【毒杯】狂喜と欲望のユートピア
明乃そら
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シナリオID:2001
オープニング
昏き闇をも真昼のように明るく照らす、華やかなりし泡沫の夢。
甘美な一夜の快楽に、酔い痴れながら、禁断の果実を味わい尽くす。
世の中のありとあらゆる欲望が凝縮された、陰謀渦巻く背徳の街。
全ての種族が平等で、金だけが唯一絶対的な権力を持つ、犯罪者達の楽園だ――。
●或る日、ゴールディにて
「ふわあぁ~~~っ。どこかに面白いネタでも転がってねぇモンかな」
椅子に凭れて欠伸をしながら、身体を伸ばして眠気を覚ますシャルティナ・カッツェ。
トロンとした目を擦りつつ、仕事場で気怠そうに過ごしていた時だった。
「こんちには、情報屋さん。貴女に一つお願いしたい事がありますけれど、よろしいかしら」
入り口のドアを開け、声を掛けてきたのは、金色の髪が鮮やかに映える可愛らしい人間の少女。
清楚で華美な装いは、この薄汚れた街には不似合いで、立ち振る舞いや言葉遣いから家柄の良いお嬢様だと察しが付く。
「ここへはちょっとした観光で訪れたのですが、案内がてら護衛をして下さる御仁を募集しておりますの。そこで、貴女に至急手配してほしいのですわ」
ニコリと微笑む少女に対し、シャルティナは彼女の腹を探るように問い掛ける。
「こんな物騒な街に観光……ね。まあアンタらみたいな身分の者が行くっつーたら、夜の街ってところだな」
「ええ、上流階級の裏の社交場……そのような場所に、とても興味がありますの」
どこか楽しげに、涼しい顔で微笑む令嬢に、シャルティナは訝しそうに彼女を見つめ、問い掛ける。
「別にアンタがどこへ行こうが構わねぇ。けど、どうして冒険者の護衛を依頼するんだ? お供くらいはいるんだろ?」
「何故って……その方が面白いからに決まってますわ。それに、冒険者の方達は以前お世話になって、気に入りましたの」
悪びれた様子もなく、無邪気に語るお嬢様。何か言いたげなシャルティナを余所に、マイペースで話を続けるのだった。
「これから私が行く場所は、ゴールディの東側にある『ヘヴンズロウ』という歓楽街ですわ」
その街の名前を聞いた途端、令嬢を見つめるシャルティナの表情が険しくなる。
ゴールディにおいて上流階級が訪れる場所は、問題が起きないようにマフィアが監視の目を光らせている。そして彼女が行こうとしている街は、マフィアの中でもブラックデスとは一線を画す対抗組織の縄張りでもある。
「更にあそこの元締めは、悪名高いガストーニ商会の代表だ。あんな胡散臭いところにわざわざ踏み込むたぁ、よっぽどの変わり者かイカれてるかのどっちかだが……アンタ、どういうつもりだい?」
歓楽街を仕切っているのは、裏で非合法な商売をしている貿易商。私服を肥やす悪徳貴族や資産家達を、主な顧客として取り込んでいると聞く。
良識ある人物ならば、そのような金の亡者が集う醜悪な街に立ち寄ろうなどとは考えない。だが敢えて自ら危険な区域に飛び込むのは、おそらく相応の理由があるからだろうと、シャルティナは令嬢の胸の内を探ろうとする。
そんな思惑を読み取ったのか、依頼者たる少女は凛然と身構えながら、自身が抱く想いを打ち明ける。
「私は今後の貴族社会の行く末を、未来を見極めたいと思ってますの。先の過激派貴族による造反然り、一部の貴族を蝕む毒は、精神と誇りを堕落させ、やがて破滅の道を辿るでしょう」
広がり続ける貴族の腐敗は、遅かれ早かれ、国を衰退させていく。
そうした状況を危惧しつつ、自分なりに対策の手掛かりを探しにこの地へ来たと、少女は言う。
「それに……件の商会には、ちょっとした縁がありますの。折角ですから、噂の代表さんにもお会い出来たら、とも」
冗談ですけれど、と悪戯っぽくクスクス笑う令嬢だが、目付きは真剣そのものだ。
「……ま、アタシも連中には思うところがあるんでな。ひとまず護衛の手配はさせてもらうぜ。そういや、まだアンタの名前を聞いてなかったな」
どうやらそっちが本命か、と得心したのか。シャルティナは少女の依頼を承諾し、彼女の素性を改めて訊くと。
