お支払いは紫陽花で
奇古譚
コメント 0
シナリオID:2239
オープニング
●
あめがしとしと、降っている。
其処は不思議なあめふり通り。
何処にあるかなんて知らないね。君も迷い込んできたんだろう?
あめがしとしと、降っている。
其処は不思議なあめふり通り。
帰りたいなら通り抜ける事だ。ついでに買い物していくかい。
あめがしとしと、降っている。
其処は不思議なあめふり通り。
気付けば其処にいて、また気付けば晴れた外の世界へ人を送り出す不思議な空間。
通りにはざあざあとあめが降りそそぎ、水溜りがあちこちに。
あめがしとしと、降っている。
其処は不思議なあめふり通り。
色んなモンを売ってるよ。服に靴、飴に菓子。
代価は紫陽花の花弁だ。赤と青で支払いな。
でもね、雨を凌ぐものは売ってない。あめふり通りなのにね。
「ゲコ。石ころちょうだい」
君が出口を見付ける頃、フードを被った人物が言うのだ。
「石ころくれたら、ええもんあげる」
石ころなんて何処にでもある。どれでも良いさ、あげれば良い。
はいと彼にあげたなら……彼は君に、大きな大きな蕗の葉を渡すだろう。
「石ころくれたから、ええもんあげた」
大きな蕗は、君たちが帰路に就く頃には消えてしまう。
買ったものも全部全部夢まぼろしのように消えてしまうけれど、記憶には残るだろう。
誰が呼んだか、あめふり通り。
其の場所は誰も知らぬ。どうして迷い込むのかも、誰も、知らぬ。
あめがしとしと、降っている。
其処は不思議なあめふり通り。
何処にあるかなんて知らないね。君も迷い込んできたんだろう?
あめがしとしと、降っている。
其処は不思議なあめふり通り。
帰りたいなら通り抜ける事だ。ついでに買い物していくかい。
あめがしとしと、降っている。
其処は不思議なあめふり通り。
気付けば其処にいて、また気付けば晴れた外の世界へ人を送り出す不思議な空間。
通りにはざあざあとあめが降りそそぎ、水溜りがあちこちに。
あめがしとしと、降っている。
其処は不思議なあめふり通り。
色んなモンを売ってるよ。服に靴、飴に菓子。
代価は紫陽花の花弁だ。赤と青で支払いな。
でもね、雨を凌ぐものは売ってない。あめふり通りなのにね。
「ゲコ。石ころちょうだい」
君が出口を見付ける頃、フードを被った人物が言うのだ。
「石ころくれたら、ええもんあげる」
石ころなんて何処にでもある。どれでも良いさ、あげれば良い。
はいと彼にあげたなら……彼は君に、大きな大きな蕗の葉を渡すだろう。
「石ころくれたから、ええもんあげた」
大きな蕗は、君たちが帰路に就く頃には消えてしまう。
買ったものも全部全部夢まぼろしのように消えてしまうけれど、記憶には残るだろう。
誰が呼んだか、あめふり通り。
其の場所は誰も知らぬ。どうして迷い込むのかも、誰も、知らぬ。
解説
●目的
あめふり通りを楽しんでみよう
●立地
あめふり通りはいつの間にか迷い込んでしまう不思議な空間です。
ずっと雨が降っています。雨を凌ぐようなものはありません。
一本の通りに面して、店が様々に開いています。軒先のない店ばかりです。
売っているのは全て、雨色の何か。
洋服に、飴玉。靴にパフェ。雨の水色、雨の水玉柄、そんなものを売っています。
お代は紫陽花の花弁。あめふり通りには沢山の紫陽花が咲いているので、摘んでしまいましょう。
白玉の入った甘い水、なんてものも売っているようです。
フードを被った人物がいます。
彼の求めに応じるかは、貴方次第です。
※本当の話
これは大陸のとある場所で発生した不思議な霧による一種の幻覚です。
貴方がたはそれぞれの依頼の帰りに、このあめふり通りに遭遇しました。
此処で買い物したものは、通りを抜けた(幻覚を抜けた)瞬間に消えてしまいますが、
思い出には残るでしょう。
●注意事項
迷子・描写漏れ防止のため、同行者様がいればその方のお名前(ID)、或いは判るように合言葉などを添えて下さい。
また、やりたいことは一つに絞って頂いた方が描写量は多くなります。
マスターより
こんにちは、奇古譚です。
6月と言えば! 雨! と! 紫陽花!
こういう「通りに迷い込む」感覚って好きなんですよ。
奇古譚は方向音痴なので、近道しよ! と思ってとんでもない道に迷い込むのですが、其れが時々楽しかったりします。
●
イベントシナリオではアドリブ控えめとなります。
皆さまが気持ちよく過ごせるよう、マナーを守ってイベントを楽しみましょう。
では、いってらっしゃい。
リプレイ
●
雨がしとしと、あめふり通り。
キオルティスが一枚の紫陽花色した羽ペンを手に取ると、お目が高いねと店主は言いました。
「赤2枚だよ」
「赤?」
「そう。紫陽花の花弁、赤2枚」
しとしと。しとしと。
あめふり通りが晴れ間を見る事はありません。
●
其れは買い物帰り、いつものようにミニコボのチョコと歩いた道の筈でした。
ウォーゼルの目の前には、右にも左にも店、店、店。
おいしいよ、いまだけやすいよ。
呼び込む声は雨に煙って、丁度良くウォーゼルの耳に入ってきます。
チョコも不思議そうな声をあげたので、ウォーゼルはやっぱり今の状況は変なんだ、と認識しました。顔を見合わせて、首を傾げて。でも道は元通りにはなりません。
おいしいよ、白玉の浮いた水があるよ。
羽ペンだよ。綺麗な羽根がたくさんあるよ。
呼び声は物騒ではなさそう。
人々も活気があって、雨の中なのにうきうきとしてきます。
どうせなら見て回ってみよう。そうウォーゼルが言うと、チョコも気になっていたのでしょう、楽しそうに一声鳴きました。
「すみません、二人分クッキー下さい」
「はいよ。じゃあ青を5枚くれるかな?」
此処でのお支払いは、金銀硬貨ではなく紫陽花の花弁でという事でした。
花を摘むのは少し気が引けますが、花でクッキーが買えるとなると安いもの。ぷちり、と花弁を千切ってウォーゼルが渡すと、はい、と店主がクッキーをくれました。
「美味しそうだね」
既に色々と買っていた荷物の中にクッキーを加えて、ウォーゼルとチョコは歩き出します。飴にドーナツ、先程のクッキー。其れ等を食べながら、羽ペンなどの装飾品を見て歩きました。
中には服飾の店もありました。あ、これならチョコに似合うかも。水色に白い水玉の服や、愛らしいおでこ靴。チョコに合わせて見て、合うようならと更に増える買い物袋。
これは二人が喜ぶかな?
