょうから、重点的に警戒すべきポイントはここ、ここ、それからこの辺りでしょうか」
グレイブ・ヤードが広げた地図を、セロンガード・シュタインドルフが覗き込む。
全方位を常に警戒し続けるなど、なかなか出来るものではない。で、あれば、まず最初に警戒がより必要そうなポイントと、そうでも無さそうなポイントを区別しておき、それを元に動くのが良いのではないか、とグレイブは考えていた。
見晴らしの良さそうな場所は、敵の接近にも気付きやすいはずだ。反対に見通しが悪そうな森や岩場の近くは注意が必要だろうし、水場の近くは魔獣が生息している可能性が高まるだろう。
「休憩は、ここで取りましょうか」
「そうですね。では、私は先に出ます」
こうした情報を共有して、セロンガードは馬車が移動する予定のルートを先行して偵察に向かう。傍らに付き添うのは、マリイ・パルティスがエーテルリンクを結んだコルデラだ。何かあれば、コルデラを通じて馬車にすぐ伝わるという訳である。
「お手伝いします。遠慮なく掴んでください」
そのマリイはというと、足の悪い老夫婦が馬車へ乗り込むのを手伝っている。
揺れは体に響きやすいでしょうから、と、びひもっけのぬいぐるみを取り出し、「良かったらクッション代わりに使ってください」と渡していると、後から乗り込んできた子供達が「かわいいね」「あたしも抱っこしていい?」などと近寄って来る。
「いいですよ。皆さんの分も用意してありますから」
「やった」
子供達がクッションを取り囲む一方、その後から乗り込んできたリーズの表情は浮かないもので……。
(やはり、気がかりですね……)
彼女をそっとしておくべきか、気を紛らわせる方が良いのか……悩んだマリイは、クッションと一緒に予め用意しておいた紅茶を渡すことにする。
「蜂蜜と生姜を入れた紅茶です。酔い止め代わりに、どうぞ」
「ありがとうございます……」
ふわりと立つ湯気とほのかな香りが、少しだけリーズの何かを和らげてくれたのだろうか。口にしたリーズの表情は、少しだけ柔らかくなったように見えた。
そうして馬車は出発し、エスタルが少しずつ遠ざかっていく。その光景を、アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは馬上から見つめていた。
(どうして、今再び瓦礫と天幕と避難民とを見ているのだろう)
帝国崩壊から二年。ずっと、取り戻すための戦いを続けてきたはずだった。
故郷を、生活を、安寧を。少しずつ取り戻し、着実に広げてこられたはずだった。
だというのに。
(彼らはなぜ、逃れなければならなくなってしまったのか――)
馬車に揺られる人々の姿を、見ながら、アウレーリアは思う。
その答えが分らぬほど愚鈍ではないのだから。
(平穏を、打ち砕いたのは私だ。過ちだったとは思わない。けれど……)
偽りの夢の中にあったエスタルを、放置することはできなかった。
でも、それは彼らの幸福で平穏だった暮らしを奪い取る、ものだったのも、事実で。
(――まるで、二年前の私達を見ているかのようね)
何かを奪い取られた者の顔。
鳥籠から放り出された雛のような顔をしていた、あの時の自分達の姿と、それが重なる。だからこそ掛けられる言葉なんて多くないのだということもまた、アウレーリアの胸には沁み込んでいる。
(仕方なかった? これからは良いこともある? ――私がそんな声を掛けられていたら。えぇ、きっと焼き殺していたでしょうね)
あの頃のことを思い返し、ふっと笑ったアウレーリアは、だからこそ彼らの『答え探し』を、そっと見守る事にする。結局、折り合いは自分自身でつけるしかないのだから……。
(その先に辿り着くのが決意か、諦めか、あるいは復讐か――わからない。でもきっと、そのどれであっても良いと思う。……それが、悔いの無いものであれば)
アウレーリアは、あの時、振り返らないと決めた。
彼らもまた、何かに辿り着けたら良いと、そう願わずにはいられない。たとえ、その結果がいつの日にか、アウレーリア達への刃として、眼前に突き付けられるようなことになったとしても。
