【想石】消えかけの焔
紀藤トキ
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シナリオID:1925
オープニング
探索者ギルドの応接室で、来客を迎えたエフィミア・リリックは微妙な顔を見せていた。
「あなたね、生きてたなら連絡位よこしなさいよ。っていっても、ヒューマンがこの年齢で生きてるってことはまともな人生歩んでないわよね……」
「弟子も子孫も私を越える力量がない。仕方が無しと剣を振っておったら死神が逃げおったよ」
額に黒い宝石がついた少女を連れた老人は、ブラン・ジュストと名乗った。150年ほど前にエフィミアとパーティを組んでいたヒューマンの戦士であり、普通に考えれば老衰で死んでいる筈だ。それがまだ存命という事は。
「まさか、ゾンビとかヴァンパイアに……」
「それも考えはしたが、死んでは成長がそこで止まってしまうそうでな」
「考えたのね……。やっぱり一線超えちゃうと常識が無くなっていけないわ。英雄の成り損ないって困った物よね」
「ふん。お前も似たようなものだろう」
ため息交じりに視線を逸らし、少女の方を見る。びくっと肩をすくめて視線を合わさない様子からは、剣を抜いて魔獣を斬った経験があるなどと想像し難かった。
「まあ、あなたが何をしてきたのか、何をしたのかは私は問わない。帝国はともかく、うちの街には関わらない事でしょうし。でも、本当にその子があなたより強いの?」
自分を超える者を育てたら、預けていた剣を取りに来る。遠い昔にそう言われたことをエフィミアは覚えている。探索者とギルドを守ること以外に、今の彼女が気に留めていた数少ない事柄だ。
「剣の才はある。育てば先もあろう。病弱故に身体がついて来なんだが、それは何とかなった。とはいえその過程で少々気を病んだようでな」
「……聞かないわよ。何があったかなんて」
ホムンクルスの狙いは死者を利用した授恵者の製造だと聞けば、その過程にろくでもない事があったのは間違いない。
「あなた、怖いの? それとも、寒い?」
「……」
震えながら視線だけ返してきた様子から、洗脳は解けているらしいとエフィミアは思う。遠くシグモルの事件とは言え、神が関わる様な大事件。冒険者ギルドから回ってきた概要には彼女も目を通していた。洗脳を受けたホムンクルスは感情薄く、反応も鈍いという。言葉こそないが、恐怖だか怒りだかに震えが止まらぬ様子はとても感情が薄いようには見えなかった。
「なら、なぜこんなろくでなしについて歩いてるのよ。世話する人が居ないなら、探しましょうか」
「私の弟子を勝手に持っていかないでくれるか? まあ、首を縦には振るまい。強くなって仇を討ちたいのであろう?」
老人の言葉に唇を噛んで、少女はコクリと頷いた。であれば、他人のエフィミアに何が言えるでもない。とはいえ、強くなりたいと言ってもこの様子ではどうにもならない、とも思う。
「……保護者がいるせいで一皮むけないのかもよ? いっそ、他人に預けてみたら?」
「ふむ?」
現在、エドゥノーグダンジョンのある枝場では『その者の心の色を映す宝石』が出るという。少女の中にあるのが怯えなのか、怒りなのか、恐怖なのか、向上心なのか。自分で見極めるのも良いだろう、というエフィミアに老人はなるほど、と頷いた。
「目標の為には、それも必要かもしれぬ、か」
「……え」
老人が自分を手放すと聞いて、驚いた少女の手をすかさずエフィミアが取る。
「よし。そうと決まったらまずは自己紹介ね。私はエフィミア・リリック。見ての通りエルフの魔術師よ」
「……私は、マリア」
「そう、マリアね。よろしく。それじゃああとは任せて、ブラン。お帰りはあちらよ。女の子はもう少しマシな物を着ないとね」
しっし、と虫でも追うように手で払うエフィミアをじろっと見つつも、老人も少女の件で行き詰まってはいたらしい。渋々ながら席を立った。
「ふん。宿は、いつもの場所におるぞ」
「……そうね、まだ潰れてないから、行くといいわ。女将さんは4代目だけどね」
●