二人で選ぶのは、家で待つ幼馴染と愛猫の為の品。どんどん品物が増えちゃうね、とウォーゼルが笑うと、同じように買い物袋を持っていたチョコも笑いました。
「そこのお二人さん」
ふと声が掛かり、二人が振り返ると――其処にはまるでおばけみたいな、フード姿の男が。
わあ、と驚く二人に構わず、男は言いました。
「石ころちょうだい」
……いしころ?
「石ころくれたら、ええもんあげる」
良いものくれるんだって。
ウォーゼルとチョコは顔を見合わすと、二人で路地にあった石ころを取ってきて、男に渡しました。ころん、ころん。男は確かめるように二つの石を鳴らすと、ちょっと待ってて、と違う路地に入ります。
「ええもんくれたから、ええもんあげる」
其れは大きな蕗の葉っぱ。二人が余裕で入れるくらいの大きな緑。果たして路地の何処に隠してあったのでしょう? 首を傾げながらも、くれるというのでウォーゼルは受け取り、今更のように傘にして雨を防ぎます。
「また来てね」
短い手を振る男に手を振って、ウォーゼルとチョコは通りを抜け――
あれれ。
今度はいつもの帰り道。すっかりと夕陽に照らされた晴れの日の道で、ウォーゼルとチョコは二人、何も持たずにずぶぬれで立ち尽くしていたのでした。
家で待つ二人にこの話をしたら、何と言ってくれるでしょうか?
●
片手にスプーン。片手にパフェ。
薄紫と薄青が愛らしい色合いのパフェを手に持って、サイラスは心なしか嬉しそうにクリームをつついていました。
薄紫はブルーベリーで、薄青はソーダ。自然由来の彩りは、サイラスの眼から楽しませてくれます。
先程飴を売っている店を見かけたので、飴を一袋買いました。紫と水色、同じ紫でもこちらはぶどうのよう。様々な味付けと色合いに、サイラスは其れだけでお腹が一杯になる心地。
さて、あとは何かあるだろうか。サイラスが周囲を見回すと、リボン屋が一つありました。色こそ雨に似合うような寒色しかないけれど、様々に飾り立てられたリボンは、包装用にも其れ自体を商品としても扱えそうです。気付けば其方に爪先が向いていて、サイラスは様々なリボンを眺めていました。
「全部青3枚だよ」
紫陽花の花弁、青が3枚。あめふり通り独特の金銭事情にも、少しずつ慣れてきました。幅は狭いけれど、丁寧にレースが施されたリボンを一本購入。職人は、と訊きましたが、生憎店主は企業秘密だと笑うばかりでした。
「おにいさん、おにいさん」
店を出たサイラスに、声を掛けるフード姿の男が一人。
「石ころちょうだい。石ころくれたら、ええもんあげる」
成る程、これが噂の。
サイラスはこれくらいなら懐は痛まないだろうと、其の場で拾った石を渡してみました。すると、男は石ころを受け取って路地に入り……大きな蕗の葉で雨を避けるようにして出てきたではありませんか。
「ええもんあげる」
渡された蕗の葉。確かに雨避けには良いかもしれませんが、パフェを食べているサイラスには困りもの。これを持ちながらパフェを食べるという難題を押し付けられてしまい、予想外に困ってしまったのでした。
●
ベルク・オスマットは敢えて食べ物や飲み物を選んで購入していました。此処ではちょっとお金持ちになった気分で、なんだか柄にもなく気分が高揚します。ぷつりと紫陽花から花を摘むのは心が痛まないでもないけれど、これが通貨として通用するのだから、不思議な幻もあるものだなあ。
「ずいぶんと愉快なところに迷い込んだものだ」
そういえば、今は亡き頭が数少なく語ってくれた御伽噺に、こんな話があったような気がしました。最後は脅かすように、“男に答えると首を持ってかれる”なんて脚色されていたような気もしますが――其れはつまり、都合の良い話なんてない、という頭なりの教えだったのかも知れません。
残るものが消えてしまうのは、物であっても苦しいから。だからベルクは、ジュースやお菓子といった消え物を選んで買いました。妙なソースの掛かったようなドーナツは甘く、ジュースは雨で陰鬱としそうな心を晴らすようにぱちぱちとしています。総じて不思議と甘く、不快ではありません。
「これが夢幻の類であることが残念でならぬな」
そう。
これは結局は幻。だからこそ、御伽噺として語られるのです。
ベルクは空を見上げます。ぽつり、と其の頬に降りしきる雨粒が落ちて、つうと流れていきました。まるで頭を思って流す涙のように。
●
「あれ?」
レオネベルはぱちくりと瞳を瞬かせて、雨に煙る通りを見渡しました。
「リーザヴェール、道こんなんだったか?」
「いやぁね、精霊様は気紛れなんだから」
何が起きたか判っていないレオネベルと、判っているリーザヴェール。リーザヴェールは頬に手を当てて、悪いものじゃないみたいだけどね、と微笑みました。
「私たちを慌てさせて楽しんでいるのね」
「リーザヴェール! そんな事言ってないで、雨宿りしよう!」
レオネベルはフードを深く被り直し、淑女の背を押して雨宿りできそうな場所を探します。――幼い獅子は雨が苦手。耳も尻尾もべしょってなってしまうから。其の上に髪が――毛並みがべしょってなるなんて、耐えられない!
二人は色々と売り出している通りを速足で歩きながら、雨を凌げるものを捜します。けれど、何処にも見当たりません。しまいには、雨粒をアクセントにした髪飾りを見付けたりしてしまいました。
――リーザヴェールは、雨が好きです。言葉には出さないけれど。雨の香り、静けさ、其れ等は淑女を慰めてくれますが……背中を押すあたたかな手や、目の端に映る元気のない尻尾もまた愛らしいと思うから、大人しく背を押されて早歩き。
「あ、見て、レオネベルちゃん」
「え?」
「この子、レオネベルちゃんみたい」
リーザヴェールが脚を止めたので、自然とレオネベルも脚を止めました。見てみると、其処にあったのは黄色に緑が混じった透明度の高いひよこ型ゼリーです。食べてみるかい、と豪快に袋を破って試食させてくれる店主に促されるまま二人はゼリーを口に運びます。
「……! 美味い!」
「本当。爽やかで甘くて、味までレオネベルちゃんみたいねぇ」
「そうかあ?」
照れ隠しでしょうか。濡れた尻尾を揺らしながら言う獅子に、リーザヴェールは楽しそう。
「どうだい、買うなら赤2枚、青3枚だよ」
「赤? 青?」
「其処の紫陽花さ。取って良いぜ」
店主が指さした先には、軒先に咲く穏やかな色の紫陽花がありました。
本当にこれでゼリーが買えるのか? 訝しみながらレオネベルが赤と青の花弁を千切り、店主に渡すと。
「まいど! 沢山入ってるからな、二人で分けて食べなよ」
店主は気前よく紙袋にゼリーの新しい袋を包み、レオネベルへと渡したのです。何と言う事でしょう、紫陽花の花でゼリーが買えるなんて!