「言われてみれば、まだ名乗っていませんでしたわね。私の名前は、ロレッタ・アルベール。一応、王国における伯爵家の娘ということになるかしら。それでは情報屋さん、後はよろしく頼みましたわよ」
そう言って、恭しく挨拶を交わす令嬢の胸元で、赤く煌めく宝石が、妖しい彩を纏って揺れていたーー。
解説
マスターより
リプレイ
日が沈み、薄暗闇の紗幕が覆う、夜の街。
陽光の射さない黝い空間に、灯りが煌びやかに燈って、夜の世界の住人達が眠りから醒めて活気付く。
此処は欲望蠢く歓楽街。上流階級の裏の社交場でもある、危険な香り漂うこの場所に、今宵、一風変わった客人達が足を踏み入れるのだった――。
「お久しぶりですね、相も変わらず肝が据わっていると言いますか。……この街を観光先に選んだのは、もしや例の宝石の件絡みでしょうか」
リコリス・アデュラリアは今回の依頼人である伯爵令嬢、ロレッタ・アルベールに対し、再会の挨拶も程々に依頼の目的を率直に訊く。
過去に彼女から受けた依頼。宝石を巡る襲撃事件の主犯者が、歓楽街の元締めなのは決して偶然などではないだろう。
「ええ。宝石に関するその後の詳細は〝彼〟から聞いておりますわ。半分は私自身の好奇心というのもありますけれど」
問われたロレッタ嬢は、誤魔化す事なく正直に答える。彼女をこの地に導いたのは、共通の知人でもある冒険者ギルドの青年なのだから。
「全ての種族が平等で、金だけが唯一絶対的な権力を持つ。大陸一自由で危険な街――此処に来るのも久方振りだな」
左目を眼帯で隠したゴブリンの青年、ナハティガル=ラーは、その身に馴染む慣れ親しんだ故郷の空気を実感しながら、皮肉な笑みを口元に浮かべる。
「……アンタの思惑が何であれ、請けた依頼は遂行する。目的の人物と接触する切っ掛け位にはなるだろう」
依頼人たるロレッタ嬢の話に耳を傾け、今回はただの物見遊山ではなく、明確な目的があると確信するナハティガル。
そう告げる彼の言葉に、ロレッタはニコリと微笑み、黙って小さく頷いた。
(「高貴な方が歓楽街に興味を持つとは……そういう年頃なのかもしれんが、火遊びが過ぎると灰になるまで焼かれることになるぞ。まぁ、ただの興味本位というだけではあるまい」)
危ない橋を渡るのも、覚悟の上での依頼だと。シグルド・オルセンは彼女のそんな想いを汲み取りつつも、首を突っ込み過ぎないように見ておこうと気に留める。
それにしても、元の持ち主の〝シマ〟で宝石を見せびらかすなど、相当な度胸の持ち主だとルチル・プルメリア・グレイハーツは感心する。
単なる世間知らずなお嬢様ではなさそうだ。しかも見学先が、あの〝ガストーニ商会〟が経営する歓楽街と来た。
(「……まあ乗り掛かった舟さね」)
件の商会との絡みもある以上、ルチル自身も、令嬢の目論見に付き合う覚悟を決めるのだった。
「んで、どこを案内するのか決めたのか? まあどこも胡散臭い所ばかりだけれどな」
そう言って、シャルティナ・カッツェが見回れそうな歓楽街の施設を冒険者達に説明する。
「手始めに酒場辺りとかどうかな? 情報交換の場としては最も相応しいと思うし」
ベアトリーチェ・カロッサが行き先を述べると、他の仲間も同意する。
「ただ、大勢で連れ添うのも何だから、お嬢様を案内している間、残った人も手分けして他の施設を調査しようか」
今度はジュスト・ヴェルジーが提言し、冒険者達はそれぞれの希望を確認し合って調整を行い、行動に移す。
(「お嬢様自ら観光視察などとは、ご苦労な事じゃ。社交界とは面倒なものよのう」)
建物の陰に身を潜め、一行の様子を窺っているのは、ゴブリンの少女、夕霧だ。
彼女はシャルガネの浮浪児として、過酷な世界を生き抜いてきた。
そうした生い立ちからも、貴族令嬢たるロレッタは遠い存在であり、決して信用しているわけではない。
故に、今回は敢えて遠巻きで見守りながら、護衛を行う事にした。無論、その事は同行の仲間達には伝達済みだ。
最初に冒険者達がロレッタ嬢と一緒に訪れたのは、『マッドネスムーン』という名の酒場であった。
貴族同士が親睦を深める交流の場、だが裏で営まれているのは、大金が飛び交う賭博場。
彼らは一層刺激の強い娯楽を求め、危険と隣り合わせのアンダーグラウンドな世界に群がるのだ。