エフィミア・リリックが自分の名で依頼を出したのは、その翌日の事だった。昔の知り合いの娘をダンジョンへ連れて行くこと。できれば戦わせること。ざっくりと彼女の知っている事は付帯事項として伝えてきたが、中にはにわかに信じがたいものもあった。
「……で。この子を何とか戦う気にしてあげて欲しいのよ。本人は何かに怯えてるけど、でも戦いたい意志もある。幸い、今のダンジョンには『心を映し出す宝石』なんていうのがあるわ。自分の中で何の色が強いのか。改めて考える糧にして欲しいの」
ダンジョンのとある枝場で、出てくる魔獣を倒すと『宝石』が落ちる。その宝石は倒した者の心を映すと言い、例えば闘志にあふれる戦士が真紅の石を得たりするそうだ。もっとも人の心は単純ではなく、同じ赤でも闘志もあれば恋慕の心もあるので解釈次第だとも言う。
「他には、そうね。探索者の中には、これまでに辛い目にあった人もいるわ。そういった人がどうやって過去に折り合いをつけたのか、聞かせてもらうのもあなたの覚悟を固めるのに意味があるかもしれないわね」
言われる少女は俯き加減で、動きやすそうな新品の革鎧を身に着けていた。背に負った長剣が身長の割に長いのを除けば、駆け出しの授恵者っぽくは見える。装備は全部エフィミアの奢りらしい。
「貴方のお爺さんから預かってる剣はあるんだけど、それを渡すのはまだ止めておく。その剣が長さや重さは同じ感じだから、まずはそれで慣れると良いわ」
「……ん」
柄に片手で触れて、小さく頷いた。こんな様子でも、武器を試した際には鋭い太刀筋を見せていたという。戦技に関しては、身についているのだろう。
「魂を弄るなんて外法に手を出すとはね。何があったのか、私は聞かないし聞きたくないわ。最悪、あなたのお爺さんと私がまともにやりあうことにでもなったら、とばっちりでこの街が大変なことになるもの。でも、ああなってしまった人は、自分の思い通りになるまで動き続ける」
良家に生まれながらもハーフビーストの妻を得た為に王国を追われた彼を、先代の帝国皇帝が拾ったのだという。大恩ある帝国の為に自分の剣腕を継ぐ者が欲しい。優れた武術を伝えて帝国の力としたい。最初はそう考えていたのかもしれないが、妄執を抱えて生き過ぎた今の彼には『自分の剣を継ぐ者が欲しい』以外の思考や常識が削ぎ落ちている。せめてその望みは叶えてやりたいというのは、昔馴染の心情ゆえだろうか。
「……あいつの目は確かだから、この子はきっと剣の才能がある。それに納得すれば普通に死ねるでしょう」
そうならなかったら? と問われれば、エフィミアは少し考え。
「分からないわね……」
どんな手段を使うかもわからない。目的が果たされるまで、彼なりの理屈で彼なりの行動を発し続け、それが更なる悲劇を呼ぶこともあるだろう。
解説
マスターより
リプレイ
「今日は、よろしくお願い、します」
「――あ! キミは確か、蜘蛛熊と遭遇した時にお爺さんと一緒に居た『自称・旅の武芸者』の人だよね?」
ホムンクルスの少女マリアもエルゼリオ・レイノーラの顔を覚えていたのか、コクリと頷く。エルゼリオよりまだ背は低く、見た目年齢で見ても幾分年下に見えた。額の宝石も露な状態で顔を合わせるのは初めてだ。
(身も心も破壊され、命まで奪われて傀儡にされる――非人道的な手法で生み出された人造授恵者達……彼女もそうだったなんて……)
今度は姓名を名乗り、改めてよろしくと言葉を投げた所に、横からナハシュが首を突っ込んだ。
「お、あん時の奴だ。やっぱお前、宝石抉ったら死ぬらしいな!」
「……っ」
びくりと肩を跳ね上げた辺り、怯えはあるらしい。死ぬ事が恐ろしいのに、それでも剣を握る訳は何なのか、とエルゼリオは思う。だわはそんな会話に耳を傾けていた。
(……死にたくないからホムンクルス化を望んだのか? だが、果たしてそれで長く生きられるものかどうか)
保護者の老人は彼女の体の弱さを解消したと言っていたらしい。その手段としても、女性や子供を戦えるようにする事にだわは良い気持ちを抱けなかった。
(……古い偏見と言われようとも、女性や子供は守られるべきと俺は思うのだがな)
彼とて幼いころに故郷を失い、現実も知っている。都合の良い救いの手が無かった時、力を持たない子供のままでは生きていけなかった。道が開けたのは、だわが剣の才を持ち、規律に従う事を苦にしなかったからこそだ。