「すげーな……リーザヴェール、花弁でゼリーが買えたよ」
「すごいわねえ」
「すごいでしょ」
「うんうん。……って、わあ!?」
第三者の声に吃驚してレオネベルが振り返ると、フード姿が一人立っていました。
「石ころちょうだい」
「な、なんだ……? 石ころ?」
「そう、石ころ。ゲコ。石ころくれたら、ええもんあげるよ」
「どんなものでもいいの?」
「うん、いいよ」
じゃあ、とリーザヴェールが一つ石ころを拾うと、ふう、と土を払って男に渡します。特別よ、とリップサービスも付けて。
「ゲコ。石ころくれたから、ええもんあげる。君にもあげる」
男が渡したのは、大きな大きな蕗の葉。サービスだと、レオネベルも合わせて二つの蕗の葉が渡されました。
「すげー! でっけー葉っぱ! 傘になるのか、おもしれーな!」
「ふふ、本当ねえ」
レオネベルには葉っぱの翠がよく似合います。少し乾いた毛先と、はみ出した耳が跳ねて、可愛らしい事。
そうして二人は帰路に付きます。
この蕗の葉が消える頃、二人は幻が行き去った事に気付き――そしてリーザヴェールが一つ、提案をするのです。
今度草花染めをしましょう。雨と紫陽花の色彩が忘れられないから……って。
●
「サッシャん、なんか不思議なとこに来ちゃったヨ」
梅・雨陽が周囲をきょろきょろ、見回しながら言いました。
「本当だね。さっきまで晴れだったのに……まるでうよたんみたい」
サシャ・テーリングは太陽と雨を名に持つ彼女に例えてみたりなんかして。
「サッシャんは雨も晴れも好き?」
「ええ。太陽の暖かさも雨の潤いも、生きていくには必要なものだし」
「成る程! ワタシも名前になってるだけあって好きヨ! サッシャんの眼の色は雨上がりの草木みたいだから、それも好き」
「ありがとう」
「ふふふ! 何だか恥ずかしいネ! あ、紫陽花咲いてるヨ。摘んでいいのカナ? 青いのとー、赤いのとー、紫のとー」
ぷちぷちと小さな花を摘む雨陽を、サシャは微笑まし気に見守って。
そうして二人で霧雨の中を歩き出すと、あちこちに食べ物が出展されているようでした。ドーナツ、雨、パフェ、ドリンクにあれやこれや。乙女二人は花より団子、其れ等を追いかけまわすので精一杯。
「パフェとっても美味しいネ~! このクリームとアイスが絶品!」
「ホントに。あ、うよたん、次はあそこに行きましょう。お団子ですって」
「団子~! 最高ネ~!」
「お代は赤が3枚と青が2枚です」
「ン? 赤? 青?」
「お客様がお持ちの花で結構ですよ」
店員が視線を送ります。サシャも視線を追いました。其の先には、先程雨陽がしこたま摘んだ紫陽花の花がありました。
「エ! ここ、紫陽花がお代がわり!?」
「ええ」
店員はにこやかに頷きます。
ワタシお金持ち……! 雨陽は今まで味わった事のない富豪感に包まれました、けれど。花弁をとってしまったら、其れはもう花ではありません。だから、使うのはチョットにしよう、と心の中で決めて、赤と青の花弁を店員に渡します。
「サッシャん」
「なに?」
「白玉の入った飲み物だけは、絶対飲もうネ……!」
其れはつまり、節約宣言。
雨陽らしいなあ、と、サシャは笑いながら頷くのでした。
「はー! とっても美味しかったネ! 白玉がつるつるって、ぷよぷよって」
「本当に。飲み物も冷たくてとっても爽やかだったね」
店から出てきた二人は満足気。目当ての白玉入り飲み物は、どうやら存在していた様子。或いは、雨陽の願いがエーテルを歪めたのかも知れませんが……
「ねえねえ」
さて、そろそろ出口かなと歩いていた二人を呼び止める声がありました。
二人が振り返ると、其処にはフード姿の影。雨に濡れながら、二人にこう言いました。
「石ころちょうだい。石ころくれたら、ええもんあげる」
「石ころ?」
「そう」
「石ころネー」
このツヤツヤのが可愛いカナ? 其れとも、このピンクっぽいのが可愛いカナ。
あれやこれやと荷物を漁る雨陽は、どうやら石ころマスターのよう。
「どの色が宜しいですか?」
そう問うサシャも、何処で手に入れたのやら、様々な石を持っているようでした。
「一番ふつうのでええよ」
「フツウ? じゃあ、このピンクあげるネ!」
「じゃあ、少しつやっとしたのを」
二人から石ころを受け取って、フードの奥でにやりと笑った男。
ちょっと待っててと路地に入ると、大きなピンクの蕗の葉を持ってきました。
「ワー!? すごい! ピンク!」
「まあ。初めて見ました」
「ええもんくれたから、ええもんあげる」
ピンクにはピンクを、という事でしょうか。
二人に蕗の葉を渡すと、フード姿の男は其処でじっと立ち止まってしまいました。
「まるで小人になったみたい!」
「本当ネ! 蕗と紫陽花で両手いっぱいヨ、ウフフン」
花に囲まれた乙女。似合うかしらとしなを作る雨陽に、とっても! と嬉しそうに返すサシャ。
「じゃあね、またきてね」
フードの男は何だか短い気がする手を振って、二人の乙女を見送ります。
「ウン、じゃあネ! またネ!」
「またですわ」
