桜の街と流し雛
崎田航輝
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シナリオID:1985
オープニング
川面に浮かんだそれが、穏やかな流れに身を任せてゆく。
淡く光る行灯と共に水を揺蕩って、とぷりとぷりと遠ざかる。あでやかな着物に身を包んだ人々が、見送ってゆくそれは――雛人形だった。
紙で作ったそれを、藁で編んだ桟俵にのせて。想いと願いを託して川に流す……“流し雛”。
そんな行事が行われる、東方の伝承による花の節句が、その街にもまた訪れていた。
倭桜ノ街。
シャルガネの一端に位置するその街区は、瓦屋根に石畳と、東方風の色濃い景色が広がっている。
道行く人々の服装もまた、どこか雅な空気もあるけれど……この日は一層、美しい着物を身に着ける町人が垣間見える。
というのも――
「桃の節句。この時期は、とても華やかでいいものだな――」
道を歩む町長が実感と共に視線を巡らせていた。
今は漂着民の時代に伝わったという、東方にある桃の節句。
子の健やかな成長を願うという言い伝えから、転じて人々の日々の幸せまでもを願う時期として……倭桜ノ街ではこれを祭りの日としていた。
だけに、街はいつも以上に明るい空気でもある。
歩んでいけば、美しくも可愛らしい雛人形が飾られているのが見えて……勿論、各種の屋台も準備されている。
食事処でははまぐりのお吸い物がサービスとして供されて……甘味処や土産物店ではこの時期だけ、見目も鮮やかな菱餅が売りに出されていた。
また、祭りに来てくれた人皆へ、カラフルな雛あられが贈られる。お土産にしても良いし、祭りの中で風情ある味わいを楽しんでもいいだろう。
着物の着付け教室や人形の制作体験も行われる予定で――楽しい祭事となるはずだ。
そして、穏やかな小川の流れる翠の園では、流し雛の準備も始められている。
藁の船とも言える桟俵や、紙の雛人形。その材料が揃っているのは、流す者が手作りをするのがここでの風習だからだ。
そうして自身が作ったそれに様々な想いと願いを込め、流す。
「文化を継承する為にも、沢山の方が来てくれれば良いですね――」
だから、町長はこの祭事にもまた……“彼ら”がいなくては始まらないと思っていた。
それはこの街と共に多くの時間を過ごしてくれている、冒険者の事。
春本番を前にして、桜はまだ眠りから覚める前だけれど。
早春の街も、きっと楽しんでくれるだろうから、と。
町長は早速彼らを祭りに招く為、歩み出してゆく。
淡く光る行灯と共に水を揺蕩って、とぷりとぷりと遠ざかる。あでやかな着物に身を包んだ人々が、見送ってゆくそれは――雛人形だった。
紙で作ったそれを、藁で編んだ桟俵にのせて。想いと願いを託して川に流す……“流し雛”。
そんな行事が行われる、東方の伝承による花の節句が、その街にもまた訪れていた。
倭桜ノ街。
シャルガネの一端に位置するその街区は、瓦屋根に石畳と、東方風の色濃い景色が広がっている。
道行く人々の服装もまた、どこか雅な空気もあるけれど……この日は一層、美しい着物を身に着ける町人が垣間見える。
というのも――
「桃の節句。この時期は、とても華やかでいいものだな――」
道を歩む町長が実感と共に視線を巡らせていた。
今は漂着民の時代に伝わったという、東方にある桃の節句。
子の健やかな成長を願うという言い伝えから、転じて人々の日々の幸せまでもを願う時期として……倭桜ノ街ではこれを祭りの日としていた。
だけに、街はいつも以上に明るい空気でもある。
歩んでいけば、美しくも可愛らしい雛人形が飾られているのが見えて……勿論、各種の屋台も準備されている。
食事処でははまぐりのお吸い物がサービスとして供されて……甘味処や土産物店ではこの時期だけ、見目も鮮やかな菱餅が売りに出されていた。
また、祭りに来てくれた人皆へ、カラフルな雛あられが贈られる。お土産にしても良いし、祭りの中で風情ある味わいを楽しんでもいいだろう。
着物の着付け教室や人形の制作体験も行われる予定で――楽しい祭事となるはずだ。
そして、穏やかな小川の流れる翠の園では、流し雛の準備も始められている。
藁の船とも言える桟俵や、紙の雛人形。その材料が揃っているのは、流す者が手作りをするのがここでの風習だからだ。
そうして自身が作ったそれに様々な想いと願いを込め、流す。
「文化を継承する為にも、沢山の方が来てくれれば良いですね――」
だから、町長はこの祭事にもまた……“彼ら”がいなくては始まらないと思っていた。
それはこの街と共に多くの時間を過ごしてくれている、冒険者の事。
春本番を前にして、桜はまだ眠りから覚める前だけれど。
早春の街も、きっと楽しんでくれるだろうから、と。
町長は早速彼らを祭りに招く為、歩み出してゆく。
解説
●概要
シャルガネにある「倭桜ノ街」へ観光に招かれました。
祭りを自由に楽しんでゆく事が出来ます。
時間帯、訪れる場所などは自由です。
●倭桜ノ街について
シャルガネの一端にある街区。東方文化の色濃い街並みが特徴的。
桃の節句の祭りが行われており賑わっています。
長らく平和を保っており、おおらかな人々が多い印象です。
夜は灯籠、提灯に照らされます。
●行える事
街を自由に散策する事が出来ます。
以下、立ち寄れる場所などの例を示します。
1.食事、屋台
食事処では時期ものとして、はまぐりのお吸い物がサービスで提供されます。
屋台ではたい焼きや焼きそばなどの定番の品の他、おこしのような米菓がこの時期は良く出回っています。
鮮やかな菱餅も手に入ります。
また、祭りを訪れた人全員に雛あられが贈られます。
2.雛人形
神社に大きな雛壇に飾られた雛人形があります。
それを眺める他、人形店で雛人形を購入していく事も出来ます。
また、人形の制作体験をしていく事も出来ます。出来た人形はお土産に持って帰る事が可能です。
3.着付け教室
着物の着付けを教えて貰いつつ、衣装レンタル、買取も出来ます。
普段着の他、この時期は鮮やかな着物を着ることも推奨されています。紬や浴衣の他、振袖や十二単風のものを選んでも良いでしょう。
4.散策
桜の時期はまだですが、早春の花が咲いて徐々に色味豊かな景色になっています。
神社でも通常の参拝や流鏑馬体験などをしていく事が出来ます。
5.流し雛
翠の園で行われます。
藁で円盤形の船を編み、紙で雛人形を作ってのせ、川に流します。
船や人形の作り方は教えて貰えますが、思い思いの形や色で作る催しでもあるので、デザインは自由です。
川に流す際は思いや祈り、抱負や願いなどを込めるのが習わしとなっています。
マスターより
シャルガネの一地区で観光を楽しむシナリオとなります。
今回は節句のお祭りを散策します。
行わなければならない事などはないので、自由に過ごしてみて下さい。
街には例として示した以外にも、普通の街にありそうな機能を持った施設なら存在します。
適宜過ごしたい場所を訪れてみると良いでしょう。
同行者がいらっしゃる場合は、お名前や共通のグループ名(人数なども併記して下されば確実です)などを記載して頂けると助かります。
皆様のプレイングを、心より楽しみにお待ちしております。
リプレイ
「いやー、ベルクってやっぱりかわいいね☆」
華やかに彩られた街を歩みながら――フレイヤ・サンライズはそんな事を口にする。
というのも隣を歩むベルク・オスマットは、リボンとフリフリが可愛らしいピンクの衣装。その愛らしさに道行く人も振り返るほどで。
「いや……」
と、小さく返すベルクは既に少々恥ずかしげ。ただそれに終わらず、フレイヤはとある店の前で足を止めた。
「だからさー、もっとその可愛さに磨きがかかれば面しろ――んんっ、いいこといっぱいあるとおもうんだ~♪」