(果たして、彼女はどう考えているのだろうな……)
一歩引いて、彼は少女の心境を思う。ナハシュ同様、先の依頼で救出組にいたトゥーリが再会の挨拶を交わしている。
「きっと、いろいろな事がぐわーって分かったりして、少し怖いんだよね?」
「……ぐわー? うん、怖いのは、いろいろ」
トゥーリは、少女の怖れを『知る事』と『変わる事』と考えた。狭い世界が広がった時の所在なさは、田舎から出て来たばかりの時の自分にも通じるのかもしれない。それに、雰囲気からして人付き合いがそもそも得意ではないのではないか、とも。思ったことを説明するには弁が立たないので、伝わったかは微妙だが、内心では色々考えている。
「まあ、今日はとりあえずよろしくってことで」
一方、初対面のサイラスは、当たり障りの無い言葉で相手の様子を窺う。触れて感情を読もうと手を出せば、さっと身を引かれてしまった。
「ん? 俺みたいなリザードマンは怖い系? あ、復讐の対象が竜だとか? それも違う?」
投げられた言葉に首を振るので、種族や竜への忌避が理由ではないらしい。考えた所で、ナハシュが笑いながら理由を話した。
「そりゃ、自分の倍くらいある奴がいきなり見下ろして来たらビビんだろーよ。ヨルもガキにちょくちょく怯えられてたし?」
この場にいない相棒のヨル・スレイマンは被り物の骨と言いヒューマンとしては高い身長といい、恐れられる要素が満載な割に子供受けは悪くない。そういう時にどうしてたか、と思いだせば。
「――とりあえず、しゃがんで視線合わせてみればいいんじゃね?」
「あー、なるほどな。よっこらせ。これでいい?」
鎧を鳴らしつつ視線を下げてみたが、膝をついたくらいでは少女の目線までは下がらない。それでも前より威圧感が減ったらしく、コクリと頷いた。
「ちょっと手、触ってみ? 危なくないし、ほれ」
と、あちらから触れるように指を差し出すと、少し間があってから小さな手で触れてくる。
(ふんふん、好奇心と……。あとは何だ、安心? ああ、意外と怖くなかったっていうあれか)
エンパシーで伝わってくる感情の向きを見れば、それほど負の色が濃くはない。まあ、これくらい距離を縮められれば、初対面の挨拶としては上々だろう。
●
「こんな事を言うのは気が早いのかもしれませんが……。マリアさんについて、私はこれからも気に掛けたいと思ってます」
「この間はヴィントで2人を探してくれた、って聞いたわ」
マリイ・パルティスはエフィミアに、今後の意気込みとしてそう話していた。エフィミアの方も、依頼を引き受けた冒険者の情報は把握しているらしく、礼を返す。
「彼女の言う仇討ちに、事情も知らないうちから全面的に賛成はしません。けれど、原因は調べる必要があると思うんです」
ホムンクルスがどう生まれるかを考えれば、理由を宙に浮かせたままにする事は不安でもある。復讐が正当な物だった場合、支える名分や仲間も必要になるだろう、と。そう述べるマリイに、エフィミアは不思議そうに問い返した。
「私が言うのも妙かもだけれど、どうしてそんなに、あの子に肩入れするの?」
「おかしい……でしょうか?」
言われてみればなぜ彼女の事がそんなに気にかかるのだろう。少女を苛んでいる負の感情が、自分にも通じるものではないかという思いがあるのかもしれない。
「失礼、少し質問したいのですが」
「何かしら。どうぞ?」
監視対象でもあり、事前の情報はギルド側で簡潔にまとめてある。それに目を通していたキーゼが、会話の合間に言葉を挟んだ。
「ご老人、ブラン氏とはどのような話をされたのでしょう」
「どのような……っていうと曖昧ね。思い出話とかじゃないわよね? 何を話したかしら」
エフィミア曰く、会話の中で得た必要そうな情報は資料に書き出している、という事だが、思い出しつつぽつぽつ語る。仇討ち、病弱、剣の才能、といった言は資料にも記載されていた。ジュスト家で遺体が見つからなかった双子の話も、キーゼは依頼の報告書で見つけている。
「なるほど、参考になりました」
「そう? なら良かったけれど」
そのパーツを頭の中で組み立てつつ、彼は礼を述べた。