(……荒れた道は、まだしばらく続きそうね)
馬の手綱を引きながら、アウレーリアは馬車の向かう先をじっと見つめる。
旅は静かに続き、馬車はゆっくりと進んでいく。
休憩の旅に合流しつつ、常に先行を続けていたセロンガード達がそれを発見したのは、水場となる川の少し手前での事だった。目を凝らし、遠くの様子をよく確認していたセロンガードの目が、獣の影を捉える。
「魔獣がいるようです。ロバートさんは念の為、馬車で待機を」
「承知した」
情報を把握したマリイは馬車を止めると、ロバートにその場を任せて皆と駆け付ける。セロンガードはそれを待って矢にエーテルを纏わせると、敵を攪乱すべく撃ち込んだ。
「はい魔弾ーーー!」
ユークリアの元から飛んだ光球が魔獣に叩きつけられ、マリイの放った矢が風のエーテルを纏って加速しながら突き刺さる。更にサイラスの炸光矢が爆ぜると、魔獣達は浮き足立って一行から距離を取ろうとし始める。
「深追いする必要は無いでしょうし、追い払えば良しとしてよろしいかと」
「まー、そうねー」
グレイブの言葉に頷きつつ、サイラスはちょっと惜しそうに魔獣達を見つめる。なかなか立派な体躯の魔獣達だ、骨や毛皮はいい素材になりそうだったが、今回の依頼はあくまでも護衛。逃げ出していくならそれで良し、と、魔獣達の背を見送った。
「あの、魔獣は……」
「大丈夫です、追い払いましたよ」
馬車に戻ると不安げな様子だった人々の顔がホッと緩む。とはいえ、また戻ってくる可能性も否めないからと足早に付近を通り抜けて、少し先にある開けた一角で一行は小休止を取ることにする。
「この辺りは景色も良いですから、少し降りてみませんか?」
「そうですね……」
気分転換にもなるだろうと勧めたマリイは、皆が下りるのを手伝った後、ハープを手に取った。
「何か演奏しましょう。リクエストはありませんか?」
「ワンワンの歌がいいな」
「ああ、すみません。この子、童謡が好きで……」
犬の出てくる童謡の名前を挙げる父親の言葉に頷き返して、マリイはハープの音色に合うようアレンジしながら奏でていく。陽気な歌声がそこに重なり、一曲終わった所で、
「動物の歌なら、これなんかも良いかな」
と、竜花琴を持ったサイラスが次の曲を続ける。夏空の下で遊ぶ動物達の姿を描いた歌を、やはり子供達が口ずさんでいく中、ユークリアはリーズに近付いた。
「リーズさんは何か、お好きな歌はありますか?」
「歌……昔に流行った歌ですけど……」
喋りやすい空気作りを心掛けてみたユークリアに、リーズは帝国崩壊よりも更に以前に流行した恋歌を挙げる。それなら知っています、と今度はマリイがそれを奏でて。
「夫と出逢った頃に流行っていた歌なの」
その頃を思い出すように、遠くを見つめるリーズ。その表情が暗いだけでは無いことに気付いて、ユークリアは「素敵な思い出がたくさんあるんですね」と頷いた。
「ええ……あの人といて、幸せだったの……」
「わかりますよ。私達もあの子には数えきれない程の幸せを貰った」
相槌を打ったのは、近くで話を聞いていた老夫婦だった。ロバートもまた、小さく頷き返す。
「私は大勢の仲間と夢を追いかけていたよ。あの日々はもう、二度と帰ってこないがね」
ロバートも同僚を失った。同僚は草人になることすら無かった。
幸福な夢を見る機会すら無かったことが、良かったのか、それとも。
――ロバートにも、わからない。
「……なんにせよ、思い出は残っている。思い出は、誰にも奪えないものだ」
それは、かけがえのない宝になるのだろうなと語るロバートに、老夫婦が頷いている。そんな彼らの言葉に、リーズはただ黙って耳を傾けていた。
(何かが解決する訳ではありませんが……)
こうした時間は、きっと、自分の気持ちを確認したり、整理する時間になるに違いないと、グレイブは静かに、そんな彼らの様子に寄り添う。
――少し長めの休息を取って、馬車は再び動き出した。