「客は身形の良さそうな人達ばっかりですね。ここでは一体どんな会話が交わされていますやら」
中に入るなり、店内を一通り見回すアリッグ・レイダー。
瀟洒な造りの内装は、如何にも上流階級向けで絢爛豪華な印象だ。
「ここならお高い酒も飲めそうだな。しかし今日は護衛で来ているから、飲むにも少量で我慢するしかないけどな」
シグルドはカウンターの奥に並んでいる酒瓶の群れに目を輝かせ、物色するかのように凝視する。
「飲み過ぎて酔い潰れないように、お仕事中は程々に、だね」
そんなシグルドを、ベアトリーチェが苦笑しながら、穏やかな口調で窘める。
(「普段の仕事であれば、雑多に人が集まる場所は情報の稼ぎ所。運営として見るなら、資金収集の中心か」)
ルチルはふと、酒場の運営目的を推察する。
ただ一方的に客を楽しませるわけではない。おそらくは、貴族社会の内情をより知る為の情報収集、並びに、より多くの資金を提供してくれるスポンサー探しといったところだろうか。
それに店内をよく見ると、黒いスーツ姿のゴブリン達が暗がりに隠れて見張っている。
どうやら連中は、街を縄張りにしているマフィアのようだ。
街全体がマフィアの監視下にある状況では、迂闊な行動を取る事は出来ない。けれどもこういう時こそ、情報屋としての腕の見せ所だと、ルチルは被った頭蓋の奥で目を光らせる。
「折角ですから、皆様も景気付けに一杯飲まれては? 私達は客なのですから」
いつの間にやらカウンター席に座って、ノンアルコールのカクテルを口にしながらお酒を勧めるロレッタ嬢。
彼女の言う通り、一行は客を装いながら、酒を注文しようとすると――。
ふと、地下の階段から上がってくる男の姿が視界に入る。顔は生気が失せたように青褪めて、歩く足取りも覚束ない。
「おやおや……どうやら今夜は、ツキがなかったようですね」
気落ちして項垂れている男を、店の主人が慰める。その一連の様子を見ていたロレッタ嬢が、興味深げに質問する。
「賭け事でしたら、私も楽しませてもらってよろしいかしら」
懇願する令嬢に、店主はどうぞと地下の賭場へと案内する。その際に、せいぜい熱くなりませぬように、と一言添えて。
「あたいはもう少しここで飲んでいる。ゆっくり楽しんできな」
ルチルは客を観察しようと留まる代わりに、栗鼠のラトを地下に送り込むのであった。
「さて、今度は何方が相手でしょうか。誰の勝負でも挑みますよ」
空いているテーブルで、紳士然としたディーラーの男が手持ち無沙汰気味に対戦相手を待っている。
おそらく彼が、さっきの男を負かした賭博師だろうか。嬉々としてテーブルに向かおうとするロレッタ嬢に、アリッグが呼び止めながらそっと耳打ちする。
「ああいう連中は、最初は勝たせて気分を良くさせ、掛け金を釣り上げ勝負してきます。先程の男も、きっと調子に乗って負けたのでしょう」
腕利きの賭博師ならば、イカサマも容易く仕込んでくる。ならどう対応するか、アリッグは頭の中で策を練る。
「ではその時は、貴方がたを頼りにしますわ」
如何なる時も、冒険者達を信じているから。一行にそれだけ伝え、ロレッタ嬢が勝負のテーブルに着く。
「これはまた……随分と可愛らしい挑戦者ですね。ルールの方は、よろしいですかな?」
優しく微笑み、令嬢を快く迎え入れるディーラーの男。
その笑顔とは裏腹に、見つめる男の眼差しは、獲物を狙う獣のような鋭い光を帯びていた――。
●危険な賭け事
テーブルの上に転がる3つのダイス。冒険者達は出目を予想し、チップを賭ける。
「1・3・4……合計8か。10以下だから俺の勝ちだな」
予想が的中し、シグルドは満足そうに表情を緩める。
彼の賭け方は配当率こそ少ないが、適度に利益を出せれば十分と、リスクの少ない方法を選択していた。
「面白そうだね。アタシも試してみようかな」
シグルドのやり方を覗いていたベアトリーチェが、興味を抱いて、少額ならと賭けてみる。
「これは熱中するのも納得ですわね。でもどうせなら、思い切って大きく勝負したくなりますわ」
ロレッタ嬢もすっかり夢中になった様子だが、この状況は正に相手の思う壺である。
金持ちという人種は野心も旺盛だ。故に勝ちを求める余り、破滅を招く事態にもなり兼ねない。
「いやはや、皆様なかなか慣れておられるご様子で。今度はカードゲームなど如何でしょうか」