という訳で、と。
ベルクの腕を引いて入ってゆくそこは着付け教室である。
「さあ、着替えよう?」
「え、いや、我は屋台に――」
「まあまあ」
言いつつフレイヤはベルクを連れ込んで……ピンクの可憐な十二単へとお着替えタイムだ。
「この姿も恥ずかしいのにさらに派手なのなんて無理!」
と、ベルクは拒むけれど……「平気平気」とフレイヤは手を止めず、しっかりとベルクをお雛様にしてゆく。
勿論、フレイヤ自身もお着替え。
自身はお内裏様スタイルで、黒を貴重にした和服をチョイス。少々軟派さもある、爽やかな見目となった。
そんな格好で外を歩き始めると……ベルクは慣れぬ様子で顔を真赤にしている。
「うう、我みたいな粗忽な不愛想者にこんなきれいなのは似合わんと思うんじゃが――」
「いやいや、可愛いよ?」
フレイヤの言葉は本音でもある。
ベルクは表着も鮮やかな色合いで、完成度は高い。歩む程に一層、人目も引いていた。
それがまたベルクには恥ずかしいのだが――
「あ、屋台だよ」
「……む、どこだ?」
フレイヤが前を指差すと、ベルクの心はそちらへ。
店々の並ぶ中、フレイヤがおこしを買って渡すと……早速ベルクはぱりぽりと楽しみ始めた。
「これは甘くて良いな」
「ほんとだね」
フレイヤも味わいつつ、汚れないようにとベルクの衣装を支えてあげたりして。
そこからは更に食べ歩き。たい焼きの温かな甘みを楽しむと……次はたこ焼きをはふはふと食べてしょっぱさも補給。
「うむ、こういった祭りで食う飯はやっぱりうまい!」
もぐもぐしつつ、ベルクは食べるのに夢中。
恥ずかしさも消えたように次の食べ物を探すから――
「じゃあ次は焼きそばにしよっか!」
フレイヤもまた、それに付き合って。
雅な装いで、趣深い味を堪能しながら……二人は街を歩んでいった。
人形店にて、ルルト・アーキスとアルバス・ロウルは人形を作り始める所。
「ボクがタマさんを作るから、アルバスはシロをよろしくね」
と、ルルトは早速イイズナのシロへ視線を向けて。
「ここに座ってポーズとってね」
それに対し、シロは『きゅっ?』と鳴きつつころんと寝転がるばかりだったが――
「頑張ればおやつあげるんだよ」
ルルトの言葉を聞くやいなや、きりりと姿勢良くポーズ。
「張り切ってるな! かっこいいのを作るからな」
と、それにアルバスも気合を入れて……木を削って形成する。
ルルトも猫のタマさんを見つつ形を作って――隣を見てわぁ、と感嘆の声音。
「アルバスすごい! シロにそっくり!!」
「ルルトのもタマさんそっくりだ!」
出来たミニサイズの二つは、どちらも特徴をよく捉えていて。シロもタマさんも少々興味深げに見つめているのだった。
後は生地を裁断し、小袖から唐衣までを作成。
「モモノセックだというし、モモ柄はどうだろう」
「良さそう! それじゃあ、タマさんも可愛い色の着物にしよっと」
仲良く選びつつ、着付けのように重ねて完成。
「可愛くできたな!」
「うん! ふふふー♪」
並んだ二つは華やかで可愛らしい、立派な雛人形。ルルトがにこにこと見つめる横で……アルバスは「お疲れ様」とシロを撫でてあげるのだった。
その後二人は翠の園へ。
流し雛の行われる中、自分達も桟俵を編む。
「草で編んだ船と面白い事を考えるものだな。不思議な形だ――」
言いつつアルバスは文化に倣い円形に整えて。
「こうすると俺達っぽくないか?」
人形は髪を金にして、女雛を緑、男雛を青の目に仕上げた。
「出会った頃を思い出すよ――」
「うん……!」
ルルトも目を輝かせて頷く。
想起するのは冒険者になる為の、村からリブラネスタまでの小さな旅。
(馬車に揺られて沢山お話して……楽しかったなぁ)
笑顔を浮かべると――アルバスもまた笑みを返して、それを川面に浮かべる。
――これからも二人、成長していけますように。
アルバスがそう祈れば、ルルトもまた。
――これからも一緒に色んな所へ行けますように。
並んで流れる二隻へ、想いを込めながら。
隣り合って揺蕩う雛人形を、二人はゆったりと見つめていた。
「わぁ――」
街を歩むアドルフ・ジーノは、見るもの全てが新鮮で。
風流な景色の中、どこから寄ろうかと目移りしている所。
「あっ」
と、中でも惹かれたのは神社での流鏑馬体験。矢を射る人々の姿が格好良く、自分も参加する事にしたけれど。
「わっ、意外と不安定……」
馬上は上下左右に揺れ動く。
弓の経験もない為に中々狙いも定められず……一応教えて貰った通りに撃つけれど、矢は明後日の方へ飛んでいくのだった。
「難しいなぁ――」
それでも良い経験にはなったし……お腹も空いたという事で次は屋台へ。
どれも美味しそうなので行列のある店を選んで、おこしを購入。ぽり、と囓ると優しい甘みが口に広がった。
「ん、美味しい」
それからたこ焼きや焼きそばも味わいつつ――流し雛へ。
見様見真似で雛人形と桟俵を作ると、そっと水面に浮かべた。
「……」
ゆるゆると揺蕩うそれに、願うのは――自分の記憶が戻る事。
(いつか……)
自分の全てが判ったら、と。
思いを託された雛人形は彼方へと流れてゆく。
「……うん」
後はゆっくりと歩み出して。
暫し春の訪れを感じる花々を眺めながら、のんびりと散策を続けていった。
「……久々に、やってみるか」
と、だわが訪れたのは神社の流鏑馬場。
早速弓を借り、弦の感覚を確かめ矢筒を身につけた。
騎士として馬術の心得も有る故、迷いはない。
唯一の問題は動物に余り好かれない事で……相棒に決まった馬も、だわの内にある鋭さを感じたようにヒヒンと嘶くが――
「どうどう……」
だわはその目を観察し、警戒が緩むまで待つ。
それから近寄ってぽんぽんと撫でて。気を許してくれたらそっと乗った。
「俺を信じてくれ。俺もお前を信じる。……頼むぞ」
そう言葉をかける頃には、馬も応じるようにふるると鳴いて。だわの合図で、馬場から駆け出し始める。
速度と揺れが狙いを困難にさせるが――馬はだわの期待通りに動いてくれている。だからだわも淀まず矢を放ち、的中。
三つの的を全て射抜き、馬から下りた。
「……こんなものか」
うまくは行ったが、だわの中では完全ではない。
(朝から晩まで剣を振るだけでなく、弓の鍛錬ももっと増やさなくてはな)
同時に、馬は見事に働いてくれたから。
「……ありがとう。助かった」
だわは再びぽんぽんと撫でて、労うのだった。
風が華やかになってきた、そんな道をエル=バ=ノイアンは行く。
「この街に来ることも増えたな……」
季節によって色々な表情を見せてくれる、それを実感するように。
「そしてまた春がきた……か」
一年は早い。
巡る時節に思いを馳せて散策をすると――店先の雛人形に気づく。
「桃の節句……女子のためのお祝い事、と。そんな文化があるんだな」
人形店に入るとどれも精緻で。
小さな豆雛にも関心を示しつつ――
「猫たちが飲み込むといけないからな」
と、普通の大きさで制作してみる事にした。
そうして卓に着くと……店に新たな客がやってくる。
それは人形に目を奪われてきた――アルフィー・リッパー。
「立派だな。ふうん、幸せを願う意味があるのか……」
観光客用の説明を読みながら、巧みさに興味を引かれつつ。
「俺も作ってみたい、いいか?」
尻尾を振り振りしつつ店員に言うと、『勿論です』と案内されて――楽しげに卓につく。
そこで丁度、ノイアンと隣り合うのだった。
アルフィーは作業中のものを見て、おぉと笑顔。
「すごいな!」
「ありがとう」
応えるノイアンが作るのは、面倒を見ている白猫と黒猫――みつきとさくを模したものだ。
ちりめんで毛並みと色を見事に再現して。瞳も作り込み、生き生きとした見た目になっている。
アルフィーはわくわくと見つつ、自身も作業へ。
胴体を作り、顔の彩色に入って。