夜の間も交代で見張り番をしながら警戒を続け、馬車の旅は続いた。東部街道に入ると道も安定して、皆、移動は楽になって来たようだ。
「ロバートさん、これ試し打ちしてみませんか?」
「ふむ? なるほど? 面白い杖だな」
ユークリアが差し出したロイヤルシューターを見たロバートは、魔力を込めると、道中の邪魔になっていた倒木を薙ぎ払う為にそれを使った。雷光を纏った杖から放たれた魔弾に、子供達がおっかなびっくり、ちょっとだけ興奮している。
「ふ……」
何かが疼いた気がして、ロバートが左目を押さえている間に、ユークリアはゲーミング閃光塗弾の塗料を指先に塗って光らせていた。
「ほう、そんな物があるのか」
「ふふふ、そうなんです。世の中まだまだ未知の物が沢山作り出せます。私たちは歩み続けてこそ光ります、この閃光塗弾の様に……私上手いこと言いましたね? アウレーリアさんも納得の笑顔!」
「ええ……?」
しげしげと眺めるロバートに得意げな笑みを向けた後、アウレーリアに話を振るユークリア。「ねっ」と身を乗り出すユークリアの様子に、仕方なさそうに苦笑するアウレーリアである。
(苦笑でもなんでもいいんです。ええ、ええ)
にこにこ笑って、そんなアウレーリアの方を見つめるユークリア。一方、
「歩み続けてこそ光る、か」
「いい言葉だなあ」
繰り返しながら呟いたロバートの様子に、うんうんと頷いたクーネさんは、そんなロバート老に話があるのだが、と切り出す。
「人類の強化に役立ちそうだが、扱い方がよくわかっていない石がある。……ちょっと研究してみないか?」
「……なんだ、それは」
霧を掴むような不思議な話だが、クーネさんの顔は真面目である。エスタルが外界と断絶している間に何があったのか、まずはそれを聞いてからになるだろうが……ロバートは、ひとまず検討するだけは検討してみようじゃないか、と頷き返していた。
獣を避けるように一度迂回し、また東部街道に戻った馬車は道なりに進み続けた。そうして北上を続けると、やがて前方に城壁が広がってくる――オルセンだ。
「衛兵には話してきました。城門に入ってすぐの所に場所があるから、そこで停めて欲しいと」
先行していたセロンガードが、そう言って合流する。やがて一行はオルセンに入り、ゆっくりと馬の足を止めた。
「リーズ!」
馬車が着いたことはすぐに伝わったらしく、そこにはリーズの両親などが出迎えにやって来ていた。
「お父さん、お母さん……」
「心配したんだよ」
「ええ、ええ……。とにかく、よく帰って来たわね」
簡単な経緯は伝わっているのだろう。娘を労わるように出迎える両親の姿に、マリイはホッと胸を撫で下ろす。
(なくしたものは戻らないし、悲しみも癒えるとは思わないけど、でも……)
こうして彼女を案じている人達の元へ、無事に送り届けられたことを、今は喜びたいと、そう思う。
(紆余曲折、各々が色々あったと思いますが、ここではみんな等しく幸運である事を祈りましょう)
馬車から降りた人々は、皆それぞれに歩き出す。そんな彼らの背を見つめながら、セロンガードはそう願わずにはいられなかった。
馬車の周囲に集まっているのは、オルセンへと向かう人々と、その護衛を務める冒険者達である。
「道中の事はお任せください! こちらにいるクーネさんが全てなんとかしてくれます!」
「そうそう、このクーネさんが……んん?」
人々の前に立ったユークリア・フィナンシェの言葉に、クーネさんは頷きかけて「私一人でやるのか~?」と口を尖らせてユークリアの方を見返している。
「じょ、冗談ですよ~」
なんだか漫才風になっている二人のやりとりに、見ていた人々から思わず笑いが漏れている。
「強いから頼られっきりっていうの何か嫌になって来ますもんね。お任せ下さい! 私こそが強い人の役にも立ちつつ強くなるという煩悩を得し者です!」
「おお~」
これは頼もしいなあと頷いているクーネさん。「護衛はお任せください」とユークリアが皆を見回している間に、サイラスは用意してきた携帯食を馬車の中に積み込み、出発の準備を進めている。