紳士然とした態度を崩さず、ディーラーの男は尚も勝負を続けようとする。
シグルドは洞察力を働かせ、ゲームに興じている間も男の挙動を注視していた。
そこから察するに、ダイスに何かしらの細工がしてある事に気付く。
余り深追いする前に適度な所で引き上げようと、シグルドがロレッタに忠告する。ところがロレッタは、勝負を受ける気満々だ。
「だったら僕が代わりに引き受けますよ。お嬢様の付き人として」
ロレッタを制するように手を挙げたのは、アリッグだった。
こちらは構いませんよ、とディーラーの男はカードをシャッフルし、テーブルの上に素早く並べる。
アリッグは5枚のカードを手に取って、数字やマークを組み合わせる。
(「最終的には向こうが勝つように仕組まれている。この役で勝負に出るか、それとも……」)
互いの手札の強さを競うポーカーゲーム。一見、十分な手札が揃っているが、全てが相手の罠だとしたら――。
意識を集中させて五感を研ぎ澄ませるアリッグ。相手の手札は読めないものの、細工を仕掛けていると気配で勘付く。
連中の常套手段は狡猾で、紳士面した男も心の中では嘲笑っているのだろう。
本気で勝つには、このまま勝負に行くよりも、相手の想像を上回る手を打つ――大胆に攻める事こそ、ギャンブルだ。
「――オールチェンジで」
全ての手持ちのカードを交換し、アリッグは大きな賭けに出る。固唾を飲んで見守る一行。果たしてその結末は――。
「ロイヤルストレートフラッシュ……僕の勝ちですね」
運を天に任せて挑んだ勝負。最後は腹を括ったアリッグに、勝利の女神が微笑んだ。
「素晴らしいですわね。貴方の勇気は、紛れもなく称賛に値しますわ」
ロレッタ嬢のお褒めの言葉に、ほんのり顔を赤らめ、まんざらでもないとはにかむアリッグ。
「本当に、大したモノだ。で、この勝負は俺達の勝ちって事でいいんだな」
シグルドもほっと胸を撫で下ろし、負けなくて本当に良かったと安堵する。
「ええ。貴方達の勝利で間違いありません。しかしお見事ですな……まるで私の手を見透かしていたかのような一手でした」
ディーラーも脱帽するしかないと、勝者を讃える。
そして勝利金を準備しようとしたところ……ロレッタは凛然とした声で、受け取りを拒んだ。
「お金の方は結構ですわ。その代わり、街のボスに伝えなさい――この私、ロレッタ・アルベールがお会いしたい、と」
……思った通り、狙いはそっちか。
自身とペンダントを餌に『釣り』を楽しみに来た。シグルドの嫌な予感は的中し、危険な橋を渡るからにはこちらも開き直るしかないと、緊迫感が度合いを増した。
――華やかな街の路地裏は、表の通りと比べると薄暗い雰囲気が漂っている。
奥へと歩みを進めるリコリスの足が、とある建物の前でピタリと止まる。
「ここが診療所……入ってみますか」
彼女が足を運んだのは、闇医者が営む診療所。
「ぬしもここに来たか。こういう人目に付かない場所こそ、何か隠されていそうじゃのう」
同じく、診療所を怪しいと睨んだ夕霧と鉢合わせになり、二人は揃って建物の中に立ち入った。
「何だオマエ達は。患者か?」
中にいたのは、ぶかぶかの白衣を纏った小柄なエルフの少女(?)だ。
「私はリコリス・アデュラリア、彼女は夕霧と申します。貴女の医者としての腕を聞きつけまして。少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」
挨拶を交わす二人を、闇医者の少女は訝しげに見ながらぶっきらぼうに名乗る。
「ワタシはリンネ。患者じゃないなら、何の用事だ」
ぼさぼさの髪を掻きながら、気怠そうに応じるリンネ。
「同族としてお聞きします。貴女はいつから、そして何故この地で医者をしているのでしょう。……大森林に思うところでもありましたか? 或いは、研究したい素材でも見つけましたか?」
矢継ぎ早に質問してくるリコリスに、リンネは肩を竦めて言葉を返す。
「わざわざ素性を探りに来たのか。まあこんな街にエルフがいるのは、怪しまれても仕方がないな」
リンネは半ば悟ったような口振りで、つまらぬ昔話だと前置きしながら、ここに至るまでの経緯を語り始める。
彼女は薬師の一族で、自身も薬学に関する造詣が深い。