●
件の老人へ会いに行っていた者は3名。アルマ・ヴァレンタインとヨルは以前の依頼で面識があるが、アリオン・リューは初対面である。
「剣を学ぶ者として、僕も先達の技には興味があります。高名なジュスト家の剣術についても教えを乞いたいです」
「ふむ。私の剣は元は王国の流れを汲む。はて、君にとって目新しい物があるかどうか」
首を狙う技、盾を落とす技、アリオンの念頭にあるのは帝国の剣術であったが、老人の技は帝国の本流とは多少異なるらしい。むしろその辺りは帝国に仕えてから学び、融合させたものだという。アリオンは剣を抜いて振るって見せたが、老人はアリオンの腕を当たり障りない言い方で褒めるのみだった。
(もったいぶって技を隠している……というわけではないな。これは、闘技場にもいたタイプだ)
ヨルは老人の様子に覚えがあった。剣闘士がパトロンの興味本位の質問にニコニコと答えている時の様子に似ている。殺し過ぎた人間が猫を被っている時の穏やかさであろうか。そんな不穏な気配は何のその、今度はアルマが朗らかに質問を投げた。
「マリアさんの強くなりたい理由、仇討ちって聞いたけど教えてもらえないかなー?」
「そうだね。復讐相手がどこにいるのかはわかっている? 彼女の復讐相手が貴方ってことは流石にないよね」
「いや。それで正解だ。あの娘の仇……、ホムンクルスになる前のあの娘を斬ったのは私だよ」
付け足して問えば、いっそ穏やかに返答されて、ヨルはやはりと思う。報告書から、ジュスト家の人々の受けた傷が剣による物と見ていたアリオンも、その返事に驚きはしなかった。
「って、じゃあ仇の人が自分を鍛えてくれてるお爺さんで、仇討ちしたらお爺さんが死んじゃうって事?」
「うむ。首尾よくあれが腕をあげればだが。生半可な腕であれば、死ぬのはあの娘になろうな」
まるで人の話ではなく、武具の話をしているようだ。身内の少女についての話とは思えず、アルマは鼻にしわを寄せて唸る。一方、アリオンは、マリアの正体は行方不明のジュスト家の双子のどちらかだという推測を深めていた。同じく気づいたその可能性から、ヨルは口に出して問う。
「もしかしたら、彼女の中にもう1人いる……ということはない?」
老人は思い出すように考えてから、再び口を開いた。
「アルルカンに聞けば分かるかもしれないが、私は聞いておらぬな。あのままではアルルカンの骨折りも無駄になろう。あの娘に戦意を取り戻させてくれるよう、私からも願っておるよ」
そう言って、老人は3人を送り出す。
●
「マリアさんはどうしてお爺さんと一緒に旅をしているの? 家族の元には帰らないの?」
「もう、誰もいない。私は――、仇を討たないと、駄目」
合流し、ダンジョンへ向かう途上。エルゼリオへの返答は想像通りだった。係累はブランしかいないのだとトゥーリは思い、ならば仇討ちの先に、唯一の肉親との別離がある事を恐れているのかもしれない、とも考えた。
「ん、仇を討ちたいだけなら誰かの力を借りる方法もあったのに、マリアさんは自分で強くなる道を選んだってことだよね」
確認するようにアルマが問うと、マリアはかくんと首を傾げる。しばし、頭の中で言葉を反芻していたようだ。
「私、自分で選んだ……のかな」
出てきた言葉は、戦う決意を秘めているにしては少々頼りない。
「最初にどう考えたのか、原点に戻ってみるのも良いと思うよ?」
「あ、うう。最初は……怖くて、嫌だ。痛い、止めて」
「大丈夫? って、うわ。……ちょい休む?」
声を掛け、サイラスは少女の肩に手を触れる。後悔と恐怖に塗りつぶされた様子に休息を提案すると、マリアは立ち止まり、しゃがみ込んだ。そのマリアを包み込むように、マリイが抱きしめる。
「怖いですよねぇ。私も怖いです。……仕方ないですよ。戦うのは怖くて、苦しくて、悲しいことなんですから」
「……怖くて、苦しくて。……悲しい……の?」
恐怖と苦痛を反芻していたかのような少女が、最後の言葉に反応した。「悲しい」と口の中で繰り返す。トゥーリが最初に考えたほど、少女に起きたのは、羨ましいばかりの変化ではないようだ。ハーフビーストの自分は、少々の変化で種族のハンデを覆せるなら受け入れたいと思うが、しかし――。