「以前の物ですが、地図を借りてきました。地形までは大きく変わっていないでしょうから、重点的に警戒すべきポイントはここ、ここ、それからこの辺りでしょうか」
グレイブ・ヤードが広げた地図を、セロンガード・シュタインドルフが覗き込む。
全方位を常に警戒し続けるなど、なかなか出来るものではない。で、あれば、まず最初に警戒がより必要そうなポイントと、そうでも無さそうなポイントを区別しておき、それを元に動くのが良いのではないか、とグレイブは考えていた。
見晴らしの良さそうな場所は、敵の接近にも気付きやすいはずだ。反対に見通しが悪そうな森や岩場の近くは注意が必要だろうし、水場の近くは魔獣が生息している可能性が高まるだろう。
「休憩は、ここで取りましょうか」
「そうですね。では、私は先に出ます」
こうした情報を共有して、セロンガードは馬車が移動する予定のルートを先行して偵察に向かう。傍らに付き添うのは、マリイ・パルティスがエーテルリンクを結んだコルデラだ。何かあれば、コルデラを通じて馬車にすぐ伝わるという訳である。
「お手伝いします。遠慮なく掴んでください」
そのマリイはというと、足の悪い老夫婦が馬車へ乗り込むのを手伝っている。
揺れは体に響きやすいでしょうから、と、びひもっけのぬいぐるみを取り出し、「良かったらクッション代わりに使ってください」と渡していると、後から乗り込んできた子供達が「かわいいね」「あたしも抱っこしていい?」などと近寄って来る。
「いいですよ。皆さんの分も用意してありますから」
「やった」
子供達がクッションを取り囲む一方、その後から乗り込んできたリーズの表情は浮かないもので……。
(やはり、気がかりですね……)
彼女をそっとしておくべきか、気を紛らわせる方が良いのか……悩んだマリイは、クッションと一緒に予め用意しておいた紅茶を渡すことにする。
「蜂蜜と生姜を入れた紅茶です。酔い止め代わりに、どうぞ」
「ありがとうございます……」
ふわりと立つ湯気とほのかな香りが、少しだけリーズの何かを和らげてくれたのだろうか。口にしたリーズの表情は、少しだけ柔らかくなったように見えた。
そうして馬車は出発し、エスタルが少しずつ遠ざかっていく。その光景を、アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは馬上から見つめていた。
(どうして、今再び瓦礫と天幕と避難民とを見ているのだろう)
帝国崩壊から二年。ずっと、取り戻すための戦いを続けてきたはずだった。
故郷を、生活を、安寧を。少しずつ取り戻し、着実に広げてこられたはずだった。
だというのに。
(彼らはなぜ、逃れなければならなくなってしまったのか――)
馬車に揺られる人々の姿を、見ながら、アウレーリアは思う。
その答えが分らぬほど愚鈍ではないのだから。
(平穏を、打ち砕いたのは私だ。過ちだったとは思わない。けれど……)
偽りの夢の中にあったエスタルを、放置することはできなかった。
でも、それは彼らの幸福で平穏だった暮らしを奪い取る、ものだったのも、事実で。
(――まるで、二年前の私達を見ているかのようね)
何かを奪い取られた者の顔。
鳥籠から放り出された雛のような顔をしていた、あの時の自分達の姿と、それが重なる。だからこそ掛けられる言葉なんて多くないのだということもまた、アウレーリアの胸には沁み込んでいる。
(仕方なかった? これからは良いこともある? ――私がそんな声を掛けられていたら。えぇ、きっと焼き殺していたでしょうね)
あの頃のことを思い返し、ふっと笑ったアウレーリアは、だからこそ彼らの『答え探し』を、そっと見守る事にする。結局、折り合いは自分自身でつけるしかないのだから……。
(その先に辿り着くのが決意か、諦めか、あるいは復讐か――わからない。でもきっと、そのどれであっても良いと思う。……それが、悔いの無いものであれば)
アウレーリアは、あの時、振り返らないと決めた。