ある日、授恵者として覚醒し、力に興味を抱いた彼女は、授恵者を対象とした研究に没頭。素材を求めて森を飛び出し、いつしかこの街に流れ着いたと言う。
「授恵者はどういう原理で覚醒するのか。最終的には、薬の力で引き出せないかと思うのだがな」
授恵者の力を薬で生み出す。荒唐無稽な理想論にも思えるが、彼女は至って真剣だ。
「私も薬学には興味があります。森にいた頃は、植物の毒を取り扱っていました」
更に詳しい話を聞き出すべく、似たような話題を持ち出し、女医の反応を窺うリコリス。
「興味深いが、そろそろ患者が運ばれてくる。ソイツらも診なきゃならんのでな」
患者とは? と小首を傾げる夕霧に、闘技場からの怪我人だと答えるリンネ。
「死に瀕し、【喪神】となったヤツらは被験体として都合が良い。犯罪者でも少しは役に立ってもらわないとな」
さらりとすごい事を言った気がするが、これ以上の長居は無意味だとして、二人は診療所を後にした。
「あの女医さん、授恵者ですか。となると……幽体離脱をしても気付かれそうですね」
「気になる点は多いが、バレたらヤバい実験に巻き込まれそうだしな。下手に関わらないのが賢明だろう」
幽体離脱を使って診療所内を調べようとしたアリッグだが、夕霧達の得た情報から、踏み込むのは色んな意味で危険だと理解する。
いざという時は彼の身体を預かるつもりでいたシャルティナも、今は引き下がるのが無難だとアリッグを宥める。
「いえ、こちらこそありがとうございました! あの、もし良かったら……これからも友達として仲良くして下さい!」
いきなりのアリッグの申し出に、シャルティナは一瞬きょとんとするが、そのくらいならと照れ臭そうに返事した。
●甘い誘惑は毒香の罠
酒場を出たルチルは、一人の男をラトに追跡させて、〝とある場所〟までやってきた。
(「高級娼館か。あの男、賭場で儲けた金を女に貢いでいるのか」)
ルチルが後を追っていたのは、酒場で賭博をしていた貴族の男だ。彼には少し気になる点があったので、調査に動いたというわけだ。
「どっちにしても、胴元が儲かる仕組みになっていそうだね。娼館の客をわざと勝たせているとか」
合流を果たしたジュストが、状況を分析。正に酒場では、そう思わせる不自然なやり取りが行われていたのだ。
「あたいじゃあそこに入るのは怪しまれる。ここから先は任せたよ」
ルチルは栗鼠のラトをジュストに託し、娼館内に潜り込ませて偵察するつもりだ。
「お、集まっとるのう。わらわはつい先程、〝客〟から情報を仕入れたのじゃ」
二人の前に現れたのは、夕霧だ。彼女は得意の色仕掛けで、娼館に来た客を誘って、店に関する噂話を聞き出していた。
「殿方の話によると、店のオーナーは百年以上も生きている吸血鬼だとか。誰もその姿を見た者はいない、娼館という場所だからこそ、ミステリアスな噂が広まっていると思います」
夕霧と共に聞き込みをしていたリコリスが、情報の補足を二人に伝える。
「吸血鬼が営む娼館、ね。前の人身売買とも関連性がありそうだし、貴族との裏の繋がりも分かるかな」
怪しい企み事を裏でするなら、これほど打って付けの場所はない。
こうした大人の世界の夜遊びも、貴族社会で失敗しないようにと、ジュストは家で教わってきた。
ラトを上着の内ポケットに忍ばせ、いざ、禁断の夜の世界へ――。
娼館の中は、貴族の屋敷と何ら変わらぬ、贅の限りを尽くした豪勢な造りだ。
ここで働く娼婦達は皆、華美なドレスに身を包み、甘やかな香りを漂わせて男を誘う。
欲望に負けて惑わされ、偽りの恋に溺れて、身を滅ぼす貴族がいるというのも、頷ける。
色香の罠に掛からないようにと意識を保ち、娼婦に声を掛けようとするジュスト。
その時――黒いドレス姿の貴婦人が、ジュストの傍に近付いてくる。
黒薔薇を飾った鍔広帽子が印象的な、妖艶な雰囲気を纏った淑女。
女性はジュストを見つめて微笑むと、手を伸ばし、タイを緩めて解こうとする。
いきなり大胆な――などと内心驚くが、振り払って彼女の視線を逸らさねば。
急いで女性の手を払い除けようとするが、何故か全身が強張って動けない。
締め付けられるような得体の知れない恐怖心――彼女は危険極まりない存在なのだと、本能的に感じているのか。