「可愛く作るの、難しいな」
それでも一生懸命に表情を作る様子に、ノイアンも助言を送りつつ……ふと尋ねる。
「完成したら、飾るのか?」
「プレゼントしたいやつがいるんだ」
アルフィーは答えた。
「こういうの好きかわからないけど、でも俺が作ったぞって言いたいんだ。それに、そいつには幸せになってほしいからな。友達として」
アルフィーはその思いを込めつつ……十二単もこだわって柄を選んだ。
華やかなものが出来ると――ノイアンもまた完成。
雅な猫雛人形が出来上がっていた。
「それ、可愛いな!」
「そちらもな」
言って互いのも見合ってから――後はそれぞれの人形を持ち帰り、観光へ。
ノイアンが神社へ行くと、アルフィーはたい焼きをぱくつきながら散策。
「ここの街はいつ来てもいいな。桃の花も綺麗だけど……」
もう少ししたら桜も咲く。
それもまた、アルフィーには楽しみだった。
「いつ来ても楽しいところだねー」
賑やかな通りを眺めつつ、アルマ・ヴァレンタインはエヴァン・ピオネロと共に食事処で一息ついている所。
「ええ。それに、綺麗です」
頷くエヴァンも、窓から早春の花を見て声を和らげる。
「食べ物も優しい味が多くて――穏やかな気持ちになれますね」
言うとお吸い物をクィ、と啜って。
「美味しいです」
「うん。それじゃあ、屋台も寄っていこうかー」
アルマも食事を終えて言うと、エヴァンも頷いて散策へ。
活気ある道を、アルマは雛あられをつまみつつ……菱餅も食べながら歩いてゆく。
「どっちもカラフルでステキだよねー」
「そうですね。ここの食べ物は、見た目もキレイで――あむ」
エヴァンも一緒にぱくつきながら……屋台でおこしを見つけると購入。一つをシェアしてぱりぽりと味わった。
「お米なのに胃があまり膨らむ感じがありませんね」
「これなら沢山食べられるねー。あっ、あれ見てー」
と、アルマが示す先には焼きとうもろこしにあんず飴。勿論購入して、香ばしい醤油の旨味と、フルーティな甘酸っぱさを堪能した。
歩む先には、立派な雛壇と雛人形も飾られていて。
「あの位置はアルマがちょこんと座ったら似合うでしょうね」
エヴァンはそんな呟きを零す。
「……その場合、隣はぼくですけど……ね」
「うん」
アルマも微笑んで頷く。
一緒に並んでおすわりするのも良さそうだと思いつつ――でも、動き回っている方が自分の性には合うと思うから。
「向こうでお散歩しよっか」
という訳で腹ごなしに早春の色が楽しめる園へ。
「色とりどりのお花がいっぱいでキレイだねー」
「ええ。桜はまだですけど、でも桃色めいていて――」
蕾に色を送ってるみたい、と。
言いつつエヴァンは、ふと隣を見る。
感じるのは、身長差だ。大きくなって、アルマとは手を繋ぎにくくなった。
けれど――
「あの……抱き上げても良いですか?」
「抱っこ? うん、もちろんいいよー」
アルマが頷くと、エヴァンはヒョイと片腕に乗せるようにして。
「これで話もし易くなりますね」
「そうだねー」
アルマはすりすりと頬ずりして。
(逞しくなってくエヴァくんもステキだなー)
そんな実感に嬉しくなる。
エヴァンもまた嬉しい気持ちで照れ笑い。
時は過ぎゆくけれど、その分心は近づいてゆく。だから幸せな心で二人は歩んでいった。
「まだ少し寒いけど、春が来ているのが解るわね」
木々の蕾に季節を感じて、楓月・千弦は歩きながら呟いている。
ふしぎ亭一行で、丁度観光を始めた所だ。
頷くララベル・サン・ディーベルも、景色を楽しみつつ屋台を見つけて。
「あっ、何か買っていこうよ」
「良いわね。ここの食べ物、美味しいし」
と、雛あられをつまんでいたテュリン・ヴィングも同意してそちらへ。たこ焼きを見つけて購入し、皆で食べる。
「これは美味いな……」
ゴルバルティアがハフハフと味わっていると、アルラ・ニグラスもたい焼き屋を見つけていて――既にちゃっかり購入済みだ。
「こっちも美味しいわよ?」
言って皆に配ると、受け取ったアリエッタははぐはぐ。餡子の優しい甘みに瞳を細めていた。
「とっても美味しいね」
「うん」
ララベルも頂きつつ、ふとアルラに目を留める。アルラはたい焼きを三つ、もりもりと食べていて……それに何となく関心を抱いたのだ。
と、アルラが目を合わせて。
「“太らないのか”って顔してるわね? 大体ここにいくから大丈夫よ」
言ってアルラが自身の胸を指すので――ララベルは「う、うん」と赤らむのだった。
それにアルラは悪戯っぽく笑う……そんな遣り取りの横では、千弦が栗鼠のクノキに米菓子を与えている。
「美味しい?」
クノキは食べつつチュチュチュ、と肯定の鳴き声。千弦は表情を和らげつつ……ふと神社を見つけた。
「流鏑馬体験? 気になるわね」
という事で皆でそこへ。
無論、体験は初めてだけれど……似た経験はあるので千弦は手順には迷わない。しっかりと馬の信頼も得て、馬場から走り出し――全ての的に矢を的中。
「すごいな」
ゴルバルティアが感心の声を零すと、千弦は「ありがと」と返しつつ。
「でも改善の余地はありね。馬も移動にしか使わなかったりするし……もしもの時の為にも、色々と慣れていかないとね」
そんな風に冷静に語るのだった。
皆も流鏑馬を楽しんだ後、散策を続ける。
と、そこで千弦が足を止めたのが呉服店だ。
『着付け教室開催中』の文字を見て――
「似合いそうなのが居るから着せてみましょうか」
迷わずララベルをそこへぶち込むのだった。
『わぁ!?』とララベルが驚く間に、千弦は皆にも振り返る。
「折角だから着飾っていきましょ?」
「そうねえ、こんな機会だし」
という訳でアルラも着物を選び始める。
アリエッタも、柄も形も美しい衣装の数々に瞳をキラキラと煌めかせていた。
「ララベル、どの色が似合うかなあ?」
「そうだね――」
と、気を取り直したララベルは、幾つかの着物を見比べて。
「可愛らしい色が良いね。このへんとか」
言って示したのは早春らしい淡桃の振り袖。アリエッタは喜んでそれを選び、着付けを教えてもらい始めた。
ララベルはそのどさくさで男物の浴衣を選ぶが――
「はいはい、こっちね」
と、千弦に十二単の着付けへと引きずられてゆく。
『はわわわわ、僕、男! 男!!』と悲鳴が聞こえる……そんな様子を横目に、ゴルバルティアも一応入店していた。
こちらも着替えるつもりはないけれど、見ていくだけなら、と。
「皆の着付けが終わるまで待ってるよ」
「あら、ティアも着替えればいいんじゃない?」
と、そこで背を押すのがテュリン。
「え……?」
困惑しつつもそのまま連れていかれ……ゴルバルティアもララベルと共に、あれよという間に着替えさせられてしまう。
そうして皆も着替えを済ませて――
「普段の恰好とは正反対だけど、嫌いじゃないわね」
言って出てきたアルラは……翡翠色の生地に、艶やかな鞠の柄の着物。
「へえ、綺麗ね」
言って次に現れたのはテュリン。
白花色に雪輪の模様が何とも涼し気だ。
遠慮がちに出てきたゴルバルティアは、瑠璃色に蝶の柄。淑やかな見目に、自身では赤面して。
「わ、私なんかがこんなの着ても……に、似合いっこねーって……」
「そんな事無いよ、すごく似合うと思う」
と、声を返したのはララベル。
ゴルバルティアは照れつつも――いや、とララベルを見て首を振る。
「私なんかよりも断然似合ってるじゃねーか」
というのもララベルは髪まで結って、お雛様スタイル。絢爛な十二単で、何とも女性らしい仕上がりなのだった。
「わぁ、ララベル可愛い!」
そう言うのは最後に出てきたアリエッタ。
こちらは桜の色と模様に、矢羽根柄が加わった一着。可愛げの中に明るい元気さが感じられる見目だった。
千弦も情緒ある矢絣の着物に着替えていて――
「素敵だよ」
皆の美しさに、ララベルは素直に伝えるのだった。