とっても楽しい一時と、ピンク色の蕗の葉。
全てはいずれ消えてしまうけれど、二人の想い出にしっかりと残る事でしょう。
●
エル=バ=ノイアンとシルヴィア・A・カペルは、二人同じ羽織の中。こうして距離が近い事をおかしいと思わなくなったのは、いつからだったでしょうか。
「シルヴィア、濡れていないか」
「ああ、大丈夫だ。羽織のお陰でね」
――思い出すのは、付き合う前の事。雨の日に一緒にお茶を飲んだ事がある。そんな事をシルヴィアが呟けば、色の変わる茶だったか、とノイアンは答えてくれる。
そう。君の笑顔を見たのは其の時が初めてだったんだよ。
言って笑う恋人。羽織の中の小さな世界には、其れだけ。ノイアンは其れを“幸せ”と定義しました。
上着を借りるまでだった昨年とは違い、今は自然に彼の懐へ入れる。そんな関係性の変化を今更のように感じてしまって、シルヴィアは少しだけ頬が熱くなるのを感じました。じゃあ、次の雨の季節にはどうなるだろう。少しだけ楽しみで、でも、やっぱり……恥ずかしい、のかも知れません。
二人が入ったのは、水屋でした。座った二人にどうぞと出されたのは、普通の冷たい水。傍らにはメニューがあって、オプションで白玉などを選べるよう。
「……白玉入りの冷や水にしようかな。これで十分甘そうだ」
「では俺も同じものを」
「かしこまりました」
水ですから、出てくるのは直ぐです。愛らしい紫陽花色のカップに、ぷくり、と赤と白のお団子が浮いた水がたっぷりと注がれて。見るだけでも楽しくなる心地。
「このお団子は東方由来のようだ。君の遠い祖先も飲んでいたかもしれないね」
シルヴィアが笑みを浮かべて言いました。ノイアンは僅かに考えるような間の後、「……遠い祖先か」と、彼女の言葉を反芻します。彼の名には、彼の知らないルーツがあります。そして彼の容貌にも、彼の知らないルーツがありました。ただ、感じるのです、連綿と受け継がれてきた血脈が、己に宿っていると。
大切に受け継がれてきたもの。例えば彼女を雨から守った羽織だとか、そういう物が――己にも多少なり、血となって流れているのだろうか。
「俺は、……自分が何処から来た何者なのかもわからず、ほぼ死んだように生きていた日々があった」
水を飲むシルヴィアの手が止まりました。思わず眉を顰めそうになるのをこらえるのに、く、と息を呑みました。だって、彼に“死んだように”なんて言って欲しくなかったから。
けれどノイアンは、だが、と続けます。
「今は……この通りだ。感謝している」
其処にあったのは、不器用な彼なりの微笑み。
だから、シルヴィアは思うのです。これから先、死んだようになんて言えないくらいの日々が彼に訪れれば良いと。そして其の傍に、己の姿があればいいと。
「私はね、君の笑顔を見ると嬉しくなるんだ。……もっと笑って欲しい。そういえば、去年の雨の日も同じことを考えていたよ」
そういってお手本のように笑ってみせるシルヴィアは、雨の降る通りの中で眩しく感じられました。ノイアンは其れを光だと定義して、……来年の雨の日には、この光に応えられるだろうかと、己に問うたのです。
●
ジュスト・ヴェルジーは其処を入念に見渡して、危ない場所ではないようだ、と判断しました。けれど、隣にいる大事な女性――ローザリカ・L・ディオールに何かあってはいけません。彼女になにもないように、気を付けながら歩きました。
一方で、ローザリカは雨に霞む風景を嫌いではないようでした。紫陽花も売り物もとても綺麗。だけれど……“お代は赤4枚”とはどういう事だろう? 知らないうちに赤い硬貨が流通し始めたとでも?
ローザリカのそんな懸念は、ジュストがぷちりと千切っていた花弁によって解消されます。丁度、ローザリカが菓子屋で飴玉に目を留めたときの事でした。
「その飴玉が気になるのかい?」
「まあね」
「成る程。では店主、この飴を二つ」
ジュストはあくまでスマートに、請われるままに青い花びらを4枚支払って飴玉を手に入れました。彼女が食すなら自分も食す。毒が入っていれば一緒に死ねるから。とばかりに先に口に含んでころりと転がし、さて、婚約者の様子はと見下ろすと……不満げにジュストを見上げています。おや? 彼が何か無作法をしたのでしょうか。
「違う」
「違う?」
「同じのが良い」
恨めし気に見上げて来るローザリカ。飴玉を口に運ぼうとしたジュストの手は避けられて、薔薇色の唇が、ジュストの薄い色した唇にそっと重なりました。
――乙女心くらい汲み取れ、莫迦。
本当は“欲しかった”けれど、そんなはしたない真似は此れ以上ローザリカには出来ませんでした。躊躇うように唇が震えて、そっと離れていきます。吐息が判る、そんな距離で二人は僅かな間睨み合い、……音を上げたのはローザリカの方。
「其れが一番、……甘そうだった」
なんて、そんな言葉にしなきゃ判らない男なんて!
拗ねたような淑女に、はて、と男は首を傾げ。ええ、勿論彼女からの口付け一つで其の意は解しましたとも。愛らしい反応を、少しでも長く見ていたい。そう思うのが男の性ではありませんか?