黒いドレスの女性はくいっとタイを引っ張りながら、顔を寄せ、吐息交じりに耳元で囁く。
「気紛れなお嬢様に言伝よ。意中の彼なら、闘技場で待ってるわ」
それだけ言って、手を離し、すれ違うように立ち去る貴婦人。
ジュストは慌てて振り向いて、彼女の後を追おうとするが見当たらず、甘い残り香だけが鼻腔を掠めた。
――街の中心地にある、ドーム状の建造物。
ぐるりと観客席が取り囲む、その真ん中にある空間で、行き場の無いならず者達が生き残る為の戦いを繰り広げる。
「これが闘技場……! 噂には聞いていたけど、見ているだけでも興奮するね!」
試合の様子を観戦しつつ、ベアトリーチェが昂揚した様子で熱く語る。
「ろくでもない連中の吹き溜まり、この街は昔から何も変わってない。人の命もゴミクズみたいな扱いだからな」
ナハティガルは泥水を啜りながら暗黒街を生きた壮絶な過去を顧みながら、ゴールディに潜む闇の深さに辟易する。
「光届かぬ裏の世界が、表社会に与える影響は大きいですわ。底無しの深淵を覗けば、果たして何が見えるでしょうね」
殺伐とした闘技場の雰囲気も、ロレッタ嬢は好奇心の赴くままに愉しんでいた。
「典型的なマフィアの鎬だ。勝者となれば有力者に近付けるかもしれんが、どうする?」
闘う側としての参加も自由と聞いて、ナハティガルが仲間に闘技場参加の意思を問う。
「アタシは希望しようかな。身体を動かす方が性に合ってるし」
真っ先にベアトリーチェが手を挙げて、次いでジュストも名乗りを上げる。
「俺も力添えするよ。勝負に勝てば、向こうから姿を現わすだろうし」
ジュストの脳裏を過ぎるのは、謎の女性が伝えた言葉。
どんな関係なのかは知らないが、こちらの行動は連中に全て把握されている。
ロレッタ嬢もその事は承知だろう。むしろ、彼女の計画通りに運んでいるのか。
何にせよ、今は勝つ事だけだと心に誓い、ロレッタ嬢を仲間に託して、三人は闘いの舞台に降りていく――。
「アレがオレ達の相手か? フン、貧弱そうなヤツらじゃねぇか」
「コイツは楽勝でゲスね、兄貴ィ。とっととヤッちまうでゲスよ」
冒険者達が対戦するのは、凶悪そうな風貌のゴブリンの殺し屋兄弟。
無法者でも成り上がれる絶好の機会、彼らは闘う前から既に殺る気に満ちていた。
「殺し合いすら娯楽の一種。――ハッ、懐かしくて反吐が出る」
この生死を掛けた血腥い空気こそ、犯罪都市の本質だ。
ナハティガルはギラつく闘志を滾らせながら、剣を抜く。
「今更ビビっても遅いぜ。くたばりやがれ!」
殺し屋兄弟が牙を剥き、冒険者達に襲い掛かる。
「ヒトを見た目で判断しない事だよ」
迫ってくる敵にもベアトリーチェは動じる事なく、手にした缶のピンを口で引き抜き、殺し屋兄弟に向けて投げつける。
「うおっ! 眩しい!?」
投擲した缶が閃光を放って破裂する。
敵の視界を奪い、動きが止まった隙を逃さず、マントのフードで顔を隠したジュストが、すかさず魔法を行使する。
「派手なくらいの方がショーとしては盛り上がるだろう?」
赤い結晶が耀く杖を揮うと、無数の光の粒子が周囲に浮かび、殺し屋兄弟を狙って光弾の雨が降り注ぐ。
「俺達を舐めない方が良い。その油断が命取りになる」
ナハティガルが脚に力を溜めて地を蹴って、脅威の跳躍力で敵を飛び越え、回り込む。
そして背後から、二本の剣から繰り出す連撃で、敵を斬り裂き、赤い飛沫が虚空に舞う。
戦闘は冒険者達が優位に立って流れを掴み、最後は勝利を収めて幕を閉じたのだった――。
試合に勝った一行は、ロレッタも含めた全員が別室に案内されて、待機する事になる。
「さて、後は勝者への報酬だが……どうやら元締めのお出ましか」
扉の開く音がして、ナハティガルがその先にいる人影に視線を向ける。
部屋に入ってきたのは、髭面の粗暴な男――歓楽街を仕切るガストーニ商会代表、ブルーノだ。
「まずおめでとうと言っておこう。見知った顔もいるようだが……顔を合わせるのは初めてだな、アルベール伯爵令嬢殿」
丁重に挨拶を交わすブルーノだが、冒険者達はロレッタを護るように身構え、警戒する。
「俺は平和主義者でね。特にこの街じゃ、客に手を出すような真似はしねぇさ」
やれやれと自慢の髭を撫でながら、ブルーノは両手を広げて敵意が無い事を一行に示す。