その後皆は翠の園へ。
「地域が違えば役割も違うものね――」
流し雛が行われる景色に、アルラは文化の特色を感じながら――皆と共に参加。
手順を教わると、ララベルは興味深げだ。
「紙で人形を作るんだね」
「綺麗に着飾った感じにしたいわね」
テュリンが鮮やかな紙で作っていくと……ララベルも仲間達に似せた紙人形にしてゆく。
アリエッタは猫耳と尻尾を目立つようにつけて。
「どう?」
「可愛いよ」
ララベルの言葉にアリエッタも笑みを返して――それを桟俵にのせる。
ゴルバルティアも教わった通りに紙を折っていた。繊細な作業なので緊張はしつつ……何とか仕上げると川へ。
「これを浮かべればいいんだよな――」
「願いを込めるのよね」
テュリンも桟俵を浮かべ……心に呟く。『みんなとこれからも一緒に過ごせる様に』と。
アルラは『欠員が出ないように』と祈り込めて。ララベルは健康と、もっと強い絆で結ばれる事へ願いをかけて。
浮かぶその隣に、アリエッタも桟俵を揺蕩わせて。皆で元気に、いつまでも仲良く過ごせるように――そう真っ直ぐな思いを託すのだった。
「風流ね」
流れる人形に千弦が言うと、テュリンも頷いて……ふぅ、と息をつく。
(今回はベルのラキスケもなくて済みそうね)
なんて思っていた、のだが。
視線を川から戻したララベルが――不意に何かに驚く。
アルラが「胸元がきついから」と、少々着物をはだけさせていたのだが……それが緩んで大胆にずれ下がっていたのだ。
「あら、どうしたのベル」
「えっ、い、いや何でも!」
ララベルは見ていたのをごまかそうとして振り返る。と、そこでアリエッタと顔が触れ合って……びっくりしてそのまま押し倒してしまった。
「んむ、ララベル、どうしたの?」
「ご、ごめん、何でも――」
ララベルは立ち上がろうとするが――慣れない服装で足を取られる。そしてテュリンの胸に飛び込んだ勢いで……川へダイブ。
「ってやっぱりこういうオチなのねっ!」
テュリンは言いながら、どぼん。
服の重みで、二人してくっついたまま水中でもがくのだった。
「大丈夫かよ」
と、最終的にはゴルバルティアがその腕力で二人を引き上げて事なきを得る。
「ベルのラキスケは流れそうにないわね……」
アルラが呟くと、一部始終を見ていた千弦も苦笑。
風邪を引かないようにと助言だけはしつつ、蕾の生る木々を仰いで。
「桜が咲くころには、花見かしらね」
それもまた楽しみな気持ちだった。
「この辺り、良さそうだな」
誕生日に貰ったパレットを手に、カイン・ステラは園の一角へやってきた。
遠くで流し雛が行われる折、自身は絵を描こうと思ったのだ。
そしてシャルガネらしい花を、と見回して――
「あれにしよ」
選んだのは梅の花。
上品な輪郭を描き、パレットに色を乗せて。空の下で春を歌っているような、そんな姿に描いてみせた。
(桜も美人だが、梅の花も美人だよな)
でも、菫や蒲公英みたいな可愛いのも本当は好きだ。
人に言うみたいに言うな、なんて言われた事はあるけれど。
(言葉を話せなくてもきっと聞いてるし)
だからカインは、出来た絵を花に見せて。風に上機嫌にそよいでくれる、そんな姿に表情を和らげていた。
それから定食屋でご飯。
「へええー!」
蛤のお吸い物の玄妙な味を楽しみ……それから屋台でもおこしに感嘆を覚えて。
(馴染みがない食べ物は勉強になるな)
実感と共に、雛あられと菱餅はしっかりマジカルポケットへ収納しつつ。
「さて、と――」
春本番が近づいている。
そんな美観の中を、またぶらりと歩き出した。
足袋を履き、長襦袢を着けて着物に袖を通す。
「手触りも良いね――」
着付け教室に参加したルーンス・ラグネルは……趣深い着物の感触に呟いていた。
選んだのは動きやすくも野暮さのない一着。
帯を締めて風流な見目となると――改めて呉服店に並ぶ着物を眺め始めた。
「これは……模様みたいになってて面白いね」
袷の長着や羽織を見ては、染め方にも巧みさを感じ――女性用のものは、礼装着の華やかさに笑みつつ、紬などには日常に息づく美しさに惹かれて。
(そういえば――)
兄の“いい人”が、ユカタドレスなるものを着ていた事を思い出す。
(ドレスへの応用もありなら、小物とかの応用もありだよね)
思うと、想像力が働く。
華やかなものは花を模した髪飾りにも、編み込みのリボンにもいいだろう。
「男性ものもコートみたいにしてもいいし……バッグにも良いかも。香りと合うなら香袋にも出来そうだし――帽子とかにも映えそう」
考えるほど、楽しみになるから。
「牡丹柄に、こっちは雪輪? 良いね。じゃあ、この矢絣も」
藤紫に淡黄、松葉色――美しい柄と色を教えてもらうと、ルーンスは気に入った反物を購入して……軽やかな足取りで街に歩み出していった。
「れっつ食べ歩き! おいしいものいっぱい食べようさぁ♪」
フリューリングスルフト=ティエラは子兎のイュンを腕に抱きつつ、街を訪れた所。
早速歓迎の雛あられを頂くと――
「可愛い!」
鮮やかな色彩とコロコロとした形に笑みつつ……ペット用のものをイュンにあげて、共にぽりぽりと賞味。
丁度よい塩加減を堪能しつつ――屋台が見えてくるとおこしも購入。ぱりっとした歯ごたえと優しい甘さを味わった。
「あっ、あれ良さそうさぁ」
と、市場でもイュン用の野菜を見つけつつ、食事処を見つければ立ち寄って。再び屋台で、鯛焼きや焼きそばも楽しみつつ……翠の園の流し雛へ。
友人二人と自分、イュンを模した人形を作り――
「上手く出来たかな?」
イュンがクー、と喉を鳴らすと、フリューは微笑んで……白に染めた桟俵にのせて川面へ。
「健やかに過ごせますように」
友人と自分の健康を願い……流れる舟を見ながら歌を口ずさむ。
――さらり流るる川の上、願い乗せた船はどこまでも。
――旅が始まる、終わりは眠るその日まで……。
「今度は三人と一匹で来たいね!」
思いと共に、舟を見送り。
フリューはまたイュンと共に、早春の道を歩み出す。
早春に薫る街を、キオルティスはアステルと共にゆく。
久しぶりに妹をエスコート出来る事が嬉しくて、その足取りは軽やかで踊るよう。アステルもそれを感じるから、歩いているだけでも楽しいけれど。
「……ねぇ、あの、ルティスお兄ちゃん。あそこ、寄っても良い……?」
気になって指差すのは呉服店。
キオルティスは勿論、頷いて。
「寄って行こう! アステルならどんな色や柄も似合うよ」
俺も着物にしても良いかも、と。
呟くとアステルも笑顔で。
「やった! じゃあ、二人でレンタルして一日着物だね!」
という訳で共に店に入り、着付け。
出てきたアステルは――薄めのグラデーションがかかった紫の振り袖。柄は桃の花を中心にあしらわれ、何とも華やかな印象だ。
髪もアップに結い、上品ながら可憐で。
「如何かな? 自分では気に入ってるんだけど……」
「良く似合っているよ」
キオルティスは本音で頷いていた。
アステルはそれが嬉しい。
「えへへ、ありがとう」
「俺はどうかな?」
「ルティスお兄ちゃんに似合わない格好なんてないよ!」
言って見つめるキオルティスは、鮮やかな着物。風流な流水文様に、派手めな薔薇が加わって目を引く。
「これならアステルのエスコート役として恥ずかしくない、かな?」
「うん、凄く綺麗で素敵だよ!」
雅な装いとなった二人は笑みを交わして――街を散策。
食事も楽しみつつ、辿り着いた翠の園で流し雛へ参加する。
「これで雛人形を作るようだね」
「面白いなぁ――」
アステルは東方の不思議な文化を感じつつ……人形も可愛らしい色合いにした。
キオルティスも鮮やかに仕上げると――並ぶ人形はどこか二人を彷彿とさせるようだ。
それを桟俵にのせて、アステルは川面に浮かべる。
(今よりもっと強くなって、沢山の人を護れる様に頑張る!)