「どうしても嫌なら、僕のように全てに背を向けて逃げるのも有りですよ」
キーゼが囁いた声はマリアの耳へと確かに届いた。「逃げる」と初めて聞いた言葉のようにやはり、繰り返している。
(洗脳は解けているっぽいけれど、感情の起伏に乏しい。だけじゃなく、知らない事も多いのかな)
言葉は知っている。自分の事に当てはめた経験が無いように、エルゼリオは感じた。す、とマリアの後ろに回ったキーゼが、更に囁く。
「何もなかったことにして、日々を適当に生きて繋ぐだけで済みますから。目的も何もなく命を使い潰せばいい、楽ですよ?」
「何もなく……、ただ、生きる、の?」
戸惑う様子は、きっと目的ありきの生き方を教わったのだろう。教育を彼女になしうる立ち位置には、あの老人しかおらず、キーゼの中でまた一つ推測のパズルが組みあがる。見ていたエルゼリオは、流されそうな少女にあえて厳しい言葉を告げた。
「本当に戦いたくないのなら、逃げても良いんだよ? ――でも」
「でも?」
繰り返す様子に、「でも、だよ」と頷いて、キーゼの差し出した優しい逃避に、否定の言葉を乗せた。
「キミに成し遂げたい事があるのなら、現実から目を逸らしちゃ駄目だ。キミが求めるものは、立ち向かった先にしかないものだと思うから……」
「私の、私は。何か求めてるの、かな。本当に?」
答える少女の目がゆらゆらと揺れる。
(ホムンクルスって、作る時素材に絶望とか負の感情を過剰に与えるんだっけ? 他人を理解せず押し付けるとかあれやなぁ)
サイラスはマリアがそう作られた時の事情を考えていた。転生を経ずに竜になる術を求めている彼としては、魂を他の身体に継ぐのは無駄な工程のようにも思える。しかし、道具として再構築する為に、あえて壊している可能性も否めない。
(「仇をとりたい」と「死なせて欲しい」は相反する感情だ。でも別の要因で生まれたなら、納得がいくかな)
ヨルは、果たしてその感情はどう作られたのか、と思索を深めた。マリイやキーゼとの会話で歩ける程度にマリアは落ち着きを取り戻す。狼のコルデラに周辺警戒は任せ、マリイはそのまま少女の隣を歩いた。
「この前も今日も、怖がらせちゃってごめんなさい。私はマリイと言います。少し名前が似てますね」
「マリア……、マリイ。うん、似てる」
他愛のない一言だが、頷く前に口角が僅かに綻んだようにも見えた。
「私にも師匠がいたんですよ……帝国の崩壊で帰らぬ人となりましたが」
「死んだ、の?」
「ええ、それからどうしてこうなったのか、ずっと考えています。マリアさんも、どうして、って考えて良いのですよ。怖くなっても、怒っても、悲しんでも」
聞いた途端、マリアはの目から涙が流れだす。狂乱の気配はなく、当人は泣いている自覚すら無いのかもしれない。
「心と体が一致していない? 姉の肉体にまだ馴染んでいない、という可能性もありますか」
考察の結果を小声で漏らしつつ、キーゼは2人のやや後ろを歩む。涙は止まり、歩きながら時折独り言を話していた。
「覚悟、とか言われたって困るよねぇ」
「私は困ってる、のかな」
トゥーリの言葉に、自覚が無かったらしく首を傾げる。アリオンは考えの整理になればと自分の過去を語って聞かせた。
「僕はずっと、負けない為に剣を取っているんだ。子供の頃は悪い大人に、冒険者になってからはクリーパーに。今は、征竜様が戦う世界の脅威に」
「負けない、ため。勝つため、じゃなく?」
「もし殺す為なら、きっちり殺せるように頑張らないとダメだけどな。逃すと悔しいし腹も立つし」
割り込んだサイラスは、何か思い出したようでむすっとしている。そんな様子も、少女は静かに見て何かを学んでいるようだった。
●
「ちょっと上手く戦えるかもしれないおまじないだよ」
「身体が軽くなったでしょ?」
ヨルとエルゼリオが支援を掛けると、マリアは驚いたように足踏みした。迷いや恐怖は先ほどの爆発以降、抑え気味だ。
「要は武器はツールで、殺し合いはコミュニケーションだ。そん時は当然向こうも殺しにくるぜ。コミュニケーションだからな」
「……殺し合い。私も、向こうも」