「勝者には褒美を与えるのが決まりでな。で、お前達は何が望みだ?」
訊ねるブルーノの声には、ナイフを突き付けられるような凄みがある。
片や、ロレッタ嬢は微塵も怯まず、静かな口調で言葉を紡ぐ。
「では一つだけ……前に屋敷に来た吸血鬼の子と、お友達になりたいと思っていますの」
令嬢の返答は、全く思いも寄らない大胆で奇抜な願いであった。
ブルーノは虚を突かれたように呆然とするが、すぐ気を取り直して豪快に笑う。
「……面白い。なら特別に俺の別荘へ招待しよう。パーティーは嫌いじゃないんだろ?」
ブルーノ側の提案は、意図は定かでないが、何らかの思惑があるのは間違いない。
ロレッタはそうした魂胆も見抜いた上で、敢えて相手の懐に飛び込む事を決意する。
「――そのお誘い、勿論受けて立ちますわ」
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:多い8 / 6〜8人
2022年03月26日 11時32分36秒 公開
相談掲示板
シーフのシャルティナ・カッツェだ。今回は集まってくれてアリガトな。 こっちも可能な限り手助けしようと思うんで、何かあったら言ってくれ。
キャスターのジュストだ、よろしく頼む。 ご令嬢を案内するには一癖も二癖もある場所ばかりだけれど、それが依頼人のご要望とあれば叶える他ないというわけで……。 一人につき二か所まで移動可、どこへ案内するかは俺達次第ということで皆の希望によっては主だった四か所全てご案内することが可能だが、別に全部無理に回る必要もないのかな? 案内先については俺はまだ悩み中なんだが、情報収集もって考えると『マッドネスムーン』と『黒蝶館』あたりが個人的には動き易い気がしている。
ヒーラーのアリッグ・レイダーと申します。 皆様よろしくお願いします。 どこも怪しい匂いが漂いますねぇ。 僕は向かうとしたら賭博場と診療所あたりでしょうか。 同じ場所へ向かう場合は、何か協力できることもありそうですし、 その時はどうぞ声をかけてくださいね! 僕はシャルティナさんとも少しお話させてもらおうと思いますね。
シーフのベアトリーチェだよ、よろしくね! 怪しい感じの街だけど、よほどの事をしなければ荒事に巻き込まれる心配はなさそうだね。 アタシは酒場兼賭博場に行ってみたいなーって思ってるけど、闘技場もちょっと気になるんだよね。試合に勝つと裏側の人と話せるみたいだし、何か情報得られないかなあ。
情報屋のルチルだ。よろしく。 貴族令嬢様の社会見学……ってほど穏やかな雰囲気じゃなさそうだね。 令嬢の案内自体は難しく考える依頼じゃなさそうだし、各人で動きやすい場所を最大二つ選んでって感じかね。 出来る限り各所の情報は拾っておきたい程度には思うが。 アタイは賭博場と娼館に行こうかと。此方も、同じ場所へ向かう者とは何か協力できればと考えているよ。
キャスターのリコリス・アデュラリアです。 ……よろしくお願いします。 私個人だと、少なくとも闇医者の診療所に行ってみましょうか。 もう一箇所についてはもう少し考えてみます。 あと、ロレッタについては一応全ての場所への案内に可能との事ですが ……貴族令嬢が娼館に行くのは、貴族の常識的に良いのですか? 護衛面でも気になるといえば気になるのですが。
>ご令嬢が娼館へ 本来ならゴールディに足を踏み入れること自体眉を顰められる話だからね。 ただ家ごとの教育方針もあるから、敢えてそういう場所を見せておくという家もあるんじゃないかな。 それでも男子の社会勉強としては認められていても、女子に関しては遠ざける方向の家が圧倒的多数派ではあると思う。 一応案内前にご本人に確認はとるけれどね。 『貴族を蝕む毒』を知る為には避けられない場所ではあると思うし。 高級店なら会話を楽しむだけ、卓上ゲームの相手をして貰うだけの客もいるから。
シーフのナハティガル=ラーだ。――宜しく頼む。 個人的に興味があるのは闘技場だな。 人数が集まるなら、チームを組んで対戦に参加したいと思っている。 集まらない場合は観客を装って情報収集する形となるだろうか? その他の行き先は考え中だ。