だけど――此れ以上は、踏み込まなければ見られなさそうだから。
ぐいと細い腰を抱き寄せて、驚いて此方を見たローザリカの唇を攫うように奪います。
――嫁入り前の令嬢にする事ではないが。
――君が望んだんだぞ。
ころり、とローザリカの口内に転がり込む、ジュストが舐めていた飴。
飴が甘いのか、彼が甘いのか、其れさえももうローザリカには判りませんでしたが、幻なら早く醒めてくれと悔いるように令嬢は願いました。
でも、もう駄目。幻が溶けたって、其の味は忘れられません。
●
「ひ、ひえぇ……雨なんて聞いてないぃ……」
突如降って来た雨に、ルブラ・ソンジュは慌ててマントを脱ぐと、長い紫色の髪を中に入れて羽織り直しました。雨に濡れると髪が軋みます。髪を洗うのが憂鬱になってしまうのです。
隣でペットのぼっさんも不快そうに身体を震わせています。
「帰ったら洗ってあげるね」
そう声を掛けたルブラに、ふと影が掛かります。おや? とルブラが顔を上げると、其処にはエルヴィーラ・レイセンがいました。
「エルヴィーラ氏?」
「おう、ルブラじゃねえか。お前も此処にいたんだな」
二人は寮で同じ部屋の同級生。不思議そうに瞬きをするルブラに、にか、と太陽みたいな眩しさでエルヴィーラは笑います。
「どうせだ、一緒に周ってみねえか? 此処、面白そうだしさ」
「え、ええー……? あの……拙者にはこういう綺麗な場所は……」
似合いませんし……と視線を逸らすルブラの手首を掴んで、エルヴィーラは引きずるように歩き出しました。
「だァから、そうやって腐るのやめろっての。ほらいくぞ! お前も好きそうなもんあるかもだろ!」
そうして歩き出した二人。ペンやドリンク、喫茶スペース付の店。様々な店が並ぶ中で、ルブラが目に留めたのは“紫陽花パフェ”の文字でした。
「……! 美味しそうなパフェ……ええと」
いまだにルブラを引きずるように歩くエルヴィーラを見上げると、意を決して言いました。
「え、エルヴィーラ氏」
「なんだ?」
「ちょっとあの、パフェの店に寄っても……?」
「おう、良いぜ。そういやさっき聞いたんだけど、此処の支払いは紫陽花の花弁で良いんだとさ」
「い、いつの間にそんな情報収集を……!」
「すいませーん、パフェ2つ!」
エルヴィーラは威勢よく、パフェの店へとルブラを引きずって行きます。其の後ろを付いてくるぼっさん、という図です。――いえ。ルブラはもう、自分の意志で歩き始めていました。パフェが美味しそうだから。いつまでも引きずられる訳にはいかないって、判っているから。引きずられるように、けれど自分の意志で歩いていました。
パフェはゆめまぼろしのようにあっという間に二人に出されました。スプーンは青紫と、赤紫。違いは其れだけですが、エルヴィーラはルブラから手を離して二つを受け取ると、どちらがいい? と差し出しました。
「あ、赤紫の方で……」
「ほらよ」
「あ、ありがとうございます。……」
スプーンでパフェを掬って、ぱくり。
一口食べるとほんのりとした甘さが広がって、ルブラの瞳を輝かせました。きらきらと輝く其の眼は子どもが甘味に喜ぶようで、エルヴィーラは思わず吹き出してしまって。
「はは! お前、そんな顔出来んのな」
「へ?」
「いつもそっちの方が良いと思うぜ」
暗い雰囲気をいつも纏って、自分にも少し怯えたような態度を見せる同級生。初めて見た“生きた”表情にふと微笑むエルヴィーラでしたが、ルブラの頭はそれどころではありませんでした。
ボーイッシュ女子の貴重な笑顔……
これ絶対新刊のネタに出来る奴……
尊い……てぇてぇ……
「おい。おーい? どうしたー?」
創作の境地に到ったルブラが正気を取り戻すまで、数分かかったのでした。
雨がしとしと、あめふり通り。
キオルティスが一枚の紫陽花色した羽ペンを手に取ると、お目が高いねと店主は言いました。
「赤2枚だよ」
「赤?」
「そう。紫陽花の花弁、赤2枚」
しとしと。しとしと。
あめふり通りが晴れ間を見る事はありません。
●
其れは買い物帰り、いつものようにミニコボのチョコと歩いた道の筈でした。
ウォーゼルの目の前には、右にも左にも店、店、店。
おいしいよ、いまだけやすいよ。
呼び込む声は雨に煙って、丁度良くウォーゼルの耳に入ってきます。
チョコも不思議そうな声をあげたので、ウォーゼルはやっぱり今の状況は変なんだ、と認識しました。顔を見合わせて、首を傾げて。でも道は元通りにはなりません。
おいしいよ、白玉の浮いた水があるよ。
羽ペンだよ。綺麗な羽根がたくさんあるよ。
呼び声は物騒ではなさそう。
人々も活気があって、雨の中なのにうきうきとしてきます。
どうせなら見て回ってみよう。そうウォーゼルが言うと、チョコも気になっていたのでしょう、楽しそうに一声鳴きました。
「すみません、二人分クッキー下さい」
「はいよ。じゃあ青を5枚くれるかな?」
此処でのお支払いは、金銀硬貨ではなく紫陽花の花弁でという事でした。
花を摘むのは少し気が引けますが、花でクッキーが買えるとなると安いもの。ぷちり、と花弁を千切ってウォーゼルが渡すと、はい、と店主がクッキーをくれました。
「美味しそうだね」
既に色々と買っていた荷物の中にクッキーを加えて、ウォーゼルとチョコは歩き出します。飴にドーナツ、先程のクッキー。其れ等を食べながら、羽ペンなどの装飾品を見て歩きました。
中には服飾の店もありました。あ、これならチョコに似合うかも。水色に白い水玉の服や、愛らしいおでこ靴。チョコに合わせて見て、合うようならと更に増える買い物袋。
これは二人が喜ぶかな?
二人で選ぶのは、家で待つ幼馴染と愛猫の為の品。どんどん品物が増えちゃうね、とウォーゼルが笑うと、同じように買い物袋を持っていたチョコも笑いました。
「そこのお二人さん」
ふと声が掛かり、二人が振り返ると――其処にはまるでおばけみたいな、フード姿の男が。
わあ、と驚く二人に構わず、男は言いました。
「石ころちょうだい」
……いしころ?
「石ころくれたら、ええもんあげる」
良いものくれるんだって。
ウォーゼルとチョコは顔を見合わすと、二人で路地にあった石ころを取ってきて、男に渡しました。ころん、ころん。男は確かめるように二つの石を鳴らすと、ちょっと待ってて、と違う路地に入ります。
「ええもんくれたから、ええもんあげる」
其れは大きな蕗の葉っぱ。二人が余裕で入れるくらいの大きな緑。果たして路地の何処に隠してあったのでしょう? 首を傾げながらも、くれるというのでウォーゼルは受け取り、今更のように傘にして雨を防ぎます。
「また来てね」
短い手を振る男に手を振って、ウォーゼルとチョコは通りを抜け――
あれれ。
今度はいつもの帰り道。すっかりと夕陽に照らされた晴れの日の道で、ウォーゼルとチョコは二人、何も持たずにずぶぬれで立ち尽くしていたのでした。
家で待つ二人にこの話をしたら、何と言ってくれるでしょうか?