ぷかりと浮かぶそこに……キオルティスもまた桟俵を並べて。桃の花言葉を思いながら、願いを込めた。
(どうかアステルがこの先、俺の分まで幸せを感じて過ごせますように……)
柔らかな風に押され、小さな舟は流れ始める。
「素敵な催しだね」
「うん」
アステルの言葉にキオルティスは頷きを返した。
そしてまた、アステルをエスコートして歩み出す。思いが届けばいい。そんな心を胸に抱きながら。
「お願いがあるのです。今日は僕が予定を立ててもいいですか?」
ハル・チフがそう言うから、共に街へ訪れたエルシー・サリバンは少し驚きつつも、楽しみに頷いていた。
「うん」
「じゃあ、こっちです!」
そうしてハルが嬉しそうに向かったのは――呉服店。正月には着飾れなかったから、エルシーに着付けをしてほしいのだった。
「え……私が着るの?」
呟くエルシーは正直、ハルの方が似合うと思ったけれど――
「きっと綺麗なのです」
ハルがそう言って選び出すから、それが嬉しくて。
「こっちの花柄はきっと似合うのです。あっ、こっちの帯も綺麗ですよ!」
「もぅ……」
照れつつも、ハルと共に決めたものに着替える事にする。やっぱり、綺麗な服は幸せな気持ちになれるから。
そうしてエルシーが着たのは、柔らかさと共に可憐な印象を抱く一着。
見惚れつつ……ハルはつまみ細工の藤花の簪を購入。
エルシーの髪にそっと挿してあげた。
「すごく綺麗です」
「ありがとう」
揺れ具合を鏡で見て、エルシーもとても気に入る。
そしてハルも風流な着物に着替えると――二人で散策だ。
「桃と梅が、美しいですね」
「うん」
エルシーは頷きつつ、やっぱり動きにくく感じるけれど。
「エル」
言ってハルが手を差し出してくれるから、それを握って。心地よい温かさにエスコートされると……つい神妙にしてしまうのだった。
そうして翠の園へ着くと、流し雛に参加。
「一緒に人形を作りましょう」
「ん、やってみるね」
という事でエルシーが衣装に合わせた色と、黒髪をデザインした人形を作ると……ハルもどこか自身に似たものを制作。
そして二つを寄り添うように一つの桟俵にのせて、そっと川面に浮かべる。
(ずっと仲良く進めますように)
エルシーがそう祈ると、ハルも一緒に手を離しながら――願いを口にした。
「今日はありがとうなのです。お願いは……エルとずっと共に歩めますように、ですね」
「ハル――」
「一人前になれるよう頑張るのです。待っていてください」
願いであり、誓いでもある想い。
エルシーは頷いた。
「うん、応援するし待ってる。私が独り立ちできるよう応援してね」
「もちろんなのです」
そして二人は雛人形のように寄り添って、桟俵を見送る。
本当は、願わなくても大丈夫だとエルシーは判っている。それでも心を確認し合えたのが嬉しくて――暫し共に、優しい風に撫ぜられていた。
ジュスト・ヴェルジーは着替えを済ませ、ローザリカ・L・ディオールと合流し直した所。
衣装は彼女の瞳に似た鬱金色の紬に、上品な鶯色の帯。
そして風流な鶸萌黄の羽織り姿で。
「待ったかい」
「いいや」
応えるローザリカも、今着付けを終えてきた所だ。
それ以上の言葉を返せないのは、ジュストの着物姿に惹かれているからであり……まだ素直になれないからでもあり。
それでも自身の衣装が淡紅と萌黄色の着物で――春らしい桃の重ねなのは、彼を想起させる緑色を身につけられるからで。
「ん――」
そっと傍に寄り、ジュストへ髪を委ねる。
言葉には出来ないけれど……こういうふうに心を許す事くらいは、してあげてもいい、と。
ジュストは応じて、椿飾りの簪をそっと挿した。艶めかしい白い項につい視線が釘付けになりそうになるのを、何とか逸らしつつ。
「これで良し、と」
「ああ、悪くない」
ローザリカが手鏡で確認すると、ジュストも頷いて。
「それじゃあ行こうか」
そうして並んで歩み出す先は、屋台。
たい焼きを見つけると、購入して食べ歩きする。
未だ寒さも残る時節、温かな甘みが優しくて――
「中々の美味だな」
ジュストの言葉に頷きつつ……ローザリカはふと思い立って、自身の食べかけのそれをジュストの口元へ差し出してみせた。
「巷の恋人はこういうことをするらしい」
「……」
令嬢らしからぬ提案に、ジュストは眉を顰める。
無論、ローザリカのそれは悪戯心である。何故ならジュストの苦手な粒餡だし、食べられる訳もないと思ったから。
「――」
が……ジュストとしても、ここで退くのも面白くない。
少々迷った挙げ句、粒餡でも構うものかと……一思いに齧りついた。
そして唇についた餡を親指で拭って舐めて。
「今更行儀が悪いとか咎めないでくれよ?」
「……!」
ローザリカは口をあんぐり開けている。
「本当に口にするとは何事だ……!」
「お返し」
ジュストは更に、自身の桜餡のたい焼きを差し出して食べさせた。
ローザリカは思わぬ反撃に睨みを返すも……その頬も桜色。敗北感を覚えないではいられないのだった。
ジュストはその様子が愛らしくて笑みを零す。
ローザリカはそんな顔にも、ふとした時に見せる男らしさにも……ときめく胸が恨めしく。
「……行くぞ!」
少し頬を膨らませながらも――また一緒に並んで、歩き出すのだった。
華やかに彩られた街を歩みながら――フレイヤ・サンライズはそんな事を口にする。
というのも隣を歩むベルク・オスマットは、リボンとフリフリが可愛らしいピンクの衣装。その愛らしさに道行く人も振り返るほどで。
「いや……」
と、小さく返すベルクは既に少々恥ずかしげ。ただそれに終わらず、フレイヤはとある店の前で足を止めた。
「だからさー、もっとその可愛さに磨きがかかれば面しろ――んんっ、いいこといっぱいあるとおもうんだ~♪」
という訳で、と。
ベルクの腕を引いて入ってゆくそこは着付け教室である。
「さあ、着替えよう?」
「え、いや、我は屋台に――」
「まあまあ」
言いつつフレイヤはベルクを連れ込んで……ピンクの可憐な十二単へとお着替えタイムだ。
「この姿も恥ずかしいのにさらに派手なのなんて無理!」
と、ベルクは拒むけれど……「平気平気」とフレイヤは手を止めず、しっかりとベルクをお雛様にしてゆく。
勿論、フレイヤ自身もお着替え。
自身はお内裏様スタイルで、黒を貴重にした和服をチョイス。少々軟派さもある、爽やかな見目となった。
そんな格好で外を歩き始めると……ベルクは慣れぬ様子で顔を真赤にしている。
「うう、我みたいな粗忽な不愛想者にこんなきれいなのは似合わんと思うんじゃが――」
「いやいや、可愛いよ?」
フレイヤの言葉は本音でもある。
ベルクは表着も鮮やかな色合いで、完成度は高い。歩む程に一層、人目も引いていた。
それがまたベルクには恥ずかしいのだが――
「あ、屋台だよ」
「……む、どこだ?」
フレイヤが前を指差すと、ベルクの心はそちらへ。
店々の並ぶ中、フレイヤがおこしを買って渡すと……早速ベルクはぱりぽりと楽しみ始めた。
「これは甘くて良いな」
「ほんとだね」
フレイヤも味わいつつ、汚れないようにとベルクの衣装を支えてあげたりして。
そこからは更に食べ歩き。たい焼きの温かな甘みを楽しむと……次はたこ焼きをはふはふと食べてしょっぱさも補給。
「うむ、こういった祭りで食う飯はやっぱりうまい!」
もぐもぐしつつ、ベルクは食べるのに夢中。
恥ずかしさも消えたように次の食べ物を探すから――
「じゃあ次は焼きそばにしよっか!」
フレイヤもまた、それに付き合って。
雅な装いで、趣深い味を堪能しながら……二人は街を歩んでいった。
人形店にて、ルルト・アーキスとアルバス・ロウルは人形を作り始める所。
「ボクがタマさんを作るから、アルバスはシロをよろしくね」
と、ルルトは早速イイズナのシロへ視線を向けて。
「ここに座ってポーズとってね」
それに対し、シロは『きゅっ?』と鳴きつつころんと寝転がるばかりだったが――
「頑張ればおやつあげるんだよ」
ルルトの言葉を聞くやいなや、きりりと姿勢良くポーズ。
「張り切ってるな! かっこいいのを作るからな」
と、それにアルバスも気合を入れて……木を削って形成する。
ルルトも猫のタマさんを見つつ形を作って――隣を見てわぁ、と感嘆の声音。
「アルバスすごい! シロにそっくり!!」
「ルルトのもタマさんそっくりだ!」
出来たミニサイズの二つは、どちらも特徴をよく捉えていて。シロもタマさんも少々興味深げに見つめているのだった。
後は生地を裁断し、小袖から唐衣までを作成。
「モモノセックだというし、モモ柄はどうだろう」
「良さそう! それじゃあ、タマさんも可愛い色の着物にしよっと」
仲良く選びつつ、着付けのように重ねて完成。
「可愛くできたな!」
「うん! ふふふー♪」