ナハシュの言葉は、戦士としての心得だったが、マリアには腑に落ちたらしい。構えを見て、これならば大丈夫そうだと見えた。
「ま、無茶しても俺が庇うし、頼りにして良いよ?」
サイラスは頼りになる男のオーラを発している。万が一に備えアリオンも庇える位置をキープし、ナハシュとマリイは周囲をエーテルで走査し、奇襲の可能性を潰していた。コボルトが出てきたときも、先手を取る。
「とりあえず、一匹だけ残すね?」
アルマがメテオライトを放つと、コボルトの群れはあっさり吹き飛んだ。
「罠、という程でもないがそこの足元は崩れる。気をつけるんだ」
だわの声に頷き、飛ぶように前へ。剣が一閃するとコボルトの首が綺麗に飛び、小さな赤い宝石が落ちる。アルマが倒した敵は、緑や青、それにピンク色の宝石に変わっていた。
「ボクのはこんな色だよー。これはちょっと近いかな? うーん、違うかな」
集めた宝石をマリアの石に並べる。桃色はマリアの真紅に似た色合いではないようだ。鮮やかさという点では、青い石の方が釣り合う。
「昔はボクも、強くなることが一番嬉しかったけど、今は強くなれば大切な人と長く添い遂げられるかも、って言う方が嬉しいな」
青や緑、最後に桃色を少女は見る。思う事が石の色に出るのなら、真紅は何なのか。
「……私は、怒ってる、のかな」
「こういうのは見て解釈して自分で決めるのがいいらしいぜ。丁度いいことに今日は参考資料も腐るほどいる」
いつの間にか敵を倒していたナハシュが、透明な小さな宝石を置いた。自分も、と敵に向かったマリアが、次に拾ったのは濃紺。
「違う、色が出たよ?」
「変わってもいいんだよ。変わることは、怖いかもしれないけれど。それで失敗しても、やり直すことも、新しく始めることだってできるんだから」
「怒ってても、悲しくても。強くなりたいなら、その理由は一つだけじゃなくていいと思うよ。ボクの宝石だって色々あったもん」
「うん」
変化や分岐があって良い。トゥーリとアルマにそう言われ、少女は声を出して頷いた。
「参考になるかどうかはわからんが、俺の石はこれだな」
「僕の物はこれですね」
だわが拾って来たのは、同じ透明でもくすんだ宝石で、キーゼの物は見通せぬ漆黒だった。
「僕のはこんな感じ。青色……なのかな」
「空の、色」
アリオンが見せたのは、ターコイズブルー。見ようによっては白や黄色も混ざって見えるそれを、マリアは青空と感じた。自分の宝石を並べれば、それよりも暗い。
「無理に感情に名前を付けなくても良いと思うよ。どんな色でもそれは君の色だ」
アリオンが言う、マリアの石の横に似た色をマリイが置いた。
「私の宝石はこれです。綺麗ですね……夜みたいじゃないですか?」
「俺も、夜空の色は嫌いじゃねぇなあ。己は独り、どこまでも自由って感じでな」
何やら思い出を辿るかのようにナハシュもそう呟いた。
「夜の、空。静かで少し怖い、けど」
私も嫌いじゃない、と小声で感想を言う。
「恐怖だって怒りだって全部、力に換えられるよ、きっと」
アリオンが言う。それまでの何がきっかけになったのか、その後も戦う様子にも問題は無さそうだった。
●
地上に戻った一行は、アルマの提案で有志が報告がてらブランの下へ行くこととする。心配になったのか、エフィミアも一緒についてきた。
「ふむ、私の目を見るようになったか。お前の言う事が正解だとはな」
「うっさいわね。今回は雑魚相手に暴れただけだし、もう少し様子は見るわよ」
ブランも成果を認め、今しばらくエフィミアに預ける事に同意した。ヨルとアルマは老人へ聞きたい事があるという。
「長寿の秘訣を、詳しく教えて下さい!」
「どれくらい強かったらそうなれるのか……、手合わせを望んでも、応じてはくれないのだろうけど」
直球で言うアルマに対し、事前のアリオンへの応対を知っているヨルは半ば返答を予想してはいた。果たして、老人はゆるりと首を振る。
「どうしてこうなっているのか、いつまでこうであるのか。私にも分からぬ」
そも、生きているとは何を指すのか。果たして私は生きているのか。そう返されれば問答は哲学じみてきて、望む答えは得られそうにもない。しかし、結果はここにあるのだから、手段はきっとあるのだろう。