●
片手にスプーン。片手にパフェ。
薄紫と薄青が愛らしい色合いのパフェを手に持って、サイラスは心なしか嬉しそうにクリームをつついていました。
薄紫はブルーベリーで、薄青はソーダ。自然由来の彩りは、サイラスの眼から楽しませてくれます。
先程飴を売っている店を見かけたので、飴を一袋買いました。紫と水色、同じ紫でもこちらはぶどうのよう。様々な味付けと色合いに、サイラスは其れだけでお腹が一杯になる心地。
さて、あとは何かあるだろうか。サイラスが周囲を見回すと、リボン屋が一つありました。色こそ雨に似合うような寒色しかないけれど、様々に飾り立てられたリボンは、包装用にも其れ自体を商品としても扱えそうです。気付けば其方に爪先が向いていて、サイラスは様々なリボンを眺めていました。
「全部青3枚だよ」
紫陽花の花弁、青が3枚。あめふり通り独特の金銭事情にも、少しずつ慣れてきました。幅は狭いけれど、丁寧にレースが施されたリボンを一本購入。職人は、と訊きましたが、生憎店主は企業秘密だと笑うばかりでした。
「おにいさん、おにいさん」
店を出たサイラスに、声を掛けるフード姿の男が一人。
「石ころちょうだい。石ころくれたら、ええもんあげる」
成る程、これが噂の。
サイラスはこれくらいなら懐は痛まないだろうと、其の場で拾った石を渡してみました。すると、男は石ころを受け取って路地に入り……大きな蕗の葉で雨を避けるようにして出てきたではありませんか。
「ええもんあげる」
渡された蕗の葉。確かに雨避けには良いかもしれませんが、パフェを食べているサイラスには困りもの。これを持ちながらパフェを食べるという難題を押し付けられてしまい、予想外に困ってしまったのでした。
●
ベルク・オスマットは敢えて食べ物や飲み物を選んで購入していました。此処ではちょっとお金持ちになった気分で、なんだか柄にもなく気分が高揚します。ぷつりと紫陽花から花を摘むのは心が痛まないでもないけれど、これが通貨として通用するのだから、不思議な幻もあるものだなあ。
「ずいぶんと愉快なところに迷い込んだものだ」
そういえば、今は亡き頭が数少なく語ってくれた御伽噺に、こんな話があったような気がしました。最後は脅かすように、“男に答えると首を持ってかれる”なんて脚色されていたような気もしますが――其れはつまり、都合の良い話なんてない、という頭なりの教えだったのかも知れません。
残るものが消えてしまうのは、物であっても苦しいから。だからベルクは、ジュースやお菓子といった消え物を選んで買いました。妙なソースの掛かったようなドーナツは甘く、ジュースは雨で陰鬱としそうな心を晴らすようにぱちぱちとしています。総じて不思議と甘く、不快ではありません。
「これが夢幻の類であることが残念でならぬな」
そう。
これは結局は幻。だからこそ、御伽噺として語られるのです。
ベルクは空を見上げます。ぽつり、と其の頬に降りしきる雨粒が落ちて、つうと流れていきました。まるで頭を思って流す涙のように。
●
「あれ?」
レオネベルはぱちくりと瞳を瞬かせて、雨に煙る通りを見渡しました。
「リーザヴェール、道こんなんだったか?」
「いやぁね、精霊様は気紛れなんだから」
何が起きたか判っていないレオネベルと、判っているリーザヴェール。リーザヴェールは頬に手を当てて、悪いものじゃないみたいだけどね、と微笑みました。
「私たちを慌てさせて楽しんでいるのね」
「リーザヴェール! そんな事言ってないで、雨宿りしよう!」
レオネベルはフードを深く被り直し、淑女の背を押して雨宿りできそうな場所を探します。――幼い獅子は雨が苦手。耳も尻尾もべしょってなってしまうから。其の上に髪が――毛並みがべしょってなるなんて、耐えられない!
二人は色々と売り出している通りを速足で歩きながら、雨を凌げるものを捜します。けれど、何処にも見当たりません。しまいには、雨粒をアクセントにした髪飾りを見付けたりしてしまいました。
――リーザヴェールは、雨が好きです。言葉には出さないけれど。雨の香り、静けさ、其れ等は淑女を慰めてくれますが……背中を押すあたたかな手や、目の端に映る元気のない尻尾もまた愛らしいと思うから、大人しく背を押されて早歩き。
「あ、見て、レオネベルちゃん」
「え?」
「この子、レオネベルちゃんみたい」
リーザヴェールが脚を止めたので、自然とレオネベルも脚を止めました。見てみると、其処にあったのは黄色に緑が混じった透明度の高いひよこ型ゼリーです。食べてみるかい、と豪快に袋を破って試食させてくれる店主に促されるまま二人はゼリーを口に運びます。
「……! 美味い!」
「本当。爽やかで甘くて、味までレオネベルちゃんみたいねぇ」
「そうかあ?」
照れ隠しでしょうか。濡れた尻尾を揺らしながら言う獅子に、リーザヴェールは楽しそう。
「どうだい、買うなら赤2枚、青3枚だよ」
「赤? 青?」
「其処の紫陽花さ。取って良いぜ」
店主が指さした先には、軒先に咲く穏やかな色の紫陽花がありました。
本当にこれでゼリーが買えるのか? 訝しみながらレオネベルが赤と青の花弁を千切り、店主に渡すと。
「まいど! 沢山入ってるからな、二人で分けて食べなよ」
店主は気前よく紙袋にゼリーの新しい袋を包み、レオネベルへと渡したのです。何と言う事でしょう、紫陽花の花でゼリーが買えるなんて!