並んだ二つは華やかで可愛らしい、立派な雛人形。ルルトがにこにこと見つめる横で……アルバスは「お疲れ様」とシロを撫でてあげるのだった。
その後二人は翠の園へ。
流し雛の行われる中、自分達も桟俵を編む。
「草で編んだ船と面白い事を考えるものだな。不思議な形だ――」
言いつつアルバスは文化に倣い円形に整えて。
「こうすると俺達っぽくないか?」
人形は髪を金にして、女雛を緑、男雛を青の目に仕上げた。
「出会った頃を思い出すよ――」
「うん……!」
ルルトも目を輝かせて頷く。
想起するのは冒険者になる為の、村からリブラネスタまでの小さな旅。
(馬車に揺られて沢山お話して……楽しかったなぁ)
笑顔を浮かべると――アルバスもまた笑みを返して、それを川面に浮かべる。
――これからも二人、成長していけますように。
アルバスがそう祈れば、ルルトもまた。
――これからも一緒に色んな所へ行けますように。
並んで流れる二隻へ、想いを込めながら。
隣り合って揺蕩う雛人形を、二人はゆったりと見つめていた。
「わぁ――」
街を歩むアドルフ・ジーノは、見るもの全てが新鮮で。
風流な景色の中、どこから寄ろうかと目移りしている所。
「あっ」
と、中でも惹かれたのは神社での流鏑馬体験。矢を射る人々の姿が格好良く、自分も参加する事にしたけれど。
「わっ、意外と不安定……」
馬上は上下左右に揺れ動く。
弓の経験もない為に中々狙いも定められず……一応教えて貰った通りに撃つけれど、矢は明後日の方へ飛んでいくのだった。
「難しいなぁ――」
それでも良い経験にはなったし……お腹も空いたという事で次は屋台へ。
どれも美味しそうなので行列のある店を選んで、おこしを購入。ぽり、と囓ると優しい甘みが口に広がった。
「ん、美味しい」
それからたこ焼きや焼きそばも味わいつつ――流し雛へ。
見様見真似で雛人形と桟俵を作ると、そっと水面に浮かべた。
「……」
ゆるゆると揺蕩うそれに、願うのは――自分の記憶が戻る事。
(いつか……)
自分の全てが判ったら、と。
思いを託された雛人形は彼方へと流れてゆく。
「……うん」
後はゆっくりと歩み出して。
暫し春の訪れを感じる花々を眺めながら、のんびりと散策を続けていった。
「……久々に、やってみるか」
と、だわが訪れたのは神社の流鏑馬場。
早速弓を借り、弦の感覚を確かめ矢筒を身につけた。
騎士として馬術の心得も有る故、迷いはない。
唯一の問題は動物に余り好かれない事で……相棒に決まった馬も、だわの内にある鋭さを感じたようにヒヒンと嘶くが――
「どうどう……」
だわはその目を観察し、警戒が緩むまで待つ。
それから近寄ってぽんぽんと撫でて。気を許してくれたらそっと乗った。
「俺を信じてくれ。俺もお前を信じる。……頼むぞ」
そう言葉をかける頃には、馬も応じるようにふるると鳴いて。だわの合図で、馬場から駆け出し始める。
速度と揺れが狙いを困難にさせるが――馬はだわの期待通りに動いてくれている。だからだわも淀まず矢を放ち、的中。
三つの的を全て射抜き、馬から下りた。
「……こんなものか」
うまくは行ったが、だわの中では完全ではない。
(朝から晩まで剣を振るだけでなく、弓の鍛錬ももっと増やさなくてはな)
同時に、馬は見事に働いてくれたから。
「……ありがとう。助かった」
だわは再びぽんぽんと撫でて、労うのだった。
風が華やかになってきた、そんな道をエル=バ=ノイアンは行く。
「この街に来ることも増えたな……」
季節によって色々な表情を見せてくれる、それを実感するように。
「そしてまた春がきた……か」
一年は早い。
巡る時節に思いを馳せて散策をすると――店先の雛人形に気づく。
「桃の節句……女子のためのお祝い事、と。そんな文化があるんだな」
人形店に入るとどれも精緻で。
小さな豆雛にも関心を示しつつ――
「猫たちが飲み込むといけないからな」
と、普通の大きさで制作してみる事にした。
そうして卓に着くと……店に新たな客がやってくる。
それは人形に目を奪われてきた――アルフィー・リッパー。
「立派だな。ふうん、幸せを願う意味があるのか……」
観光客用の説明を読みながら、巧みさに興味を引かれつつ。
「俺も作ってみたい、いいか?」
尻尾を振り振りしつつ店員に言うと、『勿論です』と案内されて――楽しげに卓につく。
そこで丁度、ノイアンと隣り合うのだった。
アルフィーは作業中のものを見て、おぉと笑顔。
「すごいな!」
「ありがとう」
応えるノイアンが作るのは、面倒を見ている白猫と黒猫――みつきとさくを模したものだ。
ちりめんで毛並みと色を見事に再現して。瞳も作り込み、生き生きとした見た目になっている。
アルフィーはわくわくと見つつ、自身も作業へ。
胴体を作り、顔の彩色に入って。
「可愛く作るの、難しいな」
それでも一生懸命に表情を作る様子に、ノイアンも助言を送りつつ……ふと尋ねる。
「完成したら、飾るのか?」
「プレゼントしたいやつがいるんだ」
アルフィーは答えた。
「こういうの好きかわからないけど、でも俺が作ったぞって言いたいんだ。それに、そいつには幸せになってほしいからな。友達として」
アルフィーはその思いを込めつつ……十二単もこだわって柄を選んだ。
華やかなものが出来ると――ノイアンもまた完成。
雅な猫雛人形が出来上がっていた。
「それ、可愛いな!」
「そちらもな」
言って互いのも見合ってから――後はそれぞれの人形を持ち帰り、観光へ。
ノイアンが神社へ行くと、アルフィーはたい焼きをぱくつきながら散策。
「ここの街はいつ来てもいいな。桃の花も綺麗だけど……」
もう少ししたら桜も咲く。
それもまた、アルフィーには楽しみだった。
「いつ来ても楽しいところだねー」
賑やかな通りを眺めつつ、アルマ・ヴァレンタインはエヴァン・ピオネロと共に食事処で一息ついている所。
「ええ。それに、綺麗です」
頷くエヴァンも、窓から早春の花を見て声を和らげる。
「食べ物も優しい味が多くて――穏やかな気持ちになれますね」
言うとお吸い物をクィ、と啜って。
「美味しいです」
「うん。それじゃあ、屋台も寄っていこうかー」
アルマも食事を終えて言うと、エヴァンも頷いて散策へ。
活気ある道を、アルマは雛あられをつまみつつ……菱餅も食べながら歩いてゆく。
「どっちもカラフルでステキだよねー」
「そうですね。ここの食べ物は、見た目もキレイで――あむ」
エヴァンも一緒にぱくつきながら……屋台でおこしを見つけると購入。一つをシェアしてぱりぽりと味わった。
「お米なのに胃があまり膨らむ感じがありませんね」
「これなら沢山食べられるねー。あっ、あれ見てー」
と、アルマが示す先には焼きとうもろこしにあんず飴。勿論購入して、香ばしい醤油の旨味と、フルーティな甘酸っぱさを堪能した。
歩む先には、立派な雛壇と雛人形も飾られていて。
「あの位置はアルマがちょこんと座ったら似合うでしょうね」
エヴァンはそんな呟きを零す。
「……その場合、隣はぼくですけど……ね」
「うん」
アルマも微笑んで頷く。
一緒に並んでおすわりするのも良さそうだと思いつつ――でも、動き回っている方が自分の性には合うと思うから。
「向こうでお散歩しよっか」
という訳で腹ごなしに早春の色が楽しめる園へ。
「色とりどりのお花がいっぱいでキレイだねー」
「ええ。桜はまだですけど、でも桃色めいていて――」
蕾に色を送ってるみたい、と。
言いつつエヴァンは、ふと隣を見る。
感じるのは、身長差だ。大きくなって、アルマとは手を繋ぎにくくなった。
けれど――
「あの……抱き上げても良いですか?」
「抱っこ? うん、もちろんいいよー」
アルマが頷くと、エヴァンはヒョイと片腕に乗せるようにして。
「これで話もし易くなりますね」
「そうだねー」
アルマはすりすりと頬ずりして。
(逞しくなってくエヴァくんもステキだなー)
そんな実感に嬉しくなる。
エヴァンもまた嬉しい気持ちで照れ笑い。
時は過ぎゆくけれど、その分心は近づいてゆく。だから幸せな心で二人は歩んでいった。
「まだ少し寒いけど、春が来ているのが解るわね」
木々の蕾に季節を感じて、楓月・千弦は歩きながら呟いている。
ふしぎ亭一行で、丁度観光を始めた所だ。
頷くララベル・サン・ディーベルも、景色を楽しみつつ屋台を見つけて。
「あっ、何か買っていこうよ」
「良いわね。ここの食べ物、美味しいし」
と、雛あられをつまんでいたテュリン・ヴィングも同意してそちらへ。たこ焼きを見つけて購入し、皆で食べる。
「これは美味いな……」
ゴルバルティアがハフハフと味わっていると、アルラ・ニグラスもたい焼き屋を見つけていて――既にちゃっかり購入済みだ。
「こっちも美味しいわよ?」