「あなたは生きたい、の?」
「いや。終わりが来るのならばそれも天命であろう」
マリアがポツリと投げた言葉に、ブランは薄く笑う。そう、と一言返した後は、マリアは老人から視線を外した。帰路、生死について悩むマリアを見て、ヨルは自分について語った。
「虫も殺せないようなクソガキが闘技場で負けなかった理由は、死にたくなかったからだった」
「今も死にたく、ない?」
問われれば、今の方がそうかもしれない。それも含め内面を見たくなかった彼は、想いの宝石を得なかった。自分の拘りで見せてあげられなかった事は少し引け目が無いでもない。手に入れた宝石を細工にしようと提案したが、少女は「このままがいい」と首を振ったので、意味あるものを何もあげられていないようにも思う。
「だから、次に会う時は君にとびきり綺麗なものを見せよう。心当たりはあるし頑張って探しておく。楽しみにしていて欲しい」
「綺麗な、もの」
何がだからなのか、きっとマリアは分かっていないだろう。
「……それで少しだけ、生きてみても良いと思えないかな……?」
「生きるのは、辛いけど、したい事も、ある、よ」
その声は以前に感じた者よりも芯が通って聞こえた。じゃあ約束だ、とヨルが言えば、コクリと無言で頷く。
●
報酬を受け取り解散してから、だわは夕食を取る少女の隣に座った。
「……あまり人に聞かせたくない話だ。聞いたら忘れてくれ」
「私は、聞いて良い?」
不思議そうに言うマリアに、彼は自身の過去についてを語る。魔物に大切な物を奪われ、その理由を無くすために努めてきた。力が足りず失った。だから力を鍛えてきた。感情のせいで失った。だから感情を押し殺して生きている。
「だから、ああいう宝石だったのだろう」
「少し濁った、透明の石」
特に誰も回収しなかったので、皆が渡した宝石はマリアの荷物の中だ。少女に頷いて、だわは自分の中の恐怖についても語る。失う事が怖い。だからこそ、その恐怖を糧に強くなるのだ、と。
「……怖い、から。強くなる?」
「そうだ。納得出来たら、俺の話は忘れてくれ。頼むぞ」
そう伝えるとマリアは難し気な顔をした。その場しのぎで分かったと言えるほどに世慣れておらず、忘れられるという確証もない。だわは表情にこそ出さぬも、仕方が無しとばかり「できれば、でいい」と付け足した。
●
「おや。まだ何か話があったかね?」
「自分の推測が、合っているのかを確認したくて来ました。ブラン氏はお酒は飲めますか」
蒸留酒を手土産にやってきたキーゼを、興味深そうに老人は迎える。キーゼは自分の中で整理された物語を語って見せた。自分を超える剣士を作りたい。そして剣の素質がある魂と、素質のある肉体がある。双子で殺し合わせたか、あるいは妹の目の前で姉を殺して絶望を得、姉の肉体に妹の魂を押し込めたのだろう、と。
「正解、としても良いだろうね。1つだけ付け足すとすれば、私は妹と姉の両方を手に掛けている」
「効率を考えたら、僕でも同じことをするでしょう。……私もそちら側の人間だからな」
キーゼの言葉に、老人は目を細めたが同意はしないというように首を振った。
「それは老いた猫と虎の赤子が似ていると言うような物だ。老いぼれた私には、それしかできないからそうした。君にとっては考えうる選択肢の中の一つにすぎぬのだろう?」
ならば自分を安く見積もらぬ方が良いと老人は言う。
「なるほど。それは光栄、とでも思っておけば良いのかな」
「虎の児が育った姿を私が知ることはあるまい。それはいささか残念ではあるな」
翌日、老人は宿を引き払い、姿を消していた。
『次に会う時には、いずれかが死ぬ時であろう』
という物騒な置手紙を残して。
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:標準10 / 6〜10人
2022年02月16日 09時29分27秒 公開
相談掲示板
さて、履行人数は揃いましたか。 宜しくお願いします。 NPCの説得が主目的 ついでダンジョン戦闘、ですか。 説得やら背景洗い出しについては各々考えがあるでしょうから。そこは個人行動の範疇でしょうから。 ダンジョン内をどうするか、が主ですかね。 まあ、ホムンクルスの彼女がどれほど"使える"のか、という点は重要ですから、戦闘させてみたほうがいい気はしますが。 ひとまず、個人行動については老人に対してアプローチ、ですかね。 おおよその予測と言いますか、何となく理解できる節がありますので。