「すげーな……リーザヴェール、花弁でゼリーが買えたよ」
「すごいわねえ」
「すごいでしょ」
「うんうん。……って、わあ!?」
第三者の声に吃驚してレオネベルが振り返ると、フード姿が一人立っていました。
「石ころちょうだい」
「な、なんだ……? 石ころ?」
「そう、石ころ。ゲコ。石ころくれたら、ええもんあげるよ」
「どんなものでもいいの?」
「うん、いいよ」
じゃあ、とリーザヴェールが一つ石ころを拾うと、ふう、と土を払って男に渡します。特別よ、とリップサービスも付けて。
「ゲコ。石ころくれたから、ええもんあげる。君にもあげる」
男が渡したのは、大きな大きな蕗の葉。サービスだと、レオネベルも合わせて二つの蕗の葉が渡されました。
「すげー! でっけー葉っぱ! 傘になるのか、おもしれーな!」
「ふふ、本当ねえ」
レオネベルには葉っぱの翠がよく似合います。少し乾いた毛先と、はみ出した耳が跳ねて、可愛らしい事。
そうして二人は帰路に付きます。
この蕗の葉が消える頃、二人は幻が行き去った事に気付き――そしてリーザヴェールが一つ、提案をするのです。
今度草花染めをしましょう。雨と紫陽花の色彩が忘れられないから……って。
●
「サッシャん、なんか不思議なとこに来ちゃったヨ」
梅・雨陽が周囲をきょろきょろ、見回しながら言いました。
「本当だね。さっきまで晴れだったのに……まるでうよたんみたい」
サシャ・テーリングは太陽と雨を名に持つ彼女に例えてみたりなんかして。
「サッシャんは雨も晴れも好き?」
「ええ。太陽の暖かさも雨の潤いも、生きていくには必要なものだし」
「成る程! ワタシも名前になってるだけあって好きヨ! サッシャんの眼の色は雨上がりの草木みたいだから、それも好き」
「ありがとう」
「ふふふ! 何だか恥ずかしいネ! あ、紫陽花咲いてるヨ。摘んでいいのカナ? 青いのとー、赤いのとー、紫のとー」
ぷちぷちと小さな花を摘む雨陽を、サシャは微笑まし気に見守って。
そうして二人で霧雨の中を歩き出すと、あちこちに食べ物が出展されているようでした。ドーナツ、雨、パフェ、ドリンクにあれやこれや。乙女二人は花より団子、其れ等を追いかけまわすので精一杯。
「パフェとっても美味しいネ~! このクリームとアイスが絶品!」
「ホントに。あ、うよたん、次はあそこに行きましょう。お団子ですって」
「団子~! 最高ネ~!」
「お代は赤が3枚と青が2枚です」
「ン? 赤? 青?」
「お客様がお持ちの花で結構ですよ」
店員が視線を送ります。サシャも視線を追いました。其の先には、先程雨陽がしこたま摘んだ紫陽花の花がありました。
「エ! ここ、紫陽花がお代がわり!?」
「ええ」
店員はにこやかに頷きます。
ワタシお金持ち……! 雨陽は今まで味わった事のない富豪感に包まれました、けれど。花弁をとってしまったら、其れはもう花ではありません。だから、使うのはチョットにしよう、と心の中で決めて、赤と青の花弁を店員に渡します。
「サッシャん」
「なに?」
「白玉の入った飲み物だけは、絶対飲もうネ……!」
其れはつまり、節約宣言。
雨陽らしいなあ、と、サシャは笑いながら頷くのでした。
「はー! とっても美味しかったネ! 白玉がつるつるって、ぷよぷよって」
「本当に。飲み物も冷たくてとっても爽やかだったね」
店から出てきた二人は満足気。目当ての白玉入り飲み物は、どうやら存在していた様子。或いは、雨陽の願いがエーテルを歪めたのかも知れませんが……
「ねえねえ」
さて、そろそろ出口かなと歩いていた二人を呼び止める声がありました。
二人が振り返ると、其処にはフード姿の影。雨に濡れながら、二人にこう言いました。
「石ころちょうだい。石ころくれたら、ええもんあげる」
「石ころ?」
「そう」
「石ころネー」
このツヤツヤのが可愛いカナ? 其れとも、このピンクっぽいのが可愛いカナ。
あれやこれやと荷物を漁る雨陽は、どうやら石ころマスターのよう。
「どの色が宜しいですか?」
そう問うサシャも、何処で手に入れたのやら、様々な石を持っているようでした。
「一番ふつうのでええよ」
「フツウ? じゃあ、このピンクあげるネ!」
「じゃあ、少しつやっとしたのを」
二人から石ころを受け取って、フードの奥でにやりと笑った男。
ちょっと待っててと路地に入ると、大きなピンクの蕗の葉を持ってきました。
「ワー!? すごい! ピンク!」
「まあ。初めて見ました」
「ええもんくれたから、ええもんあげる」
ピンクにはピンクを、という事でしょうか。
二人に蕗の葉を渡すと、フード姿の男は其処でじっと立ち止まってしまいました。
「まるで小人になったみたい!」
「本当ネ! 蕗と紫陽花で両手いっぱいヨ、ウフフン」
花に囲まれた乙女。似合うかしらとしなを作る雨陽に、とっても! と嬉しそうに返すサシャ。
「じゃあね、またきてね」
フードの男は何だか短い気がする手を振って、二人の乙女を見送ります。
「ウン、じゃあネ! またネ!」
「またですわ」
とっても楽しい一時と、ピンク色の蕗の葉。
全てはいずれ消えてしまうけれど、二人の想い出にしっかりと残る事でしょう。
●
エル=バ=ノイアンとシルヴィア・A・カペルは、二人同じ羽織の中。こうして距離が近い事をおかしいと思わなくなったのは、いつからだったでしょうか。
「シルヴィア、濡れていないか」
「ああ、大丈夫だ。羽織のお陰でね」
――思い出すのは、付き合う前の事。雨の日に一緒にお茶を飲んだ事がある。そんな事をシルヴィアが呟けば、色の変わる茶だったか、とノイアンは答えてくれる。
そう。君の笑顔を見たのは其の時が初めてだったんだよ。
言って笑う恋人。羽織の中の小さな世界には、其れだけ。ノイアンは其れを“幸せ”と定義しました。
上着を借りるまでだった昨年とは違い、今は自然に彼の懐へ入れる。そんな関係性の変化を今更のように感じてしまって、シルヴィアは少しだけ頬が熱くなるのを感じました。じゃあ、次の雨の季節にはどうなるだろう。少しだけ楽しみで、でも、やっぱり……恥ずかしい、のかも知れません。
二人が入ったのは、水屋でした。座った二人にどうぞと出されたのは、普通の冷たい水。傍らにはメニューがあって、オプションで白玉などを選べるよう。
「……白玉入りの冷や水にしようかな。これで十分甘そうだ」
「では俺も同じものを」
「かしこまりました」
水ですから、出てくるのは直ぐです。愛らしい紫陽花色のカップに、ぷくり、と赤と白のお団子が浮いた水がたっぷりと注がれて。見るだけでも楽しくなる心地。
「このお団子は東方由来のようだ。君の遠い祖先も飲んでいたかもしれないね」
シルヴィアが笑みを浮かべて言いました。ノイアンは僅かに考えるような間の後、「……遠い祖先か」と、彼女の言葉を反芻します。彼の名には、彼の知らないルーツがあります。そして彼の容貌にも、彼の知らないルーツがありました。ただ、感じるのです、連綿と受け継がれてきた血脈が、己に宿っていると。
大切に受け継がれてきたもの。例えば彼女を雨から守った羽織だとか、そういう物が――己にも多少なり、血となって流れているのだろうか。
「俺は、……自分が何処から来た何者なのかもわからず、ほぼ死んだように生きていた日々があった」
水を飲むシルヴィアの手が止まりました。思わず眉を顰めそうになるのをこらえるのに、く、と息を呑みました。だって、彼に“死んだように”なんて言って欲しくなかったから。
けれどノイアンは、だが、と続けます。
「今は……この通りだ。感謝している」
其処にあったのは、不器用な彼なりの微笑み。
だから、シルヴィアは思うのです。これから先、死んだようになんて言えないくらいの日々が彼に訪れれば良いと。そして其の傍に、己の姿があればいいと。
「私はね、君の笑顔を見ると嬉しくなるんだ。……もっと笑って欲しい。そういえば、去年の雨の日も同じことを考えていたよ」
そういってお手本のように笑ってみせるシルヴィアは、雨の降る通りの中で眩しく感じられました。ノイアンは其れを光だと定義して、……来年の雨の日には、この光に応えられるだろうかと、己に問うたのです。
●
ジュスト・ヴェルジーは其処を入念に見渡して、危ない場所ではないようだ、と判断しました。けれど、隣にいる大事な女性――ローザリカ・L・ディオールに何かあってはいけません。彼女になにもないように、気を付けながら歩きました。
一方で、ローザリカは雨に霞む風景を嫌いではないようでした。紫陽花も売り物もとても綺麗。だけれど……“お代は赤4枚”とはどういう事だろう? 知らないうちに赤い硬貨が流通し始めたとでも?