言って皆に配ると、受け取ったアリエッタははぐはぐ。餡子の優しい甘みに瞳を細めていた。
「とっても美味しいね」
「うん」
ララベルも頂きつつ、ふとアルラに目を留める。アルラはたい焼きを三つ、もりもりと食べていて……それに何となく関心を抱いたのだ。
と、アルラが目を合わせて。
「“太らないのか”って顔してるわね? 大体ここにいくから大丈夫よ」
言ってアルラが自身の胸を指すので――ララベルは「う、うん」と赤らむのだった。
それにアルラは悪戯っぽく笑う……そんな遣り取りの横では、千弦が栗鼠のクノキに米菓子を与えている。
「美味しい?」
クノキは食べつつチュチュチュ、と肯定の鳴き声。千弦は表情を和らげつつ……ふと神社を見つけた。
「流鏑馬体験? 気になるわね」
という事で皆でそこへ。
無論、体験は初めてだけれど……似た経験はあるので千弦は手順には迷わない。しっかりと馬の信頼も得て、馬場から走り出し――全ての的に矢を的中。
「すごいな」
ゴルバルティアが感心の声を零すと、千弦は「ありがと」と返しつつ。
「でも改善の余地はありね。馬も移動にしか使わなかったりするし……もしもの時の為にも、色々と慣れていかないとね」
そんな風に冷静に語るのだった。
皆も流鏑馬を楽しんだ後、散策を続ける。
と、そこで千弦が足を止めたのが呉服店だ。
『着付け教室開催中』の文字を見て――
「似合いそうなのが居るから着せてみましょうか」
迷わずララベルをそこへぶち込むのだった。
『わぁ!?』とララベルが驚く間に、千弦は皆にも振り返る。
「折角だから着飾っていきましょ?」
「そうねえ、こんな機会だし」
という訳でアルラも着物を選び始める。
アリエッタも、柄も形も美しい衣装の数々に瞳をキラキラと煌めかせていた。
「ララベル、どの色が似合うかなあ?」
「そうだね――」
と、気を取り直したララベルは、幾つかの着物を見比べて。
「可愛らしい色が良いね。このへんとか」
言って示したのは早春らしい淡桃の振り袖。アリエッタは喜んでそれを選び、着付けを教えてもらい始めた。
ララベルはそのどさくさで男物の浴衣を選ぶが――
「はいはい、こっちね」
と、千弦に十二単の着付けへと引きずられてゆく。
『はわわわわ、僕、男! 男!!』と悲鳴が聞こえる……そんな様子を横目に、ゴルバルティアも一応入店していた。
こちらも着替えるつもりはないけれど、見ていくだけなら、と。
「皆の着付けが終わるまで待ってるよ」
「あら、ティアも着替えればいいんじゃない?」
と、そこで背を押すのがテュリン。
「え……?」
困惑しつつもそのまま連れていかれ……ゴルバルティアもララベルと共に、あれよという間に着替えさせられてしまう。
そうして皆も着替えを済ませて――
「普段の恰好とは正反対だけど、嫌いじゃないわね」
言って出てきたアルラは……翡翠色の生地に、艶やかな鞠の柄の着物。
「へえ、綺麗ね」
言って次に現れたのはテュリン。
白花色に雪輪の模様が何とも涼し気だ。
遠慮がちに出てきたゴルバルティアは、瑠璃色に蝶の柄。淑やかな見目に、自身では赤面して。
「わ、私なんかがこんなの着ても……に、似合いっこねーって……」
「そんな事無いよ、すごく似合うと思う」
と、声を返したのはララベル。
ゴルバルティアは照れつつも――いや、とララベルを見て首を振る。
「私なんかよりも断然似合ってるじゃねーか」
というのもララベルは髪まで結って、お雛様スタイル。絢爛な十二単で、何とも女性らしい仕上がりなのだった。
「わぁ、ララベル可愛い!」
そう言うのは最後に出てきたアリエッタ。
こちらは桜の色と模様に、矢羽根柄が加わった一着。可愛げの中に明るい元気さが感じられる見目だった。
千弦も情緒ある矢絣の着物に着替えていて――
「素敵だよ」
皆の美しさに、ララベルは素直に伝えるのだった。
その後皆は翠の園へ。
「地域が違えば役割も違うものね――」
流し雛が行われる景色に、アルラは文化の特色を感じながら――皆と共に参加。
手順を教わると、ララベルは興味深げだ。
「紙で人形を作るんだね」
「綺麗に着飾った感じにしたいわね」
テュリンが鮮やかな紙で作っていくと……ララベルも仲間達に似せた紙人形にしてゆく。
アリエッタは猫耳と尻尾を目立つようにつけて。
「どう?」
「可愛いよ」
ララベルの言葉にアリエッタも笑みを返して――それを桟俵にのせる。
ゴルバルティアも教わった通りに紙を折っていた。繊細な作業なので緊張はしつつ……何とか仕上げると川へ。
「これを浮かべればいいんだよな――」
「願いを込めるのよね」
テュリンも桟俵を浮かべ……心に呟く。『みんなとこれからも一緒に過ごせる様に』と。
アルラは『欠員が出ないように』と祈り込めて。ララベルは健康と、もっと強い絆で結ばれる事へ願いをかけて。
浮かぶその隣に、アリエッタも桟俵を揺蕩わせて。皆で元気に、いつまでも仲良く過ごせるように――そう真っ直ぐな思いを託すのだった。
「風流ね」
流れる人形に千弦が言うと、テュリンも頷いて……ふぅ、と息をつく。
(今回はベルのラキスケもなくて済みそうね)
なんて思っていた、のだが。
視線を川から戻したララベルが――不意に何かに驚く。
アルラが「胸元がきついから」と、少々着物をはだけさせていたのだが……それが緩んで大胆にずれ下がっていたのだ。
「あら、どうしたのベル」
「えっ、い、いや何でも!」
ララベルは見ていたのをごまかそうとして振り返る。と、そこでアリエッタと顔が触れ合って……びっくりしてそのまま押し倒してしまった。
「んむ、ララベル、どうしたの?」
「ご、ごめん、何でも――」
ララベルは立ち上がろうとするが――慣れない服装で足を取られる。そしてテュリンの胸に飛び込んだ勢いで……川へダイブ。
「ってやっぱりこういうオチなのねっ!」
テュリンは言いながら、どぼん。
服の重みで、二人してくっついたまま水中でもがくのだった。
「大丈夫かよ」
と、最終的にはゴルバルティアがその腕力で二人を引き上げて事なきを得る。
「ベルのラキスケは流れそうにないわね……」
アルラが呟くと、一部始終を見ていた千弦も苦笑。
風邪を引かないようにと助言だけはしつつ、蕾の生る木々を仰いで。
「桜が咲くころには、花見かしらね」
それもまた楽しみな気持ちだった。
「この辺り、良さそうだな」
誕生日に貰ったパレットを手に、カイン・ステラは園の一角へやってきた。
遠くで流し雛が行われる折、自身は絵を描こうと思ったのだ。
そしてシャルガネらしい花を、と見回して――
「あれにしよ」
選んだのは梅の花。
上品な輪郭を描き、パレットに色を乗せて。空の下で春を歌っているような、そんな姿に描いてみせた。
(桜も美人だが、梅の花も美人だよな)
でも、菫や蒲公英みたいな可愛いのも本当は好きだ。
人に言うみたいに言うな、なんて言われた事はあるけれど。
(言葉を話せなくてもきっと聞いてるし)
だからカインは、出来た絵を花に見せて。風に上機嫌にそよいでくれる、そんな姿に表情を和らげていた。
それから定食屋でご飯。
「へええー!」
蛤のお吸い物の玄妙な味を楽しみ……それから屋台でもおこしに感嘆を覚えて。
(馴染みがない食べ物は勉強になるな)
実感と共に、雛あられと菱餅はしっかりマジカルポケットへ収納しつつ。
「さて、と――」
春本番が近づいている。
そんな美観の中を、またぶらりと歩き出した。
足袋を履き、長襦袢を着けて着物に袖を通す。
「手触りも良いね――」
着付け教室に参加したルーンス・ラグネルは……趣深い着物の感触に呟いていた。
選んだのは動きやすくも野暮さのない一着。
帯を締めて風流な見目となると――改めて呉服店に並ぶ着物を眺め始めた。
「これは……模様みたいになってて面白いね」
袷の長着や羽織を見ては、染め方にも巧みさを感じ――女性用のものは、礼装着の華やかさに笑みつつ、紬などには日常に息づく美しさに惹かれて。
(そういえば――)
兄の“いい人”が、ユカタドレスなるものを着ていた事を思い出す。
(ドレスへの応用もありなら、小物とかの応用もありだよね)
思うと、想像力が働く。
華やかなものは花を模した髪飾りにも、編み込みのリボンにもいいだろう。
「男性ものもコートみたいにしてもいいし……バッグにも良いかも。香りと合うなら香袋にも出来そうだし――帽子とかにも映えそう」
考えるほど、楽しみになるから。
「牡丹柄に、こっちは雪輪? 良いね。じゃあ、この矢絣も」
藤紫に淡黄、松葉色――美しい柄と色を教えてもらうと、ルーンスは気に入った反物を購入して……軽やかな足取りで街に歩み出していった。
「れっつ食べ歩き! おいしいものいっぱい食べようさぁ♪」