僕はウォーリアのアリオン。皆、よろしくね。 マリア?が戦う意思を持てるようにって依頼だし、感情の宝石も見てみた方が良いだろうし、彼女の剣で敵を倒す機会は作った方が良さそうだね。 皆でプレイングの配分を調節して、戦闘そのものには比重を置かない位でも良いかも? ブランさんの剣技には興味があるし、ジュスト家屋敷の報告書にも気になる所があるし、僕も宿で話を聞こうと思うよ。 今の時点での推理とかは、考えの邪魔になるかもだからあんまり言わない方が良いのかな?どうなんだろ。
ヒーラーのヨル・スレイマン。宜しくね。 やることはいろいろあるっぽいから、戦闘は分担して軽めにしておきたいね。 俺自身は今のところ、回復とBS解除を主体にしておこうかなと思っている。 マリア君の戦い方を見るのも大事⋯⋯とすると、マーダーのBSやコボルトが死角から出てくるのは警戒しておきたいかな。 個人行動はちょっと決めかねている。 あまりどこかが手薄になることも無さそうだし、ゆっくり考えます。
シーフのナハシュだ。今回はよろしく。 要はなんか話してダンジョンで敵倒させてなんか話すりゃあいいんだろ。個人行動はまだきめちゃいねえが、まあたぶんなんかしてるぜ。 とはいえ、ブランに結構聞きに行くやつがいるならそっちは任せて他所に行こうとは思うな。 ダンジョン内での動向や比重軽めにってのも今んとこ異論ねえな。マリアに倒させるなら、その戦闘中コボルトやなんかの横やりを警戒しておくのも同意だ。その辺の索敵なんかは請け負えるぜ。
No.5
サイラスだ、よろしくなー まあ個人行動はいつも通り自由にするとして普通にカバーとか中心に動くわ
だわと呼んでもらえれば。よろしく頼む。 全体方針は同意、俺はダンジョン内の罠等に気を配りつつ戦闘ではマリアが戦いやすいよう敵へのBS付与を狙っていこうと思う。 交流パートはどうするかな。これもシンプルに件の少女と会話する方向になりそうだ。
ヒーラーのアルマだよ、どーぞよろしくねー 10人編成で半分がヒーラーってめずらしー… 恐怖を克服し闘志を増すアプローチは決めかねてるけど 原点?の仇討ちの話が気になるのでダンジョンに行く前の交流で ブランさんにそこんトコロ聞きに行こうと思ってるよ
ヒーラーのエルゼリオ・レイノーラです。どうぞヨロシクね! 幸い敵は然程強くないみたいだし、ダンジョン内ではマリアさんに闘う意思を持って貰えるようにお膳立てするカンジで良いのかな? マーダー対策に解呪は持って行く事にするね。 >交流 ボクもマリアさんとお爺さんに話を聞きに行く予定だよ。
>ダンジョン戦闘 あまり介護しすぎてもまずいでしょうからね。彼女に戦わせる、剣を持つ意志を持たせる、というのであれば。 ある程度は様子見も必要でしょう。 周囲の警戒は必要ですが、危険ならば手を貸すぐらいでもいいかと。後詰として備えて、という感じですかね。
わー!遅くなってしまい申し訳ございません! シューターのマリイと申します。宜しくお願い致しますね。 私もマリアさんとお話しできたらなーと思います。前回怖がらせちゃったようなのでリベンジです! 個人の動きはいつも通り、後ろから援護射撃ですね。索敵は私もお手伝いしますね。 マリアさんには……まぁ彼女自身も結構強いですもんね。普通に動けるようになるまでは敵と一対一にならないよう気に掛ける程度で大丈夫かな?
顔出し遅くなっちゃってごめんね! マリアさんとはこの間も少しお話しできたんだよね…… 今回はどうしようかな。悩みを聞けたらいいんだけど。 戦闘は特に難しいこと考えなくても大丈夫そう?
戦闘については ”戦闘省略で宝石を手にしている所から始まっても良い程度。”と書かれてるぐらいですからね。 こういう動きします、程度でいい気もしてます…実際問題、オーバーキル気味でしょうし。 重きを置かれてるのが自分語りや説得でしょうからね。