ローザリカのそんな懸念は、ジュストがぷちりと千切っていた花弁によって解消されます。丁度、ローザリカが菓子屋で飴玉に目を留めたときの事でした。
「その飴玉が気になるのかい?」
「まあね」
「成る程。では店主、この飴を二つ」
ジュストはあくまでスマートに、請われるままに青い花びらを4枚支払って飴玉を手に入れました。彼女が食すなら自分も食す。毒が入っていれば一緒に死ねるから。とばかりに先に口に含んでころりと転がし、さて、婚約者の様子はと見下ろすと……不満げにジュストを見上げています。おや? 彼が何か無作法をしたのでしょうか。
「違う」
「違う?」
「同じのが良い」
恨めし気に見上げて来るローザリカ。飴玉を口に運ぼうとしたジュストの手は避けられて、薔薇色の唇が、ジュストの薄い色した唇にそっと重なりました。
――乙女心くらい汲み取れ、莫迦。
本当は“欲しかった”けれど、そんなはしたない真似は此れ以上ローザリカには出来ませんでした。躊躇うように唇が震えて、そっと離れていきます。吐息が判る、そんな距離で二人は僅かな間睨み合い、……音を上げたのはローザリカの方。
「其れが一番、……甘そうだった」
なんて、そんな言葉にしなきゃ判らない男なんて!
拗ねたような淑女に、はて、と男は首を傾げ。ええ、勿論彼女からの口付け一つで其の意は解しましたとも。愛らしい反応を、少しでも長く見ていたい。そう思うのが男の性ではありませんか?
だけど――此れ以上は、踏み込まなければ見られなさそうだから。
ぐいと細い腰を抱き寄せて、驚いて此方を見たローザリカの唇を攫うように奪います。
――嫁入り前の令嬢にする事ではないが。
――君が望んだんだぞ。
ころり、とローザリカの口内に転がり込む、ジュストが舐めていた飴。
飴が甘いのか、彼が甘いのか、其れさえももうローザリカには判りませんでしたが、幻なら早く醒めてくれと悔いるように令嬢は願いました。
でも、もう駄目。幻が溶けたって、其の味は忘れられません。
●
「ひ、ひえぇ……雨なんて聞いてないぃ……」
突如降って来た雨に、ルブラ・ソンジュは慌ててマントを脱ぐと、長い紫色の髪を中に入れて羽織り直しました。雨に濡れると髪が軋みます。髪を洗うのが憂鬱になってしまうのです。
隣でペットのぼっさんも不快そうに身体を震わせています。
「帰ったら洗ってあげるね」
そう声を掛けたルブラに、ふと影が掛かります。おや? とルブラが顔を上げると、其処にはエルヴィーラ・レイセンがいました。
「エルヴィーラ氏?」
「おう、ルブラじゃねえか。お前も此処にいたんだな」
二人は寮で同じ部屋の同級生。不思議そうに瞬きをするルブラに、にか、と太陽みたいな眩しさでエルヴィーラは笑います。
「どうせだ、一緒に周ってみねえか? 此処、面白そうだしさ」
「え、ええー……? あの……拙者にはこういう綺麗な場所は……」
似合いませんし……と視線を逸らすルブラの手首を掴んで、エルヴィーラは引きずるように歩き出しました。
「だァから、そうやって腐るのやめろっての。ほらいくぞ! お前も好きそうなもんあるかもだろ!」
そうして歩き出した二人。ペンやドリンク、喫茶スペース付の店。様々な店が並ぶ中で、ルブラが目に留めたのは“紫陽花パフェ”の文字でした。
「……! 美味しそうなパフェ……ええと」
いまだにルブラを引きずるように歩くエルヴィーラを見上げると、意を決して言いました。
「え、エルヴィーラ氏」
「なんだ?」
「ちょっとあの、パフェの店に寄っても……?」
「おう、良いぜ。そういやさっき聞いたんだけど、此処の支払いは紫陽花の花弁で良いんだとさ」
「い、いつの間にそんな情報収集を……!」
「すいませーん、パフェ2つ!」
エルヴィーラは威勢よく、パフェの店へとルブラを引きずって行きます。其の後ろを付いてくるぼっさん、という図です。――いえ。ルブラはもう、自分の意志で歩き始めていました。パフェが美味しそうだから。いつまでも引きずられる訳にはいかないって、判っているから。引きずられるように、けれど自分の意志で歩いていました。
パフェはゆめまぼろしのようにあっという間に二人に出されました。スプーンは青紫と、赤紫。違いは其れだけですが、エルヴィーラはルブラから手を離して二つを受け取ると、どちらがいい? と差し出しました。
「あ、赤紫の方で……」
「ほらよ」
「あ、ありがとうございます。……」
スプーンでパフェを掬って、ぱくり。
一口食べるとほんのりとした甘さが広がって、ルブラの瞳を輝かせました。きらきらと輝く其の眼は子どもが甘味に喜ぶようで、エルヴィーラは思わず吹き出してしまって。
「はは! お前、そんな顔出来んのな」
「へ?」
「いつもそっちの方が良いと思うぜ」
暗い雰囲気をいつも纏って、自分にも少し怯えたような態度を見せる同級生。初めて見た“生きた”表情にふと微笑むエルヴィーラでしたが、ルブラの頭はそれどころではありませんでした。
ボーイッシュ女子の貴重な笑顔……
これ絶対新刊のネタに出来る奴……
尊い……てぇてぇ……
「おい。おーい? どうしたー?」
創作の境地に到ったルブラが正気を取り戻すまで、数分かかったのでした。
マスターコメント
お疲れ様でした。
あめふり通り、いかがだったでしょうか。
ええもんもらった人も、ええもん買った人も、また来てね。
舌が長くて手の短い不思議な男が、出迎えてくれるかもしれません。
ご参加ありがとうございました!
イベントシナリオ易しい 報酬:標準14 / 4〜25人
2022年06月17日 00時44分41秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
投稿はありません