フリューリングスルフト=ティエラは子兎のイュンを腕に抱きつつ、街を訪れた所。
早速歓迎の雛あられを頂くと――
「可愛い!」
鮮やかな色彩とコロコロとした形に笑みつつ……ペット用のものをイュンにあげて、共にぽりぽりと賞味。
丁度よい塩加減を堪能しつつ――屋台が見えてくるとおこしも購入。ぱりっとした歯ごたえと優しい甘さを味わった。
「あっ、あれ良さそうさぁ」
と、市場でもイュン用の野菜を見つけつつ、食事処を見つければ立ち寄って。再び屋台で、鯛焼きや焼きそばも楽しみつつ……翠の園の流し雛へ。
友人二人と自分、イュンを模した人形を作り――
「上手く出来たかな?」
イュンがクー、と喉を鳴らすと、フリューは微笑んで……白に染めた桟俵にのせて川面へ。
「健やかに過ごせますように」
友人と自分の健康を願い……流れる舟を見ながら歌を口ずさむ。
――さらり流るる川の上、願い乗せた船はどこまでも。
――旅が始まる、終わりは眠るその日まで……。
「今度は三人と一匹で来たいね!」
思いと共に、舟を見送り。
フリューはまたイュンと共に、早春の道を歩み出す。
早春に薫る街を、キオルティスはアステルと共にゆく。
久しぶりに妹をエスコート出来る事が嬉しくて、その足取りは軽やかで踊るよう。アステルもそれを感じるから、歩いているだけでも楽しいけれど。
「……ねぇ、あの、ルティスお兄ちゃん。あそこ、寄っても良い……?」
気になって指差すのは呉服店。
キオルティスは勿論、頷いて。
「寄って行こう! アステルならどんな色や柄も似合うよ」
俺も着物にしても良いかも、と。
呟くとアステルも笑顔で。
「やった! じゃあ、二人でレンタルして一日着物だね!」
という訳で共に店に入り、着付け。
出てきたアステルは――薄めのグラデーションがかかった紫の振り袖。柄は桃の花を中心にあしらわれ、何とも華やかな印象だ。
髪もアップに結い、上品ながら可憐で。
「如何かな? 自分では気に入ってるんだけど……」
「良く似合っているよ」
キオルティスは本音で頷いていた。
アステルはそれが嬉しい。
「えへへ、ありがとう」
「俺はどうかな?」
「ルティスお兄ちゃんに似合わない格好なんてないよ!」
言って見つめるキオルティスは、鮮やかな着物。風流な流水文様に、派手めな薔薇が加わって目を引く。
「これならアステルのエスコート役として恥ずかしくない、かな?」
「うん、凄く綺麗で素敵だよ!」
雅な装いとなった二人は笑みを交わして――街を散策。
食事も楽しみつつ、辿り着いた翠の園で流し雛へ参加する。
「これで雛人形を作るようだね」
「面白いなぁ――」
アステルは東方の不思議な文化を感じつつ……人形も可愛らしい色合いにした。
キオルティスも鮮やかに仕上げると――並ぶ人形はどこか二人を彷彿とさせるようだ。
それを桟俵にのせて、アステルは川面に浮かべる。
(今よりもっと強くなって、沢山の人を護れる様に頑張る!)
ぷかりと浮かぶそこに……キオルティスもまた桟俵を並べて。桃の花言葉を思いながら、願いを込めた。
(どうかアステルがこの先、俺の分まで幸せを感じて過ごせますように……)
柔らかな風に押され、小さな舟は流れ始める。
「素敵な催しだね」
「うん」
アステルの言葉にキオルティスは頷きを返した。
そしてまた、アステルをエスコートして歩み出す。思いが届けばいい。そんな心を胸に抱きながら。
「お願いがあるのです。今日は僕が予定を立ててもいいですか?」
ハル・チフがそう言うから、共に街へ訪れたエルシー・サリバンは少し驚きつつも、楽しみに頷いていた。
「うん」
「じゃあ、こっちです!」
そうしてハルが嬉しそうに向かったのは――呉服店。正月には着飾れなかったから、エルシーに着付けをしてほしいのだった。
「え……私が着るの?」
呟くエルシーは正直、ハルの方が似合うと思ったけれど――
「きっと綺麗なのです」
ハルがそう言って選び出すから、それが嬉しくて。
「こっちの花柄はきっと似合うのです。あっ、こっちの帯も綺麗ですよ!」
「もぅ……」
照れつつも、ハルと共に決めたものに着替える事にする。やっぱり、綺麗な服は幸せな気持ちになれるから。
そうしてエルシーが着たのは、柔らかさと共に可憐な印象を抱く一着。
見惚れつつ……ハルはつまみ細工の藤花の簪を購入。
エルシーの髪にそっと挿してあげた。
「すごく綺麗です」
「ありがとう」
揺れ具合を鏡で見て、エルシーもとても気に入る。
そしてハルも風流な着物に着替えると――二人で散策だ。
「桃と梅が、美しいですね」
「うん」
エルシーは頷きつつ、やっぱり動きにくく感じるけれど。
「エル」
言ってハルが手を差し出してくれるから、それを握って。心地よい温かさにエスコートされると……つい神妙にしてしまうのだった。
そうして翠の園へ着くと、流し雛に参加。
「一緒に人形を作りましょう」
「ん、やってみるね」
という事でエルシーが衣装に合わせた色と、黒髪をデザインした人形を作ると……ハルもどこか自身に似たものを制作。
そして二つを寄り添うように一つの桟俵にのせて、そっと川面に浮かべる。
(ずっと仲良く進めますように)
エルシーがそう祈ると、ハルも一緒に手を離しながら――願いを口にした。
「今日はありがとうなのです。お願いは……エルとずっと共に歩めますように、ですね」
「ハル――」
「一人前になれるよう頑張るのです。待っていてください」
願いであり、誓いでもある想い。
エルシーは頷いた。
「うん、応援するし待ってる。私が独り立ちできるよう応援してね」
「もちろんなのです」
そして二人は雛人形のように寄り添って、桟俵を見送る。
本当は、願わなくても大丈夫だとエルシーは判っている。それでも心を確認し合えたのが嬉しくて――暫し共に、優しい風に撫ぜられていた。
ジュスト・ヴェルジーは着替えを済ませ、ローザリカ・L・ディオールと合流し直した所。
衣装は彼女の瞳に似た鬱金色の紬に、上品な鶯色の帯。
そして風流な鶸萌黄の羽織り姿で。
「待ったかい」
「いいや」
応えるローザリカも、今着付けを終えてきた所だ。
それ以上の言葉を返せないのは、ジュストの着物姿に惹かれているからであり……まだ素直になれないからでもあり。
それでも自身の衣装が淡紅と萌黄色の着物で――春らしい桃の重ねなのは、彼を想起させる緑色を身につけられるからで。
「ん――」
そっと傍に寄り、ジュストへ髪を委ねる。
言葉には出来ないけれど……こういうふうに心を許す事くらいは、してあげてもいい、と。
ジュストは応じて、椿飾りの簪をそっと挿した。艶めかしい白い項につい視線が釘付けになりそうになるのを、何とか逸らしつつ。
「これで良し、と」
「ああ、悪くない」
ローザリカが手鏡で確認すると、ジュストも頷いて。
「それじゃあ行こうか」
そうして並んで歩み出す先は、屋台。
たい焼きを見つけると、購入して食べ歩きする。
未だ寒さも残る時節、温かな甘みが優しくて――
「中々の美味だな」
ジュストの言葉に頷きつつ……ローザリカはふと思い立って、自身の食べかけのそれをジュストの口元へ差し出してみせた。
「巷の恋人はこういうことをするらしい」
「……」
令嬢らしからぬ提案に、ジュストは眉を顰める。
無論、ローザリカのそれは悪戯心である。何故ならジュストの苦手な粒餡だし、食べられる訳もないと思ったから。
「――」
が……ジュストとしても、ここで退くのも面白くない。
少々迷った挙げ句、粒餡でも構うものかと……一思いに齧りついた。
そして唇についた餡を親指で拭って舐めて。
「今更行儀が悪いとか咎めないでくれよ?」
「……!」
ローザリカは口をあんぐり開けている。
「本当に口にするとは何事だ……!」
「お返し」
ジュストは更に、自身の桜餡のたい焼きを差し出して食べさせた。
ローザリカは思わぬ反撃に睨みを返すも……その頬も桜色。敗北感を覚えないではいられないのだった。
ジュストはその様子が愛らしくて笑みを零す。
ローザリカはそんな顔にも、ふとした時に見せる男らしさにも……ときめく胸が恨めしく。
「……行くぞ!」
少し頬を膨らませながらも――また一緒に並んで、歩き出すのだった。
マスターコメント
お疲れさまでした。
祭りに賑やかさと華やかさを添える形で、貢献する事が出来ました。新たな観光客を呼び込む形にも繋がり、街としても喜ばしい結果となった事でしょう。
イベントシナリオ易しい 報酬:標準25 / 4〜25人
2022年03月22日 22時49分46秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
エヴァン・ピオネロです。よろしくお願いします。 食事と散歩を楽しみますね。