ウォーリア、シグルド・オルセンだ。よろしく頼む。 俺は個人的に酒場兼賭博場『マッドネスムーン』かなと考えている。
マッドネスムーンは人気だねぇ。 人数制限はないけど、一応俺は候補から外しておこう。 >闘技場 ナハティガル殿が対戦での参加を考えているなら俺もチームに加わろうと思うけど、大丈夫かな? どういう形式の試合かは解らないけど、チーム戦ならメンバーと作戦次第で諸々調整するよ。
成程……ならば基本的にはロレッタの要望に応える形で良いですか。 ジュスト、情報を感謝します。 もしかしたら調整するかもしれませんが 一先ず私のもう一つの行き先は娼館にしておきましょう。 恐らく護衛の為、ロレッタと同行する形になるかと。 ついでに、現時点で出ている希望を纏めておきました。 ・酒場兼賭博場『マッドネスムーン』 ルチル、シグルド、ベアトリーチェ、アリッグ ・闘技場 ナハティガル、ベアトリーチェ、ジュスト ・闇医者の診療所 リコリス、アリッグ ・高級娼館『黒蝶館』 ルチル、リコリス、ジュスト
>闘技場 ジュストがチームに加わってくれるのは有り難い。宜しく頼む。 あと一名増えれば三名でチームが組めるが、誰か希望者はいないだろうか? チーム戦では回避盾として敵チームを攪乱&攻撃する戦法で行こうかと。
闘技場組の3人が揃ったね、ナハティガルさんとジュストさんはありがとう! 情報を貰えるように、頑張ろうね!
>闘技場 ではナハティガル殿とベアトリーチェさんはよろしくね。 ナハティガル殿が回避盾として前衛で撹乱と攻撃を担当してくれるなら、俺は後ろから範囲攻撃で制圧できるようにしようかな。 ショー要素もあるなら派手な方が目を惹くだろうし。 >黒蝶館 ルチル女史とリコリスさんも改めてよろしく。 俺は汎用スキルから話術、交渉、政治知識の内二つを持っていく予定。 護衛という形だけれど、場所柄男女で行動可能エリアが違うというか、女性しか入れない場所、男性しか入れない場所があるかもしれないので……そういった場合は手分けして護衛や情報収集できたら良いなと考えているよ。
アデュラリアさんは纏めありがとうございます。 診療所に向かうのは僕とアデュラリアさんだけかな? 同じ場所に向かう人とはお互い情報を整理できるようにしておきますね。 同じくマッドネスムーンに向かう方たちもよろしくお願いします。 僕は賭博場をメインに遊ぶ……じゃなくて調査するつもりです(
>診療所 アリッグ、よろしくお願いします。 ロレッタの護衛に関しては、常にどちらかが側に居るようにすれば問題無いでしょう。 >黒蝶館 ルチルにジュスト、よろしくお願いします。 ……確かに、性別で調査可能な場所は変わりますか。 そうなると、男しか出入り出来ない場所ではジュスト一人になりますが ルチルのペットに密かに様子を見て貰えれば有事に備えられそうでしょうか。 ただ他にもペットで確認したい場所はあるでしょうから 常に様子を見るのではなく、定期的に様子を見て貰えれば助かりますが。 >闘技場 このままメンバーに変更が無かった場合 対戦中のロレッタ護衛が不在になるので、シャルティナに頼むと良いかもしれません。
>闘技場 三名揃ったか。改めてジュストとベアトリーチェは宜しく頼む。 そうだな。リコリスからの指摘の通り、対戦中のロレッタ護衛はシャルティナに頼んでおこうと思う。
貴族令嬢の行く所として娼館は教育に悪いように見えるが、そもそも言ってしまえば幼子が向かう場所として歓楽街は不適当だからね。 これも社会勉強って事で一つ。 事前に話を通すならお願いするよ。まあ…依頼人の性格的に断る理由もなさそうだが。 調査中は栗鼠を走らせつつ、基本ロレッタ嬢の傍に貼り付く予定だ。 アリックが賭場であそ…調査している様子も見させてもらおうかと。 汎用スキルは交渉、洞察を持っていこうと考えている。 >黒蝶館 栗鼠なら本体と分身で二つ動かせるからね、片方をジュストに渡しておくか。 上に何か羽織るならその中とか…こっちから覗き見はできても、向こうからすぐに見つからない場所に置いてくれると助かる。
>闘技場 そうだね、闘技場での護衛はシャルティナさんにお願いする方向で。 >黒蝶館 栗鼠の分け身に関しては承知したよ。 ばれないようかつ視界を遮らないよう配慮しよう。