彼らもまた、何かに辿り着けたら良いと、そう願わずにはいられない。たとえ、その結果がいつの日にか、アウレーリア達への刃として、眼前に突き付けられるようなことになったとしても。
(……荒れた道は、まだしばらく続きそうね)
馬の手綱を引きながら、アウレーリアは馬車の向かう先をじっと見つめる。
旅は静かに続き、馬車はゆっくりと進んでいく。
休憩の旅に合流しつつ、常に先行を続けていたセロンガード達がそれを発見したのは、水場となる川の少し手前での事だった。目を凝らし、遠くの様子をよく確認していたセロンガードの目が、獣の影を捉える。
「魔獣がいるようです。ロバートさんは念の為、馬車で待機を」
「承知した」
情報を把握したマリイは馬車を止めると、ロバートにその場を任せて皆と駆け付ける。セロンガードはそれを待って矢にエーテルを纏わせると、敵を攪乱すべく撃ち込んだ。
「はい魔弾ーーー!」
ユークリアの元から飛んだ光球が魔獣に叩きつけられ、マリイの放った矢が風のエーテルを纏って加速しながら突き刺さる。更にサイラスの炸光矢が爆ぜると、魔獣達は浮き足立って一行から距離を取ろうとし始める。
「深追いする必要は無いでしょうし、追い払えば良しとしてよろしいかと」
「まー、そうねー」
グレイブの言葉に頷きつつ、サイラスはちょっと惜しそうに魔獣達を見つめる。なかなか立派な体躯の魔獣達だ、骨や毛皮はいい素材になりそうだったが、今回の依頼はあくまでも護衛。逃げ出していくならそれで良し、と、魔獣達の背を見送った。
「あの、魔獣は……」
「大丈夫です、追い払いましたよ」
馬車に戻ると不安げな様子だった人々の顔がホッと緩む。とはいえ、また戻ってくる可能性も否めないからと足早に付近を通り抜けて、少し先にある開けた一角で一行は小休止を取ることにする。
「この辺りは景色も良いですから、少し降りてみませんか?」
「そうですね……」
気分転換にもなるだろうと勧めたマリイは、皆が下りるのを手伝った後、ハープを手に取った。
「何か演奏しましょう。リクエストはありませんか?」
「ワンワンの歌がいいな」
「ああ、すみません。この子、童謡が好きで……」
犬の出てくる童謡の名前を挙げる父親の言葉に頷き返して、マリイはハープの音色に合うようアレンジしながら奏でていく。陽気な歌声がそこに重なり、一曲終わった所で、
「動物の歌なら、これなんかも良いかな」
と、竜花琴を持ったサイラスが次の曲を続ける。夏空の下で遊ぶ動物達の姿を描いた歌を、やはり子供達が口ずさんでいく中、ユークリアはリーズに近付いた。
「リーズさんは何か、お好きな歌はありますか?」
「歌……昔に流行った歌ですけど……」
喋りやすい空気作りを心掛けてみたユークリアに、リーズは帝国崩壊よりも更に以前に流行した恋歌を挙げる。それなら知っています、と今度はマリイがそれを奏でて。
「夫と出逢った頃に流行っていた歌なの」
その頃を思い出すように、遠くを見つめるリーズ。その表情が暗いだけでは無いことに気付いて、ユークリアは「素敵な思い出がたくさんあるんですね」と頷いた。
「ええ……あの人といて、幸せだったの……」
「わかりますよ。私達もあの子には数えきれない程の幸せを貰った」
相槌を打ったのは、近くで話を聞いていた老夫婦だった。ロバートもまた、小さく頷き返す。
「私は大勢の仲間と夢を追いかけていたよ。あの日々はもう、二度と帰ってこないがね」
ロバートも同僚を失った。同僚は草人になることすら無かった。
幸福な夢を見る機会すら無かったことが、良かったのか、それとも。
――ロバートにも、わからない。
「……なんにせよ、思い出は残っている。思い出は、誰にも奪えないものだ」
それは、かけがえのない宝になるのだろうなと語るロバートに、老夫婦が頷いている。そんな彼らの言葉に、リーズはただ黙って耳を傾けていた。
(何かが解決する訳ではありませんが……)
こうした時間は、きっと、自分の気持ちを確認したり、整理する時間になるに違いないと、グレイブは静かに、そんな彼らの様子に寄り添う。
――少し長めの休息を取って、馬車は再び動き出した。
夜の間も交代で見張り番をしながら警戒を続け、馬車の旅は続いた。東部街道に入ると道も安定して、皆、移動は楽になって来たようだ。
「ロバートさん、これ試し打ちしてみませんか?」
「ふむ? なるほど? 面白い杖だな」
ユークリアが差し出したロイヤルシューターを見たロバートは、魔力を込めると、道中の邪魔になっていた倒木を薙ぎ払う為にそれを使った。雷光を纏った杖から放たれた魔弾に、子供達がおっかなびっくり、ちょっとだけ興奮している。
「ふ……」
何かが疼いた気がして、ロバートが左目を押さえている間に、ユークリアはゲーミング閃光塗弾の塗料を指先に塗って光らせていた。
「ほう、そんな物があるのか」
「ふふふ、そうなんです。世の中まだまだ未知の物が沢山作り出せます。私たちは歩み続けてこそ光ります、この閃光塗弾の様に……私上手いこと言いましたね? アウレーリアさんも納得の笑顔!」
「ええ……?」
しげしげと眺めるロバートに得意げな笑みを向けた後、アウレーリアに話を振るユークリア。「ねっ」と身を乗り出すユークリアの様子に、仕方なさそうに苦笑するアウレーリアである。
(苦笑でもなんでもいいんです。ええ、ええ)
にこにこ笑って、そんなアウレーリアの方を見つめるユークリア。一方、
「歩み続けてこそ光る、か」
「いい言葉だなあ」
繰り返しながら呟いたロバートの様子に、うんうんと頷いたクーネさんは、そんなロバート老に話があるのだが、と切り出す。
「人類の強化に役立ちそうだが、扱い方がよくわかっていない石がある。……ちょっと研究してみないか?」
「……なんだ、それは」
霧を掴むような不思議な話だが、クーネさんの顔は真面目である。エスタルが外界と断絶している間に何があったのか、まずはそれを聞いてからになるだろうが……ロバートは、ひとまず検討するだけは検討してみようじゃないか、と頷き返していた。
獣を避けるように一度迂回し、また東部街道に戻った馬車は道なりに進み続けた。そうして北上を続けると、やがて前方に城壁が広がってくる――オルセンだ。
「衛兵には話してきました。城門に入ってすぐの所に場所があるから、そこで停めて欲しいと」
先行していたセロンガードが、そう言って合流する。やがて一行はオルセンに入り、ゆっくりと馬の足を止めた。
「リーズ!」
馬車が着いたことはすぐに伝わったらしく、そこにはリーズの両親などが出迎えにやって来ていた。
「お父さん、お母さん……」
「心配したんだよ」
「ええ、ええ……。とにかく、よく帰って来たわね」
簡単な経緯は伝わっているのだろう。娘を労わるように出迎える両親の姿に、マリイはホッと胸を撫で下ろす。
(なくしたものは戻らないし、悲しみも癒えるとは思わないけど、でも……)
こうして彼女を案じている人達の元へ、無事に送り届けられたことを、今は喜びたいと、そう思う。
(紆余曲折、各々が色々あったと思いますが、ここではみんな等しく幸運である事を祈りましょう)
馬車から降りた人々は、皆それぞれに歩き出す。そんな彼らの背を見つめながら、セロンガードはそう願わずにはいられなかった。
マスターコメント
揺れる人々を乗せながら、馬車はオルセンへと到着しました。
ご参加、ありがとうございました。
ショートシナリオ普通 報酬:標準6 / 4〜6人
2022年07月13日 18時35分01秒 公開
成功
相談掲示板
ヒーラー、グレイブ・ヤードです。 さしあたり、何もないことを祈りましょうか
No.2
サイラスだ、よろしくなー まあ、普通に護衛する依頼だなと
シューターのマリイと申します。 よろしくお願いしますね!
セロンガードです。よろです。 無事に辿り着きましょう。
ヒーラーのユークリアです! 今回は会話重視で行こうと思います。
とりあえず警戒と多少のお話をしていくといいかもしれませんね。 メンタル的なものは少しでも前向きのほうが今後にもいいでしょうから
もう出発直前ですけれども……アウレーリアです。宜しく。 語れることなどそう多くはありませんが、出来る事を致しましょう。